いつも聞いているFMから流れる,脳天気なDJの声が,今日だけは妙にシャクに触る。 「今日は絶好のお散歩日和,ここスタジオからもさわやかな空気が流れているのが……」 「何言ってんのよ,こいつ! 空気が流れるのなんて当たり前じゃん!」 とりあえず,DJに八つ当たりをする。 向こうでは絶対に聞こえないのは分かっているんだけど,今の気分じゃ文句を言わずにはいられない。 「次の曲は,Fly Me to the Moon……」 誰かのリクエスト曲がかかる。 甘ったるいオンナの声で,スローなスタンダードナンバーが唄われる。 エンジン音をベースに,車内がラブソングに満ちる。 「誰が月に連れてけって!? 勝手に独りでどこでも行きなさいよ! アタシだって独りなんだからさ!」 DJだけじゃなく,選曲にまでイライラする。 Radioを切ろうかとも思ったけど,ロードノイズと風切り音だけになると, 余計に空しくなりそうなので,仕方なく,文句を言いながらも聴き流す。 でも,いくら怒っても,結局最後に出るのはため息ばかりだった。 遠ざかる第2新東京市のビル群。 あそこにシンジを置いてきたんだ。 後ろめたい気持ちと怒りが入り交じった複雑な思いで,窓の外を見る。