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    <title>メニュー</title>
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      -[[Preface&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge/pages/13.html]]
-[[Chapter_1:CMUへ企業幹部の研修派遣&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge/pages/14.html]]
-[[Chapter_2:日本カーネギーメロン大学協会としての総会&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge/pages/15.html]]
-[[Chapter_3:2組の教授ご夫妻が出席した同窓会とMaterial Scienceの第2回同窓会&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge/pages/16.html]]
-[[Chapter_4:RefreshのCMU日本同窓会とMaterials Science同窓会&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge/pages/17.html]]
-[[CMU Chronology&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge/pages/20.html]]

-[[コメント&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge/pages/18.html]]


----

**リンク
-[[CMU日本支部メーリングリスト&gt;http://groups.yahoo.co.jp/group/CMU_Alumni_Japan_Chapter/]]

-[[@wiki&gt;&gt;http://atwiki.jp]]
-[[@wikiご利用ガイド&gt;&gt;http://atwiki.jp/guide/]]

//**更新履歴
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    <title>CMU Chronology</title>
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    <description>
      ***1980
当時のピッツバーグ周辺の住所録を東京ガスの渡辺様よりご提供いただきました。タイプと手書きの文章で、なかなか味があります。特に後半の広告が秀逸です。以下に掲載されてる広告を転載します。

前野宝石店でしょうか。お土産などを扱っていたようですね。
#image(http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=20&amp;file=maeno_jewelers.jpg,center,title=&quot;Maeno Jewelers)
三福オリエンタルフーズ。ちょっとチャイニーズな感じもしますね。
#image(http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=20&amp;file=sanpuku.jpg,center,title=&quot;SAM BOK ORIENTAL FOODS)
日本料理の歌舞伎。なかなか絵も上手ですね。
#image(http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=20&amp;file=kabuki.jpg,center,title=&quot;KABUKI)
サムライステーキハウスと日通の引越しサービスですね。みんな手書きで時代を感じさせます。
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    <title>Chapter_4</title>
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      ***２００９　RefreshのCMU日本同窓会とMaterials Science同窓会

***同窓会再活性化の道を開いた人

2009年にスクール横断の本格的年次総会に向けた、世話人の活動については後に述べるが、この活動の原動力になり、人脈を生かして積極的なリアクションとイニシアチブを取り続けたのは石原副会長であった。
　石原副会長のこのような活動がなければ、途絶えていたスクール横断の本格的年次総会・同窓会の開催は実施不可能であった。このことを契機にして、CMUAJの再活性化の道が開かれたのである。この活動は、人脈の活かし方や今後の世話人の取り組み方など参考になることが多いので、以下に時系列的に述べることにする。

（１）1999年の総会で、逝去された松田武彦会長のあとを受けて、会長に片方善治氏が就任し、副会長には三上吉彦氏、三谷史生氏、石原滋氏の3氏が選任された。これまでも、三谷氏が事務的事項をすべて担当していたので、今後もこの担当を続けることになった。しかし、三谷副会長、三上副会長とも2005年の歓迎レセプション以降、積極的な同窓会活動からは遠ざかることとなり、連絡も滞りがちになった。

（２）2009年8月3日、石原副会長はクラレの和久井社長を招いて会食をともにしたが、その際、同じ岩手県出身の片方会長の話になり、後日3人で会食することとなった。同日、このことを会長に電話で伝えた際、CMUAJが如何になっているか聞いたところ、三谷副会長はソニー生保の役員退任後、また三上副会長は日本IBMを退職後、音信不通であると知らされた。このような状態、そして何のアクションもない同窓会対して石原副会長は、大いに責任を感じ、早速行動を開始した。

（３）8月6日、石原副会長は会長を訪問して打ち合わせをし、世話人会を催すこととし、同日、鈴木信里氏（Tepper)、光本亘佑氏（Heinz)、森田里香氏（Tepper)にその旨を連絡した。3氏と石田副会長は、メールや会食を通じてコミュニケーションを取り合っていたが、森田氏は転職後すぐに連絡がとれたわけではなく、共通の知人を介してようやく連絡をとることができたなどのご苦労があった。
　光本氏には世話人会の趣旨を説得していたこともあって、Heinzの同僚である林昇平氏を帯同する申し出があり、石田敬義氏（Tepper)も参加することとなった。

（４）世話人会の場所は、最初の3回は石原副会長が関係している｢世界貿易センタークラブ｣をアレンジ、4回目は総会予定場所で行い、以下のような合計4回の世話人会を催して、12月の初めの総会開催に至った。鈴木氏は住友金属物流の社長として東京/大阪を頻繁に移動する業務のため調整がつかず、第一回のみの出席に留まった。
　会長からは同窓会発足前後に活躍された富田勝氏（慶応義塾大学先端生命科学研究所長）に世話人をお願いし、第一回世話人会に出席いただいたが、その後はご多忙のため欠席となった。また、三谷副会長および三上副会長に連絡したが、両者とも積極的に参加いただくには至らなかった。
　このようなことで片方会長、石原副会長、森田、光本、石田、林（第3回、第4回欠席）の世話人会となり、ほとんどの準備は森田、光本、石田、林の4氏によって行われた。

（５）2009年総会（12月4日）の実務も、上述の4氏によって行われた。しかし、これを可能ならしめるために、関係の施設を会食の場に提供し、人脈を駆使して道筋をつけたのは石原副会長に負うところが大きかった。

（６）2010年に入って、前年度の総会の反省会とキックオフを兼ねて、4月2日(金）｢うすけぼー｣を会場に第一回の世話人会を催した。前年活動した光本氏は東大大学院入学のため、また石田氏は国際的な資格受験準備のため、それぞれ世話人を辞退した。石原副会長は、新たな世話人として安茂氏と藤城稔久氏を紹介した。両氏は前年の総会後に石原副会長の会食に招かれ、その時十分な意思疎通をはかった上で、世話人会への要請に応じたのである。出席者はこの2名と会長、石原副会長、森田氏の5名であった。

（７）第2回世話人会は、6月4日(金）｢Old Man&#039;s UN｣において開かれた。野崎眞次氏（電気通信大学教授）、田中隆氏（財団法人日本適合性認定協会）、安部健（東京ガス・エンジニアリング㈱）の3氏が新規参加の世話人として出席した。これにより出席者は片方、石原、藤城、野崎、田中、安部、森田、林の8名となった。この会では、もっぱら会長提案の2011年の25周年記念事業の話に終始し、総会の話には触れられなかった。

（８）第3回世話人会（7月16日(金）於イワエン）では、総会の開催日、会費、会場など、総会主体の論議を行った。開催日は10月23日(土)に決定し、利用可能な会場選びは、世話人の有志が交渉に当たることになった。出席者は片方、石原、森田、林、安、藤城、野崎、田中、安部の9名であった。

（９）第4回（8月27日（金））および第5回（9月21日(金））は、会場に決定した｢パパミラノ｣において開催された。第4回では田中氏を通じてマテリアルズ・サイエンスのグループの参加をお願いし、またこのグループのリーダーとなっている月橋文孝氏（東京大学大学院教授）に総会において副会長に就任していただくことの内諾をいただきたいことについてもお願いした。第5会では、月橋氏と新規の世話人として染谷雄史氏（東京ガス㈱）が参加した。出席者は片方、石原、森田、藤城、野崎、田中、安部、月橋、染谷の9名であった。

（１０）同窓会本部のAamir Anwar氏が来日されたのを機に、以下の特別の世話人会（10月13日（水）於東京ガス・エンジニアリング）が開催された。出席者は石原副会長、森田、藤城、染谷、安部の各氏と東京ガス・エンジニアリングの横田氏（ロンドン大学卒）であった。下記にAnwar氏が行ったプレゼンテーションの概要を示す。同窓会活動について示唆に富んだ内容であった。
 
最近の目覚しいCMUの活躍
 
これまでのノーベル賞受賞者の中でCMU関係者：18人
タイムズ・ハイヤー・エデュケーションによる2010世界大学ランキングでCMUは20位
比較的規模の小さい新興大学としては快挙。ちなみに東大は26位。（だからどうということはないですが。）
 
・ランキングの算定の中に卒業生の何パーセントが寄付をしているかという項目がある。（金額ではなく人数割合であるとことに注意！）
・金額によらず継続的に寄付をすることが大学の評判をあげる。大学の評価を上げることが自らのキャリア価値を上げることにも繋がる。
 
大学が卒業生に期待すること
 
① 大学の応援者となる。車のリアウインドにCMU ALUMNIシールを貼るだけでもいい。
② イベントに参加する。同窓会のイベントをはじめ大学関連のイベントに参加する。
③ イベントなどのボランティアとしての貢献
④ 寄付
 
Loyal Scot Program
 
上記活動推進の一環として
① 大学にコンタクト情報を連絡
② イベントに参加
③ 寄付
④ 大学を応援する意思
を満たす卒業生をLoyal Scotとして認証している。バッチなどのグッズがもらえる。
http://www.cmu.edu/loyalscot/index.html
 
日本支部に対しての助言
・継続的に年に3回程度のイベントを実施するのがぞ望ましい。
・イベントはハッピーアワー（今やってる同窓会程度）と教育的・学術的なイベントを取り混ぜる。
・スカイプを使ったバーチャルパネルディスカッション（大学関係者や各国同窓会とのコラボ企画）や大学から教授を招聘してのイベントも可能（大学が金銭負担をすることも可）。他国の同窓会との企画アレンジにCMUが積極的に助言・応援をしてくれる。
・企業がCMUの学生をインターンとして受け入れることもウエルカム
・CMUを目指す高校生などに対して卒業生が助言をする活動をしているところもある。
#image(http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=17&amp;file=0000031_3M.jpg,center,title=&quot;CMU　Anwar氏との会議)

 
　（１）Association のAからAlumniのAへ
　　　　（CMUAJ:カーネギーメロン日本同窓会）
　CMUAJのAが協会（Association)を意味することについては前に述べた。まだCMUの出身者が少ない当時、CMUの関係者を巻き込んで同窓会を発展させようとしたことから協会という組織をふまえた会則が作成された。しかし、出身者が多くなった今、同窓会（Alumni）を意味するAを基本に日本同窓会の根本的な見直しをしなければならないと考えていたとき、石原副会長から貴重な連絡があった。
　２００５年Heinz出身の光本亘佑氏が、School横断の本格的年次総会にむけた企画に意欲を示していると、またTepper出身の森田理香氏の強力な支援がえられるという連絡である。
　詳しいことは省略するがこのような動きとともに光本氏の後輩である石田敬義氏と林昇平氏の両氏も、年次総会に向けた世話人を引き受けてくれるということになり、準備会を開催した。その結果、光本亘佑氏がCMU日本同窓会の年次総会に向けた企画を作成してくれることになった。このことは、これまでのCMUAJの会則にとらわれることなく、いわば新しいCMU日本同窓会に向けた取り組みになるということである。会則の原案はいずれ筆者が作り会員の皆さんの同意を得ることにして、まずはその企画をもとに、本年中に年次総会の実現を図ることである。このような考えで以下に示すような企画を世話人会が諒承した。
***「CMU日本同窓会の年次総会の企画について」
　２００９/１０/１　CMU日本同窓会/第2回準備会
-年次総会とは
　CMUの全学部のプログラムにかかわった同窓生（学生、研究員、教員など）を対象に、年に一度行う総会のこと。
-日本同窓会の目的
　学生生活では関わりを持たなかった新たなCMUの同窓と出会い、知的・人的ネットワークを強めていく場を提供する。
-卒業年度、学部毎に集まる場にはない、縦と横のつながりを強めていくことで、CMUの特徴でもある学際性をさらに深めていく。
-各分野の第一線で活躍する同窓会の話を聞く刺激的な場を提供する。
-以上のような活動をサポートしていく中でCMU、および同窓生の社会的知名度を向上させる。
-運営体制
　　　会長　片方善治
　　　副会長　石原滋
-事務局
　　　森田理香（Tepper Class of 2003)
　　　光本亘佑（Heinz Class of 2005)
　　　林昇平（Heinz Class of 2006)
　　　石田敬義（Tepper Class of 2009)
　この企画にもとづいて、２００９年度の年次総会の計画がまとめられた。会場の関係、準備の都合で、下記の内容で、日本同窓会創設23周年に当たる年次総会が実施された。
日時　２００９年１２月４日
場所　新丸の内ビル９階　Lounge
　　　（東京都千代田区丸の内１－５－１）
会議　８０００円（これまで銀行口座がなかったが、次に示す講座が設けられた。会費の振込みはこの口座にお願いした。　みずほ銀行成城支店（店番号：４４５、普通:１１２３０２０　カーネギー・メロン大学同窓会）
担当　事務局　林昇平　森田理香
　　　Email: cmu_reunion2009（アット）yahoo.co.jp
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
ご案内とEnglish versionを次に示す。参加者は○○名。会場の関係で行事としては特別なものはなく、主として歓談、懇親で盛り上がったが、知的・人的ネットワークを強めていく場となり、意義の深い集いとなった。
-[[同窓会案内&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=17&amp;file=%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A%E6%A1%88%E5%86%85.pdf]]
-[[同窓会案内（ENGLISH VERSION）&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=17&amp;file=%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A%E6%A1%88%E5%86%85%EF%BC%88ENGLISH%29.pdf]]
　特に、これまでコミュニケーションがあまりなかったMaterials Scienceの田中隆氏が次回の年次総会に向けて、会員を紹介してくれるとのお話には、心強いものを感じた。１９９９年以来、Materilas Scienceの同窓会は、毎年続けて開催されているが、２０１０年からこの方々がCMUAJに合流してくれるなら、新しいCMUAJの発展と充実が期待できるからである。
　（２）Materials Science　第11回同窓会
日時　２００９年（平成２１年）３月２７日（金）午後６時半～９時
場所　称保希（渋谷区渋谷２－１７－５）
費用　９０００円
担当　松浦宏行　月橋文孝
行事　昔の写真紹介
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
参加者　13名（内２名招待）
***２０１０　パイオニアスピリットのCMUを語り合ったCMUAJの学際性
　（１）意欲的な準備会の活動
　準備会は数回にわたって開催された。参加された方々は副会長の石原滋氏、幹事の中核である安部健氏、田中隆氏、西氏、野崎真次氏、林昇平氏、藤城稔久氏、森田里香氏、安茂氏で、筆者が司会進行する検討事項に、意欲的に取り組み、その結果生じてくる活動に対しても積極的に貢献を展開された。以下、その内容を記す。
　①会則の検討：筆者が作成した会則（案）の検討を行い、年次総会で発表する前にネットで全文を会員に向けて発信してくれた。なお、最終決定した会則は後に示す。
　②役員・監事・幹事の選任：筆者が提案した下記の役員・監事・幹事の選任を行った。
　会長　片方善治
　副会長　石原滋（再任）、月橋文孝（東京大学教授）、渡辺尚生（東京ガス常務）
　監事　森田理香
　幹事　安部健、石田敬義、田中隆、染谷雄史、轟秀和、西、野崎真次、林昇平、藤城稔久、光本亘佑、松浦宏行、安茂（アイウエオ順）
③２０１１年の創立２５周年の催事・総会：
-CMUのイメージアップを目指す催事は春に実施。内容については今後検討
-年次総会は秋に実施。運営体制事務局は２００９年と同じ。
④「CMUAJ２５年の歩み」：筆者が執筆する。執筆に参考となる資料のある方は、筆者に提供する。必要に応じてネットを活用する。
⑤２０１０年の年次総会・同窓会
日時　２０１０年１０月２３日　１３：００～１４：００
場所　パッパミラノ（東京都千代田区丸の内東京海上日動ビル店）
人数　６０名程度
会費　７０００円
案内送付の手配、名簿：森田理香
往復ハガキの手配と出席者把握、会計：林昇平
記念写真：安部健
周囲への同窓会サウンディング：各自
（２）創立24周年CMU同窓会
　テーマ：パイオニアスピリットのCMUを語り合おう
#image(http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=17&amp;file=IMG_0241.jpg,center,title=&quot;創立24周年CMU同窓会集合写真)
　今回の同窓会で特徴的だったことを次に示す。
①司会を務めた幹事の安部健氏は、単に進行の役を果たしただけでなく、CMU全学部のプログラムにかかわった同窓会であることをふまえて、知的・人的ネットワークを強める場づくりに徹していたことがある。その代表的な例は、後に示すようなCMUの恩師からのメッセージを頂いて、そのアナウンスをしたことである。
②筆者は会長としての開催挨拶の中で、前に示しておいた創立２５周年記念行事として、来年は世界におけるCMUの存在価値を、日本の方々に示す学際的な催事を企画していることを述べた。これに対して心強い協力の申し込みがあった。アソシエーションのAからアルムナイのAへリフレッシュしたCMUAJの前途を開く集いとなったと感じさせられた。
③新しい役員・監事・幹事のチームワークのよさが、会場でみられた。また、今年からCMUAJに合流したMaterials　Science同窓会の方々の出会い・ふれあい。
今年からテーマを決めた集いにしようということになり、今年は「パイオニア・スピリットのCMUを語り合おう」としたが、CMUが誇る学際性の電灯が、このテーマに見事にマッチして、ほほえましい状況が展開していた。
-[[同窓会会則&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=17&amp;file=CMU%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A%E4%BC%9A%E5%89%87.pdf]]
-[[Prof Schlesinger letter&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=17&amp;file=Prof+Sclesinger_letter.pdf]]    </description>
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    <title>Chapter_3</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/abetge/pages/16.html</link>
    <description>
      ***２０００　2組の教授ご夫妻が出席した同窓会とMaterials Scienceの第2回同窓会
　GSIAのDeanであるDunn教授と井尻教授ご夫妻がご出席された同窓会を開催したのは、2000年11月7日（火）である。このときの幹事は宮原佳典氏であったが、案内状に「同窓生との一時をお楽しみいただきたいと思います」とあったが、確かにこの同窓会は、これまでにない和やかな懇談が続いた集いで、2組のご夫妻と同窓生は秋の夜の一時を存分に楽しんでいたように思う。
　会場は日本生命赤坂職員クラブで、6時30分から始まった。Dunn教授がGSIAの現状と展望を語られたのに対し、井尻教授はCMUキャンパス改修プロジェクトが完了したことを中心に御話を進めれられた。懇談会はこの後にもようされたが、前述のような楽しい交流となったのである。
　CITの出身者の参加は少なかったが、Schoolの違いを意識するひと人など誰もいなかった。2組のご夫妻もご満悦の様であったが、特に二人の婦人は終始満面の笑みをたたえていた。
（２）Materials Scienceの第2回同窓会
日時　2000年（平成１２）年３月３０日　午後６～8時
場所　ホテルリッチ横浜
　　　（横浜市西区北幸１－１１－３）
費用　１０，０００円
担当　月橋文孝
行事　柏谷悦章　CMUの報告
案内　手紙、電信メール、はがき返事、電子メール返事
参加者数　２４名
残金　４６，４２７円
***２００１
（１）PFE出身者の同窓会への参加
　１９９９年のCMUAJの総会において、PFE出身の和田春樹氏（和光経済研究所所長）が顧問を引き受けてくれた。筆者は副会長の石原滋氏を伴って、和田所長を訪問し、PFE出身者の名簿作成をお願いした。しかし、１９７０年当時、企業幹部としてCMUのPFEコースに企業から派遣された方々の多くは、既に退職していて、期待していた結果を得ることはできなかった。
　しかし、少人数ではあったがPFE出身の方々と集いを持つことが出来たのは幸いであった。２００９年の横断的同窓会に、PFE出身の方が参加されたのは、この時の成果といえる。
***２００２－２００３　Materials Science の同窓会
　２００２年から２００３年の間、CMUAJは同窓会を開催しなかった。またこの間、特別に述べるようなこともなかったが、Materials Scienceの同窓会は継続して開催している。以下に、２００２年および２００３年に実施した記録を転載する。
　（１）２００２年　第4回同窓会
日時　２００２（平成１４年）３月２９日（金）午後６～8時
場所　東京大学山上会館地階００１会議室
費用　８０００円
担当　月橋文孝
行事　奥田金晴　CMUの報告
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
参加者数　１５名（実質１３名）
残金　３９４６８円

　（２）２００３年　第5回同窓会
日時　２００３（平成１５年）３月２８日（金）午後６～8時
場所　川崎製鉄　みやざき倶楽部
　（千葉市中央区宮崎１－１５）
費用　７０００円
担当　佐藤進、奥田金晴
行事　神保至、上田滋　CMUの報告
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
参加者数　１４名
残金　４４５６３円
***２００４年　大学院日本校開校準備と２人の教授の来日
　（１）CMU情報大学院の日本校とCMUAJの対話
　２００４年１１月３０日（火）の日本経済新聞が、「カーネギーメロン大学情報大学院日本校」の全面広告を掲載した。２００５年９月から開講予定の学生募集広告で、出稿したのは財団法人カーネギーメロン大学情報大学院日本校設立準備会である。この財団は兵庫県と産業界が共同して設立したものであるが、兵庫県知事　井戸敏三氏の呼びかけによって実現した。井戸知事はどのような構想を持っていたのか。
　井戸知事は「日本のウィークポイントである情報セキュリティの人材育成期間を設ける場所として、世界に開かれた神戸は最もふさわしい都市」であるとして、「世界最高水準の情報セキュリティ対応能力を有する人事育成のために、この分野で世界をリードしているカーネギーメロン大学情報大学院の日本校の設立の誘致を推進した。
　一方、CMUは２００２年から開設しているギリシアのアテネ校のプログラムが成功している実績を踏まえて、同じようなプログラムで実施する提案をした。この提案は井戸知事の構想と一致していることから、設立準備は順調に進んだ。
　この過程で、準備委員会のアドバイザーであった渡辺進次氏により筆者に連絡が入り、CMUAJの日本校への協力の要請があった。要請の内容は、CMU出身者による学生募集へ直接的あるいは間接的協力であった。
　これに対して筆者は、日本校内にCMUAJの事務局を設置することによって協力体制は可能になるとの対話を進めたのである。これに対する回答は日本校の業務全般は兵庫県職員が出向して行うので、同窓会事務局を設置するようなことはできないということであった。
　学生募集のために兵庫県は、東京都内で「情報セキュリティ国際シンポジウム」を開催し、このシンポジウムにおいて、同校の誘致は「ひょうごIT新戦略」の中核プロジェクトであること、またCMUが情報セキュリティをはじめてとしたコンピュータ・サイエンスで世界トップレベルの研究・教育ノウハウを持っていることが紹介された。
　このような紹介とともに、日本校設立の意義や日本校への期待、企業のセキュリティ対策などについて話し合われた。ちなみに、このシンポジウムに招待されたのはCMUAJからは筆者一人だけあった。
　（２）Materilas Science　の第６回同窓会
日時　２００４（平成１６年）３月３１日（水）午後６～8時
場所　新日本製鉄　代々木倶楽部
費用　１２０００円
担当　吉田勝成、月橋文孝
行事　CMUからPaxton教授、Cramb教授が参加、講演
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
参加者数　２７名（内２名招待）
残金　２３１１３円
***２００５　学長来日歓迎レセプション、CMU情報大学院開学、そしてMaterials Science同窓会
　（１）Cohen学長来日歓迎レセプション
　CMU情報大学院の6月開学を前に、CMU学長のJared　L. Cohen氏が来日するとの情報が入って、CMUAJのレセプションを行うことになった。
日時　２００５年　３月２４日（木）１９：００～（開場１８：３０）
場所　アイビーホール青学会館ホーリー館２F
　　　校友会館A号室
　　　（東京都渋谷区渋谷４－４－５青山学院大学内）
出席者　学長　Jared L. Cohen
　　　　VP of Advancement　Mr.Robbee Baker Kosak
　　　　Exective Gift Strategist Mr.Garyan J. Tamburo
会費　５０００円程度（予定）
連絡先　GSIA（Tepper School)の関係者
　　　　林英範（GSIA/MBA　２００１）
　　　　GSIA以外のSchool/Department　関係者
　　　　島田一郎（GSIA/MBA　２００３）
出席者はGSIA２２名、CIT９名、H&amp;SS２名、CS１名、IM１名、MCS１名で、合計36名の出席者となり盛況であった。Cohen学長よりの最近の話題、神戸に開学する情報大学院日本校のことなどが語られ、その後は旧交を温める懇親で盛り上がった。
　この歓迎レセプションは久しぶりの同窓会となったわけでだが、林英範氏と島田一郎氏の努力が実って、各schoolやDepartmentを横断した集会となったことが良かった。
　残念だったのは、CMUAJとしてのご案内でなく、CMU日本人会有志として、各位に対して通信が行われたことである。
　改めていうまでもなく、CMUAJのAはAssociation(協会）のイニシアル、Jはジャパンである。どうやら同窓会を”協会“と位置付けるのに、CMU出身者の多くは違和感を持っているようであった。時代も変わり、出身者数も多くなり、CMU日本同窓の名称の方がなじみやすいのではないかという声も聞こえてきた。いずれ協会という名称を変更すべき時が来るとの感慨を抱いたのは、自然のなりゆきであった。
　（２）CMU情報大学院開学
　CMU情報大学院日本校の開学記念式典は、２００５年６月７日（火）１３：３０～１６：３０、兵庫県公館大会議室において行われた。主催は兵庫県および財団法人ひょうご情報教育機構である。
　除幕式及び兵庫県知事井戸敏三挨拶（映像紹介）に続いて式辞が財団法人ひょうご情報教育機構理事長（兵庫県副知事）藤本和弘氏とCMU学長Dr.Jared Cohen氏によって述べられた。
　学長の式辞を要約すると、①CMUは工学およびコンピュータサイエンス分野、特に情報セキュリティーの研究で世界をリードしていること、②日本校では情報セキュリティ技術、経営管理及び政策論を融合することで、激変する時代に対応するリーダーを養成するが、本学と兵庫県がこれに共同で取り組むこと、③日本校のプログラムはこの要請に応えるとともに、日本の科学者や産業界との共同研究に期待していること、の三点であった。
　開学記念式典には筆者の他に、神戸周辺に居住しているCMU出身者が数名出席された。
　（３）Materials Science 第７回同窓会
日時　２００５（平成１７年）３月３０日（水）午後６～8時
場所　横浜キャロットジャパンホテル
　（横浜市西区北幸１－１１－３）
担当　月橋文孝
行事　
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
参加者数　１０名
残金　３６７０３円
***２００６　Tepper出身者の勢いとMaterilas Science同窓会
　（１）　Tepper出身者の交流会
　２００５年のCohen学長歓迎レセプションでは、Tepper出身者が全ての面でリードしている感があった。この勢いが２００６年まで続いたのであろう。Tepper出身者の有志が集い交流会を行っている。
　（２）Materilas Science第８回同窓会
日時　２００６（平成１８年）３月２２日（水）午後６～8時
場所　磯浜　（新宿区高田馬場場１－２８－１０）
担当　轟秀和　月橋文孝
行事　Aarononson先生ご逝去報告
　　　２００５年５月に月橋がCMUを訪問した時の写真紹介
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
参加者数　１５名
残金　５１９５１円
***２００７　最大のレセプションとMaterilas　Science同窓会
　（１）　&quot;The biggest　CMU alumni　gathering ever outside US&quot;
　「先般ご案内させていただいていたCMUのPresident　Cohen氏とDunn氏の歓迎レセプションですが、詳細が決まりましたのでお知らせさせていただきます」と、Tepper　Alumniの山下事務局長が電子メールで下記の案内をしてくれたのは、２００７年２月８日（木）午前１時である。
日時　２００７年３月７日（金）１９：００（開場１８：３０）
場所　東京アメリカンクラブ３F
　　　Mt. Vermon　&amp;　Monticello Room
　　　（東京都港区麻布台２－１－２）
出席者　President Dr.Jared L. Cohen
　　　　Dean of Tepper School Dr.Kenneth B. Dunn
会費　　８０００円程度を予定
　このような案内のもと、参加したのは２００６年の歓迎レセプションのように、SchoolやDepartmentを横断するCMUの出身者や関係者が参加した。日本人だけでなく在日の外国人も参加して、合計87名の参加者となった。
　「Dean　Dunnによれば”The biggest CMU　Alumni　gathering ever outside US&quot;」と山下Tepper　Alumni事務局長が紹介した。しかしこの集会は同窓会総会ではなく歓迎レセプションであった。いずれにしても、文字通り大盛会であったことは事実である。「President　CohenもDean Dunnも非常に喜んでおられました。」
　（２）Matrials Science 第9回同窓会
日時　２００７（平成１９年）３月２８日（水）午後６～８時３０分
場所　くいもの屋わん
　　（習志野市津田沼１－２－１）
費用　７０００円
担当　轟秀和、奥田金晴、月橋文孝
行事　２００６年７月に椿野先生がCMUを訪問した時の写真紹介
案内　電子メール、一部手紙、はがき返事、電子メール返事
参加者数　１２名
残金　６２６９７円
***２００８　失われた期待と新しい芽生への期待
　（１）CMU情報大学院日本校の閉鎖
　２００８年９月１５日のリーマン・ブラザースの破たんは、その影響が大きく、世界中が金融危機へと突入した。世界的に流動性リスクが発生し、世界金融危機から世界同時不況へとつながっていった。
　このあおりを受けて、CMU情報大学院日本校の運営主体である財団法人ひょうご情報教育機構は資金調達が困難となった。このため、CMU情報大学院日本校存続は危うくなり、結局、平成２０年度末（２００８年３月末まで）をもって日本校を閉鎖し、残りの授業は本校において受講させることとなったことを知った。
　CMU出身者として、筆者は日本校卒業生の同窓会への勧誘のため時にふれ折にふれて連絡をとっていたのであったが、期待は全くかなわないことになった。
　一方、２００９年に向けて横断的同窓会組織のための新しい会則をつくりCMU日本同窓会としての総会を開催しようという世話人会の集いが出来たことは明るい期待となった。
　（２）Materials Science の第10回同窓会
日時　２００８（平成２０年）３月２７日（木）午後６～８時
場所　四季善
　　（渋谷区道玄坂１－９－１）
費用　９０００円
担当　松浦宏行、　月橋文孝
行事　新会員紹介。　最近のCMUおよびピッツバーグの紹介。昔の写真紹介
参加者数　１０名
残金　７２４９６円
　第１０回を迎えたMaterials Scienceの同窓会の継続性にも新しい期待をかけたい。    </description>
    <dc:date>2011-04-10T17:26:38+09:00</dc:date>
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  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/abetge/pages/14.html">
    <title>Chapter_1</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/abetge/pages/14.html</link>
    <description>
      **１９７０　CMUへ企業幹部の研修派遣
-創立前のPFE出身者同窓会
　１９８６年１２月１７日、CMUの学長[[RichardM.Cyert&gt;http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Cyert]]博士他８名の教授が来日し、通商産業省後援の「日米ハイテクビジネス・フォーラム」が開催された。このフォーラムについては後に詳述するが、２つのフォーラムの成功を喜んで実行委員長をつとめたCMU出身で東京工業大学学長[[松田武彦博士&gt;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E7%94%B0%E6%AD%A6%E5%BD%A6]]の労をねぎらう集いに置いて、「この日をCMU同窓会の発足の日にしたい」と話された。
　総会のような公的な集まりでの発言ではなかったが、この日をCMU日本同窓会の創立の日とすることが自然の流れとして固まっていった。そして当然のことのように、「会長は松田さん」として、サロン的な集いが時折開かれた。
　その集いにCMU短期間の幹部研修プログラム（PFE=Program For Executeves)を終了した企業の幹部が参加することもあった。日本の企業とCMUが技術提携や経営指導契約の関係が行われた背景に、PFE出身者の力添えがあったように思われる。
　CMU日本同窓会の歩みを述べるに当たって、１９７０年に実施されたPFEへの日本企業からの派遣についてふれておく。
　１９７０年早春、日本生産性本部（現[[社会経済生産性本部&gt;http://www.jpc-net.jp/]]）が主催して、元日経連合会長鈴木永二氏を団長に、経営戦略研修団がCMUに派遣された。続いて同年秋、経営科学研修団の名のもとに、日本生産性本部から企業の幹部がCMUの研修に派遣された。
　二つの研修団の世話役の肝いりで、１９７０年にCMUで研修を受けた企業の幹部が同窓会を開くようになった。ただし、CMU　PFE同窓会とは名乗らなかった。
　このことについては、１９９９年のCMUAJの総会において顧問の役を引き受けた和光経済研究所吉田春樹所長が、その著書において述べている。　なお、１９８６年にCMU同窓会が発足した以降、PFE出身者は誇りをもって、同窓会に出席していた。
-[[1985GSIA同窓会案内&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=14&amp;file=1985GSIA%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A.pdf]] &amp;new2(2011/03/10 15:01:01,time=26,show=新着!,color=red)


***１９８６　「日常ハイテクビジネス・フォラム」開催とCMU日本同窓会の発足
-国際委員会の意義と役割
　CMUと世界の産業界をつなぐ絆として、国際委員会を創設することが、Cyert学長によって提案され、８名の国際的に活躍する学識経験者によって構成された。１９８５年２月、事務局はPittsburghのMorewood Avenueに置かれた。CMUに在籍していた富田勝氏はOfficerとして委員の末席に加わっている。
　委員の中には、ノーベル賞（経済学）の[[Herbert Simon&gt;http://en.wikipedia.org/wiki/Herbert_Simon]]教授がいて、国際的な共同体制づくりの推進者としての役割を担ったようである。この国際委員会のProjectの一つが日本の産業界とCMUを結ぶ「日米ハイテクビジネスフォーラム」の開催である。
　フォーラムのサブタイトルは”日米産業技術協力：実りある協調への一助”である。日米両国の産業界と学界の協力・協調によって、２１世紀への技術革新に関連するビジネスチャンスを生み出そうという目的が明確に示されたフォーラムである。
-”フォーラム”の成功と同窓会の発足
　実行委員長はCMU出身の松田武彦博士（東京工業大学学長）である。このフォーラムのために来日したのはCyert学長はじめ８名の教授（人工知能、ロボット、ソフトウエアエンジニアリング等の分野を代表するそうそうたる顔ぶれ）、加えてナショナル・サイエンス・ファンデーション（NSF)のコンピュータ部門の責任者K.Custis博士も参加している。
　開催日は１９８６年２月１７日、１８日の両日、会場はキャピタル東急ホテル・竹の間。通商産業省後援
ということもあって、参加者は官・産・学の代表８３名。フォーラムに内容が参加者の関心対象である先端技術分野のことであり、しかも産学共同研究で最も成果をあげているCMUの実績をふまえた討議であったため、高い評価をもって閉会した。
　CMU出身者は誰もが誇らしい気持ちで、お互いに成功を喜びあった。松田会長も満足しているように見受けられた。このような感激の中で、一同は松田会長の労をねぎらった。その時、CMU同窓会の発足を提案した松田会長に異を唱える者がいなかったのは当然である。
***１９８７　CMU東京オフィスと恣意的集い
１９８６年１７日、１８日両日にわたるCMU主催「日米ハイテク・ビジネス・フォーラム」の成功の背景には、日本債権信用銀行（現あおぞら銀行）とCMU東京オフィスの活動があった。日本債権信用銀行の支援は会計処理業務において、またCMU東京オフィスはフォーラム開催に伴う雑務処理業務において、それぞれの役割を全うした。
　前者はおそらくCMUのPFE出身がいて会計処理業務を引き受けたと推察する。一方、後者の場合は東京都千代田区三番町にあった株式会社インテリジェント・テクノロジーが、CMUから業務を委託されて活動していたのである。この会社は、CMUの企業提携プログラム、契約研究プログラム、企業向け大学院研修プログラム等におてCMU東京オフィスの名前で活発な業務を展開していった。
　しかし同窓会に関する業務には無関係であった。しかし、CMUから教授が来日すると聞いては松田会長や一筆者に連絡をくれたので、その都度CMU出身者が恣意的に教授を囲む集いを開き、これが期せずして同窓会となっていた。
***１９８８　サロン的有志の集いから組織化への動き
　CMUと株式会社インテリジェントテクノロジーとのCMU東京オフィスとしての業務契約は１９８８年までであったのか、次第にCMUから教授が来日することについての連絡が途絶えた。したがって、前述の恣意的な集いは無くなったが、松田会長がGSIAの出身であったことから、松田会長へは来日するGSIAの教授の連絡があり、その時はCMUの出身者に連絡を取り合ってサロン的な集いを開いた。
　このようなとき、いつも話題になるのが、CMUで時期を過ごした人から、日本にいるCMU関係者の総合的な組織を作ってはどうかということであった。また、来日する教授達やCMU当局の強いすすめもあって、CMU日本同窓会の本格的立ち上げへの声が高くなっていった。
　特にGSIAの出身者が多くなってきたこともあり、この人たちの日本同窓会の意欲が強くなった。当時はCIT出身者の数は少なく、GSIA出身者に総合的な組織としての日本同窓会の設立をお願いすることとなった。    </description>
    <dc:date>2011-03-10T13:07:17+09:00</dc:date>
    <utime>1299730037</utime>
  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/abetge/pages/15.html">
    <title>Chapter_2</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/abetge/pages/15.html</link>
    <description>
      ***１９８９　日本カーネギーメロン大学協会としての総会
１９８６年１２月１８日の松田会長の提案以来、同窓の恣意的な集い、サロン的な集いはあったが、本格的な同窓会組織を目ざした活動は行われなかった。ようやく１９８９年になって、同窓会にむけてた準備委員会が立ち上げられた。
　この立ち上げの中心的役割を担ったのは、三谷史生氏である。三谷氏は経営コンサルタント事務所を経営していたが、経営コンサルティング業務の一環として、CMU日本代表も委嘱されていた。その業務は、来日するCMU関係者と日本の官庁、企業や研究機関との橋渡し、主だった日本企業からの留学生派遣の促進など多岐にわたっていた。
　このような立場に立って、三谷史生氏はCMU日本同窓会としての位置づけよりは、同窓会を核にしたCMU協会という組織作りを提案した。この組織の中で日本に在住するCMU出身者および関係者が、日本および海外にいるCMU関係者との親睦およびその他の人々のCMUの認識を深めることを目的にしよう、という趣旨である。次に示す会則の原案にその趣旨が示されている。この原案に続いて示される総会開催の招待状に、設立準備員会の委員の名前が列記されているが、２月１０日開催の総会に向けて、さまざまな準備が行われた。
　なぜ、CMU協会としての活動を目指したのか、また準備をどのようにしていたのかの詳細は、次に添付した会則の原案に続く、総会案内に詳しく述べているので、ここでは重複を避けて省略する。
なお、２月１０日を総会開催日としたのは、CMUのCyert学長が、日本IBMの主催する講演の講師として２月初旬に来日することが予定されていたことから、これをよき機会ととらえて調整・準備したことによる。

-[[1989年9月15日：設立委員会の議事録&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=15&amp;file=Minutes_of_organizing_commitee.pdf]] &amp;new2(2011/03/10 15:01:01,time=26,show=新着!,color=red)
-[[1989CMUAJ設立総会案内&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=15&amp;file=1989CMUAJ%E8%A8%AD%E7%AB%8B%E7%B7%8F%E4%BC%9A%E6%A1%88%E5%86%85.pdf]]
-[[会則&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=15&amp;file=1989Constitution.pdf]]
***１９９０　Cyert学長の来日とCMUAJの総会
-日本IBM主催によるCyert学長の講演会と二人の教授の企業訪問
　１９９０年２月５日に、日本IBMが主催する後援会のためにCyert学長が２名の教授を伴って来日された。講演会は、ホテルオークラ本館２階の青嵐の間で行われた。演題は『知識革命』で招待されたのは、天城ホームズテッド有識者会議の出席者５７名である。筆者も招待者の１人となった。
　講演は午前１１時から１２時までで、これからの時代が知識が主役になる社会になることについて展望が語られた。未来社会の展望は、出席者に大いなる感銘を与えた。なおこの講演内容は、２月１０日の総会においても語られたが、より熱い調子で語られたのが印象深かった。
　講演後、Luncheon　Partyが開催された。出席者同士の交流が随所にみられたが、Cyert学長に随行して来日した二人の教授―Dr.Paul Christino(Copmputer Science)とDr.Elizabeth Dailey(大学院院長）-も打ち解けた会話をたのしんでいるようであった。
　このLunceheon　Partyが終わってから、２月９日まで、筆者は、二人の教授を企業に紹介する役割を担った。以下に示すように、この企業訪問は時間に追われる忙しさであったが、CMU出身者としての誇りを感じる同行であった。
|２月５日（月）|１３：３０～１４：３０|野村総研|
|２月５日（月）|１５：００～１６：３０|安田火災|
|２月６日（火）|１１：００～１２：００|セコム|
|２月７日（水）|９：３０～１０：３０|NTTデータ|
|２月７日（水）|１１：００～１４：４０|オムロン|
|２月８日（木）|９：００～１０：００|日本債権信用銀行|
|２月８日（木）|１３：３０～１４：４０|松下電器|
|２月９日（金）|１４：００～１５：００|丸紅|
各社はいずれも常務取締役あるいは専務取締役の出席のもと、CMUとの連携をどのようにするかの意見交換で、筆者としても有意義な企業訪問であった。安田火災海上保険とセコムの場合は、社長が出席して他社よりも、具体的な内容で話し合っていたことが印象的であった。
　これらの企業が翌日の２月１０日のCMUAJに参加するのであれば、協会として発足することも意義のあることだと痛感した。

-CMUAJの総会
　２月１０日開催の総会を滞りなく実施するために、１月２２日日本IBMにおいて、進行に関する打ち合わせを行った。当時、日本IBMおよびIBMワールド・トレード・アジアコーポレーションには少なからぬCMU出身者が勤務していた。その中にEdward E. LucenteはIBMの副社長・IBMワールド・トレード・アジア・コーポレーションのグループテグゼクティブであるが、総会の開催に強い関心を示してくれていた。
　このうちあわせにおいて、CMUAJの会長、副会長、事務局長の候補として、会長松田武彦、副会長片方善治、事務局長三谷史生を総会に諮り、出席者の同意を得るようにしようということが決まった。そのためには上記三人の経歴を紹介する必要があるとして、英文による紹介の印刷物が用意された。当日、乾杯・挨拶をするIBM副社長のEd Lucenteの英文紹介物も同時に配布することとなった。
　参考までに、当日に向けて準備されたこれらの印刷物を添付しておく。
-[[1990CMUAJアジェンダ&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=15&amp;file=1990CMUAJ.pdf]]

-１９９１～１９９８　松田会長を囲む小さな集い
　1991年から松田会長が国際会議に出席することが多くなった。また、三谷事務局長には仕事の関係で、CMAJのために時間をつくって準備委員会を招集することが困難になっていた。筆者もまた、産業視察団のリーダーとして海外に出張することが多くなっていた。また、1993年に滋賀県堅田市に開学する成安造形大学の教授に迎えられていたために、東京にいることが少なくなり、CMUAJのための時間的余裕がなかった。
　このような理由で、組織としてのCMUAJは、いわば休眠状態となっていたが、松田会長が時にふれ折にふれてCMU出身者に声をかけて、いわば非公式のCMUAJの集いは年に2回から3回はあり、その都度にCMUAJのけいぞくについて心配をし、意見交換もしていた。そのような意味ででCMUAJは絶え間なく続いていたといってよい。
　もちろん、このようにして集った時は、CMUの状況がその都度、情報交換のようにして伝えられた。たとえば1997年に学長がDr.JaredCohen氏に変わったことで、Campus改修プロジェクトが順調に進んでいることなどが話題になった。　
　東京在住のCMU出身者だけによるこのような集いのほかに、松田会長は関西から東京に出張してきたCMU出身者と関係者をまじえて、前述のような集いをすることによって、CMUAJ総会の代替とはいえないまでも、それに近い趣を感じていたようである。
-１９９９　二つの同窓会
（１）松田会長追悼CMUAJ総会
　1998年CMU元学長のDr.Richard Cyert氏が逝去されたときは、松田会長を囲む小さな集いは”Dr.Cyertをしのぶ会”となった。それからそれほど時間がたたない１９９９年、まるでDr.Cyert逝去の跡を追うように、松田会長の逝去が伝えられた。
　この報にに接して、松田会長追悼のCMUAJ総会を急いで行うべきだということが、準備員会で決定された。たまたまGSIA　DeanのDr.Dunnと井尻博士が来日するとの情報を得て、１９９９年６月２８日（月）に、青学会館シャロンにおいて開催することとなった。総会においてCMUAJの今後の運営として、組織・役員の選任・今後の進め方を重要議事としなければならない。
　そこでこの時の総会の内容は会員各位に向けて次のような案内として伝えられた。
-[[CMU ALUMNI各位への文書&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=15&amp;file=CMU+ALUMNI%E5%90%84%E4%BD%8D%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%96%87%E6%9B%B8.pdf]]
　この総会で筆者が会長に、副会長に三上吉彦氏、石原滋氏、三谷史生が選任された。なお新役員各位の一覧は次のように示される。
-[[CMUAJ　New Officers&gt;http://www43.atwiki.jp/abetge?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=15&amp;file=CMUAJ+New+Officers.pdf]]
(2)Material Scienceの同窓会
　CMUAJとは関係なく、Material Scienceの同窓会が発足したのが１９９９年である。２０１０年横断的CMU総会に参加するまで、この同窓会の開催は、第１１回まで継続していた。以下に、年次ごとの記録を紹介するが、ここでは第一回同窓会の記録を紹介する。

#left(){１９９９年　第一回}
#left(){日時　１９９９（平成１１）年３月３日（火）午後６～８時}
#left(){場所　住友金属工業（株）白山寮}
#left(){（東京都文京区本郷駒込１－２１－１１）}
#left(){費用　８０００円}
#left(){担当　中瀬和夫（代表幹事　邦武立郎）}
#left(){行事　同窓会規約決定、名簿作成}
#left(){案内　手紙、はがき返事}
#left(){参加者数　35名（一名韓国より）}
#left(){残金　８０５３９円}    </description>
    <dc:date>2011-03-10T11:55:57+09:00</dc:date>
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    <title>コメント/コメント/1</title>
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      - こんな感じで感想を書いてください。  -- (abe)  &amp;size(80%){2011-02-19 13:56:42}     </description>
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    <title>コメント</title>
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    <title>Preface</title>
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      #center(){&amp;big(){カーネギーメロン大学日本同窓会２５年の歩み１９８６－２０１１}}

#right(){会長　片方善治（１９５３－１９５５　CIT）}

カーネギーメロン大学日本同窓会が2011年に創立25周年を迎えるにあたって、どのような歩みをしてきたかをまとめることの意義を感じて、手元にある資料と記憶をもとに執筆した。
このような仕事は、編集委員会を構成し、広く資料を集め執筆者としてふさわしい人を選んで取り組むべきあるが、諸般の事情もあり、会長自身が筆者となることを決し、手元の資料と記憶をもとに取り組んだ次第である。
執筆の途中に置いて三谷史生氏、田中隆氏、島田一郎氏に資料を提供していただき、出来るだけ客観的な記述を試みたのであるが、十分とは言えない内容になった。しかし、この記述をもとに、不十分なところを後に補ってもらえれば、筆者がこの取り組みをした目的が達せられる。

#right(){2010年12月30日　脱稿}
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    <dc:date>2011-02-13T09:51:22+09:00</dc:date>
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    <title>右メニュー</title>
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      **更新履歴
#recent(20)


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    <dc:date>2011-01-30T16:34:29+09:00</dc:date>
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