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二章改訂前5

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「おはようございます、ジルコン。――本当にお久しぶりです」
サファイアと呼ばれた石精霊が、その姿に相応しい天使のような微笑を浮かべる。
そして音をたてることもなく、優雅に地面へと降り立った。ふわりと空気が波紋を描く。
誰一人動けぬ中で、ジルコンが親しげな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいていった。
「ほんとに。なかなか答えてくれないから心配したよ」
「神殿に入ってきてからの気配は感じられてはいたのですが……お答えできなくてすみません」
涼やかな音色を背景に穏やかに会話を交わす二人の精霊。それを呆けたように見ていた精霊使いの男がふいに口角を上げて顔を歪めた。

「素晴らしい! 予想以上だ……」
震える声が厳かな空気を壊す耳障りな音、それを呟いた男に視線が集まる。サファイアが形の良い眉を顰め、ジルコンが大げさに首をすくめた。
男はそれに構わず、歪んだ笑みを浮かべたまま痩せた掌を二人の精霊へと向けた。
「今までのゴミ共など比べ物にもならん力だ、それも二匹も!」
恍惚とした目で男がジルコンとサファイアを凝視する。ルギネス達が剣を構えるが、男は他の人間など目に入っていないようにそのまま朗々と宣言する。
「我が元へ下れ石精霊! 私が存分に有効利用してやろう!」
向けられた掌に熱量が集まり、その皮膚に光が文様のように浮かび上がる。その光を視界に入れた二人の石精霊は一瞬不快気に顔を歪めたが、すぐに普段の表情へと戻った。薄ら笑いを浮かべていた男が表情を硬くする。ジルコンがにっこりと微笑んだ。男とジルコンの視線がぶつかりあい、ジルコンからの威圧感が強くなったかと思った瞬間男の掌の先からばちんと何かが弾ける様な音が聞こえた。男の掌からは光が消えうせ、全体からうっすらと血が滲んでいる。
「君じゃ無理だよ。本当はわかってるんじゃない? 分不相応だって」
「黙れ!」
激昂して叫ぶ男を特に諌めるでもなくジルコンが飄々と続ける。

「声は随分威勢がいいけど、さっきからずっと体は震えてるよ?それとも武者震いかな」
そう言われて男がはじめて自らの体の震えに気づいたかのようにはっとする。確かに彼の体は小刻みに震えており、周りから見れば虚勢は一目瞭然であったことに血を上らせた。そんな男にサファイアが怒りと哀れみを含んだ声で静かに語りかけた。
「結界ひとつを解くためだけに数多くの精霊達を犠牲にし、己の主君さえも裏切ろうとしているあなたの元へ、何故下らねばならぬのですか……?」
ぐ、と男が言葉につまる。ルギネスとカサンドラが得心したような表情を浮かべる。意味が理解できない琴菜が隣のルギネスに耳打ちした。
「主君を裏切る?どういうことだ」

「彼らは、ジュデッカ封印の要。臣下である奴がその力を手に入れてしようとする事は……すぐわかるだろう?」
「……成り代わる?」
「そういうことだろうな」
鋭い眼差しを男に向けたままルギネスは呟く。
「彼に与していながら彼を封じ、自ら支配者として立とうとする。その野心には感心するけどさ。連れてきたのが彼の配下の魔物兵で、しかもほとんど壊滅してたんじゃねぇ」
ジルコンが底意地の悪い笑みを浮かべて男を見る。
「ま、たかが小物一小隊じゃ歯牙にもかけてもらえないかな」
男の顔色が変わる。仕草だけでサファイアの精霊石を持ってくるよう澪に示すと二人の石精霊はルギネス達の背後に立つ。
「彼のことです。どのような反応を返してくるかは私たちにもわかりません。私は彼の結界を崩した彼らと共に参りますが、どうぞご自愛を」
哀れみを含んだサファイアの言葉に憤りからか小刻みに震えていた男の肩が大きく震え、顔から血の気が引いていく。
「あー、さっきの結界ってやっぱり彼のだったんだよね?」
「えぇ、お返事も出来ませんでしたし。でも私自身に大きな危害はありませんでしたから」
「じゃぁ、君が何をしたかは手に取るようにわかるね。気をつけてねv」
にこやかに言ってジルコンは何か言いたげなルギネス達を出口へと促す。
恐る恐る祭壇の青玉を手にした澪と不思議そうな顔をした春日があとに続く。
完全に戦意を喪失した男を尚警戒しながらあとに続こうとした琴菜が、涼やかな水音に紛れた鈍い物音に気付き天井を仰いだ。

細い水路に流れる水量が流れ始めた頃と比べて急速に増え始めていた。
水路から溢れ出した水が靴を濡らす。
気付いたカサンドラが声にならない悲鳴をあげ、気配を探るような表情をしていたサファイアがハッと僅かに身長の高いジルコンを見上げた。
「先程、外で何かしました?」
「……なんで?」
「湖の水源は、封印が破られる以前はこの神殿の真下にありましたが今は枯渇しています。この地下祭壇は石組みで水量を調節していたので人も入れましたが、でもこれは……」
「一体、何が……」
ルギネスが先を促そうとする声は石造りの壁に反響した、耳障りな笑い声にかき消された。

全身に浮かび上がる文様からパタパタと赤い雫が散り、水面に波紋を描く。
狂ったように笑い続ける男のまわりを、今にもかき消えそうな光がいくつか飛び交っていた。
「我が元に下らないと言うのならば、略奪者共々水に沈めてやろう」
干からびた声と共に、急速に勢いを増した水が襲いかかる。
聞き慣れない旋律にあわせて表れた水の壁がそれを遮った。

水の壁に阻まれ、水量の増加が止まった。思わず足を止めた面々に、サファイアが強く指示をする。
「はやく上がってください!」
その声に背中を押されるようにして全員が急な階段をなんとか駆け上がりはじめる。
澪が最後に振り返ったときにはサファイアの姿はすでに掻き消え、水の壁の向こうにうっすらと男の影が見えた。
かさを増す水流、激しい水音以外何も聞こえないにも関わらず、なぜか男が狂ったように笑い続けているように感じて、澪は二度と振り返ろうとは思えなかった。力付けるような掌の中の青玉のぬくもりを握り締め、外を目指してひた走った。

空を仰いで地下とは違う、すがすがしい空気を吸い込む。
神殿からさらさらと水が流れ続けているために座り込むことは出来ないが、全力で走った体は風に吹かれているだけで生き返るようだった。

ひからびた湖を恵みの水がゆっくりと潤していく。水が溜まるにはいたってはいないものの、乾いた大地は確実に潤いはじめていた。
「怪我の功名とでも言うべきでしょうか……」
サファイアがするりと姿を現してつぶやいた。
「枯れていた水源が、あの男が無茶したせいでどこかと繋がったのかもしれないねぇ」
ジルコンがぬかるんだ地面を眺めながら応じる。
男が現れる気配はない。

ほっと一息ついたところで、ルギネスがサファイアの前へと進み出た。
そして優雅な身のこなしで一礼する。
「助けてくれて感謝する、石精霊サファイア。私達は革命軍『テーヴェレ』の人間だ。私はルギネス」
それを受けてサファイアも穏やかに微笑みながら一礼した。
「感謝すべきはこちらの方ですルギネスさん。お目にかかれて光栄ですわ。結界を破ってくださって心より感謝しております。彼の結界でしたもの、さぞ大変だったと思います」
「結界……?それは私達は特に」
何もしてないと思う、と言い掛けたルギネスの声を明るいジルコンの声が遮った。
「あーもうせっかく色々めでたしめでたしなのにそんな堅苦しい挨拶はいいじゃない!サファイア、えーと君の本体を持ち出してくれてるのがレイちゃん。黒髪のおねーさんがコトナちゃんにその横がカスガちゃん。後そっちでぶっ倒れてるのがカース君ねー」
ジルコンの簡単すぎる紹介に苦笑しながらもカサンドラ以外が思い思いに挨拶を交わす。

「さあ、目的は果たした。エレンも待っていることだし早く町に帰ろう。おいカースいい加減に起きないとその辺りも泥になるぞ」
ルギネスの声に示され、一同は町へと歩みを進めていった。その後を追うように静かに僅かずつ、しかし確実に湖の水が神殿から溢れだしていた。

徐々に増えていく水に悪戦苦闘しながら歩みを進める。
遠目に湖に面した街の桟橋が見えるころには日も落ち、涸れ切っていた湖底にはくるぶしほどまで水が溜まっていた。
水を含んだ土に春日が足をとられ派手に転ぶ。
顔面から泥の中に突っ込んだ春日を両脇から澪と琴菜が引き上げてやっていると遠くからかすかに呼ぶ声が聞こえた。
ルギネスはずいぶんと前から気づいていたらしく、少し首を傾げながら左の目だけで声のするほうを見ている。
辺りを深紅に染めながら沈んでいく太陽の光を正面から浴びて、浅瀬を進むために船底を平らにした何艘かの船が近づいて来ていた。
そして、その先頭を進む小船には見覚えのある長い耳の少女。
「みなさん、ご無事ですかー!?」
よく通るエレンの声が、ゆっくりと水かさを増していく湖面に響き渡った。

閉鎖されたままの街にたどり着いたのは日も落ち夕闇が辺りを支配し始めた頃だった。
さらさらと水の流れる音を聞きながら、いまだ湖底に沈んだままの桟橋から街へと続く石垣をよじ登る。
薄暗い中もたれかかった石垣に濡れたような感触を覚えて、澪はついた手を引っ込めた。隣を見れば琴菜も同じように怪訝な顔をしている。
「なに……?水?」
「水路から水が溢れているんです。偵察に来た方々も驚いてらっしゃいました」
身軽に石垣を登り手を差し伸べたエレンが頭上で言う。
足場の悪さに閉口しつつ石垣の上に立つ。わずかに山の端から顔を出した月の光に照らされた街は、さらさらと心地よい音をたてる水の流れに洗われて侵しがたい聖域のように見えた。


魔物兵たちの再度の攻撃を恐れているのか、住民たちは街に留まらずその周辺で未だに野宿しているらしかった。
以前の水源から離れた場所から湧き出す大量の水に驚きながら歓喜する彼らに片目を向けて、ルギネスが薄く笑う。
「怪我の功名って言うんだろうね。結果的には良かったじゃない」
その傍らに浮かび上がったジルコンが柔らかく微笑みかけた。
「おかげで俺たちは泥だらけだけどなっ」
「すぐに洗い流せたんだからいいじゃん」
そうじゃなくてだなっ!と髪から滴る雫を周りに振りまいて怒鳴るカサンドラを適当にあしらいながら、ジルコンは目だけである人物を探す。
周囲は喜ぶ住民たちの出迎えでごった返していた。

青白い月光に照らされて真っ白の翼が蒼く染まる。
青い絹糸のような髪がその羽ばたきで軽く舞い上がった。
『封印の石精霊』サファイア。六大神の一柱、魂の守人・アローラの碧玉石最高位石精霊。
ほぼ同時期に石精霊となった彼女の前に立つ細身の影を目に留めて、ジルコンは静かに目を細めた。
「三度目の正直。って、やつですか?」
口の中で囁く言葉は、静かに見下ろす月にさえ届かない。
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