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ヴァルプルギスの悪戯 その1」(2010/03/26 (金) 17:08:49) の最新版変更点

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ヤードー アグリアスお姉ちゃん、「こい」って、したことある? ブロンドというには赤みの強い髪の少女は興味津々、 小首をかしげてアグリアスの顔を覗き込む。 10歳。 大体の意味をわかりながらおませな言動をしかける少女は、 あまり見かけない不思議な金色の瞳をクルクル輝かせる。 アグリアスに甘えて飛びつき、あかがね色の髪が揺れる。 少女とは年の離れた妹がよくわからない顔をしてふたりを見比べる。 「お姉ちゃんみたいな美人は『ひくてあまた』だって八百屋のおじさんが言うの」 少女のおませな言動には冷や汗をかかされることも多いが これが彼女の本来の姿なのかもしれない。 アグリアスは苦笑しながらかつて憧れた人の話、その背に憧れるだけだった話を少しだけした。 「そうじゃないの!いまいるお姉ちゃんのコイビトの話をして!」 リオファネス 夏の陽が遅い時間におちてゆく。 真白い服をまとった褐色の肌の兄妹は血のあたたかさに染まる。 日没と共に急速に冷えてゆく。 「兄さん・・・兄さん・・・」 「ラファ、そこにいちゃダメだ・・・逃げろ…・・・・・・・」 がたがた震える自分の体と動かない兄の体を寄り添わせたラファの目が宙を泳ぐ。 返事をしない冷たい兄、他人の命は何度も奪ってきた。だけど。 そして、人ならざるものたちが軽々と養父を投げ捨てた異様な光景。少女の心身が凍る。 「助けないと・・・」 亜麻色の髪の「異端者」は剣を杖代わりに必死になって身を起こそうとする。 あえなくくずおれる。連戦で負ったいくつもの深手が生命を削りかけている。 透き通った金髪の女性騎士が彼の脇腹の傷に手を添え、チャクラを流し込む。 「バカ者!そんななりで剣をとるな!お前は休め!」 「でも・・・」 とび色の髪の青年が間に入る。 「魔力はまだあるみたいだし、ラムザは後方支援させるか」 血に染む兄妹を前に放心していた白濁気味のブロンドの娘が強く頭を振って立ち上がる。 ラムザの剣を取り上げる。 「わたしもラッドに賛成。わたしが前衛やるから」 「ラヴィアン、大丈夫・・・?しばらく後方ばっかりだったし・・・」 「ほかに誰もいないよ?アリシアは前衛向きじゃないし」 「ごめんなさい、あんまり魔力ももたないかも」 魔導士のローブから栗色の髪を一筋のぞかせる娘が済まなそうに目を伏せる。 「わり、アグねえ、オレも集中力の限界だ。よろしく頼むわ」 つなぎ姿の青年は枯れ草色の頭を壁にもたせかける。 「分かった。ラッド、ラヴィアンが前衛、私は中距離から支援、ラムザはムスタディオ、アリシアと回復魔法を頼む!」 夕日に燦然ときらめく黄金の髪をみつめ、 女の皮をかぶった人外のものの一方がが舌なめずりする。 「キレイね。ふふ、あの髪、欲 し い な」 グローグからヤードーへ グローグの丘を抜けた一行は満身創痍だった。 異端者の烙印を押されようが、どこまでもお人よしなラムザの本質はなにもかわらない。 南天騎士団の脱走兵たちとの交戦は、 これ以上無駄な血を流したくないからと必死になって説得していた。 いつも以上に。 首を狙われ、銃の照準を定められ、それでもけっして自分から攻撃を加えようともせず、 自分よりもいくぶん幼さが残る見習い戦士たちに命がけで呼びかけた。 習ったことを忠実になぞろうとしたあげくにその渾身の攻撃をあっさりいなされ、 追い詰められた、と思い込んだ見習い兵の少年たちは聞く耳をもたなかった。 「お前ら殺して家にかえるんだあ!」 ひとりの少年が血走った目で持ちなれない銃をふりまわした。 「ああああ!」 「バカ!やめろ!兆弾するぞ!」 銃の扱いに慣れたムスタディオが絶叫するが少年はもはや言葉を解さない。 狭い場所で闇雲に放たれた弾丸は彼の敵ではなく朋友たちを貫く。 「もうよせ!」 銃を奪おうとラムザは少年に飛びつく。 「うああああああ!」 「・・・・・ッ!」 「ラムザ!」 「やばい、暴発だ!ラムザ離れろ・・・」 耳をつんざく轟音と同時に肉の焦げる、 彼らにはもはやおなじみとなった臭いがたちのぼってゆく。 少年の頭部とラムザの両の掌から。 ヤードー 自分の初恋は11歳だったから少女をませていると怒ることもできない。 ただの憧れというよりなかったけれど。 オークス家とは遠縁にあたる26歳の青年だった。 自分のような子供にも真摯に接してくれ、使用人たちにすら思いやりを忘れない。 そんな温かみのある人だった。 一見気弱そうなその人は、ひとたび剣を握れば誰にも負けない腕前で、 五十年戦争の末期、ただ友のため部下のため懸命に戦場を駆け抜けた。 最期もあの人らしかった。 初陣の少年を庇った、とだけ葬儀の場で知ることができた。 どこまでも高い冬の空を見上げながらわあわあ泣いた。 彼の妻は泣かなかった。 彼が残したおなかの子を立派に育てると一言高らかに宣言した彼女は美しかった。 以後は彼女がアグリアスの目標になった。 「んもう!それじゃあまるで、憧れのお姉さんの話になっちゃってるじゃない。  好きな人がいた話じゃなくってコイビトの話をしてよ!」 「あなたがもう少し大人になったらね」 学者だという少女の祖母が何年もかけて収集した古書を、蔵書目録と引き比べながら丁寧に荷造りする。 一般教養として古代語をある程度読みこなせるアグリアスにはうってつけの仕事だ。 それというのも彼女の金銭感覚が疎いから、一般の儲け話に不向きだからめぐってきた話だからとは なんとも奇妙なめぐり合わせもあるものだとひとりごちる。 ここのところ軍資金に不足しがちな一行にとっては願ってもない働き口だった。 「ダメ!いますぐ!」 学者の命ともいえるような内容のものはそこになく、奇想天外でいんちきくさい内容のものばかりが並ぶ。 ムスタディオが見たら喜びそうな失われた多色印刷の技法もあざやかに、 かつてイヴァリースで隆盛したといううさんくさい錬金術の技法をつらつらと解説している。 科学と魔法の架け橋となるものだったらしいがその技法は科学技術もろとも失われたという。 「ほら、いい子だから、お仕事の邪魔をしないで」 「悪い子でいいもん!」 なぜかむきになった少女は箱から乱暴に本をつかみ、投げ出してゆく。 「やめなさい!おばあさまの大事な御本でしょう?!」 貴重な古書が蝶々のかたちにひらめいては無様な格好で床に落ちる。 「いいもんおばあちゃんなんかだいっきらい!」 「やっていいことと悪いことがあるでしょう!」 「せっかく友達ができたらいつもなんだもん!またお引越しなんてもういや!」 やめさせようと手首をつかんだときにはあらかた古書はひっくり返されていた。 「ホラ見て!ぜんぶ初めからやりなおし!」 「いいかげんになさい!」 「だってこのおしごとが終わったら、アグリアスお姉ちゃん、  旅にもどっちゃうんでしょ?もう会えないかもしれないでしょ?」 「そうね。だけど今の旅ももしかしたら、あと何年もしないで終わるかもしれないわ」 ぽつりと本音をこぼした少女を抱きしめ、金色の瞳を覗き込む。 「なら約束しない?そうね、五年。  あと五年してあなたが素敵なレディになれたらそのときまた会いましょう。  この町で、あなたのお誕生日を祝うの。ね、どうかしら?」 「うん、そうする・・・」 でもね、おばあちゃんがいうの。もう逃げているのも限界だって。 お前たちは連れ戻されてしまうだろうって。 少女のつぶやきは古書特有の黴臭い空気に静かに飲み込まれ、 アグリアスの耳には届かない。 リオファネス 「このお!」 女たちに渾身で打ちかかったラッドとラヴィアンはあっさりと手の甲で受け止められる。 踊り子装束に身を包んだしなやかなその体で想像できるようないなす動きではなく、力押しで攻撃を捌かれる。 パーティで一番体格がいい彼が競り負けている。 「ハ、なんつうバカ力だよ・・・」 「ラッド!」 肘をねじられたラッドは剣を落とす。 黒い踊り子衣装の女がそのおとがいをとらえ、両の目を熱っぽく見つめる。 「目を閉じろ!チャームだ!」 アグリアスの言うまま目を閉じたラッドが突き飛ばされる。 「クソ!」 銀髪鬼の髪が暮れなずむ空と同じ色調で変化してゆく。 異形の女たちふたりに任せてあるじのエルムドアは悠然とたたずむ。 「森羅万象の生命を宿すものたち 命分かち、共に在らん! リジェネ! 」 背中をしたたかに打ちつけたラッドに魔法の加護が加わる。 「よかった、間に合ったね・・・」 「何やってんだこのスットコドッコイのお人よしは!お前の回復が先だろうが!」 「ははは・・・。アリシア、頼むよ・・・」 しょうがないな、とため息をついたままアリシアの詠唱が完了する。 「水晶に砕けた陽光のすべてをその薄羽に捧げる… フェアリー! 」 「まったく!うちのぼっちゃまどもきたら情けない!!」 屋根の上ではひとり小柄なラヴィアンが女の姿をしたものを相手に切り結んでいる。 力押しはあきらめ、関節と腱に狙いを定めた剣が夕焼けに赤く染まる。 文句を垂れるだけの余裕があるうちに援護しなくては。 ジャンプの不得手なアグリアスは横目で彼らの無事を確認しつつ、攻撃をしかける。 「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き! 」 「くッ・・・・・・」 黒い服を着たほうが聖剣の光に飲み込まれる。 「あらっ、意外にできるのね!」 ピンク色のほうが感嘆しながらラヴィアンの背後にまわる。 攻撃はせず、肩の下くらいで揺れるその髪をひとすじ掬い上げる。 「んー、一応はブロンドの範疇、かしら?でもね、欲しいのはあっち!」 「何をゴチャゴチャ・・・あ!!」 頭をつかまれたラヴィアンがそのまま放り投げられる。 ヘアピンで留めていたシーフの帽子をくっつけたまま宙に舞う。 「―――――――ッ!!」 必死になって手を伸ばした先のガーゴイル像と雨樋が、黒装束の両肘から下をぼろぼろに切り刻む。 「ラヴィアン!」 ラムザが新たに詠唱していたリジェネの光が動かなくなった体を包む。 「やべえ、おっこっちまう!」 雨樋が割れる。かろうじてアグリアスがローブの襟首をひっつかむ。 「な、に・・・・・・」 援護に向かおうとしたラッドは首筋に奇怪な感触を覚える。一撃で倒れる。 「ラッド!」 黒い服のほうだ。 「間に合うか?!」 ラヴィアンを助け起こし、ラッドのもとへ。 首筋に奇妙な感触を覚える。全身の神経をからめ取られたように動けない。 「ふふふふ、近くで見るともっとキレイな髪ね」 ピンクの衣装のほうがいつの間にかアグリアスの真横から耳打ちする。 アグリアスのお下げを持ち上げ、指を這わせた。 「ねえっ、キレイな金髪の騎士さん、取引しないこと?」 「取引?」 「そ、取引」 「レディ、何をしているの?!」 黒い衣装のほうが、顔をこわばらせる。 「んもう、姉さんは黙っててよ!」 「アグリアスさんに何をするんだ!」 傷を完全に塞いでいないラムザがよろけながらアグリアスに迫るほうを睨みつける。 「あらあら嫌な言い方ね。ただちょっと彼女とお話してるだけよ。それに、損はないと思うけれど?」 捕まれているのは髪だけのはずなのに。 異形のものの気配がアグリアスの足を麻痺させる。 先の戦闘で足をくじいたままなのも糸を引いている。アグリアスも無理を重ねていた。 「ほらぁ、お仲間はもう全員ボロボロじゃない?今日は顔見せに来ただけなのよ、私達。  ねっ、それはそうと、この髪、頂戴?」 「髪・・・・・・?」 「そう、この髪、透き通っててとってもキレイだもの、欲しくなっちゃった。  ね、頂戴?」 「アグリアスさんに触れるな!」 「んもう、うるさい坊やねえ。もっと話がわかりそうなのはいないの?」 「レディ!もうやめて!」 「ねぇっ、そこのお嬢さん」 ざん、と奇妙な音ともにレディが兄の亡骸に取りすがっていたラファの前に現れる。 屋根を駆け上る姿は誰も目にしなかった。 「今ここでお兄さんとおなじようになっちゃいたい?」 「あ、あ、あ・・・・・・」 「ね、なっちゃいたい?」 「やめろ!分かった!私のことは好きにしろ、だからその子には手をだすな!」 その言葉を待ってましたとばかりにレディは身を翻し、再びアグリアスの背に姿を現す。 喜色満面でお下げを持ち上げる。 「それじゃ、頂戴ね」 音も無くレディの腕がしなったかと思うと次の瞬間にはその手にお下げ髪がぶら下がる。 「アグリアスさん!」 「ああもう何度もうるさいわねえ、もう何にもしないわよぉ。これが欲しかっただけだから!」 子供っぽく頬を膨らせたレディに、アリシアが詠唱を完成させる。 「陽光閉ざす冷気に、大気は刃となり骸に刻まん! クリュプス!」 「きゃあ!もう、乱暴ねえ!」 ケロッとした顔ながら、いくぶんよろける。 「こっちだって痛い思いしてラーニングしたんだから!ちょっとは喰らってくれなきゃ困るのよ!」 「もう!」 あかんべをしたレディはセリア、エルムドアと合流する。 「…なるほど、キュクレインやベリアスがやられるわけだ…。  セリア、レディ、今夜は引き上げるぞ!」 「じゃあねッ」 レディがうれしそうに戦利品を掲げてみせる。 「異端者ラムザよ、我が聖石が欲しくば、ランベリー城へ来るがいい!待っているぞ…!」 三人の姿が掻き消えたかと思いきや、アグリアスはもう一度背に異形の気配を察知する。 「!」 悲しげな表情の黒衣の女が、セリアと呼ばれたほうがアグリアスの短くなった髪に触れる。 「ごめんなさい、アグリアス、あの子は何も覚えていないの・・・」 疑問を問いかけられる前にセリアの姿も冬の夜空に消える。 軽くなってしまった頭に何かを感じてアグリアスがそっとふれてみると、 セリアの身に着けていたカチューシャがあった。 グローグからヤードーへ 「やばい!オレ右、アグねえ左な!!」 誰もが異様な事態に茫然としているなか、一人ムスタディオが冷静だった。 左手で皮袋の中身をぶちまけながら、右手に掴んだエクスポーションの蓋を歯でこじ開ける。 「手ぇ貸せラムザッ」 薬を注いだ皮袋にラムザの右手を押し込める。 われに返ったアグリアスも遅れて同じことを左手に施す。 「チャクラ頼むな!」 言われたとおりにアグリアスはラムザに寄り添い、ふたりの身体をめぐるチャクラを解放する。 表情をこわばらせたままだったラムザがようやく己の身に起こったことを理解しはじめる。 「ありがとう・・・」 「まだ安心するな!ラヴィアン、ラッド、そのへんこいつの指落ちてないか見てくれ!」 死体を見ても動じることが少ないふたりが、あわてて少年の体をひっくり返す。 「あ・・・指、ゆび、だね・・・大丈夫。両方とも五本ずつ感覚があるよ・・・・・・」 いまさらながらラムザの顔にどっと脂汗が噴出す。 「それ、当分そのままにしとけよ。皮膚と肉がちゃんと再生するまで、魔法も併用してるし結構早く取れるだろうけどな」 ラムザの両手は、回復薬をしみ込ませたガーゼを何重にも載せたあげく包帯で厳重に巻かれている。 「うん、心配かけてごめん」 傍らではアグリアス、アリシアがひたすら回復魔法に集中している。ラムザ自身も詠唱を繰り返す。 ヤードーに入りすがら出会った異邦人の少女、ラファは隣の部屋でずっと寝込んだままでいる。 出会いがしらに助けをもとめられ、おもにアグリアスやラッドたちが追っ手からかばって助けた。 リオファネスからの逃避行や兄との断絶で心身ともに疲れがたまっていたらしく、 風呂と食事のとき以外はほとんど眠りこけている。 一行の中心であるラムザも重傷をおっているいま、休息を必要とする者は休めるだけ休んでおけばよい、と、 ラッドの判断でずっとそのままにさせてある。 「ゴーグじゃたまーにだけどあることだからな、慣れててよかったよ。 まさかオレの暮らしの知恵がこういうときに役立つとはな。ラッドやアグねえ差し置いてさ」 人なつこい笑みをみせるムスタディオは手元の紙に両手の機能回復訓練の方法を書き出していく。 「焦るのは仕方ないけどこれだけは言わせてくれ。焦って手の筋肉や神経がおじゃんになってからじゃ遅いんだからな。 オレの知ってる機工士でバルクさんって人がいたんだけどさ、その人も仕事中に両手がメチャクチャになったんだ。 で、焦ってムリに動かした結果がな。普通に暮らす分にはいいんだけど自慢の器用な細工は二度とできなくなっちゃったんだよ」 機工士として満足な仕事ができなくなった、ゴーグを去ってしまった男を偲び、いつも陽気なムスタディオがそれきり黙る。 ラムザが銃の暴発に巻き込まれた直後、なにもできなかったアグリアスも黙りこくる。 「あの、ちょっといい?いつものことだけど、あんまり大人数で長逗留していたら人目につきやすいでしょ? そろそろラッドかラヴィアンが酒場で何か儲け話を受けてくるかもしれないから、私もしばらくは」 「そうだな。行っといで。回復はアグねえがやるし、コイツの世話はオレがするからさ」 ふたたび人懐こい笑みをみせたムスタディオが、任せておけ、と請け負う。 「いいのか?私ひとりでラムザの身の回りはどうにかできそうなものだが」 ようやく回復魔法の詠唱以外のことを口にしたアグリアスの耳元にムスタディオが素早く何事か囁く。 頬を染めたアグリアスは再度だんまりを決め込んでしまう。 「ムスタディオ、何言ったのさ?」 「風呂のかわりに身体をふいてやる必要もあるだろ、いまのお前」
ヤードー アグリアスお姉ちゃん、「こい」って、したことある? ブロンドというには赤みの強い髪の少女は興味津々、 小首をかしげてアグリアスの顔を覗き込む。 10歳。 大体の意味をわかりながらおませな言動をしかける少女は、 あまり見かけない不思議な金色の瞳をクルクル輝かせる。 アグリアスに甘えて飛びつき、あかがね色の髪が揺れる。 少女とは年の離れた妹がよくわからない顔をしてふたりを見比べる。 「お姉ちゃんみたいな美人は『ひくてあまた』だって八百屋のおじさんが言うの」 少女のおませな言動には冷や汗をかかされることも多いが これが彼女の本来の姿なのかもしれない。 アグリアスは苦笑しながらかつて憧れた人の話、その背に憧れるだけだった話を少しだけした。 「そうじゃないの!いまいるお姉ちゃんのコイビトの話をして!」 リオファネス 夏の陽が遅い時間におちてゆく。 真白い服をまとった褐色の肌の兄妹は血のあたたかさに染まる。 日没と共に急速に冷えてゆく。 「兄さん・・・兄さん・・・」 「ラファ、そこにいちゃダメだ・・・逃げろ…・・・・・・・」 がたがた震える自分の体と動かない兄の体を寄り添わせたラファの目が宙を泳ぐ。 返事をしない冷たい兄、他人の命は何度も奪ってきた。だけど。 そして、人ならざるものたちが軽々と養父を投げ捨てた異様な光景。少女の心身が凍る。 「助けないと・・・」 亜麻色の髪の「異端者」は剣を杖代わりに必死になって身を起こそうとする。 あえなくくずおれる。連戦で負ったいくつもの深手が生命を削りかけている。 透き通った金髪の女性騎士が彼の脇腹の傷に手を添え、チャクラを流し込む。 「バカ者!そんななりで剣をとるな!お前は休め!」 「でも・・・」 とび色の髪の青年が間に入る。 「魔力はまだあるみたいだし、ラムザは後方支援させるか」 血に染む兄妹を前に放心していた白濁気味のブロンドの娘が強く頭を振って立ち上がる。 ラムザの剣を取り上げる。 「わたしもラッドに賛成。わたしが前衛やるから」 「ラヴィアン、大丈夫・・・?しばらく後方ばっかりだったし・・・」 「ほかに誰もいないよ?アリシアは前衛向きじゃないし」 「ごめんなさい、あんまり魔力ももたないかも」 魔導士のローブから栗色の髪を一筋のぞかせる娘が済まなそうに目を伏せる。 「わり、アグねえ、オレも集中力の限界だ。よろしく頼むわ」 つなぎ姿の青年は枯れ草色の頭を壁にもたせかける。 「分かった。ラッド、ラヴィアンが前衛、私は中距離から支援、ラムザはムスタディオ、アリシアと回復魔法を頼む!」 夕日に燦然ときらめく黄金の髪をみつめ、 女の皮をかぶった人外のものの一方がが舌なめずりする。 「キレイね。ふふ、あの髪、欲 し い な」 グローグからヤードーへ グローグの丘を抜けた一行は満身創痍だった。 異端者の烙印を押されようが、どこまでもお人よしなラムザの本質はなにもかわらない。 南天騎士団の脱走兵たちとの交戦は、 これ以上無駄な血を流したくないからと必死になって説得していた。 いつも以上に。 首を狙われ、銃の照準を定められ、それでもけっして自分から攻撃を加えようともせず、 自分よりもいくぶん幼さが残る見習い戦士たちに命がけで呼びかけた。 習ったことを忠実になぞろうとしたあげくにその渾身の攻撃をあっさりいなされ、 追い詰められた、と思い込んだ見習い兵の少年たちは聞く耳をもたなかった。 「お前ら殺して家にかえるんだあ!」 ひとりの少年が血走った目で持ちなれない銃をふりまわした。 「ああああ!」 「バカ!やめろ!兆弾するぞ!」 銃の扱いに慣れたムスタディオが絶叫するが少年はもはや言葉を解さない。 狭い場所で闇雲に放たれた弾丸は彼の敵ではなく朋友たちを貫く。 「もうよせ!」 銃を奪おうとラムザは少年に飛びつく。 「うああああああ!」 「・・・・・ッ!」 「ラムザ!」 「やばい、暴発だ!ラムザ離れろ・・・」 耳をつんざく轟音と同時に肉の焦げる、 彼らにはもはやおなじみとなった臭いがたちのぼってゆく。 少年の頭部とラムザの両の掌から。 ヤードー 自分の初恋は11歳だったから少女をませていると怒ることもできない。 ただの憧れというよりなかったけれど。 オークス家とは遠縁にあたる26歳の青年だった。 自分のような子供にも真摯に接してくれ、使用人たちにすら思いやりを忘れない。 そんな温かみのある人だった。 一見気弱そうなその人は、ひとたび剣を握れば誰にも負けない腕前で、 五十年戦争の末期、ただ友のため部下のため懸命に戦場を駆け抜けた。 最期もあの人らしかった。 初陣の少年を庇った、とだけ葬儀の場で知ることができた。 どこまでも高い冬の空を見上げながらわあわあ泣いた。 彼の妻は泣かなかった。 彼が残したおなかの子を立派に育てると一言高らかに宣言した彼女は美しかった。 以後は彼女がアグリアスの目標になった。 「んもう!それじゃあまるで、憧れのお姉さんの話になっちゃってるじゃない。  好きな人がいた話じゃなくってコイビトの話をしてよ!」 「あなたがもう少し大人になったらね」 学者だという少女の祖母が何年もかけて収集した古書を、蔵書目録と引き比べながら丁寧に荷造りする。 一般教養として古代語をある程度読みこなせるアグリアスにはうってつけの仕事だ。 それというのも彼女の金銭感覚が疎いから、一般の儲け話に不向きだからめぐってきた話だからとは なんとも奇妙なめぐり合わせもあるものだとひとりごちる。 ここのところ軍資金に不足しがちな一行にとっては願ってもない働き口だった。 「ダメ!いますぐ!」 学者の命ともいえるような内容のものはそこになく、奇想天外でいんちきくさい内容のものばかりが並ぶ。 ムスタディオが見たら喜びそうな失われた多色印刷の技法もあざやかに、 かつてイヴァリースで隆盛したといううさんくさい錬金術の技法をつらつらと解説している。 科学と魔法の架け橋となるものだったらしいがその技法は科学技術もろとも失われたという。 「ほら、いい子だから、お仕事の邪魔をしないで」 「悪い子でいいもん!」 なぜかむきになった少女は箱から乱暴に本をつかみ、投げ出してゆく。 「やめなさい!おばあさまの大事な御本でしょう?!」 貴重な古書が蝶々のかたちにひらめいては無様な格好で床に落ちる。 「いいもんおばあちゃんなんかだいっきらい!」 「やっていいことと悪いことがあるでしょう!」 「せっかく友達ができたらいつもなんだもん!またお引越しなんてもういや!」 やめさせようと手首をつかんだときにはあらかた古書はひっくり返されていた。 「ホラ見て!ぜんぶ初めからやりなおし!」 「いいかげんになさい!」 「だってこのおしごとが終わったら、アグリアスお姉ちゃん、  旅にもどっちゃうんでしょ?もう会えないかもしれないでしょ?」 「そうね。だけど今の旅ももしかしたら、あと何年もしないで終わるかもしれないわ」 ぽつりと本音をこぼした少女を抱きしめ、金色の瞳を覗き込む。 「なら約束しない?そうね、五年。  あと五年してあなたが素敵なレディになれたらそのときまた会いましょう。  この町で、あなたのお誕生日を祝うの。ね、どうかしら?」 「うん、そうする・・・」 でもね、おばあちゃんがいうの。もう逃げているのも限界だって。 お前たちは連れ戻されてしまうだろうって。 少女のつぶやきは古書特有の黴臭い空気に静かに飲み込まれ、 アグリアスの耳には届かない。 リオファネス 「このお!」 女たちに渾身で打ちかかったラッドとラヴィアンはあっさりと手の甲で受け止められる。 踊り子装束に身を包んだしなやかなその体で想像できるようないなす動きではなく、力押しで攻撃を捌かれる。 パーティで一番体格がいい彼が競り負けている。 「ハ、なんつうバカ力だよ・・・」 「ラッド!」 肘をねじられたラッドは剣を落とす。 黒い踊り子衣装の女がそのおとがいをとらえ、両の目を熱っぽく見つめる。 「目を閉じろ!チャームだ!」 アグリアスの言うまま目を閉じたラッドが突き飛ばされる。 「クソ!」 銀髪鬼の髪が暮れなずむ空と同じ色調で変化してゆく。 異形の女たちふたりに任せてあるじのエルムドアは悠然とたたずむ。 「森羅万象の生命を宿すものたち 命分かち、共に在らん! リジェネ! 」 背中をしたたかに打ちつけたラッドに魔法の加護が加わる。 「よかった、間に合ったね・・・」 「何やってんだこのスットコドッコイのお人よしは!お前の回復が先だろうが!」 「ははは・・・。アリシア、頼むよ・・・」 しょうがないな、とため息をついたままアリシアの詠唱が完了する。 「水晶に砕けた陽光のすべてをその薄羽に捧げる… フェアリー! 」 「まったく!うちのぼっちゃまどもきたら情けない!!」 屋根の上ではひとり小柄なラヴィアンが女の姿をしたものを相手に切り結んでいる。 力押しはあきらめ、関節と腱に狙いを定めた剣が夕焼けに赤く染まる。 文句を垂れるだけの余裕があるうちに援護しなくては。 ジャンプの不得手なアグリアスは横目で彼らの無事を確認しつつ、攻撃をしかける。 「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き! 」 「くッ・・・・・・」 黒い服を着たほうが聖剣の光に飲み込まれる。 「あらっ、意外にできるのね!」 ピンク色のほうが感嘆しながらラヴィアンの背後にまわる。 攻撃はせず、肩の下くらいで揺れるその髪をひとすじ掬い上げる。 「んー、一応はブロンドの範疇、かしら?でもね、欲しいのはあっち!」 「何をゴチャゴチャ・・・あ!!」 頭をつかまれたラヴィアンがそのまま放り投げられる。 ヘアピンで留めていたシーフの帽子をくっつけたまま宙に舞う。 「―――――――ッ!!」 必死になって手を伸ばした先のガーゴイル像と雨樋が、黒装束の両肘から下をぼろぼろに切り刻む。 「ラヴィアン!」 ラムザが新たに詠唱していたリジェネの光が動かなくなった体を包む。 「やべえ、おっこっちまう!」 雨樋が割れる。かろうじてアグリアスがローブの襟首をひっつかむ。 「な、に・・・・・・」 援護に向かおうとしたラッドは首筋に奇怪な感触を覚える。一撃で倒れる。 「ラッド!」 黒い服のほうだ。 「間に合うか?!」 ラヴィアンを助け起こし、ラッドのもとへ。 首筋に奇妙な感触を覚える。全身の神経をからめ取られたように動けない。 「ふふふふ、近くで見るともっとキレイな髪ね」 ピンクの衣装のほうがいつの間にかアグリアスの真横から耳打ちする。 アグリアスのお下げを持ち上げ、指を這わせた。 「ねえっ、キレイな金髪の騎士さん、取引しないこと?」 「取引?」 「そ、取引」 「レディ、何をしているの?!」 黒い衣装のほうが、顔をこわばらせる。 「んもう、姉さんは黙っててよ!」 「アグリアスさんに何をするんだ!」 傷を完全に塞いでいないラムザがよろけながらアグリアスに迫るほうを睨みつける。 「あらあら嫌な言い方ね。ただちょっと彼女とお話してるだけよ。それに、損はないと思うけれど?」 捕まれているのは髪だけのはずなのに。 異形のものの気配がアグリアスの足を麻痺させる。 先の戦闘で足をくじいたままなのも糸を引いている。アグリアスも無理を重ねていた。 「ほらぁ、お仲間はもう全員ボロボロじゃない?今日は顔見せに来ただけなのよ、私達。  ねっ、それはそうと、この髪、頂戴?」 「髪・・・・・・?」 「そう、この髪、透き通っててとってもキレイだもの、欲しくなっちゃった。  ね、頂戴?」 「アグリアスさんに触れるな!」 「んもう、うるさい坊やねえ。もっと話がわかりそうなのはいないの?」 「レディ!もうやめて!」 「ねぇっ、そこのお嬢さん」 ざん、と奇妙な音ともにレディが兄の亡骸に取りすがっていたラファの前に現れる。 屋根を駆け上る姿は誰も目にしなかった。 「今ここでお兄さんとおなじようになっちゃいたい?」 「あ、あ、あ・・・・・・」 「ね、なっちゃいたい?」 「やめろ!分かった!私のことは好きにしろ、だからその子には手をだすな!」 その言葉を待ってましたとばかりにレディは身を翻し、再びアグリアスの背に姿を現す。 喜色満面でお下げを持ち上げる。 「それじゃ、頂戴ね」 音も無くレディの腕がしなったかと思うと次の瞬間にはその手にお下げ髪がぶら下がる。 「アグリアスさん!」 「ああもう何度もうるさいわねえ、もう何にもしないわよぉ。これが欲しかっただけだから!」 子供っぽく頬を膨らせたレディに、アリシアが詠唱を完成させる。 「陽光閉ざす冷気に、大気は刃となり骸に刻まん! クリュプス!」 「きゃあ!もう、乱暴ねえ!」 ケロッとした顔ながら、いくぶんよろける。 「こっちだって痛い思いしてラーニングしたんだから!ちょっとは喰らってくれなきゃ困るのよ!」 「もう!」 あかんべをしたレディはセリア、エルムドアと合流する。 「…なるほど、キュクレインやベリアスがやられるわけだ…。  セリア、レディ、今夜は引き上げるぞ!」 「じゃあねッ」 レディがうれしそうに戦利品を掲げてみせる。 「異端者ラムザよ、我が聖石が欲しくば、ランベリー城へ来るがいい!待っているぞ…!」 三人の姿が掻き消えたかと思いきや、アグリアスはもう一度背に異形の気配を察知する。 「!」 悲しげな表情の黒衣の女が、セリアと呼ばれたほうがアグリアスの短くなった髪に触れる。 「ごめんなさい、アグリアス、あの子は何も覚えていないの・・・」 疑問を問いかけられる前にセリアの姿も冬の夜空に消える。 軽くなってしまった頭に何かを感じてアグリアスがそっとふれてみると、 セリアの身に着けていたカチューシャがあった。 グローグからヤードーへ 「やばい!オレ右、アグねえ左な!!」 誰もが異様な事態に茫然としているなか、一人ムスタディオが冷静だった。 左手で皮袋の中身をぶちまけながら、右手に掴んだエクスポーションの蓋を歯でこじ開ける。 「手ぇ貸せラムザッ」 薬を注いだ皮袋にラムザの右手を押し込める。 われに返ったアグリアスも遅れて同じことを左手に施す。 「チャクラ頼むな!」 言われたとおりにアグリアスはラムザに寄り添い、ふたりの身体をめぐるチャクラを解放する。 表情をこわばらせたままだったラムザがようやく己の身に起こったことを理解しはじめる。 「ありがとう・・・」 「まだ安心するな!ラヴィアン、ラッド、そのへんこいつの指落ちてないか見てくれ!」 死体を見ても動じることが少ないふたりが、あわてて少年の体をひっくり返す。 「あ・・・指、ゆび、だね・・・大丈夫。両方とも五本ずつ感覚があるよ・・・・・・」 いまさらながらラムザの顔にどっと脂汗が噴出す。 「それ、当分そのままにしとけよ。皮膚と肉がちゃんと再生するまで、魔法も併用してるし結構早く取れるだろうけどな」 ラムザの両手は、回復薬をしみ込ませたガーゼを何重にも載せたあげく包帯で厳重に巻かれている。 「うん、心配かけてごめん」 傍らではアグリアス、アリシアがひたすら回復魔法に集中している。ラムザ自身も詠唱を繰り返す。 ヤードーに入りすがら出会った異邦人の少女、ラファは隣の部屋でずっと寝込んだままでいる。 出会いがしらに助けをもとめられ、おもにアグリアスやラッドたちが追っ手からかばって助けた。 リオファネスからの逃避行や兄との断絶で心身ともに疲れがたまっていたらしく、 風呂と食事のとき以外はほとんど眠りこけている。 一行の中心であるラムザも重傷をおっているいま、休息を必要とする者は休めるだけ休んでおけばよい、と、 ラッドの判断でずっとそのままにさせてある。 「ゴーグじゃたまーにだけどあることだからな、慣れててよかったよ。 まさかオレの暮らしの知恵がこういうときに役立つとはな。ラッドやアグねえ差し置いてさ」 人なつこい笑みをみせるムスタディオは手元の紙に両手の機能回復訓練の方法を書き出していく。 「焦るのは仕方ないけどこれだけは言わせてくれ。焦って手の筋肉や神経がおじゃんになってからじゃ遅いんだからな。 オレの知ってる機工士でバルクさんって人がいたんだけどさ、その人も仕事中に両手がメチャクチャになったんだ。 で、焦ってムリに動かした結果がな。普通に暮らす分にはいいんだけど自慢の器用な細工は二度とできなくなっちゃったんだよ」 機工士として満足な仕事ができなくなった、ゴーグを去ってしまった男を偲び、いつも陽気なムスタディオがそれきり黙る。 ラムザが銃の暴発に巻き込まれた直後、なにもできなかったアグリアスも黙りこくる。 「あの、ちょっといい?いつものことだけど、あんまり大人数で長逗留していたら人目につきやすいでしょ? そろそろラッドかラヴィアンが酒場で何か儲け話を受けてくるかもしれないから、私もしばらくは」 「そうだな。行っといで。回復はアグねえがやるし、コイツの世話はオレがするからさ」 ふたたび人懐こい笑みをみせたムスタディオが、任せておけ、と請け負う。 「いいのか?私ひとりでラムザの身の回りはどうにかできそうなものだが」 ようやく回復魔法の詠唱以外のことを口にしたアグリアスの耳元にムスタディオが素早く何事か囁く。 頬を染めたアグリアスは再度だんまりを決め込んでしまう。 「ムスタディオ、何言ったのさ?」 「風呂のかわりに身体をふいてやる必要もあるだろ、いまのお前」 [[その2へ>ヴァルプルギスの悪戯 その2]]

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