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ヴァルプルギスの悪戯 その2」(2010/03/26 (金) 17:18:26) の最新版変更点

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ヤードー、数日のち アグリアスの献身もあってほどなく両の手の傷跡までが消えてきたラムザは、 ムスタディオとつきっきりで剣を握れるようになるまでの、手指の機能を回復させる訓練を続けている。 ラムザが単調な作業を黙々とこなすおかげでその回復は目覚しかった。 ラファの心身の疲れや塞ぎの虫もいくらか良くなり、リオファネス城の見取り図を描くと申し出てそれを仕上げている。 ただ、大量に回復薬を消費したこと、大怪我をしたラムザを受け入れてくれた宿への口止め料、 破損した装備品の新調などで彼らの懐具合は少々心もとない状況だった。 教会に名前を公表されていないラッド、アリシア、ラヴィアン達が儲け話から戻るまでの間をつなげるかどうか、 流れ者の暮らしに相応な金銭感覚に恵まれないアグリアスですら危機意識を抱きかけていた。 ラムザには適当に休みを入れることを約束させ、いまだに慣れない庶民相手の酒場まで恐る恐るひとり足を運ぶ。 武家の娘でもなり手が限られる女騎士の服装はどうあっても目立ってしまうので、 地味ながらも清楚なブラウスとスカートを日頃から用意してある。 「あのなー、アグねえ。はじめに言っとくけどあんたに向いてる仕事なんてないと思うぜ?」 ムスタディオはわざわざ例を挙げてもみせた。 モンスター退治や護衛などの剣をふるっていればいいようなものでも、使い手の特定される聖剣技を使えばそれだけで足がつく。 かといって秘境探検やサルベージのような一種独特のカンが求められるものには向き不向きもある。 こういったことにやたらと鼻のきくラッドなど、 食うに困らぬ貴族の出のうえ質実剛健な武家育ちのラムザやアグリアスには一生克服できない性質のものとまで断言している。 傭兵くずれや何でも屋風情を想定して頼まれるお使いの類では、貴族としては申し分ない品のある立ち居振る舞いが邪魔になる。 どうあっても高貴な佇まいが隠しきれない女騎士は、日没を待たずにふざけて脱ぎだす酔客らのどんちゃん騒ぎにすっかりあてられてしまった。 酒には手をつけず、料理をいくつか腹に収めるのがせいいっぱいだった。 これまでの旅路、ラムザ達がそれとなく自分の苦手とするような空気から遠ざけていてくれたことに今さらながら気付く。 頭痛をこらえながらふらりと酒場をあとにしてもまだ、夕暮れ時だった。 アグリアスの白い頬や透き通る金髪すらすべて朱に染めるような。 ふと、酒場のはす向かいに鬘屋を見つける。 ショーウィンドウにはいくつもの大仰な見本のかつらが並べられている。 どんな時代でも金をもてあまし、くだらない虚飾を好む輩はいる。 自分の髪は腰までとおあつらえむきな長さがある。金髪はとりわけかつらに好まれる。売り物になるかもしれない。 アグリアスは鬘屋の戸をたたこうとした。 「ねえ、切っちゃうの?髪」 幼い声に振り向けば子供がふたりいた。 ひとりは十歳前後の女の子で、もうひとりはその妹らしい5歳になるやならずやの更に小さな子供だった。 ツン、とした唇のかたちや目元がよく似ている。 「ねえお姉ちゃん。そこって、髪の毛を売ったり買ったりするお店でしょ。知ってるもん。 お姉ちゃんは髪の毛、切っちゃうの?」 茜さす時刻、全てが真っ赤に染められた世界でもなお、子供達の髪はもとからして相当に赤みがかった色あいのようだった。 確かに鬘屋に髪を売るということはそういうことになる。 「切っちゃうの?ねえ、せっかく綺麗な髪の毛なのにもったいないよね」 アグリアスは子供の目線に合わせてしゃがみ、声をかけてきた姉のほうの金色の瞳を見つめ、柔らかく微笑んだ。 「そうね。かつらにする為に髪の毛を売るから、そういうことになるわね」 「もったいないよ。だってこんなに綺麗な色でさらさらで」 「仕方がないわ。お金に困っているのよ」 「じゃあセリアがお金あげるよ」 はい、とポケットを探った子供は自分のこぶし大の塊をアグリアスの手のひらに載せた。 「これは・・・純金?」 「おばあちゃんが言ったの。これをお店で出してご飯たべてきなさいって」 いくらなんでも子供ふたりの食事に金塊などありえない。 子供達の着ているものは色あせ、ほつれやほころびも多い古着で、裕福な家の子供ではないどころか 親か祖母にちゃんと面倒を見てもらっているとさえ言いがたい格好だった。 「ね、ね、お姉ちゃん教えて。サカバ、ってこういうお店のことを言うのよね?」 道の反対側からでさえ賑わいが伝わる酒場の方向を、まだぷっくりとした丸みが残る指が指し示す。 「おばあちゃんがね、さかばでご飯食べて、それから、お仕事をしたい人をつれてらっしゃいって言ったわ」 「おねえちゃん、あたしおなかへった」 妹の方が無邪気な仕草でおなかをさする。 「じゃあオムレツ食べようよ。サカバにもオムレツあるかな」 「おねえちゃんおねえちゃん、とろとろのタマゴのがいいな」 「金色がきれーいな、とろとろのタマゴのがいいね」 姉妹はぎゅっとかたくお互いの手を握りあい、そのまま意気揚々と酒場へ向かう。、 「待って、セリア、待って。そこは大人しか入っちゃいけないのよ」 アグリアスが姉のほうを呼び止めると、素直に立ち止まってこちらを振り返る。 「どうして?」 子供が大人に、空は何で青いの、と聞くのと同じ調子だった。 「おばあちゃんがサカバでご飯を食べて、もうけばなしのぼしゅうをしてらっしゃいって言ったもん」 アグリアスは頭を抱える。 「セリア、一つ聞いてもいいかしら」 「なあに?いいよ」 「あなたのおばあさまは今どこかしら」 ついいつもの動きやすい騎士装束のならいが出てしまい、ずかずかと大股で暮れなずむ町をつっきってゆく。 姉妹の両親はなく、祖母は学者として研究に必要な知識をもとめ、姉妹を伴い旅から旅の生活をしている途上だという。 幼いセリアの話を総合すると、この近くの食堂の、勝手口から入れる部屋に三人で間借りしているらしい。 それにしても学者という生き物はまったくもって不可解だ。 仕官学校時代色々な意味で世話になった、退屈すぎる話を延々と続けて本人以外の全員を眠らせた伝説も持つ名物教授を思い出す。 セリアたち姉妹の面倒をろくに見ないどころかなんと、セリアの妹には未だに名前がないのだという。 「この子はねえ、セリアの妹よ。3さい。セリアは10さいよ。名前?しらなーい。 おばあちゃんはいつも、私のかわいい赤ちゃんって呼ぶよ」 まわりの大人たちの意見が一致しないせいで、首がすわる頃まで名前が決まらなかった赤子もいないことはない。 だが、セリアの連れ歩く妹は、姉のセリアが言うように少なくとも3、4歳にはなっている。 赤の他人ではあるが、幼い子供達をこれだけほったらかしにしておく保護者には一言言ってやらねばなるまいと、 アグリアスは両の手に姉妹のまるっこい手を引き、祖母と孫たちの下宿先へと向かう。 一階建ての白い漆喰の外壁を、屋上の露台に植えられたスイカズラが覆いかぶさるように咲き誇る。 食堂からは和やかな談笑が漏れ聞こえる。子供の食事に手が回らないのならこちらで食べさせれば良いものを。 たしかに、人手がほしいときに呼びかけるのであれば酒場のほうがふさわしいかもしれないが、 それはそれ、大人だけで募集をかけにゆけば済む。 酒場に比べればはるかに穏やかな空気が外まで伝わってくる。 甘く、人を惑わせる初夏の香りにくらりときながら裏手へ回った。 スイカズラのつたが絡みつくのを押し分け、セリアと妹はほとんど隠れたような具合の小さな木戸を探り当てる。 カギのかかっていないその扉をセリアが開け、さっさと入ってゆく。 「こっちよ」 灯もない部屋から手招きする姉妹に続き、アグリアスは腰をかがめながらその身をすべりこませた。 つん、と刺激の強い薬品くさいにおいが満ちている。 「おばあちゃんいないみたーい」 「みたーい」 孫達を放っておいてどういうつもりなのか問いただす気でいたアグリアスは拍子抜けしてしまう。 「セリアのおうちはねえ、いつも食べるものはなーんにもないのー。セリアがもっとちいちゃい頃からそうなのー」 「おなか減ったようおねえちゃん。ご飯たべたいよう」 セリアの妹がぐずり始め、やむなくアグリアスは二人の手を引いて表側の食堂に戻る。 ぽっちゃりした女将がせわしなくテーブルを行き来しては料理が増えていく。 居合わせた客の注文をすべて片付けた赤ら顔の亭主がやおらアコーディオンを持ち出し、 固太りの腹をゆすりながら古い流行歌をなかなかの美声で歌い上げる。 しっぽの先がくにゃりと不思議な格好に曲がった白いネコが亭主の足元に摺り寄り、金色の目を閉じて甘える。 「オバチャンおかわり!」 「セリアも!」 セリアと妹は瞬く間にいくつもの皿を空にしていく。 アグリアスはその旺盛な食欲にあっけにとられた。 確かに成長期というものはよく食べるものなのだと、 自他の経験を思いだしてどうにか納得しようとするが、それにしても姉妹の食欲はとどまるところを知らなかった。 まだまだ逞しくなりつづける年齢のうえよく動くラムザ、ムスタディオ、ラッドの食べる量をしのぎかねない。 財布の中身で果たして足りるかどうか。 セリアから渡された金塊は返そうとしても子供特有の頑固さで突っ返されてしまった。 やむなく手巾でくるんだまま財布といっしょに手提げバスケットにしまいこんである。 おまけにセリアの言い分をそのまま信じるとすると、 不可解な事に「おうちにはこういうのがいっぱいある」のだそうだ。 この手の貴金属類は山賊盗賊の類を撃退したときやサルベージのおりに手に入れることもある。 職人のはしくれとしてギルドへの出入りに慣れているムスタディオに一括して任せているので、 津々浦々の宝飾商人や職人のギルドに売って軍資金にするのはたやすい。 この場は自分が払ってやるよりなかろうと腹を決めたところ、あどけない声がふたたびおかわりをねだる。 「あっ、おかえりなさい、えと、アグリアス、さん」 「アグリアスさん、お帰りなさい」 「アグねえおかえりー。・・・・・・ちょっと待っててな。ラファちゃん、これ、付け直すまでなくさないように持っていてくれるかい?」 「何だいそれ、人形?」 宿にもどると、ラムザの部屋にいる面々は、昼間までの空気がうそのように和気藹々としていた。 なんでも、ムスタディオも仕事を探してヤードーをうろうろしたあいまに面白い機械の修理を請け負ったらしい。 「キカイ仕掛けのおもちゃみたいなものらしいですよ。ゴーグからここまではるばる売られてきたんでしょうね」 「カラクリ時計っていうんだ。ネジをまいておいて、決められた時刻がきたら人形が動いたり音楽が聴ける仕掛けなんだ。面白いぜ」 ムスタディオとラムザ、ラファが機械のつめられた木箱を覗いている。 ラファの手のひらには小さな白いネコの人形がのっていた。 「わあ、このネコちゃんかわいいですね。しっぽが面白いかたち!これが動くんだあ」 「こいつの絵の具塗りなおすの、やってみるかい?」 「うん!」 年相応の少女らしい笑顔を見せるラファに安堵したアグリアスは、 少なくとも出かける前の気がかりはなくなったことに安堵し、 そのまま放心して椅子に座り込んだ。 「で、どうだったのさ、仕事」 「・・・・・・見つかったわ・・・」 「ウソだろ!!絶対にウソだ!!」 「・・・・・本当ですか」 「私に丁度いい内容で、ね」 その割には嬉しそうでもないアグリアスを逆にラファが気遣う。 「あのう、随分お疲れみたいだけど、どんな仕事だったんですか?」 「イヴァリース古語で書かれた本を、蔵書目録と照らし合わせて整理と箱詰め。来週の引越しまで毎日」 端的に聞かれたことしか応えないその声音は疲労感にみちていた。 「ああ、それならアグリアスさんにぴったりですね。  確かお父上も趣味の範囲を超えて古典文学の研究をなさってましたよね」 無言で肯くアグリアスの体がふらりとゆらぎ、持っていた手提げバスケットからごろりごろりと大きな金塊が次々こぼれてくる。 「うわあ何だコレ、純金か!?」 背景に異様なものを感じ取った三人に、頭痛をこらえながらアグリアスはことの顛末を途切れがちに語った。 「はあ、学者さんねえ。そんなに沢山本を抱えて旅ガラスなんてまたすげえ生活だな。  こんだけゴロゴロ金塊持ってるっつうのもまた」 アグリアスから渡された金塊をじっくり鑑定していたムスタディオは、全てほんものの純金だと判断した。 「で、その子達のおばあさんは結局最初から家にいたんですか」 話す気力もなくなってしまったアグリアスがだるそうにまたうなずく。 ひどいなあ、そんな小さな孫をほったらかしだなんて、と、本来のお人よしな面をのぞかせたラムザも、 このおかしな家庭環境を初めて知ったときのアグリアス同様に腹をたてる。 この、年齢に不相応な修羅場を幾多もくぐり抜けた異端者もあの老婆にはかなうまいて。 老婆のらんらんと光る金の両目を思い出し、アグリアスは本日何度目なのかもわからないため息をついた。 くさい。 ただしそれは、例えば何日も歯を磨いていないだとかにおいのきつい食べ物を食べた直後というたぐいではなく、 およそ生き物らしい要素とはかけはなれた薬のそれ、薬品くさいという表現がぴったりだった。 目も耳も悪くなってきた老人なら仕方ないかもしれないが、 アグリアスの眼の前まで顔を近づけ、薬くさい息を吹きかけながら腹のそこから轟わたる大声で問いただす。 「あんたぁ!セリアが連れてきたってことは仕事をしに来た人かね!」 おくれ毛のひとつもなくきちんとまとめられたあかがね色の髪にはいく筋かの白髪が混じる。 染み一つ見当たらない白いローブ、口が動いていなければ一見理知的で品性すら感じる顔立ちと、 少女達の祖母は何から何まで容姿とその中身がかみあっていなかった。 明かりもない薄暗い室内でも猫の目のように輝く金色の両目、あかがね色の髪が、 かろうじてセリアたちとの血のつながりを示した。 「ああ!うちぃ!来週には引っ越すからね!これ!目録!あんたぁ!古代畏国語は読めるかね!  人ぉ!探すなら酒場だけど!酒場はどうにも文盲も多いからね!」 貴族の一般教養としてたしかに古代語はある程度なら読みこなせる。 がっしりと両の二の腕をつかまれたアグリアスはつい老婆の勢いにのみこまれ、首を縦にふってしまった。 「そこ!となりの部屋!全部の本頼むね!」 蔵書目録を押し付けられ、そのまま背中を押されてしまったついでに、ふたたたび金塊を握らされた。 「報酬は!一日あたり!これ一つ!いいね!」 また、その場の勢いで首を縦に振ってしまう。 「契約成立だね!」 くるりくるりと人形がまわる。 昔はやった歌が流れるや、扉からネコと夫婦の人形が出てきてダンスを披露する。 「よっし、直った!」 ラファが興味しんしんに人形を見つめる。 「凄いね。ムスタディオの手は魔法の手なのね」 ラファはすっかり一行の妹分として溶け込み、初対面のときの険しい表情もなりを潜めた。 それに安堵して微笑むラムザの両の手もまた、 アグリアスとムスタディオの尽力ですっかりもとの動きを取り戻した。 「さ、これを届けてきたらオレの仕事はおしまいっ。  ラッドたちも今日中には帰ってくるよな」 ラムザはムスタディオと目をあわせ、うん、と肯定する。 「アグリアスさんも今日あたりで仕事がおわりますよね」 行こう、リオファネスへ。 久方ぶりに剣を手に取り、素早く抜刀したラムザがそれで空を斬る。 「うん、大丈夫。すっかり元通りだ」 アグリアスは、セリアにもう一度別れを告げることを思うと胸が痛んだ。 「僕も、できるだけこの戦いに早く決着をつけます。  貴女がセリアちゃん達との約束を守れるように。  もちろん、オヴェリア様の元に無事に戻るためにも」 「ありがとう、ラムザ」 「つき合わせているのは僕のほうじゃないですか。ありがとう、アグリアスさん」 ねえ、お姉ちゃん。セリアの妹、名前がついたのよ。 レディ、っていうの。ね、ステキでしょ。セリアがつけたのよ。 アグリアスお姉ちゃんみたいな立派なレディになれますようにって。 [[その3へ>ヴァルプルギスの悪戯 その3]]

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