蒲原郡海道組

越後国 蒲原郡 海道組
大日本地誌大系第34巻 29コマ目

この地府城の西に当り本郡の東端にあり。
東の方、陸奥国河沼郡の地に跨り車峠(くるまとうげ)を限りとす。
東は河沼郡野沢組に隣り、西は津川町に界ひ、南は上條組に連なり、北は鹿瀬組に続く。

東西4里18町(東は野沢組下野尻村の山界より、西は津川町の界に至る)。
南北3里(南は上條組小出村の山界より、北は鹿瀬組日出谷村の山界に至る)。

村里みな山間にて新発田街道に住し水田少なく米穀乏し。村民駄馬を逐て生計とす。
八田・福取両村は高山の麓にて寒気(はなはだ)しく雪積ること最深し。この辺三月の末まで雪消ず路に氷雪ありて駄馬を通し難し。因て大鋸(おが)を以てこれを挽割(ひきわり)道を通す。
田沢村・倉平村は街道を離れ殊に深山の間にあり。習俗も自ら古朴(こぼく)なり。
農暇(のうか)には炭を焼き、或いは葛薇の根を掘て食料を資く。
天満村・平掘村は室谷川に傍ひ綱罟の利あり。

この組の諸村みな郷名を失い、本郡の諸村は共に小川荘と称す。
総て10ヶ村あり(中に2ヶ村は河沼郡の部に載す)。

海道組8ヶ村


最終更新:2020年10月20日 07:48
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