アカイイト&アオイシロ 短編小説集

圧倒的な楽園

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akaaonobel

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アオイシロ・アナザーストーリー

★圧倒的な楽園


1.違和感


 ジリリリリリリリリ。
 セットしておいた目覚まし時計が、大音量で鳴り響く。

 「ん・・・。」

 その大音量に導かれ、梢子は目を開ける。
 清々しい青空から照らされる太陽の光が、梢子の顔を温かく撫でる。
 だが普段なら目覚まし時計が無くても即座に起きられるはずなのに、今の梢子は目覚まし時計が大音量で鳴っているにも関わらず、何故か頭がボーッとして中々起きられなかった。
 何故だろう。何故今日に限って、こんなにも寝覚めが悪いのか。

 「くぁ・・・もう朝・・・なの・・・?」
 「そうですよ。今日は土曜日だからって、いつまでも寝てたら駄目ですよ。梢子先輩。」

 とても聞き覚えのある声・・・だがどこか違和感がある。

 「やす・・・み・・・?」

 未だ意識がはっきりしない梢子の視界に映ったのは・・・とても穏やかな笑顔で自分を見つめる、私服姿の保美。

 「・・・って、ええええええええええええええ!?」
 「きゃっ!!」

 在り得ない状況に、梢子は慌てて起き上がった。
 ここは自分の家のはずなのに、何故こんな所に、しかもこんな時間に保美がいるのか。

 「どうして保美がこんな所にいるの!?」
 「どうしてって・・・もう、梢子先輩ったら忘れちゃったんですか?」
 「忘れたって・・・何を!?」

 保美は少し顔を赤らめながらも、梢子に向かってはっきりと告げる。

 「だって私、昨日から梢子先輩と一緒に暮らす事になったんですよ?」
 「・・・はあ!?」

 何が何だか分からない。全く記憶に無い。そもそもそんな約束など、いつしたのか。
 必死に思い出そうとする梢子だったが、何故かここ最近の出来事が全く思い出せない。
 思い出そうとすると何だか自分の意識が、ふわふわの温かい繭(まゆ)の中に包まれていくような感覚を感じる。
 だがそれは決して不快な物ではなく、梢子を包み込むふわふわの感覚が、逆にとても心地よくて気持ち良くて、安心出来る代物だ。

 安心出来るのだが・・・それでも梢子は強い『違和感』を感じる。
 そう・・・梢子の頭の中で、『何か』が欠落しているような・・・。

 「そう・・・だったっけ?」
 「そうですよ。」

 とても純真な笑顔を見せる保美。
 嘘を付いている気配は無い。からかっている様子も無い。
 いや、そもそも保美は、そんな下らないイタズラをしでかすような娘では無い。
 百子だったら『オサ先輩どっきりマル秘報告~!!』とか言い出して、実際にそういう事をやらかしてもおかしくないのだが、少なくとも保美の性格なら絶対にそんな事はしないのだ。

 「それよりも、早く起きちゃって下さい。朝ご飯を作ってる所ですから。」
 「そ・・・そうね・・・」

 頭の中で違和感を感じながらも、梢子は着替えて食卓へと向かう。
 そこで座っていたのは仁之介、そしてナミと夏夜。
 オープントースターでピザを焼いているのだろうか。香ばしいバジルソースとチーズの香りが、部屋中を優しく包み込んでいる。

 「おう、珍しいじゃねえか。目覚まし無しでも起きられるお前が寝坊だなんてよ。」
 「・・・あのね、お爺ちゃん・・・変な事を聞いていいかしら?」
 「あ?」
 「相沢保美・・・私の剣道部の後輩なんだけど・・・昨日から私の家で暮らす事になったって、本当なの?」
 「・・・・・。」

 仁之介は一瞬、あっけに取られた表情をしていたのだが・・・
 突然呆れたような表情になって、深い溜め息を付く。

 「・・・お前なぁ・・・ゲーム脳なんじゃねえの?」
 「ゲーム脳って・・・お爺ちゃん、いきなり何言い出すのよ!?」

 予想もしなかった事を言われて、戸惑いを隠せない梢子。

 「確かにお前、この間Xbox360・・・だったか?何だか物凄いゲーム機を買ってきて、アイドルを育成するゲームを一生懸命やってやがったよな?」
 「ア・・・アイドルクラッシャーの事!?でも私はそんなに夜更かしするまでやった覚えは・・・」

 覚えは・・・あれ?

 「・・・あれ?私・・・Xbox360とアイドルクラッシャーなんて、いつの間に買ったんだっけ?」
 「だからお前がこの間、夏夜と一緒に買ってきたんだろうがよ。そこまでボケてやがんのか?」
 「そ・・・そうだったっけ?」
 「そうだよ・・・って、そうじゃなくてだな・・・お前から俺と貴義と礼子に言い出した事だろうが。あの嬢ちゃんをここに住まわせろってな。」

 全く身に覚えが無い。
 そんな事を言った覚えなど無い。
 何が何だか分からない。

 「そう・・・だったかしら?」
 「ったく・・・最近のテレビゲームってのは、見てて本当に凄ぇとは思うが・・・ゲーム脳って、最近テレビで話題になってるだろ?お前もアレなんじゃねえのか?」

 実は梢子も、テレビゲームはよくやる方だ。
 だがそれでも、いわゆるハードゲーマやオタク、ニートと呼ばれている人たちのように、寝る時間も惜しんでまで熱中するような事は無い。あくまでも気分転換の一環として、軽く遊ぶだけだ。
 少なくともゲーム脳だなんて呼ばれる程までにやり込む事など、絶対に在り得ない。
 在り得ない・・・はずなのだが・・・梢子は何故か、確信が持てないでいた。

 「お前もこの間、これで桂とアイドルクラッシャーでオンライン対戦が出来るわ~とか言って、物凄い幸せそうな顔でニヤニヤしてたけどな・・・」
 「・・・桂?」

 その名前を聞いた途端、梢子の頭の中でノイズが走る。

 「・・・ねえ、お爺ちゃん。」
 「あんだよ。」
 「・・・桂って・・・誰?」

 その場にいた全員が凍りつく。
 一瞬、梢子が何を言っているのか理解出来なかった仁之介。
 仁之介は呆れた表情で、再び深い溜め息を付いた。

 「駄目だこいつ・・・早く何とかしないと・・・」
 「ちょっとお爺ちゃん!!幾ら何でもそんな言い方・・・!!」
 「お前なあ、桂はお前の大切な・・・」

 言いかけて、仁之介は言葉に詰まる。
 頭の中に走るノイズ。

 「・・・おい梢子。桂って誰だ?」
 「だから何でそれを私に聞くのよ!?私がお爺ちゃんに聞いてるんでしょう!?」
 「おい夏夜、ナミ。お前らは知ってるか?桂って誰だ?」

 仁之介に聞かれた夏夜とナミも、とても困った表情を見せる。

 「どこかで聞いたような覚えはあるんですけど・・・私も知らないです。おじい様。」
 「・・・私も・・・知りません・・・ごめんなさいです・・・」

 何が何だか分からない。
 会話が全く噛み合っていない。

 「桂・・・桂・・・けい・・・」

 必死に思い出そうとする梢子。
 いや、何故か梢子は、絶対に思い出さなければならないという衝動にかられていた。
 だが思い出そうとすればする程、梢子の頭の中がふわふわの繭の中に包まれる。
 とても心地良くて、気持ちいい感覚。それが梢子から記憶を辿る意欲を奪っていく。

 「・・・まあいいわ。」

 チン。
 オープントースターの中で、ピザが焼けたようだ。

 「すみません、遅くなりました~!!」

 そこへ梢子の部屋の片付けをしていた保美が、食卓に入って来た。
 オープントースターからピザを取り出して、それを5人分に綺麗に仕分けて皿に乗せる。
 今日は土曜日だというのに、梢子の両親は相変わらず仕事で忙しいようで、いつものように既に出かけたようだ。

 「保美って、朝ご飯は洋食派なの?」
 「いえ、特にこだわりはありません。昨日はピザが特売日だったので。」
 「・・・そうなの・・・。」

 特売日って、昨日だったっけ?
 昨日の事さえも、梢子の記憶があやふやだ。。
 昔の事は鮮明に思い出せるというのに、何故か最近の事が上手く思い出せない。

 「ところで梢子先輩、今日は私とデートしてくれる約束でしたよね。」
 「・・・そう・・・だったかしら・・・?」
 「そうですよ。」

 まあ、保美がそう言うのであれば、そうなのだろう。

 「今日は目一杯楽しみましょうね。梢子先輩。」
 「え・・・ええ・・・。」

 どうも何かが引っかかるが、それでも折角の休日だ。
 梢子は保美と共に、久しぶりに思い切り羽根を伸ばして楽しむ事にした。
 保美が焼いてくれた出来たてのピザを、梢子は口にする。
 それは即席の冷凍ピザだというのに、何だか保美の想いが詰まっているようで、梢子はとても美味しく感じていた。

2.心の欠片


 それから梢子は保美と共に、近所の色んな場所へと遊びに出かけた。
 映画を観たり、ゲームセンターに行ったり、ファミレスに寄ったり、色んなお店に寄ったり、自然公園でのんびりしたり・・・
 保美と過ごす穏やかな時間。梢子は何だかとても楽しかった。

 だが・・・それでも・・・
 梢子は頭の中で、『何か』が欠落しているように感じていた。
 一体何が欠落しているのかは、梢子には分からない。
 だが、『何か』が足りないのだ。
 肝心な物が、梢子の頭の中から消え失せてしまったような・・・。

 梢子の隣には、とても穏やかな笑顔を見せている保美がいる。
 だが・・・今の梢子の隣にいるべきなのは、本当に保美なのだろうか。

 「梢子先輩、さっきからどうしたんですか?そんなにボーッとして。」
 「え?」
 「さっきからずっと歩きっぱなしだったから、疲れてるのかもしれないですね。」

 疲れているというよりも・・・梢子の頭の中が、ふわふわの繭の中に包まれているかのような・・・。

 「あそこのベンチに座って待ってて下さい。今からアイスクリームを買ってきますから。」
 「え・・・ええ・・・。」

 言われるままに、保美に促され、梢子はベンチに腰掛ける。
 何故か保美の言葉に反論しようという意欲さえ、梢子には沸いてこない。
 むしろ、保美の言う事は全て正しいのだと・・・そんな錯覚さえ梢子は感じていた。

 保美が帰って来るのを、じっ・・・と待つ梢子。
 だが、その時だ。

 「嫌です!!離して下さいっ!!」

 近くで女の子の悲鳴が聞こえた。
 心当たりが無い声・・・だけど心当たりがある声・・・
 聞いた事が無いはずなのに・・・とても懐かしさを感じさせられる声・・・
 何故か梢子の身体が、勝手に動いていた。

 「いいじゃねえかよ。俺らと一緒に遊ぼうぜ。」
 「上手いもん食わせてやるからよ。」
 「悪いようにはしねぇから、付き合えって。」

 1人のツインテールの少女が、3人組のチンピラに襲われていた。
 周囲の者達はチンピラたちに完全に気圧されてしまい、目の前で襲われている少女の事を助けようとせず、ひたすら見て見ぬ振りをしている。
 どうしてこの日本は、こういう情け無い人たちばかりなのか。
 梢子はそんな事を考えながら、とっさに少女を庇うように、チンピラの前に立ちはだかる。

 「貴方達!!女の子1人を相手に3人がかりで乱暴するなんて、男として恥ずかしいとは思わないの!?」

 腰にぶら下げていた木刀を抜き、正眼に構える。

 「何だとてめぇ!!女の癖に偉そうな事を言ってんじゃねえよ!!」
 「女は男に黙って使われてりゃあいいんだよ!!」
 「ぶっ殺すぞコラァ!!」

 チンピラたちは一斉に梢子に襲い掛かる。
 ナイフ、鉄パイプ、スタンガン・・・様々な凶器が梢子に迫るが、それでも梢子は全く動じない。

 「・・・はっ!!」
 「ぐあっ!!」
 「・・・ふっ!!」
 「ごあっ!!」
 「・・・せやっ!!」
 「がはあっ!!」

 一瞬で梢子に倒されてしまったチンピラたち。
 何の迷いも無い力強い瞳で、梢子は腰を抜かしているチンピラたちを見据える。

 「な・・・何だこの女・・・強え・・・!!」
 「ひ、ひいっ!!逃げろ!!」

 そのまま怯えた表情でその場から逃げ出すチンピラたち。
 それを見届けた梢子は、ふうっ・・・溜め息を付き、木刀を腰にぶら下げる。
 卯良島であの根方宗次との壮絶な死闘を制した梢子にとって、たかがチンピラ3人など敵では無いのだ。

 「私はこの天照で、私の大切な人たちを守・・・」

 言いかけて、梢子の頭の中を走るノイズ。

 「・・・あまてらす・・・?」

 この木刀って、そんな名前だったっけ?
 そもそも私、木刀なんて持ってたっけ?
 思い出そうとすればする程、梢子の頭の中を包み込む、ふわふわの繭。
 それが梢子から、思い出そうとする意欲を奪っていく。

 「・・・まあいいわ。」

 梢子は目の前のツインテールの女の子に向き直る。
 自分と同い年だろうか。とても可憐で弱そうで・・・それでも強い意志を秘めた瞳をした少女。

 「あ・・・」

 何故か梢子は、彼女から目を離す事が出来ない。
 初対面のはずなのに、何故か彼女とは昔からの知り合い・・・いや・・・梢子にとってかけがえのない、とても大切な人であるかのような・・・
 それは彼女も同じようで、彼女もまた梢子から目を離す事が出来ない。
 互いに戸惑いの表情で、見つめ合う2人。

 「・・・あ・・・あの・・・」

 ふと、少女の方から口を開いた。

 「わ、私・・・桂。」
 「え?」
 「は、羽藤桂って言います!!」

 聞かれてもいないのに、少女は何故か名乗っていた。
 梢子に対して、羽藤桂・・・と。

 「はとう・・・けい・・・」

 何故だろう。その名前に梢子は、強い懐かしさと愛(いと)おしさを感じてしまう。
 そして、彼女の事を昔から知っているかのような・・・。

 「わ、私・・・梢子。小山内梢子。」
 「しょうこ・・・ちゃん・・・?」
 「そう、梢子。」
 「・・・・・。」

 何故か桂もまた梢子という名前に、強い懐かしさと愛おしさを感じていた。
 そして、梢子の事を昔から知っているかのような・・・。

 「桂ちゃん!!」

 その時1人の少女が、慌てて桂と梢子の下にやって来た。
 桂の親戚なのだろうか。どこか桂に似た面影を感じる、とても優しい瞳をした少女。
 先程の騒ぎを聞きつけたのだろうか。とても心配そうな表情で、桂の事を見つめている。

 「あ、柚明お姉ちゃん・・・」
 「桂ちゃん大丈夫だった!?怪我は無い!?」
 「う、うん・・・この人が私を助けてくれたから。」
 「そう・・・良かった・・・私がトイレに行っている間に、こんな事に・・・」

 言いかけて柚明と呼ばれた少女もまた、梢子を見て戸惑いを隠せない。
 初対面のはずなのに、まるで柚明にとって桂と同じ位、とても大切な人であるかのような・・・
 梢子もまた、目の前にいる柚明から目を離す事が出来ない。
 桂と同じ位、とても懐かしさ・・・そして愛おしさを感じる人。
 そう・・・梢子にとって、絶対に失ってはならない人であるかのような・・・

 「・・・ね・・・」
 「・・・え?」
 「・・・姉・・・さん・・・?」

 何故か梢子は初対面どころか、全くの他人であるはずの柚明の事をそう呼んだ。
 柚明もまた、梢子にそう呼ばれた事に、何故か違和感を全く感じていない。
 いや、むしろそう呼ばれて当たり前であるかのような・・・

 「・・・あ、あの・・・」
 「え?」
 「私・・・小山内梢子って言います。」

 何故か名乗らずにはいられなかった。

 「・・・しょうこ・・・ちゃん・・・?」

 その名前を聞いた柚明もまた、その名前に強い懐かしさと愛おしさを感じる。
 見つめ合う梢子と柚明。
 互いの視線から、目を逸らす事が出来ない。

 「・・・私・・・柚明。羽藤柚明よ。」
 「・・・ゆめ・・・い・・・」

 珍しい名前のはずなのに、とても懐かしい感じがする名前。

 「ところで・・・貴方が桂ちゃんを助けてくれたのよね?」
 「ええ・・・まあ・・・」
 「なら・・・お礼と言っては何だけど、後で私の手料理をご馳走したいんだけど・・・」

 何だろう・・・この光景に梢子は、強い既視感を感じる。
 そう・・・過去に一度、この2人とこんなやり取りがあったような・・・
 だが、その時だ。

 「・・・・・!!」

 両手に2人分のアイスクリームを買ってきた保美が、とても慌てた表情で梢子に駆け寄って来た。

 「け・・・桂先輩!!柚明さん!!私達忙しいので、これで失礼します!!」
 「ちょ・・・保美!?」
 「梢子先輩、行きましょう!!」
 「ちょっと・・・うわわわわわっ!!」

 保美は桂と柚明に対して、何かを恐れているかのだろうか。
 折角買ってきたアイスクリームを投げ捨てて、梢子の手を取って、保美は慌てて梢子を連れてその場から逃げ出していく。

 「あ・・・っ・・・!!」

 桂は反射的に梢子に手を伸ばすのだが、届かない。
 既に梢子と保美は、手の届かない遠くへと走り去ってしまっていた。

 「ま、待って!!梢子ちゃん!!もう少しだけ私達と話を!!」

 柚明もまた、何故かとても悲しい気持ちになってしまう。
 何故か梢子が自分と桂にとって、絶対に失ってはならない存在であるかのような。
 そんな柚明に、梢子は何故か強い悲しみを感じてしまう。
 だが、その悲しみの正体が何なのか・・・梢子には分からない。

 保美に手を引っ張られて走り去っていく梢子を、桂と柚明はとても悲しみに満ちた瞳で見つめていた・・・。

3.嫉妬と独占欲


 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ・・・!!」
 「ちょ、ちょっと、保美!?」

 梢子の手を引っ張って、保美は梢子を商店街の路地裏へと連れて行く。
 いきなりの事に戸惑いを隠せない梢子。
 保美は何故か、何かに怯えているかのような表情を見せていた。
 あの桂と柚明という2人の少女・・・彼女たちを見てから、保美の態度が明らかに変わっていた。
 一体彼女たちが、どうしたというのか・・・。

 「保美、いきなりどうしたの!?あの2人がどうかしたの!?」
 「・・・どうして・・・」
 「・・・え?」
 「・・・どうしてあの2人は私の邪魔ばかり!!どうしてまた、梢子先輩の前に現れるの!?」

 何かを恐れているかのように、震えながら梢子を見つめる保美。
 そんな保美の怯えた表情を見て、一瞬ゾッとする梢子。

 「・・・ねえ・・・梢子先輩・・・」

 保美が見せた、強張った瞳。
 そんな保美の瞳が、何だか梢子にはとても恐ろしく感じた。

 「や・・・保美・・・?」
 「梢子先輩は・・・私の事が好きなんですよね・・・?」
 「え・・・?」

 保美は梢子に抱きつき、すがるように梢子を見つめる。

 「答えて下さい梢子先輩・・・私の事が好きって、この間言ってくれましたよね・・・?」
 「そ・・・そうだったかしら・・・?」
 「そうですよ・・・それで、私を梢子先輩の家にご招待してくれたじゃないですか・・・」

 全く記憶に無い。思い出せない。
 だがその瞬間、梢子の頭の中を、ふわふわの繭が包み込んだ。

 「・・・そう・・・ね・・・そうだった・・・わね・・・」
 「そうなんですよ・・・だから梢子先輩・・・」

 今にも泣きそうな表情で、保美は梢子の身体にしがみつきながら、潤んだ瞳で梢子に訴えた。

 「・・・キス・・・して下さい・・・」
 「保美・・・」
 「ねえ・・・私の事が好きなら・・・キスして・・・」

 何故か梢子は全く抵抗する意欲すら持てず、保美にされるがままになってしまう。
 まるで保美の指示に従う事が、当たり前の事であるかのように。

 「保・・・美・・・」

 2人の唇が、どんどん近くなる。
 だが、次の瞬間。

 「小山内さん!!保美ちゃんっ!!」

 突然梢子の元に飛んできた、金色の衝撃波。

 「・・・っ!?保美、危ないっ!!」
 「え・・・!?きゃっ!!」

 梢子は慌てて保美を突き飛ばし、天照で衝撃波を受け止めた。
 いきなりの事に、保美は戸惑いを隠せない。
 そして衝撃波が飛んできた方向から、1人の少女が木刀を持って駆け寄って来た。
 とても悲しそうな表情で、2人の事を見つめている。

 「あ・・・貴方、いきなり何するのよ!?危ないじゃない!!」
 「小山内さん・・・!!」
 「貴方が誰だか知らないけど、私と保美の邪魔をしないでくれる!?」

 誰だか知らないけど・・・その言葉を聞いた少女の胸が、チクリと痛んだ。

 「・・・そう・・・小山内さん・・・私との記憶も消されてしまったのね・・・」
 「記憶を消されたって・・・私は貴方なんかに会った覚えは無いわよ!?」

 反論する梢子だが、何故か木刀を持った少女の可憐な姿に、どこか既視感を感じた。
 そう・・・過去に彼女と会った事があるかのような・・・
 いや、彼女とは以前から、とても親しい関係だったような・・・
 だが思い出そうとすればする程、梢子の意識はふわふわの繭の中に包まれる。
 そしてすぐに、そんな事はどうでもよくなってしまう。

 そんな梢子に見切りをつけた少女は保美に向き直り、何の迷いも無い力強い瞳ではっきりと告げた。

 「・・・保美ちゃん。今ならまだ夢で済ませられるわ。今すぐにマタムの力を止めるのよ。」
 「・・・・・!?」
 「まさか柚明さん程の術者でさえも、こんなにも簡単に飲み込まれるなんて・・・!!」

 少女の言葉に、保美は戸惑いを隠せない。
 とても厳しい表情で、少女は保美を見据えている。
 取り残された梢子は意味不明な少女の言葉の意味を、全然理解出来ない。

 やがて保美は身体を震わせながら、涙目になって少女に叫んでいた。

 「・・・何で・・・!?美咲先輩・・・!!何で私の邪魔をするんですかあっ!?」

 保美は少女の事を、美咲と呼んだ。
 その名前に、どこか親近感を感じる梢子。
 だが相変わらず思い出そうとすると、頭の中がふわふわの繭の中に包まれ、何も思い出す事が出来ない。

 「私と梢子先輩の邪魔をしないで下さいよ!!私は梢子先輩と一緒にいたいんですよ!!」
 「保美ちゃん。貴方は今、自分が何をしているのか分かっているの?」
 「分かっていますよ!!マタムの力で梢子先輩の心を、私に向けさせているんですよ!!」
 「そんな事をしたって、保美ちゃんが小山内さんと本当の意味で結ばれた事にはならないわ。そんな物はただの自己満足よ。」
 「自己満足でもいいじゃないですか!!私はそれでも梢子先輩を・・・!!」
 「人の心や記憶の中に勝手に干渉するというのが、どれだけ重い行為なのか・・・どれだけその人の心を傷つける行為なのか・・・保美ちゃんは本当に分かってる?」
 「・・・っ!!」
 「保美ちゃんは小山内さんと結ばれたいと強く想うあまり、保美ちゃんが記憶を奪った皆の心に、とても深い傷をつけているのよ?」 

 美咲のこの言葉で、保美は口ごもってしまう。
 そして、保美の中でかすかに芽生えた『罪悪感』。
 ただ1人取り残された梢子は、何が何だかさっぱり分からない。
 保美はとても泣きそうな表情で、美咲の事を睨みつけている。

 「保美ちゃん。そんなに小山内さんの事が好きなら、こんな卑怯な事をせずに正々堂々と、小山内さんにしっかりと向き直って、自分の想いを正面から伝えるべきよ。」
 「・・・っ!!だけどっ!!」
 「だから保美ちゃん。今から保美ちゃんの中に潜むマタムを浄化させて貰うわよ。さっきも言ったけど、今ならまだ夢で済ませられるから。」

 美咲の周囲を舞う、無数の金色の小鳥。
 それが何を意味するのか・・・保美には分かっていた。
 保美を傷つける事無く、マタムだけを消し去る神聖な力。

 「嫌・・・嫌・・・そんなの嫌・・・!!」
 「保美ちゃん。痛くしないから、大人しくじっとしていなさい。」

 マタムを消し去られたら・・・皆の記憶が元に戻ってしまう。
 そうなれば梢子の心は、再び桂の下に・・・
 保美の心を支配する恐怖、そして絶望。

 「・・・嫌あああああああああああああっ!!」

 これ以上、梢子先輩と離れ離れになりたくない。
 卑怯だろうと何だろうと、それがどれだけ許されざる行為だろうと、そんな物は関係無い。
 梢子先輩の傍にいたい。いつまでもずっと。

 「な・・・!?」

 その純真な、あまりにも純真過ぎる想いが、保美の中に眠るマタムの力を増幅させていく。
 保美の身体を包み込む、とてもドス黒いオーラ。
 それをまともに浴びてしまった梢子は、まるで糸がプツリと切れてしまったかのように、突然意識を失って地面に倒れこんでしまった。

 「保美ちゃんっ!!」
 「美咲先輩・・・これ以上私と梢子先輩の邪魔をしないで下さい・・・」

 これ以上放っておけば、下手をすると保美自身もマタムの力に飲み込まれてしまいかねない。
 とっさにそれを判断した美咲は、無数の金色の小鳥を保美に向けて一斉掃射した。
 邪悪なる者を浄化する、圧倒的な聖なる力・・・だがそれらは全て、保美を包み込む漆黒のオーラの中に飲み込まれてしまう。

 「そんな・・・馬鹿な・・・!!」
 「梢子先輩は、私の物なんだから・・・誰にも邪魔はさせない・・・」
 「まさか・・・ここまで力を・・・!!」
 「卑怯でもいい・・・許されざる行為でもいい・・・だって・・・だって・・・!!」

 今度は保美の漆黒のオーラが、美咲に襲い掛かる。

 「だって梢子先輩は桂先輩の事を見てばかりで、私に全然振り向いてくれないんだもん!!」
 「くっ・・・!!」

 美咲はどうにか漆黒のオーラを避け、木刀を正眼に構える。

 「そうよ・・・私は梢子先輩との楽園を、この『力』で作り上げる・・・誰にも邪魔されない、圧倒的な楽園を・・・私の『力』なら、それが出来る・・・」
 「・・・保美ちゃん・・・っ!!」
 「だから美咲先輩も招待しますね・・・誰にも邪魔をされない、桂先輩との圧倒的な楽園に・・・」

 保美は美咲と邪魔者の桂をくっつける事で、自分と梢子との『楽園』に万全を喫するつもりなのだ。
 漆黒のオーラが、より一層その威力を増す。

 「そうすれば私も・・・梢子先輩と・・・っ!?」

 だが次の瞬間、漆黒のオーラが情け容赦なく保美を飲み込んだ。
 そのあまりの強大な力を、保美自身が支え切れなくなってしまったのだ。
 そう・・・美咲が恐れていた、一番最悪の事態だ。

 「あ・・・あああ・・・あああああああああああああああああ!!」
 「保美ちゃん!!」
 「嫌・・・助けて・・・梢子先輩・・・助・・・け・・・」

 保美を飲み込んだ漆黒のオーラは、瞬く間にマタムの姿へと変貌していった。

4.温かい光の中で


 目を覚ました梢子が最初に目にした物は・・・とても安らかな表情で横になっている保美と、膝枕の上で保美を寝かせている美咲の姿だった。
 梢子は慌てて起き上がり、とっさに美咲と保美の下に駆け寄る。

 「美咲!!保美!!」
 「小山内さん・・・どうやら保美ちゃんに消された記憶が、完全に戻ったようね・・・」

 そう・・・梢子はこれまでの事を、はっきりと思い出したのだ。
 保美が梢子や桂たちに、何をしたのか・・・保美が犯した禁忌さえも。

 「保美・・・!!」
 「小山内さん、ごめんなさい・・・マタムは私が浄化したけど、保美ちゃんを助ける事までは出来なかったわ・・・。」
 「助けられなかったって、そんな・・・!!」
 「保美ちゃんは、マタムの力を自分の限界以上に使い過ぎたのよ・・・」

 よく見ると美咲の膝枕の上で、保美の身体がかすかに金色に光っていた。
 金色の温かい光に包まれ、保美はとても安らかな表情を見せている。

 「今の私に出来るのは、せめて保美ちゃんの苦しみを取り除いて、こうやって安らかに死なせてあげる事だけ・・・」
 「美咲・・・」

 美咲の『力』が無ければ、今頃保美は心をズタズタにされた苦しみと痛みで発狂していたはずだ。
 それを美咲が、どうにか抑え込んでいるのだ。
 せめて安らかに死ぬ事が出来るように・・・と。

 「ごめんなさい・・・私の力不足のせいで保美ちゃんが・・・」

 それを聞いた保美が、美咲の膝枕の上でゆっくりと首を横に振った。

 美咲先輩は何も悪く無い・・・悪いのは私です・・・
 だから梢子先輩・・・美咲先輩を責めないで・・・

 もう言葉を話す余力すら残っていない保美だったが、残された最後の力、そしてその安らかな笑顔で、精一杯梢子と美咲にそれを伝えた。
 そしてその動作と表情だけで、梢子と美咲には充分に伝わったようだ。

 「保美・・・このウスラ馬鹿・・・!!」

 保美はとても安らかな笑顔で、梢子をじっ・・・と見据え、かすかに口を開く。

 す・・・き・・・で・・・す・・・

 「・・・保美・・・!!」

 せ・・・ん・・・ぱ・・・い・・・
 す・・・き・・・で・・・す・・・

 「・・・・・。」
 「保美ーーーーーーーーー!!」

 美咲の『力』に導かれ、保美はとても安らかな笑顔で、美咲の膝枕の上で眠るように死んでいった。
 まるで美咲に導かれ、圧倒的な楽園へと旅立ったかのように。
 保美は確かに許されない行為をした。踏み込んではならない領域にまで踏み込んでしまった。犯してはならない禁忌を犯してしまった。

 だがそれでも、保美の梢子への愛は純粋で、本物だったのだ。
 そう・・・桂に嫉妬するあまり、自らの中に眠るマタムの力にすがってしまう程までに。
 それ程までに、保美の梢子への愛は本物だったのだ。

 「うわあああああああああああああああああああ!!」

 保美の亡骸にしがみつき、梢子は泣いた。保美の死が悲しくて、心の底から泣いた。
 そんな梢子を、美咲は悲しみの表情で見つめていたのだった・・・。