アカイイト&アオイシロ 短編小説集

第1話「悲しき再会」(後半)

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akaaonobel

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アカイイト外伝・紡がれし心

第1話「悲しき再会」(後半)


4.激震


 そして、美羽と奈々は遂にご神木まで辿り着いた。
 美しい月の光に照らされた巨大な槐の木が、美羽と奈々の目の前で悠然とその美しい姿を晒している。
 ご神木には無数の満開の花が咲き乱れており、無数のホタルがご神木の周囲で淡い光を輝かせている。
 その幻想的な光景に、美羽も奈々も思わず圧倒されてしまっていた。
 まるで自分たちが幻想世界に迷い込んでしまったのではないかと・・・そんな錯覚と焦燥感すら感じてしまう程の・・・。

 「このご神木に・・・邪神クジャと雪奈お姉ちゃんが・・・」
 「みゆみゆ、党首が言っていた通りだよ。ご神木にオハシラサマが宿ってるし、ご神木の下で『何か』が眠ってる・・・」

 蒼白の瞳で、奈々はそこに存在する物を確かに『視た』。
 強大な力を持った『何か』が、確かにご神木の下で眠りについている。
 それが一体何なのか、奈々には直接見る事は出来ないのだが・・・それでもその力の強大さだけは、奈々も敏感に感じ取っていた。

 「奈々、予定通り術式の準備を。」
 「うん・・・みゆみゆ、気をつけてね?」
 「奈々もね。封印が解けてクジャが出てきたら、すぐに逃げるのよ?」
 「分かってる・・・それじゃあ、覚悟はいい?始めるよ?」

 奈々はご神木の周囲に6つのクリスタルを置いて、何やら呪文を唱え始めた。
 その瞬間、クリスタルから蒼白の光が放たれ、その光がクリスタル同士を繋ぎ合わせ、ご神木を中心に六芳星が描かれる。
 戦闘は苦手な奈々ではあるが、相馬党で美羽のサポート役を任されているだけあって様々な術を習得していた。

 今、奈々が使っている術は、雪奈がオハシラサマになる事で稼動しているご神木の結界を、封じの要である雪奈が元の人間に戻った後も、ある程度は維持させる為の代物だ。
 雪奈をご神木から出した瞬間にクジャが蘇り、有無を言わさずに雪奈を殺すなどという事態を防ぎ、万全の状態でクジャを迎え撃つ・・・早い話がクジャが結界を破るまでの時間稼ぎだ。

 「みゆみゆ、アタシの術の効力は多分5分が限界だと思う。それまでに雪奈さんを元の人間に戻せる?」
 「充分よ。2分でやるわ。」

 ご神木の前に進み出て、美羽はそこに宿っている従姉に向かって呼びかけた。

 「雪奈お姉ちゃん・・・私だよ。美羽だよ。雪奈お姉ちゃんを助けに来たよ。」

 とても切ない表情で、美羽はご神木を見上げている。
 右手でご神木にそっ・・・と触れて、美羽は雪奈の鼓動を感じ取る。
 間違いない・・・雪奈お姉ちゃんは確かにここにいる・・・美羽はそれを確信し、雪奈をオハシラサマの使命から早く解放したくて、必死に雪奈に呼びかけた。

 「私、雪奈お姉ちゃんを助ける為に強くなったんだよ?今では相馬党の鬼切り役なんだよ?」
 「・・・・・。」
 「雪奈お姉ちゃんの代わりに、私がクジャを倒すから。私がクジャを滅ぼしてみせるから。」
 「・・・・・。」
 「だから雪奈お姉ちゃんは、もうオハシラサマとしての重い枷を背負う必要は無いんだよ?」
 「・・・・・。」
 「雪奈お姉ちゃん、出てきてよ。お願いだから私と奈々の前に姿を見せてよ。」

 美羽が必死に雪奈に向かって呼びかけた、その瞬間。
 突然ご神木が青く白く美しく光輝き・・・美羽の隣に1人の着物を着た少女が現れた。
 どこか美羽に似た面影がある彼女の姿を見て、美羽は感極まって涙が溢れそうになる。
 10年前に邪神クジャを封じる為に、自ら犠牲になってオハシラサマとなった、美羽の従姉。
 その懐かしい姿は10年前にオハシラサマになった時の、16歳の姿のまま。
 オハシラサマとなった事で、今の雪奈は10年前から時が止まっているのだ。

 「この人が野咲雪奈さん・・・みゆみゆのお姉さんだっていう・・・」

 何て綺麗な人なんだろう・・・奈々は思わず雪奈に見とれてしまっていた。
 見た目は奈々や美羽と同年代の女の子だが、それでも実際には奈々たちより10年間も長く生きているだけあって、彼女から放たれている毅然とした雰囲気が、彼女を『女の子』ではなく『女性』であると奈々に認識させている。
 それに美羽の従姉なだけあって、その素顔はどことなく美羽の面影を残している。
 10年間離れ離れになっていた美羽と従姉との、感動的な再会・・・奈々も思わず表情が緩んでしまっていた。

 「・・・やっと・・・やっと会えた・・・雪奈お姉ちゃん・・・やっと・・・!!」
 「・・・・・。」
 「雪奈お姉ちゃん、私が今から雪奈お姉ちゃんを元の人間に戻すから・・・!!」
 「・・・・・。」
 「私がクジャを倒して、全ての因縁を断ち切ってみせるから・・・!!」
 「・・・・・。」
 「だから雪奈お姉ちゃん、また昔のように2人で一緒に・・・」

 後は奈々と一緒に立てた当初の計画通り、雪奈を元の人間に戻した後に邪神クジャを打ち倒すだけだ。
 大好きな従姉が10年ぶりに戻ってくる・・・昔のように雪奈との静かで幸せの日々を、この手に取り戻す事が出来る。
 その光輝く未来を想像し、美羽の瞳に宿る希望。

 だが、次の瞬間。
 美羽の従姉だという目の前の少女は、美羽にとって信じられない事を口にした・・・。

 「・・・貴方は一体・・・誰なの?」

 まるで赤の他人を見るかのような、戸惑いの表情で。
 美羽と奈々は一瞬、雪奈が何を言っているのか理解出来なかった。

 「・・・え?」
 「私の事を雪奈お姉ちゃんだとか、やっと会えたとか、訳の分からない事を言っているけど・・・人違いなんじゃないかしら?」
 「・・・ちょっと待って・・・雪奈お姉ちゃん・・・何を・・・何を言っているの・・・!?」
 「何を言っているのって・・・貴方の方こそ何を言っているの?」
 「そ・・・そんな・・・だって雪奈お姉ちゃん・・・」

 希望の光が宿っていた美羽の瞳が、みるみるうちに絶望の闇に染まる。
 一体全体、何がどうなっているのか。普段は冷静沈着でクールな美羽でさえも、戸惑いの表情を隠し切れずに動揺していた。

 「・・・今の私はユキナよ。野咲雪奈なんかじゃないわ。」

 とても厳しい表情で、彼女は美羽に呼びかけられた名前を、何の躊躇も無くはっきりと否定した。
 自分は野咲雪奈なんかじゃない。ユキナだと。
 それは、彼女が美羽の従姉だという事を自ら完全否定した証。
 彼女が美羽を見つめる瞳は、従妹に向けられるべき優しさが欠片も感じられない。まさに見覚えの無い『他人』を見るかのような冷たさすら感じられる。
 それだけではなく、彼女は美羽と奈々に対して苛立ちさえも抱いているようだ。

 「私は槐のハシラの宿り主。古(いにしえ)よりこの地に眠る、邪神クジャの封じを担いし者。」
 「雪奈お姉ちゃん!!私の事を覚えてないの!?」
 「私はハシラとしてこの世に生を受け、天より与えられし使命によって、この地で封じの任を担い続けている者。それ故に私には生まれた時から家族などいない。」
 「・・・そんな・・・嘘でしょ・・・!?だって、雪奈お姉・・・」
 「私は貴方の事なんか知らないわ。」

 強い口調と威圧感で、ユキナは美羽を無理矢理黙らせた。
 槐のご神木に宿る守り神としての、毅然とした厳格な態度で。
 今のユキナからは、美羽がよく知っている野咲雪奈としての、優しい従姉の面影が微塵も感じられない。
 まさに美羽とユキナとの間に、超えられない『他人』の壁が悠然と立ちはだかっていた。

 「わ・・・私は・・・邪神クジャを倒して・・・雪奈お姉ちゃんをオハシラサマの使命から解放する為に、この羽様まで・・・」
 「邪神クジャは危険な存在よ。どんな事があっても絶対にここから出すわけにはいかないし、貴方のような子供に任せる事など到底出来やしない。」
 「だって・・・今の私なら勝てるって、党首が・・・!!」
 「貴方の知り合いがどう判断したのかは知らないけれど、私は貴方の事を知らなければ信用もしていないのよ。見ず知らずの女の子に邪神クジャを倒すからここから出せといきなり言われて、私がはいそうですかと素直に従えると思う?」

 ユキナの周囲を、無数の月光蝶が舞っていた。
 とても厳しい目つきで、美羽の事を睨み付けている。
 それは、ユキナが美羽を『敵』だと認識した証。
 予想もしなかった出来事に、美羽は戸惑いを隠せない。

 「確か美羽と言ったわね?これ以上邪神クジャの封印を妨げる行為をするというのなら、私はハシラとして貴方を排除するわ。」
 「そんな・・・雪奈お姉ちゃん・・・!!」
 「今すぐにここから去りなさい。ここは邪神を封じる為の神聖なる地。貴方のような子供が軽々と踏み入っていい場所では無いのよ。」
 「ゆ、雪奈お姉・・・」
 「私はユキナよ。」

 ユキナから放たれた、凄まじいプレッシャー。
 それを感じた美羽は絶望の表情で、その場に崩れ落ちた。
 いつも美羽と一緒にいる奈々だったが、こんなにも絶望に打ちひしがれている美羽の姿を見るのは、今回が初めてだった。

 どんなに強大な鬼が相手でも、どんなに危機的な状況に追い込まれても、常に冷静さを失わずに的確な判断が出来る美羽が、ここまで無様な姿を晒しているのだ。
 無理も無いだろう。10年ぶりに再会した大好きな従姉が自分の事を覚えていないばかりか、自分の事を徹底的に拒絶までしたのだから。

 「わ、私たちはお邪魔だったようですね~、し、失礼しました~。」

 たまりかねて奈々は、美羽を起き上がらせて肩を担ぎ、無理矢理その場を後にした。
 美羽はショックのあまり全身に力が入らず、奈々にされるがままになっている。
 そんな2人を、冷徹な瞳で見つめているユキナ。

 「確か奈々と言ったかしら?貴方が施した術も解除してくれるとありがたいんだけど。」
 「ああ、そのままにしておいて大丈夫ですよ。あと2、3分もすれば効力が切れますから。」
 「そう・・・ならいいんだけど。」
 「そ、それじゃあ邪神クジャの封印、これからも頑張って下さいね~。でわでわっ。」

 2人の後ろ姿を見送って、ユキナは溜め息をついてご神木の中へと戻っていった。
 誰もいなくなって静かになったご神木の周辺を、静かな虫の鳴き声と無数のホタルの光が優しく包み込む。

 「・・・雪奈・・・お姉ちゃん・・・!!」
 「みゆみゆ!!気をしっかり持って!!みゆみゆ!!」
 「何で・・・何でこんな・・・っ!!」
 「取り敢えず党首に報告して、これからの事を相談しようよ!!ね!?」

 目に涙をにじませて、美羽は奈々に肩を担がれながら、ズルズルと情けなく引きずられていた。

 「・・・何でこんな事になってるのよおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

5.陰謀


 「・・・そうか、分かった。取り敢えずお前たちは指示があるまで経観塚で待機だ。決して余計な事はするなと美羽に念を入れておけ。・・・ああ、分かっている。こんな夜遅くまでご苦労だったな。次の指示があるまで充分に身体を休めておけよ。」

 夜10時・・・奈々からの通話を切って、一人の初老の男性が携帯電話を懐にしまった。
 彼こそが、美羽と奈々に雪奈救出とクジャ討伐の任務を下した、鬼切り部相馬党の党首・・・相馬源一郎(そうま げんいちろう)である。
 そして彼の隣に寄り添っているのが、源一郎の専属秘書を務める少女・篠原(しのはら)スミレ。

 「源一郎様、彼女たちは何と?」
 「救出ミッションは失敗、雪奈が記憶喪失、邪神クジャは封印されたまま健在・・・だそうだ。」
 「左様でございますか。」
 「・・・フン。」 

 源一郎が見せたのは、邪悪な笑みに満ち溢れた表情。
 彼の手元にあるノートパソコンの液晶画面には、美羽と雪奈の何やら怪しげなデータが映し出されている。

 「全て私の計画通り・・・『ユグドラシル・プロジェクト』は順調に進んでいるようだな。ククク・・・」
 「・・・・・。」
 「もうすぐだ・・・美羽の力を使って『究極のオハシラサマ』を作り出し、この私が日本を・・・いいや、この世界その物を手中に収める時が、遂に訪れるのだ!!」

 鬼切り部は鬼の脅威から、力無き人々を守る事が使命。
 その鬼切り部の党首という、重要な役職に就いているはずの源一郎だったが・・・どうやら美羽を使って何らかの壮大な野望を企てているようだ。
 源一郎の邪悪な笑み・・・とても力無き人々を守る職務に就いている者が見せる表情では無い。
 そんな源一郎を、スミレは無表情でじっ・・・と見据えている。 

 ユグドラシル・・・北欧神話に登場する、『世界』を体現する巨大な樹。
 日本では一般的に、『世界樹』という名称で知られている。
 そして源一郎は、美羽の力を使って『究極のオハシラサマ』を作ると言っていた。
 世界樹とご神木・・・一体どんな関わりがあるというのか。
 彼が企てている計画の『ユグドラシル・プロジェクト』とは、一体どんな代物なのか・・・。

 「計画通り、明日の朝に我々も経観塚に向かうぞ。出発の用意を整えておけ。」
 「承知致しております。」
 「計画の総仕上げだ・・・この私がこの世界の支配者になる為のな・・・!!」
 「・・・・・。」
 「ククク・・・ククククク・・・フハハハハハハハハハハ!!」

 ノートパソコンの電源を落とし、高笑いしながら自分の部屋へと戻っていく源一郎。
 そんな彼の後ろ姿を見送ったスミレは溜め息をついて、窓から月の光をじっ・・・と見つめる。
 美羽と奈々も、今頃はこうやって月を眺めているのだろうか。
 いや・・・今の美羽に、そんな気持ちの余裕など無いのかもしれないが。
 経観塚は田舎故に、バスもタクシーも夜9時には運行を終えてしまう。
 なので今頃は、美羽と奈々は野宿の準備をせっせと整えているはずだ。
 これから先、2人に待ち受ける悲壮な運命を知る事も無く・・・。

 「・・・ユグドラシル・プロジェクト・・・か・・・随分とまぁ、壮大な名前を付けた物だな。」

 鬼の脅威から人々を守る為に存在する鬼切り部・・・その党首の1人である源一郎が、こうして己の野心の為に不穏な計画を企て、この世界を支配しようとしている。こんな皮肉めいた話があるだろうか。
 だが鬼切り部の党首とはいえ、彼もまた心を持った人間なのだ。
 心を持った人間である以上、こうして己の力に溺れて下らない野心に走ってしまうのも、仕方が無い事なのかもしれない。

 実際に過去の歴史を振り返ってみても、人間たちは己の力と感情に身を任せ、世界中で下らない争い事ばかり起こしているのだから。
 そして、己の力と野心に溺れた源一郎も、また・・・。

 「これだけの技術を生み出した人間が、こんな下らない野望に走ってしまうとは・・・彼も道を誤まらなければ、今頃は奇跡の科学者として世界中に名を馳せただろうに・・・だが・・・」

 カーテンを閉め、部屋の明かりを落とし、スミレは明日の準備の為に自分の部屋へと戻っていった。

 「・・・私にとっては、所詮はその程度の事でしかない。」

 邪神クジャ討伐、そしてオハシラサマとなった従姉の雪奈を救出する為に、経観塚を訪れた美羽と奈々。
 だが経観塚で彼女たちを待っていたのは、雪奈が美羽との思い出を全て失っているばかりか、封じの妨げとなる『敵』だと認識したという、あまりにも残酷な事実だった。
 心に大きな傷を残したまま、月の光に温かく包まれて、美羽は奈々と共に眠りにつく。
 クジャを倒し、雪奈をオハシラサマの使命から解放し、元の人間に戻す・・・その微かな希望を胸に抱いて。 

 これから先、その微かな希望が深い絶望に突き落とされてしまう事になるのを、知る事も無く・・・。