アカイイト&アオイシロ 短編小説集

第2話「新しい家族」(雨音視点・後半)

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akaaonobel

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シロイユキ・第2話

「新しい家族」(雨音視点・後半)


3.安らげる場所


 事務所に戻ってタイムカードを押し、自転車の変速ギアを最大にして思い切り飛ばして自宅に戻ってきた時には、既に夜8時半になろうとしていた。
 30分程度の残業で済ませるはずが、色々あって随分と遅くなってしまった。早く顔を見せて雪音と春奈を安心させてあげようと、雨音は玄関の鍵を開ける。

 「ただいま~。」
 「ああ・・・!!雨音ちゃん!!」
 「ちょ、ちょっと、お姉ちゃ・・・むぐぐ。」

 むぎゅっ。
 雪音が雨音の元に走り出してきて雨音を抱き締め、その豊満な胸に雨音の顔をうずめた。
 余程心配していたのだろう。雨音をぎゅっと抱き締める雪音の身体が、心なしか震えているように雨音は感じていた。

 「雨音ちゃんの帰りが凄く遅かったから、雨音ちゃんの身に何かあったんじゃないかって、私凄く心配したのよ!?」
 「うん・・・ごめんねお姉ちゃん。ちょっと色々と立て込んじゃってて・・・」
 「ねえ雨音ちゃん、私感じたんだけど、雨音ちゃんはさっきまで誰かと戦ってたんでしょう!?一体誰と戦ってたの!?」
 「・・・それは・・・」
 「ううん、それよりも雨音ちゃん、お腹空いてるでしょう!?今から晩御飯を作ってあげるから、ちょっと待っててね!!」
 「・・・・・。」

 今回の件を雪音と春奈に話していい物か、雨音は一瞬迷ったのだが・・・それでもこの2人に隠し事はしたくないと思ったし、別に話しても問題は無いだろうと判断したので、雨音は夕食を食べながら今回の件を雪音と春奈に説明した。
 その一部始終を聞かされた雪音と春奈が、驚きの表情になる。

 「そんな、遥さんと渚さん以外に、神々の子孫が青城市に・・・しかも元オハシラサマって・・・」
 「うん・・・氷の女神セラの娘だって言ってたよ。お姉ちゃん。」
 「世羅主姫(せらぬしひめ)様の・・・柚明さんが、特別な血をその身に宿す者同士は、引かれ合う運命にあるのかもしれないって言ってたけど・・・。」
 「確かに・・・そうだね・・・私達は引かれ合ってるのかもしれないね・・・」

 『贄の血』をその身に宿す桂と柚明、そして『神の血』をその身に宿す遥、渚、美咲、『安姫の血』をその身に宿す梢子とナミ。そして今回の小雪と玲紀、雪花までも。
 柚明の言葉通り、確かに彼女たちは引かれ合うように、この青城市に集まっている。
 彼女たちは、元々は遠く離れた場所で生まれてきたと言うのに。
 まるで運命に導かれているかのように、こうして一箇所に集まっているのだ。

 食事を済ませてお風呂に入った後、雨音は春奈が淹れた紅茶を飲みながら、のんびりとXbox360の対戦格闘ゲーム「ファントムブラスター」のオンライン対戦を楽しんでいた。
 そのゲーム画面を雪音が、とても穏やかな笑顔で見つめている。
 仕事を終えた後の、雨音の一時の安らぎ・・・雪音と春奈がいてくれるこの家は、雨音が唯一心の底から安らげる場所なのだ。

 「凄いわ雨音ちゃん。これで6連勝よ。」
 「結構ギリギリの戦いだったから、どっちが勝ってもおかしくなかったけどね。」
 「それでも勝ったのは雨音ちゃんよ。6連勝なんてそうそう出来る物じゃ・・・」

 その時、先程の対戦相手からメールが届いた。
 対戦ありがとうございましたとか、またよろしくお願いしますとか、普段から対戦する度に送られてくる爽やかな内容のメールを期待していたのだが・・・。

 『調子こいてんじゃねえぞ。この強キャラ厨がよ。てめえのニート姉貴を犯してもう一度廃人にすっぞコラ。死ね。』

 「・・・・・。」

 雨音は即座にメールの送り主をマイクロソフトに通報した上で、さらにこのプレイヤーからのメールの受け取りを拒否するように設定した。
 雨音は自らのゲーマータグをブログで公開しており、それ故に対戦相手から「もしかして、あの新堂さんですか!?」 といった内容のメールをよく貰うのだが、中にはこういった心無い内容のメールを送る者もたまに見かけるので、その事に正直心を痛めていた。
 相手の顔が見えないのをいい事に、暴言や誹謗中傷も言いたい放題だ。
 送られた相手がどれだけ心を痛めるのか・・・その事を理解しようともせずに。

 「・・・大丈夫だよ、雨音ちゃん。私は大丈夫だから。」 
 「お姉ちゃん・・・」
 「所詮は画面の向こう側にいる人だから・・・私を本当に襲うわけじゃないから。」

 雨音を心配させまいと、精一杯の笑顔を見せる雪音。
 確かにショッキングな内容のメールなのだが、それでも雪音とていつまでも弱い女のままではいられない。
 少しずつだが雪音は、男性恐怖症を克服しつつある。
 社会復帰を目指して、雪音は必死に頑張っているのだ。
 今はまだ家の外に出るのは無理だが、それでも電話やテレビの男性の声を聞くだけなら、何とか耐えられるというレベルにまで回復しているのだ。

 ゲームを終えてからノートパソコンを立ち上げ、ネットサーフィンをする雨音。
 先日、遥にデフラグをして貰ったばかりで、ハードディスクが非常に軽快に動作している。
 ニュース速報を見ると、どうやら遥が女子サーブル部門で銀メダル、美羽が女子エペ部門で銅メダルを獲得したようだ。

 「・・・な・・・何・・・これ・・・」

 そして自分のブログを見てみると、なんか今日の銀行強盗の一件に関しての、大量の賞賛のコメントが書き込まれていた。
 その数は、軽く4000近くにまで達するだろうか。しかもまだ書き込みが増え続けている状態のようだ。
 雨音が利用しているブログでは、1つの記事に対してのコメントの書き込みは500までが限度なので、複数の記事に書き込みが殺到している状態になっている。
 おまけに今回の件とは全然関係の無い遥や美羽のブログにまで、雨音を賞賛するコメントが大量に書き込まれるという異様な事態になっていた。
 遥と美羽が後で自分達のブログを見たら、一体何が起こったのかと驚くに違いない。

 「雨音ちゃんは人気者ね。ちょっと妬けちゃうかも。」
 「・・・あ・・・う・・・」

 雪音に穏やかな笑顔で耳元で囁かれ、思わず顔を赤くしてしまう雨音。
 普段なら1日に書き込まれるコメントは、多くても20通程度でしかないというのに。 
 いつもは送られるコメントに一通り目を通しているのだが、さすがにこれだけ数が多いと全てに目を通すのは無理だ。
 取り敢えず今日のブログの記事は、今回の銀行強盗の一件に関しての内容と、そのせいで残業になってしまった事への愚痴(もちろん雪花との一件に関しては隠しているが)、後は大量のコメントに対する謝礼で済ませる事にした。
 ブログを更新している間に、コメントがまた50通近く増えた。

 「雨音ちゃん、今日はもう遅いし、そろそろ寝ましょうか。」
 「・・・うん。そうだね。」

 夜11時・・・普通の人が寝るにはまだ早い時刻だが、雨音の朝は早いのだ。
 明日は仕事が休みなのだが、雨音は休みの日でも朝6時には起きるようにしている。
 早寝早起きは美容と健康の維持の基本・・・今では雨音の習慣になってしまっているのだ。

 「電気、消すね?」
 「ええ、いいわよ。」

 雪音がベッドに入ったのを確認してから、雨音は部屋の明かりを落として雪音と同じベッドの中に潜り込む。
 まだ冬の肌寒さが残る中、雪音の身体の温もりが何だかとても心地良く感じられた。
 雪音の身体をぎゅっと抱き締め、その温もりに身を委ねる雨音。
 雪音の身体からは、ボディーソープの淡くて甘い香りがした。
 そんな雨音の髪を、雪音は穏やかな笑顔で優しく撫で続けている。

 「今日は本当に大変な目に遭っちゃったね。雨音ちゃん・・・。」
 「うん・・・」
 「銀行強盗のニュースで雨音ちゃんの名前を見た時は、私本当に心配したんだから・・・。」

 ニュースでは、銀行強盗が拳銃を使っていたと報じられていた。
 雨音の実力は雪音も知っているし、防弾チョッキやリフレクビットの性能も理解している。たかが拳銃如きでは雨音に触れる事すら出来ないだろう。
 だがそれでも、やっぱり雪音は不安になってしまう。 
 戦って戦って戦い抜いて、その戦いの果てに『雨音の殉職』という残酷な未来が待ち受けてしまうのではないかと。
 ついこの間も遥が現金輸送の任務の際に、外国人のグループと銃撃戦を繰り広げたばかりなのだ。雪音が不安になるのも無理も無いだろう。

 「・・・雨音ちゃん・・・」

 雨音をぎゅっと抱き締め、雪音は雨音の額に、目元に、頬に、耳に、首筋に、次々とキスの嵐を浴びせる。
 そして雨音の唇を舌先で優しく舐め、そのまま優しく唇を重ねた。
 雨音もまた、雪音を抱き締める両腕にぎゅっと力を込める。 

 「・・・ん・・・ちゅっ・・・お姉ちゃん・・・」
 「雨音ちゃん・・・好きよ・・・大好き・・・」

 雪音が廃人状態から脱した頃から、雨音は毎晩雪音と愛を交し合っている。
 毎晩、雪音とこんな事をしていると春奈に知れたら、一体春奈はどう思うだろうか。
 だがそれでも雪音の身体の温もりと匂い、そして雪音の唇の柔らかくて心地良い感触、雪音の吐息のとろけるような甘さが、まるで麻薬のように雨音の思考を麻痺させていた。
 互いの身体をぎゅっと抱き締め、雨音と雪音は唇を重ね続ける。
 身を絡め合う2人の様子を、夜空の月と星々が優しく見守っていたのだった。

4.死闘から一夜明け


 日本での代表的なスポーツと言えば、野球、サッカー、相撲・・・これらは日本において『3大国技』とまで呼ばれており、ヨーロッパ諸国と違ってプロリーグもクラブチームも存在しないフェンシングと違い、圧倒的な人気を誇っている。
 遥と美羽と雨音の大会での活躍の影響からなのか、日本でのフェンシングの競技人口は以前よりも多少は増えてはいるのだが、それでもヨーロッパ諸国程の熱狂的な人気を誇るとは言いがたい状況だ。
 だがそれでも翌日の新聞のスポーツ欄では、地元のプロ野球チームの勝利の記事よりも、遥と
美羽のメダル獲得の記事の方が大きく取り上げられていた。

 遥は優勝こそ逃したものの、それでも4大会連続の銀メダル獲得・・・美羽は準決勝で世界ランク1位の選手に惜敗したものの、3位決定戦では格の違いを見せ付けて圧勝し、何とか銅メダルを獲得したと記事で掲載されている。
 雨音は結果だけは先日インターネットで調べて知っているのだが、それでもこうして新聞に記事が載っている所を見て、ようやく実感が沸いてきたようだ。
 まるで自分の事のように嬉しそうな表情で、遥と美羽の記事に目を通す雨音。
 スポーツ面だけでなく社会面でも特集が組まれ、地元・青城の人々の賞賛の声が大きく掲載されていた。

 朝食を食べ終えて録画した深夜アニメを観終わった後、雨音は私服姿で自転車に乗ってサイクリングに出かける。
 休みの日は天候が良ければ、こうして近所を自転車で走り回る事を習慣にしているのだ。
 今日も天気は快晴・・・心地良い太陽の光が、雨音を優しく包み込む。 
 まだ冬の肌寒さが残る4月の朝空の下、雨音は心地良い風を全身で存分に感じながら、とても気持ち良さそうに自転車を軽快に走らせていた。
 だが雨音が10分程自転車を走らせていた、その時だ。

 「小雪!?一体どうしたのですか!?しっかりして下さい!!小雪~~~~~~~!?」
 「え・・・えへへへへ・・・」
 「小雪~~~~~~!!カムバァーーーーーーック(泣)!!」

 何だか物凄い笑顔を見せて完全に伸びてしまっている小雪を抱き止め、雪花がうるうるした瞳で必死に大声で呼びかけていた。
 一体何事なのかと、雨音は慌てて小雪と雪花の元に自転車を走らせる。
 昨日の着物姿とは一変して、雪花は長袖のポロシャツにジーパン、その上にエプロンを身に纏うという現代風の服装になっている。
 着物姿の時の神聖な美しさとは雰囲気が一変し、こうして現代風の衣装を着ている雪花は、なんかいかにも普通の女の子といった感じだった。

 雨音の目の前にある一軒家には、『白野』という表札がでかでかと玄関に飾られている。
 機械で印字された「白野玲紀」「白野小雪」の表記の隣に、黒のマジックで「白野雪花」とでかでかと手書きで追記されていた。 
 ここが小雪と玲紀の自宅であり、そして雪花がここで居候しているのだと、雨音は瞬時に理解したのだった。

 「・・・あの・・・雪花さん・・・」
 「ああ雨音さん、おはようございます!!」
 「・・・あの・・・こんな所で小雪ちゃんを抱き締めて、一体何をやってるんですか?」
 「それが大変なんです!!小雪が学校に行くので見送りの際に行ってらっしゃいの接吻をしたのですが、見ての通り突然倒れてしまって・・・!!」

 雨音の脳裏に、昨日の夜に小雪が倒れていた光景が蘇ってきた。

 「・・・あの・・・もしかしてまた、小雪ちゃんの精気を・・・」
 「ち、違います!!あの時は小雪の精気を吸う為に口にしましたけど、今回はほっぺに軽くしただけです!!」
 「・・・・・。」

 なんか小雪が雪花に抱き寄せられながら、物凄い笑顔で目を回している。
 一体何をどうしたら、頬に軽くキスをされただけでこうなるのか・・・雨音は小雪の純情ぶりに完全に呆れ果ててしまっていた。 

 「・・・あ・・・あの・・・」
 「ああ、どうしましょう!?このままだと小雪は学校に遅刻してしまいます!!」
 「・・・そ・・・その・・・」
 「こうなったら今日は小雪が風邪を引いた事にして、羽藤先生に小雪を休ませると連絡して・・・ああでも広子さんに小雪の元気な様子を見られてしまってますから、羽藤先生にズル休みだと告げ口されてしまうかも・・・!!」
 「・・・あ・・・う・・・」
 「そうなったら小雪の内申書に悪評を書かれて、小雪の就職や進学に影響が・・・!!ああ、それ以前にいきなり学校を休ませただなんて、玲紀には何と説明すればいいのでしょう!?」
 「・・・・・。」

 昨日の夜の神々しさ、神聖さは一体どこへやら。
 物凄い笑顔で目を回している小雪を抱き寄せて、雪花は完全にあたふたしてしまっていた。
 小雪の事になると、どうして雪花はこうも派手に取り乱してしまうのか。
 まるで雨音の目の前に、柚明の女神バージョンがいるかのようだ。
 柚明も普段はとても聡明な女性で、どんな状況でも冷静で的確な判断が下せる心の強さを持っているというのに、桂の事になると一転して頭に血が上って取り乱してしまうのだ。

 「・・・あの・・・青城女学院までなら、その・・・私が今から自転車で送ってあげても・・・いいですけど・・・」
 「え!?本当ですか雨音さん!?」
 「ここに2人乗り用の冶具も取り付けてありますし・・・別に今日は仕事が休みですし・・・青城女学院まで自転車で送る位なら・・・その・・・」
 「ああ、ありがとうございます雨音さん!!」

 とても嬉しそうな表情で、雪花はうるうるした瞳で雨音に礼を言ったのだった。
 青城女学院のホームルームの開始時刻が雨音の卒業時と変わっていなければ、今から自転車で飛ばせば充分に間に合うはずだ。
 雨音の自転車の後輪部分には、両足を乗せる為の2本のステンレス製の棒が取り付けられている。同乗者がこの上に乗る事で、安全に2人乗りをする事が出来るという訳だ。

 「ほら小雪ちゃん、起きて。」
 「ん・・・。」
 「早く起きないと、学校に遅刻しちゃうよ?」
 「・・・はえ・・・?」

 雨音に軽く頬を叩かれ、小雪はようやく正気を取り戻した。
 小雪の視界に映っているのは、何故か自分を抱き寄せている雪花と、可愛らしい私服を身に纏っている雨音の姿だった。
 一体何が起こったのか、小雪は今いち状況を整理出来ていなかったのだが・・・

 「小雪、早く学校に行かないと・・・!!」
 「あ・・・学校・・・」

 雪花に呼びかけられて、小雪は何気に腕時計で現在の時刻を確認して、途端に慌てふためいてしまったのだった。
 今から走っても、果たしてホームルームまでに間に合うかどうか。

 「・・・あああああああああああああああああああああああ(汗)!!」
 「小雪、雨音さんが学校まで送ってくれるそうですから、早く自転車に乗って下さい!!」
 「な、何でこんな所に雨音さんが!?」
 「話は後です!!とにかく早く学校に行かないと遅刻してしまいます!!」
 「う、うん!!」

 慌てて小雪は鞄を雨音の自転車の荷物入れの中に入れ、雨音から借りたヘルメットを被り、ステンレスの棒の上に両足を乗せ、そのまま立った状態で雨音の肩に捕まるような体勢になった。
 それを確認した雨音は自転車のギアを落とし、ペダルに足を掛ける。

 「飛ばすからしっかり捕まっててね。小雪ちゃん。」
 「は、はい!!雪花お姉ちゃん、行ってきます!!」
 「それじゃあ・・・行くよ!!」

 走り出して充分にスピードに乗ってから、ギアを中間、最速へと上げていく。
 雨音がギアを変える度に、自転車の速度が見る見るうちに上がっていった。
 小雪が今まで体験した事の無い程の凄まじい速度で、雨音が駆る自転車が青城女学院へと向かっていく。
 自分が運転していない、しかも自転車の2人乗りなんて初めて体験するだけに、小雪は雨音の自転車が余計に速く感じたのだった。

 「うわあ、凄い凄い凄い!!あはははは!!」
 「ホームルームの時間は、確か8時30分からだったよね?」
 「はい、この調子なら充分に間に合います!!」

 猛スピードで走る自転車によって、小雪の全身に心地良い風が浴びせられる。
 まだ冬の肌寒さが残るが、それでも小雪にはとても心地良く感じられた。
 だがそれを充分に堪能する暇も無く、雨音の自転車が5分足らずで青城女学院に辿り着いてしまった。
 正門ではファルソックの制服を着た百子が、急がないと遅刻だと発破を掛けながら、笑顔で生徒たちを出迎えている。
 そして彼女の腰には、桂から譲り受けた鬼払いが。

 「雨音さん、ありがとうございました!!」
 「どういたしまして。何とか間に合って良かったね。」

 急停止した自転車から降りて、雨音に礼を言う小雪。
 そんな雨音の姿を見て、百子があっけに取られた表情をしていた。
 無理も無いだろう。何故なら雨音は今日は休日なのだから。
 ファルソックでは就労規則で、休日出勤は一切禁止されているのだ。
 とはいえ今の雨音は、警備員の制服ではなく私服姿なのだが。

 「あれ?雨音っち。今日は休みじゃなかったの?」
 「うん、ちょっとサイクリングの途中に、小雪ちゃんをここまで送る事になっちゃってね。」
 「ふうん、自転車の2人乗りって危なくない?」
 「2人乗り用の冶具を付けてるし、そんなに無茶な走り方はしていないから、実際にはそんなに危なくは無いんだよ?」

 他愛ない会話をしながら、笑い合う雨音と百子。
 昨日の夜にこの場所で、雨音と雪花の死闘があったとは到底思えない程、今の青城女学院は平和そのものだった。
 というか夜中に人気の無い、広大なグラウンドの中で行われていた出来事だった為なのか、目撃情報も特に無く、生徒たちの誰もが雨音と雪花の戦いがあった事自体を知らずにいるようだ。 
 戦いを繰り広げた雨音本人が目の前にいるにも関わらず、生徒たちは気にも留めずに笑顔で校門を通り過ぎていく。

 「それじゃあ雨音さん、行ってきます!!」
 「うん、今日も1日頑張っ・・・」

 小雪が雨音に手を振って校門を走り去ろうとした、その時だ。
 足に何かを引っ掛けたのか、突然小雪がバランスを崩して転倒しそうになってしまった。

 「うわわわわっ!?」
 「な・・・危ない!!」

 千羽妙見流奥義・縮地法。
 一瞬にして雨音は小雪との間合いを詰め、バランスを崩した小雪を慌てて抱き止める。
 だが雨音も足に何かを引っ掛けたのか、そのまま小雪を抱き止めた状態で勢いよく転倒してしまった。
 それでも小雪に怪我をさせないように、とっさに小雪を庇うような形で受け身を取る。
 この俊敏さ、一瞬の状況判断は、さすが警備員といった所か。

 「ぶぎゃん(泣)!!」
 「あ、雨音さん、だ、大丈夫・・・」

 慌てて小雪が起き上がろうとした、その時だ。

 「あ~もう、信号機が故障して足止めされるなんて、ありえな・・・い・・・!?」

 息を切らしながら走って登校してきた1人の少女が、小雪と雨音の今の現状を見て絶句してしまった。
 転倒しそうになった小雪を庇うように受け身を取った雨音が、小雪に押し倒されているかのような状態になっている。
 そして小雪は勢い余って、なんか雨音の豊満な胸に顔をうずめているような体勢になってしまっていた・・・。
 これは傍目には、小雪と雨音が地面に寝転がって抱き合っているようにしか見えない。

 「・・・な・・・な・・・な・・・!?」
 「ひ、広子!?」
 「・・・ユキ・・・アンタ・・・雪花さんだけじゃ飽き足らず、まさか雨音さんとまでそんな関係になってるって言うの・・・!?」
 「・・・ち、違うの広子!!変な勘違いしないでよ!!」
 「しかもこんな公衆の面前で・・・な、何考えてんのよ!!」

 小雪に広子と呼ばれた少女は興奮して顔を赤らめながら、なんか今にも泣きそうな表情になっている。
 広子が何を勘違いしているのかを瞬時に悟った雨音は、恥ずかしそうに顔を赤らめて慌てて弁否定しようとしたのだが・・・。

 「あ、あの・・・これは・・・その・・・」
 「雨音さんも雨音さんです!!お姉さんの為に世界選手権大会の出場を辞退したんじゃなかったんですか!?」
 「だ、だから・・・その・・・ち、違う・・・」
 「それなのにこんな朝っぱらから、こんな所にまで押しかけてきて・・・こ、こんなに沢山の人が見てる目の前で、そんな事を・・・!!」
 「・・・あ・・・あの・・・」
 「人が見てる目の前でするのは燃えるって、そういう事なんですか!?雨音さんにそんな危ない趣味があるなんて知りませんでしたよ!!」
 「・・・そ・・・その・・・」

 すっかりアレな勘違いをしてしまった広子の物凄い勢いに、雨音は完全に気圧されてしまったのだった。
 そんな広子の騒ぎを目の当たりにして、周囲の生徒たちも一体何事なのかと雨音たちの周りに集まり出した。
 そして広子が派手に騒ぎ立てるもんだから、生徒たちも雨音と小雪が寝転がって密着している所を見て、一斉にアレな勘違いをしてキャーキャーと黄色い悲鳴を上げてしまう。
 中には携帯電話を使って、ツィッターで実況する生徒までも。
 まさかの事態に、雨音も小雪も困惑を隠せない。

 「やっぱりユキも雨音さんも、不潔よおおおおおおおおおおおおっ!!」
 「ちょ、ちょっと待って広子!!だから誤解だってばあああああああああああああっ(泣)!!」 

 涙を流しながら、広子は校舎に向かって走り去っていったのだった。
 そんな広子を、慌てて起き上がって追いかける小雪。

 「・・・あ~~~う~~~!!(泣)」

 うるうるした瞳をしながら取り残された雨音は、広子のせいですっかりアレな勘違いをして黄色い悲鳴を上げている生徒たちに、一斉に取り囲まれてしまったのだった・・・。