アカイイト&アオイシロ 短編小説集

前章「新生・青城女学院剣道部」(前半)

最終更新:

akaaonobel

- view
管理者のみ編集可

シロイユキ前章

「新生・青城女学院剣道部」


1.緊迫の体験入部


 青城女学院では始業式の日に、新入生を対象とした部活動の紹介や勧誘活動が行われ、その翌日から様々な部活動への体験入部が行われる事になっている。
 そして剣道の強豪なだけあって、青城女学院剣道部には今年も沢山の新入生が体験入部にやってきた。
 ざっと見た限りでは40人近くになるだろうか。中学の頃から剣道をやっている道着姿の者も目立つのだが、それでも道着を持っていないジャージ姿の、初心者の生徒たちの方が多いようだ。
 毎年のようにこの中から6~7割以上が練習の厳しさについていけずに脱落してしまうのだが、果たして今年はどれだけ生き残るのだろうか。

 「うわ、凄い数だね。これ皆、剣道部への入部希望者なのかな?」

 予想以上の剣道部の入部希望者たちの人数を見て、小雪は唖然とした表情を見せている。
 青城女学院は全国各地から剣道の有力選手たちを特待生としてスカウトしており、それ故に集まったメンバーの中には小雪が去年の全国大会で顔を見かけた、または実際に対戦した生徒たちも何人か混じっていた。
 彼女たちは今年から3年間、小雪のチームメイトになる・・・そして同時にレギュラー獲得を目指してのライバルにも成り得るのだ。

 「な、なんか、あまりの人数に気圧されそうなんだけど・・・」
 「全く・・・情け無さ過ぎるよ、広子ってば。」
 「しかも毎年のように、この中から半分以上が脱落するんだよね?私、生き残れるのかなぁ・・・」
 「生き残れるのかじゃなくて、生き残るんだよ。やる前からそんな事考えててどうするのよ?」
 「だ、だってユキ・・・」
 「まがりなりにも全国大会の出場経験者なんだから、もっとこうやって胸を張ってドーンって構えていればいいんだよ。」

 自分の右腕にしがみつきながら情けない表情をしている広子を励まそうと、小雪は胸を張ってドーンと構えている。
 だが小雪と違い中学の時は控え選手だった広子は、集まった新入生たちのメンツを見て、正直言って自信喪失状態になりつつあった。
 ジャージ姿の初心者たちは別としても、道着姿の新入生たちの多くが、中学では全国大会でレギュラーとして活躍した選手たちばかりなのだ。

 幾ら広子が全国大会に出場した経験があると言っても、彼女たちと違い怪我をしたレギュラーの代わりとして一度だけ出場しただけに過ぎない。しかもその試合で何も出来ずに秒殺されてしまい、次の試合からは再び出場メンバーから外されてしまったのだ。
 そんな自分が彼女たちを蹴落としてレギュラーを勝ち取るなど、本当に出来るのだろうか・・・小雪と少しでも一緒にいる為に剣道部への体験入部に参加した広子だったが、何だか分不相応な場所にいるような気分になってきた。

 そんな小雪と広子、そして体験入部にやってきた新入生たちの前に、続々と道着姿の上級生たちが姿を現してくる。
 その中から凛々しさすら感じられる1人の3年生が、凛とした態度で小雪たちの前に歩み寄ってきた。

 「新入生の皆、よく来てくれたわね。私がこの剣道部の部長を務める、3年の朝霧若菜(あさぎり わかな)よ。今日から葵先生の代わりに入る予定の新しい顧問の先生が、職員会議が長引いて少し遅れてくるとかいう話だから、取り敢えず今から私が皆の指導をさせて貰うけど・・・」

 全身から物凄いオーラみたいなのを発する若菜を見て、広子は思わずビクッとなってしまう。
 何というか、若菜には笑顔が無い。新入生たちを見つめる彼女の表情は物凄く真剣だ。
 そして若菜はその真剣な表情に相応しい、ある意味脅しとも取れるような事を新入生たちに告げたのだった。

 「まず初めに言っておくけど、私たちは全国大会優勝を前提として活動しているわ。うちが剣道の強豪だから興味が沸いたとか、その程度の覚悟しか無いのなら今すぐに他の部に行きなさい。残った人たちも練習は相当ハードな物になる事を覚悟しておいて。」
 「ちょ・・・!?」
 「体験入部だからと言って容赦はしないわよ。ここに来たからには本気で全国を目指して練習して貰うわ。うちではパワハラだとか体罰だとか、そんな見苦しい言い訳は一切通用しないから、そのつもりでいて頂戴。」

 あまりの若菜の厳し過ぎる通告、そして怒鳴り散らすような言い方に、思わず唖然となってしまった広子。
 幾ら剣道部の強豪だからと言っても、何事にも限度と言う物があるだろうに。
 と言うかこの人は、パワハラや体罰を容認するつもりなのか・・・広子はこんな人が部長で本当に大丈夫なのかと不安になってきた。
 そして若菜の、ある意味脅迫とも取れるこの発言によって、早くも5人の初心者が脱落して泣きながら去っていった。
 青城女学院剣道部の新入部員脱落の、最速記録達成だ。

 「ちょ、ちょっと皆・・・!?・・・っ!!」

 そんな彼女たちの姿をみて、小雪はもう黙っていられなくなってしまった。
 例え上級生だろうと関係ない。とても真剣な表情で若菜に食ってかかっていく。 

 「朝霧先輩!!幾ら何でも言い過ぎなんじゃないですか!?」
 「言ったでしょう?うちではパワハラとかいう見苦しい言い訳は一切通用しないって。」
 「そんなの無茶苦茶ですよ!!何でこんな脅すような言い方をするんですか!?私たちはこれから切磋琢磨し合う仲間同士じゃないですか!!」
 「この程度で辞めるような部員なら必要無いと言っているのよ。私たちは今年こそは全国大会に出場しなければならないのだから。」

 そう・・・全国大会出場・・・それこそが今の若菜たち青城女学院剣道部の『悲願』なのだ。
 あの伝説のOB・小山内梢子が青城女学院を卒業してから、青城女学院剣道部は毎年のように全国大会出場を逃し続けている。
 去年の冬の県大会でも何とか準決勝まで辿り着いたものの、名門・北斗学院付属高校を相手に無様に敗北を喫し、全国大会出場を逃してしまった。それどころか3位決定戦にさえも敗れてしまい、4位という無様な結果に終わってしまったのだ。

 それ故に今年から部長に就任した若菜にも、教師やOBたちから『今年こそは全国への切符を』という、周囲からの凄まじい期待と重圧が寄せられている。
 いや・・・むしろ全国大会出場を『義務付けられている』と言うべきか。
 実際に若菜は昨日始業式が終わった後に、ゲストとして呼ばれたOBたちからの呼び出しを食らい、全国大会出場を厳命されているのだ。
 学校の名を汚さない為にも、OBたちの顔を潰さない為にも、若菜も他の部員たちに対して厳しくならざるを得ないのだろう。

 だが、だからと言って、それで体罰やパワハラが『情けない言い訳』だとか、そんな無茶苦茶な論理が通用する訳が無い。
 小雪たちがやっているのは剣道なのだ。スポーツなのだ。
 大体、体罰やパワハラが社会問題になっている今の世の中において、若菜の言い分は時代遅れも甚だしい。

 若菜も譲るつもりは無いようで、厳しい眼光で小雪を睨み付けている。
 小雪もまた、若菜の無茶苦茶な言い分がどうしても許せないものだから、一歩も引こうとしない。
 互いに睨み合い、あわや一触即発の雰囲気になってしまったのだが・・・その時だ。

 「はいはい2人共、そこまでにしておきなさい。」

 とても穏やかな口調で両手をパンパンと叩きながら、今年から葵の代わりに剣道部を指導する事になったという新顧問が、脱落したばかりの5人の新入部員たちを連れ戻してきたのだが。
 思い切り聞き覚えのある声に小雪と広子と新入部員3人が、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、見事に声を揃えて仰天してしまった。

 「「「「「な・・・な・・・な・・・!?」」」」」
 「皆、遅くなっちゃってご免ね。職員会議がちょっと長引いちゃって。」
 「「「「「は・・・羽藤先生ーーーーーーーーー!?」」」」」
 「今月から産休する事になった葵先生の代わりに、今日から剣道部の顧問を務める事になった、1年C組担任の羽藤桂です。皆、よろしくね。」

 生徒たちに自己紹介をする桂は若菜とは対照的で、とても穏やかで優しい声と表情をしていたのだった・・・。 

2.現れた新顧問


 「あ、新しい剣道部の顧問って、羽藤先生だったんですか!?」
 「そうだよ白野さん。ちょっとびっくりさせてあげようかなって思って黙ってたの。えへへ。」

 まさかの予想外の人物の登場に、桂が担任を務める小雪たち5人は唖然とした表情で口をパクパクさせていた。
 無理も無いだろう。今年から顧問が代わるとは聞いていたが、それがまさか自分たちの担任だったとは思わなかったからだ。
 竹刀を手に、青城女子大学で使っていた翠色の道着を身に纏っている今の桂は、普段のリクルートスーツにネクタイを締めた姿とはまた違った印象を受ける。

 というか見た目には、とても剣道をやれるような人には到底見えないのだが。
 確かに前任者も剣道の経験が全く無いのに剣道部の顧問を務めていたと、始業式の日の部活動の紹介の際に、小雪は2年生の剣道部員から聞かされていたのだが・・・。

 「それよりも朝霧さん。来る途中にこの子たちから一部始終を聞かされたけど、幾ら何でも限度って物があるでしょう?後輩たちを威圧するような真似をしてどうするの?」
 「しかし私たちは真剣に全国を目指しているんです!!中途半端な覚悟で部活に来られても困るんですよ!!」
 「そうだね。この青城女学院の剣道部を任された立場として、皆を全国に導きたいという気持ちは私も同じだよ。」
 「だからこそ、全員がそれなりの覚悟を持った上で練習に励まないと・・・!!」
 「だけど今の朝霧さんじゃ、部長として皆を引っ張るなんてとても出来ないと思うよ。」
 「・・・っ!?」

 桂の諭すような言い方に、若菜は思わず言葉を詰まらせてしまう。
 桂の言葉がグサリと心に刺さったのもあるが、若菜もまた小雪たちと同様、桂のような穏やかな人物が新顧問として来るとは想定していなかったからだ。
 全国大会出場を逃し続けている今の青城女学院剣道部を立て直す為に、もっと厳しい指導者が来てくれる物だと思っていたのに。
 剣道の経験が全く無かった前任者の葵先生も問題だったが、目の前の羽藤先生はもっと問題なんじゃないだろうか。
 真剣に全国を目指すにあたって、こんな厳しさも微塵も感じられない情けない先生で本当に大丈夫なのかと。

 「あのね朝霧さん。全国に行く行かない以前の問題だよ。こんなにも皆に対して高圧的な態度を取る朝霧さんに、皆がこれからも心の底から付いていってくれるとでも思ってるのかな?」
 「・・・そ、それは・・・」
 「今のままだとこの剣道部の内部で、なんかクーデターでも起こりそうな気がするんだけど。」
 「ク、クーデターって・・・」
 「真剣に全国を目指すにあたって、練習が厳しくなるのは当たり前だよ。だけど教える側がそんな態度じゃ、その内誰からも見放されるって私は言いたいの。」

 桂も高校では美咲に、大学では明日菜に、散々厳しくしごかれてきた物だ。
 それでも2人に共通しているのは、桂に対しての愛情があったという事だ。だからこそ桂も厳しい練習に一歩も引く事無く、最後まで完遂する事が出来たのだ。
 それに比べたら若菜はどうだろうか。全国大会出場に固執するあまり、ただ部員たちを威圧するばかりで愛情も欠片も感じられない。こんな部長に付いていきたいと本気で思う部員たちが、果たして何人いるだろうか。
 このままだと冗談抜きで青城女学院剣道部が内部分裂を起こし、とても試合どころじゃ無くなるなんて事態になりかねない。桂はそれを何とかしたいと思っているのだ。

 「・・・それでも私は納得が行きません!!しかも先生みたいな人が新しい顧問だなんて・・・私は・・・!!」
 「えっと・・・なんか私の事が気に入らないと・・・そう言ってると思っていいのかな?」
 「当たり前です!!私、今思い出しましたよ!!去年の日本選手権大会の千葉予選での羽藤先生の試合!!」

 去年の剣道の日本選手権大会の、千葉県代表を決める為の予選大会・・・若菜は実際に会場まで試合を観戦しに行ったのだが、そこで桂の試合を観る機会があったのだ。
 桂の1回戦の相手は、あの剣道特錬の飛車・鳴海夏夜・・・しかしその試合がとにかく酷かった。

 ★一本目

 『一本目、初め!!』
 『め』
 『胴ーーーーーーーっ!!』
 『ぶぎゃ~~~~っ(泣)!!』
 『一本!!』

 ★二本目

 『二本目、初め!!』
 『ど(泣)』
 『小手ぇーーーーーーーーっ!!』
 『にぎゃ~~~~っ(泣)!!』
 『それまで!!勝者、鳴海夏夜!!』

 このように、あの剣道特錬の飛車・鳴海夏夜が相手という不運があったとはいえ、試合時間が僅か4秒という、前代未聞の新記録まで生み出してしまっているのだ。
 しかも試合に負けた後の、桂の態度もまた酷かった。

 『うえええええええええええん!!柚明お姉ちゃ~~~~~ん(泣)!!』
 『桂ちゃん・・・可哀想に・・・夏夜さんったら本当、大人気ないんだから。』
 『ゆ、柚明ちゃん(泣)!?』

 うるうるした瞳で公衆の面前で泣きべそをかきながら、柚明に抱き締められるという無様な醜態を晒してしまっているのだ。
 まさかあの時の情けない選手が、今年から自分たちの新顧問に就任する事になるとは。
 1回戦で敗退したとはいえ予選に出場したからには、前任者の葵先生と違って剣道の経験自体はあるのだろう。
 だがどれだけ剣道の経験があるのかは知らないが、こんな情けない先生に部長失格だとか、そんな偉そうな事を言われる筋合いなど無い。

 「・・・あ~、あの時の夏夜さんとの試合かぁ・・・あれは確かに酷かったよね。あはは・・・。」
 「私は羽藤先生みたいな情けない人が顧問だなんて、そんなの絶対に認められません!!」
 「じゃあどうしたら顧問として認めて貰えるのかな?」
 「決まっています!!剣士ならば剣で語れ・・・先生の実力を試させて貰いますよ!!」

 戸惑いの表情を隠せない桂に対して、若菜は竹刀を情け容赦なく突きつけたのだった。

 「今から私と試合をして下さい!!私に勝てたら先生の事を認めてあげましょう!!」

3.桂VS若菜


 こうして成り行きから、桂と若菜が試合をする事になってしまった。
 部員たちは桂と若菜を取り囲むようにして、防具を身に付け互いに対峙する2人を、固唾を呑んでじっ・・・と見つめている。
 そして審判を務める事になった小雪が赤と白の2本の旗を握り締めて、戸惑いの表情を浮かべている。

 「白野さん。くれぐれもジャッジは公平にね。」 
 「そ、それは分かってますけど・・・羽藤先生、本当に大丈夫なんですか!?」
 「私の事なら心配しなくてもいいから。」

 小雪が心配になるのも無理も無い。
 何しろこの試合で桂が負けたら、若菜に顧問として認めて貰えないのだ。
 曲がりなりにも剣道部の強豪校である青城女学院において、部長を務める程の実力者である若菜だ。実際に彼女の試合を観た事が無いのでどれだけの実力者なのかは知らないが、相当な実力者である事に疑いの余地は無い。
 若菜から発せられる凄まじいオーラのような物を、小雪は敏感に感じ取っていた。

 それに対して桂はどうだろうか。あの鳴海夏夜が相手だったという不運があったとはいえ、去年の日本選手権大会の千葉予選で僅か4秒で負けるという、あまりにも無様な醜態を晒してしまっているのだ。
 それに昨日、今日と担任としての桂を見てきたが、とても穏やかで優しげな印象を受ける桂は、とてもじゃないが剣士としての印象とは程遠い。

 「朝霧さん。試合は1分間の一本勝負という事でどうかな?」
 「ええ、異論はありません。先生の実力、見せて貰いますよ!!」

 とても厳しい表情で、若菜は竹刀を正眼に構える。
 それでも桂の表情は今も尚、とても穏やかだ。
 若菜から放たれる凄まじい気迫を前にしても、全く動じていない。
 これは余裕なのか、それともただの馬鹿なのか。
 桂もまた竹刀を正眼に構え、若菜をじっ・・・と見据える。

 「そ、それでは一本勝負、始めて下さいっ!!」

 小雪の合図と同時に、マネージャーの2年生がストップウォッチで試合時間の計測を始めた。
 その瞬間、若菜は桂に反撃の余裕すら与えようとせず、気迫の掛け声と共に一気に勝負を決めようと前に出る。
 若菜の得意技である、正眼の構えからノーモーションで繰り出される渾身の突き。
 ノーモーションからいきなり目の前に竹刀が迫ってくる上に、若菜のこの凄まじい気迫だ。並の使い手だと思わず恐怖心すら抱いてしまう事だろう。
 元々は遥がフェンシングの試合で見せた、ノーモーションから繰り出される突進技である縮地法を参考に編み出した技なのだが。

 (びびらせてやる・・・!!)

 若菜の渾身の突きが、凄まじい勢いで桂の喉元に迫る。 
 だが竹刀を払われたような感触がしたと思った瞬間、いつの間にか桂の姿が若菜の目の前から消えていた。

 「な・・・!?」

 気が付いた時には、若菜のすぐ隣に桂の気配が。
 本能的に危険を察知した若菜は、慌ててバックステップで桂から間合いを離す。
 竹刀を正眼に構え直した若菜の眼前に映るのは、相変わらず穏やかな笑顔で竹刀を正眼に構える桂の姿だった。 

 (払い技・・・!?一体いつの間に・・・!?)

 いつの間にか払われていた。何が起こったのか理解出来なかった。
 若菜が抱いた感想は、まさにそんな感じだ。
 それは桂が必要最小限の動きで若菜の突きを払い、また若菜の突きの威力までも利用して若菜の体勢を崩させたから・・・そして桂の一連の動きが、まるで美しさすら感じられる程の華麗な代物だったからだ。
 若菜の目には、いつの間にか桂の姿が忽然と消えたようにしか見えなかった。
 そして試合を見守っている周囲の部員たちは、桂の全く無駄の無い動きに思わず見惚れてしまっていた。

 「くっ・・・!!」

 何という事はない、ただ竹刀を正眼に構えているだけの桂。
 剣道の基本中の基本、だが全く無駄が無い。それ故に美しくて、隙が無い。
 少し力を入れれば折れてしまいそうな・・・そんな儚げな印象さえも受けるというのに。
 このようなタイプの剣士とは、これまで若菜は1度も戦った事が無かった。
 それ故に戸惑いを隠せない。一体全体何がどうなっているのか。

 「だったら・・・これなら・・・どうだぁっ!!」

 今度は上段の構えから、渾身の面・・・に見せかけて、フェイントで胴を見舞おうとする。
 いわゆる抜き胴・・・上段の構えを見せて面打ちを警戒した相手に、面のモーションから斬撃の角度を変えて胴を繰り出すという、とても難易度の高い技だ。
 だがそれさえも、桂は軽く対応してしまう。
 振り下ろされた若菜の竹刀に合わせるかのように、桂の竹刀もまた振り下ろされる。
 そして次の瞬間、若菜の竹刀はまたしても払われてしまった。

 (そ、そんな・・・!!) 

 面払い面・・・これも若菜の抜き胴と同様に、とても難易度の高い技だ。
 フェイントもへったくれも無い。若菜には胴を繰り出す余裕さえも与えられなかった。 
 そして体勢を崩して隙だらけになってしまった若菜の左手に、桂の竹刀が迫る。
 それを優れた身体のバランスで何とか体勢を立て直した若菜が、とっさに竹刀で受け止めた。
 並の使い手なら、今ので確実に桂の小手打ちを食らっていたはずだ。それに瞬時に対応してしまう若菜は、やはり相当な使い手だ。

 だがそれでも、たった二度の剣の打ち合いだけで、部員たちは最早完全に理解していた。
 桂と若菜の、圧倒的なまでの実力差を。
 若菜は完全に余裕を無くしてしまっており、対照的に桂は息1つ乱していない。
 それは今の桂の面払い面にしても、無駄な動きが全く無かったからだ。 
 無駄な動きを全くしていないからこそ、桂は身体に余計な負担をかけていないのだ。だからこそ息を乱さない。

 何とかバックステップして体勢を立て直した若菜だったが、既に息を切らし始めていた。
 まだ、たった二度の打ち合いしかしていないのに、若菜の身体に襲い掛かる疲労感。
 それは肉体的な物ではなく、精神的な疲労とでも言うべきか。
 やはり竹刀を正眼に構えるだけの桂・・・それなのに若菜は隙を見つけられない。
 しかもだ。

 「こんな・・・馬鹿な・・・っ!?」
 「朝霧さん、駄目だよ。そんな力任せなだけの闘い方じゃ。」
 「な・・・!?」
 「朝霧さんは確かに物凄い剛剣の持ち主だけど、それでも動きに無駄が多過ぎて先読みしやすいんだよ。だからこうして簡単に対処させられるの。」

 何と桂は自分が顧問として認められるかどうかという大切な試合の最中に、対戦相手の若菜を指導する余裕さえも持ち合わせているという始末なのだ。
 若菜の視線の動きや一連の無駄の多い動作から、何を狙っているのかが完全にバレバレだ。
 だからこそ小手先の抜き胴を繰り出した所で、桂には通用しない。
 そして桂のこの態度に、若菜は完全に頭に血が昇ってしまった。
 真剣勝負の最中に自分に助言とか・・・これはある意味侮辱に等しい行為だ。

 「この・・・ふざけるなあああああああああああああああっ!!」
 「だから、そういう力任せなのが駄目だって言ってるの。」

 若菜が立て続けに繰り出す斬撃を、桂は立て続けに涼しい表情で受け流してしまう。

 「ただ竹刀を振り回すだけじゃなくて、もっと相手の動きをよく見なさい。竹刀だけじゃなくて身体全体もそう、相手の視線を見るのも重要だよ。」
 「うるさいうるさいうるさいっ!!」
 「それに今の朝霧さんの態度だと、審判に暴力反則を取られちゃうかもだよ?」
 「黙れええええええええええっ!!」

 教師やOBたちから有無を言わずに寄せられる、今年こそは全国という過度な期待と重圧。
 そして実力的に大した事が無いと思っていた桂に、こうやって余裕こいて翻弄されている現状・・・それらが若菜の心に余裕を無くさせているのだ。
 次から次へと、面も胴も小手も突きも、渾身の斬撃を立て続けに桂に受け流されてしまう。
 もう何が何だか、若菜には訳が分からなかった。頭がおかしくなって涙が出そうだ。 

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!!」
 「・・・・・。」

 相変わらず息1つ乱さずに竹刀を正眼に構え続ける桂だが、その時だ。

 「羽藤先生、朝霧先輩、あと10秒です!!」
 「・・・っ!?」

 マネージャーの声が響いた瞬間、若菜はハッと我に返った。
 あと10秒・・・あれからまだ50秒しか経っていないというのか。それなのにこの疲労感は一体何なのか。
 そして次の瞬間、これまで自分からは決して攻めて来なかった桂が、初めてこの試合で自ら前に出た。
 振り下ろされる桂の竹刀を、とっさに受け止めようとする若菜だが・・・次の瞬間、桂の竹刀が突然視界から消えた。

 「な・・・っ!?」
 「胴ーーーーーーーーーーーっ!!」

 繰り出されたのは、桂の抜き胴。
 基本に忠実で、とても綺麗で無駄の無いフォーム。それ故にとても美しい。
 だからこそ若菜には、桂の竹刀が突然消えたように感じられたのだ。
 そして次の瞬間、若菜の胴に響き渡る、竹刀がクリーンヒットする軽快な打撃音。

 「覚えておいてね朝霧さん。抜き胴というのはこうやるんだよ。」
 「・・・ど・・・胴あり!!羽藤先生の勝利です!!」

 目の前で繰り出された桂の一連の動き、そして美しさすら感じられた太刀筋を前に、小雪は白旗を掲げながら完全に魅せられてしまったのだった・・・。