アカイイト&アオイシロ 短編小説集

前章「新生・青城女学院剣道部」(後半)

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「新生・青城女学院剣道部」


4.部活動とは


 小雪が桂の勝利を告げた瞬間・・・一瞬の静寂の後、凄まじい大歓声が周囲を包み込んだ。
 ここにいた剣道部員の誰もが、桂の戦いぶりに圧倒させられてしまったのだ。
 あの部長の若菜を相手に、ここまで圧倒的な実力差を見せ付けて勝利した・・・それだけでも凄い事だが、桂の無駄の無い洗練された動き、そして美しさすら感じられる程の太刀筋に、誰もが感動さえも思えている。 
 これ程の使い手が夏夜に4秒で負けたという事実が、部員たちの誰もが信じられなかった。

 面を外した桂は穏やかな笑顔を見せながら、愕然と崩れ落ちている若菜を助け起こす。
 防具ごしでも若菜の手には、差し伸べられた桂の手から優しさと温もりが伝わってきた。

 「それで朝霧さん、どうかな?私の事を認めてくれた?」
 「・・・そんなの・・・もう認めるしかないじゃないですか。」

 剣士に二言は無い。勝てたら認めると若菜自身が桂に告げたのだ。
 ここまで無様な負け方をした以上は、もう若菜も認めるしかなかった。
 顔を赤らめながら、若菜は恥ずかしそうに桂に頭を下げる。

 「こ、これからもご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします。」
 「うん、今日から1年間よろしくね。朝霧さん。」

 若菜の肩をポン、と叩いた後、とても穏やかな笑顔で桂は周囲の部員たちに向き直る。

 「他に異論のある人はいるかな?」
 「「「「「ありません(汗)。」」」」」
 「じゃあ今日から正式に皆の顧問として活動させて貰うけど・・・その前に皆に話さないといけない事があるの。」

 剣道部退部の最速記録を更新した新入生5人の泣きそうな表情、そして彼女たちから聞かされた若菜の暴言。
 それらを思い出しながら、桂は今日の職員会議の事を話し出したのだった。

 「さっき、皆は朝霧さんに色々と酷い事を言われたと思うけど・・・実は職員会議が長引いて私が来るのが遅れたのは、それが関係しているの。」
 「え・・・?」
 「職員会議に剣道部のOBの人たちが来ていてね・・・今年こそ何としても剣道部を全国に導けとか、これ以上この学校の剣道部の歴史に泥を塗るなとか、今年も全国に行けないようなら軍法会議物だとか、色々と厳しく言われたんだよ。」

 どうやらこの学校の剣道部のOBたちは、青城女学院や剣道部に対して多大な影響力を持っているようだ。
 何しろお嬢様学校で、長い歴史を持つ剣道部の名門、しかも卒業生の多くが各方面で多大な活躍や社会貢献をしているのだ。
 彼女たちもそれは例外では無く、今日の職員会議に顔を出してきたOBたちの中には、社会的に相当強い権力や影響力を持つ者たちもおり、中には母校である青城女学院に対して多大な資金援助をしている者たちさえもいる。

 だからこそ我が物顔で職員会議の場にまで顔を出し、顧問に就任した桂に偉そうに色々と厳しく通告してきたのだ。
 まるで、自分たちにはその権利があると言わんばかりに。
 だが卒業しても尚、剣道部の活動にまで干渉して来るとか、他の学校ではまず有り得ない事だろう。ここまで来ると最早異常だと言わざるを得ない。
 お嬢様学校で名門であるが故の、弊害とも言うべきなのか。

 「だけど私はOBの皆さんに伝えたの。部活動の主役は生徒たちであって貴方たちじゃない、貴方たちはもう引退したんだからしゃしゃり出て来るな、主役である部員の皆にまでちょっかいを出すなってね。」
 「マジですか・・・。」
 「マジだよ白野さん。と言っても部長の朝霧さんだけはOBの人たちに呼び出されて、色々と厳しく言われたみたいだけどね。」

 皆に暴言を吐いた若菜を責めた桂だったが、そんな桂も若菜の気持ちや苦しみは充分に理解しているつもりだ。
 OBたちからあれだけの圧力を掛けられれば、若菜だって部員たちに対して高圧的な態度で接しざるを得ないだろう。
 もし今年も全国を逃せば・・・そのプレッシャーが若菜にあんな酷い事を言わせたのだ。

 だからこそ、他の部員たちにまで若菜のような辛い思いをさせる訳にはいかない・・・今の桂はその決意を胸に秘めていた。
 部活動の主役は生徒たちなのだ。生徒たちが主役となって活動する物なのだ。そこへ大人たちが必要以上に干渉する事など許されるはずがない。
 桂は顧問として、生徒たちを全力で守らなければならないのだ。
 生徒たちを部活動に集中させる為に。学校生活で嫌な思い出を作らせない為に。

 「それで私とOBの皆さんとの間で言い争いになって、職員会議が長引いちゃったの。それでここに来るのが遅くなっちゃったんだけど・・・。」 
 「そ、そんな事をOBの人たちに言っちゃって、羽藤先生は本当に大丈夫だったんですか!?」
 「大丈夫だよ白野さん。顧問として当たり前の事を言っただけだから。」

 桂がクビにでもされるんじゃないかと心配する小雪だったが、そもそも人事権など持ち合わせていないOBたちに、教師として正統な行いをしている桂の処遇をどうにか出来るはずがない。
 そんな事になったら逆にOBたちや青城女学院の方が、桂を不当解雇したとして社会的な反感を買う結果になるだけだろう。
 中には教師でもないのに、それ所か教育職員の免許さえも持ってないのに、私に顧問をやらせろとか無茶苦茶な事を言い出した者までいたと、桂は小雪たちに明かしたのだが。

 「ごめんね朝霧さん。私たち大人の身勝手さと下らないエゴのせいで、何の関係も無い朝霧さんにまで辛い思いをさせちゃったね。」
 「い、いえ、そんな・・・」
 「だけど朝霧さんが皆に暴言を吐いて、それで実際に傷付いた人たちもいるのは事実だから、それに関しては皆にちゃんと謝罪しないと駄目だよ?」
 「・・・・・。」
 「ほら朝霧さん。私が傍にいてあげるから、さっきの暴言を皆に素直に謝って。ね?」

 桂に背中を優しく押されながら、若菜は今にも泣き出しそうな表情で、新入部員たちに対して・・・特に泣きながら退部しようとした5人に対して、深々と頭を下げたのだった。

 「そ、その・・・さっきは皆にあんな酷い事を言っちゃって、本当にごめんなさい・・・。」
 「あ~、いや、もう終わった事ですし、朝霧先輩がOBの人たちに脅されてたのは分かりましたから、もう頭を上げて下さいよ~。」
 「・・・・・。」
 「ほらほら皆も、もうこれ以上朝霧先輩を責めるのは止めにしようよ。朝霧先輩だって被害者なんだし、こうして反省もしてるんだから。ね?ね?ね~っ?」

 小雪に庇われた事で、若菜の目には涙が溢れてきていた。
 羽藤先生だけは味方でいてくれるんだと、この人が顧問で本当に良かったと・・・若菜は安心して気が抜けてしまったのだ。
 そんな若菜の姿を見て、暴言を浴びせられた新入部員たちも、もうこれ以上若菜を責める気にはなれなくなってしまった。
 先程泣きながら退部しようとした5人の新入部員たちも、戸惑いながらも穏やかな笑顔で若菜に歩み寄る。

 「その・・・私たちも、もう少しこの剣道部で頑張ってみようかと思います。だから朝霧先輩・・・」
 「ありがとう・・・皆、本当にありがとう・・・!!」

 桂に諭された今の若菜からは、先程までの高圧的な態度は微塵も消えていたのだった。

5.羽藤先生無双


 こうして桂の活躍で、無事に若菜と新入生との間のわだかまりが解ける結果となった。
 そして桂の指導の下で、本格的に練習が始められる事となるのである。
 怪我の防止の為に入念にウォーミングアップを済ませてから、桂の指示で2~3年生、道着を身につけた経験者の新入生、ジャージ姿の初心者の新入生の3組のグループに分けられる。
 そして。

 「じゃあ初心者の人たちは、今日はそこで見学という事で・・・それじゃあ朝霧さんとはさっき戦ったから、まずは3年生の中村さんから。」
 「は、はい!!よ、よろしくお願いします!!」

 桂が部員たちに課した初めての練習メニュー・・・それは『実戦』だった。
 レギュラーも控えも1年生も関係無しに、変な先入観を持たずに全員の実力を把握しておきたい・・・この桂の言葉により初心者以外の全員が桂と試合をする事になったのだ。
 試合形式は先程の若菜の時と同様、1分間の一本勝負だ。 

 だが部長の若菜でさえ歯が立たなかったのに、他の部員たちが桂に太刀打ち出来る訳が無い。
 圧倒的な強さで、桂は部員たちを次々と叩きのめしていった。 
 しかもだ。桂は部員たちをただ単に叩きのめすだけではない。

 「中村さん、試合はまだ終わってないんだから、最後の最後まで諦めたら駄目だよ?諦めたらそこで試合終了だよ?」
 「は、はい!!」

 「鈴木さん、面打ちの時に無意識の内に腰が引けちゃってるよ?相手のカウンターを警戒し過ぎなんじゃないかな?打つなら打つで思い切り打ちなさい。」
 「す、すみませんっ!!だってさっきの先生と若菜ちゃんの試合を見た後だと、どうしても・・・」

 「進藤さんは鈴木さんとは逆。ひたすら攻めてばかりで守る事を全然考えてないから、こうやって簡単にカウンターを取られちゃうんだよ?」
 「だって、攻めなきゃ点を取れないじゃないですか。点を取らないと勝てないじゃないですか。」
 「それはそうだけど、時には守る事も重要なんだよ?進藤さんはとにかく熱くなり過ぎ。攻める時は攻めて、守る時はきちんと守る。もっと我慢する事を覚えなさい。」

 先程の若菜の時と同様、部員たちを的確に指導しながら試合をしているのだ。
 しかも、その気になれば瞬殺出来る相手でも、敢えて時間を掛けて1分間ギリギリまで試合を行い、1分間という時間を有効に使い、気付いた事を助言した上で時間ギリギリに勝利している。
 これは、あくまでも桂の部員たちへの『指導』・・・単に桂が勝つだけでは意味が無いからだ。

 「面ありっ!!羽藤先生の勝利です!!」

 体育館に、小雪の元気な声がまたしても響き渡る。
 ここまで何と、怒涛の32連勝である。
 しかも桂は、特にど派手な必殺技を使ってる訳でもない。特にズバ抜けた身体能力を有している訳でもない。
 攻める時も守る時も、単に剣道の基本中の基本の動きをしているだけだ。
 だがそれでも動きに全く無駄が無く、息も乱す事無く、部員たちの弱点を見極め、その隙を的確に突いているからこそ、誰も桂に勝つ事が出来ないのだ。
 今の桂の試合運びは、まるで剣道の手本でも見せられているかのようだ。

 何故これ程の使い手が、日本選手権大会の予選の1回戦で4秒で負けるという、無様な醜態を晒してしまったのか。
 対戦相手の夏夜が、それ程までに化け物じみた強さだったという事なのか・・・部員の誰もが桂の試合を観ながら、そんな事を考えていたのだった。

 「は~い、それじゃあ最後の相手は・・・」
 「は~いはいはいはい!!最後は当然私に決まってるっしょー!!」

 初心者以外の全員が全滅した所で、それまで審判を務めていた小雪が、もう待ちくたびれたと言わんばかりに物凄い笑顔で派手に挙手をした。
 同じ剣の道を志す者として、先程から桂と試合をしたくてウズウズしていたのだ。
 先程桂に負けた新入生に紅白の旗を渡して審判を務めてもらい、小雪は腕をグルグルさせながら竹刀を手に桂と向き合う。

 「もう私さっきから羽藤先生のテクを味わいたくてウズウズしてたんですよ。我慢し切れなくて思わずイッちゃいそうでしたよ。こんなにも私をジラすなんて、どんな放置プレイなんですか。」
 「神聖な道場でそんな卑猥な言葉を並べたらいけません。」
 「でも私はそんなに簡単には負けませんよ~っ!!」

 いきなりの上段の構え・・・小雪は最初からアクセル全快で向かってくるつもりのようだ。
 桂との試合を、余程待ち切れなかったのだろうか。
 苦笑いしながら、桂は竹刀を正眼に構える。
 そして。

 「そ、それでは一本勝負、初め!!」
 「うおおおおりゃあああああああっ!!」

 物凄い勢いで桂に迫る、小雪の渾身の面打ち。

 「・・・っ!?」

 それまで決して余裕の態度を崩さなかった桂が、小雪との試合で初めて真剣な表情になった。
 とっさに竹刀で小雪の面を受け止めるが、それでも立て続けに繰り出される連打連打連打。

 「胴!!突き!!小手!!胴!!面!!うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃ~~~~っ!!」
 「くっ・・・!!」

 まるで野生の本能とでも言うべきなのだろうか。剣道のセオリーを完全に無視した、まさに野獣のような剣捌きだ。
 動きを読み切れない上に、凄まじい身体能力。さすがの桂も防戦一方だ。
 そして。

 「小手ぇーーーーーーっ!!」
 「こ・・・小手あり!!白野さんの勝利です!!」
 「よっしゃーーーーーーーーーっ!!私の勝ちーーーーーーーっ!!」

 左拳を高々と上空に掲げ、ガッツポーズをする小雪だったのだが。

 「は~い、一本取り消し。」

 そんな小雪を見て、桂は呆れたように深く溜め息をついたのだった・・・。 

 「何で!?」
 「もう、白野さん。ガッツポーズは侮辱行為に相当する反則。剣道の基本中の基本だよ。」
 「・・・あ。」
 「剣道は礼に始まり礼に終わります。相手への敬意を決して忘れず、一本取った後に絶対にガッツポーズをしない事。今の白野さんの一連の行為は確実に失格になるから、初心者の皆もよく覚えておいてね?」

 と言うか、高校生にもなってガッツポーズをやらかす馬鹿を見たのは百子以来だ。
 小学生や中学生の試合だと、たまにガッツポーズをする馬鹿がいるらしいのだが。
 それでも桂から一本を取ったのは、小雪が初めてだという事実は変わらない。
 誰もが小雪の戦いぶりを、唖然とした表情で見つめている。

 そして桂もまた、正直言って油断していた。
 今のは小雪がたまたまガッツポーズをしたお陰で一本取り消しになったのだが、もしガッツポーズが無かったら確実に桂の負けだったのだ。
 たまたま運が良かっただけ・・・今のは完全に捉えられていた。
 桂もまた気持ちを入れ直して竹刀を正眼に構え、真剣な表情で小雪を見据える。

 「・・・うおおおりゃああああああっ!!面ーーーーーーっ!!」
 「胴ーーーーーーーっ!!」

 小雪の面に合わせてカウンターで抜き胴を繰り出す桂だが、それでも小雪はズバ抜けた反射神経で何とか直撃だけは避ける事が出来た。
 審判の新入生が桂の勝利を告げる白旗を上げようとするが、浅いと判断して躊躇する。 
 今の小雪の面も何とか避ける事が出来たが、少しタイミングがズレていたら危なかった・・・小雪の実力に桂は素直に感嘆したのだった。

 だが、だからと言って桂は、このまま素直に負けるつもりは微塵も無い。
 確かに小雪の猛獣のような剣捌きは厄介だが、それでも似たようなタイプの剣士である百子と、桂はもう何十回と試合をしているのだ。
 小雪の予測不能の動きに、全く対応出来ない訳ではない。

 「羽藤先生、白野さん、残り10秒です!!」
 「おっしゃーっ!!これで決めますよ羽藤先生!!」

 数度に渡る竹刀のぶつかり合いの後、僅かな隙を目掛けて正確に狙い打たれた桂の小手打ちが、小雪の左手に迫る。
 だが小雪は凄まじい動体視力で反応し、桂の小手打ちを竹刀の鍔で辛うじて受け止めた。
 そのままジリジリと鍔迫り合いの状態になる2人。小雪はよっしゃーとか叫びながら、そのまま桂を場外まで押し出そうとする。
 単純な身体能力だけなら、桂よりも小雪の方が上のようだ。桂はジリジリと場外まで押し出されようとしていた。
 だがそれでも、やはり桂の方が一枚も二枚も上手だったようだ。

 「な・・・っ!?」

 グルグルと、小雪の竹刀に巻きつけられる桂の竹刀。
 小雪が気が付いた時には、もう遅かった。
 両手に響く一瞬の衝撃の後に、小雪の竹刀が派手に宙を舞う。
 さらにそこから精密無比の精度でもって、桂の小手打ちが小雪の左手に直撃したのだった。

 「巻き技!?嘘ーーーーーーっ!?」
 「こ、小手あり!!羽藤先生の勝利ですっ!!」

 新入生が白旗を掲げると同時に、部員たちの凄まじい歓声が響き渡る。
 確実に小雪に追い詰められていた桂だが、それでも桂にはまだまだ全然余裕があったのだ。
 2人の勝敗を分けたのは、桂と小雪との間に存在する圧倒的な経験の差。
 中学校の全国大会で準優勝しただけの小雪と、高校や大学で数多くの試合を経験してきた桂・・・その経験の差が、2人の戦いの勝敗を分ける事となったのだ。

 「ああもう、あとちょっとだったのに~。」
 「そうだね。だけど白野さんは、その『あとちょっと』の詰めが甘いかな。最後に私を押し出そうとした時、完全に勝てると思い込んでたでしょ?」
 「だってあの状況から、まさか巻き技を出してくるなんで思わないですよ。普通。」
 「その思い込みが白野さんの欠点だよ。最後の最後まで油断したら駄目。分かった?」

 面を外し、とても穏やかな笑顔で、うるうるした瞳の小雪を指導する桂。
 これで怒涛の33連勝・・・桂は初心者の新入生以外の全員を相手に勝利を収めた事になる。
 しかも対戦相手の個々の問題点を見つけ出し、個別に指導する余裕さえも見せ付けてだ。

 「今後も毎週金曜日に、今度は初心者の皆も含めて、こうやって私と一本勝負の試合をして貰います。皆、今日私から告げられた問題点を意識して練習に取り組んで下さいね。」

 穏やかな笑顔の桂を、神妙な表情で見つめる部員たち。
 実際に初心者以外の全員と試合をしてみて、桂が感じた事が2つある。
 このメンバーの中では小雪と若菜の実力が、頭2つ程抜けているという事。
 さらに確実に全国に行けるという保証は出来ないが、それでも全国で通用するだけの潜在能力は有しているという事だ。
 曲がりなりにも、全国から有力な選手を特待生として集めているだけの事はある。

 そして実力と性格を考慮すれば、小雪が先鋒、若菜が大将でほぼ決まりだろう。
 部員たちの誰もがそんな事を考えていたのだが、この後桂は誰もが予想もしなかった、とんでもない事を言い出すのである。

 「それとレギュラーと控えの枠を、一度完全に取っ払ってフラットにしちゃいます。」

 一瞬の静寂の後・・・部員たちの誰もが驚きの声を上げたのだった。
 特に冬の大会でレギュラーだった部員たちは、若菜を除いて明らかに不服そうな声を上げる。
 無理も無いだろう。強豪と呼ばれる青城女学院の剣道部において、レギュラーの座を勝ち取るのにどれだけ苦労させられたのか。
 そのレギュラーの地位を問答無用で剥奪し、全員を横一線に並べると言い出したのだ。レギュラー陣にしてみれば、たまった物ではない。

 「は、羽藤先生、幾ら何でもそれはあんまりなんじゃ・・・!!」
 「言いたい事は分かるよ鈴木さん。折角苦労してレギュラーの座を勝ち取ったんだからね。」
 「そうですよ!!それなのにいきなり全員をフラットにするなんて・・・!!」
 「レギュラーにも控えにも初心者にも、今ここにいる全員に平等に競争するチャンスを与える為です。それでレギュラーになれないのなら、所詮はその程度の選手だったという事だよ。」

 それは部長である若菜でも、ガッツポーズで失格になったとはいえ唯一桂から一本を奪えた小雪でさえも、例外ではない。
 敢えてレギュラーの地位を剥奪させ、全員に競争のチャンスを平等に与える事で、部員たちのやる気と競争意識を活性化させて、選手のレベルアップに繋げる。それが桂の狙いなのだ。
 控え選手だった者たちも初心者たちも、これで「どうせレギュラーは決まっているから」と不貞腐れる事も無くなるだろう。

 「それに初心者の子たちからも、もしかしたら突然化ける人が出てくるかもしれないからね。」
 「初心者からって、ここは強豪ですよ?幾ら何でもそれは無いんじゃ・・・」
 「そんな事は無いよ白野さん。この剣道部のOBで、今はこの学校の警備員を務めてる百子ちゃんなんか、剣道部に入部した頃は初心者で、そこから半年でレギュラーになったんだよ?」
 「マジですか・・・。」
 「私だって桜花女子学園の剣道部のOBなんだけど、自慢じゃないけど剣道を始めたのが1年生の夏からで、そこから1年でレギュラーになったんだからね?」

 ええええええええええええええ!?
 桂のこの衝撃の発言によって、部員たちの誰もが驚きの声を上げたのだった。
 部員たち全員を叩きのめす活躍を見せておきながら、桂が剣道を始めたのは高校1年生の夏からだというのだ。
 しかも桜花女子学園と言えば、この青城女学院に並ぶ剣道の強豪だ。その強豪において初心者でありながら、僅か1年でレギュラーの座を勝ち取ったというのか。
 だとしたら桂は、一体どれだけの天才だというのか。剣に関しての天性の才能を有しているとしか思えない。

 そして桂が敢えてこの話を持ち出したのは、初心者たちにもやる気を出させる為だ。
 高校では初心者だった羽藤先生が強豪校でレギュラーになれたのなら、私にだってチャンスはある・・・私も羽藤先生みたいな強い剣士になれるかもしれないと。

 「大会前の7月にレギュラーと控えを決める為の、敗者復活戦を取り入れたトーナメント戦を行います。5つのブロックに分けてトーナメントを行い、そこで優勝した人がレギュラー、準優勝者が控えです。単純でしょ?」

 これも桂自身が、高校時代にレギュラーの座を巡っての嫌な思い出があるからだ。
 トーナメントを勝ち抜けた者がレギュラー。一番強い者が代表。これなら単純明快で分かり易いし、選手たちにも「誰がレギュラーに選ばれるのか」と下手な不安を抱かせずに済むのだ。
 自らの手でレギュラーを掴み取る・・・まさにそれを再現していると言えるだろう。
 それに敗者復活戦を取り入れれば、部員たちには最低でも2回は試合をする機会が与えられる事になる。これも選手のやる気を引き出す為の物だ。 

 「控え選手だった人たちも初心者の皆も、諦めないでレギュラーの座を目指して頑張って下さい。レギュラーだった人たちも再びレギュラーを掴み取れるよう練習に励んで下さいね。」

 キーンコーンカーンコーン。
 そうこうしている内に、下校時刻を告げるチャイムが鳴り響いた。
 強豪と呼ばれる青城女学院剣道部であろうとも、季節毎に定められた下校時刻はきちんと守らなければならない。

 「今日は見学だった初心者の人たちにも、明日からは本格的な練習に取り組んで貰います。各自怪我の防止の為に、整理体操を済ませてから片付けをして下さい。以上、解散。」
 「「「「「ありがとうございましたーっ。」」」」」

 自分に一礼する可愛い生徒たちを、桂は穏やかな笑顔で見つめていたのだった。

6.新生青城女学院剣道部・始動


 そして、翌日の夕方。
 授業を終えて体育館の更衣室にやって来た小雪を、既に着替えを始めていた若菜が穏やかな笑顔で出迎えた。

 「あれ、朝霧先輩早いですね。てっきり私が一番乗りだって思ってたのに。」
 「これでも部長だからね。私が率先して動かないと皆に示しがつかないでしょう?」
 「さすがは朝霧先輩。私には到底真似出来ない事をクールに平然とやってのける。そこにシビれる憧れるぅ!!」
 「ところで河原さんはどうしたの?一緒じゃないの?」

 昨日の初日の練習の時は、常に小雪にくっついていた広子の姿が無い事に、若菜は違和感を感じていたのだが。
 とてもバツが悪そうな表情で、小雪は若菜に真相を告げたのだった。

 「・・・あ~、広子ったら、剣道部に正式に入部するのはやめるって・・・。」
 「そう・・・まぁ昨日は羽藤先生に色々と厳しい事を言われてたしね。」

 昨日の部員全員との試合の時・・・他の部員たちに対しては技術面や精神面のアドバイスはしても、特に厳しく叱責する事は無かった桂だったが、広子にだけは口調は穏やかではあったものの、色々ときつい事を告げていたのだ。

 『河原さん。貴方は今まで一体何の為に剣道を続けてきたのかな?』
 『心ここにあらずって言うか、太刀筋に全然気持ちが込められてないの。もしかして河原さん、今までいい加減な気持ちで剣道をやってたりしない?』

 それですっかり落ち込んでしまった広子は、小雪が桂に完膚なきまでに叩きのめされた事も決定打となり、体験入部の時点で剣道部を辞めてしまったという訳だ。

 「でも正直言って、私も羽藤先生の言葉には賛成よ。あの試合で河原さんからは、羽藤先生に真剣に立ち向かおうとする姿勢を感じなかったんだもの。」
 「なんか心が折れたとか言ってましたよ。広子ったら・・・。」
 「まぁ、あれだけ全員が羽藤先生に叩きのめされたら、そりゃあね・・・。」

 そんな事を話しながら道着に着替える小雪と若菜だったが、そこへ他の新入部員たちも続々と更衣室に入ってきた。 
 そしてその中には、昨日若菜の暴言のせいで心が折れて退部しようとして、桂に引き止められた5人の姿も。

 「・・・ぶ、部長・・・その・・・。」
 「おはよう皆。今日も練習頑張りましょうね。」

 昨日あんな事があっただけに、さすがに不安な表情を見せた5人ではあったが、そんな5人の不安を払拭するかのように、若菜は率先して穏やかな笑顔で5人に声をかけたのだった。
 そんな若菜の姿に、5人は安心したよう表情になる。
 桂のお陰で昨日までの若菜たちのわだかまりは、もう完全に解けてしまったようだ。

 そして着替えを終えて練習場へとやってきた小雪たちを待っていたのは、道着姿の桂の姿。
 とても穏やかな笑顔で、桂は小雪たちを優しく出迎える。 

 「皆揃ったようだね。それじゃあ今日も元気に練習を始めましょうか。」

 は~い。
 桂の呼びかけに部員たちは、とても希望に満ち溢れた表情で応えたのだった。