アカイイト&アオイシロ 短編小説集

第1話「運命の出会い」(後半)

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アカイイト新章・神の化身の少女

第1話「運命の出会い」(後半)


4.孤独の恐怖


 声が聞こえる。

 「・・・梢子。」

 闇の中から、声が聞こえる。

 「・・・梢子。僕の声が聞こえているかい?」

 闇の中から差し込む、一筋の温かい光。
 それが羽織袴姿の青年の形になって、梢子の前に現れる。
 電車の中での眠りの中で、初めて会ったあの時から梢子が何故か親近感を感じた、とても穏やかな瞳をした青年が。

 「・・・梢子。聞こえているなら返事を・・・」
 「・・・また・・・あなたなの・・・?」

 経観塚行きの電車での眠りの中で、梢子の夢の中に現れた青年。
 とても複雑な表情で、青年は梢子を穏やかな、しかし真剣な瞳で見つめ、苦々しく呟いた。

 「・・・やっぱり、来てしまったんだね・・・経観塚に・・・。」
 「来てしまったって、当たり前でしょう?私は経観塚まで旅行に来てるんだから。」
 「梢子。よく聞いてくれ。今すぐにというのはさすがに無理だろうから、出来れば明日の朝にでも、この経観塚から出て行くんだ。」

 いきなり目の前に現れておいて、何を勝手な事を言い出すのか。
 何だか梢子は、急に腹が立ってきた。
 そもそもこの経観塚まで辿り着くのに電車を何度も乗り継いで、相当な時間を費やしたのだ。しかも桂たちとの楽しい旅行だというのに、それを一方的に帰れなど。

 「あなたねえ、私の事を何だと思ってるのよ!?いきなり帰れとか言われて、はいそうですかって帰れるわけ無いでしょう!?」
 「梢子、頼むから僕の話を聞いてくれ。」
 「その前に名前くらい名乗ったらどうなの!?それが礼儀っていう物じゃないのかしら!?」
 「ああ、そうだね。あの時はいきなり君が桂に起こされて目を覚ましてしまったから、名乗る事が出来なかったよ。僕の名は・・・」

 言いかけた青年だったが、突然厳しい表情になった。
 いきなりの事に、何が何だか分からない梢子。

 「くそっ、またあの陰陽師か・・・!!よりにもよって、こんな時に!!」
 「ちょっと、一体どうしたって言うのよ!?」
 「梢子、僕はここで消えるけど、明日の朝にはこの経観塚から出て行くんだ!!いいね!?」

 一方的に言いたい事だけ言い残し、梢子の言い分にも聞く耳持たずに、青年の姿が消えていく。
 もう一体全体何なのか。梢子が訳が分からなかった。

 「あなたねえ、せめて去る前に名前くらいは名乗ったら・・・」
 「・・・梢子ちゃん?」
 「・・・はっ!!」

 夢から覚めた梢子の意識は、現実へと引き戻された。
 慌てて身体を起こす梢子。
 梢子の隣では、柚明が心配そうに梢子の顔を覗き込んでいる。
 そして反対側では桂が穏やかな寝息を立てて、安らかな表情で眠っている。

 「梢子ちゃん、一体どうしたの?何だかうなされていたみたいだったけど、悪い夢でも見た?」
 「・・・ね・・・姉さん・・・?」
 「大丈夫?気分は悪くない?」

 悪い夢・・・確かにそう言ってもいいかもしれない。
 一方的に経観塚から出て行けとか勝手な事を言い出し、こちらの言い分も聞かずに一方的に消えた、羽織袴姿の青年。
 何故か梢子は彼を見て親近感を覚えたのだが、一体何者だったのか。

 「・・・はい、別に何ともないです。大丈夫です。」

 溜め息を付いて、梢子は再び布団の中で横になる。
 梢子が被っていた乱れた掛け布団を、柚明は優しく掛け直してあげた。
 その柚明の優しさが、梢子には何だかとてもくすぐったくて気持ちいい。

 「そう、ならいいんだけど・・・あんまり梢子ちゃんがうんうん唸ってたから、びっくりしちゃって。」
 「すいません、姉さん・・・起こしてしまったみたいで・・・」
 「そんな事、気にしなくてもいいのよ?私と梢子ちゃんの仲じゃない。」

 柚明はそう呟いて布団の中に潜り込み、梢子にしがみついてくる。

 「・・・あ・・・あの・・・姉さん・・・」
 「なあに?梢子ちゃん。」
 「・・・今改めて思うんですけど・・・この状況は、やっぱり恥ずかしいというか・・・」

 3つ並べられた布団の中心で梢子が横になっていて、その右側には桂が、左側には柚明がいるのだが、何故か桂と柚明が梢子にくっついているのだ。
 2人の温かくて柔らかい体の感触が、直に梢子に伝わってくる。

 「あのね、梢子ちゃん。私はいつもこうやって、桂ちゃんと一緒に寝てるのよ?」
 「同じ布団でですか?」
 「そうよ?当たり前じゃない。」
 「何でまたそんな事・・・」
 「・・・梢子ちゃんは私とこうしているのは、嫌?」
 「・・・いえ、別に嫌じゃないですけど・・・」

 むしろ柚明の身体の感触と温もりが、梢子には何だかとても安心出来た。
 子供の頃に夏夜と一緒の布団で寝た時のような、あの感触によく似ている。 

 「なら、いいでしょう?私は梢子ちゃんとこうしていたいの。」

 自分にしがみつく柚明の両腕の力が、少しぎゅっと強くなったのを梢子は感じていた。

 「私はね・・・12年前にオハシラサマになって、10年間ずっと1人だったの。」
 「はい、それは桂から聞きました。」
 「10年間ずっと1人で、ずっと孤独で、寂しかった・・・本当に寂しかったの。だから私は2年前に元の人間に戻ってから、1人で寝るのがどうしても怖くなっちゃってね・・・。私が眠ってる間に桂ちゃんとノゾミちゃんがどこかに行ってしまわないだろうか・・・とか、そういう事ばかり考えるようになっちゃって。」
 「・・・姉さん・・・。」
 「私は12年前は桂ちゃんを守る為にオハシラサマになったけど、今はもうオハシラサマになんかなりたくない。もう二度とオハシラサマにはならない。私の前から桂ちゃんとノゾミちゃんがいなくなるなんて・・・そんなの、とても耐えられないから。」

 孤独の怖さ。孤独の寂しさ。それが柚明を1人では眠れなくしてしまったのだろうか。
 しかも柚明はそれに10年間も耐えてきたのだ。梢子も柚明の気持ちは痛いほど理解出来た。
 柚明は、肉体年齢は桂や梢子と変わらないとはいえ、戸籍上はもう28歳で、立派な大人だ。それなのに何を馬鹿な事を言い出すのか・・・そうやって柚明を馬鹿にする人もいるかもしれないが、梢子はそんな考えは微塵も持ち合わせていなかった。

 自分も9年前に夏夜を失った時も、柚明と同じように孤独の恐怖を味わったのだから。
 しかも桂に至っては、柚明がいなくなった時に孤独の恐怖に押し潰されて耐えられなくなり、自ら柚明に関しての記憶を閉ざしてしまったのだから。

 「梢子ちゃんも同じよ?私にとって梢子ちゃんは生きがいなの。桂ちゃんやノゾミちゃんと同じで、私が生きる理由・・・いえ、私の体の一部のような物なの。」
 「いや、姉さん、そんな大袈裟な・・・」
 「大袈裟なんかじゃないわ。私は本気で言っているのよ?」
 「・・・姉さん・・・。」
 「だから梢子ちゃん・・・私たちを見捨てないでね?私たちの前からいなくならないでね?」

 梢子にしがみついている自分の両手が震えているのを、柚明は感じていた。
 そして今の自分にとって梢子が、本当に無くてはならない存在になっているという事も。
 いつからだろうか。いつから柚明は、梢子に対してこんな想いを抱くようになったのだろうか。

 思えば桂が自分に梢子を紹介したあの時・・・あまりにも2人の仲がいい物だから、柚明は梢子に対して、正直ちょっとだけ嫉妬を感じていた。
 だが今の柚明は梢子に対して、嫉妬などという下らない感情を超越した想いを抱いている。
 今の柚明にとって梢子は、桂やノゾミと同じ位、とても大切な存在なのだ。

 「・・・ごめんなさいね。折角の楽しい旅行だというのに、こんな辛気臭い話をしちゃって。」
 「・・・いえ、いいんです。私には何でも話して下さい。私と姉さんの仲じゃないですか。」
 「ありがとう・・・梢子ちゃん・・・。」

 その時、桂が梢子の右腕をぎゅっと両腕で抱き締めながら、こんな寝言を呟いた。

 「ふみゅ~・・・柚明お姉ちゃん、もう食べられないよぉ・・・」

 梢子と柚明は思わず顔を見合わせ・・・何だか笑いが止まらない。
 先程まで2人であんな真剣な話をしていたというのに、桂は全然空気が読めないというか。
 いや、空気が読めない天然馬鹿だからこそ、桂なのか。

 「桂ったら・・・本当に幸せそうね・・・。」
 「・・・梢子ちゃん・・・今の私はとても幸せよ?梢子ちゃんは?」

 梢子は柚明の瞳をじっ・・・と見据え、穏やかな笑顔で呟いた。

 「・・・はい、私も幸せです・・・姉さん・・・。」

5.運命の出会い


 桂と柚明が住んでいた屋敷に行くには、経観塚駅から羽様行きのバスに乗らなければならない。
 しかも、ダイヤも1時間に1本程度しかなく、表札もかなり痛んでいてまともに時刻表を判別出来なかった。
 おまけに羽様に向かうのにも、経観塚駅から相当時間を掛けて行かなければならない。
 経観塚駅周辺も相当な田舎だが、梢子たちが辿り着いた羽様はそれをも上回る超田舎っぷりだった。
 何しろ周辺は本当に緑溢れる大自然で、建物らしき物もほんの僅かに見かけるだけなのだ。
 この羽様は、本当に古い時代から時が止まっているかのようだ。 
 その自然溢れる超ど田舎ぶりに梢子は絶句していた。

 「桂と姉さんは、12年前はこんな所で住んでたわけ?」
 「うん、そうだよ。」
 「バスの本数も少ないし、経観塚駅まで遠いし・・・学校に行くにも大変じゃなかった?」
 「学校にはね、いつもお父さんが車で送ってくれたの。」
 「まあ、確かにバスの本数が少ないから、乗り遅れたら大遅刻よね。」

 まさしく、車が無いとまともに生活が出来ない地域の典型例だと言えた。
 そう言えばこの地域は、まだADSLもケーブルTVも繋がらない場所だと柚明が言っていたのを、梢子は思い出した。 

 「それでね、私たちが住んでいた屋敷までは、ここから少し歩かないといけないの。」
 「・・・桂も姉さんも、本当にとんでもない僻地に住んでたのね。生活とか不便だったでしょう?」
 「だけどご神木は、屋敷のすぐ近くにあるから。」

 まあ、たまにはこういう体験をしてみるのも悪くは無いかもしれない。
 それにここまで苦労して来たのだから、こうなったら意地でも屋敷とご神木をこの目で見ておきたいと梢子は思った。
 昨日の変な夢で青年に一方的に「帰れ」とか言われたけど、ここまで来て今更帰るなど、出来るはずが無い。

 桂と柚明が12年前に住んでいたという、経観塚の屋敷。
 古き時代から神が封印されているという、巨大なご神木。
 そのご神木に宿っているという桂の双子の兄・・・羽藤白花。

 一体どんな代物なのか、どんな人物なのか・・・梢子はとても楽しみで仕方が無かった。

 「それじゃあ梢子ちゃん、行こっか。」

 桂が梢子の右手を掴んだ、その時だ。 

 「嫌ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 突然、山奥から女性の悲鳴が聞こえた。
 一体何があったのか。悲鳴があった方向から、何か禍々しい気配を感じる。
 誰かが襲われているのか。それとも事故にでもあったのか。
 梢子は反射的に腰にぶら下げていた木刀を抜き、悲鳴の方角へと走っていく。

 「姉さん!!桂を頼みます!!」
 「ちょ・・・梢子ちゃん!?」

 驚く柚明を尻目に、梢子は物凄いスピードで走り去っていった。

 「ーーーーーーーーーーーー!!」
 「ーー!!ーー!!ーー!!」
 「ーーーー!!ーーーーー!!」

 山奥で無数の魍魎に追い詰められている、1人の少女。
 とても怯えた表情で少女は後ずさるが、逃げ道は無い。

 「あ・・・あ・・・あ・・・あ・・・!!」
 「ーーーーーーー!!」

 魍魎がじりじりと少女との間合いを詰めて来る。

 「嫌・・・助けて・・・!!」
 「ーーーーーーー!!」
 「助けて・・・!!」
 「ーーーーーーー!!」

 魍魎が少女に飛び掛る。

 「・・・姉さん・・・!!」

 だがその魍魎は一瞬にして塵と化した。

 「・・・え?」
 「だああああああああああああああっ!!」

 駆けつけた梢子の斬撃が、魍魎を次から次へと塵と化していく。
 少女の前に庇うように立ちはだかり、木刀を正眼に構え、魍魎を睨みつける梢子。
 だが梢子は驚きを隠せなかった。

 「な・・・何でこんな所に魍魎がいるのよ!?」

 今、梢子の目の前にいるのは、紛れもなく今は亡き馬瓏琉が行使していた魍魎だ。
 それに、いくら人気の少ない場所とはいえ、もうすぐ昼になろうかというこんな時間帯に、こんなに白昼堂々と人間に襲い掛かるとは。 
 ふと、梢子の頭をよぎった、夢の中の青年の警告。

 『梢子、経観塚に来てはいけない。今すぐに帰るんだ。』

 あの正体不明の、しかし妙に親近感を感じた、あの羽織袴姿の青年・・・彼はこの事を警告していたのだろうか。だから梢子に対して、経観塚から去れと夢の中で告げたのだろうか。
 一体、この経観塚で何が起こっているのか。 
 だが今はそんな事を気にしている場合ではない。今は少女を助け出すのが先決だ。

 「こんのおおおおおおおおおっ!!」

 梢子の無数の斬撃が魍魎の数を、物凄いスピードで次々と減らしていく。
 だがそこへ物陰から現れた、魍魎の増援。

 「くっ・・・まだ来る・・・!?」

 少女を背に木刀を正眼に構え、体勢を立て直す梢子。
 一斉に梢子に向かって襲い掛かる魍魎。
 だがその時、梢子と少女の周囲を無数の月光蝶が包み込んだ。

 「これは・・・月光蝶!?」
 「梢子ちゃんから離れなさい!!」

 柚明の声が聞こえたと思った瞬間、梢子に飛び掛った魍魎たちが次々と月光蝶に激突し、塵と化して自滅していく。
 自滅を免れた魍魎たちは、一旦間合いを話して様子を見ようとするが・・・

 「やあああああああああああああっ!!」

 そこへ追い討ちをかけるかのように、駆けつけた桂の木刀・鬼払いが次々と魍魎を塵にしていく。
 そして斬撃が届かない場所にいる魍魎たちも、桂の月光蝶によって次々と餌食になっていく。

 「何が・・・何がどうなっているの・・・?」

 目の前の光景、今の自分の現状に、少女は驚きを隠せない。
 いきなり襲い掛かってきた魍魎、助けてくれた3人の少女、自分の目の前で優雅に飛んでいる、桂と柚明が操る無数の月光蝶。
 やがて3人の大活躍により、魍魎たちはあっという間に全滅してしまった。
 溜め息をついて、梢子は木刀を腰にぶら下げる。

 「ふう・・・どうやらこれで打ち止めみたいね。」
 「梢子ちゃん大丈夫!?怪我は無い!?」

 そこへ桂が慌てて梢子の元に駆けつけてきた。

 「ええ、大丈夫よ。桂。」
 「それならいいんだけど・・・でも梢子ちゃんったら酷いよ~。私と柚明お姉ちゃんを置いてけぼりにして1人で行っちゃうなんて。」
 「ああ、ごめんごめん。叫び声を聞いて、早く駆けつけなきゃって思ったから・・・」

 安姫の血を身体に宿す梢子の身体能力は、桂や柚明を凌駕する。
 その梢子が全力疾走すれば、どうあがいても桂と柚明を置いてけぼりにしてしまうのだが・・・。
 何にしても無事でよかった・・・桂と柚明の表情が、そう梢子に告げていた。
 そして呆然とする少女に梢子は、穏やかな笑顔で向き直ったのだが・・・。

 「大丈夫だった?怪我は無い?」
 「・・・あの・・・もしかして・・・小山内梢子さんですか・・・?」
 「な・・・何で私の事を知ってるわけ!?」
 「はい、百子ちゃんがこの間帰ってきた時に、私に自慢してた物ですから。」
 「・・・だから百子ったら、どれだけ私の事を自慢しまくってるのよ・・・(汗)。」

 どうやら梢子の武勇伝は、百子のお陰で経観塚全土に広まっているようだった・・・。

 「それよりも梢子さん・・・助けて頂いてありがとうございました。」
 「うん、怪我も無いようだし、無事で何よりだわ。」
 「私、星崎渚(ほしざき なぎさ)と言います。百子ちゃんとは中学まで一緒の学校に通っていて、私の方が学年は1つ上なんですけど・・・。」
 「なら、私と同学年ね。私も百子の1つ上だから。」

 同学年・・・その言葉を聞いて、渚はとても暗い表情になる。
 その表情の意味が分からず、戸惑う梢子。
 自分と同学年なのかという確認をしただけだというのに、何をそんなに落ち込む必要があるのか。 

 「・・・同学年・・・そう・・・ですね・・・そうなりますよね・・・」
 「一体どうしたの?そんなに暗い顔をして。ここ、そんなに驚く所?」
 「・・・あ、いえ、何でもないんです。それよりも・・・って、あれ・・・?」

 今度は桂の顔をジロジロ見る渚。

 「あの・・・そちらの方はもしかして、羽藤桂さんですか?」
 「・・・ねえ、まさか百子ったら、桂の事まで周りに自慢しまくってたわけ?」
 「はい。この間の県大会で、百子ちゃんが唯一負けた相手だって言ってました。」
 「百子ったら・・・一体何を考えているのよ・・・(汗)。」
 「それよりも、皆さんはどうしてこの経観塚に?」 
 「ああ、それは・・・」

 梢子は渚に、今回経観塚を訪れた目的を全て話した。

 この経観塚が、桂と柚明の生まれ故郷だという事。
 そして、この近くに桂と柚明が昔住んでいた屋敷があるという事。
 その屋敷の近くに、神が封じられているという巨大なご神木があるという事。
 そのご神木に桂の双子の兄である白花が宿っており、かつては柚明がその役目を担っていたという事。
 その白花に自分の事を紹介する為に、また桂と柚明が幸せに暮らしているという事を伝える為に、この経観塚を訪れたという事。

 主と白花の事まで話していい物か梢子は悩んだのだが、柚明が「別に話しても問題は無い」と梢子に告げたので、梢子は敢えて全てを話す事にした。
 途中から話が思い切り現実離れしているので、正直どこまで信じて貰えるか梢子は不安だったのだが、意外にも渚はすんなりと受け入れてくれたようだ。

 「そうだったんですか・・・あのご神木にオハシラサマが宿っているという伝承は、この経観塚では有名なんですが・・・まさか本当だったなんて・・・。」
 「それで、今日はその屋敷に一泊して、明日には帰る予定なんだけど・・・」
 「なら、今日は私の家に泊まっていきませんか?助けて頂いたお礼もしたいですし、私の家もご神木の近くなんです。皆さんがよろしければ・・・」
 「桂、姉さん、どうする?」

 桂も柚明も特に反対はしなかったので、梢子は渚の提案を受け入れる事にした。

 「なら、今日は腕によりをかけて、美味しい物を沢山作ってあげますね。うふふ。」

6.閉ざされた記憶


 その後、梢子たちは渚の家に招待され、昼食と夕食をご馳走になったのだが、渚の料理の腕前は本当に見事な物だった。
 まさに、青城女学院の寮で奪い合いになっている保美にも匹敵する腕前だ。
 その渚の料理の腕前に、梢子たちは心の底から感嘆した。
 自分の料理を美味しそうに食べてくれる梢子たちを見て、渚はとても純真な笑顔を見せた。

 この後の予定では夜9時にご神木に立ち寄り、白花に会いに行く事になっている。
 本来なら桂と柚明の屋敷に泊まる予定になっていたのだが、別に無理をしてまで屋敷に泊まる必要は無い。それに屋敷になら、明日の朝にでもゆっくりと立ち寄れば済むだけの話だ。

 そして夕食が済み、梢子たちはゆっくりとくつろいでいたのだが・・・
 ふと、梢子は疑問に思った事があった。

 「ところで渚のご両親は?まだ帰ってこないの?」

 既に夜8時を回っているというのに、誰も渚の家に帰ってくる気配が無いのだ。
 まあ梢子の両親もいつも仕事が忙しくて帰るのが遅いので、人の事は言えないのだが・・・。
 だが梢子の質問に渚は、とても寂しそうな表情になった。

 「・・・私の両親は、もう・・・この世にいないんです。今はこの家に1人で暮らしています。」
 「・・・ご、ごめん渚・・・私、渚の事を全然知らずに、何て無神経な事を・・・!!」
 「いえ、いいんです。もう3年も前の話ですし。」

 渚は少し寂しそうな笑顔を梢子たちに見せた。

 「梢子さんは・・・私が梢子さんや桂さんと同学年なんじゃないかって言ってましたよね?」
 「ええ、百子の1つ上なら、私や桂と同学年よね?」
 「そうですね・・・確かに梢子さんの言う通りです・・・まだ学校に通っていればの話ですけどね。」
 「・・・え?」
 「私、地元の高校に進学していたらしいんですけど・・・」
 「進学していた『らしい』・・・って、どういう事なの?」

 何だか保美の境遇によく似ている。
 保美も母親が交通事故で死んだ前後の記憶が曖昧になり、いつの間にか青城女学院に入学していたと語っていたのだ。

 「そこで私はクラスメイトから、酷いいじめを受けていたらしいんです。それで私はいじめられた精神的なショックで、その頃の記憶を無くしてしまったみたいだって、私の姉さんが言ってました。それでいつの間にか退学届を出していたみたいで・・・」
 「姉さん・・・?さっき、1人暮らしだって言ってなかった?」
 「はい、私には双子の姉がいるんです。私は見ての通り大人しくて気弱な性格で、実は中学の頃からいじめられていて・・・それでもいつも姉さんが私を守ってくれて・・・姉さんは私なんかと違ってとても強くて、とても頼もしくて・・・小学生の頃からフェンシングを習ってて、凄く強いんですよ?私はそんな姉さんの事が大好きで、いつも姉さんにくっついていました。」

 精神的なショックで記憶を失う・・・それは梢子と桂も子供の頃に経験した事だ。
 梢子は夏夜を失ったショックで、卯良島での記憶が曖昧になった事がある。
 桂は柚明を失ったショックで、柚明に関する記憶を自ら閉ざしてしまった事がある。
 だからこそ梢子たちは、渚の話が他人事のように思えなくなってしまった。
 記憶を閉ざしてしまう程の酷いいじめ・・・渚は一体どんな仕打ちを受けたのだろうか。

 「それでもしばらくは、私は姉さんと2人で働いて生活費を稼ぎながら、静かに暮らしていたんです。だけど姉さんも半年前に姿を消してしまって・・・」
 「姿を消したって、どういう事なの?」
 「姉さんはフェンシングの腕を買われて、地元の警備会社に雇われる事になったんですけど・・・半年前に経観塚駅の近くの家で強盗騒ぎがあった時に、姉さんが通報を受けて現場に駆けつけて・・・それから行方不明になったって、警備会社の人が・・・」
 「そうだったの・・・それで半年間も渚は1人で・・・」
 「でも、姉さんはきっと生きています。だってあんなに強い姉さんが、そんなに簡単にやられるはずがありませんから。だから私は信じて待っているんです。姉さんがここに帰ってくるのを。」
 「渚・・・。」

 渚は自らの事を気弱な性格だと言っていたが、中々どうして、何と言う芯の強い女の子なのか。
 まるで目の前に桂がもう1人いるかのような、そんな錯覚を梢子は感じていた。
 桂も渚と同様に大人しくて控えめな性格だが、それでも有事の際には何があろうとも、決して折れない強い心を持っている。
 渚もまた桂と同様に、簡単には折れない強い心を持っているのだ。

 「・・・ごめんなさい・・・折角の楽しい旅行だというのに、こんな辛気臭い話を・・・」
 「いいのよ渚。そんなの気にしないで。」
 「もうすぐ9時ですし、そろそろご神木に行きませんか?私もちょっと興味があるので、ご神木に宿っているっていうオハシラサマ・・・白花さんに会ってみたいんですけど・・・駄目ですか?」
 「いや、別に減るもんじゃないし。別に構わないわよ?じゃあ5人で行きましょうか。」
 「はい、よろしくお願いします。」

7.再会


 そして梢子たちはご神木までやってきた。
 壮大な満開の花を咲かせている、巨大な槐の木。そしてその周りを舞う無数のホタルたち。
 ホタルの光が無数の光の粒子となって美しく舞い、その光が周囲を包み込み、ご神木の美しさをさらに際立たせ、幻想的な光景を創り出す。
 桂たちは何度もここを訪れているせいか、もうすっかり慣れた物なのだが、梢子はその美しく幻想的な光景にしばらく見とれていた。

 「これが・・・槐のご神木・・・紅蓮の山神が封じられているっていう・・・」
 「ええ、そうよ。この中で白花ちゃんが主の力を削っているの。私なんかよりも遥かに早いスピードでね。それこそ数年も経たないうちに主を還してしまうんじゃないかって思える位・・・。」

 梢子にそっと寄り添い、柚明がそう呟いた。
 ご神木には本当に数え切れない程の、それこそ咲くスペースにも困るんじゃないかと思える位の無数の花が咲き乱れているのだが、柚明がオハシラサマだった時は、花の数は今の20分の1にも満たなかったのだ。
 この花の数は、削り取られた主の力の量を意味する・・・梢子は柚明から事前に聞かされていた。

 「私はね、2年前に白花ちゃんがオハシラサマを交代しようって言い出した時は猛反対したの。私にとって桂ちゃんと白花ちゃんが幸せに暮らす事が、何よりの望みだったから。その為に全てを捨てる覚悟でオハシラサマになったんだから。」
 「姉さん・・・。」 
 「だけど白花ちゃんに言われたわ。桂ちゃんの事になると周りが見えなくなる私はオハシラサマ失格だって。僕はゆーねぇより遥かに資質があるからって。僕はゆーねぇと違ってオハシラサマになりたくてしょうがないんだって。それで私は白花ちゃんに、このご神木から追い出されちゃってね。」

 かつて自分が主を封じる為の人柱として、その身を宿していたご神木。それを見つめる柚明は何を思い、何を考えているのか。

 「でも今は、白花ちゃんとオハシラサマを交代して良かったと思ってる。ほら見て、この満開の花・・・私が咲かせたよりも、遥かに多くの花が咲き乱れている・・・こんなに沢山の花を咲かせる位、白花ちゃんは主の力を物凄いスピードで削り取っている・・・。」 
 「そうですね・・・とても綺麗ですよね・・・」
 「それに、今の私は幸せだから・・・。今の私の傍には桂ちゃんがいて、ノゾミちゃんがいて・・・そして梢子ちゃんもいる。だから私はもう二度とオハシラサマにはならない。この幸せの日々を、もう二度と失いたくないから。」

 柚明が再びオハシラサマになってしまえば、また桂たちと離れ離れになる羽目になってしまう。
 昔の柚明はその覚悟を持っていたが、今の柚明はそんな事にはもう耐えられないのだ。
 桂もノゾミも梢子も、今の柚明にとってかけがえの無い存在なのだから。

 「白花お兄ちゃん。私たち、今も幸せに暮らしているよ。」

 そして桂もまた梢子に寄り添い、ご神木に向けて、双子の兄に向けて語りかけ・・・自分の隣にいる大切な人・・・梢子の自慢話を始めた。

 「それで白花お兄ちゃん、紹介するね。彼女は小山内梢子ちゃん。私たちの大切な人。来年の3月から一緒に暮らす事になったの。それで梢子ちゃんはね、この間の剣道の全国大会で優勝したんだけど、その戦いぶりが凄いの何のって、梢子ちゃんの元には沢山の大学からスカウトが・・・」

 だが桂の言葉を遮るかのように、梢子たちの目の前に移し身を創り出した白花が現れた。
 羽織袴姿の、とても穏やかな目をしている青年・・・彼の姿を見て梢子は驚いた。

 「・・・あああああ!!」
 「・・・あああああ?」

 目を丸くした梢子の姿を見て、桂は首をかしげる。
 だが梢子は、彼の姿に見覚えがあった。というか脳裏に焼きついて離れなかった。

 「あなたはあの時の・・・!!勝手に私の夢の中に入り込んできて、散々帰れとかうるさく言って、勝手に消えたあの人!!」 
 「そうだよ、梢子。夢の中で君に警告をしたのは僕だ。」

 何が何だか分からないといった表情の桂と柚明。
 梢子と白花は初対面だと思っていたのだが、いや、初対面のはずなのだが、いつの間にか2人は知り合いになっていたのだ。

 「梢子。あの時は散々邪魔が入って名乗る事が出来なかったけど・・・今こうして僕は君の前にいるから、改めて名乗らせてもらうよ。僕の名は羽藤白花。君の知っての通り桂の双子の兄で、ゆーねぇ・・・羽藤柚明の従弟だよ。」
 「あなたが・・・白花・・・!?桂のお兄さんの・・・!?」

 まさか夢の中に現れた青年が、自分が会いに行こうとしていた白花だったとは。
 予想もしていなかった展開に梢子は驚いていた。
 だから梢子は白花に親近感を感じていたのか。
 白花は桂の双子の兄だから。とても大切な存在である桂の兄なのだから。
 だが白花はとても複雑な表情で梢子の事を見つめていた。

 「しかし、まいったな。僕は君に警告したんだけどね・・・早急に経観塚から帰れと。だけど君はこうしてここに来てしまった。」
 「当たり前でしょう!?いきなり一方的に帰れとか言われて、はいそうですかって帰れるわけないでしょう!?」
 「そうだね、それも一理あるよ。だけど梢子。君はあまりにも運が悪過ぎる。何て間が悪い時にここに来てしまったんだ・・・。」
 「一体どういう事なのか、説明して貰おうかしら?」

 いきなり夢の中にまで現れて、ズケズケと言いたい事だけ言って勝手に消えたのだ。ちゃんと説明して貰わないと、梢子も納得が行かないだろう。

 「君たちが・・・君たちの血が、もしかしたら狙われているかもしれないんだ。『大いなる王』とやらの復活を企む、1人の陰陽師にね。」
 「大いなる・・・王?陰陽師・・・?」
 「君が身体に宿す安姫の血・・・そして桂とゆーねぇが身体に宿す贄の血・・・いずれも普通の人間の血と違って特別な存在で、そういった連中に狙われてもおかしくない。だから僕は君の木刀を介して君の夢の中に入り込み、警告を送ったんだ。」
 「私の木刀を・・・天照(あまてらす)を使って!?」
 「その木刀は桂の木刀と同じで、このご神木を材料に作られた物・・・いわば僕の分霊みたいな物だからね。僕はゆーねぇと違って術式は専門分野じゃないから、その木刀の力を借りなければ君の夢の中に入り込む事は出来なかった。」

 梢子の木刀・天照。桂の持つ木刀・鬼払いと同じく経観塚のご神木を材料に作られた代物で、烏月が護身用の為に梢子に持たせた物だ。基本的に桂の鬼払いと全く同じ物である。
 それ故に桂は梢子の木刀に「鬼払いその2」という、ネーミングセンスの欠片も無い名前を付けようとしたのだが、当たり前の話だが梢子に断固拒否されてしまった。
 それで、梢子はこの木刀に天照という名前をつけたのだ。

 桂と柚明は月の光のように美しく輝く蝶。そして太陽があるから月は輝く。ならば自分が桂と柚明を照らす太陽になる・・・天照という名前には、梢子のそんな想いが込められているのだ。
 そして言葉は言霊。名前は象徴。梢子が自らの想いを込めて名前を付けたこの木刀は、存分に梢子の力となる事だろう。

 「そういうわけだから・・・梢子、事情は分かっただろう。今すぐに帰れというのはさすがに無理だろうから、出来れば明日の朝にでもこの経観塚から出て行くんだ。」
 「いや、最初からその予定よ。明日の朝に、桂と姉さんの屋敷を見させて貰ってからね。取り敢えず今日は渚の家に泊まる事になってるんだけど。」
 「そうか・・・それを聞いて安心したよ。」

 だがここで梢子は、1つ疑問に思った事があった。

 「白花・・・どうしてあなたは私の名前を知っていたの?それに私が安姫様の血を宿している事まで知っているなんて・・・。」

 桂が自分の事を白花に話したのは、今回が初めてのはず。現に今回の経観塚への旅行の目的は、自分の事を白花に紹介する為なのだ。
 もしかしたら百子がご神木に向かって、思い切り梢子の事を自慢しまくった・・・という事はあるかもしれないし、いや、百子なら本当にそれをやりかねないのだが、それでも梢子が安姫の血を宿している事に関しては、百子は知らないはずなのだ。

 だが白花が穏やかな笑顔で出した答えは、至極簡単な物だった。 

 「ああ、君の木刀も桂の木刀も、僕の分霊みたいな物だからね。」
 「・・・まさか!!」
 「そうだよ。2人の木刀を介して、いつも外の様子を見させて貰っているんだ。」
 「そんな事・・・一体何の為に・・・!?」
 「いや、大した理由じゃ無いさ。単なる暇つぶしだよ。」

 だから白花は梢子の事を知っていて、そしてこれまで梢子たちの事を見守り続けてきたのだ。
 確かにそれなら、梢子が安姫の血を宿している事を白花が知っていても、全然おかしくはないのだが・・・。

 「・・・て言うか、それって盗撮じゃないの!?プライパシーの侵害よ!?」
 「・・・いや、ごめんよ梢子。僕はそんなつもりじゃなくて、君たちの事がどうしても気になって・・・」

 だがそこへ柚明が厳しい表情で、梢子たちを庇うように前に出た。
 突然の事に梢子たちは驚きを隠せない。

 「姉さん、一体どうし・・・」
 「あなたという人は・・・今更私たちに何の用なのですか?」
 「・・・え?」

 ご神木の前に突然現れた、1人の男性。
 鍛え抜かれた真紅の身体、威風堂々とした立ち振る舞い、そして鋭く威圧感のある瞳。

 「・・・久しぶりだな。羽藤柚明よ。」
 「主・・・!!」
 「壮健そうで何よりだ。クックック・・・。」

 主・・・柚明は彼の事を、確かにそう呼んだ。
 このご神木に封じられている神・・・それが梢子たちの目の前にいるのだ。
 自分を厳しい目で睨む柚明を、余裕の表情で睨み返す主。

 そんな主の姿を、梢子は戸惑いの表情で見つめていた。