アカイイト&アオイシロ 短編小説集

満開の花

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アカイイト・アナザーストーリー

★満開の花


1.交錯する想い


 桂の贄の血を狙ったノゾミとミカゲは、柚明に良月を破壊されて消滅した。
 そして桂は激しい頭痛に襲われながらも、柚明との記憶を全て取り戻した。

 柚明が自分の従姉で、10年前まで一緒に暮らしていたという事。
 そして10年前、自分が不用意にノゾミとミカゲの封印を解いてしまったせいで、柚明が自分を守る為にオハシラサマになってしまった事。
 その時のショックで桂は柚明を失った悲しみと恐怖に耐えられなくなり、自ら柚明に関する記憶を全て閉ざしてしまったのだという事。

 自分のせいで柚明が人柱としての業を背負う羽目になってしまった事・・・それを全て思い出し、桂はさすがにショックを隠し切れなかったようだ。
 だがそれでも、自分が災いの元凶であるという強い責任感と罪悪感から、桂はノゾミとミカゲの最期をしっかりとその目で見届けた。
 自分が元凶である以上、しっかりとその目で見届ける義務があるのだと、そう桂は思ったのだ。


 そしてその日の夜・・・桂は柚明に連れられて、ご神木までやって来た。
 傷心の桂を見かねた柚明が「とてもいい物を見せてあげるから」と言って、桂をご神木まで誘ったのだ。
 そこで桂が見た光景・・・それは無数の蛍がご神木の周囲を舞う、とても幻想的で美しい光景だった。

 「うわ・・・凄い・・・」
 「ね?綺麗でしょ?」

 桂が住む都会では絶対に見られない、非日常的な光景。
 何だか傷ついた心が、一瞬で癒されたような気分になった。
 しばらくの間、桂と柚明は互いに黙って手を繋ぎながら、穏やかな表情でその光景を見つめていた。
 失った10年もの時を取り戻すかのように。
 ただ2人で静かに手を繋いで、互いの温もりを確かめ合いながら。

 だが、この幸せの時がそう長くは続かない事が、柚明には分かっていた。
 それは今の自分の立場、宿命故に・・・。

 「・・・桂ちゃん。」
 「なあに?柚明お姉ちゃん。」

 柚明は穏やかな表情で、しかしはっきりした口調で桂に告げた。

 「明日の朝になったら、桂ちゃんは本来居るべき場所に・・・自分の家に帰りなさい。」
 「・・・え?」
 「桂ちゃんが本来居るべき場所は、この経観塚じゃないわ。桂ちゃんには自分の家での、自分の街での、自分の生活があるでしょう?」

 それは、桂と柚明が再び離れ離れになってしまうという事だ。
 オハシラサマである柚明は、ご神木から遠く離れる事が出来ない。
 そして桂の家から経観塚までは、新幹線に乗らなければ辿り着けないほどの距離があるのだ。
 桂が自分の家に帰るという事は、柚明を経観塚に置き去りにするという事なのだ。

 だが、柚明との記憶を全て取り戻した今の桂に、とてもそんな事は耐えられなかった。
 ようやく柚明が、ユメイさんではなく柚明お姉ちゃんが、本当の意味で自分の下に帰ってきた・・・そう思っていたのに。
 これからはずっといつまでも、柚明お姉ちゃんと一緒にいられる・・・そう思っていたのに。

 「柚明お姉ちゃん、何を・・・」
 「桂ちゃんには、私の分まで幸せになって欲しいの。1人の、普通の女の子として・・・人としての平穏な生涯を、私の分まで静かに全うして欲しいのよ。」
 「じゃあ、柚明お姉ちゃんは・・・!?柚明お姉ちゃんはこれからどうするつもりなの!?」
 「・・・どうするも何も・・・桂ちゃん、今の私はオハシラサマなのよ?だからもう、どうにもならないの。」

 柚明は少し寂しげな微笑みを桂に見せた。
 オハシラサマである以上、主の封印という宿命を背負っている以上、柚明が昔のように桂と一緒に暮らす事など、出来るはずがないのだ。

 だが桂は理屈では分かっていても、納得がいかなかった。
 どうにもならない・・・この柚明の言葉に、桂は正直カチンときた。

 「・・・柚明お姉ちゃんにとっての幸せって、何なの?」
 「・・・え?」 

 声を震わせながら、突然桂は柚明にそう問いかける。

 「柚明お姉ちゃん、答えてよ。柚明お姉ちゃんにとっての幸せって、何なの?」
 「桂ちゃん、いきなり何を・・・」
 「柚明お姉ちゃん、答えてよ。」

 柚明の瞳をじっ・・・と見据え、柚明の一挙一動を見逃さない。
 そんな桂の様子に柚明は戸惑いながらも、自分の想いを正直に桂に伝えた。

 「・・・桂ちゃん。私は桂ちゃんさえ幸せなら、それで充分幸せだから。私はその為にオハシラサマになったんだから。」

 そう、それが柚明がオハシラサマになった理由。
 桂が幸せならそれでいい。桂さえ幸せなら自分はどうなっても構わない。それが嘘偽りの無い想い。
 だが柚明のこの想い・・・柚明の自己犠牲愛が、逆に桂の逆鱗に触れてしまう事になる。

 「・・・柚明お姉ちゃん・・・!!」
 「だから、私の事はいいの。私は桂ちゃんさえ幸せなら何もいらない。桂ちゃんが幸せでいてくれる事が私の全て。桂ちゃんさえ幸せなら、私はどうなっても構わないから・・・。」
 「・・・馬鹿っ!!」

 バシッ!!
 桂は柚明の頬を思い切り平手打ちした。
 予想もしなかった突然の出来事に、柚明は驚きを隠せない。
 桂は涙を流しながら、それでも強い意志を込めた瞳で、真っ直ぐと柚明を見つめる。

 「・・・やっぱり柚明お姉ちゃんは、何も分かってないよ!!」
 「け・・・桂ちゃん・・・!?」
 「桂ちゃんさえ幸せならそれで充分!?桂ちゃんさえ幸せなら何もいらない!?桂ちゃんが幸せでいてくれる事が私の全て!?桂ちゃんさえ幸せなら私はどうなっても構わない!?柚明お姉ちゃん!!自惚れるのもいい加減にしてよ!!」

 怒りと悲しみに満ちた表情で桂は柚明の胸倉を掴み、戸惑う柚明を睨みつけ、怒鳴りつけた。
 自分の想いの全てを、真っ直ぐに柚明にぶつけた。

 「柚明お姉ちゃんはそれでいいかもしれないけど、残された私はどうなるのよ!?残された私の気持ちを考えてよ!!柚明お姉ちゃんがいないのに幸せになんか、なれるはずが無いよ!!」
 「・・・桂ちゃん・・・だけど、私は・・・」
 「柚明お姉ちゃんとずっと一緒にいる事・・・それが、それだけが私の幸せだって、柚明お姉ちゃんはどうして分かってくれないの!?」

 桂ちゃんさえ幸せなら、自分はどうなっても構わない・・・柚明のこの想いと覚悟は桂にとって、柚明が桂の気持ちを何も考えず、柚明がいなくなる事で桂がどれだけ悲しむかを何も考えず、ただ自己満足に浸って逃げているだけにしか映らなかったのだ。

 「私はね・・・今の柚明お姉ちゃんには本当に、心の底からムカついてるんだよ!?」

 桂は胸倉を掴んだまま、柚明をご神木に叩きつける。

 「さかき旅館でノゾミちゃんとミカゲちゃんから私を助けてくれた時も!!崖から落ちた私を助けてくれた時も!!柚明お姉ちゃんはいつもそう!!私はどうなっても構わないとか!!私の存在を賭けてでも桂ちゃんだけは助けるとか!!」
 「桂ちゃん、それは私が桂ちゃんをとても大切に思っているから・・・私は桂ちゃんの為なら、死ぬ覚悟だって・・・」
 「死ぬ覚悟!?それは単に逃げてるだけだよ!!甘ったれないで!!」
 「・・・桂ちゃん・・・」
 「死ぬ覚悟なんか持たないでよ!!『生きる覚悟』を持って戦ってよ!!自分自身の幸せを掴む事を諦めないでよ!!」

 それは今の柚明が持ち合わせていない物。そして柚明が本来持たなければならない『覚悟』。

 「最後の最後まで泥まみれになっても!!ただがむしゃらにあがいてみせてよ!!」

 それは今の柚明に一番足りない物。そして柚明が本来持たなければならない『覚悟』。

 「私は柚明お姉ちゃんの事が大好きだから!!ずっといつまでも、柚明お姉ちゃんと一緒にいたいから!!」
 「・・・桂ちゃん・・・!!」
 「だから柚明お姉ちゃん!!本当に私の事を想うのなら、最後の最後まであがいてみせてよ!!私はどうなっても構わないとか、そんな甘えた事言わないでよ!!」
 「・・・桂ちゃん・・・!!」
 「私だけの幸せを望むんじゃなくて、私と一緒に幸せを掴む事を諦めないでよ!!」

 柚明が『覚悟』だと思っていた事・・・それは『逃げ』に過ぎなかったのか。
 いや、柚明は『覚悟』の意味を履き違えていたのか。
 自分が示した覚悟を完全に桂に否定され、柚明は動揺を隠せなかった。

 だが、それでも。
 どうにもならない物は、どうにもならないのだ。

 「・・・痛いのよ・・・桂ちゃんの私への想いが・・・桂ちゃんのその優しさが・・・!!」

 自分の胸倉を掴む桂の両手を優しく両手で包み込み、柚明は涙を流しながら桂を見据えた。

 「応えてあげられない私自身が、もどかしいのよ・・・!!」

 柚明が心の底では望んでいた事。そしてオハシラサマである自分には到底叶わない事。
 その想いの全てを、柚明は桂に思い切りぶつけた。
 決して叶わない想い・・・その絶望を心に秘めて。

 「私だって桂ちゃんの事が大好きよ!?出来ればずっと桂ちゃんと一緒にいたいわよ!!」
 「柚明お姉ちゃん・・・」
 「だけど、どうすればいいのよ!?私はオハシラサマなのよ!?どうにもならないわよ!!」

 そう、柚明がオハシラサマである以上、柚明はご神木から遠く離れる事は出来ない。
 かといって柚明がオハシラサマを辞めて元の人間に戻ってしまえば、主が復活してしまう。
 ご神木の封印は、オハシラサマ無しでは成り立たないのだ。
 だからそれは無理だと、『覚悟』だけではどうにもならないと、柚明は桂に涙ながらに訴える。

 だが、そこで桂が柚明に示した、2人で共に幸せを掴む為の『戦う覚悟』。
 柚明が桂に示した『死ぬ覚悟』ではなく、桂が柚明に示した『生きる覚悟』。
 桂の瞳に、一点の迷いも無かった。

 「・・・簡単な事だよ。」

 桂の提案は、まさに盲点。逆転の発想。

 「柚明お姉ちゃん・・・私も柚明お姉ちゃんと一緒にオハシラサマにしてよ。」
 「な・・・!?」
 「そうすれば、柚明お姉ちゃんと離れ離れにならなくて済むでしょう?私の贄の血は柚明お姉ちゃんの物よりもずっと濃いらしいから、資格は充分にあるんでしょう?」
 「桂ちゃん、何を馬鹿な事を・・・!!」
 「馬鹿になんかしてないよ。私は本気だよ。」
 「それがどういう事なのか、桂ちゃんは本当に分かってるの!?」
 「・・・柚明お姉ちゃん。私は柚明お姉ちゃんみたいな甘ちゃんじゃないよ。」
 「・・・え?」 

 桂が柚明に示したのは『死ぬ覚悟』ではない。『生きる覚悟』。
 柚明のように自身の幸せを諦め、『死ぬ覚悟』でオハシラサマになるのではない。
 2人で幸せを掴み取る為に、『生きる覚悟』でオハシラサマになるのだ。
 それは、柚明が持ち合わせていなかった『覚悟』。今の柚明に必要な、本当の意味での『覚悟』。

 「私は柚明お姉ちゃんと一緒に幸せになる事を諦めない。最後の最後まで、泥まみれになってでも、がむしゃらなまでに、とことんまであがいてみせる。」
 「・・・桂ちゃん・・・だけど・・・!!」
 「私が主の力をこれまでの数倍・・・ううん、数十倍、数百倍もの勢いで削り取ってみせる。さっさと主を還して、私は柚明お姉ちゃんと一緒に幸せを掴み取る。その為に私はオハシラサマになる。」

 桂は柚明のように、幸せを捨ててオハシラサマになるのではない。幸せを掴み取る為にオハシラサマになるのだ。

 「それに私にもプライドがあるから。主を目覚めさせたのはこの私だから。だから私が主を片付ける。私の手で主を還してみせる。」
 「桂ちゃん・・・!!」
 「だから・・・柚明お姉ちゃん。」

 そして桂は柚明の胸倉を離し、その場に座り込んだ。

 「私をオハシラサマにしてくれるまで、私は絶対にここを動かないから!!」

 桂の瞳には、オハシラサマとして柚明と共に生きるという『生きる覚悟』が秘められていた。
 こうなったら、もう桂はテコでも動かない。
 一度心に決めた事は、何があろうとも絶対に曲げない・・・その心の強さを桂は持っているのだ。

 そしてその強い心と、本当の意味での覚悟を持っているからこそ、今の桂のオハシラサマとしての資質は、柚明を・・・いや、先代のオハシラサマであるカグヤさえも遥かに凌駕しているのだ。
 柚明やカグヤと違い、『生きる為に戦う覚悟』を、桂は持ち合わせているから。
 柚明やカグヤと違い、生きる事を・・・幸せを掴む事を、桂は絶対に諦めないから。

 「・・・桂ちゃん・・・私は・・・」
 「・・・フン。」

 だがそこに現れた、主の分霊に取り付かれた白花。
 柚明は慌てて桂を庇うように前に出る。

 「久しぶりにこの身体の主導権を得る事が出来たぞ。」
 「主・・・白花ちゃんの身体を・・・!!」
 「話は全て聞かせて貰った。そこの小娘は潰しがいの無いクズ同然の貴様などよりも、遥かに私を楽しませてくれそうだ。クックック・・・」
 「それだけはさせません!!桂ちゃんには指1本触れさせない!!」

 主の周囲を、無数の月光蝶が取り囲んだ。
 だが・・・

 「私の命に代えても、桂ちゃんだけは守り抜いてみせる!!」

 やはり柚明は、何も分かってはいなかった。

 「・・・貴様はそこの小娘の言葉を聞いていなかったのか?そこの小娘の想いをその身で受け止めていなかったのか?」
 「私は桂ちゃんさえ幸せなら、それだけで充分ですから!!」

 それが柚明の存在理由だから。
 桂が何と言おうと、柚明が望むのは桂の『人としての』幸せ・・・ただそれだけだから。
 主は失望した。目の前の『愚物』に失望した。

 桂が精一杯の想いと覚悟を柚明に示したというのに、そんな桂に対する敬意を全く見せない、桂の想いを汲み取らない、自己満足に浸った愚物同然の態度を取った柚明に、怒りすら感じていた。
 やはり柚明は、桂の気持ちを何も分かっていない・・・それを主は思い知った。

 「・・・所詮はこの程度・・・今の貴様に私の封じを担う資格など無いわ!!」

 怒りの形相で、主は柚明に襲い掛かる。

 「だから貴様は潰しがいの無いクズ同然だと言ったのだ!!この愚か者がぁっ!!」

2.永遠の契り


 主の猛攻の前に押される柚明。
 月光蝶が次々と消され、雷撃が戦場を駆け巡り、柚明を容赦無く傷つけていく。
 体勢を崩した柚明に襲い掛かる、赤い稲妻。
 柚明の脳裏に『死』がよぎる。

 だが。

 「やめてええええええええええええ!!」

 桂が柚明の前に立ちはだかり、稲妻を正面から受け止めた。

 「何っ!?」
 「桂ちゃん!?」

 吹っ飛ばされた桂はご神木に叩きつけられる。
 猛毒入りの稲妻が容赦無く桂の全身を駆け巡り、桂の命を削っていく。

 「がはっ・・・!!」
 「桂ちゃん!!」

 慌てて桂を抱き起こす柚明。だが桂の目は焦点が合っていなかった。
 怒りの形相で主を睨む柚明。無数の月光蝶が次々と生み出され、主の周囲を取り囲む。

 「主!!よくも桂ちゃんを!!」
 「・・・私とて、まさかその娘が飛び出してくるとは・・・。」

 命を懸けた桂の行為に敬意を表し、桂の死をその目で見届けるべく、主は攻撃の手を止めた。
 桂の勇気と柚明への想いに敬意を持って接する事が、命を懸けた桂への、せめてもの礼儀になるのだと・・・そう主は思ったのだ。
 だから柚明に抱かれた桂がそのまま安らかに死んでいくのを、主は黙って見届けるつもりなのだ。
 幸せを掴む為に主と戦う・・・柚明と違った覚悟を自分に見せた桂に、主は感服したのだから。

 「だが、己の器量も弁えずに愚かな行為に走るから、そのような事になるのだ。部分相応だ。」
 「主ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 その言葉が柚明の逆鱗に触れてしまった。
 柚明の怒りに呼応し、月光蝶の光が強くなっていく。
 猛烈な勢いで、主の力を削り取っていく。

 「・・・何だと!?」
 「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 「がはあっ!!」

 柚明の怒りの一撃が、圧倒的な力の奔流が、主の分霊を消滅させた。


 ……目を覚ました白花が目にした物は、瀕死の桂を抱き締めて涙を流す柚明の姿だった。
 柚明の力で桂の傷は塞いだが、柚明の力では傷を癒す以上の事は出来ない。
 問題なのは、主の稲妻が猛毒を含んでいるという事だ。
 その猛毒が容赦なく桂の身体を蝕んでいた。
 もう桂は、助からなかった。

 「桂ちゃん・・・どうして、私なんかを庇ったり・・・!!」
 「だって・・・柚明お姉ちゃんが死んじゃったら・・・分霊どころか・・・主の本体が目覚めちゃうんだよ・・・?」
 「私の・・・私の力が・・・いいえ、私の覚悟が足りなかったせいで・・・!!」

 そう、足りなかったのは柚明の力ではない。柚明の『生きる覚悟』だ。
 事実、柚明の圧倒的な力で主の分霊は消滅したのだから。
 自分は死んでもいいとか、桂さえ無事ならそれでいいとか、桂だけでなく主にまで否定された、柚明のそんな甘ったれた考えが、このような結果を招いてしまったのだ。

 「だけど・・・私は諦めない・・・私は生きる・・・柚明お姉ちゃんと一緒に・・・」
 「・・・桂ちゃん・・・!!」
 「だから柚明お姉ちゃん・・・私を・・・私をオハシラサマに・・・」

 それでもなお、桂はあがく。
 最後の最後まで、泥まみれになっても、がむしゃらなまでに、桂は生きる事を諦めない。 
 柚明と共に幸せの日々を掴み取る事を、桂はまだ諦めていないのだ。
 そのために自分をオハシラサマにしろと、桂は必死に柚明に訴えているのだ。

 そんな桂と柚明に穏やかな・・・しかし決意に満ちた表情の白花が歩み寄ってきた。

 「ゆーねぇ、ありがとう。ゆーねぇのお陰で、僕の中にいた主の分霊は完全に消滅したようだ。」
 「白花ちゃん・・・」
 「桂の事は本当に残念だけど・・・それでもゆーねぇは10年間、本当によくやってくれたよ。僕と桂が目覚めさせてしまった主を封じる為に、ゆーねぇは僕と桂の身代わりとなって人柱となり、今まで10年間、自分の幸せを犠牲にしてまで封じ続けてくれた。」

 白花はご神木に触れ、オハシラサマ継承の儀式に取り掛かる。
 これからはその役目を担うのは自分だと、白花は柚明に訴える。

 「だからゆーねぇ。もういいんだ。これからは僕がオハシラサマになるから、ゆーねぇはユメイではなく羽藤柚明として、元の生活に戻るんだ。」
 「白花ちゃん、何を・・・!!」
 「元はと言えば、主を目覚めさせてしまったのは僕だしね。それに僕にだってプライドがある。僕は主の分霊に取り憑かれ、人生を台無しにされてしまった。だからその借りをこの手で返さないと気が済まないんだ。」
 「・・・白花ちゃん・・・!!」
 「ちゃんと資格はあるんだよ。僕はゆーねぇ以上に濃い贄の血を宿しているし、力の使い方だって明良さんから手ほどきを受けている。ゆーねぇがオハシラサマになった時よりも、遥かに条件はいいんだ。」

 白花の身体がどんどん希薄になっていく。ご神木と同化しつつある。
 そして柚明の身体が、元の人間に・・・

 「・・・うわあっ!!」

 ならなかった。
 白花の身体が強制的に元に戻り、ご神木に拒絶され、白花は弾き飛ばされる。

 「ゆ・・・ゆーねぇ・・・?」

 柚明は、白花がオハシラサマになる事を拒絶したのだ。
 思いもしなかった事に、白花は戸惑いを隠せなかった。
 とても引きつった笑みを浮かべる柚明の表情に、白花は一瞬ゾッとした。

 「・・・ええ、そうよ。私ったら今まで何を馬鹿みたいに悩んでいたのかしら・・・最初からそうすれば良かったのよ。あはははは・・・」
 「ゆーねぇ・・・一体何を・・・」
 「桂ちゃんを私と一緒に、オハシラサマにしてしまえばいいのよ・・・そうすれば桂ちゃんは助かる・・・そうすれば、私はずっと桂ちゃんと一緒にいられる・・・」
 「な・・・!?」

 肉体を捨て、魂だけの存在になってしまえば、どれだけ肉体が傷ついていようが関係無い。
 いくら主の稲妻に猛毒が含んでいようが、魂まで傷つける事は出来ないのだから。
 いや、もうそれ以外に桂を助ける方法は残されていなかった。

 だがそれでも白花は納得が行かなかった。
 オハシラサマになるという事がどういう事なのか、白花は分かっているのだから。

 「ゆーねぇ、何を言い出すんだ!?桂に人外の存在になれというのか!?」
 「・・・ええ、そうよ。」
 「桂に、主の封印の業を背負わせようというのか!?」
 「・・・ええ、そうよ。」
 「ゆーねぇ、それがどういう事か分かって・・・」
 「じゃあ桂ちゃんを助ける方法が他にあるっていうの!?ねえ!?」

 白花は言葉に詰まった。言い返せなかった。
 桂を助けるには、もうオハシラサマにする以外に方法は無いのだ。
 柚明は瀕死の桂を強く抱き締め、叫んだ。しきりに叫んだ。
 大粒の涙を流しながら、自分の想いの全てを、柚明は白花にぶつけた。

 「桂ちゃんはずっといつまでも、私と一緒にいたいって言ってくれたのよ!!私を好きって言ってくれたのよ!!」
 「・・・そうか・・・。」
 「だから桂ちゃんには、私を好きって言ってくれた責任を取って貰うのよ!!ずっといつまでも!!未来永劫!!永遠に私の傍にいて貰うのよ!!」
 「・・・そうか・・・。」
 「だから桂ちゃんには、10年間も私を一人ぼっちにして寂しい思いをさせた罪を、永遠に償ってもらうのよ!!会えなかった10年分に、永遠に返済不可能な利子をたっぷりと込めて、永遠に私に甘えて貰うのよ!!永遠に私と一緒にいて貰うのよ!!」
 「・・・そうか・・・。」
 「私はもう、1人ぼっちは嫌なのよ!!あんな寂しい思いをするのは、もう沢山なのよ!!」

 柚明と桂の身体がどんどん希薄になり、光の粒子となって、ご神木の中に溶け込んでいく。
 今の柚明にとって主の封印など、もうどうでもよくなっていた。
 桂といつまでも一緒にいたい。ずっといつまでも桂に甘えてもらいたい。今の柚明の望みは、ただそれだけだった。

 『柚明お姉ちゃんはそれでいいかもしれないけど、残された私はどうなるのよ!?残された私の気持ちを考えてよ!!柚明お姉ちゃんがいないのに幸せになんか、なれるはずが無いよ!!』
 『死ぬ覚悟!?それは単に逃げてるだけだよ!!甘ったれないで!!』
 『本当に私の事を想うのなら、最後の最後まであがいてみせてよ!!私はどうなっても構わないとか、そんな甘えた事言わないでよ!!』

 今になって柚明は、桂が言っていた言葉の意味、言葉の重さを、ようやく思い知った。
 自分が逆の立場になって、ようやく思い知る事になった。
 桂さえ幸せなら自分はどうなっても構わない・・・そんな柚明の間違った覚悟は、逆に桂の真剣な想いを踏みにじっただけに過ぎないのだと。

 だが、これからは違う。今の柚明には『生きる覚悟』がある。
 桂の為に犠牲になるのではなく、桂の為に生きる。その覚悟が今の柚明にはある。
 これからはずっといつまでも、未来永劫、永遠に、桂が傍にいてくれるから。

 「桂ちゃん・・・これからは私がずっと一緒にいるから。ずっといつまでも、未来永劫、永遠に私が傍にいてあげるから。」
 「柚明お姉ちゃん・・・私を離さないでね・・・ずっと私の傍にいてね・・・」
 「当たり前よ。桂ちゃんが駄目だって言っても離してあげないんだから。」
 「うん・・・。」
 「だから桂ちゃん、ずっと私の傍にいてね?私はもう1人は嫌だから・・・あんな寂しい思いをするのは、もう沢山だから・・・。」
 「柚明お姉ちゃん・・・ごめんね・・・10年間も寂しい思いをさせて、本当にごめんね・・・」
 「桂ちゃん・・・私を離さないでね・・・ずっと私の傍にいてね・・・。」
 「柚明お姉ちゃん・・・いつまでも一緒だよ・・・?」

 そして2人はご神木の中へと融けていき、そして2人の姿は消えて無くなっていた。
 完全に取り残された白花は、もう苦笑いするしかなかった。

 「・・・はは、まいったな・・・僕はこのまま無事に生きて帰ったら、首を持っていかれる事になってるんだけど・・・。」

 白花は烏月に命を狙われている立場なのだ。
 だから一番丸く収まるのが、自分がオハシラサマになる事・・・そう思っていたのに、その為に、その為だけに、主の分霊に苦しめられながらも、今まで必死に生きてきたというのに、自分の生きる目的を拒絶されてしまったのだ。

 だがそれでも、自分に取り憑いていた主の分霊は柚明に消してもらった。
 だから白花は、これからは人として精一杯生きる覚悟を心に決めた。
 主に操られていたとはいえ、自分がこの手で殺してしまった人たちの分まで、精一杯生きる。
 それが自分を主から救ってくれた柚明に対して、自分がしなければならない事なのだから。

 「桂、ゆーねぇ、2人で幸せになってくれ。2人で精一杯生きてくれ。僕も2人の分まで・・・いや、僕が殺してしまった人達の分まで、精一杯生きるから。」

 それだけ言い残し、白花はご神木を後にする。
 屋敷にいる烏月たちに、桂が柚明と一緒にオハシラサマになった事を伝えるために。
 そして自分の『生きる覚悟』を、自分の命を狙う烏月に伝える為に。

 千羽党に二言は通じない。烏月は自分を殺す事を決して諦めはしないだろう。
 だがそれでも白花は生きる。精一杯生きてみせる。いや、生き抜かなければならないのだ。
 自分の代わりにオハシラサマになった、桂と柚明の分まで。
 自分が殺してしまった、多くの罪の無い人達の分まで。

 「生きる事・・・それが僕の償いだから。それが桂とゆーねぇの望みなのだから。」

3.満開の花


 千羽党からの命令で白花の命を狙っていた烏月だったが、結局は鬼切りの頭に就任した葛の命令により、烏月に下されていた白花の抹殺命令は、無事に撤回される事になった。
 そして白花はサクヤに誘われて、サクヤの仕事の助手を務めながら、サクヤと共に暮らす事になった。

 葛から千羽党に入らないかと誘われた白花だったが、それでも白花は鬼切り部という裏の世界ではなく、ルポライター兼フォトグラファーという表の世界で、精一杯生きる事を選んだのだ。
 葛からは強く慰留されたが、明良を巡っての自分と烏月・・・そして千羽党との因縁もある事だし、何よりも桂も柚明も、自分が静かで幸せな生活を送る事を望んでいると思うから。

 そして・・・あれから1年の時が過ぎた。

 白花はサクヤと共に、再びご神木までやってきた。
 自分たちが幸せに暮らしている事を、桂と柚明に伝える為に。
 桂と柚明が幸せに暮らしている事を、その目で確認する為に。

 月の光に照らされ、無数の蛍の光に包まれたご神木の光景は、とても美しく幻想的だった。
 だが白花は、ご神木に咲き乱れている花の量を見て驚いていた。

 「・・・な・・・何だこれ・・・。」

 まさに満開の花。
 1年前まで柚明が咲かせていた量の数十倍もの花が、ご神木に咲き乱れていたのだ。
 まさに咲くスペースにも困るんじゃないかと思える程で、ご神木の近くにも大量の花が零れ落ちている。
 まるで花同士で、咲く場所の奪い合いでもしているかのように。
 柚明やカグヤがオハシラサマだった時は、花の数はこれ程多くは無かったというのに。

 これらの花の量は、削り取られた主の力の量を意味するのだ。

 「桂、ゆーねぇ・・・一体どれだけ主の力を削り取ってるんだよ・・・」
 「ああ、本当に大したもんだ。この様子なら、桂と柚明なら、本当にすぐに主を還してしまうかもしれないね。それこそ数年も経たない内に・・・。」
 「桂、ゆーねぇ。僕たちは今、ちゃんと幸せに暮らしているよ。桂とゆーねぇも元気でやって・・・いや、この様子なら聞くまでも無いだろうね。」

 無数の花を見て苦笑いする白花。
 これだけ大量の花が咲き乱れているのだ。元気など、むしろ有り余ってる位だろう。

 ふと、そこへ移し身を作った桂と柚明が、白花とサクヤの前に現れた。
 久しぶりに2人の前に姿を現した桂と柚明は、白花が想像していた通り、とても充実した笑顔を見せていた。

 「白花ちゃん、久しぶりね。サクヤさんも元気そうで何よりです。」
 「ああ、桂もゆーねぇも本当に凄いよ。こんなに物凄い勢いで主の力を削り取るなんて。」
 「ええ、桂ちゃんがオハシラサマになってくれたお陰よ。私もまさか、桂ちゃんがこんなに凄いなんて思ってもみなかったから。」

 確かに桂の力もあるが、それだけではない。
 柚明が1年前と違い、『生きる覚悟』を持つようになったから。
 桂の為に死ぬのではない。桂と共に生きる・・・そんな覚悟を持つようになったから。
 そして柚明の傍には、いつも桂がいるから。いつも桂が柚明を支えてくれるから。
 いつも桂が、柚明に甘えてくれるから。

 だから柚明もまた、1年前とは比較にならない程の速さで主の力を削り取れるようになったのだ。

 「だって、桂ちゃんがオハシラサマになってから、たったの3ヶ月で主を還しちゃったのよ?」
 「・・・は?」

 白花は一瞬、柚明が何を言っているのか理解出来なかった。

 「だから私たち、もうとっくの昔に主を還しちゃったの。」
 「・・・はあ!?」
 「ね?凄いでしょう?うふふ。」

 凄いなどというレベルではない。
 カグヤが1000年以上もの時間を掛けてもなお、主の力を削り切れなかったというのに、それを桂と柚明はたったの3ヶ月で削り切ってしまったのだ。

 「じゃあ、桂とゆーねぇがオハシラサマでいる必要なんか、もう無いんじゃ・・・」
 「あのね白花お兄ちゃん。私たち、主を還してから話し合って決めたの。」

 桂と柚明の表情に一片の迷いも無かった。
 柚明に寄り添いながら、とても充実した笑顔で、桂は白花にはっきりと告げた。

 「私たちはこれからもずっと、オハシラサマとしてご神木に在り続けようって。」
 「桂、ゆーねぇ、本当にそれでいいのかい?主が死んでしまった以上は、もう2人が人間に戻っても差し支え無いんだよ?」
 「それも考えたんだけどね。でもオハシラサマで在り続ければ、私たちはいつまでもずっと、この16歳の姿のままで、未来永劫、永遠に一緒にいられるから。」

 そう、それが桂と柚明が掴み取った幸せ。
 桂が柚明のような『自己犠牲愛』などではなく、『柚明と共に幸せを掴む為』にオハシラサマになり、柚明のような『桂の為に死ぬ覚悟』ではなく、『柚明と共に生きる覚悟』で主と戦い、柚明と共に掴み取った幸せ。
 最後の最後まで、泥まみれになってでも、ただがむしゃらなまでにあがいて、柚明と共に掴み取った幸せ。

 「・・・そうか。2人がそれで幸せなら、僕はもう何も言わないよ。」
 「だから白花お兄ちゃんもサクヤさんも、ちゃんと幸せになってよね。」
 「ああ、僕たちは今、最高に幸せだよ。」
 「うんうん。私も柚明お姉ちゃんも今、最高に幸せだよ。」

 それからしばらく4人で談笑し、そして白花とサクヤは「また来年ここに来るよ」と桂と柚明に約束し、とても充実した笑顔でご神木を後にした。
 残された桂と柚明は互いの身体を寄せ合い、自分達が咲かせたご神木の沢山の花を、とても穏やかな表情で見つめていた。

 「白花お兄ちゃんもサクヤさんも、本当に幸せそうで何よりだね。」
 「ええ、そうね・・・桂ちゃん、私も今、最高に幸せよ?」 
 「うん。私も幸せだよ。柚明お姉ちゃん。」
 「・・・桂ちゃん・・・。」

 柚明は桂を抱き寄せ、そっ・・・と桂と唇を重ねる。
 そして穏やかな瞳で桂を見つめ、自分の正直な想いを桂に告げた。

 「・・・あなたに会えて、本当に良かった・・・。」

 今の柚明には、桂がずっと傍にいる。ずっといつまでも。
 未来永劫、永遠に、桂が柚明の傍にいる。
 未来永劫、永遠に、桂が柚明に甘えてくれる。
 未来永劫、永遠に、桂が自分に可愛らしい笑顔を見せてくれる。
 未来永劫、永遠に、柚明の隣に桂がいる。
 未来永劫、永遠に、ずっといつまでも・・・。

 だからもう、柚明が1人ぼっちで寂しい思いをする事は無かった。