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   ◎◎◎  呼び出しのあったカフェテリアに行くと、中年の男が先にいた。もともと金髪だったように見える白髪を短く刈り、顎に は無精ひげ。清潔感の欠片もないやつれた男だ。 「きみがシャティヨン?」  男は私を見る。 「……そうだ」 「おれはラスト・サンライズ」  ラストはカフェテリアの外に置かれた二人掛けの円卓についており、私に座るようしぐさで促した。  プロトデルミスの全身鎧を身に着けている私への周囲の視線と注目が集まったのがわかる。 「いや、ここでいい。すぐに終わる」 「ヒリングデーモンに戻る気は」 「無い」  そうか、と男はうつむき、すぐに頭を上げて再び私を見た。 「……理由を聞いても?」 「私に勇気が無いのさ」  彼に二度と会う事はないだろう。そう思った。  踵を返して私はカフェテリアから出る。    ◎◎◎  ――夜明け。ヒリングデーモンのエース、エンシューの操る機体である鬼童丸を、私の任されたアームヘッド部隊が取り 囲んだ。 『動くな。エンシュー』  鬼童丸はすでにアームヘア製の網で機動性を奪われていた。すでに、詰んでいる。  ロバート・ラスターの死からヒリングデーモンは弱っていた。分裂をゆるし、反ヒリングデーモンの組織、カッティング から攻撃され続ける日々。  夜、小規模な戦闘を北と南で起こし、それぞれにカッティングの幹部を置けば二人しかいないヒリングデーモンの幹部が それぞれ北と南の戦闘にあたる。  そうなれば戦力を分断でき、分断したヒリングデーモンの片方にグランジの傭兵を大量に投入すれば天才と呼ばれたパイ ロットも物量の前に疲労するはずだ。  そうなれば隙もできる。  ――ふと、私は背後に気配を感じた。  高いアームコア反応である。 『よくやったわ、シャティヨン』  後方から、一体のアームヘッドが現れた。  十八個のジャベリンを持つカッティングの幹部ノト・ノアが操る機体、ヴィカラーラである。 『……どうも』 『あなたは下がりなさい』  私が一歩下がると、ヴィカラーラは何も言わずそのジャベリンで鬼童丸の四肢を切りさいた。  べしゃりと胴体部のみが腐った果物のように地面に落ちる。  ヴィカラーラのジャベリンはさらに胴体部をえぐり、ナイフで肉の骨を除くようにコックピットだけを残して器用にそぎ 落とした。 『あなたを殺す日を夢見ていたわ』  次はジャベリンがコックピットを貫く。  かと思えば真っ二つに切断し密閉されたコックピットの中にいる少女が現れた。  カッティングの歩兵たちは外になったコックピットの中にいる一人の少女に銃口を向けながら腕を掴んで外へ引きずり出 し拘束する。  それに対応するようにヴィカラーラが跪きコックピットの中から純白のドレスをまとった少女が現れた。  私も大型装備アームヘッド、ジェヴォーダンとの同期を切り、地面に着地すると二人のもとに向かった。  手足を縛られた鬼童丸の搭乗者、エンシューは湿地に座らさせられ、それを歩兵ら、アームヘッドから下りたパイロット らが遠巻きに見つめるというかたちになる。 「あなたを殺して、デッドマンを私のものにする」 「僕を殺せば、彼が手に入るわけではないでしょ?」 「手に入れてみせるわ。とりあえず、手足をもいで檻に入れるのよ」 「相変わらず、狂ってますね」  呆れるようにため息をついたエンシューを、不思議そうにノト・ノアは小首を傾げて見つめた。 「とりあえず、死んでからお話ししましょ?」  ノト・ノアがどこからともなく包丁をとりだす。巨大な出刃包丁。  エンシューは昇ったばかりの太陽に照らされて鈍色に輝くそれを眺める。ただただ、今を受け入れているその顔は、誰か に似ていた。  ――誰かに――、誰に。  私は誰だろう、と思った。それがいけなかった。  ――力を貸して、シャティヨン。  心臓が高鳴った。私にそんなものはないのに。  そして息苦しくなる。そんなものは必要ない。  ――いざとなったら、あなたが駆けつけてね。  包丁が掲げられ、振り下ろされ―― 「ノア!」  ――止まった。  怪訝そうな顔でノト・ノアは私を見る。 「……なによ」 「彼女は捕虜にすべきだ」 「えぇ?」  ノト・ノアは見るからに嫌そうな顔をした。 「捕らえたほうが、カッティング全体のためになる」 「グランジのアナタが私に指図するつもり?」 「私たちは互いに良い商売関係でありたいのでね」  嫌そうな顔のまま、ノト・ノアは包丁を持っている手をだらんと下げてからエンシューに近づく。 「……そうね、どうせ殺すのなら、最ッ高の恥辱を味あわせてやる」  ノト・ノアはにたりと笑いながらエンシューのパイロットスーツに包丁で切れ込みを入れそこから一気に切り裂いた。  一気に漂い始めた下種な空気を感じ取ったグランジのパイロットたちがいち早くノト・ノアとエンシューに近づき始める 。 「ノア、国際条約違反だ」 「ンなモン今の時代にどれほど意味があるの!?」  私の声に、ノト・ノアが金切声で返した。 「だいたいアンタね、金で動くグランジのくせに煩いのよ! 雇い主は私よ!? わ・た・し!!」  ノト・ノアは歩兵たちに指示を出す。 「せっかくだから、ビデオでもまわそうかしら。デッドマンにも見てもらわなくっちゃ」  それを止めようとした私の前に、グランジの傭兵たちが現れた。 「あんた、バカまじめだな」  エンシューが、道をふさがれそしてそれを振り払う勇気すらないみじめな私を見つめている。 「……シャティヨン。ありがとう」  彼女は人に阻まれ見えなくなった。  私は人間ではない。感情によって動かされることはない。ファントムなのだから。  ――いざとなったら、あなたが駆けつけてよね。  気が付けば、私は道を阻む者を文字通りなぎ倒してエンシューとノト・ノアの間に割り込んだ。 「シャティヨン……、あなた、なにして――」  ノト・ノアが言い終わる前に私はエンシューを抱きかかえる。  少し離れた場所でジェヴォーダンと同期し、その場から飛び立った。 「エンシュー、無事か?」  装備型とはいえサイズは通常のアームヘッドと大差なく、中に人がはいるスペースもある。 「ど、どうして……」 「さて。そんなことより、この機体は空中戦にむかなくてね」  瞬間――衝撃。  数キロほど離れた次の瞬間、私のアームヘッドをレーザーが貫いた。 「スナイパーか。思ったよりはやいな。……捕まっていてくれ」  破損した部分をパージするものの、うまく飛べない。器用に飛行系統に当てられたらしい。 「っく、まずいな」 「だ、大丈――」  さらに追撃。  大破した私たちはただ墜ちていった。 「掴まれよ」  私はエンシューを抱きしめ、空中で半回転して背中を下にする。  ――次の瞬間、地面にぶつかった。 「……うご、けるか?」  抱えたままのエンシューに聞く。  私は人間型ファントムだから、ある程度の衝撃は大丈夫だと踏んでいたがどうにも体が動かなかった。 「なんとか……」  エンシューの拘束を解いてやり、私は鎧からから四角い板のようなメインコンソールをとり出す。  私の鎧は装備型アームヘッド、ジェヴォーダンの制御デバイスであり装着時の仲立ちをするものだ。 「これをもって逃げろ。グランジの追跡班は有能だ。すぐに追いついてくる」 「これって……」  コンソールを操作してからエンシューに無理やり持たせる。 「私の個人用の連絡装置だ。ヒリングデーモンへの極秘の救助信号を出している」 「貴方は、どうするつもりですか」 「私の事は気にするな。行け」  試してみたがどうやっても私の体は無理そうだ。  脳裏に、人工知能の再起動警告が流れる。 「でも……!」 「もう一度、デッドマンに会いたいだろう」  私が言うと、エンシューは泣きそうな顔になった。 「……卑怯ですよ」 「またどこかの戦場で会おう」  笑う。エンシューは泣きじゃくりながら一歩後ろへ下がり、そして走りだす。 (ジャンヌ……)  そして、私の意識はシャットダウンした。

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