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「おじいちゃーん、おじいちゃーん」 ガッポ村でテレビのリモコンを片手にアブクが祖父を呼んでいる。 「はいはい」 それに答えたのは、まず『20代のガラクタ』だった。 「どうしたー」 次に『30代のガラクタ』が現れた。ちょうど農作業から帰って来たところらしく、片手にはナスの入った竹ざるを持っている。 複数の『いずれおじいちゃんになるガラクタ』を前に、アブクはなにごともなかったかのように話しかけた。 「てれびで、どーなつはじまったー」 「まじか!今いくぞ」 「俺はこれ置いてビールとっていく、アブクは『俺』と行ってな」 20代のガラクタと30代のガラクタはそれぞれ行くところへ行き、アブクも居間に戻った。 「おお、アブク、こっちおいで」 居間には、蚊にさされた腿にえだまめをすりつけている80代のガラクタがいた。 しかしいるのはガラクタだけではなかった。 「じいちゃん、それ枝豆だ。虫刺されの薬はこっちな」 そう言ってムナコーワモヒを差し出すのは10代後半のアブク。 「オヤジ、座布団足りる?大丈夫?」 父親に尋ねているのは20代のアブク。 「やべえ、腹減ってきた」 腹をさする30代のアブク。 アブク、アブク、アブク、ガラクタ、ガラクタ、アブク、ガラクタ、ガラクタ、ガラクタ…… なんということか、農家の居間は別時間軸の同一人物たちがひしめいていた。 そんな中でも、アブクの両親であるテッパンとアキカンは一人ずつであったが、それでも多い。 更に、 「ただいまー。あたし帰ってきてる?」 鍬をかついだ20代の女のガラクタだ! 「なぜ俺がトウモロコシ茹なければならんのだ……」 台所で額の汗をぬぐう悪のガラクタだ! ありとあらゆる可能性のガラクタが、アブクが、『自宅』に集合していた。 そうこうしているうちに、30代のガラクタが缶ビールを箱で持ってきた。 「もう始まってるか?」 「いま、ちゃんぴょんがよばれたの」 テレビを指してアブクが言う。 「そうか。アブクは『爺さんの俺』を見ててくれ。俺は『一番大きいアブク』にもビールともろこし渡してくる」 30代のガラクタは1本ビール缶を掴み、台所へ戻ると、茹であがったトウモロコシを一つ貰って、再び庭に出た。 庭には様々なアームヘッドがうじゃうじゃと並んでいた。この全てがそれぞれ平行世界のガラクタやアブクの乗機なのだ。 「アブク!」 30代のガラクタが声をかけると、一機が反応した。 「あっ、じいさん」 ガシャン、と動いたそれは、まぎれもなく神徒であった。神徒と化したアブクだ! 「ビールとトウモロコシだ。食えるか?」 「たぶん!」 「たぶんって何だよ」 屈託無く笑う二人。存在した時空は違っても、祖父と孫なのだろう。 家の中から喚声が上がる。とうとうドーナツ大会が始まったのだ。 こんなにも沢山のガラクタやアブクがあつまって、何がおきているのか、彼らには知る由も無い。 しかし、こんな幸福な団欒を経験できた彼らが、彼らのうち何割いて、何割いないのだろう。 ゆえにこのとき、彼らは幸せだった。 居間では7歳のアブクが80代のガラクタの膝の上に座って、テレビに向かって拍手をしていた。 そのアブクの頭をなでながら、ガラクタは振り返った。 「ちょいと、おかしを出してやっとくれ」 それに答えて、一人が笑った。 「はい、とっておきを出しましょうね」 80代のユメであった。
「おじいちゃーん、おじいちゃーん」 ガッポ村でテレビのリモコンを片手にアブクが祖父を呼んでいる。 「はいはい」 それに答えたのは、まず『20代のガラクタ』だった。 「どうしたー」 次に『30代のガラクタ』が現れた。ちょうど農作業から帰って来たところらしく、片手にはナスの入った竹ざるを持っている。 複数の『いずれおじいちゃんになるガラクタ』を前に、アブクはなにごともなかったかのように話しかけた。 「てれびで、どーなつはじまったー」 「まじか!今いくぞ」 「俺はこれ置いてビールとっていく、アブクは『俺』と行ってな」 20代のガラクタと30代のガラクタはそれぞれ行くところへ行き、アブクも居間に戻った。 「おお、アブク、こっちおいで」 居間には、蚊にさされた腿にえだまめをすりつけている80代のガラクタがいた。 しかしいるのはガラクタだけではなかった。 「じいちゃん、それ枝豆だ。虫刺されの薬はこっちな」 そう言ってムナコーワモヒを差し出すのは10代後半のアブク。 「オヤジ、座布団足りる?大丈夫?」 父親に尋ねているのは20代のアブク。 「やべえ、腹減ってきた」 腹をさする30代のアブク。 アブク、アブク、アブク、ガラクタ、ガラクタ、アブク、ガラクタ、ガラクタ、ガラクタ…… なんということか、農家の居間は別時間軸の同一人物たちがひしめいていた。 そんな中でも、アブクの両親であるテッパンとアキカンは一人ずつであったが、それでも多い。 更に、 「ただいまー。あたし帰ってきてる?」 鍬をかついだ20代の女のガラクタだ! 「なぜ俺がトウモロコシ茹なければならんのだ……」 台所で額の汗をぬぐう悪のガラクタだ! ありとあらゆる可能性のガラクタが、アブクが、『自宅』に集合していた。 そうこうしているうちに、30代のガラクタが缶ビールを箱で持ってきた。 「もう始まってるか?」 「いま、ちゃんぴょんがよばれたの」 テレビを指してアブクが言う。 「そうか。アブクは『爺さんの俺』を見ててくれ。俺は『一番大きいアブク』にもビールともろこし渡してくる」 30代のガラクタは1本ビール缶を掴み、台所へ戻ると、茹であがったトウモロコシを一つ貰って、再び庭に出た。 庭には様々なアームヘッドがうじゃうじゃと並んでいた。この全てがそれぞれ平行世界のガラクタやアブクの乗機なのだ。 「アブク!」 30代のガラクタが声をかけると、一機が反応した。 「あっ、じいさん」 ガシャン、と動いたそれは、まぎれもなく神徒であった。神徒と化したアブクだ! 「ビールとトウモロコシだ。食えるか?」 「たぶん!」 「たぶんって何だよ」 屈託無く笑う二人。存在した時空は違っても、祖父と孫なのだろう。 家の中から喚声が上がる。とうとうドーナツ大会が始まったのだ。 こんなにも沢山のガラクタやアブクがあつまって、何がおきているのか、彼らには知る由も無い。 しかし、こんな幸福な団欒を経験できた彼らが、彼らのうち何割いて、何割いないのだろう。 ゆえにこのとき、彼らは幸せだった。 居間では7歳のアブクが80代のガラクタの膝の上に座って、テレビに向かって拍手をしていた。 そのアブクの頭をなでながら、ガラクタは振り返った。 「ちょいと、おかしを出してやっとくれ」 それに答えて、一人が笑った。 「はい、とっておきを出しましょうね」 80代のユメであった。 ---- 「すごかったねー」 ドーナツ大会の結果を見届け、7歳のアブクは手にしたじゃがバターの最後のひと欠けを食べた。 7歳のアブクが座っているのは80代のガラクタの膝の上だ。ガラクタは同じくじゃがバターを食べていた。 その右隣では、80代のユメが穏やかな笑顔とともに、TV画面に向かって拍手を送っている。反対側はテッパンとアキカンが同じくTV画面を見ながら、しかし二人は苦笑していた。 そしてテッパンが持っていた缶ビールを置いたテーブルの向こう側で20代のガラクタが感動の涙を流してのたうちまわる。 「おじいちゃん、ぼく、さいごのやつ、ぜんぜんわかんなかった。あれ、何をしてたの?」 「あれはな、ドーナツをさがしておったんじゃ」 「でも、ドーナツどこにもなかったよ」 「ないけど、あるんじゃよ」 「ふーん」 やっぱりわかんないや、とアブクが首をかしげる。ガラクタはその頭を撫でる。 エプロンをかけ、ミトンをつけて、ふかしたジャガイモがこんもりと乗った皿を運んできた邪悪なガラクタが呟いた。 彼はこのような団欒を打ち砕かれ、怒りと嘆きのままに生きてきたガラクタだ。ゆえに彼は研ぎ澄まされていた。 だからこそ、テレビを見て感想を述べ合うなどという平穏にして堕落の極みを前に、思わず眉をしかめてそんな呟きを洩らした。 そんな悪のガラクタに後ろから声がかかる。 「ああいうのがいいんだよ」 10代のガラクタだ。農作業が完璧に身に馴染みつつ、決められた将来にもやもやしていた頃だ。 「お前、いや俺か。昔はあんな感じだったんだろ」 「……だからこそだ」 世界の隅で、明日も明後日も日常が続くと信じていた。 しかし、世界の中心は傍迷惑なことに、隅の人間を演出として簡単に破壊、消費してゆく。 『戦闘の巻き添えを食らった市街が炎上した』その一文で、いくつの隅が砕かれたか。 『逃げ惑う人々』の言葉で済まされる隅の人々は、その後どうなったか誰にも注目されない。世界の中心が目を向けなければ、描写の外側で死んでゆくのだ。 「……だからこそ、隅に甘んじるわけにはいかないってか」 若いガラクタは溜息を吐く。 まるで、同年代の無軌道な少年たちを見るような目だ。 「ここは、世界の隅なんかじゃねえよ」 「何だと?」 キッチンペーパーでひとつ芋をくるんで手に取る若いガラクタ。 じわり、と伝わるふかしジャガイモの熱を確かめるように、それを握る。 「考えてもみろよ。世界の隅に、こんなにたくさんの可能性があるか?」 そう言って、同一人物で埋め尽くされた居間を顎で示す。 無数のガラクタがいて、無数のアブクがいて、無数の人生が田舎の小村の大農家に集結している。 「俺らだけじゃねえ、俺はこの歳にゃもうユメと付き合ってた。 あいつは最初からガッポ村の生まれで、落とした消しゴムがきっかけで仲良くなった。 だがあそこにいるユメは、村の外から来た。 お前のユメは、息子が腹にいるときにアームヘッドの戦闘に巻き込まれて死んじまった。ユメにもいろいろあった」 指先でジャガイモの皮を押し破り、出てきた実をそのままひと齧りする。 「いいか、俺よ。てめえの人生の主人公を他人にするな。起きることも、起きないことも、主人公のせいにして逃げんな。 ……8歳の頃からずっとお前の人生見えてたよ。 ああ、ずっと言ってやりたかった」 あの日の莫迦な自分に物申したい、と思う年配者は世間に数多いるだろう。 このガラクタは、この年齢にして、同じ境地に達していた。 そんな可能性も、ガラクタにはあったのだ。 自分を妬み、自分に怒り、それぞれのガラクタがガラクタに感想を抱いていた。 「その点で言えば、あのじいちゃんはすごいもんだよな」 庭にいる、神徒と化したアブクが言った。 「歳のせいかわかんないけど、あらゆる自分を全部自分の人生として受け入れてる。 文句もつけず、やり直したいとか修正したいとかも思わず、自分がやってきたこととして思い出にしてるんだ」 「確かに」 神徒アブクに背を預け、女のアブクが同意の呟きをこぼした。 「私の同期は夢で見るって形だったから、そもそもまともに受け止めてなかったし。全部を全部自分の人生として受け止めてアレっていうのは、ちょっとした奇跡だわ」 居間では老人のアブクが7歳のアブクのあやとりを見ている。 「俺は、俺に恥ずかしくない人生を送ろうと思った」 ライダースーツに身を包んだ20代のアブクが語る。 「爺さんも俺と同じ状態だったんだ、って気付いてから、そう考えるようになった。 おかげで割といい空気吸って生きてる。確かに変な状態だが、別に悪いもんじゃねえ」 「こんな無数の可能性があるんなら、『僕』らはきっと、脇役なんかじゃないよな」 どこかのガラクタは言った。 ドーナツ大会の決勝は『ない』が『ある』を見極める戦いだったが、この家には『ある』が山ほど『ある』のだ。 ―――― おじいちゃんがいっぱいいて、ぼくがいっぱいいる。 みんないろいろちがうみたいで、おとなになるまでにいっぱいたいへんなことがあるんだな、っておもった。 でも、こんなにいっぱいいるなら、なんにだってなれるんだろうな。 ぼくも、おじいちゃんも。 おかあさんも、おとうさんも。 ぼくはまだ7さいだ。おとなになったらなにになろう。 いちばんさいしょは、オピョポマンになりたかった。 にばんめは、かいじゅうになりたかった。 さんばんめは、しょうぼうしゃにのりたかった。 あと、サッカーせんしゅにもなりたかったし、コゼニスにのるひとにもなりたかったし、いろいろだ。 きょうは、いろんなぼくがいて、 オピョポマンみたいなヒーローのぼくもいて、 かいじゅうみたいなのになったぼくもいて、 しょうぼうしゃみたいなおしごとしてるぼくもいて、 スポーツのせんしゅになったぼくもいて、 コゼニスにのってるぼくもいる。 なりたかったものには、ぜんぶなっちゃってた。 だから。だから、ぼくは、どれにしようか。 たぶん、ぼくはなんにでもなれるんだ。 むりなことなんて、きっとないんだろうな。 だって、おんなのこのぼくだっているんだもの。 いろんなたいへんなことをして、いろんなものになれるんだ。 そうおもったら、どんどんわくわくしてきた。 ぼくからいっぱいぼくになる。 きょうは、ぼくのしらないものになったぼくも、いっぱいいる。 だからいま、ぼくは、なりたいものがいっぱいふえている。 なりたいものにかこまれて、ぼくはまんなかで、どれにしようかな、っておもう。 いまここにいるぼくは、どんなぼくなんだろう。 「ねえおじいちゃん、ぼくはどんなぼくなの?」 おじいちゃんにきいてみたら、おじいちゃんはにこにこして、 「おまえは、わしの大事なまごじゃよ。なあ、ばあさん」 てゆってくれた。 おばあちゃんも、 「そうね。アブクちゃんは、私たちの孫のアブクちゃんよ」 ってゆってくれた。 「おとなになっても?」 「大人になってもな」 「おしごとしても?」 「仕事をしてもな」 「じゃがいもたべても?」 「ドーナツ食べてもな」 「……そっかあ」 ぼくはぼく。ふしぎなおじいちゃんと、ひさしぶりのおばあちゃんのまご。 とってもうれしくなった。 うれしくなっても、ぼくはぼく。 ぼくはアブク・ガッポ。ガッポむらの、ガラクタおじいちゃんのまご。おとうさんとおかあさんのこども。 ---- ゆえに、彼はずっと忘れない。 ならば、彼は決して脇役になどならないだろう。 世界が彼を置いて動いても、彼は自分を自分と認識しているのなら。 どの道を歩んでも、彼の中心は彼なのだ。 彼はアブク・ガッポ。世界の隅の中心であり続けた、凡庸な旅人。 そして私の、かけがえのない友人だ。 切り立った崖を踏みしめ私は思う。 我らの先祖が人になり、人から産まれた私が先祖還りをしていても、やはり私は私なのだ。

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