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Dance - (2013/01/31 (木) 08:17:08) の最新版との変更点

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ホール内での豪華の限りを尽くしたパーティを、少女は二階の手すり、吹き抜けの部分から参加することもなく静かに眺めていた。 周囲の人物がドレスやタキシードに身を包んでいる中で、その薄汚れた水色のパジャマは一際目立った。 メイクを終えて一階のホールへと降りていく誰もが、決定的に場違いな格好の奇妙な少女を、呆れや蔑みを含んだような眼差しで眺めつつ通り過ぎていった。 「……」 少女の青い瞳には、光はない。 まるで下水を固めたように濁りきった無表情の瞳が、周囲の視線を無視して、ただ直下の会場を眺めていた。 ふと、視界の隅に見覚えのある姿が映る。髪型と格好がいつもと違うので大分印象が違って見えるが、 それは間違いなく同僚の浦田 健太郎だった。 少女は逃げるように視線をそらすと、そのまま会場を切り捨てるように廊下を歩き出した。 適当に見つけたスリッパの音がぺたぺたと、踵の高い靴の音の中で一際響く。 くすくす、と抑えた笑い声を背中に感じながら、少女は鋭い足取りで、タキシードとドレスの間をかきわけてそのまま庭園に出た。 「……」 彼女以外、誰も豪邸から出て来ない。当然だった。 少女は豪邸を、複雑な表情でひと睨みすると、前に向き直った。 そして、少し後ろに引いた。目の前に、いつの間にか男がいたのだ。 「よう、彼方」 名前を呼ばれた少女、空条 彼方は、眼前の男を睨んだ。 決定的に似合っていないタキシード姿、ミスチョイスの牙の意匠のピアス、長いもみあげ、挑発的な釣り目、そして黒い短髪。 ……何より特徴的なのは、どういうセンスをしているのかと疑いたくなるほど浮いている、真紅のグローブだった。 「ただでさえやかましい所から脱出してきたのに、また小うるさいのが来たのね。ブレジン・ニールファット」 「相変わらずオメーの口は減らねぇな。これでもうちっとしとやかな性格だったなら良いんだけどな。あとついでに格好も気を配って、さ」 「何が"良い"のよ。余計なお世話よ、このかませロリコン」 「ばぁ゛ん゛!?誰がかませロリコンだぁこのエセ幽霊!?『たった今井戸から出てきました!』みてぇなナリしやがって!」 「……あーもう、ほんッとうるさい……頭痛がするわ、どいて」 彼方がブレジンの返事を待たず、ぐいと腕を掴んで横に無理やり押しのけた。 「お前さ、なんでここに来たんだ?」 ブレジンの声音を変えた一言に、彼方の足が止まった。 すぐに答えを返さない彼方に振り向かず、前を見たままブレジンは続けた。 「俺はてっきり、お前はこういう場所にはあんまり興味ねぇかと思ってたけどな」 「……あなたこそ、なんでパーティなんかに」 「俺?俺はほら、普通に参加しにな。どっちかつーとデリシャスな飯が目当てだけど」 ブレジンが、悪戯じみたような表情で、彼方の背中に振り向く。 そして、何かを悟ったように口の端を吊り上げ、笑った。 彼方の表情は、こちらに振り向かないのと黒い挑発で見えない。 「……」 「……」 彼方の後ろ姿を、ブレジンは何処か挑発的なニヤけ顔で眺める。 手を握りしめながら、彼方は静かに振り向かないまま。 お互いに言葉を話さないまま、一分ほど過ぎた。 「……自室に帰るわ。邪魔しないで」 吐き捨てた彼方の言葉を待っていたかのように、ブレジンの手が動いた。 そして、歩き出そうとしていた彼方の腕を掴んだ。 「そうはイカの塩辛、ってな」 彼方が腕を振り払おうとした直後、ブレジンは思いの外強い力で彼女の腕を引き、 そのまま流れるように肩と腰に手をあて、「よいしょっ!」という掛け声と共に彼女を抱き上げてしまった。 「――ッ、何するのこの変態かませ!離しなさい! はっ、離せ!」 「なんだってもう、面倒くせぇお嬢ちゃんだな、テメェは。あとかませじゃねえっての」 喚き続ける彼方を逃さないまま、ブレジンは豪邸の玄関へと歩いて行った。 「……」 健太郎は、愕然としていた。 こういう場所には決して現れない。そう思っていた空条 彼方が、憮然とした表情ながらもブレジンと共に現れたのだ。 手入れのあまりされていなかった黒い髪は、メイクスタッフによって綺麗に梳かされ、艶を持って光っていた。 薄汚れていた水色のパジャマは、スタッフが用意した、備え付けの美麗なドレスに変わっていた。 唇には薄いピンクのグロスが塗られ、瞳が濁ったままな点以外は、いつもの彼方からは想像もつかないほどの可憐な少女がそこにいた。 「俺もビックリだぜ。ちゃんとおめかしすれば、なかなかのビジンだったからな」 ブレジンが肩をすくめながら、彼方の肩に手を置きながら言った。……途端、彼方がその手を払った。 「……」 普段からあまりにこやかな表情をしない彼方だが、 眉間に一本だけ走るヒビのような皺が、あまり表情の変化しない彼方の今の心情を表していた。 「……浦田健太郎。そんなに私のドレス姿が変?」 「ッ! い、いや、そういう訳じゃあ!」 「フン」 「お前さぁ、ちったぁこの場の空気というもんがあんだろ?それとも実は照れてんのか?」 「……少し黙ってられないの? 勝手にここまで連れてきてこんな格好させて、何が空気よ」 はは、と健太郎が彼方とブレジンを見ながら苦笑した。 ――その向こうでは真っ白い髪に真紅の瞳、鼻眼鏡という奇妙極まる格好をした少女と、 彼女にリードされるようにたどたどしい動きで踊る、赤毛の修道服の少女がいた。 一瞬だけ、白髪の少女が鼻眼鏡ごしに、その紅い瞳を彼方の仏頂面に向けた。 『パートナーは大丈夫そうね』 彼方が、その『変態吸血鬼』がいることに気づく前に、 その彼女は相方の赤毛と踊りながら、人混みの向こうに消えてしまった。 「見てあの子、さっきの目つきの悪い子よ」 「なんだってまあ、さっきまで小汚いパジャマで独りで――」 演奏や食事そっちのけで言い合いをしまくっていたブレジンと彼方のすぐ後ろから、複数の女性の声がした。 「……」 「は゛ぁ゛ん゛!?」 「何か」 彼方の眉間の皺がさらに割れ、ブレジンの半ば裏返ったような怒号が飛び出し、健太郎の刃のような瞳が振り返った。 三人の、今にも首筋に噛み付いてきそうな視線を受けると、四人ほどのドレス姿の女性達がそそくさと逃げていった。 「……」 ブレジンが、彼方を見下ろす。 顔を伏せ、濁りきった青い瞳は前髪で隠れ、いよいよ表情が解らなくなった。 ふう、とブレジンがため息をついた。そして、真紅のグローブを脱ぎ、ポケットにしまった。 「私、やっぱりこういう場所、きらい」 「彼方……」 「私、帰る。邪魔しないで浦田健太郎」 「彼方、あんなの、気にすることなんて……」 「放して!やっぱり私なんかここに来るべきじゃ――」 「かーなたっ」 健太郎と彼方の言葉の合間を縫って、軽快な声が割り込んできた。 意表をつかれた彼方と健太郎の前で、声の主がタタン、と上質の靴で軽くステップを踏み、 そのままくるりと足を揃えて一周りし、グローブをとった掌を、彼方の前に差し出した。 濁りきったままではあったが、驚いたような表情を浮かべた青い瞳をまっすぐに見つめて、 全く似合っていないタキシードを着た男が、挑発と優しさを半分ずつにしたような声音で言った。 「 "Shall we dance?" 」 目の前の男の、少しおどけるような表情を五秒ほど見つめた後、 彼方は白い薄手の手袋に包まれた掌を、その思ったより大きかった掌に重ねた。 「……調子に乗らないで、かませのクセに。全然サマになってないわ」 「言うなよ。あとかませじゃねえっつのエセ幽霊」 少しだけ、震えたように聞こえたその軽口を、同じく軽口で返して、 ブレジン・ニールファットは、空条 彼方の手を引いた。 「…… "Yeah." 」
ホール内での豪華の限りを尽くしたパーティを、少女は二階の手すり、吹き抜けの部分から参加することもなく静かに眺めていた。 周囲の人物がドレスやタキシードに身を包んでいる中で、その薄汚れた水色のパジャマは一際目立った。 メイクを終えて一階のホールへと降りていく誰もが、決定的に場違いな格好の奇妙な少女を、呆れや蔑みを含んだような眼差しで眺めつつ通り過ぎていった。 「……」 少女の青い瞳には、光はない。 まるで下水を固めたように濁りきった無表情の瞳が、周囲の視線を無視して、ただ直下の会場を眺めていた。 ふと、視界の隅に見覚えのある姿が映る。髪型と格好がいつもと違うので大分印象が違って見えるが、 それは間違いなく同僚の浦田 健太郎だった。 少女は逃げるように視線をそらすと、そのまま会場を切り捨てるように廊下を歩き出した。 適当に見つけたスリッパの音がぺたぺたと、踵の高い靴の音の中で一際響く。 くすくす、と抑えた笑い声を背中に感じながら、少女は鋭い足取りで、タキシードとドレスの間をかきわけてそのまま庭園に出た。 「……」 彼女以外、誰も豪邸から出て来ない。当然だった。 少女は豪邸を、複雑な表情でひと睨みすると、前に向き直った。 そして、少し後ろに引いた。目の前に、いつの間にか男がいたのだ。 「よう、彼方」 名前を呼ばれた少女、空条 彼方は、眼前の男を睨んだ。 決定的に似合っていないタキシード姿、ミスチョイスの牙の意匠のピアス、長いもみあげ、挑発的な釣り目、そして黒い短髪。 ……何より特徴的なのは、どういうセンスをしているのかと疑いたくなるほど浮いている、真紅のグローブだった。 「ただでさえやかましい所から脱出してきたのに、また小うるさいのが来たのね。ブレジン・ニールファット」 「相変わらずオメーの口は減らねぇな。これでもうちっとしとやかな性格だったなら良いんだけどな。あとついでに格好も気を配って、さ」 「何が"良い"のよ。余計なお世話よ、このかませロリコン」 「ばぁ゛ん゛!?誰がかませロリコンだぁこのエセ幽霊!?『たった今井戸から出てきました!』みてぇなナリしやがって!」 「……あーもう、ほんッとうるさい……頭痛がするわ、どいて」 彼方がブレジンの返事を待たず、ぐいと腕を掴んで横に無理やり押しのけた。 「お前さ、なんでここに来たんだ?」 ブレジンの声音を変えた一言に、彼方の足が止まった。 すぐに答えを返さない彼方に振り向かず、前を見たままブレジンは続けた。 「俺はてっきり、お前はこういう場所にはあんまり興味ねぇかと思ってたけどな」 「……あなたこそ、なんでパーティなんかに」 「俺?俺はほら、普通に参加しにな。どっちかつーとデリシャスな飯が目当てだけど」 ブレジンが、悪戯じみたような表情で、彼方の背中に振り向く。 そして、何かを悟ったように口の端を吊り上げ、笑った。 彼方の表情は、こちらに振り向かないのと黒い挑発で見えない。 「……」 「……」 彼方の後ろ姿を、ブレジンは何処か挑発的なニヤけ顔で眺める。 手を握りしめながら、彼方は静かに振り向かないまま。 お互いに言葉を話さないまま、一分ほど過ぎた。 「……自室に帰るわ。邪魔しないで」 吐き捨てた彼方の言葉を待っていたかのように、ブレジンの手が動いた。 そして、歩き出そうとしていた彼方の腕を掴んだ。 「そうはイカの塩辛、ってな」 彼方が腕を振り払おうとした直後、ブレジンは思いの外強い力で彼女の腕を引き、 そのまま流れるように肩と腰に手をあて、「よいしょっ!」という掛け声と共に彼女を抱き上げてしまった。 「――ッ、何するのこの変態かませ!離しなさい! はっ、離せ!」 「なんだってもう、面倒くせぇお嬢ちゃんだな、テメェは。あとかませじゃねえっての」 喚き続ける彼方を逃さないまま、ブレジンは豪邸の玄関へと歩いて行った。 「……」 健太郎は、愕然としていた。 こういう場所には決して現れない。そう思っていた空条 彼方が、憮然とした表情ながらもブレジンと共に現れたのだ。 手入れのあまりされていなかった黒い髪は、メイクスタッフによって綺麗に梳かされ、艶を持って光っていた。 薄汚れていた水色のパジャマは、スタッフが用意した、備え付けの美麗なドレスに変わっていた。 唇には薄いピンクのグロスが塗られ、瞳が濁ったままな点以外は、いつもの彼方からは想像もつかないほどの可憐な少女がそこにいた。 「俺もビックリだぜ。ちゃんとおめかしすれば、なかなかのビジンだったからな」 ブレジンが肩をすくめながら、彼方の肩に手を置きながら言った。……途端、彼方がその手を払った。 「……」 普段からあまりにこやかな表情をしない彼方だが、 眉間に一本だけ走るヒビのような皺が、あまり表情の変化しない彼方の今の心情を表していた。 「……浦田健太郎。そんなに私のドレス姿が変?」 「ッ! い、いや、そういう訳じゃあ!」 「フン」 「お前さぁ、ちったぁこの場の空気というもんがあんだろ?それとも実は照れてんのか?」 「……少し黙ってられないの? 勝手にここまで連れてきてこんな格好させて、何が空気よ」 はは、と健太郎が彼方とブレジンを見ながら苦笑した。 ――その向こうでは真っ白い髪に真紅の瞳、鼻眼鏡という奇妙極まる格好をした少女と、 彼女にリードされるようにたどたどしい動きで踊る、赤毛の修道服の少女がいた。 一瞬だけ、白髪の少女が鼻眼鏡ごしに、その紅い瞳を彼方の仏頂面に向けた。 『パートナーは大丈夫そうね』 彼方が、その『変態吸血鬼』がいることに気づく前に、 その彼女は相方の赤毛と踊りながら、人混みの向こうに消えてしまった。 「見てあの子、さっきの目つきの悪い子よ」 「なんだってまあ、さっきまで小汚いパジャマで独りで――」 演奏や食事そっちのけで言い合いをしまくっていたブレジンと彼方のすぐ後ろから、複数の女性の声がした。 「……」 「は゛ぁ゛ん゛!?」 「何か」 彼方の眉間の皺がさらに割れ、ブレジンの半ば裏返ったような怒号が飛び出し、健太郎の刃のような瞳が振り返った。 三人の、今にも首筋に噛み付いてきそうな視線を受けると、四人ほどのドレス姿の女性達がそそくさと逃げていった。 「……」 ブレジンが、彼方を見下ろす。 顔を伏せ、濁りきった青い瞳は前髪で隠れ、いよいよ表情が解らなくなった。 ふう、とブレジンがため息をついた。そして、真紅のグローブを脱ぎ、ポケットにしまった。 「私、やっぱりこういう場所、嫌」 「彼方……」 「私、帰る。邪魔しないで浦田健太郎」 「彼方、あんなの、気にすることなんて……」 「放して。やっぱり私なんかここに来るべきじゃ――」 「かーなたっ」 健太郎と彼方の言葉の合間を縫って、軽快な声が割り込んできた。 意表をつかれた彼方と健太郎の前で、声の主がタタン、と上質の靴で軽くステップを踏み、 そのままくるりと足を揃えて一周りし、グローブをとった掌を、彼方の前に差し出した。 濁りきったままではあったが、驚いたような表情を浮かべた青い瞳をまっすぐに見つめて、 全く似合っていないタキシードを着た男が、挑発と優しさを半分ずつにしたような声音で言った。 「 "Shall we dance?" 」 目の前の男の、少しおどけるような表情を五秒ほど見つめた後、 彼方は白い薄手の手袋に包まれた掌を、その思ったより大きかった掌に重ねた。 「……調子に乗らないで、かませのクセに。全然サマになってないわ」 「言うなよ。あとかませじゃねえっつのエセ幽霊」 少しだけ、震えたように聞こえたその軽口を、同じく軽口で返して、 ブレジン・ニールファットは、空条 彼方の手を引いた。 「…… "Yeah." 」 ちなみにその僅か三十秒後、 ブレジンは彼方の足を踏んづけ、報復のパンチを腹に喰らって「く」の字に崩れ落ちた。

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