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「ティアーズ、死んじゃった分は全部拾ったんだね」 余は言った。 「ま、時間はあるからな」 ドロップ・ワールズマインは答えた。 「だったら、これもそなたが持ってなよ」 余は、ポケットをあさった。 そうしてブラックブレスであったものを探りだし、彼に見せた。 彼の愛した人を苦しめたものだったけれど、それを見てドロップは少し嬉しそうな顔をした。 「それじゃ、ありがたく」 「うん、でも待った」 彼が受け取るべく近づいてくるのを遮った。 「あのね、ちょっと恥ずかしいんだけど、お願いがあるんだよ」 「お、おう」 「ま、先にこれを受け取って」 彼に、赤ワインのフルボトルを差し出した。 ---- テーブルの上に置いたワインを見つめる。この俺が噂に聞きこそすれど、未だ味を知らぬ上物だが、あの女との約束があるから今は耐えねばならない。作業に戻ることにした。 ドロップ・ワールズマインは久々に自分の家にいた。シンプルな理由、掃除のためだった。 旅の区切りごとにここへ戻ってきては、こうして掃除をするのだ。 そのするうえで物を捨てることもあるし、模様替えだってする。それでもこの家にはエクレーンとの思い出が詰まっていた。 今回の旅はそんなに長くなかったために掃除もそう大変ではなく、すぐにかつてのような、人の住む家へと戻った。 「さて、あとは」 テーブルの上、ワインから目線を下げて広げた便箋の方を見た。 「字描くの苦手なんだよな」 ---- 目を覚ましてポストへ赴くと便箋が入っていた。独特の趣味と言うべきそれには、ドロップ・ワールズマインの名前があった。 「ドロップさんって、あの人だよな」マレェド・ペッパーはかつての騒動を思い出して少し疲労感を覚えた。 「あ、そんなことよりアイツ起こさなきゃ」仕事のことを思い出し、手紙の封も解かずに家の中へ戻った。 「いただきます」 「たーんとお食べ!」 「朝からたーんとは無理だな」 ラズベリィ・ペッパーを起こし、彼女に食事の準備をしてもらっている間に自分の仕事の支度をする。 いつも通りの朝だったが、そこでふと手紙のことを思い出した。 「そういえば、こんなの届いてたんだ」 ラズベリィに手紙を渡して、中身に目を通すよう促した。 「読めるか?」俺は意地の悪い声でからかった。 「読めるよー……あ、むり!」 「えっ」正直、知的な印象はないドロップさんからの手紙だからそう読みづらくはなかろうと思っていただけに、読めないのか、と愕然としつつ手紙を奪った。 手紙の字は多少汚かったが、しかしその文章は厳かで美しく、本人を知らなければさぞ高貴で上品な人間が書いたものと感じたろうと思い、決めつけてかかった自分を恥じた。 美しくはあったが、やや難解な言葉も多く、まぁラズベリィでは読めないのも仕方ないか、と納得し、彼女に噛み砕いて説明をした。 「ドロップさんの家で宴会が開かれるらしくて誘われてる。どうする?」 「いく!」 「だよな。へえ、あの人サンパトリシアに住んでるのか」 ----- 「なにこれ、同じサンパトリシアなのに遠すぎるでしょ。もうぼく歩けないよー」 「るる、大丈夫?おんぶしていこうか?」 「――いや、いいよ、全然大丈夫」しんの心の底からの善意は、ぼくの吐き出すことが目的の愚痴に居どころの悪さを付け加えた。 「あ、あれじゃない?」しんが指さす方を見る。あぁ、そうだ、見覚えがある。あれだ。 しかしその家の小ささに絶望した。家が小さいのではなく、自分たちのと距離があるのだとわかると更に絶望した。 「がんばろう、るる」 「へ、へーい」泣きそうだった。 ---- チャイムを鳴らすとドロップが扉を開けた。 玄関に散乱する靴の様子と、顔が真っ赤の家の主から察するに、どうも最後に来てしまったらしい。 「言いだしっぺが最後の到着とは言い御身分だな。支度を手伝いもしないでよ」 「ごめんごめん、美味しいお土産あるからさ」 プラントで人気のドーナツを差し入れると、ドロップは露骨に表情を綻ばせた。 「じゃあ入れてやるか」 案内されると、すでに部屋は出来上がってしまっていた。お酒に弱いるるは周りの酒豪たちに置いていかれて眠っていた。 ペッパー夫妻としんは意気投合して楽しそうに話している。 「ほれ、幹事の到着だぞ」 「あ、千代さん。お久しぶりです。先に頂いてます」 「しん、久しぶり。ラズベリィさんとマレェドさんは初めまして」 「初めまして!ラズベリィです!今日は誘っていただき、いただき、えっと」 「わざわざ自分たちまで誘っていただいたようでありがとうございます。一応の流れはドロップさんから聞いています」 「そっか。来てくれてありがとね」 そのあたりで、るるが目を覚ました。 「――あれ、千代?」 「久しぶり、るる」 「千代なの?千代?うそ」 「ドロップ、説明したんじゃないの?」 「あぁ、うち着いた時疲れ果ててぶっ倒れてたからなあ」 るるの方へ歩いていくと、彼女は頬にたれた涎をぬぐって少し顔を赤くした。 「お酒飲んで寝ちゃってた。ほっぺに跡ついてない?」 「ついてるよ」頬をなでて、それから彼女を抱きしめた。 「るる、久しぶり」 最初は驚いていた様子だったけれど、少ししてどういうことだかわかったように、抱き返してくれた。 「ねえ千代。ありがとうね」 「いいんだよ、友達だもん」 「そっか。そうだね。友達だよね」 「るるがいいなら」 「もちろんだよ。千代はぼくの親友だよ。だからね、生きてる間、たくさん会おうね。たくさん遊ぼうね」 「うん、うん」自分から言おうと思っていたことを先に言われてしまって、頷くしかなかった。 「遠距離恋愛かなんかしてんのか、お前ら」ドロップにからかわれて急に恥ずかしくなってしまった。 「そなたはデリカシーが」 「ほら、さっさと微妙に気まずそうにしてるカヌレの娘たちにも一緒に思いで作ってくださいってお願いしろよ」 「ドロップもかっこつけてそんな言い方しないで千代が後悔したらと思うと心配でならないからって言ってやりなよ」 るるの言葉にドロップはばつの悪そうな顔でワインを煽った。 「千代さん!今度はうちに招待しますよ!友達になるんですから!」 そういって、マレェドに注がせたワイングラスをこちらによこしてくれた。 「じゃ、乾杯」グラスが音を立てた。 ---- 酔いつぶれて寝息を立てるバカ共を眺めていると、思わず笑顔になっていた。それに気付いて恥ずかしくなる。 「へえ、そなたもそんないい顔するんだあ。エクレーンさんといた頃は毎日その間抜け面だったのかなー?」 「うるせえ、そんなことよりな――」 「ほらドロップ、受け取って」千代から投げられた球、ブラック・ブレスだった目玉を受け取った。 千代は微妙にさびしそうな顔をしていた。そして決心したように言葉を続ける。 「ねえ、エクレーンさんと同じところに生きたいなら、余ならそれを、」 「そこで寝てるお前の親友とさ、約束したんだよ。俺の意地がかかってるわけ。俺は永遠にエクレーンに恋し続ける限り生きてるって約束したんだ。 我が身かわいさで降りられる話じゃない。たしかに後悔はあるよ。それなりに会ってたつもりだったけど、カヌレなんかとはもっと会っておきたかったし。 でも、俺はやっぱりこの約束だけは意地でも貫きてえんだな。今もどうしようもなく、あいつが好きだから」 「そっか。余は野暮なことを言ったね。」 「でも感謝はしとく。まぁ寂しくなった時は思い出話くらい乗ってやるから、ワイン用意して呼べよ。不老不死仲間だ」 それから、彼女はもう一度切ないかをして、続けた。 「ねえドロップ、それじゃあさ、そんなに好きな人を苦しめたなんでブラック・ブレスだったものなんてあんな笑顔で受け取れたの?」 「ん。まぁ、そうもとれるな。でも、俺はあいつのおかげでエクレーンは出会えたんだって思うからさ」 「へえ、いいね、その考え方。じゃあこれ」 千代からポケットに何かを詰められた。漁ろうとすると「あとで」と言われたのでまぁ今は見ないことにした。 それから、既にまとめておいた荷物を持ち、酔いつぶれた友人たちを見回した。 「じゃ、約束通り片づけは任せた。またなんかやる時は誘ってくれ。旅先からでも空間吹っ飛ばしていくから」 「うん、それじゃ、またね」 「おう」 家の前に俺の相棒を呼び、扉を開いた。 「うおっ!?」 たしかに俺はワールズマインと名付けた自分のアームヘッドを呼んだはずだった。そのことに間違いはないはずで、それに応えてくれた手ごたえもあった。 しかしそこにあったのは見知らぬアームヘッドだった。漆黒の体に浮かぶ橙の光が朝焼けのようなアームヘッド。そのシルエットには見覚えがあった。 「おい千代、これって」 「ブラック・ブレスみたいだね」 「でも、不幸っていうよりは幸福の光って感じだな」 「じゃあこれは受胎告知、シスィーヴィ・スリズィってとこかな」 「いや、名前じゃなくて」 「え、意外、感だけはいいそなたがこれがなんなのかわかんないの」 「いいから教えろ」 「これ、ティアーズの集合体だよ。もう縷々姫は余の物だからね、るるに端を発するティアーズはすごくあいまいなものになっちゃったの。 アームヘッドになって個として存在する時ならともかく、力を内包するだけのただの目玉は、それでも何者に対してかわからないまま観察者の任に戻ろうとする。 力だけ持ってる目玉が、まぁそれでも一つ二つならなにもできないんだろうけど、すべてそろえばそれなりの力になるじゃん。 そのあいまいな存在のみんながみんな自分の役割を果たさんとするから、そなたに世界を見せる観察者で、形を持つワールズマインに同調したわけだね」 「長い」 「ティアーズのすべてがワールズマインの一部になったってこと」 「まぁさっきの説明でもわかってたけどな」 「労力を返せ」 「返すよ、そのうち。だから必ず呼べよな」 「――あ、うん。へえ、バヴェットと出会ってなかったらちょっとやばかったかも」 「バヴェット、お前の恋か。その恋の話、今度聞かせてくれ」 「うん。それじゃ、今度こそ」 「おう、またな」 そうしてアームヘッドに乗り込み、再び旨いものを探す旅に戻る。今度はあいつらのために土産も用意してやってもいいな。 しかし、少し飛んでいるだけでこのシスィーヴィ・スリズィはひどく乗ってて違和感があって気持ち悪いのに気付いた。 「ていうか、お前は浮かれてないでいつもの姿に戻ってくれ、相棒」 羽ばたく音が変わり、いつもの感じに戻った。きっとあの黒い蝶の姿をしている。俺の相棒は、やっぱりあれがいい。 「なあワールズマイン。エクレーンと出会った世界を味わい尽くすには、永遠は短いな」
「ティアーズ、死んじゃった分は全部拾ったんだね」 余は言った。 「ま、時間はあるからな」 ドロップ・ワールズマインは答えた。 「だったら、これもそなたが持ってなよ」 余は、ポケットをあさった。 そうしてブラックブレスであったものを探りだし、彼に見せた。 彼の愛した人を苦しめたものだったけれど、それを見てドロップは少し嬉しそうな顔をした。 「それじゃ、ありがたく」 「うん、でも待った」 彼が受け取るべく近づいてくるのを遮った。 「あのね、ちょっと恥ずかしいんだけど、お願いがあるんだよ」 「お、おう」 「ま、先にこれを受け取って」 彼に、赤ワインのフルボトルを差し出した。 ---- テーブルの上に置いたワインを見つめる。この俺が噂に聞きこそすれど、未だ味を知らぬ上物だが、あの女との約束があるから今は耐えねばならない。作業に戻ることにした。 ドロップ・ワールズマインは久々に自分の家にいた。シンプルな理由、掃除のためだった。 旅の区切りごとにここへ戻ってきては、こうして掃除をするのだ。 そのするうえで物を捨てることもあるし、模様替えだってする。それでもこの家にはエクレーンとの思い出が詰まっていた。 今回の旅はそんなに長くなかったために掃除もそう大変ではなく、すぐにかつてのような、人の住む家へと戻った。 「さて、あとは」 テーブルの上、ワインから目線を下げて広げた便箋の方を見た。 「字描くの苦手なんだよな」 ---- 目を覚ましてポストへ赴くと便箋が入っていた。独特の趣味と言うべきそれには、ドロップ・ワールズマインの名前があった。 「ドロップさんって、あの人だよな」マレェド・ペッパーはかつての騒動を思い出して少し疲労感を覚えた。 「あ、そんなことよりアイツ起こさなきゃ」仕事のことを思い出し、手紙の封も解かずに家の中へ戻った。 「いただきます」 「たーんとお食べ!」 「朝からたーんとは無理だな」 ラズベリィ・ペッパーを起こし、彼女に食事の準備をしてもらっている間に自分の仕事の支度をする。 いつも通りの朝だったが、そこでふと手紙のことを思い出した。 「そういえば、こんなの届いてたんだ」 ラズベリィに手紙を渡して、中身に目を通すよう促した。 「読めるか?」俺は意地の悪い声でからかった。 「読めるよー……あ、むり!」 「えっ」正直、知的な印象はないドロップさんからの手紙だからそう読みづらくはなかろうと思っていただけに、読めないのか、と愕然としつつ手紙を奪った。 手紙の字は多少汚かったが、しかしその文章は厳かで美しく、本人を知らなければさぞ高貴で上品な人間が書いたものと感じたろうと思い、決めつけてかかった自分を恥じた。 美しくはあったが、やや難解な言葉も多く、まぁラズベリィでは読めないのも仕方ないか、と納得し、彼女に噛み砕いて説明をした。 「ドロップさんの家で宴会が開かれるらしくて誘われてる。どうする?」 「いく!」 「だよな。へえ、あの人サンパトリシアに住んでるのか」 ----- 「なにこれ、同じサンパトリシアなのに遠すぎるでしょ。もうぼく歩けないよー」 「るる、大丈夫?おんぶしていこうか?」 「――いや、いいよ、全然大丈夫」しんの心の底からの善意は、ぼくの吐き出すことが目的の愚痴に居どころの悪さを付け加えた。 「あ、あれじゃない?」しんが指さす方を見る。あぁ、そうだ、見覚えがある。あれだ。 しかしその家の小ささに絶望した。家が小さいのではなく、自分たちのと距離があるのだとわかると更に絶望した。 「がんばろう、るる」 「へ、へーい」泣きそうだった。 ---- チャイムを鳴らすとドロップが扉を開けた。 玄関に散乱する靴の様子と、顔が真っ赤の家の主から察するに、どうも最後に来てしまったらしい。 「言いだしっぺが最後の到着とは言い御身分だな。支度を手伝いもしないでよ」 「ごめんごめん、美味しいお土産あるからさ」 プラントで人気のドーナツを差し入れると、ドロップは露骨に表情を綻ばせた。 「じゃあ入れてやるか」 案内されると、すでに部屋は出来上がってしまっていた。お酒に弱いるるは周りの酒豪たちに置いていかれて眠っていた。 ペッパー夫妻としんは意気投合して楽しそうに話している。 「ほれ、幹事の到着だぞ」 「あ、千代さん。お久しぶりです。先に頂いてます」 「しん、久しぶり。ラズベリィさんとマレェドさんは初めまして」 「初めまして!ラズベリィです!今日は誘っていただき、いただき、えっと」 「わざわざ自分たちまで誘っていただいたようでありがとうございます。一応の流れはドロップさんから聞いています」 「そっか。来てくれてありがとね」 そのあたりで、るるが目を覚ました。 「――あれ、千代?」 「久しぶり、るる」 「千代なの?千代?うそ」 「ドロップ、説明したんじゃないの?」 「あぁ、うち着いた時疲れ果ててぶっ倒れてたからなあ」 るるの方へ歩いていくと、彼女は頬にたれた涎をぬぐって少し顔を赤くした。 「お酒飲んで寝ちゃってた。ほっぺに跡ついてない?」 「ついてるよ」頬をなでて、それから彼女を抱きしめた。 「るる、久しぶり」 最初は驚いていた様子だったけれど、少ししてどういうことだかわかったように、抱き返してくれた。 「ねえ千代。ありがとうね」 「いいんだよ、友達だもん」 「そっか。そうだね。友達だよね」 「るるがいいなら」 「もちろんだよ。千代はぼくの親友だよ。だからね、生きてる間、たくさん会おうね。たくさん遊ぼうね」 「うん、うん」自分から言おうと思っていたことを先に言われてしまって、頷くしかなかった。 「遠距離恋愛かなんかしてんのか、お前ら」ドロップにからかわれて急に恥ずかしくなってしまった。 「そなたはデリカシーが」 「ほら、さっさと微妙に気まずそうにしてるカヌレの娘たちにも一緒に思いで作ってくださいってお願いしろよ」 「ドロップもかっこつけてそんな言い方しないで千代が後悔したらと思うと心配でならないからって言ってやりなよ」 るるの言葉にドロップはばつの悪そうな顔でワインを煽った。 「千代さん!今度はうちに招待しますよ!友達になるんですから!」 そういって、マレェドに注がせたワイングラスをこちらによこしてくれた。 「じゃ、乾杯」グラスが音を立てた。 ---- 酔いつぶれて寝息を立てるバカ共を眺めていると、思わず笑顔になっていた。それに気付いて恥ずかしくなる。 「へえ、そなたもそんないい顔するんだあ。エクレーンさんといた頃は毎日その間抜け面だったのかなー?」 「うるせえ、そんなことよりな――」 「ほらドロップ、受け取って」千代から投げられた球、ブラック・ブレスだった目玉を受け取った。 千代は微妙にさびしそうな顔をしていた。そして決心したように言葉を続ける。 「ねえ、エクレーンさんと同じところに生きたいなら、余ならそれを、」 「そこで寝てるお前の親友とさ、約束したんだよ。俺の意地がかかってるわけ。俺は永遠にエクレーンに恋し続ける限り生きてるって約束したんだ。 我が身かわいさで降りられる話じゃない。たしかに後悔はあるよ。それなりに会ってたつもりだったけど、カヌレなんかとはもっと会っておきたかったし。 でも、俺はやっぱりこの約束だけは意地でも貫きてえんだな。今もどうしようもなく、あいつが好きだから」 「そっか。余は野暮なことを言ったね。」 「でも感謝はしとく。まぁ寂しくなった時は思い出話くらい乗ってやるから、ワイン用意して呼べよ。不老不死仲間だ」 それから、彼女はもう一度切ないかをして、続けた。 「ねえドロップ、それじゃあさ、そんなに好きな人を苦しめたなんでブラック・ブレスだったものなんてあんな笑顔で受け取れたの?」 「ん。まぁ、そうもとれるな。でも、俺はあいつのおかげでエクレーンは出会えたんだって思うからさ」 「へえ、いいね、その考え方。じゃあこれ」 千代からポケットに何かを詰められた。漁ろうとすると「あとで」と言われたのでまぁ今は見ないことにした。 それから、既にまとめておいた荷物を持ち、酔いつぶれた友人たちを見回した。 「じゃ、約束通り片づけは任せた。またなんかやる時は誘ってくれ。旅先からでも空間吹っ飛ばしていくから」 「うん、それじゃ、またね」 「おう」 家の前に俺の相棒を呼び、扉を開いた。 朝日がまぶしい。 「うおっ!?」 たしかに俺はワールズマインと名付けた自分のアームヘッドを呼んだはずだった。そのことに間違いはないはずで、それに応えてくれた手ごたえもあった。 しかしそこにあったのは見知らぬアームヘッドだった。漆黒の体に浮かぶ橙の光が朝焼けのようなアームヘッド。そのシルエットには見覚えがあった。 「おい千代、これって」 「ブラック・ブレスみたいだね」 「でも、不幸っていうよりは幸福の光って感じだな」 「じゃあこれは受胎告知、シスィーヴィ・スリズィってとこかな」 「いや、名前じゃなくて」 「え、意外、感だけはいいそなたがこれがなんなのかわかんないの」 「いいから教えろ」 「これ、ティアーズの集合体だよ。もう縷々姫は余の物だからね、るるに端を発するティアーズはすごくあいまいなものになっちゃったの。 アームヘッドになって個として存在する時ならともかく、力を内包するだけのただの目玉は、それでも何者に対してかわからないまま観察者の任に戻ろうとする。 力だけ持ってる目玉が、まぁそれでも一つ二つならなにもできないんだろうけど、すべてそろえばそれなりの力になるじゃん。 そのあいまいな存在のみんながみんな自分の役割を果たさんとするから、そなたに世界を見せる観察者で、形を持つワールズマインに同調したわけだね」 「長い」 「ティアーズのすべてがワールズマインの一部になったってこと」 「まぁさっきの説明でもわかってたけどな」 「労力を返せ」 「返すよ、そのうち。だから必ず呼べよな」 「――あ、うん。へえ、バヴェットと出会ってなかったらちょっとやばかったかも」 「バヴェット、お前の恋か。その恋の話、今度聞かせてくれ」 「うん。それじゃ、今度こそ」 「おう、またな」 そうしてアームヘッドに乗り込み、再び旨いものを探す旅に戻る。今度はあいつらのために土産も用意してやってもいいな。 しかし、少し飛んでいるだけでこのシスィーヴィ・スリズィはひどく乗ってて違和感があって気持ち悪いのに気付いた。 「ていうか、お前は浮かれてないでいつもの姿に戻ってくれ、相棒」 羽ばたく音が変わり、いつもの感じに戻った。きっとあの黒い蝶の姿をしている。俺の相棒は、やっぱりあれがいい。 「なあワールズマイン。エクレーンと出会った世界を味わい尽くすには、永遠は短いな」

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