「お前を見てるとエレナを思い出すが、まずは男なのか女なのかはっきりしろ」 「それは無理だね、自分でも自分が解らなくなってきてるし」 「あまり意味解んねぇ戯言を聞きたくはないんだけどな」 「あとこう見えても結構ジジイだし」 「男じゃねぇか」 とある喫茶店で、二人の人物がテーブルに座っていた。 一方は黒く短い髪をした少女、のように見える少年。だが男に見える要素がない。 もう一方は、黄金の髪と瞳をした青年。膚の色はくすんだように浅黒い。 友人に見える雰囲気ではないが、特にいがみ合っている様子でもない。 「で、ステタル。本題だがお前は何者だ」 青年はそう言うと、懐から煙草を取り出して火を付けた。 「薄ら解ってて聞いてるよね、ロバート」 少年は微笑みながら、さも当然のように細い手を伸ばし……煙草をくすねた。 ロバートと呼ばれた青年の顔が一瞬憎憎しげに歪み、そして呆れる。 「大丈夫、この一本のお詫びにちゃんと答えるよ。簡単に言うと、四人目の特異点」 「……四人目だぁ?」 ロバートは無言のまま、自分の中にある膨大な記憶を探る。 『ダウナーズ』という、言わば特異点の「成り損ない」である存在を思い出したが、 目の前の少年から感じるのは、紛れも無い"因子"。 「疑問に思うのも無理はないよ、ボクはイレギュラーだし」 ステタルはそう言うと、手元のクリームソーダをストローで啜った。 けふ、と小さく声を立てた口元を手で隠しながら答える。 「色々あって、元々いた世界から逃げてきたんだ。"アザーフォビア"が他の世界に繋がってしまうよりも大分前にね」 「成程ね、所謂『オルタナティブヒューマン』か。ついでに聞くが何があった?」 「人生の黒歴史が」 「……まぁ良い」 不愉快そうに、ロバートは両腕を組む。 そして間を開けて、黄金の瞳の奥にある瞳孔を猫のように細めた。 口元が歪み、三日月のように反り上がる。 「……で?まさかこれで終わりだなんて思っていないだろうな」 「何の話かな」 「とぼけやがって。お前がただのガキじゃねぇのは知ってるさ」 ロバートが嘲るようにステタルに吐き捨てた。 「……あはっ」 そして、ことりと音を立ててクリームソーダのグラスを置いた手が伸び、 勿体振るような仕草で頬杖を作る。 幼い顔に浮かぶのは、外見に釣り合わない、歪んだ笑顔。 「それは、当然君自身のことも言ってるんだよね、ロバート?君も『ただの』人間じゃない」 その声音に、先程までの温度はまるでない。 氷のような口調になったステタルの声が、冷徹に響いた。 「いや、もう人間ですらないかもしれない。君は、化け――」 最後まで言わせずに、ロバートの腕が伸びてステタルの襟首を掴んだ。 周囲の客が悲鳴を上げるのも構わず、ロバートはそのままステタルを引き倒した。 そして躊躇いなく、その歪んだ笑みを湛える顔に、重い一撃。 「自分が何者かなんて、悩んだところで答えは一つしかな――」 ばきり。 「君はそもそも人間として生まれてないじゃないか、誰かの別人格――」 ごきり。 「あれだへ、じんがいのひからをつかっへほいへ、なにをひまはら――」 めきゃ。 「きみ、は――」 「黙れ」 ついに浅黒い両腕が細い首を掴み、ぎりぎりと締め上げ始める。 金色の瞳に揺らめくのは、激昂と殺意と、動揺。 「俺は俺だ」 迷いを振り切るように呟いた言葉に、ステタルの眼が丸くなった。 同時に充血し始めたその眼に涙が浮かび、唇からはきゅ、と音が漏れる。 歪んだ笑みは、いつの間にか今にも泣き出しそうな微笑に変わっていた。 「…はは…ひみはひみ、か……」 「……何が面白いのか知らないが、このままもっと面白い場所に送ってやる」 「うら、やま、ひい」 「……あ?」 「ほく、は、もう、ひふんで、ひふんが、わから、はい うら、やま、ひい、よ ろはーと」 掠れた声を絞り出したところで、ステタルの意識が遠のき始める。 彼が最後に感じたのは、首への圧力が静かに弱まっていき、 ついには完全に消える開放感だった。