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The 1st Day Wonder: “Re:”」を以下のとおり復元します。
◎The First Day Wonder◎

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先生がチョークを黒板ですり減らす渇いた音が暫く続いた。
音が鳴り止むと、先生は「ここ、テストに出るから」とだけ言い放つと、
実に淡々と、それでいて何処か気だるいように、ぽすんと教卓に座り込んだ。
僕はいつもと変わらずに、手元のノートに黒板の白い文字を書き写した。

休み時間に入ると、僕はいつもひとりで本を読む。
元々本を読むことが好きなのもあるけど、一番の理由は単に僕自身が周囲に馴染めないのが大きかった。
「それ、何の本?」
クラスメイトの一人、ミュレルとかいう男の子が興味半分で聞いてきた。
僕は聞かれるまま、本のタイトルを答えた。

「――へえ、それ面白いんだ。じゃ」
ミュレル君はそれだけ言うと、すぐに友達の屯している一角に戻っていった。
きっと本が気になるのではなく、気紛れかちょっかいを出すために話しかけただけだろうな、と思った。
でも、それはそれでよかった。
何故ならここは学校なのだ。僕の居場所はない。

学校が終わると、特に部活にも所属していない僕はすぐに帰宅する。
バスに乗り、携帯音楽プレーヤーのイヤホンで耳を塞ぎ、少しの間微睡んだ。
それもそうだ。居場所もないところに一日中いるのはどうやっても疲れる。眠くならないほうがおかしい。
いつも通り、僕は降りるバス停の前で起きた。

「おかえりセント。ドーナツあるわよ」
玄関を開けると同時に、母さんの声が響いてくる。
ドーナツがあるのは嬉しいけど、僕はまだ本当に帰った気がしていない。
母さんの声にただいま、と一応返して、ついでに戸棚からドーナツを取り出すと、
僕は自分の部屋に真っ直ぐに向かっていった。

「――ふう」
ドアを閉め、自分の部屋にたどり着いた。
そして鞄をすぐ側に置くと、僕はドーナツをかじりながら、机の上に設置された僕専用の端末のスイッチを入れた。
6年前の誕生日に父さんに無理を言って買ってもらった端末で、今はもう一世代前の扱いになってるものだった。

『おかえりなさい、セント・ガッポ』
起動完了した端末が、凛とした女性のインプット音声で僕の名前を呼んだ。
僕は手元のポインティングデバイスを操作して、『WN』のアルファベットを意匠化したアイコンをクリックした。
その瞬間、眼前のディスプレイに、新たな画面が展開された。

誰もが居場所を探せる世界。
誰もが居場所を持てる世界。
誰もがみんな孤独で、それ故に誰とでも繋がれる世界。

『ようこそ、“ワールド・ナーブ”へ』

もう何百回も聞き慣れた台詞と共に、僕は自分の「居場所」に帰ってきた。


――ワールド・ナーブ。
ニューエイジテクノロジー社が開発・提供している、電子ネットワークシステム。
世に出てから凄まじい勢いで全世界に普及し、今や至る処にこの仮想世界へ接続できる端末が置かれている。
さっき乗ったバスでさえ、交通や天候状況を知る為に簡易的な端末を搭載している程だ。


僕は少しわくわくしながら、メールボックスを開いた。
ここ最近よくメールやダイレクトチャット等で話をする子がいる。
その子とはとあるコミュニティエリアで出会い、休みの日などはよく話し込むようになった。
ここ最近はそれだけが楽しみと言ってよかった。

果たして、僕のメールボックスの中には、その子からのメールがあった。
僕はそのメールを開いた。中身を読んだ。
そして少しの間眼を丸くすると、何処か不健全な気さえする高揚を感じた。

『こんにちは、セントさん。アリスです。
 実は近々用事があって、セントさんの家の近くにまで行く機会ができました。
 折角、というのもなんだか気が引けますが、できたら会ってみませんか?
 お返事待ってます』

――それは、よくあることらしかった。
ナーブで話してた人と、直接会ってみる。いわゆるリアルミーティングとかいうやつだった。

僕の初めてのリアルミーティングは、一週間後の予定になった。

今思えば、その一週間は。
僕が僕として、変化も何もなく過ごした最後の日々だった。

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◎“Footsteps”◎

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