「しん!?」隣の女はあまりに勢いよく驚いていた。 「え、えぇ」 「みつけた!」 身を乗り出して向かいのしんの手を握る。うらやましい。 彼女は突如空間をゆがませた。いきなりそういう真似をするべきではないだろうと思うのだが。 「ちょっときて!」 俺はどうしたらいいんだろう。行きたいけど、いいのか、と少年のようなことを考えていた。 「来たいなら来ればいいでしょ!」行くことにした。 そこは海。そこそこ浅い海だった。しかし砂浜は見えない。膝までが沈んでいる。 そして、目の前には白のアームヘッドが居た。どことなく俺のアームヘッドに似ている。 「彼は、ソル・リベライフ・カリバー。ティアーズでありながら、ティアーズ足り得なかった、転生の時を待つ聖剣」彼女がそれに優しく触れる。撫でるように。 「そなたと同じ、記憶を失っているの」海がしんとしていた。 「きっと、そなたと同じ」 しんは、それを見ていた。 なんだろうかという目ではない。きっとこれだという目。 彼がふれると、聖剣はボロボロと装甲をはがしながら切っ先を天に向けた。そして、彼を受け入れるべくコクピットを開いた。 しんは迷いもなく入っていく。 「千代、お前は何を知っている」 「余は大体知ってる。るるのことは大体知ってる」 「なあ、あいつはなんだ」端的に聞いた。 「彼はね、真のティアーズ。るるのこぼした本当の涙」 「すまん、情趣を介さない者にもわかるように」 「そうね、ごめん。とはいえ、そこにはロマンしかないから、難しいけどね。 うん、言ってしまえばあれは唯一人、真のるるを知っていた人なの。るるは生きるために自分を捨てたから、その前を知る唯ひとり。 るるはとこしえの時を生きるために自分の感じたくない心を十三に分けて捨てた。はじまりはきっと愛、それか恋。 目玉に乗せて、ティアーズとして世界に撒いた。るるの気持ちの受け皿はブラック・ブレスだけじゃない。全部そう。それが人の生き方にまで影響を及ぼすほどに協力だったのが彼女だけだった。 そうやって、自分を捨てた。人に、自分の感じ方を任せた。自分が自分でなくならないぎりぎりまで切り詰めて、自分を薄めた。そんなの、自分なわけないのにね。 さっきも言ったよね。始まりは愛か恋。次は羨望を私に押し付けた。そのあともたくさんの感情を小出しにして捨てた。それでも永遠を生きるには耐えられなくて、ついには不幸を感じる心を、絶望のすべてをブラック・ブレスにまかせた。 だけどまだ足りなくって、ドロップ・ワールズマインに自分自身の夢を任せた。自分のかなえられなかったすべてを。 るるって少女は、いなくなったの。いなかったの。だから余は大体しか知らない。本当のるると、会ったことがないから」 だけど、だったら――。 「あと、何を捨てるっていうんだ」 「それは、最初に捨てなきゃいけなかったものだよ。希望を捨てるの。捨てたものを拾い上げる力を捨てる。最初に希望と絶望を捨てれば、こんなに苦しくならずに済んだのにね。 多分あの子はそのことを知ってた。それでも、人でいたかったんだと思う。だから捨てきれなくて、だから彼だけは目を覚ませなかった。中途半端なまま。 でも、ヒドゥンとブラック・ブレスが死んじゃったから。ヒドゥン食べちゃったホロウ・スローンが渇望は請け負ってくれているけど。でも、彼女のバランスは崩れてしまった。それで、絶望のすべてを受け流せなくなって」 「――あぁ、そうか、それでか」 「うん。そう。そなたの思うとおり」その後は続かなかった。続くべき言葉があまりに弱かったから。 「だが、あのアームヘッド、日輪覆す転生の剣ときた。日輪も覆してくれるんなら、たった一人の少女のことくらい覆してほしいもんだな」 彼女は笑った。 「もしもね、余が間違ってたら、絶対に居てはいけない者を起こしてしまうことになる。その時は、一緒に、手伝って」 「あぁ」海はやはりしんとしている。 横の女もしんとしていて、いつもと違っていて、やはり綺麗だった。 動かない聖剣は、しかしその変化が見て取れた。 聖剣が倒れこみ、コクピットが開いた。 しんが出てくる。彼の目は違っていた。今までと違っていた。 良心の呵責につぶされそうな人間の目だった。使命を帯びた目だった。 呼吸も荒かった。今にも吐きそうで、手足が震えているようだった。彼は何を知ったのだろう。彼のことを聞き忘れてしまっていた。 震えがひどいようだったので倒れそうな彼を支えてやった。ついさっきとは逆だった。 しんが、震えながら、だが強く声を出した。 「バヴェットさん、千代さん、お願いがあります」 「ぼくは、るる様に謝らなければなりません」 それが、彼の使命らしかった。