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EMBRYO - (2014/09/03 (水) 20:37:30) のソース

新光皇歴1996年9月10日。
村井研究所データ流出事件の主犯の一人にして、村井幸太郎抹殺計画の実行犯「裏切者」こと御沢峰疾風が、
御蓮某所にある刑務所内の特殊留置室から脱走したのを、彼の尋問に訪れていた特別尋問官が発見した。

監禁室の鍵は開けられており、御沢峰が内側から強引に破った形跡もないことから、
彼の脱走を何者かが手引した可能性が非常に高いと判断され、当局はすぐさま御沢峰とその協力者の行方を追うべく捜査を開始した。

しかし捜査開始から10年以上経過した今現在、新光皇歴2010年においても御沢峰について有力な情報はおろか消息すら判明しておらず、
彼がいつの日にか再び何らかの行動を起こす可能性も慎重に考慮し、御蓮帝国の捜査機関はその調査に今も注力している。

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「――ここは……?」

彼の目覚めた意識は、まず最初に周囲の空間に蔓延る薄暗い「闇」を見た。
壁面にはやたら複雑な構造をした機材が乱雑に張り巡らされ、そこから伸びる無数の配線は、古い樹木の根を思わせた。
状況が飲み込めないまま、彼は自身が仰向けになっていることに気付くと、身体を起こすべく両腕を立てようとした。

――がちゃり。

不意に響く、重工な金属音。そして、両腕に感じる不自由な重圧。
彼は仰向けのまま、首だけを動かして自身の両腕を見た。
彼の両腕は、今彼が仰向けに寝ている床らしき部分から直接生えた金属の輪のようなもので固定され、まともな動きすら出来ないようにされていた。

――不意に気付く、足首に感じる不吉な拘束感。
彼は神にも祈るような気持ちで自身の足首を見ると、そのまま戦慄に凍りついた。
彼の両の足首もまた、当然のように金属の輪で固定され、一切の動作を殺されていたのだ。


――完全に身動きの取れなくなった彼は、恐怖で暴走しそうになる理性を必死で抑え、考えた。
自分は確か、自身の救援に来たらしいリズのスパイの手で留置室から脱出したはず。
そしてそのスパイの男が仕留めたらしい看守の死体を横目に、彼から看守の制服を受け取り、何喰わぬ顔で彼と共に廊下まで脱出し、そしてそのまま外に出て――
――そして、そこでスパイの男から、口に脱脂綿を当てられた。


記憶を辿り返したことで、彼の思考は余計に混乱に陥っていた。
何故こんなことになっているのか。
あのリズの男は、御蓮の過激派の一員だったのか。

その時。
全く状況が把握できないままでいた彼の視界の隅で、ドアの開く音がした。

彼は思わず、その方向に首を向けた。
薄暗い暗闇の中を、数人の靴音が近づいてくる。その響きわたり方から、この空間は相当広いらしかった。
そして、この薄暗さの中でもはっきり解るほどの位置にまでその男たちは近付いて来て、そして止まった。
彼は一番先頭に立っている、この集団のまとめ役らしき男の顔を見た。
男の顔立ちは比較的端正だったが、それよりも機械じみた薄気味の悪い笑みが目立った。
銀色の髪を短髪にし、金色の瞳に酷薄な感情を浮かべたその男は、まるでコートと見紛う程に裾の長い白衣を羽織っていた。

「御沢峰 疾風君だね」

白衣の男は、穏やかな口調で彼の名前を呼んだ。
思わず返事をすることも出来ずに居た疾風を尻目に、男は白衣の裾を揺らめかせながら、瞳を閉じて微笑んだ。
「村井幸太郎抹殺の失敗はいざしらず、私達が一生懸命作ったコピーメシア1号機すらも台無しにしてくれるなんてね。
 まあ、なんとかアームコアだけは回収できたけど……それにしても、君には少し色々と荷が重すぎたみたいだ。
 君の能力をよく考慮せずに不釣り合いな仕事を押し付けてしまったことを、ここに居る者を代表して謝罪しよう」
男は本当に深々と頭を下げると、すぐに体勢を戻し、部下らしき男の一人を呼びつけた。
そして、一切の容赦も間髪も入れず、次の指示を出した。
「ボブ君、今日の実験を始めよう。準備をしてくれたまえ」
「了解しました」
ボブという名の浅黒い男は、すぐさま他の数人を引き連れて、向こう側の機材まで行ってしまった。
自分を置いてけぼりにしたまま進んでいく状況に耐え切れず、疾風は目の前の男に言った。

「ボクを……ボクを、どうする気だ!!お、お前は誰なんだ!!」
「謝罪の意味も込めて、君には新たな仕事を用意させて貰っている。そんなに緊張しなくてもいいさ。
 後者の質問だが……確かに、そういえば初対面だったね。私はダニー・オルコット。ただの中年親父さ」

疾風の震える顔を、ダニーと名乗った男の掌が撫でる。
まるで、出来の悪い我が子を慈しむように――もしくは、蔑むように。

「主任、準備完了致しました」
「ありがとう。それでは始めようか」

ボブの言葉に、ダニーはあっさり踵を返すと、その場にいた全員を引き連れて疾風の下から去ってしまった。
疾風は呼び止めることも出来ず、ただただ周囲を見回すことしか出来ない。

その時、薄暗かった筈の世界に強烈な光が溢れ、闇に慣れはじめていた疾風の瞳孔を眩ませた。
すぐさま光に適応し、戻ってくる視界の中で、疾風は初めてこの空間の構造を理解した。

この空間自体は非常に広大で、まるでアームヘッドの格納庫のような様相をしていたのだ。
先程までダニー達がいた「床」は金網式のものであり、あくまで格納庫の宙に張り巡らせた簡易式の足場だった。
そして疾風の身体は、極太のマシンアームの先端に取り付けられたベッドのような寝台に磔にされており、
そのアーム一本の力によって寝台ごと支えられ、この巨大格納庫の宙に浮いているような有り様だった。

疾風の混乱した瞳は、十数メートル下に初めて存在することが解った本当の「床」から、巨大なアームヘッドが立っているのを捉えた。
それは全身が黄色と黒のツートンカラーで統一された、アームヘッドとしては比較的大型の機体。
赤いモノアイを湛えた頭部からは、後方に伸びるようにして、2本の湾曲した短いアームホーンが生えている。
――そして、丁度その後頭部、疾風が今いる位置の直下にあたる場所の装甲が不自然に切り取られ、内部バイオニクルフレームが露出させられていた。

「――紹介するよ疾風君。コピーメシア1号機のコアを採用した全くの新型機、ゾディアークだ」

金網で繋がる向こう側の安定した足場で、機材を操作するボブの横からダニーの声が響いた。
もはや理性も暴走し、手足を拘束する金属の輪を破壊しようと無謀な足掻きをする疾風を尻目に、ダニーは続ける。

「ただ、この機体はまだ本当に完成したばかりなんだ。謂わば赤ちゃんだね。
 この機体は、実験段階ではあるがよりコア自身の意思を純粋に反映させるように設計してある。
 とはいえ、それがどんな効果を及ぼすのかは、実際に起動してみなければ解らない。
 だから――」


――疾風を磔にしたままのマシンアームが駆動し、寝台ごと、ゾディアークの露出したバイオニクルフレームに近付ける。
――疾風の恐怖に暴走した瞳は、眼前に迫るフレームの有機的な肌が、うねうねとざわめいているのを捉えた。
――必死で手足を拘束する金属輪から脱出を試みるも、今度こそ、それを手引きする者はいなかった。





「――だから、君に頼むことにした。健闘を祈るよ、御沢峰 疾風君」





ダニーの声が、疾風の暴走した脳に言葉として認識されたか否か。
ゾディアークの項部分に露出したバイオニクルフレームが無数の手のような形状に伸ばされ、一瞬で疾風の身体を飲み込んだ。

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再び証明が落とされ、薄暗闇が戻った空間の中。
研究員達が置いていった『試験体の生体反応及び意識消失を確認、目ぼしい成果はなし』と書かれた報告書がファイルからずり落ちて、遥か下にふわりと舞い堕ちていった。


――そして、それをゾディアークの赤いモノアイが、嗤うように見つめていた。