「未完成の自画像」(2012/08/14 (火) 18:43:59) の最新版変更点
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*未完成の自画像 ◆ZFT/mmE33.
階段側から差し込む非常灯の僅かな灯りが、今の地下室内を照らす唯一の光源だった。
壁一面。天井一面。室内は床を除き、辺り一面に満遍なく杭が突き刺さっていた。
天井に備え付けられていた筈の蛍光灯は、全てが割れ落ちてしまっている。それも杭が原因なのは一目瞭然だ。
そんな荒れ果てた室内の中で、ラルクはゆっくりと首を巡らせた。
この部屋の出入り口は、二つ。
階段側の入り口の扉は、変形して床に投げ出されていた。その様はこの屋敷の玄関の扉と同様。ラルクが追跡していた犬に破られたのだろうか。
奥側の扉は室外へと弾き飛ばされていたが、こちらは天井や壁と同じく杭により破壊された痕跡が見られた。
そう言えば、あの犬も杭にやられたようだ。それは、犬の側の壁に突き刺さっていた杭に肉片の一部が付着していた事から窺える。
床に撒き散らかされている蛍光灯の破片を踏み砕きながら、ラルクはぱっくんトカゲの仲間らしき者の死骸まで歩を進めた。
状態を確認すれば、この獣人は身体に幾らかの裂傷があるものの、致命傷は喉元の傷だと一目で分かる。
推察するに、まずこの獣人がある程度の抵抗の末に犬に咬み殺され、次に襲われたペンギンが杭を操り犬を始末した、といったところか。
あの振動は、部屋中に杭が突き刺さった際の衝撃という訳だ。
側に落ちているバイオリンを拾い上げ、ラルクはぱっくんトカゲに抱きかかえられているペンギンを観察するように伺い見る。
杭を操る。というよりは、ジンの力、或いはドリアードの力。どちらかの属性の魔法で杭を吹き飛ばしたと考える方が妥当か。
なるほど、これ程の物量を纏めて吹き飛ばせる魔力を持つのだとしたら、確かに侮れない存在だ。使い方次第では相当強力な戦力になりそうだ。
しかしこのペンギンは、ラルクが見つけた時には気を失っていた。犬に負わされたと思える程の外傷はどこにも見られなかったのにも関わらず、だ。
理由として考えられるのは――――力の使い過ぎというセンが濃厚だろうか。
もしそうだとすればペンギンは、力の加減も出来ない未熟者となる。更に言えば、仲間の危機に何の手助けもしなかった臆病者だ。
つまり現時点ではこの子供は、強力な戦力にも成り得るかもしれないが、足手纏いとなる可能性の方が遥かに高い、という事。ならば、生かすべきか。殺すべきか――――。
警戒した表情でこちらを睨むぱっくんトカゲと、目が合った。
(……とりあえず、保留にするか)
無難な結論を出し、ラルクは奥の出口に視線を向けた。
流石に階段からの薄明かりではそちらまでは殆ど届かず、奥は暗闇に包まれている。
狼系の獣人で夜目がそれなりに効くラルクの眼を持ってしても見通す事は出来ない。それ程の漆黒の闇だ。
出口の前まで身体を運ぶと、空気の流れを全身に感じた。
犬がこの地下室までの扉を破壊した為、上階からの空気が階段を通って地下室内に流れ込み、この出口から抜けているのだろう。
空気の通り道となっている。それはつまり、この闇の先が外に通じている事の証明。
ラルクは闇に一歩、足を踏み入れた。
と、同時に、幾つもの小さな炎が周囲に灯り、辺りの様相が鮮明に浮かび上がった。
壁に設置されていた松明が点灯したのだ。人間が入り込んだ際に反応する仕掛けという事か。
そこは、洞穴のようだった。とは言え、大自然の創り上げた天然ものではなく、人の手が加えられた形跡がある。
洞穴の内部は先の様子が窺い知れない程に、広く、長い。
非常事態に備えた抜け道として作られたのだとすれば、屋敷の主は、どうやら敵の多い人物のようだ。
この先が何処に通じているのかは興味を惹かれるが、これも今は保留で良い。
地下室内から、パラパラと破片が落ちてくる音が耳に届いた。
身体を翻し、ラルクは室内に戻る。それに合わせて、洞穴の松明は自動的に消灯した。
灯りに慣れた眼が闇に順応するまで、数瞬。やがて闇の中に陰が浮かび上がると、ラルクは天井を見上げた。
視認までは出来ないが、再び、破片が舞い落ちる音が鳴る。
杭だらけの天井。ともすれば、ここは崩れ落ちる危険性もある。
この場で何が起こったのかは大体の推測が出来た。これ以上の長居は、無用だ。
未だに睨みつけてくるぱっくんトカゲに向き直し、ラルクは口を開いた。
「お前には幾つか聞きたい事がある」
「……俺の方もだ。お前、一体――――」
「話は上に戻ってからだ。崩落で奈落に逆戻りなどという、くだらん死に方は御免だからな」
言葉を遮り移動を促すが、ぱっくんトカゲは動こうとしない。
フン、と一つ鼻を鳴らし、ラルクは先に階段へと戻る。
後ろから、ぱっくんトカゲのついて来る気配が漸く聞こえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
通り雨であって欲しい。
ムックルのその切実な願いも虚しく、雨脚は時間と共に強くなる一方だった。
北から吹く強風に乗った、横殴りの大雨は、駆ける躯体を激しく打ちつけ続けていた。
幾度と無く立ち止まり、水滴を飛ばそうと身体を震わせるものの、この暴風雨の中でそれは一時凌ぎにもならない。
足を動かし始めればすぐに身体は重くなった。
限界まで雨水を吸った白毛が肌にへばり付いた。水の重みが全身にのしかかり、体力の消耗が激しさを増していった。
濡れた身体に吹きつける風が、体温を奪い続けた。走っても走っても、身体は温まらなかった。
こんなの、つまらない。
たまらなく不快な感触が重なる中で、ムックルはとにかく走った。雨宿りの出来る場所を求めて走り続けた。
そうして彼が足を止めたのが、切り立った崖の下だった。
高くそびえ立つ崖は北からの雨風を遮ってくれる。細かな雨粒はともかく、豪雨を凌ぐならばうってつけの場所だ。
ポタポタと身体中から垂れ落ちる水滴を、ムックルはもう一度身を震わせて辺りに飛ばす。
とりあえずこの崖下ならば、風向きが変わらぬ限りは再び濡れ鼠に戻る心配はない。しばらくはこの辺りで身を休めていても良いかもしれない。
ムックルはその場にしゃがみ込み、後ろ脚をピンと伸ばすと、丹念にそれを舐め始めた。
みすぼらしく変わり果ててしまった外見を整えようと、ザリザリと音を立てながら顔と舌を動かしていく。
乱れた毛並みをある程度まで繕い終えれば、次の部位だ。
大腿の内側。外側。前脚。脇腹。お腹。お尻や尻尾も忘れない。しばらくの間一心不乱に舐め回し、とにかく毛並みを整える。
そして全身を気の済むまで取り繕ったところで、消耗した体力が胃袋に訴えかけてきた。
最後に食べたのは小さな獣の半身だけだった事を思い出す。育ち盛りの小虎の胃がそれで満足出来る筈もない。
立ち上がり、辺りの様子を窺うムックルだったが、しかし、何の気配も捉えられない。
見える範囲に獲物の姿は無く、物音も臭いも完全に雨風に掻き消されてしまっている。
已む無く、ムックルは獲物を求めてその場から動き始めた。もう一度雨の中に入る気は起こらない故、移動するのは崖沿いだ。
雨に打たれぬよう、崖下をまっすぐと進む事しばし。やがてムックルが見つけたのは、崖に開いた一つの横穴だった。
獲物がいるかもしれない。中に向けて通常の虎の倍以上もある鼻を動かせば、極僅かながらも嗅ぎ取れたのは血の臭い。
ご飯の臭いだ――――本能に導かれるままに洞窟内へと入り込む。
と、同時に、幾つもの小さな炎が周囲に灯り、辺りの様相が鮮明に浮かび上がった。
唐突に点灯した炎に驚きの色を浮かべるも、ムックルはすぐに気を取り直す。
驚いている場合ではない。今優先すべきは獲物の方だ。
火の臭いは嫌いだが、しかし、空腹と、雨に打たれる程ではない。
獲物の探しにくい土砂降りの外へ出るよりは、獲物の臭いのする火の側の方がまだマシだ。
それにこの火の温もりは、彼の冷えた身体にはむしろ心地良さすら覚えさせてくれていた。湿り臭さが、薄まっていく。
一歩進むに連れ、仄かにだが濃さを増す血の臭いに、胃袋が刺激される。
鼻をひくつかせ、ムックルは洞窟の奥へ奥へと入り込んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
何かの前兆か。それとも、既に何かが起きてしまっているのかもしれない。
エントランスホールの中央で二つの荷物――自分とクズリの物だ――を広げ、一つにまとめる作業の途中。
無意識の内に幾度となく、窓の外を気にして顔を向けてしまうイカルゴの目に映る景色は、何度見直してもやはり薄闇だった。
前触れは何も無かった。時間帯としてはまだ昼間。それなのに、辺りは突然に、陽が沈んでしまったかのような暗さに包まれた。
天候が荒れ始めた訳でも、暗雲が湧き出した訳でもない。ホールの窓ガラスを喧しく叩く強風と雨脚は、変化の前後でもその勢いを増してはいない。
ならば、何が起きた。この殺し合いの舞台の中で、何が変わった。
キュウビはこの殺し合いを呪法と言っていた。
イカルゴにその手の知識は無いが、言葉のイメージは何となくだが想像出来る。例えば一回目の放送時にこの空の変化も呪法に因るものだとしたら、キュウビの目的は順調に段階を進めているという事になるのだろう。
では、このまま呪法とやらが完成してしまえば、一体何が起こってしまうのか――――。
不安を掻き立てる演出としては、この暗闇は最適だった。まるで、空を包む闇が胸中に侵食してきたかのように、イカルゴの中には漠然とした感情が広がっていたが、それを拭い落とす術は無く。
イカルゴはトカゲに覆わせた蓑の中で諦めの息を吐き出すと、窓のすぐ側で外の様子を眺めている狼男に目を移した。
ラルク。腕を組んだ体勢で壁にもたれ掛かっている狼男は、そう名乗った。オーボウから聞いていた通りの名だ。
外の変化も気にはなるが、当座の問題は寧ろこちらの狼男の方だ。イカルゴは今、この狼男の扱いをどうするべきか、決めあぐねているのだ。
地下室から上がってきた後の二人の情報交換は、互いに対する警戒心から来る緊張感とは裏腹に終始淡々と行われた。
ラルクはイカルゴの質問には全て澱みなく答えた。
殺し合いに乗っているのかと問えば、人を選んでいるだけだと返し。
これまでに出会ったに参加者を聞けば、一人一人思い返すように名前を紡ぎ。
彼自身にとっては不利益にしかならない行動――――オーボウやウマゴンを殺した事も、躊躇わずに答えた。イカルゴを彼らの仲間だと確認した上でだ。
それらの態度には、とても嘘偽りがあるとは思えなかった。
もしもラルクにイカルゴを騙す気があるのならば、最低限オーボウ達を殺した事は伏せる筈だろう。
先程まん丸を殺害しようとした時もそうだ。強行しようと思えば、出来た筈なのだ。
それらをしなかったという事は、ラルクは、単純に殺し合いに乗っている訳ではない、との理屈にはなる。
少なくとも、相手の裏をかくような駆け引きや騙し合い等の頭脳戦で戦うタイプには見えない。言ってみればゴンやナックル達と近いだろうか。あの二人と同じく、不器用で、愚直な性格。
だとすると、彼も最終的には打倒キュウビを目指している一人だ。ザフィーラの知り合いであるユーノという人物とは共闘もしたというのだから、協力は出来る。その筈なのだが――――。
後ろで横たわっているまん丸は、あれから意識が戻らないままだ。
ラルクが不器用で愚直な性格だというのなら。足手纏いは切り捨てる。その言葉も本意からのものなのだろう。
イカルゴもこれまでは、情などまず持ち合わせていないキメラアント達と仲間として行動を共にしてきた。
最優先にすべきは自分の命であり、自分や他の誰かの身を危険に晒す弱者や足手纏いは必要ない、との理屈は、決して彼の好むところではないが、身に沁みて理解している。
いや、別にそれはキメラアントに限った事では無い。意味合いこそ違えど、状況によっては人間達でも同じような選択をする。
例えば、キルア達王討伐隊でもそう。
任務の遂行中で誰かが動けなくなる程の怪我を負ったとしたら。
オーラを使い果たして立ち上がる事も出来なくなったら。
仲間達だけでなく、催眠をかけられている人民の行列に何かしらの危険が及びかけたとしたら。
見捨てろと明言した者は誰一人いなかったが、個々の役割を忠実に守る事は何度も念を押され、約束させられた。
つまりは、誰かを助ける事で己の役割を果たせなくなってしまうのならば。誰かが足手纏いと成り果ててしまったのならば。迷わず見捨てろという事だ。
無論それは王討伐=人類の未来という大義の為の話であり、訳も分からず殺し合いの場に放り込まれた者に適用出来る理屈では無いのかもしれないが、大を生かす為に小を殺すという点ではあちらもこちらも状況は然程変わらない。
終わりは唐突に、理不尽に訪れるものだという事は、NGLでキメラアントの大群に襲われた時に思い知らされた。力の無い弱者はただ死ぬしか無いという事も。
生物の本能としても、キュウビ討伐の戦いとしても、自然界のルールとしても、大局を見れば他者を切り捨てる事を否定しきるだけの理由は有る筈がないのだ。
故に、イカルゴにはラルクの言い分は否定出来ない。説得の自信も、交渉の材料も無い。
だが――――イカルゴのプライドと信念がそれを認めたくないのもまた事実。理屈と感情の板挟み、物語ではありふれた話だ。
せめてラルクが殺し合いに乗っていてくれていたのならば、例え殺される事になろうとも全力で戦えるのだが、生憎とそうではない。
結局のところ、協力か。それとも敵対か。どちらを選べば良いのか分からずに今に至る。
(キルアならこんな時どうすんだろーな……)
葛藤の中、イカルゴは作業の手を止めていた事に気付き、億劫そうにそれを再開した――――その時だった。
ラルクが弾かれたように振り返る気配が目の端に入った。
反射的にイカルゴが動いてしまうその直前――――突然に現れた何者かの気配を後方に感じた。
敵襲。
気付いた瞬間、すかさずイカルゴは後ろのまん丸に向け、トカゲの身体を操っていた。
振り返りがてら、侵入者の姿を視認する。そいつは、これまで見た事も無い程に巨大な白虎だった。
位置から察するに、あの地下への通路から飛び出してきたらしい。抜け道から入り込んできたか。迂闊さを呪うも、あの道を塞ぐ手立ても監視する人手も無かったのも事実。ミスと断ずる事は出来ないし、引きずっている場合ではない。
白虎は恐ろしい早さでイカルゴに迫っていた。
まん丸までの距離はたったの数歩。そこまでは確実に自分が早い。
問題は、まん丸を抱え上げてから、次のリアクションが取れるかどうか。それもギリギリだが、自分の方が早い――――。
その計算は、白虎の次の動作に完全に狂わされた。白虎は後ろ脚で一際強く床を蹴り、地面を滑るかのように躍りかかって来たのだ。
咄嗟にイカルゴはまん丸を抱え上げる事を中断し、まん丸に舌を伸ばしながら横に跳んだ。
メレオロン並の長く器用な舌は、脚力同様にこのトカゲの長所。
長々と伸ばされた舌が小柄なペンギンを絡め取り、引き戻す。それは僅かな差ではあったが、白虎が左前肢を叩きつけるよりも先を取った。
だが、白虎は着地すると同時に軽やかに身を捻り、巨体に似合わぬ機敏な動作でまっすぐにイカルゴを追尾する。
その、顔面――――イカルゴは横に跳びながら、既にトカゲの右腕から突き出した照準を敵に合わせ、己の頭を膨らませていた。
(蚤弾(フリーダム)!)
育て上げた蚤が空気圧に押され、銃口から勢い良く射出された。
この至近距離。そして、巨大であろうが所詮は虎だ。いくら俊敏であろうとも、彼の蚤弾より速くは動けない。
エントランスホール内に硬い岩盤にでもぶち当たったかのような激突音が響いた。
蚤弾は狙い通り、白虎の眉間に着弾した。仰け反りを見せ、巨体はその場に崩れ落ちる――――筈だったのだが。
「っ!?」
白虎の顔は確かに弾かれはしたが、それはほんの僅かな時間の事。瞳に怒りを宿し、すぐに体勢を立て直して三度目の突進を見せた。
イカルゴの顔が、焦りで歪んだ。
蚤弾には、マガジンは無い。一発撃つ毎にリロードを繰り返さなくてならないのだ。その暇が、今は無い。
離した距離は、瞬き一つの間で呆気無く詰められた。
次の瞬間に奮われた巨大な豪腕を、イカルゴの目が捉える事は無かった。
トカゲの身体は身動き一つ取る事も無く、叩き潰されていた――――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
結局何の役にも立たなかったか。
ぱっくんトカゲの力を試す意味合いも含めて、事の顛末を冷えた目で眺めていたラルクがその感想を抱くのと、ぱっくんトカゲの陰からタコのような軟体動物が飛び出したのは、ほぼ同時だった。
数瞬して、ラルクは気付く。あれがオーボウの言っていた、殺した筈のヨッシーの「動いた理由」なのだと。
教会で言葉を交わした時とはまるで別人と変わっていたヨッシーは、自身に都合の悪い質問になると答えを濁すだけだった。
何故生きているのか。その問いにもヨッシーは沈黙を返したのみ。
その為、動いている訳については幾つかの推測は立てたものの確信までは至らなかったが、これで得心がいった。単純といえば単純な話だ。あのタコが死体に取り憑いて操っていたのだ。
魔術の類での遠隔操作ではなく、直接死体に取り憑いて操る能力を持つタコ。――――となれば、多少話は変わってくる。
タコはペンギンの子供を頭の上に掲げ、襲撃者の白虎から距離を取ろうと必死に数本の触腕を足替わりに動かしていた。
ぱっくんトカゲの身体を一撃で肉塊へと戻した白虎もまたその存在に気付き、不可思議そうな顔でトカゲとタコを見比べていた。が、すぐに一層目を輝かせてタコへの追撃に移った。
先程触腕の一本から撃ち出した技――雪原で頭部を撃ち抜いたのはあれか――も白虎には効いた様子は見られない。あのペンギンを囮にでも使わぬ限り、今度こそタコは逃げ切れはしないだろう。
ラルクの予想通り、間もなくタコは壁際に追い詰められた。それは、ラルクにとってはチャンスでもある。
逃げ場の無いタコに、白虎は容赦無く爪を振るわんとする。
極力敵意を殺し、白虎の視界に入らぬよう位置取りを意識していたラルクは、そのギリギリのタイミングを見計らい、身体を瞬発させていた。
犬の荷物に入っていた二つのまんまるドロップのおかげで、身体は今までよりも大分軽い。右手の中の短剣をくるりと回し、逆手に構える。
白虎がこちらの気配に気付いたが、遅い。タコにその爪が届くよりも早く。白虎が回避するよりも早く。ラルクは白虎の背中に飛び乗っていた。
勢いのついたラルクの全体重がぶつかり流石の巨体もよろめくが、白虎は踏ん張りを効かせ、何とか倒れまいとする。
その、躯体の硬直した一瞬の隙。タコが触腕から何かを撃ち出し――恐らくは空気――上方へと飛ぶのを尻目に、ラルクは構えたナイフを躊躇わずに襟首に振り下ろした。
だがその一振りが奏でたものは、ラルクの望んだ音ではなかった。
響いたのは、まるで石畳にナイフを突き立てたかのような低く鈍い音。掌に、強烈な痺れが走った。
刃は肉を貫いてはいない。この白虎、単純にタフだというだけではない。体毛の下に何か鎧でも仕込んでいるのか、掠り傷一つ負わせる事すら叶わなかった。
(まさかこいつもゴーレムじゃあるまいな!?)
しかし、虎型のゴーレムなど聞いた事も無い。尤も、それを言うならば猫も同じだが。
ラルクの下で、白虎が大きく躯体を揺るがせた。振り落とす気だ。
「チッ!」
刃が通らぬ以上、乗り続ける事は無意味。完全にバランスを崩されるより先に、ラルクは白虎から飛び退いた。
数メートル程離れた場所に着地するラルクへとその躯体を向けた白虎は、歪めた口元から銀色の牙を覗かせ、鋭い眼光をぶつけてきた。今ので完全に標的を変更したようだ。
元の標的は――白虎の姿を常に意識しつつ素早く辺りに視線を回すと――天井だ。
タコはペンギンを抱えたまま、その吸盤で天井に張り付いていた。
ペンギンも漸く目覚めたらしく、タコと何やら言葉をかわしているが、どちらも手助けに来る気配は無い。
ペンギンが未だ身体を動かす事までは出来ないのか。或いは、今度はこちらが囮に使われる番か。
(……まあ、どちらでも良い)
こうなれば、実力の分からぬ者に下手に動かれるよりは、一人の方が戦い易い。少なくとも、敵の行動が読み易くなるのは確かだ。
この白虎が、ラルクだけに向かって来ると言うならば――――。
今にも飛びかからんとする獣の眼光を、ラルクは真正面から受け止めた。
獣の一挙一動、見逃すまいと、集中力を高めていく。
表から吹き込む暴風の鳴き声も、震え止まぬ窓の音も、睨み合いの中から存在を消して行く。
残るものは、対峙する獣の姿と唸り声。ただ、それだけ。
先に動きを見せたのは白虎の方だった。
瞬間で身を伏せるその構えは、猫科動物の狩りの予備動作。
白虎の構えに合わせて、ラルクは――――身体を、翻していた。完全に白虎に背中を向け、走り出したのだ。
見据えるは、ドアが壊れっぱなしの玄関口。
白虎が反射的に駆け出したのが、後ろを振り向かずとも分かった。
向かい風の強風に煽られ、脚が鈍る。その間にも白虎が距離を詰めてくる。二足歩行と四足獣。空気抵抗の差が、如実に現れる。
それでもラルクは一切後ろを見る事無く、ただ外へ向かって身体を運んだ。
玄関口を抜け、廂の下に出れば、降り注ぐ大雨がラルクの身体を撃ち付ける。白虎の気配はすぐ側にまで迫っていた。
次の一歩で、追いつかれる。
そう確信を抱いていながら、ラルクはその一歩を踏み出した。
咆哮と共に、背後の殺気が増した。
ラルクの身体は確実に白虎の射程内に在った。そして、白い前脚が一筋の閃光を作った。
その一閃は、確かにラルクの紅い鎧ごと、背中を切り裂いていた。
ぱっくんトカゲ同様、狼男の身体も叩き潰した――――恐らく白虎はそう思った筈だ。
だが、その思考はすぐに驚愕へと擦り変わっただろう。それは、白虎の表情にありありと浮かび上がっていた。
白虎が確かに捉えた筈のラルクの身体は、今もそこにあった。白虎と重なって、今もその場所に存在していた。
すり抜ける肉体。その謎を、白虎が解き明かす事は無い。いや、身を持って解き明かしたとも言えるのかもしれないが。
直後、豪邸の前に爆音が鳴り響いた。
白虎と重なるラルクの身体が唐突に火柱と成り変わり、その巨体を高々と打ち上げたのだ。
地閃殺――――創り出した分身より立ち昇る爆発で敵を攻撃する、ラルク独自の奥義。
屋敷の玄関前に大量の砂埃が一瞬にして広がった。その中から、白虎の巨体が数メートル上空に舞い上がった。
とは言え、ラルクもこれで終わるとは思っていない。
白虎の身体能力は尋常では無い。ラルクが一撃で失神させられた程の技に耐え、かつ、刃を通さぬ硬さを誇る。これだけで死ぬとは到底思えない。
――――地閃殺は、前奏曲に過ぎない。
分身の爆発が上がった時、少しばかり離れた位置で、既にラルクは次の行動に移っていた。
口に入れたのは、馬の仔の持っていた支給品――――数秒の間だけ、身に着けているもの全てを含めて巨大化出来るという不思議なきのこ。
策は至極単純だ。耐久力も、守備力も、尋常では無いというのならば、それを上回る力をぶつけてやれば良いだけだ。
効力はすぐに現れた。
ラルクの身体は膨張する。舞い上がった白虎の巨体を追い抜き、屋敷の高さを追い抜き、瞬間的に、そこには20m程の一人の巨人が生まれた。
宙に浮いている白虎は、自らを覆う巨大な影に気付いたのか、それとも気付けていないのか。
どちらにしても、白虎は自由に動ける状況下にはいない。取れる選択肢は、何もない。
豪雨すら霧雨程度に感じられる肉体で、ラルクは右腕を無造作に振るった。
こうなれば子猫程にしか見えない白虎の躯体を掴むと、思い切り握りしめながら、腕を高く掲げ上げる。
白虎の身体中の骨がへし折れる感触が伝わった。その骨が凶器と代わり、内側から全身を突き破る。外はともかく、中が脆いのは並大抵の生物と同じか。掌の中に、鮮血が溢れた。
そして――――その手の位置は、地上から30m近くとなるだろうか。ラルクは、渾身の力を込めて、右腕を振り下ろした。
腕の勢いに押された空気が屋敷の窓という窓を叩き、震わせる中。地面から、バン、と案外鈍い音が響き、赤い染みが広がり始めた。ある意味では美しくも見えた白い毛並みも、今は薄汚い朱に染まっていた。
念の為に踏み潰すか。
そう思うも、始まりが瞬間的ならば、終わりもまた同じに。きのこの効力が切れ、ラルクの身体は元に戻る。
僅かに逡巡するが、ラルクはじわりと広がりを続ける血溜まりに、ゆっくりと歩み寄った。その中心にあるものは、最早ピクリとも動かない。おとなしく絶命してくれたようだ。
これで、シエラへの危険はまた一つ消えた――――。
屋敷に引き返し、エントランスホールに入ったラルクを出迎えたのは、タコとペンギンだった。
タコは、やはり警戒した様子で。ペンギンは、びくついてはいるものの、何かを言いたげな様子で。
ともすれば倒れ込んでしまいそうな程に覚束ない足取りで、ペンギンの子はこちらへと向かってきた。
それは、元々の身体能力なのか。それとも疲労が抜けていない故か。
「あ、あの、狼さんが……助けてくれた、んですよね?」
辿々しく紡がれる言葉は、頭の回転の問題か。それともやはり疲労のせいか。
どちらも、どうとでも取れる。ならば――――手っ取り早く、済ませるか。
「助けてくれて、ありがとうござ――――」
それ以上、ペンギンが礼を続ける事は、無かった。
彼からすれば、唐突に心臓に生えたナイフ。
ラルクの手は、投擲を終えていた。
全身に脱力を見せ、崩れ落ちるペンギンに唖然とした目を向けながら、タコが非難めいた声を上げた。
「バカなっ!? お前、何でだ!? まだ足手纏いだって決まったわけじゃねーだろ!?」
「……いや、今決まった。この程度の攻撃も避けられないなら、こいつはどの道足手纏いにしかならない。それに――――」
それに対し、ラルクは冷めた答えを返した。
そう。ラルクは力を試しただけだ。力が足りなければ、死ぬ。それだけの事。
この120年もの間、ティアマットの計画に乗り、計画に使える人間かどうかを試すというだけの理由で数多くの者を奈落へ落とし続けてきたのだ。ナイフを投げたのは、それと何ら変わらない。
「――――死んだところで問題あるまい? こいつに物凄い力があると言うのなら、お前が使えば良い。操れるんだろう?」
ペンギンの死体からナイフを引き抜くと、ラルクは先刻までと同じ位置に戻り、腕を組んで壁にもたれかかった。
見上げる空は、依然暗く澱んでいる。落ちる雨は、未だ止みそうにない。
「死体は痛みも感じない。疲れもしない。奈落の住人と違ってな」
自嘲気味に、ラルクは口元を吊り上げた。
タコは、今度もまた、何も答えなかった。
【G-4/豪邸/一日目/午後】
【ラルク@聖剣伝説Legend of Mana】
【状態】極軽度の凍傷、左腕に銃創(極小)
【装備】スティンガー@魔法少女リリカルなのはシリーズ×1、手榴弾(3/3)@ケロロ軍曹、ユーノのメモ(ギロロたちが駅に貼っているものと同種)
【道具】支給品一式×4(ラルク、ウマゴン、オーボウ、パスカルの分。その内オーボウの分には食料、水は無し)、不明支給品0~3(確認、武器は無し) 、ハーメルのバイオリン@ハーメルンのバイオリン弾き、ラスタキャンディ@真女神転生if...
【思考】
基本:キュウビの打倒に対し、シエラの障害になる者は殺す。役に立ちそうな相手なら、場合によっては多少協力する。
0:シエラが無事であってほしい
1:武器が欲しい。出来れば斧
2:シエラとは戦いたくない。そうなる可能性があるので、会うのも避けたい
※参戦時期はドラグーン編の「群青の守護神」開始より後、「真紅なる竜帝」より前です。
※ここが自分の世界(ファ・ディール)ではないと気付いていません。
※また、死ねば奈落に落ち、自分は元あった状態に戻るだけだと考えています。
※伝説の剣@ハーメルン が武器として使い物にならないことを知りました。
【イカルゴ@HUNTER×HUNTER】
【状態】健康、葛藤(?)
【装備】蚤弾(フリーダム)×?、キルアのヨーヨー@HUNTER×HUNTER
【道具】無し
【思考】
基本:殺し合いから脱出、可能ならキュウビ打倒
1:…………
2:豪邸でザフィーラ達の帰りを待つ(?)
【備考】
※原作25巻、宮殿突入直前からの参戦です。
※イカルゴの考察
・イッスンはキュウビの想定外?
・キュウビには異世界の協力者がいる?
・キュウビ側の統制は取れていないかもしれない
&color(red){【ムックル@うたわれるもの 死亡】}
&color(red){【まん丸@忍ペンまん丸 死亡】}
&color(red){【残り 14匹】}
※放送の事も含め、ラルクとイカルゴが本編に書かれている以外にどれだけの情報を共有したかは後続の方に一任します。
※イカルゴの支給品、クズリの支給品、まん丸の支給品は豪邸エントランスホールに置かれています。
・イカルゴの支給品:デイバッグ(支給品一式(食糧なし)×2、幸せの四葉@聖剣伝説Legend of Mana、シュバルツの覆面@機動武勇伝Gガンダム、ハンティングボウ@銀牙
・クズリの支給品:支給品一式、グリードアイランドカード(初心、神眼)@HUNTER×HUNTER、グリードアイランドカード(複製)@HUNTER×HUNTER×3、カベホチ@MOTHER3、ダムダム草@ぼのぼの、打岩@グラップラー刃牙
・まん丸の支給品:支給品一式、チョコビ(残り4箱)@クレヨンしんちゃん
※まん丸の死体には、忍刀@忍ペンまん丸 、折り紙×10枚@忍ペンまん丸、サトルさん@忍ペンまん丸 が残されています。
※ムックルの死体には、鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5 が残されています。
※豪邸地下室にあるクズリとパスカルの死体がムックルに食われているかどうかは不明とします。
※D-6の洞窟は豪邸の地下室の抜け道と繋がっています。この地下通路に他の場所への道があるかどうかは後続の方に一任します。
*時系列順で読む
Back:[[ひとつ火の粉の雨の中]] Next:[[]]
*投下順で読む
Back:[[ひとつ火の粉の雨の中]] Next:[[]]
|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|ラルク|[[]]|
|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|イカルゴ|[[]]|
|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|まん丸|&color(red){死亡}|
|098:[[とても優しい瞳をしてたあなたが歌う――]]|ムックル|&color(red){死亡}|
*未完成の自画像 ◆ZFT/mmE33.
階段側から差し込む非常灯の僅かな灯りが、今の地下室内を照らす唯一の光源だった。
壁一面。天井一面。室内は床を除き、辺り一面に満遍なく杭が突き刺さっていた。
天井に備え付けられていた筈の蛍光灯は、全てが割れ落ちてしまっている。それも杭が原因なのは一目瞭然だ。
そんな荒れ果てた室内の中で、ラルクはゆっくりと首を巡らせた。
この部屋の出入り口は、二つ。
階段側の入り口の扉は、変形して床に投げ出されていた。その様はこの屋敷の玄関の扉と同様。ラルクが追跡していた犬に破られたのだろうか。
奥側の扉は室外へと弾き飛ばされていたが、こちらは天井や壁と同じく杭により破壊された痕跡が見られた。
そう言えば、あの犬も杭にやられたようだ。それは、犬の側の壁に突き刺さっていた杭に肉片の一部が付着していた事から窺える。
床に撒き散らかされている蛍光灯の破片を踏み砕きながら、ラルクはぱっくんトカゲの仲間らしき者の死骸まで歩を進めた。
状態を確認すれば、この獣人は身体に幾らかの裂傷があるものの、致命傷は喉元の傷だと一目で分かる。
推察するに、まずこの獣人がある程度の抵抗の末に犬に咬み殺され、次に襲われたペンギンが杭を操り犬を始末した、といったところか。
あの振動は、部屋中に杭が突き刺さった際の衝撃という訳だ。
側に落ちているバイオリンを拾い上げ、ラルクはぱっくんトカゲに抱きかかえられているペンギンを観察するように伺い見る。
杭を操る。というよりは、ジンの力、或いはドリアードの力。どちらかの属性の魔法で杭を吹き飛ばしたと考える方が妥当か。
なるほど、これ程の物量を纏めて吹き飛ばせる魔力を持つのだとしたら、確かに侮れない存在だ。使い方次第では相当強力な戦力になりそうだ。
しかしこのペンギンは、ラルクが見つけた時には気を失っていた。犬に負わされたと思える程の外傷はどこにも見られなかったのにも関わらず、だ。
理由として考えられるのは――――力の使い過ぎというセンが濃厚だろうか。
もしそうだとすればペンギンは、力の加減も出来ない未熟者となる。更に言えば、仲間の危機に何の手助けもしなかった臆病者だ。
つまり現時点ではこの子供は、強力な戦力にも成り得るかもしれないが、足手纏いとなる可能性の方が遥かに高い、という事。ならば、生かすべきか。殺すべきか――――。
警戒した表情でこちらを睨むぱっくんトカゲと、目が合った。
(……とりあえず、保留にするか)
無難な結論を出し、ラルクは奥の出口に視線を向けた。
流石に階段からの薄明かりではそちらまでは殆ど届かず、奥は暗闇に包まれている。
狼系の獣人で夜目がそれなりに効くラルクの眼を持ってしても見通す事は出来ない。それ程の漆黒の闇だ。
出口の前まで身体を運ぶと、空気の流れを全身に感じた。
犬がこの地下室までの扉を破壊した為、上階からの空気が階段を通って地下室内に流れ込み、この出口から抜けているのだろう。
空気の通り道となっている。それはつまり、この闇の先が外に通じている事の証明。
ラルクは闇に一歩、足を踏み入れた。
と、同時に、幾つもの小さな炎が周囲に灯り、辺りの様相が鮮明に浮かび上がった。
壁に設置されていた松明が点灯したのだ。人間が入り込んだ際に反応する仕掛けという事か。
そこは、洞穴のようだった。とは言え、大自然の創り上げた天然ものではなく、人の手が加えられた形跡がある。
洞穴の内部は先の様子が窺い知れない程に、広く、長い。
非常事態に備えた抜け道として作られたのだとすれば、屋敷の主は、どうやら敵の多い人物のようだ。
この先が何処に通じているのかは興味を惹かれるが、これも今は保留で良い。
地下室内から、パラパラと破片が落ちてくる音が耳に届いた。
身体を翻し、ラルクは室内に戻る。それに合わせて、洞穴の松明は自動的に消灯した。
灯りに慣れた眼が闇に順応するまで、数瞬。やがて闇の中に陰が浮かび上がると、ラルクは天井を見上げた。
視認までは出来ないが、再び、破片が舞い落ちる音が鳴る。
杭だらけの天井。ともすれば、ここは崩れ落ちる危険性もある。
この場で何が起こったのかは大体の推測が出来た。これ以上の長居は、無用だ。
未だに睨みつけてくるぱっくんトカゲに向き直し、ラルクは口を開いた。
「お前には幾つか聞きたい事がある」
「……俺の方もだ。お前、一体――――」
「話は上に戻ってからだ。崩落で奈落に逆戻りなどという、くだらん死に方は御免だからな」
言葉を遮り移動を促すが、ぱっくんトカゲは動こうとしない。
フン、と一つ鼻を鳴らし、ラルクは先に階段へと戻る。
後ろから、ぱっくんトカゲのついて来る気配が漸く聞こえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
通り雨であって欲しい。
ムックルのその切実な願いも虚しく、雨脚は時間と共に強くなる一方だった。
北から吹く強風に乗った、横殴りの大雨は、駆ける躯体を激しく打ちつけ続けていた。
幾度と無く立ち止まり、水滴を飛ばそうと身体を震わせるものの、この暴風雨の中でそれは一時凌ぎにもならない。
足を動かし始めればすぐに身体は重くなった。
限界まで雨水を吸った白毛が肌にへばり付いた。水の重みが全身にのしかかり、体力の消耗が激しさを増していった。
濡れた身体に吹きつける風が、体温を奪い続けた。走っても走っても、身体は温まらなかった。
こんなの、つまらない。
たまらなく不快な感触が重なる中で、ムックルはとにかく走った。雨宿りの出来る場所を求めて走り続けた。
そうして彼が足を止めたのが、切り立った崖の下だった。
高くそびえ立つ崖は北からの雨風を遮ってくれる。細かな雨粒はともかく、豪雨を凌ぐならばうってつけの場所だ。
ポタポタと身体中から垂れ落ちる水滴を、ムックルはもう一度身を震わせて辺りに飛ばす。
とりあえずこの崖下ならば、風向きが変わらぬ限りは再び濡れ鼠に戻る心配はない。しばらくはこの辺りで身を休めていても良いかもしれない。
ムックルはその場にしゃがみ込み、後ろ脚をピンと伸ばすと、丹念にそれを舐め始めた。
みすぼらしく変わり果ててしまった外見を整えようと、ザリザリと音を立てながら顔と舌を動かしていく。
乱れた毛並みをある程度まで繕い終えれば、次の部位だ。
大腿の内側。外側。前脚。脇腹。お腹。お尻や尻尾も忘れない。しばらくの間一心不乱に舐め回し、とにかく毛並みを整える。
そして全身を気の済むまで取り繕ったところで、消耗した体力が胃袋に訴えかけてきた。
最後に食べたのは小さな獣の半身だけだった事を思い出す。育ち盛りの小虎の胃がそれで満足出来る筈もない。
立ち上がり、辺りの様子を窺うムックルだったが、しかし、何の気配も捉えられない。
見える範囲に獲物の姿は無く、物音も臭いも完全に雨風に掻き消されてしまっている。
已む無く、ムックルは獲物を求めてその場から動き始めた。もう一度雨の中に入る気は起こらない故、移動するのは崖沿いだ。
雨に打たれぬよう、崖下をまっすぐと進む事しばし。やがてムックルが見つけたのは、崖に開いた一つの横穴だった。
獲物がいるかもしれない。中に向けて通常の虎の倍以上もある鼻を動かせば、極僅かながらも嗅ぎ取れたのは血の臭い。
ご飯の臭いだ――――本能に導かれるままに洞窟内へと入り込む。
と、同時に、幾つもの小さな炎が周囲に灯り、辺りの様相が鮮明に浮かび上がった。
唐突に点灯した炎に驚きの色を浮かべるも、ムックルはすぐに気を取り直す。
驚いている場合ではない。今優先すべきは獲物の方だ。
火の臭いは嫌いだが、しかし、空腹と、雨に打たれる程ではない。
獲物の探しにくい土砂降りの外へ出るよりは、獲物の臭いのする火の側の方がまだマシだ。
それにこの火の温もりは、彼の冷えた身体にはむしろ心地良さすら覚えさせてくれていた。湿り臭さが、薄まっていく。
一歩進むに連れ、仄かにだが濃さを増す血の臭いに、胃袋が刺激される。
鼻をひくつかせ、ムックルは洞窟の奥へ奥へと入り込んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
何かの前兆か。それとも、既に何かが起きてしまっているのかもしれない。
エントランスホールの中央で二つの荷物――自分とクズリの物だ――を広げ、一つにまとめる作業の途中。
無意識の内に幾度となく、窓の外を気にして顔を向けてしまうイカルゴの目に映る景色は、何度見直してもやはり薄闇だった。
前触れは何も無かった。時間帯としてはまだ昼間。それなのに、辺りは突然に、陽が沈んでしまったかのような暗さに包まれた。
天候が荒れ始めた訳でも、暗雲が湧き出した訳でもない。ホールの窓ガラスを喧しく叩く強風と雨脚は、変化の前後でもその勢いを増してはいない。
ならば、何が起きた。この殺し合いの舞台の中で、何が変わった。
キュウビはこの殺し合いを呪法と言っていた。
イカルゴにその手の知識は無いが、言葉のイメージは何となくだが想像出来る。例えば一回目の放送時にこの空の変化も呪法に因るものだとしたら、キュウビの目的は順調に段階を進めているという事になるのだろう。
では、このまま呪法とやらが完成してしまえば、一体何が起こってしまうのか――――。
不安を掻き立てる演出としては、この暗闇は最適だった。まるで、空を包む闇が胸中に侵食してきたかのように、イカルゴの中には漠然とした感情が広がっていたが、それを拭い落とす術は無く。
イカルゴはトカゲに覆わせた蓑の中で諦めの息を吐き出すと、窓のすぐ側で外の様子を眺めている狼男に目を移した。
ラルク。腕を組んだ体勢で壁にもたれ掛かっている狼男は、そう名乗った。オーボウから聞いていた通りの名だ。
外の変化も気にはなるが、当座の問題は寧ろこちらの狼男の方だ。イカルゴは今、この狼男の扱いをどうするべきか、決めあぐねているのだ。
地下室から上がってきた後の二人の情報交換は、互いに対する警戒心から来る緊張感とは裏腹に終始淡々と行われた。
ラルクはイカルゴの質問には全て澱みなく答えた。
殺し合いに乗っているのかと問えば、人を選んでいるだけだと返し。
これまでに出会ったに参加者を聞けば、一人一人思い返すように名前を紡ぎ。
彼自身にとっては不利益にしかならない行動――――オーボウやウマゴンを殺した事も、躊躇わずに答えた。イカルゴを彼らの仲間だと確認した上でだ。
それらの態度には、とても嘘偽りがあるとは思えなかった。
もしもラルクにイカルゴを騙す気があるのならば、最低限オーボウ達を殺した事は伏せる筈だろう。
先程まん丸を殺害しようとした時もそうだ。強行しようと思えば、出来た筈なのだ。
それらをしなかったという事は、ラルクは、単純に殺し合いに乗っている訳ではない、との理屈にはなる。
少なくとも、相手の裏をかくような駆け引きや騙し合い等の頭脳戦で戦うタイプには見えない。言ってみればゴンやナックル達と近いだろうか。あの二人と同じく、不器用で、愚直な性格。
だとすると、彼も最終的には打倒キュウビを目指している一人だ。ザフィーラの知り合いであるユーノという人物とは共闘もしたというのだから、協力は出来る。その筈なのだが――――。
後ろで横たわっているまん丸は、あれから意識が戻らないままだ。
ラルクが不器用で愚直な性格だというのなら。足手纏いは切り捨てる。その言葉も本意からのものなのだろう。
イカルゴもこれまでは、情などまず持ち合わせていないキメラアント達と仲間として行動を共にしてきた。
最優先にすべきは自分の命であり、自分や他の誰かの身を危険に晒す弱者や足手纏いは必要ない、との理屈は、決して彼の好むところではないが、身に沁みて理解している。
いや、別にそれはキメラアントに限った事では無い。意味合いこそ違えど、状況によっては人間達でも同じような選択をする。
例えば、キルア達王討伐隊でもそう。
任務の遂行中で誰かが動けなくなる程の怪我を負ったとしたら。
オーラを使い果たして立ち上がる事も出来なくなったら。
仲間達だけでなく、催眠をかけられている人民の行列に何かしらの危険が及びかけたとしたら。
見捨てろと明言した者は誰一人いなかったが、個々の役割を忠実に守る事は何度も念を押され、約束させられた。
つまりは、誰かを助ける事で己の役割を果たせなくなってしまうのならば。誰かが足手纏いと成り果ててしまったのならば。迷わず見捨てろという事だ。
無論それは王討伐=人類の未来という大義の為の話であり、訳も分からず殺し合いの場に放り込まれた者に適用出来る理屈では無いのかもしれないが、大を生かす為に小を殺すという点ではあちらもこちらも状況は然程変わらない。
終わりは唐突に、理不尽に訪れるものだという事は、NGLでキメラアントの大群に襲われた時に思い知らされた。力の無い弱者はただ死ぬしか無いという事も。
生物の本能としても、キュウビ討伐の戦いとしても、自然界のルールとしても、大局を見れば他者を切り捨てる事を否定しきるだけの理由は有る筈がないのだ。
故に、イカルゴにはラルクの言い分は否定出来ない。説得の自信も、交渉の材料も無い。
だが――――イカルゴのプライドと信念がそれを認めたくないのもまた事実。理屈と感情の板挟み、物語ではありふれた話だ。
せめてラルクが殺し合いに乗っていてくれていたのならば、例え殺される事になろうとも全力で戦えるのだが、生憎とそうではない。
結局のところ、協力か。それとも敵対か。どちらを選べば良いのか分からずに今に至る。
(キルアならこんな時どうすんだろーな……)
葛藤の中、イカルゴは作業の手を止めていた事に気付き、億劫そうにそれを再開した――――その時だった。
ラルクが弾かれたように振り返る気配が目の端に入った。
反射的にイカルゴが動いてしまうその直前――――突然に現れた何者かの気配を後方に感じた。
敵襲。
気付いた瞬間、すかさずイカルゴは後ろのまん丸に向け、トカゲの身体を操っていた。
振り返りがてら、侵入者の姿を視認する。そいつは、これまで見た事も無い程に巨大な白虎だった。
位置から察するに、あの地下への通路から飛び出してきたらしい。抜け道から入り込んできたか。迂闊さを呪うも、あの道を塞ぐ手立ても監視する人手も無かったのも事実。ミスと断ずる事は出来ないし、引きずっている場合ではない。
白虎は恐ろしい早さでイカルゴに迫っていた。
まん丸までの距離はたったの数歩。そこまでは確実に自分が早い。
問題は、まん丸を抱え上げてから、次のリアクションが取れるかどうか。それもギリギリだが、自分の方が早い――――。
その計算は、白虎の次の動作に完全に狂わされた。白虎は後ろ脚で一際強く床を蹴り、地面を滑るかのように躍りかかって来たのだ。
咄嗟にイカルゴはまん丸を抱え上げる事を中断し、まん丸に舌を伸ばしながら横に跳んだ。
メレオロン並の長く器用な舌は、脚力同様にこのトカゲの長所。
長々と伸ばされた舌が小柄なペンギンを絡め取り、引き戻す。それは僅かな差ではあったが、白虎が左前肢を叩きつけるよりも先を取った。
だが、白虎は着地すると同時に軽やかに身を捻り、巨体に似合わぬ機敏な動作でまっすぐにイカルゴを追尾する。
その、顔面――――イカルゴは横に跳びながら、既にトカゲの右腕から突き出した照準を敵に合わせ、己の頭を膨らませていた。
(蚤弾(フリーダム)!)
育て上げた蚤が空気圧に押され、銃口から勢い良く射出された。
この至近距離。そして、巨大であろうが所詮は虎だ。いくら俊敏であろうとも、彼の蚤弾より速くは動けない。
エントランスホール内に硬い岩盤にでもぶち当たったかのような激突音が響いた。
蚤弾は狙い通り、白虎の眉間に着弾した。仰け反りを見せ、巨体はその場に崩れ落ちる――――筈だったのだが。
「っ!?」
白虎の顔は確かに弾かれはしたが、それはほんの僅かな時間の事。瞳に怒りを宿し、すぐに体勢を立て直して三度目の突進を見せた。
イカルゴの顔が、焦りで歪んだ。
蚤弾には、マガジンは無い。一発撃つ毎にリロードを繰り返さなくてならないのだ。その暇が、今は無い。
離した距離は、瞬き一つの間で呆気無く詰められた。
次の瞬間に奮われた巨大な豪腕を、イカルゴの目が捉える事は無かった。
トカゲの身体は身動き一つ取る事も無く、叩き潰されていた――――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
結局何の役にも立たなかったか。
ぱっくんトカゲの力を試す意味合いも含めて、事の顛末を冷えた目で眺めていたラルクがその感想を抱くのと、ぱっくんトカゲの陰からタコのような軟体動物が飛び出したのは、ほぼ同時だった。
数瞬して、ラルクは気付く。あれがオーボウの言っていた、殺した筈のヨッシーの「動いた理由」なのだと。
教会で言葉を交わした時とはまるで別人と変わっていたヨッシーは、自身に都合の悪い質問になると答えを濁すだけだった。
何故生きているのか。その問いにもヨッシーは沈黙を返したのみ。
その為、動いている訳については幾つかの推測は立てたものの確信までは至らなかったが、これで得心がいった。単純といえば単純な話だ。あのタコが死体に取り憑いて操っていたのだ。
魔術の類での遠隔操作ではなく、直接死体に取り憑いて操る能力を持つタコ。――――となれば、多少話は変わってくる。
タコはペンギンの子供を頭の上に掲げ、襲撃者の白虎から距離を取ろうと必死に数本の触腕を足替わりに動かしていた。
ぱっくんトカゲの身体を一撃で肉塊へと戻した白虎もまたその存在に気付き、不可思議そうな顔でトカゲとタコを見比べていた。が、すぐに一層目を輝かせてタコへの追撃に移った。
先程触腕の一本から撃ち出した技――雪原で頭部を撃ち抜いたのはあれか――も白虎には効いた様子は見られない。あのペンギンを囮にでも使わぬ限り、今度こそタコは逃げ切れはしないだろう。
ラルクの予想通り、間もなくタコは壁際に追い詰められた。それは、ラルクにとってはチャンスでもある。
逃げ場の無いタコに、白虎は容赦無く爪を振るわんとする。
極力敵意を殺し、白虎の視界に入らぬよう位置取りを意識していたラルクは、そのギリギリのタイミングを見計らい、身体を瞬発させていた。
犬の荷物に入っていた二つのまんまるドロップのおかげで、身体は今までよりも大分軽い。右手の中の短剣をくるりと回し、逆手に構える。
白虎がこちらの気配に気付いたが、遅い。タコにその爪が届くよりも早く。白虎が回避するよりも早く。ラルクは白虎の背中に飛び乗っていた。
勢いのついたラルクの全体重がぶつかり流石の巨体もよろめくが、白虎は踏ん張りを効かせ、何とか倒れまいとする。
その、躯体の硬直した一瞬の隙。タコが触腕から何かを撃ち出し――恐らくは空気――上方へと飛ぶのを尻目に、ラルクは構えたナイフを躊躇わずに襟首に振り下ろした。
だがその一振りが奏でたものは、ラルクの望んだ音ではなかった。
響いたのは、まるで石畳にナイフを突き立てたかのような低く鈍い音。掌に、強烈な痺れが走った。
刃は肉を貫いてはいない。この白虎、単純にタフだというだけではない。体毛の下に何か鎧でも仕込んでいるのか、掠り傷一つ負わせる事すら叶わなかった。
(まさかこいつもゴーレムじゃあるまいな!?)
しかし、虎型のゴーレムなど聞いた事も無い。尤も、それを言うならば猫も同じだが。
ラルクの下で、白虎が大きく躯体を揺るがせた。振り落とす気だ。
「チッ!」
刃が通らぬ以上、乗り続ける事は無意味。完全にバランスを崩されるより先に、ラルクは白虎から飛び退いた。
数メートル程離れた場所に着地するラルクへとその躯体を向けた白虎は、歪めた口元から銀色の牙を覗かせ、鋭い眼光をぶつけてきた。今ので完全に標的を変更したようだ。
元の標的は――白虎の姿を常に意識しつつ素早く辺りに視線を回すと――天井だ。
タコはペンギンを抱えたまま、その吸盤で天井に張り付いていた。
ペンギンも漸く目覚めたらしく、タコと何やら言葉をかわしているが、どちらも手助けに来る気配は無い。
ペンギンが未だ身体を動かす事までは出来ないのか。或いは、今度はこちらが囮に使われる番か。
(……まあ、どちらでも良い)
こうなれば、実力の分からぬ者に下手に動かれるよりは、一人の方が戦い易い。少なくとも、敵の行動が読み易くなるのは確かだ。
この白虎が、ラルクだけに向かって来ると言うならば――――。
今にも飛びかからんとする獣の眼光を、ラルクは真正面から受け止めた。
獣の一挙一動、見逃すまいと、集中力を高めていく。
表から吹き込む暴風の鳴き声も、震え止まぬ窓の音も、睨み合いの中から存在を消して行く。
残るものは、対峙する獣の姿と唸り声。ただ、それだけ。
先に動きを見せたのは白虎の方だった。
瞬間で身を伏せるその構えは、猫科動物の狩りの予備動作。
白虎の構えに合わせて、ラルクは――――身体を、翻していた。完全に白虎に背中を向け、走り出したのだ。
見据えるは、ドアが壊れっぱなしの玄関口。
白虎が反射的に駆け出したのが、後ろを振り向かずとも分かった。
向かい風の強風に煽られ、脚が鈍る。その間にも白虎が距離を詰めてくる。二足歩行と四足獣。空気抵抗の差が、如実に現れる。
それでもラルクは一切後ろを見る事無く、ただ外へ向かって身体を運んだ。
玄関口を抜け、廂の下に出れば、降り注ぐ大雨がラルクの身体を撃ち付ける。白虎の気配はすぐ側にまで迫っていた。
次の一歩で、追いつかれる。
そう確信を抱いていながら、ラルクはその一歩を踏み出した。
咆哮と共に、背後の殺気が増した。
ラルクの身体は確実に白虎の射程内に在った。そして、白い前脚が一筋の閃光を作った。
その一閃は、確かにラルクの紅い鎧ごと、背中を切り裂いていた。
ぱっくんトカゲ同様、狼男の身体も叩き潰した――――恐らく白虎はそう思った筈だ。
だが、その思考はすぐに驚愕へと擦り変わっただろう。それは、白虎の表情にありありと浮かび上がっていた。
白虎が確かに捉えた筈のラルクの身体は、今もそこにあった。白虎と重なって、今もその場所に存在していた。
すり抜ける肉体。その謎を、白虎が解き明かす事は無い。いや、身を持って解き明かしたとも言えるのかもしれないが。
直後、豪邸の前に爆音が鳴り響いた。
白虎と重なるラルクの身体が唐突に火柱と成り変わり、その巨体を高々と打ち上げたのだ。
地閃殺――――創り出した分身より立ち昇る爆発で敵を攻撃する、ラルク独自の奥義。
屋敷の玄関前に大量の砂埃が一瞬にして広がった。その中から、白虎の巨体が数メートル上空に舞い上がった。
とは言え、ラルクもこれで終わるとは思っていない。
白虎の身体能力は尋常では無い。ラルクが一撃で失神させられた程の技に耐え、かつ、刃を通さぬ硬さを誇る。これだけで死ぬとは到底思えない。
――――地閃殺は、前奏曲に過ぎない。
分身の爆発が上がった時、少しばかり離れた位置で、既にラルクは次の行動に移っていた。
口に入れたのは、馬の仔の持っていた支給品――――数秒の間だけ、身に着けているもの全てを含めて巨大化出来るという不思議なきのこ。
策は至極単純だ。耐久力も、守備力も、尋常では無いというのならば、それを上回る力をぶつけてやれば良いだけだ。
効力はすぐに現れた。
ラルクの身体は膨張する。舞い上がった白虎の巨体を追い抜き、屋敷の高さを追い抜き、瞬間的に、そこには20m程の一人の巨人が生まれた。
宙に浮いている白虎は、自らを覆う巨大な影に気付いたのか、それとも気付けていないのか。
どちらにしても、白虎は自由に動ける状況下にはいない。取れる選択肢は、何もない。
豪雨すら霧雨程度に感じられる肉体で、ラルクは右腕を無造作に振るった。
こうなれば子猫程にしか見えない白虎の躯体を掴むと、思い切り握りしめながら、腕を高く掲げ上げる。
白虎の身体中の骨がへし折れる感触が伝わった。その骨が凶器と代わり、内側から全身を突き破る。外はともかく、中が脆いのは並大抵の生物と同じか。掌の中に、鮮血が溢れた。
そして――――その手の位置は、地上から30m近くとなるだろうか。ラルクは、渾身の力を込めて、右腕を振り下ろした。
腕の勢いに押された空気が屋敷の窓という窓を叩き、震わせる中。地面から、バン、と案外鈍い音が響き、赤い染みが広がり始めた。ある意味では美しくも見えた白い毛並みも、今は薄汚い朱に染まっていた。
念の為に踏み潰すか。
そう思うも、始まりが瞬間的ならば、終わりもまた同じに。きのこの効力が切れ、ラルクの身体は元に戻る。
僅かに逡巡するが、ラルクはじわりと広がりを続ける血溜まりに、ゆっくりと歩み寄った。その中心にあるものは、最早ピクリとも動かない。おとなしく絶命してくれたようだ。
これで、シエラへの危険はまた一つ消えた――――。
屋敷に引き返し、エントランスホールに入ったラルクを出迎えたのは、タコとペンギンだった。
タコは、やはり警戒した様子で。ペンギンは、びくついてはいるものの、何かを言いたげな様子で。
ともすれば倒れ込んでしまいそうな程に覚束ない足取りで、ペンギンの子はこちらへと向かってきた。
それは、元々の身体能力なのか。それとも疲労が抜けていない故か。
「あ、あの、狼さんが……助けてくれた、んですよね?」
辿々しく紡がれる言葉は、頭の回転の問題か。それともやはり疲労のせいか。
どちらも、どうとでも取れる。ならば――――手っ取り早く、済ませるか。
「助けてくれて、ありがとうござ――――」
それ以上、ペンギンが礼を続ける事は、無かった。
彼からすれば、唐突に心臓に生えたナイフ。
ラルクの手は、投擲を終えていた。
全身に脱力を見せ、崩れ落ちるペンギンに唖然とした目を向けながら、タコが非難めいた声を上げた。
「バカなっ!? お前、何でだ!? まだ足手纏いだって決まったわけじゃねーだろ!?」
「……いや、今決まった。この程度の攻撃も避けられないなら、こいつはどの道足手纏いにしかならない。それに――――」
それに対し、ラルクは冷めた答えを返した。
そう。ラルクは力を試しただけだ。力が足りなければ、死ぬ。それだけの事。
この120年もの間、ティアマットの計画に乗り、計画に使える人間かどうかを試すというだけの理由で数多くの者を奈落へ落とし続けてきたのだ。ナイフを投げたのは、それと何ら変わらない。
「――――死んだところで問題あるまい? こいつに物凄い力があると言うのなら、お前が使えば良い。操れるんだろう?」
ペンギンの死体からナイフを引き抜くと、ラルクは先刻までと同じ位置に戻り、腕を組んで壁にもたれかかった。
見上げる空は、依然暗く澱んでいる。落ちる雨は、未だ止みそうにない。
「死体は痛みも感じない。疲れもしない。奈落の住人と違ってな」
自嘲気味に、ラルクは口元を吊り上げた。
タコは、今度もまた、何も答えなかった。
【G-4/豪邸/一日目/午後】
【ラルク@聖剣伝説Legend of Mana】
【状態】極軽度の凍傷、左腕に銃創(極小)
【装備】スティンガー@魔法少女リリカルなのはシリーズ×1、手榴弾(3/3)@ケロロ軍曹、ユーノのメモ(ギロロたちが駅に貼っているものと同種)
【道具】支給品一式×4(ラルク、ウマゴン、オーボウ、パスカルの分。その内オーボウの分には食料、水は無し)、不明支給品0~3(確認、武器は無し) 、ハーメルのバイオリン@ハーメルンのバイオリン弾き、ラスタキャンディ@真女神転生if...
【思考】
基本:キュウビの打倒に対し、シエラの障害になる者は殺す。役に立ちそうな相手なら、場合によっては多少協力する。
0:シエラが無事であってほしい
1:武器が欲しい。出来れば斧
2:シエラとは戦いたくない。そうなる可能性があるので、会うのも避けたい
※参戦時期はドラグーン編の「群青の守護神」開始より後、「真紅なる竜帝」より前です。
※ここが自分の世界(ファ・ディール)ではないと気付いていません。
※また、死ねば奈落に落ち、自分は元あった状態に戻るだけだと考えています。
※伝説の剣@ハーメルン が武器として使い物にならないことを知りました。
【イカルゴ@HUNTER×HUNTER】
【状態】健康、葛藤(?)
【装備】蚤弾(フリーダム)×?、キルアのヨーヨー@HUNTER×HUNTER
【道具】無し
【思考】
基本:殺し合いから脱出、可能ならキュウビ打倒
1:…………
2:豪邸でザフィーラ達の帰りを待つ(?)
【備考】
※原作25巻、宮殿突入直前からの参戦です。
※イカルゴの考察
・イッスンはキュウビの想定外?
・キュウビには異世界の協力者がいる?
・キュウビ側の統制は取れていないかもしれない
&color(red){【ムックル@うたわれるもの 死亡】}
&color(red){【まん丸@忍ペンまん丸 死亡】}
&color(red){【残り 14匹】}
※放送の事も含め、ラルクとイカルゴが本編に書かれている以外にどれだけの情報を共有したかは後続の方に一任します。
※イカルゴの支給品、クズリの支給品、まん丸の支給品は豪邸エントランスホールに置かれています。
・イカルゴの支給品:デイバッグ(支給品一式(食糧なし)×2、幸せの四葉@聖剣伝説Legend of Mana、シュバルツの覆面@機動武勇伝Gガンダム、ハンティングボウ@銀牙
・クズリの支給品:支給品一式、グリードアイランドカード(初心、神眼)@HUNTER×HUNTER、グリードアイランドカード(複製)@HUNTER×HUNTER×3、カベホチ@MOTHER3、ダムダム草@ぼのぼの、打岩@グラップラー刃牙
・まん丸の支給品:支給品一式、チョコビ(残り4箱)@クレヨンしんちゃん
※まん丸の死体には、忍刀@忍ペンまん丸 、折り紙×10枚@忍ペンまん丸、サトルさん@忍ペンまん丸 が残されています。
※ムックルの死体には、鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5 が残されています。
※豪邸地下室にあるクズリとパスカルの死体がムックルに食われているかどうかは不明とします。
※D-6の洞窟は豪邸の地下室の抜け道と繋がっています。この地下通路に他の場所への道があるかどうかは後続の方に一任します。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|ラルク|[[]]|
|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|イカルゴ|[[]]|
|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|まん丸|&color(red){死亡}|
|098:[[とても優しい瞳をしてたあなたが歌う――]]|ムックル|&color(red){死亡}|
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