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It's lost something important again ◆ENH3iGRX0Y


『ようこそ。お客様、我がベルベットルームへ』

見慣れた光景が目に入る。リムジンの中に佇む鼻の長い老人と、その横に座る美女。
ああ、そうだここは……。

『どうやら、旅路は思わぬ道に逸れてしまったようですな。
 恐らくは、本来のお客様の定めにはない。……有り得なかった筈の未来とでも言いましょうか。
 お客様が呼ばれた空間、それは無数の未知と異界により入れ混じった一種の蠱毒。その中にはありとあらゆる可能性が介在し、そして新たな未来を引き起こす。
 ご友人の死も……またそう言った未来の一つとして産み起こされた、悲劇の一つのなのかもしれませぬ』

『そしてまた、お客様に災厄が降りかかろうとしております。
 これもまた、本来起こり得ぬ可能性が混じり合い、生み落ちる未来の一つ。
 霧もまたより濃く、より深くお客様を包み込んでゆく事でしょう』

『我々も共に旅路を辿りたいところですが、そろそろお時間のようですな……。
 やはり、ベルベットルームからの干渉は制限されているようです。
 最後に……何が起ころうとも、決して進むのを躊躇わぬ事です。例え、霧に遮られようとも、その実道は続いてゆくもの。
 必ずや、その先には―――』








「猫……」

懐かしさを覚えながら銀は擦り寄ってくる白猫を抱き上げる。
それは魏が回収したカマクラだ。先の戦闘のいざこざに、バックから離脱し新たな主を求めていたところで、銀と遭遇する。
銀も昔はいつも猫を抱き上げ、膝に乗せていた為か、この白猫も手慣れた手付きで腕の中で抱擁する。
そのまま、白猫の頭を撫でてやる。すると、白猫は心地良さそうに目を細めながら、喉を唸らせた。

「どうなってるの、これ」

銀と千枝がジュネスに辿りついた時、既に事は済んでいた。
明らかに争った、あるいは誰かが一人で暴れたとも考えられる、破壊痕。
殺し合いの場であることを考えれば、誰かが二人以上で殺しあった可能性が一番高いだろう。
その争いの主な戦場になったのか、特に家電コーナーが酷い。
洗濯機と冷蔵庫が強烈な勢いを付け、衝突したのか。両者の白を基調としたそのボディが完膚なきまでに凹み、粉砕されている。
螺子や、内部の稼動に必要な機器がぶちまけられ、鉄のミンチが二人の目の前には積まれていた。
他にも、この二つの家電のように様々な家電用具が破壊されては放置されている。
時代が時代ならば、三種の神器と呼ばれた内の二つをこのように扱う事に憤怒する者も居たのだろうが、生憎と二人にとっては見慣れすぎた機器。
憤怒よりも、彼女らを締める感情は恐れと警戒。銀が自主的に観測霊を出し、周囲を捜索する。
もっとも、銀も千枝も家電を扱う場所柄、観測霊の触媒となる水が致命的なほどにまで無い、この近辺での捜索にはあまり期待していなかった。
しかしよくよく見てみれば、周囲には何故か水によって濡らされており、酷い破壊痕であればあるほどその水痕が超著になっている。
予想外の事態に驚嘆しつつも感謝しながら、銀は観測霊から一人の参加者を発見する。

「……居た」

「誰が?」

「青い髪の女の子。歳は千枝より下、多分中学生」

「中学……。隠れてたのかな?」

「違う」

銀の報告に千枝は顔色を変える。一気に血の気が引き、背筋に冷たいものが走った。
状況から推測すれば、その少女はきっと戦いに参加している。
問題はその少女が自主的に戦闘を行ったのか、単なる自衛の為に戦わざるを得なかったのか。
掌にタロットカードを浮かばせながら、千枝と銀はその方角へと進んでいく。

「―――! 駄目、千枝!」

何かを蹴る音が千枝の耳に飛び込んだのと、銀が叫んだのは同時だった。
千枝の目の前に更に危機の部品が降り注ぎ、その後ろから虚ろな目をした青髪の少女が佇んでいる。
これが銀の見つけた少女だと察しを付けた千枝は恐る恐る、物陰から様子を伺いながら口を開く。


「だ、大丈夫……」

「はははははははははははははははははは!!」

見えていない。明らかに少女の目に千枝たちは写りこんでいなかった。
銀が千枝の手を握り、今までに無い程の力で強く引っ張る。

「離れた方がいい」

見れば、銀の腕の中の猫も明らかな警戒態勢を見せ、少女を睨みつけていた。
遅れて、千枝も少女の異変に気付きだす。
理由は分からないが、直感的にこの少女には触れてはいけないと感じた。起爆しかけの爆弾のように、下手な触り方をすれば何かが起こる。
少女の視界から離れるように、一時撤退しながら二人と一匹は物陰に隠れた。

「……な、なんか離れちゃったけど。やっぱり放っておいちゃいけないよね」

「事態を把握したほうが良いと思う。……シャワーを使った後があったから」

「同行者が居るかもって事?」

「多分、悠かもしれない……」

銀が飛ばした観測霊は湯気の立つ、シャワー室にまで及んだ。
そこを重点的に銀が探ると、青い髪の毛ともう一つ銀髪が排水溝に引っかかっていた。
少なくとも二人の人間が、その内一人はあの青髪の少女なのはほぼ確定だ。
そして、もう一人の髪の主。それは千枝の探し人の特徴が正しいのであれば鳴上悠であるかもしれない。
事実、モモカを介しエンブリヲは鳴上に対しても言及していた。そのモモカも向かう方向はこの南東だった。
ここがジュネスであることからも、千枝との合流を考え、鳴上がここに一時的に滞在し休息をとっていてもおかしくない。

「もしかして私達ニアミスしたの……」
「湯気がまだあった。遠くには居ないと思う」
「分かった。先に鳴上くんを探そ」

青髪の少女に対し、何があったのか二人は分からない。下手に接し方を間違えれば付けなくてもいい導火線に火を灯す可能性もある。
気は進まないものの割り切り、一先ず二人は鳴上の探索へと向かった。



「運が良い奴ら……」

過ぎ去った二人を見つめながら、さやかは忌々し気に呟く。
あの笑い自体は演技ではないがそれでも目の前に二人に気付いていない訳ではなかった。
もし千枝がもっと近くに寄れば、殺しても良かった。だが、その前に銀に止められてしまった。
今のさやかの体調では、戦闘は不可能だ。剣を精製した瞬間、ソウルジェムが真っ黒に染まりそのまま魔女にでもなれば目も当てられない。

「鳴上……だったけ。使えるかな」

千枝と銀の会話で千枝は鳴上の名を口にしていた。
タツミと違い鳴上は甘い面もある。自主的な戦闘が実質不可能な以上、彼を一先ずの隠れ蓑として使うには好都合かもしれない。
鳴上には貸しが一つある。彼も無下にはしないだろう。
結果的には千枝と交戦せず、正解だったと内心で安堵しながらさやかも二人の後を追う。
出来れば、タツミと先に合流される前に鳴上に会いたいところだ。







「――イザナギッ!」

魏のティバックから水流が飛び出し、鳴上へと襲い来る。
タロットカードを壊し、鳴上はイザナギを召喚。イザナギはその手にした刀で水流を弾いていく。
しかし更に弾かれた水流が枝分かれし、数本の槍となって鳴上とイザナギを囲う。
イザナギが地面に刀を突き刺し、それを強引に引き抜く。床の表面が抉れ、瓦礫となり散弾のように水流に放たれる。
ペルソナの腕力で薙ぎ払われた散弾は、ブラックマリンの支配下に置かれた水流すらも打ち砕く。
水の槍が砕け、個々の小さな雨となり降り落ちる。だが、魏は笑みを変えずその雨を更に操作し再び水流を作り出す。
次は水流そのものに回転を加えたドリル状の水流。適当な障害物を投げた程度では簡単に貫き、鳴上達ごと穿つだろう。

「キングフロスト!」

イザナギからペルソナを変更し、氷を操るキングフロストを召喚する。
いくら水を砕いたところで、元より不形の液体を御する事にはならない。ならば、水そのものを凍らせてしまえばブラックマリンの力は完封できる。
しかし、ペルソナは変更されない。何故と疑問に思う間もなく、水流が迫る。
咄嗟にイザナギに刀を構えさせ水流を受け止める。だが、非常時に乱れた鳴上の精神がイザナギにも影響されたのか、数秒の拮抗の末イザナギは力なく吹き飛ぶ。
そのまま消失し、鳴上もイザナギの受けたダメージを衝撃を喰らいながら床を転がっていく。

「何……? ジャックランタン!!」

秒も置かず、止めを刺そうと動く水流に鳴上はジャックランタンを召喚する。
理由は分からないが、現状使えるペルソナはイザナギとジャックランタンの二つしかないようだ。
胸に抱く疑問を隅に追いやり、ジャックランタンで水流を迎え撃つ。

「おや。水を相手に炎とは」

魏も呆れながら声を漏らす。ジャックランタンが操るのは炎。それはペルソナをよく知らない魏でもパッと見で分かるほど躊躇だ。
水を相手に炎ではあまりにも分が悪い。まだイザナギを出したほうがマシだ。
しかし、鳴上は覚悟を決めた目でジャックランタンから炎を繰り出す。
数本の火柱と水流が激突し、二者の視界が白い霧のような物で包まれる。

「……! 水を気化させることが狙いだったのか?」

視界を覆う霧。これはより正確に言えば湯気だ。水流が炎に焼かれ温度が百度を超えたことで起きた現象。
湯気の中から、イザナギを従え鳴上が肉薄する。

(血の付いたものを消し飛ばす力……。でも、峰打ちなら)

イザナギが魏を捉えたその瞬間、鳴上の身体を無数の棘が貫いていく。
全身をmmサイズの蜂の巣にされた鳴上はは堪らず、血を吹きながら膝を付く。
そのまま、魏が指を鳴らす音が響き、更に体内から軋むような音が響き全身を激痛が走る。
苦痛に悶えながら、鳴上は倒れ伏す。


「がっ……」

「良いアイディアでしたが、湯気も水であることには変わりない。そこに私の血も含ませていただきましたよ」

むしろ、気化したことで意図せず水の包囲網が生まれたのは魏からすれば好都合であった。
そこに血も仕込みながら鳴上に攻撃を放てる。とはいえ、攻撃の規模は小さく鳴上を仕留めるには至らないが、十分なダメージは与えた。
身動きの取れなくなった鳴上に魏は腕から垂れた血を浴びせようと腕を振り上げる。

「守ってトモエ!」

その次の瞬間。もう一つの異形が薙刀を横薙ぎに払う。
魏目掛けた薙刀を身体を屈めて避け、異形に血を浴びせる。指を鳴らし血が光るが、魏の能力が発動する前に異形は一瞬にして消える。
困惑した魏に鳴上がイザナギを召喚し刀を繰り出す。刀に血を投げ、刀身を消し飛ばすが、イザナギの蹴りが魏にめり込みそのまま後方へ蹴り飛ばされる。

「里中、なのか?」
「よかった。鳴上くん!」

鳴上の応援に来た異形の主は鳴上が普段目にする人物。
他でもない、里中千枝その人だった。
再会を喜ぶのも束の間、血が二人目掛けて飛びかかる。鳴上は痛む身体に鞭打ち、千枝を押し倒すように覆い庇う。
血は二人の頭上を過ぎ去り、壁面に付着するとそのまま光り付着面が消し飛ぶ。

「気を付けて……血の触れた物が消える能力……。黒も苦戦してた」

「この、娘は?」

「大丈夫。銀ちゃんは私達の味方だから」

千枝の後ろに猫を抱きながら佇む少女。表情からその内面は図り切れないが、千枝が信用する辺り敵ではないのだろう。
鳴上も深く言及はせず、イザナギを再度召喚し直し刀を元の刀身へ精製する。
魏もトモエに蹴られた箇所を抑えながらも、こちらを見つめて静かに構える。
互いに動の攻防から、隙を伺う静の攻防へと縺れ込む。だが、やはり圧倒的に実戦の経験が無い鳴上達の方が不利だ。
ジリジリと距離を縮めてくる魏に対し、鳴上も千枝もまるで隙が見当たらない。先手を取ろうにも魏の凄みに威圧され手が出せない。
対して魏は余裕を持ちながら、軽やかな歩みを見せている。

(増援には些か驚かされましたが、まあ大した事はない。以前のスタンド使い(にんぎょうつかい)達に比べれば技も経験も浅い)

以前、まどか達と交戦した五人。より正確には三人か。
あの赤と炎の戦士は学ランと外人の二人の能力なのだと、ペルソナを目の辺りにして、魏は初めて理解した。
さて、目の前の二人もあの男たちとかなり質の近い能力者ではある。だが、対人に関してはかなり甘い部分が目立ち、経験が少ないのは明白だ。
経験で言えばあの学ランも男も彼らと然程変わりはないが、あの男は生まれ持った素質なのか歴戦の戦士に近い熟練された精神があった。いざと言う場合に関し人を殺すという覚悟や、度胸もある。
もっとも比較対象である学ランの男が異常なのであって、目の前の彼らの反応が一般人としては当然なのだが。


(感情のない契約者とは違い、感情が残っている能力者はやりやすい。
 ……首輪が二つのBK201のドール、確か銀でしたか。彼女も確保すれば奴を誘き出せるかも―――)

この時、本来なら使い捨てであるドールを利用できると判断したことに魏は疑問を抱いた。
妙だ。黒は契約者であり、合理的な思考をする。このドールを連れた所で黒を誘き出せるはずがない。確実に彼女を見捨てる選択を取る筈だ。

(何故だ? 何故、私はあの男が関係する判断に関し、合理的になれない? 何故……)

まるで、この思考は人間のようだ。契約者としての合理的判断が微塵も挟み込まれていない。
その動揺は魏に少なからずの動揺を与え、隙を見せた。それを見逃すような敵ではない。

「―――!」

ただし、如何に動揺しようとも魏が実戦に置いて鳴上達に後れを取る事は早々無い。
あるとすれば自分と同じ土俵に居る、同類の暗殺者。
風を切る音と共に魏の身体に衝撃が走る。即座に水を盾にするが、その盾を拳が突き破り魏の頬に直撃する。
拳の威力が水に阻まれたことで落ちたこと。魏が掌を挟み込み、尚且つ体を後ろに逸らす事で衝撃を最小限留めたこと。
この二つが重なり、ダメージを負うものの致命的なものには至らなかった。
だが、魏は舌打ちしながら一気に後方へ下がり距離を取る。

「これで借りは返せたか、悠!」

「タツミ!
 ……まさか、タイミング狙ってたのか?」

「悪い。隙が無かったからな」

タツミと鳴上が軽口を叩き合う様を見ながら魏は忌々し気に表情を歪める。
鳴上達もタツミも個々であれば、実力は魏が上回る。それは先程の戦闘で証明済みだ。
だが徒党を組まれるとなると非常に厄介だ。

(何故、こういつも邪魔が入る……!?)

水を操作し、極細状の針のように水を形成し周囲に展開する。
増援は“二人”。このままでは実質四VS一。如何に、その内の三人が素人であったとしても分が悪いところではない。
ここは戦力を削る事を優先すべきだ。殺害を視野に入れず、広範囲目的の攻撃で素人連中が怯んだ隙にプロであるタツミを真っ先に排除する。
タツミさえ消えれば、あとはそこまで手こずりはしないだろう。


「さや――」

水の針が四人に降り注ぎ、鳴上、千枝はペルソナを展開しながら銀を連れ攻撃から身を隠す。
そしてタツミは当然、異能を持たない。それ故、戦場の地理を利用し物陰を盾として動く。
唯一動けなかったのは、たまたまタツミが戦場に現れたのと同じタイミングで千枝たちに追いついてしまったさやかだった。
ここで魏にとってのうれしい誤算だったのは、さやかが激しい身動きを取れる余裕がなかったことだ。
外見的には然程大きな外傷はない。だが、その魔力は既にジリ貧。さやかは既に変身すら出来ていない。
未変身のさやかでは、ブラックマリンの攻撃を避けるどころか目で追えすらしない。

「や、助け―――」

罠を勘ぐる魏だが、さやかは本当に動けないことを確信し彼女の抹殺を優先した。
恐らくは能力の対価なのか。契約者であろうがなかろうが、強力な能力には代償が付き物なのかもしれない。

(不味い、あのままじゃ……)

魏の放った攻撃は極細の針状の為、殺傷力自体はそこまで高くはないがさやかがこのまま動けずにモロに受ければ別だ。
だが幸いにもさやかとタツミは意図せず、距離が近い。全力で駆け、さやかを回収すれば互いに傷一つ負わず切り抜けられるのではないか?
かなり危険な賭けではある。
しかもさやかは乗っている可能性が高い。いっそここで死んでくれた方が後腐れもない。だが、今目の前で助けを求められた以上、救わない訳には―――

(待て、あいつ。左腕が直ってる……。まだ、余裕がある、のか?)

危険種顔負けの再生能力。考えれば、初対面の戦闘で一度殺したにも関わらず、さやかは未だに平然としている。
この程度の攻撃で死になどしないのではないだろうか。この思考に辿り着いた時、タツミは完全に動きを停止させた。
もしも、インクルシオがあれば、いや本来の得物の剣でもいい。多少の無茶が効く装備に恵まれていれば、さやかの救出に向かったかもしれない。
だが現状、タツミには余裕がない。ルーンの刻まれた手袋があるとはいえタツミは実質素手の戦闘は専門外。
もしここでさやかを救出したとしても、タツミが致命傷を負えばどうなる? 鳴上達だけで魏の相手は難しい。
何より、ナイトレイドの仲間であるアカメがたった一人この場に残されてしまう。
クロメが落ちたにしても現状ナイトレイドが二人、イェーガーズが三人の対立図。ここで脱落してアカメに負担を強いらせる訳にはいかない。

「手を伸ばせ、さやか!!」

距離としては最もさやかから遠く、離れていた鳴上が飛び出した。
何の打算もない純粋な善意から伸ばされた手は、あまりにも遠く、無情にもさやかには届かない。
涙を溜めたさやかの表情が鳴上の目に焼き付けられる。
またこの手は誰も助けられない。クマも雪子もエンブリヲに囚われ命を落とした少女も。

「駄目、鳴上くん!!」

飛び出した鳴上を千枝が掴み抑え込む。二人の目の前でさやかはその全身を水に貫かれる。
体中に穴が穿たれ、水芸の踊り子のように血を吹きながらさやかは倒れ伏す。
最早、彼女の身体に赤く染まっていない部位は無いほどに、その身体は血と皮膚との判別がつかない。
床を血がしたり、鳴上の足元にまで赤い河が広がり、彼の顔を赤く映す。


「あっ、え、ぇ……」

痛覚は遮断している。ただ、さやかにあるのは消失感のみだ。
今まで負ったものとは違う。回復にあてがう魔力は最早ない。このままさやかを待つのは死だ。
本来の人間であるならば、既に生命維持に必要な器官の全てが故障し壊れている。息すらまともに吸えず、声もろくに上がらない。
正常に作動しているのは脳みそと涙でぼやけた視界だけだ。

「ぐ、い……ひ、……が、ぁ」

「おい立て。早く再生しろ」

「ひ、は……ぅ……」

「魔法少女の再生力なら、この程度平気だろ」

淡々と言い。攻撃が止んだのを見計らいタツミはさやかに背を向け、魏へと対峙する。

「……まるで契約者ですね」
「何がだよ」
「いや、何でもありませんよ」

さやかを殺せば、少なからずの隙になると伺った魏だがタツミの合理的判断には些か驚かされた。
存外、人間も契約者も然程変わらないのかもしれない。そうどうでもいいことを考えながら、魏はタツミとの戦闘に意識を向ける。
残りの人形使い達はさやかの無残な姿に戦意喪失し、戦力として考えなくてもいいだろう。


「――――イザナギィィィィィ!!!!!」

「なr―――」

否、この判断は早計だったと魏は思い直す。
タロットカードを握り潰し、イザナギが刀を振りかざし迫る。
ただしそれは魏に向けたものではなく、他の誰でもないタツミへと向けられたもの。
咄嗟に拳を刀にぶち当て逸らす、しかし刀を振りかぶった遠心力を利用した蹴りをモロに受け吹き飛ばされる。

「ゆ、う……。お、前……」

「何でだ。何で、お前はそんなことが言えるんだ!」

誰しも、他人の為に命を張れないのは分かっている。だから、タツミがさやかを助けられなかったのは仕方のない事なのかもしれない。
あの場面は誰しも切羽詰まっていた。
鳴上も衝動的に動いただけで、千枝が居なければさやかごと身体を貫かれていただろう。
タツミもそれを予見し、さやかの救出を諦めたのなら、まだ良い。
だが、あの後の台詞だけはどうしても聞き流せない。
さやかが必死に求めているもの。彼女ら魔法少女の命綱であるグリーフシードであることは間違いない。
それをタツミはまともに聞き入れないどころか、彼はあんな冷酷な一言まで浴びせた。


「グリーフシードを渡せ」
「馬鹿な、こと考えんな……」
「……力づくで奪う」

鳴上の頭には血が上り周りが見えていない。あれほどまでに荒ぶった鳴上は見たことが無い。
止めないと。千枝がそう判断し駆けだそうとした時、彼女の後ろに居た銀が頭を押さえ苦悶の声を漏らす。
振り返れば、銀は額に脂汗を滲ませながら顔を歪ませ膝を床に付けていた。

「銀ちゃん!? 銀ちゃん!!」

「だ、駄目……」

鳴上のペルソナが、絆の力が籠った全てのタロットカードがタツミの前で展開される。
今までに幾度となく窮地に陥った場面で発揮したペルソナの合体。だが、今回だけは今までと勝手が違う。
タロットカードが赤黒く濁り、まるで死者から流れる血のようだ。
そのタロットカードの中心生まれた深淵。そこに何者かが潜みこちらを伺っているのが千枝には見えた。

(鳴上くん、駄目……それは出しちゃ……)

鳴上は気付かない。自らが召喚しようとする者が何なのか。
怒り、憎しみにより犯された精神は新たな力を齎すとともに、真実を見極める眼を曇らせる。
ただ今の鳴上にあるのはさやかを救えなかった、身近にいた人達を仲間を救えなかった虚しさと悲しさ。
自身に湧く怒りと、誰かを傷付ける他者への憎悪。

「……聞け、さやかの奴は再生できる。それが魔法少女の……」
「だから、グリーフシードを早く渡せ」
「馬鹿、下手にこれを渡せばさやかは俺達を殺しに来るかもしれない!
 ソウルジェムを渡した今、これはある意味最後の鎖なんだよ」
「見えないのか? さやかのソウルジェムはあんなに濁っているのに!」

「なっ!?」

鳴上の台詞で初めてさやかの持つソウルジェムの異変に気付く。
先程の攻撃で、ソウルジェムを取り落としたのだろう。血だまりの上に転がる一つの宝石。
それは深い闇のような黒に染まっていた。恐らくは魔力消費の限界にまで達していたのだ。

「……嘘だろ。前に渡してからそんなに時間は……まだ余裕も」

気付かなかった。まさか、さやかがここまで追い込まれたいたとは。
一度死んでも蘇り、ジョセフと交戦しても尚、あれだけピンピンしていたさやかがこんな事で死にかけるのか。
その疑惑がどうしてもタツミに己の過失を認めさせない。


「まだ。……さやかが死に掛けたフリをしている可能性だってある」
「タツミ……! いい加減に……」

鳴上の手が、タロットカードと重なろうとしたその瞬間、場の雰囲気が変貌する。
闘争により響き渡った騒音が、今となっては嘘のように静寂に切り替わる。
全身の毛穴が開くような嫌な感触。これは、子供の頃に夜中良く居もしない幽霊に怯えていた感覚と似ていた。
もっとも、今感じるこれはそんな幼少期の思い出とは比べ物にならない。生物としての本能が、全霊で警鐘を鳴り響かせる。


―――TEMPESTOSO(嵐のように) AFFETTUOSO(愛情を込めて)



この場に居る誰しもが理解した。
これから生まれるの人間にとっての天敵。
人間の呪いより生まれし負の存在。

「ペルソナ……いやシャドウ、なのか」

鳴上が最後に見たのは、人魚の身体を持った巨大な異形。
ペルソナではない。同じ人の心により生まれた存在だが、その性質は真逆。
新たに現れた巨大な物質にジュネス内の壁面崩れだし、異形が剣を精製し周囲に展開する。
目の前の異形の恐れおののくのでもなければ、戦うこともない。ジュネスは完全に倒壊し鳴上達を飲み込んだ。





倒壊したジュネスの残骸。そこからイザナギが鳴上を守り、鳴上は這い上がる。
数分ぶりの地上の空気を吸った時、鳴上が抱いたのは驚嘆だ。
眼前に広がるのは小さな異形が奏で合う演奏。その中央に演奏に合わせ、指揮を執るかのように体を震わせる半漁の巨人。
周りに展開された剣と、同じく青を基調とした色合いの身体が鳴上に美樹さやかの顛末の姿だと示していた。

「何なんだ……これがさやか?」

鳴上の傍らに転がる目に光がないさやかだった肉体。全身が血に濡れているが、それを差し引いてもあれが生きた人間のものではないと分かる。
魂がないのだ。人が人たる存在の一つである魂がその身体には宿っていない。
恐らく、さやかの中身は今、鳴上の目の前に佇むあの怪物だ。
人の心の闇からシャドウが生まれるのとは違う。少女の絶望が、肉体以外の全てを犯した時、変貌したものがあの存在なのだろう。

「鳴上くん……」

「……里中」

同じく瓦礫を退かし一命を取り留めた千枝と銀、そしてタツミがトモエに守られながらこちらへと来る。
感情の起伏が薄い銀以外は、その表情に恐怖や驚嘆といったものが入り混じっている。

「あれが、さやか?」

「……そうだ。タツミ、これが……さやかだ。魔法少女の絶望が彼女の姿を……」

「嘘、だろ?」

タツミは自らの手に握られたグリーフシードを見つめる。
もしも、これをもっと早くに渡していれば。
きっとさやかはこんな姿に変わる事はなかっただろう。この結末は全てタツミの判断ミスが招いた結果だ。
全てを信じる。それは不可能でもある程度の妥協、それとなく言葉を掛け彼女が道を違えぬよう導く。
やりようは幾通りもあった。だが、タツミもまたまだ導かれる側の人間だ。
アカメのように達観しきってもいなければ、タツミの師であり兄貴分でもあるブラートように精神的に成熟もしていない。
だから分からなかった。さやかに対し、どう接すればいいのか。排除すべきなのか、説得に専念すべきなのか。

「―――殺すしかない」

「何?」

「この責任は俺が取る。さやかは俺が殺す」

過ぎた失態は取り返しがつかない。今、タツミに出来るのはこれ以上の犠牲者をなくすこと。
怪物を生み出した原因が、タツミによるものなのなら彼女を殺すのもまたタツミの役目だ。
この発言に鳴上は再び怒りを取り戻し、タツミの胸倉を掴み上げる。

「まだ、さやかが助からないと決まったわけじゃないだろ!」

鳴上の経験ではシャドウに取りつかれた人間は、少なくとも間に合えさえすれば全員助けることができた。
何よりも人は心の闇に打ち勝つことができるとも知っている。故に、さやかもまだ救う手はあるのだと考えてしまう。
だがタツミは逆だ。良くも悪くもリアリストな思考。
説得を試みるのは良いが、あのような怪物に言葉が通じるとは思えない。それよりも、あの存在は確実に人を害するものだ。
今、ここで仕留める事こそが無辜の民を守る事に繋がると信じている。


住む世界に経験した戦い。二人の人生はある意味正反対であり相容れない。
もっとも、本来のタツミはもっと視野を広く持てた。殺し屋としてのリアリストな面と、熱血漢でお人好しな好青年の面。タツミには二つの顔がある。
だが、同時にまだ発展途上でもあり、この場のタツミには彼を支えた仲間。レオーネやスーさんなどが居らず余裕がない。
戦力的にも精神的にも、彼には何の支えも殆どない。これも全て悪い方向へ作用してしまった。
一度悪だと認識したものを再び信用するのは難しい。アカメもこの場で出会えた仲間たちが居なければ、タツミと同じ考え方を変えなかった筈だ。
特にタツミは、アカメ程の実力者でもなければ帝具もない。一度心を許し、不意を突かれれば一溜りもない。
例え過激だろうと確実で安全な方策を取ってしまうのは無理のない事でもある。

「聞け。アイツ、首元に首輪が付いてやがる。
 多分参加者って扱いなんだろう。流石にあの化け物と正面から帝具なしじゃやり合うのは自殺行為だが、あの首輪を上手く誘爆できれば……」

「どうしても……どうしてもさやかを殺す気なのか?」

「あれはもうさやかじゃない。化け物だろ」

「――ッ」

幸い、さやか……いや人魚の魔女オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ。
彼女は使い魔たちの演奏に気を取られ、鳴上達には気付いていない。
タツミの言う通り、この隙に首輪の爆破を誘導させられれば勝機はある。
もっとも、だからといって鳴上はそれを認められるはずもない。事情は知っているが、それでもさやかは鳴上を助けた恩人でもある。
何より、タツミのあまりにも無慈悲な判断には生理的に反発感を刺激させられてしまう。
鳴上はタツミの服を掴もうと手を伸ばすが、タツミはその手を振り払い駆けだす。
ペルソナ使い本体はただの人間。タツミの脚力にただの人間の鳴上が付いていける筈もない。
一気に距離を離され、タツミは既にオクタヴィアの間合いに入り込んでいた。

(いける。まだ気づかれてねえ)

暗殺者としての最低限のスキルである気配の遮断は魔女にも有効だ。
使い魔すらタツミの存在に気付かず、演奏を未だに続けている。タツミは跳躍しオクタヴィアの首元へと上昇する。
ナイトレイド以前から危険種を狩り続けてたタツミからすれば、容易な事だった。
そして手を伸ばし、首輪を強引に外そうとし爆破させる。決着はついたかと思われたその時だった。

「っ!」

タツミのミスは二つ、一つは彼はこの場でも冷静な判断が下せなかったことだ。
使い魔もオクタヴィアもタツミを襲わなかったのは、気配を消していたから。演奏の邪魔ではなかったからだ。
普段の拙いながらも、研ぎ澄まされた洞察眼ならばその性質を即に見抜いていたはずだ。
だが、この瞬間オクタヴィアを殺害しようとしたこの瞬間のみ殺気が漏れ、それが使い魔たちの演奏の妨害へと発展する。
殺気を感じた使い魔が演奏を止め、演奏に聞き惚れていたオクタヴィアがゆっくりと動き出す。
タツミの伸ばした手の軌道上から首輪は逸れ、タツミは真正面からオクタヴィアと対峙することとなる。


「ぐっ……」

もう一つ。それはオクタヴィアをただの危険種同然と侮ったこと。
如何に異形の姿をし、人としての理性を無くそうとも元は人より生まれた存在。
その知性は並の危険種を凌ぐ。

タツミの狙いを察したオクタヴィアは周囲に剣を展開する。
それらは弾丸のように射出されタツミの四方を取り囲む。空中で身動きが取れない以上、全てを打ち落とすしかない。
両の拳を握り込み、向かう剣全てに拳を叩きつける。甲高い音を響かせながら、剣を弾きタツミは落下していく。
頬を、肩を。幾数もの掠り傷を作りながら、念願の地上まで約数歩程といったところでタツミの眼前から車輪が飛来する。
剣の処理に手間取ったタツミにそれを防ぐ術はない。車輪が直撃しそのまま吹き飛ばされていく。

地面を何度も飛び跳ねながら、身体を打ち付けていくタツミに使い魔達が群がる。
コンサートの邪魔をした不届き者への怒りを込めながら、コミカルな動きでタツミを取り囲む使い魔達。

「イザナギ!」
「トモエ!」

だが、その使い魔達の中心に二体の異形が青の発光と共に飛び込む。
黒の異形イザナギは刀を、黄色と緑の異形トモエは薙刀を振るい使い魔達を薙ぎ払っていく。
力なく切り刻まれた使い魔達は消滅し、オクタヴィアはその敵対対象を二対の異形とその主、鳴上と千枝に向けた。

「タツミ? おいタツミ!! ……気絶しているのか」
「とにかく、やるしかないよ鳴上くん。このままじゃ、きっと誰かを殺しちゃう」
「……。分かってる。でも、どうすればさやかを……」

シャドウとは違い、影を受け入れるべき主は不在。さやかの肉体は残っているが、果たしてあの怪物を倒せばさやかの肉体に魂が戻るのか。
分からない。同じ人の負から生まれながらその在り方は別の存在。せめて、この場にりせが居れば何らかの情報を提示してくれたのかもしれないが。

オクタヴィアは怒りに任せ、車輪と剣を精製し鳴上達に降り注がせる。
トモエとイザナギが刀で弾くが手数が違い過ぎる。
その身を切り刻まれながら、ペルソナの身体にノイズが走り二人の顔も苦痛に歪む。

「ぐっ、あああああ!」

イザナギの右腕に剣が突き刺さり刀を取り落とす。そのイザナギに向かい車輪が奔りイザナギの鳩尾にめり込んだ。
衝撃が鳴上に伝わり、腹の中の空気と唾液を強制的に吐き出される。意識が飛びかけた鳴上にお構いなく、イザナギの周囲に使い魔が群がりその魔手を伸ばした。
激痛で鳴上の操作が遅れたイザナギを使い魔達が抑え込みながら、オクタヴィアの剣がイザナギの首に振るわれる。

「ち、チェンジ……!」

酸素が回らず虚ろになった意識で鳴上はアルカナを切り替え、ジャックランタンを召喚する。
イザナギを抑えていた使い魔達が掴む対象を見失い総倒れになる。そこへ炎を叩き込み使い魔達を一掃。
だが、消えた使い魔達はほんの一、二匹。人魚の魔女より生まれた為に水の属性を持ち、炎に耐性があるのかもしれない。
鳴上はジャックランタンを下がらせ、後方のトモエと前線を入れ替わった。


「大丈夫なの鳴上くん、調子が悪そうだけど」
「大丈夫だ……。すぐに戦いに戻る」

鳴上本人は自覚していないが、千枝からしてみれば鳴上の様子がおかしいのは明白だ。
プロには及ばないながらもカンフーを齧った千枝はある程度、人の戦いぶりからある程度のコンディションを図れる。
その洞察眼に映る普段の戦闘からは思いもよらない、ペルソナの動きの鈍さ。
チェンジを多用しないのを差し引いても、明らかな迷いが刀に現れているような気がした。

(あのタツミって人も……。何か迷ってる感じだったし、銀ちゃんも……)

否、鳴上だけではない。タツミもまた迷い、それが戦いにも表れていた。
更に銀も頭を押さえ、顔を歪めている。普段から表情を表に出さない彼女からはあまり考えられない。

「鳴上くんは銀ちゃんを守ってて、私が何とかあの娘を……」

「千枝……無理は……」

銀が不安げに千枝を気に掛けるが、膝に力が入らず崩れ落ちる。
顔が地面に触れる前に鳴上が受け止めるが、その顔はやはり優れない。同様に鳴上も不安に身を焦がすが、今の自分ではろくな戦力にならないのは自分自身が良く理解している。
精神的に不安定な事に加え、ペルソナの不調。鳴上のもつワイルドの力は状況に合わせペルソナを切り替えることが最大の強みであるのに対し、何故か二体のペルソナしか使えない。
一つのペルソナで戦い続けた経験の少ない鳴上は今や千枝や、ペルソナ使いに成り立ての直人にも劣るかもしれない。

「何でだ……何でペルソナが変わらないんだ……何で……!」

「……」

鳴上の腕の中で、銀は何かが変わりつつあるのを徐々に自覚していく。
以前から何かが生まれるような感覚はあったが、この場に来てからその衝動は更に増すばかりだ。
怖い。何が生まれ落ち、銀を喰らい現界しようというのか。ドールにはない恐怖という感情が銀の胸中を染めていく。

「……黒」








(どうすりゃ、良かったんだ……)

戻った意識を辛うじて繋ぎ留めながら、タツミは自問自答を繰り返す。
最初に会った時、あの時さやかを殺せていればこんな事にはならなかった。今頃鳴上と対立もしないで頼れる仲間になっていたはずだ。
殺せていれば、殺せて……。

―――怖いです。でも...助けられる人を助けたいと思うのは当然じゃないですか。

助ける。
ここに来て二番目に出会った少女の台詞がタツミの脳裏を過ぎる。
本気ではないが、少なからず殺気を放ったタツミを前にしてもあの少女は初春はタツミの前に立った。
そこには明確な信念があり、タツミはそれを尊重すべきなのかもしれないと考える。でも、それが間違いだったのか。
初春とジョセフの反対を押し切り、さやかを殺すべきだったのか。

(殺さないと……殺して……殺して……)

タツミの胸を占めるのは焦りだ。
この場にナイトレイドはタツミを含め二人。対するイェーガーズは四人。
内一人は落ち、百歩譲って性格を考慮しウェイブも外したとしても残り二人。性格的にも戦力的にも厄介な連中が残ったのは間違いない。
特にエスデス。帝具も体内に取り込んでいる彼女は鳴上が異能を行使している点から考えて、戦力は全く下がっていないだろう。
仮にイェーガーズが彼女一人になったとしても現状のナイトレイド勢だけでは十分おつりが来るほどの戦力差。
だから、甘いことを抜かす時間などなかった。イェーガーズの対処だけでも手一杯だと言うのに、殺し合いに乗る悪に手間取らされる訳にはいかない。
例え、同情すべき理由があれど殺し合いに乗るのなら殺す。甘さを見せタツミが、下手をすればナイトレイドの切り札であるアカメまでもが死ねば最悪の展開になる。
それだけはどうしても避けなければならない。






「ぐっ……」

イザナギが消えたことでトモエに攻撃が集中し負担が一気に圧し掛かる。
千枝の額に脂汗が滲み、トモエの身体を剣の嵐が切り刻んでいく。
手にある薙刀も罅割れいつ砕けてもおかしくない。その状況の中でも千枝は決して取り乱さず、ペルソナを操作し冷静に状況を見極める。
この場に来て学んだことの一つだ。
例えば、訓練を受けていた事を除けばただの人間であるヒルダはその差を経験から埋め、魔法少女とペルソナ使いの戦いに割り込み勝機を見出した。
クロエも線路での戦いにおいて、自らの能力を最大限利用しエンブリヲの裏を?き出し抜いていた。

(落ち着いて……今は後輩たちも鳴上くんの力もない。
 冷静に……冷静に……)

トモエの身体が更に切り裂かれ、ノイズが走り千枝にダメージが跳ね返る。
だが、その瞬間一つの奇妙な点に気付いた。
オクタヴィアの動きには規則性がある。ロボットのような機械的なものではない。
それは拙さからくるもの。言うならば、能力を完全に使いこなせていない初心者染みた動きだろうか。

(そうか。まだあの力に慣れていないんじゃ)

人の姿からあんな異形に変わったのだ。如何に力が増そうが、いきなり身体があれほど変貌すれば力になれるには時間がかかる。
つまり、今のオクタヴィアは試運転状態と言ってもいいかもしれない。

(規則性があるなら……)

オクタヴィアの禍々しい姿に威圧され、知らず知らずの内に防御重視の戦い方をしていたが。
見方を変えるなら、喧嘩に不慣れな素人が相手だ。

飛び交う車輪と剣の中をトモエは薙刀を下し、疾走した。
一見、自殺行為に見える行動。戦いを見ていた鳴上も焦り、助力しようとタロットカードを壊そうとする。
だが鳴上の予想に反し、トモエは飛び来る車輪と剣を軽やかに避けオクタヴィアと距離を縮めていく。

「やっぱり……素人が相手なら私でも……!」

喧嘩慣れしていない素人の動きは案外読みやすい。
例え相手が男でも、千枝は花村レベルなら軽く倒せる自信がある。
カンフー映画を好み、鍛錬も欠かさなかった千枝の日頃の賜物がここに来て響いた。
まるでカンフー映画の男優のようにパワフルで、それでいて舞のような動きでトモエは車輪と剣をいなしていく。


「ハイカラだ……」

鳴上がトモエの動きに驚嘆し感心しながら呟く。
千枝がカンフー好きなのは知っていたが、それをペルソナの戦闘にまで活かすとは。
ここに来てから彼女もまた成長していったのだろう。

「行っけェ! トモエ!!」

使い魔達を蹴散らし、トモエは自らのスキルの発動範囲まで辿り着く。
トモエが覚えるのは大半は物理系のもののみだが、少ないながらもブフ系の氷のスキルも習得する。
オクタヴィアを殺せばさやかが死ぬ以上、下手な物理攻撃を放つわけにはいかない。
ならば残るのは氷系の攻撃。得意分野ではないものの、氷のスキルでオクタヴィアを凍結させられれば彼女は一時的にではあるが止まる。
無論、普通の人間であるのならそれでも死ぬだろうが、幸い魔法少女は生命力が高い。凍結程度で死ぬことは無いはずだ。

トモエがブフ系のスキルを放ち、冷気がオクタヴィアを包み込む。
死なないよう最大限に加減し、だが動きを止めるよう調節したその一撃はオクタヴィアを凍らせていく。

「……やった」

全身が凍結されたオクタヴィアを見ながら、千枝は緊張の糸が切れ一気に崩れる。
膝を地に付き、息を吐きながらペルソナを消す。
使い魔達も主の凍結に動きを止め、消滅していく。
結論を先延ばしにしただけなのかもしれないが、一先ずの危機は去ったと言えるだろう。
ゆっくりと鳴上達の方へ振り返り、笑顔を見せる千枝。

「鳴上くん、銀ちゃん……」



「千枝、後r―――」



ずぶりと。身体を冷たい鋭利なものが貫く。
千枝が視線を落とし、腹部から生えてきたものを視界に移す。
赤く血に濡れた、銀色の刃。先ほどの戦いで嫌と言うほど見てきた剣。
何故と思う間もなく、千枝は意識を手放し、自らの血でできた赤い海に倒れ伏す。
鳴上が何か叫んでいるようだが、耳に届かない。あるのは喪失感と死ぬという絶望感。

(いや、死にたく―――)







……たすぇ……ち、ぇ……なるか……ぁ……ぁぁ……


……センセイ……



夢で見た、雪子とクマの死に様がリフレインされる。
焼け爛れた炭のような、以前の美貌は見る影もない雪子の焼死体。
空気が抜けきり、中身のない着ぐるみのようになったクマ。

そして目の前で串刺しになり血まみれで死んでいく千枝の姿。

「っあぁ……」

声にもならない呻きが漏れる。
頭の中が真っ白になり、鳴上から理性を奪っていく。
あるのは虚無感と絶望と憎しみ。
また仲間を失った虚無感と、もう二度と会えないという絶望。そして、誰がこんな目に合わせたのか。内より無限に湧き出る憎しみ。

「うわああああああああああああああああ!!!!!」

形振り構わず、鳴上は涙と共に叫んだ。
何を憎めばいい。
目の前で千枝を守れなかった己の無力さか? 殺し合いを開いた広川か? 千枝を直接殺したさやかか? このような事態まで悪化させたタツミか?
憎い、憎い、憎い。
全てが憎い。全てが鳴上にとっての敵であり、壊すべき憎しみの対象だ。

青のタロットカードが黒く淀む。
鳴上の眼前に全てのペルソナのアルカナが記されたタロットカードが輪になり、並べられていく。
その全てが例外なく、黒の漆黒に染まり赤い血管のような脈動を見せている。
そしてその中央に広がる深淵。


―――壊せ。

深淵から声が響いてくる。
破滅を破壊を望む、暗黒の言霊に鳴上に意識を引き摺られていく。

「だ、め……それは……」

頭を抑えながら、銀が鳴上に静止を呼び掛ける。
だが銀の声は届かない。鳴上の心に響かせるには、銀の言葉ではあまりにも心許ない。
鳴上は彼の中に響く声に従い、手をゆっくりと動かす。

「なん、で……いや……」

銀の目に写る新たな人影。それは常日頃から見慣れた観測例に似ている気がした。
何より、そのシルエットは銀の身体を模した丸みを帯びた女性のもの。
彼女が何なのか。どうして、自分の姿に近いのか分からない。
ただ一つ言えるのは、あれを目覚めさせればきっと災厄を齎すという事。
恐らくは銀を飲み込み、そして―――





「壊、す……。壊す……!」

鳴上から奪っていく者達をこの世界を全てを壊してしまえばいい。
それだけの力を鳴上は持ち得る。そして全て壊し、もう一度作り直す。
広川は言っていた。如何なる願いも叶えると。
全てを壊した後で、三人を生き返らせればいい。そしてあの日常へもう一度帰る。

「そうだ……取り戻せるんだ……全部、全部壊して……」

鳴上の身体に銀に似た観測霊が纏わりつく。
それは鳴上の握る最後のタロットカード。唯一これだけは黒化を逃れたイザナギと共鳴し、徐々にイザナギすらも黒く浸食していく。
その様を深淵の中心に潜みしモノは愉快気に見つめる。
今か今かと己の降臨を待ち遠しそうに、鳴上を誘発する。
それに比例して、イザナギのタロットカードの青い光が弱まり、黒の輝きに呑まれてゆく。

「ペル―――」

目の前に並ぶタロットカードにイザナギのタロットカードを翳す。既にその輝きは黒に染まりつつあり、鳴上の精神を現しているかのようだ。
憎しみを糧に全てのペルソナが統合されていく。深淵は更に深く濃くなり、鳴上の目が見開き血走る。
これより生まれるのは破壊の為に破壊を繰り返す。惨劇と悲劇だけを齎す、最凶の災厄。

「ソ―――」

地獄門の内部より生まれし、襲来せし災害。
門より出し者。




「ごめ、ん。鳴上、くん……」

全てのペルソナを統合しようとした次の瞬間。鳴上の頬に蹴りがめり込んだ。
強烈すぎる蹴りに鳴上はこの場に来てから最も命の危機を感じるほど。だが、同時に最も優しさに溢れた痛みが鳴上の頬から伝わる。
為すがままそのまま蹴り飛ばされ、鳴上は地面に叩きつけられ無様に転がっていく。

「何……やっ、てんの」

串刺しにされながらも。血を流しながら今にも倒れそうなぎこちなさを見せても。
千枝は未だに鳴上の前に立ち、見下ろしてくる。
身体は限界のはずだ。誰の目に見ても致命傷。回復系のペルソナはあればまだしも、千枝はもう助からない。

「里、中……」

「こんな、こと……やって、どうするの……」

だが、その声はその目は未だ死んでいない。強く鋭く、鳴上を捕らえ離さない。

「俺は、許せない……里中を天城をクマを殺した奴を……守れなかった自分を。
 だから、全部壊す! そして、やり直せばいいんだ……。全部なくして、やり直せば……」

「ふざ、けんなああああ!!」

鳴上の均整の取れたフェイスに拳が叩き込まれる。鼻血を吹きながら、更に鳴上は吹っ飛ばされる。


「ぅっ、げほっ……!」

同時に致命傷を負った身体を酷使した影響で口から血を吐き出しながら千枝もまた膝を折る。
だが歯を食いしばりながら、千枝は再び立ち上がりそのまま大の字で寝転ぶ鳴上の元へと歩んでいく。

「はぁ……はぁ……。ぐっぅう……」

身体を動かすたびに、全身の肉が張り裂けそうなほどの水気の混じった軋みのような音が耳を突く。
音に合わせて激痛が今にも意識を手放しそうなほどの苦痛の演奏が千枝を蝕んでいく。
どうして、こんなことをしているのだろう。どうせ、死ぬのなら楽に死ねば良いじゃないか。
本当に早く楽になりたい。もう開放してほしい。

(死ぬ、としても……こんなところでまだ倒れる訳にはいかない、から……)

鳴上は誰のシャドウを見ても、受け入れてくれた。
花村も、千枝も、雪子も、りせも、完二も、クマも、直人も。自分の影を受け入れたのは、鳴上が居たからだ。
鳴上がみんなを導いて救ってくれたから。みんながペルソナを得て仲間になっていった。

(だったら、さ……まだ死ぬ前にやる事が、あるじゃん、私)

そうだ。助けられるだけが仲間なのか?
違う。助け合うからこその仲間だった筈だ。
もし仲間が間違え道を踏み外すのなら、例えぶん殴ってでも止める。
自分がそうして貰ったように。
鳴上が間違えるというのなら、それを正すのは他の誰でもない。千枝の、千枝にしかできない役目だ。

(きっと私もこうだったんだ……。私がマスタングの事を聞いたとき、ヒルダさんが心配してくれたのは……。
 だから、私も鳴上くんのこと……)

だが、現実は無慈悲にも千枝に限界を突き付けてくる。

「―――ッ!?」

無理やり気合で動かし続けて身体は悲鳴を上げ、千枝からその動力を奪い去っていく。
幾ら込めようとも力が湧かず、千枝の身体は重力に従って崩れる。

「まだ、駄目……ま、だ……」

数秒が長く感じた。地面に身体が触れす数秒がスローモーションで千枝の目に写る。
千枝の想いも空しく、身体が傾きその足は鳴上へと届かない。

「……諦めないで」

だが、千枝の身体は重力に逆らい地面には辿り着かない。
崩れる千枝の身体をその小さく細い身体で銀が支える。
肉体労働など知らない、あまりにも弱弱しい体格。女性とはいえ些か体重の重い千枝を支えるのは銀にとって相当の負担になる。
しかし銀は弱音も吐かず、負担に震える身体を鞭打ちながら千枝の歩みを補助する。


「銀、ちゃん……」

「きっと届く」

「え?」

「届くよ。千枝なら」

盲目でろくに前も見えない銀の動きはぎこちない。今にも吹けば倒れそうだ。
それでも銀の言葉は静かで小さく。力強い。
千枝に再び、力を分けてくれる。

「あり、がとう……。行こう、銀ちゃん」

支え合いながら、二人の少女は歩みだす。
その姿を見て鳴上は思わず後ずさりする。

「鳴上、くん……やり直すって……言った、よね……。
 私達の絆って、そんな安いものなの!?」

出血が更に増していく。急激な運動の為に傷口がより深く避けたのかもしれない。

「……それしか、ないだろ……。皆でまた笑うには、それしか……。
 俺は、もう何も失いたくない!」

「逃げだよ。そんなの、ただの逃げじゃない……。
 ……失くしたものから目を背けて、見ないフリを、してる……。ぐっ、……駄々をこねてるだけ、だよ!」

痛みが呂律が回らなくなる。
その様にまた鳴上が怯えながら一歩退く。

「だけど……どうしたらいい? 俺は何も助けられなかった。
 仲間も本田の友達だって、さやかも、目の前で……。俺は弱い、無力なんだ。
 空っぽなんだ。俺の力は他人に頼ってただけ、俺自身の力なんかじゃない!」

今までのシャドウも。最後に受け入れたのは仲間達だ。
鳴上が居ようが居なかろうが。もしかしたら、彼らは自分で自分を受け入れていたのかもしれない。
それを証明するように、鳴上は一人になってから誰も助けられなかった。
エンブリヲに良い様に嬲られ、渋谷凛を死なせ。クマと雪子を死なせ、千枝だって目の前で死にかけているのに何も出来ない。
鳴上には何もない。今までが運が良かった、それだけだったのだ。


「だから、俺は新しい力で……この力で……全部やり直して……。
 千枝もみんなも、この殺し合いで死んだ人たちも全部もう一度生き返らせて―――」

「違う。そんなの強さなんかじゃない!
 自分の我がままを人に押し付けて、逃げようとしてるだけ。
 君の、本当の強さは……絆の、力でしょ!!」

「……!」

「見たくもない現実と向き合って、それでいて自分の足で進んでいく。
 誰よりも力強くて、優しくて……それで少し天然も入ってる。
 そんな君だから、皆付いてきたんだよ。そんな君だから皆力になってくれたんだよ!」

「でも、俺は……」

「……弱くなんかない。
 絆は……強さの証なんだよ。鳴上くんは空っぽなんかじゃない。
 いつか、皆バラバラになる。二度と会えないかもしれない。だけど、それが何なの?
 いくら離れても私達ずっと仲間じゃない!」

「里中……」

「お願い。絆を、捨てないで……。
 大丈夫、君は空っぽなんかじゃないよ。だから、こんなところで負けないで―――」

イザナギのタロットカードが再び青く発光する。
憎しみに染まりかけた魂は。またその光を取り戻し眩いまでの輝きを放つ。

「……そうだ」

忘れるところだった。

仲間を失った。
それを自分は一人になると恐れて、現実から目をそらしていた。
何て勝手だったのだろうか。



「絆を……憎しみなんかに俺達の絆は奪わせない!」


そうだ。まだ鳴上には守るものが、貫くものがあった。
仲間との友情の証、残された絆。
例え無様にすがりつこうとも、これだけは絶対に守り通して見せる。


「―――イザナギ」

闇を退け、光に満ちたタロットカードを鳴上は壊した。
鳴上の叫びに呼応するようにイザナギが青い発光と共に現界する。

「……行くぞ」

涙と鼻血を拭う。
強い覚悟と意志を以って、再び鳴上悠は立ち上がる。
相対するは人魚の魔女。オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ。

奇跡を願い、理想に焦がれ、絶望の果てに堕ちた魔法少女の成れの果て。

戦意を取り戻した鳴上に対しオクタヴィアは剣と車輪を精製し、更に使い魔達をけしかける。

四方を取り囲む包囲網をイザナギは全くの怯みも迷いも見せず、突っ切る。
刀を携え、真っすぐ奔り刀を抜く。電撃を纏いし一閃は一瞬にして無数の使い魔達を屠り、剣と車輪を打ち砕く。
だがオクタヴィアはそんなものを意にも介さず、より多くの剣と車輪を編み出す。

「―――ラクシャーサ!!」

広げられたカードたちの闇が薄れていく。それに連れ取り戻されていく青の発光。
中央の深淵は徐々に浅く狭く、その存在が消滅へと近づいていく。
光を取り戻したカードが握り潰され、イザナギと切り替わり二振りの刀を持った戦士ラクシャーサが召喚される。
ラクシャーサはその二振りの刀で剣と車輪を切り裂きながら、疾走を続けた。

(きっとさやかも同じなんだな)

彼女が何に悩む葛藤し、絶望したのか。断片的なものしかわからない。
けれど、恐らくさやかには頼れるものが。仲間が近くに居なかったのだ。
彼女に繋がっている絆。それを確認する術がなく、一人で抱え込んだのだろう。その己自身の器を壊してしまうほどに。

(俺も、仲間が居なかったらきっと……)

大切な事に気付かず、彼女のように破壊を繰り返す存在になっていたのかもしれない。

「だから、さやか……お前の目をきっと覚まさせて見せる! 晴れない霧なんかないんだ!
 ―――ハイピクシー!!」

ペルソナが入れ替わり、召喚されたハイピクシ―が電撃を放つ。
オクタヴィアの甲冑に命中し魔女の悲鳴が木霊する。
今までの鳴上の力とは比べ物にならない。絆によって増幅された力は絶望すらも圧倒する。


「キングフロスト!」 

雪ダルマに冠を付けたペルソナ、キングフロストが杖を翳す。
その杖の先より放たれる氷の弾丸がオクタヴィアの甲冑へと命中した。

「アバドン!」

僅かに凹んだ甲冑目掛け、アバドンの口よりミサイルのような光弾が射出され降り注ぐ。
今までのペルソナとは違う高レベルの攻撃。甲冑に罅が刻まれ、より大きいダメージがオクタヴィアに加算される。
だがオクタヴィアは愉快そうに手を叩き握手を始めた。
絶望より生まれた怪物にしてみれば、この程度の痛みもまた余興の一つなのだろうか。
あるいは、たった一人で戦い続け絶望に苛まれた少女の羨望の表れなのか。
オクタヴィアの体制が後ろに傾く、そこへ追撃を仕掛けようとしたアバドンに車輪が投げつけられる。

「―――ッ!? アラハバキ !」

入れ替わったアラハバキが前面にシールドを貼り、車輪を防ぐ。

「ヤマタノオロチ!」

飛びかかる使い魔達をヤマタノオロチが一掃する。

「ベルゼブブ!!」

車輪と剣、その全てを消し飛ばし砲弾の如くオクタヴィアへと特攻する。
その巨体と速度を生かした体当たりは、魔女の巨体すらも震わせ吹き飛ばす。
更に背後へと回り込んだベルゼブブは更にオクタヴィアへと攻撃を叩き込む。

「―――グオオォォォォォォォォォ!!!!!」

苦痛に苛まれた悲鳴と共にベルゼブブの頭部にオクタヴィアは剣を突き刺し、車輪で殴り続ける。
鳴上の頭部と全身に激痛が返りる。歯を食いしばり、膝を折りながらも最後のタロットカードを壊す。

「ぐぅ……うおおおおおおおお!! イザナギィィィ!!!」

ベルゼブブが消失しイザナギが剣と車輪を掻い潜り、その刀を甲冑の罅割れた部分へと突き立てる。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

オクタヴィアが両手に剣を握り、イザナギへと振り下ろす。
イザナギは刀を手放し、オクタヴィアを蹴って剣の軌道上から離脱。
そのまま空中で態勢を直し、振りかぶったオクタヴィアの腕目掛け蹴りを放つ。
その動きはまるで、千枝の好きなカンフー映画さながらのアクション。
オクタヴィアが堪らず剣を取り落とす。イザナギはその剣を手に取り、再度肉薄し己の刀が突き刺さった箇所へと剣を振るう。
オクタヴィアの絶叫と共に、罅割れた亀裂は更に広がり、深まる。


(やっぱり、凄いな……鳴上くん……私もあんだけ、言ったんだから……。最後くらい……)

千枝のタロットカードが強く輝いていく。
力が溢れる。死に体だった千枝の何処にこんな力が眠っていたのか分からない。
だが、何故か不思議と今なら何でもやれる気がした。
ああきっとやれないことなんてない。仲間が絆があるのだから。

「……大丈夫、ずっと……支えるから」

千枝を支える銀の顔が優しく微笑む。
その顔はまるで天使のように美しい。

(ここまで、銀ちゃんに支えられっぱなしだな。本当にありがとう)

銀から力が流れてくるようだ。不思議と体まで軽くなる。
掌に浮かぶタロットカードを握りつぶす。
トモエが姿を現し、そしてその姿へ変貌していく。
ジャージのような黄色の衣類に身を包んだ以前とは違い、金色の全身を鎧が包み込む。
それはこの場に呼ばれた千枝の世界線では至れなかったトモエの最終進化体ハラエドノオオカミ。
しかし本来、トモエの次の進化体はスズカゴンゲン。
このような進化はあり得なかった。
しかし、殺し合いの会場内であるこの特異な空間ともう一つ。鳴上とのイザナギとも共鳴したいた“何か”が千枝の傍にあり影響を及ぼしていたこと。
二つの要因が重なり、異なる世界線に置いて目覚める筈だった力を強引に一段階飛ばし、呼び起こした。

「千枝!」

鳴上が千枝の名を叫ぶ。
イザナギによって決定打を与えられたオクタヴィアの身動きは止まっている。
今しかない。

(―――お願い、ハラエドノオオカミ!!)

千枝の想いに応え、ハラエドノオオカミはオクタヴィアへと肉薄する。
イザナギが消え、オクタヴィアを冷気が包み込む。
先程の冷気とは比べ物にならない強靭な冷気は、オクタヴィアに一切の抵抗すら許さず凍結させていく。
数秒の内にオクタヴィアの動きは完全に停止し、その全身を氷が包み込んでいた。

(鳴上、くん……)

鳴上が振り返り、笑顔を見せる。
それはいつもの見慣れた鳴上悠の笑顔。事件を解決し互いに勝利を祝い合った時に見せていたものだ。
千枝もまた満遍の笑みで返す。

(……良かった)

元の自分を取り戻し、憎しみに打ち勝った鳴上の姿を見て千枝は安堵の息を漏らす。
きっと、鳴上ならばこんな殺し合いも壊して広川をやっけてくれるだろう。
きっと、この先様々な人を救ってくれるかもしれない。

(少し、疲れた……かな)

安心したと同時に気が抜けたのか、猛烈な眠気が千枝を襲う。
多分、もう寝ても大丈夫だと千枝は確信する。
もう一度、鳴上に銀に笑い掛け、そして瞼を閉じた。






閉ざされた瞼はもう二度と動かない。
分かっていたことだ。千枝は致命傷を受け、その死は決定づけられていたことは。
千枝を支えていた銀の全身は千枝の血により、白い肌が赤く染まっている。
どちらかが怪我をしていたのか分からないぐらいだ。
この怪我で今まで生きていたことが、むしろ異常だったのだ。

「……」

千枝の遺体を抱える銀の元まで鳴上が歩み寄り、遺体を一緒になって支え地面に寝かす。

「……銀」
「良いの?」
「ああ。多分、千枝もそうしてくれって言うと思う」

イザナギを召喚し、鳴上は大きくを息を整える。

「ごめん」

それから閉じようとする瞼を強引にこじ開け、イザナギの刀を千枝の首元へと振り落とした。
鳴上が欲したのは首輪だ。
この先首輪は必需品になってくる。解析用のサンプルに加え、首輪の換金制度。これも見逃せない。
はっきり言えば、鳴上は参加者の中でかなり不利な立場に置かれている。
動きが極端に無かった為に情報が不足しているのだ。
鳴上のすべきことは多い。凍結させたオクタヴィアもいつ復活するか分からない。
その前に、オクタヴィアをさやかに戻す方法を見つけ出す。その為には、同じ魔法少女である佐倉杏子の協力が必要になるかもしれない。
鳴上以上に杏子は魔法少女を知っている筈だ。さやかの知り合いの名にもあったことから、合流できれば力になるだろう。
その為には、杏子の位置情報が……それを買えるかもしれない首輪が必要になってくる。

「頼む、イザナギ」

それからイザナギは静かに刀を振り上げ穴を一つ掘った。
そこへ千枝の遺体を静かに寝かせ、土を被せていく。
簡素ではあるが、こんな墓でもないよりはマシだろう。

「俺は……これから、佐倉杏子って娘を探そうと思う。
 それと、ロイ・マスタングも。……天城を殺したのはその人なんだな?」
「キンブリ―の言葉が正しければ……」
「分かってる。俺もそれを鵜呑みにはしない。ちゃんと俺の目で見極める。
 本当に殺したとしても、事情を聞いて……判断する。どんな理由でも、ぶっ飛ばしはするけど」

首輪を仕舞い、鳴上はもう一度凍結させられたオクタヴィアを見る。
本来なら、彼女もティバックに仕舞いたいところだが、どうやら入らない。
入れられる大きさは制限があるのだろう。少なくともオクタヴィアは仕舞えない。
ここに放置する不安はあるが、鳴上も動かない以上事態は好転しない。
この場には、タツミも居るのだ。早急に殺害以外の解決策を見つけなければ、タツミは強引にもさやかを殺すだろう。

「―――! 待て、タツミは」

その時、気づいた。
この近辺で意識を無くしていたタツミが消えている。
周囲を見渡す鳴上の背後に人影が迫る。

「悪いな悠。お前のペルソナは思った以上に強いからな。
 帝具なしじゃ辛いんだ。後ろを取らせて貰った」

「タツミ……!」

背筋にひやりと冷汗が流れる。
本場の暗殺者に本気で後ろを取られたのだ。
鳴上の本能が下手な真似をすれば、最悪死にかねないと警鐘を鳴り響かせる。


「お前、どうしてもさやかを助けるつもりなのか?」

「そうだ……。さやかはまだ助けられるかもしれない」

「だがアイツは殺し合いに乗ろうと―――」

「乗ろうとしたのかもしれない。
 でも、少なくとも“さやかだった頃”は誰も殺してなんかいない!
 死にかけた俺だって、さかやは助けてくれた!」

「それは……お前はアイツをちゃんと見ていないから……。現にお前の仲間をアイツは……!」

「ちゃんと見ていないのは……お前の方だろ!
 本当にさやかは殺し合いに乗っていたのか? 
 さやかは乗ろうとしたんじゃなく。本当は誰かに助けを求めてたんじゃないのか!」

「―――ッ」



―――ねぇ、私はどうすればいいと思う……思いますか?

最初にさやかと対峙した時、さやかは剣すら握らず言葉を漏らしていた。
タツミのその後の会話からさやかが奇跡を望み、そのチャンスの到来に心が揺すぶられている事を理解し……。

―――あたしが何人か殺しても証明する証拠がないワケ。

―――あたしは一度奇跡を体験してるからね、信じる。


確かにさやかは奇跡を望み、広川の甘言を信じていた。
だが、決して一言も彼女は殺し合いに乗るとは言っていない。全てが乗った場合の仮定でしかない。

「ペルソ……!」

タツミが動揺し隙を見せた瞬間、鳴上が振り返る。
そのまま手に握ったタロットカードを壊そうとする寸前、風が鳴上の前髪を揺らす。
同時に鳩尾に衝撃が走り、鳴上は目を見開き反射的に口を大きく開口してから膝を曲げた

「悪いな。この距離なら殴る方が速い」

鳴上の鳩尾から拳を引き抜き、タツミはそう言い放つ。
そして、鳴上の意識を奪う為、もう一度止めを刺そうとしたその瞬間。
水流が鳴上とタツミの二人に叩き付けられる。

「……なっ!?」
「ゲンブ……!」

水流に触れる寸前、亀と龍が混じったペルソナ。ゲンブが水流を凍らせその勢いを止める。
タツミは鳩尾を抑える鳴上を連れ一気に距離を取った。


「―――全く、物事は上手く進まないものですね」

魏は薄く笑いながら、鳴上達の前に姿を現す。

「てめえ……」

「では、貴方方の首輪。揃えて頂くとしましょうか」

恐らくは魏は遠くから離れた位置で鳴上達の戦闘を眺めていたのだろう。
オクタヴィアを相手にすれば必ず鳴上達は消耗するだろうということ。
その消耗しきった鳴上達ならば、殺害は容易である。

「うおおおおお!!」

真っ先に飛びかかったのは、この場で比較的体力に余裕のあるタツミだ。
魏は向かい来るタツミの拳を屈んで避ける。それから後ろへ後転する際に血を投げた。
一気にタツミは血の範囲から逃れる為に横方へと転がり込む。
その真上に魏の踵落としが振り下ろされる。
両腕をクロスし踵を抑えるが如何せん、重力のブーストを受け尚且つ体格でも魏は遥かにタツミより恵まれている。
ガードは数秒も持たずに蹴り抜けられる。
だが、ガードを解いた瞬間、魏の足を腕の動きで逸らすことにより足の軌道はタツミから外れ、踵は地面へと落ちる。

(足を振り下ろして、隙の出来るこの瞬間。待ってたぜ)

拳を握り込み、一気に肉薄する。
魏は体制を戻そうとする間もなく、タツミに間合いを詰めるのを許してしまう。
だが、その表情にへばりついたのは笑み。まるで網に掛かった得物を見るかのような目でタツミを見下ろす。

「お忘れですか? この指輪の存在を」
「しまった!」

先程投げた血液がブラックマリンの効果で再び舞い上がる。
狙うはタツミの銅。瞬時に加速した血液はタツミを捕らえ、その白の上着を赤く濡らす。
魏が指を鳴らし血液が発光し、タツミの銅を抉り削る。

「あぁっ……」

「さて、思った以上に早く終わりましたね。
 その首輪を頂くとしましょうか」

「……なんてな」

「!?」

否、上着の下から大量の粉が降り注ぐ。
噴出する筈のタツミの血液は一滴たりとも見当たらない。
タツミは魏との戦闘の前に、服の下に倒壊したジュネスの薄い瓦礫を仕込んでいた。
そのお蔭で、タツミは無傷で魏の能力とブラックマリンとの連携を打破した。
そのまま狼狽する魏にタツミは拳を頬へと叩き込む。
腕を逸らされ、拳が顔から外されるが、構わずその腕アッパーを掛ける。
魏の首をタツミの二の腕が締めながら、押し倒される。


「ガッ……!」

背中から地面に叩きつけられた魏は呻き声を漏らし、顔を歪める。
そのまま追撃を掛けてくるタツミを睨みながら、シャンバラを握る転移。
一瞬でタツミの背後に回った魏は、蹴りをタツミの横腹にめり込ませる。
蹴りの勢いに乗せられ、タツミは蹴り飛ばされ地面を転がった。

「チッ」

腹を抑えながら、魏の攻撃に意識を集中させる。
再び足が降り動くのを予見し、タツミは足技の返し技を想定し体制を構える。
だが足を踏み出した瞬間、動きが左腕に移った。先ほどの足の動作はフェイクであり本命は左腕、それに流れる血だ。
即座の見抜いたタツミは血が飛ぶよりも早く、加速し左腕が振り翳される直前に拳を魏の銅へと振り抜ける。
しかし、その前にタツミの顔面に激痛が流れ、視界が黒色に染め上がった。

「血(こちら)もフェイクですよ。本命は拳です」

「……つぅ」

「動きは悪くないが、やはり拙い」

「うるせえよ!!」

タツミは顔面の痛みなど無視し、両手の拳からラッシュをかます。
ルーンの刻まれた手袋を纏った拳は、まさに砲弾の如く威力を秘めている。契約者と言えど生身は人間ある事に変わりない。
モロに受け止めれば一溜りもない。だが、魏は一瞬にしてラッシュを見切りその両手首を掴む。

「遅い。何処かの人形使いの拳の方が、速さも威力も上でしたよ」

両手首を掴んだまま、タツミの腹へ魏は蹴りを入れる。
蹴りの衝撃で腹の内容物がシェイクされたような不快感と痛みと共にタツミは後方へ吹っ飛ぶ。

「くっ、そ……」

「ああ、これもお忘れなく」

指が鳴る。瞬間、タツミの右腕に塗られた血が光り――

「リャナンシー!!」

「これは……?」

鳴上の召喚した女性を模したペルソナが木の横方に回り込む、耳元で囁くようにして息を吐く。
その不快さに混乱状態になりかける魏。
タツミはその間に血の触れた袖を引き千切る。
宙で血に塗れた袖が光り消滅していくのをタツミは冷ややかに眺めた。あと一瞬、遅れていれば一溜りも無い。
魏はリャナンシーに血を飛ばし、指を鳴らす。
リャナンシーの身体が抉られていき、鳴上が同様の箇所を抑えながらペルソナを消す。


「悠!?」

「ぐ、あああ……」

オクタヴィアとの連戦にここまでのペルソナの酷使は、着実に鳴上に負担と疲労を積み重ねていた。
既に身体は汗に塗れ、動悸も激しい。このままでは戦い以前に鳴上が死ぬかもしれない。

「逃げるしかねえな」

疲労困憊の鳴上をそのままバックに放り込む。

「逃がすとでも?」

背を向きかけたタツミに投げられる血飛沫。
辛うじて横に身体を逸らしながら血はあらぬ方法へ向かい、そして急停止し一気にUターンを描きタツミへと向かう。
触れれば防御無視のダメージ。尚且つ、魏の意のままに操られる追尾機能付きと来た。

「こ、の!」

血を避けながら片手でショットガンを放つが、見切られ避けられる。
ショットガンの反動で傾いたタツミに肉薄し、裏拳が振るわれた。
ショットガンの銃身を盾に、銃口をそのまま魏の眉間に向けたが怯む様子も無く指を鳴らし血が塗られたショットガンが消し飛ぶ。
そしてタツミの肩に掛かった僅かながらの血が、彼の肩を抉り表情に苦痛が見え始めた。

「随分と余裕が消えましたね。
 楽にしてあげましょう」

「くっ、そ……」

既にタツミのスタミナも切れてきていた。
感度50倍を受けたこともそうだが、バックに入れたとはいえこちらは人を庇いつつ意識して戦っている。
いくら何でも入るバックでも、外から破壊されてその煽りを受けないとは限らない。
それが、更にタツミに疲労を重ねさせている。

(不味い……せめて、悠とあの女の子だけでも逃がさねえと)

意見の対立こそあれど、タツミには鳴上を見捨てるような真似は考えられない。
むしろ、彼の言っている意見自体には共感もできる。ただ、事態がそれを許さないほど切羽詰まり、意見が分かれてしまっているだけだ。
本来、守るべき民である鳴上と銀と言う少女の生存が最優先だ。
バックを握り、どうにかして魏の隙を伺い二人を逃がそうとした、その時だった。
不敵に銀が歩みだし、あろうことかタツミの前に立ち魏を見つめていた。


「お前、下がってろ!」

魏はおろかタツミですら銀の行動の意味が分からない。
それほどにまで自殺願望があるのか? 何にせよ、これで銀は捕らえやすくなった。
魏は血に濡れた腕を翳しながら、銀へと近づく。

「……!? なんだ」

「フフッ」

魏の目の前で銀は笑った。
契約者も合理的であるが、その実は人間であり個体差もあるが笑いもする。
しかし、ドールにだけはそのような機能はない。契約者以上に機械的でまさに人形なのが彼女らドールなのだ。
だがたった今、目の前で銀は愉快気に笑って見せたのだ。

「……!」

タツミの手にあるティバックもまた青く発光する。
より正確に述べるのなら、バック内に居る鳴上の力が何かに共鳴し反応しているのだ。

(このドールは、危険だ)

目の前で笑みを見せる銀。それを視界に写すだけで気分が悪くなる。
この時、魏の中で彼女を殺害しなくてはならないという確信染みた使命感が湧く。
もしもこの先、このドールに更なる変化が起きれば、きっとそれは契約者にとっての害になり得る。

(だが……!)

その判断は間違ってはいないと魏は今でも思っている。
恐らく、銀はこの先のより大きい脅威になるかもしれない。なら、それをまだ芽の出ている内に摘み取るのは合理的でもある。
だが、この瞬間脳裏を過ぎったのは黒の姿。仮に銀を殺害したとして、奴がその影響を受け弱体化するのではないか。
またしても巻き起こる契約者としてはあり得ない、非合理的思考。
しかし、魏にとっては自らを打ち負かしたあの黒に勝つからこそ意味がある。

(私を倒した、あの強さを持つ黒でなければ……!)

万が一にも弱体化した黒などを相手にしても意味はない。

「……良いでしょう」

それはタツミにとっては想定外。
魏はタツミ達に背を向け、この場から立ち去っていく。
銀の危険性を想定し、手元に置くのは良策ではない。しかし、死ねば黒に少なからず影響を与えるかもしれない。
合理性と非合理性が混じり合った故に魏はこの場だけは彼らを見逃すという、契約者とは思えぬ行動を選んだ。


「アイツ、なんで……?」

ただ、呆然と目の前で起きた出来事に目を丸くしながらタツミはその背中を見送る事しか出来ない。
そして糸が切れたように倒れ込む銀を抱き支える。

「……今は二人を休ませられる場所を探さねえと」

銀を抱えながらタツミは思案する。
さやかの殺害も重要ではあるが、万が一にも首輪の爆破で死ななかった場合この二人を巻き込むことになる。
広川の態度から考えて、それはないとはおもうが念の為だ。タツミはさやの殺害より二人の安否を取った。

「さやか……」

この場で一番付き合いが長く、最も接したのが美樹さやかという少女だった。
疑心を抜きにすれば明るく活発な、そんな普通の女の子だったかもしれない。
それが如何な絶望を抱き、このように変貌したのか。最早、聞こうと思っても氷像の中の魔女は口を開きはしないのだろう。

「俺は……間違ったのか」

分からない。
タツミにはさやかに対し、何をすべきだったのか。
本当は刃を交える前になにか言葉を掛けるべきだったのかもしれない。
ジョセフと交流した時も、さやかの説得を年長者にジョセフに任せておけばもしかしたら……。
しかし、同時に疑心がタツミを押し留める。
さやかを説得してもそれに彼女が応じなければ、隙を見せて殺されるのは自分や罪のない民だ。
ジョセフに任せても二人っきりにした瞬間、さやかがジョセフを殺すかもしれない。

「……」

後悔と疑心を抱きながら暗殺者の少年は鳴上と銀を連れて、安息の地を求め歩みだした。








タツミは気付いていないが、未だバックの中で鳴上の持つタロットカードがより光を帯び輝いている。
それはまるで新たに目覚めつつある何かに、鳴上のペルソナが……イザナギが呼応するかのように。
そして同じく、近場の水場。ここでもまた一つのシルエットが佇んでいた。
銀とそっくりの形をした人型の観測霊。これも、同じくイザナギの呼応を喜ぶようにタツミの向かう方角を見つめ続けている。

(……黒)

僅かに朦朧とした意識で銀は想い人の名を心の中で反唱し、まどろみのなかに堕ちていった。






【里中千枝@PERSONA4 the Animation 死亡】






【F-7/一日目/夕方】

※ジュネスが倒壊しました。


【鳴上悠@PERSONA4 the Animation】
[状態]:疲労(極大)、気絶
[装備]:なし
[道具]:千枝の首輪
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止める。
0:……。
1:さやかを元に戻す。その為に佐倉杏子を探す。
2:未央に渋谷凛のことを伝える。エンブリヲが殺した訳じゃない……?
3:足立さんが真犯人なのか……?
4:エンブリヲを止める。
5:マスタングを見つけ出し、ぶっ飛ばす。
6:里中……。
[備考]
※登場時期は17話後。
※ペルソナの統合を中断したことで、17話までに登場したペルソナが再度使用可能になりました。ただしベルゼブブは一度の使用後6時間使用不可。
回復系、即死系攻撃や攻撃規模の大きいものは制限されています。
※ペルソナチェンジにも多少の消耗があります。
※イザナギに異変が起きています。




【銀@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(大)  キンブリーに若干の疑い、観測霊の異変? に対する恐怖、気絶
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2 、カマクラ@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
[思考]
基本:…………。
1:黒を探す。
2:千枝……。
3:怖い。
[備考]
※千枝、雪子、モモカと情報を交換しました。
※制限により、観測霊を飛ばせるのは最大1エリア程です。





【タツミ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(大)、右太腿に刺傷、右肩負傷、さやかに対する強い後悔
[装備]:バゼットの手袋@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
[道具]:基本支給品一式、テニスラケット×2、グリーフシード×1、ほぼ濁りかけのグリーフシード×2、ライフル@現実(武器庫の武器)、ライフルの予備弾×6(武器庫の武器)、美樹さやかの肉体。
[思考・行動]
基本:悪を殺して帰還する。
0:二人を連れ、安全な場所まで移動する。
1:闘技場かカジノに向かう予定だったが……。
2:魔女化したさやかについては一先ず保留。可能なら殺害したいが、元に戻る方法があるのなら……
3:アカメと合流。
4:もしもDIOに遭遇しても無闇に戦いを仕掛けない。
5:エルフ耳とエンブリヲは殺す。
6:足立透は怪しいかもしれない。
7:俺は、間違えたのか……。
[備考]
※参戦時期は少なくともイェーガーズの面々と顔を合わせたあと。
※ジョセフと初春とさやかの知り合いを認識しました。
※魔法少女について大まかなことは知りました。
※DIOは危険人物だと認識しました。
※首輪を解除できる人間を探しています。
※魔法@魔法少女まどか☆マギカでは首輪を外せないと知りました。
※さやかに対する不信感。






【魏志軍@DAKER THAN BLACK‐黒の契約者-】
[状態]:疲労(中~大)、黒への屈辱、鎮痛剤・ビタミン剤服用済み、背中・腹部に一箇所の打撃(ダメージ:中・応急処置済み)、右肩に裂傷(中・応急処置済み)、右腕に傷(止血済み)、顔に火傷の痕、銀に対する危機感
[装備]:DIOのナイフ×8@ジョジョの奇妙な冒険スターダストクルセイダーズ(魏志軍の支給品)、スタングレネード×1@現実(魏志軍の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る(魏志軍の支給品)、次元方陣シャンバラ@アカメが斬る(セリム・ブラッドレイの支給品)、黒妻綿流の拳銃@とある科学の超電磁砲(星空凛の支給品)
[道具]:基本支給品×3(魏志軍・比企谷八幡・プロデューサー・一部欠損)、テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカード@とある科学の超電磁砲(比企谷八幡の支給品)、暗視双眼鏡@現実(比企谷八幡の支給品)、アーミーナイフ×1@現実(武器庫の武器)、パンの詰め合わせ@現実(プロデューサーの支給品)、流星核のペンダント@DAKER THAN BLACK(蘇芳・パブリチェンコの支給品)、参加者の何れかの携帯電話(蘇芳・パブリチェンコの支給品・改良型)、うんまい棒@魔法少女まどか☆マギカ(星空凛の支給品)、医療品@現実(カジノの備品)、鎮痛剤の錠剤@現実(カジノの備品)×5、ビタミン剤の錠剤@現実×12(カジノの備品)、ビリヤードのキュー@現実×6(カジノの備品)、ダーツの矢@現実×15(カジノの備品)、懐中電灯×1@現実(カジノの備品)
[思考・行動]
基本方針:全ての参加者を殺害し、ゲームに優勝する
0:首輪を入手する。
1:BK201(黒)の捜索。見つけ次第殺害する。
2:強力な武器の確保。最悪、他のゲーム賛同者と協力する事も視野に入れる。
3:合理的な判断を怠らず、可能な限り消耗の激しい戦闘は避ける。
4:あのドールは……。
[備考]
※テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカードには回数制限があり、最大で使用できる回数は3回です(残り1回)。
※上記のIDカードがキーロックとして効力を発揮するのは、ヘミソフィアの劇中に登場した“物質転送装置”のような「殺傷能力の無い機器」・「過度な防御性能を持たない機器」の2つに当てはまる機器に限られます。
※暗視双眼鏡は、PSYCO-PASS1期10話で槙島聖護が使用したものです(魏はこれを暗視機能の無いごく一般的な双眼鏡と勘違いしている)。
※スタンドの存在を参加者だと思っています
※シャンバラの説明書が紛失している為、人を転移させる謎の物体という認識です。
※シャンバラは長距離転移が一日に一度で尚且つランダム。短距離だとエネルギー消耗が激しいですが、通常通りに使用できます。
※ブラックマリン・シャンバラ共に適正を持ち合わせており、特に後者については出典元であるアカメが斬る!での所持者・シュラと同等の高い適正を誇っています。
※シャンバラの大まかな使用用途を理解しました(長距離制限には気付いてない)。
※あらかじめ水源付近(H7北部の河川)にシャンバラでマーキングを行っています。
※ペルソナとスタンドの区別がついていません。
※銀の変貌に勘付いていますが、黒との決着を優先しています。



【オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ(美樹さやか)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:凍結
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:演奏を聞いていたい。
1:邪魔する者を殺す
※制限で結界が貼れなくなっています。
※首輪も付いています。多分放送位は理解できるでしょう。
※凍結は数時間で溶けます。




152:どうせ最初から結末は決まってたんだ タツミ 162:『嫉妬』
美樹さやか 163:MESSIER・CODE/VI952
鳴上悠 162:『嫉妬』
魏志軍 163:MESSIER・CODE/VI952
138:ひとりぼっち 里中千枝 GAME OVER
162:『嫉妬』