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廃墟症候群 - (2021/12/12 (日) 02:00:57) のソース
*廃墟症候群 ◆WwHdPG9VGI (ごめん、クーガー……。私、結局誰も助けられなかったよ) 瓦礫を掘り返しながら、魅音は暗い思いを噛み締めていた。 死んでいった光の為にも、ホテルに残っている彼女の仲間達を助けようと決意し、 連戦で疲労しているはずのクーガーを置き去りにしてまでホテルに急いだというのに、既に手遅れ。 魅音の目の前でホテルは崩れていった。 (ごめん、光。私、あなたの友達に何もしてあげられなかった……) 魅音の目の前で鳳凰時風は化物に胸を貫かれて死んだ。 どうにもならなかった。 あの化物に対して、自分はあまりにも無力だった。 ――まだ、助けを求めている人がいますわ。ならば歩みを止めることはできません 光の死を知っても取り乱さずに歩き出した、悲壮さの中に気高さをたたえた風の横顔が、 魅音の脳裏に浮かぶ。 魅音には分かる。 友を失うことがどれだけ辛いか、悲しいか、やりきれないか……。 それなのに風は決して魅音を責めようとせず、いたわりの言葉すらかけてくれた。 本当に短い邂逅だったが、優しさの中に確かな強さを秘めた風の人となりは、十分すぎるほど感じ取れた。 それに、風が使えたという癒しの魔法を必要とする人間は多かったはず。 だが風は死んだ。 そして役立たずの自分は生き残っている。 「私が死んでいった皆の代わりに死ねば……」 暗い思いに突き動かされるように、魅音が呟いたその時、 ――しっかりなさい。貴方はもっと強い人だ! 気迫に満ちた声が聞こえた気がして、魅音は思わず背後を振り返った。 だが、目に映るのは漆黒の闇と瓦礫の山のみ。 魅音の顔に苦笑が浮かんだ。 (そうだよね、私は、前に進んで戦わなくちゃならない。もっと、もっと強くなって、 戦って戦って、勝つまで戦い続ける。 光や風や仲間のために。何よりも私自身のために……。 そうだよね? クーガー) ここにはいないサングラスの男に語りかけながら、魅音はパチンと両手で頬を叩いた。 (COOLになれ! 園崎魅音!) 今すべきことをする。それも早急に! スピーディに! (って……。なんかクーガーがうつっちゃったなぁ) もう一度苦笑をもらし、魅音は再び瓦礫を掻き分け始めた。 瓦礫の中から何かがのぞいている。 期待を込めて引っ張ってみると―― ――パチンコだった 落胆のため息をつきつつ、魅音はパチンコをディパックの中に放り込んだ。 そうそう都合よく役に立つものが見つかるはずもない。 残りの二人はどうかと首を巡らすと、高校生と思しき少年は墓の前で佇み、 もう一人の獣耳の女性はその少年を守るかのように辺りを睥睨している。 (……気持ちは分かりすぎるほど分かるんだけどね) でも、あの人にも前に進んで欲しい。 この史上最悪のゲームを打倒するために、一緒に戦って欲しい。 魅音は瓦礫を下ると、墓の前に佇んでいる少年に向かって歩を進めた。 ■ 小さな墓を掘り、小柄な体を横たえる。 土をかけ始めるとあっという間に長門有希の体は土の下に埋まった。 手を合わせ瞑目する。 そのまま数分が経過しても、キョンはその場から動けなかった。 ――銀河を統括する統合情報思念体から、涼宮ハルヒの観察と報告を命じられて送り込まれた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース。 それが、わたし 。 初めて正体を打ち明けられた時の言葉が耳の奥に蘇ってくる。 キョンは小さく笑みを浮かべた。 長門有希がそれだけの存在でないことは、自分が一番良く知っている。 否、それだけの存在ではなくなっていった、という表現の方が正しいだろうか? 長門有希は変わり始めていた。 無機質で鉄のようだった表情が揺らぐようになり、無感情な闇色の瞳に心の煌きが瞬くようになった。 ――私も涼宮ハルヒも徐々に回復の傾向にある。……心配しなくていい。 レジャーホテルの電話機の向こうから聞こえた声が蘇る。 (心配しなくいい、か。お前がそんなこと言うなんてな……。会った頃のお前が自分自身をみたら、驚いたんじゃないか?) 眉をミリ単位で動かすか、瞳の色が漆黒からシルバーメタリック処理のブラックになるぐらいの変化は期待できそうだ。 キョンは唇の端に小さく笑みを浮かべた。 それにしてもまさかあれが、ゆっくり言葉をかわした最後の瞬間になってしまうとは。 ――最後 そう最後だ。 もう二度と、SOS団部室のお決まりの席に座り、もくもくと本を読みふける彼女の姿をみることはない。 彼女はこれからずっと、目の前の土の下にいるのだから。 部室で本に視線を落とす長門有希の白皙の横顔を思い浮かべた瞬間、キョンの感情が堰を切って溢れでた。 思いは涙となって止めようも流れ、墓土にしみこんでいく。 長門有希は仲間だった。 賑やかで騒がしい、かけがえのない日常を形作る、なくてはならない一人だった。 (長門……。お前、トグサさんに『ハルヒに自分の力のことを言わないでほしい』 『彼女には普通の人として、見ていて欲しい』って言ったんだって? 馬鹿野郎……。そんなことであいつが態度を変えたりするわけないだろうが。 俺達は、仲間なんだ。イベントごとに馬鹿やって、時たま古泉の自作自演につきやってやる仲間なんだよ) でも、嬉しかった。 長門有希が監視対象としてではなく、ハルヒのことを共に歩む仲間だと思っていたことがはっきりと分かったから。 長門有希自身も一人の人間として日常を一緒に歩こうとしていたということが、はっきりと分かったから。 (それが分かったと思ったら、死に別れって何なんだよ……。こんな展開、ハルヒ超監督の脚本以下だぜ) 未来人、宇宙人、超能力者と一緒の生活がずっと続くと思っていたわけではない。 いつかは別れだって来るだろうと思っていた。 だが、それはこんな酷い別れではないはずだった。 こんな別れ方をしていい関係じゃなかった。 それをよくも。 (よくも俺達から奪ってくれたな……。天地神明だろうが、統合情報思念体だろうが、 何かえらそうなもんが総出で謝りにこようが俺達が絶対に許さん。覚えとけよ! ギガゾンビの――) あらん限りの罵倒と呪詛の言葉をギガゾンビに叩きつけた後、キョンは大きく深呼吸をした。 融点に達した心の温度を、涼しい夜風がわずかに冷ましてくれた。 冷却しつつある頭に浮かぶのは、長門が残してくれたメッセージ。 ――私自身に仕込まれた構成情報はこの世界に来た瞬間分散し、解析した情報から脱出のヒントを内包したいくつかの物体に偽装される。 ――ノートPCはおそらく今回私から発信された構成情報が偽装されたもの。 (このパソコンがそうだとするなら。脱出するために必要なものは既にこの空間にそろってるってことだよな? 長門) 目の前の墓に向かってキョンは話しかける。 問いかけというより、それは確認だった。 朝比奈さん(大)のいう所の既定事項の確認作業のようなもの。 長門有希のやることだ、手抜かりがあるはずはない。 長門はいつも人知れず何かと闘い、状況を打破するためのお膳立てをしてくれた。 ――力になってやりたかった。 仲間として、彼女の力になってやりたかった。 だが、結局自分は何も。 何も……。 不甲斐ない自分への怒りとギガゾンビへの怒りが同時に吹き上がり、キョンの心が再び沸騰を始める。 暴れ狂いそうになる心の手綱を取りながら、キョンは必死に思考する。 自分を殴るのはいつでもできる。ケンカ手袋の助けを借りるまでもない。 そんなことよりもやらなければならないことがある。 長門の残してくれたメッセージを無駄にすることだけは絶対にしてはいけない。 だが。 ――射手座の日をこえてゆけ 考えても考えても意味不明である。 (射手座の日って何なんだ? そんな祭日あったか? 射手座、射手座……) 「あの……。大丈夫?」 突然聞こえてた馴染みのない声に、キョンは思考の海底から浮かび上がった ■ 顔を向けた先には、碧色の髪を後ろで束ねた一人の少女。 確か、園崎魅音という名前だったと記憶している。 歳は自分と同じくらいか。 「すいません……。一人でやらせてしまって」 よく見れば、華奢な手が黒く汚れ、小さく切り傷も見える。 「いいよっ! 別にさ」 そう言って園崎魅音は快活に笑ってみせるが、やはり疲労の色は隠しきれていない。 『女の子に土木作業やらせるなんて男の風上にも置けないわね!』という団長の怒声が聞こえた気がして、 キョンは肩をすくめた。 「えっと……。園崎さんは、もう休んでください。俺とトウカさんが代わって……」 「何かさぁ。おじさん、同じ歳ごろの人間に敬語使われるとこそばゆくなっちゃうから、タメ語でいいよっ」 「……分かった。園崎は休んでてくれ。俺とトウカさんが代わるから」 キョンの提案には答えず、魅音は目の前の墓に視線をやった後、 「あの子……。あんたの大切な人だったんだね」 キョンは小さく首肯して答えた。 「ああ。大切な仲間だった……。本当に大切な、俺にとっても、団のみんなにとっても大切な仲間だった」 「そっか……」 沈痛な声音で魅音が言い、トウカもわずかに顔を歪める。 しばし、沈黙が三人を包んだ。 (園崎も、仲間を失ってるんだったよな) 同じ痛みを感じていることが魅音の表情から読み取れる。 だから、魅音が何を言いたいのかも……。分かる。 「気を使ってくれて、ありがとよ。でも、大丈夫だ。ここで止まっちまったら、仲間達に申し訳ないからな……。 トウカさんも、心配かけてすいません」 キョンが頭を下げると、トウカは小さく微笑を浮かべ、 「キョン殿は強いな。だが、前にも言ったが――」 「ええ……。全部終わったら、是非よろしくお願いします」 「うむ。某のでよければいくらでもお貸しする」 トウカとキョンが顔を見合わせて笑いあったその時、 「……あのさぁ、トウカさんとキョンって……同じ世界の人?」 「いや、どう見ても違うだろ。耳とか耳とか耳とか」 少し呆れたようにキョンは言った。 服装や話し方からしても、同じ世界の人間とは思えないだろうに。 「なはは……。ごめんね。でも、おじさん、二人のことよく知らないからさっ!」 おどけてはいたが、魅音の声音にわずかに硬質なものがあった。 それは無表情な仲間の微細な変化を読み取ろうとする行為が日常化していたキョンだからこそ気づくことができた、 ごく小さなもの。 しかし、キョンは看過し得ないものを感じた。 何が引っかかるのか? その答えはすぐに出た。 ――ハ、ハ、ハ、ハ……、いい様だ ジャイアン少年と再会した際に魅音が見せた、狂気を宿した声と表情。 目の前の園崎魅音、ジャイアン少年、翠星石という人形と古手梨花という少女のチームの破局は、ジャイアン少年から聞いている。 魅音達のチームの崩壊が園崎魅音にどんな影響を与えたかは、魅音のあの表情が雄弁に物語っていた。 数瞬の黙考の後、 「園崎、自己紹介も兼ねた情報交換しないか? 実を言うと、もう少し休んでいたいんだ。 トウカさんも疲れてるしな」 「……某に依存は無い。魅音殿、いかがかな?」 「勿論いいよ。相互理解は大事だからね」 そう言って、魅音は微笑を浮かべてみせた。 しかし、その瞳に隠された鋭い光があるのを見て取り、キョンは小さく嘆息をもらした。 ■ 自己紹介及び情報交換自体はそれなりに円滑に進んだ。 園崎魅音は、トウカの世界の話にはさすがに驚いたようで、色々と質問していた。 だが、それよりも園崎魅音の気を引いたのが、SOS団の話だったことが、キョンにとって多少意外だった。 どうも、魅音が主催する『部活』とSOS団の活動が少し似ているということらしいが……。 そんな胃が痛くなるような『部活』はゴメンだ、というのが、キョンの率直な感想である。 ゲームは、古泉と適当にやるくらいが丁度よいのだ。 (園崎がハルヒに『罰ゲーム』について話す機会がないことを祈ろう……。あいつのことだ、嬉々としてやりかねん) そう考えた時、暗い底冷えするような声がキョンの耳の奥で響いた。 ――やる? どこで? 決まってるだろう。あの部室でだ。 ――朝比奈みくるも、長門有希も、鶴屋さんもいないのに? ああそうだ。 ――いい加減認めろよ。お前の好きだった日常はもう返ってこないんだぜ? うるせえ!! (そんなことは、当たり前だ。百も承知だってんだ) だからって、元の世界に帰っても暗い顔してりゃいいのか。 ――違うだろ 元の世界に帰った俺達が暗い顔して生きてたら、 あんなに苦労して俺達の『日常』を守ろうとしてた朝比奈さんや長門の苦労はどうなる? それにもう、朝比奈さんや長門だけじゃない。 君島に平賀さんに他の死んでしまった人達の分まで生きてやらないでどうする。 少なくとも俺が会った人間達の中には、生者の幸福を妬むようなせせこましい野郎はいなかったんだ。 ――笑ってやる 元の世界に帰って、みんなで笑って過ごしてやる。 ギガゾンビのクソ野郎になんか俺達の『日常』を台無しにされてたまるか。 ハルヒだって。 あいつだってきっとそう思ってるはず―― 「――キョン殿?」 「キョン、聞いてる?」 「……すまん、少しボーっとしてた」 いつの間にか自己問答の井戸の底に落下してしまっていたらしい。 「キョン殿。少し休まれた方が――」 「いや、本当に大丈夫ですから」 心配そうな視線を送ってくるトウカに、キョンは軽く手を振って見せた。 「じゃあ、もう一回言うけど、今分かっている危険人物は、ピンク髪に甲冑の弓使い、シグナム。 まあこいつはクーガーが倒してくれてると思うけど……。それに赤いコスプレ東洋人少女、 そいつと一緒にいる羽根の生えた黒い人形。多分こいつが「水銀燈」だね。後、金髪青服の剣士、セイバー……」 魅音の口からセイバーの名が出た瞬間、トウカが痛恨の表情を浮かべた。 「某があの時、斬り捨てていれば……」 「そんな、トウカさんのせいじゃないですよ」 「だが、キョン殿。某が人物の見立てを誤ったは紛れもない事実。 まさかあの剣士が、年端のゆかぬ子供にまで剣を振るう外道とは……。 天魔でもなければできぬ所業。どんな理由があろうと許せるものではない! そんな輩をそれと見抜けぬとは……。つくづく某は修行がたりぬ!」 ぎしり、とトウカの奥歯が音を立てた。 少しの間沈黙が満ち、 「すまぬ、キョン殿、魅音殿。くだらぬ繰言を申したこと、許して欲しい」 表情を緩めると、罰が悪そうにトウカは頭をかいた。 「そ、そんな風に丁寧に言われるとおじさん、困っちゃうなぁ……。もっと気安くていいってば! ――で、話を戻すけど、その他には、次元さんの言ってた着物を着て大剣を持った佐々木小次郎。 セラスさんの言ってた、浅黒い肌の女剣士キャスカ。こいつらが無差別に参加者を襲いまくってる殺し屋どもってわけだね」 「どんな故があるか知らぬが、いや、故あろうとも許せぬ外道どもめ! ご安心召されい! 魅音殿! キョン殿! このトウカのいる限りお二人には指一本触れさせませぬ!」 「と、トウカさん少し落ち着いて……」 天井知らずにボルテージを上げ続けるトウカに、キョンは宥めるように言った。 ちらりと視線を走らせると、トウカとの付き合いの浅い魅音は、少し引き気味の表情をしている。 まあ無理も無い反応である。 「む……。これは失礼、某としたことが」 何度聞いたか分からないフレーズに、キョンは心の中で苦笑を漏らした。 「でも、こういう殺し屋どもはある意味、まだましだよ。 一度把握しちゃえば、こっちだってそれなりの対応取れるからさっ。 使ってくる技だってある程度分かったから、人数がいて武器さえあれば、何とかなるんだもん」 「そうだな。そのためになるべく、バラけないようにしないとな……」 大人数が集まるとつい、小さなチームに分かれて色々やりたくなるが、 戦力の分散が招く悲劇はホテルに集った参加者達の例をみれば明らかだ。同じ轍を踏んではいけない。 いつぞやのコンピ研とのゲーム対決の時にも感じたことだが、とにかくまとまっていればそんなに簡単にやられたりは―― ――ん? 何かが電流の如く頭の中を駆け抜けた気がして、キョンは頭を捻る。 「だから、一番厄介なのは何食わぬ顔で潜んでる敵だよっ! 自分は味方ですって顔をして、こっちが隙をみせるのを狙ってる奴が一番危ないのさ」 「……園崎。ちょっと待て」 看過できぬ一言に、余計な思考を強制中断させ、キョンは魅音に強い視線を送った。 やはりハッキリさせておく必要があるようだ。 「言っておくが、ジャイアン少年のことをまだ疑っているのならそれは違うと言っておきたい。 あいつは園崎のこともずっと心配していたんだぞ?」 「じゃあ……。じゃあどうして、武は翠星石の肩を持つのさ!? 翠星石は梨花を殺したんだ。皆を裏切った死んで当然の奴なんだ!! それなのにどうして!?」 快活な少女の顔はどこかに消し飛び、魅音の表情が鬼の形相に変貌し始める。 怒りに端整な顔が歪み、瞳に狂気の光がちらつき始める。 (何て顔だよ……。ほとんど別人だぜ) 魅音の形相に気圧されつつ、キョンが口を開こうとしたその時、 「魅音殿……。自分の考えが絶対に正しいと思ってはならぬよ。 立ち止まって相手の反論を聞くことも必要だ。 ましてや、その相手に対して力を振るおうとする時は、なおさら!」 深い湖面の如き静けさをたたえた声に、キョンは思わずトウカの方に視線を移動させた。 そこには、いつにない厳しさを感じさせるトウカの顔があった。 「――某は、聖上に仕える前、クッチャ・ケッチャという国のオリカカン皇に仕えていた。 オリカカン皇は某に言った。己が野望のために民を殺し、家族を皆殺しにした大逆の徒、 ラクシャイン討伐を手伝って欲しいと。ハクオロと名を変え、仮面で顔を隠し、 何食わぬ顔でトゥスクルの皇におさまっている悪鬼を討つのに力を貸して欲しいと」 ハクオロの名を聞き思わず声を上げかけるキョンを目で制し、トウカは言葉を紡いでいく。 「某は奮い立った。正義を助け、悪を挫く。これぞ聖戦であると。 エヴェンクルガの名にかけてオリカカン皇の望みを必ず果たさせてみせると、そう誓った」 突如、トウカの顔が歪んだ。 「だが、それは誤りだった」 声に苦渋と悔恨を宿し、一言一言搾り出すようにしてトウカは話し続ける。 「全ては、大国シケリペチムの血に飢えた天子ニウェが仕組んだこと。オリカカン皇は騙されていたのだ。 そしてそうと分かった時は、遅かった。某は既に戦場で何人もの命を奪ってしまっていた。 しかも……。それだけではない」 トウカの顔に刻まれた苦渋の皺が更に深みを増した。 「怒りに我を忘れていたクッチャ・ケッチャ軍はトゥスクルの村々を焼き払い、村民を殺戮していたのだ。 直接手を下さなかったとはいえ、クッチャ・ケッチャ軍に身を置いた以上、某も同罪……。 ご覧下され……。この、無辜の民の血と怨みで染まった手を」 口の端に暗い笑みを浮かべ、トウカは手を魅音とキョンに向かって翳して見せた。 その笑みに込められたものの重さに、キョンと魅音は圧倒される。 「某はきっと、聖上やカルラ殿と同じ場所へは行けぬだろう……」 ほおっと一つ息を吐き、トウカは膝を動かして魅音に向き直ると、 それまでとは打って変わって澄み切った瞳で魅音に笑いかけた。 「友を思う魅音殿の気持ちは分かる。だが、しかと相手を見定めぬまま、力を振るってはならぬ。 某は魅音殿のような方の手に、罪と恨みの枷がはまる所など見たくないのだ……。 どうか魅音殿、キョン殿の言葉に耳を傾けてみてはくれまいか? キョン殿は強く、真っ直ぐな男子。決して嘘などつき申さぬ! 某、斬るべき敵も見定められぬ未熟者なれど、それだけは保証いたす!」 トウカの声には心の魔を切り裂く清冽さがあった。 こくりと頷いた魅音の顔から狂気が消え去っているのを見て、キョンは自説を述べ始める。 「園崎……。仮にジャイアン少年が翠星石とグルだったとしたら、翠星石が園崎を撃とうとした時、邪魔をするはずがないんだ。 だってそうだろ? 二人とも殺せるチャンスだったんだからな。なのにあいつはそうしなかった。 それに、翠星石とグルだったら園崎達の悪評を俺達に吹き込んだりもしたはずだ。仕留め損なったんだからそうしないと自分達が危ないからな。 でもあいつは、ただひたすら園崎のことも翠星石のことも心配してたんだ。あいつにとっては、園崎も翠星石も大事な――」 「もう、いいよ……」 キョンの言葉は魅音の震える声で遮られた。 「本当は分かってたんだ。グルだったとしたら、不自然なことだらけだもん……。 でも、でも……」 魅音の顔がくしゃりと崩れた。 「誰かをっ、憎まないと……。足が前に進まなかったんだっ……」 堰を切ったように魅音の瞳から涙が溢れ出し、声に嗚咽が混じり始める。 「私が……悪いんだっ。私が……弱かったから……。私……武に酷いこと言っ……」 「そんなことはないっ!!」 トウカの絶叫が大気をビリビリと震わせ、キョンは思わず飛び上がりそうになり、 魅音も泣くのを中断して、トウカを見つめている。 トウカは魅音の両肩をがしっと掴み、 「魅音殿が自分を責める必要などない!! 苦しむ必要などない!! こんな地獄(ディネボクシリ)のような場所で誰が正気でいられよう!? 魅音殿は何も悪くない! 悪いのは全部あのど腐れ外道だ! 魅音殿のような可憐な女子を、こんな地獄に引きずり込んだあの悪鬼が全て悪い! おのれ、ぎがぞんびっ!! 某が必ず叩き斬って――」 とん、という胸への小さな衝撃にトウカの怒号は中断させられた。 少し面食らった表情をするトウカを、魅音は泣き濡れた瞳で見上げ、 「あり……がとう……」 何とかそれだけを搾り出すと、魅音はそのままトウカの胸で泣きじゃくった。 慈しみに満ちた目をして、魅音の背中を撫でてやっているトウカに向かってキョンは心の中で深々と頭を下げた。 (俺が、あなたほどの人が剣を捧げるに値する人間だなんてこれっぽっちも思わないけど……。 あなたの思いに恥じない行動をしたいって、思います。どうか、これからも俺達のこと見守ってください。トウカさん) ■ 「ごめん……。情報交換の途中だったのに」 グスグスと鼻を鳴らす魅音に、 「だから魅音殿は何も悪くないと――」 「と、トウカさん落ち着いてください」 またも力説しようとするトウカをキョンは宥め、 「実を言うと、二人に聞いて欲しいことがあるんだ。何というか……。重要な話だ」 そう言ってキョンは立ち上がった。 「その前にちょっと移動しよう。ここは寒い」 夜風は涼しいが、決して寒いということはない。 怪訝な顔をしつつも魅音とトウカは、キョンの後に続く。 そのまま三人は、瓦礫と瓦礫がアーチを作っているような場所に移動した。 粉塵臭いが、上、横、左右共に外からは見えにくい場所である。 キョンは、PCの電源を入れると、 『トウカさん、辺りの気配を探ってください。俺達は監視されてます。 姿が見えないってことは何かトリックがあると思うんですけど……。絶対に何かいるはずなんです』 と打ち込んだ。 「承知」 言葉短く答え、トウカは目を閉じると五感を集中させた。 それを見届けると、キョンはノートPCに首輪についての考察と長門から託された『鍵』のことを次々と打ち込んでいく。 飛ばされてきた年代のせいか、説明に多少時間がかかったものの魅音は何とか事の次第を把握したようだった。 魅音はしばらくの間考える仕草をしていたが、 『考えるべきは、「射手座の日を越えて行け」って字面じゃなくて託してきた相手の心理じゃないかな?』 園崎魅音らしいアプローチの仕方を、ゆっくりとした速度でパソコンに打ち込み始めた。 『心理?』 魅音は大きく頷くと、 『「偽装』ってことは相手にバレちゃいけない。でも、特定の誰か、つまりキョン達関係者には分からないと意味がない。 ここまではいいかな?』 なるほどとキョンは膝を打った。 なおも魅音は言葉を打ち込み続ける。 『関係者だけしか知らない事っていってもたくさんあるだろうけどさ……。理屈は良く分からないけど、 あの子、長門さんが媒介になってるなら長門さんとキョン達だけが知ってる事で長門さんがキーワードに使いそうな事。 その上で射手座に関係のあること。これで大分絞れないかなぁ?』 なにやら光明が見えた気がした。 つくづく人の意見というのは聞いてみるものである。 (長門と射手座、長門と射手座……) ――見当もつかん キョンは頭を抱えた。 歯と歯の間から苦しげな息をもらすキョンをみかね、助けになればと、魅音はさらにPCに言葉を打ち込んでいく。 『キョンが読まなきゃならないのは長門さんの心理だからね? 長門さんがキョン達と共有する思い出や知識の中の「互いに」印象に残ってるはずだと思ったことを暗号化したとしても、 主観が違うからそれはキョン達にとっては取るに足らないことかもしれないんだ。だから、長門さんの立場になって考えるんだよっ! 長門さんはどんな人だった? 何が好きだった? 何に感動してた? 何に驚いてた? キョン達と一緒に何をやってる時が、一番楽しそうだった? ネガティブな印象のことを選んだりはしないと思うんだよね。何たって脱出の『鍵』なんだからさ!」 キョンは必死に思考を組み立てる。 長門有希とは、一緒に映画を撮った、孤島の殺人事件に遭遇した、いくつもの事件を解決した。 その中で特に長門の中で印象に残っていそうなものは……。 ――ちょっと待て この暗号が自分にだけ宛てられたものだとは考えにくい。 何の力も持たない自分など、とうに死んでいてもおかしくないのだから。 解読できる人間は多ければ多いほどいい。だから、少なくもSOS団メンバーには分かるようになっているはず。 つまり、SOS団全員がからんでいる事柄に限定されるということだ。 (となると、ハルヒに内緒でやった事件とかは全部没だな。野球大会の時は、実に無表情だったからこれも没。 古泉のチャチなミステリーなんぞ長門にとっては刺激以前の問題だっただろうから没。 映画か? あれも別に……。 ハルヒと一緒に出てたライブは、俺と朝比奈さんがからんでないから没。 文化祭の後は……) 頭に閃くものがあり、キョンはガバッと身を起こした。 あの滅多に感情を動かされない長門が、SOS団の仲間とやった事で最も感情を表していたのは―― ――コンピ研とのゲーム対戦 あれほど楽しそうにしていた長門を見たのは初めてだった。 思いつきはすぐに確信に変わる。 長門がSOS団のメンバーとの共通の思い出の中から選ぶとしたらあれに関連することに違いない。 それにあのゲームのタイトルは……。 (和訳したらナンタラの『日』………じゃなかったか!?) そして長門のメッセージによれば、『鍵』はいくつかの『物体』に偽装されるていると……。 ――自分は今核心に近づいている。 鼓動が高鳴り、やたらと心が跳ね回るのをキョンは感じた。 だがしかし。 (射手座って英語でどんな風に書くんだ!?) 定期考査赤点スレスレの我が身を嘆きつつ、キョンはノートPCに文字を打ち込む。 もどかしさのあまり、思わず手が震えた。 『園崎、「射手座」のスペル、分からないか?』 魅音は少し考えた後、 『ごめん。分かんないよ。それにしても急にどうしたのさっ!?』 キョンは思わず天を仰いだ。 理由を打ち込みながらも、キョンは英語の時間になるとひたすら外を見ていた日々を心底悔やむ。 だが、こんなマイナー単語、自分には逆立ちした所で思い出せるわけがない。 魅音にもう一度目をやる。 魅音が心底悔しそうな顔をしてかぶりをふった。 となればやることは一つ。 「トウカさん! 来てくれ!」 「承知!」 ノートPCを抱えてキョンは走り出すキョンにトウカが続き、魅音も続く。 (あいつなら、ハルヒならきっと……) 学業全般に対して無駄にスペックの高いハルヒならマイナー英単語を知っていてもおかしくない。 息を弾ませながら坂を駆け下り、狂おしい目で公衆電話を探す。 ――あった だが転ばし屋に全部つぎ込んだせいで小銭がない。 公衆電話を素通りして、手近な店に駆け込む。 「トウカさん! あの機械を斬ってくれ!」 「しょ、承知!」 キョンの鬼気迫る調子に圧され、トウカは刀を振るった。 居合い一閃。 闇の中で刃が光り、一呼吸の後、レジスターはゆっくりとずれ始めた。 ――斬れる! あまりの切れ味に驚いて刀を検分し始めるトウカを尻目に、キョンは小銭を引っつかむと公衆電話に飛び込んだ。 乱暴に映画館の番号をプッシュする。 だが、耳に飛び込んできたのは映画館から移動するというハルヒの留守録メッセージ。 (ハルヒ……。お前ってやつは……) 思わず電話ボックスの中に崩れ落ちたキョンに魅音の声が飛んだ。 「あのさっ! セラスって英国生まれだって言ってたから、分かるんじゃない!?」 「なるほどな!」 映画館の留守電にレジャービルの留守電に回答を入れておいて欲しい旨を残し、 キョンは電話ボックスに備え付けてある電話帳を苛立たしげにめくると、病院の番号をみつけプッシュし始める。 時間的にセラスはまだ到着していないかもしれないが、それなら病院にいるという人間に伝言を頼むまでだ。 それにひょっとすれば病院にいる人間が知っているかもしれない。 祈るような気持ちでボタンを押そうとしたキョンの耳に、突如あの嫌な声が飛び込んできた。 聞くだけで腸が煮えくり返る、耳障り極まりない声が。 思わずボタンを押すのを中断して空を見上げるとそこには―― 【D-5/大通りに面した公衆電話の中/1日目-真夜中(放送直前)】 [キョン@涼宮ハルヒの憂鬱】 [状態]:疲労、全身各所に擦り傷、ギガゾンビと殺人者に怒り、強い決意 (ようやく暗号の核心に近づけたことで多少頭に血が上っている。 故にハルヒへの気遣いにまで気が回っていない) [装備]:バールのようなもの、スコップ [道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料-1)、わすれろ草@ドラえもん、キートンの大学の名刺 ロープ、ノートパソコン [思考] 基本:殺し合いをする気はない、絶対に皆で帰る 1:射手座の英語スペルを聞く。 2:魅音と一緒にクーガーとなのはを待つ。 3:その後、病院へと向かう(戦力の分散は愚行だと考えている) 4:長門の残してくれたメッセージを解読する。 5:トウカと共にトウカ、君島、しんのすけの知り合いを捜索する。 6:キャスカ、ルイズを警戒する。 7:あれ? そういえばカズマってどこかで聞いたような…… [備考] ※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「ミステリックサイン」参照。 ※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「仲間を探して」参照。 【トウカ@うたわれるもの】 [状態]:疲労、左手に切り傷、全身各所に擦り傷、額にこぶ [装備]:斬鉄剣@ルパン三世 [道具]:支給品一式(食料-1)、出刃包丁(折れている)@ひぐらしのなく頃に、物干し竿(刀/折れている) @fate/stay night [思考] 基本:無用な殺生はしない。だが積極的に参加者を殺して回っている人間は別。 特にセイバーは出会うことがあれば必ず斬る。 1:魅音と一緒にクーガーとなのはを待つ。 2:その後、病院へと向かう(戦力分散は愚行と考えている) 3:キョンと共に君島、しんのすけの知り合い及びエルルゥを捜索する。 4:エヴェンクルガの誇りにかけ、キョンと武、魅音を守り通す。 5:ハクオロへの忠義を貫き通すべく、エルルゥとアルルゥを見つけ次第守り通す。 【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】 [状態]:疲労(中)、精神は安定傾向、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り) [装備]:AK-47カラシニコフ(30/30)、AK-47用マガジン(30発×3) [道具]:支給品一式、スルメ二枚、表記なしの缶詰二缶、レジャー用の衣服数着(一部破れている) パチンコ [思考] 基本:バトルロワイアルの打倒 1:キョンとトウカと共にクーガーとなのはを待つ。 2:「射手座の日」の暗号を解く。 3:クーガーとなのはが戻ってきたら病院へ向かう(戦力の分散は危険と考えている) 4:沙都子を探して保護する。 5:武に謝りたい 6: 圭一、レナの仇を取る。(水銀燈とカレイドルビーが対象) ※キョンがノートパソコンから得た情報、及びキョンの考察を聞きました。 *時系列順で読む Back:[[孤城の主(後編)]] Next:[[「エクソダス、しようぜ!」(前編)]] *投下順で読む Back:[[孤城の主(後編)]] Next:[[「エクソダス、しようぜ!」(前編)]] |235:[[孤城の主(後編)]]|キョン|243:[[共有]]| |235:[[孤城の主(後編)]]|トウカ|243:[[共有]]| |235:[[孤城の主(後編)]]|園崎魅音|243:[[共有]]|