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「「無事でよかった」」(2021/07/24 (土) 17:32:40) の最新版変更点
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**「無事でよかった」 ◆tC/hi58lI.
子供の体力には、限界がある。
ましてや、自分を上回る体格の人間を背負っていては。
瓦礫や割れガラスの散らばった悪路を歩いていては。
行く手に病院が見え、しんのすけが歓声をあげる。
「ヘンゼル、もうすぐだゾ!」
「……待って」
意識をうっすらと取り戻したヘンゼルが、囁きかける。
「病院……は、行かないほうがいい……」
「やせガマンはよくないゾ!」
「違うよ……」
辺りに転がっている壊れたマネキン。
剥がれた舗装の破片の積もりかた。
大小点々と落ちている、赤いしずく。
周囲に見える破壊の痕は、明確な方向を持って伸びていた――――行く手の病院の方へと。
しかし、しんのすけは足を止めない。
小さな足で踏ん張って、一歩一歩、歯を食いしばりながら歩む。
「そんなの関係ないゾ! いまはヘンゼルがお大事なんだゾ!」
しんのすけの視界を遮るようにして、ヘンゼルは瓦礫の一所を指差した。
「……ほら、ダメだよ」
「ヘンゼル! 弱気はよくな……」
「ね……。……そこに、天使さまが、いる……」
言い返す途中で、それを視認したしんのすけの股座がきゅっと縮み上がった。
シロがお残ししたエサのお肉にケチャップをかけたような何かが、瓦礫に半ば埋もれて大の字に倒れていた。
砕かれた頭部がこちらを向いている。
目が、あってしまった。
しんのすけは裏返った悲鳴をあげて後ずさった。瓦礫に蹴躓き、尻餅をつく。
ヘンゼルが小さな背中から滑り落ち、瓦礫の上に転がった。開いたままの傷口に舗装の破片が当たり、
苦しそうに顔を歪める。
ヘンゼルは痛みに耐えながら、しんのすけの肩にしがみついた。
「わかった? ……病院には、行かない方がいいよ」
「で、でも……戻ったら、さっきのおねいさんがいるゾ!」
「……」
「……ヘンゼル、ごめん……」
しんのすけは、鉛のように重くなった足を持ち上げ――一歩を踏み出す。
病院の、方向へと。
「し、心配、いらないゾ……。
び……病院に行って、もし、さっきのおねいさんみたいなおっかない人がいても、
その時はオラがおにいさんを守る。さっきはおにいさんが助けてくれたんだから、こんどはオラが
おにいさんをお助けする! オラの父ちゃんや母ちゃんだったら、きっとそうするから!」
「……」
できれば、駄目だと言いたかった。
だが、それよりしんのすけの体力が、ヘンゼルの容態がもうもちそうになかった。
せめて破壊の主が去ったあとであることを祈るしかない。
ヘンゼルはしんのすけの肩に顎を押し当てて頷いた。
綺麗な額から滴った脂汗が、しんのすけの服に染みをつくっていた。
「ふんぬ~~~~~!! の、野原しんのすけぇェ~~……」
しんのすけは、両足を瓦礫に突き刺すようにして踏ん張りなおす。
ヘンゼルは再び意識を失ったらしく、しんのすけの肩にかかる重量がずっしりと増す。
それは、命そのものの重みだ。
それを悟って、しんのすけは奮い立つ。
オラが、おにいさんをお助けするんだ……!
「ファイヤ―――――――!!」
しんのすけも汗だくである。最後の力を振り絞ってヘンゼルを背負いなおし、
病院に向かってよたよたと走っていった。
「オ、オラ、もうクタクタだゾ~……」
ヘンゼルを簡易ベッドの上に寝かせると、しんのすけはリノリウムの床の上にぺしゃんと転がった。
病院にようやくたどり着き、外と同じく荒らされていたホールを抜け、その先の廊下を曲がった先にある
部屋のひとつに転がり込んだところである。
その部屋に窓のないことをいぶかしんだが、ランタンで照らすと理由が分かった。
しんのすけも一度か二度見たことのある、レントゲンの機械が置いてあった。
おそらくここはX線室なのであろう。
部屋自体はひどく狭かったが簡易ベッドも一応ひとつ置いてあり、とりあえず二人はここに落ち着くことにした。
ぐったりしているヘンゼルを、苦労しながらも脱衣籠に入っていた患者服に着せ替えさせ、タオルケットを掛ける。
それが終わってようやく、しんのすけも休憩である。
「パンツまで汗びっしょりで、きもちわる~……」
しんのすけも汗でぐっしょりのズボンやパンツを脱ぎ捨てた。
そしてヘンゼルの枕元にのぼり、ベッド脇にある電灯のスイッチに手を伸ばそうとして、
「明かりは点けたら駄目!」
ヘンゼルの鋭い叱責に、慌てて手を引っ込め戻る。
頭の上をぞうさんに横切られ、ヘンゼルがわずかに顔をしかめた。
「んもう、真っ暗だとお手当てしにくいゾ~」
文句を言いつつ、しんのすけはかいがいしくヘンゼルの世話をする。
額の汗を拭き、目隠しのカーテンを側に立て掛け、ちょこまかとベッドの周りを動き回ってヘンゼルの顔をのぞきこむ。
「おケガの具合、どう?」
ヘンゼルは、答えない。
ただ、苦しげに顔をしかめるのみ。
「寒い? 痛い?」
ヘンゼルは、答えない。
ただ、蒼ざめた顔で全身を震わせている。
セイバーに切りつけられた傷口はいまだ開いたままで、手で必死に押さえているのが毛布の隙間から垣間見えた。
寒くて、痛いんだ。
しんのすけはそう判断する。
「待っててね、オラ、マキロンとバンソーコーと毛布とってくるから!」
言うなり、床に放り投げていたズボンとパンツに再び足を通す。
「う゛」
冷たくなった濡れパンツが、股間にしっとりと張り付いた。
しんのすけは、薄暗い病院の廊下にひとりで飛び出した。
「お~……」
誰もいない。
受付のおねえさんも、白衣のお医者さんも、ベンチにたむろしているおばあさんたちも、本当に誰も居ない。
ただ、匂いがする。埃っぽさと、消毒液と――――
「なんだコレ? ヘンなニオイがするゾ……」
みさえが魚をさばいている時にする生臭さに似た悪臭を気にしながら、しんのすけは廊下の奥の闇へと駆け出した。
・
・
・
「んもう、だいじなものがすぐに出てこないなんて、みさえよりお片付けのヘタクソな病院だゾ!」
怒りながら、しんのすけは廊下をまた曲がる。
病院だけあって部屋はたくさんあったが、ほとんどの部屋が施錠されており、
空いていたのはただの事務室や休憩室ばかりであった。勿論、お目当ての包帯や薬は置いてない。
しんのすけの焦りはつのるばかりである。
といっても、その事務室では分厚い漫画雑誌を、休憩室ではお茶菓子をしっかりがめてきたが。
ランタンを掲げながら、しんのすけは病院内を疾走する。
部屋を確かめては廊下を右に折れ、左に折れ、また左に折れ――……
目にとびこんでくる”小児科”のプレート。
ドアに体当たりする――――開いてる!
勢いのまま中に転がり込む。
手から離れたランタンが部屋の奥に転がっていった。
ランタンは正面奥にある窓と、その下の流しと、横にある棚を照らし出す。
「あ、あったゾ!」
しんのすけは床を這い、棚に近寄る。
灰色のスチール棚には難しい名前の書かれたダンボールと、空の空き瓶と、包帯とガーゼが
きちんと整頓されて詰まっていた。
「おお、包帯さん見っけたゾ!」
包帯とガーゼをありったけデイパックに放り込み、しんのすけはさらに探す。
「マキロン、マキロンはどこ?」
棚の最下段に押し込まれていたダンボールを開けてみると、円筒形のプラスチックボトルがずらりと出てきた。
手に持って振ってみると、ちゃぷちゃぷ音がする。透明な液体は消毒液そっくりに見えた。
「これも持ってくゾ。あとは……」
ボトルをしまいながら、しんのすけは目に付いたもう二つの物をデイパックに突っ込んだ。デイパックの口には
幾分大きいサイズだったが、しっかりと収納できた。
「よし! ヘンゼルのところに帰……」
部屋から出たしんのすけの足が、ぴたりと止まる。
「……ヘンゼルのいる部屋、どっちだっけ……?」
「んーと……」
緑にほの光る非常灯を頼りに、しんのすけは暗い病院内をさまよう。
「なんだか、こっち違う気がするゾ……?」
非常灯に頼った結果、ヘンゼルのいるX線室とは全く逆、裏の搬送口の方へと進んでいることにしんのすけはまだ気付かない。
「うぇえ~、おまけに、さっきよりヤなニオイ……」
思わず踵を返したくなるが、今は一刻も早くヘンゼルのもとに戻り、お手当てをしなければならないのである。
しんのすけはガーゼをひと巻き取り出し、ちょっとちぎって鼻に詰めた。
「待ってるんだゾ、ヘンゼル」
鼻声でつぶやき、次の非常灯の見える廊下の角を曲がった。
さらに深く濃くなる闇と、得体の知れない嫌な予感。
しんのすけの足は知らず震えていた。
そして、ようやく。
しんのすけは、もういくつ目かも分からない廊下の角を曲がった突き当たりに、四角いドアの輪郭の形に光が洩れているのを見つけた。
その上には、じっとりとした闇のなか光る「非常口」のランプ。
「あそこから一回外に出て、それからもう一度さっきの入口に行けば戻れるゾ!」
しんのすけは駆け出す。
後ろから何かに追いかけられているように、必死になって走る。
近づくほどに、足下にくちゃくちゃと何かを踏んづけた。汁気の多い、べたべたして柔らかいものが散らばっているらしい。
ニオイは今にも吐きそうなほど強まっていた。目にもしみて、思わずベソが浮かぶ。
気持ち悪いのと怖いので、しんのすけは必死にドアに張り付いた。早く外に出たい。
「ひ、ひらけ――! ゴマ――――!!」
掛け声とともに踏ん張り、渾身の力でドアを押す。
ごろっ……
ドアの材が床を擦る音がして、重い扉が一気に開いた。
一緒に踏み出した足元がずるっと滑り、しんのすけは前にのめり転んだ。
「おわぁ!」
べたん!
ぶつけた顎に、何かがまつわりつく感触。
「なんだコレ?」
手に持ってみると、それは赤い布だった。しかもかなり大きく、しんのすけの股下をくぐって後方にまで丈がある。
しんのすけはそれを追って何気なく振り返る。
「お、あ……」
しんのすけは、見た。
…………。
うっすらと目を開けると、しんのすけが上に屈みこんでいた。
「ヘンゼル、ただいま」
表情はよく見えない。だけど、何かがおかしい気がする。
「……な、何してるの?」
「お手当て~」
「…………」
ヘンゼルは自分の体のありさまを見るなり、ため息をついた。
包帯やらガーゼやら得体の知れない赤い布やらで、傷の部位はいつの間にか見事にぐるぐる巻きにされていた。
無事な腕までなぜかぐるぐる巻きになっている。
これじゃ、遊ぶことも――逃げることもできやしない。
「おにいさん、オラがいない間もご無事でよかったゾ。オラ……」
「わざわざ取ってきたの、これ?」
「そうだゾ!」
しんのすけは、やけに元気良く答えた。
「あと、こんなのも持ってきたゾ」
しんのすけはベッドの下に潜り込み、デイパックから何かを引っ張り出した。
一瞬、「何だろう?」と期待するが。
「……毛布……と枕?」
「そうだゾ!」
てっきり武器になるものでも拾ってきたのかと思っていたヘンゼルは、拍子抜けする。
「おにいさん、おケガしてるからゆっくり休まないとダメなんだゾ」
ヘンゼルの頭の下に枕を押し込みながら、しんのすけは「うんうん」と頷く。
「……ゆっくり休んでいる暇なんてないよ」
緊張が緩んだことでどっと疲れが出、しんのすけの呑気さに釘を刺すためにいちいち口を開くのも億劫になってくる。
「オラが見張りしてるから、心配ご無用だゾ」
しんのすけが毛布を体にかけてくれる。
……寝ろってこと?
「ダメだよ……。さっきのお姉さんみたいな人が来たらどうするのさ……」
「その時は、またオラがおにいさんを背負って逃げるゾ!」
ヘンゼルは、悲しい嘲りを含んだ笑みを向ける。
「……勇ましいね。君、ほんとうにただの子供?」
「オラ、ただの子供じゃないゾ。母ちゃんのかわりにひまわりのドウメンだってみれるんだゾ」
「…………面倒?」
「そうとも言う~」
「……」
ヘンゼルは毛布を頭まで被った。体を動かしたことで傷が痛む。
「…………もし誰か来たら、僕はいいから逃げなよ」
「んもう、そんなこと言うなんておにいさんのいけずゥ~」
ヘンゼルは毛布の中で寝返りを打ち、しんのすけに背を向けた。
「……ああ、そうだ。
包帯探しに行ってくれてありがとう」
ヘンゼルにとってはなんの気もない、ただのひと言だった。
「無事でよかったね」
しんのすけの表情が凍った。
何かまずいことを言ってしまった?
気配で感じ取り、ヘンゼルは毛布から少しだけ顔を出して様子を窺う。
しんのすけは、太い眉を曲げ、顔をくしゃくしゃにしていた。
全身を震わせながら、つぶやく。
「オラ、怖かった……。
おにいさん、これがバトルロワイヤルなの? だったらオラ、バトルロワイヤルなんて嫌いだゾ……」
しゃくりあげ、堰を切ったようにしんのすけは泣き出した。
包帯などを探す途中で、何かを見てきたらしい。
同情は沸かなかったが、ただその姿に、ヘンゼルは何かを思い出す。
鈍器を握らされ、カメラの前に立たされていた。
あの時、自分はこんな風に泣いていたような気がする。
……気持ち悪い。
胸の中がおかしな感じだ。
胸が――と意識すると、また傷の痛みが蘇った。しかし重く這い寄る疲労が、痛覚すら鈍磨させてゆく。
しんのすけのしゃくり泣く声を聞きながら、やがてヘンゼルは気絶するように眠りに落ちた。
しんのすけもいつしか泣きつかれて、ヘンゼルに寄り添うように眠っていた。
幸いにも、疲れきって無防備に眠る子供たちをおびやかすものは来なかった。
そして、夜はますます明けてゆく――――
【D-3(病院内、X線室)・1日目 早朝】
【ヘンゼル@BLACK LAGOON】
[状態]:右肩から深い切り傷(最低限の応急手当済)、体力かなり消耗。
包帯でグルグル巻きにされてて自由に動けない。ちょっとイライラ
(※服を患者服に着替えさせられました)
[装備]:コルトM1917(残弾なし)
[道具]:支給品一式、コルトM1917の弾丸(残り12発) 、毛布と枕(病院の備品)
ひらりマント@ドラえもん
[思考・状況]
1:この状態では満足に遊べないから、今は誰にも見つかりたくない
2:不快感の正体を探る(?)
3:(ある程度回復したら)襲ってくる奴をできるだけ「遊ぶ」
4:グレーテル、しんのすけの家族と合流
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にたんこぶ。精神的ショック
(睡眠により、疲労は回復しました)
[装備]:ニューナンブ(残弾4)
[道具]:支給品一式 、空のプラボトル×2
[思考・状況]
1:ヘンゼルの具合が心配
2:みさえとひろし、ヘンゼルのお姉さんと合流する
3:ゲームから脱出して春日部に帰る
[追記]
※ヘンゼルに施されたのは最低限の応急処置のみで、目覚めた後で「なんとか動ける」位までにしか回復しておりません。
※「ひらりマント」は、包帯と一緒にヘンゼルの体に巻きつけられています。
※しんのすけが小児科の診察室で発見したボトルの中身は、「消毒液」ではなく「生理食塩水」です。
すべてヘンゼルの傷口の洗浄に使ってしまったため、今は空のボトルのみです。
※二人とも眠ってしまっているため、誰かに起こされなければそのまま第一放送を聞き逃すおそれがあります。
-男どうしのおやくそく-
・
・
誰もいない映画館で、ひとりで映画を見ていた。
大迫力のスクリーンの中では手に汗握る殺陣あり、涙をしぼる感動の名シーンあり、爆笑のギャグシーンあり、なんでもありだった。
しんのすけも、ひまわりも、みさえも、ひろしも、みんなが主役だった。
しんのすけはかっこよく、ひまわりは元気良く、母ちゃんは強く、父ちゃんは男らしく。
みんなが協力しあって戦い、懸命に何かを目指していた。
どこかで、リールが回っている。
「しんのすけ」
いつの間にか、しんのすけの横にひろしが座っていた。
「しんのすけ……。無事でよかった」
父ちゃんもご無事でよかったですな。
……父ちゃん、お顔がヘンだゾ?
スクリーンには、夏のあぜ道を自転車に乗って走る父と子が映っていた。
子供はだんだん成長し、今のひろしに近づいてゆく。
場面は次々と変わり、今は若いひろしとみさえが満開の桜並木を歩いている。
父の大きな手が、しんのすけの頭を撫でた。
「いいか、しんのすけ」
ひょいと持ち上げられ、強く抱き締められた。。
「父ちゃんは、いつでも見守ってる。おまえの心の中にいる。
……だからな、泣くんじゃないぞ」
会社帰りのスーツ姿のまま、夜道を走るひろし。
みさえに抱かれた赤ん坊が、ひろしの差し出した指をけなげに握る。
しんのすけを抱き締めたひろしの肩が、くっと震えた。
「ああ……しんのすけが小学校にあがるところ、見たかったなあ。いつかしんのすけが大人になったら、
一緒に酒を飲みたかったなあ。しんのすけの嫁さんも、見てみたかったなあ。
そんで、いつかは孫の顔とか……見たかったなあ」
父ちゃん……泣いてる?
「ひろし殿、もういいか?」
「……ああ」
隣から声がかかり、ひろしは洟を啜りながらしんのすけを離した。
「しんのすけ」
振り向くと、鎧甲冑を着込んだお侍さんが立っていた。
誰?
知っているのに、誰だか思い出せない。
「しんのすけ、男ならば大切なものを守り通さねばならぬ。守るためには生きねばならぬ。
――生きよ、しんのすけ。
そなたを命をかけて守ろうとしたものがいる。そなたには守るべきものがある」
「しんのすけ。みさえとひまわり、シロを頼んだぞ」
「父ちゃんは?」
「……父ちゃんはな、先に行くのさ」
「ずるいぞ父ちゃん!」
ひろしと又兵衛が笑う。
しんのすけが一緒になって笑うことの出来ない、どこか寂しい笑顔だった。
「ほら、映画はまだ続いてるぞ」
「お?」
「あっちでまだ父ちゃんも頑張ってる」
ひろしの指差す先、大画面ではひろしが敵相手に奮戦している。
「がんばれ父ちゃん! 負けるな父ちゃーん!」
しんのすけがまた映画に夢中になる横で、ふたりはそっと席を立つ。
「あれ、お前もこっちなのか?」
「旅は道連れ、独りでは淋しかろう。あちらでともに酒を酌み交わそうではないか」
扉を開け、二人は映画館から出て行った。
スクリーンの中で、まだ映画は続いていた。
しんのすけが階段を走っているシーンだった。
何度もつまずき、転び、傷だらけになって鼻血を垂らしながら、それでも懸命に上へと走っていく。
未来のために走っていく。
・
・
・
*時系列順で読む
Back:[[現実の定義 Virtual game]] Next:[[雨は未だ止まず]]
*投下順で読む
Back:[[現実の定義 Virtual game]] Next:[[「速さ」ってなんだろ?「速さ」ってなぁに?]]
|64:[[無題 コこロのアリか]]|野原しんのすけ|114:[[「永遠に(ネバー・ダイ)」]]|
|64:[[無題 コこロのアリか]]|ヘンゼル|114:[[「永遠に(ネバー・ダイ)」]]|
*「無事でよかった」 ◆tC/hi58lI.
子供の体力には、限界がある。
ましてや、自分を上回る体格の人間を背負っていては。
瓦礫や割れガラスの散らばった悪路を歩いていては。
行く手に病院が見え、しんのすけが歓声をあげる。
「ヘンゼル、もうすぐだゾ!」
「……待って」
意識をうっすらと取り戻したヘンゼルが、囁きかける。
「病院……は、行かないほうがいい……」
「やせガマンはよくないゾ!」
「違うよ……」
辺りに転がっている壊れたマネキン。
剥がれた舗装の破片の積もりかた。
大小点々と落ちている、赤いしずく。
周囲に見える破壊の痕は、明確な方向を持って伸びていた――――行く手の病院の方へと。
しかし、しんのすけは足を止めない。
小さな足で踏ん張って、一歩一歩、歯を食いしばりながら歩む。
「そんなの関係ないゾ! いまはヘンゼルがお大事なんだゾ!」
しんのすけの視界を遮るようにして、ヘンゼルは瓦礫の一所を指差した。
「……ほら、ダメだよ」
「ヘンゼル! 弱気はよくな……」
「ね……。……そこに、天使さまが、いる……」
言い返す途中で、それを視認したしんのすけの股座がきゅっと縮み上がった。
シロがお残ししたエサのお肉にケチャップをかけたような何かが、瓦礫に半ば埋もれて大の字に倒れていた。
砕かれた頭部がこちらを向いている。
目が、あってしまった。
しんのすけは裏返った悲鳴をあげて後ずさった。瓦礫に蹴躓き、尻餅をつく。
ヘンゼルが小さな背中から滑り落ち、瓦礫の上に転がった。開いたままの傷口に舗装の破片が当たり、
苦しそうに顔を歪める。
ヘンゼルは痛みに耐えながら、しんのすけの肩にしがみついた。
「わかった? ……病院には、行かない方がいいよ」
「で、でも……戻ったら、さっきのおねいさんがいるゾ!」
「……」
「……ヘンゼル、ごめん……」
しんのすけは、鉛のように重くなった足を持ち上げ――一歩を踏み出す。
病院の、方向へと。
「し、心配、いらないゾ……。
び……病院に行って、もし、さっきのおねいさんみたいなおっかない人がいても、
その時はオラがおにいさんを守る。さっきはおにいさんが助けてくれたんだから、こんどはオラが
おにいさんをお助けする! オラの父ちゃんや母ちゃんだったら、きっとそうするから!」
「……」
できれば、駄目だと言いたかった。
だが、それよりしんのすけの体力が、ヘンゼルの容態がもうもちそうになかった。
せめて破壊の主が去ったあとであることを祈るしかない。
ヘンゼルはしんのすけの肩に顎を押し当てて頷いた。
綺麗な額から滴った脂汗が、しんのすけの服に染みをつくっていた。
「ふんぬ~~~~~!! の、野原しんのすけぇェ~~……」
しんのすけは、両足を瓦礫に突き刺すようにして踏ん張りなおす。
ヘンゼルは再び意識を失ったらしく、しんのすけの肩にかかる重量がずっしりと増す。
それは、命そのものの重みだ。
それを悟って、しんのすけは奮い立つ。
オラが、おにいさんをお助けするんだ……!
「ファイヤ―――――――!!」
しんのすけも汗だくである。最後の力を振り絞ってヘンゼルを背負いなおし、
病院に向かってよたよたと走っていった。
「オ、オラ、もうクタクタだゾ~……」
ヘンゼルを簡易ベッドの上に寝かせると、しんのすけはリノリウムの床の上にぺしゃんと転がった。
病院にようやくたどり着き、外と同じく荒らされていたホールを抜け、その先の廊下を曲がった先にある
部屋のひとつに転がり込んだところである。
その部屋に窓のないことをいぶかしんだが、ランタンで照らすと理由が分かった。
しんのすけも一度か二度見たことのある、レントゲンの機械が置いてあった。
おそらくここはX線室なのであろう。
部屋自体はひどく狭かったが簡易ベッドも一応ひとつ置いてあり、とりあえず二人はここに落ち着くことにした。
ぐったりしているヘンゼルを、苦労しながらも脱衣籠に入っていた患者服に着せ替えさせ、タオルケットを掛ける。
それが終わってようやく、しんのすけも休憩である。
「パンツまで汗びっしょりで、きもちわる~……」
しんのすけも汗でぐっしょりのズボンやパンツを脱ぎ捨てた。
そしてヘンゼルの枕元にのぼり、ベッド脇にある電灯のスイッチに手を伸ばそうとして、
「明かりは点けたら駄目!」
ヘンゼルの鋭い叱責に、慌てて手を引っ込め戻る。
頭の上をぞうさんに横切られ、ヘンゼルがわずかに顔をしかめた。
「んもう、真っ暗だとお手当てしにくいゾ~」
文句を言いつつ、しんのすけはかいがいしくヘンゼルの世話をする。
額の汗を拭き、目隠しのカーテンを側に立て掛け、ちょこまかとベッドの周りを動き回ってヘンゼルの顔をのぞきこむ。
「おケガの具合、どう?」
ヘンゼルは、答えない。
ただ、苦しげに顔をしかめるのみ。
「寒い? 痛い?」
ヘンゼルは、答えない。
ただ、蒼ざめた顔で全身を震わせている。
セイバーに切りつけられた傷口はいまだ開いたままで、手で必死に押さえているのが毛布の隙間から垣間見えた。
寒くて、痛いんだ。
しんのすけはそう判断する。
「待っててね、オラ、マキロンとバンソーコーと毛布とってくるから!」
言うなり、床に放り投げていたズボンとパンツに再び足を通す。
「う゛」
冷たくなった濡れパンツが、股間にしっとりと張り付いた。
しんのすけは、薄暗い病院の廊下にひとりで飛び出した。
「お~……」
誰もいない。
受付のおねえさんも、白衣のお医者さんも、ベンチにたむろしているおばあさんたちも、本当に誰も居ない。
ただ、匂いがする。埃っぽさと、消毒液と――――
「なんだコレ? ヘンなニオイがするゾ……」
みさえが魚をさばいている時にする生臭さに似た悪臭を気にしながら、しんのすけは廊下の奥の闇へと駆け出した。
・
・
・
「んもう、だいじなものがすぐに出てこないなんて、みさえよりお片付けのヘタクソな病院だゾ!」
怒りながら、しんのすけは廊下をまた曲がる。
病院だけあって部屋はたくさんあったが、ほとんどの部屋が施錠されており、
開いていたのはただの事務室や休憩室ばかりであった。勿論、お目当ての包帯や薬は置いてない。
しんのすけの焦りは募るばかりである。
といっても、その事務室では分厚い漫画雑誌を、休憩室ではお茶菓子をしっかりがめてきたが。
ランタンを掲げながら、しんのすけは病院内を疾走する。
部屋を確かめては廊下を右に折れ、左に折れ、また左に折れ――……
目にとびこんでくる”小児科”のプレート。
ドアに体当たりする――――開いてる!
勢いのまま中に転がり込む。
手から離れたランタンが部屋の奥に転がっていった。
ランタンは正面奥にある窓と、その下の流しと、横にある棚を照らし出す。
「あ、あったゾ!」
しんのすけは床を這い、棚に近寄る。
灰色のスチール棚には難しい名前の書かれたダンボールと、空き瓶と、包帯とガーゼが
きちんと整頓されて詰まっていた。
「おお、包帯さん見っけたゾ!」
包帯とガーゼをありったけデイパックに放り込み、しんのすけはさらに探す。
「マキロン、マキロンはどこ?」
棚の最下段に押し込まれていたダンボールを開けてみると、円筒形のプラスチックボトルがずらりと出てきた。
手に持って振ってみると、ちゃぷちゃぷ音がする。透明な液体は消毒液そっくりに見えた。
「これも持ってくゾ。あとは……」
ボトルをしまいながら、しんのすけは目に付いたもう二つの物をデイパックに突っ込んだ。デイパックの口には
幾分大きいサイズだったが、しっかりと収納できた。
「よし! ヘンゼルのところに帰……」
部屋から出たしんのすけの足が、ぴたりと止まる。
「……ヘンゼルのいる部屋、どっちだっけ……?」
「んーと……」
緑にほの光る非常灯を頼りに、しんのすけは暗い病院内をさまよう。
「なんだか、こっち違う気がするゾ……?」
非常灯に頼った結果、ヘンゼルのいるX線室とは全く逆、裏の搬送口の方へと進んでいることにしんのすけはまだ気付かない。
「うぇえ~、おまけに、さっきよりヤなニオイ……」
思わず踵を返したくなるが、今は一刻も早くヘンゼルのもとに戻り、お手当てをしなければならないのである。
しんのすけはガーゼをひと巻き取り出し、ちょっとちぎって鼻に詰めた。
「待ってるんだゾ、ヘンゼル」
鼻声でつぶやき、次の非常灯の見える廊下の角を曲がった。
さらに深く濃くなる闇と、得体の知れない嫌な予感。
しんのすけの足は知らず震えていた。
そして、ようやく。
しんのすけは、もういくつ目かも分からない廊下の角を曲がった突き当たりに、四角いドアの輪郭の形に光が洩れているのを見つけた。
その上には、じっとりとした闇のなか光る「非常口」のランプ。
「あそこから一回外に出て、それからもう一度さっきの入口に行けば戻れるゾ!」
しんのすけは駆け出す。
後ろから何かに追いかけられているように、必死になって走る。
近づくほどに、足下にくちゃくちゃと何かを踏んづけた。汁気の多い、べたべたして柔らかいものが散らばっているらしい。
ニオイは今にも吐きそうなほど強まっていた。目にもしみて、思わずベソが浮かぶ。
気持ち悪いのと怖いので、しんのすけは必死にドアに張り付いた。早く外に出たい。
「ひ、ひらけ――! ゴマ――――!!」
掛け声とともに踏ん張り、渾身の力でドアを押す。
ごろっ……
ドアの材が床を擦る音がして、重い扉が一気に開いた。
一緒に踏み出した足元がずるっと滑り、しんのすけは前にのめり転んだ。
「おわぁ!」
べたん!
ぶつけた顎に、何かがまつわりつく感触。
「なんだコレ?」
手に持ってみると、それは赤い布だった。しかもかなり大きく、しんのすけの股下をくぐって後方にまで丈がある。
しんのすけはそれを追って何気なく振り返る。
「お、あ……」
しんのすけは、見た。
…………。
うっすらと目を開けると、しんのすけが上に屈みこんでいた。
「ヘンゼル、ただいま」
表情はよく見えない。だけど、何かがおかしい気がする。
「……な、何してるの?」
「お手当て~」
「…………」
ヘンゼルは自分の体のありさまを見るなり、ため息をついた。
包帯やらガーゼやら得体の知れない赤い布やらで、傷の部位はいつの間にか見事にぐるぐる巻きにされていた。
無事な腕までなぜかぐるぐる巻きになっている。
これじゃ、遊ぶことも――逃げることもできやしない。
「おにいさん、オラがいない間もご無事でよかったゾ。オラ……」
「わざわざ取ってきたの、これ?」
「そうだゾ!」
しんのすけは、やけに元気良く答えた。
「あと、こんなのも持ってきたゾ」
しんのすけはベッドの下に潜り込み、デイパックから何かを引っ張り出した。
一瞬、「何だろう?」と期待するが。
「……毛布……と枕?」
「そうだゾ!」
てっきり武器になるものでも拾ってきたのかと思っていたヘンゼルは、拍子抜けする。
「おにいさん、おケガしてるからゆっくり休まないとダメなんだゾ」
ヘンゼルの頭の下に枕を押し込みながら、しんのすけは「うんうん」と頷く。
「……ゆっくり休んでいる暇なんてないよ」
緊張が緩んだことでどっと疲れが出、しんのすけの呑気さに釘を刺すためにいちいち口を開くのも億劫になってくる。
「オラが見張りしてるから、心配ご無用だゾ」
しんのすけが毛布を体にかけてくれる。
……寝ろってこと?
「ダメだよ……。さっきのお姉さんみたいな人が来たらどうするのさ……」
「その時は、またオラがおにいさんを背負って逃げるゾ!」
ヘンゼルは、悲しい嘲りを含んだ笑みを向ける。
「……勇ましいね。君、ほんとうにただの子供?」
「オラ、ただの子供じゃないゾ。母ちゃんのかわりにひまわりのドウメンだってみれるんだゾ」
「…………面倒?」
「そうとも言う~」
「……」
ヘンゼルは毛布を頭まで被った。体を動かしたことで傷が痛む。
「…………もし誰か来たら、僕はいいから逃げなよ」
「んもう、そんなこと言うなんておにいさんのいけずゥ~」
ヘンゼルは毛布の中で寝返りを打ち、しんのすけに背を向けた。
「……ああ、そうだ。
包帯探しに行ってくれてありがとう」
ヘンゼルにとってはなんの気もない、ただのひと言だった。
「無事でよかったね」
しんのすけの表情が凍った。
何かまずいことを言ってしまった?
気配で感じ取り、ヘンゼルは毛布から少しだけ顔を出して様子を窺う。
しんのすけは、太い眉を曲げ、顔をくしゃくしゃにしていた。
全身を震わせながら、つぶやく。
「オラ、怖かった……。
おにいさん、これがバトルロワイヤルなの? だったらオラ、バトルロワイヤルなんて嫌いだゾ……」
しゃくりあげ、堰を切ったようにしんのすけは泣き出した。
包帯などを探す途中で、何かを見てきたらしい。
同情は湧かなかったが、ただその姿に、ヘンゼルは何かを思い出す。
鈍器を握らされ、カメラの前に立たされていた。
あの時、自分はこんな風に泣いていたような気がする。
……気持ち悪い。
胸の中がおかしな感じだ。
胸が――と意識すると、また傷の痛みが蘇った。しかし重く這い寄る疲労が、痛覚すら鈍磨させてゆく。
しんのすけのしゃくり泣く声を聞きながら、やがてヘンゼルは気絶するように眠りに落ちた。
しんのすけもいつしか泣きつかれて、ヘンゼルに寄り添うように眠っていた。
幸いにも、疲れきって無防備に眠る子供たちをおびやかすものは来なかった。
そして、夜はますます明けてゆく――――
【D-3(病院内、X線室)・1日目 早朝】
【ヘンゼル@BLACK LAGOON】
[状態]:右肩から深い切り傷(最低限の応急手当済)、体力かなり消耗。
包帯でグルグル巻きにされてて自由に動けない。ちょっとイライラ
(※服を患者服に着替えさせられました)
[装備]:コルトM1917(残弾なし)
[道具]:支給品一式、コルトM1917の弾丸(残り12発) 、毛布と枕(病院の備品)
ひらりマント@ドラえもん
[思考・状況]
1:この状態では満足に遊べないから、今は誰にも見つかりたくない
2:不快感の正体を探る(?)
3:(ある程度回復したら)襲ってくる奴をできるだけ「遊ぶ」
4:グレーテル、しんのすけの家族と合流
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にたんこぶ。精神的ショック
(睡眠により、疲労は回復しました)
[装備]:ニューナンブ(残弾4)
[道具]:支給品一式 、空のプラボトル×2
[思考・状況]
1:ヘンゼルの具合が心配
2:みさえとひろし、ヘンゼルのお姉さんと合流する
3:ゲームから脱出して春日部に帰る
[追記]
※ヘンゼルに施されたのは最低限の応急処置のみで、目覚めた後で「なんとか動ける」位までにしか回復しておりません。
※「ひらりマント」は、包帯と一緒にヘンゼルの体に巻きつけられています。
※しんのすけが小児科の診察室で発見したボトルの中身は、「消毒液」ではなく「生理食塩水」です。
すべてヘンゼルの傷口の洗浄に使ってしまったため、今は空のボトルのみです。
※二人とも眠ってしまっているため、誰かに起こされなければそのまま第一放送を聞き逃すおそれがあります。
-男どうしのおやくそく-
・
・
誰もいない映画館で、ひとりで映画を見ていた。
大迫力のスクリーンの中では手に汗握る殺陣あり、涙をしぼる感動の名シーンあり、爆笑のギャグシーンあり、なんでもありだった。
しんのすけも、ひまわりも、みさえも、ひろしも、みんなが主役だった。
しんのすけはかっこよく、ひまわりは元気良く、母ちゃんは強く、父ちゃんは男らしく。
みんなが協力しあって戦い、懸命に何かを目指していた。
どこかで、リールが回っている。
「しんのすけ」
いつの間にか、しんのすけの横にひろしが座っていた。
「しんのすけ……。無事でよかった」
父ちゃんもご無事でよかったですな。
……父ちゃん、お顔がヘンだゾ?
スクリーンには、夏のあぜ道を自転車に乗って走る父と子が映っていた。
子供はだんだん成長し、今のひろしに近づいてゆく。
場面は次々と変わり、今は若いひろしとみさえが満開の桜並木を歩いている。
父の大きな手が、しんのすけの頭を撫でた。
「いいか、しんのすけ」
ひょいと持ち上げられ、強く抱き締められた。
「父ちゃんは、いつでも見守ってる。おまえの心の中にいる。
……だからな、泣くんじゃないぞ」
会社帰りのスーツ姿のまま、夜道を走るひろし。
みさえに抱かれた赤ん坊が、ひろしの差し出した指をけなげに握る。
しんのすけを抱き締めたひろしの肩が、くっと震えた。
「ああ……しんのすけが小学校にあがるところ、見たかったなあ。いつかしんのすけが大人になったら、
一緒に酒を飲みたかったなあ。しんのすけの嫁さんも、見てみたかったなあ。
そんで、いつかは孫の顔とか……見たかったなあ」
父ちゃん……泣いてる?
「ひろし殿、もういいか?」
「……ああ」
隣から声がかかり、ひろしは洟を啜りながらしんのすけを離した。
「しんのすけ」
振り向くと、鎧甲冑を着込んだお侍さんが立っていた。
誰?
知っているのに、誰だか思い出せない。
「しんのすけ、男ならば大切なものを守り通さねばならぬ。守るためには生きねばならぬ。
――生きよ、しんのすけ。
そなたを命をかけて守ろうとしたものがいる。そなたには守るべきものがある」
「しんのすけ。みさえとひまわり、シロを頼んだぞ」
「父ちゃんは?」
「……父ちゃんはな、先に行くのさ」
「ずるいぞ父ちゃん!」
ひろしと又兵衛が笑う。
しんのすけが一緒になって笑うことの出来ない、どこか寂しい笑顔だった。
「ほら、映画はまだ続いてるぞ」
「お?」
「あっちでまだ父ちゃんも頑張ってる」
ひろしの指差す先、大画面ではひろしが敵相手に奮戦している。
「がんばれ父ちゃん! 負けるな父ちゃーん!」
しんのすけがまた映画に夢中になる横で、ふたりはそっと席を立つ。
「あれ、お前もこっちなのか?」
「旅は道連れ、独りでは淋しかろう。あちらでともに酒を酌み交わそうではないか」
扉を開け、二人は映画館から出て行った。
スクリーンの中で、まだ映画は続いていた。
しんのすけが階段を走っているシーンだった。
何度もつまずき、転び、傷だらけになって鼻血を垂らしながら、それでも懸命に上へと走っていく。
未来のために走っていく。
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