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「SECRET AMBITION」(2022/02/11 (金) 13:24:30) の最新版変更点
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*SECRET AMBITION ◆2kGkudiwr6
放送が終わる。ホログラムが消える。
病院の玄関の外、入り口の脇に背を預けながらトグサは毒づいていた。
「……くそ、いったいどうなってるんだ」
考え込んでいる余裕は無い。しかし考えずにいられない。
最悪、病院に向かったメンバー全てが放送で呼ばれることさえ覚悟していた。
だが、劉鳳とセラスは無事だ。それがトグサの思考に引っかかりを残している。
武が放送で呼ばれた以上、彼らは戦闘に巻き込まれ、犠牲者を出しながら撤退に成功したと考えるのが普通で自然だ。
ならば、なぜ進路を変えて映画館へと来なかったのか――
たかだか500m程度の道のり。避ける理由はないし、すれ違いにもなりにくいはずだ。
(来られないほどの重傷を負った? だからどこに隠れて休んでる?
いや、それならぴんぴんしているあいつらが追撃しない理由がない……)
仲間の死は痛ましいことだ。だがそれよりも警官としての思考回路が、トグサの頭に疑問符を浮かばせる。
もっとも、考え込む余裕など今のトグサにはない。薬莢の排出音が意識の端に届くと同時に、彼は反射的に伏せていた。
あくまで警官としての経験から動いただけ。ほとんど反射的に動いたようなものだったが……結果的には幸いだった。
『Divine Buster Extension』
間一髪、桜色の魔力光が壁を破壊しながらその上を掠めていく。
光が止んでしばらくしても、トグサの言葉はない。いや、出せない。
トグサ自身は無傷だ。だが、その破壊の痕は彼を黙らせるには十分すぎる。
「冗談だろ……」
やっと出たのは、そんな月並みな言葉だけ。
彼の目の前にあるのは、病院の壁。そして、そこに穿たれた穴。
――ただし、その穴は人を易々と飲み込めそうな幅があったが。
それを生み出したのは物理設定のディバインバスター・エクステンション。
砲撃においては凛は高町なのはに及ばないとは言えど、それでもその威力や射程は壁ごと敵を吹き飛ばすに足る。
魔法に疎いトグサでも、それは嫌になるほど理解できた。
(立ち止まってたらやられるだけだ……!)
そう判断したトグサは素早く立ち上がって走り出した。
離れるためではない。だが玄関から馬鹿正直に突入するためでもない。
(何かがおかしい。ここで退いたら、それはきっと分からない)
ただひたすら、病院の外壁に沿って走り出した。上手く隙を突いて、内部に侵入するために。
■
病院の玄関に、魔力が満ちていく。
霧散した魔力の残り香が、水蒸気のようにその場に増えていく。
『Reload』
弾丸が再び装填されると同時に、機械音が響く。
デバイスから発せられる煙がその場の魔力を更に増していく中、
凛は険しい表情で先ほど穿った穴を見つめていた。
「レイジングハート」
『All right, Area search』
凛の言葉に従って、レイジングハートは魔法を行使した。
障害物が多い屋内戦において、相手の位置が分かるエリアサーチは非常に有効だ。
もちろん、位置が分かっても間に障害物があるのには変わりない。
しかし、凛の魔力とレイジングハートの魔法なら障害物など関係なく砲撃できる。
隠れているなら障害物ごとまとめて吹き飛ばせばいいという考えはある意味なのはらしく、
そういう意味では凛もレイジングハートのマスターらしくなってきたと言えるのだが、しかし。
――高町なのはは、絶対に人を傷つけない。
『He is still alive』
「位置は?」
『正面左30°。
しかし相手は走っているようです。障害物がある以上砲撃の狙いを付けるのは難しいかと』
「……でしょうね。
上手く部屋に入ってくれれば、結界を仕掛けておしまいにするんだけど。
撤退したわけじゃないのよね?」
『Yes』
溜め息を吐きながら、凛は左手を顔に当てて考え込む。
エリアサーチの行使とディバインバスターの発射にはそれぞれ少しずつ時間が掛かる。
そして、エリアサーチとディバインバスターを同時に行使することはできない……
つまり、姿を隠して動き回ればなんとか回避し続けられるということだ。
さっきトグサが吹き飛ばされかけたのも、一つの場所に留まっていたから。
凛にできるのはあくまでおおまかに位置を探ることだけ。
壁と言う障害物がある以上、凛一人で相手の正確な位置を探るのは不可能だ。
凛、一人なら。
「水銀燈。これから共感知覚を掛けるわ」
「……何それぇ?」
「魔力のパスが繋がってる相手の知覚を共有する魔術よ。
これを使えば、私は水銀燈の目を通しても見ることができる。
あんたの方が小回りが利くでしょうし、相手に接近して牽制をして。
私はそっちの視界を参考にして砲撃を仕掛ける」
手を顔から離した凛は、すぐに水銀燈に向き直ってそう告げた。
共有知覚。かつて凛の父、時臣が言峰綺礼に伝授したもの。
使い魔を通して遠くの場所を見られる……この状況下においてはこれ以上なく役立つ魔術だ。
しかし、凛の言葉にすぐさま反対の声が返ってきた。それも、当事者以外から。
『また彼女に単独行動をさせるのですか、マスター?』
「……しょうがないでしょう。隠れたまま砲撃の狙いを付けるにはこれが一番いい」
『……ですが!』
微妙に歯切れの悪い凛の言葉に、レイジングハートは語気を荒げていた。
一応凛自身も、疑うべきだと理性では分かっているのだが……感情はまた、別の話だ。
そもそも、いきなり不意打ちで銃撃を喰らったことに対する恨みもあるのだから。
だが、不平の声を上げたのはレイジングハートだけではなく。
「ふぅん。でもそれ、私だけ相手に姿を晒すってことよねぇ?」
「……分かったわよ。強化魔術も掛けとく」
『…………』
水銀燈の言葉に、凛はそう答えて……その対応への不満を、レイジングハートは沈黙を以って表現した。
それでも機械である以上、やることは変わらない。不満があっても主の意志に従うだけだ。
レイジングハートが弾丸を排出。同時に、凛の左腕が淡く光り出す。
「Gros zwei―――Satz.
Beklagter, meine Warter werden geglaubt.
Weis ist schwarz.
richtige Richtige Peitsche.
Die Vergeltu ng von Himmel」
光が水銀燈を包む。
連続した魔術の詠唱が人形の体を変化させていく。
本来、他人に対して掛ける強化魔術は難しい。最高難度と言ってもいい。
だが、水銀燈は生物ではない。更に、凛と魔力の流れが既に繋がっている。
だからこそ、簡単に魔術を掛けられる――強化に限らず。
しばらくして、水銀燈は少し不機嫌そうに声を上げた。
「なんか、変な感じぃ」
「……強化で身体能力も上がってるもの。そのうち慣れるわよ。
レイジングハート」
『……相手の現在地は左50°』
「そ。じゃ、行ってくるわぁ。先に言っておくけど、危なくなったらすぐに逃げるから」
「ええ、そうして」
『…………』
レイジングハートの指示に従い、水銀燈が廊下をふわりと飛んでいく。
もっとも、指示した杖自身はこの作戦を心よく思っていない。適当に嘘でも吐けばよかったとさえ思っている。
その証拠に、水銀燈の姿が見えなくなってすぐにレイジングハートは声を上げていた。
『マスター!』
「……裏切られる危険性はないわよ。私も水銀燈の視点から見えるんだし」
『彼女は自由にパスを繋いだり切断したりできる可能性があります。
その場合共感知覚も切断されてしまい、何の意味もありません』
「大丈夫よ。切断されることで異常があったって分かるんだから。
それよりサポートお願い。私の視界はあっちに移すから」
『…………』
そう告げて、凛は目を閉じた。だが、その様子は瞑想と表現するにはほど遠い。
彼女の表情はどこかばつが悪そうな……そんな表情。
いくらなんでもお人よし過ぎる……そう沈みかけたレイジングハートの気持ちは、次の言葉に引き上げられた。
「保険も……掛けたから」
水銀燈に対してすまなさそうな表情は変わっていないけれど。
それでも、凛はそうはっきり口にしていた。
■
「……ここも、駄目か」
病院の周り。窓の中を覗きながらトグサは走る。
内部構造が全て分かっているわけではない以上、下手に窓から侵入することはできない。
最悪、どこかの部屋で追い詰められることも有りうる。
入るとすれば裏口か……もしくは、廊下の窓だ。
部屋から侵入した場合、扉と窓、二つしか進路がなくなる可能性がある。
だが廊下の場合、進路となる部屋の扉が多く袋小路の心配はない。それに、相手の姿を視界に入れられるかもしれない。
身を隠す遮蔽物がないという欠点もあるが、あの砲撃ではどのみちあてにできないだろう。
どうせ防げない攻撃なら、見えない攻撃より見える攻撃の方がマシだ。そうトグサは判断した。
ともかく、今必要なのは走ることだ。
壁に沿って走り、次の窓を目指して疾走して……頬に、痛みを感じた。
「……っ!?」
ぽたりと一滴、血が落ちる。
足元を見れば、黒い羽根が地面に突き刺さっている。
そして宙には、白い朝日を背に舞う黒い人形の姿。
「……ふふっ」
「くそ、随分とふざけた構造の義体だな!」
そう口走りながら、トグサは銃を構える……だが、銃口から弾丸が放たれることはない。
狙いをつけようとした瞬間には、既に水銀燈は出てきた窓へと戻っていた。
翼がないトグサには、相手を追って三階に侵入することなど不可能だ。
「どうす……る!?」
そう呟きながら足を止めて……慌てて伏せた。
その頭上を桜色の魔弾――ディバインシューターが通り過ぎていく。
回避できたことを喜ぶ余裕は無い。通り過ぎたはずの魔弾は停止し、再びトグサへと狙いを付けていた。
「誘導弾かよ……!」
いったいどんな原理なのか不思議に思っても、それを気にする余裕はトグサにはない。
そもそも吸血鬼が存在する世界だ、詳しく考えるだけ無駄だろう。今すべきなのは、ひたすら走ること。
地を蹴ると同時に、上空から羽根が再び降り注いだ。上空には再び姿を現している水銀燈の姿。
トグサは撃たない。いや、撃てない。銃を撃つために必要なプロセス――構える、狙う、撃つ――の間に魔弾に撃ち抜かれてしまう。
二正面攻撃。それも、一発一発は威力が低いが連射が利く羽根と、隙が大きいが喰らえば致命傷になりうる魔弾による挟み撃ち。
足止めして必殺の攻撃をぶつける――使い古された手と言えばそうだが、有効な手だからこそ使い古されているとも言えるのだ。
デイパックを盾にして羽根を防ぎながら、トグサは走る。
逃げ切れるとは思っていない。魔弾に追いつかれるまでの時間をできる限り稼げれば御の字だ。
……しかし、トグサが思っていた以上に魔弾は速かった。
ほんの数秒でディバインシューターは反転を完了し、トグサの背後へと迫り……
「くそったれ!」
舌打ちと共に、顔を庇いつつ窓へと飛び込んだ。部屋ではなく、狙っていた通り廊下の窓だったのは不幸中の幸いだ。
だが安心する暇も痛みで怯んでいる暇も無い。背後からは未だに魔弾が迫っている。
捕まればただで済まない非生物相手の鬼ごっこに辟易しつつ、トグサは再び走り出した。
■
『マスター、相手の内部への侵入を確認』
「うん、分かってる。見たから」
レイジングハートの言葉に、凛はそう返した。
その目は閉じられているが、物を見ていないわけではない。
今の彼女の視界は水銀燈の視界。聴覚などは移していないが、それはレイジングハートのナビゲーションを受けるためだ。
す、とレイジングハートが僅かに動く。ここで見る限りは何も変わったようには見えない。
だが凛にはディバインシューターが方向を変えたのが見えている。
相手を追って二階へ。そして、相手は逃げている。
このまま行けば、狙い通りの位置へ誘導できるはず……
だが、作戦とは大抵想定外の妨害が入るものだ。
「なんなののび太くん、ここまで引っ張ってきて……」
「え、えっと……」
「!?」
レイジングハート以外はいないはずの玄関に、予想外の声が響く。
聞こえた声に凛は振り向きかけ……視界を移していたことを思い出した。
振り向いた所で声の主が見えるわけではない。もっとも、見えなくてもすぐに分かるが。
「何かあったわけ?」
「う、ううん何もないけど……」
「…………」
結果として、凛は振り向かずに目を閉じたまま声を掛けることになった。
だが、のび太とドラえもん、どちらもどこか歯切れが悪い。
のび太は先ほどまでの行動をどう説明すればいいのかと言う悩み。
ドラえもんは先ほどからののび太の行動に対する混乱。
それが二人(正確には一人と一体)の口を縫い止めていた。
あいにく、凛には二人が口を開くまで待つような余裕は無い。
どうやって追い返すか考え込んだものの、あいにくそんな時間もまた、無い。
『マスター、相手がそろそろ目標地点に到達します』
レイジングハートがのび太との会話を中断させてきた。
一階なら玄関へと繋がる扉の前、それ以外の階なら凛がいまいる場所の真っ直ぐ上。
そこまで到達したところでディバインバスターを撃ち込む。それが凛の立てた戦法だ。
単純明快な待ち伏せ……それ故に、機会を逸するわけにはいかない。外してしまえば位置を悟られてしまうからだ。
喋っている暇は、無い。
「ここは危ないからさっさと戻りなさい。
いくわよ、レイジングハート!」
『All right.
Divine Buster Full Burst』
■
後ろから魔弾と水銀燈に追われながら、トグサは走る。
その目に迷いは無い。ただ一点だけを見つめていた。
魔弾が消える。同時に砲撃が撃ち出される――刹那。
トグサは素早く、走る進路とペースを変えた。
一筋の砲撃が、彼に当たらずにその目前を掠めていく。
(よし、予想通り……!)
目の前を走る砲撃の光に、トグサは安堵の息を吐きかけていた。
彼が立てていた予想はこうだ。
少なくともあれほどの火力と射程を持つ攻撃ができる以上、相手がそれほど動いているとは思えない。動く必要はない。
それなら、最初見た位置からそれほど動いていないはず……この考えを元に、トグサは相手の位置に対して見当を付けていた。
そして、ディバインシューターと水銀燈の動きから誘導されていると看破し、敢えて踊らされているフリをしたというわけだ。
待ち伏せで砲撃をするなら、見えない場所のうちのもっとも近い位置から行うはず。そう判断し、撃たれる前から回避運動。
至近距離からのディバインバスターでも、これなら十分に避けることは可能だ。後はそのまま走り抜けて内部を探索すればいい。
トグサの予想は間違っていなかった。確かに、いくらディバインバスターとはいえ撃たれる前から回避運動に移られては当たらない。
――ただの、ディバインバスターなら。
トグサが安心できたのは最初の一瞬だけ。
砲撃は一筋だけではなく、そしてその全てが次々に廊下の床を撃ち抜いていく。
拡散した砲撃の幅はトグサが予想していたより遥かに広い。
それでも結果から言えば、トグサ自身はそれほど傷を負ったわけではない。ないが……
「しまった!」
砲撃がもたらした結果に、思わずトグサは声を上げていた。
砲撃の一つが右腕を掠め、焼きつくような痛みを覚えた時にはもう遅い。
銃が手元から落ち、運悪く砲撃によって穿たれた穴へと落下していく。
唯一の強力な武器の喪失。この結果は致命的だ。こうしている間にも水銀燈は攻撃態勢に入っている。
ともかく逃げるしかない――そう判断して、トグサは足を上げかけ。
下から響いてきた声に、止まった。
「劉鳳さん達の所になんか、戻りたくない!」
それは声と言うよりは叫び。もっとも、だからこそトグサにも聞こえたのだが。
その内容だけでも十分衝撃的だが、更にあの声。間違いなくトグサにも聞き覚えがある声だ。
そう、主催者ギガゾンビと言い争った少年、のび太の声に間違いは無い。
「いったいどうなってるんだよ、ちくしょう!?」
気付いた時には、トグサはそう毒づいていた。
考えを落ち着かせるために休暇を申請したいところだが、
あいにく後ろからは水銀燈が永遠の休暇を押し売り中だ。今は走ることしか道はない。
羽根が舞う。それも、今まで以上の苛烈さで。
全力疾走するトグサの背に、容赦なく羽根は突進していく。
とっさに角を曲がって回避したものの、それで安心するにはまだ早すぎる。
「今まではあくまで牽制だったってことか……!」
明らかな事実に、トグサは歯を噛み締めていた。
さっきまでの攻撃の主役はあくまでディバインシューター。水銀燈は視界確保と牽制が目的だ。
それに、銃を失ったとなれば反撃を気にする必要も無く攻撃を叩き込める。今のトグサは正真正銘、狩られる側だ。
……もっとも、だからといって諦めてやる気も義理も無い。
勝てないならできる限りの手を尽くして逃げるまでだ。
だから、走る。
ひたすら走って、走って、走って……ふと、気付いた。
「……追ってこない?」
相手も角を曲がってこられるほど時間が経っただろうに、追撃が来ない。
見失ったということは在り得ないはずだ。目前で角を曲がった相手を見失う馬鹿はいない。
立ち止まってみたものの、水銀燈が追ってくる様子はさっぱりなかった。
気になって戻ってみれば、慌てて撤退している人形の姿。
「……何があったんだ?」
息を落ち着かせながらトグサは考え込んだが、
度重なる長距離走で酸素不足の頭はさっぱり答えを出してくれそうになかった。
のび太少年の言葉、そもそものび太少年がここにいること、そして突然の撤退……
これらを理解するには、自分の足で情報を見つけ出さない限り無理だろう。
ただ、それでも今言えることが一つだけある。
「探索は早めに終わらせた方がよさそうだな……」
警察官としての第六感が告げていた。
間違いなく……事件の匂いがすると。
■
時間軸は、先ほどより少し戻る。
「……避けられたみたいね。勘がいいわ……それとも頭がいいのかしら。
でも当分は水銀燈だけで十分ね」
レイジングハートから煙を噴き上げながら、そう凛は呟いて目を開けた。
あいにく、彼女には他にやることがある。目線より低い位置にいる二人へ振り向いた凛は、迷わずに口を開いて告げた。
「私はこれから相手を追い詰めにいくけど……いくら銃を落としたって言っても、他に武器があるかもしれない。
危ないから早くセラス達の所に……」
「い、嫌だ……劉鳳さん達の所になんか、戻りたくない!」
「のび太くん!?」
のび太の叫びに、ドラえもんと凛の表情が変わる。
ドラえもんはなぜこうまでのび太が怯えているのかさっぱり分からないという驚きの表情に。
凛はどうやって説得するかという表情に。
(ハルヒって子に何か吹き込まれたのかしらね……よくわかんないけど)
溜め息を吐きながら、凛はそう思った。それなら疑うのも分からないでもない。
……それに、さっき水銀燈に何をしたのか分かったものでもないし。
万が一追っている相手がのび太達の方へ相手が行ってしまう可能性もあるし、
このまま行かせるのは危ないか……凛はそう思った。
「分かったわよ。じゃ、これを持ってきなさい」
決断は早い。落ちてきた拳銃を拾い上げてドラえもんへと投げ渡し、杖を向ける。
そのまま、ドラえもんに強化魔術を掛ける。正確に言うと、ドラえもんの表面に。
「これで大分ましになったと思うわ。
大抵の攻撃なら跳ね返せるし、逃げるくらいなら簡単にできる。早く戻りなさい」
凛の言葉を聞いてやっとドラえもんが、そしてそれに引き連れられるようにのび太が離れていく。
のび太の表情は渋々と言った様子だったが、それをドラえもんが歩きながら説得して離れていく。
それを見送る凛の表情は複雑だ。安心すべきなのか不安に思うべきなのか、自分でも分かっていない表情。
それでも、慌てて凛は頭を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
「それじゃレイジングハート、もう一回視界を水銀燈に繋がるから……」
『外に新たな魔力反応を確認。相当な魔力量です』
「え?」
レイジングハートの言葉に、凛は向きを変えた。
そこには、朝日を背にこちらに歩いてくる一人の小柄な騎士。
妙な兜を付けているが間違いようが無い。セイバーだ。
怪訝に思ったものの、凛は知り合いとして今までの行動を聞いてみようとして。
「セイバー? あんたいったいどうし……!!!」
『Protection Powered』
その時には、既にセイバーが踏み込んできていた。離れていた距離をあっさりと。
反応できなかった凛の代わりにレイジングハートが自動でカートリッジをロード、防壁を展開する。
カートリッジを使用してまで作った障壁だ、そうそう突破されるものではない。
だが……実際には桜色の障壁はあっさりとひび割れていた。まるでガラスのように。
「駄目、突破される――!」
『Barrier Burst』
凛の顔が歪んだ瞬間、衝撃が爆発した。
だがあくまで吹き飛ばすためだけの爆発は、どちらにも傷を与えない。
吹き飛ばすことに意義がある……この場合は、距離を取るため。
なんとか安全圏まで退避した凛は、魔術式を組み立てるより先にセイバーを睨みつけていた。
「何のつもりよ、セイバー! 私にいきなり斬りかかるなんて……」
「……貴女と会った覚えはありませんが」
「なっ!?」
セイバーからの答えはそっけないもの。
思わず凛は絶句したものの、すぐに気を取り直した。
再びセイバーが構えている。このままではまた距離を詰められるだけだ。
明らかに敵意のある相手を無策で迎え撃つ真似なんて、凛はしたくもない。
「そっちがその気なら――Anfang.
Los! Zweihander――!」
『Divine Buster』
レイジングハートが再び魔力の帯を放つ。トグサを散々苦戦させた砲撃。
しかしそれを意に介することは無く、セイバーは疾走する。
桜色の砲撃がセイバーへと迫り……目前で、霧散した。
「まさか――対魔力はここまで!?」
凛の表情が驚愕に染まる。
自信はあった。あの時とは違う――ディバインバスターなら通るだろうと。
だが、所詮それは慢心でしかなく。
「……今のは見事でした、メイガス」
凛が後退するより早く、不可視の剣が唸りを上げ――
■
「この形跡……明らかに、まだ誰かいるな」
息を落ち着かせながらも、トグサはじっくりと探索を進めていた。
警官としての経験は、捜査の上でも役に立つ。カップの温かさのような細かいことさえしっかりと調査する。
そうして、結論を出していた。
「……やっぱり、劉鳳とセラスがここにいるのか?」
トグサにはいろいろとおかしく思えるが、一番自然な答えはこれしかない。
疑問を浮かべながらも、トグサは歩き出した。走りはしない。
速く動けばそれだけ注意が散漫になるからだ。まだ警戒を怠れるような状況ではない。
……しかし、ずっと全力疾走し続けた結果として、かなりの疲労が溜まっていたのも事実。
そして……疲労は油断を生む。
突然、青い帯が伸びた。
「うわっ!?」
回避する間も無くトグサは足を取られ、転倒する。
とっさに頭を庇ったものの、恐ろしく無防備な姿勢なことには変わりない。
覚悟を決めて顔を上げる。その視界の先にいたのは……
「トグサだったか……」
「そうかもしれないって言ったじゃん」
機械的とも生物的とも付かない物体――アルター・絶影を従えた劉鳳。
脇には頬を含まらせたセラスがいる。
色んな感情を籠めて溜め息を吐きながらも、トグサはひとまず立ち上がった。
「無事でよかったと言うべきなのかな、ここは」
「すまん、少々イラついていたようだ」
「いや、そこまでしなくていい。別に大した怪我はしてない」
頭を下げて絶影を消す劉鳳に、トグサは素早くフォローを入れた。
別に責めるつもりはしないし……聞きたいことは他にある。
「それより聞きたいことがある。
なんであんな危険人物と一緒にいる……いや、いられるんだ?」
「危険人物?」
「あのツインテールの女のことだ。
いきなり襲い掛かられとかしなかったのか?」
トグサの言葉に、セラス達は全く同じ反応を取った。
互いに向き合って、「やっぱり」と言わんばかりの表情になって、溜め息。
混乱するトグサを尻目に、セラスが口を開いた。
「いい、まずよく聞いて――」
■
水銀燈の羽根が舞う。ただし、水銀燈が自分の意志で飛ばしたものではない。
圧倒的な剣圧が掠めた翼が、風に吹かれて羽根を散らせたのだ。
その間に水銀燈はできるだけ距離を取る。セイバーから距離を取るため、そして凛からできるだけ離れるため。
(もう少し持ちこたえなさいよ、この役立たず!)
念話に呼ばれて戻った時にはとっくに壁に寄りかかってのびていた凛を思い出して、水銀燈はそう八つ当たりをしていた。
別に死んだわけではなさそうだ。その証拠に魔力は水銀燈へしっかりと流れてきている。
切り傷もない辺り、攻撃は防御できたものの衝撃は吸収できず、
吹き飛ばされて壁にぶつかり気絶したと言ったところだろう。
戦闘不能の相手にとどめを刺すより新たに現れた相手を潰すべきだとセイバーは判断したのか、
到着早々水銀燈はセイバーに追いかけられる羽目になり……結論は一秒で出た。
(こんなのに一人で勝てる訳ないでしょお!?)
間一髪で剣を避けながら逃げ惑う水銀燈の出した答えは、こんな情けないもの。
もっとも、戦力差を考えれば仕方の無いことだろう。
羽根を飛ばせばあっさり弾かれ、相手に剣を振り回されれば当たらなくても吹き飛ばされかける。
このままで勝てる相手ではない。
(しょうがないわねぇ……せっかくいいところまでいったのに!)
心の中でそう呟いて、水銀燈はデイパックに手を突っ込んだ。
策略も何も、死んでしまってはどうしようもない。
凛から十分な距離が取れたかどうかは怪しいが、迷っている暇は無かった。
このままでこれ以上逃げられるとはとても思えない。
「悪いけど、手間取る訳にはいかない……
すぐ片付けさせてもらうわぁ!」
■
セラスの話がひと段落して。
首を傾げながら、トグサは言葉を返した。
「要するにあの義……じゃなかった、人形が色々と仕組んでる、ってわけか?」
「要約するとそうだな」
トグサの言葉に劉鳳はそう告げて首肯する。その表情は苦々しい。
「その凛って子は気付いてないのか? それに、セラスや劉鳳からそういう事を言ったりは?」
「どうやらだいぶ長い付き合いらしい。下手をすると最初からずっといたのかもしれん。
色々と怪しくは思っているようだが、それでも大分甘やかしている。お人よし過ぎるほどにな」
「それに個人的に入れ込んでるみたいで、私達が下手に言うと逆に疑われそうなんだよ」
むむ、とトグサは考え込んだ。内容は決まっている。
警官として、犯罪者を無理なく立件、確保するにはどうすればいいか。
正確に言うとこれは検事の領分だろうが、それでもトグサがこういったことに無知だと言うわけでもない。
「セラス達の見解が正しいとして……その場合、なんとかして尻尾を掴む必要がある。
ぶりぶりざえもんが生きていれば俺の時の証言が取れたんだろうけどな……」
「…………」
暗い表情で呟くトグサに引き摺られたかのように、セラスと劉鳳の表情も沈む。
ぶりぶりざえもんはもういない。いや、永遠に逢うことは叶わない。
溜め息を吐きながらもトグサは次の言葉を告げようとして。
「ともかく、俺は一旦魅音達のところに行ってこの事を……」
「のび太くん、ちょっと……!」
ドラえもんの声に、三人が振り向く。だが、遅すぎた。
三人が振り向いた時には既に。
拳銃を奪い取ったのび太が狙いを定めていたのだから。
■
「飛龍――」
「風王――」
二つの剣が奔る。
一つは炎の魔剣・レヴァンティンを模した長剣。
もう一つは風で覆い隠された竜殺しの大剣。
その二つが、激突する。
「一閃!」
「結界!」
風と炎がぶつかり合い、破壊の嵐を巻き起こす。
壁を始めとする周囲の物体は吹き飛び、削れ、溶解する。
遠く離れた劉鳳たちのいる場所にさえ届きかねない大音響さえ巻き起こっているが、
あいにく水銀燈にそんなことを気にする余裕は無い。
(この体でさえ互角だなんて……!)
知らず、水銀燈はセイバーを睨みつけていた。
リインフォースと融合した水銀燈の身体能力は生半可なものではない。
少なくとも、ただの人間なら魔法を使わずに殺せるほど。
更に、凛の強化による身体能力向上は未だに継続している。つまり、身体能力は劉鳳や凛と戦った時以上。
それなのに、互角。いや、下手をすれば押されているかもしれない。
距離を離せば別かもしれないが、あいにくセイバーはそれを許すほど甘くない。
「はぁっ!」
「盾!」
『Panzerschild』
不可視の剣が生み出された盾に衝突、火花を上げる。
軋む腕を無視しながら、水銀燈は羽根を舞わせて魔術式を展開した。
黒い羽根は地面に張り付き、魔力の基点へと姿を変えていく。
「鋼の……くびきっ!」
「チッ!」
羽根から、銀色の刃が伸びた。
さすがのセイバーと言えど、ここまでの魔術は無視できない。
素早く後退しながら、魔力で編まれた刃を切り払う。その顔には、汗。
そう、この状況には不満があるのはセイバーも同じだ。
手早く片付けるはずが、相手は予想以上の強さ。
技術では小次郎に遥かに劣っているものの、それを数々の魔術で補っている。
近接戦闘でさえこれなのだから、離れればどうなるか分かったものではない。
油断無く剣を構え、隙さえあればすぐに飛びかかれるようにセイバーは相手に相対する。
だが……水銀燈は予想外の対応を見せた。
「ねえ、手を組まなぁい?」
彼女が提案したのは、同盟。
何を言い出すのか……不思議に思うセイバーをよそに水銀燈は続けていく。
「実は私、優勝狙ってるのよ。
善人のふりしてこっそり仲間割れの種を撒いてるってワケ」
「…………」
セイバーに反応は無い。それに苛立ちながらも、水銀燈は言葉を紡いだ。
「貴女も優勝を狙ってるみたいじゃない?
だったらもう少し参加者が減るまで一旦停戦といかないかしらぁ?
まだまだ、人殺しを嫌がる正義面した奴はたくさんいるものぉ」
水銀燈は、少なくとも嘘は言っていない。
ここでこれ以上戦えば消耗してしまうし、凛にまた襲われるのは避けたい。
要するに水銀燈としては、さっさとセイバーに撤退してほしかった。
「確かに理はありますね」
その言葉に、水銀燈はほくそ笑んだ。
確かに今戦う気はない。だが、この後の展開次第では違う。
今度会った時後ろから撃つのもいいし、凛を裏切った後の主として使うのもいい。
どの道自分が甘い汁を吸い尽くすのには変わりない――
――そんな企みは、次の言葉に斬って捨てられた。
「――ですが、断る」
「!?」
セイバーが迫る。言葉どころかその身をも斬り捨てんと剣が唸る。
慌てて水銀燈は防御魔法を展開した。
無表情のまま、セイバーは辛辣な言葉を追い討ちとばかりに続けていく。
「貴女のような輩の言葉。
何の確証も無く信じられると思いますか?」
「……のぉ、人が下手に出てれば調子に乗ってぇ!」
叫びながら水銀燈はセイバーを押し返した。壁に叩きつけられることも無く、軽やかに騎士は着地する。
悪意をむき出しにした言葉を受けても、セイバーの表情は変わらない。
変わらないまま、言葉を続ける。
「……つまり、確証があれば
その言葉が真実だと言う事を教える証拠。それがあれば、休戦という事にしても構いません」
「?」
水銀燈が首を傾げる。
セイバーは分かりやすく伝えるために、水銀燈の後ろを指差した。
「ですから、彼女を殺すのは任せました」
「!?」
思わず振り向いて……水銀燈は絶句した。
後ろにいたのは、凛。しっかりとレイジングハートを水銀燈に突きつけて。
慌てて水銀燈が向き直った時には、セイバーの姿はもういない。
潰し合うように上手く仕向けられたと気付くには遅すぎた。
「また会ったわね、『リインフォース』」
「……う」
凛は淡々と言葉を紡いでいく。
水銀燈はとっさに頭を巡らしたものの、都合のいい言い訳は少しも思いつかない。
「あんたが誰かは今は考えない。
さっきの会話の内容も考えない。
なんでパスがあんたと繋がってるのかも考えないし、それがなんで切れないのかも考えない」
言葉は淡々と。表情は限りなく無表情。
ただ瞳だけが、怒りの炎を映し出している。
「……悪魔みたいな方法で、話を聞かせてもらうわ。
自分がどんなミスをしていたのかを……あんたが生きていたら、だけどね!」
■
*時系列順で読む
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|257:[[プリズムライト(後編)]]|水銀燈|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
|257:[[プリズムライト(後編)]]|劉鳳|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
|255:[[王の手の平の王]]|セイバー|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
|257:[[プリズムライト(後編)]]|セラス・ヴィクトリア|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
|257:[[プリズムライト(後編)]]|トグサ|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
|257:[[プリズムライト(後編)]]|遠坂凛|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
|257:[[プリズムライト(後編)]]|ドラえもん|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
|257:[[プリズムライト(後編)]]|野比のび太|264:[[正義の味方Ⅲ]]|
*SECRET AMBITION ◆2kGkudiwr6
放送が終わる。ホログラムが消える。
病院の玄関の外、入り口の脇に背を預けながらトグサは毒づいていた。
「……くそ、いったいどうなってるんだ」
考え込んでいる余裕は無い。しかし考えずにいられない。
最悪、病院に向かったメンバー全てが放送で呼ばれることさえ覚悟していた。
だが、劉鳳とセラスは無事だ。それがトグサの思考に引っかかりを残している。
武が放送で呼ばれた以上、彼らは戦闘に巻き込まれ、犠牲者を出しながら撤退に成功したと考えるのが普通で自然だ。
ならば、なぜ進路を変えて映画館へと来なかったのか――
たかだか500m程度の道のり。避ける理由はないし、すれ違いにもなりにくいはずだ。
(来られないほどの重傷を負った? だからどこに隠れて休んでる?
いや、それならぴんぴんしているあいつらが追撃しない理由がない……)
仲間の死は痛ましいことだ。だがそれよりも警官としての思考回路が、トグサの頭に疑問符を浮かばせる。
もっとも、考え込む余裕など今のトグサにはない。薬莢の排出音が意識の端に届くと同時に、彼は反射的に伏せていた。
あくまで警官としての経験から動いただけ。ほとんど反射的に動いたようなものだったが……結果的には幸いだった。
『Divine Buster Extension』
間一髪、桜色の魔力光が壁を破壊しながらその上を掠めていく。
光が止んでしばらくしても、トグサの言葉はない。いや、出せない。
トグサ自身は無傷だ。だが、その破壊の痕は彼を黙らせるには十分すぎる。
「冗談だろ……」
やっと出たのは、そんな月並みな言葉だけ。
彼の目の前にあるのは、病院の壁。そして、そこに穿たれた穴。
――ただし、その穴は人を易々と飲み込めそうな幅があったが。
それを生み出したのは物理設定のディバインバスター・エクステンション。
砲撃においては凛は高町なのはに及ばないとは言えど、それでもその威力や射程は壁ごと敵を吹き飛ばすに足る。
魔法に疎いトグサでも、それは嫌になるほど理解できた。
(立ち止まってたらやられるだけだ……!)
そう判断したトグサは素早く立ち上がって走り出した。
離れるためではない。だが玄関から馬鹿正直に突入するためでもない。
(何かがおかしい。ここで退いたら、それはきっと分からない)
ただひたすら、病院の外壁に沿って走り出した。上手く隙を突いて、内部に侵入するために。
■
病院の玄関に、魔力が満ちていく。
霧散した魔力の残り香が、水蒸気のようにその場に増えていく。
『Reload』
弾丸が再び装填されると同時に、機械音が響く。
デバイスから発せられる煙がその場の魔力を更に増していく中、
凛は険しい表情で先ほど穿った穴を見つめていた。
「レイジングハート」
『All right, Area search』
凛の言葉に従って、レイジングハートは魔法を行使した。
障害物が多い屋内戦において、相手の位置が分かるエリアサーチは非常に有効だ。
もちろん、位置が分かっても間に障害物があるのには変わりない。
しかし、凛の魔力とレイジングハートの魔法なら障害物など関係なく砲撃できる。
隠れているなら障害物ごとまとめて吹き飛ばせばいいという考えはある意味なのはらしく、
そういう意味では凛もレイジングハートのマスターらしくなってきたと言えるのだが、しかし。
――高町なのはは、絶対に人を傷つけない。
『He is still alive』
「位置は?」
『正面左30°。
しかし相手は走っているようです。障害物がある以上砲撃の狙いを付けるのは難しいかと』
「……でしょうね。
上手く部屋に入ってくれれば、結界を仕掛けておしまいにするんだけど。
撤退したわけじゃないのよね?」
『Yes』
溜め息を吐きながら、凛は左手を顔に当てて考え込む。
エリアサーチの行使とディバインバスターの発射にはそれぞれ少しずつ時間が掛かる。
そして、エリアサーチとディバインバスターを同時に行使することはできない……
つまり、姿を隠して動き回ればなんとか回避し続けられるということだ。
さっきトグサが吹き飛ばされかけたのも、一つの場所に留まっていたから。
凛にできるのはあくまでおおまかに位置を探ることだけ。
壁という障害物がある以上、凛一人で相手の正確な位置を探るのは不可能だ。
凛、一人なら。
「水銀燈。これから共感知覚を掛けるわ」
「……何それぇ?」
「魔力のパスが繋がってる相手の知覚を共有する魔術よ。
これを使えば、私は水銀燈の目を通しても見ることができる。
あんたの方が小回りが利くでしょうし、相手に接近して牽制をして。
私はそっちの視界を参考にして砲撃を仕掛ける」
手を顔から離した凛は、すぐに水銀燈に向き直ってそう告げた。
共感知覚。かつて凛の父、時臣が言峰綺礼に伝授したもの。
使い魔を通して遠くの場所を見られる……この状況下においてはこれ以上なく役立つ魔術だ。
しかし、凛の言葉にすぐさま反対の声が返ってきた。それも、当事者以外から。
『また彼女に単独行動をさせるのですか、マスター?』
「……しょうがないでしょう。隠れたまま砲撃の狙いを付けるにはこれが一番いい」
『……ですが!』
微妙に歯切れの悪い凛の言葉に、レイジングハートは語気を荒げていた。
一応凛自身も、疑うべきだと理性では分かっているのだが……感情はまた、別の話だ。
そもそも、いきなり不意打ちで銃撃を喰らったことに対する恨みもあるのだから。
だが、不平の声を上げたのはレイジングハートだけではなく。
「ふぅん。でもそれ、私だけ相手に姿を晒すってことよねぇ?」
「……分かったわよ。強化魔術も掛けとく」
『…………』
水銀燈の言葉に、凛はそう答えて……その対応への不満を、レイジングハートは沈黙を以って表現した。
それでも機械である以上、やることは変わらない。不満があっても主の意志に従うだけだ。
レイジングハートが弾丸を排出。同時に、凛の左腕が淡く光り出す。
「Gros zwei―――Satz.
Beklagter, meine Warter werden geglaubt.
Weis ist schwarz.
richtige Richtige Peitsche.
Die Vergeltu ng von Himmel」
光が水銀燈を包む。
連続した魔術の詠唱が人形の体を変化させていく。
本来、他人に対して掛ける強化魔術は難しい。最高難度と言ってもいい。
だが、水銀燈は生物ではない。更に、凛と魔力の流れが既に繋がっている。
だからこそ、簡単に魔術を掛けられる――強化に限らず。
しばらくして、水銀燈は少し不機嫌そうに声を上げた。
「なんか、変な感じぃ」
「……強化で身体能力も上がってるもの。そのうち慣れるわよ。
レイジングハート」
『……相手の現在地は左50°』
「そ。じゃ、行ってくるわぁ。先に言っておくけど、危なくなったらすぐに逃げるから」
「ええ、そうして」
『…………』
レイジングハートの指示に従い、水銀燈が廊下をふわりと飛んでいく。
もっとも、指示した杖自身はこの作戦を心よく思っていない。適当に嘘でも吐けばよかったとさえ思っている。
その証拠に、水銀燈の姿が見えなくなってすぐにレイジングハートは声を上げていた。
『マスター!』
「……裏切られる危険性はないわよ。私も水銀燈の視点から見えるんだし」
『彼女は自由にパスを繋いだり切断したりできる可能性があります。
その場合共感知覚も切断されてしまい、何の意味もありません』
「大丈夫よ。切断されることで異常があったって分かるんだから。
それよりサポートお願い。私の視界はあっちに移すから」
『…………』
そう告げて、凛は目を閉じた。だが、その様子は瞑想と表現するにはほど遠い。
彼女の表情はどこかばつが悪そうな……そんな表情。
いくらなんでもお人よし過ぎる……そう沈みかけたレイジングハートの気持ちは、次の言葉に引き上げられた。
「保険も……掛けたから」
水銀燈に対してすまなさそうな表情は変わっていないけれど。
それでも、凛はそうはっきり口にしていた。
■
「……ここも、駄目か」
病院の周り。窓の中を覗きながらトグサは走る。
内部構造が全て分かっているわけではない以上、下手に窓から侵入することはできない。
最悪、どこかの部屋で追い詰められることも有りうる。
入るとすれば裏口か……もしくは、廊下の窓だ。
部屋から侵入した場合、扉と窓、二つしか進路がなくなる可能性がある。
だが廊下の場合、進路となる部屋の扉が多く袋小路の心配はない。それに、相手の姿を視界に入れられるかもしれない。
身を隠す遮蔽物がないという欠点もあるが、あの砲撃ではどのみちあてにできないだろう。
どうせ防げない攻撃なら、見えない攻撃より見える攻撃の方がマシだ。そうトグサは判断した。
ともかく、今必要なのは走ることだ。
壁に沿って走り、次の窓を目指して疾走して……頬に、痛みを感じた。
「……っ!?」
ぽたりと一滴、血が落ちる。
足元を見れば、黒い羽根が地面に突き刺さっている。
そして宙には、白い朝日を背に舞う黒い人形の姿。
「……ふふっ」
「くそ、随分とふざけた構造の義体だな!」
そう口走りながら、トグサは銃を構える……だが、銃口から弾丸が放たれることはない。
狙いをつけようとした瞬間には、既に水銀燈は出てきた窓へと戻っていた。
翼がないトグサには、相手を追って三階に侵入することなど不可能だ。
「どうす……る!?」
そう呟きながら足を止めて……慌てて伏せた。
その頭上を桜色の魔弾――ディバインシューターが通り過ぎていく。
回避できたことを喜ぶ余裕は無い。通り過ぎたはずの魔弾は停止し、再びトグサへと狙いを付けていた。
「誘導弾かよ……!」
いったいどんな原理なのか不思議に思っても、それを気にする余裕はトグサにはない。
そもそも吸血鬼が存在する世界だ、詳しく考えるだけ無駄だろう。今すべきなのは、ひたすら走ること。
地を蹴ると同時に、上空から羽根が再び降り注いだ。上空には再び姿を現している水銀燈の姿。
トグサは撃たない。いや、撃てない。銃を撃つために必要なプロセス――構える、狙う、撃つ――の間に魔弾に撃ち抜かれてしまう。
二正面攻撃。それも、一発一発は威力が低いが連射が利く羽根と、隙が大きいが喰らえば致命傷になりうる魔弾による挟み撃ち。
足止めして必殺の攻撃をぶつける――使い古された手と言えばそうだが、有効な手だからこそ使い古されているとも言えるのだ。
デイパックを盾にして羽根を防ぎながら、トグサは走る。
逃げ切れるとは思っていない。魔弾に追いつかれるまでの時間をできる限り稼げれば御の字だ。
……しかし、トグサが思っていた以上に魔弾は速かった。
ほんの数秒でディバインシューターは反転を完了し、トグサの背後へと迫り……
「くそったれ!」
舌打ちと共に、顔を庇いつつ窓へと飛び込んだ。部屋ではなく、狙っていた通り廊下の窓だったのは不幸中の幸いだ。
だが安心する暇も痛みで怯んでいる暇も無い。背後からは未だに魔弾が迫っている。
捕まればただで済まない非生物相手の鬼ごっこに辟易しつつ、トグサは再び走り出した。
■
『マスター、相手の内部への侵入を確認』
「うん、分かってる。見たから」
レイジングハートの言葉に、凛はそう返した。
その目は閉じられているが、物を見ていないわけではない。
今の彼女の視界は水銀燈の視界。聴覚などは移していないが、それはレイジングハートのナビゲーションを受けるためだ。
す、とレイジングハートが僅かに動く。ここで見る限りは何も変わったようには見えない。
だが凛にはディバインシューターが方向を変えたのが見えている。
相手を追って二階へ。そして、相手は逃げている。
このまま行けば、狙い通りの位置へ誘導できるはず……
だが、作戦とは大抵想定外の妨害が入るものだ。
「なんなののび太くん、ここまで引っ張ってきて……」
「え、えっと……」
「!?」
レイジングハート以外はいないはずの玄関に、予想外の声が響く。
聞こえた声に凛は振り向きかけ……視界を移していたことを思い出した。
振り向いた所で声の主が見えるわけではない。もっとも、見えなくてもすぐに分かるが。
「何かあったわけ?」
「う、ううん何もないけど……」
「…………」
結果として、凛は振り向かずに目を閉じたまま声を掛けることになった。
だが、のび太とドラえもん、どちらもどこか歯切れが悪い。
のび太は先ほどまでの行動をどう説明すればいいのかという悩み。
ドラえもんは先ほどからののび太の行動に対する混乱。
それが二人(正確には一人と一体)の口を縫い止めていた。
あいにく、凛には二人が口を開くまで待つような余裕は無い。
どうやって追い返すか考え込んだものの、あいにくそんな時間もまた、無い。
『マスター、相手がそろそろ目標地点に到達します』
レイジングハートがのび太との会話を中断させてきた。
一階なら玄関へと繋がる扉の前、それ以外の階なら凛が今いる場所の真っ直ぐ上。
そこまで到達したところでディバインバスターを撃ち込む。それが凛の立てた戦法だ。
単純明快な待ち伏せ……それ故に、機会を逸するわけにはいかない。外してしまえば位置を悟られてしまうからだ。
喋っている暇は、無い。
「ここは危ないからさっさと戻りなさい。
いくわよ、レイジングハート!」
『All right.
Divine Buster Full Burst』
■
後ろから魔弾と水銀燈に追われながら、トグサは走る。
その目に迷いは無い。ただ一点だけを見つめていた。
魔弾が消える。同時に砲撃が撃ち出される――刹那。
トグサは素早く、走る進路とペースを変えた。
一筋の砲撃が、彼に当たらずにその目前を掠めていく。
(よし、予想通り……!)
目の前を走る砲撃の光に、トグサは安堵の息を吐きかけていた。
彼が立てていた予想はこうだ。
少なくともあれほどの火力と射程を持つ攻撃ができる以上、相手がそれほど動いているとは思えない。動く必要はない。
それなら、最初見た位置からそれほど動いていないはず……この考えを元に、トグサは相手の位置に対して見当を付けていた。
そして、ディバインシューターと水銀燈の動きから誘導されていると看破し、敢えて踊らされているフリをしたというわけだ。
待ち伏せで砲撃をするなら、見えない場所のうちのもっとも近い位置から行うはず。そう判断し、撃たれる前から回避運動。
至近距離からのディバインバスターでも、これなら十分に避けることは可能だ。後はそのまま走り抜けて内部を探索すればいい。
トグサの予想は間違っていなかった。確かに、いくらディバインバスターとはいえ撃たれる前から回避運動に移られては当たらない。
――ただの、ディバインバスターなら。
トグサが安心できたのは最初の一瞬だけ。
砲撃は一筋だけではなく、そしてその全てが次々に廊下の床を撃ち抜いていく。
拡散した砲撃の幅はトグサが予想していたより遥かに広い。
それでも結果から言えば、トグサ自身はそれほど傷を負ったわけではない。ないが……
「しまった!」
砲撃がもたらした結果に、思わずトグサは声を上げていた。
砲撃の一つが右腕を掠め、焼きつくような痛みを覚えた時にはもう遅い。
銃が手元から落ち、運悪く砲撃によって穿たれた穴へと落下していく。
唯一の強力な武器の喪失。この結果は致命的だ。こうしている間にも水銀燈は攻撃態勢に入っている。
ともかく逃げるしかない――そう判断して、トグサは足を上げかけ。
下から響いてきた声に、止まった。
「劉鳳さん達の所になんか、戻りたくない!」
それは声と言うよりは叫び。もっとも、だからこそトグサにも聞こえたのだが。
その内容だけでも十分衝撃的だが、更にあの声。間違いなくトグサにも聞き覚えがある声だ。
そう、主催者ギガゾンビと言い争った少年、のび太の声に間違いは無い。
「いったいどうなってるんだよ、ちくしょう!?」
気付いた時には、トグサはそう毒づいていた。
考えを落ち着かせるために休暇を申請したいところだが、
あいにく後ろからは水銀燈が永遠の休暇を押し売り中だ。今は走ることしか道はない。
羽根が舞う。それも、今まで以上の苛烈さで。
全力疾走するトグサの背に、容赦なく羽根は突進していく。
とっさに角を曲がって回避したものの、それで安心するにはまだ早すぎる。
「今まではあくまで牽制だったってことか……!」
明らかな事実に、トグサは歯を噛み締めていた。
さっきまでの攻撃の主役はあくまでディバインシューター。水銀燈は視界確保と牽制が目的だ。
それに、銃を失ったとなれば反撃を気にする必要も無く攻撃を叩き込める。今のトグサは正真正銘、狩られる側だ。
……もっとも、だからといって諦めてやる気も義理も無い。
勝てないならできる限りの手を尽くして逃げるまでだ。
だから、走る。
ひたすら走って、走って、走って……ふと、気付いた。
「……追ってこない?」
相手も角を曲がってこられるほど時間が経っただろうに、追撃が来ない。
見失ったということは在り得ないはずだ。目前で角を曲がった相手を見失う馬鹿はいない。
立ち止まってみたものの、水銀燈が追ってくる様子はさっぱりなかった。
気になって戻ってみれば、慌てて撤退している人形の姿。
「……何があったんだ?」
息を落ち着かせながらトグサは考え込んだが、
度重なる長距離走で酸素不足の頭はさっぱり答えを出してくれそうになかった。
のび太少年の言葉、そもそものび太少年がここにいること、そして突然の撤退……
これらを理解するには、自分の足で情報を見つけ出さない限り無理だろう。
ただ、それでも今言えることが一つだけある。
「探索は早めに終わらせた方がよさそうだな……」
警察官としての第六感が告げていた。
間違いなく……事件の匂いがすると。
■
時間軸は、先ほどより少し戻る。
「……避けられたみたいね。勘がいいわ……それとも頭がいいのかしら。
でも当分は水銀燈だけで十分ね」
レイジングハートから煙を噴き上げながら、そう凛は呟いて目を開けた。
あいにく、彼女には他にやることがある。目線より低い位置にいる二人へ振り向いた凛は、迷わずに口を開いて告げた。
「私はこれから相手を追い詰めにいくけど……いくら銃を落としたって言っても、他に武器があるかもしれない。
危ないから早くセラス達の所に……」
「い、嫌だ……劉鳳さん達の所になんか、戻りたくない!」
「のび太くん!?」
のび太の叫びに、ドラえもんと凛の表情が変わる。
ドラえもんはなぜこうまでのび太が怯えているのかさっぱり分からないという驚きの表情に。
凛はどうやって説得するかという表情に。
(ハルヒって子に何か吹き込まれたのかしらね……よくわかんないけど)
溜め息を吐きながら、凛はそう思った。それなら疑うのも分からないでもない。
……それに、さっき水銀燈に何をしたのか分かったものでもないし。
万が一追っている相手がのび太達の方へ行ってしまう可能性もあるし、
このまま行かせるのは危ないか……凛はそう思った。
「分かったわよ。じゃ、これを持ってきなさい」
決断は早い。落ちてきた拳銃を拾い上げてドラえもんへと投げ渡し、杖を向ける。
そのまま、ドラえもんに強化魔術を掛ける。正確に言うと、ドラえもんの表面に。
「これで大分ましになったと思うわ。
大抵の攻撃なら跳ね返せるし、逃げるくらいなら簡単にできる。早く戻りなさい」
凛の言葉を聞いてやっとドラえもんが、そしてそれに引き連れられるようにのび太が離れていく。
のび太の表情は渋々と言った様子だったが、それをドラえもんが歩きながら説得して離れていく。
それを見送る凛の表情は複雑だ。安心すべきなのか不安に思うべきなのか、自分でも分かっていない表情。
それでも、慌てて凛は頭を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
「それじゃレイジングハート、もう一回視界を水銀燈に繋げるから……」
『外に新たな魔力反応を確認。相当な魔力量です』
「え?」
レイジングハートの言葉に、凛は向きを変えた。
そこには、朝日を背にこちらに歩いてくる一人の小柄な騎士。
妙な兜を付けているが間違いようが無い。セイバーだ。
怪訝に思ったものの、凛は知り合いとして今までの行動を聞いてみようとして。
「セイバー? あんたいったいどうし……!!!」
『Protection Powered』
その時には、既にセイバーが踏み込んできていた。離れていた距離をあっさりと。
反応できなかった凛の代わりにレイジングハートが自動でカートリッジをロード、防壁を展開する。
カートリッジを使用してまで作った障壁だ、そうそう突破されるものではない。
だが……実際には桜色の障壁はあっさりとひび割れていた。まるでガラスのように。
「駄目、突破される――!」
『Barrier Burst』
凛の顔が歪んだ瞬間、衝撃が爆発した。
だがあくまで吹き飛ばすためだけの爆発は、どちらにも傷を与えない。
吹き飛ばすことに意義がある……この場合は、距離を取るため。
なんとか安全圏まで退避した凛は、魔術式を組み立てるより先にセイバーを睨みつけていた。
「何のつもりよ、セイバー! 私にいきなり斬りかかるなんて……」
「……貴女と会った覚えはありませんが」
「なっ!?」
セイバーからの答えはそっけないもの。
思わず凛は絶句したものの、すぐに気を取り直した。
再びセイバーが構えている。このままではまた距離を詰められるだけだ。
明らかに敵意のある相手を無策で迎え撃つ真似なんて、凛はしたくもない。
「そっちがその気なら――Anfang.
Los! Zweihander――!」
『Divine Buster』
レイジングハートが再び魔力の帯を放つ。トグサを散々苦戦させた砲撃。
しかしそれを意に介することは無く、セイバーは疾走する。
桜色の砲撃がセイバーへと迫り……目前で、霧散した。
「まさか――対魔力はここまで!?」
凛の表情が驚愕に染まる。
自信はあった。あの時とは違う――ディバインバスターなら通るだろうと。
だが、所詮それは慢心でしかなく。
「……今のは見事でした、メイガス」
凛が後退するより早く、不可視の剣が唸りを上げ――
■
「この形跡……明らかに、まだ誰かいるな」
息を落ち着かせながらも、トグサはじっくりと探索を進めていた。
警官としての経験は、捜査の上でも役に立つ。カップの温かさのような細かいことさえしっかりと調査する。
そうして、結論を出していた。
「……やっぱり、劉鳳とセラスがここにいるのか?」
トグサにはいろいろとおかしく思えるが、一番自然な答えはこれしかない。
疑問を浮かべながらも、トグサは歩き出した。走りはしない。
速く動けばそれだけ注意が散漫になるからだ。まだ警戒を怠れるような状況ではない。
……しかし、ずっと全力疾走し続けた結果として、かなりの疲労が溜まっていたのも事実。
そして……疲労は油断を生む。
突然、青い帯が伸びた。
「うわっ!?」
回避する間も無くトグサは足を取られ、転倒する。
とっさに頭を庇ったものの、恐ろしく無防備な姿勢なことには変わりない。
覚悟を決めて顔を上げる。その視界の先にいたのは……
「トグサだったか……」
「そうかもしれないって言ったじゃん」
機械的とも生物的とも付かない物体――アルター・絶影を従えた劉鳳。
脇には頬を含まらせたセラスがいる。
色んな感情を籠めて溜め息を吐きながらも、トグサはひとまず立ち上がった。
「無事でよかったと言うべきなのかな、ここは」
「すまん、少々イラついていたようだ」
「いや、そこまでしなくていい。別に大した怪我はしてない」
頭を下げて絶影を消す劉鳳に、トグサは素早くフォローを入れた。
別に責めるつもりはしないし……聞きたいことは他にある。
「それより聞きたいことがある。
なんであんな危険人物と一緒にいる……いや、いられるんだ?」
「危険人物?」
「あのツインテールの女のことだ。
いきなり襲い掛かられとかしなかったのか?」
トグサの言葉に、セラス達は全く同じ反応を取った。
互いに向き合って、「やっぱり」と言わんばかりの表情になって、溜め息。
混乱するトグサを尻目に、セラスが口を開いた。
「いい、まずよく聞いて――」
■
水銀燈の羽根が舞う。ただし、水銀燈が自分の意志で飛ばしたものではない。
圧倒的な剣圧が掠めた翼が、風に吹かれて羽根を散らせたのだ。
その間に水銀燈はできるだけ距離を取る。セイバーから距離を取るため、そして凛からできるだけ離れるため。
(もう少し持ちこたえなさいよ、この役立たず!)
念話に呼ばれて戻った時にはとっくに壁に寄りかかってのびていた凛を思い出して、水銀燈はそう八つ当たりをしていた。
別に死んだわけではなさそうだ。その証拠に魔力は水銀燈へしっかりと流れてきている。
切り傷もない辺り、攻撃は防御できたものの衝撃は吸収できず、
吹き飛ばされて壁にぶつかり気絶したと言ったところだろう。
戦闘不能の相手にとどめを刺すより新たに現れた相手を潰すべきだとセイバーは判断したのか、
到着早々水銀燈はセイバーに追いかけられる羽目になり……結論は一秒で出た。
(こんなのに一人で勝てる訳ないでしょお!?)
間一髪で剣を避けながら逃げ惑う水銀燈の出した答えは、こんな情けないもの。
もっとも、戦力差を考えれば仕方の無いことだろう。
羽根を飛ばせばあっさり弾かれ、相手に剣を振り回されれば当たらなくても吹き飛ばされかける。
このままで勝てる相手ではない。
(しょうがないわねぇ……せっかくいいところまでいったのに!)
心の中でそう呟いて、水銀燈はデイパックに手を突っ込んだ。
策略も何も、死んでしまってはどうしようもない。
凛から十分な距離が取れたかどうかは怪しいが、迷っている暇は無かった。
このままでこれ以上逃げられるとはとても思えない。
「悪いけど、手間取る訳にはいかない……
すぐ片付けさせてもらうわぁ!」
■
セラスの話がひと段落して。
首を傾げながら、トグサは言葉を返した。
「要するにあの義……じゃなかった、人形が色々と仕組んでる、ってわけか?」
「要約するとそうだな」
トグサの言葉に劉鳳はそう告げて首肯する。その表情は苦々しい。
「その凛って子は気付いてないのか? それに、セラスや劉鳳からそういう事を言ったりは?」
「どうやらだいぶ長い付き合いらしい。下手をすると最初からずっといたのかもしれん。
色々と怪しくは思っているようだが、それでも大分甘やかしている。お人よし過ぎるほどにな」
「それに個人的に入れ込んでるみたいで、私達が下手に言うと逆に疑われそうなんだよ」
むむ、とトグサは考え込んだ。内容は決まっている。
警官として、犯罪者を無理なく立件、確保するにはどうすればいいか。
正確に言うとこれは検事の領分だろうが、それでもトグサがこういったことに無知だと言うわけでもない。
「セラス達の見解が正しいとして……その場合、なんとかして尻尾を掴む必要がある。
ぶりぶりざえもんが生きていれば俺の時の証言が取れたんだろうけどな……」
「…………」
暗い表情で呟くトグサに引き摺られたかのように、セラスと劉鳳の表情も沈む。
ぶりぶりざえもんはもういない。いや、永遠に逢うことは叶わない。
溜め息を吐きながらもトグサは次の言葉を告げようとして。
「ともかく、俺は一旦魅音達のところに行ってこの事を……」
「のび太くん、ちょっと……!」
ドラえもんの声に、三人が振り向く。だが、遅すぎた。
三人が振り向いた時には既に。
拳銃を奪い取ったのび太が狙いを定めていたのだから。
■
「飛龍――」
「風王――」
二つの剣が奔る。
一つは炎の魔剣・レヴァンティンを模した長剣。
もう一つは風で覆い隠された竜殺しの大剣。
その二つが、激突する。
「一閃!」
「結界!」
風と炎がぶつかり合い、破壊の嵐を巻き起こす。
壁を始めとする周囲の物体は吹き飛び、削れ、溶解する。
遠く離れた劉鳳たちのいる場所にさえ届きかねない大音響さえ巻き起こっているが、
あいにく水銀燈にそんなことを気にする余裕は無い。
(この体でさえ互角だなんて……!)
知らず、水銀燈はセイバーを睨みつけていた。
リインフォースと融合した水銀燈の身体能力は生半可なものではない。
少なくとも、ただの人間なら魔法を使わずに殺せるほど。
更に、凛の強化による身体能力向上は未だに継続している。つまり、身体能力は劉鳳や凛と戦った時以上。
それなのに、互角。いや、下手をすれば押されているかもしれない。
距離を離せば別かもしれないが、あいにくセイバーはそれを許すほど甘くない。
「はぁっ!」
「盾!」
『Panzerschild』
不可視の剣が生み出された盾に衝突、火花を上げる。
軋む腕を無視しながら、水銀燈は羽根を舞わせて魔術式を展開した。
黒い羽根は地面に張り付き、魔力の基点へと姿を変えていく。
「鋼の……くびきっ!」
「チッ!」
羽根から、銀色の刃が伸びた。
さすがのセイバーと言えど、ここまでの魔術は無視できない。
素早く後退しながら、魔力で編まれた刃を切り払う。その顔には、汗。
そう、この状況には不満があるのはセイバーも同じだ。
手早く片付けるはずが、相手は予想以上の強さ。
技術では小次郎に遥かに劣っているものの、それを数々の魔術で補っている。
近接戦闘でさえこれなのだから、離れればどうなるか分かったものではない。
油断無く剣を構え、隙さえあればすぐに飛びかかれるようにセイバーは相手に相対する。
だが……水銀燈は予想外の対応を見せた。
「ねえ、手を組まなぁい?」
彼女が提案したのは、同盟。
何を言い出すのか……不思議に思うセイバーをよそに水銀燈は続けていく。
「実は私、優勝狙ってるのよ。
善人のふりしてこっそり仲間割れの種を撒いてるってワケ」
「…………」
セイバーに反応は無い。それに苛立ちながらも、水銀燈は言葉を紡いだ。
「貴女も優勝を狙ってるみたいじゃない?
だったらもう少し参加者が減るまで一旦停戦といかないかしらぁ?
まだまだ、人殺しを嫌がる正義面した奴はたくさんいるものぉ」
水銀燈は、少なくとも嘘は言っていない。
ここでこれ以上戦えば消耗してしまうし、凛にまた襲われるのは避けたい。
要するに水銀燈としては、さっさとセイバーに撤退してほしかった。
「確かに理はありますね」
その言葉に、水銀燈はほくそ笑んだ。
確かに今戦う気はない。だが、この後の展開次第では違う。
今度会った時後ろから撃つのもいいし、凛を裏切った後の主として使うのもいい。
どの道自分が甘い汁を吸い尽くすのには変わりない――
――そんな企みは、次の言葉に斬って捨てられた。
「――ですが、断る」
「!?」
セイバーが迫る。言葉どころかその身をも斬り捨てんと剣が唸る。
慌てて水銀燈は防御魔法を展開した。
無表情のまま、セイバーは辛辣な言葉を追い討ちとばかりに続けていく。
「貴女のような輩の言葉。
何の確証も無く信じられると思いますか?」
「……のぉ、人が下手に出てれば調子に乗ってぇ!」
叫びながら水銀燈はセイバーを押し返した。壁に叩きつけられることも無く、軽やかに騎士は着地する。
悪意をむき出しにした言葉を受けても、セイバーの表情は変わらない。
変わらないまま、言葉を続ける。
「……つまり、確証があれば
その言葉が真実だという事を教える証拠。それがあれば、休戦という事にしても構いません」
「?」
水銀燈が首を傾げる。
セイバーは分かりやすく伝えるために、水銀燈の後ろを指差した。
「ですから、彼女を殺すのは任せました」
「!?」
思わず振り向いて……水銀燈は絶句した。
後ろにいたのは、凛。しっかりとレイジングハートを水銀燈に突きつけて。
慌てて水銀燈が向き直った時には、セイバーの姿はもういない。
潰し合うように上手く仕向けられたと気付くには遅すぎた。
「また会ったわね、『リインフォース』」
「……う」
凛は淡々と言葉を紡いでいく。
水銀燈はとっさに頭を巡らしたものの、都合のいい言い訳は少しも思いつかない。
「あんたが誰かは今は考えない。
さっきの会話の内容も考えない。
なんでパスがあんたと繋がってるのかも考えないし、それがなんで切れないのかも考えない」
言葉は淡々と。表情は限りなく無表情。
ただ瞳だけが、怒りの炎を映し出している。
「……悪魔みたいな方法で、話を聞かせてもらうわ。
自分がどんなミスをしていたのかを……あんたが生きていたら、だけどね!」
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