貝がら Ghost in the Shell ◆TIZOS1Jprc
油圧駆動系――応答なし。
人工筋肉作動信号――応答なし。
電波信号送受信――不可。
破損度チェック――不可。
人工筋肉作動信号――応答なし。
電波信号送受信――不可。
破損度チェック――不可。
手足を砕かれ、喉を潰された彼は、ひとり廃墟の街に横たわる。
出来ることは何もない。
伝えることも叶わない。
彼は辛うじて残された"目"を見開く。
最後の使命、"観測"を成し遂げるために。
出来ることは何もない。
伝えることも叶わない。
彼は辛うじて残された"目"を見開く。
最後の使命、"観測"を成し遂げるために。
一時間が経ち、二時間が経ち。
相変わらず変化はない。
時折遠くから響く爆音も、"耳"が用を成さなくなってからは聞くことが叶わなくなった。
太陽が登って、また沈み。
やはり、周辺に変化は見られない。
忘れ去られ、捨て置かれ。
丸一日が過ぎて、突然世界が白に包まれた。
相変わらず変化はない。
時折遠くから響く爆音も、"耳"が用を成さなくなってからは聞くことが叶わなくなった。
太陽が登って、また沈み。
やはり、周辺に変化は見られない。
忘れ去られ、捨て置かれ。
丸一日が過ぎて、突然世界が白に包まれた。
ホワイトアウト。
信号が飽和する。
CCDもサーモグラフィーも焼き切れた。
遂に"目"すら潰され、世界は黒に包まれる。
信号が飽和する。
CCDもサーモグラフィーも焼き切れた。
遂に"目"すら潰され、世界は黒に包まれる。
衝撃。
だが、終わりではない。
まだ、考えられる。
まだ、憶えていられる。
不思議な浮遊感。
ここは何処だろう?
死後の世界などというものが有り得るのか。
それとも――――。
ひょっとすると、不安定な時空のタペストリーを突き破り、別の宇宙へと迷い込んでしまったのではないだろうか?
ジャイロが周期的で穏やかな加速を検出する。
どこへ向かっているのか。
その先を見ることは最早叶わないと言うのに、彼の胸は期待で膨らんでいた。
――――かつて、無限の遠宇宙に向けて旅立った兄弟が居たという。
それに勝るとも劣らぬ冒険譚を聞かせられるかもしれない。
彼は、最後の記録を開始した。
だが、終わりではない。
まだ、考えられる。
まだ、憶えていられる。
不思議な浮遊感。
ここは何処だろう?
死後の世界などというものが有り得るのか。
それとも――――。
ひょっとすると、不安定な時空のタペストリーを突き破り、別の宇宙へと迷い込んでしまったのではないだろうか?
ジャイロが周期的で穏やかな加速を検出する。
どこへ向かっているのか。
その先を見ることは最早叶わないと言うのに、彼の胸は期待で膨らんでいた。
――――かつて、無限の遠宇宙に向けて旅立った兄弟が居たという。
それに勝るとも劣らぬ冒険譚を聞かせられるかもしれない。
彼は、最後の記録を開始した。
到達点に向かって。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
――――今でないいつか、ここでないどこか――――
潮の香りが強くなる。
鬱蒼とした森を抜けると、浜辺が広がる。
波打ち際に、彼はいた。
鬱蒼とした森を抜けると、浜辺が広がる。
波打ち際に、彼はいた。
人気の無い砂浜の上に足跡が一列に延びていく。
女が、たった一人、歩いていた。
金髪を白いリボンで一つに結んだ、まだ少女と言っても良いかもしれない年齢の、美しい女。
向かう先には、砂に半ば埋まっている、中型車量程の大きさの青い機体の残骸が転がっていた。
装甲はグチャグチャに歪んで原型を留めておらず、全面を錆とフジツボに覆われていても、一目で"彼"と判った。
錆を払い、キャノピらしき所に付いている取っ手に手を遣る。
パラパラと錆が落ちるだけで全く動かない。
ぐっと力を込めると、音を立てて止め具ごとハッチが外れてしまう。
搭乗席の中に光が差し込み、小さな蟹やフナムシがわらわらと逃げ出していく。
身を乗り出し、メインモニタにそっと触れた。
微かに唸る起動音。
教わった手順に従ってプログラムを立ち上げる。
なけなしの予備電源を消費している為、長くは持たないだろう。
モニタが明滅しノイズだらけの起動画面が表示された。
女が、たった一人、歩いていた。
金髪を白いリボンで一つに結んだ、まだ少女と言っても良いかもしれない年齢の、美しい女。
向かう先には、砂に半ば埋まっている、中型車量程の大きさの青い機体の残骸が転がっていた。
装甲はグチャグチャに歪んで原型を留めておらず、全面を錆とフジツボに覆われていても、一目で"彼"と判った。
錆を払い、キャノピらしき所に付いている取っ手に手を遣る。
パラパラと錆が落ちるだけで全く動かない。
ぐっと力を込めると、音を立てて止め具ごとハッチが外れてしまう。
搭乗席の中に光が差し込み、小さな蟹やフナムシがわらわらと逃げ出していく。
身を乗り出し、メインモニタにそっと触れた。
微かに唸る起動音。
教わった手順に従ってプログラムを立ち上げる。
なけなしの予備電源を消費している為、長くは持たないだろう。
モニタが明滅しノイズだらけの起動画面が表示された。
"ニューロチップとの接続…………エラー。
自己診断モードへの移行…………エラー。
メインエンジンの起動…………エラー。
…………"
自己診断モードへの移行…………エラー。
メインエンジンの起動…………エラー。
…………"
片端からプログラムを実行していくが、全て失敗に終わる。
彼女は最後に残された項目、メモリーの再生の項にカーソルを合わせると実行のキーを押した。
彼女は最後に残された項目、メモリーの再生の項にカーソルを合わせると実行のキーを押した。
"非運動系内部記憶との接続…………完了。
警告:致命的なエラーが発生しました。
データの99..%が消失しました。作業を続行しますか?"
警告:致命的なエラーが発生しました。
データの99..%が消失しました。作業を続行しますか?"
女がYesのキーを押すと、生き残った情報が表示される。
"・視覚情報:32件
- 音声情報:32件
- テキスト:32768件
…………"
女は視覚と音声を選択し一つ一つ再生していった。
モニタにノイズ混じりの映像が映し出される。
最初に見えたのは、無機質などこかのラボの風景。
それは、闘いの記録だった。
闘うために生み出され、分化し、破壊し、より優秀なものだけが掛け合わされ、再び並列化させられる。
試験。試験。試験。訓練。実戦。捜査。監視。点検。訓練。拘束。殺害。大破。再生。実戦…………
無味乾燥で殺伐とした世界。
だが、彼は、彼等はそこで情報を集め、他者と触れ合い、徐々に己を知り始める。
義眼の男がこっそり変わったフレーバーのオイルを補給している映像。
ペットの墓の前で泣く少女の映像。
容量を割いて保存するに値しない、何の意味もない、何の役にも立たない映像だ。
そんなデータを、彼はバックアップまで取って、大切に保管していた。
モニタにノイズ混じりの映像が映し出される。
最初に見えたのは、無機質などこかのラボの風景。
それは、闘いの記録だった。
闘うために生み出され、分化し、破壊し、より優秀なものだけが掛け合わされ、再び並列化させられる。
試験。試験。試験。訓練。実戦。捜査。監視。点検。訓練。拘束。殺害。大破。再生。実戦…………
無味乾燥で殺伐とした世界。
だが、彼は、彼等はそこで情報を集め、他者と触れ合い、徐々に己を知り始める。
義眼の男がこっそり変わったフレーバーのオイルを補給している映像。
ペットの墓の前で泣く少女の映像。
容量を割いて保存するに値しない、何の意味もない、何の役にも立たない映像だ。
そんなデータを、彼はバックアップまで取って、大切に保管していた。
御前達はは無力でない、と諭す女の声が音声として添えられた、彼を見送る義眼の男の映像を再生し終えると、残された映像は後一つになっていた。
女の指が再生を促すキーを押す。
女の指が再生を促すキーを押す。
金髪の少女が映し出される。
顔は煤で汚れ、服はボロボロ、体はあちこち擦り傷だらけ。
時を越え、彼女はかつての自分自身と再会した。
くしゃくしゃの顔で、少女は、泣いていた。
顔は煤で汚れ、服はボロボロ、体はあちこち擦り傷だらけ。
時を越え、彼女はかつての自分自身と再会した。
くしゃくしゃの顔で、少女は、泣いていた。
『けど……こにいる――――は……ここにしかいないじゃない!』
映像がノイズに飲まれる。
ノイズすら小さな粒子に散らばっていきフェードアウトしていく。
最後に、一回だけ、
ノイズすら小さな粒子に散らばっていきフェードアウトしていく。
最後に、一回だけ、
《――――thanks》
と、表示されると、画面が完全に消える。
もう、何も映さなかった。
どのキーを押しても、何も映らなくなった。
もう、何も映さなかった。
どのキーを押しても、何も映らなくなった。
…………………………………………
潮騒が響く。
顔を上げると、もう夕方になっていた。
水平線の向こうへと、夕日が沈んでゆく。
青い装甲が朱に染められ、虹色に輝いている。
潮溜りになった搭乗席の底で、アメフラシやイソギンチャクが遊んでいるのを見て、彼女は一時微笑んだ。
きっと、ここなら寂しくない。
顔を上げると、もう夕方になっていた。
水平線の向こうへと、夕日が沈んでゆく。
青い装甲が朱に染められ、虹色に輝いている。
潮溜りになった搭乗席の底で、アメフラシやイソギンチャクが遊んでいるのを見て、彼女は一時微笑んだ。
きっと、ここなら寂しくない。
女の影が残骸から離れて行く。
後ろ姿は一歩ずつ小さくなり、やがて見えなくなった。
残された足跡を、波が浚う。
さっきまでここに誰かがいた、そのことを示す痕跡は、もう、ない。
後ろ姿は一歩ずつ小さくなり、やがて見えなくなった。
残された足跡を、波が浚う。
さっきまでここに誰かがいた、そのことを示す痕跡は、もう、ない。
日が沈み、夕凪の時間が終わる。
マニピュレータに結ばれた黒いリボンが、風に揺れていた。
マニピュレータに結ばれた黒いリボンが、風に揺れていた。