「家探しの話(解決編)」―Life is Spiral―

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鳴海歩は、壁ごしに対峙する。 「その為に、“殺し合いに乗っている”あんたを仲間に加えたい。 俺の考えでは、あんたは殺し合いに乗っているはずだ」 そう言ってやると、長い沈黙が返って来た。 壁越しでは表情は分からないが、可哀想な人を見る眼で見られている気がする。 まぁ、あまり会話を引っ張るのも意地が悪い。 説明を加えようと口を開いた時、キノの返事が返って来た。 「ごめんなさい。ボクが聞き間違えたかもしれません。もう一度言って下さい」 今のところ、キノは会話に食いついてくれている。それは想定内のこと。 今の歩は武器になるものを持たない。すなわち、キノは歩をいつでも殺せる状況にある。 だからこそ、相手が食いついて来るような会話を心がける。 『理由を聞き終えるまでは、歩を殺せない』という状況をつくるために。 とはいえ、いざとなればロッカールームの窓から飛び降り、狙撃の死角となる逃走経路(事前にシミュレートした)で逃げるつもりではいるが。 とはいえ、不安が無いわけではない。 階下の痕跡や掲示板の書き込みから、ある程度の“読み”は完成しているものの、出たとこ勝負には違いない。 しかし、歩だって頭に銃口を当てられたり、爆弾付きの首輪をつけられたりの修羅場をくぐっている。 その不安を態度に出すようなへまはしない。 「まずは、アンタが乗っていると判断した理由と、アンタの行動方針を当ててみせよう」 歩はひとつひとつ説明する。 単に会話を長引かせているだけでなく、別の狙いもあるのだが、それは後になって結果が出ること。 「下の階であんたの足跡と、家探しをした痕跡を見た。あんたは他の参加者が潜んでいるかも分からないのに、 診察室に直行して医薬品をあさり、その後隠れる場所の多そうな検査室は素通りして二階へ向かっている。 このことから、アンタは他の参加者を探すつもりがなく、目的は物資調達のみだったと分かる」 壁向こうからはは沈黙が返る。 だが外れている感触はしない。 「この行動から推測される原因は三つだ。一つ、アンタは仲間をつくるつもりがない。 二つ、アンタはゲームに乗った参加者と会うことを恐れている。三つ、その両方」 歩は、見えないと知りつつも指を三本立てる。 「しかし乗った人間に見つかるのを恐れるような慎重派なら、室内を足跡も消さずに動き回るだろうか。よって二つ目と三つ目は否定される。 アンタは、襲われても撃退するだけの腕と覚悟がある。それも、おそらくは死角や障害物の多い室内で不意を撃たれても反応する自信がある。 これらのことから、アンタは射撃するタイプの支給品を持つ可能性も高い。実際、掲示板では弾丸を欲しがっていたしな。 そうでなきゃ、アンタは足跡を消すことにも思い至らない馬鹿だ。しかし、迅速に物資の調達という行動を起こしたことから、この線は否定される。 加えて、薬や包帯だけじゃなく、裁縫用具が地味に役立つことにまで気が回る。それなりに修羅場慣れした人物が予想されるな。 だから、俺はあんたが仲間を作らずに、自分一人の力で生存を目指そうとしている人物だと予想した。 そして、これだけでも、あんたが主催に反抗するつもりがないと推測する材料になる。 対主催行動をとる人間なら、何よりも協力者を欲しがるものだからな」 一気に証拠を上げて、一息つく。 実のところ、根拠薄弱で想像頼りの部分もそれなりにある。 しかし、おおよそ当たっていればそれでいい。 要はキノに、いかにも見透かした風に、“それっぽく”聞こえていればいいのだ。 「そして縫道具は必要な分しか持ち去られていないのに、薬品類や包帯はほぼ全てがなくなっている。 用心してあらゆる怪我や病気を想定したとしても、いくら何でも多すぎる量だ。 怪我をした仲間でも抱えている可能性もなくはないが、それにしたって多い。 そして、一度小さめの瓶に薬品を詰め替えようとして、戻した痕跡があった。 最初は必要最低限のものだけ持って行こうとしたが、ディパックの容量が無限だと気づいて荷造りをやり直したってとこだろうな。 あるいは、いつもの癖で荷物を少なくしようとして、荷造りの途中で気づいたのかもしれない。 あんたが旅慣れた人間であることがうかがえるな。 つまり、あんたは自覚的に医療品を独占している。 あんたは他の参加者が怪我を治療できなくても構わないと思っているし、むしろ治療を受けられない方が都合が良いと思っている」 ここでまた一息。 長い溜めをおくと、壁向こうからキノが問いかけた。 「……それで、殺し合いに反抗するあなたはボクを否定しますか?」 キノは挑発しているのでも、反発しているわけでもなかった。ただ聞いていた。 歩は、正直に答えた。 「ああ。それはアリだと思うぞ」 壁の向こうから、わずかに驚く気配。 「俺は、子どものころから血と硝煙の漂う世界で育ってきた連中を知ってる。 そいつらは、自分の身や仲間を守る為に、もう何十人も殺してる。 そして、俺はそいつらとそれなりに時間を共にしてきたし、信頼できる奴らだと思っている。 そいつらの人生を肯定する俺が、あんたを否定する理由はないな」 鳴海歩は、相手を人殺しかどうかでは判断しない。 『己が生きる為に人を殺して来た人間』を否定するということは、ブレード・チルドレンを他ならぬ鳴海歩が否定することと同義。 チルドレンを守ろうとしてきた歩が、キノを否定する理由はない。 当然、イコール人殺しが許されるとは決して思っていないし、ブレード・チルドレンにしても、いずれ何らかの手段で罪を償わなければならない。 しかし、歩はキノの背景を何も知らないし、おそらくこの殺し合いの場限定での付き合いになるだろう人間だ。 まず何よりも殺し合いからの脱出が優先される状況で、最初から罪を償うべきだの人殺しは信用できないだの言い出していも始まらない。 それに、 「そして俺があんたに交渉を持ちかけたのもそこにある。あんたは『殺すこと』が目的ではなく『生存』を目的としたマーダーだからだ。 あんたは、生存の為に必要なら、他人を殺すことを躊躇わない。 しかし、不必要なら殺したくない程度には殺人を好まないし、殺人をしんどいと思う程度の嫌悪感もある。 そういう人間だと俺は推理した」 キノはもう、問い返すことはしない。 この際、歩の推理を最後まで聞きたいということなのか。 「もしあんたが人を殺したくて仕方ない人物なら、あの掲示板にはこう書いていたはずだ。 『診療所には多くの医薬品が残されていました。ボクは必要な分だけもらって行きますから、皆さんも利用することをお勧めします』。 自ら積極的に参加者を狩ろうとするなら、狙撃手段を持つアンタの場合、多くの参加者が通りそうな要所で待ち伏せて、狙撃する方法が最善だ。 それなら、むしろ診療所に人を集める方法を取るのが自然だろう。この建物は小さい割に窓が多いから、狙いがつけやすく逆に攻め返されても逃げやすい。 あんたみたいなタイプには地の利が生かせる場所だな。 しかしあんたは、素直に診療所には医薬品がなく、自分は医薬品を持っているから取引に応じられると書いた。 率先して殺し合うことはせず、シャワー室や休憩室や毛布のある診療所を、できれば拠点として長く使いたかったのか。 あるいは武器は支給されたが、最後まで戦い抜くには予備弾薬に不安があったか。 俺はその両方ではないかと思ってる。 あんまり大量の予備弾薬が支給品に入っていると、他人からディパックを奪うような戦略性が損なわれるだろうからな。 そして誰が見るかも分からない掲示板に物々交換の取引を持ちかけたことから、あんたは利害が一致すれば信頼関係を築く余地がある奴だ。 殺し合いに乗った人間、乗っていない人間、化け物じみた強さの人間、弱い人間、そんな誰が見ているか分からない掲示板で取引を持ちかけている。 ビジネスライクなの関係の作り方や、信頼の築き方を知ってる人間でなきゃできない芸当だ。 それに、相手が狼藉を働こうとしないか、裏切って襲って来ないか見極める判断力や、帰り打ちにする実力も備えていると推測できるな。 あんたが腕の立つ人間だと判断した理由のひとつがそれだ」 一気に説明し終えて、長く息をはく。 流石に喉が疲れた。 「……当たりです。今のところ、一言一句違わずに」 淡々と、しかし感嘆のこもったキノの言葉。 初めて、キノの歩に対する評価を聞けた。 「そして、交渉の通じると思ったから僕に声をかけたんですか?」 「そもそも、ルール上、ゲームに乗らなくても最後の二人までにはなれるんだ。なら、あんたが当面、人を殺す必要はどこにもない。 そして、当面の生存を考えなきゃならないのは、マーダーのあんたも対主催の俺も同じだ。 もし俺が主催の打倒に成功したら、余計な面倒をかけずに元の世界に帰れる。 俺の目的が失敗したとしても、あんたのデメリットは何もない。悪い取引ではないはずだ」 ここで、一度、キノの返答を待つ。 キノはゆっくりと、答えを返して来た。 「じっくりと慣れ合った人間を、後で殺す。 ボクとしては、そういうやり方はしんどいから好きじゃありません」 ここで否定されることも、歩には織り込み済み。 ここから、キノにアプローチをかける為の論理を展開すればいい。 そして、この答えでキノの覚悟のほどがある程度把握できる。 赤の他人を殺すことに躊躇いはないが、親しくなった人間を殺すことには抵抗感がある。 そこは歩にとって有利な要素でもある。 都合よく情にほだされてくれることを期待はしないが、ビジネスライク以上の信頼を築けるなら、マーダー路線転換の可能性も充分にある。 しかしそれでも、『好き嫌い』の次元で語れる程度には、キノにとって歩の命は軽いのだ。 そのことも肝に銘じておく。 歩は、キノを攻略する為の一言を斬りだした。 「どんな手を使ってでも生き延びたいんじゃなかったのか?」 壁の向こうから、不可解を示す沈黙。 それはそうだろう。相手は『どんなことをしても生き延びたいから皆殺しを目指そう』という主旨で動いていたのだから。 「この殺し合いで生き延びる為には、ただ武器があればいいってわけじゃない。情報が不可欠だ。 物々交換の交渉をするにしても、手持ちの札しだいでは引き出せるメリットが何倍も違う。 ……例えば」 ここで一旦、溜め、 「この殺し合いに呼ばれた人間が、国どころか全く違う世界――いわば異世界から呼ばれた可能性が高いってことだ」 何度目かの沈黙から、歩はその言葉がキノに沁みとおったことを確認。 「SF小説は読むか? いわゆる“パラレルワールド”だと理解するのが一番手っ取り早いと思う。 まぁ、いきなりこんな話を聞いても、俺の頭がおかしくなったと思うかもしれないな」 「あなたがそう思うに至った根拠には興味があります」 そしてキノは食いつく。どうやら、自分の嫌いなことには怠惰だが、好奇心はそれなりに強いようだ。 「アンタの世界に『日本』はあるか?」 「いいえ。それは何ですか?」 読みが外れていれば、とても間抜けな質問だ。 しかし歩の読みは当たり、キノは日本を知らなかった。 そしてここで、歩の『異世界説』も100%クロだと確信できる。 「『日本』は俺の国だ。人口は約1億3千万。国土面積は約38万平方キロメートル。 建国はおよそ二千四百年前。世界中探しても、知らない奴はそういない程度には大国だな」 壁の向こうから、絶句する気配。 もしかすると、キノの世界には、そこまで大規模な国家が無かったのかもしれない。 「そしてこの参加者名簿には、日本人の名前がとても多い。名簿にある名前の、3分の2以上が日本人名だ。 俺の国の言語はかなり独特だから、この人名で日本以外の生まれだという確率は低いだろう。 そしてあの掲示板に書かれていた『桐山和雄』という名前も日本人のものだ。 しかし、あの書き込みにあった『プログラム』という催しは、俺の国には存在しない」 「あの書き込み主は、日本人なら誰でも『プログラム』が殺し合いだと知っているような書き方をしていた。 しかし、俺の国にそんなものはないし、そもそも俺の国は殺し合いが当たり前にあるほど治安が悪くない。警察組織も世界でトップレベルに優秀だと言われてる。 つまり、あの書き込み主は、『俺の知らない日本から来た』とでも考えない限り説明できない。 名簿には他にも、どこの言語圏の出身なのか計りかねる名前があったしな。 そもそも、“魔法”や“呪い”なんて人知を超えたもの事態、俺の世界にはないぞ。 奇妙なオカルトじみたシステムはあるが、あんな物騒なものじゃない。 “異世界”とまではいかなくとも、未知の“概念”が存在することは認めざるをえないな。 そして、そんなトンデモ能力者が、参加者としてこの舞台にいるかもしれない以上、 狙撃や荒事が得意というだけで、優勝するには不安があることもな」 ついでに、軽い意地悪もこめて言っておく。 「もうひとつ言っておくと、俺の国では弾薬を使う武器に『パースエイダー』という呼び方は使わない。 『パースエイダーが欲しい』なんて言っても、参加者の大多数には意味が分からないぞ。 俺はあの文脈から、武器のことだと分かったけどな」 壁の向こうからは、またしても沈黙。 知りようがないことを突かれて恥ずかしくなったのか、悔しかったのか。 「たったそれだけでボクを異世界人と判断したんですか?」 声が少しムキになっている。どうやら後者だったらしい。 そして、これはキノの無知を露呈させ、『情報が必要だ』という歩の言葉に説得力を増した形にもなるのだ。 「もちろんそれだけじゃない。パソコン――あの機械の履歴を見せてもらったが、アンタはどうもあの機械の使い方に疎いようだった。 俺の国の人間で、したらばに書き込みができるほど、ネットの仕組みを理解しているのに、 画面――ブラウザというんだが――それを閉じる方法が分からず、ましてや ゴミ箱やドキュメントが何を意味するのか知らない奴がいるとは考えにくい。 にも関わらず、殺し合いが始まって一時間たたないこんな序盤から、すぐさま殺し合いで電子掲示板を利用するという。 いくら交渉能力に自信があったとしても、機械音痴なら躊躇するところだな。 つまりアンタは、『電子空間でのやりとり』は知っているが、『パソコンの使い方』は知らない。 そういうちぐはぐな文明から来たのではないかと考えた」 そして、キノがパソコンに疎いということが、歩に新たな推測を立たせる。 いくら交渉術を知っているとはいえ、そこまでパソコンに疎い人間が、不特定多数が覗く『したらば』で、取引の日時を相談したりするだろうか。 『状況によって相談』などを行えば、取引の現場を邪魔される要素が大きすぎるのだ。 いや、実際はチャットのささやき機能を使えば他者に聞かれずに済むのだが、sageも知らないキノにその知識があるかどうかは怪しい。 つまりキノは、邪魔されずに交渉を行う手段を持っている。 キノの支給品には、高確率で携帯電話か、ノートパソコンか、何らかの通信道具がある。 それが、キノを仲間に引き込んでおきたい最大の理由。 正直なところ、銃器という武器とそれを扱う腕前と覚悟を併せ持つ、キノの力は確かに魅力的だ。 しかしそれは、キノがマーダー路線に再転換した場合、キノによる歩たちの殲滅を招きかねない諸刃の剣。 当然、そうならないようにキノをコントロールする心構えはある。 そもそもキノを勧誘するもう一つの理由が、『マーダーを一人でも減らしておくことで、犠牲者に少しでも歯止めをかける』ことでもあるのだから。 ただ、それでも厳然とリスクは存在する。 しかし、『持ち運び可能な通信機器』というアイテムは、それらのリスクを大きく上回るリターンをもたらしてくれる。 何より、『移動と掲示板の考察を同時に行える』というメリットが大きい。 いちいち施設でしたらばをチェックしたりチャットに参加して考察に専念していれば、 どうしてもその分動きは止まってしまい、現場で進行中の事態に乗り遅れるという失敗を招きかねないのだから。 だから歩は、キノに対して最後の論証を行う。 「これで、いくらアンタがすぐれた銃の腕と、それを撃てる覚悟や判断力を持っていても、 それだけでこの殺し合いを優勝するには心もとないという証明は終わりだな。 つまりこの実験で生き残るには、多少なりとも誰かから情報を得たり、仲間を作ることが必要になる。 誰かと慣れ合ったことでそいつの殺害に『しんどい』と躊躇いが出るような奴なら、どのみち生き残ることは難しいさ」 正直、この言い分は倫理的にどうかとも思うのだが、キノにとっては手痛い言葉となるだろう。 「そこでだ、今まで説明した通り、俺はあんたの知らない世界のことを知っているし、あんたの知らないパソコンも扱える。 それなりに信頼のおける知り合いも、この殺し合いに何人かいる。 さっきあんたが認めてくれたように、目端もそれなりに効くな。 ついでに言うと、料理も得意だ。そこいらのレストランよりは美味いものが作れるという自負もある」 『料理』と口にしたとたん、壁の向こうからすさまじい“気配”が放出され、思わず後ずさった。 何故そこに食いつかれたのだろう、それは“殺気”ではなく“闘志”に近い何かだった。 ……だが、悪いものではなかったので続ける。 「正直なところ、俺はあんたに仲間としてゲームに反抗してほしいととも思っている。 だが、当面この“呪い”を解く手段が見当たらない以上、アンタが俺を信用できなくても無理ないということも分かる。 だから今は、“実験に反抗する為”じゃなく、“当面を生き延びる”為の協力関係で構わない」 これで、説得の言葉は全ておわり。 そしてキノは、答えた。 「『助け合いの契約』ですか」 『助け合いの契約』。 キノの世界の言い回しかも知れないが、いい響きだと歩は思った。 「そうだよ。さっき言った通り、俺はあんたが人殺しであることを断罪するつもりはない。 ただ、その為に対主催派の犠牲者が増え、俺の目的を邪魔されるのがいただけないだけだ。 だから妥協点があるなら探したい」 「『契約』といっても、具体的にボクはどうすればいいんですか?」 歩は、キノから見えない壁の向こうで、密かに笑う。 『契約』の内容を尋ねた。 それはつまり、内容次第では『契約』に乗ってくれるということ。 「俺は別にあんたを雇おうとか命令しようとは思っていない。 今から四つの条件を提示する。あんたはそれを守ってくれるだけでいい」 互いの世界観や価値観が異なる以上、下手に条件を擦り合わせると齟齬を生みかねない。 条件はあくまで緩く。なおかつ、あらゆる状況――特にキノが心変わりした時――に対応できるように。 歩は指を四本立てた。キノには見えないけれど。 「まず、互いに契約の破棄することはいつでもできるという条件。つまりいつ見限っても構わないってことだ。 ただし、破棄する時は必ず相手に聞こえるように、はっきりと宣言すること」 これはキノにとって、契約を引き受けやすくすると同時に、歩にとって『キノの裏切りを未然に防ぐ』という意味を持つ。 つまり、キノから不穏な気配を感じたら、先に歩の方から契約を切って、離れてしまえば問題ないのだ。 「二つ目。契約中は、正当防衛以外の理由で人を殺さないこと。 どんな世界からどんな価値観を持った相手が参加しているか分からない以上、うかつに引き金を引けば無駄に敵を増やすことは分かるよな?」 殺し合いに乗っているのに殺せないという条件を提示されるのは、本来なら厳しい条件だ。 しかし、キノの目的は生存であって人を殺すことではない。 ならば、この条件はのんでくれるはず。 「三つ目。お互い、相手に嘘はつかないこと。ただし、言いたくないことを黙っているのは構わない。 もちろん、相手はいつでも契約を破棄して見限れるんだから信用を損ねるかの兼ね合いを考える必要はあるが」 嘘をつかなくても人を騙すことはできるが、嘘をつけない相手に、自分が騙されているのかどうかを確かめることはできる。 キノの真意を確かめる手段は、用意しておいた方がいい。 そして、言いたくないことは黙っていて構わないということで逃げ道も用意してやる。 「四つ目。契約破棄から10分の間は、互いに誰も殺さないこと」 初めてキノの方から問い返された。 「それは……殺し合いに乗ったボクから逃走する時間を稼ぐ為、ですか?」 「そういうことだな」 『“誰も”殺さない』と前置きしたのは、契約破棄の時点で歩の人間関係がどうなっているかが分からないからだ。 歩本人だけでなく、歩の仲間も攻撃される事態も避けたいし、下手したらそれが原因で『鳴海歩は仲間が殺されるかもしれないのを止めなかった』という悪評が流れかねない。 「その条件だと、ボクが不利ですね。ボクは10分の間、行動を控えないといけないけど、 あなたはその10分の間にボクが乗ったことを掲示板に公表して、参加者に警戒を呼び掛けることができる」 「あんただって、逆に俺の悪評を振りまくことはできる。 それにアンタは元々、乗っていない振りをして近づくより、標的を見つけるなり一方的に狙撃して終わらせるタイプだろう? そこまで不利にはならないな」 しかし、悪評の振りまきあいなら、情報戦に持ちこめる。 その時の状況にもよるとはいえ、歩の方がまだ得意分野だ。 警戒すべきは、キノが歩を見限った上で、歩と同じ策謀を使うタイプのマーダーと手を組んだ場合だ。 そうならない為にも、キノからは目を離さないようにしておく。 気を許すつもりはあっても、気を緩めるつもりはなかった。 そして、歩の体感からすれば、ずいぶんと時間が流れた。 キノが、ゆっくりと喋り出した。 「信じられないかもしれませんが、ボクは人を殺すことが好きではありません。 そして、ボクに人殺しを命令して、ボクが人を殺すところを見て、 それを楽しんでいる人がいるのは、より好きではありません」 淡々と、あくまで淡々と、キノは語る。 「しかし、ボクは生きる為に必要なら、好きではないこともやります。 例えば、ケーキが大好きだけど野菜はそこまで好きじゃない人が、 野菜も摂ることが必要だから野菜も食べるように、 人殺しが必要ならボクは人を殺します」 それは、キノの方からの、初めてのスタンス表明。 「ですから、実利と嗜好の両方をかんがみて、ボクは『助け合いの契約』を受けます」 そして、二人の利害はここに一致する。 「分かった。なら、今この瞬間から『契約』は成立だ」 歩は打算抜きで笑った。 「分かりました。今から成立ですね。 ではそろそろ姿を見せてもらえませんか? 契約が成立したので、ボクはもうあなたを撃ちません」 「ああ、今行くよ」 そして、歩は隣室へと歩いて行く。 実は、壁越しの会話には、もう一つの意味もあった。 それは、演出効果。 歩は、『主催者の弟だから』などという理由で根拠のない期待をされることを好まない。 だから、キノとの交渉中も、そのことを伏せていた。 しかし、一度契約が成立したならば、ここで改めて『正体』を明かすことで、 キノに『後戻りできない』という意識を植えさせる。 鳴海歩はロッカールームを出て、キノの前に姿を現した。 鳴海清隆の面影を持つ顔を、キノに見せた。 「『契約』が成立したところで、改めてあんたに話さなきゃならないことがある。 あの主催者――鳴海清隆は、俺の兄だ」 ※  ※ ドアから現れたのは、やけに見覚えのある印象の少年でした。 「あの主催者――鳴海清隆は、俺の兄だ」 その少年は、この『実験』の始まりに、壇上で話していた男と似ていたのでした。 鳴海歩はそこで言葉を区切って、キノがどんな顔をしているかを見ました。 キノの形容しがたい表情を見て、少しだけ笑いました。 【B-8/診療所2階/一日目深夜】 【鳴海歩@スパイラル~推理の絆~】 [状態]健康 [装備] なし [道具]基本支給品一式 猫耳ヘアバンドと肉球手ぶくろ@スパイラル~推理の絆~ ベーコントマトのリゾットと舞ちゃん特製オリジナルトマトスープ@吸血鬼のおしごと フルフェイスのヘルメット@DEATH NOTE [思考]基本:『実験』の打倒 1・キノに医薬品を元の場所に戻させる。 2・実験を打倒する為の仲間を集める(ブレードチルドレン、結崎ひよのを優先) 3・『魔法』に関する情報を集める。 4・キノと協力する。(キノを対主催に転換させる。それが無理ならキノを利用する) ※参戦時期はカノン・ヒルベルト死亡後から火澄と対決する間のどこか。自らがクローンであることや清隆の計画、『結崎ひよのの正体』にも見当をつけている時期からです。 ※この『実験』を、鳴海清隆の『計画』の延長線上にあると考えています ※キノの性別に気づいているかは不明です。 【キノ@キノの旅】 [状態]健康 [装備]レミントンM31(4/4)@バトルロワイアル、果物ナイフ@現地調達 [道具]基本支給品一式、包丁@現地調達、大量の医療用具@現地調達 不明支給品0~2(確認済み、歩の推測では高確率で通信道具がある) [思考]基本:生存優先 1・は……? 2・鳴海歩との契約を守る。 3・鳴海歩と行動を共にする。皆殺しによる優勝が現実味を帯びて来た場合、契約を破棄。 4・鳴海歩の手料理に興味。機会があればぜひご馳走になりたい。 5・予備弾薬や使い慣れたハンドパースエイダー、できればカノンか森の人、なければそれに近い型のものを手に入れたい。 ※参戦時期は、少なくとも『必要な国』以降。 ※鳴海歩とキノが交わした契約内容は以下の通り。 1.契約破棄はいつでもできる。 2.契約中は防衛以外の目的で殺人をしない。 3.互いに嘘はつかない。ただし黙秘する権利はあり。 4.契約破棄から10分の間は、誰も殺さない。 【ヘルメット@DEATH NOTE】 ヨツバキラ確保の際に夜神総一郎が被っていたヘルメット。 キラ対策として完全に顔が見えないようになっている。 【猫耳ヘアバンドと肉球てぶくろ@スパイラル~推理の絆~】 竹内理緒が校内銃撃戦に備えて用意した秘蔵のアイテム。 その効果は、見た目を可愛らしく演出する。以上。 でも、原作ではチート能力の中ボスを倒す切り札になったんだよ。ほんとだよ! 【ベーコントマトのリゾットと舞ちゃん特製オリジナルトマトスープ@吸血鬼のおしごと】 雪村舞(実体化)が月島亮史の為に丹精こめて作った手料理。 その味は、(舞の為に)完食した亮史をして『千年の長きの中でもっとも辛かった戦い』と言わしめた代物。 |Back:018[[三者三様考察]]|投下順で読む|Next:020[[]]| |Back:000[[はじまり、はじまり]]|鳴海歩|Next:| |&color(cyan){GAME START}|キノ|Next:|
鳴海歩は、壁ごしに対峙する。 「その為に、“殺し合いに乗っている”あんたを仲間に加えたい。 俺の考えでは、あんたは殺し合いに乗っているはずだ」 そう言ってやると、長い沈黙が返って来た。 壁越しでは表情は分からないが、可哀想な人を見る眼で見られている気がする。 まぁ、あまり会話を引っ張るのも意地が悪い。 説明を加えようと口を開いた時、キノの返事が返って来た。 「ごめんなさい。ボクが聞き間違えたかもしれません。もう一度言って下さい」 今のところ、キノは会話に食いついてくれている。それは想定内のこと。 今の歩は武器になるものを持たない。すなわち、キノは歩をいつでも殺せる状況にある。 だからこそ、相手が食いついて来るような会話を心がける。 『理由を聞き終えるまでは、歩を殺せない』という状況をつくるために。 とはいえ、いざとなればロッカールームの窓から飛び降り、狙撃の死角となる逃走経路(事前にシミュレートした)で逃げるつもりではいるが。 とはいえ、不安が無いわけではない。 階下の痕跡や掲示板の書き込みから、ある程度の“読み”は完成しているものの、出たとこ勝負には違いない。 しかし、歩だって頭に銃口を当てられたり、爆弾付きの首輪をつけられたりの修羅場をくぐっている。 その不安を態度に出すようなへまはしない。 「まずは、アンタが乗っていると判断した理由と、アンタの行動方針を当ててみせよう」 歩はひとつひとつ説明する。 単に会話を長引かせているだけでなく、別の狙いもあるのだが、それは後になって結果が出ること。 「下の階であんたの足跡と、家探しをした痕跡を見た。あんたは他の参加者が潜んでいるかも分からないのに、 診察室に直行して医薬品をあさり、その後隠れる場所の多そうな検査室は素通りして二階へ向かっている。 このことから、アンタは他の参加者を探すつもりがなく、目的は物資調達のみだったと分かる」 壁向こうからはは沈黙が返る。 だが外れている感触はしない。 「この行動から推測される原因は三つだ。一つ、アンタは仲間をつくるつもりがない。 二つ、アンタはゲームに乗った参加者と会うことを恐れている。三つ、その両方」 歩は、見えないと知りつつも指を三本立てる。 「しかし乗った人間に見つかるのを恐れるような慎重派なら、室内を足跡も消さずに動き回るだろうか。よって二つ目と三つ目は否定される。 アンタは、襲われても撃退するだけの腕と覚悟がある。それも、おそらくは死角や障害物の多い室内で不意を撃たれても反応する自信がある。 これらのことから、アンタは射撃するタイプの支給品を持つ可能性も高い。実際、掲示板では弾丸を欲しがっていたしな。 そうでなきゃ、アンタは足跡を消すことにも思い至らない馬鹿だ。しかし、迅速に物資の調達という行動を起こしたことから、この線は否定される。 加えて、薬や包帯だけじゃなく、裁縫用具が地味に役立つことにまで気が回る。それなりに修羅場慣れした人物が予想されるな。 だから、俺はあんたが仲間を作らずに、自分一人の力で生存を目指そうとしている人物だと予想した。 そして、これだけでも、あんたが主催に反抗するつもりがないと推測する材料になる。 対主催行動をとる人間なら、何よりも協力者を欲しがるものだからな」 一気に証拠を上げて、一息つく。 実のところ、根拠薄弱で想像頼りの部分もそれなりにある。 しかし、おおよそ当たっていればそれでいい。 要はキノに、いかにも見透かした風に、“それっぽく”聞こえていればいいのだ。 「そして縫道具は必要な分しか持ち去られていないのに、薬品類や包帯はほぼ全てがなくなっている。 用心してあらゆる怪我や病気を想定したとしても、いくら何でも多すぎる量だ。 怪我をした仲間でも抱えている可能性もなくはないが、それにしたって多い。 そして、一度小さめの瓶に薬品を詰め替えようとして、戻した痕跡があった。 最初は必要最低限のものだけ持って行こうとしたが、ディパックの容量が無限だと気づいて荷造りをやり直したってとこだろうな。 あるいは、いつもの癖で荷物を少なくしようとして、荷造りの途中で気づいたのかもしれない。 あんたが旅慣れた人間であることがうかがえるな。 つまり、あんたは自覚的に医療品を独占している。 あんたは他の参加者が怪我を治療できなくても構わないと思っているし、むしろ治療を受けられない方が都合が良いと思っている」 ここでまた一息。 長い溜めをおくと、壁向こうからキノが問いかけた。 「……それで、殺し合いに反抗するあなたはボクを否定しますか?」 キノは挑発しているのでも、反発しているわけでもなかった。ただ聞いていた。 歩は、正直に答えた。 「ああ。それはアリだと思うぞ」 壁の向こうから、わずかに驚く気配。 「俺は、子どものころから血と硝煙の漂う世界で育ってきた連中を知ってる。 そいつらは、自分の身や仲間を守る為に、もう何十人も殺してる。 そして、俺はそいつらとそれなりに時間を共にしてきたし、信頼できる奴らだと思っている。 そいつらの人生を肯定する俺が、あんたを否定する理由はないな」 鳴海歩は、相手を人殺しかどうかでは判断しない。 『己が生きる為に人を殺して来た人間』を否定するということは、ブレード・チルドレンを他ならぬ鳴海歩が否定することと同義。 チルドレンを守ろうとしてきた歩が、キノを否定する理由はない。 当然、イコール人殺しが許されるとは決して思っていないし、ブレード・チルドレンにしても、いずれ何らかの手段で罪を償わなければならない。 しかし、歩はキノの背景を何も知らないし、おそらくこの殺し合いの場限定での付き合いになるだろう人間だ。 まず何よりも殺し合いからの脱出が優先される状況で、最初から罪を償うべきだの人殺しは信用できないだの言い出していも始まらない。 それに、 「そして俺があんたに交渉を持ちかけたのもそこにある。あんたは『殺すこと』が目的ではなく『生存』を目的としたマーダーだからだ。 あんたは、生存の為に必要なら、他人を殺すことを躊躇わない。 しかし、不必要なら殺したくない程度には殺人を好まないし、殺人をしんどいと思う程度の嫌悪感もある。 そういう人間だと俺は推理した」 キノはもう、問い返すことはしない。 この際、歩の推理を最後まで聞きたいということなのか。 「もしあんたが人を殺したくて仕方ない人物なら、あの掲示板にはこう書いていたはずだ。 『診療所には多くの医薬品が残されていました。ボクは必要な分だけもらって行きますから、皆さんも利用することをお勧めします』。 自ら積極的に参加者を狩ろうとするなら、狙撃手段を持つアンタの場合、多くの参加者が通りそうな要所で待ち伏せて、狙撃する方法が最善だ。 それなら、むしろ診療所に人を集める方法を取るのが自然だろう。この建物は小さい割に窓が多いから、狙いがつけやすく逆に攻め返されても逃げやすい。 あんたみたいなタイプには地の利が生かせる場所だな。 しかしあんたは、素直に診療所には医薬品がなく、自分は医薬品を持っているから取引に応じられると書いた。 率先して殺し合うことはせず、シャワー室や休憩室や毛布のある診療所を、できれば拠点として長く使いたかったのか。 あるいは武器は支給されたが、最後まで戦い抜くには予備弾薬に不安があったか。 俺はその両方ではないかと思ってる。 あんまり大量の予備弾薬が支給品に入っていると、他人からディパックを奪うような戦略性が損なわれるだろうからな。 そして誰が見るかも分からない掲示板に物々交換の取引を持ちかけたことから、あんたは利害が一致すれば信頼関係を築く余地がある奴だ。 殺し合いに乗った人間、乗っていない人間、化け物じみた強さの人間、弱い人間、そんな誰が見ているか分からない掲示板で取引を持ちかけている。 ビジネスライクなの関係の作り方や、信頼の築き方を知ってる人間でなきゃできない芸当だ。 それに、相手が狼藉を働こうとしないか、裏切って襲って来ないか見極める判断力や、帰り打ちにする実力も備えていると推測できるな。 あんたが腕の立つ人間だと判断した理由のひとつがそれだ」 一気に説明し終えて、長く息をはく。 流石に喉が疲れた。 「……当たりです。今のところ、一言一句違わずに」 淡々と、しかし感嘆のこもったキノの言葉。 初めて、キノの歩に対する評価を聞けた。 「そして、交渉の通じると思ったから僕に声をかけたんですか?」 「そもそも、ルール上、ゲームに乗らなくても最後の二人までにはなれるんだ。なら、あんたが当面、人を殺す必要はどこにもない。 そして、当面の生存を考えなきゃならないのは、マーダーのあんたも対主催の俺も同じだ。 もし俺が主催の打倒に成功したら、余計な面倒をかけずに元の世界に帰れる。 俺の目的が失敗したとしても、あんたのデメリットは何もない。悪い取引ではないはずだ」 ここで、一度、キノの返答を待つ。 キノはゆっくりと、答えを返して来た。 「じっくりと慣れ合った人間を、後で殺す。 ボクとしては、そういうやり方はしんどいから好きじゃありません」 ここで否定されることも、歩には織り込み済み。 ここから、キノにアプローチをかける為の論理を展開すればいい。 そして、この答えでキノの覚悟のほどがある程度把握できる。 赤の他人を殺すことに躊躇いはないが、親しくなった人間を殺すことには抵抗感がある。 そこは歩にとって有利な要素でもある。 都合よく情にほだされてくれることを期待はしないが、ビジネスライク以上の信頼を築けるなら、マーダー路線転換の可能性も充分にある。 しかしそれでも、『好き嫌い』の次元で語れる程度には、キノにとって歩の命は軽いのだ。 そのことも肝に銘じておく。 歩は、キノを攻略する為の一言を斬りだした。 「どんな手を使ってでも生き延びたいんじゃなかったのか?」 壁の向こうから、不可解を示す沈黙。 それはそうだろう。相手は『どんなことをしても生き延びたいから皆殺しを目指そう』という主旨で動いていたのだから。 「この殺し合いで生き延びる為には、ただ武器があればいいってわけじゃない。情報が不可欠だ。 物々交換の交渉をするにしても、手持ちの札しだいでは引き出せるメリットが何倍も違う。 ……例えば」 ここで一旦、溜め、 「この殺し合いに呼ばれた人間が、国どころか全く違う世界――いわば異世界から呼ばれた可能性が高いってことだ」 何度目かの沈黙から、歩はその言葉がキノに沁みとおったことを確認。 「SF小説は読むか? いわゆる“パラレルワールド”だと理解するのが一番手っ取り早いと思う。 まぁ、いきなりこんな話を聞いても、俺の頭がおかしくなったと思うかもしれないな」 「あなたがそう思うに至った根拠には興味があります」 そしてキノは食いつく。どうやら、自分の嫌いなことには怠惰だが、好奇心はそれなりに強いようだ。 「アンタの世界に『日本』はあるか?」 「いいえ。それは何ですか?」 読みが外れていれば、とても間抜けな質問だ。 しかし歩の読みは当たり、キノは日本を知らなかった。 そしてここで、歩の『異世界説』も100%クロだと確信できる。 「『日本』は俺の国だ。人口は約1億3千万。国土面積は約38万平方キロメートル。 建国はおよそ二千四百年前。世界中探しても、知らない奴はそういない程度には大国だな」 壁の向こうから、絶句する気配。 もしかすると、キノの世界には、そこまで大規模な国家が無かったのかもしれない。 「そしてこの参加者名簿には、日本人の名前がとても多い。名簿にある名前の、3分の2以上が日本人名だ。 俺の国の言語はかなり独特だから、この人名で日本以外の生まれだという確率は低いだろう。 そしてあの掲示板に書かれていた『桐山和雄』という名前も日本人のものだ。 しかし、あの書き込みにあった『プログラム』という催しは、俺の国には存在しない」 「あの書き込み主は、日本人なら誰でも『プログラム』が殺し合いだと知っているような書き方をしていた。 しかし、俺の国にそんなものはないし、そもそも俺の国は殺し合いが当たり前にあるほど治安が悪くない。警察組織も世界でトップレベルに優秀だと言われてる。 つまり、あの書き込み主は、『俺の知らない日本から来た』とでも考えない限り説明できない。 名簿には他にも、どこの言語圏の出身なのか計りかねる名前があったしな。 そもそも、“魔法”や“呪い”なんて人知を超えたもの事態、俺の世界にはないぞ。 奇妙なオカルトじみたシステムはあるが、あんな物騒なものじゃない。 “異世界”とまではいかなくとも、未知の“概念”が存在することは認めざるをえないな。 そして、そんなトンデモ能力者が、参加者としてこの舞台にいるかもしれない以上、 狙撃や荒事が得意というだけで、優勝するには不安があることもな」 ついでに、軽い意地悪もこめて言っておく。 「もうひとつ言っておくと、俺の国では弾薬を使う武器に『パースエイダー』という呼び方は使わない。 『パースエイダーが欲しい』なんて言っても、参加者の大多数には意味が分からないぞ。 俺はあの文脈から、武器のことだと分かったけどな」 壁の向こうからは、またしても沈黙。 知りようがないことを突かれて恥ずかしくなったのか、悔しかったのか。 「たったそれだけでボクを異世界人と判断したんですか?」 声が少しムキになっている。どうやら後者だったらしい。 そして、これはキノの無知を露呈させ、『情報が必要だ』という歩の言葉に説得力を増した形にもなるのだ。 「もちろんそれだけじゃない。パソコン――あの機械の履歴を見せてもらったが、アンタはどうもあの機械の使い方に疎いようだった。 俺の国の人間で、したらばに書き込みができるほど、ネットの仕組みを理解しているのに、 画面――ブラウザというんだが――それを閉じる方法が分からず、ましてや ゴミ箱やドキュメントが何を意味するのか知らない奴がいるとは考えにくい。 にも関わらず、殺し合いが始まって一時間たたないこんな序盤から、すぐさま殺し合いで電子掲示板を利用するという。 いくら交渉能力に自信があったとしても、機械音痴なら躊躇するところだな。 つまりアンタは、『電子空間でのやりとり』は知っているが、『パソコンの使い方』は知らない。 そういうちぐはぐな文明から来たのではないかと考えた」 そして、キノがパソコンに疎いということが、歩に新たな推測を立たせる。 いくら交渉術を知っているとはいえ、そこまでパソコンに疎い人間が、不特定多数が覗く『したらば』で、取引の日時を相談したりするだろうか。 『状況によって相談』などを行えば、取引の現場を邪魔される要素が大きすぎるのだ。 いや、実際はチャットのささやき機能を使えば他者に聞かれずに済むのだが、sageも知らないキノにその知識があるかどうかは怪しい。 つまりキノは、邪魔されずに交渉を行う手段を持っている。 キノの支給品には、高確率で携帯電話か、ノートパソコンか、何らかの通信道具がある。 それが、キノを仲間に引き込んでおきたい最大の理由。 正直なところ、銃器という武器とそれを扱う腕前と覚悟を併せ持つ、キノの力は確かに魅力的だ。 しかしそれは、キノがマーダー路線に再転換した場合、キノによる歩たちの殲滅を招きかねない諸刃の剣。 当然、そうならないようにキノをコントロールする心構えはある。 そもそもキノを勧誘するもう一つの理由が、『マーダーを一人でも減らしておくことで、犠牲者に少しでも歯止めをかける』ことでもあるのだから。 ただ、それでも厳然とリスクは存在する。 しかし、『持ち運び可能な通信機器』というアイテムは、それらのリスクを大きく上回るリターンをもたらしてくれる。 何より、『移動と掲示板の考察を同時に行える』というメリットが大きい。 いちいち施設でしたらばをチェックしたりチャットに参加して考察に専念していれば、 どうしてもその分動きは止まってしまい、現場で進行中の事態に乗り遅れるという失敗を招きかねないのだから。 だから歩は、キノに対して最後の論証を行う。 「これで、いくらアンタがすぐれた銃の腕と、それを撃てる覚悟や判断力を持っていても、 それだけでこの殺し合いを優勝するには心もとないという証明は終わりだな。 つまりこの実験で生き残るには、多少なりとも誰かから情報を得たり、仲間を作ることが必要になる。 誰かと慣れ合ったことでそいつの殺害に『しんどい』と躊躇いが出るような奴なら、どのみち生き残ることは難しいさ」 正直、この言い分は倫理的にどうかとも思うのだが、キノにとっては手痛い言葉となるだろう。 「そこでだ、今まで説明した通り、俺はあんたの知らない世界のことを知っているし、あんたの知らないパソコンも扱える。 それなりに信頼のおける知り合いも、この殺し合いに何人かいる。 さっきあんたが認めてくれたように、目端もそれなりに効くな。 ついでに言うと、料理も得意だ。そこいらのレストランよりは美味いものが作れるという自負もある」 『料理』と口にしたとたん、壁の向こうからすさまじい“気配”が放出され、思わず後ずさった。 何故そこに食いつかれたのだろう、それは“殺気”ではなく“闘志”に近い何かだった。 ……だが、悪いものではなかったので続ける。 「正直なところ、俺はあんたに仲間としてゲームに反抗してほしいととも思っている。 だが、当面この“呪い”を解く手段が見当たらない以上、アンタが俺を信用できなくても無理ないということも分かる。 だから今は、“実験に反抗する為”じゃなく、“当面を生き延びる”為の協力関係で構わない」 これで、説得の言葉は全ておわり。 そしてキノは、答えた。 「『助け合いの契約』ですか」 『助け合いの契約』。 キノの世界の言い回しかも知れないが、いい響きだと歩は思った。 「そうだよ。さっき言った通り、俺はあんたが人殺しであることを断罪するつもりはない。 ただ、その為に対主催派の犠牲者が増え、俺の目的を邪魔されるのがいただけないだけだ。 だから妥協点があるなら探したい」 「『契約』といっても、具体的にボクはどうすればいいんですか?」 歩は、キノから見えない壁の向こうで、密かに笑う。 『契約』の内容を尋ねた。 それはつまり、内容次第では『契約』に乗ってくれるということ。 「俺は別にあんたを雇おうとか命令しようとは思っていない。 今から四つの条件を提示する。あんたはそれを守ってくれるだけでいい」 互いの世界観や価値観が異なる以上、下手に条件を擦り合わせると齟齬を生みかねない。 条件はあくまで緩く。なおかつ、あらゆる状況――特にキノが心変わりした時――に対応できるように。 歩は指を四本立てた。キノには見えないけれど。 「まず、互いに契約の破棄することはいつでもできるという条件。つまりいつ見限っても構わないってことだ。 ただし、破棄する時は必ず相手に聞こえるように、はっきりと宣言すること」 これはキノにとって、契約を引き受けやすくすると同時に、歩にとって『キノの裏切りを未然に防ぐ』という意味を持つ。 つまり、キノから不穏な気配を感じたら、先に歩の方から契約を切って、離れてしまえば問題ないのだ。 「二つ目。契約中は、正当防衛以外の理由で人を殺さないこと。 どんな世界からどんな価値観を持った相手が参加しているか分からない以上、うかつに引き金を引けば無駄に敵を増やすことは分かるよな?」 殺し合いに乗っているのに殺せないという条件を提示されるのは、本来なら厳しい条件だ。 しかし、キノの目的は生存であって人を殺すことではない。 ならば、この条件はのんでくれるはず。 「三つ目。お互い、相手に嘘はつかないこと。ただし、言いたくないことを黙っているのは構わない。 もちろん、相手はいつでも契約を破棄して見限れるんだから信用を損ねるかの兼ね合いを考える必要はあるが」 嘘をつかなくても人を騙すことはできるが、嘘をつけない相手に、自分が騙されているのかどうかを確かめることはできる。 キノの真意を確かめる手段は、用意しておいた方がいい。 そして、言いたくないことは黙っていて構わないということで逃げ道も用意してやる。 「四つ目。契約破棄から10分の間は、互いに誰も殺さないこと」 初めてキノの方から問い返された。 「それは……殺し合いに乗ったボクから逃走する時間を稼ぐ為、ですか?」 「そういうことだな」 『“誰も”殺さない』と前置きしたのは、契約破棄の時点で歩の人間関係がどうなっているかが分からないからだ。 歩本人だけでなく、歩の仲間も攻撃される事態も避けたいし、下手したらそれが原因で『鳴海歩は仲間が殺されるかもしれないのを止めなかった』という悪評が流れかねない。 「その条件だと、ボクが不利ですね。ボクは10分の間、行動を控えないといけないけど、 あなたはその10分の間にボクが乗ったことを掲示板に公表して、参加者に警戒を呼び掛けることができる」 「あんただって、逆に俺の悪評を振りまくことはできる。 それにアンタは元々、乗っていない振りをして近づくより、標的を見つけるなり一方的に狙撃して終わらせるタイプだろう? そこまで不利にはならないな」 しかし、悪評の振りまきあいなら、情報戦に持ちこめる。 その時の状況にもよるとはいえ、歩の方がまだ得意分野だ。 警戒すべきは、キノが歩を見限った上で、歩と同じ策謀を使うタイプのマーダーと手を組んだ場合だ。 そうならない為にも、キノからは目を離さないようにしておく。 気を許すつもりはあっても、気を緩めるつもりはなかった。 そして、歩の体感からすれば、ずいぶんと時間が流れた。 キノが、ゆっくりと喋り出した。 「信じられないかもしれませんが、ボクは人を殺すことが好きではありません。 そして、ボクに人殺しを命令して、ボクが人を殺すところを見て、 それを楽しんでいる人がいるのは、より好きではありません」 淡々と、あくまで淡々と、キノは語る。 「しかし、ボクは生きる為に必要なら、好きではないこともやります。 例えば、ケーキが大好きだけど野菜はそこまで好きじゃない人が、 野菜も摂ることが必要だから野菜も食べるように、 人殺しが必要ならボクは人を殺します」 それは、キノの方からの、初めてのスタンス表明。 「ですから、実利と嗜好の両方をかんがみて、ボクは『助け合いの契約』を受けます」 そして、二人の利害はここに一致する。 「分かった。なら、今この瞬間から『契約』は成立だ」 歩は打算抜きで笑った。 「分かりました。今から成立ですね。 ではそろそろ姿を見せてもらえませんか? 契約が成立したので、ボクはもうあなたを撃ちません」 「ああ、今行くよ」 そして、歩は隣室へと歩いて行く。 実は、壁越しの会話には、もう一つの意味もあった。 それは、演出効果。 歩は、『主催者の弟だから』などという理由で根拠のない期待をされることを好まない。 だから、キノとの交渉中も、そのことを伏せていた。 しかし、一度契約が成立したならば、ここで改めて『正体』を明かすことで、 キノに『後戻りできない』という意識を植えさせる。 鳴海歩はロッカールームを出て、キノの前に姿を現した。 鳴海清隆の面影を持つ顔を、キノに見せた。 「『契約』が成立したところで、改めてあんたに話さなきゃならないことがある。 あの主催者――鳴海清隆は、俺の兄だ」 ※  ※ ドアから現れたのは、やけに見覚えのある印象の少年でした。 「あの主催者――鳴海清隆は、俺の兄だ」 その少年は、この『実験』の始まりに、壇上で話していた男と似ていたのでした。 鳴海歩はそこで言葉を区切って、キノがどんな顔をしているかを見ました。 キノの形容しがたい表情を見て、少しだけ笑いました。 【B-8/診療所2階/一日目深夜】 【鳴海歩@スパイラル~推理の絆~】 [状態]健康 [装備] なし [道具]基本支給品一式 猫耳ヘアバンドと肉球手ぶくろ@スパイラル~推理の絆~ ベーコントマトのリゾットと舞ちゃん特製オリジナルトマトスープ@吸血鬼のおしごと フルフェイスのヘルメット@DEATH NOTE [思考]基本:『実験』の打倒 1・キノに医薬品を元の場所に戻させる。 2・実験を打倒する為の仲間を集める(ブレードチルドレン、結崎ひよのを優先) 3・『魔法』に関する情報を集める。 4・キノと協力する。(キノを対主催に転換させる。それが無理ならキノを利用する) ※参戦時期はカノン・ヒルベルト死亡後から火澄と対決する間のどこか。自らがクローンであることや清隆の計画、『結崎ひよのの正体』にも見当をつけている時期からです。 ※この『実験』を、鳴海清隆の『計画』の延長線上にあると考えています ※キノの性別に気づいているかは不明です。 【キノ@キノの旅】 [状態]健康 [装備]レミントンM31(4/4)@バトルロワイアル、果物ナイフ@現地調達 [道具]基本支給品一式、包丁@現地調達、大量の医療用具@現地調達 不明支給品0~2(確認済み、歩の推測では高確率で通信道具がある) [思考]基本:生存優先 1・は……? 2・鳴海歩との契約を守る。 3・鳴海歩と行動を共にする。皆殺しによる優勝が現実味を帯びて来た場合、契約を破棄。 4・鳴海歩の手料理に興味。機会があればぜひご馳走になりたい。 5・予備弾薬や使い慣れたハンドパースエイダー、できればカノンか森の人、なければそれに近い型のものを手に入れたい。 ※参戦時期は、少なくとも『必要な国』以降。 ※鳴海歩とキノが交わした契約内容は以下の通り。 1.契約破棄はいつでもできる。 2.契約中は防衛以外の目的で殺人をしない。 3.互いに嘘はつかない。ただし黙秘する権利はあり。 4.契約破棄から10分の間は、誰も殺さない。 【ヘルメット@DEATH NOTE】 ヨツバキラ確保の際に夜神総一郎が被っていたヘルメット。 キラ対策として完全に顔が見えないようになっている。 【猫耳ヘアバンドと肉球てぶくろ@スパイラル~推理の絆~】 竹内理緒が校内銃撃戦に備えて用意した秘蔵のアイテム。 その効果は、見た目を可愛らしく演出する。以上。 でも、原作ではチート能力の中ボスを倒す切り札になったんだよ。ほんとだよ! 【ベーコントマトのリゾットと舞ちゃん特製オリジナルトマトスープ@吸血鬼のおしごと】 雪村舞(実体化)が月島亮史の為に丹精こめて作った手料理。 その味は、(舞の為に)完食した亮史をして『千年の長きの中でもっとも辛かった戦い』と言わしめた代物。 |Back:018[[三者三様考察]]|投下順で読む|Next:020[[]]| |Back:000[[はじまり、はじまり]]|鳴海歩|Next:| |&color(cyan){GAME START}|キノ|Next:|

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