オープニング2~ex.人間~

 

 真っ白な通路が、一直線にどこまでも続いている。

 果てがあるのか疑いたくなる程の長い廊下を一人の若人が、まるで、憤りを隠しきれないといった様子で、かつ、かつ、と音を鳴らしながら歩いている。

(どうして、俺がこんな雑用を……!!)

 彼の名前は、星ヶ峰流星。

 T大の経済学部を主席で卒業し、国家公務員第一種試験にトップの成績で合格!! という誰もが羨む様なエリート的人生を邁進中なのだが……、本人にしてみれば、大いに不満があるようだった。

 

 大学を出て、生まれて始めて勤めることになる職場に胸を高鳴らせていたのだが……。

 彼を待っていたのは、BR機関―――国政内部の極右の連中が、民間の極右的な思想を持つ企業と合同で設立したらしい。ちなみに存在は非公開―――という訳の分からない第三セクターの副機関長というこれまた訳の分からない肩書き……。そして、数多の雑用、雑用、雑用!!

 流星の精神はそろそろ限界を迎えようとしていた。

 それから歩くこと数分が経過し、ようやく目的の部屋の前に到着した。

 ドアをこん、こん、とノックし、

「失礼します。機関長」

 と言ってドアを開けた。

 途端に重苦しい空気が流星に襲い掛かる。

 他の部屋と比べても、この『機関長室』だけは異様で不穏な空気が流れている。

 まるで、ここだけ宇宙の法則が崩壊しカオスが全てを呑み込んでいるようだった。

 そんな混沌を作り出している張本人は応接セットにどっしりと座り、読書に耽っている。

 流星は報告する。

「死亡者と生存者のリストをお持ちしました」

 それに『機関長』は今まで読んでいた本から顔を上げ、

「見せてくれ」

 と短く言い放った。

 流星はゆっくりと男の許へと歩く。その間、改めて流星は男の風貌を観察する。

 ビジネス・スーツを優雅に着こなすその男の表情は、牧歌にでも登場しそうなほど穏やかで人畜無害といった感じなのだが、この男からはいつも得体の知れない威圧感が発せられている。

 いや、この気配を『威圧感』と表現することに流星は戸惑いを感じる。この男の内部で処理しきれない概念のようなものが溢れ出し、周りに影響を与えているのではないか? と流星は考察しているのだが、そんな考察でさえこの男を前にすれば無価値なものとなる。

(そうだ、この男の前では、総ての事象や法則が無価値になる。ならば、何も考えるな。考えるだけ無駄だ)

 そう思考を入れ替え、眼前の『混沌の権化』にリストを手渡す。

 男はご苦労様、と言い、死亡者のリストはゴミ箱に放り込み、生存者のリストに目を通し始めた。

 

☆ ☆ ☆

 

               生存者報告書

 この文書は、BR機関内部通達第三号により実施された『進化促進剤』投与による生存者の報告書である。

 生存者は以下の六名である。

 

玉里浩平 紫原洋介 垂水雅人 桜ヶ丘ルイ 天文館春香 吉野誠

 

 なお、この文書は閲覧後、速やかに処分願いたい。

 

☆ ☆ ☆

 

「なるほど、今回は六人も生き残ったか……」

 と男は不適な笑みを浮かべ呟く。

 『機関長』の文書閲覧を確認した流星は、もう一枚書類を手渡す。

「機関長。済みませんが、閲覧後は、こちらにご署名をお願いします」

 それに男は、ああ、済まんね、と言って書類に『田上たがめ』と記入した。

「…………………………」

 田上たがめ。

 本名なのか、偽名なのか、判然としないが、本人がそう名乗っている以上それが本名なのだろう。

 胡散臭すぎるが……。

「それでは私はこれで――」

 と流星が機関長室を後にしようとすると

「まあ、ちょっと待て、偶にはゆっくりしていけよ」

 田上が引き止めた。

「はあ、ですがまだ事務系の処理が――」

「いいよ、今日は。そういえば、有給まだ取ってなかっただろう。俺が処理してやるから午後は非番でいいよ」

 何やら機嫌がいいのか部下に気遣いをみせる田上。

 それに対し流星は、

「はあ、それでは、お言葉に甘えて……」

 と申し訳なさそうな感じで言った。

(へえ、単なる冷酷漢だと思ってたけど意外と優しいところもあるんだな)

 上司の意外な一面に触れて、流星は大いに感激していた。

 今まで田上の下で、『副機関長』としての業務――という名の雑用――をこなしてきたが、田上が流星に対して気遣いを見せるなど、いままで一度も無かった。むしろ鬼のように散々扱き使われて来たのである。それが、打って変ってこの発言である。

 天変地異の前触れじゃないのかと疑ってかかってしまうが、やはり上司からのささやかな気遣いと言うのは、なかなかどうして心に響くものである。

(これからは、この人の評価を改めるべきかもしれないな……)

 流星は心からそう思った。

 そこで、ふと田上がいつも読み耽っている本に興味が行った。

 何故、その本が気になるのか流星にも分からない。だが、どうしても読みたくてたまらないのだ。最初に田上があの本を読んでいる姿を発見した時からそうだった。

(いまならば、田上もあの本を貸してくれるかもしれない……)

 内なるもう一人の自分が語りかけてくる。

 意を決して流星は言った。

「あの、機関長がいつも読まれている本は、どういったものなのですか?」

「ああ、小説だよ。人生という名のね」

 読んでみるかい? と田上はその本を流星に差し出した。

 流星は短く「はい!」とだけ答え、田上が読みかけのページを開いた。

 

☆ ☆ ☆ 

 

 大学を出て、生まれて始めて勤めることになる職場に胸を高鳴らせていたのだが……。

 彼を待っていたのは、BR機関―――国政内部の極右の連中が、民間の極右的な思想を持つ企業と合同で設立したらしい。ちなみに存在は非公開―――という訳の分からない第三セクターの副機関長というこれまた訳の分からない肩書き……。そして、数多の雑用、雑用、雑用!!―――――――――――

 

☆ ☆ ☆

 

「――――――――――――――!?」

 流星は声ならない悲鳴をあげた。

(なんだ!? これは!? これに書かれているのは明らかに俺のことじゃあないか!!)

 動揺を隠し切れないままに、今度は冒頭のページを開けてみる。

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、!!」

 そこには、流星の誕生から今に至るまでの総ての出来事が小説として書かれていた。

 しかも、流星やその家族しか知りえないような事柄までが詳細に書き記されている。

 あまりにショッキングな出来事を前に流星は戦慄と驚愕を隠し切れなかった。

 そんな流星を田上はニヤニヤしながら見つめている。

 それも、ただの笑い方じゃない。見た者の魂さえも凍てつかせる狂気の笑みだ。

 流星は、がたがたと震えながら目の前の混沌に問うた。

 

「あなた、本当に人間ですか…………?」

 

 その問いに混沌は、さらに壮絶に笑み応える。

「いや、俺は、ex.人間だ」

 つまりは、化物さ、と続けて言った。

 

TO BE COTINUED

 

 

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最終更新:2011年11月23日 10:26
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