「やっぱりお前さんだったか」
ラザロがルカと会ったことは一度しかなかったものの、彼はとっくにルカがマルケルスの息子だということは見抜いていた。
曰く「あいつとは棒切れ振り回して野原を駆けまわってた頃から何十年もの付き合いだった」「マルケルスのガキの頃にそっくり」とのこと。
そして今度はラザロが尋ねた。「目的は何なのか。マルケルスの復讐に来たのか」と。
父マルケルスは魔物に殺されたのだ。
その原因はイリアスクロイツの活動にあるが結局は父の築いた組織、完全に自業自得であり、誰かに償わせるつもりはない。
首をかしげるルカを見てラザロは「お前は何も知らないんだな」「実の息子にまでそう思われているとはマルケルスも浮かばれない」と鼻で笑う。
混乱するルカにラザロは真実を告げる。
確かにマルケルスは“表向きは”魔物に報復で殺されたことになっている。
しかし実態は違った。
「……お前の親父を暗殺したのは、この俺だってことさ。」
一瞬にしてルカの視界が暗転する。
理解が及ばず困惑するルカを、ラザロは歪んだ笑みで嘲笑う。
掠れた声で何故そんなことをしたのかルカが問うと、ラザロは真実を明かす。
「マルケルスは団長でありながら組織を裏切ったのさ」
「魔物根絶という理念を放棄し、影でこっそり魔物どもを保護してやがった……」
「だから俺が粛清してやったんだよ!魔物の仕業ってことにして極秘裏になぁ!!」
イリアスクロイツ結成当初、マルケルスは本気で魔物を根絶しようとしていたはずだった。
しかし行動を共にしていたはずなのに、マルケルスはラザロも気付かないうちに変わっていた。
攻撃予定のアジトから事前に魔物を逃がしたり、わざと情報を漏らしたり、挙句の果てには魔物の集団を移住させたりと、いつの間にかイリアスクロイツの暴走から魔物達を守る立場になっていた。
「そんな……!親父は魔物を憎んでいたはずだ……!」
「ああ、俺もそう思っていたぜ!魔王城の一件以来、俺もマルケルスも修羅になったはずだったんだ!」
「魔物への復讐と根絶のためだけに生きる、復讐の権化にな!」
怒りに身を震わせながらラザロは話を続ける。
ルカは父について「魔王退治を目指していたが途中で挫折した」としか知らなかったが、かつてマルケルスは勇者として剣士ラザロ、そして老魔法使いマーリン、女僧侶カレンと共に平和を夢見て世界を旅したパーティだった。
そして実際に魔王城に辿り着き“込みいった事情”こそあった物の、とにかく魔王を倒すことに成功した。
(そんなまさか……)
それを聞いて思い出したのは、かつてルカが見た奇妙な夢。
アリスらしき少女の母親が勇者に倒される夢。
あれは現実に合った夢だったのか?
そしてあの夢に出て来た勇者こそが父マルケルスだったのか?
つまりアリスの母親を殺したのは――魔王を倒した父の目の前に現れたのは――
「だがな……魔王を殺った瞬間、次の魔王が現れたのさ。」
自ら命を差し出した、全く戦意を持たなかった旧魔王と違い、新しい魔王の力は圧倒的だった。
暴走と共に発動された圧倒的な魔力により、何もわからないままマルケルスもラザロも瀕死の重傷に追いやられ
老魔法使いのマーリンは首がねじ切れ、女僧侶カレンに至っては上半身を引きちぎられた。
「俺もマルケルスもなぁ、カレンに惚れてたんだぜ。」
「それを魔王は、俺たちの目の前で引き裂きやがったんだ!まるで、紙クズを引きちぎるみたいになぁ!」
やはりあの夢は現実にあったことだったのだ。
あの時乱入した魔物の少女はアリス。
幼い彼女が繰り出した一撃でラザロたちは瀕死に、仲間二人は命を落とした……
その後、何とか生き延びたマルケルスとラザロは、修羅と化した。
しかし魔物への憎しみを滾らせながらも、魔物と正面から戦うことを放棄した。
もうまともに戦える身体ではなかったし、何より格の違いを見せつけられたからだ。
そして非合法の暴力を使って魔物を排斥する、テロ組織イリアスクロイツを結成したのだった。
しかしラザロが知らないうちにマルケルスは変わってしまった。魔物を排斥するどころか、保護するようになるなんて……
あいつはすっかりイカれてしまった、元同志として俺は悲しい。
ラザロはそう嘆いた。
ルカは振り絞るような声で「親父は……イカれてなんかない」「人と魔物は共存することができる」と訴える。
しかしラザロは激しい剣幕で否定する
「――できねぇってんだよ!人と魔物は断じて相容れねえんだ!」
「たとえ友好的なツラをしてる魔物がいたとしてもそりゃ向こうの気分の問題なんだよ!」
「奴等は紙クズみてぇに人の身体を引き裂くことができるんだぜ!俺はそれを身に染みてわかってんだ!!」
しかしルカは「向こうがそういう力を持っていたとしても共存はできるはずだ」と言い返すが、ラザロはさらにそれを「それは強者の理屈」と否定。
魔物は気分次第でいつでも人間を引き裂ける強大な存在。
ルカのようにどんな魔物とも渡り合える強い人間はまだいい。だがちっぽけな人間がなぜそんな怖い奴等と共に過ごさなくてはならないのか。
ルカは人と魔物、お互いが理解し合えば道は開けると言うが、お互いを理解しようとすれば理解しようとするほどお互いの決定的な違いは浮き彫りになる。
ルカの言い分は「弱者の言い分を踏みにじっている。強者に怯える弱者の気持ちをまるで理解していない夢物語に過ぎない」と主張する。
「いいや、違うな。少なくとも貴様には現実が見えていない」
答えに窮するルカの元に現れたのはなんとアリスだった。
「誰だてめぇは!」と詰るラザロの言葉を黙殺し、アリスはルカの発言を補強する。
人と魔物との間に力の差がある以上、恐怖による拒絶をすることは無理もない。
だがそれが全てではない。
ルカとアリスはこれまで世界中を旅して、様々な村や町を訪れた。
そしてその多くの場所で、それぞれの地域ごとの形で、人と魔物はそれなりに上手くやっていたのだ。
ルカとアリスは自らの目でその光景を見て、ある時は彼らを助け、ある時は彼らに助けられた。
まだまだ世界の全てで、とは言えない物の、この世界には種族の偏見を超えて共存を果たしている人間と魔物が確実に存在している。
ラザロの主張は一理あるかもしれないが、そういった現実から目を逸らしているに過ぎない。
一方的に物言いをつけた来訪者をラザロは怒鳴りつけようとしたが、アリスの顔を見た瞬間にその顔が急に引きつる。
その顔は忘れたくても忘れられない、彼が道を踏み外したきっかけを作った今代の魔王のものだったのだから。
しかし彼が抱いた恐怖はすぐさま怒りへと変わる。
その時のアリスの反応でルカは確信に至った。やはり自分が見たあの夢は過去のアリスを映した物。
アリスは母親を失ったショックで我を忘れ、ラザロの仲間を殺害したのだ。
「人間と魔物の共存だってか?俺達が倒した魔王も死に際に言ってたよなぁ……」
「俺達だって、少しは信じたんだぜ?これから人間と魔物は共存していくべき――そう思ったんだ。」
「てめぇが飛び込んできてマーリンとカレンを肉クズに変えるまではなぁ!!」
その怒号を耳にしたアリスは一瞬だけ悲しい表情を浮かべるが、いつもの無表情でそれを塗りつぶした。
アリスは冷静な様を維持することを努めて、言葉を返す。
「そのようなことも確かにあった、しかし今の自分は先代と同じように人と魔物の共存がなることを信じている」。
当然ラザロは怒りに震えた。「俺の戦友をむごたらしく殺した張本人がどの面下げてそんなことを言うのか」と。
「もうやめろ!やめてくれ!!」
アリスが傷つけられる様を見て、居てもたっても居られなくなったルカは、割って入るようにしてラザロを説得する。
だがラザロは決して己を曲げようとしない。
例え今、魔物と上手くやっている人間がいたとしてもいつかは気付く。
人間と魔物は『違う』のだと。『違う』存在である限り決して相容れることはないのだと。
その信念を曲げて、魔物を助けるなんて真似をしたマルケルスは殺されて当然の男。
マルケルスはマーリンとカレンの死を踏みにじった裏切り者だった。
息子であるルカに対してそこまで言い切った。
そのラザロの言葉に、ルカの中で復讐心が芽生える。
衝撃の事実を知ったせいでマヒしていた頭が回り始め、ふつふつと怒りが燃え始めた。
そして相手を封印する堕剣エンジェル・ハイロウではなく、殺傷能力を持った普通の剣に無意識のうちに手が伸びていたのだ。
その様を見てラザロは嘲笑する。
復讐したければやればいい、親父の仇はここにいる。
だが俺は死んでも己の信念を曲げることはない。今更生き方を覆すならば死んだ方がマシだ。
ここで殺さなければ俺は生きる限り魔物を憎み、殺し続ける。
殺したければこの場で俺を殺せ。
己の命をもかけた挑発に、ルカは激情のままに剣を向け、ラザロを貫こうとした。
「そこまでだ」
しかしすんでのところでアリスによって剣を止められる。
呆然としたルカは、今の自分の行動を振り返る。
(僕は今……自分の意志で剣を止めたのだろうか。それとも止めなかったのだろうか――)
ルカが落ち着きを取り戻したとみるや否や、ラザロは再びアリスに噛み付く。
俺はお前の母親の仇なんだ。憎くてたまらないだろう。
あの時やったみたいに俺を引き裂いて見ろ。
ルカ相手と同じように挑発を繰り返すが、アリスは表情を崩さない。
「貴様が死に場所を探しているのはわかっている。だが、殉教者としては死なせてやらんぞ」
そしてアリスは「石化の魔眼」を発動。困惑したラザロの身体が見る見るうちに石と化していく。
この状態ではラザロは身動き一つとれないが、アリスの意志でいつでも人間に戻すことができる。
これでラザロは死ぬことはないが、もう悪さをすることも叶わない。
非常に後味の悪い形ではあるが、彼との決着はついた。
決着はついたというのに、ルカはすっかり消沈していた。
アリスが止めてくれなかったら自分はラザロをこの手で殺していたかもしれないのだ。
そんなルカをアリスは慰めた。
ラザロはわざとルカを挑発して殺されようとした。
それができないと見ると今度は彼女に挑発の矛先を向けた。
恐らくラザロはもう生きるのが辛かったのだろう。
自らの行いが間違っていると誰よりも自覚し、その挙句に親友まで殺めてしまった。
どれだけ間違っていたとしても、殺してしまった親友のために今更己の信念を否定することなどできない。
そうして蛮行を続けているうちに、己の人生に引導を渡してくれそうな、親友の息子が現れた。
まるで自分のことのように、アリスはそう呟いた。