飲茶(美味しんぼ)

登録日:2022/05/24 Tue 21:57:47
更新日:2022/06/12 Sun 09:33:05
所要時間:約 10 分で読めます






『飲茶』とは美味しんぼのエピソード。単行本8巻に前後編で収録された。

概要

頑固な海原雄山から、意外な方法で一本を取るエピソード。
連載されていた1986年当時、日本では現代ほど普及していなかった飲茶や点心を大々的に取り上げた*1と言う点や、
海原雄山の頑固ながらも筋を通した態度とそれを思わぬ方法ながらもある意味正攻法で打ち破ったこと、
様々な点心に対する雄山の食レポもあって、評価は高い。


あらすじ

星村外務大臣が、大原社主を訪ねてきた。
中国の陳永隆国家副主席が来日するので、彼を美食倶楽部に大原社主の友人扱いで招待して、接待してほしいというのだ。
陳副主席は美食倶楽部の噂を聞きつけて名指しで行きたいと言っており、別の料亭を代役にすることはできない。

しかし大原社主は以前雄山ともめてしまい、既に会員を除名されており、直接協力することはできない。
大原は山岡に業務命令をちらつかせて協力させるが、山岡にも決定的な対策があるわけではなかった。
栗田の提案で、雄山に顔の利く雄山の師匠・唐山陶人に口をきいてもらうが、唐山の口利きでも雄山は断固として断ってしまった。

困り果てた山岡は、中国繋がりで横浜の在日華僑の大物である周大人に何か手がかりがないかと話すと、なんと周大人は陳副主席の幼なじみだったことが判明。
そして周大人からある突拍子もない陳副主席の歓迎会の話を聞かされた。
驚いた山岡だったが、同時に事態解決の糸口も掴んだようで……


主な登場人物


○山岡士郎
本作の主人公。
事態解決に導いたが、よく見ると今回は山岡は関係者の間を取り持っただけである。
とはいえ、大原社主の「業務命令」と言う名の無茶ぶりに振り回され日中外交の重大な役割を任されたのだから、事態を解決しただけでも大功績だろう。

○栗田ゆう子
本作のヒロイン。
唐山や周大人に話を持ち込んでみようという提案は彼女のものだが、いつもの食レポ役を雄山に取られたせいか影がより薄い。

○海原雄山
本作の大ボス。美食倶楽部の主人。
美食倶楽部は会員制の上、会員になるには審査も厳格、しかも5,6年先まで順番待ちという恐るべき難関であるが、会員が友人などを連れてきてご相伴することは可能と言うシステムになっている。
この美食倶楽部のシステムに対する徹底的なこだわりから、陳副主席を招くことを「政治家の接待」として拒否してしまう。
大人げないと言えば大人げないが、部外者に勝手に日中外交の担い手役に祭り上げられたわけで、彼の視点では災難だったとも言える。
なんだかんだで最後まで筋を通し続けた。

○陳永隆
中国の国家副主席。
まだ50代半ばながら行く行くは最高指導者と目される大変な大物で、日本政府も首相が自ら出迎えるなど大歓待するほど。
子供の頃、横浜で中華料理店を持っていた両親と共に暮らしていた時期があった。
その後中国に帰って革命政府で頭角を現したが、その縁もあって彼自身もかなりの食通。
日本語も堪能なようで、雄山とも通訳を挟むことなく話している。
中国の演劇団が東京一の料亭として美食倶楽部で接待された*2ことを知り、自分も美食倶楽部で食事をしたいと言い出したことで大トラブルになってしまう。

彼の希望が星村外務大臣はおろか山岡や雄山、下手をすれば日中外交をも振り回した形になったが、見る限り彼自身が特別我が儘だった訳ではない。
彼には趣味が一つあり、その趣味が事態を思わぬ方向に…?

○周懐徳
周囲から畏敬の念を込めて周大人と呼ばれる横浜在住の在日華僑の大人物で山岡とも友人。
雄山でも一目置くほどの食通でもある。
日本で暮らしていた経験を持つ陳副主席とは「陳家の鼻たれ坊主」呼ばわりする幼なじみで、在日華僑による陳副主席の歓迎会の世話人役も引き受けている。
美食倶楽部に行くには馬場社長のご相伴という形を取った。彼なら問題なく会員になれただろうが、5,6年先まで順番待ち(雄山談)はしていられなかったためだろうか。

○星村外務大臣
日本の外務大臣で大原社主のボート部の後輩*3
美食倶楽部会員としての大原社主を頼ったが失敗。
中国人は面子を重んじるので、「劇団より軽い扱いをするのか」と陳副主席の怒りを買い、ひいては日中外交がぶち壊しになることを恐れ、事態の解決を依頼してきた。
しかし、陳副主席の人柄を見ると彼が必要以上にビビったために周囲が振り回されたのではないかという疑念も湧く。

○大原大蔵
山岡の勤務する東西新聞の社主。
業務命令で無茶ぶりという子どもっぽくてワガママな大原社主の萌芽とも言えるエピソード。
このときは日中外交の問題に発展しかねない状況だったので仕方なかった面もあるが、段々デフォルトになってしまった。

○馬場社長
美食倶楽部の会員。周大人と知り合いらしく、友人として美食倶楽部に連れて行った。
後の飲茶の会にもしれっと同席しているが、身も蓋もない言い方をすれば単なる舞台装置である。

○唐山陶人
雄山の師匠として山岡の頼みを快く引き受けるが、彼でも雄山の主義を曲げることはできず、ぷんすか怒って出番は終了となった。
まあ、彼が口利いて終わったら面白くもなんともないしね…


あらすじ以降のお話の流れ(ネタバレ注意!!)

ある日、周大人が、馬場社長と周夫人と共に美食倶楽部で食事をしていた。
知り合いの美食倶楽部会員である馬場社長をせっついてのご相伴らしい。

雄山も店主として挨拶に訪れ、中華料理の素晴らしさを褒め称えた上で最近の横浜の中華街の様子を訪ねるが、周大人は浮かない顔。
客である日本人が全く文句を言わないのをいいことに、粗悪な素材ばかり使われ、それを化学調味料でごまかすような料理がはびこってしまっている*4
こんな有様なので、今の中華街に本物の味を求めに行くなどは失望のタネにしかならないというのが周大人の評価だった。

ただそんな中でも希望があり、老舗の「聘賓樓」が改装し、本格的な飲茶を楽しめるようになったという。
雄山も、飲茶は知っているが本格的なものは中国か香港にでも行かないと楽しめないと思っており、関心を示したのを見た周大人は飲茶の会に案内を買って出て、雄山はこれに乗った。
もちろんこれは周大人、ひいては山岡の策略であった。とはいえ、成功の確信があるわけではないようである。


そうこうしているうちに、陳副主席は日本にやってきた。日本政府首脳も首相をはじめ、下にも置かぬ歓待ぶり。
大原社主も焦って電話で山岡を問い詰めるが、山岡の返事も要領を得ず、あげくに電話をガチャ切りされてしまった。
大原も苛立ちを隠せないが、今となっては山岡に頼る以外の方法はなく、頭を抱えるほかなかった。



さて一方の雄山である。
聘賓樓に飲茶をごちそうになるべく、いつものベンツで乗り付けた雄山。
当日は在日華僑が集まって飲茶を楽しむ会が開かれているようで、中国系の客が大半。雄山はいわばお相伴役であった。
とはいえ、特別ゲストとして招かれたのであるから雄山も悪い気はしない。
唯一、会場の隅に取材に来たという東西新聞社の二人…山岡と栗田の存在は気にしたが、流石に雄山もこの場は空気を読んだ。


さて、飲茶と、点心が登場する。登場人物(主に雄山)の食レポと共に解説していこう。


鮮粉果

透き通った衣でカニの卵を包んだ蒸し餃子。

上品でこくのある味だ………

蜂巣茘芋角

八つ頭を潰したもので皮を作り、具を包んで揚げたもの。

シャクシャクした歯ざわりで、また中の五目の具が見事に調和して………

魚翅餃

フカヒレのギョウザ

もどしも完璧、スープも極上、フカヒレのぎょうざとは豪華極まる。

魚片粥

黄魚というイシモチの一種の白身魚の薄切りの入った粥。

ああ、この香菜の香りがたまらない。

*5汁蒸排骨

中国風の納豆豚肉を一緒に蒸したもの。なおこれだけ東西新聞の二人が食レポを担当。

これは、日本でいえば大徳寺納豆ね。

この風味が、豚肉の味をぐんと高めている。

三星醸焼売

三色シュウマイ。

一つ一つ、上に乗っているものが違うんですな。焼き豚にシイタケに、鶏肉か……これは楽しい。

芝麻球

ここから甘いもの。餡を生地で包んでゴマをまぶして揚げたもの。

ホフホフ熱い…周りに白ゴマをまぶし、中身が黒ゴマのあんとは……実に妙なる味だ。

果容紫*6葉角

半透明の白い肌の餅に餡を入れ、青じその葉で包んだもの。中の餡はココナッツ、金柑、スイカの種、冬瓜の砂糖漬けなどが練り合わされている。

いやはや、中国人の想像力には感服する。よくもまんじゅうのあん一つに、それだけの物を……




いずれの点心も、雄山は食レポと共に大絶賛。
これまで食レポをすることはあっても、散々こきおろしたり、あげて落とすのが通例の初期雄山がここまで褒め称えることなどそうあるものではない。


すると、周大人はこの点心を作ったコックの腕を尋ねる。
雄山の評価は、中国本土でも香港でも第一級の地位を与えられるというものであった。
すると周大人からお願いが始まる。


実は、このコックが先生のところの美食倶楽部に憧れておりまして、一度美食倶楽部のお料理をいただきたいと申しているのですが…

よろしい、これほどの腕前の調理人なら会員の紹介などいらない、私が直接招待しよう。

雄山も、高い技量を持った料理人には敬意を持っている。これだけの飲茶をごちそうになった雄山は、快くその調理人を招待することを約束した。


そして、飲茶を作ったコックが挨拶に現れた。
その人物はコック帽をかぶり、調理服に身を包んではいたが、雄山もその顔を知る人物…紛れもなく中国の陳永隆国家副主席だった。
さしもの雄山も驚きを隠せない。

陳は自ら雄山に歩み寄り、雄山も料理への賞賛で応える。
私も先生のところのお料理が素晴しいとうかがっていますが…………
ぜひ、おこし下さるようにお願いします。
それは光栄です。ありがとう。

固い握手と共に約束をかわす雄山と陳副主席。

とはいえ、雄山も中国人が体面を重んじること程度は知っている。
まだまだ続きを作るために調理場に去ろうとする陳に、台所に立つことを不思議に思い聞いてみたが、陳の回答は快いものだった。

料理は、私のたった一つの趣味なんですよ。
それに中国人の男は恐妻家が多いですからね。表では威張っていても、帰るとめしたきから洗濯までやらされてる亭主はけっこう多いんですよ。

元々両親が横浜で中華料理店を持っていたこともあってか、陳自身の趣味は料理であった。
しかし、副主席として多忙な陳は普段から料理ばかりしているわけにも行かず、趣味ができないことにも欲求不満であった。
そんなわけで、陳副主席に対する在日華僑の歓迎会は、「本土から離れて、幼少時代を過ごした横浜でハメを外したい!!」という陳副主席の希望で「陳副主席の飲茶を食べる会」と言う趣向で開催されていたのだ。
山岡は、その会に雄山を連れてくることで、料理人としての陳副主席を認めさせるという作戦を採ったのである。

雄山も陳を招くことに一切の妥協や不満はなく、心から陳を歓待することとしたのだった。
ただ、「これも士郎の策略」と気づいたとき、初めて少しだけ渋い顔をしたのだった。
そんな雄山と、申し訳なさそうな栗田を尻目に、山岡は飲茶に舌鼓を打っていた。


その後、接待は無事に終了し、東西新聞社を訪れた星村外務大臣に山岡は大絶賛される。
そこで星村外務大臣は自分もちょっと料理に自信がある、お礼に手料理を振舞いたいと言い出すが、大原社主は記者会見の予定をでっち上げて応接室から脱出しようとする。
星村外務大臣の得意料理は豚肉二枚であずきのこしあんをはさんで揚げた、あんこトンカツで、山岡と栗田も社主と共にその場を逃走したのだった。



余談

雄山はこれまで様々な料亭などに接待を受けながら、本職の料理人の料理も容赦なく酷評し、大人げない対応をしている。後期は多少は落ち着いてくるが、8巻の時点ではまだまだその辺り横暴であった。
おそらく、今回も点心が大したことのない物であれば、取り繕うことなく酷評し、美食倶楽部への招待など絶対にしなかったことだろう。
下手をすれば日中外交にもっと大きなひびが入ったかもしれないが、周大人が彼の料理の腕まで保証したのだろうか。

そして、雄山は単なるお遊びの料理だからと言うことで味に関しては妥協を許すタイプではないし、雰囲気に惑わされて味の評価を見誤るような人物でも無い。
料理そのものは点心としては特に目新しくない(個別の料理は雄山も知らなかったようであるが)既存の料理であるが、ただレシピをまねて作っただけでは、雄山に簡単に見透かされてしまうことだろう。
にもかかわらず、これほどまで雄山に認められたと言うことは、陳副主席の料理の腕はまごうことなき本物だったと言うことである。
あくまでも趣味の範疇、しかも副主席としてたまにしか料理ができず、ほとんど練習もできていないと推測される状況でありながら雄山をうならせる腕をもつ陳副主席の料理の腕はシリーズでも屈指のものといえるかもしれない。


なお、オチ担当のあんことんかつは実際に出す店もある。
意外と評価する声もあるので興味がある方は店を探して食べてみよう。建て主は味は保障しない。


ちなみに単行本8巻の目次ページのカットイラストは本編から引用した「コック帽をかぶった陳副主席」であり、ちょっとしたネタバレになっている。





建て主……建て主は体面を重んじると聞いています。追記修正を求めるなどとは……

項目建ては、私のたった一つの趣味なんですよ。
それに建て主は結構穴が多いですからね、建て主だなんて威張っていても立て終わると「あっしまった」なんて言ってる建て主は結構多いんですよ。


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最終更新:2022年06月12日 09:33

*1 ミスタードーナツが飲茶を始めたのが1992年である。

*2 仲介する者があったと言うことなので、誰か会員のご相伴にあずかったと思われる。

*3 余談だが、ボート部であるためか大原社主自身古泳法の達人という側面を持つ。

*4 第2巻収録の「手間の味」で示した問題点そのものであり、第9巻「食べない理由」でも中華料理嫌いの食通が化学調味料だらけの中華料理の問題を指摘している。

*5 正しくは豆偏に支。

*6 正しくは木偏に紫。