手先の美(美味しんぼ)

登録日:2023/02/08 Wed 00:01:54
更新日:2023/02/10 Fri 05:13:22
所要時間:約 8 分で読めます




概要


『手先の美』は美味しんぼ7巻に収録されているエピソード。
同作に度々登場するフリー写真家、荒川精作の初登場回である。


あらすじ


ある日、東西新聞文化部に、写真家の荒川が撮影にやってきた。
前日に来ることは告げられていたのだが、仕事中の姿を撮影したいという希望に伴い、普段通りの仕事の様子が撮られることになった。

そんな中、荒川は一人の女性に目を止めた。文化部員の田畑絹江である。

荒川は電話を置いた田畑に声をかけ、展覧会への招待状を送る。どうみても田畑に特別な感情を抱いているのはバレバレだった。
茶化す栗田や花村に田畑は釘を刺すものの、写真展「働く人の写真展」に足を運ぶ気にはなった。

写真展当日、田畑・花村・山岡・栗田も観客の中にいた。田畑に声をかけて顔を赤くする荒川。

さて、荒川は料理人の料理の写真を撮るのも好きだったが、山岡と栗田が「究極のメニュー」担当者だと知ると、最近料理について気になっている話を持ち出した…

主な登場人物


〇山岡士郎

本作の主人公。
彼でも荒川の違和感の原因はすぐには分からなかったが、原因を掴むと荒川の違和感を補足説明した。

〇栗田ゆう子

本作のヒロイン。荒川の違和感の正体を最初に声を出して指摘した。

〇荒川精作

本話の中心人物で写真家。写真家としての力量は確かなもので、レンズを通して山岡ですら気づかない違和感を敏感に感じ取ってしまうほど。
後に田畑と結婚した*1
本話の段階から田畑に惚れているのが見え見えなのだが、実は料理の話題と恋の進展はあまり関係がなかったりする。

〇田畑絹江

文化部のお局様だが、仕事に関する能力も確かであり、後に副部長*2になっている。
本話の時点では、まだ荒川からのアプローチに気づいているという感はない(好印象は抱いている)。
同じく7巻収録の「ボクサーの苦しみ」で荒川の大分迂遠なプロポーズを受け入れ、後に結婚して「荒川絹江」となった。

〇花村典子

文化部のお局様その2。
山岡のおかげで恋人を見つけることができた*3人物だが、本話では賑やかしの域を出ない。




あらすじ以降のお話の流れ(ネタバレ注意!!)


荒川が気になっていたのは、寿司職人の写真を撮ろうとして感じた違和感だった。

寿司職人の写真を撮ろうとしていたが、どうにも握る姿が美しい写真がないのだという。
肉眼では気にならなくとも、レンズを通してしまうとそうはいかない。
最近は今まで旨いと思っていた寿司がまずくすら感じてしまうほど。
山岡もすぐには原因が分からない。

そこで、荒川は山岡や栗田と一緒にガイドブックに載っている寿司屋でまだ行っていない所を巡ることにしたのだった。
荒川は田畑にも下心見え見えで同行を求め、結局文化部の4人でついて行くことになった。


さて、最初に行ったのは銀座の「寿司八」。いかにもな高級店である。
愛想も良く、荒川の写真撮影の申し出にも快く応じてくれた。

①左手でタネを取り、右手で酢飯を掴む。
②タネに右手でワサビを付ける。
③タネに酢飯を載せる。
④余分な酢飯を切り離す。
⑤タネにシャリを押しつける。
⑥改めて余分なシャリを外す。
⑦整形する。



寿司そのものは非常に美味しく、ガイドブックで誉めるだけの腕前はある。山岡も特に文句をつける素振りはない。
だが、荒川は握る姿がどうにもお気に召さない。
元気をなくした荒川は、2種類だけ食べて出てしまった。


次は神田の下町のような所にある「鳩寿司」。常連の客と親方は話が盛り上がっているようだ。
山岡は全員にヒラメを握ってもらった上で、荒川は写真撮影を申し出るが、「うちは見世物をやってるんじゃない」と言って断ってしまった。

そしてヒラメを握ると、「おい」の一言で呼びつけた弟子に寿司を出させた。
だが、こんな横柄な行為には山岡も荒川も激怒。
荒川は騒がせ賃として金を多めに置き、食べもせず、釣り銭ももらわずに出てしまった。

単に撮影拒否するならともかく、自分で寿司を客の前に置こうとせず、下働きに出させる。
しかも、特別に広い店と言うわけでもなく、一、二歩足を踏み出せば済むことでもあった。
常連客と話すこと自体は立派なもてなしではあるが、だからといって他の客をこんな悪し様に扱うのが仕方ない理由にはならない。



「寿司ってのは職人が素手で握ったものを食べる側が素手でとってそのまま口に入れる。
作る側と食べる側が、いわば、裸のふれあいを通して心が通い合うところに寿司の素晴らしさがあるんだ。
握った人間が客の前に心を込めて、どうぞと出した時に初めて寿司に心が入るんだ。
それを下働きに持たせて寄こすような横暴な事じゃ仏作って魂入れずも同然だ、これじゃカウンターに座った意味がない。」



さて、ガイドブックに掲載されている店は尽きてしまった。ほとんど食べていない文化部の面子は既に空腹である。

山岡は心当たりのある店として浅草の「みやこ寿司」を話題に出す。
ガイドブックに出ていないはずのない名店だ。
荒川はガイドブックに出ていないと言うが、よく見るとガイドブックが落丁本であることが発覚。
山岡としても特別「握る姿が美しいから」という理由で推薦したわけではないようであるが、クレーマー体質の山岡が真っ先に挙げるほどの名店であることは間違いない。


みやこ寿司の親方は山岡とも知り合いであり、山岡の来店はけっこう久々だったようだ。
毎日通って常連になっても特別扱いはしないが、たまにしか来ない山岡も大事にすると笑って言う親方に一同は安心するのだった。

さて適当に握ってもらい、荒川の写真撮影にも快諾があった。

①左手でタネをとり、右手で酢飯を掴む。
②タネに右手でワサビを付ける。
③タネに酢飯を載せる。
④タネにシャリを押しつける。
⑤整形する

「美しいっ!!はじめてだよ、握る姿が美しいのを見るのはっ!!」

荒川が反応してシャッターを切りまくる。


みやこ寿司の親方の握り方に反応したのは荒川だけではなかった。栗田もなぜか他と比べて品の良さを感じるのである。
横柄な鳩寿司はともかく、愛想のよい寿司八と比べてもはっきりと品がいいと感じるのだ。
キョトンとする親方だったが、山岡の求めに応じて再度握る。


栗田が気づいた。

「ああっ待って!! そうか!! ここの親方はご飯をちぎらないわ!!」
「食べるものなのにちぎっておひつにすてる動作が、ものすごく汚らしく嫌な感じを与えるんだよ!」

そう、寿司八も鳩寿司も他の寿司屋は握るときに酢飯をタネに載せたあと、酢飯をちぎって捨てて整形していたのだ。
いくら美味しく、形よくするために必要であると言っても、食べるものをちぎって捨てると言う行為は、目の前で見ていて気持ちのよいものではない。

親方が改めて握りを実演する。

タネによって、タネの大きさは変えてある。これは味わいのために当然である。
それでできあがりを皆同じ大きさにするにはタネの大きさに合わせた酢飯の量でなければならない。
その調整をどこでするか。

親方は、左手でタネを持った瞬間に右手が反応して、合った量の酢飯を掴んでいるのだ。それが全く正確なので、ちぎって調整する必要が皆無なのである。
他の職人はそこまでの腕はなく、あらかじめ多めにシャリを取った上で判明した余分なシャリを捨てるというわけである。
余分なシャリとしておひつに戻されたシャリは不必要にいじり回されることとなり、結果的に味まで落ちてしまう。
握る姿の美しさは、単なる見た目ではなく、味にも繋がっていたのだ。

もちろん、荒川もそこまで理屈が分かっていたわけではない。
だが、荒川は写真家としての感性で、山岡ですら言われなければ分からないような違いを感じ取っていたのだ。

親方を絶賛する荒川に、親方はニコニコしながら「そんなにほめたって勘定は安くならないよ。」と対応。
しかしその言葉もイヤミさを感じさせず、場を和ませるのであった。


さて、荒川は後日、東西新聞社で撮った近来の自信作という写真を持ってきた。
電話をしながらメモを取る荒川と、奥でグースカ居眠りをする山岡が見事なコントラストになっている。

荒川はこれを田畑に顔を赤らめて渡すと、田畑も顔を赤らめてそれを受け取るのだった。
通りかかった山岡が写真を見ようとすると、田畑の引き立て役にされた山岡を隠すべく荒川は田畑を連れてトンズラするのであった。


余談


みやこ寿司


本話で登場したみやこ寿司は、後日106巻「偉大なる名人・名店 美家古寿司」で実在する「辨天山美家古寿司」として登場*4、江戸文化の(すい)である「(いき)」をしめす名店として紹介されている。
「手先の美」当時の親方*5は既に死去していたが、息子である五代目の内田正さんが登場。
寿司ダネの見事な仕込みと、当時の親方同様、酢飯を捨てることなく握る妙技を見せた。

また、93巻「マグロのすごさ」ではマグロの真髄を示し、また107巻「偉大なる名人・名店 寿司金」で驚嘆すべき包丁や握りの技術を持つ店として紹介された四谷荒木町「寿司金」の秋山弘さんも実在凄腕職人の1人である。*6
こちらに至っては「海原雄山お気に入りの店」という凄すぎる設定まで与えられている。

いずれも実在のお店なので、財布と相談の上で行ってみるのも一興かも知れない。
ただし店の雰囲気を壊すような真似は厳に慎むように。

捨てシャリ

握る際に酢飯を捨てることについては、『将太の寿司』でも扱われ、将太が捨てシャリをせずに握る技術を身につけるシーンがある。
ただし、こちらでは握る姿形の美しさと言うよりは「早握り勝負のために、捨てる手順を省くことでより速く握る」ことが目的であった。
また経験の少ない将太は炊く前の米は正確な量を掴み取れたものの、べとつく酢飯は思うようにいかなかったため、手酢*7を用いて手と酢飯の温度を極力近づけることでべとつきを減らし、正確な量をつかみ取れるようにしている。


寿司のマナー

山岡は食べる側が素手で食べることを前提にしているが、カウンターの寿司屋で握り寿司を素手で食べるか箸で食べてもよいかは実はかなり意見が分かれている。
素手で食べるべきだという主張もあれば、改まった場所では箸の方がよい、穴子のように手が汚れやすいものは箸でも良いなど様々な意見がある。テレビでマナー講師同士が言い合いしていたことすらある。

最近は手でも箸でも良いという考えが主流になってきているようであり、他人にその辺の考えの違いでマウントを取らないことが大事である。




「ああっ待って!! そうか!!
この項目は追記修正されてるわ!!」
「せっかく名エピソードの項目なのに建て主の主張ばかりで追記修正されていないのが、ものすごく鬱陶しく嫌な感じを与えるんだよ!」

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最終更新:2023年02月10日 05:13

*1 アニメの最終回は、荒川と田畑の結婚式を扱った27巻「究極の披露宴」である。

*2 106巻収録「偉大なる名人・名店 総持院」。

*3 3巻「醤油の神秘」。

*4 本話のみやこ寿司と同一であることは作中で明言されている。

*5 作中では氏名は出なかったが、四代目の内田栄一さんという。

*6 なお、『将太の寿司』にも「寿司金」という悪徳寿司屋が出てくるが、全く違う店なので要注意。

*7 寿司を握る際に手に酢飯がつかないように手をひたすための酢。