ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1009 言えなかった事
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ankoss
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『言えなかった事』
一、
女はテーブルで新聞を読みながら、朝食を取っていた。
「むーしゃ、むーしゃ…しあわせぇぇぇぇ!!!!」
その足下にいるゆっくりが歓喜の声を上げる。
バスケットボールほどのサイズに、比較的綺麗な黒髪。頭と揉み上げの部分に結われている赤いリボン。もちもちした皮
に、ほんのりと赤く染まる頬。表情はなぜか自信たっぷり。口は閉じていても笑みを浮かべているように見える。
どこにでもいる普通の成体ゆっくりだ。そのゆっくりが顔を突っ込む餌皿には、大きな文字で“れいむ”と書いてある。
女はコーヒーカップを口から離すと、手を伸ばしてれいむの頭を軽く撫でた。
「ゆ…ゆぅん…」
全身を震わせて、れいむが気持ちよさそうな表情を浮かべる。女はれいむの満足そうな顔を見て小さく笑うと、
「れいむ。今日はお休みだから一日中一緒にいられるよ。何して遊ぼうか?」
問いかけながら、れいむの柔らかい両の頬をそっと手の平で包みテーブルの上に持ち上げる。れいむは、女の顔を見つめ
ながら、
「ゆっ!ゆゆぅん…」
何か言いたそうに女の顔をちらちらと見る。女は少しイタズラっぽい笑みを浮かべると、
「クスッ…れいむったら…また、あのまりさに会いたいのね?」
「そ、そんなことないよっ…」
女はれいむをテーブルの上に乗せたまま立ち上がると、空になった食器を流し台へと持って行った。水道の蛇口に手をか
ける。そして、れいむに向き直ると、
「食器を洗い終わったら行きましょ?お散歩」
れいむが飛びあがって喜ぶ。そして、狭いテーブルの上をぴょんぴょんと跳ねまわり始めた。女はその様子を見て、
「ちょ…れいむ…っ!危ないよっ!」
注意を呼び掛けたが、時すでに遅し。れいむはテーブルの下に後頭部から落下した。慌てて駆け寄る女の胸にれいむが飛
びこむ。
「うっかりーー!!!」
女はれいむがケガをしてないことを確かめると、一瞬だけ笑顔を見せたが、すぐに人差し指でれいむの額を小突いた。
「ゆ゛」
れいむが短く声を出す。それでも、れいむのニヤケ顔は止まらない。女もそれを見ておかしくなってきたのか、
「もう…テーブルの上でジャンプしちゃだめ、って小さいときから言ってるでしょう?ケガしちゃっても知らないよ?」
半ば笑いながら、れいむに注意を促す。れいむはぺろりと舌を出すと、
「ゆっくりごめんなさい!」
そう言って、女の腕からするりと抜けると、ぴょんぴょん跳ねながらベランダへと出て行った。そして、眼下に広がる
路地を見下ろす。女はれいむの後姿をぼんやりと眺めていた。れいむは、そこから一歩も動こうとはしない。
「ふふっ…恋は盲目、ってああいう子のことを言うんだろうな」
女が呟く。少し大げさに肩でため息をつくと、洗い物の続きに取りかかった。
ある日、女が洗濯物を取り入れるためにれいむと一緒にベランダに出ていたら、れいむが突然動かなくなった。女が洗
濯かごを部屋の中に放り出し、フェンスで囲われているベランダの張り出しに乗っていたれいむを揺すると、れいむの小
さな口がそっと動いた。
「あのまりさ…すごく…ゆっくりしてるよ…」
れいむの目はただ一点を見つめて動かない。女は、れいむの視線の先へと目を向けた。
電柱の陰に、大きな黒い帽子をかぶったゆっくりがいた。これまたどこにでもいる、普通の汚れた野良まりさだったが、
れいむの目には美ゆっくりに映ったのだろう。れいむは、その野良まりさの動きを目で追うたびに、頬を赤く染めていった。
恋する乙女のような表情を浮かべるれいむの横顔に、女は提案した。
「…下に、降りてみる?」
「ゆ?!」
「かわいい…?かっこいい、んでしょ?あのまりさが」
「ゆ…ゆゆっ!おりなくていいよっ!!」
女が首をかしげる。
「あら…どうして?」
れいむは器用に両方の揉み上げで目を覆いながら、
「は…はずかしくてゆっくりできないよっ!!!」
そう言って、部屋の中へとぴょんぴょん戻って行った。そのときのれいむの声に反応したのか、野良まりさがベランダ
にいる女を見上げている。女がそれに気付いて手を振ると、野良まりさは電柱の陰に隠れてしまった。
「あらら…ふられちゃったか…」
恋の話や噂が大好きな女は、この出来事をダシにれいむを何度もからかった。もちろん、れいむをその気にさせよう、
という企ても含まれていた。女はれいむにゆっくりの友達を作ってあげたかったのだ。もちろん、女が飼うことになるの
だがちゃんと世話をする気でいた。
洗い物を終えた女が服を着替えながら、
「あの子もあれでいて寂しやがり屋さん、だからなぁ…」
いつだったか女が帰宅したとき、玄関に入ってすぐの場所でれいむが泣き疲れて眠っていたことがあった。確かにまだ
成体ゆっくりにはなっていなかったが、子ゆっくりぐらいのサイズがあったにも関わらず、だ。女がれいむを抱き上げ、
視線を合わせると、れいむはぼろぼろ泣きながら腕や胸に頬をすり寄せた。そのときの、
“おねぇさぁん…さびしかったよぉ…ゆぅん…ゆぅん…”
と泣いていたれいむの表情が頭に焼き付いて離れない。
着替えを終えた女に、れいむが申し訳なさそうな顔で尋ねてくる。
「おねえさん…ほんとうに…いいの?」
れいむは長い時間、女と過ごしていたから理解している。自分が女に世話をしてもらっているということを。女は、れ
いむに“まりさも一緒に暮らせばいい”と言ってくれた。それはれいむも嬉しく思っているのだが、そのせいで女がゆっ
くりできなくなったらどうしよう…とも考えていた。
「何が?」
女はきょとんとした顔でれいむを見下ろす。
れいむは何も答えない。
女がれいむの前にしゃがみ込む。
「お姉さんに任せなさい。れいむの初恋、私が必ず叶えてあげるから。ね?」
れいむは思わず瞳を滲ませた。女はれいむの涙目には気づかなかったフリをして、れいむを抱き上げた。玄関へと足を
運ぶ。
女はれいむを静かに床に下ろすと、鼻歌を歌いながら靴をはき始めた。れいむは女の背中に自分の顔を押し付けて、ぽ
そりと呟いた。
「おねえさん…ゆっくり、ありがとう」
野良まりさはすぐに見つかった。
女とその隣を跳ねていたれいむが、足とあんよを止める。れいむは既に茹で饅頭状態になっており、女のロングスカー
トの後ろに隠れてしまった。
(まったくもう…)
女がため息をつく。野良まりさは、女の顔をじろじろと見ている。顔を45度傾けたその姿からは、女がおかしな素振
りを見せればすぐにでも逃げ出そうという意思が見て取れる。女も野良まりさに警戒されていることに気付いたのか、そ
れ以上歩み寄ろうとはせず、ただ一言。
「ゆっくりしていってね!!!」
人通りがないとは言え、大きな声で“挨拶”をした。野良まりさは反射的に、
「ゆっくりしていってね!!!」
挨拶を返す。
笑顔を絶やさない女に、野良まりさの警戒心も少しは和らいだのか、
「ゆっ!まりさはまりさだよっ!!!」
聞いてもいないのに、自己紹介を始めた。
「おねえさんはゆっくりできるひと?」
女からの自己紹介を待たずに、自分の疑問をすぐにぶつけるあたりが、いかにもゆっくりらしい。
女はわざと考え込むような表情を浮かべ、
「どうかなぁ…?ゆっくりできない人かも?」
少しだけ、冷たい視線で野良まりさを見つめる。野良まりさは、再び警戒心を剥き出しにして威嚇を始めた。眉を釣り
上げ、口の中に空気をためて頬を膨らませる。この状態でどうやって喋っているのかは謎だが、
「ぷくぅぅぅぅ!!!ゆっくりできないおねーさんはどこかいってね!!!まりさ、おこってるよっ?!」
女にけたたましい声を浴びせる。
すると突然、れいむが女の後ろから飛び出してきて野良まりさを睨みつけた。威嚇こそしていなかったものの、
「おねえさんはゆっくりできるひとだよっ!!!おねえさんにゆっくりあやまってねっ!!!」
野良まりさに向かって怒鳴り声を上げた。
それが、れいむとまりさの出会いだった。
野良まりさは、れいむを見つめたまま動かなくなった。
初めて見たのだ。
鮮やかな赤いリボン。綺麗な黒い髪。傷も汚れもない整った顔立ち。淀みのない瞳。
野良として生きてきたまりさが、これまで見たことのないような美ゆっくり。自分を睨みつけるれいむの強い眼差しに、
野良まりさは一瞬でその心を射とめられてしまった。
「ゆっくり…ごめんなさい…」
簡単に謝った野良まりさに、一瞬だけれいむは呆気に取られてしまった。
直後、れいむの顔中が真っ赤に染まる。
目の前にいるのは、好きになってからずっとベランダで盗み見ていた憧れのまりさ。
大きな黒い帽子。陽光に照らされキラキラと輝く金髪。顔の小さな傷や汚れは人の手を借りずに野良で生きてきた証。
(…ゆ…ゆぅん…やっぱり…すごく、ゆっくりしてるよぅ…!)
れいむにはそれ以上野良まりさを直視することができない。
野良まりさが、れいむの元へと近寄ってくる。れいむは隠れなかった。というよりも、動けなかった。
「ゆっくりしていってね!!!」
野良まりさが、頬を赤く染めながられいむに向かって挨拶をした。
「ゆっくりしていってね!!!」
れいむが挨拶を返す。
「まりさはまりさだよ!」
「ゆっ!れいむはれいむだよっ!!」
自己紹介を終えた二匹のゆっくりはすぐに打ち解けた。まだ、互いの頬をすり寄せたりすることはしなかったが、二
匹は長い間おしゃべりをしていた。女はその二匹の様子を眺めて穏やかな笑みを浮かべている。
れいむは、女と過ごした幸せな日々を。野良まりさは、野良ゆっくりの生活を冒険譚のようにして語る。
女は内心、少しだけ嫉妬していた。
れいむのあんなに輝いた瞳を、女は見たことがない。普通のゆっくりと比べれば口数の多いほうではないれいむが、
今日は矢継ぎ早に言葉を紡いでいる。それだけ、野良まりさとのおしゃべりが楽しいのだろう。
「二人とも」
女が二匹に声を掛ける。れいむと野良まりさが振りかえる。
「お昼ごはんの準備をしないといけないから、おうちに戻りましょ?」
野良まりさは、本当に残念そうな顔で俯いた。れいむは、野良まりさの顔をちらちらと見ている。
「まりさも、うちに来る?」
文字通り、目を点にして女を見上げる野良まりさ。れいむは、その場でぴょんぴょん飛び跳ねながら、
「まりさっ!おねえさんのつくるごはんさんはすっごくおいしいんだよっ!!」
「でも…まりさは…」
「ご飯を食べ終わったら、ここに帰ってくればいいわ。一緒にご飯を食べるくらいなら、構わないでしょう?」
女の言葉に、ちらりと野良まりさがれいむに目を向ける。れいむは、満面の笑みで野良まりさに応えた。野良まりさ
は、
「ゆっくりりかいしたよっ!まりさ、おなかぺこぺこだよ…っ!」
「ゆっくり~~~~~!!!!」
野良まりさの承諾にれいむが高くジャンプして歓声を上げる。女はにっこりと笑うと、
「それじゃあ、行きましょう」
アパートへと向かって歩き出す。れいむと野良まりさは、その後ろをぴょんぴょん飛び跳ねてついてきた。
二、
「やめてねっ!!まりさのおぼうしさんかえしてねっ!!!ゆっくりできないよっ!!!!」
帽子のない野良まりさが、床の上でぴょんぴょん飛んで抗議をしてくる。お下げもほどかれており、ゆっくり同士で
は野良まりさをまりさ種と判別できるものはいないだろう。ちなみに、帽子は女の手の中だ。
「ゆああああああん!!!!れいむとおねーさんのうそつきぃぃぃ!!!!!ゆっくりしたいよーーー!!!!」
泣き叫ぶ。
れいむが野良まりさの元へ駆け寄る。
「ゆっ!まりさ、あんしんしてねっ!おねえさんはまりさのおぼうしさんをあらってくれようとしてるだけだよっ!」
「ゆぇ…?」
泣き止む。
女は、野良まりさの帽子に結ばれた白いリボンを丁寧にほどくと、帽子と一緒に洗濯機の中に入れた。帽子が視界か
ら消えた野良まりさは、不安で不安でたまらない。女が洗濯機を回し始める。何やら水が大量に流れる音と、ゆっくり
できなさそうな音が聞こえてきた。
「う…うわああああああ!!!!」
野良まりさが、洗濯機に体当たりをする。
「まりさのおぼうしさんっ!!!おぼうしさんっ!!!やめてぇぇぇぇ!!!!」
慌ててれいむが野良まりさを制する。
「まりさっ!ゆっくりおちついてねっ!!!」
大きな声で叫ぶ。まりさは、ぼろぼろと涙を流しながら唇を噛み締めている。
「だって…まりさの…おぼうし…ゆぐっ…ひっく……」
「れいむの、おりぼんさんもおねえさんがきれいにしてくれたんだよ!」
「ゆゆっ…?」
女は二匹のやり取りを聞きながら、少し大きめのタライにぬるま湯を注いでいた。このタライは、れいむ専用のお風
呂である。女が、未だ涙目の野良まりさを連れてくるよう、れいむに促す。れいむは、野良まりさを風呂場へと誘導し
た。
ハーフパンツ姿の女が風呂場のタイルに膝をつき、白い腕をタライの中に入れている。
「おいで」
女に促され、れいむに背中を押された野良まりさが恐る恐る風呂場へとあんよを踏み出す。女はそっとまりさを抱き
上げると、仰向けにして小さな台の上に載せた。野良まりさは、これから何をされるのかがわからずぶるぶる震えてい
る。
「髪を洗ってあげる。動いちゃダメよ?」
そう言って、野良まりさの金髪をタライのぬるま湯に浸す。れいむの嬉しそうな表情が野良まりさの視界に入った。
「おねえさんの、しゃんぷーさんはすっごくきもちいいんだよっ!!」
楽しそうなれいむの声に、野良まりさも少し落ち着きを取り戻したのか、女の顔を見つめる。女が微笑みを返す。
女の細い指がそっと野良まりさの長い金髪に入り込む。ほんのりと暖かいぬるま湯の熱気が心地よいのか、野良まり
さの表情が少しだけ緩んだ。
「ゆ…ゆぅん…」
女は手にシャンプーの液を垂らすと、慣れた手つきで野良まりさの髪を洗い始めた。野良まりさの顔に湯の一滴もか
からないよう、繊細な指さばきで洗髪を進めていく女。
ある程度洗い終えると、女は野良まりさの髪についた泡をシャワーで流して行き、それを二度ほど繰り返す。野良ま
りさはとてもゆっくりした表情を浮かべていた。その顔を見ていると、れいむの方も楽しくなってくる。
次に、女はお湯に浸していたタオルを取り出すと、それを強くしぼった。十分に水気が取れたのを確認すると、それ
を野良まりさの頬に当てて、ゆっくりと動かし始めた。
「ゆっ…ゆっく…ゆ…」
野良まりさは、温かいタオルのぬくもりに顔を緩ませようとするが、女の手の動きでそれを遮られる。野良まりさの
顔についていた汚れは、すべてタオルで拭きとられた。
再び抱きかかえられた野良まりさが、マットの上にちょこんと降ろされる。
「れいむ…っ」
ようやく自由になったと思い込んだ野良まりさが飛び出そうとするが、女によってかぶせられた白いバスタオルで再
び拘束された。バスタオルで視界を奪われた野良まりさは、動きを止めて、
「れいむっ?れいむぅ?どこぉ…?」
なんとも情けない声を出す。女は野良まりさの皮を傷つけないように、濡れた髪を優しく拭いていく。ようやく視界
を取り戻した野良まりさは、女の方に振りかえると、
「もう…うごいていいの?」
「これで最後だよ」
そう言うと、女はドライヤーを取り出し弱い温風を野良まりさの髪に吹きつけた。女が野良まりさの髪の毛に指を潜
り込ませてみる。野良まりさの髪は、まるで絹糸のように女の指を滑り落ちた。それに満足した女は、ドライヤーを片
付けると、
「はい、おしまい。それじゃあ、お姉さんは皆で食べるご飯を作るから、れいむと向こうで遊んでてね」
「ゆっくりりかいしたよっ!!」
「まりさぁ、こっちにきてねっ!」
隣の部屋かられいむが嬉しそうに野良まりさを呼んでいる。
女が昼食の準備を始める。その途中、洗濯機が止まったので野良まりさの帽子とリボンを物干し竿に移動させた。
二匹は、風でゆらゆらと揺れる帽子とリボンを見つめながら、おしゃべりを続けていた。
「れいむも、おねえさんのおうちにはじめてきたひに、いまのまりさみたいにしてもらったんだよ」
懐かしそうに、目を細めながられいむが語り出す。野良まりさは、そんなれいむの横顔をぼんやりと見つめていた。
飾りを奪われたと勘違いしてお姉さんに体当たりまでして抵抗したこと。
抱き上げられるたびに、あんよが床から離れるのが怖くて大泣きしたこと。
「でも、すぐにおねえさんがやさしいにんげんさんだ、っていうことにきづいたんだよ」
今度は少しだけ恥ずかしそうな表情になる。ころころと変わるれいむの表情を見て、野良まりさは胸の高鳴りを感じ
いた。いつのまにか、れいむから視線を離すことができなくなっていた。気づかれたらどうしよう。そう思いながら、
それでも、野良まりさはれいむを見つめていた。
「ご飯、できたわよー。二人とも、こっちにおいで~」
れいむと野良まりさは、お互いに顔を見合わせるとテーブルのある部屋へと向かってぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ゆ…ゆゆゆゆゆゆ?!!」
野良まりさが目を丸くする。
目の前にある餌皿の中には、オムライスが入っていた。れいむも飛びあがって喜んでいる。
普段はゆっくりフードに一品加えるだけの食事だったが、今日はお客様がお越しになっている。女は少しだけ奮発し
て二匹に美味しい物を食べさせようと考えたのだ。
野良まりさは、これまでに見たことのない美味しそうな食べ物を見て、涎を垂らしている。ちらちらと女の顔を見な
がら、
「お、おねーさん…これ…まりさ…たべても…いいの?」
途切れ途切れに喋るのは、オムライスと女の顔を交互に見ているからだ。女がにこりと笑う。
「いいわよ。ゆっくり食べていってね」
その言葉を聞いた野良まりさは、浅めの皿に盛られたオムライスを一口、ぱくりと食べた。もぐもぐと口を動かす。
直後、野良まりさの顔が輝く。
「むーしゃ、むーしゃ…し…しあわせええぇぇぇぇぇっ!!!!」
まだ口の中にオムライスが残っているものだから、叫ぶと同時に食べかけのオムライスが飛び散る。それをれいむに
たしなめられると、野良まりさは女に謝った。女は、まりさの頭を撫でながら、
「落ち着いて食べていいんだよ。それは全部、まりさのご飯なんだから」
一人と、二匹が談笑を交えながら少し早目の昼食を取る。野良まりさは、皿についた卵の切れっぱしや、ケチャップ
までぺーろぺーろと舐め取ると、一瞬だけ体を震わせた後、
「しあわせえええぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
再び叫んだ。女とれいむは、そんな野良まりさを見ては笑みを浮かべていた。
女が野良まりさの帽子とリボンをベランダから取り込む。野良まりさは、急にそわそわし始めた。女のことは信じて
いる。信じているが、やはり自分の大事なものが他者の手の中にあるという事実は、ゆっくりできないのだろう。
「まりさ」
女が手招きしながら、野良まりさの名を呼ぶ。野良まりさは、ずりずりとあんよを這わせて女の元へとやってきた。
そして、膝の上に乗せられる。女は野良まりさの髪の毛で束をつくると、器用にお下げを作っていった。最後に、小さ
な黒いリボンを結びつける。そして、ようやく野良まりさは帽子をかぶらせてもらった。落ち着いた表情を浮かべる。
「まりさっ!まりさっ!こっちにきてねっ!!」
れいむに呼ばれるまま、野良まりさが女の膝の上から飛び出す。れいむの横には大きな姿見があった。そこにはれい
むの横顔と…
「ゆぁ…」
汚れ一つない綺麗な帽子に、顔。サラサラと揺れる髪の毛。野良まりさは最初、その鏡に映っているのが自分だとい
うことにすら気づいていなかった。
野良まりさも気づいたのだろう。女がとても優しい心を持った人間だということに。
鏡に映った野良まりさがぽろぽろと涙をこぼし始めた。れいむが心配そうに寄ってくる。
「まりさ…?どうしたの…?ゆっくりできない…?」
「ちがう…よぉ…れいむ…ちがうのぉ…」
溢れる涙は止まらない。
「まりさ…すごく…しあわせ、で…うれしくて…なみだが…とまらないよぅ…」
野良ゆっくりの生活は厳しい。常に死と隣り合わせの毎日を強いられる。このまりさも、日々を生き抜くためなら、
どんなことでもやってきた。
ゴミ箱を漁り、泥水をすすり。面白半分で自分たちを殺しにやってくる人間の陰に怯えながら、眠れぬ夜を過ごして
いた。仲間のゆっくりが目の前で潰されるところを何度も何度も見てきた。
女が、野良まりさの頬に伝う涙を指で拭いながら、
「まりさ?あなたが良ければ…ここで、私とれいむと…一緒に暮らさない?」
野良まりさが、無言で女に飛びついた。女とれいむは、その行動を肯定の意として受け取った。
「まりさ!まりさ!!ゆっくりよろしくねっ!」
無言のまま頷く野良まりさ。いや、もう、野良ゆっくりではない。
女と、れいむと、まりさの、ゆっくりした日々の始まりであった。
三、
日中。
女は仕事に出かけている。家の中にいるのはれいむとまりさの二匹だけだ。元々、整頓の行き届いた女の部屋には
ゆっくり二匹がゆっくりするには十分なスペースがあったし、事故が起きるような危険もない。
二匹はフローリングの上をころころと転がったり、どちらがより高くのーびのーびできるか競い合ったりして遊ん
だ。
まりさにとって、一日中ゆっくり過ごすことは何よりも幸せなことであった。まりさの隣には常にれいむがいる。
れいむも時折まりさの方をチラチラと見ては、恥ずかしそうに頬を染めた。
れいむも、まりさも、気づいていた。
お互いが、お互いのことを想い合っているということに。
本当はすぐにでも、けっこんっ!して、赤ちゃんを作って幸せな家庭を築きたいと願っていたが、自分たちの世話
をしてくれる女の前ではその思いを切りだすことなどできない。
美味しいご飯。温かい寝床。ゆっくりした日々。
それはすべて、女からの無償のプレゼントである。二匹はそのことを重々承知していた。だから、決して我がまま
は言わない。
しかし、まりさが女の部屋にやってきて、既に一か月が過ぎようとしている。
(れいむとすっきりー!したいよ…)
(れいむ…かわいくないのかな…?まりさはれいむと…すっきりー!したくないのかな…?)
若い二匹のゆっくりは、絶え間なく溢れだす欲求を抑えるのに必死だった。
ゆっくりの性行為…すなわち、“すっきりー!”は撃てば百発百中。夫婦の愛の結晶が頭に伸びた茎に宿る。
赤ちゃんができることは嬉しい。とてもゆっくりした子供に育ててあげたい。これまで貰った愛情を分けてあげた
い。そうは思うのだが、現実的な問題としてれいむとまりさに食料を集めることなどできない。少なくとも、れいむ
に関してはこの部屋から出たら、次の日には死んでしまうくらい生活能力がなかった。
つまり、赤ちゃんを二匹の力で育てることは不可能なのである。
勝手に赤ちゃんを作って女に嫌われたらどうしよう…という気持ちもあった。
そんなある日のこと。
れいむとまりさが、二匹で仲良くそれぞれの餌皿に顔を突っ込んでいた時、ふとした拍子に互いの頬が触れた。
「「………っ!」」
頬に電流が走るかのような錯覚を起こす。二匹は何も言わなかったが、どちらも茹で饅頭状態になっている。
「れいむ…」
まりさが、れいむの顔を見ずに声をかけてきた。れいむはドキドキしながら、
「な…なに…?」
「れいむーーーー!!!!だいすきだよーーーー!!!!」
そう言って、まりさは滅茶苦茶にれいむの頬に自分の頬をすり寄せた。
「ゆ…ゆゆぅん…っ!!」
まりさの激しく自分を求める頬擦りにれいむの思考回路が停止していく。れいむとまりさは、ふぁーすとちゅっ
ちゅをした。
「れいむ…っ!れいむ…っ!!」
「まりさ…まりさぁぁぁ!!!」
もう抑えることなどできなかった。れいむもまりさも、プロポーズらしいプロポーズはしなかったものの、互い
の気持ちは通じあっていた。何も言わなくとも、二匹はずっと夫婦であったのかも知れない。
「ただいまー…!」
女が玄関の扉を開ける。いつもなら、ぴょんぴょんと駆け寄ってくる二匹のゆっくりが今日は来ない。
「…?」
女は薄暗い部屋に明かりをつけると、二匹を探して部屋を見回した。二匹の姿はない。胸の鼓動が速くなる。
「れいむ?まりさ?どこに行ったの…?」
「お…おねえさん…」
声のする方へ振り向くと、そこには涙目のまりさがいた。その後ろにはれいむと思われる後ろ頭がある。女は安
心して、二匹の元へと歩み寄った。すると、まりさが一歩前に出てきた。女が歩みを止める。女を見上げるまりさ
の頬には涙が伝っていた。
「どうしたの…?」
女が心配そうに尋ねる。まりさの態度もそうだが、さっきからこちらを向かないれいむのことも気になる。
「…ゆっくり…ごめんなさいっ!!!」
「…え?」
まりさが、自分の顔を床にこすりつけて謝罪をした。れいむも泣いているのか後頭部が小刻みに震えている。女
はまりさの頭をそっと撫でると、
「れいむ?あなたもこっちにいらっしゃい。何があったの?怒らないから私に話を―――」
れいむが振りかえる。その頭には、一本の茎が伸びている。そして、その茎にはプチトマトサイズのれいむが二
匹と、まりさが一匹、ぶら下がっていた。
「…赤ちゃん?」
女が尋ねる。二匹は答えようとしない。否、答えることができない。
三匹の赤ゆは幸せそうに寝息を立てて眠っている。れいむは、赤ゆを起こさないように泣き出したい気持ちを必
死に抑えていた。それは、女にも伝わった。自分のことよりも、赤ちゃんのことを優先して行動する。そんなれい
むの表情だけは、既に母親のそれであると言える。
れいむがずりずりとあんよを這わせ、女の元へ行こうとする。まりさがそれを制するように、れいむの前に出た。
「おねえさん!れいむはわるくないよ!!まりさが…れいむとすっきりー!したくなって、それで…」
「ゆゆっ?!なにをいってるの?!」
女がしゃがみ込む。れいむとまりさはびくっ、と体全体をすくめて女を見上げた。
れいむとまりさは覚悟をしていた。自分たちが捨てられるか、赤ゆたちだけが捨てられるか。もし赤ゆだけが捨
てられることになったら、この家を出ようと話し合って決めていたのだ。
「おめでとう」
女は一言、そう言った。
「ゆ?」
「ゆゆ?」
れいむとまりさが目を丸くする。戸惑いの表情を浮かべる二匹に、女は不思議そうな顔で。
「赤ちゃんができたんだよね?良かったね」
女が微笑みながら、二匹の頭を撫でる。れいむは震えながら、
「お…おねえさん…れいむたちのこと…おこらないの?」
「…え?どうして…?」
「だ…だってまりさたちはかってにあかちゃんをつくって…」
言いながら、ぼろぼろと泣き出す二匹。女は二匹をテーブルの上に乗せた。
そして、嗚咽混じりの涙声にたどたどしい口調で二匹の“説明”が始まる。女は真剣な顔で二匹の“言葉”を聞
いていた。
れいむもまりさも、お互いのことが大好きだったこと。
赤ちゃんを作って一緒に育てたいと思っていたこと。
でも、自分たちだけではそれができないこと。
仲良く楽しく暮らしていると思っていた二匹が、そんなことを考えていたとは女も気づかなかった。逆に女は二
匹がいつまでも、つがいにならないことに少しばかり不安を感じていた。だからと言って、れいむとまりさに夫婦
になるよう促すことはできない。当人たちの気持ちの問題だからだ。飼い主とは言え、心まで縛ることはできない。
できないし、したくない。
「大丈夫。私に任せなさい!れいむもまりさも私の大事な家族だよ?だから、れいむとまりさの赤ちゃんも、私の
大事な家族になるに決まってるじゃない」
言葉を紡ぎ、女は二匹の頬に自分の頬をすり寄せた。そして、ゆっくりの真似をして、
「ふふっ…すーりすーり…幸せー…」
れいむとまりさは声も出さずに泣いた。安心したのか、嬉しかったのか…とにかく理解はできないけれど温かい
気持ちで心がいっぱいになり…それが溢れだすかのように涙を流し続けた。
泣きながら、決まり文句を言う。
「ゆぐっ…ひっく…れいむ…たちの゛…かわいいちびちゃん……おねえさんにはとくべつにみせて…あげるねっ!」
「うん。ありがとう」
女がれいむの頭を撫でる。まりさも、大好きなれいむが安心した表情を浮かべているのに落ち着いてきたのか、
れいむの頬にすーりすーりをした。思えば、女は二匹がすーりすーりをしているのを初めて見た気がする。自分に
隠れてやっているんだろう、と思っていたが今日の話を聞くとそういうわけでもないらしい。
(私だったら耐えられないな…好きな人とずっと一緒にいても…触れることができないなんて)
だから、そんな二匹が夫婦となってれいむが子供を宿したことに、女は心から嬉しく思っており祝福した。女は
二匹にプレゼントをあげる、という提案をした。何がいいかと二匹に尋ねると、
「ゆっ!ちびちゃんたちがゆっくりすーやすーやできる…ふかふかのおふとんさんがほしいよっ!」
しばらく二匹で“ゆーゆー”話し合って出した結論がこれだった。もう二匹の頭の中には赤ちゃんのことしかな
いのだろう。
女は、クッションを作ってあげると約束した。
「何か書いてほしい言葉はある?私、こう見えて刺繍は得意…って言ってもわからないか」
「ゆゆっ!それなら、れいむは…」
言いかけて止まる。まりさの方に向き直って何か言いたそうに視線を送っている。まりさは、
「れいむのすきなことばにしてね。それがまりさもすきなことばだよ」
少し妬けてくるくらい、二匹は互いを信頼し合っていた。れいむは嬉しそうに、
「“おめでとう”ってかいてほしいよっ!!!」
「…それでいいの?」
「れいむ…かってにあかちゃんをつくって、おねえさんにきらわれるとおもっていたから…」
思っていたから、女が何も言わずに祝福してくれたことが嬉しかったのだと。女に伝えた。女はすぐに裁縫道具
を取り出し、クッション作成の準備に取り掛かった。
れいむとまりさは、女の細い指が紡いでいく針と糸の動きに夢中だった。女は家庭科で5以外を取ったことがな
い。特に裁縫は得意中の得意だ。あっという間にクッションの外側が完成していく。
そして、れいむの希望通りに“おめでとう”という文字を少し大きめに刺繍すると、女はその中に綿を詰めてい
く。作業開始から一時間と立たずに、女はクッションを作り上げた。
「さわり心地はどうかしら?」
まりさがクッションの上にあんよを乗せた。
「すごく…ゆっくりしてるよ…ふかふかであったかい…」
「おねえさん…」
「「ゆっくりありがとう!!!」」
女が満足そうな笑みを浮かべる。
「どういたしまして」
四、
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
あれから一週間。赤れいむ二匹と赤まりさ一匹が女の家族に加わった。元気いっぱいの赤ゆたちは外敵の存在し
ない女の部屋で一日中ゆっくり過ごし、すくすくと成長していった。
「ゆっくち!ゆっくち!」
縦横無尽に部屋の隅々まで飛び跳ねて遊ぶ赤まりさ。
「ゆー…ゆ、ゆゆぅ……」
れいむの指導のもと、おうたの練習をする赤れいむ。
「おしょらをとんでりゅみちゃい!!!」
まりさの帽子のつばの上に乗って高い高いをしてもらい、歓声をあげる赤れいむ。
女がトイレから出てくると、部屋中を飛び跳ねていた赤まりさと鉢合わせた。
「おにぇーしゃん!まりしゃたちとゆっくちあしょんでにぇっ!!!」
「そうねぇ…何をして遊ぼうか?」
口元をタオルで拭きながら、女が一家の元へと歩み寄る。
「おにぇーしゃん!ゆっくち~~~!!!」
赤まりさを手の平の上に載せているのを見た二匹の赤れいむが、
「れーみゅも!れーみゅもやっちぇ~~!!!」
「………っ!」
女が無言で赤まりさを床に下ろす。そして、再びトイレへと駆けこんだ。
「ゆゆぅ…!れーみゅもやっちぇほしかっちゃのにぃ…ぷきゅぅ…」
赤れいむはご機嫌斜めだ。しかし、れいむとまりさは女が一瞬見せた苦しそうな表情を見逃さなかった。最近、
女はよく突然トイレに向かう。一度、れいむ、まりさ、赤れいむ二匹と順番にゆっくりフードを餌皿に入れていた
とき、その途中でその場からいなくなり、餌を貰えないと勘違いした赤まりさが大泣きする事件があった。
女は、赤まりさに何度も何度も謝っていた。ようやく、赤まりさの機嫌が治りかけた頃、女は再びトイレへと駆
けこんだ。
今までにこんなことはなかった。
れいむやまりさと一緒に過ごしている時、その場を離れることがあれば、必ず一言声をかけてくれた。
「れいむ…おねえさんのことだけど…」
「うん……さいきん…ゆっくりできていないみたいだよ…」
すぐに二匹の脳裏に浮かんだのは、自分たちの家族が増えたことで、それが女の負担になっているのはないか…
ということだった。
女がトイレから出てくる。れいむとまりさが見ても、女の顔色は決していいとは言えない。れいむがぴょんぴょ
んと女の傍へと駆け寄る。
「あ…れいむ、お昼ごはん…ちょっと待っててくれない?ごめんね…?」
「おねえさ…」
そう言うと、女はベッドに潜り込んでしまった。右の掌を顔にのせ、深いため息を吐く。
れいむは、まりさの隣にあんよを這わせると小さな声で、
「どうしよう…おねえさん…くるしそうだよ…」
「ゆぅ…」
困惑する二匹をよそに、三匹の赤ゆたちは空腹で騒ぎ始めた。れいむとまりさが必死になだめる。先ほど、女は
“ちょっと待って”と言っていた。れいむとまりさは、それができる。しかし、赤ゆたちにはそれができない。
お腹が空いているのにいつまで経ってもご飯をもらえないことで、赤ゆたちが大声で泣き喚いた。
「ゆんやあああああ!!!おにゃかすいちゃよ~~~!!!!」
「ごはんしゃん…ごはんしゃん、たべちゃいよ~~~!!!!」
「ゆっくちできにゃいぃぃぃ!!!ゆっくちさしぇちぇ~~~!!!!」
これまで、決まった時間に餌をもらっていた赤ゆたちは、遊び疲れたことからくる空腹に耐える力など皆無であ
った。ご飯を貰えるのが当たり前だと思い込んでいるからだ。
れいむとまりさが、赤ゆたちをたしなめる。
「ゆ!ちびちゃん!ゆっくりがまんしてねっ!」
「そうだよ!おねえさん…ゆっくりできてないからやすませてあげようね!」
「やじゃやじゃやじゃやじゃあああ!!!ごはんしゃんたべちゃいよぉぉぉぉ!!!」
赤ゆたちの我がままは一向に収まる気配がない。れいむとまりさはおろおろしていた。頼ってはいけないとわか
っていても、赤ゆの泣き声を聞きつけた女がなんとかこの場を収めてくれないかと期待していたが、女はベッドか
ら出てこない。
「ゆびゃああああああああん!!!」
泣き叫ぶ赤ゆたち。れいむが意を決して、
「まりさ!おねえさんがいつもよういしてくれるごはんさんのあるばしょはわかるよ!」
「ゆゆっ!まりさとれいむでちびちゃんたちにごはんさん、むーしゃむーしゃさせてあげようねっ!!!」
そう言って、れいむが三匹の赤ゆをなだめ始めると、まりさは台所へとぴょんぴょん跳ねていった。ゆっくりフ
ードの入った袋は、流し台の横に置いてある。
まりさは、まず椅子を経由してテーブルの上に飛び乗ると、ジャンプ一番流し台へと着地した。
「れいむーー!こっちにきてねー!!」
まりさからの呼びかけにれいむと三匹の赤ゆたちがずりずりとあんよを這わせてやってくる。
「れいむ!いまからごはんさんをしたにおとすよっ!」
「ゆっくりりかいしたよっ!!」
そう言って、まりさがゆっくりフードの袋を口に加えるとそれを床に落とした。
「「「ゆゆーん!!!」」」
赤ゆたちが歓声を上げるのもつかの間、床に落ちた袋は衝撃で破れ、中身のフードが床一面に散らばってしまっ
た。
「ゆ゛…っ!!」
まりさの顔が青ざめていく。れいむも、呆然とした様子で床に敷かれたゆっくりフードの絨毯を見渡している。
(*1)
二の句を継げない二匹をよそに、赤ゆたちは床に落ちたゆっくりフードをぱくぱくと食べ始めた。
「おいちぃよぅ!!!」
「むーちゃ、むーちゃ…しあわちぇぇぇぇぇ!!!」
赤ゆたちは、次々にフードを口に入れて行く。
「ゆゆ…っ、そんなにたくさんたべたらおなかがいたくなっちゃうよ!!!」
れいむが叫ぶが赤ゆたちの耳には入らない。まりさも心配そうだ。
「そんなにたべたら…っ」
「ゆゆっ!れーみゅ、おにゃかいっぱいになっちゃから、うんうんしたくなってきちゃったよっ!!」
赤れいむの言葉に呼応するかのように、三匹の赤ゆたちが横一列に並ぶ。
「ゆゆ!!!まってねっ!そこでうんうんしたら…」
「「「うんうんしゅるにぇっ!!!ちゅっきり~~~!!!」
仰向けになった三匹の口とあんよの間にある穴…あにゃるからうんうんが排出される。ゆっくりのうんうんは、
人間のそれとは異なる。ゆっくりは食べたものを餡子に変換して、体内に蓄積させる。中身の餡子はゆっくりが運
動エネルギーを生みだすのに必要なものだ。
しかし当然、餡子の最大許容量には限界がある。成体になって体が大きくなれば、それだけ餡子を充填できる量
が増えるが、体の小さな赤ゆはすぐに餡子が限界まで溜まってしまう。
それにも関らず、ゆっくりが活動するのに必要なエネルギーを生み出す餡子の量は成体でも子供でも変わらない
ため、赤ゆはすぐにお腹が減る。
やんちゃ盛りで遊び回ってばかりいる赤ゆたちの餡子の消耗は激しい。赤ゆは餌を与えてくれる親ゆがいること
で初めて存在が成り立つのだ。
赤ゆが“動く死亡フラグ”と呼ばれる所以のひとつが実はここにある。
つまり、個体によっては一度もうんうんをすることなく生涯を終えるゆっくりもいるのだ。ちなみに水分を過剰
摂取してしまうと、しーしー穴と呼ばれる場所からしーしーを排出する。
ゆっくりは無意識に体内の餡子と水分の量を調節して生きているのだ。
「ん…れいむ…お昼ごはんを用意するから……って、え?」
相変わらず苦しそうな表情で台所に現れる女が見たのは、床中に散乱したゆっくりフードと三匹の赤ゆが捻り出
したうんうん。…とは言っても、古くなった餡子もしくは余分な餡子というだけで汚いわけではない。…食べよう
と思えば食べられる。ゆっくりはうんうんをなぜか毛嫌いするが、そのあたりの感覚だけは人間と同じなのだろう。
「ご…ごめんなさいっ!れいむたち…ちびちゃんにごはんさんをむーしゃむーしゃさせてあげようと…」
「ゆ…ゆっくりかたづけるからゆるしてねっ!!ごめんなさい!ごめんなさい!!!」
女はゆっくりフードを拾い集めながら、
「ううん…。私も謝らないと…。みんなお腹すいてたのにね…ごめんね」
「そ…そんなことないよっ!!おねえさん…つかれているんだったらゆっくりしないでやすんでねっ!!!」
れいむの言葉に、女が一瞬目を見開く。
「ちびちゃんたちのせわはまりさたちがやるよ!おねえさん、ゆっくりしてねっ!!!」
女が無言で立ちつくす。満腹になったことで余裕が出てきたのか、ようやく赤ゆたちも女の様子がいつもと違う
ことに気がついた。
「ありがとう…。でも、大丈夫。苦しいことは苦しいんだけど…病気っていうわけじゃないから」
「ゆゆっ?」
「でも、あんなにくるしそうに……」
女は、少しだけ口元を緩めると、左手を自分の腹部に当てて、
「私ね…。お腹の中に赤ちゃんがいるのよ」
今度はれいむとまりさが、動きを止めた。そして、
「おねえさんの…ちびちゃん…?」
「ゆっくり…うまれるの…?」
「うん、そうだよ。“私のかわいい赤ちゃん、れいむたちには特別に見せてあげるね”」
れいむの言葉を真似して女が言葉を紡ぐ。れいむとまりさの顔が輝く。赤ゆたちもなんだか嬉しそうだ。
「ゆゆぅん!れーみゅ、おねーしゃんになるんだにぇっ!!!!」
赤れいむの言葉に女がにっこりと笑う。
「そうだよ。ちゃんとお姉ちゃんらしく、しっかりしないと…これから生まれてくる赤ちゃんに笑われちゃうよ?」
その言葉に、三匹の赤ゆがキリッとした表情で横一列に並び、
「「「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!!」」」
叫んだ。
「というわけで、れいむ?まりさ?私、ちょっと体の調子が悪いから、ご飯だけでも自分たちで用意してくれないか
しら…?今度はご飯を取りやすい場所に置いておくから」
「ゆゆっ!とうぜんだよっ!!!おねえさん、ゆっくりしていってね!!!」
「ありがとう」
そう言って、女はれいむ一家と一緒に昼食を取った。
五、
休日。
れいむとまりさは、三匹の赤ゆたちとゆっくりしていた。女は部屋の中にいるが、今日は遊び相手として催促は
しない。ここ最近、女の体調も良く、昨日の夜は久しぶりに豪勢な夕食を振舞ってもらった。
女は、今日は用事があって出かけるらしい。
鏡台の前に座り、化粧をしている。れいむ一家には告げていないが、女は付き合っている男と会う約束をしてい
たのだ。
慣れた手つきで薄い化粧を施して行く。まだまだ若い女に厚化粧など必要ない。
口紅を丁寧に唇に塗っていく。
れいむはその様子をずっと見ていた。不意に、
「れいむもお化粧したいの?」
女から質問されると、れいむは顔を横に振った。
「ちがうよ…。おねえさん…たのしそうだな、っておもってただけだよ」
れいむにそう言われて、鏡に映った自分の顔を見る。なるほど。少しだけ口元が緩んでいる。女はクスリと笑う
と、誤魔化すようにれいむをそっと抱き上げた。
れいむがこの家に来て一年半が経つ。れいむの頭を撫でながら、女は昔のことを思い出していた。れいむにバッ
ジは付いていない。女は、れいむを拾ってきたのだ。
「あ…時間だわ。ごめんね、れいむ。帰ってきてからゆっくり遊ぼうね」
そう言うと、女はれいむをそっと床に置いて玄関へと小走りで移動した。れいむもまりさも、久しぶりに嬉しそ
うな女の表情を見て穏やかな気持ちになっていた。遊び疲れた三匹の赤ゆたちも、ゆぅゆぅ寝息を立てている。
「じゃあね」
玄関のドアを閉め、鍵をかける。
部屋の中は、れいむ一家だけとなった。
「まりさ…おねえさんのちびちゃんがうまれたら…れいむたちもなにかおねえさんにあげたいよ」
「ゆゆっ!そうだね!!なにをあげるかいっしょにかんがえようよっ!」
あーでもない、こーでもないと二匹で論議を繰り返すうちに、いつのまにか眠ってしまった。静まりかえった部
屋に時計の針が動く音だけが聞こえる。
穏やかな時間がゆっくり、ゆっくり、過ぎて行く。
昼のご飯もちゃんと赤ゆたちに与えることができた。それから一家で遊んだ後、またそのまま眠ってしまった。
幸せな時間がゆっくり、ゆっくり、過ぎて行く。
ドアの鍵を回す音が聞こえ、五匹のゆっくりたちは玄関に集まった。ドアが開かれ、女が部屋に入ってくる。五
匹は、待ちわびたと言わんばかりに、
「「「「「ゆっくりおかえりなさい!!!」」」」」
また、一列に並んで叫んだ。
「………………」
しかし、女は何も言わなかった。れいむとまりさが不思議そうに女の顔を覗こうとするが、俯いた女の前髪に邪
魔されて表情を確認することができない。
女は無言で、靴を脱ぐと部屋の中へと入って行った。
れいむ一家も、そんな女の後姿を見送るだけで、どれ一匹声を掛けることができなかった。
女は、何も言わずにベッドの中に潜り込んだ。布団を顔まで覆っている。
五匹のゆっくりがそれぞれあんよを這わせて、女の元へと集まってくる。布団の中の女は微動だにしない。
「…おねえさん…?」
れいむが声をかける。反応は返ってこない。赤ゆたちも不安そうに互いの顔を見合っている。
「…ゆっくり…どうしたの?」
まりさも声をかける。やはり、反応はない。
女と“帰ってきてからゆっくり遊ぼう”と約束していたれいむは、不安そうに女のベッドの下をうろうろしてい
た。
日が傾いて行く。開けっぱなしのカーテンから夕陽が差し込み、部屋を茜色に染める。
女はベッドの中から動かなかった。やがて、完全に日が沈むと、電灯の点いていない女の部屋は真っ暗になった。
街灯の明かりがかろうじて窓から入り、そのあたりだけはうっすらと互いの顔を確認できる。
そろそろお腹も空いてきた。
れいむとまりさがあんよを這わせて台所へと向かう。
「ゆぅ…くらくてよくみえないよ…」
「だいじょうぶだよ!まりさのうしろをついてきてねっ!ずーりずーり…」
まりさが先頭を歩くのは、れいむが壁やテーブルの脚にぶつからないようにするためだ。細心の注意を払って二
匹がようやくゆっくりフードのある場所へとたどり着く。まりさがフードの袋を、れいむが餌皿をそれぞれ咥える
と、今度は窓辺の明かりを目指してあんよを進めた。
そのとき、突然部屋の中が明るくなった。
れいむとまりさが思わずあんよを止める。赤ゆたちもびっくりして震えている。
電灯のスイッチがある壁際に女が立っていた。女がベッドから出てきたことに、れいむたちはまったく気付かな
かった。そして、部屋の明かりに照らされた女の表情を見て、れいむは思わず硬直してしまった。
視点の定まらぬ瞳。ずっと泣き続けていたのか化粧の一部が落ち、目は真っ赤に充血している。女はその場に座
り込んだ。
れいむとまりさがぴょんぴょんと女の元に駆け寄る。
「おねえさん!ゆっくりしていってね!!ゆっくりしていってね!!!」
れいむが声をかける。声をかけなければ、そのまま女が消えてなくなりそうな気がしたからだ。
「おねえさん…どうしたの?」
まりさも不安そうに声をかける。女はふらふらと立ちあがりながら、
「ん…何でもない…何でもないのよ…」
そう言って台所へと向かった。
「おねえさん!」
「すぐにご飯の準備をしてあげる…少しだけ待っててね…」
「おねえさん!なんだかゆっくりできてないよ!!ちゃんとやすんで――――」
「何でもない、って言ってるでしょ!!!!!!!」
女はれいむたちの方に向き直らずに大声を上げた。れいむもまりさも怯えて、互いの頬をくっつけている。赤ゆ
はぷるぷる震えて、目に涙を浮かべていた。
部屋の中を静寂が包む。
一呼吸置いて、
「ごめん…。でも、本当に…大丈夫だから…」
れいむたちの返答を遮るかのように、流し台の蛇口を捻る。水の流れ出す音が、部屋に響いた。れいむたちは家
族で寄り添って台所に集まった。赤ゆたちはれいむとまりさの頬にぴったりと顔をくっつけている。
そのまま、待つこと三十分弱。空腹であったことさえ忘れていた五匹のゆっくりの前に、ゆっくりフードとオム
ライスが出された。
「おねえさん…」
「どうしたの…?美味しそうでしょ?今日は一日かまってあげられなかったから、せめてものお詫びのつもりよ?」
そう言って、女が微笑む。三匹の赤ゆは、
「「「ゆっくち~~~~~!!!!」」」
叫んで、それぞれの餌皿に顔を突っ込んだ。まりさも、女の笑顔に安心したのか、食べ散らかす赤ゆたちをたし
なめながら、餌に口をつけた。
「……………」
「……………」
れいむは、女を見つめたまま動かない。不安そうな表情を見せるれいむとは対照的に、女は空虚な視線をれいむ
に向けていた。まるで、れいむの向こう側にある何かを見ているようだ。
「食べないの?」
女が口を開く。れいむは、ぴょんぴょんとテーブルの上に飛び乗った。
「おねえさん…ほんとうに…ほんとうにだいじょうぶなんだよねっ?」
女が微笑みを浮かべ、
「大丈夫よ」
「しんぱいしなくても…いいんだよねっ?」
「大丈夫」
「……しんじても、いいの…?」
「大丈夫」
「ゆっ!れいむはおねえさんをしんじるよっ!ゆっくりしていってね!!!」
「大丈夫」
れいむは、それだけ言うと、床に下りて行きまりさや三匹の赤ゆたちと一緒にご飯を食べ始めた。女の作ったご
飯は今日も美味しい。きっと、大丈夫なんだ…れいむも、そう思っていた。
思い込んでいた。
「大丈夫…大丈夫大丈夫大丈夫…だいじょうぶ…だいじょうぶ…ダイジョウブダイジョウブダイジョウフダイジョウブ……………」
微笑みを浮かべたまま、うわ言のように“大丈夫”と繰り返す女の声は、
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせえええええ!!!!」
れいむたちの耳には届かなかった。
食事を終えたれいむたちはリビングでテレビを見ていた。シャワーを浴びて部屋に現れた女の表情は少しだけ晴
れているようにも見える。鏡台の前に座る。
(…我ながら、ひどい顔ね…)
鏡の前で溜め息をつく。
(…あれ…?)
女の化粧道具の入ったポーチが鏡台の上に置かれている。いつもなら、鏡台の引き出しの中に入れてあるはずな
のだが。女は几帳面だ。道具を出しっぱなしになどしたりはしない。なんとなくそれに手をかけ、中身を取り出す。
口紅が入っていない。
(…おかしいな…)
部屋には鍵をかけている以上、ポーチに触れるのはれいむたち以外にはいない。そういえば朝、化粧をしている
女の横にはれいむがいた。疑いたくはなかったが、れいむに声をかける。れいむがぴょんぴょん飛び跳ねて女の元
にやってきた。
「ゆゆ!おねえさん、どうしたの?」
「あのね…知ってたら教えてほしいんだけど…私の口紅を知らないかしら…?ああ、こうやって口に塗るヤツなん
だけど…」
女が口紅を塗る仕草をしてみせる。れいむの表情が一瞬変わったのを女は見逃さなかった。
(…もしかして本当にお化粧したい、って思ったのかしら…?)
「ゆっくり…ごめんなさい…れいむが…つかっていたよ…」
そう言うと、ぴょんぴょんと飛び跳ねて寝床に向かったかと思うと、口に口紅を咥えて女の元へと帰ってきた。
「何に使っていたの…?お化粧、してみたかった?」
「ゆ…ゆぅ…。そ、そうだよっ!おねえさんのまねをしたくて…ごめんなさい!」
一瞬、言葉に淀みがあったような気がしたが、女は気づかなかったフリをした。女はれいむの頭を優しく撫でる
と微笑んだ。
「いいのよ、別に」
れいむが女の腕に頬をすり寄せた。
「おねえさんのちびちゃんは…あとどれくらいでうまれるの…?」
「……………ッ!!!」
女が目を見開く。いつのまにか、れいむは女の膝の上に乗っていた。
「おねえさんのちびちゃんがうまれたら…れいむがおうたをうたってゆっくりさせてあげるね…」
女の右手が小刻みに震える。れいむは、まるで我が子を見るかのように愛おしそうな視線を女の腹部に向けてい
た。
「おねえさんがいそがしいときは…れいむがちびちゃんのめんどうみてあげるよ…っ!」
それはれいむにとって、女への恩返しのつもりだった。食べ物を取ってきてあげることはできなくても、生まれ
てくる赤ん坊の遊び相手くらいにはなってあげられる。自慢の子守唄で赤ん坊を寝かしつけることだってできるだ
ろう。
母親としては先輩に当たるれいむは、子守をすることで女の手助けをしようと考えていた。
自分たちのちびちゃんにも負けないくらいの愛情を注いで接するつもりだった。
女が唇を震わせながら、何かつぶやいた。
何を言ったのかは聞き取れない。れいむが、女に尋ねる。
「ゆ?きこえなかったよ…?どうしたの、おねえさん…?」
「…ごめ…ごめんね…私……私、ね…。多分、赤ちゃん…産めなくなっちゃった…」
女の涙が雫となってぽたり、ぽたりとれいむの顔に落ちる。れいむも、女が冗談を言っているのではないと理解
していた。
「どう…して…?」
女は何も答えない。ただ、ただ、泣き続けるだけだ。
戸惑うれいむ。赤ちゃんができたのに、生まれない。
れいむは一生懸命考えた。女にかける言葉を。
女は、子供が生まれることを喜んでいた。自分たちに特別に見せてあげる、という約束までしてくれた。と、言
うことは女は子供を産みたいと願っているのだろう。
でも、子供は産めなくなった、と言った。れいむにはそのことの意味がわからない。だが一つだけ、思い当たる
節があった。ゆっくりの頭の上に生えた茎に実った赤ゆが、生まれる前に死んでしまうことがある。赤ゆが茎に実
っている間は、茎を通して親ゆの栄養分を赤ゆに送ることになる。人間で言えば、へその緒の役目に相当するのが
茎である。
しかし、親ゆの栄養分が十分でなく実った赤ゆに満足に行き渡らなくなると、親ゆから最も離れた茎の先端に実
った赤ゆから順番に、栄養不足で朽ちて死んでいく。
れいむは、最近の女の体調不良を思い出していた。それで、れいむはれいむなりの答えを出した。
“お姉さんの赤ちゃんは、生まれてくる前にずっとゆっくりしてしまったのだろう”…と。
れいむが、女に質問をした。
「おねえさん…おねえさんは…ちびちゃんをうみたいんだよね…?」
女は、ゆっくりを相手に泣きじゃくりながら、何度も何度も頷いた。
れいむは、そんな女の姿を見てかける言葉を決めた。女に元気を出してほしかった。
「ゆゆっ!」
れいむが女を見上げる。そして、女に“慰めの言葉”をかけた。
「 お ち び ち ゃ ん は ま た つ く れ ば い い よ ! ! ! 」
女の震えがぴたりと止まった。涙も、嗚咽も、呼吸さえも止まってしまったのではないかと思うほど、女はぴく
りとも動かなかった。
膝の上で、れいむが誇らしげに女の顔を見上げている。
「………、……て……………たの………?」
途切れ途切れに女が言葉を紡ぐ。
「ゆ?」
れいむには聞き取れない。
「今、なんて言ったの…ッ?!」
「おちびちゃんはまたつくれば―――――――」
女の中の、“何か”が音を立てて壊れた。
六、
女はれいむの右の揉み上げを掴むとそのまま宙釣りにして、腰を捻りすぐ傍の固い壁に投げつけた。
「ゆ゛ぶる゛っ゛??!!!!」
壁に顔面から激突したれいむが跳ね返り、今度は床に叩きつけられる。女は肩で呼吸をしている。息が急激に荒
くなっていく。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!!れ゛い゛む゛のがわ゛い゛い゛おがお゛があ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
絶叫するれいむの声を聞いてようやく異変に気付いたのか、リビングにいたまりさと三匹の赤ゆが女とれいむの
いる部屋にやってきた。
「どうした…の………ッ!?」
まりさの視界に入ったのは、額の皮が破れ中身が漏れ出し、半分飛び出かけた目玉と、バラバラに砕けた歯。そ
して痛みにそこら中をのたうちまわっている最愛のれいむの姿だった。
「れ…れいむうぅぅぅぅぅぅぅ??!!!!」
まりさが声を上げる。れいむに駆け寄り、慰めるために頬や額を舐める。
「れいむ!!!れいむ!!!ゆっくりしないでなおってね!!!ぺーろぺーろ…っ!!!」
女はまりさの後頭部につま先をめり込ませた。
「ぎゅっ!!!」
蹴りあげられて、鏡台の大きな鏡にまりさがぶつかると、鏡が激しい音を立てて割れた。割れたガラスの破片が
まりさの顔中に突き刺さっている。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!い゛だい゛よ゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!」
今度はまりさが悲鳴を上げた。
自分たちの目の前で転げまわる両親を目の当たりにした三匹の赤ゆは、がたがた震えながらしーしーを漏らして
いた。
れいむも、まりさも、痛がってはいるがこの程度で死ぬほどヤワではない。優しいお姉さんはおかしくなってし
まった。それを理解するだけの意識はまだ保っている。怯えてあんよを一歩も動かせない赤ゆに向かって、れいむ
が叫ぶ。
「ちびぢゃあ゛あ゛あ゛ん゛!!ゆ゛っぐりじな゛いで…にげでね゛っ!!!!」
それでもその場を動くことができない赤ゆに、女がゆっくりと近づいて行く。れいむが泣き叫ぶ。
「おね゛え゛ざあ゛あ゛ん!!どう゛じちゃっだの゛お゛お゛!!???」
「ゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛よ゛お゛お゛お゛!!!!!」
女が、赤れいむのリボンをつまむ。つまみ上げられた赤れいむは、
「ゆ?ゆっくち……ゆっくち!!!」
あんよを動かして逃れようと、床を探して宙を蹴る。リボンをつかまれているため、抵抗らしい抵抗はできない。
小さな口で噛みつくことも、のーびのーびして抜け出すこともできない。
「や…やめちぇ…はなしちぇ…きょわいよ…きょわいよおおお!!!おきゃーーしゃあああああん!!!!」
ようやく事の重大さに気付いたのか、赤れいむは顔をぐしゃぐしゃにして大泣きを始めた。まりさがずりずりと
あんよを這わせて女の足元にやってくる。割れたガラスの破片が動くたびに、体内の餡子をこすりつけるのだろう。
歯を食いしばり、涙を滝のように流しながら女に懇願する。
「お゛でがい゛じばずぅ゛ぅ゛!!!ちびぢゃんに゛ぃ…びどいごどじな゛い゛でぇぇぇ!!!」
「おでーざぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!!ちびちゃんがごわがっでる゛がら…やべであげでね゛ぇっ?!!」
女の氷のような表情は変わることはない。そして、冷ややかな口調でこうつぶやいた。
「何を言ってるの…?れいむ…あなたが言ったのよ…?」
れいむとまりさの動きが止まる。
「ゆ?ゆゆっ??」
一瞬、痛みを忘れてれいむが困惑の表情を浮かべる。
「オチビチャンハ…マタ、ツクレバイインデショ?」
女が何を言ってるのか理解したれいむが、激痛に耐え女の元へと向かおうとする。赤れいむをつまんだまま、女
は鏡台の引き出しに入っていた、裁縫道具を取りだした。その中から針を一本取り出し、赤れいむのリボンに突き
刺して針刺しに固定した。
あんよを使って逃げようとするが思うように床を蹴ることができない。赤れいむは仰向けの状態にされていた。
だから、女の動きだけは嫌でも視界に入る。
女は一番太い針を取り出すと、それに黒い糸を通し始めた。針の先端を見た赤れいむが怯えている。
「や…やめちぇにぇっ!なにしようとしちぇるにょぉ?!!ゆっくちできにゃいよっ!!!」
まりさがずりずりと女の元へとやってくる。女はそのまりさの目の前に見せつけるように赤れいむを持ってくる
と、ひと思いにその針を赤れいむのもちもちした顔に突き刺した。
「ゆ゛びゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
赤れいむが大粒の涙を流し、張り裂けんばかりの勢いで口を開き絶叫した。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛…っ!!!やべでぐだざい゛ぃ゛ぃ゛!!おでがいじばずう゛ぅ゛ぅ゛!!!!」
最愛の我が子の悲痛な叫び声を聞いたまりさが、割れたガラスを顔の奥に突き刺しながら土下座をした。床に
頭を叩きつけるたびに、ガラス片は体内深くに突き刺さっていく。
「い゛ぢゃい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
女が針をずぶずぶと赤れいむの体の奥に刺して行く。柔らかい肌と餡子の抵抗を針が問答無用に貫いていく。人
間でいえば、脇腹あたりから鉄パイプを突き刺され、反対側の脇腹へと貫通させられようとしているのだ。赤ゆが
泣き叫ばないわけがない。
「ゆ゛ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…っ!!!!!!」
歯を食いしばる。それでも、体内に侵入してくる針と糸の蹂躙は終わらない。刺された箇所と突き通っている最
中の部分が熱くてたまらない。
「あ゛…ゆ゛…ゆ゛…びゅえ゛………いぢゃい゛…い゛ちゃい゛…い゛ちゃい…!!!」
涙もしーしーも止まらない。痛みに必死の形相で耐えているためか、顔は真っ赤だ。揉み上げもピンと張ってい
る。やがて、反対側の皮を突き破って針の先端が顔を出した。もう一度皮を貫かれる痛みが赤れいむを襲い、目を
見開き体をびくつかせる。
我が子がもがき苦しむ一部始終を見せつけられているまりさは、それでも涙を流し続けるだけで女に攻撃を加え
ようとはしなかった。
「たちゅ…けちぇ…おきゃ……しゃん……」
赤れいむの揉み上げも力なく垂れる。
れいむは、もう一匹の赤れいむと赤まりさの前に立ちはだかり、がたがた震えながら泣いている。
「や゛め゛ぢぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!!」
女は赤れいむに針を貫通させた。貫通させても、赤れいむの体内にはまだ細い糸が残っている。体内に異物が混
入している違和感に、赤れいむは気持ち悪さで中身の餡子を吐き出す。女は赤れいむの顔を自分のほうに向けるよ
う左手に持ち帰ると、ようやく貫通した針を右手に持った。
赤れいむは、涙と冷や汗と涎としーしーをだらだら垂れ流して、目で助けを求めていた。
「……だぢゅ…げちぇ…」
女は無言で、右手に持った針を一気に手前に引いた。
「い゛っぢゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
赤れいむを襲ったのは、糸による摩擦である。突き破られた二カ所の皮と体内を、糸が勢いよく駆け抜ける。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぢゅい゛い゛い゛い゛!!!!!!!」
摩擦熱で糸に触れていた部分が瞬間的に火傷を引き起こす。女は赤れいむの体内を通っている糸を持って一気に
引っ張り続けた。時にゆっくり、時に素早く。体内を糸が動いて行くおぞましい恐怖と、体内を瞬間的に焼き焦が
される痛みが生まれて間もない赤れいむを長い時間、苦しませた。
痛くてたまらない。それなのに、中身の餡子が減るわけではないから苦しみは終わらない。結局、女は巻かれて
いた糸が全てなくなるまで、赤ゆの中の糸を引き続けた。ようやく体内の異物を引き抜かれた赤れいむは既に虫の
息だった。
「ゆ゛…………………ゆ゛っ…………………」
皮の張りも柔らかさもそのままに、二点だけ開けられた小さな針穴の周りだけは黒ずんでいる。中身の餡子も糸
が触れた部分だけは同じような状態になっているだろう。
これまで味わったことのない痛みと苦しみに、赤れいむは痙攣を起こしている。
「ちびちゃん…ちびちゃん…っ!!!」
痛みのピークを通り越したのか、それでも体内にガラス片が残っているはずのまりさが、泣きながら赤れいむの
傷を舐めている。
女はそのまりさから赤れいむを取り上げた。赤れいむはもう特に何の反応も示さない。女は、赤れいむの二つの
揉み上げの根元を右手と左手でそれぞれつまんだ。
「おねえざん…おでがいだよ゛ぉ゛…やべでよぉ…あんな゛に゛やざじぐじでぐれだのに゛ぃぃ…!!」
女が無言のまま、指に力をかける。揉み上げの根元をつまんでいるため、揉み上げだけが引きちぎれることはな
い。
「んぎぃぃっ??!!!」
ぶち…ぶち…ぶつっ…
嫌な音が赤れいむの顔から聞こえてくる。頭頂部から皮が裂けようとしているのだ。遠のきかけていた意識が激
痛により無理矢理引き戻される。もう、体内に残っている水分などほとんどないだろうに、それでも反射で目から
涙が溢れ出す。水分もほとんど残っていないのか、餡子混じりの液体がとろとろと流れ出してきた。
「お゛ぎゃ…じゃ…い゛ぢゃ………だじゅ…げ………い゛ぃ゛っ!!!い゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」
引き裂かれた皮は、すでに目と目の間にまで到達している。顔の中央部分から中身がどろりとこぼれ出す。これ
が致命傷となった。中身の餡子が三分の一以下になった瞬間、赤れいむはようやくこの永遠とも言える苦しみから
解放された。自身の死をもって。
まりさが、歯を食いしばり、女を下から睨みつけていた。小刻みに震えている。絶え間なく溢れだす涙。それは
我が子をむごたらしく殺された恨みと、大好きな優しいお姉さんに裏切られた深い悲しみとが入り混じったものだ。
すでに息絶えた赤れいむの顔を半分に引き裂いて、ようやく赤れいむは女の指から離れた。
ぺしゃり… ぽとり…
二つになった赤れいむの皮が床に落ちる。目は見開かれたままだった。
「ゆ゛う゛う゛…ゆぐぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ!!!!!」
変わり果てた我が子の姿を見たまりさが、うめき声を上げた。女を睨みつける視線には、明確な殺意が込められ
ていた。それでも、ここまでされても、まりさは女に攻撃を仕掛けようとはしなかった。ただ、ひたすらに大きな
声で、
「どぼじでごん゛な゛ごどずる゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ゛!!!!!!!!!!」
怒鳴りつけた。
女はまりさを無視して歩き出す。向かう先にはれいむがいた。れいむが泣きながら威嚇する。大好きなお姉さん
に向かって。
しかし、その滑稽な姿は女の視界には入らない。女はれいむの後ろにいる赤れいむと赤まりさだけを見据えてい
た。
「ぷくぅぅぅぅ!!!ゆっぐりやべてねっ!!!!れいむ…ほんどうに…おごっでるんだよ!!!!」
女は歩みを止めない。無言で近づいてくる。
「やめてねっ!!こないでね゛っ!!!いくら゛おねえ゛ざんでも…ゆるさない゛よっ!!!」
女がれいむのリボンを持って自分の顔の高さまで持ち上げた。れいむは威嚇をやめない。
「ぷくううぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」
顔を真っ赤にして頬を膨らませる。女はそんなれいむの唇に、自分の唇が触れるか触れないかくらいのところに
まで顔を近づけて、
「邪魔」
一言。ただその一言が、れいむにとっては重い衝撃だった。膨らませた頬が収縮していく。悲しくて寂しくて怖
くて…そして、自分が女には絶対に勝てないということを悟り、絶望した。
女はれいむを床に放り投げた。着地をすることができずにまた顔面から床に叩きつけられたが、痛みよりも渦巻
く暗い感情のほうが心を支配し、その場を動けなくなった。
赤れいむと赤まりさ。二匹は頬をぴったりとくっつけたまま、その場を動かない。
女は赤まりさの小さなお帽子を取り上げた。恐怖よりも、飾りを取られることのほうが感情的に勝るのか、金縛
りから解けたように赤まりさがぴょんぴょんジャンプして、
「ゆあああああ!!!まりしゃのおぼうち…かえしちぇ…かえしちぇぇぇぇぇ!!!!」
泣き叫ぶ。ジャンプしたところで、女のくるぶし辺りまでしか届かないというのに、どこまでも無駄な行動を取
る赤まりさ。
女が再び裁縫道具のある場所へと向かう。まりさが睨みつけてくるが、女の視界には入らない。それどころか、
半分に引きちぎられた赤れいむの顔を踏みつぶしたことにさえ気づかなかった。女の足の裏にべったりと餡子が貼
りついている。
赤まりさは必死にぴょんぴょん飛び跳ねて、女の後を追っていく。
女はハサミを取り出すと、赤まりさのお下げを切り落とした。
「ゆ…?」
赤まりさが、足下に転がったお下げを見下ろす。血の気が引いて行く赤まりさ。小刻みに震え始めた。頭を左右
に揺らしてみる。いつもはゆらゆら揺れていたはずのお下げがそこにない。
「ゆ…ぁ…あ…ぁぁ…まりしゃの……まりしゃのおしゃげしゃんがあああああああああああああああああ!!!!!」
顔面蒼白の赤まりさの眼前に先ほど奪い取った帽子をちらつかせる。
「ゆっくちぃ!!!ゆっ!!!かえしちぇ!!!かえしちぇにぇっ!!!」
ぴょんぴょんとジャンプするが、愚鈍な赤まりさの動きで女の手から帽子を奪い返すことなどできない。
女が無言で帽子にハサミを入れる。つばの部分に大きな切れ込みが入った。それを見るだけで、赤まりさは混乱
状態に陥っている。
「ゆあああああああ!!!!ゆっくちやめちぇえええ!!!ゆっくちできにゃくなっちゃうよぉぉぉぉぉ!!!!!」
二度、三度、赤まりさの帽子をハサミで切り裂く。そのたびに、大声を上げる赤まりさ。どうにもできないとわ
かっていながら、それでも絶叫を繰り返すしかない。小さな白いリボンもバラバラに切り裂かれた。ハラハラと落
ちてくる布切れを眺めて、全身を震わせている。
「どうしちぇ…こんにゃこちょ…すりゅの……?」
ついに、赤まりさの黒い帽子はただの布クズになってしまった。赤まりさが無言で泣きながら黒い布切れをぺろ
ぺろ舐めている。
「ゆゆっ?!」
肉体的なダメージはまだ無傷の赤まりさの長い金髪をつかむと、風呂場へと足を進めた。赤まりさは、餡子の重
みで垂れ下がったあんよを左右に振って抵抗しながら、
「おきゃあああああしゃああああああん!!!!たちゅけちぇええええ!!!!!」
れいむとまりさに助けを求める。しかし、れいむとまりさは動かない。ただ、泣きながら悠然と歩みを進める女
の後姿を見ているだけだった。
「おねえざん………どう…じで…」
女はいつも、れいむとまりさの髪を洗ってあげていたタライの中に熱湯を注ぎ始めた。沸き立つ湯気の熱気から
お湯に触れればどうなるのかということが、餡子脳の赤まりさにも理解できた。
タライの中の熱湯の深さはそれほどない。赤まりさの体が半分浸かるくらいのものだ。
女は無言でその中に赤まりさを放り込んだ。
「ゆ゛ん゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
ばしゃばしゃと水しぶきを上げながら、赤まりさが熱湯の海の中でのた打ち回る。ジャンプしてタライの外に脱
出しようとしても、あんよが水中にあるため上手く跳ねることができない。できたとしても、赤まりさに越えられ
る高さではないのだが。
「あ゛ぢゅい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!まり゛じゃ…な゛んにも゛わりゅいごどじでにゃい゛の゛に゛ぃぃぃぃ゛!!」
女が赤まりさの髪をつかんで、熱湯から引き出した頃には、茹で饅頭と化していた。あんよの皮がふやけている。
「ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…」
そのとき、赤まりさの表情が一瞬だけ明るくなった。女が後ろを振り返る。そこにはまりさがいた。
「おぎゃあ゛じゃあ゛あ゛ん゛!!!だちゅげでぇぇぇ゛!!あ゛ぢゅい゛のや゛じゃあ゛あ゛あ゛!!!!」
まりさは唇を噛み締めて、涙を流すだけで赤まりさを助けにはやってこない。
れいむも、まりさも、どうして自分を助けに来てくれないのか…。赤まりさはどうしてもそのことについて納得
がいかなかった。
「どうしちぇ…?どうしちぇ、まりしゃを…たしゅけちぇくれにゃいにょ……?」
まりさは俯いたまま、何も答えない。
「まりしゃのこちょ…きりゃいになっちゃったにょ…?」
まりさが俯いたまま、顔を横に激しく振る。
「じゃあ…っ!どうしちぇ―――――」
女は再びタライの中に赤まりさを投げ入れると、今度は熱湯のシャワーを浴びせ始めた。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!おにぇぎゃ…あ゛…ぎぃ゛…っ!!!あ゛ぢゅい゛!!やべちぇ!!!」
まりさに助けを求めようにも、上から絶え間なく降り続く熱湯が、目に、口に直接入り込み、赤まりさの全身を
まんべんなく火傷させていく。
「…っ!!!……………っ!!!!」
口の周りが溶け始めた。あんよはすでに崩れていて動かすことができない。もう、逃げられない。熱湯の水位は
赤まりさを完全に飲み込んだ。赤まりさは溺れていた。大量の熱湯を飲み込み、体の外も中も火傷を負っていた。
目を見開くと、目玉が焼けるように熱い。もがけばもがくほど、新たな苦しみが襲ってくる。それにも関らず、じ
っとしていることはできない。
やがて、顔中の皮がふやけて破れ、中の餡子が漏れ出してきた。タライの水面が餡子で覆われ、赤まりさの姿を
見ることはもうなかった。女がタライをひっくり返すと、どろりと餡子が流れ出した。排水溝には赤まりさの金髪
が絡みついて行く。小さな目玉がころころと飲み込まれていった。
女は熱湯のシャワーを入念に床のタイルに浴びせ、赤まりさの存在した痕跡の全てを洗い流した。
まりさは、その様子を泣きながら見つめていた。歯を食いしばり、我が子の最期を見届けた。女はまりさを無視
して、最後の赤ゆである赤れいむの元へと向かっていた。
「ちびちゃん…ごめんね…ごめんね…まりさ………たすけてあげられないよ………」
まりさは、女の後ろをずりずりとついていくだけだ。
れいむも、相変わらず頬を膨らませて威嚇しているだけで、女に攻撃を加えようとはしない。
女が生き残った赤れいむを無言でつかむ。赤れいむは怯えながら、れいむとまりさに向かって…自分たちをまっ
たく助けようとしない、二匹の両親に向かって呪詛を浴びせ続けていた。
「ゆっくちできにゃいおきゃーしゃんはしんでにぇっ!!!!どぉちちぇ…たしゅけちぇくれにゃいのぉぉぉ!!」
どれほどの殺意を向けても、憎しみを込めても、れいむとまりさに女を攻撃することはできなかった。こんな仕
打ちを受けてもなお、二匹にとって、女は優しいお姉さんのまだったのだ。
「ゆ゛ん゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!」
女の手の中に赤れいむがいる。徐々に力をかけていく。親指と人差し指の間から、赤れいむの顔が出ており、下
腹部を圧迫されているためか真っ赤に腫れあがっている。ぼろぼろと涙を流し、せり上がってくる餡子を吐かない
ように口を固く閉じている。
やがて、歯と歯の間からぴゅるぴゅると餡子が飛び出し始めた。すでにあにゃるからも餡子が漏れているのだろ
う。女の小指の辺りから餡子がぽとぽと落ちてきている。
「ゆ゛…ぎゅ…れ゛い゛み゛ゅ…ちゅ…ぢゅぶれ゛…り゛ゅう゛ぅ゛ぅ゛…っ!!!」
圧迫された餡子により、頭の皮が裂け始めた。
れいむとまりさは、それをただ、見ていることしかできなかった。
「びゅぎゅっ!!!!!」
短い悲鳴を上げて、赤れいむの顔の上半分が爆ぜる。勢いよく両方の目玉飛び出し、中身の餡子が弾け飛ぶ。目
覆うれいむとまりさの足元に、我が子の中身がぼとぼとと落ちてくる。
三匹の赤ゆが三匹とも、筆舌に尽くしがたい拷問を受け、むごたらしく殺された。
れいむもまりさも震えていた。理解している。今度は自分たちの番だ。
「…これでも…また赤ちゃんは作ればいいの…?」
女が問いかける。
れいむが顔を横に振った。
「お…おでぇざん…………まり゛ざ…わがんない゛…わから゛ないよ…」
「分からない?何が?」
「どおぢで…やざじいおでぇざんがごんな゛ごど…ずる゛のか…」
まりさが顔をぐしゃぐしゃにしたまま繰り返す。
「どおぢで…な゛ぎながら゛…れ゛い゛むとま゛り゛ざの…ちびちゃんだぢにびどいごどずる゛のが…っ!!!!」
「―――――――――え?」
女はぼろぼろと涙を流していた。
振り返る。鏡台の下には、体を真っ二つにされた状態で潰されている赤れいむと思われる物が転がっている。足
元にはバラバラに切り裂かれた赤まりさの帽子の残骸が。
少しずつ…我に返り始めた。
「おねえ゛さん…ゆっぐり…ごめ゛んなざい…!!れいむ゛…ちびちゃん゛…また、つぐればいい゛、な゛んて…」
女が右手を開く。そこにあったのはぐちゃぐちゃに潰れた赤れいむの下半身。餡子と、赤れいむの髪の毛が女の
指に絡みついて離れない。
「あ…あ…ぁあ…あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
女は自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気付いた。
それにも関らず、れいむもまりさも、女に“ごめんなさい”を繰り返す。
(違う…違う…悪くない………悪くないのよ…れいむも、まりさも…)
耐えられなかった。れいむとまりさに見つめられるのが。女はがたがた震えていた。どんなに怯えても、震えて
も自分のしたことは変わらない。
(どうしよう…どうすれば…)
潰してしまったゆっくりは生き返らない。それは当たり前のことだ。この日の出来事は、女と、れいむと、まり
さ。この一人と二匹の記憶に永劫刻まれるだろう。
女がれいむとまりさに向き直った。
(……そうだ………。なかったことにしよう………。全部悪い夢だったんだ………)
女がれいむとまりさに歩み寄る。
(全部…悪い夢だったのよ…全部…全部)
七、
女の部屋からゆっくりたちの笑い声が聞こえることは二度となかった。改めて見ると広い部屋だ。女はれいむと
まりさとの思い出を一つ一つ消し去るように部屋の片づけをしていた。
台所から餌皿を。
風呂場からタライを。
二匹を思い出させるような物は全部視界から消してしまいたかった。女は全てを忘れようとしていたが、忘れよ
うとするということは記憶していることと同じであり、恐らく女の記憶から昨夜の悪夢が消えてしまうことはない
だろう。
女はれいむたちの寝床を片付け始めた。
れいむたちに子供ができたときに作って上げたクッションをゴミ袋に入れる。すると、その下から小さな紙切れ
が出てきた。
「これは…」
そこには、たどたどしい文字で、
“おめでとう”
と書いてあった。
女の表情が変わる。
(まさか……!!!!)
鏡台の中にしまっていた化粧道具入れのポーチから、口紅を取り出す。口紅の蓋を開け中身を出していくと、紅
の部分が不自然に潰れている。
女はその紙切れの文字の横に口紅をクレヨンのように使って一本、線を引いてみた。
色も、線の太さも、同じだった。この文字は、口紅を使って書かれたものだ。…誰が?そんなことは分かり切っ
ていた。
これは、れいむから女へのメッセージなのだ。
クッションに刺繍してあった“おめでとう”という文字を見よう見まねで書いたのだろう。
れいむも、女に“おめでとう”と言ってあげたかったのだ。
女は、れいむの言えなかった言葉を抱きしめて、その場に座り込んだ。
「ごめん……なさい……………」
女には、長い間付き合っていた男がいた。
女は近い将来、その男と結婚するだろうと考えていた。
ある日、男は“大事な話がある”と言って、女を食事に誘った。
女も、男に“大事な話”をするつもりだった。
二人の間に、子供ができたこと。
一緒にいた時間は長い。
もう結婚してもいい時期だ…少なくとも、女はそう思っていた。
しかし、男から切り出されたのは…別れ話だった。
世界が色を失って行くのを感じた。
男は、何度も謝った。
“他に好きな女ができた、許してほしい”と。
“それじゃあ…仕方ないわね”。
女はあっさりと折れてしまった。
自身に宿した子供の話を切り出すことができなかった。
怖かった。
男にその話をして、自分の子供を否定されるのが怖くてたまらなかった。
誰にも相談をすることができなかった。
子供の話を聞いて男が女と結婚することを了承したとしても、もう昔の関係に戻ることはできないだろう。
自分の子供が“望まれて産まれた子供ではない”と思われるのも嫌だった。
親にこの話をして悲しませたくもなかった。
言えなかった。
誰にも。
どうしても、言うことができなかった。
おわり
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
うん、長ぇ。
一、
女はテーブルで新聞を読みながら、朝食を取っていた。
「むーしゃ、むーしゃ…しあわせぇぇぇぇ!!!!」
その足下にいるゆっくりが歓喜の声を上げる。
バスケットボールほどのサイズに、比較的綺麗な黒髪。頭と揉み上げの部分に結われている赤いリボン。もちもちした皮
に、ほんのりと赤く染まる頬。表情はなぜか自信たっぷり。口は閉じていても笑みを浮かべているように見える。
どこにでもいる普通の成体ゆっくりだ。そのゆっくりが顔を突っ込む餌皿には、大きな文字で“れいむ”と書いてある。
女はコーヒーカップを口から離すと、手を伸ばしてれいむの頭を軽く撫でた。
「ゆ…ゆぅん…」
全身を震わせて、れいむが気持ちよさそうな表情を浮かべる。女はれいむの満足そうな顔を見て小さく笑うと、
「れいむ。今日はお休みだから一日中一緒にいられるよ。何して遊ぼうか?」
問いかけながら、れいむの柔らかい両の頬をそっと手の平で包みテーブルの上に持ち上げる。れいむは、女の顔を見つめ
ながら、
「ゆっ!ゆゆぅん…」
何か言いたそうに女の顔をちらちらと見る。女は少しイタズラっぽい笑みを浮かべると、
「クスッ…れいむったら…また、あのまりさに会いたいのね?」
「そ、そんなことないよっ…」
女はれいむをテーブルの上に乗せたまま立ち上がると、空になった食器を流し台へと持って行った。水道の蛇口に手をか
ける。そして、れいむに向き直ると、
「食器を洗い終わったら行きましょ?お散歩」
れいむが飛びあがって喜ぶ。そして、狭いテーブルの上をぴょんぴょんと跳ねまわり始めた。女はその様子を見て、
「ちょ…れいむ…っ!危ないよっ!」
注意を呼び掛けたが、時すでに遅し。れいむはテーブルの下に後頭部から落下した。慌てて駆け寄る女の胸にれいむが飛
びこむ。
「うっかりーー!!!」
女はれいむがケガをしてないことを確かめると、一瞬だけ笑顔を見せたが、すぐに人差し指でれいむの額を小突いた。
「ゆ゛」
れいむが短く声を出す。それでも、れいむのニヤケ顔は止まらない。女もそれを見ておかしくなってきたのか、
「もう…テーブルの上でジャンプしちゃだめ、って小さいときから言ってるでしょう?ケガしちゃっても知らないよ?」
半ば笑いながら、れいむに注意を促す。れいむはぺろりと舌を出すと、
「ゆっくりごめんなさい!」
そう言って、女の腕からするりと抜けると、ぴょんぴょん跳ねながらベランダへと出て行った。そして、眼下に広がる
路地を見下ろす。女はれいむの後姿をぼんやりと眺めていた。れいむは、そこから一歩も動こうとはしない。
「ふふっ…恋は盲目、ってああいう子のことを言うんだろうな」
女が呟く。少し大げさに肩でため息をつくと、洗い物の続きに取りかかった。
ある日、女が洗濯物を取り入れるためにれいむと一緒にベランダに出ていたら、れいむが突然動かなくなった。女が洗
濯かごを部屋の中に放り出し、フェンスで囲われているベランダの張り出しに乗っていたれいむを揺すると、れいむの小
さな口がそっと動いた。
「あのまりさ…すごく…ゆっくりしてるよ…」
れいむの目はただ一点を見つめて動かない。女は、れいむの視線の先へと目を向けた。
電柱の陰に、大きな黒い帽子をかぶったゆっくりがいた。これまたどこにでもいる、普通の汚れた野良まりさだったが、
れいむの目には美ゆっくりに映ったのだろう。れいむは、その野良まりさの動きを目で追うたびに、頬を赤く染めていった。
恋する乙女のような表情を浮かべるれいむの横顔に、女は提案した。
「…下に、降りてみる?」
「ゆ?!」
「かわいい…?かっこいい、んでしょ?あのまりさが」
「ゆ…ゆゆっ!おりなくていいよっ!!」
女が首をかしげる。
「あら…どうして?」
れいむは器用に両方の揉み上げで目を覆いながら、
「は…はずかしくてゆっくりできないよっ!!!」
そう言って、部屋の中へとぴょんぴょん戻って行った。そのときのれいむの声に反応したのか、野良まりさがベランダ
にいる女を見上げている。女がそれに気付いて手を振ると、野良まりさは電柱の陰に隠れてしまった。
「あらら…ふられちゃったか…」
恋の話や噂が大好きな女は、この出来事をダシにれいむを何度もからかった。もちろん、れいむをその気にさせよう、
という企ても含まれていた。女はれいむにゆっくりの友達を作ってあげたかったのだ。もちろん、女が飼うことになるの
だがちゃんと世話をする気でいた。
洗い物を終えた女が服を着替えながら、
「あの子もあれでいて寂しやがり屋さん、だからなぁ…」
いつだったか女が帰宅したとき、玄関に入ってすぐの場所でれいむが泣き疲れて眠っていたことがあった。確かにまだ
成体ゆっくりにはなっていなかったが、子ゆっくりぐらいのサイズがあったにも関わらず、だ。女がれいむを抱き上げ、
視線を合わせると、れいむはぼろぼろ泣きながら腕や胸に頬をすり寄せた。そのときの、
“おねぇさぁん…さびしかったよぉ…ゆぅん…ゆぅん…”
と泣いていたれいむの表情が頭に焼き付いて離れない。
着替えを終えた女に、れいむが申し訳なさそうな顔で尋ねてくる。
「おねえさん…ほんとうに…いいの?」
れいむは長い時間、女と過ごしていたから理解している。自分が女に世話をしてもらっているということを。女は、れ
いむに“まりさも一緒に暮らせばいい”と言ってくれた。それはれいむも嬉しく思っているのだが、そのせいで女がゆっ
くりできなくなったらどうしよう…とも考えていた。
「何が?」
女はきょとんとした顔でれいむを見下ろす。
れいむは何も答えない。
女がれいむの前にしゃがみ込む。
「お姉さんに任せなさい。れいむの初恋、私が必ず叶えてあげるから。ね?」
れいむは思わず瞳を滲ませた。女はれいむの涙目には気づかなかったフリをして、れいむを抱き上げた。玄関へと足を
運ぶ。
女はれいむを静かに床に下ろすと、鼻歌を歌いながら靴をはき始めた。れいむは女の背中に自分の顔を押し付けて、ぽ
そりと呟いた。
「おねえさん…ゆっくり、ありがとう」
野良まりさはすぐに見つかった。
女とその隣を跳ねていたれいむが、足とあんよを止める。れいむは既に茹で饅頭状態になっており、女のロングスカー
トの後ろに隠れてしまった。
(まったくもう…)
女がため息をつく。野良まりさは、女の顔をじろじろと見ている。顔を45度傾けたその姿からは、女がおかしな素振
りを見せればすぐにでも逃げ出そうという意思が見て取れる。女も野良まりさに警戒されていることに気付いたのか、そ
れ以上歩み寄ろうとはせず、ただ一言。
「ゆっくりしていってね!!!」
人通りがないとは言え、大きな声で“挨拶”をした。野良まりさは反射的に、
「ゆっくりしていってね!!!」
挨拶を返す。
笑顔を絶やさない女に、野良まりさの警戒心も少しは和らいだのか、
「ゆっ!まりさはまりさだよっ!!!」
聞いてもいないのに、自己紹介を始めた。
「おねえさんはゆっくりできるひと?」
女からの自己紹介を待たずに、自分の疑問をすぐにぶつけるあたりが、いかにもゆっくりらしい。
女はわざと考え込むような表情を浮かべ、
「どうかなぁ…?ゆっくりできない人かも?」
少しだけ、冷たい視線で野良まりさを見つめる。野良まりさは、再び警戒心を剥き出しにして威嚇を始めた。眉を釣り
上げ、口の中に空気をためて頬を膨らませる。この状態でどうやって喋っているのかは謎だが、
「ぷくぅぅぅぅ!!!ゆっくりできないおねーさんはどこかいってね!!!まりさ、おこってるよっ?!」
女にけたたましい声を浴びせる。
すると突然、れいむが女の後ろから飛び出してきて野良まりさを睨みつけた。威嚇こそしていなかったものの、
「おねえさんはゆっくりできるひとだよっ!!!おねえさんにゆっくりあやまってねっ!!!」
野良まりさに向かって怒鳴り声を上げた。
それが、れいむとまりさの出会いだった。
野良まりさは、れいむを見つめたまま動かなくなった。
初めて見たのだ。
鮮やかな赤いリボン。綺麗な黒い髪。傷も汚れもない整った顔立ち。淀みのない瞳。
野良として生きてきたまりさが、これまで見たことのないような美ゆっくり。自分を睨みつけるれいむの強い眼差しに、
野良まりさは一瞬でその心を射とめられてしまった。
「ゆっくり…ごめんなさい…」
簡単に謝った野良まりさに、一瞬だけれいむは呆気に取られてしまった。
直後、れいむの顔中が真っ赤に染まる。
目の前にいるのは、好きになってからずっとベランダで盗み見ていた憧れのまりさ。
大きな黒い帽子。陽光に照らされキラキラと輝く金髪。顔の小さな傷や汚れは人の手を借りずに野良で生きてきた証。
(…ゆ…ゆぅん…やっぱり…すごく、ゆっくりしてるよぅ…!)
れいむにはそれ以上野良まりさを直視することができない。
野良まりさが、れいむの元へと近寄ってくる。れいむは隠れなかった。というよりも、動けなかった。
「ゆっくりしていってね!!!」
野良まりさが、頬を赤く染めながられいむに向かって挨拶をした。
「ゆっくりしていってね!!!」
れいむが挨拶を返す。
「まりさはまりさだよ!」
「ゆっ!れいむはれいむだよっ!!」
自己紹介を終えた二匹のゆっくりはすぐに打ち解けた。まだ、互いの頬をすり寄せたりすることはしなかったが、二
匹は長い間おしゃべりをしていた。女はその二匹の様子を眺めて穏やかな笑みを浮かべている。
れいむは、女と過ごした幸せな日々を。野良まりさは、野良ゆっくりの生活を冒険譚のようにして語る。
女は内心、少しだけ嫉妬していた。
れいむのあんなに輝いた瞳を、女は見たことがない。普通のゆっくりと比べれば口数の多いほうではないれいむが、
今日は矢継ぎ早に言葉を紡いでいる。それだけ、野良まりさとのおしゃべりが楽しいのだろう。
「二人とも」
女が二匹に声を掛ける。れいむと野良まりさが振りかえる。
「お昼ごはんの準備をしないといけないから、おうちに戻りましょ?」
野良まりさは、本当に残念そうな顔で俯いた。れいむは、野良まりさの顔をちらちらと見ている。
「まりさも、うちに来る?」
文字通り、目を点にして女を見上げる野良まりさ。れいむは、その場でぴょんぴょん飛び跳ねながら、
「まりさっ!おねえさんのつくるごはんさんはすっごくおいしいんだよっ!!」
「でも…まりさは…」
「ご飯を食べ終わったら、ここに帰ってくればいいわ。一緒にご飯を食べるくらいなら、構わないでしょう?」
女の言葉に、ちらりと野良まりさがれいむに目を向ける。れいむは、満面の笑みで野良まりさに応えた。野良まりさ
は、
「ゆっくりりかいしたよっ!まりさ、おなかぺこぺこだよ…っ!」
「ゆっくり~~~~~!!!!」
野良まりさの承諾にれいむが高くジャンプして歓声を上げる。女はにっこりと笑うと、
「それじゃあ、行きましょう」
アパートへと向かって歩き出す。れいむと野良まりさは、その後ろをぴょんぴょん飛び跳ねてついてきた。
二、
「やめてねっ!!まりさのおぼうしさんかえしてねっ!!!ゆっくりできないよっ!!!!」
帽子のない野良まりさが、床の上でぴょんぴょん飛んで抗議をしてくる。お下げもほどかれており、ゆっくり同士で
は野良まりさをまりさ種と判別できるものはいないだろう。ちなみに、帽子は女の手の中だ。
「ゆああああああん!!!!れいむとおねーさんのうそつきぃぃぃ!!!!!ゆっくりしたいよーーー!!!!」
泣き叫ぶ。
れいむが野良まりさの元へ駆け寄る。
「ゆっ!まりさ、あんしんしてねっ!おねえさんはまりさのおぼうしさんをあらってくれようとしてるだけだよっ!」
「ゆぇ…?」
泣き止む。
女は、野良まりさの帽子に結ばれた白いリボンを丁寧にほどくと、帽子と一緒に洗濯機の中に入れた。帽子が視界か
ら消えた野良まりさは、不安で不安でたまらない。女が洗濯機を回し始める。何やら水が大量に流れる音と、ゆっくり
できなさそうな音が聞こえてきた。
「う…うわああああああ!!!!」
野良まりさが、洗濯機に体当たりをする。
「まりさのおぼうしさんっ!!!おぼうしさんっ!!!やめてぇぇぇぇ!!!!」
慌ててれいむが野良まりさを制する。
「まりさっ!ゆっくりおちついてねっ!!!」
大きな声で叫ぶ。まりさは、ぼろぼろと涙を流しながら唇を噛み締めている。
「だって…まりさの…おぼうし…ゆぐっ…ひっく……」
「れいむの、おりぼんさんもおねえさんがきれいにしてくれたんだよ!」
「ゆゆっ…?」
女は二匹のやり取りを聞きながら、少し大きめのタライにぬるま湯を注いでいた。このタライは、れいむ専用のお風
呂である。女が、未だ涙目の野良まりさを連れてくるよう、れいむに促す。れいむは、野良まりさを風呂場へと誘導し
た。
ハーフパンツ姿の女が風呂場のタイルに膝をつき、白い腕をタライの中に入れている。
「おいで」
女に促され、れいむに背中を押された野良まりさが恐る恐る風呂場へとあんよを踏み出す。女はそっとまりさを抱き
上げると、仰向けにして小さな台の上に載せた。野良まりさは、これから何をされるのかがわからずぶるぶる震えてい
る。
「髪を洗ってあげる。動いちゃダメよ?」
そう言って、野良まりさの金髪をタライのぬるま湯に浸す。れいむの嬉しそうな表情が野良まりさの視界に入った。
「おねえさんの、しゃんぷーさんはすっごくきもちいいんだよっ!!」
楽しそうなれいむの声に、野良まりさも少し落ち着きを取り戻したのか、女の顔を見つめる。女が微笑みを返す。
女の細い指がそっと野良まりさの長い金髪に入り込む。ほんのりと暖かいぬるま湯の熱気が心地よいのか、野良まり
さの表情が少しだけ緩んだ。
「ゆ…ゆぅん…」
女は手にシャンプーの液を垂らすと、慣れた手つきで野良まりさの髪を洗い始めた。野良まりさの顔に湯の一滴もか
からないよう、繊細な指さばきで洗髪を進めていく女。
ある程度洗い終えると、女は野良まりさの髪についた泡をシャワーで流して行き、それを二度ほど繰り返す。野良ま
りさはとてもゆっくりした表情を浮かべていた。その顔を見ていると、れいむの方も楽しくなってくる。
次に、女はお湯に浸していたタオルを取り出すと、それを強くしぼった。十分に水気が取れたのを確認すると、それ
を野良まりさの頬に当てて、ゆっくりと動かし始めた。
「ゆっ…ゆっく…ゆ…」
野良まりさは、温かいタオルのぬくもりに顔を緩ませようとするが、女の手の動きでそれを遮られる。野良まりさの
顔についていた汚れは、すべてタオルで拭きとられた。
再び抱きかかえられた野良まりさが、マットの上にちょこんと降ろされる。
「れいむ…っ」
ようやく自由になったと思い込んだ野良まりさが飛び出そうとするが、女によってかぶせられた白いバスタオルで再
び拘束された。バスタオルで視界を奪われた野良まりさは、動きを止めて、
「れいむっ?れいむぅ?どこぉ…?」
なんとも情けない声を出す。女は野良まりさの皮を傷つけないように、濡れた髪を優しく拭いていく。ようやく視界
を取り戻した野良まりさは、女の方に振りかえると、
「もう…うごいていいの?」
「これで最後だよ」
そう言うと、女はドライヤーを取り出し弱い温風を野良まりさの髪に吹きつけた。女が野良まりさの髪の毛に指を潜
り込ませてみる。野良まりさの髪は、まるで絹糸のように女の指を滑り落ちた。それに満足した女は、ドライヤーを片
付けると、
「はい、おしまい。それじゃあ、お姉さんは皆で食べるご飯を作るから、れいむと向こうで遊んでてね」
「ゆっくりりかいしたよっ!!」
「まりさぁ、こっちにきてねっ!」
隣の部屋かられいむが嬉しそうに野良まりさを呼んでいる。
女が昼食の準備を始める。その途中、洗濯機が止まったので野良まりさの帽子とリボンを物干し竿に移動させた。
二匹は、風でゆらゆらと揺れる帽子とリボンを見つめながら、おしゃべりを続けていた。
「れいむも、おねえさんのおうちにはじめてきたひに、いまのまりさみたいにしてもらったんだよ」
懐かしそうに、目を細めながられいむが語り出す。野良まりさは、そんなれいむの横顔をぼんやりと見つめていた。
飾りを奪われたと勘違いしてお姉さんに体当たりまでして抵抗したこと。
抱き上げられるたびに、あんよが床から離れるのが怖くて大泣きしたこと。
「でも、すぐにおねえさんがやさしいにんげんさんだ、っていうことにきづいたんだよ」
今度は少しだけ恥ずかしそうな表情になる。ころころと変わるれいむの表情を見て、野良まりさは胸の高鳴りを感じ
いた。いつのまにか、れいむから視線を離すことができなくなっていた。気づかれたらどうしよう。そう思いながら、
それでも、野良まりさはれいむを見つめていた。
「ご飯、できたわよー。二人とも、こっちにおいで~」
れいむと野良まりさは、お互いに顔を見合わせるとテーブルのある部屋へと向かってぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ゆ…ゆゆゆゆゆゆ?!!」
野良まりさが目を丸くする。
目の前にある餌皿の中には、オムライスが入っていた。れいむも飛びあがって喜んでいる。
普段はゆっくりフードに一品加えるだけの食事だったが、今日はお客様がお越しになっている。女は少しだけ奮発し
て二匹に美味しい物を食べさせようと考えたのだ。
野良まりさは、これまでに見たことのない美味しそうな食べ物を見て、涎を垂らしている。ちらちらと女の顔を見な
がら、
「お、おねーさん…これ…まりさ…たべても…いいの?」
途切れ途切れに喋るのは、オムライスと女の顔を交互に見ているからだ。女がにこりと笑う。
「いいわよ。ゆっくり食べていってね」
その言葉を聞いた野良まりさは、浅めの皿に盛られたオムライスを一口、ぱくりと食べた。もぐもぐと口を動かす。
直後、野良まりさの顔が輝く。
「むーしゃ、むーしゃ…し…しあわせええぇぇぇぇぇっ!!!!」
まだ口の中にオムライスが残っているものだから、叫ぶと同時に食べかけのオムライスが飛び散る。それをれいむに
たしなめられると、野良まりさは女に謝った。女は、まりさの頭を撫でながら、
「落ち着いて食べていいんだよ。それは全部、まりさのご飯なんだから」
一人と、二匹が談笑を交えながら少し早目の昼食を取る。野良まりさは、皿についた卵の切れっぱしや、ケチャップ
までぺーろぺーろと舐め取ると、一瞬だけ体を震わせた後、
「しあわせえええぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
再び叫んだ。女とれいむは、そんな野良まりさを見ては笑みを浮かべていた。
女が野良まりさの帽子とリボンをベランダから取り込む。野良まりさは、急にそわそわし始めた。女のことは信じて
いる。信じているが、やはり自分の大事なものが他者の手の中にあるという事実は、ゆっくりできないのだろう。
「まりさ」
女が手招きしながら、野良まりさの名を呼ぶ。野良まりさは、ずりずりとあんよを這わせて女の元へとやってきた。
そして、膝の上に乗せられる。女は野良まりさの髪の毛で束をつくると、器用にお下げを作っていった。最後に、小さ
な黒いリボンを結びつける。そして、ようやく野良まりさは帽子をかぶらせてもらった。落ち着いた表情を浮かべる。
「まりさっ!まりさっ!こっちにきてねっ!!」
れいむに呼ばれるまま、野良まりさが女の膝の上から飛び出す。れいむの横には大きな姿見があった。そこにはれい
むの横顔と…
「ゆぁ…」
汚れ一つない綺麗な帽子に、顔。サラサラと揺れる髪の毛。野良まりさは最初、その鏡に映っているのが自分だとい
うことにすら気づいていなかった。
野良まりさも気づいたのだろう。女がとても優しい心を持った人間だということに。
鏡に映った野良まりさがぽろぽろと涙をこぼし始めた。れいむが心配そうに寄ってくる。
「まりさ…?どうしたの…?ゆっくりできない…?」
「ちがう…よぉ…れいむ…ちがうのぉ…」
溢れる涙は止まらない。
「まりさ…すごく…しあわせ、で…うれしくて…なみだが…とまらないよぅ…」
野良ゆっくりの生活は厳しい。常に死と隣り合わせの毎日を強いられる。このまりさも、日々を生き抜くためなら、
どんなことでもやってきた。
ゴミ箱を漁り、泥水をすすり。面白半分で自分たちを殺しにやってくる人間の陰に怯えながら、眠れぬ夜を過ごして
いた。仲間のゆっくりが目の前で潰されるところを何度も何度も見てきた。
女が、野良まりさの頬に伝う涙を指で拭いながら、
「まりさ?あなたが良ければ…ここで、私とれいむと…一緒に暮らさない?」
野良まりさが、無言で女に飛びついた。女とれいむは、その行動を肯定の意として受け取った。
「まりさ!まりさ!!ゆっくりよろしくねっ!」
無言のまま頷く野良まりさ。いや、もう、野良ゆっくりではない。
女と、れいむと、まりさの、ゆっくりした日々の始まりであった。
三、
日中。
女は仕事に出かけている。家の中にいるのはれいむとまりさの二匹だけだ。元々、整頓の行き届いた女の部屋には
ゆっくり二匹がゆっくりするには十分なスペースがあったし、事故が起きるような危険もない。
二匹はフローリングの上をころころと転がったり、どちらがより高くのーびのーびできるか競い合ったりして遊ん
だ。
まりさにとって、一日中ゆっくり過ごすことは何よりも幸せなことであった。まりさの隣には常にれいむがいる。
れいむも時折まりさの方をチラチラと見ては、恥ずかしそうに頬を染めた。
れいむも、まりさも、気づいていた。
お互いが、お互いのことを想い合っているということに。
本当はすぐにでも、けっこんっ!して、赤ちゃんを作って幸せな家庭を築きたいと願っていたが、自分たちの世話
をしてくれる女の前ではその思いを切りだすことなどできない。
美味しいご飯。温かい寝床。ゆっくりした日々。
それはすべて、女からの無償のプレゼントである。二匹はそのことを重々承知していた。だから、決して我がまま
は言わない。
しかし、まりさが女の部屋にやってきて、既に一か月が過ぎようとしている。
(れいむとすっきりー!したいよ…)
(れいむ…かわいくないのかな…?まりさはれいむと…すっきりー!したくないのかな…?)
若い二匹のゆっくりは、絶え間なく溢れだす欲求を抑えるのに必死だった。
ゆっくりの性行為…すなわち、“すっきりー!”は撃てば百発百中。夫婦の愛の結晶が頭に伸びた茎に宿る。
赤ちゃんができることは嬉しい。とてもゆっくりした子供に育ててあげたい。これまで貰った愛情を分けてあげた
い。そうは思うのだが、現実的な問題としてれいむとまりさに食料を集めることなどできない。少なくとも、れいむ
に関してはこの部屋から出たら、次の日には死んでしまうくらい生活能力がなかった。
つまり、赤ちゃんを二匹の力で育てることは不可能なのである。
勝手に赤ちゃんを作って女に嫌われたらどうしよう…という気持ちもあった。
そんなある日のこと。
れいむとまりさが、二匹で仲良くそれぞれの餌皿に顔を突っ込んでいた時、ふとした拍子に互いの頬が触れた。
「「………っ!」」
頬に電流が走るかのような錯覚を起こす。二匹は何も言わなかったが、どちらも茹で饅頭状態になっている。
「れいむ…」
まりさが、れいむの顔を見ずに声をかけてきた。れいむはドキドキしながら、
「な…なに…?」
「れいむーーーー!!!!だいすきだよーーーー!!!!」
そう言って、まりさは滅茶苦茶にれいむの頬に自分の頬をすり寄せた。
「ゆ…ゆゆぅん…っ!!」
まりさの激しく自分を求める頬擦りにれいむの思考回路が停止していく。れいむとまりさは、ふぁーすとちゅっ
ちゅをした。
「れいむ…っ!れいむ…っ!!」
「まりさ…まりさぁぁぁ!!!」
もう抑えることなどできなかった。れいむもまりさも、プロポーズらしいプロポーズはしなかったものの、互い
の気持ちは通じあっていた。何も言わなくとも、二匹はずっと夫婦であったのかも知れない。
「ただいまー…!」
女が玄関の扉を開ける。いつもなら、ぴょんぴょんと駆け寄ってくる二匹のゆっくりが今日は来ない。
「…?」
女は薄暗い部屋に明かりをつけると、二匹を探して部屋を見回した。二匹の姿はない。胸の鼓動が速くなる。
「れいむ?まりさ?どこに行ったの…?」
「お…おねえさん…」
声のする方へ振り向くと、そこには涙目のまりさがいた。その後ろにはれいむと思われる後ろ頭がある。女は安
心して、二匹の元へと歩み寄った。すると、まりさが一歩前に出てきた。女が歩みを止める。女を見上げるまりさ
の頬には涙が伝っていた。
「どうしたの…?」
女が心配そうに尋ねる。まりさの態度もそうだが、さっきからこちらを向かないれいむのことも気になる。
「…ゆっくり…ごめんなさいっ!!!」
「…え?」
まりさが、自分の顔を床にこすりつけて謝罪をした。れいむも泣いているのか後頭部が小刻みに震えている。女
はまりさの頭をそっと撫でると、
「れいむ?あなたもこっちにいらっしゃい。何があったの?怒らないから私に話を―――」
れいむが振りかえる。その頭には、一本の茎が伸びている。そして、その茎にはプチトマトサイズのれいむが二
匹と、まりさが一匹、ぶら下がっていた。
「…赤ちゃん?」
女が尋ねる。二匹は答えようとしない。否、答えることができない。
三匹の赤ゆは幸せそうに寝息を立てて眠っている。れいむは、赤ゆを起こさないように泣き出したい気持ちを必
死に抑えていた。それは、女にも伝わった。自分のことよりも、赤ちゃんのことを優先して行動する。そんなれい
むの表情だけは、既に母親のそれであると言える。
れいむがずりずりとあんよを這わせ、女の元へ行こうとする。まりさがそれを制するように、れいむの前に出た。
「おねえさん!れいむはわるくないよ!!まりさが…れいむとすっきりー!したくなって、それで…」
「ゆゆっ?!なにをいってるの?!」
女がしゃがみ込む。れいむとまりさはびくっ、と体全体をすくめて女を見上げた。
れいむとまりさは覚悟をしていた。自分たちが捨てられるか、赤ゆたちだけが捨てられるか。もし赤ゆだけが捨
てられることになったら、この家を出ようと話し合って決めていたのだ。
「おめでとう」
女は一言、そう言った。
「ゆ?」
「ゆゆ?」
れいむとまりさが目を丸くする。戸惑いの表情を浮かべる二匹に、女は不思議そうな顔で。
「赤ちゃんができたんだよね?良かったね」
女が微笑みながら、二匹の頭を撫でる。れいむは震えながら、
「お…おねえさん…れいむたちのこと…おこらないの?」
「…え?どうして…?」
「だ…だってまりさたちはかってにあかちゃんをつくって…」
言いながら、ぼろぼろと泣き出す二匹。女は二匹をテーブルの上に乗せた。
そして、嗚咽混じりの涙声にたどたどしい口調で二匹の“説明”が始まる。女は真剣な顔で二匹の“言葉”を聞
いていた。
れいむもまりさも、お互いのことが大好きだったこと。
赤ちゃんを作って一緒に育てたいと思っていたこと。
でも、自分たちだけではそれができないこと。
仲良く楽しく暮らしていると思っていた二匹が、そんなことを考えていたとは女も気づかなかった。逆に女は二
匹がいつまでも、つがいにならないことに少しばかり不安を感じていた。だからと言って、れいむとまりさに夫婦
になるよう促すことはできない。当人たちの気持ちの問題だからだ。飼い主とは言え、心まで縛ることはできない。
できないし、したくない。
「大丈夫。私に任せなさい!れいむもまりさも私の大事な家族だよ?だから、れいむとまりさの赤ちゃんも、私の
大事な家族になるに決まってるじゃない」
言葉を紡ぎ、女は二匹の頬に自分の頬をすり寄せた。そして、ゆっくりの真似をして、
「ふふっ…すーりすーり…幸せー…」
れいむとまりさは声も出さずに泣いた。安心したのか、嬉しかったのか…とにかく理解はできないけれど温かい
気持ちで心がいっぱいになり…それが溢れだすかのように涙を流し続けた。
泣きながら、決まり文句を言う。
「ゆぐっ…ひっく…れいむ…たちの゛…かわいいちびちゃん……おねえさんにはとくべつにみせて…あげるねっ!」
「うん。ありがとう」
女がれいむの頭を撫でる。まりさも、大好きなれいむが安心した表情を浮かべているのに落ち着いてきたのか、
れいむの頬にすーりすーりをした。思えば、女は二匹がすーりすーりをしているのを初めて見た気がする。自分に
隠れてやっているんだろう、と思っていたが今日の話を聞くとそういうわけでもないらしい。
(私だったら耐えられないな…好きな人とずっと一緒にいても…触れることができないなんて)
だから、そんな二匹が夫婦となってれいむが子供を宿したことに、女は心から嬉しく思っており祝福した。女は
二匹にプレゼントをあげる、という提案をした。何がいいかと二匹に尋ねると、
「ゆっ!ちびちゃんたちがゆっくりすーやすーやできる…ふかふかのおふとんさんがほしいよっ!」
しばらく二匹で“ゆーゆー”話し合って出した結論がこれだった。もう二匹の頭の中には赤ちゃんのことしかな
いのだろう。
女は、クッションを作ってあげると約束した。
「何か書いてほしい言葉はある?私、こう見えて刺繍は得意…って言ってもわからないか」
「ゆゆっ!それなら、れいむは…」
言いかけて止まる。まりさの方に向き直って何か言いたそうに視線を送っている。まりさは、
「れいむのすきなことばにしてね。それがまりさもすきなことばだよ」
少し妬けてくるくらい、二匹は互いを信頼し合っていた。れいむは嬉しそうに、
「“おめでとう”ってかいてほしいよっ!!!」
「…それでいいの?」
「れいむ…かってにあかちゃんをつくって、おねえさんにきらわれるとおもっていたから…」
思っていたから、女が何も言わずに祝福してくれたことが嬉しかったのだと。女に伝えた。女はすぐに裁縫道具
を取り出し、クッション作成の準備に取り掛かった。
れいむとまりさは、女の細い指が紡いでいく針と糸の動きに夢中だった。女は家庭科で5以外を取ったことがな
い。特に裁縫は得意中の得意だ。あっという間にクッションの外側が完成していく。
そして、れいむの希望通りに“おめでとう”という文字を少し大きめに刺繍すると、女はその中に綿を詰めてい
く。作業開始から一時間と立たずに、女はクッションを作り上げた。
「さわり心地はどうかしら?」
まりさがクッションの上にあんよを乗せた。
「すごく…ゆっくりしてるよ…ふかふかであったかい…」
「おねえさん…」
「「ゆっくりありがとう!!!」」
女が満足そうな笑みを浮かべる。
「どういたしまして」
四、
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
あれから一週間。赤れいむ二匹と赤まりさ一匹が女の家族に加わった。元気いっぱいの赤ゆたちは外敵の存在し
ない女の部屋で一日中ゆっくり過ごし、すくすくと成長していった。
「ゆっくち!ゆっくち!」
縦横無尽に部屋の隅々まで飛び跳ねて遊ぶ赤まりさ。
「ゆー…ゆ、ゆゆぅ……」
れいむの指導のもと、おうたの練習をする赤れいむ。
「おしょらをとんでりゅみちゃい!!!」
まりさの帽子のつばの上に乗って高い高いをしてもらい、歓声をあげる赤れいむ。
女がトイレから出てくると、部屋中を飛び跳ねていた赤まりさと鉢合わせた。
「おにぇーしゃん!まりしゃたちとゆっくちあしょんでにぇっ!!!」
「そうねぇ…何をして遊ぼうか?」
口元をタオルで拭きながら、女が一家の元へと歩み寄る。
「おにぇーしゃん!ゆっくち~~~!!!」
赤まりさを手の平の上に載せているのを見た二匹の赤れいむが、
「れーみゅも!れーみゅもやっちぇ~~!!!」
「………っ!」
女が無言で赤まりさを床に下ろす。そして、再びトイレへと駆けこんだ。
「ゆゆぅ…!れーみゅもやっちぇほしかっちゃのにぃ…ぷきゅぅ…」
赤れいむはご機嫌斜めだ。しかし、れいむとまりさは女が一瞬見せた苦しそうな表情を見逃さなかった。最近、
女はよく突然トイレに向かう。一度、れいむ、まりさ、赤れいむ二匹と順番にゆっくりフードを餌皿に入れていた
とき、その途中でその場からいなくなり、餌を貰えないと勘違いした赤まりさが大泣きする事件があった。
女は、赤まりさに何度も何度も謝っていた。ようやく、赤まりさの機嫌が治りかけた頃、女は再びトイレへと駆
けこんだ。
今までにこんなことはなかった。
れいむやまりさと一緒に過ごしている時、その場を離れることがあれば、必ず一言声をかけてくれた。
「れいむ…おねえさんのことだけど…」
「うん……さいきん…ゆっくりできていないみたいだよ…」
すぐに二匹の脳裏に浮かんだのは、自分たちの家族が増えたことで、それが女の負担になっているのはないか…
ということだった。
女がトイレから出てくる。れいむとまりさが見ても、女の顔色は決していいとは言えない。れいむがぴょんぴょ
んと女の傍へと駆け寄る。
「あ…れいむ、お昼ごはん…ちょっと待っててくれない?ごめんね…?」
「おねえさ…」
そう言うと、女はベッドに潜り込んでしまった。右の掌を顔にのせ、深いため息を吐く。
れいむは、まりさの隣にあんよを這わせると小さな声で、
「どうしよう…おねえさん…くるしそうだよ…」
「ゆぅ…」
困惑する二匹をよそに、三匹の赤ゆたちは空腹で騒ぎ始めた。れいむとまりさが必死になだめる。先ほど、女は
“ちょっと待って”と言っていた。れいむとまりさは、それができる。しかし、赤ゆたちにはそれができない。
お腹が空いているのにいつまで経ってもご飯をもらえないことで、赤ゆたちが大声で泣き喚いた。
「ゆんやあああああ!!!おにゃかすいちゃよ~~~!!!!」
「ごはんしゃん…ごはんしゃん、たべちゃいよ~~~!!!!」
「ゆっくちできにゃいぃぃぃ!!!ゆっくちさしぇちぇ~~~!!!!」
これまで、決まった時間に餌をもらっていた赤ゆたちは、遊び疲れたことからくる空腹に耐える力など皆無であ
った。ご飯を貰えるのが当たり前だと思い込んでいるからだ。
れいむとまりさが、赤ゆたちをたしなめる。
「ゆ!ちびちゃん!ゆっくりがまんしてねっ!」
「そうだよ!おねえさん…ゆっくりできてないからやすませてあげようね!」
「やじゃやじゃやじゃやじゃあああ!!!ごはんしゃんたべちゃいよぉぉぉぉ!!!」
赤ゆたちの我がままは一向に収まる気配がない。れいむとまりさはおろおろしていた。頼ってはいけないとわか
っていても、赤ゆの泣き声を聞きつけた女がなんとかこの場を収めてくれないかと期待していたが、女はベッドか
ら出てこない。
「ゆびゃああああああああん!!!」
泣き叫ぶ赤ゆたち。れいむが意を決して、
「まりさ!おねえさんがいつもよういしてくれるごはんさんのあるばしょはわかるよ!」
「ゆゆっ!まりさとれいむでちびちゃんたちにごはんさん、むーしゃむーしゃさせてあげようねっ!!!」
そう言って、れいむが三匹の赤ゆをなだめ始めると、まりさは台所へとぴょんぴょん跳ねていった。ゆっくりフ
ードの入った袋は、流し台の横に置いてある。
まりさは、まず椅子を経由してテーブルの上に飛び乗ると、ジャンプ一番流し台へと着地した。
「れいむーー!こっちにきてねー!!」
まりさからの呼びかけにれいむと三匹の赤ゆたちがずりずりとあんよを這わせてやってくる。
「れいむ!いまからごはんさんをしたにおとすよっ!」
「ゆっくりりかいしたよっ!!」
そう言って、まりさがゆっくりフードの袋を口に加えるとそれを床に落とした。
「「「ゆゆーん!!!」」」
赤ゆたちが歓声を上げるのもつかの間、床に落ちた袋は衝撃で破れ、中身のフードが床一面に散らばってしまっ
た。
「ゆ゛…っ!!」
まりさの顔が青ざめていく。れいむも、呆然とした様子で床に敷かれたゆっくりフードの絨毯を見渡している。
(*1)
二の句を継げない二匹をよそに、赤ゆたちは床に落ちたゆっくりフードをぱくぱくと食べ始めた。
「おいちぃよぅ!!!」
「むーちゃ、むーちゃ…しあわちぇぇぇぇぇ!!!」
赤ゆたちは、次々にフードを口に入れて行く。
「ゆゆ…っ、そんなにたくさんたべたらおなかがいたくなっちゃうよ!!!」
れいむが叫ぶが赤ゆたちの耳には入らない。まりさも心配そうだ。
「そんなにたべたら…っ」
「ゆゆっ!れーみゅ、おにゃかいっぱいになっちゃから、うんうんしたくなってきちゃったよっ!!」
赤れいむの言葉に呼応するかのように、三匹の赤ゆたちが横一列に並ぶ。
「ゆゆ!!!まってねっ!そこでうんうんしたら…」
「「「うんうんしゅるにぇっ!!!ちゅっきり~~~!!!」
仰向けになった三匹の口とあんよの間にある穴…あにゃるからうんうんが排出される。ゆっくりのうんうんは、
人間のそれとは異なる。ゆっくりは食べたものを餡子に変換して、体内に蓄積させる。中身の餡子はゆっくりが運
動エネルギーを生みだすのに必要なものだ。
しかし当然、餡子の最大許容量には限界がある。成体になって体が大きくなれば、それだけ餡子を充填できる量
が増えるが、体の小さな赤ゆはすぐに餡子が限界まで溜まってしまう。
それにも関らず、ゆっくりが活動するのに必要なエネルギーを生み出す餡子の量は成体でも子供でも変わらない
ため、赤ゆはすぐにお腹が減る。
やんちゃ盛りで遊び回ってばかりいる赤ゆたちの餡子の消耗は激しい。赤ゆは餌を与えてくれる親ゆがいること
で初めて存在が成り立つのだ。
赤ゆが“動く死亡フラグ”と呼ばれる所以のひとつが実はここにある。
つまり、個体によっては一度もうんうんをすることなく生涯を終えるゆっくりもいるのだ。ちなみに水分を過剰
摂取してしまうと、しーしー穴と呼ばれる場所からしーしーを排出する。
ゆっくりは無意識に体内の餡子と水分の量を調節して生きているのだ。
「ん…れいむ…お昼ごはんを用意するから……って、え?」
相変わらず苦しそうな表情で台所に現れる女が見たのは、床中に散乱したゆっくりフードと三匹の赤ゆが捻り出
したうんうん。…とは言っても、古くなった餡子もしくは余分な餡子というだけで汚いわけではない。…食べよう
と思えば食べられる。ゆっくりはうんうんをなぜか毛嫌いするが、そのあたりの感覚だけは人間と同じなのだろう。
「ご…ごめんなさいっ!れいむたち…ちびちゃんにごはんさんをむーしゃむーしゃさせてあげようと…」
「ゆ…ゆっくりかたづけるからゆるしてねっ!!ごめんなさい!ごめんなさい!!!」
女はゆっくりフードを拾い集めながら、
「ううん…。私も謝らないと…。みんなお腹すいてたのにね…ごめんね」
「そ…そんなことないよっ!!おねえさん…つかれているんだったらゆっくりしないでやすんでねっ!!!」
れいむの言葉に、女が一瞬目を見開く。
「ちびちゃんたちのせわはまりさたちがやるよ!おねえさん、ゆっくりしてねっ!!!」
女が無言で立ちつくす。満腹になったことで余裕が出てきたのか、ようやく赤ゆたちも女の様子がいつもと違う
ことに気がついた。
「ありがとう…。でも、大丈夫。苦しいことは苦しいんだけど…病気っていうわけじゃないから」
「ゆゆっ?」
「でも、あんなにくるしそうに……」
女は、少しだけ口元を緩めると、左手を自分の腹部に当てて、
「私ね…。お腹の中に赤ちゃんがいるのよ」
今度はれいむとまりさが、動きを止めた。そして、
「おねえさんの…ちびちゃん…?」
「ゆっくり…うまれるの…?」
「うん、そうだよ。“私のかわいい赤ちゃん、れいむたちには特別に見せてあげるね”」
れいむの言葉を真似して女が言葉を紡ぐ。れいむとまりさの顔が輝く。赤ゆたちもなんだか嬉しそうだ。
「ゆゆぅん!れーみゅ、おねーしゃんになるんだにぇっ!!!!」
赤れいむの言葉に女がにっこりと笑う。
「そうだよ。ちゃんとお姉ちゃんらしく、しっかりしないと…これから生まれてくる赤ちゃんに笑われちゃうよ?」
その言葉に、三匹の赤ゆがキリッとした表情で横一列に並び、
「「「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!!」」」
叫んだ。
「というわけで、れいむ?まりさ?私、ちょっと体の調子が悪いから、ご飯だけでも自分たちで用意してくれないか
しら…?今度はご飯を取りやすい場所に置いておくから」
「ゆゆっ!とうぜんだよっ!!!おねえさん、ゆっくりしていってね!!!」
「ありがとう」
そう言って、女はれいむ一家と一緒に昼食を取った。
五、
休日。
れいむとまりさは、三匹の赤ゆたちとゆっくりしていた。女は部屋の中にいるが、今日は遊び相手として催促は
しない。ここ最近、女の体調も良く、昨日の夜は久しぶりに豪勢な夕食を振舞ってもらった。
女は、今日は用事があって出かけるらしい。
鏡台の前に座り、化粧をしている。れいむ一家には告げていないが、女は付き合っている男と会う約束をしてい
たのだ。
慣れた手つきで薄い化粧を施して行く。まだまだ若い女に厚化粧など必要ない。
口紅を丁寧に唇に塗っていく。
れいむはその様子をずっと見ていた。不意に、
「れいむもお化粧したいの?」
女から質問されると、れいむは顔を横に振った。
「ちがうよ…。おねえさん…たのしそうだな、っておもってただけだよ」
れいむにそう言われて、鏡に映った自分の顔を見る。なるほど。少しだけ口元が緩んでいる。女はクスリと笑う
と、誤魔化すようにれいむをそっと抱き上げた。
れいむがこの家に来て一年半が経つ。れいむの頭を撫でながら、女は昔のことを思い出していた。れいむにバッ
ジは付いていない。女は、れいむを拾ってきたのだ。
「あ…時間だわ。ごめんね、れいむ。帰ってきてからゆっくり遊ぼうね」
そう言うと、女はれいむをそっと床に置いて玄関へと小走りで移動した。れいむもまりさも、久しぶりに嬉しそ
うな女の表情を見て穏やかな気持ちになっていた。遊び疲れた三匹の赤ゆたちも、ゆぅゆぅ寝息を立てている。
「じゃあね」
玄関のドアを閉め、鍵をかける。
部屋の中は、れいむ一家だけとなった。
「まりさ…おねえさんのちびちゃんがうまれたら…れいむたちもなにかおねえさんにあげたいよ」
「ゆゆっ!そうだね!!なにをあげるかいっしょにかんがえようよっ!」
あーでもない、こーでもないと二匹で論議を繰り返すうちに、いつのまにか眠ってしまった。静まりかえった部
屋に時計の針が動く音だけが聞こえる。
穏やかな時間がゆっくり、ゆっくり、過ぎて行く。
昼のご飯もちゃんと赤ゆたちに与えることができた。それから一家で遊んだ後、またそのまま眠ってしまった。
幸せな時間がゆっくり、ゆっくり、過ぎて行く。
ドアの鍵を回す音が聞こえ、五匹のゆっくりたちは玄関に集まった。ドアが開かれ、女が部屋に入ってくる。五
匹は、待ちわびたと言わんばかりに、
「「「「「ゆっくりおかえりなさい!!!」」」」」
また、一列に並んで叫んだ。
「………………」
しかし、女は何も言わなかった。れいむとまりさが不思議そうに女の顔を覗こうとするが、俯いた女の前髪に邪
魔されて表情を確認することができない。
女は無言で、靴を脱ぐと部屋の中へと入って行った。
れいむ一家も、そんな女の後姿を見送るだけで、どれ一匹声を掛けることができなかった。
女は、何も言わずにベッドの中に潜り込んだ。布団を顔まで覆っている。
五匹のゆっくりがそれぞれあんよを這わせて、女の元へと集まってくる。布団の中の女は微動だにしない。
「…おねえさん…?」
れいむが声をかける。反応は返ってこない。赤ゆたちも不安そうに互いの顔を見合っている。
「…ゆっくり…どうしたの?」
まりさも声をかける。やはり、反応はない。
女と“帰ってきてからゆっくり遊ぼう”と約束していたれいむは、不安そうに女のベッドの下をうろうろしてい
た。
日が傾いて行く。開けっぱなしのカーテンから夕陽が差し込み、部屋を茜色に染める。
女はベッドの中から動かなかった。やがて、完全に日が沈むと、電灯の点いていない女の部屋は真っ暗になった。
街灯の明かりがかろうじて窓から入り、そのあたりだけはうっすらと互いの顔を確認できる。
そろそろお腹も空いてきた。
れいむとまりさがあんよを這わせて台所へと向かう。
「ゆぅ…くらくてよくみえないよ…」
「だいじょうぶだよ!まりさのうしろをついてきてねっ!ずーりずーり…」
まりさが先頭を歩くのは、れいむが壁やテーブルの脚にぶつからないようにするためだ。細心の注意を払って二
匹がようやくゆっくりフードのある場所へとたどり着く。まりさがフードの袋を、れいむが餌皿をそれぞれ咥える
と、今度は窓辺の明かりを目指してあんよを進めた。
そのとき、突然部屋の中が明るくなった。
れいむとまりさが思わずあんよを止める。赤ゆたちもびっくりして震えている。
電灯のスイッチがある壁際に女が立っていた。女がベッドから出てきたことに、れいむたちはまったく気付かな
かった。そして、部屋の明かりに照らされた女の表情を見て、れいむは思わず硬直してしまった。
視点の定まらぬ瞳。ずっと泣き続けていたのか化粧の一部が落ち、目は真っ赤に充血している。女はその場に座
り込んだ。
れいむとまりさがぴょんぴょんと女の元に駆け寄る。
「おねえさん!ゆっくりしていってね!!ゆっくりしていってね!!!」
れいむが声をかける。声をかけなければ、そのまま女が消えてなくなりそうな気がしたからだ。
「おねえさん…どうしたの?」
まりさも不安そうに声をかける。女はふらふらと立ちあがりながら、
「ん…何でもない…何でもないのよ…」
そう言って台所へと向かった。
「おねえさん!」
「すぐにご飯の準備をしてあげる…少しだけ待っててね…」
「おねえさん!なんだかゆっくりできてないよ!!ちゃんとやすんで――――」
「何でもない、って言ってるでしょ!!!!!!!」
女はれいむたちの方に向き直らずに大声を上げた。れいむもまりさも怯えて、互いの頬をくっつけている。赤ゆ
はぷるぷる震えて、目に涙を浮かべていた。
部屋の中を静寂が包む。
一呼吸置いて、
「ごめん…。でも、本当に…大丈夫だから…」
れいむたちの返答を遮るかのように、流し台の蛇口を捻る。水の流れ出す音が、部屋に響いた。れいむたちは家
族で寄り添って台所に集まった。赤ゆたちはれいむとまりさの頬にぴったりと顔をくっつけている。
そのまま、待つこと三十分弱。空腹であったことさえ忘れていた五匹のゆっくりの前に、ゆっくりフードとオム
ライスが出された。
「おねえさん…」
「どうしたの…?美味しそうでしょ?今日は一日かまってあげられなかったから、せめてものお詫びのつもりよ?」
そう言って、女が微笑む。三匹の赤ゆは、
「「「ゆっくち~~~~~!!!!」」」
叫んで、それぞれの餌皿に顔を突っ込んだ。まりさも、女の笑顔に安心したのか、食べ散らかす赤ゆたちをたし
なめながら、餌に口をつけた。
「……………」
「……………」
れいむは、女を見つめたまま動かない。不安そうな表情を見せるれいむとは対照的に、女は空虚な視線をれいむ
に向けていた。まるで、れいむの向こう側にある何かを見ているようだ。
「食べないの?」
女が口を開く。れいむは、ぴょんぴょんとテーブルの上に飛び乗った。
「おねえさん…ほんとうに…ほんとうにだいじょうぶなんだよねっ?」
女が微笑みを浮かべ、
「大丈夫よ」
「しんぱいしなくても…いいんだよねっ?」
「大丈夫」
「……しんじても、いいの…?」
「大丈夫」
「ゆっ!れいむはおねえさんをしんじるよっ!ゆっくりしていってね!!!」
「大丈夫」
れいむは、それだけ言うと、床に下りて行きまりさや三匹の赤ゆたちと一緒にご飯を食べ始めた。女の作ったご
飯は今日も美味しい。きっと、大丈夫なんだ…れいむも、そう思っていた。
思い込んでいた。
「大丈夫…大丈夫大丈夫大丈夫…だいじょうぶ…だいじょうぶ…ダイジョウブダイジョウブダイジョウフダイジョウブ……………」
微笑みを浮かべたまま、うわ言のように“大丈夫”と繰り返す女の声は、
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせえええええ!!!!」
れいむたちの耳には届かなかった。
食事を終えたれいむたちはリビングでテレビを見ていた。シャワーを浴びて部屋に現れた女の表情は少しだけ晴
れているようにも見える。鏡台の前に座る。
(…我ながら、ひどい顔ね…)
鏡の前で溜め息をつく。
(…あれ…?)
女の化粧道具の入ったポーチが鏡台の上に置かれている。いつもなら、鏡台の引き出しの中に入れてあるはずな
のだが。女は几帳面だ。道具を出しっぱなしになどしたりはしない。なんとなくそれに手をかけ、中身を取り出す。
口紅が入っていない。
(…おかしいな…)
部屋には鍵をかけている以上、ポーチに触れるのはれいむたち以外にはいない。そういえば朝、化粧をしている
女の横にはれいむがいた。疑いたくはなかったが、れいむに声をかける。れいむがぴょんぴょん飛び跳ねて女の元
にやってきた。
「ゆゆ!おねえさん、どうしたの?」
「あのね…知ってたら教えてほしいんだけど…私の口紅を知らないかしら…?ああ、こうやって口に塗るヤツなん
だけど…」
女が口紅を塗る仕草をしてみせる。れいむの表情が一瞬変わったのを女は見逃さなかった。
(…もしかして本当にお化粧したい、って思ったのかしら…?)
「ゆっくり…ごめんなさい…れいむが…つかっていたよ…」
そう言うと、ぴょんぴょんと飛び跳ねて寝床に向かったかと思うと、口に口紅を咥えて女の元へと帰ってきた。
「何に使っていたの…?お化粧、してみたかった?」
「ゆ…ゆぅ…。そ、そうだよっ!おねえさんのまねをしたくて…ごめんなさい!」
一瞬、言葉に淀みがあったような気がしたが、女は気づかなかったフリをした。女はれいむの頭を優しく撫でる
と微笑んだ。
「いいのよ、別に」
れいむが女の腕に頬をすり寄せた。
「おねえさんのちびちゃんは…あとどれくらいでうまれるの…?」
「……………ッ!!!」
女が目を見開く。いつのまにか、れいむは女の膝の上に乗っていた。
「おねえさんのちびちゃんがうまれたら…れいむがおうたをうたってゆっくりさせてあげるね…」
女の右手が小刻みに震える。れいむは、まるで我が子を見るかのように愛おしそうな視線を女の腹部に向けてい
た。
「おねえさんがいそがしいときは…れいむがちびちゃんのめんどうみてあげるよ…っ!」
それはれいむにとって、女への恩返しのつもりだった。食べ物を取ってきてあげることはできなくても、生まれ
てくる赤ん坊の遊び相手くらいにはなってあげられる。自慢の子守唄で赤ん坊を寝かしつけることだってできるだ
ろう。
母親としては先輩に当たるれいむは、子守をすることで女の手助けをしようと考えていた。
自分たちのちびちゃんにも負けないくらいの愛情を注いで接するつもりだった。
女が唇を震わせながら、何かつぶやいた。
何を言ったのかは聞き取れない。れいむが、女に尋ねる。
「ゆ?きこえなかったよ…?どうしたの、おねえさん…?」
「…ごめ…ごめんね…私……私、ね…。多分、赤ちゃん…産めなくなっちゃった…」
女の涙が雫となってぽたり、ぽたりとれいむの顔に落ちる。れいむも、女が冗談を言っているのではないと理解
していた。
「どう…して…?」
女は何も答えない。ただ、ただ、泣き続けるだけだ。
戸惑うれいむ。赤ちゃんができたのに、生まれない。
れいむは一生懸命考えた。女にかける言葉を。
女は、子供が生まれることを喜んでいた。自分たちに特別に見せてあげる、という約束までしてくれた。と、言
うことは女は子供を産みたいと願っているのだろう。
でも、子供は産めなくなった、と言った。れいむにはそのことの意味がわからない。だが一つだけ、思い当たる
節があった。ゆっくりの頭の上に生えた茎に実った赤ゆが、生まれる前に死んでしまうことがある。赤ゆが茎に実
っている間は、茎を通して親ゆの栄養分を赤ゆに送ることになる。人間で言えば、へその緒の役目に相当するのが
茎である。
しかし、親ゆの栄養分が十分でなく実った赤ゆに満足に行き渡らなくなると、親ゆから最も離れた茎の先端に実
った赤ゆから順番に、栄養不足で朽ちて死んでいく。
れいむは、最近の女の体調不良を思い出していた。それで、れいむはれいむなりの答えを出した。
“お姉さんの赤ちゃんは、生まれてくる前にずっとゆっくりしてしまったのだろう”…と。
れいむが、女に質問をした。
「おねえさん…おねえさんは…ちびちゃんをうみたいんだよね…?」
女は、ゆっくりを相手に泣きじゃくりながら、何度も何度も頷いた。
れいむは、そんな女の姿を見てかける言葉を決めた。女に元気を出してほしかった。
「ゆゆっ!」
れいむが女を見上げる。そして、女に“慰めの言葉”をかけた。
「 お ち び ち ゃ ん は ま た つ く れ ば い い よ ! ! ! 」
女の震えがぴたりと止まった。涙も、嗚咽も、呼吸さえも止まってしまったのではないかと思うほど、女はぴく
りとも動かなかった。
膝の上で、れいむが誇らしげに女の顔を見上げている。
「………、……て……………たの………?」
途切れ途切れに女が言葉を紡ぐ。
「ゆ?」
れいむには聞き取れない。
「今、なんて言ったの…ッ?!」
「おちびちゃんはまたつくれば―――――――」
女の中の、“何か”が音を立てて壊れた。
六、
女はれいむの右の揉み上げを掴むとそのまま宙釣りにして、腰を捻りすぐ傍の固い壁に投げつけた。
「ゆ゛ぶる゛っ゛??!!!!」
壁に顔面から激突したれいむが跳ね返り、今度は床に叩きつけられる。女は肩で呼吸をしている。息が急激に荒
くなっていく。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!!れ゛い゛む゛のがわ゛い゛い゛おがお゛があ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
絶叫するれいむの声を聞いてようやく異変に気付いたのか、リビングにいたまりさと三匹の赤ゆが女とれいむの
いる部屋にやってきた。
「どうした…の………ッ!?」
まりさの視界に入ったのは、額の皮が破れ中身が漏れ出し、半分飛び出かけた目玉と、バラバラに砕けた歯。そ
して痛みにそこら中をのたうちまわっている最愛のれいむの姿だった。
「れ…れいむうぅぅぅぅぅぅぅ??!!!!」
まりさが声を上げる。れいむに駆け寄り、慰めるために頬や額を舐める。
「れいむ!!!れいむ!!!ゆっくりしないでなおってね!!!ぺーろぺーろ…っ!!!」
女はまりさの後頭部につま先をめり込ませた。
「ぎゅっ!!!」
蹴りあげられて、鏡台の大きな鏡にまりさがぶつかると、鏡が激しい音を立てて割れた。割れたガラスの破片が
まりさの顔中に突き刺さっている。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!い゛だい゛よ゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!」
今度はまりさが悲鳴を上げた。
自分たちの目の前で転げまわる両親を目の当たりにした三匹の赤ゆは、がたがた震えながらしーしーを漏らして
いた。
れいむも、まりさも、痛がってはいるがこの程度で死ぬほどヤワではない。優しいお姉さんはおかしくなってし
まった。それを理解するだけの意識はまだ保っている。怯えてあんよを一歩も動かせない赤ゆに向かって、れいむ
が叫ぶ。
「ちびぢゃあ゛あ゛あ゛ん゛!!ゆ゛っぐりじな゛いで…にげでね゛っ!!!!」
それでもその場を動くことができない赤ゆに、女がゆっくりと近づいて行く。れいむが泣き叫ぶ。
「おね゛え゛ざあ゛あ゛ん!!どう゛じちゃっだの゛お゛お゛!!???」
「ゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛よ゛お゛お゛お゛!!!!!」
女が、赤れいむのリボンをつまむ。つまみ上げられた赤れいむは、
「ゆ?ゆっくち……ゆっくち!!!」
あんよを動かして逃れようと、床を探して宙を蹴る。リボンをつかまれているため、抵抗らしい抵抗はできない。
小さな口で噛みつくことも、のーびのーびして抜け出すこともできない。
「や…やめちぇ…はなしちぇ…きょわいよ…きょわいよおおお!!!おきゃーーしゃあああああん!!!!」
ようやく事の重大さに気付いたのか、赤れいむは顔をぐしゃぐしゃにして大泣きを始めた。まりさがずりずりと
あんよを這わせて女の足元にやってくる。割れたガラスの破片が動くたびに、体内の餡子をこすりつけるのだろう。
歯を食いしばり、涙を滝のように流しながら女に懇願する。
「お゛でがい゛じばずぅ゛ぅ゛!!!ちびぢゃんに゛ぃ…びどいごどじな゛い゛でぇぇぇ!!!」
「おでーざぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!!ちびちゃんがごわがっでる゛がら…やべであげでね゛ぇっ?!!」
女の氷のような表情は変わることはない。そして、冷ややかな口調でこうつぶやいた。
「何を言ってるの…?れいむ…あなたが言ったのよ…?」
れいむとまりさの動きが止まる。
「ゆ?ゆゆっ??」
一瞬、痛みを忘れてれいむが困惑の表情を浮かべる。
「オチビチャンハ…マタ、ツクレバイインデショ?」
女が何を言ってるのか理解したれいむが、激痛に耐え女の元へと向かおうとする。赤れいむをつまんだまま、女
は鏡台の引き出しに入っていた、裁縫道具を取りだした。その中から針を一本取り出し、赤れいむのリボンに突き
刺して針刺しに固定した。
あんよを使って逃げようとするが思うように床を蹴ることができない。赤れいむは仰向けの状態にされていた。
だから、女の動きだけは嫌でも視界に入る。
女は一番太い針を取り出すと、それに黒い糸を通し始めた。針の先端を見た赤れいむが怯えている。
「や…やめちぇにぇっ!なにしようとしちぇるにょぉ?!!ゆっくちできにゃいよっ!!!」
まりさがずりずりと女の元へとやってくる。女はそのまりさの目の前に見せつけるように赤れいむを持ってくる
と、ひと思いにその針を赤れいむのもちもちした顔に突き刺した。
「ゆ゛びゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
赤れいむが大粒の涙を流し、張り裂けんばかりの勢いで口を開き絶叫した。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛…っ!!!やべでぐだざい゛ぃ゛ぃ゛!!おでがいじばずう゛ぅ゛ぅ゛!!!!」
最愛の我が子の悲痛な叫び声を聞いたまりさが、割れたガラスを顔の奥に突き刺しながら土下座をした。床に
頭を叩きつけるたびに、ガラス片は体内深くに突き刺さっていく。
「い゛ぢゃい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
女が針をずぶずぶと赤れいむの体の奥に刺して行く。柔らかい肌と餡子の抵抗を針が問答無用に貫いていく。人
間でいえば、脇腹あたりから鉄パイプを突き刺され、反対側の脇腹へと貫通させられようとしているのだ。赤ゆが
泣き叫ばないわけがない。
「ゆ゛ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…っ!!!!!!」
歯を食いしばる。それでも、体内に侵入してくる針と糸の蹂躙は終わらない。刺された箇所と突き通っている最
中の部分が熱くてたまらない。
「あ゛…ゆ゛…ゆ゛…びゅえ゛………いぢゃい゛…い゛ちゃい゛…い゛ちゃい…!!!」
涙もしーしーも止まらない。痛みに必死の形相で耐えているためか、顔は真っ赤だ。揉み上げもピンと張ってい
る。やがて、反対側の皮を突き破って針の先端が顔を出した。もう一度皮を貫かれる痛みが赤れいむを襲い、目を
見開き体をびくつかせる。
我が子がもがき苦しむ一部始終を見せつけられているまりさは、それでも涙を流し続けるだけで女に攻撃を加え
ようとはしなかった。
「たちゅ…けちぇ…おきゃ……しゃん……」
赤れいむの揉み上げも力なく垂れる。
れいむは、もう一匹の赤れいむと赤まりさの前に立ちはだかり、がたがた震えながら泣いている。
「や゛め゛ぢぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!!」
女は赤れいむに針を貫通させた。貫通させても、赤れいむの体内にはまだ細い糸が残っている。体内に異物が混
入している違和感に、赤れいむは気持ち悪さで中身の餡子を吐き出す。女は赤れいむの顔を自分のほうに向けるよ
う左手に持ち帰ると、ようやく貫通した針を右手に持った。
赤れいむは、涙と冷や汗と涎としーしーをだらだら垂れ流して、目で助けを求めていた。
「……だぢゅ…げちぇ…」
女は無言で、右手に持った針を一気に手前に引いた。
「い゛っぢゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
赤れいむを襲ったのは、糸による摩擦である。突き破られた二カ所の皮と体内を、糸が勢いよく駆け抜ける。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぢゅい゛い゛い゛い゛!!!!!!!」
摩擦熱で糸に触れていた部分が瞬間的に火傷を引き起こす。女は赤れいむの体内を通っている糸を持って一気に
引っ張り続けた。時にゆっくり、時に素早く。体内を糸が動いて行くおぞましい恐怖と、体内を瞬間的に焼き焦が
される痛みが生まれて間もない赤れいむを長い時間、苦しませた。
痛くてたまらない。それなのに、中身の餡子が減るわけではないから苦しみは終わらない。結局、女は巻かれて
いた糸が全てなくなるまで、赤ゆの中の糸を引き続けた。ようやく体内の異物を引き抜かれた赤れいむは既に虫の
息だった。
「ゆ゛…………………ゆ゛っ…………………」
皮の張りも柔らかさもそのままに、二点だけ開けられた小さな針穴の周りだけは黒ずんでいる。中身の餡子も糸
が触れた部分だけは同じような状態になっているだろう。
これまで味わったことのない痛みと苦しみに、赤れいむは痙攣を起こしている。
「ちびちゃん…ちびちゃん…っ!!!」
痛みのピークを通り越したのか、それでも体内にガラス片が残っているはずのまりさが、泣きながら赤れいむの
傷を舐めている。
女はそのまりさから赤れいむを取り上げた。赤れいむはもう特に何の反応も示さない。女は、赤れいむの二つの
揉み上げの根元を右手と左手でそれぞれつまんだ。
「おねえざん…おでがいだよ゛ぉ゛…やべでよぉ…あんな゛に゛やざじぐじでぐれだのに゛ぃぃ…!!」
女が無言のまま、指に力をかける。揉み上げの根元をつまんでいるため、揉み上げだけが引きちぎれることはな
い。
「んぎぃぃっ??!!!」
ぶち…ぶち…ぶつっ…
嫌な音が赤れいむの顔から聞こえてくる。頭頂部から皮が裂けようとしているのだ。遠のきかけていた意識が激
痛により無理矢理引き戻される。もう、体内に残っている水分などほとんどないだろうに、それでも反射で目から
涙が溢れ出す。水分もほとんど残っていないのか、餡子混じりの液体がとろとろと流れ出してきた。
「お゛ぎゃ…じゃ…い゛ぢゃ………だじゅ…げ………い゛ぃ゛っ!!!い゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」
引き裂かれた皮は、すでに目と目の間にまで到達している。顔の中央部分から中身がどろりとこぼれ出す。これ
が致命傷となった。中身の餡子が三分の一以下になった瞬間、赤れいむはようやくこの永遠とも言える苦しみから
解放された。自身の死をもって。
まりさが、歯を食いしばり、女を下から睨みつけていた。小刻みに震えている。絶え間なく溢れだす涙。それは
我が子をむごたらしく殺された恨みと、大好きな優しいお姉さんに裏切られた深い悲しみとが入り混じったものだ。
すでに息絶えた赤れいむの顔を半分に引き裂いて、ようやく赤れいむは女の指から離れた。
ぺしゃり… ぽとり…
二つになった赤れいむの皮が床に落ちる。目は見開かれたままだった。
「ゆ゛う゛う゛…ゆぐぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ!!!!!」
変わり果てた我が子の姿を見たまりさが、うめき声を上げた。女を睨みつける視線には、明確な殺意が込められ
ていた。それでも、ここまでされても、まりさは女に攻撃を仕掛けようとはしなかった。ただ、ひたすらに大きな
声で、
「どぼじでごん゛な゛ごどずる゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ゛!!!!!!!!!!」
怒鳴りつけた。
女はまりさを無視して歩き出す。向かう先にはれいむがいた。れいむが泣きながら威嚇する。大好きなお姉さん
に向かって。
しかし、その滑稽な姿は女の視界には入らない。女はれいむの後ろにいる赤れいむと赤まりさだけを見据えてい
た。
「ぷくぅぅぅぅ!!!ゆっぐりやべてねっ!!!!れいむ…ほんどうに…おごっでるんだよ!!!!」
女は歩みを止めない。無言で近づいてくる。
「やめてねっ!!こないでね゛っ!!!いくら゛おねえ゛ざんでも…ゆるさない゛よっ!!!」
女がれいむのリボンを持って自分の顔の高さまで持ち上げた。れいむは威嚇をやめない。
「ぷくううぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」
顔を真っ赤にして頬を膨らませる。女はそんなれいむの唇に、自分の唇が触れるか触れないかくらいのところに
まで顔を近づけて、
「邪魔」
一言。ただその一言が、れいむにとっては重い衝撃だった。膨らませた頬が収縮していく。悲しくて寂しくて怖
くて…そして、自分が女には絶対に勝てないということを悟り、絶望した。
女はれいむを床に放り投げた。着地をすることができずにまた顔面から床に叩きつけられたが、痛みよりも渦巻
く暗い感情のほうが心を支配し、その場を動けなくなった。
赤れいむと赤まりさ。二匹は頬をぴったりとくっつけたまま、その場を動かない。
女は赤まりさの小さなお帽子を取り上げた。恐怖よりも、飾りを取られることのほうが感情的に勝るのか、金縛
りから解けたように赤まりさがぴょんぴょんジャンプして、
「ゆあああああ!!!まりしゃのおぼうち…かえしちぇ…かえしちぇぇぇぇぇ!!!!」
泣き叫ぶ。ジャンプしたところで、女のくるぶし辺りまでしか届かないというのに、どこまでも無駄な行動を取
る赤まりさ。
女が再び裁縫道具のある場所へと向かう。まりさが睨みつけてくるが、女の視界には入らない。それどころか、
半分に引きちぎられた赤れいむの顔を踏みつぶしたことにさえ気づかなかった。女の足の裏にべったりと餡子が貼
りついている。
赤まりさは必死にぴょんぴょん飛び跳ねて、女の後を追っていく。
女はハサミを取り出すと、赤まりさのお下げを切り落とした。
「ゆ…?」
赤まりさが、足下に転がったお下げを見下ろす。血の気が引いて行く赤まりさ。小刻みに震え始めた。頭を左右
に揺らしてみる。いつもはゆらゆら揺れていたはずのお下げがそこにない。
「ゆ…ぁ…あ…ぁぁ…まりしゃの……まりしゃのおしゃげしゃんがあああああああああああああああああ!!!!!」
顔面蒼白の赤まりさの眼前に先ほど奪い取った帽子をちらつかせる。
「ゆっくちぃ!!!ゆっ!!!かえしちぇ!!!かえしちぇにぇっ!!!」
ぴょんぴょんとジャンプするが、愚鈍な赤まりさの動きで女の手から帽子を奪い返すことなどできない。
女が無言で帽子にハサミを入れる。つばの部分に大きな切れ込みが入った。それを見るだけで、赤まりさは混乱
状態に陥っている。
「ゆあああああああ!!!!ゆっくちやめちぇえええ!!!ゆっくちできにゃくなっちゃうよぉぉぉぉぉ!!!!!」
二度、三度、赤まりさの帽子をハサミで切り裂く。そのたびに、大声を上げる赤まりさ。どうにもできないとわ
かっていながら、それでも絶叫を繰り返すしかない。小さな白いリボンもバラバラに切り裂かれた。ハラハラと落
ちてくる布切れを眺めて、全身を震わせている。
「どうしちぇ…こんにゃこちょ…すりゅの……?」
ついに、赤まりさの黒い帽子はただの布クズになってしまった。赤まりさが無言で泣きながら黒い布切れをぺろ
ぺろ舐めている。
「ゆゆっ?!」
肉体的なダメージはまだ無傷の赤まりさの長い金髪をつかむと、風呂場へと足を進めた。赤まりさは、餡子の重
みで垂れ下がったあんよを左右に振って抵抗しながら、
「おきゃあああああしゃああああああん!!!!たちゅけちぇええええ!!!!!」
れいむとまりさに助けを求める。しかし、れいむとまりさは動かない。ただ、泣きながら悠然と歩みを進める女
の後姿を見ているだけだった。
「おねえざん………どう…じで…」
女はいつも、れいむとまりさの髪を洗ってあげていたタライの中に熱湯を注ぎ始めた。沸き立つ湯気の熱気から
お湯に触れればどうなるのかということが、餡子脳の赤まりさにも理解できた。
タライの中の熱湯の深さはそれほどない。赤まりさの体が半分浸かるくらいのものだ。
女は無言でその中に赤まりさを放り込んだ。
「ゆ゛ん゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
ばしゃばしゃと水しぶきを上げながら、赤まりさが熱湯の海の中でのた打ち回る。ジャンプしてタライの外に脱
出しようとしても、あんよが水中にあるため上手く跳ねることができない。できたとしても、赤まりさに越えられ
る高さではないのだが。
「あ゛ぢゅい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!まり゛じゃ…な゛んにも゛わりゅいごどじでにゃい゛の゛に゛ぃぃぃぃ゛!!」
女が赤まりさの髪をつかんで、熱湯から引き出した頃には、茹で饅頭と化していた。あんよの皮がふやけている。
「ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…」
そのとき、赤まりさの表情が一瞬だけ明るくなった。女が後ろを振り返る。そこにはまりさがいた。
「おぎゃあ゛じゃあ゛あ゛ん゛!!!だちゅげでぇぇぇ゛!!あ゛ぢゅい゛のや゛じゃあ゛あ゛あ゛!!!!」
まりさは唇を噛み締めて、涙を流すだけで赤まりさを助けにはやってこない。
れいむも、まりさも、どうして自分を助けに来てくれないのか…。赤まりさはどうしてもそのことについて納得
がいかなかった。
「どうしちぇ…?どうしちぇ、まりしゃを…たしゅけちぇくれにゃいにょ……?」
まりさは俯いたまま、何も答えない。
「まりしゃのこちょ…きりゃいになっちゃったにょ…?」
まりさが俯いたまま、顔を横に激しく振る。
「じゃあ…っ!どうしちぇ―――――」
女は再びタライの中に赤まりさを投げ入れると、今度は熱湯のシャワーを浴びせ始めた。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!おにぇぎゃ…あ゛…ぎぃ゛…っ!!!あ゛ぢゅい゛!!やべちぇ!!!」
まりさに助けを求めようにも、上から絶え間なく降り続く熱湯が、目に、口に直接入り込み、赤まりさの全身を
まんべんなく火傷させていく。
「…っ!!!……………っ!!!!」
口の周りが溶け始めた。あんよはすでに崩れていて動かすことができない。もう、逃げられない。熱湯の水位は
赤まりさを完全に飲み込んだ。赤まりさは溺れていた。大量の熱湯を飲み込み、体の外も中も火傷を負っていた。
目を見開くと、目玉が焼けるように熱い。もがけばもがくほど、新たな苦しみが襲ってくる。それにも関らず、じ
っとしていることはできない。
やがて、顔中の皮がふやけて破れ、中の餡子が漏れ出してきた。タライの水面が餡子で覆われ、赤まりさの姿を
見ることはもうなかった。女がタライをひっくり返すと、どろりと餡子が流れ出した。排水溝には赤まりさの金髪
が絡みついて行く。小さな目玉がころころと飲み込まれていった。
女は熱湯のシャワーを入念に床のタイルに浴びせ、赤まりさの存在した痕跡の全てを洗い流した。
まりさは、その様子を泣きながら見つめていた。歯を食いしばり、我が子の最期を見届けた。女はまりさを無視
して、最後の赤ゆである赤れいむの元へと向かっていた。
「ちびちゃん…ごめんね…ごめんね…まりさ………たすけてあげられないよ………」
まりさは、女の後ろをずりずりとついていくだけだ。
れいむも、相変わらず頬を膨らませて威嚇しているだけで、女に攻撃を加えようとはしない。
女が生き残った赤れいむを無言でつかむ。赤れいむは怯えながら、れいむとまりさに向かって…自分たちをまっ
たく助けようとしない、二匹の両親に向かって呪詛を浴びせ続けていた。
「ゆっくちできにゃいおきゃーしゃんはしんでにぇっ!!!!どぉちちぇ…たしゅけちぇくれにゃいのぉぉぉ!!」
どれほどの殺意を向けても、憎しみを込めても、れいむとまりさに女を攻撃することはできなかった。こんな仕
打ちを受けてもなお、二匹にとって、女は優しいお姉さんのまだったのだ。
「ゆ゛ん゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!」
女の手の中に赤れいむがいる。徐々に力をかけていく。親指と人差し指の間から、赤れいむの顔が出ており、下
腹部を圧迫されているためか真っ赤に腫れあがっている。ぼろぼろと涙を流し、せり上がってくる餡子を吐かない
ように口を固く閉じている。
やがて、歯と歯の間からぴゅるぴゅると餡子が飛び出し始めた。すでにあにゃるからも餡子が漏れているのだろ
う。女の小指の辺りから餡子がぽとぽと落ちてきている。
「ゆ゛…ぎゅ…れ゛い゛み゛ゅ…ちゅ…ぢゅぶれ゛…り゛ゅう゛ぅ゛ぅ゛…っ!!!」
圧迫された餡子により、頭の皮が裂け始めた。
れいむとまりさは、それをただ、見ていることしかできなかった。
「びゅぎゅっ!!!!!」
短い悲鳴を上げて、赤れいむの顔の上半分が爆ぜる。勢いよく両方の目玉飛び出し、中身の餡子が弾け飛ぶ。目
覆うれいむとまりさの足元に、我が子の中身がぼとぼとと落ちてくる。
三匹の赤ゆが三匹とも、筆舌に尽くしがたい拷問を受け、むごたらしく殺された。
れいむもまりさも震えていた。理解している。今度は自分たちの番だ。
「…これでも…また赤ちゃんは作ればいいの…?」
女が問いかける。
れいむが顔を横に振った。
「お…おでぇざん…………まり゛ざ…わがんない゛…わから゛ないよ…」
「分からない?何が?」
「どおぢで…やざじいおでぇざんがごんな゛ごど…ずる゛のか…」
まりさが顔をぐしゃぐしゃにしたまま繰り返す。
「どおぢで…な゛ぎながら゛…れ゛い゛むとま゛り゛ざの…ちびちゃんだぢにびどいごどずる゛のが…っ!!!!」
「―――――――――え?」
女はぼろぼろと涙を流していた。
振り返る。鏡台の下には、体を真っ二つにされた状態で潰されている赤れいむと思われる物が転がっている。足
元にはバラバラに切り裂かれた赤まりさの帽子の残骸が。
少しずつ…我に返り始めた。
「おねえ゛さん…ゆっぐり…ごめ゛んなざい…!!れいむ゛…ちびちゃん゛…また、つぐればいい゛、な゛んて…」
女が右手を開く。そこにあったのはぐちゃぐちゃに潰れた赤れいむの下半身。餡子と、赤れいむの髪の毛が女の
指に絡みついて離れない。
「あ…あ…ぁあ…あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
女は自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気付いた。
それにも関らず、れいむもまりさも、女に“ごめんなさい”を繰り返す。
(違う…違う…悪くない………悪くないのよ…れいむも、まりさも…)
耐えられなかった。れいむとまりさに見つめられるのが。女はがたがた震えていた。どんなに怯えても、震えて
も自分のしたことは変わらない。
(どうしよう…どうすれば…)
潰してしまったゆっくりは生き返らない。それは当たり前のことだ。この日の出来事は、女と、れいむと、まり
さ。この一人と二匹の記憶に永劫刻まれるだろう。
女がれいむとまりさに向き直った。
(……そうだ………。なかったことにしよう………。全部悪い夢だったんだ………)
女がれいむとまりさに歩み寄る。
(全部…悪い夢だったのよ…全部…全部)
七、
女の部屋からゆっくりたちの笑い声が聞こえることは二度となかった。改めて見ると広い部屋だ。女はれいむと
まりさとの思い出を一つ一つ消し去るように部屋の片づけをしていた。
台所から餌皿を。
風呂場からタライを。
二匹を思い出させるような物は全部視界から消してしまいたかった。女は全てを忘れようとしていたが、忘れよ
うとするということは記憶していることと同じであり、恐らく女の記憶から昨夜の悪夢が消えてしまうことはない
だろう。
女はれいむたちの寝床を片付け始めた。
れいむたちに子供ができたときに作って上げたクッションをゴミ袋に入れる。すると、その下から小さな紙切れ
が出てきた。
「これは…」
そこには、たどたどしい文字で、
“おめでとう”
と書いてあった。
女の表情が変わる。
(まさか……!!!!)
鏡台の中にしまっていた化粧道具入れのポーチから、口紅を取り出す。口紅の蓋を開け中身を出していくと、紅
の部分が不自然に潰れている。
女はその紙切れの文字の横に口紅をクレヨンのように使って一本、線を引いてみた。
色も、線の太さも、同じだった。この文字は、口紅を使って書かれたものだ。…誰が?そんなことは分かり切っ
ていた。
これは、れいむから女へのメッセージなのだ。
クッションに刺繍してあった“おめでとう”という文字を見よう見まねで書いたのだろう。
れいむも、女に“おめでとう”と言ってあげたかったのだ。
女は、れいむの言えなかった言葉を抱きしめて、その場に座り込んだ。
「ごめん……なさい……………」
女には、長い間付き合っていた男がいた。
女は近い将来、その男と結婚するだろうと考えていた。
ある日、男は“大事な話がある”と言って、女を食事に誘った。
女も、男に“大事な話”をするつもりだった。
二人の間に、子供ができたこと。
一緒にいた時間は長い。
もう結婚してもいい時期だ…少なくとも、女はそう思っていた。
しかし、男から切り出されたのは…別れ話だった。
世界が色を失って行くのを感じた。
男は、何度も謝った。
“他に好きな女ができた、許してほしい”と。
“それじゃあ…仕方ないわね”。
女はあっさりと折れてしまった。
自身に宿した子供の話を切り出すことができなかった。
怖かった。
男にその話をして、自分の子供を否定されるのが怖くてたまらなかった。
誰にも相談をすることができなかった。
子供の話を聞いて男が女と結婚することを了承したとしても、もう昔の関係に戻ることはできないだろう。
自分の子供が“望まれて産まれた子供ではない”と思われるのも嫌だった。
親にこの話をして悲しませたくもなかった。
言えなかった。
誰にも。
どうしても、言うことができなかった。
おわり
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
うん、長ぇ。