ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2088 とんでもないゲス(後編)
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ankoss
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決行は明日と決まった。
ダラダラと延ばしていたら、またさなえのような犠牲が出るかもしれない。
皆と別れ、狭苦しいおうちに戻ってきて、らんは「ほぅ」と息をついた。
今更ながら、その日にあった様々なことが思い起こされて感慨深いものがあった。きっ
と、他のみんなもおうちに帰ってからこんな気持ちなのではないだろうか。
さなえには悪いことをした……。
劣等種の中では、唯一らんのみが、この群れの常識に疑問を持っていた。
しかし、ゆっくりの一種に過ぎぬらんも、思い込みの呪縛からは自由ではなかった。貴
種は優れていて、自分たち劣等種は劣っている……物心ついてからの徹底的な刷り込みに
よる思い込みは強固であった。
それでも、らんは、あの時――
あの時、それまでその傲慢な振る舞いに反発こそ感じていたものの、皆殺しにしてやろ
うとまでは思っていなかった貴種に対して憎悪を抱いたあの時から、らんは弱者ならば弱
者なりに戦えるはずだと自らを鼓舞し、貴種どもを観察してきた。
そして、思ったのだ。
――本当にあいつらは優れているのか?
その芽が心に吹いた時から、らんは試してみようかという誘惑と戦い続けていた。あの
時から命などそれほど惜しくないから自分だけで済めば、一番強いまりさにでも喧嘩を売
って試してみただろう。
しかし、常識はやはり常識であり、劣等種は貴種に勝てるはずなどなくやられてしまっ
た場合、以後の反抗を予防するためにらんだけではなく、他の仲間にも制裁を加えられる
のでは、と思うと踏ん切りがつかなかった。
前の長の頃は、それほど待遇も悪くはなく、我慢して頑張ってさえいればゆっくりでき
た。
しかし、長が変わり劣等種の境遇は悪化した。
そこですぐに踏み出さなかったことを、らんは悔やんでいる。
そこで前に出ていれば、さなえが犯し殺されることはなかった。
さなえの死が、背中を押した。
しかし、それでもらんの一歩は細心の注意を伴っていた。
できるだけ、その一挙がらんの独断であると示すために色々と手を打った。
それでも不安は無いわけではない、劣等種に喧嘩を売られたことに怒り狂った貴種が、
証拠などなしに仲間を制裁することは十分に考えられたからだ。
それ以前なら、らんはそこで踏みとどまっていただろう。危険がある以上、それが賢明
な判断だ。
しかし、らんの後ろにはそれまでには無かったものがあった。
さなえの死体。
さなえの死。
このままでは、さらなる犠牲が出るかもしれぬ。
もはや、後ろにも危険は迫っていたのだ。
らんは、決断した。
結果、賭けは成功した。
らんは、もう一度、ほうぅ、と安堵のため息をついた。
「ちぇん……やるぞ」
あの時――
ちぇんが死んだ――殺されたあの時から願っていた時がもう明日に迫っている。
ちぇんとらんが一緒になるという話が知られた時、みんな驚いた。
言うまでもない、ちぇんは貴種であり、らんは劣等種、厳しい身分差を飛び越えて結婚
しようというのだから。
劣等種たちは、驚いたものの、それを受け入れてからは好意的であった。
ちぇんも、らんと添い遂げようと決意するぐらいだから、劣等種に対する蔑視などは捨
てており、進んでらんの仲間と交流を持った。
だが、驚いた後に受け入れることができなかったのは貴種である。
それも当然で、特にちぇんの家族は烈火のごとく怒って、あれこれ説得に努めたが、と
うとう家族の縁を切るという脅しにもちぇんが屈さないに至って、諦めた。
――確かに、この時、諦めたのだ、一度は――。
長は、むきゅぅと難色を示していたが、結論をくださなかった。
群れには幾つか掟はあったものの、貴種と劣等種の間での婚姻を禁ずるものはなかった。
そこは、頭がよいとは言えどもずっと森で暮らしてきた長ぱちゅりーの限界で、ちぇん
種とらん種はお互いに好き合う例が多いという人間による研究の成果など知るはずもなか
った。
そして、その時――
ちぇんは、らんのおうちに移り住もうとした日の前夜に、死んだ。
殺されたのだ。
れみりゃにやられたということになったが、ちぇんの家族がやったのだ。
一度は諦めた家族だが、いくら縁を切ったと公言しても、ちぇんはやはり家族である。
少なくとも、他の貴種たちはそう思うだろう。
そうなれば、劣等種と結婚するようなものを出した一家に対する風当たりは強くなるで
あろう。
既に縁を切ることを覚悟していた一家にとっては、それはもうそれほどに高いハードル
ではなかった。
夜、明日の朝にはらんのおうちに引っ越すと言っているちぇんを最後のチャンスとばか
りに必死に説得した。それでもちぇんの決意は固く、怒り出してもう引っ越すと言って飛
び出した。追いかけようとしたところ悲鳴が聞こえ、うーうーというれみりゃの鳴き声が
聞こえてきたので慌てておうちに戻った。しばらくしてから恐る恐る様子を見に行くと、
ちぇんの無残な死体を発見した。
と、このように家族は証言し、話に無理はないところからそれが事実と認定された。
らんは、ちぇんから家族に最後の説得をしてみると聞いていたのでそれを疑ったが、そ
れを言い立てても聞き入れられるとは思えず、それ以前にちぇんの死で完全に抜け殻のよ
うになっていたために沈黙していた。
長にしてみれば、渡りに舟であったろう。
認めれば貴種の、認めなければ劣等種の不満が高まる。
結局は、不満が高まっても我慢するであろう後者の選択をすることになったであろうが、
ちぇんの死でその決断は不要になった。
らんは、それ以降、仲間たちとも一線を画した。
ことさらつっけんどんにするわけではないが、積極的に交流もしない。
頭の中は、ちぇんの復讐でいっぱいだった。
そして、「弱者」としての戦い方を見つけるために貴種の観察を始めたのだ。
その願いも明日にかなう。
喧嘩自慢のまりさは想像以上に弱かった。つまり、貴種と劣等種の力の差が思っていた
以上ということだ。
正面から戦っても、十倍の数の差を克服し、なんとか勝てるとは思う。
しかし、もう一人の犠牲者も出したくなかったので万全を期するためにかなこたちと作
戦を練ったのだ。
必ず、勝てる――。
ふと、気付く。
頭も体も軽い。
自分たちは劣等であるという思い込みの暗雲が晴れた今、まるで自分がそれ以前の自分
ではないようだった。
翌日、いつものように劣等種たちは狩りに出かけた。
それを見かけても貴種たちは別段気にも留めない。アレらが早朝から狩りに出るのは当
たり前のことだからだ。
話は、群れ一番の喧嘩自慢のまりさの死でもちきりだった。
死体の状態から、よほど手酷くやられたのであろうことは明らかであり、すぐさま、捕
食種、それもれみりゃではなくそれよりも強く凶暴なふらん種の仕業であろうと推定され
た。
劣等種はもちろん、最初から容疑者候補にも挙がらなかった。そんな能力も度胸も無い
からだ。
「しょんな……まりしゃおねえしゃんが……」
「ゆぅ……」
「ちんじられにゃいわ……」
と、沈んだ表情をしているのは、日課のように劣等種の留守宅にいる子ゆっくりをいた
ぶって遊んでいる子まりさ、子れいむ、子ありすの三匹であった。
粗暴な性向を見せるこの三匹は、喧嘩が強かったまりさのことを慕っており、その死に
ショックを受けていた。
「ゆっ! おちこんででもちょーがないのじぇ!」
「ゆん、そうだにぇ!」
「しょんなのとかいはじゃにゃいわ!」
しかし、いつまでもそうしていてもしょうがない。三匹はぐっと顔を上げて前向きな発
言をした。
「むちゃくちゃするかりゃ、またれっとーちゅをいじめにいくのじぇ!」
「それがいいにぇ!」
「いにゃかものたちのなきごえはゆっくちできりゅわ!」
で、やることといったらいつもの弱いものいじめである。
意気揚々と、三匹は劣等種のおうちへと向かう。
もちろん、気付いているはずもない。
弱いものたちが、昨日までと違い、自分たちをそうであるとは思っていないということ
を――。
「ゆっひゃぁ、ぎゃくちゃいなのじぇぇぇぇぇ!」
「くじゅのれっとーちゅども、れいみゅたちがあしょびにきてやっちゃよ!」
「きょうもいにゃかもののなきごえをききにきちゃわよ!」
目をつけたおうちに乗り込むと、そこには子さなえと子ゆうかが震えていた。演技では
ない、まだ子供なので、どうしても恐怖が先に立つのだ。力の差があるとは言っても、子
供の頃はそれほどでもないこともあり、植えつけられた恐怖感はそう簡単に拭い去れるも
のではない。
「ゆああああん? きょーのおるちゅばんはゆうきゃなのじぇ」
子さなえと子ゆうかの前に、どんとゆうかが立ちはだかっているのを、三匹は軽蔑の色
もあらわに見た。
「ゆゆん、きょーもやめちぇやめちぇ、おねぎゃいだからやめちぇぇぇ、ってなくんだに
ぇ、みっともないにぇ!」
「ゆ……にゃによ、そのめは、そんなだからとかいはじゃにゃいのよ!」
子ありすが、ゆうかの挑むような目に気付いた。それを聞き、他の二匹も改めてゆうか
を見ると、いつものおどおどとした様子が無く、傲然と自分たちを見下ろしている。
「ゆぷぷ、くじゅがなにちたって、まりしゃたちはとめられないのじぇ!」
「とめたければとめちぇみれびゃ? しゅぐにおかあしゃんたちにせいっしゃいされるけ
どにぇ!」
「くじゅでいにゃかもののれっとーちゅにゃんて、いきてるかちにゃいのよ!」
子ありすが子さなえに飛び掛ろうとする……が、ゆうかがその行く手を阻んだ。
「ゆぴ!」
子ありすはあっさりと跳ね返されてしまう。
「ゆひゃぁ! すきありなのじぇ!」
その間に、子まりさが子ゆうかへと飛び掛った。
「ゆっ!」
「ゆべ!」
だが、奥の方からすいかが飛んできて間に入ったために、子まりさもまた跳ね返されて
転がった。
「ゆ、ゆ、すいきゃもいちゃんだにぇ……」
「ゆ!?」
子れいむが驚いたような声を出したので、身を起しつつ子まりさと子ありすが子れいむ
の視線の先を見ると、
「……」
そこには、らんがいた。
「「「ゆ、ゆ、ゆ……」」」
三匹は戸惑っていた。
狩りのノルマを果たすために、これまで留守番はせいぜい一匹か二匹だったのだ。
音がした。
後ろ……つまり、このおうちの入り口の方から。
「……」
「「「ゆ? ゆゆ?」」」
入り口を塞ぐように、かなことすわこが現れていた。
「な、な、なんなんだじぇ? まりしゃたちになにかちたら、おかあしゃんたちがせいっ
しゃいするのじぇ!」
「そうだよ! れいみゅたち、おおごえだしゅよ? いいにょ? せいっしゃいされりゅ
よ!」
「もういいわ! おかあしゃんたちをよんでせいっしゃいしてもらいまちょ!」
さすがに、劣等種といえど大人がこれだけいては子供三匹では勝てないことはわかって
いた。
強がりながら退避しようとする三匹だが、かなことすわこは入り口に陣取ってそれを許
さない。
「ゆ? ゆ?」
「お、おきゃあ」
緊張感に耐えられなくなった子れいむが大声を上げようとすると、ゆうかが飛んできて
上から押し潰した。
「ゆぶ」
圧力により、子れいむは満足に声を上げることができなくなった。
「それっ!」
らんが子ありすの上、かなこが子まりさの上に飛び乗る。
「「「ゆぶぶぶ」」」
劣等種たちの思ってもいなかった反抗的態度に三匹の子ゆっくりは困惑と、今更ながら
の恐怖を表情に見せていた。
「ゆっ、おさえててねー」
すわこが帽子の中から蔓を取り出した。狩りの途中に確保しておいたものだ。
それを三匹の子ゆっくりの口に回して後ろで縛り、つまりは猿轡をして声を封じる。
「よし、いくぞ」
らんが言うと、猿轡をかまされてゆぐゆぐ小さな声で呻くことしかできない三匹をすわ
こが帽子に入れて、劣等種たちはおうちを跳ね出た。
表には、おうちの中にはいなかった劣等種たちがそれぞれ子供たちを頭に乗せて待って
いた。
「うまくゆん質がとれた。行くぞ」
らんはそう言って、続けた。
「めざすは長のおうちだ」
それから約三十分後、群れは騒然としていた。
長のおうちの入り口の前に、群れの貴種たちが全員――いや、正確には三匹の子ゆっく
りを除いて――集まっている。
「むきゅぅ、むきゅぅぅぅぅぅ!」
長ぱちゅりーは、一目でそれとわかるほどに怒りに身を震わせていた。
「なんだって、あいつらこんなばかなことしたのぜ」
ふらんに殺された……と思われるまりさの後を継いで幹部に任命されていたまりさが言
った。
「このぱちゅもさすがにわからなかったわよ。あいつらがまさかここまでばかだったなん
て」
長は怒りと蔑みとを声の端々ににじませていた。
長が目覚めてごはんをむーしゃむーしゃして、いかに長の偉大さを皆により知らしめる
かという高度な知的課題に取り組んでいたところ、狩りに行ったはずの劣等種たちが恐れ
多くも長のおうちに雪崩れ込んできたのだ。
長の威厳をもって一喝したものの、想像を遙かに超える頭の悪さの劣等種はそれを理解
せずに、恐れ多くも長を追い出したのだ。恐れ多くも!
「むきゅう、さすがにあれだけいたら逃げるしかなかったわ」
「ゆぅ、そうだね……」
虚弱体質で有名なぱちゅりー種でさえ、劣等種の三匹や四匹程度ならどうとでもなると
貴種たちは思っているのである。
「長! 長ぁぁぁ! はやくとつにゅーさせてね!」
「そうだよ、ゆっくりしてるばあいじゃないよ!」
「はやくおちびちゃんたちをたすけないと!」
叫んでいるのは、ゆん質にとられている子ゆっくりたちの親だ。
そう、卑劣にも劣等種は子供を三匹ゆん質にしているのである。
「まちなさい。へたにとつにゅーしたら、ゆん質を永遠にゆっくりさせられるかもしれな
いわ」
「「「ゆぎぎぎぎ」」」
親たちはもっともなことを言われて歯軋りするしかない。
「……ゆるせないよ、あいつら」
「れいむたちがやさしくしてたらつけあがって……」
「はやくせいっさいっしてやりたいよ……」
それを見て、他の貴種たちも怒りを煽られて爆発寸前になっている。
「むきゅ……とりあえずゆん質がとられている以上、様子を見るしかないわ……」
「むのーでだめでゆっくりしてない劣等種どもがいつまでもああしていられるわけないん
だぜ、みんな少したえるんだぜ」
幹部まりさが言うことには根拠らしい根拠は無かったが、それは激昂する皆を落ち着か
せる効果はあった。
「あれぇ、あいつらこないぞぉ」
残念そうに、すいかが言った。
「ゆん質とるんじゃなかったかな……」
そう言ったのは、いつも子供をいじめにくる三匹をゆん質にとってやろうと提案したら
んだ。
朝、狩りに出て行くと見せてすぐに引き返し、子供をいじめにやってきた貴種の子を捕
らえてゆん質にし、長のおうちに押し込んでそこに立て篭もる。
そこまでは計画通りに行ったのだが、意外に貴種たちが冷静――というかまあ、長と幹
部がなんとか押さえつけることに成功――で、すぐに攻め込んで来るかと思っていたのに
来ない。
攻めて来れば、入り口付近で待ち伏せして迎え撃つつもりだった。
被害が出ても、貴種たちは、地形を効果的に使われているせいで自分たちが劣等種に劣
るものではないという考えを改めようとはしないだろう。
そうやって、自分たちの方が強いのだから押していけばいつかは突破できるとどんどん
押してくるのをどんどん始末してやろうとしていたのだ。
「まあ、それなら持久戦だ」
「ちぇー」
すぐに暴れられると思っていたすいかは残念そうだ。
「とりあえず、わたしが見張ってるから、すいかもむーしゃむーしゃしてこい」
「お、そうだな」
長のおうちの貯蔵庫には山と積まれた食べ物があり、劣等種たちはそれを思う存分むー
しゃむーしゃしていた。
元々自分たちが狩ってきたものなのだからと遠慮は一切無い。
特に子供たちが久しぶりに満腹になるまで食べられて、みんなゆっくりできていた。
「「「ゆひぃ……ゆひぃ……」」」
貯蔵庫の隅では、ゆん質たちが震えていた。
猿轡は外されているものの、先ほどのように大声で罵ったりするようなことはない。
長のおうちを占拠して、猿轡を外された時は、それはもう声を限りに罵倒したものだ。
「い、いちゃいよぉ……いちゃいよぉ……」
「「ゆぅぅぅ……」」
しかし、それをうるさく思ったゆうかが子まりさの右目に細い棒を刺して黙れと言うと
おとなしくなった。
「……」
ゆうかは時折ちらちらと自分が目を刺してやった子まりさを見ている。
子供相手にやりすぎだった……と思っているわけではない。泣いている子まりさを見る
とゆっくりできるのだ。
花が好きなおっとりとしたゆっくりだったはずの自分の中にこんな嗜虐性向が潜んでい
ることを知り、ゆうかは我ながら驚いていた。
「さて、貴種ども、狩りはできるのかな?」
入り口付近で見張りをしているらんが呟いた。
長のおうちを占拠した理由は二つある。
まず、長のおうちが広く、全員で立て篭もるのに適していたこと。
そして、この群れの貴種が口にする食べ物は、全て長のおうちの貯蔵庫に置かれている
ことだ。
「ゆぅ、おなかがすいたよ」
「長、ごはんをちょうだいね」
「むーちゃむーちゃちたいよ」
「むきゅ……」
しばらくすると、陽は昼頃の高さを示し、いつもおひるごはんをむーしゃむーしゃして
いる時間がやってきた。
「ごはんは……ぜんぶ貯蔵庫にあるから、ここには無いわ」
「「「ゆ、ゆっくりできないぃぃぃぃ!」」」
ていうか、そんなもんわざわざ言われんでもわかりそうなことだが、さっぱりわかって
いない、或いはわかろうともしていなかった貴種たちは、大声で叫んだ。
すぐに、長を責める声が上がったりはしなかったが、時間の問題だろう。この群れの貴
種たちは、ごはんは長が支給するのが当たり前のことであると思っている。
「むっきゅぅぅぅぅ、くずでごみの劣等種のくせに、考えたわね……」
ようやく、長は劣等種たちが自分のおうちを占拠した理由を悟った。
「しょうがない、狩りに行こうよ」
「ゆん、そうだね」
「ゆっくりいってくるよ、おちびちゃんたち、まっててね」
大人たちが狩りに出かけていく。
えらく前向きなようだが、ゆっくりした顔でぽよんぽよんと緊張感の欠片も無い様子で
狩りに出かける全員の頭には一つの思いがあった。
――劣等種どもがやっていたことなんだから、自分たちなら楽勝である。
「おきゃあしゃんたち、まだかにゃ」
「ゆぅ、おにゃかすいちゃよぉ」
「ゆ! かえっちぇきたよ!」
しばらく経つと、狩りに行っていた大人たちが帰って来た。
惨憺たる狩りの成果を持って、疲れきった体を引きずって。
「ゆゆ、これだきぇ?」
「もっちょむーちゃむーちゃちたいよ!」
「ゆぅ、ごめんね、これだけなんだよ」
楽しみに待っていたのに、乏しいごはんしか渡されずに子供たちは不満であったが、無
いものは無い。
「ゆん! おちびちゃんたち、きのこさんをむーしゃむーしゃしてね!」
一匹のまりさが、帽子の中からきのこを何本も取り出した。
「ゆわぁ、しゅごーい」
「おとうしゃんは狩りのてんちゃいだにぇ!」
「ゆっくちできりゅよ!」
「むーちゃむーちゃちようにぇ!」
「ゆゆーん、さすがれいむのだーりんだよぉ」
子供たちと、番のれいむは大喜びだ。
他の子供たちは、まりさの持ってきたきのこを見て、なんでうちはあんなゆっくりでき
るごはんを持ってこないのだとそれぞれの親を非難している。
それをなだめながら、皆、まりさのことを恨めしげな目で見ていた。
あの、木の根元に生えていたきのこを発見したのは、他のものであった。それを、例の
ふらんに殺されたことになっている喧嘩自慢のまりさ亡き後、群れ最強と言われるように
なったあのまりさが、その場にいたものを脅かして全て自分のものにしたのだ。
「ゆゆーん、くずの劣等種でもやれることなんだから、とーぜんまりささまにできないわ
けがないのぜ」
まりさのその言葉は、純粋に子供と番に自分の手柄を自慢したいがゆえの言葉であった
が、狩りの成果が出せなかったものを劣等種以下と言っているも同然であり、不穏な空気
が流れた。
「それじゃ、むーしゃむーしゃするんだぜ!」
「「「「ゆっくちむーちゃむーちゃすりゅよ!」」」」
「ゆふふ、れいむもむーしゃむーしゃさせてもらうね、ありがとう、まりさ」
それに気付かず、家族にきのこを食べるよう促すまりさ、それに応じて、嬉しそうにき
のこにかぶりつく四匹の子ゆっくりと番のれいむ。
とてもゆっくりした顔でそれを見るまりさ。
恨めしそうな目でそれを見る他のものたち。
「「「「むーちゃむーちゃ……ちあわちぇぇぇぇぇ!」」」」
「むーしゃむーしゃ、しあわせー!」
その色鮮やかなきのこは口に合ったようで、しあわせーの声が上がる。
そう、それは色鮮やかなきのこだった。
「「「「ゆ……ゆぐ……」」」」
幸せいっぱいの笑顔だった子ゆっくりたちの顔が歪んだ。
「ゆ? どうしたのぜ?」
不思議そうにしたまりさの後ろで、どさりと番のれいむが倒れる音がした。
「ゆゆゆゆゆ!?」
「ゆ……ぎ……」
「どうしたのぜ? れいむ! れいむぅぅぅ!?」
れいむの方を向いて叫んだまりさだが、今度は後ろから子供たちの、恐ろしい悲鳴が聞
こえてきて、またまた振り向いた。
「ゆわああああああ!」
まりさの目に飛び込んできたのは、大量の餡子を吐いて痙攣する子供たちであった。
「おちびたち、しっかりするんだぜ、あんこはいちゃ駄目なのぜ! ぺーろぺーろ! ぺ
ーろぺーろ!」
必死に舌で舐めるが、そんなものが効果があるはずもない。
子供たちは内側からの攻撃にさらされているのだから。
その攻撃者、色鮮やかな毒きのこを体外に追い出さねばどうにもならない。
餡子を吐くのは、そのためだが、脆弱極まりない生き物である子ゆっくりは毒物を体外
に出すための吐餡で必要量を遙かに超える餡子を失ってしまい、失餡死に至った。
「ゆぎゃあああああ! まりざの、まりざのおぢびだぢがあああああ!」
「まりさ……どぼじで……どぼじで、こんな、ゆっぐりでぎない、きのごさんを……」
「れ、れいむ、ちがうんだよぉ、こんな、こんなごとになるなんで……」
「ゆげええええ……ゆっぐり、でぎ、ない……」
そのきのこは、大人のれいむを子供と同じ死に至らしめるほどの猛毒であった。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、なんでなんだぜえええええええええ!」
泣き叫ぶまりさを見て、先ほどまでの恨めしそうな顔たちは、ニヤニヤとした薄ら笑い
に変わっていた。
「むきゅぅ……」
その一連の騒ぎを見ていた長は、事態が思っていたよりも深刻であることを徐々に徐々
に知らされてとてもゆっくりできない顔をしていた。
「あいつら、毒きのこを知らないのか」
おうちの入り口から見ているので、何があったか見えたわけではないが、聞こえてきた
声と悲鳴から、何が起きたのかは大体わかる。
らんは、呆れたように呟いていた。
「ゆぅ、らんたちと、れいむ以外は、長に教えてもらってなかったみたいだね」
と言ったのは、れいむである。ダメれいむと呼ばれていたれいむもまた、劣等種ととも
に長のおうちに篭もっていた。
ちなみに、れいむが長と言ったのはもちろん今の長ではなく、先代の長のことだ。
「それにしても、新しい長まで知らないとは」
「前の長は、今の長のことあんまり好きじゃなかったみたいだから……今の長も、前の長
になにも聞こうとはしなかったみたいだし……」
今、このおうちの外にいるゆっくりたちは、前の長に食べられるものと食べられぬもの
を徹底的に教え込まれた劣等種たちが吟味して狩ってきたごはんを、何も考えずにむーし
ゃむーしゃしていただけなのだ。
「前の長か……いったい、どういうつもりだったのやら」
「ゆぅ……自分で自分のこと、すごいゲスだって言ってたけど……」
先代の長ぱちゅりーの秘密については、れいむはとりあえずらんにだけは話していた。
それまでの常識を覆す劣等種と貴種の力関係が実は全く逆であるという事実を知れば、
当然先代のやっていたことが劣等種を暴発させぬための策であることは推察できる。
特に鋭敏で前々からその事実に薄々感付いていたらんならば、いつかはその真相に辿り
着くだろうと思い、れいむの方から打ち明けたのだ。
らんは、それを知って、先代に対する複雑化した感情を持て余しているようであった。
「子供たちは本当に慕っているからな……子供たちには、先代の長もそのことは知らなか
ったと言っておくべきかな。……すごいゲスのくせに、うまくやったものだ。子供たちに
あんなに慕われて、これからも慕われ続けるのだからな」
「ゆぅ……長ならきっと……」
「ん?」
「そうよ、だからぱちゅはすごいゲスなのよ、むきゃきゃきゃ……って笑ってたと思う」
「……ふ」
らんたち、今の大人も、産まれてすぐに親たちが狩りに行っている間には長のおうちに
預けられて、そこで様々なことを学び、ゆっくりしていた世代なのだ。
その刷り込みのせいでどうしても先代のことは憎めない。
「まったく……とんでもないゲスだな、前の長は」
言いつつ、やはり、らんの顔には怒気のようなものは見られない。
「ゆ?」
「む?」
れいむと、らんが、同時に言った。
「ゆぅ、なんだか」
「騒がしいな……これは、攻撃があるかもしれん」
「ゆ、みんなに教えてくる」
長のおうちの前に集まっていた貴種たちの間に轟々たる声が起こっていた。
このままでは、むーしゃむーしゃもできなくてゆっくりできない、早く劣等種どもを打
ちのめしてごはんを取り返そう、と。
「むきゅぅ、でも、ゆん質が……」
「「「ゆゆぅ……」」」
長が言い、ゆん質の親たちが下を向く。
ゆん質なんかかまわないから突入しようという声が次々に上がる。いや、でもやはりゆ
ん質が殺されるのはゆっくりできない、という声も上がった。
「むきゅぅ」
長は、ゆん質がいるから突入は止めるべきだと言うものたちに憎々しげな目を向ける。
自分と同じ意見を吐くものへなぜそのような目をするのかと言えば、下手に突入してゆ
ん質が殺された場合、長としてその責任を問われるのが嫌なだけで、本心ではさっさと突
入して劣等種を蹂躙し、偉大な自分に相応しいおうちをごみくずどもから取り戻すべきだ
と思っていたからだ。
ここで大勢が、ゆん質に危険はあれども突入止む無しということになれば、皆がそう言
うので、長自身はゆん質のことを心配しつつも突入を許可した、ということになって都合
がよろしいのである。
祖母からは口だけ達者な馬鹿と言われていた長だが、なかなかどうして、そういう知恵
だけは豊富であった。
「おーし、やるぞぉ」
やる気満々にもほどがあるすいかがぶんぶん角を振ってやってきた。
「……まだだな」
「ええーーーーーーー」
「どうも、ゆん質のせいで突入に踏み切れないらしい」
「あいつらも、自分の子供は大切なんだな」
「踏み切る手伝いをしてやろう」
らんは、冷徹な表情で言った。
「ゆぴぃぃぃぃ、いちゃいのじぇぇぇぇ、もう、もうやめぢぇほしいのじぇぇぇ、あやば
るのじぇ、あらばるがらぁぁぁ……」
目に棒を刺された子まりさが連れてこられた。すっかり心が折れている。
「……」
らんは、目の前に転がされたそれを見下ろしていたが、やがて目に刺さった棒を口にく
わえた。
「ゆぎっ! いぢゃああああああい! だじゅげぢぇぇぇぇ!」
子まりさは声を限りに叫ぶ。
「ゆぴぃ、ゆるじで……ゆるじで……もう、もうれっとーちゅだからっちぇ、いじめにゃ
いがら、ゆるじで……おきゃあじゃんのどころに、かえじぢぇ」
「お前の死体が必要なんだ。すまないな」
声に弾かれるように、子まりさが見上げると、そこにはらんがいた。
冷徹な表情だった。
すまないと言いつつ、そんなことは塵芥ほどにも思っていないのが明らかだった。
そして、なにより恐ろしいのが、死体が必要だという言葉にも、必要なものは必要なの
だという以外の感情が読み取れなかった。
怒りとか憎しみとかが感じられない。
「ゆる、じで……たじゅげ、で……」
子まりさはなおも生に執着しつつも、中枢餡のさらに中心の餡子では理解していた。自
分は絶対に助からない。
このらんは、自分の死体を必要としている。
謝ったって、何をしたって、その必要を満たすには、子まりさは死ぬしかないのだ。
「もう、もうじないがら、ゆるじ」
らんが跳躍し、子まりさの上に着地した。
ぱん、と小さな破裂音がした。
「ゆゆ?」
「なにか、出てきたのぜ」
「ゆぅ、なんだろう……」
長のおうちの入り口で、劣等種どもが逃げ出したりしないよう見張っていた貴種たちは、
入り口から何か小さなものが飛び出してきて地面に転がったのを見た。
「ゆぅ、もっと近付いて……」
「油断するななのぜ、劣等種のことだからどんなひきょーな罠なのか知れないのぜ」
まりさに注意を促されつつ、一匹のれいむが入り口に近付いていく。
「ゆ! ゆわあああああああ!」
「ゆ! どうしたのぜ、れいむ!」
「ゆ、ゆ、お、おち、おち、おちびぢゃ」
「ゆゆ?」
「あ、あれ、おちびぢゃんだよ、ぼうじがあるがら、まりざだよ」
「ゆ! それは、ゆん質になってるまりさのおちびに違いないのぜ! それで、どうなの
ぜ?」
「ゆ、ゆ、死んでう。まりざのおちびぢゃん、じんでるぅぅぅぅぅ!」
「ゆゆゆゆゆ!?」
ゆん質にとられていた子まりさの惨たらしい死体が放り出されてきた、という報はすぐ
に長の元に届けられた。
そして、それを聞いた親たちはパニックに陥った。
殺された子まりさの親は、既に起こってしまった悲劇に、子れいむと子ありすの親はこ
れから起こるであろう悲劇に。
「ゆぐぅ、それで、それでね」
と、死体を発見したれいむは言った。
死臭に耐えながら子まりさの死体を回収しようとしたれいむに、おうちの中から声がか
けられた。
自分たち劣等種は死を覚悟して戦う。その決意を知ってもらうためにゆん質を殺した。
もうしばらくしたら、次は子れいむか子ありすを同じように殺してやる、と。
「ゆゆゆゆ! 長ぁ!」
「むきゅ!」
幹部まりさに向かって、長は力強く頷いて見せた。
「あのごみくずどもは、とんでもないゲスだわ! このままだととつにゅーしなくてもゆ
ん質は永遠にゆっくりさせられる。それなら、今すぐにとつにゅーすべきよ。その方がま
だ残りのれいむとありすを助けられるかもしれないわ」
「「「ゆゆゆゆ、ゆっくりりかいしたよ、とつにゅーするよ!」」」
「ゆっくりしないでとつにゅーよ! ごみくずにも劣る劣等種をせいっさいっ! してや
るのよぉぉぉぉぉ!」
「「「ゆおおおおお! 劣等種ども、せいっさいっ! してやるよぉぉぉぉぉ!」」」
「来るぞ」
「おーう、来い来い来い来い」
「あんまり前に出るなよ、少し中に入れさせてから叩くんだ」
「さなえとめーりんは、おちびたちを頼む」
「はいっ」
「じゃお」
「ああ、れいむも下がっていてくれ」
「ゆん」
とうとう始まる。
れいむは、子まりさの死を間近に見てゆっくりできない気分ではあったが、もう自分は
らんたちとともに行くと決めたのだし、そうしなければ、れいむの生きる道は無い。
「……れいむは……れいむは、劣等れいむだよ」
とつにゅー! とつにゅー! せいっさいっ! せいっさいっ!
怒号が接近してくる。
ぽっかりと空いた入り口は、大人のゆっくり三体ぐらいが並んで通れる限度であろう。
入り口から少し、その道幅が続いている。
そして、通路が開け始めるところに、すいかを中心にらん、かなこが布陣し、左右にゆ
うかとすわこが待ち構えている。
入り口からは、正面の三匹しか見えず、ゆうかとすわこは完全な伏兵になっている。
「いたのぜ! ごみ劣等種ども!」
「ゆっくりじねえええええ!」
「おちびぢゃんのがたきよ! このいながものぉぉぉぉ!」
まりさ、れいむ、ありすの三匹が突入してくる。
「そいや!」
すいかの体当たりが真ん中にいたれいむに命中。
「ゆべぶあああああ!」
れいむは餡子を吐き、裂けてできた傷口から餡子を撒き散らしながら飛んでいき、後続
を巻き込んでいった。
「ゆ!?」
その威力に愕然としたまりさは、らんが口にくわえた尖った棒を眉間にずぶりと刺され
た。
「それ!」
ねじるように引っ張られ、引き倒される。
横に倒れたまりさは、すいかの前にいた。
「おっしゃ!」
嬉々としたすいかが体当たりをし、まりさをぶっ飛ばす。
「ゆべべべべ!」
「み゛ょん!」
飛んだまりさは、後に続いていたみょんに激突。その際に、眉間から突き出ていた棒が
みょんの眉間に刺さった。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛……」
「ぢ、ぢん、ぼぉ……」
眉間と眉間が棒で繋がった二匹は、痙攣しながら断末魔を合唱していた。
「「「ゆゆゆゆゆ!?」」」
この狭い地形で待ち伏せされているのだから、相手が劣等種といえども多少は苦戦する
だろうとは理解していたが、もちろん、その苦戦というのは、けっこう疲れそう、という
程度の認識であった貴種たちは、あっという間に自分たちを襲った大惨事に愕然としてい
る。
「すいか」
かなこが、おっしゃおっしゃと出来上がっているすいかに声をかける。
「いきなりやりすぎだ。驚いてるじゃないか、あいつら」
そういうかなこは、「おんばしら」と称する太い棒を口でくわえて、立ち向かってきた
ありすと一進一退の攻防を行い、なんとかこれを退けたところであった。
「最初はあんまり本気でやらないで、あいつらをどんどん突入させてじわじわ数を減らす
……っていう作戦通りにわたしが接戦のフリしてるのが馬鹿みたいじゃないか」
「ありゃぁ、やっちゃったか、ごめん」
「……いや、大丈夫かも……」
らんが言った。
一瞬困惑した貴種たちは、それから既に立ち直り再攻勢の気配を見せていた。
貴種たるものの強い精神力で冷静さを取り戻し、勇気を奮い起こしたためではない。
「ゆああああ、なんかのまちがいだよぉぉぉぉ!」
「そうだよ、劣等種のごみなんかに、れいむたちがやられるわけがないんだよぉぉぉ!」
「まぐれはこれまでなのぜえええ!」
「「「せいっさいっ、してやるよ!」」」
都合の悪いことは、全てなんかの間違いであると認識する素晴らしき餡子脳のおかげで
あった。
「よし、今のはまぐれだ! なんかのまちがいだ! 来い来い、どんどん来い」
嬉しそうに、迫り来る貴種に声をかけるすいかに苦笑したらんとかなこは、前を向いて
迎撃の体勢をとった。
「ひま」
「やることないんだけど」
左右に伏せていたすわことゆうかは、出番がないので退屈そうだ。
すわこは、のほほんとしているのだが、ゆうかの方は貴種どもを痛めつけたくてしょう
がないという顔だ。
「かなこ、交代してよ」
「ちょっと待ってろ、そろそろ第二段階に……」
さすがに、三十匹ほどが殺されると、貴種たちにもこれ以上の突入を躊躇う空気が流れ
た。
「そろそろだな、よし、退くぞ」
「おう」
「二人とも、しっかりなー」
左右に散ったすわことゆうかを残して、らん、かなこ、すいかは退いていく。
「「「だめだぁ! 逃げろおおお!」」」
大声で叫んで逃げるのを見て、貴種たちは一瞬呆然としたが、自分たちの数次にわたる
攻撃が奴らに甚大なダメージを与えていたのだと都合よく考えると、逃がすなとそれを追
った。
「これでおわりだぁぁぁ、ごみくずどもぉぉぉぉ!」
「ころざれたみんなのがだぎぃぃぃ!」
「ゆるざない、ぜったいに、ちいさなおちびもみなごろじなのぜえええええ!」
怒りに燃える貴種たちのそれをさらに煽るようなものが現れた。
「ゆぴぃぃぃぃ、たじゅげぢぇぇぇぇぇ!」
「ありじゅ、じにぢゃぐにゃいわぁぁぁ!」
ゆん質の子れいむと子ありすが、すいかの口に髪の毛をくわえてぶら下げられているの
だ。
「もうわたしたちはおしまいだぁ! それならこいつらを道連れにしてやるぞぉ!」
らんが叫んで、跳ね出すと、すいかとかなこもそれに続く。
「ゆおおおおお! さぜるがあああああ!」
「おちびだぢをだずげるんだぜええええ!」
「ありずのおちびぢゃぁぁぁん、おがあさんがいくがらねぇぇぇ!」
貴種たちは、ゆん質をなんとしても生きて奪還せんと脇目もふらずに進んで行く。
貴種の大人は約百匹、長や幹部やその他戦闘向きではないもの、三十匹ほどが表に残っ
ており、さらに突入して殺されたものが三十。
今、逃げるらんたちを追う貴種は約四十匹であった。
そして、天然の広い洞窟である長のおうちは、それだけの数のゆっくりを収容できる。
それまで、入り口付近に溜まって一歩も進めぬ先陣に苛立っていた攻撃軍は、全てがお
うちの中に入った。
それを見て、入り口のところで支えていた劣等種が崩れたのであろうことを悟った長た
ちは、既に勝利を確信して皆でゆっくりしている。
「あそこはちょぞーこだよ!」
「ゆひゃあああ、おいつめたのぜえええ!」
「おちびちゃぁぁぁん、ぶじでいでえええええ!」
貯蔵庫の入り口を見出して先頭集団は勇躍する。貯蔵庫は、長のおうちの一番奥なのだ。
もう逃げる場所は無い。
貯蔵庫の入り口で、先ほどのように待ち伏せしようにも、貯蔵庫のそれはこのおうちの
入り口よりは広いので、さっきよりは地形の有利は無い。
「いたよ!」
「ゆおおおお、せいっさいっ、だぁぁぁぁ!」
「ありずのおぢびぢゃんをがえぜええええ!」
貯蔵庫の入り口に、さっきの三匹、すなわち、らん、すいか、かなこがこっちを向いて
いるのを見つけて攻撃軍は殺到する。
特にゆん質にとられている子ありすの親であるありすの跳ねる速度は凄まじく、とうと
う一匹だけ突出した。
「おぢびぢゃ、ゆべ!」
そのありすが、叫んだ。
顔に、何かが当たったのだ。
「ゆ゛? ゆ、ゆ、ゆっがああああああああ!」
ありすは絶叫した。それもそのはず、顔に飛んできたのは、子ありすの死体だった。
「たぢゅけでぇぇぇ、ゆっぴぃぃぃ!」
甲高い悲鳴が聞こえた。
らんが、ゴミのように投げ出したのが、子れいむの死体であることを先頭にいたものた
ちは見た。
「「「ゆがあああああ、せいっざいっ! せいっざいっ!」」」
貴種たちは、突入した。
「おっし!」
そして、すいかの体当たりを喰らったれいむが後続を巻き込んでふっ飛ぶというさっき
と全く同じ展開になった。
らんが、棒で次々に貴種を刺し殺して行く。
「ち、ちぃぃぃーん、べ!」
剣術が自慢だったはずのみょんは、まるで子供扱いされて刺し殺された。
「ふんっ!」
「ゆべ!」
かなこが、おんばしらでまりさを叩き潰した。一撃で、まりさの頭は陥没し、両目が飛
び出した。
「おっしゃ! 来い来い、来ないならこっちからいくぞぉ!」
すいかは相変わらず、視界に入ったものを体当たりでふき飛ばす。
とうとう、貴種たちの思い込みにも疑問が芽生え、それが根を張り茎を伸ばす時が来た
ようだ。
――こいつら、自分たちより強い。
とうとう、気付いてしまったのだ。
気付かずとも、このままここにいたらあいつらに殺されるのだと確信せざるを得ない以
上、ここにいてはいけないと思った。
「お、おうぢがえるぅぅぅぅ!」
最後尾にいたれいむが反転して跳ね出したのをきっかけに、貴種の攻撃軍はどっと全軍
崩壊した。
「どぼじで、どぼじで貴種のれいぶが、こんな目にぃぃぃ、ぜんぶ、ぜんぶ劣等種のごみ
が悪いんだぁぁぁぁぁ!」
なんでもかんでも劣等種のせいにする癖が出たれいむだったが、まあ、この場合、そん
なに間違ってもいない。
「待ってたわあ」
「ゆひ!」
逃げる先には、ゆうかがいた。その横にはすわこも。
生きているゆん質を餌に真っ直ぐに貴種をおびき寄せ、すわことゆうかは横にある小部
屋に隠れていたのだ。
そして、貴種たちが全て通過してから出てきて退路を断っていたのである。
「……え? こんだけ?」
舌なめずりしていたゆうかは、逃げてきた貴種がそれほど多くないのに落胆した。
「すいかががんばっちゃったみたいだねー」
「もーお!」
ゆうかが拗ねたので、すわこは逃げてきた獲物をほとんどゆうかに譲らざるを得なかっ
た。すわこ種は普段はのほほんとしているようでキレて「祟っちゃうよぉ」とか言い出す
と相当にむごたらしいことも厭わない例が多いのだが、このすわこは根っから温厚な部類
のようだ。
「らんしゃまぁぁぁぁぁ!」
逃げる貴種を嬉々として追撃したすいかと、嬉々としてはいなかったがそれについてい
ったかなこの後をゆっくりと追っていたらんは、そんな声を聞いてハッとした。
「ちぇ、ちぇん!?」
「らんしゃまぁぁぁぁぁ!」
ぽよんぽよんと跳ねてくるちぇん種のゆっくり。
一瞬、驚いたらんだが、すぐにいつもの冷徹さを取り戻した。
「なんのまねだ。貴様」
「ら、らんじゃま、らんじゃまぁぁぁ」
「お前にそう呼ばれる覚えは無い」
それは、らんが番になろうとしていたちぇんの姉であった。どこかに隠れて、或いは死
体のフリでもして、すいかとかなこをやり過ごしたのであろう。
らんしゃま、というのは、ちぇんがらんをそう呼んでいたのを見ていたので、それを真
似たのだろう。
「ちぇ、ちぇんはねえ、ずっとらんじゃまのことがすきだったんだよー、わがってねー」
「……」
「い、いもうどのこともだいすきだったよー、ふたりがしあわぜーになるっていうがら、
ちぇんはらんじゃまをあぎらめたんだねえ、わがってねー、わが、わがってね?」
「……」
「そ、それがら、ちぇんは、ちぇんは、らんじゃまが」
「止めろ」
らんは冷徹に言った。
――あんな劣等種と番になるなんて、姉としてちぇんは恥かしいよー。
そう言った口で、ずっとすきだった、とか言うな。
――ごみくずと番になるなら、おまえなんかいもうとじゃないよー、二度と近付かない
でねー。
そう言った口で、妹が大好きだった、とか言うな。
――なぁぁぁにが、らんしゃま、なの! あんなごみはごみでいいんだよ!
そう言った口で、らんしゃま、と呼ぶな。
「ら、ら、らんじゃまあああああ、だ、だずげでね、ぢぇんをだずげでねええええ!」
「もういい、死ね」
口から差し込まれた棒の先端がちぇんの中枢餡を貫いた。
らんの中で、あの番になることを決意していたちぇんの存在は神格化されて生きていた。
それゆえに、それ以外のちぇんのことなど特別視することはなかった。
「むっぎゃああああああ!」
「ど、ど、どういうこと、なのぜ?」
「ゆ、ゆ、ど、どぼじで、み、みんなは、みんなは?」
長と幹部をはじめとする表に残って勝利を祝ってたものたちは、返り餡を浴びた劣等種
たちが長のおうちから出てきた時、なにがどうなっているのか全く理解できずに動けなか
った。
その間に、すっかり取り囲まれてしまっていた。
「中に突入してきた奴らは、みんな殺したよ」
らんが言うと、一様に信じられぬといった顔である。それも当然であろう。ここにいた
連中は、それを見ていないのだ。
「へだなうそはよぜえええええ!」
戦闘向きではなくとも、劣等種相手ならば喧嘩っぱやいものはいる。一匹のれいむが猛
前とらんに飛び掛った。
「ふん」
「えい」
らんがそれをかわし、すいかが着地したところに体当たりをする。
れいむは、宙を舞って木の幹に激突し、破裂した。
「む、むきゅ、むきゅ、むきゅ」
自分が世界で一番頭がよいと思い上がっていた長は、理解不能な事態に対応できずに精
神が崩壊していた。
それからも、何匹かのゆっくりが劣等種ごときという認識で突っかかり、一匹の例外も
なく殺された。
二十匹ほどに減ったところで、ようやく力の差を理解し、みじめったらしく命乞いを始
めた。
劣等種にそのようなことをしなければいけない屈辱に身を震わせている。
どことなく、この期に及んでも、貴種の自分たちがこうして頭を下げているのだから劣
等種はこれを許すべきだ、という驕りが声音や態度に現れていた。
「お前たちには、これまでと逆のことをしてもらう。つまり、これからはお前らが朝早く
から狩りに行って食べ物を集めてくるんだ」
らんが、言った。
「ゆ! な、なんでとかいはなありずがそんなごと!」
たまらず、一匹のありすが叫ぶ。周りにいた他のものが、余計なことを言うなと止める
が、それに向かってらんは冷徹に言い放った。
「……と、言いたいところだが、お前ら、狩りなんかできないだろう」
その言葉を、また都合よく解釈し、つまり自分たちは狩りをしなくてもいいのだと思っ
て表情を明るくする貴種たちに、らんは哀れみをこめた声をかけた。
「つまり、お前らがわたしたちに対して役立てることは無い。つまり、生かしておく意味
が無い」
「「「ゆ゛っっっ!」」」
さすがに、生かしておく意味が無い、という言葉の意味するところを都合よく解釈する
ことはできないようだった。
「ま、まりざだぢは、とおぐにいぐよ、だがら、見逃してほしいんだぜ……み、見逃しで、
ぐだ、ざい」
幹部まりさが涙目で訴える。
「狩りができないお前らにもできることがある。子供を襲って殺すことだ」
「ゆ゛? ……ぞ、ぞんなごと、しないのぜ! ……しまぜんがらぁぁぁ!」
「すまんが」
と、らんはまた全くすまないとは思っていない顔で言った。
「劣等種と蔑まれたわたしたちは、お前ら貴種の言うことは何一つ信じることができない
んだ。……もしかしたら、そこまでやらないでも、お前らは本当に遠くに行ってもう関わ
ってこないのかもしれないが……」
「ゆ゛! そ、そうだぜ! ほんとうなのぜ! ほんとうでず!」
「そ、そうだよ、れいぶだぢ、ほんどうにとおぐに行って、もうごごにはこないよ!」
「し、しんじてね! まりざだぢのいうごと、しんじでね!」
「……うん、全く信じることができない」
らんが言った。
冷徹に――。
「ゆぅ、ゆぅ、ゆぅ」
れいむは、ぽよんぽよんと跳ねていた。
「みんな、それじゃ長にお花をあげようね!」
「「「ゆっくち!」」」
れいむが引き連れているのは、劣等種――いや、もうその呼び名で彼らを呼ぶ群れは存
在しないので、人間にならって希少種と呼ぼう――の子供たちであった。
みんな、花をくわえている。
その花を地面に置く。そこには、もう存在しない群れの最後の長の前に長をしていたぱ
ちゅりーが眠っている。
「長……」
れいむは、新しくできた群れのただ一匹のれいむ種として、それなりに幸せな日々を過
ごしていた。
「長は……」
長は、希少種の優れた能力をまんまと利用して、貴種がろくに働かずにゆっくり暮らせ
る群れを作り上げた。
しかし、そのために貴種たちは堕落し、長は幻滅した。
そして、ゆん質として預かっていた希少種の子供たちに情を移し、群れが滅ぶ結末を予
感しつつ、それに手は打たずに死んでいった。
そして、今ではこうして真実の一端を知らぬ子供たちになお慕われている。
「長は、やっぱり、とんでもないゲスだよ」
――むきゃきゃきゃ、そうよ、ぱちゅは、とんでもないゲスなのよ。
そんな声が、聞こえたような気がした。
終わり
書いたのは、そういうつもりじゃないんだけど、なんか「人間がゲスすぎる」とか
言われがちなのるまあき。まあ、知ったこっちゃねえな!
長いの書いてると短いのが書きたくなるのぜ。
次は短編かな。
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anko1673 いきているから
anko1921 理想郷
ダラダラと延ばしていたら、またさなえのような犠牲が出るかもしれない。
皆と別れ、狭苦しいおうちに戻ってきて、らんは「ほぅ」と息をついた。
今更ながら、その日にあった様々なことが思い起こされて感慨深いものがあった。きっ
と、他のみんなもおうちに帰ってからこんな気持ちなのではないだろうか。
さなえには悪いことをした……。
劣等種の中では、唯一らんのみが、この群れの常識に疑問を持っていた。
しかし、ゆっくりの一種に過ぎぬらんも、思い込みの呪縛からは自由ではなかった。貴
種は優れていて、自分たち劣等種は劣っている……物心ついてからの徹底的な刷り込みに
よる思い込みは強固であった。
それでも、らんは、あの時――
あの時、それまでその傲慢な振る舞いに反発こそ感じていたものの、皆殺しにしてやろ
うとまでは思っていなかった貴種に対して憎悪を抱いたあの時から、らんは弱者ならば弱
者なりに戦えるはずだと自らを鼓舞し、貴種どもを観察してきた。
そして、思ったのだ。
――本当にあいつらは優れているのか?
その芽が心に吹いた時から、らんは試してみようかという誘惑と戦い続けていた。あの
時から命などそれほど惜しくないから自分だけで済めば、一番強いまりさにでも喧嘩を売
って試してみただろう。
しかし、常識はやはり常識であり、劣等種は貴種に勝てるはずなどなくやられてしまっ
た場合、以後の反抗を予防するためにらんだけではなく、他の仲間にも制裁を加えられる
のでは、と思うと踏ん切りがつかなかった。
前の長の頃は、それほど待遇も悪くはなく、我慢して頑張ってさえいればゆっくりでき
た。
しかし、長が変わり劣等種の境遇は悪化した。
そこですぐに踏み出さなかったことを、らんは悔やんでいる。
そこで前に出ていれば、さなえが犯し殺されることはなかった。
さなえの死が、背中を押した。
しかし、それでもらんの一歩は細心の注意を伴っていた。
できるだけ、その一挙がらんの独断であると示すために色々と手を打った。
それでも不安は無いわけではない、劣等種に喧嘩を売られたことに怒り狂った貴種が、
証拠などなしに仲間を制裁することは十分に考えられたからだ。
それ以前なら、らんはそこで踏みとどまっていただろう。危険がある以上、それが賢明
な判断だ。
しかし、らんの後ろにはそれまでには無かったものがあった。
さなえの死体。
さなえの死。
このままでは、さらなる犠牲が出るかもしれぬ。
もはや、後ろにも危険は迫っていたのだ。
らんは、決断した。
結果、賭けは成功した。
らんは、もう一度、ほうぅ、と安堵のため息をついた。
「ちぇん……やるぞ」
あの時――
ちぇんが死んだ――殺されたあの時から願っていた時がもう明日に迫っている。
ちぇんとらんが一緒になるという話が知られた時、みんな驚いた。
言うまでもない、ちぇんは貴種であり、らんは劣等種、厳しい身分差を飛び越えて結婚
しようというのだから。
劣等種たちは、驚いたものの、それを受け入れてからは好意的であった。
ちぇんも、らんと添い遂げようと決意するぐらいだから、劣等種に対する蔑視などは捨
てており、進んでらんの仲間と交流を持った。
だが、驚いた後に受け入れることができなかったのは貴種である。
それも当然で、特にちぇんの家族は烈火のごとく怒って、あれこれ説得に努めたが、と
うとう家族の縁を切るという脅しにもちぇんが屈さないに至って、諦めた。
――確かに、この時、諦めたのだ、一度は――。
長は、むきゅぅと難色を示していたが、結論をくださなかった。
群れには幾つか掟はあったものの、貴種と劣等種の間での婚姻を禁ずるものはなかった。
そこは、頭がよいとは言えどもずっと森で暮らしてきた長ぱちゅりーの限界で、ちぇん
種とらん種はお互いに好き合う例が多いという人間による研究の成果など知るはずもなか
った。
そして、その時――
ちぇんは、らんのおうちに移り住もうとした日の前夜に、死んだ。
殺されたのだ。
れみりゃにやられたということになったが、ちぇんの家族がやったのだ。
一度は諦めた家族だが、いくら縁を切ったと公言しても、ちぇんはやはり家族である。
少なくとも、他の貴種たちはそう思うだろう。
そうなれば、劣等種と結婚するようなものを出した一家に対する風当たりは強くなるで
あろう。
既に縁を切ることを覚悟していた一家にとっては、それはもうそれほどに高いハードル
ではなかった。
夜、明日の朝にはらんのおうちに引っ越すと言っているちぇんを最後のチャンスとばか
りに必死に説得した。それでもちぇんの決意は固く、怒り出してもう引っ越すと言って飛
び出した。追いかけようとしたところ悲鳴が聞こえ、うーうーというれみりゃの鳴き声が
聞こえてきたので慌てておうちに戻った。しばらくしてから恐る恐る様子を見に行くと、
ちぇんの無残な死体を発見した。
と、このように家族は証言し、話に無理はないところからそれが事実と認定された。
らんは、ちぇんから家族に最後の説得をしてみると聞いていたのでそれを疑ったが、そ
れを言い立てても聞き入れられるとは思えず、それ以前にちぇんの死で完全に抜け殻のよ
うになっていたために沈黙していた。
長にしてみれば、渡りに舟であったろう。
認めれば貴種の、認めなければ劣等種の不満が高まる。
結局は、不満が高まっても我慢するであろう後者の選択をすることになったであろうが、
ちぇんの死でその決断は不要になった。
らんは、それ以降、仲間たちとも一線を画した。
ことさらつっけんどんにするわけではないが、積極的に交流もしない。
頭の中は、ちぇんの復讐でいっぱいだった。
そして、「弱者」としての戦い方を見つけるために貴種の観察を始めたのだ。
その願いも明日にかなう。
喧嘩自慢のまりさは想像以上に弱かった。つまり、貴種と劣等種の力の差が思っていた
以上ということだ。
正面から戦っても、十倍の数の差を克服し、なんとか勝てるとは思う。
しかし、もう一人の犠牲者も出したくなかったので万全を期するためにかなこたちと作
戦を練ったのだ。
必ず、勝てる――。
ふと、気付く。
頭も体も軽い。
自分たちは劣等であるという思い込みの暗雲が晴れた今、まるで自分がそれ以前の自分
ではないようだった。
翌日、いつものように劣等種たちは狩りに出かけた。
それを見かけても貴種たちは別段気にも留めない。アレらが早朝から狩りに出るのは当
たり前のことだからだ。
話は、群れ一番の喧嘩自慢のまりさの死でもちきりだった。
死体の状態から、よほど手酷くやられたのであろうことは明らかであり、すぐさま、捕
食種、それもれみりゃではなくそれよりも強く凶暴なふらん種の仕業であろうと推定され
た。
劣等種はもちろん、最初から容疑者候補にも挙がらなかった。そんな能力も度胸も無い
からだ。
「しょんな……まりしゃおねえしゃんが……」
「ゆぅ……」
「ちんじられにゃいわ……」
と、沈んだ表情をしているのは、日課のように劣等種の留守宅にいる子ゆっくりをいた
ぶって遊んでいる子まりさ、子れいむ、子ありすの三匹であった。
粗暴な性向を見せるこの三匹は、喧嘩が強かったまりさのことを慕っており、その死に
ショックを受けていた。
「ゆっ! おちこんででもちょーがないのじぇ!」
「ゆん、そうだにぇ!」
「しょんなのとかいはじゃにゃいわ!」
しかし、いつまでもそうしていてもしょうがない。三匹はぐっと顔を上げて前向きな発
言をした。
「むちゃくちゃするかりゃ、またれっとーちゅをいじめにいくのじぇ!」
「それがいいにぇ!」
「いにゃかものたちのなきごえはゆっくちできりゅわ!」
で、やることといったらいつもの弱いものいじめである。
意気揚々と、三匹は劣等種のおうちへと向かう。
もちろん、気付いているはずもない。
弱いものたちが、昨日までと違い、自分たちをそうであるとは思っていないということ
を――。
「ゆっひゃぁ、ぎゃくちゃいなのじぇぇぇぇぇ!」
「くじゅのれっとーちゅども、れいみゅたちがあしょびにきてやっちゃよ!」
「きょうもいにゃかもののなきごえをききにきちゃわよ!」
目をつけたおうちに乗り込むと、そこには子さなえと子ゆうかが震えていた。演技では
ない、まだ子供なので、どうしても恐怖が先に立つのだ。力の差があるとは言っても、子
供の頃はそれほどでもないこともあり、植えつけられた恐怖感はそう簡単に拭い去れるも
のではない。
「ゆああああん? きょーのおるちゅばんはゆうきゃなのじぇ」
子さなえと子ゆうかの前に、どんとゆうかが立ちはだかっているのを、三匹は軽蔑の色
もあらわに見た。
「ゆゆん、きょーもやめちぇやめちぇ、おねぎゃいだからやめちぇぇぇ、ってなくんだに
ぇ、みっともないにぇ!」
「ゆ……にゃによ、そのめは、そんなだからとかいはじゃにゃいのよ!」
子ありすが、ゆうかの挑むような目に気付いた。それを聞き、他の二匹も改めてゆうか
を見ると、いつものおどおどとした様子が無く、傲然と自分たちを見下ろしている。
「ゆぷぷ、くじゅがなにちたって、まりしゃたちはとめられないのじぇ!」
「とめたければとめちぇみれびゃ? しゅぐにおかあしゃんたちにせいっしゃいされるけ
どにぇ!」
「くじゅでいにゃかもののれっとーちゅにゃんて、いきてるかちにゃいのよ!」
子ありすが子さなえに飛び掛ろうとする……が、ゆうかがその行く手を阻んだ。
「ゆぴ!」
子ありすはあっさりと跳ね返されてしまう。
「ゆひゃぁ! すきありなのじぇ!」
その間に、子まりさが子ゆうかへと飛び掛った。
「ゆっ!」
「ゆべ!」
だが、奥の方からすいかが飛んできて間に入ったために、子まりさもまた跳ね返されて
転がった。
「ゆ、ゆ、すいきゃもいちゃんだにぇ……」
「ゆ!?」
子れいむが驚いたような声を出したので、身を起しつつ子まりさと子ありすが子れいむ
の視線の先を見ると、
「……」
そこには、らんがいた。
「「「ゆ、ゆ、ゆ……」」」
三匹は戸惑っていた。
狩りのノルマを果たすために、これまで留守番はせいぜい一匹か二匹だったのだ。
音がした。
後ろ……つまり、このおうちの入り口の方から。
「……」
「「「ゆ? ゆゆ?」」」
入り口を塞ぐように、かなことすわこが現れていた。
「な、な、なんなんだじぇ? まりしゃたちになにかちたら、おかあしゃんたちがせいっ
しゃいするのじぇ!」
「そうだよ! れいみゅたち、おおごえだしゅよ? いいにょ? せいっしゃいされりゅ
よ!」
「もういいわ! おかあしゃんたちをよんでせいっしゃいしてもらいまちょ!」
さすがに、劣等種といえど大人がこれだけいては子供三匹では勝てないことはわかって
いた。
強がりながら退避しようとする三匹だが、かなことすわこは入り口に陣取ってそれを許
さない。
「ゆ? ゆ?」
「お、おきゃあ」
緊張感に耐えられなくなった子れいむが大声を上げようとすると、ゆうかが飛んできて
上から押し潰した。
「ゆぶ」
圧力により、子れいむは満足に声を上げることができなくなった。
「それっ!」
らんが子ありすの上、かなこが子まりさの上に飛び乗る。
「「「ゆぶぶぶ」」」
劣等種たちの思ってもいなかった反抗的態度に三匹の子ゆっくりは困惑と、今更ながら
の恐怖を表情に見せていた。
「ゆっ、おさえててねー」
すわこが帽子の中から蔓を取り出した。狩りの途中に確保しておいたものだ。
それを三匹の子ゆっくりの口に回して後ろで縛り、つまりは猿轡をして声を封じる。
「よし、いくぞ」
らんが言うと、猿轡をかまされてゆぐゆぐ小さな声で呻くことしかできない三匹をすわ
こが帽子に入れて、劣等種たちはおうちを跳ね出た。
表には、おうちの中にはいなかった劣等種たちがそれぞれ子供たちを頭に乗せて待って
いた。
「うまくゆん質がとれた。行くぞ」
らんはそう言って、続けた。
「めざすは長のおうちだ」
それから約三十分後、群れは騒然としていた。
長のおうちの入り口の前に、群れの貴種たちが全員――いや、正確には三匹の子ゆっく
りを除いて――集まっている。
「むきゅぅ、むきゅぅぅぅぅぅ!」
長ぱちゅりーは、一目でそれとわかるほどに怒りに身を震わせていた。
「なんだって、あいつらこんなばかなことしたのぜ」
ふらんに殺された……と思われるまりさの後を継いで幹部に任命されていたまりさが言
った。
「このぱちゅもさすがにわからなかったわよ。あいつらがまさかここまでばかだったなん
て」
長は怒りと蔑みとを声の端々ににじませていた。
長が目覚めてごはんをむーしゃむーしゃして、いかに長の偉大さを皆により知らしめる
かという高度な知的課題に取り組んでいたところ、狩りに行ったはずの劣等種たちが恐れ
多くも長のおうちに雪崩れ込んできたのだ。
長の威厳をもって一喝したものの、想像を遙かに超える頭の悪さの劣等種はそれを理解
せずに、恐れ多くも長を追い出したのだ。恐れ多くも!
「むきゅう、さすがにあれだけいたら逃げるしかなかったわ」
「ゆぅ、そうだね……」
虚弱体質で有名なぱちゅりー種でさえ、劣等種の三匹や四匹程度ならどうとでもなると
貴種たちは思っているのである。
「長! 長ぁぁぁ! はやくとつにゅーさせてね!」
「そうだよ、ゆっくりしてるばあいじゃないよ!」
「はやくおちびちゃんたちをたすけないと!」
叫んでいるのは、ゆん質にとられている子ゆっくりたちの親だ。
そう、卑劣にも劣等種は子供を三匹ゆん質にしているのである。
「まちなさい。へたにとつにゅーしたら、ゆん質を永遠にゆっくりさせられるかもしれな
いわ」
「「「ゆぎぎぎぎ」」」
親たちはもっともなことを言われて歯軋りするしかない。
「……ゆるせないよ、あいつら」
「れいむたちがやさしくしてたらつけあがって……」
「はやくせいっさいっしてやりたいよ……」
それを見て、他の貴種たちも怒りを煽られて爆発寸前になっている。
「むきゅ……とりあえずゆん質がとられている以上、様子を見るしかないわ……」
「むのーでだめでゆっくりしてない劣等種どもがいつまでもああしていられるわけないん
だぜ、みんな少したえるんだぜ」
幹部まりさが言うことには根拠らしい根拠は無かったが、それは激昂する皆を落ち着か
せる効果はあった。
「あれぇ、あいつらこないぞぉ」
残念そうに、すいかが言った。
「ゆん質とるんじゃなかったかな……」
そう言ったのは、いつも子供をいじめにくる三匹をゆん質にとってやろうと提案したら
んだ。
朝、狩りに出て行くと見せてすぐに引き返し、子供をいじめにやってきた貴種の子を捕
らえてゆん質にし、長のおうちに押し込んでそこに立て篭もる。
そこまでは計画通りに行ったのだが、意外に貴種たちが冷静――というかまあ、長と幹
部がなんとか押さえつけることに成功――で、すぐに攻め込んで来るかと思っていたのに
来ない。
攻めて来れば、入り口付近で待ち伏せして迎え撃つつもりだった。
被害が出ても、貴種たちは、地形を効果的に使われているせいで自分たちが劣等種に劣
るものではないという考えを改めようとはしないだろう。
そうやって、自分たちの方が強いのだから押していけばいつかは突破できるとどんどん
押してくるのをどんどん始末してやろうとしていたのだ。
「まあ、それなら持久戦だ」
「ちぇー」
すぐに暴れられると思っていたすいかは残念そうだ。
「とりあえず、わたしが見張ってるから、すいかもむーしゃむーしゃしてこい」
「お、そうだな」
長のおうちの貯蔵庫には山と積まれた食べ物があり、劣等種たちはそれを思う存分むー
しゃむーしゃしていた。
元々自分たちが狩ってきたものなのだからと遠慮は一切無い。
特に子供たちが久しぶりに満腹になるまで食べられて、みんなゆっくりできていた。
「「「ゆひぃ……ゆひぃ……」」」
貯蔵庫の隅では、ゆん質たちが震えていた。
猿轡は外されているものの、先ほどのように大声で罵ったりするようなことはない。
長のおうちを占拠して、猿轡を外された時は、それはもう声を限りに罵倒したものだ。
「い、いちゃいよぉ……いちゃいよぉ……」
「「ゆぅぅぅ……」」
しかし、それをうるさく思ったゆうかが子まりさの右目に細い棒を刺して黙れと言うと
おとなしくなった。
「……」
ゆうかは時折ちらちらと自分が目を刺してやった子まりさを見ている。
子供相手にやりすぎだった……と思っているわけではない。泣いている子まりさを見る
とゆっくりできるのだ。
花が好きなおっとりとしたゆっくりだったはずの自分の中にこんな嗜虐性向が潜んでい
ることを知り、ゆうかは我ながら驚いていた。
「さて、貴種ども、狩りはできるのかな?」
入り口付近で見張りをしているらんが呟いた。
長のおうちを占拠した理由は二つある。
まず、長のおうちが広く、全員で立て篭もるのに適していたこと。
そして、この群れの貴種が口にする食べ物は、全て長のおうちの貯蔵庫に置かれている
ことだ。
「ゆぅ、おなかがすいたよ」
「長、ごはんをちょうだいね」
「むーちゃむーちゃちたいよ」
「むきゅ……」
しばらくすると、陽は昼頃の高さを示し、いつもおひるごはんをむーしゃむーしゃして
いる時間がやってきた。
「ごはんは……ぜんぶ貯蔵庫にあるから、ここには無いわ」
「「「ゆ、ゆっくりできないぃぃぃぃ!」」」
ていうか、そんなもんわざわざ言われんでもわかりそうなことだが、さっぱりわかって
いない、或いはわかろうともしていなかった貴種たちは、大声で叫んだ。
すぐに、長を責める声が上がったりはしなかったが、時間の問題だろう。この群れの貴
種たちは、ごはんは長が支給するのが当たり前のことであると思っている。
「むっきゅぅぅぅぅ、くずでごみの劣等種のくせに、考えたわね……」
ようやく、長は劣等種たちが自分のおうちを占拠した理由を悟った。
「しょうがない、狩りに行こうよ」
「ゆん、そうだね」
「ゆっくりいってくるよ、おちびちゃんたち、まっててね」
大人たちが狩りに出かけていく。
えらく前向きなようだが、ゆっくりした顔でぽよんぽよんと緊張感の欠片も無い様子で
狩りに出かける全員の頭には一つの思いがあった。
――劣等種どもがやっていたことなんだから、自分たちなら楽勝である。
「おきゃあしゃんたち、まだかにゃ」
「ゆぅ、おにゃかすいちゃよぉ」
「ゆ! かえっちぇきたよ!」
しばらく経つと、狩りに行っていた大人たちが帰って来た。
惨憺たる狩りの成果を持って、疲れきった体を引きずって。
「ゆゆ、これだきぇ?」
「もっちょむーちゃむーちゃちたいよ!」
「ゆぅ、ごめんね、これだけなんだよ」
楽しみに待っていたのに、乏しいごはんしか渡されずに子供たちは不満であったが、無
いものは無い。
「ゆん! おちびちゃんたち、きのこさんをむーしゃむーしゃしてね!」
一匹のまりさが、帽子の中からきのこを何本も取り出した。
「ゆわぁ、しゅごーい」
「おとうしゃんは狩りのてんちゃいだにぇ!」
「ゆっくちできりゅよ!」
「むーちゃむーちゃちようにぇ!」
「ゆゆーん、さすがれいむのだーりんだよぉ」
子供たちと、番のれいむは大喜びだ。
他の子供たちは、まりさの持ってきたきのこを見て、なんでうちはあんなゆっくりでき
るごはんを持ってこないのだとそれぞれの親を非難している。
それをなだめながら、皆、まりさのことを恨めしげな目で見ていた。
あの、木の根元に生えていたきのこを発見したのは、他のものであった。それを、例の
ふらんに殺されたことになっている喧嘩自慢のまりさ亡き後、群れ最強と言われるように
なったあのまりさが、その場にいたものを脅かして全て自分のものにしたのだ。
「ゆゆーん、くずの劣等種でもやれることなんだから、とーぜんまりささまにできないわ
けがないのぜ」
まりさのその言葉は、純粋に子供と番に自分の手柄を自慢したいがゆえの言葉であった
が、狩りの成果が出せなかったものを劣等種以下と言っているも同然であり、不穏な空気
が流れた。
「それじゃ、むーしゃむーしゃするんだぜ!」
「「「「ゆっくちむーちゃむーちゃすりゅよ!」」」」
「ゆふふ、れいむもむーしゃむーしゃさせてもらうね、ありがとう、まりさ」
それに気付かず、家族にきのこを食べるよう促すまりさ、それに応じて、嬉しそうにき
のこにかぶりつく四匹の子ゆっくりと番のれいむ。
とてもゆっくりした顔でそれを見るまりさ。
恨めしそうな目でそれを見る他のものたち。
「「「「むーちゃむーちゃ……ちあわちぇぇぇぇぇ!」」」」
「むーしゃむーしゃ、しあわせー!」
その色鮮やかなきのこは口に合ったようで、しあわせーの声が上がる。
そう、それは色鮮やかなきのこだった。
「「「「ゆ……ゆぐ……」」」」
幸せいっぱいの笑顔だった子ゆっくりたちの顔が歪んだ。
「ゆ? どうしたのぜ?」
不思議そうにしたまりさの後ろで、どさりと番のれいむが倒れる音がした。
「ゆゆゆゆゆ!?」
「ゆ……ぎ……」
「どうしたのぜ? れいむ! れいむぅぅぅ!?」
れいむの方を向いて叫んだまりさだが、今度は後ろから子供たちの、恐ろしい悲鳴が聞
こえてきて、またまた振り向いた。
「ゆわああああああ!」
まりさの目に飛び込んできたのは、大量の餡子を吐いて痙攣する子供たちであった。
「おちびたち、しっかりするんだぜ、あんこはいちゃ駄目なのぜ! ぺーろぺーろ! ぺ
ーろぺーろ!」
必死に舌で舐めるが、そんなものが効果があるはずもない。
子供たちは内側からの攻撃にさらされているのだから。
その攻撃者、色鮮やかな毒きのこを体外に追い出さねばどうにもならない。
餡子を吐くのは、そのためだが、脆弱極まりない生き物である子ゆっくりは毒物を体外
に出すための吐餡で必要量を遙かに超える餡子を失ってしまい、失餡死に至った。
「ゆぎゃあああああ! まりざの、まりざのおぢびだぢがあああああ!」
「まりさ……どぼじで……どぼじで、こんな、ゆっぐりでぎない、きのごさんを……」
「れ、れいむ、ちがうんだよぉ、こんな、こんなごとになるなんで……」
「ゆげええええ……ゆっぐり、でぎ、ない……」
そのきのこは、大人のれいむを子供と同じ死に至らしめるほどの猛毒であった。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、なんでなんだぜえええええええええ!」
泣き叫ぶまりさを見て、先ほどまでの恨めしそうな顔たちは、ニヤニヤとした薄ら笑い
に変わっていた。
「むきゅぅ……」
その一連の騒ぎを見ていた長は、事態が思っていたよりも深刻であることを徐々に徐々
に知らされてとてもゆっくりできない顔をしていた。
「あいつら、毒きのこを知らないのか」
おうちの入り口から見ているので、何があったか見えたわけではないが、聞こえてきた
声と悲鳴から、何が起きたのかは大体わかる。
らんは、呆れたように呟いていた。
「ゆぅ、らんたちと、れいむ以外は、長に教えてもらってなかったみたいだね」
と言ったのは、れいむである。ダメれいむと呼ばれていたれいむもまた、劣等種ととも
に長のおうちに篭もっていた。
ちなみに、れいむが長と言ったのはもちろん今の長ではなく、先代の長のことだ。
「それにしても、新しい長まで知らないとは」
「前の長は、今の長のことあんまり好きじゃなかったみたいだから……今の長も、前の長
になにも聞こうとはしなかったみたいだし……」
今、このおうちの外にいるゆっくりたちは、前の長に食べられるものと食べられぬもの
を徹底的に教え込まれた劣等種たちが吟味して狩ってきたごはんを、何も考えずにむーし
ゃむーしゃしていただけなのだ。
「前の長か……いったい、どういうつもりだったのやら」
「ゆぅ……自分で自分のこと、すごいゲスだって言ってたけど……」
先代の長ぱちゅりーの秘密については、れいむはとりあえずらんにだけは話していた。
それまでの常識を覆す劣等種と貴種の力関係が実は全く逆であるという事実を知れば、
当然先代のやっていたことが劣等種を暴発させぬための策であることは推察できる。
特に鋭敏で前々からその事実に薄々感付いていたらんならば、いつかはその真相に辿り
着くだろうと思い、れいむの方から打ち明けたのだ。
らんは、それを知って、先代に対する複雑化した感情を持て余しているようであった。
「子供たちは本当に慕っているからな……子供たちには、先代の長もそのことは知らなか
ったと言っておくべきかな。……すごいゲスのくせに、うまくやったものだ。子供たちに
あんなに慕われて、これからも慕われ続けるのだからな」
「ゆぅ……長ならきっと……」
「ん?」
「そうよ、だからぱちゅはすごいゲスなのよ、むきゃきゃきゃ……って笑ってたと思う」
「……ふ」
らんたち、今の大人も、産まれてすぐに親たちが狩りに行っている間には長のおうちに
預けられて、そこで様々なことを学び、ゆっくりしていた世代なのだ。
その刷り込みのせいでどうしても先代のことは憎めない。
「まったく……とんでもないゲスだな、前の長は」
言いつつ、やはり、らんの顔には怒気のようなものは見られない。
「ゆ?」
「む?」
れいむと、らんが、同時に言った。
「ゆぅ、なんだか」
「騒がしいな……これは、攻撃があるかもしれん」
「ゆ、みんなに教えてくる」
長のおうちの前に集まっていた貴種たちの間に轟々たる声が起こっていた。
このままでは、むーしゃむーしゃもできなくてゆっくりできない、早く劣等種どもを打
ちのめしてごはんを取り返そう、と。
「むきゅぅ、でも、ゆん質が……」
「「「ゆゆぅ……」」」
長が言い、ゆん質の親たちが下を向く。
ゆん質なんかかまわないから突入しようという声が次々に上がる。いや、でもやはりゆ
ん質が殺されるのはゆっくりできない、という声も上がった。
「むきゅぅ」
長は、ゆん質がいるから突入は止めるべきだと言うものたちに憎々しげな目を向ける。
自分と同じ意見を吐くものへなぜそのような目をするのかと言えば、下手に突入してゆ
ん質が殺された場合、長としてその責任を問われるのが嫌なだけで、本心ではさっさと突
入して劣等種を蹂躙し、偉大な自分に相応しいおうちをごみくずどもから取り戻すべきだ
と思っていたからだ。
ここで大勢が、ゆん質に危険はあれども突入止む無しということになれば、皆がそう言
うので、長自身はゆん質のことを心配しつつも突入を許可した、ということになって都合
がよろしいのである。
祖母からは口だけ達者な馬鹿と言われていた長だが、なかなかどうして、そういう知恵
だけは豊富であった。
「おーし、やるぞぉ」
やる気満々にもほどがあるすいかがぶんぶん角を振ってやってきた。
「……まだだな」
「ええーーーーーーー」
「どうも、ゆん質のせいで突入に踏み切れないらしい」
「あいつらも、自分の子供は大切なんだな」
「踏み切る手伝いをしてやろう」
らんは、冷徹な表情で言った。
「ゆぴぃぃぃぃ、いちゃいのじぇぇぇぇ、もう、もうやめぢぇほしいのじぇぇぇ、あやば
るのじぇ、あらばるがらぁぁぁ……」
目に棒を刺された子まりさが連れてこられた。すっかり心が折れている。
「……」
らんは、目の前に転がされたそれを見下ろしていたが、やがて目に刺さった棒を口にく
わえた。
「ゆぎっ! いぢゃああああああい! だじゅげぢぇぇぇぇ!」
子まりさは声を限りに叫ぶ。
「ゆぴぃ、ゆるじで……ゆるじで……もう、もうれっとーちゅだからっちぇ、いじめにゃ
いがら、ゆるじで……おきゃあじゃんのどころに、かえじぢぇ」
「お前の死体が必要なんだ。すまないな」
声に弾かれるように、子まりさが見上げると、そこにはらんがいた。
冷徹な表情だった。
すまないと言いつつ、そんなことは塵芥ほどにも思っていないのが明らかだった。
そして、なにより恐ろしいのが、死体が必要だという言葉にも、必要なものは必要なの
だという以外の感情が読み取れなかった。
怒りとか憎しみとかが感じられない。
「ゆる、じで……たじゅげ、で……」
子まりさはなおも生に執着しつつも、中枢餡のさらに中心の餡子では理解していた。自
分は絶対に助からない。
このらんは、自分の死体を必要としている。
謝ったって、何をしたって、その必要を満たすには、子まりさは死ぬしかないのだ。
「もう、もうじないがら、ゆるじ」
らんが跳躍し、子まりさの上に着地した。
ぱん、と小さな破裂音がした。
「ゆゆ?」
「なにか、出てきたのぜ」
「ゆぅ、なんだろう……」
長のおうちの入り口で、劣等種どもが逃げ出したりしないよう見張っていた貴種たちは、
入り口から何か小さなものが飛び出してきて地面に転がったのを見た。
「ゆぅ、もっと近付いて……」
「油断するななのぜ、劣等種のことだからどんなひきょーな罠なのか知れないのぜ」
まりさに注意を促されつつ、一匹のれいむが入り口に近付いていく。
「ゆ! ゆわあああああああ!」
「ゆ! どうしたのぜ、れいむ!」
「ゆ、ゆ、お、おち、おち、おちびぢゃ」
「ゆゆ?」
「あ、あれ、おちびぢゃんだよ、ぼうじがあるがら、まりざだよ」
「ゆ! それは、ゆん質になってるまりさのおちびに違いないのぜ! それで、どうなの
ぜ?」
「ゆ、ゆ、死んでう。まりざのおちびぢゃん、じんでるぅぅぅぅぅ!」
「ゆゆゆゆゆ!?」
ゆん質にとられていた子まりさの惨たらしい死体が放り出されてきた、という報はすぐ
に長の元に届けられた。
そして、それを聞いた親たちはパニックに陥った。
殺された子まりさの親は、既に起こってしまった悲劇に、子れいむと子ありすの親はこ
れから起こるであろう悲劇に。
「ゆぐぅ、それで、それでね」
と、死体を発見したれいむは言った。
死臭に耐えながら子まりさの死体を回収しようとしたれいむに、おうちの中から声がか
けられた。
自分たち劣等種は死を覚悟して戦う。その決意を知ってもらうためにゆん質を殺した。
もうしばらくしたら、次は子れいむか子ありすを同じように殺してやる、と。
「ゆゆゆゆ! 長ぁ!」
「むきゅ!」
幹部まりさに向かって、長は力強く頷いて見せた。
「あのごみくずどもは、とんでもないゲスだわ! このままだととつにゅーしなくてもゆ
ん質は永遠にゆっくりさせられる。それなら、今すぐにとつにゅーすべきよ。その方がま
だ残りのれいむとありすを助けられるかもしれないわ」
「「「ゆゆゆゆ、ゆっくりりかいしたよ、とつにゅーするよ!」」」
「ゆっくりしないでとつにゅーよ! ごみくずにも劣る劣等種をせいっさいっ! してや
るのよぉぉぉぉぉ!」
「「「ゆおおおおお! 劣等種ども、せいっさいっ! してやるよぉぉぉぉぉ!」」」
「来るぞ」
「おーう、来い来い来い来い」
「あんまり前に出るなよ、少し中に入れさせてから叩くんだ」
「さなえとめーりんは、おちびたちを頼む」
「はいっ」
「じゃお」
「ああ、れいむも下がっていてくれ」
「ゆん」
とうとう始まる。
れいむは、子まりさの死を間近に見てゆっくりできない気分ではあったが、もう自分は
らんたちとともに行くと決めたのだし、そうしなければ、れいむの生きる道は無い。
「……れいむは……れいむは、劣等れいむだよ」
とつにゅー! とつにゅー! せいっさいっ! せいっさいっ!
怒号が接近してくる。
ぽっかりと空いた入り口は、大人のゆっくり三体ぐらいが並んで通れる限度であろう。
入り口から少し、その道幅が続いている。
そして、通路が開け始めるところに、すいかを中心にらん、かなこが布陣し、左右にゆ
うかとすわこが待ち構えている。
入り口からは、正面の三匹しか見えず、ゆうかとすわこは完全な伏兵になっている。
「いたのぜ! ごみ劣等種ども!」
「ゆっくりじねえええええ!」
「おちびぢゃんのがたきよ! このいながものぉぉぉぉ!」
まりさ、れいむ、ありすの三匹が突入してくる。
「そいや!」
すいかの体当たりが真ん中にいたれいむに命中。
「ゆべぶあああああ!」
れいむは餡子を吐き、裂けてできた傷口から餡子を撒き散らしながら飛んでいき、後続
を巻き込んでいった。
「ゆ!?」
その威力に愕然としたまりさは、らんが口にくわえた尖った棒を眉間にずぶりと刺され
た。
「それ!」
ねじるように引っ張られ、引き倒される。
横に倒れたまりさは、すいかの前にいた。
「おっしゃ!」
嬉々としたすいかが体当たりをし、まりさをぶっ飛ばす。
「ゆべべべべ!」
「み゛ょん!」
飛んだまりさは、後に続いていたみょんに激突。その際に、眉間から突き出ていた棒が
みょんの眉間に刺さった。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛……」
「ぢ、ぢん、ぼぉ……」
眉間と眉間が棒で繋がった二匹は、痙攣しながら断末魔を合唱していた。
「「「ゆゆゆゆゆ!?」」」
この狭い地形で待ち伏せされているのだから、相手が劣等種といえども多少は苦戦する
だろうとは理解していたが、もちろん、その苦戦というのは、けっこう疲れそう、という
程度の認識であった貴種たちは、あっという間に自分たちを襲った大惨事に愕然としてい
る。
「すいか」
かなこが、おっしゃおっしゃと出来上がっているすいかに声をかける。
「いきなりやりすぎだ。驚いてるじゃないか、あいつら」
そういうかなこは、「おんばしら」と称する太い棒を口でくわえて、立ち向かってきた
ありすと一進一退の攻防を行い、なんとかこれを退けたところであった。
「最初はあんまり本気でやらないで、あいつらをどんどん突入させてじわじわ数を減らす
……っていう作戦通りにわたしが接戦のフリしてるのが馬鹿みたいじゃないか」
「ありゃぁ、やっちゃったか、ごめん」
「……いや、大丈夫かも……」
らんが言った。
一瞬困惑した貴種たちは、それから既に立ち直り再攻勢の気配を見せていた。
貴種たるものの強い精神力で冷静さを取り戻し、勇気を奮い起こしたためではない。
「ゆああああ、なんかのまちがいだよぉぉぉぉ!」
「そうだよ、劣等種のごみなんかに、れいむたちがやられるわけがないんだよぉぉぉ!」
「まぐれはこれまでなのぜえええ!」
「「「せいっさいっ、してやるよ!」」」
都合の悪いことは、全てなんかの間違いであると認識する素晴らしき餡子脳のおかげで
あった。
「よし、今のはまぐれだ! なんかのまちがいだ! 来い来い、どんどん来い」
嬉しそうに、迫り来る貴種に声をかけるすいかに苦笑したらんとかなこは、前を向いて
迎撃の体勢をとった。
「ひま」
「やることないんだけど」
左右に伏せていたすわことゆうかは、出番がないので退屈そうだ。
すわこは、のほほんとしているのだが、ゆうかの方は貴種どもを痛めつけたくてしょう
がないという顔だ。
「かなこ、交代してよ」
「ちょっと待ってろ、そろそろ第二段階に……」
さすがに、三十匹ほどが殺されると、貴種たちにもこれ以上の突入を躊躇う空気が流れ
た。
「そろそろだな、よし、退くぞ」
「おう」
「二人とも、しっかりなー」
左右に散ったすわことゆうかを残して、らん、かなこ、すいかは退いていく。
「「「だめだぁ! 逃げろおおお!」」」
大声で叫んで逃げるのを見て、貴種たちは一瞬呆然としたが、自分たちの数次にわたる
攻撃が奴らに甚大なダメージを与えていたのだと都合よく考えると、逃がすなとそれを追
った。
「これでおわりだぁぁぁ、ごみくずどもぉぉぉぉ!」
「ころざれたみんなのがだぎぃぃぃ!」
「ゆるざない、ぜったいに、ちいさなおちびもみなごろじなのぜえええええ!」
怒りに燃える貴種たちのそれをさらに煽るようなものが現れた。
「ゆぴぃぃぃぃ、たじゅげぢぇぇぇぇぇ!」
「ありじゅ、じにぢゃぐにゃいわぁぁぁ!」
ゆん質の子れいむと子ありすが、すいかの口に髪の毛をくわえてぶら下げられているの
だ。
「もうわたしたちはおしまいだぁ! それならこいつらを道連れにしてやるぞぉ!」
らんが叫んで、跳ね出すと、すいかとかなこもそれに続く。
「ゆおおおおお! さぜるがあああああ!」
「おちびだぢをだずげるんだぜええええ!」
「ありずのおちびぢゃぁぁぁん、おがあさんがいくがらねぇぇぇ!」
貴種たちは、ゆん質をなんとしても生きて奪還せんと脇目もふらずに進んで行く。
貴種の大人は約百匹、長や幹部やその他戦闘向きではないもの、三十匹ほどが表に残っ
ており、さらに突入して殺されたものが三十。
今、逃げるらんたちを追う貴種は約四十匹であった。
そして、天然の広い洞窟である長のおうちは、それだけの数のゆっくりを収容できる。
それまで、入り口付近に溜まって一歩も進めぬ先陣に苛立っていた攻撃軍は、全てがお
うちの中に入った。
それを見て、入り口のところで支えていた劣等種が崩れたのであろうことを悟った長た
ちは、既に勝利を確信して皆でゆっくりしている。
「あそこはちょぞーこだよ!」
「ゆひゃあああ、おいつめたのぜえええ!」
「おちびちゃぁぁぁん、ぶじでいでえええええ!」
貯蔵庫の入り口を見出して先頭集団は勇躍する。貯蔵庫は、長のおうちの一番奥なのだ。
もう逃げる場所は無い。
貯蔵庫の入り口で、先ほどのように待ち伏せしようにも、貯蔵庫のそれはこのおうちの
入り口よりは広いので、さっきよりは地形の有利は無い。
「いたよ!」
「ゆおおおお、せいっさいっ、だぁぁぁぁ!」
「ありずのおぢびぢゃんをがえぜええええ!」
貯蔵庫の入り口に、さっきの三匹、すなわち、らん、すいか、かなこがこっちを向いて
いるのを見つけて攻撃軍は殺到する。
特にゆん質にとられている子ありすの親であるありすの跳ねる速度は凄まじく、とうと
う一匹だけ突出した。
「おぢびぢゃ、ゆべ!」
そのありすが、叫んだ。
顔に、何かが当たったのだ。
「ゆ゛? ゆ、ゆ、ゆっがああああああああ!」
ありすは絶叫した。それもそのはず、顔に飛んできたのは、子ありすの死体だった。
「たぢゅけでぇぇぇ、ゆっぴぃぃぃ!」
甲高い悲鳴が聞こえた。
らんが、ゴミのように投げ出したのが、子れいむの死体であることを先頭にいたものた
ちは見た。
「「「ゆがあああああ、せいっざいっ! せいっざいっ!」」」
貴種たちは、突入した。
「おっし!」
そして、すいかの体当たりを喰らったれいむが後続を巻き込んでふっ飛ぶというさっき
と全く同じ展開になった。
らんが、棒で次々に貴種を刺し殺して行く。
「ち、ちぃぃぃーん、べ!」
剣術が自慢だったはずのみょんは、まるで子供扱いされて刺し殺された。
「ふんっ!」
「ゆべ!」
かなこが、おんばしらでまりさを叩き潰した。一撃で、まりさの頭は陥没し、両目が飛
び出した。
「おっしゃ! 来い来い、来ないならこっちからいくぞぉ!」
すいかは相変わらず、視界に入ったものを体当たりでふき飛ばす。
とうとう、貴種たちの思い込みにも疑問が芽生え、それが根を張り茎を伸ばす時が来た
ようだ。
――こいつら、自分たちより強い。
とうとう、気付いてしまったのだ。
気付かずとも、このままここにいたらあいつらに殺されるのだと確信せざるを得ない以
上、ここにいてはいけないと思った。
「お、おうぢがえるぅぅぅぅ!」
最後尾にいたれいむが反転して跳ね出したのをきっかけに、貴種の攻撃軍はどっと全軍
崩壊した。
「どぼじで、どぼじで貴種のれいぶが、こんな目にぃぃぃ、ぜんぶ、ぜんぶ劣等種のごみ
が悪いんだぁぁぁぁぁ!」
なんでもかんでも劣等種のせいにする癖が出たれいむだったが、まあ、この場合、そん
なに間違ってもいない。
「待ってたわあ」
「ゆひ!」
逃げる先には、ゆうかがいた。その横にはすわこも。
生きているゆん質を餌に真っ直ぐに貴種をおびき寄せ、すわことゆうかは横にある小部
屋に隠れていたのだ。
そして、貴種たちが全て通過してから出てきて退路を断っていたのである。
「……え? こんだけ?」
舌なめずりしていたゆうかは、逃げてきた貴種がそれほど多くないのに落胆した。
「すいかががんばっちゃったみたいだねー」
「もーお!」
ゆうかが拗ねたので、すわこは逃げてきた獲物をほとんどゆうかに譲らざるを得なかっ
た。すわこ種は普段はのほほんとしているようでキレて「祟っちゃうよぉ」とか言い出す
と相当にむごたらしいことも厭わない例が多いのだが、このすわこは根っから温厚な部類
のようだ。
「らんしゃまぁぁぁぁぁ!」
逃げる貴種を嬉々として追撃したすいかと、嬉々としてはいなかったがそれについてい
ったかなこの後をゆっくりと追っていたらんは、そんな声を聞いてハッとした。
「ちぇ、ちぇん!?」
「らんしゃまぁぁぁぁぁ!」
ぽよんぽよんと跳ねてくるちぇん種のゆっくり。
一瞬、驚いたらんだが、すぐにいつもの冷徹さを取り戻した。
「なんのまねだ。貴様」
「ら、らんじゃま、らんじゃまぁぁぁ」
「お前にそう呼ばれる覚えは無い」
それは、らんが番になろうとしていたちぇんの姉であった。どこかに隠れて、或いは死
体のフリでもして、すいかとかなこをやり過ごしたのであろう。
らんしゃま、というのは、ちぇんがらんをそう呼んでいたのを見ていたので、それを真
似たのだろう。
「ちぇ、ちぇんはねえ、ずっとらんじゃまのことがすきだったんだよー、わがってねー」
「……」
「い、いもうどのこともだいすきだったよー、ふたりがしあわぜーになるっていうがら、
ちぇんはらんじゃまをあぎらめたんだねえ、わがってねー、わが、わがってね?」
「……」
「そ、それがら、ちぇんは、ちぇんは、らんじゃまが」
「止めろ」
らんは冷徹に言った。
――あんな劣等種と番になるなんて、姉としてちぇんは恥かしいよー。
そう言った口で、ずっとすきだった、とか言うな。
――ごみくずと番になるなら、おまえなんかいもうとじゃないよー、二度と近付かない
でねー。
そう言った口で、妹が大好きだった、とか言うな。
――なぁぁぁにが、らんしゃま、なの! あんなごみはごみでいいんだよ!
そう言った口で、らんしゃま、と呼ぶな。
「ら、ら、らんじゃまあああああ、だ、だずげでね、ぢぇんをだずげでねええええ!」
「もういい、死ね」
口から差し込まれた棒の先端がちぇんの中枢餡を貫いた。
らんの中で、あの番になることを決意していたちぇんの存在は神格化されて生きていた。
それゆえに、それ以外のちぇんのことなど特別視することはなかった。
「むっぎゃああああああ!」
「ど、ど、どういうこと、なのぜ?」
「ゆ、ゆ、ど、どぼじで、み、みんなは、みんなは?」
長と幹部をはじめとする表に残って勝利を祝ってたものたちは、返り餡を浴びた劣等種
たちが長のおうちから出てきた時、なにがどうなっているのか全く理解できずに動けなか
った。
その間に、すっかり取り囲まれてしまっていた。
「中に突入してきた奴らは、みんな殺したよ」
らんが言うと、一様に信じられぬといった顔である。それも当然であろう。ここにいた
連中は、それを見ていないのだ。
「へだなうそはよぜえええええ!」
戦闘向きではなくとも、劣等種相手ならば喧嘩っぱやいものはいる。一匹のれいむが猛
前とらんに飛び掛った。
「ふん」
「えい」
らんがそれをかわし、すいかが着地したところに体当たりをする。
れいむは、宙を舞って木の幹に激突し、破裂した。
「む、むきゅ、むきゅ、むきゅ」
自分が世界で一番頭がよいと思い上がっていた長は、理解不能な事態に対応できずに精
神が崩壊していた。
それからも、何匹かのゆっくりが劣等種ごときという認識で突っかかり、一匹の例外も
なく殺された。
二十匹ほどに減ったところで、ようやく力の差を理解し、みじめったらしく命乞いを始
めた。
劣等種にそのようなことをしなければいけない屈辱に身を震わせている。
どことなく、この期に及んでも、貴種の自分たちがこうして頭を下げているのだから劣
等種はこれを許すべきだ、という驕りが声音や態度に現れていた。
「お前たちには、これまでと逆のことをしてもらう。つまり、これからはお前らが朝早く
から狩りに行って食べ物を集めてくるんだ」
らんが、言った。
「ゆ! な、なんでとかいはなありずがそんなごと!」
たまらず、一匹のありすが叫ぶ。周りにいた他のものが、余計なことを言うなと止める
が、それに向かってらんは冷徹に言い放った。
「……と、言いたいところだが、お前ら、狩りなんかできないだろう」
その言葉を、また都合よく解釈し、つまり自分たちは狩りをしなくてもいいのだと思っ
て表情を明るくする貴種たちに、らんは哀れみをこめた声をかけた。
「つまり、お前らがわたしたちに対して役立てることは無い。つまり、生かしておく意味
が無い」
「「「ゆ゛っっっ!」」」
さすがに、生かしておく意味が無い、という言葉の意味するところを都合よく解釈する
ことはできないようだった。
「ま、まりざだぢは、とおぐにいぐよ、だがら、見逃してほしいんだぜ……み、見逃しで、
ぐだ、ざい」
幹部まりさが涙目で訴える。
「狩りができないお前らにもできることがある。子供を襲って殺すことだ」
「ゆ゛? ……ぞ、ぞんなごと、しないのぜ! ……しまぜんがらぁぁぁ!」
「すまんが」
と、らんはまた全くすまないとは思っていない顔で言った。
「劣等種と蔑まれたわたしたちは、お前ら貴種の言うことは何一つ信じることができない
んだ。……もしかしたら、そこまでやらないでも、お前らは本当に遠くに行ってもう関わ
ってこないのかもしれないが……」
「ゆ゛! そ、そうだぜ! ほんとうなのぜ! ほんとうでず!」
「そ、そうだよ、れいぶだぢ、ほんどうにとおぐに行って、もうごごにはこないよ!」
「し、しんじてね! まりざだぢのいうごと、しんじでね!」
「……うん、全く信じることができない」
らんが言った。
冷徹に――。
「ゆぅ、ゆぅ、ゆぅ」
れいむは、ぽよんぽよんと跳ねていた。
「みんな、それじゃ長にお花をあげようね!」
「「「ゆっくち!」」」
れいむが引き連れているのは、劣等種――いや、もうその呼び名で彼らを呼ぶ群れは存
在しないので、人間にならって希少種と呼ぼう――の子供たちであった。
みんな、花をくわえている。
その花を地面に置く。そこには、もう存在しない群れの最後の長の前に長をしていたぱ
ちゅりーが眠っている。
「長……」
れいむは、新しくできた群れのただ一匹のれいむ種として、それなりに幸せな日々を過
ごしていた。
「長は……」
長は、希少種の優れた能力をまんまと利用して、貴種がろくに働かずにゆっくり暮らせ
る群れを作り上げた。
しかし、そのために貴種たちは堕落し、長は幻滅した。
そして、ゆん質として預かっていた希少種の子供たちに情を移し、群れが滅ぶ結末を予
感しつつ、それに手は打たずに死んでいった。
そして、今ではこうして真実の一端を知らぬ子供たちになお慕われている。
「長は、やっぱり、とんでもないゲスだよ」
――むきゃきゃきゃ、そうよ、ぱちゅは、とんでもないゲスなのよ。
そんな声が、聞こえたような気がした。
終わり
書いたのは、そういうつもりじゃないんだけど、なんか「人間がゲスすぎる」とか
言われがちなのるまあき。まあ、知ったこっちゃねえな!
長いの書いてると短いのが書きたくなるのぜ。
次は短編かな。
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