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anko2333 夜桜の下で(中編)
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ankoss
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夜桜の下で(中編) 30KB
不運 番い 群れ 捕食種 希少種 自然界 独自設定 以下:余白
『夜桜の下で(中編)』
*希少種注意
*俺設定注意
*チート注意
二、
「まりさは……どうおもうかしら?」
「あのちびちゃんがどうして、えいえんにゆっくりしてしまったか……ということ?」
まりさ、ありす、ぱちゅりーの三匹があんよを並べてずりずりと移動をしている。ゆかりという協力者を得たことで強気になっ
ているのかも知れない。三匹は「絶対にこの異変を解決してみせる」と意気込んでいた。ゆかりの調べによって判明した事実は、
二つ。
一つは、病気であることは間違いないが病気になる原因が分からない。
一つは、病気にかかってしまったゆっくりに触れると感染する危険性がある。
これに加えて、ゆかりは三匹に更に付け加えた推測を話していた。潜伏期間の存在、である。何らかの要因で病気にかかって
しまってから……あるいは、感染してしまってから苦しみだして死んでしまうまで、若干の時間差があるのではないかと言うこ
と。赤ちぇんにしろ、親ちぇんにしろ、赤まりさにしろ……あの“病気”にかかってすぐに死んでしまうわけではないようだ。
それなのに、死は突然やってくる。即効性の毒物ではない。と、言うことはあの病気にかかる原因は自分たちが行う普段通りの
生活の中に潜んでいるのだろう。ゆかりはその後にも何か言いかけたが、少し考え込むような表情をして「やっぱりいいわ」と
言葉を紡ぐのを途中でやめた。
「ゆかりはなにをいいかけたのかしら……?」
「わからないのぜ……でも、ゆかりのいっていることがほんとうなら……まりさたちは、すーりすーりすることもくっついて、
すーやすーやすることもできないのぜ……」
「……あいてがびょうきにかかっているかもわからないから……、いつもどおり、みんなでゆっくりすることができなくなって
しまうわね……」
この感染症は確実に群れに不協和音をもたらすだろう。家族を、友を、恋人を。“感染者”であると疑って日々を過ごさなけ
ればならないのだ。更に、自分自身さえも。まりさが唇を噛み締めた。番のれいむのことを思い浮かべているのだろう。独身ゆ
っくりのありすとぱちゅりーがまりさを心配そうに見つめる。
「……だいじょうぶなのぜっ! ゆかりもいっしょだし……まりさたちがなんとかしてみせるのぜ!!」
「……とかいはだわっ!」
「むきゅきゅ。 じゃあ、れいむのようすをみにいこうかしら? からだもしんぱいだし、ゆかりのおはなしをきかせてあげな
いといけないわね」
三匹が夜道をぴょんぴょんと飛び跳ねる。夜露に濡れた草の冷たさが心地よい。今夜はまりさが巣穴を出たのでけっかいっ!
も外してある。三匹はれいむとまりさの巣穴の前までやってくると、家主であるまりさが先に帰宅し、遅れてありすとぱちゅり
ーが巣穴にあんよを踏み入れた。そのとき。
「う……うわぁぁぁぁぁぁッ??!!!」
巣穴の中に反響するまりさの悲鳴。その場で跳ね上がるほどに驚きすくみあがるありすとぱちゅりー。二匹は互いの目を見合
わせると、巣穴の奥へと飛び込んだ。
「そ、……そんな……っ!!!」
視界に映し出されたのはれいむの死骸。歯を食いしばり、目を限界まで見開いたその死に顔は、死の間際に味わった苦痛の証
と見て取れる。よほど苦しくて暴れ回ったのであろう。草で作られたベッドは巣穴の中に散乱し、吐き出された大量の餡子が地
面や壁にへばりついていた。涙と涎としーしーで、ぐずぐずにふやけてしまった皮が地面にこすれて破れたのだろう。あんよは
ぐちゃぐちゃに崩れており、そこにかつての面影は見出せない。
「……おなじ……だわ……」
震える唇を動かしぱちゅりーが呟く。同じだった。目の前のれいむの死に様は、昼間見た赤ちぇんのものと同じである。今の
れいむの姿から、れいむがどんな風に巣穴の中で苦しみもがき、死んでいったが予想できてしまう。まりさの後ろ姿が小刻みに
震えていた。
「れ、れいむ……」
ずりずりと、れいむの死骸に向けてあんよを這わせるまりさ。ぱちゅりーが声を上げる。
「ま……まりさっ!!!!」
その声にびくん、と体全体を震わせてあんよを止めた。まりさが滝のように涙を流しながら二匹を振り返る。
「だ……だってぇ……。 れいむが……れいむが……っ!!!」
二匹ともまりさの気持ちは痛々しいほどに理解できるつもりだ。自分たちとて幼馴染の凄惨な死に様を見せつけられて、居て
も立ってもいられない。しかし。
「だめよ……まりさ。 まりさも……びょうきにかかってしまうわ……」
触れることは許されなかった。死の悲しみを紛らわせるために、頬を擦り寄せることは叶わない。ただ冷たくなってしまった
恋人の、幼馴染の死に顔を見つめることしか許されていないのだ。それは、残されたものにとってあまりにも辛い現実である。
「……まりさ。 ぜったいに、れいむにさわってはだめよ……? ぱちゅたちは、ゆかりをよんでくるわ……」
「で、でも、ぱちゅ……っ!」
「ぱちゅひとりでも……ありすひとりでも……。 よるにゆかりのところにひとりでいくのはきけんだわ……。 まりさも、わ
かるわね?」
ぱちゅりーの言葉は、まりさに対して“絶対にれいむに触れてはいけない”と言う警告である。れいむの死は無駄にできない。
なんとしてでも、ゆかりと共に現場検証を行わなければならないのだ。そして、ここにはまりさもいる。ぱちゅりーとありすが
再び巣穴を飛び出す。夜の原っぱをひたすら跳ね続ける二匹。立ち止まってはいられなかったのかも知れない。汗が大量に流れ
出す。幼馴染の死を目の前にして、あの場に居続けることは到底できなかった。あんよで地面を蹴りながら、唇が小刻みに震え
る。恐怖と悲しみとで何度も意識を失いそうになった。
昼間の親まりさ。今ならあの親まりさの気持ちが理解できる。受け入れがたい死を目の前にして、ぱちゅりーとありすは涙を
目に浮かべて必死に跳ね続けた。やがて、ゆかりの巣穴の近くまでやってくる二匹。目視でゆかりの巣穴を捉えることはできな
い。
「ゆかりーーーっ!!! いるんでしょうっ!? でてきてちょうだいっ!!!」
「れいむが……れいむが……っ、びょうきにかかって、えいえんにゆっくりしてしまったのっ!!!」
二匹の叫び声が冷たい夜の闇を切り裂く。その切り裂かれた空間から、まるで最初からその場に居合わせたかのようにゆかり
が姿を現した。表情は険しい。
「……なんですって……?」
「ゆかりっ!! ゆかりぃぃ!!! れいむが、ゆ……ゆあぁぁぁぁぁん!!!!」
ゆかりの姿に緊張の糸が切れたのかありすがその場で泣き崩れる。ぱちゅりーも、ぜぇぜぇ呼吸をしていた。
「……まりさは、れいむといっしょにいるのね……?」
「むきゅ……!!」
「……いそぎましょう」
ゆかりが先頭を切って駆ける。その後ろをありすと切れ切れに呼吸をするぱちゅりーが続いた。
(……あまり、よろしくはないわね……)
ゆかりがしかめっ面に変わる。ゆかりは長く生きているからこそ理解していた。ゆっくりという生き物が……自分たちがどれ
ほど情にに流されやすい存在であるかということを。恐らく、まりさはれいむに触れてしまう。寂しさと孤独に打ち勝てるゆっ
くりはいないのだ。まして、失った相手が最愛のパートナーであればその気持ちはなおさらだろう。まりさを一匹残してきたの
は判断ミスだったのである。しかし、ありすとぱちゅりーの気持ちも分からないでもない。突然の死を目の前にして誰も冷静な
判断などできやしないのだ。
「む……むきゅ、ぱちゅは……も、もう……げんっかいだわ……!! さ、さきにいっていてちょうだい……っ!!!」
「ゆっくりりかいしたわっ! ちゃんとかくれているのよっ?!」
あんよを止めるぱちゅりーにありすが声をかける。ゆかりとありすは更に強くあんよを蹴り、まりさの巣穴へと向かった。ぱ
ちゅりーが近くに生えていた木に寄りかかる。颯爽と跳ねていく二匹の後ろ姿を朦朧とした意識の中で見つめていた。
(ゆかりがいれば……だいじょうぶよね……?)
目を閉じかける。そのときだった。
(!?)
暗闇の向こう側から何かが聞こえたような気がした。ぱちゅりーが周囲を見渡す。しかし、自分以外の気配は感じられない。
ぱちゅりーは何故だかわからないけれどもガタガタ震えていた。何かに対して恐怖を抱いているわけではない。それなのに、体
の震えが止まらないのだ。
(むきゅ!?)
一瞬。寄りかかった木の反対側から、小枝が折れるような乾いた音が聞こえた。そして、草の上を這うあんよの音。近くにゆ
っくりが……同族がいる。それなのに、声をかけることも振り返ることもできない。ぱちゅりーは未だかつて感じたことのない
原因不明の恐怖に怯えていた。極限状態の疲労の中で幻覚を見たり、幻聴を聞いたりすることはよくある話だ。しかし、ぱちゅ
りーは確かに何者かの存在を感じている。時間にして約一分にも満たない。だが、ぱちゅりーにとってはまるで自分がそこに何
時間もいたかのような錯覚を起こしていた。ぱちゅりーが気がついたときには既に気配は消えていたのだ。まるで金縛りにあっ
たように動けなかった。ようやく恐怖から解放されたぱちゅりーは、慌てて木の反対側を覗き込む。そこには、辺り一面の闇が
広がっているだけだった。
一方。ゆかりとありすはまりさの巣穴に到着していた。巣穴の入り口付近で、二匹は凍り付いたように動けなくなっている。
「れいむ……ゆっくりしていってね……すーりすーり……」
「まりさ……どう、して……?」
ありすのかけた声にも気づいていないのだろう。まりさは泣きながら一心不乱にれいむの頬へ自分の頬を擦り寄せていた。ま
りさが頬を動かすたびに、れいむの死骸が揺れる。ゆかりが叫び声を上げた。
「まりさっ!!!!!!!!!」
突然上げられた絶叫にも近いゆかりの大声にまりさはもちろんの事、ありすも一緒になって飛び上がった。まりさは、しばら
くキョロキョロと周囲を見渡しながら「ゆ?ゆ?」と呟いていたが、ゆかりの姿を視界に入れて落ち着きを取り戻す。それから、
自分の犯した過ちに気づいたのかみるみる顔が青ざめていく。声も出さずに涙を流すまりさ。
「……まりさ……。 もう、むれのなかまに……さわってはだめよ……?」
「……ゆっくり……りかいしたのぜ……」
「そ、そんな……そんな……っ」
ゆかりがまりさを見据えてそっと目を閉じる。まりさはゆかりのそんな態度にますます怯えてしまったのか、石化したかのよ
うに動かなくなってしまった。
「まりさ……? おちついてきいてちょうだい」
「……ゆ?」
「まりさのこたえによっては……このびょうきのげんいんが、わかるかもしれないわ」
まりさが息を呑む。ゆかりの表情は真剣そのものだ。ゆかりは、赤ちぇんの親であるまりさに対してした質問と同じ質問をし
た。今日一日の行動についてである。まりさは涙目のまま、静かに語り出した。
先に目覚めたのはまりさ。この時点でれいむはまだ眠っていた。だから、朝の挨拶をしてれいむを起こした。それから、一緒
に朝ご飯を食べた。れいむは昨日仕留めた蝶々を。まりさは芋虫を。それぞれ食べた。
「まさか……」
ありすが目を見開く。ゆかりも無言で頷いた。
「……ちょうちょさん?」
まりさが小刻みに震え出す。二匹が朝食を食べた後は一緒に行動をしている。ゆかりの巣穴を探しに行って、それからぱちゅ
りーが合流した。ゆかりとありすとぱちゅりーは、親まりさの話を聞くためにれいむとまりさと別行動を取っている。
蝶々。なぜ蝶々を食べることで例の病気が発症するのかまでは分からない。意気消沈したまりさを巣穴に残し、ゆかりとあり
すの二匹は静かに巣穴を出て行った。
「ゆかり……。 まりさに……なにかやさしいことばをかけてあげたほうがよかったんじゃないかしら……?」
「いいえ」
「ゆゆっ!?」
「ゆかりたちがまりさにしてあげることは、やさしいことばをかけてあげることなんかじゃないわ。 ……すこしでもはやくび
ょうきをなおすほうほうをみつけて、まりさをたすけてあげることよ」
遠くを見つめるゆかりの目は真剣だ。本気でまりさを助けることを考えているのだろう。ありすは思わず身震いした。ありす
がまりさに対してしようとしたことは、“諦め”の延長上にある行為だ。恥じらいの表情を浮かべてうなだれるありす。
「……でも、いそがないといけないわね。 れいむが、あさごはんにちょうちょさんをむーしゃむーしゃして、あのびょうきに
かかってしまったというなら……まりさもすぐにえいえんにゆっくりしてしまうわ……」
「そ、そうね……」
「む、むきゅぅ……」
二匹並んであんよを進めるゆかりとありすの元にぱちゅりーが這い寄ってくる。理由はわからないが顔面蒼白だ。ありすが不
思議そうにぱちゅりーの顔を覗き込む。ぱちゅりーは安心したのか歯をカチカチと鳴らして震え始めた。
「ど、どうしたの、ぱちゅ? とかいはじゃないわ……っ!!」
ありすがよろめくぱちゅりーを受け止める。ゆかりもぱちゅりーの隣で様子を見ていた。
「わからないの……ぱちゅには……」
「……いったいどうしたのかしら? ぱちゅりーらしくないわよ?」
「なんだか……こわいものが……いた、ようなきがするのよ……」
「?」
何を言っているのかわからない、という様子でゆかりとありすが互いの視線を絡ませる。それから詳しくぱちゅりーの話を聞
き始めた。とは言っても、ぱちゅりーの話す内容はまるで雲をつかむような話である。存在しているかどうかも分からない相手
に怯えたことを伝えても、当事者以外に理解できようはずがなかった。しかし、ゆかりには一つだけ引っかかることがある。そ
して、その疑問をぱちゅりーへとぶつけた。
「いままで……ぱちゅりーだけじゃなくてもいいわ。 そんなこわいおもいをしたゆっくりが……ぱちゅりーいがいにいるのか
しら……?」
「むきゅ……?」
「ありすは……きいたことがないわ……」
ゆかりが目を伏せる。それから、淡々と語り出した。未だかつて見たことがない苦しみ方。未だかつて感じたことがない恐ろ
しい“何か”。ゆかりは今回の騒動と、ぱちゅりーの体験についてこの部分に共通点を見出したのだ。ぱちゅりーの証言。まる
で、自分たちがあんよで地面を這うような音が聞こえてきた。もし、その“何か”が自分たちと同じゆっくりだったら?ゆかり
の推理する共通事項が、一つに繋がってしまえば?一連の騒動はその“何か”が引き起こしているとは言えないだろうか。ぱち
ゅりーが震える。不自然な出来事があまりにも重なり過ぎているのだ。
「しらべてみてもいいかも……しれないわ……」
ゆかりは次々と病気の謎を解く考えを出していった。恐るべしはその頭の回転の速さである。ゆっくりにあるまじきその思考
能力は、他の種の追随を許さない。
「でも……どうやってその“なにか”をさがしだすの……? ぱちゅも、その“なにか”をみてはいないのよ……?」
「……もし、ほんとうにその“なにか”がちょうちょさんとかんけいがあるなら……ちょうちょさんをおいかけていけば、その
“なにか”までたどりつけないかしら?」
ありすとぱちゅりーの動きが止まる。今、この群れの中で“蝶々が危険な存在である可能性がある”ことを認識しているのは、
巣穴の中のまりさを含め四匹しかいない。その恐怖の象徴たる蝶々を自ら追いかけるなどという愚行を二匹は思いつかなかった。
いかに、蝶々から逃げるかを考えていた二匹に、ゆかりの提案はあまりにも無謀なもののように感じる。しかし、ゆかりの考え
に驚嘆の意を示してもいた。なぜなら、“未だかつて蝶々が原因でこんな病気にかかってしまった事はない”なのだ。ゆかりの
言う“何か”が“蝶々”と何らかの形で関わっている可能性は非常に高い。
ゆかりは二匹の反応を最もだと感じながら、善は急げと行動に移し始めようとしていた。戸惑うありすとぱちゅりー。ゆかり
はクスリと笑うと一言つぶやいた。
「だいじょうぶよ。 ゆかりがひとりでいくわ」
「そ、そんなの……とかいはじゃないわっ!!」
「むきゅ……っ! ぱちゅだって……こ、こわいけど……まりさをたすけたいっていうきもちは……」
「だって、ふたりにはべつのことをやってもらわないと……」
最初の犠牲者、赤ちぇんの親まりさへの質問。れいむと同じように、あの赤ちぇんも蝶々を食べていたのではないか。そして、
蝶々の危険性を群れに伝え非常警戒態勢を敷く準備。いくら絶対の信頼を置かれつつあるゆかりの言葉とはいえ、「ご馳走であ
る蝶々が危険だから狩りをしてはいけない」と言って真に受けるゆっくりはいないだろう。そうなれば、被害はますます拡大し
てしまい、程なくしてこの群れは全滅だ。それだけはなんとしてでも避けねばならない。ゆかりはぱちゅりーに得体の知れない
“何か”を見かけた場所を聞き、あくまで飄々とした態度であんよを走らせて去ってしまった。取り残された二匹が互いを顔を
見合わせる。自分たちは臆病風に吹かれたのだと暗に物語りながら。
ゆかりはぱちゅりーに言われた場所へとあんよを運んでいた。ぱちゅりーの言うように不気味な気配は既に去ってしまってい
るのか、宵闇が辺り一面を覆っている以外は別段普通の森に変わりない。ゆかりがとりあえず茂みの“隙間”に隠れる。捕食種
対策の癖であったが、この付近に捕食種は見かけないことに気づき、ずりずりと茂みから這い出てくる。
「あらあら……さすがのゆかりも、こわいみたいね」
柄にもなく緊張している自分が可笑しかったのか舌を出して笑ってみせる。それから、ゆかりは更にクスクスと笑った。こん
なに真っ暗では蝶々など居ても見えやしない。そんなくだらない事にも気づけなかった自分が滑稽で仕方なかったのである。
「すこしは、おちつかないといけないわね……。 これじゃ、ありすとぱちゅりーのことをしんぱいするどころじゃないわ……」
そう言ってその場を離れようとしたとき、雲に隠れていた月が顔を出した。よほど厚い雲に覆われていたのか、月の光はゆか
りの想像していた以上に森の中を照らしていく。ゆかりの表情が真剣な眼差しに変わった。その瞳の見据える先。そこには草の
上で羽根を休める一匹の蝶々があった。生唾を飲み込む。ご馳走を前にしたからなどではない。その蝶々が何の前触れもなく羽
根を広げ飛び立った。ゆかりがそれを無言で追いかける。蝶々は後ろからゆかりが尾行していることなど気づく由もなくヒラヒ
ラと優雅に夜の闇を舞う。ゆかりはその蝶々の無駄のない動きをぼんやりと眺めたら、ずりずりとあんよを這わせた。
(いったいどこまでいくのかしら……。 すこしくらいおやすみしてくれてもかまわないのに……)
蝶々を追いかけると言ってみてはみたものの、それだけでいるかどうかも分からない黒幕に会うことは難しいと考えていたの
だが。
(……まるで、どこかめざすばしょがあるみたいな、とびかたをするのね……)
その考えはあながち外れてはいなかったのかも知れないと、ひたすらに蝶々の動きを目で追い、あんよを動かし続けた。それ
からしばらくして少し開けた場所に出たかと思ったら、周囲を照らしていた月の光が再び分厚い雲に覆われ、辺りが闇に包まれ
る。ゆかりは無理矢理微笑んでみせた。憎い演出をするものだ、と。次、スポットライトが当たったときは、舞台の上に主役が
現れるのだろうかとクスクス笑った。蝶々も見失ってしまっている。闇の中では下手に動くこともできない。
――――こぼねー……
(なに……かしら……?)
突然聞こえてきた透き通るような声。ゆかりが一瞬だけ身震いした。
(……ゆかりをこわがらせるなんて、ね……)
目が慣れてきたゆかりの視線の先に巨大な木が映し出される。その木の根元に……一瞬、何か小さな影が動いたような気がし
た。目を凝らす。その存在を視界に捉えるにはあまりにも光量が少なすぎた。そんなゆかりの気持ちに応えるかのように、月を
隠す分厚いカーテンが再び開かれていく。ゆかりが息を呑んだ。大集団……と言うほどのものではないが、蝶々がやたらと群が
っている一画がある。
(……あれは……いったい……)
月明かりがハッキリとその姿を照らした。飛び立つ蝶々の隙間から見たこともない“ゆっくり”の姿が現れていく。
緩くウェーブのかかった桜色の髪。それを覆う薄紫色のナイトキャップ。まるでこの世の更に向こう側を見通しているかのよ
うな澄んだ赤い瞳。小さな唇。雪のような白い皮。そう言えば聞こえは良いが、まるで死に化粧でも施しているかのような……
一種、不気味な美しさを醸し出している。ゆかりは、その姿に自身の瞳が吸い込まれていくのを感じた。
(なんて……きれいな、ゆっくりなのかしら……)
月明かりに照らされるその姿が。夜風を感じ瞳を伏せて、身を任せる仕草が……。ゆかりの心の奥の奥を掴んで離さない。そ
の時だった。そのあまりにも澄んだ瞳がゆかりを捉えた。刹那、まるで金縛りにあったかのようにゆかりがその動きを止める。
否。動きばかりではない。思考、感覚、ゆかりの中のあらゆる時間が止められてしまったかのような錯覚を覚えたのだ。
(…………)
しかし、そこは長く生きてきた者の意地か。プレッシャーをはねのけ前方へとその双眸を向ける。そこへ再び月夜の悪戯。辺
りを照らしていた光は分厚い雲の影に隠れてしまった。闇に視界を遮られたゆかりが苦々しげな表情を浮かべてみせる。一連の
騒動の黒幕たり得る“何者か”を目の前にして微動だにできない。暗闇の中、無策で飛び出すほどゆかりは無謀でもなかった。
それ故の静寂。ゆかりは覚悟を決めた。次、月の光が顔を出したら飛び込もう、と。動かないままでは何の進展もない。こち
らの動きに対して向こうが何らかの反応を示せば、今回空振りをしてしまったとしても次回に活かせる。やがてゆかりの周囲が
少しずつ明るくなっていく。その光の影がゆかりを追い越し、茂みの向こう側へと少しずつ移動する。光が充分に周辺を包み込
んだとき、ゆかりは目を伏せてわざとらしく溜息をついた。
既に光の先には何もいない。月が雲に隠れてしまっていた間にいなくなってしまうのだろう。あれほど群がっていた蝶々も消
え去っていた。しばらくしてから、ゆかりの額から大量の汗が流れ出す。それに気がついたゆかりが笑みを浮かべる。
「つぎは……つかまえてみせるわ……」
誰に宣言するでもなく呟く。ゆかりの呟いた言葉は夜の乾いた空気に乗って、闇の向こう側へと溶けて消えた。
長い長い一日がようやく明けた。群れのゆっくりたちはいずれも凄惨な最期を遂げた赤ちぇんの様子が瞼の裏に焼き付いてい
るのか、満足に眠れた者はいないようだ。まりさは巣穴から出てこない。その安否を気遣ってか、何匹かのゆっくりがありすや
ぱちゅりーに寄ってきた。昨夜の叫び声は他の巣穴にまで届いていたらしい。恐怖であんよが動かせず、巣穴の中でガタガタ震
えていたようだ。
ありすとぱちゅりーは、並んで最初の犠牲者・赤ちぇんの親子が住んでいる巣穴へとあんよを向かわせていた。ゆかりの推測
が正しいかどうかを確かめるために、親まりさに話を聞いてみなければならない。親まりさは巣穴の外で二匹の赤ゆと寄り添い
眠りについていた。よほど疲れていたのだろう。既に陽が昇っているというのに起きる気配がまるでない。
巣穴の中にはまだ親ちぇんと赤ちぇんと赤まりさが死体のまま、放置されているのだろう。土を掘って埋めてあげることもで
きない。触れることが禁忌である以上、愛した番が……我が子がボロボロに腐り朽ち果てていくのを見ていることしかできない
のだ。親まりさたちが巣穴の外に出ている理由は一つしかない。巣穴の中に死臭がたちこめ始めているのだろう。
「まりさ……」
目配せをしたのち、ありすが声をかける。親まりさがゆっくりと瞼を開いた。傍らの赤ゆはどちらも目覚める気配がない。ぱ
ちゅりーが小さく「むきゅう」と漏らし、心配そうに赤ゆを見た。目覚めた開口一番の挨拶すら忘れているのだろう。親まりさ
は、まずは両頬にぴたりとくっついている二匹の赤ゆにチラリと視線を落としたのち、ようやくありすとぱちゅりーに向き直っ
た。
「……おはよう、まりさ」
「…………おはよう……」
短いやり取り。当たり前だが親まりさの声に覇気はまったく感じられない。ありすが一呼吸置いてから親まりさに質問を投げ
かける。
「あの……まりさ? ありすたち、まりさにおしえてほしいことがあるのだけれど……」
「ゆぅ……またなの?」
「ご、ごめんなさい……っ! でも、だいじなことなの……」
心底、面倒くさそうに親まりさが視線を宙に投げたのち、ありすを見つめた。ありすは親まりさのその行動に了承を得たと判
断し、なるだけ冷静に言葉を紡ぐ。
「あのね……。 きのうのあさごはん……ごちそうだった、っていっていたけれど……。 そのなかにちょうちょさんはあった
かしら……?」
「ちょうちょさん……? あったよ」
ありすとぱちゅりーが顔を見合わせる。ゆかりの推測が一歩真実に近づいたのだ。そう思っていた矢先、親まりさは二匹にこ
う告げた。
「ごちそうだったからね……“みんなで”なかよくむーしゃむーしゃしたよ」
「「!!???」」
「……どうしたの……?」
「な、なんでもないわ……」
ありすは戸惑いを隠せない。その気持ちはやはり伝わってしまうのか、親まりさは訝しげな表情を浮かべて二匹を交互に見つ
めていた。親まりさの言葉はゆかりの理論の崩壊を意味する。蝶々を食べたゆっくりが例の病気にかかり、発症してしまったゆ
っくりに触れれば感染してしまう。答えは導き出されたかに見えていた。しかし、それもまやかしに過ぎなかったとでもいうの
だろうか。これでは群れのゆっくりたちに「蝶々を取って食べてはいけない」と自信を持って言えなくなってしまう。
「ゆっゆ~んっ! おきゃーしゃんっ! まりしゃは、ひとりでちょーちょしゃんをつきゃまえたのじぇっ!!!」
「ゆゆっ! さすがはれいむのちびちゃんだねっ!! ちびちゃんはきっとむれでいちばんかりがじょうずなゆっくりになれる
よっ!!!!」
「ゆ……ゆっくち~~~~っ!!!!」
歓声を上げる親子。それはあまりにもありふれた光景。我が子が狩りの中で難しいとされる蝶々を仕留め、喜ぶ親子になんと
声をかけて蝶々を食べるのをやめさせれば良いのだろうか。そもそも、本当に一連の騒ぎの原因は蝶々にあるのか。ありすもぱ
ちゅりーもそれだけでもう混乱し始めていた。自然とゆかりを探してしまう。しかし、ゆかりはぱちゅりーが遭遇したという得
体の知れない何かを追って、未だに帰ってこない。
「ゆぎゃあ゛あ゛あ゛ッ!!???」
「ゆひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」
突如上がる叫び声と悲鳴。瞬間、群れのゆっくりたちの表情が変化する。群れの一画。悲鳴の元はれいむとぱちゅりーの番の
巣穴だ。その中から滝のように涙を流しながら一匹のれいむが飛び出してきた。前のめりにごろごろと転がり、ようやく止まっ
たときは痙攣を起こしながら目で助けを訴える。それからしばらくしてれいむの番であるぱちゅりーの絶叫が続いた。
「ゆ゛びゃあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」
その反対側から今度は別の悲鳴。まりさとありすの番が血相を変えて巣穴から飛び出してくる。
「た……たすけてっ! たすけてっ!! ありすたちの……とかいはなちびちゃんたちが……っ!!!」
ゆっくりたちが戦慄の渦中に放り込まれた。同時の発症。それはゆっくりたちを恐慌状態に陥れるのに充分な破壊力を持って
いた。苦しみに耐えきれず巣穴の外まで飛び出して転げ回る疾病者。藁にもすがる思いで這い出てきたのだろう。誰でもいいか
らこの苦しみから自分を救ってほしい。哀願と絶望の色に染まった瞳がギョロギョロと動き続ける。そこへ。疾病者ぱちゅりー
の番のれいむや、赤ゆたちの親であるありすやまりさ。それ以外にも疾病者と仲の良いゆっくりが少しでも苦しみを癒そうと、
頬を擦り寄せ舌を這わせた。
「あ……あぁ……っ」
顔面蒼白になりその場を動けないでいるのはありすとぱちゅりー。目視だけで、今、何匹のゆっくりが感染してしまったか。
ゆかりの推論が全て真実であるかはわからないが、その少し先の未来のイメージが脳裏をよぎると目眩がしそうになってしまう。
「そ……そこまでよっ!!!」
ぱちゅりーが叫ぶ。ゆっくりたちの動きが僅かに止まった。それから徐々にぱちゅりーに注目していくゆっくりたち。
「……びょうきにかかったゆっくりにさわっては……だめよ」
「ど……どぼじでぞんな゛ごどい゛う゛の゛ぉぉぉぉぉぉッ!??」
ゆっくりは情に熱い。目の前で困っている仲間がいれば救いの手を差し伸べずにはいられないのだ。こんなに痛がって苦しん
でいる仲間に対して、すーりすーりもぺーろぺーろもしてあげないほうがどうかしている。それはあくまでゆっくりの主観であ
り常識であり、美徳とされていること。ゆっくりたちから冷たい視線を浴びせられるぱちゅりーとその隣にいるありす。二匹と
も思わず身震いしてしまった。耐性がないのだ。群れはこれまで大きな喧嘩も諍いもなく上手く回ってきた。それなのにその輪
の回転を止めようとしているぱちゅりーは、なんてゆっくりできないゆっくりなのだろう。群れのゆっくりたちはそう思ってい
たのだ。すっかり萎縮してしまったぱちゅりーもなかなか二の句が継げない。そこへありすが助け船を出す。
「みんな、おちついてきいてほしいのっ。 まだはっきりとはわからないけれど、びょうきにかかってしまったゆっくりにさわ
ると、そのびょうきがじぶんにもうつってしまうかのうせいがあるわ……っ!」
静まる群れ。そして今度は疾病者とその近親者を遠巻きに囲うゆっくりたちの表情が変わった。その感情は疾病者に触れてし
まったゆっくりにも伝わる。今、確かに両者の間に見えない壁が構築されたのだ。感染者たちが互いの顔を見合わせる。
「ゆ゛ぐ……ぎゅ、え゛っ……!!!」
一匹の赤ありすが体の穴という穴から中身を噴出させて息絶えた。それに呼応するかのように、命の灯をを消していく赤ゆた
ち。程なくして疾病者のぱちゅりーがビクビクと痙攣を起こし始めた。既に白目を剥いており、その瞳はこの世界のどこも映し
てはいない。
「こ……ごわ゛い゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛!!!!」
感染者たちが一斉に震え上がる。当然だ。赤ゆたち。それから今現在、死の瀬戸際を彷徨うぱちゅりー。これが何時間後かの
自分の姿かも知れないのだ。
「ゆぐっ!!」
感染者のうちの一匹に石が投げつけられた。涙目になって歯を食いしばるゆっくり。
「どぉしてこんなことするのぉぉぉ!?」
「ゆぅ……。 びょうきにかかったゆっくりにさわったゆっくりは……ぜったいにそこからうごかないでねっ!!」
「どおしてそんなこというのぉぉぉぉぉぉ」
「あたりまえだよっ! びょうきのゆっくりに“さわられたら”、れいむたちもえいえんにゆっくりしちゃうんでしょっ!?
そんなのはぜったいにいやだよっ!!!」
「…………っ!!」
森を包む静寂。そして感染者へ向けての一斉威嚇。そこにかつてのゆっくりプレイスの面影は見えない。ゆっくりの情の熱さ
は我が身可愛さで簡単に崩壊してしまったのである。とはいえ、この判断は英断と言えるだろう。これ以上感染者を増やさない
ためには感染者を隔離するしかない。それは古今東西、人間たちでさえ行ってきた対処法である。病魔の前には人もゆっくりも、
あまりに無力だったという事が証明された瞬間でもあった。
「たすけちぇ……」
感染者の赤ゆが呟く。消え入るような声。そんなか細い訴えを聞いても、もはや群れのゆっくりたちの心を動かすには足りな
い。死の恐怖に怯えて小さな体をぷるぷると震わせる赤ゆ。どうにもできないのである。病気を治す方法が分からない以上、迂
闊に手を出せない。それは感染者たちも理解しているのだろう。哀願しこそすれ、群れのゆっくりたちを罵倒するような者はい
なかった。
「ゆんやぁぁぁ……。 れーみゅ、しにちゃくにゃい……しにちゃく、にゃいよ……ゆ~ん……ゆ~ん……」
泣き叫ぶだけの力はない。赤れいむは力なく両の揉み上げを垂らし、静かに泣き続ける。その頬を舌で舐める親れいむ。目を
背ける群れのゆっくりたち。しかし、感染者と接触することは許されない。
つい二、三日前の出来事である。長く苦しい越冬を終えたゆっくりたちが、春の訪れを喜び歓喜の声を上げたのは。確かに喜
びを共に分かち合ったのだ。それなのに。原因不明の病気はあっという間にゆっくりたちを……いや、群れを蝕んでいった。
体も、心も。
ゆかりは一つの仮定から成る結論を出していた。あの見たことのないゆっくり。それに群がる蝶々。あの“何者か”が今回の
騒ぎの黒幕であったと仮定する。あの“ゆっくり”が全ての元凶ならゆかりが最も強く感じていた違和感が氷解するのだ。すな
わち、なぜ、例の病気にかかるのがゆっくりだけなのか。蝶々を媒介にして病気を引き起こすなら、他の動植物に影響がないの
はなぜだろうか、と。そして、ぱちゅりーから正体不明の“あんよの這う音”の話を聞かされたとき、ゆかりの頭の中で明確に
“ゆっくりを狙うゆっくり”のイメージが沸いたのである。ゆかりには確かめる必要があった。あの桜色の髪のゆっくりになん
としてでも再会して、問いたださなければならない。しかし、昨夜の一件であのゆっくりが高い警戒心を持っていることは予想
できる。正面から向かって行ってもすぐにどこかへいなくなってしまうだろう。だから、ゆかりは昨夜あのゆっくりがいた巨木
の脇にある茂みの“隙間に隠れた”のだ。隙間に隠れたゆかりを認識できるゆっくりはいない。通常種はもちろん、捕食種も。
あの正体不明のゆっくりも。もちろん、この巨木の下に再び現れるとは限らない。しかし、この場所以外にゆかりとあのゆっく
りに接点はないのだ。待つしかなかった。
「こぼねー……」
ゆかりの表情に緊張が走る。ガサガサと向かい側の茂みを揺らしながら、昨夜のあのゆっくりがやってきた。その周囲には昨
夜ほどではないものの、やはり数匹の蝶々が群がっている。やがてその蝶々がヒラヒラと方々へ散った。ゆかりが眉を潜める。
(もしかしたら……あのゆっくりに“ふれた”ちょうちょうさんが……ゆっくりたちをびょうきにしてしまうのかしら……?)
嬉しそうに微笑むそのゆっくりの口元。そこには小さな小さな揉み上げが咥えられていた。れいむ種の物である。大きさから
して赤ゆのものであろう。ゆかりは全てを納得した。目の前にいるゆっくりは捕食種。そして、蝶々を使った病気による一連の
騒動は、この捕食種独特の“狩り”なのであろう、と。ゆかりが思わず目を細める。隙間のけっかいっ!も効果を発揮している
ようで、捕食種の目にゆかりは映っていないようだ。ゆかりはこの少し後に知ることになる。“姿無き捕食種”の二つ名を持ち、
最も優雅に狩りを行うこのゆっくりの名。
ゆゆこ種。捕食種にて希少種。“ゆっくりの群れを死に誘う程度の能力”を持つ。
狩りの方法はゆっくり界において最も珍しいスタイルを取る。れみりゃや、ふらん等と言った力任せの捕食種とは違う。まず、
ゆゆこ種は自身の放つフェロモンを使って自分に蝶々を集める。すると、ゆゆこ種のフェロモンと蝶々のフェロモンが混ざり合
い、メカニズムは不明だがゆっくりを病気にするフェロモンが生成されるのだ。似たようなものとしては、ゆっくりが死んだ際
に放つ死臭もフェロモンの一種として考えられる。こちらはゆっくりにとっては凄まじい嫌悪感を起こすフェロモンであるが、
ゆゆこ種の放つフェロモンはゆっくり同士でも気づかない。
かくして、ゆっくりにとって爆弾を抱えたに等しい蝶々は自然界を飛び回る。ゆっくりたちはそれを狩りと称して捕食する。
結果、病気にかかるゆっくりが現れ、それは人間で言えば皮膚感染のような形で急速に広がっていく。感染経路が途切れても、
また新たな蝶々を補食したゆっくりが次の宿主(ホスト)となるので、感染拡大の勢いは留まるところを知らない。やがて、ゆ
っくりたちが群れ単位で全滅してしまった頃。ゆゆこ種はそっと壊滅した群れに現れるのだ。
当たり前の日常に一つ爆弾を添えただけで、ゆっくりたちはバタバタと死んでいく。何もわからぬまま。いつも通りの時間の
流れの中で。だからこそ、どのゆっくりも事件の黒幕にまでたどり着けない。
本来であれば、あの群れも数日後には消滅してしまっておかしくなかったはずだ。しかし、そこにたまたま、ゆかりがいた。
ゆゆこにとっても恐らくは初めてだろう。自分の元までたどり着いたゆっくりと出会うのは。ゆかりがガサガサと茂みの中から
這い出てくる。案の定、ゆゆこは気づいていなかったのかその動きをピタリと止めた。
二匹の間に沈黙が流れる。風が両者の髪を撫でた。戸惑いを隠せないゆゆこ。ゆゆこにしてみれば、突然ゆかりが目の前に現
れたのだ。戸惑わない訳がない。ゆかりはそのゆゆこの様子を見て少しだけ安心した。付けいる隙が一つもないわけではないよ
うだ。ゆかりはゆゆこを見据えて口元を緩めた。それから、強者の威厳と識者の風格を漂わせて、こう言った。
「はじめまして。 ゆかりはゆかりよ。 ゆっくりしていってね」
つづく
不運 番い 群れ 捕食種 希少種 自然界 独自設定 以下:余白
『夜桜の下で(中編)』
*希少種注意
*俺設定注意
*チート注意
二、
「まりさは……どうおもうかしら?」
「あのちびちゃんがどうして、えいえんにゆっくりしてしまったか……ということ?」
まりさ、ありす、ぱちゅりーの三匹があんよを並べてずりずりと移動をしている。ゆかりという協力者を得たことで強気になっ
ているのかも知れない。三匹は「絶対にこの異変を解決してみせる」と意気込んでいた。ゆかりの調べによって判明した事実は、
二つ。
一つは、病気であることは間違いないが病気になる原因が分からない。
一つは、病気にかかってしまったゆっくりに触れると感染する危険性がある。
これに加えて、ゆかりは三匹に更に付け加えた推測を話していた。潜伏期間の存在、である。何らかの要因で病気にかかって
しまってから……あるいは、感染してしまってから苦しみだして死んでしまうまで、若干の時間差があるのではないかと言うこ
と。赤ちぇんにしろ、親ちぇんにしろ、赤まりさにしろ……あの“病気”にかかってすぐに死んでしまうわけではないようだ。
それなのに、死は突然やってくる。即効性の毒物ではない。と、言うことはあの病気にかかる原因は自分たちが行う普段通りの
生活の中に潜んでいるのだろう。ゆかりはその後にも何か言いかけたが、少し考え込むような表情をして「やっぱりいいわ」と
言葉を紡ぐのを途中でやめた。
「ゆかりはなにをいいかけたのかしら……?」
「わからないのぜ……でも、ゆかりのいっていることがほんとうなら……まりさたちは、すーりすーりすることもくっついて、
すーやすーやすることもできないのぜ……」
「……あいてがびょうきにかかっているかもわからないから……、いつもどおり、みんなでゆっくりすることができなくなって
しまうわね……」
この感染症は確実に群れに不協和音をもたらすだろう。家族を、友を、恋人を。“感染者”であると疑って日々を過ごさなけ
ればならないのだ。更に、自分自身さえも。まりさが唇を噛み締めた。番のれいむのことを思い浮かべているのだろう。独身ゆ
っくりのありすとぱちゅりーがまりさを心配そうに見つめる。
「……だいじょうぶなのぜっ! ゆかりもいっしょだし……まりさたちがなんとかしてみせるのぜ!!」
「……とかいはだわっ!」
「むきゅきゅ。 じゃあ、れいむのようすをみにいこうかしら? からだもしんぱいだし、ゆかりのおはなしをきかせてあげな
いといけないわね」
三匹が夜道をぴょんぴょんと飛び跳ねる。夜露に濡れた草の冷たさが心地よい。今夜はまりさが巣穴を出たのでけっかいっ!
も外してある。三匹はれいむとまりさの巣穴の前までやってくると、家主であるまりさが先に帰宅し、遅れてありすとぱちゅり
ーが巣穴にあんよを踏み入れた。そのとき。
「う……うわぁぁぁぁぁぁッ??!!!」
巣穴の中に反響するまりさの悲鳴。その場で跳ね上がるほどに驚きすくみあがるありすとぱちゅりー。二匹は互いの目を見合
わせると、巣穴の奥へと飛び込んだ。
「そ、……そんな……っ!!!」
視界に映し出されたのはれいむの死骸。歯を食いしばり、目を限界まで見開いたその死に顔は、死の間際に味わった苦痛の証
と見て取れる。よほど苦しくて暴れ回ったのであろう。草で作られたベッドは巣穴の中に散乱し、吐き出された大量の餡子が地
面や壁にへばりついていた。涙と涎としーしーで、ぐずぐずにふやけてしまった皮が地面にこすれて破れたのだろう。あんよは
ぐちゃぐちゃに崩れており、そこにかつての面影は見出せない。
「……おなじ……だわ……」
震える唇を動かしぱちゅりーが呟く。同じだった。目の前のれいむの死に様は、昼間見た赤ちぇんのものと同じである。今の
れいむの姿から、れいむがどんな風に巣穴の中で苦しみもがき、死んでいったが予想できてしまう。まりさの後ろ姿が小刻みに
震えていた。
「れ、れいむ……」
ずりずりと、れいむの死骸に向けてあんよを這わせるまりさ。ぱちゅりーが声を上げる。
「ま……まりさっ!!!!」
その声にびくん、と体全体を震わせてあんよを止めた。まりさが滝のように涙を流しながら二匹を振り返る。
「だ……だってぇ……。 れいむが……れいむが……っ!!!」
二匹ともまりさの気持ちは痛々しいほどに理解できるつもりだ。自分たちとて幼馴染の凄惨な死に様を見せつけられて、居て
も立ってもいられない。しかし。
「だめよ……まりさ。 まりさも……びょうきにかかってしまうわ……」
触れることは許されなかった。死の悲しみを紛らわせるために、頬を擦り寄せることは叶わない。ただ冷たくなってしまった
恋人の、幼馴染の死に顔を見つめることしか許されていないのだ。それは、残されたものにとってあまりにも辛い現実である。
「……まりさ。 ぜったいに、れいむにさわってはだめよ……? ぱちゅたちは、ゆかりをよんでくるわ……」
「で、でも、ぱちゅ……っ!」
「ぱちゅひとりでも……ありすひとりでも……。 よるにゆかりのところにひとりでいくのはきけんだわ……。 まりさも、わ
かるわね?」
ぱちゅりーの言葉は、まりさに対して“絶対にれいむに触れてはいけない”と言う警告である。れいむの死は無駄にできない。
なんとしてでも、ゆかりと共に現場検証を行わなければならないのだ。そして、ここにはまりさもいる。ぱちゅりーとありすが
再び巣穴を飛び出す。夜の原っぱをひたすら跳ね続ける二匹。立ち止まってはいられなかったのかも知れない。汗が大量に流れ
出す。幼馴染の死を目の前にして、あの場に居続けることは到底できなかった。あんよで地面を蹴りながら、唇が小刻みに震え
る。恐怖と悲しみとで何度も意識を失いそうになった。
昼間の親まりさ。今ならあの親まりさの気持ちが理解できる。受け入れがたい死を目の前にして、ぱちゅりーとありすは涙を
目に浮かべて必死に跳ね続けた。やがて、ゆかりの巣穴の近くまでやってくる二匹。目視でゆかりの巣穴を捉えることはできな
い。
「ゆかりーーーっ!!! いるんでしょうっ!? でてきてちょうだいっ!!!」
「れいむが……れいむが……っ、びょうきにかかって、えいえんにゆっくりしてしまったのっ!!!」
二匹の叫び声が冷たい夜の闇を切り裂く。その切り裂かれた空間から、まるで最初からその場に居合わせたかのようにゆかり
が姿を現した。表情は険しい。
「……なんですって……?」
「ゆかりっ!! ゆかりぃぃ!!! れいむが、ゆ……ゆあぁぁぁぁぁん!!!!」
ゆかりの姿に緊張の糸が切れたのかありすがその場で泣き崩れる。ぱちゅりーも、ぜぇぜぇ呼吸をしていた。
「……まりさは、れいむといっしょにいるのね……?」
「むきゅ……!!」
「……いそぎましょう」
ゆかりが先頭を切って駆ける。その後ろをありすと切れ切れに呼吸をするぱちゅりーが続いた。
(……あまり、よろしくはないわね……)
ゆかりがしかめっ面に変わる。ゆかりは長く生きているからこそ理解していた。ゆっくりという生き物が……自分たちがどれ
ほど情にに流されやすい存在であるかということを。恐らく、まりさはれいむに触れてしまう。寂しさと孤独に打ち勝てるゆっ
くりはいないのだ。まして、失った相手が最愛のパートナーであればその気持ちはなおさらだろう。まりさを一匹残してきたの
は判断ミスだったのである。しかし、ありすとぱちゅりーの気持ちも分からないでもない。突然の死を目の前にして誰も冷静な
判断などできやしないのだ。
「む……むきゅ、ぱちゅは……も、もう……げんっかいだわ……!! さ、さきにいっていてちょうだい……っ!!!」
「ゆっくりりかいしたわっ! ちゃんとかくれているのよっ?!」
あんよを止めるぱちゅりーにありすが声をかける。ゆかりとありすは更に強くあんよを蹴り、まりさの巣穴へと向かった。ぱ
ちゅりーが近くに生えていた木に寄りかかる。颯爽と跳ねていく二匹の後ろ姿を朦朧とした意識の中で見つめていた。
(ゆかりがいれば……だいじょうぶよね……?)
目を閉じかける。そのときだった。
(!?)
暗闇の向こう側から何かが聞こえたような気がした。ぱちゅりーが周囲を見渡す。しかし、自分以外の気配は感じられない。
ぱちゅりーは何故だかわからないけれどもガタガタ震えていた。何かに対して恐怖を抱いているわけではない。それなのに、体
の震えが止まらないのだ。
(むきゅ!?)
一瞬。寄りかかった木の反対側から、小枝が折れるような乾いた音が聞こえた。そして、草の上を這うあんよの音。近くにゆ
っくりが……同族がいる。それなのに、声をかけることも振り返ることもできない。ぱちゅりーは未だかつて感じたことのない
原因不明の恐怖に怯えていた。極限状態の疲労の中で幻覚を見たり、幻聴を聞いたりすることはよくある話だ。しかし、ぱちゅ
りーは確かに何者かの存在を感じている。時間にして約一分にも満たない。だが、ぱちゅりーにとってはまるで自分がそこに何
時間もいたかのような錯覚を起こしていた。ぱちゅりーが気がついたときには既に気配は消えていたのだ。まるで金縛りにあっ
たように動けなかった。ようやく恐怖から解放されたぱちゅりーは、慌てて木の反対側を覗き込む。そこには、辺り一面の闇が
広がっているだけだった。
一方。ゆかりとありすはまりさの巣穴に到着していた。巣穴の入り口付近で、二匹は凍り付いたように動けなくなっている。
「れいむ……ゆっくりしていってね……すーりすーり……」
「まりさ……どう、して……?」
ありすのかけた声にも気づいていないのだろう。まりさは泣きながら一心不乱にれいむの頬へ自分の頬を擦り寄せていた。ま
りさが頬を動かすたびに、れいむの死骸が揺れる。ゆかりが叫び声を上げた。
「まりさっ!!!!!!!!!」
突然上げられた絶叫にも近いゆかりの大声にまりさはもちろんの事、ありすも一緒になって飛び上がった。まりさは、しばら
くキョロキョロと周囲を見渡しながら「ゆ?ゆ?」と呟いていたが、ゆかりの姿を視界に入れて落ち着きを取り戻す。それから、
自分の犯した過ちに気づいたのかみるみる顔が青ざめていく。声も出さずに涙を流すまりさ。
「……まりさ……。 もう、むれのなかまに……さわってはだめよ……?」
「……ゆっくり……りかいしたのぜ……」
「そ、そんな……そんな……っ」
ゆかりがまりさを見据えてそっと目を閉じる。まりさはゆかりのそんな態度にますます怯えてしまったのか、石化したかのよ
うに動かなくなってしまった。
「まりさ……? おちついてきいてちょうだい」
「……ゆ?」
「まりさのこたえによっては……このびょうきのげんいんが、わかるかもしれないわ」
まりさが息を呑む。ゆかりの表情は真剣そのものだ。ゆかりは、赤ちぇんの親であるまりさに対してした質問と同じ質問をし
た。今日一日の行動についてである。まりさは涙目のまま、静かに語り出した。
先に目覚めたのはまりさ。この時点でれいむはまだ眠っていた。だから、朝の挨拶をしてれいむを起こした。それから、一緒
に朝ご飯を食べた。れいむは昨日仕留めた蝶々を。まりさは芋虫を。それぞれ食べた。
「まさか……」
ありすが目を見開く。ゆかりも無言で頷いた。
「……ちょうちょさん?」
まりさが小刻みに震え出す。二匹が朝食を食べた後は一緒に行動をしている。ゆかりの巣穴を探しに行って、それからぱちゅ
りーが合流した。ゆかりとありすとぱちゅりーは、親まりさの話を聞くためにれいむとまりさと別行動を取っている。
蝶々。なぜ蝶々を食べることで例の病気が発症するのかまでは分からない。意気消沈したまりさを巣穴に残し、ゆかりとあり
すの二匹は静かに巣穴を出て行った。
「ゆかり……。 まりさに……なにかやさしいことばをかけてあげたほうがよかったんじゃないかしら……?」
「いいえ」
「ゆゆっ!?」
「ゆかりたちがまりさにしてあげることは、やさしいことばをかけてあげることなんかじゃないわ。 ……すこしでもはやくび
ょうきをなおすほうほうをみつけて、まりさをたすけてあげることよ」
遠くを見つめるゆかりの目は真剣だ。本気でまりさを助けることを考えているのだろう。ありすは思わず身震いした。ありす
がまりさに対してしようとしたことは、“諦め”の延長上にある行為だ。恥じらいの表情を浮かべてうなだれるありす。
「……でも、いそがないといけないわね。 れいむが、あさごはんにちょうちょさんをむーしゃむーしゃして、あのびょうきに
かかってしまったというなら……まりさもすぐにえいえんにゆっくりしてしまうわ……」
「そ、そうね……」
「む、むきゅぅ……」
二匹並んであんよを進めるゆかりとありすの元にぱちゅりーが這い寄ってくる。理由はわからないが顔面蒼白だ。ありすが不
思議そうにぱちゅりーの顔を覗き込む。ぱちゅりーは安心したのか歯をカチカチと鳴らして震え始めた。
「ど、どうしたの、ぱちゅ? とかいはじゃないわ……っ!!」
ありすがよろめくぱちゅりーを受け止める。ゆかりもぱちゅりーの隣で様子を見ていた。
「わからないの……ぱちゅには……」
「……いったいどうしたのかしら? ぱちゅりーらしくないわよ?」
「なんだか……こわいものが……いた、ようなきがするのよ……」
「?」
何を言っているのかわからない、という様子でゆかりとありすが互いの視線を絡ませる。それから詳しくぱちゅりーの話を聞
き始めた。とは言っても、ぱちゅりーの話す内容はまるで雲をつかむような話である。存在しているかどうかも分からない相手
に怯えたことを伝えても、当事者以外に理解できようはずがなかった。しかし、ゆかりには一つだけ引っかかることがある。そ
して、その疑問をぱちゅりーへとぶつけた。
「いままで……ぱちゅりーだけじゃなくてもいいわ。 そんなこわいおもいをしたゆっくりが……ぱちゅりーいがいにいるのか
しら……?」
「むきゅ……?」
「ありすは……きいたことがないわ……」
ゆかりが目を伏せる。それから、淡々と語り出した。未だかつて見たことがない苦しみ方。未だかつて感じたことがない恐ろ
しい“何か”。ゆかりは今回の騒動と、ぱちゅりーの体験についてこの部分に共通点を見出したのだ。ぱちゅりーの証言。まる
で、自分たちがあんよで地面を這うような音が聞こえてきた。もし、その“何か”が自分たちと同じゆっくりだったら?ゆかり
の推理する共通事項が、一つに繋がってしまえば?一連の騒動はその“何か”が引き起こしているとは言えないだろうか。ぱち
ゅりーが震える。不自然な出来事があまりにも重なり過ぎているのだ。
「しらべてみてもいいかも……しれないわ……」
ゆかりは次々と病気の謎を解く考えを出していった。恐るべしはその頭の回転の速さである。ゆっくりにあるまじきその思考
能力は、他の種の追随を許さない。
「でも……どうやってその“なにか”をさがしだすの……? ぱちゅも、その“なにか”をみてはいないのよ……?」
「……もし、ほんとうにその“なにか”がちょうちょさんとかんけいがあるなら……ちょうちょさんをおいかけていけば、その
“なにか”までたどりつけないかしら?」
ありすとぱちゅりーの動きが止まる。今、この群れの中で“蝶々が危険な存在である可能性がある”ことを認識しているのは、
巣穴の中のまりさを含め四匹しかいない。その恐怖の象徴たる蝶々を自ら追いかけるなどという愚行を二匹は思いつかなかった。
いかに、蝶々から逃げるかを考えていた二匹に、ゆかりの提案はあまりにも無謀なもののように感じる。しかし、ゆかりの考え
に驚嘆の意を示してもいた。なぜなら、“未だかつて蝶々が原因でこんな病気にかかってしまった事はない”なのだ。ゆかりの
言う“何か”が“蝶々”と何らかの形で関わっている可能性は非常に高い。
ゆかりは二匹の反応を最もだと感じながら、善は急げと行動に移し始めようとしていた。戸惑うありすとぱちゅりー。ゆかり
はクスリと笑うと一言つぶやいた。
「だいじょうぶよ。 ゆかりがひとりでいくわ」
「そ、そんなの……とかいはじゃないわっ!!」
「むきゅ……っ! ぱちゅだって……こ、こわいけど……まりさをたすけたいっていうきもちは……」
「だって、ふたりにはべつのことをやってもらわないと……」
最初の犠牲者、赤ちぇんの親まりさへの質問。れいむと同じように、あの赤ちぇんも蝶々を食べていたのではないか。そして、
蝶々の危険性を群れに伝え非常警戒態勢を敷く準備。いくら絶対の信頼を置かれつつあるゆかりの言葉とはいえ、「ご馳走であ
る蝶々が危険だから狩りをしてはいけない」と言って真に受けるゆっくりはいないだろう。そうなれば、被害はますます拡大し
てしまい、程なくしてこの群れは全滅だ。それだけはなんとしてでも避けねばならない。ゆかりはぱちゅりーに得体の知れない
“何か”を見かけた場所を聞き、あくまで飄々とした態度であんよを走らせて去ってしまった。取り残された二匹が互いを顔を
見合わせる。自分たちは臆病風に吹かれたのだと暗に物語りながら。
ゆかりはぱちゅりーに言われた場所へとあんよを運んでいた。ぱちゅりーの言うように不気味な気配は既に去ってしまってい
るのか、宵闇が辺り一面を覆っている以外は別段普通の森に変わりない。ゆかりがとりあえず茂みの“隙間”に隠れる。捕食種
対策の癖であったが、この付近に捕食種は見かけないことに気づき、ずりずりと茂みから這い出てくる。
「あらあら……さすがのゆかりも、こわいみたいね」
柄にもなく緊張している自分が可笑しかったのか舌を出して笑ってみせる。それから、ゆかりは更にクスクスと笑った。こん
なに真っ暗では蝶々など居ても見えやしない。そんなくだらない事にも気づけなかった自分が滑稽で仕方なかったのである。
「すこしは、おちつかないといけないわね……。 これじゃ、ありすとぱちゅりーのことをしんぱいするどころじゃないわ……」
そう言ってその場を離れようとしたとき、雲に隠れていた月が顔を出した。よほど厚い雲に覆われていたのか、月の光はゆか
りの想像していた以上に森の中を照らしていく。ゆかりの表情が真剣な眼差しに変わった。その瞳の見据える先。そこには草の
上で羽根を休める一匹の蝶々があった。生唾を飲み込む。ご馳走を前にしたからなどではない。その蝶々が何の前触れもなく羽
根を広げ飛び立った。ゆかりがそれを無言で追いかける。蝶々は後ろからゆかりが尾行していることなど気づく由もなくヒラヒ
ラと優雅に夜の闇を舞う。ゆかりはその蝶々の無駄のない動きをぼんやりと眺めたら、ずりずりとあんよを這わせた。
(いったいどこまでいくのかしら……。 すこしくらいおやすみしてくれてもかまわないのに……)
蝶々を追いかけると言ってみてはみたものの、それだけでいるかどうかも分からない黒幕に会うことは難しいと考えていたの
だが。
(……まるで、どこかめざすばしょがあるみたいな、とびかたをするのね……)
その考えはあながち外れてはいなかったのかも知れないと、ひたすらに蝶々の動きを目で追い、あんよを動かし続けた。それ
からしばらくして少し開けた場所に出たかと思ったら、周囲を照らしていた月の光が再び分厚い雲に覆われ、辺りが闇に包まれ
る。ゆかりは無理矢理微笑んでみせた。憎い演出をするものだ、と。次、スポットライトが当たったときは、舞台の上に主役が
現れるのだろうかとクスクス笑った。蝶々も見失ってしまっている。闇の中では下手に動くこともできない。
――――こぼねー……
(なに……かしら……?)
突然聞こえてきた透き通るような声。ゆかりが一瞬だけ身震いした。
(……ゆかりをこわがらせるなんて、ね……)
目が慣れてきたゆかりの視線の先に巨大な木が映し出される。その木の根元に……一瞬、何か小さな影が動いたような気がし
た。目を凝らす。その存在を視界に捉えるにはあまりにも光量が少なすぎた。そんなゆかりの気持ちに応えるかのように、月を
隠す分厚いカーテンが再び開かれていく。ゆかりが息を呑んだ。大集団……と言うほどのものではないが、蝶々がやたらと群が
っている一画がある。
(……あれは……いったい……)
月明かりがハッキリとその姿を照らした。飛び立つ蝶々の隙間から見たこともない“ゆっくり”の姿が現れていく。
緩くウェーブのかかった桜色の髪。それを覆う薄紫色のナイトキャップ。まるでこの世の更に向こう側を見通しているかのよ
うな澄んだ赤い瞳。小さな唇。雪のような白い皮。そう言えば聞こえは良いが、まるで死に化粧でも施しているかのような……
一種、不気味な美しさを醸し出している。ゆかりは、その姿に自身の瞳が吸い込まれていくのを感じた。
(なんて……きれいな、ゆっくりなのかしら……)
月明かりに照らされるその姿が。夜風を感じ瞳を伏せて、身を任せる仕草が……。ゆかりの心の奥の奥を掴んで離さない。そ
の時だった。そのあまりにも澄んだ瞳がゆかりを捉えた。刹那、まるで金縛りにあったかのようにゆかりがその動きを止める。
否。動きばかりではない。思考、感覚、ゆかりの中のあらゆる時間が止められてしまったかのような錯覚を覚えたのだ。
(…………)
しかし、そこは長く生きてきた者の意地か。プレッシャーをはねのけ前方へとその双眸を向ける。そこへ再び月夜の悪戯。辺
りを照らしていた光は分厚い雲の影に隠れてしまった。闇に視界を遮られたゆかりが苦々しげな表情を浮かべてみせる。一連の
騒動の黒幕たり得る“何者か”を目の前にして微動だにできない。暗闇の中、無策で飛び出すほどゆかりは無謀でもなかった。
それ故の静寂。ゆかりは覚悟を決めた。次、月の光が顔を出したら飛び込もう、と。動かないままでは何の進展もない。こち
らの動きに対して向こうが何らかの反応を示せば、今回空振りをしてしまったとしても次回に活かせる。やがてゆかりの周囲が
少しずつ明るくなっていく。その光の影がゆかりを追い越し、茂みの向こう側へと少しずつ移動する。光が充分に周辺を包み込
んだとき、ゆかりは目を伏せてわざとらしく溜息をついた。
既に光の先には何もいない。月が雲に隠れてしまっていた間にいなくなってしまうのだろう。あれほど群がっていた蝶々も消
え去っていた。しばらくしてから、ゆかりの額から大量の汗が流れ出す。それに気がついたゆかりが笑みを浮かべる。
「つぎは……つかまえてみせるわ……」
誰に宣言するでもなく呟く。ゆかりの呟いた言葉は夜の乾いた空気に乗って、闇の向こう側へと溶けて消えた。
長い長い一日がようやく明けた。群れのゆっくりたちはいずれも凄惨な最期を遂げた赤ちぇんの様子が瞼の裏に焼き付いてい
るのか、満足に眠れた者はいないようだ。まりさは巣穴から出てこない。その安否を気遣ってか、何匹かのゆっくりがありすや
ぱちゅりーに寄ってきた。昨夜の叫び声は他の巣穴にまで届いていたらしい。恐怖であんよが動かせず、巣穴の中でガタガタ震
えていたようだ。
ありすとぱちゅりーは、並んで最初の犠牲者・赤ちぇんの親子が住んでいる巣穴へとあんよを向かわせていた。ゆかりの推測
が正しいかどうかを確かめるために、親まりさに話を聞いてみなければならない。親まりさは巣穴の外で二匹の赤ゆと寄り添い
眠りについていた。よほど疲れていたのだろう。既に陽が昇っているというのに起きる気配がまるでない。
巣穴の中にはまだ親ちぇんと赤ちぇんと赤まりさが死体のまま、放置されているのだろう。土を掘って埋めてあげることもで
きない。触れることが禁忌である以上、愛した番が……我が子がボロボロに腐り朽ち果てていくのを見ていることしかできない
のだ。親まりさたちが巣穴の外に出ている理由は一つしかない。巣穴の中に死臭がたちこめ始めているのだろう。
「まりさ……」
目配せをしたのち、ありすが声をかける。親まりさがゆっくりと瞼を開いた。傍らの赤ゆはどちらも目覚める気配がない。ぱ
ちゅりーが小さく「むきゅう」と漏らし、心配そうに赤ゆを見た。目覚めた開口一番の挨拶すら忘れているのだろう。親まりさ
は、まずは両頬にぴたりとくっついている二匹の赤ゆにチラリと視線を落としたのち、ようやくありすとぱちゅりーに向き直っ
た。
「……おはよう、まりさ」
「…………おはよう……」
短いやり取り。当たり前だが親まりさの声に覇気はまったく感じられない。ありすが一呼吸置いてから親まりさに質問を投げ
かける。
「あの……まりさ? ありすたち、まりさにおしえてほしいことがあるのだけれど……」
「ゆぅ……またなの?」
「ご、ごめんなさい……っ! でも、だいじなことなの……」
心底、面倒くさそうに親まりさが視線を宙に投げたのち、ありすを見つめた。ありすは親まりさのその行動に了承を得たと判
断し、なるだけ冷静に言葉を紡ぐ。
「あのね……。 きのうのあさごはん……ごちそうだった、っていっていたけれど……。 そのなかにちょうちょさんはあった
かしら……?」
「ちょうちょさん……? あったよ」
ありすとぱちゅりーが顔を見合わせる。ゆかりの推測が一歩真実に近づいたのだ。そう思っていた矢先、親まりさは二匹にこ
う告げた。
「ごちそうだったからね……“みんなで”なかよくむーしゃむーしゃしたよ」
「「!!???」」
「……どうしたの……?」
「な、なんでもないわ……」
ありすは戸惑いを隠せない。その気持ちはやはり伝わってしまうのか、親まりさは訝しげな表情を浮かべて二匹を交互に見つ
めていた。親まりさの言葉はゆかりの理論の崩壊を意味する。蝶々を食べたゆっくりが例の病気にかかり、発症してしまったゆ
っくりに触れれば感染してしまう。答えは導き出されたかに見えていた。しかし、それもまやかしに過ぎなかったとでもいうの
だろうか。これでは群れのゆっくりたちに「蝶々を取って食べてはいけない」と自信を持って言えなくなってしまう。
「ゆっゆ~んっ! おきゃーしゃんっ! まりしゃは、ひとりでちょーちょしゃんをつきゃまえたのじぇっ!!!」
「ゆゆっ! さすがはれいむのちびちゃんだねっ!! ちびちゃんはきっとむれでいちばんかりがじょうずなゆっくりになれる
よっ!!!!」
「ゆ……ゆっくち~~~~っ!!!!」
歓声を上げる親子。それはあまりにもありふれた光景。我が子が狩りの中で難しいとされる蝶々を仕留め、喜ぶ親子になんと
声をかけて蝶々を食べるのをやめさせれば良いのだろうか。そもそも、本当に一連の騒ぎの原因は蝶々にあるのか。ありすもぱ
ちゅりーもそれだけでもう混乱し始めていた。自然とゆかりを探してしまう。しかし、ゆかりはぱちゅりーが遭遇したという得
体の知れない何かを追って、未だに帰ってこない。
「ゆぎゃあ゛あ゛あ゛ッ!!???」
「ゆひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」
突如上がる叫び声と悲鳴。瞬間、群れのゆっくりたちの表情が変化する。群れの一画。悲鳴の元はれいむとぱちゅりーの番の
巣穴だ。その中から滝のように涙を流しながら一匹のれいむが飛び出してきた。前のめりにごろごろと転がり、ようやく止まっ
たときは痙攣を起こしながら目で助けを訴える。それからしばらくしてれいむの番であるぱちゅりーの絶叫が続いた。
「ゆ゛びゃあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」
その反対側から今度は別の悲鳴。まりさとありすの番が血相を変えて巣穴から飛び出してくる。
「た……たすけてっ! たすけてっ!! ありすたちの……とかいはなちびちゃんたちが……っ!!!」
ゆっくりたちが戦慄の渦中に放り込まれた。同時の発症。それはゆっくりたちを恐慌状態に陥れるのに充分な破壊力を持って
いた。苦しみに耐えきれず巣穴の外まで飛び出して転げ回る疾病者。藁にもすがる思いで這い出てきたのだろう。誰でもいいか
らこの苦しみから自分を救ってほしい。哀願と絶望の色に染まった瞳がギョロギョロと動き続ける。そこへ。疾病者ぱちゅりー
の番のれいむや、赤ゆたちの親であるありすやまりさ。それ以外にも疾病者と仲の良いゆっくりが少しでも苦しみを癒そうと、
頬を擦り寄せ舌を這わせた。
「あ……あぁ……っ」
顔面蒼白になりその場を動けないでいるのはありすとぱちゅりー。目視だけで、今、何匹のゆっくりが感染してしまったか。
ゆかりの推論が全て真実であるかはわからないが、その少し先の未来のイメージが脳裏をよぎると目眩がしそうになってしまう。
「そ……そこまでよっ!!!」
ぱちゅりーが叫ぶ。ゆっくりたちの動きが僅かに止まった。それから徐々にぱちゅりーに注目していくゆっくりたち。
「……びょうきにかかったゆっくりにさわっては……だめよ」
「ど……どぼじでぞんな゛ごどい゛う゛の゛ぉぉぉぉぉぉッ!??」
ゆっくりは情に熱い。目の前で困っている仲間がいれば救いの手を差し伸べずにはいられないのだ。こんなに痛がって苦しん
でいる仲間に対して、すーりすーりもぺーろぺーろもしてあげないほうがどうかしている。それはあくまでゆっくりの主観であ
り常識であり、美徳とされていること。ゆっくりたちから冷たい視線を浴びせられるぱちゅりーとその隣にいるありす。二匹と
も思わず身震いしてしまった。耐性がないのだ。群れはこれまで大きな喧嘩も諍いもなく上手く回ってきた。それなのにその輪
の回転を止めようとしているぱちゅりーは、なんてゆっくりできないゆっくりなのだろう。群れのゆっくりたちはそう思ってい
たのだ。すっかり萎縮してしまったぱちゅりーもなかなか二の句が継げない。そこへありすが助け船を出す。
「みんな、おちついてきいてほしいのっ。 まだはっきりとはわからないけれど、びょうきにかかってしまったゆっくりにさわ
ると、そのびょうきがじぶんにもうつってしまうかのうせいがあるわ……っ!」
静まる群れ。そして今度は疾病者とその近親者を遠巻きに囲うゆっくりたちの表情が変わった。その感情は疾病者に触れてし
まったゆっくりにも伝わる。今、確かに両者の間に見えない壁が構築されたのだ。感染者たちが互いの顔を見合わせる。
「ゆ゛ぐ……ぎゅ、え゛っ……!!!」
一匹の赤ありすが体の穴という穴から中身を噴出させて息絶えた。それに呼応するかのように、命の灯をを消していく赤ゆた
ち。程なくして疾病者のぱちゅりーがビクビクと痙攣を起こし始めた。既に白目を剥いており、その瞳はこの世界のどこも映し
てはいない。
「こ……ごわ゛い゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛!!!!」
感染者たちが一斉に震え上がる。当然だ。赤ゆたち。それから今現在、死の瀬戸際を彷徨うぱちゅりー。これが何時間後かの
自分の姿かも知れないのだ。
「ゆぐっ!!」
感染者のうちの一匹に石が投げつけられた。涙目になって歯を食いしばるゆっくり。
「どぉしてこんなことするのぉぉぉ!?」
「ゆぅ……。 びょうきにかかったゆっくりにさわったゆっくりは……ぜったいにそこからうごかないでねっ!!」
「どおしてそんなこというのぉぉぉぉぉぉ」
「あたりまえだよっ! びょうきのゆっくりに“さわられたら”、れいむたちもえいえんにゆっくりしちゃうんでしょっ!?
そんなのはぜったいにいやだよっ!!!」
「…………っ!!」
森を包む静寂。そして感染者へ向けての一斉威嚇。そこにかつてのゆっくりプレイスの面影は見えない。ゆっくりの情の熱さ
は我が身可愛さで簡単に崩壊してしまったのである。とはいえ、この判断は英断と言えるだろう。これ以上感染者を増やさない
ためには感染者を隔離するしかない。それは古今東西、人間たちでさえ行ってきた対処法である。病魔の前には人もゆっくりも、
あまりに無力だったという事が証明された瞬間でもあった。
「たすけちぇ……」
感染者の赤ゆが呟く。消え入るような声。そんなか細い訴えを聞いても、もはや群れのゆっくりたちの心を動かすには足りな
い。死の恐怖に怯えて小さな体をぷるぷると震わせる赤ゆ。どうにもできないのである。病気を治す方法が分からない以上、迂
闊に手を出せない。それは感染者たちも理解しているのだろう。哀願しこそすれ、群れのゆっくりたちを罵倒するような者はい
なかった。
「ゆんやぁぁぁ……。 れーみゅ、しにちゃくにゃい……しにちゃく、にゃいよ……ゆ~ん……ゆ~ん……」
泣き叫ぶだけの力はない。赤れいむは力なく両の揉み上げを垂らし、静かに泣き続ける。その頬を舌で舐める親れいむ。目を
背ける群れのゆっくりたち。しかし、感染者と接触することは許されない。
つい二、三日前の出来事である。長く苦しい越冬を終えたゆっくりたちが、春の訪れを喜び歓喜の声を上げたのは。確かに喜
びを共に分かち合ったのだ。それなのに。原因不明の病気はあっという間にゆっくりたちを……いや、群れを蝕んでいった。
体も、心も。
ゆかりは一つの仮定から成る結論を出していた。あの見たことのないゆっくり。それに群がる蝶々。あの“何者か”が今回の
騒ぎの黒幕であったと仮定する。あの“ゆっくり”が全ての元凶ならゆかりが最も強く感じていた違和感が氷解するのだ。すな
わち、なぜ、例の病気にかかるのがゆっくりだけなのか。蝶々を媒介にして病気を引き起こすなら、他の動植物に影響がないの
はなぜだろうか、と。そして、ぱちゅりーから正体不明の“あんよの這う音”の話を聞かされたとき、ゆかりの頭の中で明確に
“ゆっくりを狙うゆっくり”のイメージが沸いたのである。ゆかりには確かめる必要があった。あの桜色の髪のゆっくりになん
としてでも再会して、問いたださなければならない。しかし、昨夜の一件であのゆっくりが高い警戒心を持っていることは予想
できる。正面から向かって行ってもすぐにどこかへいなくなってしまうだろう。だから、ゆかりは昨夜あのゆっくりがいた巨木
の脇にある茂みの“隙間に隠れた”のだ。隙間に隠れたゆかりを認識できるゆっくりはいない。通常種はもちろん、捕食種も。
あの正体不明のゆっくりも。もちろん、この巨木の下に再び現れるとは限らない。しかし、この場所以外にゆかりとあのゆっく
りに接点はないのだ。待つしかなかった。
「こぼねー……」
ゆかりの表情に緊張が走る。ガサガサと向かい側の茂みを揺らしながら、昨夜のあのゆっくりがやってきた。その周囲には昨
夜ほどではないものの、やはり数匹の蝶々が群がっている。やがてその蝶々がヒラヒラと方々へ散った。ゆかりが眉を潜める。
(もしかしたら……あのゆっくりに“ふれた”ちょうちょうさんが……ゆっくりたちをびょうきにしてしまうのかしら……?)
嬉しそうに微笑むそのゆっくりの口元。そこには小さな小さな揉み上げが咥えられていた。れいむ種の物である。大きさから
して赤ゆのものであろう。ゆかりは全てを納得した。目の前にいるゆっくりは捕食種。そして、蝶々を使った病気による一連の
騒動は、この捕食種独特の“狩り”なのであろう、と。ゆかりが思わず目を細める。隙間のけっかいっ!も効果を発揮している
ようで、捕食種の目にゆかりは映っていないようだ。ゆかりはこの少し後に知ることになる。“姿無き捕食種”の二つ名を持ち、
最も優雅に狩りを行うこのゆっくりの名。
ゆゆこ種。捕食種にて希少種。“ゆっくりの群れを死に誘う程度の能力”を持つ。
狩りの方法はゆっくり界において最も珍しいスタイルを取る。れみりゃや、ふらん等と言った力任せの捕食種とは違う。まず、
ゆゆこ種は自身の放つフェロモンを使って自分に蝶々を集める。すると、ゆゆこ種のフェロモンと蝶々のフェロモンが混ざり合
い、メカニズムは不明だがゆっくりを病気にするフェロモンが生成されるのだ。似たようなものとしては、ゆっくりが死んだ際
に放つ死臭もフェロモンの一種として考えられる。こちらはゆっくりにとっては凄まじい嫌悪感を起こすフェロモンであるが、
ゆゆこ種の放つフェロモンはゆっくり同士でも気づかない。
かくして、ゆっくりにとって爆弾を抱えたに等しい蝶々は自然界を飛び回る。ゆっくりたちはそれを狩りと称して捕食する。
結果、病気にかかるゆっくりが現れ、それは人間で言えば皮膚感染のような形で急速に広がっていく。感染経路が途切れても、
また新たな蝶々を補食したゆっくりが次の宿主(ホスト)となるので、感染拡大の勢いは留まるところを知らない。やがて、ゆ
っくりたちが群れ単位で全滅してしまった頃。ゆゆこ種はそっと壊滅した群れに現れるのだ。
当たり前の日常に一つ爆弾を添えただけで、ゆっくりたちはバタバタと死んでいく。何もわからぬまま。いつも通りの時間の
流れの中で。だからこそ、どのゆっくりも事件の黒幕にまでたどり着けない。
本来であれば、あの群れも数日後には消滅してしまっておかしくなかったはずだ。しかし、そこにたまたま、ゆかりがいた。
ゆゆこにとっても恐らくは初めてだろう。自分の元までたどり着いたゆっくりと出会うのは。ゆかりがガサガサと茂みの中から
這い出てくる。案の定、ゆゆこは気づいていなかったのかその動きをピタリと止めた。
二匹の間に沈黙が流れる。風が両者の髪を撫でた。戸惑いを隠せないゆゆこ。ゆゆこにしてみれば、突然ゆかりが目の前に現
れたのだ。戸惑わない訳がない。ゆかりはそのゆゆこの様子を見て少しだけ安心した。付けいる隙が一つもないわけではないよ
うだ。ゆかりはゆゆこを見据えて口元を緩めた。それから、強者の威厳と識者の風格を漂わせて、こう言った。
「はじめまして。 ゆかりはゆかりよ。 ゆっくりしていってね」
つづく