ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1601 不確かな物語
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ankoss
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老人は独りになった。長年付き添ってきた妻の葬式が終わった後、老人はそれを実感する。
縁側でぼんやりと空を眺める妻の姿はもうない。春の陽気な日はいつもここに座っていた。
今日も春らしい世界が目の前に広がっている。けれどそこには誰もいない。
目の前で雀が一羽とまる。が、眼が合った瞬間、すぐに翼をはためかせて飛び去ってしまった。
一人息子は早く死んでしまった。四十の若さだった。
飲酒運転のトラックに巻き込まれての不運過ぎる交通事故。
車に乗っていた嫁も遠くへ行ってしまった。
そのとき、家で留守番をしていた孫も東京へ行くと言って上京して以来、連絡はない。
老人はふと空を見上げる。空は老人の心に反して快晴だった。
雲一つない青空。
今の自分の心に似ているかもしれないと老人は自虐的に笑ってみせたが、心は晴れることはなかった。
――畑に行こう。
農作業をして、気分を変えようと老人は思った。
このままいても気が滅入るだけだと、老人は帽子を被り外へ出た。小屋から農具を取り出し畑へ向かう。
畑は家の真後ろにあった。道路に面している小さな畑。
――ん?
トマトが栽培されている方で何か声が聞こえた。歳のせいで耳が遠くなったからか上手く聞き取れない。
老人は訝しみながら声のしたほうへ足を進めた。
「むーしゃむーしゃ、し、しあわせーーーっ!」
クリアになった声はそのような内容だった。老人の視線の先にはトマトにむしゃぶりつくれいむの姿があった。
それもひどく肥え、薄汚れた、世間的にでいぶと呼ばれるゆっくりが。
「おい、何しとるかね」
老人はれいむのもとへ走り、問い掛ける。
れいむは老人に気付くと逃げようとも謝ろうともせず、嫌悪感丸出しの顔で
「ゆっ! うるさいよ! いま せれぶなれいむは はいぱーむーしゃむーしゃたいむなんだよ!
わんらんくうえの しょくじで ほかのゆっくりに さをつけているさいちゅうなんだよ! くうきよんでね!」
と食べ滓を撒き散らしながら言い放った。
あまりの態度と言動に老人は怒りが発生するよりも可笑しくなった。
老人は噴き出しながら「判ったよ。どんどん食べなさい」とれいむに告げた。
「いわれなくてもたべるよ!
ここは じょうりゅうかいきゅうであるれいむの かくれがてきゆっくりぷれいすだから あたりまえだよ!
むーしゃむーしゃ、し、しあわせーーーっ!」
二つ目のトマトに食べかかったれいむを老人は孫でも見るような目で見つめていた。
事実、可愛い子供の扱いをしていた。
「美味しいかね」
「おいしいよ! でもれいむは あまあまのすいーつのほうが ごしょもうだよ!
じじいは そこでゆっくりしていないで きらびやかなれいむに みついでいってね!
なんなら どれいにしてあげてもいいのよ!」
的の外れた言い回しに老人は益々可笑しくなり、「はいはい」と言いながら、
茶の間へ行き、そこにあったイチゴ大福をれいむに渡した。
「むーしゃ、むーしゃ。………し、し、ししししししあわせーーーーーーーーーっ!」
身体から変な汁を飛ばしながら、悶えるでいむ。
下品に舌を長く伸ばし、眼の黒点を上にしながら、踊り狂う。
「そ、そんなに美味しかったのかね……」
老人は若干ひきながら、イチゴ大福をもう一つをれいむの前に投げてやった。
れいむは一つ目のイチゴ大福を食べ終わると、すぐにもう一つの方へ齧り付き、ものの数秒で拵えてしまった。
「げふう。ふん、まぁまぁのすいーつだったよ! たまには しょみんのあじも わるくないね!
これからは れいむのために たくさん たくさあん これいじょうのすいーつを ていきょうしていってね!
きょうから じじいのことを れいむのいちのどれいとして みとめてあげるよ!
おしみなく かんしゃしてね!」
言い終えると、れいむは歯を剥き出しにしながら、しーはーしーはーを始めた。
セレブとは程遠いその姿に老人は笑みを浮かべながら、「はいはい」とれいむの頭を撫でた。
が、すぐにれいむは退き、老人の手に体当たりをかました、
「どれいが れいむのからだにふれるなんて じゅうねんはやいよ!
れいむの うつくしく なまめかしいぼでぃに ふれていいのは こころにきめたまりさだけだよ!
みのほどをわきまえてね!
おおごえだしていたら ねむくなってきたよ!
れいむは すぺしゃるすーやすーやたいむに とつにゅうするから じゃましないでね!」
れいむはデンと近くにあった野菜に寝そべり、一分もしないうちに鼾をかき始めた。
急に静かな畑の中、老人はれいむを起こさぬよう静かに背を向け、農作業を始めた。
二時間ほど農作業し、れいむのもとへ戻ると、れいむは未だ眠っていた。
起こすのも悪いと老人は思い、れいむを畑に置いたまま家へもどり、昼食を摂った。
昼食を終えると、老人に睡魔が襲った。老人は食器を片づけた後、寝室へ向かった。
――食べた後の昼寝を咎める人はもういないんだよな
老人は横になり、眠りについた。
咎めながら、自分の横に布団を敷き、一緒に眠ってくれる妻の姿はそこにはなかった。
雨が降っている音で老人は目を覚ました。
外に洗濯物を干しっぱなししているという事実が老人の頭をすぐにクリアにし、老人は寝室を飛び出した。
慌てて全ての洗濯物を中に取り込み、額にかいた汗を拭った。
――すぐに気付いてよかった
雨は降り始めたばかりのようで、洗濯物の被害は微々たるものだった。
老人は洗濯物をたたむため、外履きを脱ごうとしたが、そこで何か忘れていることに気がついた。
――何か忘れているような……あっ!
老人は畑に置いたままのれいむのことを思い出した。
玄関脇に下げてあった傘を握りしめ、畑へ向かう。
「ゆがあああああああああ! おぎあがれないいいいいいいいいいいいいい!
うるわじいれいむを ゆっぐりざぜないあめざんはじねええええええええええええ!
だれがれいむをだずげろおおおおおおおおおお!」
れいむは眠っていた場所で未だ寝そべりながら、叫んでいた。
どうやらぬかるんだ地面のせいで起き上がれなくなってしまったようだった。
「おい、大丈夫か!」
老人はれいむを抱きかかえ、家へ戻る。玄関にれいむを置き、持ってきたタオルで身体を拭く。
「じじい! もとの びゆっくりにしてくれないと れいむおこるよ!
れみりゃもにげだす ありてぃめっとぷくーっしちゃうよ!」
「はいはい」と呆れながら老人は身体を丁寧に拭く。手間をかけさせる子だと老人は思う。
「ふん。ていぞくなどれいにしては なかなかきれいにしてくれたね!
でも れいむはまんぞくしていないよ! ばつとして このいえはれいむがいただくよ!
じじいは さっさと このいえから でていってね! ごびょうだけ まったあげるよ!」
身体を拭き終えると、れいむはそうのさばりだした。
これがおうち宣言なのかな、と老人はのんびりと考える。
「れいむ。私が出て行ったら、誰が君の世話をするのかね。雨が降っては一人で起き上がれない君だ。
誰かの助けが必要なんじゃないかね」
老人は汚れたタオルを丸めながら、立ち上がり、れいむに背を向ける。
それを見たれいむは出てしまってしまうと思ったのか、焦って老人の前に回り込んだ。
「ふん! ほうようりょくのある こころやさしいれいむは しょうがないから じじいをかってあげるよ!
これからは いだいなるれいむのために たくさんつくしていってね!
まずは きょうたべた すいーつでいいよ!」
「はいはい」
老人は廊下を渡り、洗濯カゴにタオルを投げ込む。その帰りに茶の間へ寄り、イチゴ大福を一つ握る。
――これから楽しくなりそうだ
老人は笑みを浮かべながら、れいむのもとへ歩を進めた。
空いていた四畳半の部屋をれいむに貸すことにした。
「さっぷうけいな へやだね! こんなのせれぶなれいむに ふさわしくないよ!
もっと ごーじゃすなへやを よういしてね! はやくしてね! ぐずはきらいだよ!」
れいむはそう言ったが、自分専用の部屋が嬉しいのか、笑顔で飛び跳ねていた。
老人はクローゼットからクッションを、納屋から古びた玩具が入った箱をれいむに与えた。
れいむはその度抗議の声をあげたが、眼は輝かせていた。
老人は「素直じゃない子だ」と微笑ましく思う。
れいむは老人の家に居続けた。
朝食、昼食、夕食とご飯を共にし、一緒にテレビも見たりした。
れいむの我儘に、老人は可能な限り従い、時に諌めた。
諌めるたび、れいむは激昂したが、人間相手にせいっさい出来ないことが判って以来それに従った。
れいむは一度、何故この老人が自分にゆっくりを提供してくれるのか考えたが、
それは自分があまりにゆっくりしているからだという結論で思考は停止した。
「じじい! このゆっくりふーどにも あきたよ! したのこえている びしょくかのれいむに
ふさわしいたべものを ていきょうしてね! まいにち けーきでいいよ!」
「鰹節でもかけてみるかの……」
「ふん! そんなものかけたって ぐるめのれいむは まんぞくしな……んまぁーーーーーーーーい!」
「ふふ。どこかで見たことがある光景じゃの」
老人は食べかすを撒き散らしているれいむを見ながら、この日常が長く続けばとそう願う。
妻を失って、寂しく辛い日々が続くのだとずっと思っていた。
けれど今は毎日が楽しいと老人は感じていた。
ゆっくりフードの上に再び鰹節を少しだけかける。
――長く続けばいい。
けれど、それは翌日になって少しずつ揺れ始めていた。
目覚めたとき、軽い眩暈がするのを老人は感じていた。
風邪かなと思い、額に手をあてるが熱はない。
布団から起き上がろうとすると、全身にひどく疲労を感じた。
身体が重いと老人は引き摺った形で洗面器へ向かった。
――れいむとご飯を食べてから病院に行こう。
老人はそう考えていた。
れいむとの朝食を終え、れいむが話してくれた、
『れいむが全世界を支配する』という話に元気をもらいながら、老人は近くの病院へ向かおうとした。
が、門の前に立つ一人の男によってそれは中断された。
「爺ちゃん。久しぶり」
東京に行くと言って以来、連絡のなかった孫がそこに立っていた。
スーツをキッチリ着込み、黒く光った髪が後ろに撫で掛けられていた。ポケットに手を突っ込み、煙草を燻らせていた。
「連絡もなしにごめんね。色々慌ただしくてさ。今大丈夫?」
孫が黒い手袋がはめられた右手で煙草をつまみ、老人の前へ歩みよる。
「……ん、ああ。大丈夫だ。ちょうど畑に行くところでね。ささ、中に入りなさい」
病院に行くのを諦め、老人は孫を茶の間に通した。
「懐かしいな。何年振りだろう」
孫からキョロキョロと辺りを見渡す。老人は孫の前に茶をコトリと置いた。
「で、どうしたんじゃこんな急に」
老人は探り合うのは面倒且つ心苦しいだろうと思い、率直に尋ねることにした。
早く済まし、病院に向かいたいのもあった。
老人の心情を察したのか、孫は顔を引き締め、居住まいを正した。
「爺さん。これ見てほしいんだ」
孫は持っていたバッグから数枚の用紙を取り出した。老人はそれを受け取り、眼を通す。
用紙には借金に関する文章が書かれていた。それも膨大な量の。
「つまりだ。私にこれを払ってくれと?」
老人は用紙をテーブルの上に置き、孫に訊いた。
「頼む! 爺さん! 会社の経営が危いんだ! 必ず! 必ず返すから!」
孫は額を畳につけ土下座をした。畳に載せられた左手もまた、黒い手袋がはめられていた。
「何故、こんな温かい春の日、手袋をはめているのかね」
「えっ! いや、その、け、潔癖症なんだ!」
「ああ、そうかい」
老人は孫に近づき、左の手袋抜き取った。黒い皮で覆われていた左手には指が四本しかなかった。
「なんで小指がないのかね」
「こ、これはその事故で……その……」
「ほうそうか。それは残念だ。で、会社経営が危いと言っていたな。どんな仕事をしているんだ。
具体的に話せるか? 家にはパソコンがある。調べてやるから早く話すといい」
「………ちっ糞爺が」
孫は不機嫌な顔を浮かべながら老人が取った手袋を奪い返し、部屋を出て行った。
呼吸が一つとなった部屋で、老人は盆の上に茶を二つ載せて、片づけた後、無表情のまま病院へ向かった。
簡易検査が終わった後、すぐに精密検査に移り、検査後、医者から短い余命を宣告された。
人生はよく判らない。そう笑い飛ばそうとしたが、笑えなかった。
「きょう ゆっくりが てれびで うたっていたけど れいむのほうが だんぜんうまいね!
れいむは かしゅに なることにしたよ! とっぷあいどるになって どれいをいっぱいふやすよ!
ゆうしゅうなどれいを あつめるつもりだから じじいは りすとらに あわないように きをつけてね!」
老人は自分が死んだ後のことを考えていた。
――私が死んでしまったら、れいむはどうなるだろう。
――どうすればれいむは幸せに過ごせるだろう。
――どうすれば……。
「じじいぃぃぃぃぃ! どれいのぶんざいで れいむのはなしを むしするなぁぁぁぁぁ!」
「ああ、すまんすまん」
老人はぼんやりとれいむの話を聞きながら、あることを決断していた。
そして、それが可能なのか、それに詳しい人間に明日尋ねに行こうと考えていた。
※※※
拝啓
お元気ですか。僕はそれなりに元気です。
さて突然ですが、世の中にはいろいろなアイデアが飛び交っているものですね。
この『天国への手紙』というシステムは中々面白いと僕は思います。
『天国への手紙』というのは、死んでしまった人に手紙を送るためのものです。
とある住所に手紙を送ると、その手紙を天国へ届けてくれるという、
まぁ言ってしまえば馬鹿馬鹿しいものですね。
けれどこうして伝えたい思いがあると、届かないと判っていても送りたくなるものです。
心のどこかで届くかもしれないとい考えているのかもしれませんね。
前置きが長くなりましたね。では本題に移りたいと思います。
お爺さんが飼っていた、いえ、飼われていたれいむのことです。
お爺さんが亡くなられた後、すぐにあなたの家に孫が来ました。
顔を俯け、悲しそうな表情をしていました。
葬式などのことを孫が片づけて(上手い言葉が見つかりません)いきました。
そして遺産存続の時、一人の男があなたの家に参りました。
一通の遺書を持って。
男がそれを読み上げたとき、僕は不覚にも笑ってしまいました。
何せ『遺産は全てれいむに』と聞いたものですから。
そのときの孫の顔を私は今でも忘れることはできません。
れいむは今、ブリーダーである僕の家に住んでいます。あなたが書いた遺書通りに。
れいむは相変わらず我儘三昧です。はっきり言ってムカつきます。潰してやりたくなります。
でも可愛くもあるんです。本当に子供みたいで、馬鹿で馬鹿で、本当に馬鹿で。
れいむにとって、僕は第二の奴隷だそうです。第一はお爺さんだそうですよ。
れいむにお爺さんが亡くなったことを伝えると、こう言っていました。
「ふん! どれいのぶんざいで さきにいなくなるなんて どうかしてるよ! くうきよんでね!」
本当に自分勝手な奴ですよね。
でもお爺さんがそれに救われたのなら、それでいいと思います。
最初の手紙なのでこれくらいにしておきましょうか。
ではまた盆の時にでも手紙を書きます。
れいむが歌手目指して奮闘中ですのでその推移、結果でも。
ではまた。
敬具
縁側でぼんやりと空を眺める妻の姿はもうない。春の陽気な日はいつもここに座っていた。
今日も春らしい世界が目の前に広がっている。けれどそこには誰もいない。
目の前で雀が一羽とまる。が、眼が合った瞬間、すぐに翼をはためかせて飛び去ってしまった。
一人息子は早く死んでしまった。四十の若さだった。
飲酒運転のトラックに巻き込まれての不運過ぎる交通事故。
車に乗っていた嫁も遠くへ行ってしまった。
そのとき、家で留守番をしていた孫も東京へ行くと言って上京して以来、連絡はない。
老人はふと空を見上げる。空は老人の心に反して快晴だった。
雲一つない青空。
今の自分の心に似ているかもしれないと老人は自虐的に笑ってみせたが、心は晴れることはなかった。
――畑に行こう。
農作業をして、気分を変えようと老人は思った。
このままいても気が滅入るだけだと、老人は帽子を被り外へ出た。小屋から農具を取り出し畑へ向かう。
畑は家の真後ろにあった。道路に面している小さな畑。
――ん?
トマトが栽培されている方で何か声が聞こえた。歳のせいで耳が遠くなったからか上手く聞き取れない。
老人は訝しみながら声のしたほうへ足を進めた。
「むーしゃむーしゃ、し、しあわせーーーっ!」
クリアになった声はそのような内容だった。老人の視線の先にはトマトにむしゃぶりつくれいむの姿があった。
それもひどく肥え、薄汚れた、世間的にでいぶと呼ばれるゆっくりが。
「おい、何しとるかね」
老人はれいむのもとへ走り、問い掛ける。
れいむは老人に気付くと逃げようとも謝ろうともせず、嫌悪感丸出しの顔で
「ゆっ! うるさいよ! いま せれぶなれいむは はいぱーむーしゃむーしゃたいむなんだよ!
わんらんくうえの しょくじで ほかのゆっくりに さをつけているさいちゅうなんだよ! くうきよんでね!」
と食べ滓を撒き散らしながら言い放った。
あまりの態度と言動に老人は怒りが発生するよりも可笑しくなった。
老人は噴き出しながら「判ったよ。どんどん食べなさい」とれいむに告げた。
「いわれなくてもたべるよ!
ここは じょうりゅうかいきゅうであるれいむの かくれがてきゆっくりぷれいすだから あたりまえだよ!
むーしゃむーしゃ、し、しあわせーーーっ!」
二つ目のトマトに食べかかったれいむを老人は孫でも見るような目で見つめていた。
事実、可愛い子供の扱いをしていた。
「美味しいかね」
「おいしいよ! でもれいむは あまあまのすいーつのほうが ごしょもうだよ!
じじいは そこでゆっくりしていないで きらびやかなれいむに みついでいってね!
なんなら どれいにしてあげてもいいのよ!」
的の外れた言い回しに老人は益々可笑しくなり、「はいはい」と言いながら、
茶の間へ行き、そこにあったイチゴ大福をれいむに渡した。
「むーしゃ、むーしゃ。………し、し、ししししししあわせーーーーーーーーーっ!」
身体から変な汁を飛ばしながら、悶えるでいむ。
下品に舌を長く伸ばし、眼の黒点を上にしながら、踊り狂う。
「そ、そんなに美味しかったのかね……」
老人は若干ひきながら、イチゴ大福をもう一つをれいむの前に投げてやった。
れいむは一つ目のイチゴ大福を食べ終わると、すぐにもう一つの方へ齧り付き、ものの数秒で拵えてしまった。
「げふう。ふん、まぁまぁのすいーつだったよ! たまには しょみんのあじも わるくないね!
これからは れいむのために たくさん たくさあん これいじょうのすいーつを ていきょうしていってね!
きょうから じじいのことを れいむのいちのどれいとして みとめてあげるよ!
おしみなく かんしゃしてね!」
言い終えると、れいむは歯を剥き出しにしながら、しーはーしーはーを始めた。
セレブとは程遠いその姿に老人は笑みを浮かべながら、「はいはい」とれいむの頭を撫でた。
が、すぐにれいむは退き、老人の手に体当たりをかました、
「どれいが れいむのからだにふれるなんて じゅうねんはやいよ!
れいむの うつくしく なまめかしいぼでぃに ふれていいのは こころにきめたまりさだけだよ!
みのほどをわきまえてね!
おおごえだしていたら ねむくなってきたよ!
れいむは すぺしゃるすーやすーやたいむに とつにゅうするから じゃましないでね!」
れいむはデンと近くにあった野菜に寝そべり、一分もしないうちに鼾をかき始めた。
急に静かな畑の中、老人はれいむを起こさぬよう静かに背を向け、農作業を始めた。
二時間ほど農作業し、れいむのもとへ戻ると、れいむは未だ眠っていた。
起こすのも悪いと老人は思い、れいむを畑に置いたまま家へもどり、昼食を摂った。
昼食を終えると、老人に睡魔が襲った。老人は食器を片づけた後、寝室へ向かった。
――食べた後の昼寝を咎める人はもういないんだよな
老人は横になり、眠りについた。
咎めながら、自分の横に布団を敷き、一緒に眠ってくれる妻の姿はそこにはなかった。
雨が降っている音で老人は目を覚ました。
外に洗濯物を干しっぱなししているという事実が老人の頭をすぐにクリアにし、老人は寝室を飛び出した。
慌てて全ての洗濯物を中に取り込み、額にかいた汗を拭った。
――すぐに気付いてよかった
雨は降り始めたばかりのようで、洗濯物の被害は微々たるものだった。
老人は洗濯物をたたむため、外履きを脱ごうとしたが、そこで何か忘れていることに気がついた。
――何か忘れているような……あっ!
老人は畑に置いたままのれいむのことを思い出した。
玄関脇に下げてあった傘を握りしめ、畑へ向かう。
「ゆがあああああああああ! おぎあがれないいいいいいいいいいいいいい!
うるわじいれいむを ゆっぐりざぜないあめざんはじねええええええええええええ!
だれがれいむをだずげろおおおおおおおおおお!」
れいむは眠っていた場所で未だ寝そべりながら、叫んでいた。
どうやらぬかるんだ地面のせいで起き上がれなくなってしまったようだった。
「おい、大丈夫か!」
老人はれいむを抱きかかえ、家へ戻る。玄関にれいむを置き、持ってきたタオルで身体を拭く。
「じじい! もとの びゆっくりにしてくれないと れいむおこるよ!
れみりゃもにげだす ありてぃめっとぷくーっしちゃうよ!」
「はいはい」と呆れながら老人は身体を丁寧に拭く。手間をかけさせる子だと老人は思う。
「ふん。ていぞくなどれいにしては なかなかきれいにしてくれたね!
でも れいむはまんぞくしていないよ! ばつとして このいえはれいむがいただくよ!
じじいは さっさと このいえから でていってね! ごびょうだけ まったあげるよ!」
身体を拭き終えると、れいむはそうのさばりだした。
これがおうち宣言なのかな、と老人はのんびりと考える。
「れいむ。私が出て行ったら、誰が君の世話をするのかね。雨が降っては一人で起き上がれない君だ。
誰かの助けが必要なんじゃないかね」
老人は汚れたタオルを丸めながら、立ち上がり、れいむに背を向ける。
それを見たれいむは出てしまってしまうと思ったのか、焦って老人の前に回り込んだ。
「ふん! ほうようりょくのある こころやさしいれいむは しょうがないから じじいをかってあげるよ!
これからは いだいなるれいむのために たくさんつくしていってね!
まずは きょうたべた すいーつでいいよ!」
「はいはい」
老人は廊下を渡り、洗濯カゴにタオルを投げ込む。その帰りに茶の間へ寄り、イチゴ大福を一つ握る。
――これから楽しくなりそうだ
老人は笑みを浮かべながら、れいむのもとへ歩を進めた。
空いていた四畳半の部屋をれいむに貸すことにした。
「さっぷうけいな へやだね! こんなのせれぶなれいむに ふさわしくないよ!
もっと ごーじゃすなへやを よういしてね! はやくしてね! ぐずはきらいだよ!」
れいむはそう言ったが、自分専用の部屋が嬉しいのか、笑顔で飛び跳ねていた。
老人はクローゼットからクッションを、納屋から古びた玩具が入った箱をれいむに与えた。
れいむはその度抗議の声をあげたが、眼は輝かせていた。
老人は「素直じゃない子だ」と微笑ましく思う。
れいむは老人の家に居続けた。
朝食、昼食、夕食とご飯を共にし、一緒にテレビも見たりした。
れいむの我儘に、老人は可能な限り従い、時に諌めた。
諌めるたび、れいむは激昂したが、人間相手にせいっさい出来ないことが判って以来それに従った。
れいむは一度、何故この老人が自分にゆっくりを提供してくれるのか考えたが、
それは自分があまりにゆっくりしているからだという結論で思考は停止した。
「じじい! このゆっくりふーどにも あきたよ! したのこえている びしょくかのれいむに
ふさわしいたべものを ていきょうしてね! まいにち けーきでいいよ!」
「鰹節でもかけてみるかの……」
「ふん! そんなものかけたって ぐるめのれいむは まんぞくしな……んまぁーーーーーーーーい!」
「ふふ。どこかで見たことがある光景じゃの」
老人は食べかすを撒き散らしているれいむを見ながら、この日常が長く続けばとそう願う。
妻を失って、寂しく辛い日々が続くのだとずっと思っていた。
けれど今は毎日が楽しいと老人は感じていた。
ゆっくりフードの上に再び鰹節を少しだけかける。
――長く続けばいい。
けれど、それは翌日になって少しずつ揺れ始めていた。
目覚めたとき、軽い眩暈がするのを老人は感じていた。
風邪かなと思い、額に手をあてるが熱はない。
布団から起き上がろうとすると、全身にひどく疲労を感じた。
身体が重いと老人は引き摺った形で洗面器へ向かった。
――れいむとご飯を食べてから病院に行こう。
老人はそう考えていた。
れいむとの朝食を終え、れいむが話してくれた、
『れいむが全世界を支配する』という話に元気をもらいながら、老人は近くの病院へ向かおうとした。
が、門の前に立つ一人の男によってそれは中断された。
「爺ちゃん。久しぶり」
東京に行くと言って以来、連絡のなかった孫がそこに立っていた。
スーツをキッチリ着込み、黒く光った髪が後ろに撫で掛けられていた。ポケットに手を突っ込み、煙草を燻らせていた。
「連絡もなしにごめんね。色々慌ただしくてさ。今大丈夫?」
孫が黒い手袋がはめられた右手で煙草をつまみ、老人の前へ歩みよる。
「……ん、ああ。大丈夫だ。ちょうど畑に行くところでね。ささ、中に入りなさい」
病院に行くのを諦め、老人は孫を茶の間に通した。
「懐かしいな。何年振りだろう」
孫からキョロキョロと辺りを見渡す。老人は孫の前に茶をコトリと置いた。
「で、どうしたんじゃこんな急に」
老人は探り合うのは面倒且つ心苦しいだろうと思い、率直に尋ねることにした。
早く済まし、病院に向かいたいのもあった。
老人の心情を察したのか、孫は顔を引き締め、居住まいを正した。
「爺さん。これ見てほしいんだ」
孫は持っていたバッグから数枚の用紙を取り出した。老人はそれを受け取り、眼を通す。
用紙には借金に関する文章が書かれていた。それも膨大な量の。
「つまりだ。私にこれを払ってくれと?」
老人は用紙をテーブルの上に置き、孫に訊いた。
「頼む! 爺さん! 会社の経営が危いんだ! 必ず! 必ず返すから!」
孫は額を畳につけ土下座をした。畳に載せられた左手もまた、黒い手袋がはめられていた。
「何故、こんな温かい春の日、手袋をはめているのかね」
「えっ! いや、その、け、潔癖症なんだ!」
「ああ、そうかい」
老人は孫に近づき、左の手袋抜き取った。黒い皮で覆われていた左手には指が四本しかなかった。
「なんで小指がないのかね」
「こ、これはその事故で……その……」
「ほうそうか。それは残念だ。で、会社経営が危いと言っていたな。どんな仕事をしているんだ。
具体的に話せるか? 家にはパソコンがある。調べてやるから早く話すといい」
「………ちっ糞爺が」
孫は不機嫌な顔を浮かべながら老人が取った手袋を奪い返し、部屋を出て行った。
呼吸が一つとなった部屋で、老人は盆の上に茶を二つ載せて、片づけた後、無表情のまま病院へ向かった。
簡易検査が終わった後、すぐに精密検査に移り、検査後、医者から短い余命を宣告された。
人生はよく判らない。そう笑い飛ばそうとしたが、笑えなかった。
「きょう ゆっくりが てれびで うたっていたけど れいむのほうが だんぜんうまいね!
れいむは かしゅに なることにしたよ! とっぷあいどるになって どれいをいっぱいふやすよ!
ゆうしゅうなどれいを あつめるつもりだから じじいは りすとらに あわないように きをつけてね!」
老人は自分が死んだ後のことを考えていた。
――私が死んでしまったら、れいむはどうなるだろう。
――どうすればれいむは幸せに過ごせるだろう。
――どうすれば……。
「じじいぃぃぃぃぃ! どれいのぶんざいで れいむのはなしを むしするなぁぁぁぁぁ!」
「ああ、すまんすまん」
老人はぼんやりとれいむの話を聞きながら、あることを決断していた。
そして、それが可能なのか、それに詳しい人間に明日尋ねに行こうと考えていた。
※※※
拝啓
お元気ですか。僕はそれなりに元気です。
さて突然ですが、世の中にはいろいろなアイデアが飛び交っているものですね。
この『天国への手紙』というシステムは中々面白いと僕は思います。
『天国への手紙』というのは、死んでしまった人に手紙を送るためのものです。
とある住所に手紙を送ると、その手紙を天国へ届けてくれるという、
まぁ言ってしまえば馬鹿馬鹿しいものですね。
けれどこうして伝えたい思いがあると、届かないと判っていても送りたくなるものです。
心のどこかで届くかもしれないとい考えているのかもしれませんね。
前置きが長くなりましたね。では本題に移りたいと思います。
お爺さんが飼っていた、いえ、飼われていたれいむのことです。
お爺さんが亡くなられた後、すぐにあなたの家に孫が来ました。
顔を俯け、悲しそうな表情をしていました。
葬式などのことを孫が片づけて(上手い言葉が見つかりません)いきました。
そして遺産存続の時、一人の男があなたの家に参りました。
一通の遺書を持って。
男がそれを読み上げたとき、僕は不覚にも笑ってしまいました。
何せ『遺産は全てれいむに』と聞いたものですから。
そのときの孫の顔を私は今でも忘れることはできません。
れいむは今、ブリーダーである僕の家に住んでいます。あなたが書いた遺書通りに。
れいむは相変わらず我儘三昧です。はっきり言ってムカつきます。潰してやりたくなります。
でも可愛くもあるんです。本当に子供みたいで、馬鹿で馬鹿で、本当に馬鹿で。
れいむにとって、僕は第二の奴隷だそうです。第一はお爺さんだそうですよ。
れいむにお爺さんが亡くなったことを伝えると、こう言っていました。
「ふん! どれいのぶんざいで さきにいなくなるなんて どうかしてるよ! くうきよんでね!」
本当に自分勝手な奴ですよね。
でもお爺さんがそれに救われたのなら、それでいいと思います。
最初の手紙なのでこれくらいにしておきましょうか。
ではまた盆の時にでも手紙を書きます。
れいむが歌手目指して奮闘中ですのでその推移、結果でも。
ではまた。
敬具