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anko3333 ジグゾーパズル(前編)
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『ジグゾーパズル(前編)』 38KB
制裁 思いやり 愛情 自業自得 お家宣言 野良ゆ 赤ゆ ゲス 透明な箱 現代 虐待人間 以下:余白
『ジグゾーパズル(前編)』
序、
市街地から少し離れた郊外に一戸建ての家があった。
外壁は白塗りで昔ながらの瓦造りの屋根。敷地内にはお世辞にも庭とまでは呼べない広さの空間が広がっており、これまた高級感を全く感じさせない小砂利が敷いてある。
窓は全て開け放たれており、初夏の風が家の中を吹き抜けていた。そして、薄ぼんやりとした陽射しの差し込むテーブル。そこで少女がテーブルに突っ伏して眠っていた。
年の頃は十七、八くらいで綺麗な黒髪のセミロング。白を基調としたプリントティーシャツとジャージを穿いて、足は裸足だった。
テーブルの傍らには小さなラジオが置いており、アナウンサーが今後一週間の天気を独り言のように喋っている。
ラジオのすぐ横には砂時計が置いてあり、その中の砂がさらさらと下に落ちていた。この砂時計は十分間かけて砂が全部下に落ちる仕組みになっている。
それから少しの時間が経って、砂時計の上半分に溜まっていた砂は空になった。
しかし、少女はテーブルに置いた自分の腕に顔をうずめたまま動かない。
しばらくして、少女がいるリビングとは別の部屋から少年の声が聞こえた。
「姉ちゃーん!」
「…………」
「おーい!!」
「……――ハッ!? やば……っ、火ィかけっぱなし!!」
慌てて飛び起きた少女がテーブルの縁に腰を思い切りぶつけながら、台所へと飛び込む。
ガスコンロの上に鍋が載せられていた。見れば、白い泡が吹きこぼれる直前である。すぐに火を弱めて、吹き上がった泡が沈んで行くのを見て、少女が思わず溜め息をつく。
「……セーフ……。ごめーん! ありがとう!!」
「いいよ、気にしないで」
離れた場所にいる弟と大声で会話を交わす少女。
少女は鍋の中で煮込まれていたジャガイモやニンジン、豚肉などをお玉でくるくると掻き混ぜると、すぐに反転して冷蔵庫の中からカレールゥを取り出した。
それをパキポキと折って鍋の中に入れる。それから五分程度、中火でルゥを溶かして味見をしてから蓋をした。
今日二度目の溜め息をつく。
少女は一度手を洗い、冷蔵庫の中から麦茶とコップを二つ持ってフローリングの上をぺたぺたと歩き出した。
「入るよー?」
「どうぞ」
別に扉が閉まっているわけではないが、部屋の中にいる少年に伺いを立てる。
少女が部屋の中に足を踏み入れると、真正面に置かれたベッドの上で彼女の弟がベッド備え付けの机の上で何か作業をしていた。
少年は姉が部屋に入ってきたのに気づきながらも、そちらの方には目を向けず一心に手を動かしている。
「いやぁ、ごめんごめん。ついウトウトしちゃってさ……」
「目覚まし時計を使えばいいのに。どうして砂時計なんて使って時間を計ろうとするのさ」
少女の言葉に少年が振り向かずに答えて、また質問を返した。
「だって……私、砂時計マニアなんだもん」
少女がぎこちない笑みを浮かべて答える。少年は小さく笑うと、考え込むように机の上を見つめて動かなくなった。そこへ少女が近寄っていく。
「また、ジグゾーパズル?」
「うん。お母さんが今度は二千ピースのパズルを送ってきたから。せめてお盆休みまでには完成させて、見せてあげたいと思って」
「趣味半分……いや、四分の三くらいの癖に」
「バレバレか」
少女の言葉に少年が笑う。仲の良い姉弟だった。二、三交わした会話で一度集中することを終えたのか、少年がようやく少女へと向き直った。
短髪に端正な顔立ち。肌の色はどちらかと言えば白く多少痩せてはいるが、不健康そうに見えるほどではない。見た目からして中学三年生くらいか。
少年が向かっていた机に目を向けると、大きなパズルの枠と五、六個の空き箱が見える。既にパズルの四方は完成しており、いよいよ内側に着手するというところだ。
「飽きないわねぇ」
「面白いからね」
「私はやったことないから解らないけれど、パズルをやるってどういう感じなの?」
「……そうだなぁ……。パズルってさ、ピースを嵌めていくまでは真っ白なキャンパスみたいなものでしょう?」
「まぁ、そうね」
「それにピースを一つ一つ嵌めていくとさ、まるで絵を描いているような気になれるんだ。僕は絵心が無いからパズルに描かれてるような絵は描けないしね」
「写真とか見ながらでも描いてみたら楽しいかも知れないわよ?」
「いや……。写真は一度見てしまえば、それは完結した景色と同じだから。僕が、その景色を実際に見たわけじゃないからね」
静かに語る少年は、伏し目がちに箱の中に色分けされたピースを一つ一つ手に取って、似たような色合いの所に置いたり離したりしている。
少女はそんな弟を横目で見ながら、パズルのキャンパスに目を向けた。それから指を差して、
「ここ、そのピースじゃないの?」
「ん? ……あ、本当だ。ありがとう」
「どういたしまして」
「こうやって、ピースを一つずつ嵌めていくのが好きなんだ」
「まぁ、それがパズルの醍醐味でしょうしね」
「ピースにもさ、小さな線とか色とか全部描いてあるんだ」
「完成したら一枚の絵になるんだから当然よね」
「姉ちゃんは夢がないな。例えばさ、今、姉ちゃんが嵌めたこのピース。ここで線が途切れてるでしょう?」
少年が指さすピースを見て、少女がこくんと頷いた。
「この線が、どこへ延びるんだろう。この線は、何を表現しているんだろう。そう考えながらピースを嵌めていくとね、まるで僕自身がこのキャンパスに描かれる景色を自分の
足で見に行っているような気になれるんだ。森の中を抜けたら海が広がっていた……とか、トンネルを抜ければ一面の銀世界でした……とか。パズルにはそういう楽しさがある
と思うんだ。それを考えれば、写真は誰かの目を通して見た景色でしかなくて、その景色を見るに至るまでの過程が分からない」
「……我が弟ながら、なんというか特殊な感情の持ち主だねぇ」
「あはは。結局、パズルをやる人間の目的なんてそれぞれだよ。僕はたまたまこういう考え方をしているっていうだけでさ」
「でも、パズルって箱に描かれた写真とか絵を参考にしながら完成させていくものでしょ? だったら、どんな風景なのかは分かるんじゃないの?」
「うん。だから、僕はお母さんに頼んで、枠とピースだけを送ってもらうようにしてるんだ」
「――え? もしかして、今までずっとそんな風にやってたの?」
「ここ二、三回くらいだから姉ちゃんは知らないと思うよ。これがなかなか難しくてさ」
当然だ。難しいなんてものではないはずである。完成形が分からないまま、わずか二センチ弱のピースを二千個も組み合わせていくのだ。
目を丸くしていた少女がやがて納得したように頷いた。
確かにこれなら自分がまだ見ぬ景色を求めて歩いているような気持ちになれるかも知れない。
少年は小さな頃から冒険家になりたいという夢を持っていた。しかし、現実は約十年間も続くベッドの上での生活。ベッドの横には車椅子が置いてあった。
少年は幼い頃に大病を患った。その時の後遺症からか、下半身が麻痺して動かなくなってしまったのである。
不幸は追い打ちをかけるように続き、姉弟の父親は出勤途中に交通事故で他界した。
以来、母は家庭を支えるためにほとんど出稼ぎに近い形で出張を繰り返し、激務をこなしていた。二ヶ月に一度帰ってくることがあるかどうか、である。
一方で少女は家事全般を任され、ほぼ弟と二人暮らしだ。
もう何年も前だが、少年は自殺を図ろうとした。自分が一家にとって重荷になっているのが耐えられなかったからである。
なんとか一命を取り留めた少年は、母と姉に頬を打たれた。「お願いだから生きて」と。「お母さんをこれ以上悲しませるな」と。
やがて少年は現実を受け入れた。それからは卓上旅行が趣味になった。
小説や世界の旅行ガイド等を読んで、まるで自分がその場所に行っているかのような錯覚を楽しむ。
しかし少年は、楽しみながら時々泣いていた。この石造りの道路を歩いてみたい。山の新鮮な空気を吸ってみたい。透き通るような水に触れてみたい。
いつからか、そんな事ばかりを考えるようになった。
それに気付いた母親は、ある時決して多くはない給料の中から五百ピースのジグゾーパズルを買ってきた。
それは水平線の向こうに夕日が沈む様子を描いたもので、少年はその絵をぼんやりと見ながら初めてのパズルに取り掛かったのである。
少年はすぐに夢中になっていた。ピースを嵌めていくことはパズル初心者にとって決して容易ではない。
あーでもない、こーでもないと思考を巡らせることで、感情を沈ませる時間が減っていった。一人だと全てを悪い方向に考えてしまいがちなのは、誰でも同じなのだ。
母親がそれを意図してパズルを送ったのかは定かではないが、とにかく少年はパズルを組み立てて行くことで彼の世界に安寧を得ることができた。
「麦茶、ここに置いとくね。お腹が空いたら教えて。もう、カレーはできてるから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
少年はそう言いながら、コップに口をつけてまたすぐにパズルへと向き直る。
頭の中でこれから描かれるであろう風景を想像して、楽しんでいるのだろう。とても穏やかな表情でピースの入った箱に手を伸ばした。
一、
少年が二千ピースのパズルに着手してから一ヶ月半が過ぎた。
昨夜、母親から姉の携帯電話に連絡があり、来週末には帰宅できそうだとの報せがあった。
例のパズルは八割がた完成しており、後は中央にできた空白を外側から埋めて行くだけである。少年ほどの実力者なら、一週間もあれば十分に完成するだろう。
少年はパズル上級者と肩を並べても遜色ないほどの実力を持っていた。
二千ピースなら、まともにやっても完成させるのに半年以上かかる事だって珍しくない。中には完成できずに諦めてしまう者もいるほどだ。
完成間近のパズルを少女が覗き込む。
「へぇ……。でも、これはどこかしらね? 周りを見る限り、日本百景みたいなすごい風景には見えないんだけど」
「確かにそれは僕も思っていたよ。日本の名所とかは大体、本や写真で見たつもりだったけど、ここはどこかが解らないな」
「世界は広いって事かしら」
「そうだね。僕が見たことない絶景なんてまだまだたくさんあるだろうしね」
少年が遠くを見つめるような目で部屋の壁の向こう側に視線を送る。少女もつられてそちらに目を向けた。二人で小さく笑う。
リビングに掛けてあった時計の音が一度だけ鳴った。午後一時だ。今日は土曜日で少女も学校は休み。タイムサービスを狙って買い出しに行く予定だった。
少女は一度台所に戻り、冷蔵庫を開くとその中からシュークリームを取り出した。それを少年のベッド脇に置かれた小さな戸棚の上に置く。
「それじゃあ、行ってくるね。今日は肉じゃがを作るから。夕方までには戻るよ。シュークリームは食べ終わったら、お皿をそこに置いといてね」
「うん。行ってらっしゃい」
少女が慌ただしく家を出て行く。少年は少女のバタバタという足音を聞きながら、今度は一人で小さく笑った。
急に家の中が静かになった。少年は一人でパズル製作に集中していたし、そういう時に彼は音楽やラジオを聞いたりはしない。集中できなくなるという理由だ。
ただ、シーツの衣擦れの音と残り四百ほどのピースに手をかけたときの音だけが静まり返った部屋に響く。
理由は分からないが、ピースは次々と嵌めこまれていった。やたらと調子がいい。パズルをやっていれば、そういう事はたまにある。
少年はまるでピースの一つ一つに手招きされるように、箱の中の山から選んだピースを掴んでいった。
しばらくすると、パズルの中央に四足の靴が並んだ。
(……え?)
風景の写真だとばかり思い込んでいたこのパズルに、突如として人物が現れたことに驚きを隠せない。
それでも、心の奥底は澄んだ湖のように落ち着いていて、ピースはどんどんその周囲を埋めていった。まるで、パズルそのものが自身の完成を強く望んでいるかのように。
一人目の人物が完成したとき、少年は思わず手を止めてしまった。
(小さい頃の……僕だ)
そこから無意識に組み込まれていくピースの一つ一つ。
少年は四つ並んだ靴の一番左側にいた。程なくして一番右側の人物が完成する。それは姉の姿だった。では、この中央の人物二人は……。
(お父さんと、お母さん……?)
パズルのキャンバスの中にいる少年と少女の頭の上には、周りの景色とは明らかに違う線が引かれていた。そして、それが文字であることに遅れて気付く。
(何て書いてあるか……今の状態じゃ判らないな……)
まるで時が止まってしまったかのような感覚。これはどう考えても市販のパズルではない。すぐに母親の顔が頭をよぎった。
色々な考えが心の中で混ざり、コーヒーとミルクのように溶け合う。
そんな時だった。
ガラス戸に何か当たったような音が聞こえた。カシャン、カチン……とまるでガラスに小石でもぶつかったかのような音だ。
少年が思考を巡らせるのをやめて、音のする方向へと顔を向けた。しかし、顔を向けては見たものの、その音を少年は大して気にしていなかった。
ガラス戸の上にある雨樋の一部には小鳥が巣を作っている。そのため、ガラス戸に小鳥がぶつかってしまうことがあるのだ。
少年は「いつものことさ」と心の中で笑いながら、再びパズルのキャンバスへと目を向けた。
そのとき。
「ゆふーっ! やっと、おうちのなかにはいれたのぜ!」
「ゆーん! さすがはまりさだねっ!! ほら、ちびちゃんたち、まりさおかあさんがあたらしいおうちのいりぐちをつくったよ!」
「ゆっくちぃぃ! さしゅがはまりしゃのおきゃーしゃんなのじぇ!!」
「ゆぴぃ! れーみゅも、れーみゅもぉぉ!! おうちにはいらせちぇにぇ!!」
甲高い四つの声が耳に届いた。
少年はすぐにそれがゆっくりの声だと理解して、手に持っていたピースを空き箱の中に戻す。
家の中に侵入してきたのは四匹の野良ゆっくりだった。親れいむ、親まりさ、赤れいむ、赤まりさ。言わずと知れたスタンダードな家族構成だ。
四匹は、広々としたリビングをぐるりと見渡して、嬉しそうに笑った。
「ゆーん。ここは、ひろくてゆっくりできるね!!」
「まりしゃおきゃーしゃんが、おうちにはいりゅばしょをみちゅけてくれちゃかりゃだにぇ!」
親れいむと赤れいむがはしゃぎながら互いの揉み上げをハイタッチでもするように、ぺちんと打ち当てる。
この野良一家は網戸を突き破って家の中に入ってきた。
既に七月中旬。窓を網戸にして風通しを良くしている家は多い。少年と少女は、少しでも冷房代の節約をするために、窓を開けて今日まで過ごしてきたのである。
それが仇となった。都会ではガラスを割ってでも人間の家に侵入してくる事もある野良ゆっくりだ。網戸を突き破るなど造作もないことだったであろう。
少年は部屋の壁に掛かった時計に目を移した。少女が家を出て行ってまだ三十分も経過していない。帰ってくるのはやはり三十分後かそれ以上の時間のはずだ。
「ゆわぁぁ! やわらかいんだじぇっ! ぴょんぴょんすりゅんだじぇっ!!」
「ゆっくちぃ! たのちぃにぇっ! れーみゅ、おしょらをとんでりゅみちゃいだよっ!」
親れいむと親まりさに乗せてもらったソファーの上でぴょんぴょんと飛び跳ねる赤ゆたち。ソファーのバネが自分の体を弾ませるのが楽しくて仕方がないらしい。
「それじゃあ、まりさはちょっと、ごはんさんをみつけてくるのぜ」
「ゆゆーん。そうだね。まずはれいむたちのおうちのなかにあるごはんさんのあるばしょをはあくしないといけないねっ!」
「「ごはんしゃんっ! ごはんしゃんっ! ゆっくち~~♪」」
ご飯という素晴らしい響きに二匹の赤ゆが調子っぱずれな節を取って歓喜の歌を歌った。その愛らしい歌声に口元を緩める親ゆっくりたち。
親まりさは野良生活で鍛えたあんよを使って、ぴょんぴょんリビングを跳ね回って、椅子を経由してテーブルの上に登ったり、ゴミ箱をひっくり返したりしていた。
だが。しばらくして親まりさが癇癪を起こした。
「ゆっぎぃぃぃぃ!!! なんなのぜぇ、このやくにたたないおうちは!! ごはんさんがどこにもみあたらないんだぜっ!!!」
「ま、まりさぁ。ゆっくり。ゆっくりぃ……。ごはんさんはゆっくりさがせばいいよ! まずはちびちゃんたちをすーやすーやさせてあげようよ」
「ゆ? それもそうなのぜ。ちびちゃんもあんよをうごかしっぱなしだったから、つかれてるはずなんだぜ」
「そうだよ。ちびちゃんがすーやすーやしたら……まりさ?」
艶っぽい表情を浮かべた親れいむが親まりさの傍に、つつっと寄ってそっと頬を摺り寄せる。親まりさはすぐに頬を染めて、「ゆふん」と息を荒くした。
新居を手に入れた記念に、新しい子供を作ろうと言うのだろう。この広さのおうちであればより多くの子供を育てることができる。より、ゆっくりすることができる。
ソファーの上でたむたむとバウンドし続ける赤れいむと赤まりさに対して親まりさが高らかに宣言した。
「ちびちゃんたち! そこはちびちゃんたちのおへやにするよっ!!!」
その言葉に二匹の赤ゆが目を輝かせた。それは姉妹にとって専用のゆっくりぷれいすが与えられたということだ。互いの顔を見合わせる二匹。
そして。
「ゆ、ゆわぁぁぁ。 れ、れーみゅ、ここでしゅーやしゅーやすりゅよっ!」
「ま、まりしゃ、ここをおといれしゃんにすりゅのじぇっ!! きゃわいいまりしゃがちーちーすりゅのじぇっ!! ちー……、ちー……。……しゅっきりーーー!」
幸せそうな顔をしてしーしー穴から砂糖水を飛ばす赤まりさ。ソファーは赤まりさのしーしーを吸ってシミになり、甘い香りがふわりと漂った。
それからソファーの中央あたりにずりずりと這い寄って、互いの頬をくっつける。それから二匹はにっこりと笑い合ってすぐに眠りについてしまった。
「やっぱりつかれてたんだね……」
「そうなんだぜ……」
「それじゃあ、まりさ……ちびちゃんたちに、かわいいいもうとたちをたーくさん、つくってあげないといけないね」
「れいむは、きがはやいのぜ……? ちゃんとおひさまさんがさよーならーしたら、あいてをしてあげるから、まずはいっしょにごはんさんをさがすんだぜ」
「ゆふふ……ゆっくりりかいしたよ」
親まりさは屹立したぺにぺにを隠そうと前のめりになるような姿勢でフローリングの上を這い始めた。
それを見て親れいむがもじもじしながら、あんよの辺りをぐねぐねと動かす。
(まりさのをみてたら……れいむのまむまむ、しっとりさんだよ……)
二匹が家探しを開始して十分。先ほどの親まりさ同様に親れいむも癇癪を起こした。
しっかり者の少女が整理整頓をしているこの部屋の中に、そうそう簡単に食べ物などが置いてあるはずがない。全て戸棚や冷蔵庫の中だ。
それでもなんとか食べ物を得ようと室内を漁るものだから、部屋の中はあっと言う間にゴミだらけになってしまった。
しかも、野良生活で泥や埃にまみれ、生ゴミを食い漁ってきた野良一家の顔やあんよは想像を絶するほどに汚い。
ソファーはもちろん、絨毯や床、壁にいたるまで全てが黒く染められていた。
腹いせに破り捨てた新聞紙や引っ張り出した雑誌やプリント類。コードにあんよを引っ掛けてしまったのかテーブルの上にあったラジオが床に落ちて壊れていた。
親れいむと親まりさは二匹揃って大粒の汗を流しながら、「ゆふぅ、ゆふぅ……」とお互いの努力を認め合っていいる。
「こんなにさがしてもみつからないなんて、おかしいのぜ……」
「ゆぎぃ……れいむ、もうつかれちゃったよ! おなかもぺーこぺーこだよ……」
「まりさもなんだぜ。しばらくやすんでから、もういちどだけがんばってさがしてみるのぜ」
「ゆっくりわかったよ……まりさ、どこにいくの?」
「ちょっと、うんうんしてくるのぜ」
そう言ってずりずりと移動を始める親まりさ。しばらくして親まりさがそのあんよを止めた。
目の前にまだ行ったことのない場所がある。親まりさはそこへ向かって無意識に進んでいた。そこは少年の部屋である。親まりさがそこにあんよを踏み入れた。
ベッドの上の少年と親まりさの視線が交錯する。親まりさはぽかんと口を開けていた。
そしてすぐに威嚇を始めた。
「ぷっくうぅぅぅ!! ここはまりさたちのゆっくりぷれいすなんだぜっ!! にんげんさんはさっさとでていくのぜ!!!」
間髪入れずにお決まりの台詞を吐く親まりさ。何事かと心配そうな顔をした親れいむがすぐに隣に現れた。そして、やはり同じように頬を膨らませる。
「ぷくーー!! れいむとまりさの、あいのすに、どうしてにんげんさんがいるのぉぉ?! はやくでていってね! すぐでいいよ!!」
二匹は威嚇行動を行ったまま、そこから動かない。とは言っても、少年もベッドの上から動くとはできない。
傍らに車椅子が置いてあるものの、これに乗るには少女か母親の助力が必要だ。
たとえ乗れたとしても、その体勢で親れいむと親まりさをどうこうするのは難しい。少年は「どうしたものか」と少女の帰りを待っていた。
不意に、親まりさがぴょんぴょんとベッドの傍へと跳ねてきた。そして、自慢の跳躍を活かして、ベッドの上に飛び乗る。
少年は親まりさの突然の行動に目を丸くして、対処が遅れてしまった。その親まりさがベッド備え付けの机の上に飛び乗った。
製作途中のパズルの上に着地した親まりさは、まるでガンを飛ばす街のチンピラのような目つきで少年を睨み付けた。
「ゆああぁん? なにをやってるのぜ? このくそにんげん……。まりさがでていけといったら、さっさとでていくのぜ?」
「れいむのだーいすきなまりさは、みんなのなかでけんかがいちばんつよいんだよっ! にんげんさん、わるいことはいわないからおとなしくいうことをきいたほうがいいよ!」
「ゆっへっへ。やめてあげるんだぜ、れいむ? このにんげんはまりささまがこわくて、すこしもうごけないみたいなんだんぜ?」
親まりさがパズルの上で向きを変えるたびに、薄汚れたあんよが造りかけの風景画を汚していく。
少年が慌てて親まりさを机の上から下ろそうとした。それに気付いた親まりさが素早く少年の伸ばした手を回避する。
その際に、残ったピースの山が箱ごと親まりさのお下げで吹き飛ばされてしまった。色分けして置いてあったピースがバラバラになって床にパラパラと落ちて行く。
少年が思わず目を見開いた。なおも親まりさはあんよの下にあるパズルを「じゃまなゆかなんだぜ!」と叫びながら壊していった。
「や、やめろよっ!!!」
温厚な少年が親まりさの左頬を右手で思い切り殴った。
「ゆ゛ぶる゛ッ!?」
少年の拳が親まりさの柔らかい頬を捉えた瞬間、その小憎たらしい笑みを浮かべる表情が一瞬で崩れ、ベッドの上から宙に投げ出される。
そして、床で額を強打した親まりさがその場でごろごろと転がりながら「ゆぎゃああぁぁ」と叫び声を上げた。
親れいむが泣きそうな顔で親まりさに這い寄ってくる。
「ゆわぁぁ!? まりさ、まりさぁ! ゆっくり、ゆっくりだよぅ!! ぺーろぺーろ……」
苦痛に打ち震える親まりさの左頬をぺろぺろと舐める親れいむ。それから顔を上げた親れいむは、親の仇を見るような目で少年を睨み上げた。
少年はと言うと、半分ほど崩されてしまったパズルのキャンバスを見て茫然とした表情を浮かべている。
親れいむは、自分たちの事など歯牙にもかけぬ少年の態度に対して大いに腹を立てた。
「このくそにんげんッ!! よくも、まりさをぉぉ!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、ベッドの上に飛び乗り、そのまま傍らに置いてあったシュークリームの皿が乗った戸棚に飛び移った。シュークリームの皿が床に落ちる。
そして、鬼のような形相の親れいむが少年の脇腹目がけて渾身の体当たりをぶちかました。その衝撃で跳ね返った親れいむが床に叩きつけられ、三回転ほどして止まった。
目にうっすらと涙を浮かべながら、親れいむが挑発的な口調で少年に向かって言葉を発する。
「どう!? おこったれいむはつよいんだよ!? ほんきになってごめんねっ!? いまならゆるしてあげるから、さっさとここを……」
「だから、くそにんげん~~~ッ!! まりささまたちをむしするんじゃないのぜぇぇぇぇ!??」
回復した親まりさが咆哮を上げた。
しかし、少年はそれどころではないと言った様子で床に落ちてしまったパズルのピースを集めようと手を必死に伸ばしていた。
親れいむと親まりさは少年のその必死な態度が余計に気に入らなかったのだろう。本来なら、その必死な態度は自分たちに向けられて然るべきだ。
親まりさは少年に気付かれないようにベッドの下に潜り込んでいった。
そして、少年の伸ばした手と、その先にあるパズルのピースに向かってしーしーを放った。
ご満悦な表情の親まりさのしーしー穴から噴出された薄汚い砂糖水が少年の手と残りのピースにびちゃびちゃとかかる。
少年は思わず、手を止めてしまった。
「ついでにうんうんもしてやるのぜっ! ゆぐ……ぐぐ……うんうんでるのぜっ!!!」
親まりさのあにゃるから三センチほどうんうんが顔を出したところで、少年がその薄汚れたお下げを思い切り掴んでそれを持ち上げた。
「う゛ぎゃあ゛あ゛ぁ゛?!! い゛だい゛んだぜぇ゛ぇ゛ッ!!?」
「う、うわぁぁ!! まりさ、まりさーーっ!!」
出かけていたうんうんがあにゃるの中に、きゅっと引っ込んだ。宙吊り状態の親まりさは今にも引き千切れそうなお下げの痛みに苦悶の表情を浮かべている。
少年はその親まりさを前方の壁に向けて思いっきり叩きつけた。
「ゆ゛ぼぉ゛ッ?!!」
頭頂部を壁に激しくぶつけた親まりさが床にぽてっと落ち、びくびくと痙攣を起こしていた。そのときに前歯を折ってしまったらしく、金平糖の歯が一つ床に転がっていた。
親れいむは大泣きしながらなかなか起き上がれないでいる親まりさに跳ね寄って、その周囲をぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「まりさぁ!! しっかりしてよぉ!! どぼじでごんな゛びどいごどずる゛の゛ぉ゛!? れいむだぢだって、ごんなごどざれだら、いだい゛んだよぉぉ?!!」
少年は戸棚からタオルを取り出して、親まりさの垂れ流した汚水を丁寧に拭き取った。そして、砂糖水まみれになったパズルのピースを一つずつ拾っていく。
親まりさが汚いあんよで踏みつけたピースは所々が折れ曲がり、砂糖水と泥や埃が混ざって色がくすんでしまっていた。
それをなるだけ丁寧にタオルで拭き取っていく。
「くそっ……何でこんな……っ!!!」
ようやく完成間近になったパズル。これが単なる風景の写真ではないことがわかり、恐らくは母親からのメッセージであろう文字の存在に気付いた矢先にこれだ。
苦々しげに床に突っ伏する親まりさを睨み付ける。その時、少年が思わず口を開いてしまった。
親まりさがぷりんぷりんと動かす尻に、パズルのピースが一つへばり付いていた。何かの拍子で砂糖水を染み込んだピースが親まりさの尻にくっついたのだろう。
そして、少年が声を発する前に、親れいむがそのピースの存在に気付いた。それを外そうと親まりさの尻に舌を当てる。
「待て……っ!!」
思わず、ベッドから飛び起きようとした。
「うわ……ッ」
無意識だったせいか、少年はそのままベッドの下に転がり落ちてしまった。腕を打ってしまったらしく鈍い痛みが走る。
親れいむは親まりさからピースを外してそれを舌の上に乗せていた。そして不思議そうに「これはなんなの?」などと小首を傾げるような仕草をする。
しばらくしてから、親れいむの表情が変わった。
「これは……あまあまのあじがするよっ!!」
「――ッ?!」
親まりさのしーしーがかかっていることなど知らない親れいむにとって、舌の上のピースは砂糖水の染み込んだ“あまあま”と映った。
少年の顔から血の気が引く。手を伸ばす。しかし、届かない。足が動かないせいでその場から移動することができなかった。
「――むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!」
親れいむが涙目で歓喜の声を上げた。親れいむの舌の上に乗っていたピースは既にそこにない。あろうことか、親れいむの腹の中だ。
「ゆぐぐ……ゆ? れいむ、れいむなのぜ?」
「ゆっくり~~♪ まりさ、おめめがさめたんだねっ! よかったよぅ! よかったよぉ!」
「ゆぐぅ……おかおがいたいんだぜ……。それに、なんだかきぶんがわるいんだぜ……」
まだ意識が朦朧としているらしい親まりさが焦点の定まらぬ両の目を親れいむに向ける。
親れいむは親まりさの無事を確認した後は、ベッドから転げ落ちた少年に向き直った。親まりさもそれに倣う。それから、親まりさが目を丸くした。
「あのくそにんげん……。れいむがやっつけたのぜ?」
「ゆ? そうだよ。ほんきになったれいむには、あんなよわいにんげんさん、いちころだったんだよ!!!」
「おお、あわれあわれ。おまえみたいなくそにんげんは、むのうなごみなんだぜ!!」
少年の指がぴくりと動いた。無能なゴミ。たかだか野良ゆっくりの言葉と言え少年の心にそれが重くのしかかる。合わせて浮かぶ、姉と母の顔。
拳を握りしめて、唇を噛み締めた。それから動かない足を何度も何度も殴りつけた。
「ちくしょうっ!!! ちくしょうっ!!!!」
「ゆっへっへ。なんなのぜ、あのくずにんげんは? いきなり、じぶんにいたいいたいをはじめたのぜ? あたまがくるってるのぜ?」
「ゆぷぷ。れいむにやられちゃって、くやしいだけだよ、きっと。れいむ、つよすぎてごめんねっ!?」
少年は泣いていた。野良ゆっくりに罵倒されたからではない。
自分自身が不甲斐なくて悔しくて悔しくて堪らなかった。
母が用意してくれたパズルは壊され、ピースの一つは親れいむの腹の中。姉が置いていったシュークリームは床にぶちまけられ、侵入してきた野良ゆっくりすら撃退できない。
忘れかけていた……或いは忘れようとしていた昔の感情が沸々と沸き上げる。
(僕は……なんて、役に立たないヤツなんだ……)
親れいむと親まりさの勝ち誇った嗤い声が部屋の中に響いた。
しばらくして、親まりさの容体が再び悪くなってきた。今度は中身の餡子が尽きようとしているのだろう。
親れいむはすぐに床に散らばったパズルのピースに向かってあんよを進めた。それに少年が気付く。ピースが落ちているのは少年の位置からベッドを挟んで反対側。
「ゆっくり~。まりさ、まっててね。すぐにれいむが、おいしいあまあまさんをたべさせてあげ……――」
「――何が、あまあまさんだ……この糞饅頭」
「ゆ゛げぼぇ゛え゛ぇ゛あ゛ぁぁ゛ッ!!???」
二、
今日一番の悲鳴が少年の部屋に轟いた。
親れいむはベッド下付近で悶絶してごろごろと転げ回り、たまにびたーんびたーんと自身の後頭部を床に叩きつけていた。想像を絶する一撃が親れいむを襲ったのだろう。
少年が顔を上げると、そこにはデッキブラシを持った少女が仁王立ちしていた。先端のブラシが取り付けられた角材部分で親れいむの脳天にそれを叩き込んだのである。
「姉ちゃん……っ!!」
「まったく、ベッドから落ちるなんて無茶しすぎよ。どこも痛くない? あとでお姉ちゃんが診てあげるからね」
「この……くそばばあっ!! よくも、れいむをゆ゛ぶる゛ぇ゛ぇ゛……ッ!?? ば、ばでぃざ、づぶれる゛……い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
少女は親まりさの左頬を僅かに中心を外して踏みつけていた。そのせいで親まりさの頬は変形し、少女の足の裏と床で強く挟み込まれるような形になっている。
潰さず、千切らず、しかし身動きは取らせず。絶妙な力加減で親まりさに苦痛を与えながら拘束する少女。
デッキブラシの先端を親まりさの顔の中心辺りに、気絶しない程度に何発も叩き込んでやった。
「ごぼッ?! や゛、や゛べで……ゆ゛ぎぃッ!?? あぎぃ……ひぐぅッ?!!」
「情けない声出さないでよ。さっきまでの威勢は、どうしたの……よっ!!!!」
足を離して今度はデッキブラシをゴルフクラブのように扱い、またも先端で親まりさの後頭部にそれを打ち込んだ。
「おぞらを……ゆ゛べしッ?!!」
一瞬、宙に浮いた親まりさがすぐに壁に叩きつけられた。本日二度目となる壁との濃厚なちゅっちゅである。
虫の息の親まりさの前まで悠然と歩いていく少女。手にしていたオレンジジュースの蓋を開けて、それをばちゃばちゃと親まりさの頭にかけた。
その様子を不思議そうに見つめている少年。
しばらくして、親まりさがびくびくと身を震わせながら起き上がった。しかし、すぐに痛みが襲ってきたのか、また「ゆぐぅ」とうずくまる姿勢を取る。
「姉……ちゃん……?」
「あー……えーと、お姉ちゃんが来たからにはもう大丈夫よ」
「ど、どういうこと?」
「今さら、隠しても仕方ないから言うけどね……」
ぐったりしている親まりさと親れいむの髪の毛を引っ掴んで乱暴に持ち上げる。泣きながら身を捩らせしーしーを垂れ流す二匹を宙吊りにして少女が恥ずかしそうに呟いた。
「――実は私ね、虐待お姉さん、なの」
「虐待お姉さん……、って、何?」
少年は、姉である少女に質問をした。
少女の親れいむと親まりさを掴んで悠然と立ち尽くすその姿は、まるで敵将を討ち取った一騎当千の戦国武将のようである。
少女は尚も恥ずかしそうに二匹を床に叩きつけて気絶させた。殺さない程度に気絶させ、中身すら吐かせないそれはとてつもなく熟練したテクニックだ。
それもそのはず。少女のゆっくり虐待歴はこの歳にして五年である。いくら大好きな母と弟の為とはいえ、青春を家事に追われてたくさんの我慢を強いられてきた少女だ。
相応のストレスが溜まっていたはずである。そして、そのストレスの矛先は野良ゆっくりへと向けられた。
初めて野良ゆっくりを潰したのは中学一年の夏。恐怖と狂気が入り混じったような、不思議な昂揚感と達成感を感じた。そして、心がすーっ、と晴れていくのも感じた。
もともと素養があったのだろう。少女はあっと言う間に虐待お姉さんの階段を上り始めた。
デッキブラシを杖代わりにして手を置き顎を乗せる。少女はその姿勢のまま、ぽすん、ぽすん、と親まりさの突っ伏した頭を蹴りながら言葉を繋いだ。
「……お母さんにも言ってないんだ。まぁ、あれだよ……。あんたやお母さんの前では“優しいお姉ちゃん”を演じていたかったんだろうね」
バツが悪そうな顔をして、少年の顔を見ないようにしながらそう言った。それから。
「幻滅したでしょ? 自分のお姉ちゃんがさ、ゆっくりを虐待して楽しんでるなんて知って」
少女はなおも親れいむの頭をぎゅむっ、と踏みつけながら俯いた。それからしばらくして顔を上げ、真っ直ぐに少年を見つめる。
「幻滅してもいい。でも、私の大好きな弟に手を出したこいつらは……私の手で殺させて。死んだ方がマシだ、っていうぐらいに苦しめてみせるから……っ!!」
「姉ちゃん……別に、僕は幻滅なんてしてないよ……。姉ちゃんが、これからこいつらに何をしようが全然構わない、って思ってる。ただ……」
「ただ……?」
少年の言葉に少女が不安そうに尋ねた。
「そこの、れいむ種のゆっくりが……作りかけのパズルのピースを一つ食べたんだ。それだけは、何としてでも取り返してほしい」
「そう。じゃあ、その後は私が好きにしていいのね? ああ、安心して。ちゃんとパズルのピースは取り戻すわ。……どんな手段を使っても」
「ありがとう、姉ちゃん」
「……お母さんには内緒にしてくれる?」
「もちろんだよ」
「ありがとう。さすが私の弟ね!」
にっこりと笑う少女。その笑顔の裏にはどんなどす黒い感情が渦巻いているのだろうか。
少女は自分の部屋に隠していた透明な箱を取り出すと、気を失っている親れいむと親まりさをその中に放り込んで鍵をかけた。
さて、これからどうしてやろうかと思っていると、ソファーの上で気持ちよさそうに眠っている二匹の赤ゆを発見した。
破られた網戸と、先ほど閉じ込めた二匹のミニチュア版であるこの赤ゆたちを見て、少女はこの二匹にも死んでもらうことにした。
二匹の赤ゆを起こさないようにそっと抱き上げ、親れいむと親まりさを閉じ込めた透明な箱とは別の透明な箱にそれを入れる。
少女は、少年にそのパズルを早く完成させるように命じた。素直にその言葉に従う少年。
来週末に帰ってくる予定である母親に完成したパズルを見せたい一身で、少年はそれを受け入れた。パズルに描かれた写真の全貌とメッセージも気になるところだ。
姉弟はそれぞれ適材適所に、これからの互いの役割を分担した。
パズル上級者の少年は、一刻も早いパズルの完成を。虐待お姉さんの少女は、薄汚い野良ゆっくりへの制裁を。
少年はすぐにパズルに取り掛かった。砂糖水まみれになったパズルのピースは乾かすために一ヶ所に纏められている。それ以外のピースを埋めて行く作業に入った。
一方で少女はすぐに包丁やピンセット、果物ナイフとまな板を取出し、親れいむが飲み込んだパズルのピースの摘出作業の準備を始める。
その下準備として気を失って微動だにしない親れいむの口に、高濃度ラムネ水を無理矢理飲ませた。
無言のまま苦痛に歪んでいた表情は少しの時間を置いて、安らかな寝顔に変わっていき、「ゆぅ、ゆぅ……」と寝息を立て始めるまでに至る。
少女はリビングに置いてあるテーブルの上に、親れいむを仰向けにしてまな板の上に乗せ、両方の揉み上げを釘で打ち付けて固定した。念を入れてリボンにも釘を打つ。
まな板の上に固定された親れいむはさながら磔の刑に処された罪人のようである。しかし、その表情は緩みきった寝顔だというアンバランス感。
少女は傍らに置いていた包丁を手に握ると、実にナチュラルな手さばきで親れいむの下腹部を引き裂いた。
瞬間的に親れいむが目を見開き、数秒の時間差を開けてとてつもない絶叫を上げた。
「ゆ゛っぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!!!」
その断末魔にも等しい金切り声に親まりさ、赤れいむ、赤まりさがびくぅっ、と体全体を跳ね上げて飛び起きる。
「ゆ!? まりさのおさかなさん、いったいどこにいったのぜ?!」
「ゆぴぃ!?」
「い゛だい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!! でいぶのがわ゛い゛ぃ゛お゛がお゛がぅ゛わ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁあ゛!!!」
まな板の上でのたうち回ろうとしている親れいむ。しかし、複数個所を釘で固定された親れいむに足掻き苦しむ術はない。
ただただ、顎からあんよにかけて皮を切り開かれた激痛に耐えるべく、舌を伸ばし涎を垂らして、大粒の涙を流すのみ。
少女は残りの家族が入った透明な箱をあえて親れいむが置かれたまな板の周辺に配置していた。もちろん、少女の意図によるものである。
親まりさにとっては最愛のパートナーが。赤ゆ二匹にとっては大好きな母親ゆっくりが無様に悲鳴を上げて地獄の責め苦を味わわさせられる様を見せつけようという目的だ。
身を焦がすような鋭い痛みに目玉をぎょろぎょろと動かす親れいむ。その過程で親まりさの姿が一瞬、視界に入った。
「ばでぃざあ゛ぁ゛ぁ゛!!! だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!! い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛お゛ぉ゛ッ!!!!!」
「やめるんだぜぇぇぇ!! このくそばばあぁぁぁぁッ!!!! まりさのだいすきなれいむになんてことしやがるのぜぇぇぇぇッ??!!!」
「ぷきゅー! やめちぇにぇ!! れーみゅたちのおきゃーしゃんにひどいこちょしにゃいでにぇっ! れーみゅ、おきょるときょわいんだよっ!?」
「おきゃーしゃんに、いじわりゅすりゅな、なのじぇっ!!」
ガタガタと箱を揺らして抗議する親まりさ。気持ちだけは親れいむの元に駆けつけているのだろうが、透明な箱の壁がそれを遮る。
赤ゆ二匹はその場でたむたむと跳ねて、頬を膨らませたり、箱の中を這って移動しているだけだ。精一杯に憤慨しているつもりなのだろう。
少女は素早くゴム手袋をつけると、滅茶苦茶に暴れ回ろうとしている親れいむの体内に手を突っ込んだ。
「ぴッ!? ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ッ!!!????」
親れいむの口から餡子が噴水のように勢いよく飛び出す。少女は返り餡が袖や腕にかからないよう巧みに手の角度や位置を変えながら親れいむの中身をほじくり出していく。
「がぁっ!? あ゛、ぎ、ぎ、ぎ、……ぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!? じぬ゛ぅッ!! い゛だい゛!!! じみる゛ぅぅ゛!!!! だずげでぇ゛ッ!!!!!」
少女は親れいむの下腹部の正中線を正確に切り裂いていた。その為、しーしー穴があった付近の餡子から、まるで湧水のようにじんわりと砂糖水が染み出してきた。
このように発射口を先に破壊してしまうことで、しーしーを噴射されて床を汚されることがなくなるのだ。
少女は親れいむから抉り出した中身の餡子の量と、苦痛に歪む表情を見比べながら今度は少しずつ餡子を取り出していった。
ゴム手袋の指先が餡子に触れるたびに、体全体を跳ね上げるように痙攣を起こす親れいむ。
餡子色に充血した目玉は今にも飛び出さんばかりに周りの皮を押し広げ、極限まで開かれた口の端が少しだけ裂けてしまっている。
「おきゃ……しゃ……」
まるで化け物……いや、化け物そのものを瞼に焼き付けられた赤れいむと赤まりさがほとんど同時にぷしゃああぁ……とおそろしーしーを漏らした。
カタカタと震える二匹の一口饅頭は恐怖に駆られ、その場を一歩たりとも動くことができない。
ただ、目の前で母親ゆっくりの中身が抉り出されていくという凄惨な光景を餡子脳裏に刻みつけることしかできなかった。
一方で親まりさは泣きながら少女を罵倒していた。
「や゛べろ゛っでいっでる゛んだぜぇ゛ぇ゛!!! でいぶがお゛ばべにな゛に゛をじだんだぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!」
「までぃ……ざ……ゆひっ、ゆひっ……た、す、け……て……。れいむ、じにだぐ……な゛、いよ……ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……」
「う、うわああぁぁ!!!! れいむぅぅぅぅぅぅ!!!!」
少女は親れいむが「ゆ゛」としか口を利けなくなったのを見て、一度作業を中断した。それから親れいむの口の中にばちゃばちゃとオレンジジュースを流し込む。
程なくして、親れいむは二度、三度と痙攣を起こして、また大泣きを始めた。
「い゛だぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛い゛ぃ゛ぃぃぃぃ!!! も゛う゛や゛だぁ゛!!! でいぶ、おうぢがえる゛ぅ゛ぅぅぅ!!!!」
「何言ってるのよ。どうせ、ここでおうち宣言でもしたんでしょ? だったらここがあなたのおうちじゃない。死ぬまで使って構わないよ?」
「ゆ゛あ゛ぁ゛ぁ゛?!!」
――死ぬまで、という言葉が親れいむの不安感を強烈に煽ったらしい。蒼ざめた様子でぶるぶる震えながら少女の穏やかな笑顔を凝視していた。
少女は、取り出した餡子を親れいむの口の中に再び詰め込んだ。自分の中身を無理矢理喉の奥に押し込まれるという未知の体験に、目玉がぐるぐると引っくり返る。
「げぼぉッ! ごほ゛お゛っ!!!」
新たに吐き出されようとする餡子ごと体内に押し戻される感覚は想像を絶するものだろう。
やがて落ち着いたのか、親れいむは餌付きながら涎を垂らし、もはや言葉を発する気力すら無いほどに体力を消耗していた。
「やめるのぜ……れいむが、いやがってるのぜ……」
「やめちぇにぇ……やめちぇにぇ……」
滝のように涙を流しながら懇願する残りの家族たち。しかし、そんな戯言に耳を貸す少女ではない。伊達に独学で五年も虐待お姉さんをやってきたわけではないのだ。
ゆっくりたちが“言葉”を喋っているうちはまだまだ元気な証拠である。喋っているうちは叩こうが刺そうが焼こうが抉ろうが千切ろうが簡単には死なない。
だから先ほど少女は虐待の手を止めたのだ。もっとも、少女としては今の段階で虐待をしているつもりはなかった。
まずは親れいむの腹の中に収められたパズルのピースを取り戻さなければならない。ただ、それだけの事。
その証拠に少女は親れいむの中に手を突っ込んで餡子をかき混ぜながら中身を取り出しているだけだ。ピースさえ手に入れば中身は戻してやるつもりでいる。
「もう。まだ何もしてないじゃない。そんなに騒がないで。うるさいよ?」
「な、な、な゛んでぞんな゛ごどい゛う゛のぜぇ゛ぇ゛ぇ゛!!???」
「――あった!!!」
親まりさの悲痛な叫びはまるで聞こえていないようで、少女はゴム手袋の先に掴んだピースを取り出して歓声を上げた。
すぐにべちょりとへばり付いた餡子を流水で落としていく。口の中に入れられてあまり時間が経過していなかったおかげか、何とか原型を留めていた。
「良かった……」
「がひっ、こひっ……どぼ、じで……ごんな゛ごど、ずる゛のぉ……」
親れいむが消え入るような声で言葉を紡ぐ。少女は掴んだ餡子の塊を切り開いた腹の中にねじ込みながら淡々と答えた。
「あなたが大事な物を食べてしまったから悪いのよ。だから、こんな余計に苦しむことになったんだわ。つまり、自業自得ね」
「い゛ぎぃ゛ッ!? ぐひぃッ!! ゆ゛びぎ……ッ!! ゆ゛ぐぇ゛ぁ゛!!!」
質問に対する少女の答えはまるで聞こえていないらしい。体内に中身を戻される激痛と嫌悪感に、ひたすら耳障りな声を上げ続けた。
やがて、取り出した中身の収容がすべて終わった親れいむはぐったりとした様子で横倒れになっていた。固定していた釘を引き抜いてやる。それでも動く気配はない。
少女はもう一度オレンジジュースを万遍なくかけてから、親れいむを透明な箱の中に戻した。
「それをとるためだけに……れいむをしぬようなめにあわせたんだぜ?」
「え? そうよ。それが何か?」
「ふざけるなぁぁぁぁ!!! そんな、ごみをひとつとるためだけに……あんなひどいことをしたのぜぇぇぇ!? しねっ!! ゆっくりできないくそばばあはしねっ!!!」
「……そんな、ゴミ……だって?」
少女の肩がぴくりと反応した。
「ごみにきまってるのぜ! そのごみはいたいおもいをしないのぜ?! でも、れいむはたくさんいたいおもいをしたんだぜ!? それがわからないのぜ!?」
少女が無表情のままに笑った。
「いやいやいや……人の家に不法侵入した挙句、人間を攻撃して、お母さんが必死に働いて買ってくれたパズルを壊してヘラヘラ笑ってるようなゴミが……」
「ゆひぃッ?!!」
親まりさが凍りついたような悲鳴を上げた。それは少女が放つ強烈なプレッシャーに強い恐怖を感じた故の衝動だ。
少女が親まりさを睨み付ける。
「分かったよ、まりさ」
「ゆ? ゆゆ?」
「お前に相応しい殺し方が分かったのよ」
「――――!?」
後編へ続く
制裁 思いやり 愛情 自業自得 お家宣言 野良ゆ 赤ゆ ゲス 透明な箱 現代 虐待人間 以下:余白
『ジグゾーパズル(前編)』
序、
市街地から少し離れた郊外に一戸建ての家があった。
外壁は白塗りで昔ながらの瓦造りの屋根。敷地内にはお世辞にも庭とまでは呼べない広さの空間が広がっており、これまた高級感を全く感じさせない小砂利が敷いてある。
窓は全て開け放たれており、初夏の風が家の中を吹き抜けていた。そして、薄ぼんやりとした陽射しの差し込むテーブル。そこで少女がテーブルに突っ伏して眠っていた。
年の頃は十七、八くらいで綺麗な黒髪のセミロング。白を基調としたプリントティーシャツとジャージを穿いて、足は裸足だった。
テーブルの傍らには小さなラジオが置いており、アナウンサーが今後一週間の天気を独り言のように喋っている。
ラジオのすぐ横には砂時計が置いてあり、その中の砂がさらさらと下に落ちていた。この砂時計は十分間かけて砂が全部下に落ちる仕組みになっている。
それから少しの時間が経って、砂時計の上半分に溜まっていた砂は空になった。
しかし、少女はテーブルに置いた自分の腕に顔をうずめたまま動かない。
しばらくして、少女がいるリビングとは別の部屋から少年の声が聞こえた。
「姉ちゃーん!」
「…………」
「おーい!!」
「……――ハッ!? やば……っ、火ィかけっぱなし!!」
慌てて飛び起きた少女がテーブルの縁に腰を思い切りぶつけながら、台所へと飛び込む。
ガスコンロの上に鍋が載せられていた。見れば、白い泡が吹きこぼれる直前である。すぐに火を弱めて、吹き上がった泡が沈んで行くのを見て、少女が思わず溜め息をつく。
「……セーフ……。ごめーん! ありがとう!!」
「いいよ、気にしないで」
離れた場所にいる弟と大声で会話を交わす少女。
少女は鍋の中で煮込まれていたジャガイモやニンジン、豚肉などをお玉でくるくると掻き混ぜると、すぐに反転して冷蔵庫の中からカレールゥを取り出した。
それをパキポキと折って鍋の中に入れる。それから五分程度、中火でルゥを溶かして味見をしてから蓋をした。
今日二度目の溜め息をつく。
少女は一度手を洗い、冷蔵庫の中から麦茶とコップを二つ持ってフローリングの上をぺたぺたと歩き出した。
「入るよー?」
「どうぞ」
別に扉が閉まっているわけではないが、部屋の中にいる少年に伺いを立てる。
少女が部屋の中に足を踏み入れると、真正面に置かれたベッドの上で彼女の弟がベッド備え付けの机の上で何か作業をしていた。
少年は姉が部屋に入ってきたのに気づきながらも、そちらの方には目を向けず一心に手を動かしている。
「いやぁ、ごめんごめん。ついウトウトしちゃってさ……」
「目覚まし時計を使えばいいのに。どうして砂時計なんて使って時間を計ろうとするのさ」
少女の言葉に少年が振り向かずに答えて、また質問を返した。
「だって……私、砂時計マニアなんだもん」
少女がぎこちない笑みを浮かべて答える。少年は小さく笑うと、考え込むように机の上を見つめて動かなくなった。そこへ少女が近寄っていく。
「また、ジグゾーパズル?」
「うん。お母さんが今度は二千ピースのパズルを送ってきたから。せめてお盆休みまでには完成させて、見せてあげたいと思って」
「趣味半分……いや、四分の三くらいの癖に」
「バレバレか」
少女の言葉に少年が笑う。仲の良い姉弟だった。二、三交わした会話で一度集中することを終えたのか、少年がようやく少女へと向き直った。
短髪に端正な顔立ち。肌の色はどちらかと言えば白く多少痩せてはいるが、不健康そうに見えるほどではない。見た目からして中学三年生くらいか。
少年が向かっていた机に目を向けると、大きなパズルの枠と五、六個の空き箱が見える。既にパズルの四方は完成しており、いよいよ内側に着手するというところだ。
「飽きないわねぇ」
「面白いからね」
「私はやったことないから解らないけれど、パズルをやるってどういう感じなの?」
「……そうだなぁ……。パズルってさ、ピースを嵌めていくまでは真っ白なキャンパスみたいなものでしょう?」
「まぁ、そうね」
「それにピースを一つ一つ嵌めていくとさ、まるで絵を描いているような気になれるんだ。僕は絵心が無いからパズルに描かれてるような絵は描けないしね」
「写真とか見ながらでも描いてみたら楽しいかも知れないわよ?」
「いや……。写真は一度見てしまえば、それは完結した景色と同じだから。僕が、その景色を実際に見たわけじゃないからね」
静かに語る少年は、伏し目がちに箱の中に色分けされたピースを一つ一つ手に取って、似たような色合いの所に置いたり離したりしている。
少女はそんな弟を横目で見ながら、パズルのキャンパスに目を向けた。それから指を差して、
「ここ、そのピースじゃないの?」
「ん? ……あ、本当だ。ありがとう」
「どういたしまして」
「こうやって、ピースを一つずつ嵌めていくのが好きなんだ」
「まぁ、それがパズルの醍醐味でしょうしね」
「ピースにもさ、小さな線とか色とか全部描いてあるんだ」
「完成したら一枚の絵になるんだから当然よね」
「姉ちゃんは夢がないな。例えばさ、今、姉ちゃんが嵌めたこのピース。ここで線が途切れてるでしょう?」
少年が指さすピースを見て、少女がこくんと頷いた。
「この線が、どこへ延びるんだろう。この線は、何を表現しているんだろう。そう考えながらピースを嵌めていくとね、まるで僕自身がこのキャンパスに描かれる景色を自分の
足で見に行っているような気になれるんだ。森の中を抜けたら海が広がっていた……とか、トンネルを抜ければ一面の銀世界でした……とか。パズルにはそういう楽しさがある
と思うんだ。それを考えれば、写真は誰かの目を通して見た景色でしかなくて、その景色を見るに至るまでの過程が分からない」
「……我が弟ながら、なんというか特殊な感情の持ち主だねぇ」
「あはは。結局、パズルをやる人間の目的なんてそれぞれだよ。僕はたまたまこういう考え方をしているっていうだけでさ」
「でも、パズルって箱に描かれた写真とか絵を参考にしながら完成させていくものでしょ? だったら、どんな風景なのかは分かるんじゃないの?」
「うん。だから、僕はお母さんに頼んで、枠とピースだけを送ってもらうようにしてるんだ」
「――え? もしかして、今までずっとそんな風にやってたの?」
「ここ二、三回くらいだから姉ちゃんは知らないと思うよ。これがなかなか難しくてさ」
当然だ。難しいなんてものではないはずである。完成形が分からないまま、わずか二センチ弱のピースを二千個も組み合わせていくのだ。
目を丸くしていた少女がやがて納得したように頷いた。
確かにこれなら自分がまだ見ぬ景色を求めて歩いているような気持ちになれるかも知れない。
少年は小さな頃から冒険家になりたいという夢を持っていた。しかし、現実は約十年間も続くベッドの上での生活。ベッドの横には車椅子が置いてあった。
少年は幼い頃に大病を患った。その時の後遺症からか、下半身が麻痺して動かなくなってしまったのである。
不幸は追い打ちをかけるように続き、姉弟の父親は出勤途中に交通事故で他界した。
以来、母は家庭を支えるためにほとんど出稼ぎに近い形で出張を繰り返し、激務をこなしていた。二ヶ月に一度帰ってくることがあるかどうか、である。
一方で少女は家事全般を任され、ほぼ弟と二人暮らしだ。
もう何年も前だが、少年は自殺を図ろうとした。自分が一家にとって重荷になっているのが耐えられなかったからである。
なんとか一命を取り留めた少年は、母と姉に頬を打たれた。「お願いだから生きて」と。「お母さんをこれ以上悲しませるな」と。
やがて少年は現実を受け入れた。それからは卓上旅行が趣味になった。
小説や世界の旅行ガイド等を読んで、まるで自分がその場所に行っているかのような錯覚を楽しむ。
しかし少年は、楽しみながら時々泣いていた。この石造りの道路を歩いてみたい。山の新鮮な空気を吸ってみたい。透き通るような水に触れてみたい。
いつからか、そんな事ばかりを考えるようになった。
それに気付いた母親は、ある時決して多くはない給料の中から五百ピースのジグゾーパズルを買ってきた。
それは水平線の向こうに夕日が沈む様子を描いたもので、少年はその絵をぼんやりと見ながら初めてのパズルに取り掛かったのである。
少年はすぐに夢中になっていた。ピースを嵌めていくことはパズル初心者にとって決して容易ではない。
あーでもない、こーでもないと思考を巡らせることで、感情を沈ませる時間が減っていった。一人だと全てを悪い方向に考えてしまいがちなのは、誰でも同じなのだ。
母親がそれを意図してパズルを送ったのかは定かではないが、とにかく少年はパズルを組み立てて行くことで彼の世界に安寧を得ることができた。
「麦茶、ここに置いとくね。お腹が空いたら教えて。もう、カレーはできてるから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
少年はそう言いながら、コップに口をつけてまたすぐにパズルへと向き直る。
頭の中でこれから描かれるであろう風景を想像して、楽しんでいるのだろう。とても穏やかな表情でピースの入った箱に手を伸ばした。
一、
少年が二千ピースのパズルに着手してから一ヶ月半が過ぎた。
昨夜、母親から姉の携帯電話に連絡があり、来週末には帰宅できそうだとの報せがあった。
例のパズルは八割がた完成しており、後は中央にできた空白を外側から埋めて行くだけである。少年ほどの実力者なら、一週間もあれば十分に完成するだろう。
少年はパズル上級者と肩を並べても遜色ないほどの実力を持っていた。
二千ピースなら、まともにやっても完成させるのに半年以上かかる事だって珍しくない。中には完成できずに諦めてしまう者もいるほどだ。
完成間近のパズルを少女が覗き込む。
「へぇ……。でも、これはどこかしらね? 周りを見る限り、日本百景みたいなすごい風景には見えないんだけど」
「確かにそれは僕も思っていたよ。日本の名所とかは大体、本や写真で見たつもりだったけど、ここはどこかが解らないな」
「世界は広いって事かしら」
「そうだね。僕が見たことない絶景なんてまだまだたくさんあるだろうしね」
少年が遠くを見つめるような目で部屋の壁の向こう側に視線を送る。少女もつられてそちらに目を向けた。二人で小さく笑う。
リビングに掛けてあった時計の音が一度だけ鳴った。午後一時だ。今日は土曜日で少女も学校は休み。タイムサービスを狙って買い出しに行く予定だった。
少女は一度台所に戻り、冷蔵庫を開くとその中からシュークリームを取り出した。それを少年のベッド脇に置かれた小さな戸棚の上に置く。
「それじゃあ、行ってくるね。今日は肉じゃがを作るから。夕方までには戻るよ。シュークリームは食べ終わったら、お皿をそこに置いといてね」
「うん。行ってらっしゃい」
少女が慌ただしく家を出て行く。少年は少女のバタバタという足音を聞きながら、今度は一人で小さく笑った。
急に家の中が静かになった。少年は一人でパズル製作に集中していたし、そういう時に彼は音楽やラジオを聞いたりはしない。集中できなくなるという理由だ。
ただ、シーツの衣擦れの音と残り四百ほどのピースに手をかけたときの音だけが静まり返った部屋に響く。
理由は分からないが、ピースは次々と嵌めこまれていった。やたらと調子がいい。パズルをやっていれば、そういう事はたまにある。
少年はまるでピースの一つ一つに手招きされるように、箱の中の山から選んだピースを掴んでいった。
しばらくすると、パズルの中央に四足の靴が並んだ。
(……え?)
風景の写真だとばかり思い込んでいたこのパズルに、突如として人物が現れたことに驚きを隠せない。
それでも、心の奥底は澄んだ湖のように落ち着いていて、ピースはどんどんその周囲を埋めていった。まるで、パズルそのものが自身の完成を強く望んでいるかのように。
一人目の人物が完成したとき、少年は思わず手を止めてしまった。
(小さい頃の……僕だ)
そこから無意識に組み込まれていくピースの一つ一つ。
少年は四つ並んだ靴の一番左側にいた。程なくして一番右側の人物が完成する。それは姉の姿だった。では、この中央の人物二人は……。
(お父さんと、お母さん……?)
パズルのキャンバスの中にいる少年と少女の頭の上には、周りの景色とは明らかに違う線が引かれていた。そして、それが文字であることに遅れて気付く。
(何て書いてあるか……今の状態じゃ判らないな……)
まるで時が止まってしまったかのような感覚。これはどう考えても市販のパズルではない。すぐに母親の顔が頭をよぎった。
色々な考えが心の中で混ざり、コーヒーとミルクのように溶け合う。
そんな時だった。
ガラス戸に何か当たったような音が聞こえた。カシャン、カチン……とまるでガラスに小石でもぶつかったかのような音だ。
少年が思考を巡らせるのをやめて、音のする方向へと顔を向けた。しかし、顔を向けては見たものの、その音を少年は大して気にしていなかった。
ガラス戸の上にある雨樋の一部には小鳥が巣を作っている。そのため、ガラス戸に小鳥がぶつかってしまうことがあるのだ。
少年は「いつものことさ」と心の中で笑いながら、再びパズルのキャンバスへと目を向けた。
そのとき。
「ゆふーっ! やっと、おうちのなかにはいれたのぜ!」
「ゆーん! さすがはまりさだねっ!! ほら、ちびちゃんたち、まりさおかあさんがあたらしいおうちのいりぐちをつくったよ!」
「ゆっくちぃぃ! さしゅがはまりしゃのおきゃーしゃんなのじぇ!!」
「ゆぴぃ! れーみゅも、れーみゅもぉぉ!! おうちにはいらせちぇにぇ!!」
甲高い四つの声が耳に届いた。
少年はすぐにそれがゆっくりの声だと理解して、手に持っていたピースを空き箱の中に戻す。
家の中に侵入してきたのは四匹の野良ゆっくりだった。親れいむ、親まりさ、赤れいむ、赤まりさ。言わずと知れたスタンダードな家族構成だ。
四匹は、広々としたリビングをぐるりと見渡して、嬉しそうに笑った。
「ゆーん。ここは、ひろくてゆっくりできるね!!」
「まりしゃおきゃーしゃんが、おうちにはいりゅばしょをみちゅけてくれちゃかりゃだにぇ!」
親れいむと赤れいむがはしゃぎながら互いの揉み上げをハイタッチでもするように、ぺちんと打ち当てる。
この野良一家は網戸を突き破って家の中に入ってきた。
既に七月中旬。窓を網戸にして風通しを良くしている家は多い。少年と少女は、少しでも冷房代の節約をするために、窓を開けて今日まで過ごしてきたのである。
それが仇となった。都会ではガラスを割ってでも人間の家に侵入してくる事もある野良ゆっくりだ。網戸を突き破るなど造作もないことだったであろう。
少年は部屋の壁に掛かった時計に目を移した。少女が家を出て行ってまだ三十分も経過していない。帰ってくるのはやはり三十分後かそれ以上の時間のはずだ。
「ゆわぁぁ! やわらかいんだじぇっ! ぴょんぴょんすりゅんだじぇっ!!」
「ゆっくちぃ! たのちぃにぇっ! れーみゅ、おしょらをとんでりゅみちゃいだよっ!」
親れいむと親まりさに乗せてもらったソファーの上でぴょんぴょんと飛び跳ねる赤ゆたち。ソファーのバネが自分の体を弾ませるのが楽しくて仕方がないらしい。
「それじゃあ、まりさはちょっと、ごはんさんをみつけてくるのぜ」
「ゆゆーん。そうだね。まずはれいむたちのおうちのなかにあるごはんさんのあるばしょをはあくしないといけないねっ!」
「「ごはんしゃんっ! ごはんしゃんっ! ゆっくち~~♪」」
ご飯という素晴らしい響きに二匹の赤ゆが調子っぱずれな節を取って歓喜の歌を歌った。その愛らしい歌声に口元を緩める親ゆっくりたち。
親まりさは野良生活で鍛えたあんよを使って、ぴょんぴょんリビングを跳ね回って、椅子を経由してテーブルの上に登ったり、ゴミ箱をひっくり返したりしていた。
だが。しばらくして親まりさが癇癪を起こした。
「ゆっぎぃぃぃぃ!!! なんなのぜぇ、このやくにたたないおうちは!! ごはんさんがどこにもみあたらないんだぜっ!!!」
「ま、まりさぁ。ゆっくり。ゆっくりぃ……。ごはんさんはゆっくりさがせばいいよ! まずはちびちゃんたちをすーやすーやさせてあげようよ」
「ゆ? それもそうなのぜ。ちびちゃんもあんよをうごかしっぱなしだったから、つかれてるはずなんだぜ」
「そうだよ。ちびちゃんがすーやすーやしたら……まりさ?」
艶っぽい表情を浮かべた親れいむが親まりさの傍に、つつっと寄ってそっと頬を摺り寄せる。親まりさはすぐに頬を染めて、「ゆふん」と息を荒くした。
新居を手に入れた記念に、新しい子供を作ろうと言うのだろう。この広さのおうちであればより多くの子供を育てることができる。より、ゆっくりすることができる。
ソファーの上でたむたむとバウンドし続ける赤れいむと赤まりさに対して親まりさが高らかに宣言した。
「ちびちゃんたち! そこはちびちゃんたちのおへやにするよっ!!!」
その言葉に二匹の赤ゆが目を輝かせた。それは姉妹にとって専用のゆっくりぷれいすが与えられたということだ。互いの顔を見合わせる二匹。
そして。
「ゆ、ゆわぁぁぁ。 れ、れーみゅ、ここでしゅーやしゅーやすりゅよっ!」
「ま、まりしゃ、ここをおといれしゃんにすりゅのじぇっ!! きゃわいいまりしゃがちーちーすりゅのじぇっ!! ちー……、ちー……。……しゅっきりーーー!」
幸せそうな顔をしてしーしー穴から砂糖水を飛ばす赤まりさ。ソファーは赤まりさのしーしーを吸ってシミになり、甘い香りがふわりと漂った。
それからソファーの中央あたりにずりずりと這い寄って、互いの頬をくっつける。それから二匹はにっこりと笑い合ってすぐに眠りについてしまった。
「やっぱりつかれてたんだね……」
「そうなんだぜ……」
「それじゃあ、まりさ……ちびちゃんたちに、かわいいいもうとたちをたーくさん、つくってあげないといけないね」
「れいむは、きがはやいのぜ……? ちゃんとおひさまさんがさよーならーしたら、あいてをしてあげるから、まずはいっしょにごはんさんをさがすんだぜ」
「ゆふふ……ゆっくりりかいしたよ」
親まりさは屹立したぺにぺにを隠そうと前のめりになるような姿勢でフローリングの上を這い始めた。
それを見て親れいむがもじもじしながら、あんよの辺りをぐねぐねと動かす。
(まりさのをみてたら……れいむのまむまむ、しっとりさんだよ……)
二匹が家探しを開始して十分。先ほどの親まりさ同様に親れいむも癇癪を起こした。
しっかり者の少女が整理整頓をしているこの部屋の中に、そうそう簡単に食べ物などが置いてあるはずがない。全て戸棚や冷蔵庫の中だ。
それでもなんとか食べ物を得ようと室内を漁るものだから、部屋の中はあっと言う間にゴミだらけになってしまった。
しかも、野良生活で泥や埃にまみれ、生ゴミを食い漁ってきた野良一家の顔やあんよは想像を絶するほどに汚い。
ソファーはもちろん、絨毯や床、壁にいたるまで全てが黒く染められていた。
腹いせに破り捨てた新聞紙や引っ張り出した雑誌やプリント類。コードにあんよを引っ掛けてしまったのかテーブルの上にあったラジオが床に落ちて壊れていた。
親れいむと親まりさは二匹揃って大粒の汗を流しながら、「ゆふぅ、ゆふぅ……」とお互いの努力を認め合っていいる。
「こんなにさがしてもみつからないなんて、おかしいのぜ……」
「ゆぎぃ……れいむ、もうつかれちゃったよ! おなかもぺーこぺーこだよ……」
「まりさもなんだぜ。しばらくやすんでから、もういちどだけがんばってさがしてみるのぜ」
「ゆっくりわかったよ……まりさ、どこにいくの?」
「ちょっと、うんうんしてくるのぜ」
そう言ってずりずりと移動を始める親まりさ。しばらくして親まりさがそのあんよを止めた。
目の前にまだ行ったことのない場所がある。親まりさはそこへ向かって無意識に進んでいた。そこは少年の部屋である。親まりさがそこにあんよを踏み入れた。
ベッドの上の少年と親まりさの視線が交錯する。親まりさはぽかんと口を開けていた。
そしてすぐに威嚇を始めた。
「ぷっくうぅぅぅ!! ここはまりさたちのゆっくりぷれいすなんだぜっ!! にんげんさんはさっさとでていくのぜ!!!」
間髪入れずにお決まりの台詞を吐く親まりさ。何事かと心配そうな顔をした親れいむがすぐに隣に現れた。そして、やはり同じように頬を膨らませる。
「ぷくーー!! れいむとまりさの、あいのすに、どうしてにんげんさんがいるのぉぉ?! はやくでていってね! すぐでいいよ!!」
二匹は威嚇行動を行ったまま、そこから動かない。とは言っても、少年もベッドの上から動くとはできない。
傍らに車椅子が置いてあるものの、これに乗るには少女か母親の助力が必要だ。
たとえ乗れたとしても、その体勢で親れいむと親まりさをどうこうするのは難しい。少年は「どうしたものか」と少女の帰りを待っていた。
不意に、親まりさがぴょんぴょんとベッドの傍へと跳ねてきた。そして、自慢の跳躍を活かして、ベッドの上に飛び乗る。
少年は親まりさの突然の行動に目を丸くして、対処が遅れてしまった。その親まりさがベッド備え付けの机の上に飛び乗った。
製作途中のパズルの上に着地した親まりさは、まるでガンを飛ばす街のチンピラのような目つきで少年を睨み付けた。
「ゆああぁん? なにをやってるのぜ? このくそにんげん……。まりさがでていけといったら、さっさとでていくのぜ?」
「れいむのだーいすきなまりさは、みんなのなかでけんかがいちばんつよいんだよっ! にんげんさん、わるいことはいわないからおとなしくいうことをきいたほうがいいよ!」
「ゆっへっへ。やめてあげるんだぜ、れいむ? このにんげんはまりささまがこわくて、すこしもうごけないみたいなんだんぜ?」
親まりさがパズルの上で向きを変えるたびに、薄汚れたあんよが造りかけの風景画を汚していく。
少年が慌てて親まりさを机の上から下ろそうとした。それに気付いた親まりさが素早く少年の伸ばした手を回避する。
その際に、残ったピースの山が箱ごと親まりさのお下げで吹き飛ばされてしまった。色分けして置いてあったピースがバラバラになって床にパラパラと落ちて行く。
少年が思わず目を見開いた。なおも親まりさはあんよの下にあるパズルを「じゃまなゆかなんだぜ!」と叫びながら壊していった。
「や、やめろよっ!!!」
温厚な少年が親まりさの左頬を右手で思い切り殴った。
「ゆ゛ぶる゛ッ!?」
少年の拳が親まりさの柔らかい頬を捉えた瞬間、その小憎たらしい笑みを浮かべる表情が一瞬で崩れ、ベッドの上から宙に投げ出される。
そして、床で額を強打した親まりさがその場でごろごろと転がりながら「ゆぎゃああぁぁ」と叫び声を上げた。
親れいむが泣きそうな顔で親まりさに這い寄ってくる。
「ゆわぁぁ!? まりさ、まりさぁ! ゆっくり、ゆっくりだよぅ!! ぺーろぺーろ……」
苦痛に打ち震える親まりさの左頬をぺろぺろと舐める親れいむ。それから顔を上げた親れいむは、親の仇を見るような目で少年を睨み上げた。
少年はと言うと、半分ほど崩されてしまったパズルのキャンバスを見て茫然とした表情を浮かべている。
親れいむは、自分たちの事など歯牙にもかけぬ少年の態度に対して大いに腹を立てた。
「このくそにんげんッ!! よくも、まりさをぉぉ!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、ベッドの上に飛び乗り、そのまま傍らに置いてあったシュークリームの皿が乗った戸棚に飛び移った。シュークリームの皿が床に落ちる。
そして、鬼のような形相の親れいむが少年の脇腹目がけて渾身の体当たりをぶちかました。その衝撃で跳ね返った親れいむが床に叩きつけられ、三回転ほどして止まった。
目にうっすらと涙を浮かべながら、親れいむが挑発的な口調で少年に向かって言葉を発する。
「どう!? おこったれいむはつよいんだよ!? ほんきになってごめんねっ!? いまならゆるしてあげるから、さっさとここを……」
「だから、くそにんげん~~~ッ!! まりささまたちをむしするんじゃないのぜぇぇぇぇ!??」
回復した親まりさが咆哮を上げた。
しかし、少年はそれどころではないと言った様子で床に落ちてしまったパズルのピースを集めようと手を必死に伸ばしていた。
親れいむと親まりさは少年のその必死な態度が余計に気に入らなかったのだろう。本来なら、その必死な態度は自分たちに向けられて然るべきだ。
親まりさは少年に気付かれないようにベッドの下に潜り込んでいった。
そして、少年の伸ばした手と、その先にあるパズルのピースに向かってしーしーを放った。
ご満悦な表情の親まりさのしーしー穴から噴出された薄汚い砂糖水が少年の手と残りのピースにびちゃびちゃとかかる。
少年は思わず、手を止めてしまった。
「ついでにうんうんもしてやるのぜっ! ゆぐ……ぐぐ……うんうんでるのぜっ!!!」
親まりさのあにゃるから三センチほどうんうんが顔を出したところで、少年がその薄汚れたお下げを思い切り掴んでそれを持ち上げた。
「う゛ぎゃあ゛あ゛ぁ゛?!! い゛だい゛んだぜぇ゛ぇ゛ッ!!?」
「う、うわぁぁ!! まりさ、まりさーーっ!!」
出かけていたうんうんがあにゃるの中に、きゅっと引っ込んだ。宙吊り状態の親まりさは今にも引き千切れそうなお下げの痛みに苦悶の表情を浮かべている。
少年はその親まりさを前方の壁に向けて思いっきり叩きつけた。
「ゆ゛ぼぉ゛ッ?!!」
頭頂部を壁に激しくぶつけた親まりさが床にぽてっと落ち、びくびくと痙攣を起こしていた。そのときに前歯を折ってしまったらしく、金平糖の歯が一つ床に転がっていた。
親れいむは大泣きしながらなかなか起き上がれないでいる親まりさに跳ね寄って、その周囲をぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「まりさぁ!! しっかりしてよぉ!! どぼじでごんな゛びどいごどずる゛の゛ぉ゛!? れいむだぢだって、ごんなごどざれだら、いだい゛んだよぉぉ?!!」
少年は戸棚からタオルを取り出して、親まりさの垂れ流した汚水を丁寧に拭き取った。そして、砂糖水まみれになったパズルのピースを一つずつ拾っていく。
親まりさが汚いあんよで踏みつけたピースは所々が折れ曲がり、砂糖水と泥や埃が混ざって色がくすんでしまっていた。
それをなるだけ丁寧にタオルで拭き取っていく。
「くそっ……何でこんな……っ!!!」
ようやく完成間近になったパズル。これが単なる風景の写真ではないことがわかり、恐らくは母親からのメッセージであろう文字の存在に気付いた矢先にこれだ。
苦々しげに床に突っ伏する親まりさを睨み付ける。その時、少年が思わず口を開いてしまった。
親まりさがぷりんぷりんと動かす尻に、パズルのピースが一つへばり付いていた。何かの拍子で砂糖水を染み込んだピースが親まりさの尻にくっついたのだろう。
そして、少年が声を発する前に、親れいむがそのピースの存在に気付いた。それを外そうと親まりさの尻に舌を当てる。
「待て……っ!!」
思わず、ベッドから飛び起きようとした。
「うわ……ッ」
無意識だったせいか、少年はそのままベッドの下に転がり落ちてしまった。腕を打ってしまったらしく鈍い痛みが走る。
親れいむは親まりさからピースを外してそれを舌の上に乗せていた。そして不思議そうに「これはなんなの?」などと小首を傾げるような仕草をする。
しばらくしてから、親れいむの表情が変わった。
「これは……あまあまのあじがするよっ!!」
「――ッ?!」
親まりさのしーしーがかかっていることなど知らない親れいむにとって、舌の上のピースは砂糖水の染み込んだ“あまあま”と映った。
少年の顔から血の気が引く。手を伸ばす。しかし、届かない。足が動かないせいでその場から移動することができなかった。
「――むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!」
親れいむが涙目で歓喜の声を上げた。親れいむの舌の上に乗っていたピースは既にそこにない。あろうことか、親れいむの腹の中だ。
「ゆぐぐ……ゆ? れいむ、れいむなのぜ?」
「ゆっくり~~♪ まりさ、おめめがさめたんだねっ! よかったよぅ! よかったよぉ!」
「ゆぐぅ……おかおがいたいんだぜ……。それに、なんだかきぶんがわるいんだぜ……」
まだ意識が朦朧としているらしい親まりさが焦点の定まらぬ両の目を親れいむに向ける。
親れいむは親まりさの無事を確認した後は、ベッドから転げ落ちた少年に向き直った。親まりさもそれに倣う。それから、親まりさが目を丸くした。
「あのくそにんげん……。れいむがやっつけたのぜ?」
「ゆ? そうだよ。ほんきになったれいむには、あんなよわいにんげんさん、いちころだったんだよ!!!」
「おお、あわれあわれ。おまえみたいなくそにんげんは、むのうなごみなんだぜ!!」
少年の指がぴくりと動いた。無能なゴミ。たかだか野良ゆっくりの言葉と言え少年の心にそれが重くのしかかる。合わせて浮かぶ、姉と母の顔。
拳を握りしめて、唇を噛み締めた。それから動かない足を何度も何度も殴りつけた。
「ちくしょうっ!!! ちくしょうっ!!!!」
「ゆっへっへ。なんなのぜ、あのくずにんげんは? いきなり、じぶんにいたいいたいをはじめたのぜ? あたまがくるってるのぜ?」
「ゆぷぷ。れいむにやられちゃって、くやしいだけだよ、きっと。れいむ、つよすぎてごめんねっ!?」
少年は泣いていた。野良ゆっくりに罵倒されたからではない。
自分自身が不甲斐なくて悔しくて悔しくて堪らなかった。
母が用意してくれたパズルは壊され、ピースの一つは親れいむの腹の中。姉が置いていったシュークリームは床にぶちまけられ、侵入してきた野良ゆっくりすら撃退できない。
忘れかけていた……或いは忘れようとしていた昔の感情が沸々と沸き上げる。
(僕は……なんて、役に立たないヤツなんだ……)
親れいむと親まりさの勝ち誇った嗤い声が部屋の中に響いた。
しばらくして、親まりさの容体が再び悪くなってきた。今度は中身の餡子が尽きようとしているのだろう。
親れいむはすぐに床に散らばったパズルのピースに向かってあんよを進めた。それに少年が気付く。ピースが落ちているのは少年の位置からベッドを挟んで反対側。
「ゆっくり~。まりさ、まっててね。すぐにれいむが、おいしいあまあまさんをたべさせてあげ……――」
「――何が、あまあまさんだ……この糞饅頭」
「ゆ゛げぼぇ゛え゛ぇ゛あ゛ぁぁ゛ッ!!???」
二、
今日一番の悲鳴が少年の部屋に轟いた。
親れいむはベッド下付近で悶絶してごろごろと転げ回り、たまにびたーんびたーんと自身の後頭部を床に叩きつけていた。想像を絶する一撃が親れいむを襲ったのだろう。
少年が顔を上げると、そこにはデッキブラシを持った少女が仁王立ちしていた。先端のブラシが取り付けられた角材部分で親れいむの脳天にそれを叩き込んだのである。
「姉ちゃん……っ!!」
「まったく、ベッドから落ちるなんて無茶しすぎよ。どこも痛くない? あとでお姉ちゃんが診てあげるからね」
「この……くそばばあっ!! よくも、れいむをゆ゛ぶる゛ぇ゛ぇ゛……ッ!?? ば、ばでぃざ、づぶれる゛……い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
少女は親まりさの左頬を僅かに中心を外して踏みつけていた。そのせいで親まりさの頬は変形し、少女の足の裏と床で強く挟み込まれるような形になっている。
潰さず、千切らず、しかし身動きは取らせず。絶妙な力加減で親まりさに苦痛を与えながら拘束する少女。
デッキブラシの先端を親まりさの顔の中心辺りに、気絶しない程度に何発も叩き込んでやった。
「ごぼッ?! や゛、や゛べで……ゆ゛ぎぃッ!?? あぎぃ……ひぐぅッ?!!」
「情けない声出さないでよ。さっきまでの威勢は、どうしたの……よっ!!!!」
足を離して今度はデッキブラシをゴルフクラブのように扱い、またも先端で親まりさの後頭部にそれを打ち込んだ。
「おぞらを……ゆ゛べしッ?!!」
一瞬、宙に浮いた親まりさがすぐに壁に叩きつけられた。本日二度目となる壁との濃厚なちゅっちゅである。
虫の息の親まりさの前まで悠然と歩いていく少女。手にしていたオレンジジュースの蓋を開けて、それをばちゃばちゃと親まりさの頭にかけた。
その様子を不思議そうに見つめている少年。
しばらくして、親まりさがびくびくと身を震わせながら起き上がった。しかし、すぐに痛みが襲ってきたのか、また「ゆぐぅ」とうずくまる姿勢を取る。
「姉……ちゃん……?」
「あー……えーと、お姉ちゃんが来たからにはもう大丈夫よ」
「ど、どういうこと?」
「今さら、隠しても仕方ないから言うけどね……」
ぐったりしている親まりさと親れいむの髪の毛を引っ掴んで乱暴に持ち上げる。泣きながら身を捩らせしーしーを垂れ流す二匹を宙吊りにして少女が恥ずかしそうに呟いた。
「――実は私ね、虐待お姉さん、なの」
「虐待お姉さん……、って、何?」
少年は、姉である少女に質問をした。
少女の親れいむと親まりさを掴んで悠然と立ち尽くすその姿は、まるで敵将を討ち取った一騎当千の戦国武将のようである。
少女は尚も恥ずかしそうに二匹を床に叩きつけて気絶させた。殺さない程度に気絶させ、中身すら吐かせないそれはとてつもなく熟練したテクニックだ。
それもそのはず。少女のゆっくり虐待歴はこの歳にして五年である。いくら大好きな母と弟の為とはいえ、青春を家事に追われてたくさんの我慢を強いられてきた少女だ。
相応のストレスが溜まっていたはずである。そして、そのストレスの矛先は野良ゆっくりへと向けられた。
初めて野良ゆっくりを潰したのは中学一年の夏。恐怖と狂気が入り混じったような、不思議な昂揚感と達成感を感じた。そして、心がすーっ、と晴れていくのも感じた。
もともと素養があったのだろう。少女はあっと言う間に虐待お姉さんの階段を上り始めた。
デッキブラシを杖代わりにして手を置き顎を乗せる。少女はその姿勢のまま、ぽすん、ぽすん、と親まりさの突っ伏した頭を蹴りながら言葉を繋いだ。
「……お母さんにも言ってないんだ。まぁ、あれだよ……。あんたやお母さんの前では“優しいお姉ちゃん”を演じていたかったんだろうね」
バツが悪そうな顔をして、少年の顔を見ないようにしながらそう言った。それから。
「幻滅したでしょ? 自分のお姉ちゃんがさ、ゆっくりを虐待して楽しんでるなんて知って」
少女はなおも親れいむの頭をぎゅむっ、と踏みつけながら俯いた。それからしばらくして顔を上げ、真っ直ぐに少年を見つめる。
「幻滅してもいい。でも、私の大好きな弟に手を出したこいつらは……私の手で殺させて。死んだ方がマシだ、っていうぐらいに苦しめてみせるから……っ!!」
「姉ちゃん……別に、僕は幻滅なんてしてないよ……。姉ちゃんが、これからこいつらに何をしようが全然構わない、って思ってる。ただ……」
「ただ……?」
少年の言葉に少女が不安そうに尋ねた。
「そこの、れいむ種のゆっくりが……作りかけのパズルのピースを一つ食べたんだ。それだけは、何としてでも取り返してほしい」
「そう。じゃあ、その後は私が好きにしていいのね? ああ、安心して。ちゃんとパズルのピースは取り戻すわ。……どんな手段を使っても」
「ありがとう、姉ちゃん」
「……お母さんには内緒にしてくれる?」
「もちろんだよ」
「ありがとう。さすが私の弟ね!」
にっこりと笑う少女。その笑顔の裏にはどんなどす黒い感情が渦巻いているのだろうか。
少女は自分の部屋に隠していた透明な箱を取り出すと、気を失っている親れいむと親まりさをその中に放り込んで鍵をかけた。
さて、これからどうしてやろうかと思っていると、ソファーの上で気持ちよさそうに眠っている二匹の赤ゆを発見した。
破られた網戸と、先ほど閉じ込めた二匹のミニチュア版であるこの赤ゆたちを見て、少女はこの二匹にも死んでもらうことにした。
二匹の赤ゆを起こさないようにそっと抱き上げ、親れいむと親まりさを閉じ込めた透明な箱とは別の透明な箱にそれを入れる。
少女は、少年にそのパズルを早く完成させるように命じた。素直にその言葉に従う少年。
来週末に帰ってくる予定である母親に完成したパズルを見せたい一身で、少年はそれを受け入れた。パズルに描かれた写真の全貌とメッセージも気になるところだ。
姉弟はそれぞれ適材適所に、これからの互いの役割を分担した。
パズル上級者の少年は、一刻も早いパズルの完成を。虐待お姉さんの少女は、薄汚い野良ゆっくりへの制裁を。
少年はすぐにパズルに取り掛かった。砂糖水まみれになったパズルのピースは乾かすために一ヶ所に纏められている。それ以外のピースを埋めて行く作業に入った。
一方で少女はすぐに包丁やピンセット、果物ナイフとまな板を取出し、親れいむが飲み込んだパズルのピースの摘出作業の準備を始める。
その下準備として気を失って微動だにしない親れいむの口に、高濃度ラムネ水を無理矢理飲ませた。
無言のまま苦痛に歪んでいた表情は少しの時間を置いて、安らかな寝顔に変わっていき、「ゆぅ、ゆぅ……」と寝息を立て始めるまでに至る。
少女はリビングに置いてあるテーブルの上に、親れいむを仰向けにしてまな板の上に乗せ、両方の揉み上げを釘で打ち付けて固定した。念を入れてリボンにも釘を打つ。
まな板の上に固定された親れいむはさながら磔の刑に処された罪人のようである。しかし、その表情は緩みきった寝顔だというアンバランス感。
少女は傍らに置いていた包丁を手に握ると、実にナチュラルな手さばきで親れいむの下腹部を引き裂いた。
瞬間的に親れいむが目を見開き、数秒の時間差を開けてとてつもない絶叫を上げた。
「ゆ゛っぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!!!」
その断末魔にも等しい金切り声に親まりさ、赤れいむ、赤まりさがびくぅっ、と体全体を跳ね上げて飛び起きる。
「ゆ!? まりさのおさかなさん、いったいどこにいったのぜ?!」
「ゆぴぃ!?」
「い゛だい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!! でいぶのがわ゛い゛ぃ゛お゛がお゛がぅ゛わ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁあ゛!!!」
まな板の上でのたうち回ろうとしている親れいむ。しかし、複数個所を釘で固定された親れいむに足掻き苦しむ術はない。
ただただ、顎からあんよにかけて皮を切り開かれた激痛に耐えるべく、舌を伸ばし涎を垂らして、大粒の涙を流すのみ。
少女は残りの家族が入った透明な箱をあえて親れいむが置かれたまな板の周辺に配置していた。もちろん、少女の意図によるものである。
親まりさにとっては最愛のパートナーが。赤ゆ二匹にとっては大好きな母親ゆっくりが無様に悲鳴を上げて地獄の責め苦を味わわさせられる様を見せつけようという目的だ。
身を焦がすような鋭い痛みに目玉をぎょろぎょろと動かす親れいむ。その過程で親まりさの姿が一瞬、視界に入った。
「ばでぃざあ゛ぁ゛ぁ゛!!! だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!! い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛お゛ぉ゛ッ!!!!!」
「やめるんだぜぇぇぇ!! このくそばばあぁぁぁぁッ!!!! まりさのだいすきなれいむになんてことしやがるのぜぇぇぇぇッ??!!!」
「ぷきゅー! やめちぇにぇ!! れーみゅたちのおきゃーしゃんにひどいこちょしにゃいでにぇっ! れーみゅ、おきょるときょわいんだよっ!?」
「おきゃーしゃんに、いじわりゅすりゅな、なのじぇっ!!」
ガタガタと箱を揺らして抗議する親まりさ。気持ちだけは親れいむの元に駆けつけているのだろうが、透明な箱の壁がそれを遮る。
赤ゆ二匹はその場でたむたむと跳ねて、頬を膨らませたり、箱の中を這って移動しているだけだ。精一杯に憤慨しているつもりなのだろう。
少女は素早くゴム手袋をつけると、滅茶苦茶に暴れ回ろうとしている親れいむの体内に手を突っ込んだ。
「ぴッ!? ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ッ!!!????」
親れいむの口から餡子が噴水のように勢いよく飛び出す。少女は返り餡が袖や腕にかからないよう巧みに手の角度や位置を変えながら親れいむの中身をほじくり出していく。
「がぁっ!? あ゛、ぎ、ぎ、ぎ、……ぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!? じぬ゛ぅッ!! い゛だい゛!!! じみる゛ぅぅ゛!!!! だずげでぇ゛ッ!!!!!」
少女は親れいむの下腹部の正中線を正確に切り裂いていた。その為、しーしー穴があった付近の餡子から、まるで湧水のようにじんわりと砂糖水が染み出してきた。
このように発射口を先に破壊してしまうことで、しーしーを噴射されて床を汚されることがなくなるのだ。
少女は親れいむから抉り出した中身の餡子の量と、苦痛に歪む表情を見比べながら今度は少しずつ餡子を取り出していった。
ゴム手袋の指先が餡子に触れるたびに、体全体を跳ね上げるように痙攣を起こす親れいむ。
餡子色に充血した目玉は今にも飛び出さんばかりに周りの皮を押し広げ、極限まで開かれた口の端が少しだけ裂けてしまっている。
「おきゃ……しゃ……」
まるで化け物……いや、化け物そのものを瞼に焼き付けられた赤れいむと赤まりさがほとんど同時にぷしゃああぁ……とおそろしーしーを漏らした。
カタカタと震える二匹の一口饅頭は恐怖に駆られ、その場を一歩たりとも動くことができない。
ただ、目の前で母親ゆっくりの中身が抉り出されていくという凄惨な光景を餡子脳裏に刻みつけることしかできなかった。
一方で親まりさは泣きながら少女を罵倒していた。
「や゛べろ゛っでいっでる゛んだぜぇ゛ぇ゛!!! でいぶがお゛ばべにな゛に゛をじだんだぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!」
「までぃ……ざ……ゆひっ、ゆひっ……た、す、け……て……。れいむ、じにだぐ……な゛、いよ……ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……」
「う、うわああぁぁ!!!! れいむぅぅぅぅぅぅ!!!!」
少女は親れいむが「ゆ゛」としか口を利けなくなったのを見て、一度作業を中断した。それから親れいむの口の中にばちゃばちゃとオレンジジュースを流し込む。
程なくして、親れいむは二度、三度と痙攣を起こして、また大泣きを始めた。
「い゛だぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛い゛ぃ゛ぃぃぃぃ!!! も゛う゛や゛だぁ゛!!! でいぶ、おうぢがえる゛ぅ゛ぅぅぅ!!!!」
「何言ってるのよ。どうせ、ここでおうち宣言でもしたんでしょ? だったらここがあなたのおうちじゃない。死ぬまで使って構わないよ?」
「ゆ゛あ゛ぁ゛ぁ゛?!!」
――死ぬまで、という言葉が親れいむの不安感を強烈に煽ったらしい。蒼ざめた様子でぶるぶる震えながら少女の穏やかな笑顔を凝視していた。
少女は、取り出した餡子を親れいむの口の中に再び詰め込んだ。自分の中身を無理矢理喉の奥に押し込まれるという未知の体験に、目玉がぐるぐると引っくり返る。
「げぼぉッ! ごほ゛お゛っ!!!」
新たに吐き出されようとする餡子ごと体内に押し戻される感覚は想像を絶するものだろう。
やがて落ち着いたのか、親れいむは餌付きながら涎を垂らし、もはや言葉を発する気力すら無いほどに体力を消耗していた。
「やめるのぜ……れいむが、いやがってるのぜ……」
「やめちぇにぇ……やめちぇにぇ……」
滝のように涙を流しながら懇願する残りの家族たち。しかし、そんな戯言に耳を貸す少女ではない。伊達に独学で五年も虐待お姉さんをやってきたわけではないのだ。
ゆっくりたちが“言葉”を喋っているうちはまだまだ元気な証拠である。喋っているうちは叩こうが刺そうが焼こうが抉ろうが千切ろうが簡単には死なない。
だから先ほど少女は虐待の手を止めたのだ。もっとも、少女としては今の段階で虐待をしているつもりはなかった。
まずは親れいむの腹の中に収められたパズルのピースを取り戻さなければならない。ただ、それだけの事。
その証拠に少女は親れいむの中に手を突っ込んで餡子をかき混ぜながら中身を取り出しているだけだ。ピースさえ手に入れば中身は戻してやるつもりでいる。
「もう。まだ何もしてないじゃない。そんなに騒がないで。うるさいよ?」
「な、な、な゛んでぞんな゛ごどい゛う゛のぜぇ゛ぇ゛ぇ゛!!???」
「――あった!!!」
親まりさの悲痛な叫びはまるで聞こえていないようで、少女はゴム手袋の先に掴んだピースを取り出して歓声を上げた。
すぐにべちょりとへばり付いた餡子を流水で落としていく。口の中に入れられてあまり時間が経過していなかったおかげか、何とか原型を留めていた。
「良かった……」
「がひっ、こひっ……どぼ、じで……ごんな゛ごど、ずる゛のぉ……」
親れいむが消え入るような声で言葉を紡ぐ。少女は掴んだ餡子の塊を切り開いた腹の中にねじ込みながら淡々と答えた。
「あなたが大事な物を食べてしまったから悪いのよ。だから、こんな余計に苦しむことになったんだわ。つまり、自業自得ね」
「い゛ぎぃ゛ッ!? ぐひぃッ!! ゆ゛びぎ……ッ!! ゆ゛ぐぇ゛ぁ゛!!!」
質問に対する少女の答えはまるで聞こえていないらしい。体内に中身を戻される激痛と嫌悪感に、ひたすら耳障りな声を上げ続けた。
やがて、取り出した中身の収容がすべて終わった親れいむはぐったりとした様子で横倒れになっていた。固定していた釘を引き抜いてやる。それでも動く気配はない。
少女はもう一度オレンジジュースを万遍なくかけてから、親れいむを透明な箱の中に戻した。
「それをとるためだけに……れいむをしぬようなめにあわせたんだぜ?」
「え? そうよ。それが何か?」
「ふざけるなぁぁぁぁ!!! そんな、ごみをひとつとるためだけに……あんなひどいことをしたのぜぇぇぇ!? しねっ!! ゆっくりできないくそばばあはしねっ!!!」
「……そんな、ゴミ……だって?」
少女の肩がぴくりと反応した。
「ごみにきまってるのぜ! そのごみはいたいおもいをしないのぜ?! でも、れいむはたくさんいたいおもいをしたんだぜ!? それがわからないのぜ!?」
少女が無表情のままに笑った。
「いやいやいや……人の家に不法侵入した挙句、人間を攻撃して、お母さんが必死に働いて買ってくれたパズルを壊してヘラヘラ笑ってるようなゴミが……」
「ゆひぃッ?!!」
親まりさが凍りついたような悲鳴を上げた。それは少女が放つ強烈なプレッシャーに強い恐怖を感じた故の衝動だ。
少女が親まりさを睨み付ける。
「分かったよ、まりさ」
「ゆ? ゆゆ?」
「お前に相応しい殺し方が分かったのよ」
「――――!?」
後編へ続く