ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko4038 ゆっくり・ボール・ラン
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『ゆっくり・ボール・ラン』 39KB
制裁 パロディ 戦闘 駆除 群れ 捕食種 希少種 失礼します
※ 人間がチート技術持ちです。
※ 賢いゆっくりが多めです。
街の外れにある森の入り口にて。
「ゆーん……」
一匹のまりさが、呻いていた。
頭の三角帽子には、緑と白の四角いバッジが付けられている。白い部分には星のシール
が二枚貼られていた。地域ゆっくりバッジで、星二枚は主にリーダーの証明である。
目の前に立つ男を、じっと見上げている。
「何だ、まりさ? オレの顔に何か付いてるのか?」
まりさを見下ろしているのは、若い男だった。簡単な山歩きの恰好をして、リュックを
背負っている。腕にはゆっくり管理課の腕章。頭に古ぼけた帽子を乗せている。鍔にスリ
ットが入った珍しい形だ。腰の左右にはポーチを付けている。
「おにいさんは、ふつうのおにいさんなのぜ?」
まりさの問いに男は腕組みをした。
「ふつーって、普通なんじゃないか? ちっと変ってる自覚はあるけどよ。ゆっくり犯し
たりするような趣味は無いから安心しろ」
そう、笑ってみせる。
大きく息を吐き出すまりさ。
「なら、あんしんなのぜ」
まりさが怖がっているのは、管理課にいる麗破亞流の使い手だった。人外の技であらゆ
るゆっくりを犯し尽くす超変態。まりさはその絶技を何度も目撃し、トラウマになってい
るようだった。麗破亞流は男の仕事仲間であり、このまりさの事も聞かされていた。
「ま、いいけどな」
男は腰のポーチを撫でながら、薄く笑う。確かに自分は変態ではない。しかし、一般人
その1であるとも言ってはいない。男はちょっと変った技術を持っていた。
笑みを消し、荷物から書類を取り出す。
「えっと、怪しい群れねぇ」
調査依頼書だった。この森の奥の方に、要注意の群れが現われたので、調査を行う。ど
うやら、かなり無茶な事を企んでいる兆候があるらしい。その確認も兼ねている。場合に
よっては駆除も行われるだろう。
「そういううわさなのぜ。まりさもじっさいにみたわけじゃないのぜ。でも、さいきんゆ
っくりしてないくうきがただよってるのぜ」
森の奥を見ながら、まりさが緊張した面持ちを見せている。
何ヶ所かの地域ゆっくりから管理課に情報が入り、男が調査に出てきたのだ。その群れ
のあると思われる場所は、このまりさのいる場所から行けるので、報告者代表としてまり
さが同行することとなった。
書類を収め、男はまりさを見下ろした。
「位置的には結構奥か。お前、大丈夫か?」
ゆっくり。動く不思議饅頭。個体差はあるものの、通常種では突出した力や素早さ、持
久力は持ち合わせていない。
人間と同じペースで森を歩けば、かなり体力を消耗するだろう。
「だいじょうぶなのぜ。まりさはきたえてるのぜ」
しかし、まりさは気丈に言い切った。
目的地間森を進んでいると、一匹のぱちゅりーが道を横切った。
「あら、まりさじゃない。きょうはいいてんきね」
キリッ。
紫色の目がまりさに向けられる。妙に煌めく瞳と、動きに映る無駄な切れ。ぱちゅりー
なのだが、普通のぱちゅりーではなかった。
「ぱちゅりー……」
まりさが呻く。
ぱちゅりーはどこか芝居がかった動きで、森の奥を見つめる。風に吹かれて木ノ葉が揺
れていた。木漏れ日が地面に模様のようなものを描いている。
「これからぱちぇは、ドスたちと"ゆっくりのみらい"についてはなしあうのだけど、まり
さもいっしょにいかがかしら? かんげいするわよ」
キリッ。
と、まりさに視線を向けた。
「えんりょするのぜ。まりさはようじがあるのぜ」
ぱちゅりーはまりさの横にいる男を見上げ、
「それはざんねんね」
キリッ。
ため息を付いてから、歩き出した。運動の得意でないぱちゅりー種だが、このぱちゅり
ーは普通に動いている。跳んだりはしないものの、動きに無駄がなく、速やかだ。
ぱちゅりーが木の陰に消えるのを見送ってから、まりさが口を開いた。
「へんたいおにいさんが"きょせい"してから、ずっとあんなかんじなのぜ……。みんなさ
とったようなかおで、よくわからないこといいだしてるし、こわいのぜ」
「これが賢者モードってヤツか」
ぱちゅりーの様子を思い出し、男は苦笑いをした。
超快感を中枢餡に刻むことにより、一生すっきりーできなくなる去勢。その効果は確実
だが、去勢を受けたゆっくりはその後一生賢者モードになる妙な後遺症があった。思考が
鮮明になり、賢さが一段上がるので、後遺症と呼べるかは疑問である。それでも傍目に見
れば、変なゆっくりだろう。
「相変わらず、あいつは手ぬるいなー」
帽子のツバを動かし、男が囁く。
「ゆぅ」
まりさは聞こえないふりをした。
「うんうんだな」
「うんうんなのぜ。たぶん、れいむしゅのうんうんなのぜ」
道の真ん中に、うんうんが落ちていた。
獣の糞ではなく、ゆっくりの出す餡子だ。暗い小豆色の餡子の固まり。かなり大きく、
縁が汚く切れている。まだ新しいもので、表面は乾いてはいない。
「でいぶだろう。ここの群れは駄目だな……」
「わかるのぜ?」
まりさは男を見上げた。
男はメモ帳を取り出し、何かを書き込みながら、説明する。
「こんな所に無遠慮にクソするヤツがいる群れが、まともなわけないだろ……。普通はト
イレでするもんだ。それに量も多すぎる。大食いのゆっくりってのは大抵頭が悪い。あと
は切れが悪いな。衛生観念も薄い。ここの長はまともに教育する気がないようだな」
野良でも野生でも、ゆっくりにはトイレがある。普通排泄はそこにするものだ。好き勝
手に排泄をするゆっくりは、トイレの意味も必要性も分からないバカである。また、ゆっ
くりは例外はあるものの賢くなると小食になる特性があり、逆に考え無しの大食いは頭の
悪い証拠である。加えて、このうんうんは完全に出し切る前に、移動を始めた形跡が残っ
ている。ようするに、汚いゆっくりのいる証拠だ。
「おにいさん、すごいのぜ」
「ゆっくりで飯食うならこれくらいは普通だ」
まりさの驚きに、男は覚めた口調で応えた。うんうんから離れ、近くの少し開けた場所
まで移動する。大人しく付いてくるまりさ。
「んじゃ、始めるか」
ベルトに付いたポーチの蓋を開け、中に手を入れる。
そして、中身を取り出し、投げた。
「ひなちゃん一号ッ」
「……♪」
小石を投げるほどの勢いで、一匹のゆっくりが地面に落ちる。
赤く長いリボンと、顎の下辺りで縛った長い緑色の髪の毛。子ゆっくりほどの大きさ。
目を閉じ、くるくると回っている。
「ひな?」
瞬きして、まりさが小さいゆっくりを見つめていた。
「ミニひなだ。これでも成体だぞ。オレの相棒兼最強武器。鉄とか石とか木とか陶器とか
ガラスとか色々試して、こいつに行き着いた。回転するからかねぇ?」
帽子を動かしながら、男は説明する。
ひなは落ち葉の上でくるくると回っていた。周囲の落ち葉がその回転にあわせるように
躍っている。赤いリボンと緑色の髪を揺らして回る姿は、オモチャのようだった。
「くるくるまわって、なにをしてるのぜ……?」
振り返って男を見るまりさ。
「ゆん?」
そこで気付く。
さっきまでまりさは男の後ろにいた。それなのに今は男の前にいる。男が移動したわけ
ではない。立ち位置が変っている理由を、まりさはすぐに理解した。
ひな。
まりさの身体が回るひなへと近付いていく。当たり前だが、自分の意志で進んでいるわ
けではなかった。意志とは無関係に地面を滑っていく。跳ねているわけでもなく、這って
いるわけでもない。ただ、地面を滑るように身体が動いていく。
「ゆっ、なんか――ひっぱられてる……のぜええ……!」
本能的な危機感のまま、まりさは跳ね始めた。ぴょんぴょんと脚を動かし、ひなから遠
ざかるように走り出す。普通ならすぐに離れられただろう。しかし、ほとんど前に進まな
い。汗を流し、歯を食い縛り必死に走っているのに、前に進まない。
しばらくすると。
「ゆあああああ!」
「なんでええええ!」
「わがらないよおおおお!」
「みょおおん!」
あちこちから転がってくるゆっくりたち。ひなの回転に巻き込まれたゆっくりだった。
まりさのように異変を察して抵抗する時間もなかったのだろう。そもそも何が起こってい
るかも理解できていない。
坂道を転がり落ちるように、ひなのへと引き寄せられていく。
「だれがだずげろおおお!」
一匹のでいぶが、さきほど観察していたうんうんを直撃していた。べちゃりと顔面から
うんうんに突っ込み、一直線にまりさへと向かっていく。
「ゆひぃ!」
慌てて横に避けるまりさ。
その横をでいぶが転がっていく。
「おにいざん、これどうなっでるのぜええ!?」
必死に跳ねながら、まりさは声を上げた。両目から涙を流し、男を見る。ひなの引力は
強力で、まりさはゆっくりと後退していた。
くるくると回るひな。
その周囲を悲鳴を上げながら二十匹ほどのゆっくりが回っている。ひなにぶつかること
はなく、ひなの回転に引っ張られるように、泣きながら地面を転がっていた。
異様な光景を見下ろし、男は帽子のツバを持ち上げる。
「回転とは宇宙だ。回転とは世の理だ。回転はパワーだ。ひなちゃんの起こす回転に触れ
たゆっくりは、惑星が恒星の周りを回るかの如く、ひなちゃんに引き寄せられ、ひなちゃ
んを中心として回転する」
ひなが跳んだ。
何かに釣り上げられるように空中へと飛び上がり、男の右手に収まる。ゆっくりたちは
いまだに地面を回っていた。
「そして――」
男は左手をもうひとつのポーチに突っ込んだ。
「ひなちゃん二号ッ!」
ドギャァァッ!
勢いよく投げ放たれたもう一匹のミニひなが、一匹のありすを直撃した。ありすの顔面
を大きく凹ませる。それだけでは終わらない。身体が捻れる。下半分が百八十度ほど。続
いて上半身も付いてくる。声を上げる暇もない。
ありすは回転を始めた。
「~♪」
ひなは何事もなく地面に降りる。かなりの力でぶつかったのだが、身体に傷はない。痛
がっている様子もなかった。くるくると周りながら、男の方へと移動する。
「た、たすかったのぜ」
荒い息をしながら、まりさがお下げで額を拭っていた。全身汗だくになりながら、目を
白黒させている。ひなの引力に気付き全力で逃げ出してから、およそ一分。通常種のゆっ
くりとしては、相当に頑張った方だろう。
「あー、まりさ」
男が声を掛ける。
「ひなちゃんに触るなよ。まだ回転してるからな」
「ゆん?」
まりさが振り向いた。
汗で濡れた金髪が揺れ、お下げが跳ねる。
男が声をかけなかったら、何も起こらなかっただろう。しかし、男は声をかけ、まりさ
はそれに反応して、振り向いた。
お下げの先端がひなに触れる。
「ゆぅ――」
まりさの身体が引っ張られる。お下げの先端がひなに貼り付いたように。大きく二回、
ひなに振り回されてから、横に放り出された。幸いなことにお下げは無事である。だが、
まりさは無事ではなかった。
その身体が捻れていく。あんよが時計回りに動き、いくらか遅れて頭も後と追った。く
るくると螺旋を描いて回り始めるお下げ。意志とは関係なく身体が回転を始めた。次なる
異変を察し、まりさが助けを求める。
「ゆんやああああああっ! だずげでええええええ!」
ゴシャァッ。
まりさの顔面に叩き込まれるひな。
その途端、回転を始めた身体が元に戻った。
「ゆぐぅ。いたいのぜ……」
目を回しながら、まりさは涙をこぼす。
ポーチにひなをしまいながら、男が顎でまりさの後ろを示す。
「文句言うな。そいつらみたいになりたかったか?」
「!」
何匹ものゆっくりを無理矢理球状に押し固めたものが、そこにあった。人間が両手で持
ち上げられるくらいの大きさ。肌色、赤、黒、黄色、紫、茶色、白。それらが歪に混じり
合っている。何匹いるかも分からない。
本能的に嫌悪感を覚える物体。いごいごと蠢きながら、ゆっくりと回転している。無数
の目から涙を流していた。口が潰れて声は出ないらしい。
「回転のエネルギーは集束する。回転するゆっくりはお互いの引力で惹き付け合い、ひと
つの球体へと姿を変える」
男が説明する。
「そいつらは後で回収するなり埋めるなりするかね」
緩く傾斜の付いた森を歩きながら、男が喋っている。
「この回転には黄金の形が必要なんだ。黄金の形はどこにでもある。雲や木々、石ころか
ら生物の手足まで――この世は黄金に満ちている」
「ゆぅ」
その後ろを跳ねながら、まりさはこっそりとため息をついた。
さきほどから男の話は続いている。内容は回転万能論だった。ゆっくりであるまりさに
は全く理解できない話である。人間でも理解できる者はまずいない。
楽しそうに男は話を続けていた。
「回転の力は無限。回転の力は平等だ。お前らゆっくりだって回転の力は使えるんだぜ。
黄金の形を見つけて、黄金の回転を作って、投げる!」
不意に。
男がひなを投げた。
緩い曲線を描き、回転しながら跳んでいき、木の陰へと消える。
「みょみょみょみょみょ!」
一匹のみょんが悲鳴を上げながら出てきた。頭の上でひなが回っている。ひなの回転の
作用だろう。くるくると回転しながら、みょんは男の元まで引っ張られてくる。
腰を屈め、男がひなを回収する。
みょんの頭に手を置き、その回転を止めた。
「偵察か? 丁度いいや。群れの情報を教えてもらおうか?」
不気味な笑みを浮かべながら、そう尋ねる。
未知の群れに会ったら、適当なゆっくりを捕獲し群れの情報を手に入れる。調査の手順
のひとつだ。どんなゆっくりでもいいわけではない。群れの情報をしっかりと把握してい
るそれなりに賢いゆっくりではないといけない。
男はこのみょんを合格と判断した。
「ぜったいいえないみょん!」
大抵それくらいのゆっくりは、見知らぬ人間に群れの情報を伝える事を嫌がる。群れの
情報を人間に教えるのは、危険と理解しているからだ。得意げに喋ってしまうゆっくりも
多いのだが。
あいにく男もプロである。
「あっそう。ところで、中枢餡直接回されたことある?」
「なにいってるみょん?」
男を見上げるみょん。
男の右手でひながくるくると回っていた。森羅万象が内包する黄金の形によって作り出
される黄金の回転。回転は男の意志を的確にゆっくりへと伝える。
ひながみょんの頭に落とされた。
「みゅぎいい――ぃ……!」
白目を剥き、歯を食い縛り、みょんは悶絶した。
群れはかなり大きいようだった。
長はぱちゅりー。幹部が七匹。どういう方法を用いているかは不明だが、ふらん三匹に
れみりゃ十数匹を従えているらしい。情報統制を敷いているようで、下にはほとんど中心
の内情が知らされないようだった。
みょんも最低限の情報しか知らされていない。
「ああ。もうこんな時間か」
男が時計を見た。
ポーチから取り出したひな二匹を地面に下ろす。
「?」
まりさは足を止め、その様子を眺めていた。夕方にはまだ早い。しかし、昼というには
遅い時間。太陽の位置を考え、午後の休み時間と同じ頃だと見当を付けた。
ひなの前に小皿を置き、男は小さな箱を取り出した。
「よーし、おやつだぞー」
「♪」
箱から取り出した四角いものを小皿に乗せる。
まりさはそれを見て、お菓子と判断した。子ゆっくりが食べられる大きさ。人間基準で
言うならば切手くらいである。色は微かに緑色を帯びた黒色。一口サイズのチョコクッキ
ーと言われれば、そう見えなくもないだろう。
強烈な異臭がその考えを否定するが。
「なにしてるのぜ?」
まりさは尋ねた。
ぽりぽりとひなは黒いお菓子を食べている。
男は箱を持ち上げた。
「おやつ。こいつら気分屋だから、朝昼夕食に十時と三時のおやつ食べさせないと、ちゃ
んと働いてくれないんだよ。お前も食う? 美味しいぞー」
中身の黒いお菓子を一枚取り出し、満面の笑顔で差し出してくる。
まりさは半歩下がって頭を左右に動かした。
「えんりょしておくのぜ……」
笑顔は崩さぬまま、男は頷く。
「ああ、そっか。地域ゆっくりって人間から食い物貰っちゃいけないんだっけな。まりさ
は真面目だな、感心感心。だが安心しろ、みんなには黙っててやるから。遠慮せず食え。
むーしゃむーしゃって」
「それぜったいおいじぐないでしょおおお!?」
あくまで食べさせようとする男に、まりさは全力で言い返した。
箱から漂う強烈な異臭。薬品のような匂い。まりさの住む森の日陰に生えているドクダ
ミに似た臭いだった。もっともドクダミよりも臭いに厚みと深みがあり、絶対に口に入れ
てはいけないと本能が訴える。
笑顔を引っ込め、男が舌打ちした。
「ちっ。気付かれてたか」
「きづくでしょおおお!?」
まりさは全力で叫ぶ。
その瞬間。
虹色が見えた。
「ゆっ」
まりさの目に映ったのは、一匹のゆっくりだった。赤いリボンの付いた白い帽子。金色
の髪の毛。赤い瞳。黒い枝に小さなガラス細工をくっつけたような羽。
「ふらんだああああ!」
れみりゃを上回る天敵の存在に、まりさは無力に悲鳴を上げていた。
視界が白く染まり、あんよから地面の感触が消える。
瞬く間に地面が遠くなった。
「おそらをとんでるみたいなのぜー」
半ば現実逃避気味に、まりさは言った。みたい、ではなく本当に飛んでいる。まりさは
ふらんに咥えられ、連れ攫われていた。
「だずげでええ……え……!」
男に助けを求めるが。
男は笑いながら右手を振っていた。
「さて――」
ふらんに咥えられ、どこかへ飛んで行ったまりさ。
その姿が見えなくなってから、男は地面に目を落とす。ついさっきまでおやつを食べて
いたひな二匹。それが一匹になっていた。
おおむね予定通りの流れである。
「ひなちゃんをまりさの帽子に入れた。入れ方は秘密にしておくぜ?」
不敵な笑みを浮かべながら、そう呟いた。
PiPiPiPiPi !
ポケットから着信音が鳴る。
男は携帯電話を取り出した。
「はい。オレだ」
電話の向こうの相手と言葉を交してから、
「もうすぐ正確な場所が分かる。強襲部隊の準備頼む」
「ゆっ」
べちゃり、と。
まりさは地面にぶつかった。
「いたいのぜ……」
涙をこぼしながら、起き上がる。
ふらんに咥えられ空を飛ぶことしばらく。正確な時間は分からない。生まれて初めてふ
らんに捕まった恐怖に、その時間は数時間にも感じられた。実際はそう長くはなかったか
もしれない。どちらにしろ、二度と体験したくないものだ。
「まりさだ」
「こんどはまりさだよ」
聞こえてきたのはゆっくりの声だった。
「ゆん?」
改めて周囲を見る。
ふらんの巣かとも思ったが、そうではないらしい。
森の中にある小さな広場だった。そこに、畳二畳ほどの四角い空間が作られている。地
面に刺さった木の枝が、柵のように周囲を取り囲んでいた。柵というよりは檻である。ふ
らんの巣ではないようだった。
まりさの前にはゆっくりが六匹いた。れいむ、まりさ、ありす、ちぇん、れいむ、ゆう
か。皆頭にバッジを付けている。ゆうかは銅バッジ。他のゆっくりは緑と白の地域ゆっく
りバッジだった。星ひとつの一般ゆっくりと星無しの見習いゆっくり。
「なんなのぜ?」
わけがわからず、まりさは瞬きをした。
ふらんは飛んで行ってしまったらしく、姿は見えなかった。目の前の六匹以外に、ゆっ
くりの姿は見えない。ただ、そう遠くない所にいる気配はしている。
そんなまりさの前に、まりさが飛び出した。
「せんぱい! まりさはまりさだよ」
泥で汚れたまりさ。かなり長いことこの牢屋にいたのだろう。かなり窶れていた。頭に
乗せた帽子には、緑と白のバッジ、星がひとつ。
そして、そのまりさに、まりさは見覚えがあった。
「ゆぅ、まりさなのぜ。ひさしぶりなのぜー」
思わず笑みが出る。
まりさがまだ星ひとつの一般ゆっくりだった頃、同じ公園で地域ゆっくりをしていた後
輩まりさだった。少し気は弱いが真面目な働き者だと記憶している。その後まりさは星ふ
たつとなり、リーダーゆっくりとして今の森へと移された。
「せんぱい、ほしふたつなんだね。やっぱり、ゆうしゅうなんだよ」
嬉しそうに笑いながら、後輩まりさがまりさのバッジを見る。
星ふたつ。主に地域ゆっくりの群れのリーダー格に与えられる。簡単に得られるもので
はない。ほとんどの地域ゆっくりは、星ひとつの一般ゆっくりとして一生を終える。星ふ
たつは才能と努力を積み重ねてようやく手に入るものだ。後輩まりさの言う通り、それは
優秀な証しである。その上の星みっつは、さらに難しいが。
まりさは頬を赤く染めつつ、
「ほめてもなにもでないのぜ。ところでまりさは、こんなところでなにしてるのぜ?」
その問いに、後輩まりさの表情が硬くなった。
「……ぱちゅりーにつかまったんだよ。みんなさらわれたゆっくりだよ。ぱちゅりーはゆ
っくりをさらってなにかわるいことをたくらんでるみたいだよ」
「れいむたちをゆじちにして、にんげんをおどすっていってたよ」
見習い地域ゆっくりのれいむが続ける。
まりさは口元を引き締めた。状況を大雑把に把握する。自分がこのゆっくりたちの助け
になりそうな事も。目を細めて辺りを見る。盗み聞きしている者はいない。
まりさは小声で言った。
「……まりさはにんげんさんといっしょに、ちょうさにやってきたんだぜ。こっちにゆっ
くりできないむれがあるってはなしをほうこくしたんだぜ」
「せんぱい、まりさとおぼうしこうかんしてね」
後輩まりさがお下げで自分の帽子を示した。お飾りの交換。それはゆっくりにとって、
外見を交換するようなものだった。まりさと後輩まりさが入れ替わる。
ちぇんが地面に刺さった枝の一本を目で示す。
「ここからでられるよ。しずかにねー」
「まりさ、れいむたちのことをにんげんさんにしらせてね」
「みはりがいないいまがちゃんすよ。はやくしなさい」
れいむとゆうかの言葉に、まりさは頷いた。
「ゆっくりわかったぜ」
星ふたつのリーダーゆっくり。ここから逃げ出して、男を見つけて戻ってくる。あの男
ならここのゆ質を助けるのは造作もないだろう。まりさが逃げた事に気付くのを遅らせる
ため、後輩まりさがまりさに変装する。
檻の中のまりさが一匹減ってしまうが、それは仕方がない。
後輩まりさと入れ替わるために、まりさは自分の帽子を脱ぎ。
「♪」
帽子から一匹のゆっくりが落ちた。
赤く長いリボンと、顎の下辺りで縛った長い緑色の髪の毛。子ゆっくりほどの大きさ。
目を閉じ、くるくると回っている。
「なにこれ?」
後輩まりさが無警戒にお下げを伸ばす。
「――さわっちゃだめなのぜ!」
鋭く囁くと、お下げを引っ込めた。
帽子から出てきたひなを見つめ、まりさは唾を飲み込んだ。
「……このひなは、おにいさんがまりさのぼうしにかくしたものみたいなのぜ。ぜんぜん
きづかなかったのぜ。すごいにんげんなのぜ」
まりさがふらんに攫われたその時だろう。ほんの一瞬で、まりさにもふらんにも気付か
れず、男は帽子の中にひなを忍び込ませたのだ。
まりさは後輩まりさの帽子を被り、ひなに声をかけた。
「まりさのおぼうしにはいるのぜ」
「♪」
くるくると周りながら、ひながまりさの身体を登り、帽子の中に入り込む。何故か重さ
は感じない。ひなが帽子の中にいる感触もない。
「はやくしてねー」
ちぇんの声を振り向くと、枝が一本引き抜かれ、成体ゆっくりが一匹通れるほどの隙間
が空いていた。ゆうかが土を掘り返し、抜いたのだろう。
「わかってるのぜ」
まりさはそちらに走り、枝の隙間から外に出た。
そのまま全速力で茂みへと走る。
ゆうかとちぇんが枝を地面に立て、根元を埋めていた。その後、れいむが土や葉っぱを
かぶせて、掘り返した跡を消している。けっかい、の応用だった。
その直後である。
「むきゅ! まりさ、まりさ。でてきなさい!」
聞こえてきたぱちゅりーの声に、まりさは振り返った。
わらわらと二十数匹のゆっくりが檻の前までやって来ている。その周囲を飛び回ってい
るふらん三匹に、れみりゃ十数匹。ぱちゅりーはその先頭に立っていた。この群れの長で
あることは間違いない。
「まりさに、なんのよう……なのぜ?」
後輩まりさが前に出て、ぱちゅりーと向き合う。
「あなた、にんげんといっしょにここにきたらしいわね」
紫色の目でぱちゅりーが後輩まりさを睨み付けた。
「そうだよ。まりさは、にんげんさんといっしょにきたのぜ」
「あなた、まりさじゃないわね」
ぱちゅりーはあっさりと変装を看破した。
お飾りの交換による他ゆっくりへの変装。普通のゆっくりにその変装を見破るのは難し
いが、分かるゆっくりには通じないのだ。そして、この長ぱちゅりーは、分かるゆっくり
だった。それだけではない。
今の状況からまりさたちが考えている事を見抜いていた。
「ふらん」
ぱちゅりーの言葉にふらんが檻へと飛び込む。
作戦失敗に固まっていた後輩まりさを咥えると、外へと飛び出した。
「ゆっ!」
後輩まりさを地面に下ろし、ふらんはその頭に牙を浅く突き立てた。口を閉じれば、頭
の四分の一をえぐり取る。そんな位置である。
他のゆっくりたちは柵に張り付き、動けない。
ぱちゅりーが大きく声を上げる。
「ほんもののまりさ、でてきなさい! でてこないなら、このこはここでえいえんにゆっ
くりすることになるわよ! ちょっとだけまってあげるわ」
「ぜ、ぜんぱいいい! ばりさにがまわず、い、いっでほしいんだよぉぉ!」
恐怖に震え、涙としーしーを漏らしながら、必死に叫ぶ後輩まりさ。助けてと叫びたい
衝動を強引に抑え込み、まりさに行くように告げる。自分を犠牲にしてでもまりさを逃が
すという覚悟だった。
「ゆぅぅぅ……!」
その姿を目の当たりにし、まりさは動けないでいた。
逃げれば後輩まりさが死ぬ。だが、まりさの力では助けに行くことはできない。ふらん
にれみりゃ、それが複数いるのだ。通常種のまりさが勝てるわけがない。
「どうすればいいのぜ!」
「~♪」
まりさの目の前に落ちたひな。
頭に男が口にしていた言葉が浮かぶ。
――回転の力は無限。回転の力は平等だ。
――お前らゆっくりだって回転の力は使えるんだぜ。
――黄金の形を見つけて、黄金の回転を作って、投げる!
「ごめんなのぜ、まりさあああ!」
まりさは声にならない叫びとともに、ひなを咥えた。
「でてこないわね。やくそくはやくそくよ。ふらん、やりなさい」
ぱちゅりーがふらんに指示を出す。
ふらんが顎に力を入れた。
「もうおまえはこんてぃにゅーできないのさ」
「ゆああああああああッ!」
続けて響いた悲鳴は、後輩まりさのものではなかった。
一匹のまりさが走ってくる。
「せんぱ……?」
まりさだった。
土煙を上げながら、きめぇ丸並の速度で地面を突き進む。しかし、走ってはいない。跳
ねてもいないし、這ってもいない。口にひなを咥えたまま、高速で滑っていた。まるでコ
マのように回転しながら、ふらんへと突っ込んでいく。
「?」
あまりの事に、その場にいる全てのゆっくりが呆然とまりさを見つめる。
まりさがふらんに激突した。
「ゆぎいいいい」
ギャルギャルギャル!
歯車が噛み合うような音が辺りに響く。
まりさが地面に倒れ、口から離れたひなも地面に降りる。土埃と落ち葉がつむじ風のよ
うに渦を巻きながら、空中に散っていた。
仰向けのまま目を回しているまりさ。
ふらんは吹っ飛ばされて、地面に倒れていた。
「ゆ、は……」
後輩まりさは皮が破れ、餡子を流している。ふらんが弾き飛ばされた時に、牙で裂けた
のだ。口をぱくぱくと動かしながら、意識をどこかに飛ばしていた。半分失神しているせ
いで身体を動かさず、余計な出餡を抑えられたのは幸運だろう。
「うー。う……!」
我に返ったふらんが倒れたまりさを睨み付ける。
「まりさ、ころす。しね……し……い……?」
ぽろり。
と、ふらんの口から牙が抜け落ちた。
金色の髪の毛から見る間に色が抜け、さらに根元から抜け落ちる。白いお帽子がボロ布
のように崩れ落ちた。見る間に壊れていくふらんの身体。張りのある肌は見る間に乾涸ら
びシワだだらけとなり、虹色の羽も灰色に染まり崩れ去る。
ふらんは急激に老化していた。
「あれ、ふらんのからだが……あ……ぅ……」
数秒でミイラのような姿となり。
「もっど……ゆっくり……」
小さな呻きとともに、塵となってその場に崩れた。
異様な光景に息を呑むゆっくりたち。倒れて眼を回しているまりさ。ふらんだった塵の
小山。楽しそうに地面を回っているひな。
だが、ぱちゅりーがその沈黙を破る。
「むきゅ。まりさ……。うちのふらんになにをしたかはしらないけど、ここをしったほし
ふたつもちはいかしておけないわね。ここでゆっくりしになさい。みんな、ぶきをもちな
さい。そこのひなにはふれてはだめよ!」
「ゆっ、ぐっ!」
まりさは何とかその場で起き上がった。
まだ平衡が戻っていないため、足元がふらついている。目の焦点もあっていない。
その周囲を取り囲むゆっくりたち。皆口に尖った枝を咥えていた。上空ではふらん二匹
と多数のれみりゃが飛んでいる。圧倒的な劣勢だった。
「うー! うー!」
「ゆっくりしね!」
「しねよー。わかれよー!」
「しけいみょん!」
ドギャァアッ。
群れのまりさの顔面に、小さなゆっくりが激突した。ゆっくりひな。
まりさの帽子に入れられたひなではない。
「ゆぎぃぃ!」
ガリガリガリガリッ!
金属を擦り合わせるような異音が響く。
まりさがその場で回転を始めた。
ひながまりさの顔面から勢いよく弾け、近くにいたありすの頬に激突した。
「おほおおおおおっ!」
口からカスタードクリームを吐き出し、ありすが回転を始める。
弾かれるようにありすの頬から跳び、今度はちぇんの顔面に激突。さらに、みょん、れ
いむと、次々と周囲のゆっくりへと飛び移っていく。
「いやあああぁ!」
「ゆやああああ!」
「ぎいいいいい!」
十匹ほどのゆっくりの間を飛び回り、ひなが地面に降りた。
ひなの回転を受けたゆっくりは、その場で高速回転をしている。もはや自分の意志では
どうする事もできない。黄金の回転はゆっくりの力で破れるものではなかった。
やがて、回転が収まる。
そこには四角く成形されたゆっくりが残った。
もぞもぞと動こうとしているが、あんよは動かず口も動かない。皮が木のように硬く変
化していた。そのため、まともに動かせる部分が無くなっている。唯一皮の影響を受けな
い眼だけが必死に動いていた。
「いやー、ブラボーブラボー」
拍手をしながら、男が現われた。
爽やかな笑みを浮かべ、呆然としているまりさを見下ろす。
「おにい、さん……」
「なかなか根性あるじゃないか、お前。可愛い後輩助けるために、ひなちゃん使って突っ
込んでって見事ふらん撃破。ちょっと恰好よかったぜ」
ぴょんと跳ね上がったひなが、男の手に収まる。
手の中でひなの回転が少し変った。
男は半分失神している後輩まりさの頭にひなを落とした。
しゅるしゅると帽子の上で回転するひな。回転の力を後輩まりさに伝えていた。こぼれ
ていた餡子が身体に戻り、ふらんの牙によって裂けた皮も塞がっていく。
「ゆっ、ゆぅ……?」
ほどなく後輩まりさは元通りになった。
意識が戻るまでは、まだ時間はかかりそうだが。
「いつからみてたのぜ?」
理不尽なものを感じながら、まりさは男を見上げた。まりさの窮地に突然投げ込まれた
ひな。その時に駆け付けたものではない。男はどこかで様子をうかがっていた。
帽子を動かし、男はしゃあしゃあと答える。
「お前が後輩とお帽子交換してる頃からかな? 出てくタイミング探してた」
「すぐでてきてほしいのぜ……」
脱力しながら、正直な意見を告げるまりさ。
「はっはっは」
脳天気に笑い返してから、男はぱちゅりーに向き直った。
「さぁて、ぱちゅりー」
「むきゅ」
口元に浮かんだサドい笑みに、ぱちゅりーが後退する。だが、すぐには逃げ出さない。
ゆっくりが一対一で人間から逃げられないことは理解している。
人差し指をぱちゅりーに向け、男は口を開いた。
「お前の作戦を当ててみよう。地域ゆっくりをゆ質に集めて、返して欲しければ食料よこ
せとか、管理課の人間に交渉するつもりだったんだろう? 消えてもあんまり問題にされ
ない星ひとつ以下とか銅バッジとか狙って」
「むきゃあぁ! どぼじてぱちぇのがんべきなざぐえんがあああ!?」
企みをあっさり看破され、ぱちゅりーは喚いた。
男は芝居がかった仕草で額を押え、ため息を付く。
「時々いるんだよ、この手のアホ。攫いやすい地域ゆっくりや銅バッジ集めて、人間相手
に変な交渉持ちかけるやつ。結果は目に見えてるだろうに」
と、小馬鹿にするような眼差しをぱちゅりーに向ける。
歯ぎしりをしながら睨み返すぱちゅりー。
「はい、ゆっくり注目!」
突然、男が空を指差した。
その言葉に引かれ、その場にいたゆっくりが全員空を見る。
風切り音とともに、四角い箱が跳んでくる。
ヒュウッ!
ドガッ!
ドンッ!
地面に墜落、もとい着地したのはうーぱっく三匹だった。ただのうーぱっくではない。
全身を薄い鋼鉄板で覆われ、小型のブースターを取り付けた、じぇっとうーぱっく。加工
所製の改造ゆっくりだ。
うーぱっくから出てくるゆっくり三匹。
れみりゃ、ありす、れいむ。
「そこのゆ質六匹と、四角い連中、あと長のぱちゅりー。それ以外は全部駆除だ!」
「ゆっくりりょうかいしました!」
男の指示に、三匹が返事をする。
一番最初に飛び出したのは、れみりゃだった。一直線にふらん目掛けて飛んでいく。
「うー!」
「おねえさま、しね。し――」
二匹のふらんがれみりゃに襲いかかる。
だが次の瞬間、ふらんの身体はれみりゃの牙に抉り取られていた。ふらんを上回るパワ
ーとスピード。なによりも技術と経験の桁が違う。中枢餡まで届く致命傷に、声も上げら
れず地面に落ちるふらん。即死だった。
「ふらんよりつよいれみりゃだって、いるんだどー?」
ふらんを見下ろし、れみりゃは呟いた。
「れいぱありゅう・ばんかい・ころせ、かみしにのぺに!」
ぎゅん!
勢いよく伸びたありすのぺにぺにが、れみりゃの一匹を貫いた。中枢餡を貫かれ、れみ
りゃが地面に落ちる。こちらも声も上げられずに即死だった。
「ありすのぺにぺにがどれくらいのびるか、わかる?」
ぺにぺにの先端を空中のれみりゃに向けながら、ありすは宣言した。
「13mよ」
れいむが走る。
「さんとうりゅう――」
刃渡り二十センチほどの刃物を三本、口と両のもみあげで構えていた。細かく跳ねなが
ら、れいむ種とは思えない速度で走る。
狙いは四角く成形されていない群れの残り。
「おにぎり!」
みょんが裂ける。
「とらがり!」
まりさが割れる。
「うしばり!」
ちぇんが貫かれる。
「う、うぅぅぅ!」
「ゆ、ゆっぐりじねえええ!」
残ったゆっくりが、ようやく反撃を始めていた。だが、実力差がありすぎた。ゆっくり
を駆除するために専門の戦闘技術を叩き込まれたゆっくりに対して、普通の野生のゆっく
り。勝てる理由がない。
男は四角くなっているゆっくりたちを見下ろした。四角くなっているゆっくりは、この
群れの幹部格である。捕獲するために、回転で皮を固めたのだ。
「さて、お前らはこれからどうなるのか知っておく権利があるな、うん。とりあえず、群
れは全部駆除だ。もうしばらくすると、加工所のゆっくり駆除班がやってくる。子ゆ、赤
ゆ、実ゆまで、全滅だ。一匹も残さない」
楽しげに親指を真下に向ける。
四角ゆっくりたちは、涙を流して男を見上げていた。
「お前ら幹部と長は、管理課で事情聴取……てか、拷問で全部吐いてもらう。というか、
吐かせる。足焼きされたことはあるか? アマギラれたことはあるか? 身体を薄切りに
されていく痛みが分かるか? 無理矢理子を作らされて、その子ゆが目の前で潰される気
持ちが分かるか? 中枢餡に針突き刺されて電気流される痛みが想像つくか?」
清々しく黒い笑顔で説明する男。
「酷い目にあいたくなきゃ、全部洗いざらい吐くんだな。そうすりゃ、楽に死ねる」
その宣告に、四角ゆっくりはただ泣いた。
「にんげん!」
ぱちゅりーの声。
男が目を移すと、ぱちゅりーがまりさにナイフを突きつけていた。帽子の中に隠してい
たのだろう。鈍い色の刃がまりさの頬に触れる。
「あっさり捕まるな……アホ」
まりさに向けて呆れたように呟く男。
もっとも、まりさも男も今まで完全にぱちゅりーから意識を外していたので、この結果
は仕方ないとも言える。
「このまりさのいのちがおしかったら、みちをあけなさい! はにはゆっコロリがぬって
あるわよ。かすっただけで、まりさはしぬわ!」
「おに、いさん」
皮の表面に触れる刃の感触に、まりさは動けなかった。
ゆっコロリ。駆除用の薬品である。針に少し付けて刺すだけで、ゆっくりは死ぬ。声も
上げられず、動く暇もなく即死。それほどの毒性を持つ薬だ。刃が少しまりさの頬を傷付
けるだけで、まりさは死ぬだろう。
「うー!」
「ころせかみしにのぺに!」
「さんとうりゅう・さんぜんせかい!」
群れのれみりゃが通常種が、次々と殺されていく。
男はぱちゅりーとまりさを見つめ、困ったように首を傾げ。
べちゃ。
頭に小さな衝撃を受け、眉を寄せた。
帽子を取ると、帽子のツバにべったりと餡子がついていた。
「うげぇ」
それを見て、露骨に嫌な顔をする男。大袈裟にため息を付いてから、ポケットから取り
出したハンカチで、ツバに付いた餡子を拭き取り始める。
「むきゃー! このくそにんげん! きいてるの!」
ぱちゅりーの罵声に、しかし男は帽子を拭きながら答えた。
「ちょっと待ってくれ。帽子に餡子がくっついちまったんだよ。こんな場所で餡子まき散
らして、乱戦なんかするなって……。加工所とか管理課とか、考え方が過激なんだよな。
ったく、大事な帽子汚しやがって。文句言ってやる」
ぶつぶつと呻きながら、餡子を拭き取る。表面の餡子が無くなると、今度はウエットテ
ィッシュを取り出した。残った餡子のカスを念入りに溶かし取る。
「むきゅぁ……」
ぱちゅりーは額に青筋を浮かべていた。
絶体絶命の窮地。ほんの小さな隙を突き、星ふたつのまりさをゆ質にした。少なくとも
自分だけでも逃げだそうと、勝てる見込みの薄い脅迫を突きつける。そんなぱちゅりーの
命がけの綱渡りに、人間は全く取り合ってくれない。
その理不尽さにぱちゅりーは癇癪を起こしていた。
「ふざけるんじゃないわああ! このくそにんげんっ! そんなばっちいぼうしなんか、
どうでもいいでしょ! いますぐぱちぇのはなしをききなさい!」
「あ゙っ? 今なんつった?」
帽子を頭に乗せ、男がぱちゅりーを睨んだ。眉をつり上げ、目蓋を半分下ろし、口元を
歪め、犬歯を覗かせる。その瞳に燃え上がるような憤怒が映っていた。剥き出しの殺意が
男の全身から立ち上っている。
簡単に言って、ブチ切れていた。
「むっ、きゅ……」
ただならぬ様子に、ぱちゅりーは息を呑み込む。
ぱちゅりーを睨み付け、男が咆えた。
「オレの帽子が、まりさのお帽子みてェだとォ!」
「いってないでしょおおおおお!」
「それすっごくしつれいなのぜええええ!」
ぱちゅりーとまりさは同時に言い返す。
「確かに聞いたァ!」
男の右手で回転するひな。
ぱちゅりーは目を剥いた。
風が頬を撫で、紫色の髪を揺らした。広場の地面を螺旋を描いて走り抜ける何か。土埃
や落ち葉が舞い上がる。それが何かは分からない。ただ、想像を絶する凄まじいまでの力
だとは分かった。見えない力が男の足元に集まり、その身体を駆け上がっていく。
男の身体が淡く黄金色に輝いたように見えた。黄金の螺旋が、足から腰、腰から肩、肩
から腕、腕から手、手の中のひなへと伝わっていく。
ギャルギャルギャル……!
およそゆっくりが出すとは思えない重々しい回転音。
男の瞳がぱちゅりーを射貫いた。
「うおおらああああッ!」
腕を振り抜き、ひなを投げる。
ドギュァーン!
「むきゃあああ!」
「ゆああああ!」
ひなの直撃を受け、ぱちゅりーとまりさは吹き飛んだ。ぱちゅりーは後ろに、まりさは
横に跳び、地面に倒れる。弾かれたナイフが地面に刺さった。
ふらふらとぱちゅりーが顔を上げると。
「オレの帽子にケチつけてムカつかせたヤツァ! 何モンだろうと、許さねェェ!」
男の足に蹴り抜かれた。
サッカーボールのように宙を舞い、木にぶつかり、地面に落ちる。吐き出された生クリ
ームが白い軌跡を描いていた。蹴られた衝撃で歯も半分砕け、右目も潰れている。元々身
体の丈夫でないぱちゅりー。蹴り一発で死にかけていた。
そこに男の足が容赦なく叩き込まれる。
「蹴り殺してやるッ! このゲロ饅頭がァァッ! これも、これも、これもこれもこれも
これも、オレのお帽子のぶんだぁぁぁぁッ! ブッ潰れろおおおおおッ! このド低脳が
ああああ! オラオラオラオラオラオラァァァァ!」
ぱちゅりーはあっという間に原型を失った。
生クリームと破れた皮が飛び散り、千切れた紫色の髪の毛が落ちている。お帽子も破れ
ていた。目や歯は原型も残らず潰されている。
肩で息をしながら、男はぱちゅりーの残骸を見回した。
「これで終わりと思うなよ?」
皮が、生クリームが、髪の毛が、お帽子の破片が。
その場で回転を始める。回転しながら、破片が動き出した。潰れる課程を逆回しにする
ように、最初に倒れた位置へと集まっていく。木や男の足にくっついていたものも、生き
物のように動いていた。生クリームが丸く固まり、皮が繋がり、髪の毛が戻り、帽子や目
や歯が元の位置へと戻っていく。
「どおいうことなの……!?」
十秒ほどでぱちゅりーは元通りに復元していた。
それだけでは終わらない。
ぱちゅりーの身体が回転する。身体の一部が輪切りのように切り出され、その部分が回
転し元に戻る。すると、別の部分が輪切りに外れ回転する。身体が千切れているが、痛み
はない。さらに、回転するたびに、ぱちゅりーが地面に沈んでいた。底なし沼に落ちたか
のように、ゆっくりと地面の下へと引っ張られている。
「むきゅああぁぁ……」
異様な状況を察し、ぱちゅりーが悲鳴を上げた。
既に脚は地面に沈み、移動はできなくなっている。
「ぱちゅりー」
男がぱちゅりーを見下ろした。その右手でひなが回転している。さきほどまでの怒りの
暴走は収まっていた。しかし、怒りが消えたわけではない。
「これは究極の回転だ。地球の自転のパワーを乗せた、無限の回転。この回転を受けたゆ
っくりは永久の回転を続ける。身体がぶっ壊されても、回転のパワーは破壊された身体を
修復し、回転を続ける。いうなれば、不死身だ」
「ぱ、ぱちぇは……どうなるの……! どこにいくの……!」
男を見上げ、ぱちゅりーは尋ねた。
身体の下半分が、地面に沈んでいる。身体の回転は止まらない。無限の回転は止まる事
なく、ぱちゅりーを回し続ける。ぱちゅりーの力では絶対に止められない。
男は人差し指で真下を示した。
「お前に与えられた回転は、持ち主へと返される。つまり、ずーっと下、地球の底まで沈
んでいく。無限のパワーはお前を死なせない。暗く何も無い土の中をずーっと潜っていく。
そうだな、『ぱちゅりーは考えるのをやめた』になるまでせいぜい頑張れや。オレのお帽
子貶したことを後悔しながらな」
と、笑った。ザマミロ&スカッとサワヤカの笑顔だが。
「いや……いや……」
口が沈み、ぱちゅりーの言葉が消える。
あとは静かだった。
紫色の目で男を見上げながら、無言で地中へと沈んでいった。やがて目も沈み、頭も沈
み、地上からぱちゅりーの姿が完全に消える。ぱちゅりーのいた場所には、跡も残ってい
ない。この後は地球の底までたどり着くまで、何年か何十年か何百年か何千年か。
ぱちゅりーの消えた地面を見つめ、男は額を押えた。
「あー。長は生かしておいた方がよかったかな? 首謀者だしな。でもまあ、幹部連中の
話纏めれば大丈夫だろ。……でも、怒られるだろうなぁ。やれやれだぜ」
吐息してから、横を見る。
「おっ。まりさ」
まりさが地面に沈みかけていた。
ぱちゅりーほど早くはないが、既に口は地中に沈んでいる。身体が輪切りになり回転。
そのたびにまりさは地中に沈んでいた。
泣きながら男を見上げるまりさ。
「そういえば、お前もひなちゃん擦ってたな。うっかり忘れてたわ、すまんすまん」
悪びれる様子もなく、笑いながら謝罪。
それから諭すような口調で。
「こういう場合は、ちゃんと助けてって言わないと駄目だぞ。放っておけばぱちゅりーと
一緒に地中探検だぞ。それはお前も困るだろー?」
「…………」
まりさは無言で泣き続けている。
さきほど男がぱちゅりーに伝えた話は、まりさも聞いていたのだ。しっかりと内容を理
解しているわけではないが、このままだと本当に永遠にゆっくりできなくなる。それだけ
は理解した。死ぬより酷い事になるという恐怖。
「ふぅンッ!」
メギャリ!
まりさの額にひなが打ち込まれた。
地球の自転の力から作り出した無限の逆回転。
まりさが逆方向に回転を始める。身体が輪切りになり、回転しながら、浮かび上がって
きた。口元が浮かび上がり、顎が出て、最後に足まで完全に浮かび上がる。
そこで回転も止まった。
まりさは仰向けに倒れる。
「ゆうううん……まりざ、もうおうぢがえるぅぅ……ぅ……」
ゆんゆんと泣くまりさから目を離し、男は広場を見回した。
広場にいた群れのゆっくりは全滅。強襲部隊は無傷だ。ゆ質となっていた地域ゆっくり
たちは開放されて、強襲部隊のれいむから渡された体力回復用のオレンジドロップを食べ
ている。後輩まりさも意識を取り戻し、オレンジドロップを食べていた。
幹部は男の回転によって四角く固められ、ぱちゅりーは地球の底へと消えた。
空を見上げると、夕方の色に染まっている。
「さってと、ここからが本当に面倒くさいんだがなー。公務員の辛いところだ」
男は帽子を動かした。
あとがき
強襲部隊のありすは「anko3994 愛の超伝道師」に登場したリーダーれいぱーです。
変態お兄さんに調教されました。
SBRの最後で地球の回転来ると思ったんですけど、来なかった。
過去作
anko4008 ゆか PIECE
anko4005 燃える、お兄さん
anko4003 続・愛の超伝道師
anko3994 愛の超伝道師
anko3894 続・えどてんせいっ!
anko3878 えどてんせいっ!
anko3874 禁断の口付け
anko3862 人工ドススパーク
制裁 パロディ 戦闘 駆除 群れ 捕食種 希少種 失礼します
※ 人間がチート技術持ちです。
※ 賢いゆっくりが多めです。
街の外れにある森の入り口にて。
「ゆーん……」
一匹のまりさが、呻いていた。
頭の三角帽子には、緑と白の四角いバッジが付けられている。白い部分には星のシール
が二枚貼られていた。地域ゆっくりバッジで、星二枚は主にリーダーの証明である。
目の前に立つ男を、じっと見上げている。
「何だ、まりさ? オレの顔に何か付いてるのか?」
まりさを見下ろしているのは、若い男だった。簡単な山歩きの恰好をして、リュックを
背負っている。腕にはゆっくり管理課の腕章。頭に古ぼけた帽子を乗せている。鍔にスリ
ットが入った珍しい形だ。腰の左右にはポーチを付けている。
「おにいさんは、ふつうのおにいさんなのぜ?」
まりさの問いに男は腕組みをした。
「ふつーって、普通なんじゃないか? ちっと変ってる自覚はあるけどよ。ゆっくり犯し
たりするような趣味は無いから安心しろ」
そう、笑ってみせる。
大きく息を吐き出すまりさ。
「なら、あんしんなのぜ」
まりさが怖がっているのは、管理課にいる麗破亞流の使い手だった。人外の技であらゆ
るゆっくりを犯し尽くす超変態。まりさはその絶技を何度も目撃し、トラウマになってい
るようだった。麗破亞流は男の仕事仲間であり、このまりさの事も聞かされていた。
「ま、いいけどな」
男は腰のポーチを撫でながら、薄く笑う。確かに自分は変態ではない。しかし、一般人
その1であるとも言ってはいない。男はちょっと変った技術を持っていた。
笑みを消し、荷物から書類を取り出す。
「えっと、怪しい群れねぇ」
調査依頼書だった。この森の奥の方に、要注意の群れが現われたので、調査を行う。ど
うやら、かなり無茶な事を企んでいる兆候があるらしい。その確認も兼ねている。場合に
よっては駆除も行われるだろう。
「そういううわさなのぜ。まりさもじっさいにみたわけじゃないのぜ。でも、さいきんゆ
っくりしてないくうきがただよってるのぜ」
森の奥を見ながら、まりさが緊張した面持ちを見せている。
何ヶ所かの地域ゆっくりから管理課に情報が入り、男が調査に出てきたのだ。その群れ
のあると思われる場所は、このまりさのいる場所から行けるので、報告者代表としてまり
さが同行することとなった。
書類を収め、男はまりさを見下ろした。
「位置的には結構奥か。お前、大丈夫か?」
ゆっくり。動く不思議饅頭。個体差はあるものの、通常種では突出した力や素早さ、持
久力は持ち合わせていない。
人間と同じペースで森を歩けば、かなり体力を消耗するだろう。
「だいじょうぶなのぜ。まりさはきたえてるのぜ」
しかし、まりさは気丈に言い切った。
目的地間森を進んでいると、一匹のぱちゅりーが道を横切った。
「あら、まりさじゃない。きょうはいいてんきね」
キリッ。
紫色の目がまりさに向けられる。妙に煌めく瞳と、動きに映る無駄な切れ。ぱちゅりー
なのだが、普通のぱちゅりーではなかった。
「ぱちゅりー……」
まりさが呻く。
ぱちゅりーはどこか芝居がかった動きで、森の奥を見つめる。風に吹かれて木ノ葉が揺
れていた。木漏れ日が地面に模様のようなものを描いている。
「これからぱちぇは、ドスたちと"ゆっくりのみらい"についてはなしあうのだけど、まり
さもいっしょにいかがかしら? かんげいするわよ」
キリッ。
と、まりさに視線を向けた。
「えんりょするのぜ。まりさはようじがあるのぜ」
ぱちゅりーはまりさの横にいる男を見上げ、
「それはざんねんね」
キリッ。
ため息を付いてから、歩き出した。運動の得意でないぱちゅりー種だが、このぱちゅり
ーは普通に動いている。跳んだりはしないものの、動きに無駄がなく、速やかだ。
ぱちゅりーが木の陰に消えるのを見送ってから、まりさが口を開いた。
「へんたいおにいさんが"きょせい"してから、ずっとあんなかんじなのぜ……。みんなさ
とったようなかおで、よくわからないこといいだしてるし、こわいのぜ」
「これが賢者モードってヤツか」
ぱちゅりーの様子を思い出し、男は苦笑いをした。
超快感を中枢餡に刻むことにより、一生すっきりーできなくなる去勢。その効果は確実
だが、去勢を受けたゆっくりはその後一生賢者モードになる妙な後遺症があった。思考が
鮮明になり、賢さが一段上がるので、後遺症と呼べるかは疑問である。それでも傍目に見
れば、変なゆっくりだろう。
「相変わらず、あいつは手ぬるいなー」
帽子のツバを動かし、男が囁く。
「ゆぅ」
まりさは聞こえないふりをした。
「うんうんだな」
「うんうんなのぜ。たぶん、れいむしゅのうんうんなのぜ」
道の真ん中に、うんうんが落ちていた。
獣の糞ではなく、ゆっくりの出す餡子だ。暗い小豆色の餡子の固まり。かなり大きく、
縁が汚く切れている。まだ新しいもので、表面は乾いてはいない。
「でいぶだろう。ここの群れは駄目だな……」
「わかるのぜ?」
まりさは男を見上げた。
男はメモ帳を取り出し、何かを書き込みながら、説明する。
「こんな所に無遠慮にクソするヤツがいる群れが、まともなわけないだろ……。普通はト
イレでするもんだ。それに量も多すぎる。大食いのゆっくりってのは大抵頭が悪い。あと
は切れが悪いな。衛生観念も薄い。ここの長はまともに教育する気がないようだな」
野良でも野生でも、ゆっくりにはトイレがある。普通排泄はそこにするものだ。好き勝
手に排泄をするゆっくりは、トイレの意味も必要性も分からないバカである。また、ゆっ
くりは例外はあるものの賢くなると小食になる特性があり、逆に考え無しの大食いは頭の
悪い証拠である。加えて、このうんうんは完全に出し切る前に、移動を始めた形跡が残っ
ている。ようするに、汚いゆっくりのいる証拠だ。
「おにいさん、すごいのぜ」
「ゆっくりで飯食うならこれくらいは普通だ」
まりさの驚きに、男は覚めた口調で応えた。うんうんから離れ、近くの少し開けた場所
まで移動する。大人しく付いてくるまりさ。
「んじゃ、始めるか」
ベルトに付いたポーチの蓋を開け、中に手を入れる。
そして、中身を取り出し、投げた。
「ひなちゃん一号ッ」
「……♪」
小石を投げるほどの勢いで、一匹のゆっくりが地面に落ちる。
赤く長いリボンと、顎の下辺りで縛った長い緑色の髪の毛。子ゆっくりほどの大きさ。
目を閉じ、くるくると回っている。
「ひな?」
瞬きして、まりさが小さいゆっくりを見つめていた。
「ミニひなだ。これでも成体だぞ。オレの相棒兼最強武器。鉄とか石とか木とか陶器とか
ガラスとか色々試して、こいつに行き着いた。回転するからかねぇ?」
帽子を動かしながら、男は説明する。
ひなは落ち葉の上でくるくると回っていた。周囲の落ち葉がその回転にあわせるように
躍っている。赤いリボンと緑色の髪を揺らして回る姿は、オモチャのようだった。
「くるくるまわって、なにをしてるのぜ……?」
振り返って男を見るまりさ。
「ゆん?」
そこで気付く。
さっきまでまりさは男の後ろにいた。それなのに今は男の前にいる。男が移動したわけ
ではない。立ち位置が変っている理由を、まりさはすぐに理解した。
ひな。
まりさの身体が回るひなへと近付いていく。当たり前だが、自分の意志で進んでいるわ
けではなかった。意志とは無関係に地面を滑っていく。跳ねているわけでもなく、這って
いるわけでもない。ただ、地面を滑るように身体が動いていく。
「ゆっ、なんか――ひっぱられてる……のぜええ……!」
本能的な危機感のまま、まりさは跳ね始めた。ぴょんぴょんと脚を動かし、ひなから遠
ざかるように走り出す。普通ならすぐに離れられただろう。しかし、ほとんど前に進まな
い。汗を流し、歯を食い縛り必死に走っているのに、前に進まない。
しばらくすると。
「ゆあああああ!」
「なんでええええ!」
「わがらないよおおおお!」
「みょおおん!」
あちこちから転がってくるゆっくりたち。ひなの回転に巻き込まれたゆっくりだった。
まりさのように異変を察して抵抗する時間もなかったのだろう。そもそも何が起こってい
るかも理解できていない。
坂道を転がり落ちるように、ひなのへと引き寄せられていく。
「だれがだずげろおおお!」
一匹のでいぶが、さきほど観察していたうんうんを直撃していた。べちゃりと顔面から
うんうんに突っ込み、一直線にまりさへと向かっていく。
「ゆひぃ!」
慌てて横に避けるまりさ。
その横をでいぶが転がっていく。
「おにいざん、これどうなっでるのぜええ!?」
必死に跳ねながら、まりさは声を上げた。両目から涙を流し、男を見る。ひなの引力は
強力で、まりさはゆっくりと後退していた。
くるくると回るひな。
その周囲を悲鳴を上げながら二十匹ほどのゆっくりが回っている。ひなにぶつかること
はなく、ひなの回転に引っ張られるように、泣きながら地面を転がっていた。
異様な光景を見下ろし、男は帽子のツバを持ち上げる。
「回転とは宇宙だ。回転とは世の理だ。回転はパワーだ。ひなちゃんの起こす回転に触れ
たゆっくりは、惑星が恒星の周りを回るかの如く、ひなちゃんに引き寄せられ、ひなちゃ
んを中心として回転する」
ひなが跳んだ。
何かに釣り上げられるように空中へと飛び上がり、男の右手に収まる。ゆっくりたちは
いまだに地面を回っていた。
「そして――」
男は左手をもうひとつのポーチに突っ込んだ。
「ひなちゃん二号ッ!」
ドギャァァッ!
勢いよく投げ放たれたもう一匹のミニひなが、一匹のありすを直撃した。ありすの顔面
を大きく凹ませる。それだけでは終わらない。身体が捻れる。下半分が百八十度ほど。続
いて上半身も付いてくる。声を上げる暇もない。
ありすは回転を始めた。
「~♪」
ひなは何事もなく地面に降りる。かなりの力でぶつかったのだが、身体に傷はない。痛
がっている様子もなかった。くるくると周りながら、男の方へと移動する。
「た、たすかったのぜ」
荒い息をしながら、まりさがお下げで額を拭っていた。全身汗だくになりながら、目を
白黒させている。ひなの引力に気付き全力で逃げ出してから、およそ一分。通常種のゆっ
くりとしては、相当に頑張った方だろう。
「あー、まりさ」
男が声を掛ける。
「ひなちゃんに触るなよ。まだ回転してるからな」
「ゆん?」
まりさが振り向いた。
汗で濡れた金髪が揺れ、お下げが跳ねる。
男が声をかけなかったら、何も起こらなかっただろう。しかし、男は声をかけ、まりさ
はそれに反応して、振り向いた。
お下げの先端がひなに触れる。
「ゆぅ――」
まりさの身体が引っ張られる。お下げの先端がひなに貼り付いたように。大きく二回、
ひなに振り回されてから、横に放り出された。幸いなことにお下げは無事である。だが、
まりさは無事ではなかった。
その身体が捻れていく。あんよが時計回りに動き、いくらか遅れて頭も後と追った。く
るくると螺旋を描いて回り始めるお下げ。意志とは関係なく身体が回転を始めた。次なる
異変を察し、まりさが助けを求める。
「ゆんやああああああっ! だずげでええええええ!」
ゴシャァッ。
まりさの顔面に叩き込まれるひな。
その途端、回転を始めた身体が元に戻った。
「ゆぐぅ。いたいのぜ……」
目を回しながら、まりさは涙をこぼす。
ポーチにひなをしまいながら、男が顎でまりさの後ろを示す。
「文句言うな。そいつらみたいになりたかったか?」
「!」
何匹ものゆっくりを無理矢理球状に押し固めたものが、そこにあった。人間が両手で持
ち上げられるくらいの大きさ。肌色、赤、黒、黄色、紫、茶色、白。それらが歪に混じり
合っている。何匹いるかも分からない。
本能的に嫌悪感を覚える物体。いごいごと蠢きながら、ゆっくりと回転している。無数
の目から涙を流していた。口が潰れて声は出ないらしい。
「回転のエネルギーは集束する。回転するゆっくりはお互いの引力で惹き付け合い、ひと
つの球体へと姿を変える」
男が説明する。
「そいつらは後で回収するなり埋めるなりするかね」
緩く傾斜の付いた森を歩きながら、男が喋っている。
「この回転には黄金の形が必要なんだ。黄金の形はどこにでもある。雲や木々、石ころか
ら生物の手足まで――この世は黄金に満ちている」
「ゆぅ」
その後ろを跳ねながら、まりさはこっそりとため息をついた。
さきほどから男の話は続いている。内容は回転万能論だった。ゆっくりであるまりさに
は全く理解できない話である。人間でも理解できる者はまずいない。
楽しそうに男は話を続けていた。
「回転の力は無限。回転の力は平等だ。お前らゆっくりだって回転の力は使えるんだぜ。
黄金の形を見つけて、黄金の回転を作って、投げる!」
不意に。
男がひなを投げた。
緩い曲線を描き、回転しながら跳んでいき、木の陰へと消える。
「みょみょみょみょみょ!」
一匹のみょんが悲鳴を上げながら出てきた。頭の上でひなが回っている。ひなの回転の
作用だろう。くるくると回転しながら、みょんは男の元まで引っ張られてくる。
腰を屈め、男がひなを回収する。
みょんの頭に手を置き、その回転を止めた。
「偵察か? 丁度いいや。群れの情報を教えてもらおうか?」
不気味な笑みを浮かべながら、そう尋ねる。
未知の群れに会ったら、適当なゆっくりを捕獲し群れの情報を手に入れる。調査の手順
のひとつだ。どんなゆっくりでもいいわけではない。群れの情報をしっかりと把握してい
るそれなりに賢いゆっくりではないといけない。
男はこのみょんを合格と判断した。
「ぜったいいえないみょん!」
大抵それくらいのゆっくりは、見知らぬ人間に群れの情報を伝える事を嫌がる。群れの
情報を人間に教えるのは、危険と理解しているからだ。得意げに喋ってしまうゆっくりも
多いのだが。
あいにく男もプロである。
「あっそう。ところで、中枢餡直接回されたことある?」
「なにいってるみょん?」
男を見上げるみょん。
男の右手でひながくるくると回っていた。森羅万象が内包する黄金の形によって作り出
される黄金の回転。回転は男の意志を的確にゆっくりへと伝える。
ひながみょんの頭に落とされた。
「みゅぎいい――ぃ……!」
白目を剥き、歯を食い縛り、みょんは悶絶した。
群れはかなり大きいようだった。
長はぱちゅりー。幹部が七匹。どういう方法を用いているかは不明だが、ふらん三匹に
れみりゃ十数匹を従えているらしい。情報統制を敷いているようで、下にはほとんど中心
の内情が知らされないようだった。
みょんも最低限の情報しか知らされていない。
「ああ。もうこんな時間か」
男が時計を見た。
ポーチから取り出したひな二匹を地面に下ろす。
「?」
まりさは足を止め、その様子を眺めていた。夕方にはまだ早い。しかし、昼というには
遅い時間。太陽の位置を考え、午後の休み時間と同じ頃だと見当を付けた。
ひなの前に小皿を置き、男は小さな箱を取り出した。
「よーし、おやつだぞー」
「♪」
箱から取り出した四角いものを小皿に乗せる。
まりさはそれを見て、お菓子と判断した。子ゆっくりが食べられる大きさ。人間基準で
言うならば切手くらいである。色は微かに緑色を帯びた黒色。一口サイズのチョコクッキ
ーと言われれば、そう見えなくもないだろう。
強烈な異臭がその考えを否定するが。
「なにしてるのぜ?」
まりさは尋ねた。
ぽりぽりとひなは黒いお菓子を食べている。
男は箱を持ち上げた。
「おやつ。こいつら気分屋だから、朝昼夕食に十時と三時のおやつ食べさせないと、ちゃ
んと働いてくれないんだよ。お前も食う? 美味しいぞー」
中身の黒いお菓子を一枚取り出し、満面の笑顔で差し出してくる。
まりさは半歩下がって頭を左右に動かした。
「えんりょしておくのぜ……」
笑顔は崩さぬまま、男は頷く。
「ああ、そっか。地域ゆっくりって人間から食い物貰っちゃいけないんだっけな。まりさ
は真面目だな、感心感心。だが安心しろ、みんなには黙っててやるから。遠慮せず食え。
むーしゃむーしゃって」
「それぜったいおいじぐないでしょおおお!?」
あくまで食べさせようとする男に、まりさは全力で言い返した。
箱から漂う強烈な異臭。薬品のような匂い。まりさの住む森の日陰に生えているドクダ
ミに似た臭いだった。もっともドクダミよりも臭いに厚みと深みがあり、絶対に口に入れ
てはいけないと本能が訴える。
笑顔を引っ込め、男が舌打ちした。
「ちっ。気付かれてたか」
「きづくでしょおおお!?」
まりさは全力で叫ぶ。
その瞬間。
虹色が見えた。
「ゆっ」
まりさの目に映ったのは、一匹のゆっくりだった。赤いリボンの付いた白い帽子。金色
の髪の毛。赤い瞳。黒い枝に小さなガラス細工をくっつけたような羽。
「ふらんだああああ!」
れみりゃを上回る天敵の存在に、まりさは無力に悲鳴を上げていた。
視界が白く染まり、あんよから地面の感触が消える。
瞬く間に地面が遠くなった。
「おそらをとんでるみたいなのぜー」
半ば現実逃避気味に、まりさは言った。みたい、ではなく本当に飛んでいる。まりさは
ふらんに咥えられ、連れ攫われていた。
「だずげでええ……え……!」
男に助けを求めるが。
男は笑いながら右手を振っていた。
「さて――」
ふらんに咥えられ、どこかへ飛んで行ったまりさ。
その姿が見えなくなってから、男は地面に目を落とす。ついさっきまでおやつを食べて
いたひな二匹。それが一匹になっていた。
おおむね予定通りの流れである。
「ひなちゃんをまりさの帽子に入れた。入れ方は秘密にしておくぜ?」
不敵な笑みを浮かべながら、そう呟いた。
PiPiPiPiPi !
ポケットから着信音が鳴る。
男は携帯電話を取り出した。
「はい。オレだ」
電話の向こうの相手と言葉を交してから、
「もうすぐ正確な場所が分かる。強襲部隊の準備頼む」
「ゆっ」
べちゃり、と。
まりさは地面にぶつかった。
「いたいのぜ……」
涙をこぼしながら、起き上がる。
ふらんに咥えられ空を飛ぶことしばらく。正確な時間は分からない。生まれて初めてふ
らんに捕まった恐怖に、その時間は数時間にも感じられた。実際はそう長くはなかったか
もしれない。どちらにしろ、二度と体験したくないものだ。
「まりさだ」
「こんどはまりさだよ」
聞こえてきたのはゆっくりの声だった。
「ゆん?」
改めて周囲を見る。
ふらんの巣かとも思ったが、そうではないらしい。
森の中にある小さな広場だった。そこに、畳二畳ほどの四角い空間が作られている。地
面に刺さった木の枝が、柵のように周囲を取り囲んでいた。柵というよりは檻である。ふ
らんの巣ではないようだった。
まりさの前にはゆっくりが六匹いた。れいむ、まりさ、ありす、ちぇん、れいむ、ゆう
か。皆頭にバッジを付けている。ゆうかは銅バッジ。他のゆっくりは緑と白の地域ゆっく
りバッジだった。星ひとつの一般ゆっくりと星無しの見習いゆっくり。
「なんなのぜ?」
わけがわからず、まりさは瞬きをした。
ふらんは飛んで行ってしまったらしく、姿は見えなかった。目の前の六匹以外に、ゆっ
くりの姿は見えない。ただ、そう遠くない所にいる気配はしている。
そんなまりさの前に、まりさが飛び出した。
「せんぱい! まりさはまりさだよ」
泥で汚れたまりさ。かなり長いことこの牢屋にいたのだろう。かなり窶れていた。頭に
乗せた帽子には、緑と白のバッジ、星がひとつ。
そして、そのまりさに、まりさは見覚えがあった。
「ゆぅ、まりさなのぜ。ひさしぶりなのぜー」
思わず笑みが出る。
まりさがまだ星ひとつの一般ゆっくりだった頃、同じ公園で地域ゆっくりをしていた後
輩まりさだった。少し気は弱いが真面目な働き者だと記憶している。その後まりさは星ふ
たつとなり、リーダーゆっくりとして今の森へと移された。
「せんぱい、ほしふたつなんだね。やっぱり、ゆうしゅうなんだよ」
嬉しそうに笑いながら、後輩まりさがまりさのバッジを見る。
星ふたつ。主に地域ゆっくりの群れのリーダー格に与えられる。簡単に得られるもので
はない。ほとんどの地域ゆっくりは、星ひとつの一般ゆっくりとして一生を終える。星ふ
たつは才能と努力を積み重ねてようやく手に入るものだ。後輩まりさの言う通り、それは
優秀な証しである。その上の星みっつは、さらに難しいが。
まりさは頬を赤く染めつつ、
「ほめてもなにもでないのぜ。ところでまりさは、こんなところでなにしてるのぜ?」
その問いに、後輩まりさの表情が硬くなった。
「……ぱちゅりーにつかまったんだよ。みんなさらわれたゆっくりだよ。ぱちゅりーはゆ
っくりをさらってなにかわるいことをたくらんでるみたいだよ」
「れいむたちをゆじちにして、にんげんをおどすっていってたよ」
見習い地域ゆっくりのれいむが続ける。
まりさは口元を引き締めた。状況を大雑把に把握する。自分がこのゆっくりたちの助け
になりそうな事も。目を細めて辺りを見る。盗み聞きしている者はいない。
まりさは小声で言った。
「……まりさはにんげんさんといっしょに、ちょうさにやってきたんだぜ。こっちにゆっ
くりできないむれがあるってはなしをほうこくしたんだぜ」
「せんぱい、まりさとおぼうしこうかんしてね」
後輩まりさがお下げで自分の帽子を示した。お飾りの交換。それはゆっくりにとって、
外見を交換するようなものだった。まりさと後輩まりさが入れ替わる。
ちぇんが地面に刺さった枝の一本を目で示す。
「ここからでられるよ。しずかにねー」
「まりさ、れいむたちのことをにんげんさんにしらせてね」
「みはりがいないいまがちゃんすよ。はやくしなさい」
れいむとゆうかの言葉に、まりさは頷いた。
「ゆっくりわかったぜ」
星ふたつのリーダーゆっくり。ここから逃げ出して、男を見つけて戻ってくる。あの男
ならここのゆ質を助けるのは造作もないだろう。まりさが逃げた事に気付くのを遅らせる
ため、後輩まりさがまりさに変装する。
檻の中のまりさが一匹減ってしまうが、それは仕方がない。
後輩まりさと入れ替わるために、まりさは自分の帽子を脱ぎ。
「♪」
帽子から一匹のゆっくりが落ちた。
赤く長いリボンと、顎の下辺りで縛った長い緑色の髪の毛。子ゆっくりほどの大きさ。
目を閉じ、くるくると回っている。
「なにこれ?」
後輩まりさが無警戒にお下げを伸ばす。
「――さわっちゃだめなのぜ!」
鋭く囁くと、お下げを引っ込めた。
帽子から出てきたひなを見つめ、まりさは唾を飲み込んだ。
「……このひなは、おにいさんがまりさのぼうしにかくしたものみたいなのぜ。ぜんぜん
きづかなかったのぜ。すごいにんげんなのぜ」
まりさがふらんに攫われたその時だろう。ほんの一瞬で、まりさにもふらんにも気付か
れず、男は帽子の中にひなを忍び込ませたのだ。
まりさは後輩まりさの帽子を被り、ひなに声をかけた。
「まりさのおぼうしにはいるのぜ」
「♪」
くるくると周りながら、ひながまりさの身体を登り、帽子の中に入り込む。何故か重さ
は感じない。ひなが帽子の中にいる感触もない。
「はやくしてねー」
ちぇんの声を振り向くと、枝が一本引き抜かれ、成体ゆっくりが一匹通れるほどの隙間
が空いていた。ゆうかが土を掘り返し、抜いたのだろう。
「わかってるのぜ」
まりさはそちらに走り、枝の隙間から外に出た。
そのまま全速力で茂みへと走る。
ゆうかとちぇんが枝を地面に立て、根元を埋めていた。その後、れいむが土や葉っぱを
かぶせて、掘り返した跡を消している。けっかい、の応用だった。
その直後である。
「むきゅ! まりさ、まりさ。でてきなさい!」
聞こえてきたぱちゅりーの声に、まりさは振り返った。
わらわらと二十数匹のゆっくりが檻の前までやって来ている。その周囲を飛び回ってい
るふらん三匹に、れみりゃ十数匹。ぱちゅりーはその先頭に立っていた。この群れの長で
あることは間違いない。
「まりさに、なんのよう……なのぜ?」
後輩まりさが前に出て、ぱちゅりーと向き合う。
「あなた、にんげんといっしょにここにきたらしいわね」
紫色の目でぱちゅりーが後輩まりさを睨み付けた。
「そうだよ。まりさは、にんげんさんといっしょにきたのぜ」
「あなた、まりさじゃないわね」
ぱちゅりーはあっさりと変装を看破した。
お飾りの交換による他ゆっくりへの変装。普通のゆっくりにその変装を見破るのは難し
いが、分かるゆっくりには通じないのだ。そして、この長ぱちゅりーは、分かるゆっくり
だった。それだけではない。
今の状況からまりさたちが考えている事を見抜いていた。
「ふらん」
ぱちゅりーの言葉にふらんが檻へと飛び込む。
作戦失敗に固まっていた後輩まりさを咥えると、外へと飛び出した。
「ゆっ!」
後輩まりさを地面に下ろし、ふらんはその頭に牙を浅く突き立てた。口を閉じれば、頭
の四分の一をえぐり取る。そんな位置である。
他のゆっくりたちは柵に張り付き、動けない。
ぱちゅりーが大きく声を上げる。
「ほんもののまりさ、でてきなさい! でてこないなら、このこはここでえいえんにゆっ
くりすることになるわよ! ちょっとだけまってあげるわ」
「ぜ、ぜんぱいいい! ばりさにがまわず、い、いっでほしいんだよぉぉ!」
恐怖に震え、涙としーしーを漏らしながら、必死に叫ぶ後輩まりさ。助けてと叫びたい
衝動を強引に抑え込み、まりさに行くように告げる。自分を犠牲にしてでもまりさを逃が
すという覚悟だった。
「ゆぅぅぅ……!」
その姿を目の当たりにし、まりさは動けないでいた。
逃げれば後輩まりさが死ぬ。だが、まりさの力では助けに行くことはできない。ふらん
にれみりゃ、それが複数いるのだ。通常種のまりさが勝てるわけがない。
「どうすればいいのぜ!」
「~♪」
まりさの目の前に落ちたひな。
頭に男が口にしていた言葉が浮かぶ。
――回転の力は無限。回転の力は平等だ。
――お前らゆっくりだって回転の力は使えるんだぜ。
――黄金の形を見つけて、黄金の回転を作って、投げる!
「ごめんなのぜ、まりさあああ!」
まりさは声にならない叫びとともに、ひなを咥えた。
「でてこないわね。やくそくはやくそくよ。ふらん、やりなさい」
ぱちゅりーがふらんに指示を出す。
ふらんが顎に力を入れた。
「もうおまえはこんてぃにゅーできないのさ」
「ゆああああああああッ!」
続けて響いた悲鳴は、後輩まりさのものではなかった。
一匹のまりさが走ってくる。
「せんぱ……?」
まりさだった。
土煙を上げながら、きめぇ丸並の速度で地面を突き進む。しかし、走ってはいない。跳
ねてもいないし、這ってもいない。口にひなを咥えたまま、高速で滑っていた。まるでコ
マのように回転しながら、ふらんへと突っ込んでいく。
「?」
あまりの事に、その場にいる全てのゆっくりが呆然とまりさを見つめる。
まりさがふらんに激突した。
「ゆぎいいいい」
ギャルギャルギャル!
歯車が噛み合うような音が辺りに響く。
まりさが地面に倒れ、口から離れたひなも地面に降りる。土埃と落ち葉がつむじ風のよ
うに渦を巻きながら、空中に散っていた。
仰向けのまま目を回しているまりさ。
ふらんは吹っ飛ばされて、地面に倒れていた。
「ゆ、は……」
後輩まりさは皮が破れ、餡子を流している。ふらんが弾き飛ばされた時に、牙で裂けた
のだ。口をぱくぱくと動かしながら、意識をどこかに飛ばしていた。半分失神しているせ
いで身体を動かさず、余計な出餡を抑えられたのは幸運だろう。
「うー。う……!」
我に返ったふらんが倒れたまりさを睨み付ける。
「まりさ、ころす。しね……し……い……?」
ぽろり。
と、ふらんの口から牙が抜け落ちた。
金色の髪の毛から見る間に色が抜け、さらに根元から抜け落ちる。白いお帽子がボロ布
のように崩れ落ちた。見る間に壊れていくふらんの身体。張りのある肌は見る間に乾涸ら
びシワだだらけとなり、虹色の羽も灰色に染まり崩れ去る。
ふらんは急激に老化していた。
「あれ、ふらんのからだが……あ……ぅ……」
数秒でミイラのような姿となり。
「もっど……ゆっくり……」
小さな呻きとともに、塵となってその場に崩れた。
異様な光景に息を呑むゆっくりたち。倒れて眼を回しているまりさ。ふらんだった塵の
小山。楽しそうに地面を回っているひな。
だが、ぱちゅりーがその沈黙を破る。
「むきゅ。まりさ……。うちのふらんになにをしたかはしらないけど、ここをしったほし
ふたつもちはいかしておけないわね。ここでゆっくりしになさい。みんな、ぶきをもちな
さい。そこのひなにはふれてはだめよ!」
「ゆっ、ぐっ!」
まりさは何とかその場で起き上がった。
まだ平衡が戻っていないため、足元がふらついている。目の焦点もあっていない。
その周囲を取り囲むゆっくりたち。皆口に尖った枝を咥えていた。上空ではふらん二匹
と多数のれみりゃが飛んでいる。圧倒的な劣勢だった。
「うー! うー!」
「ゆっくりしね!」
「しねよー。わかれよー!」
「しけいみょん!」
ドギャァアッ。
群れのまりさの顔面に、小さなゆっくりが激突した。ゆっくりひな。
まりさの帽子に入れられたひなではない。
「ゆぎぃぃ!」
ガリガリガリガリッ!
金属を擦り合わせるような異音が響く。
まりさがその場で回転を始めた。
ひながまりさの顔面から勢いよく弾け、近くにいたありすの頬に激突した。
「おほおおおおおっ!」
口からカスタードクリームを吐き出し、ありすが回転を始める。
弾かれるようにありすの頬から跳び、今度はちぇんの顔面に激突。さらに、みょん、れ
いむと、次々と周囲のゆっくりへと飛び移っていく。
「いやあああぁ!」
「ゆやああああ!」
「ぎいいいいい!」
十匹ほどのゆっくりの間を飛び回り、ひなが地面に降りた。
ひなの回転を受けたゆっくりは、その場で高速回転をしている。もはや自分の意志では
どうする事もできない。黄金の回転はゆっくりの力で破れるものではなかった。
やがて、回転が収まる。
そこには四角く成形されたゆっくりが残った。
もぞもぞと動こうとしているが、あんよは動かず口も動かない。皮が木のように硬く変
化していた。そのため、まともに動かせる部分が無くなっている。唯一皮の影響を受けな
い眼だけが必死に動いていた。
「いやー、ブラボーブラボー」
拍手をしながら、男が現われた。
爽やかな笑みを浮かべ、呆然としているまりさを見下ろす。
「おにい、さん……」
「なかなか根性あるじゃないか、お前。可愛い後輩助けるために、ひなちゃん使って突っ
込んでって見事ふらん撃破。ちょっと恰好よかったぜ」
ぴょんと跳ね上がったひなが、男の手に収まる。
手の中でひなの回転が少し変った。
男は半分失神している後輩まりさの頭にひなを落とした。
しゅるしゅると帽子の上で回転するひな。回転の力を後輩まりさに伝えていた。こぼれ
ていた餡子が身体に戻り、ふらんの牙によって裂けた皮も塞がっていく。
「ゆっ、ゆぅ……?」
ほどなく後輩まりさは元通りになった。
意識が戻るまでは、まだ時間はかかりそうだが。
「いつからみてたのぜ?」
理不尽なものを感じながら、まりさは男を見上げた。まりさの窮地に突然投げ込まれた
ひな。その時に駆け付けたものではない。男はどこかで様子をうかがっていた。
帽子を動かし、男はしゃあしゃあと答える。
「お前が後輩とお帽子交換してる頃からかな? 出てくタイミング探してた」
「すぐでてきてほしいのぜ……」
脱力しながら、正直な意見を告げるまりさ。
「はっはっは」
脳天気に笑い返してから、男はぱちゅりーに向き直った。
「さぁて、ぱちゅりー」
「むきゅ」
口元に浮かんだサドい笑みに、ぱちゅりーが後退する。だが、すぐには逃げ出さない。
ゆっくりが一対一で人間から逃げられないことは理解している。
人差し指をぱちゅりーに向け、男は口を開いた。
「お前の作戦を当ててみよう。地域ゆっくりをゆ質に集めて、返して欲しければ食料よこ
せとか、管理課の人間に交渉するつもりだったんだろう? 消えてもあんまり問題にされ
ない星ひとつ以下とか銅バッジとか狙って」
「むきゃあぁ! どぼじてぱちぇのがんべきなざぐえんがあああ!?」
企みをあっさり看破され、ぱちゅりーは喚いた。
男は芝居がかった仕草で額を押え、ため息を付く。
「時々いるんだよ、この手のアホ。攫いやすい地域ゆっくりや銅バッジ集めて、人間相手
に変な交渉持ちかけるやつ。結果は目に見えてるだろうに」
と、小馬鹿にするような眼差しをぱちゅりーに向ける。
歯ぎしりをしながら睨み返すぱちゅりー。
「はい、ゆっくり注目!」
突然、男が空を指差した。
その言葉に引かれ、その場にいたゆっくりが全員空を見る。
風切り音とともに、四角い箱が跳んでくる。
ヒュウッ!
ドガッ!
ドンッ!
地面に墜落、もとい着地したのはうーぱっく三匹だった。ただのうーぱっくではない。
全身を薄い鋼鉄板で覆われ、小型のブースターを取り付けた、じぇっとうーぱっく。加工
所製の改造ゆっくりだ。
うーぱっくから出てくるゆっくり三匹。
れみりゃ、ありす、れいむ。
「そこのゆ質六匹と、四角い連中、あと長のぱちゅりー。それ以外は全部駆除だ!」
「ゆっくりりょうかいしました!」
男の指示に、三匹が返事をする。
一番最初に飛び出したのは、れみりゃだった。一直線にふらん目掛けて飛んでいく。
「うー!」
「おねえさま、しね。し――」
二匹のふらんがれみりゃに襲いかかる。
だが次の瞬間、ふらんの身体はれみりゃの牙に抉り取られていた。ふらんを上回るパワ
ーとスピード。なによりも技術と経験の桁が違う。中枢餡まで届く致命傷に、声も上げら
れず地面に落ちるふらん。即死だった。
「ふらんよりつよいれみりゃだって、いるんだどー?」
ふらんを見下ろし、れみりゃは呟いた。
「れいぱありゅう・ばんかい・ころせ、かみしにのぺに!」
ぎゅん!
勢いよく伸びたありすのぺにぺにが、れみりゃの一匹を貫いた。中枢餡を貫かれ、れみ
りゃが地面に落ちる。こちらも声も上げられずに即死だった。
「ありすのぺにぺにがどれくらいのびるか、わかる?」
ぺにぺにの先端を空中のれみりゃに向けながら、ありすは宣言した。
「13mよ」
れいむが走る。
「さんとうりゅう――」
刃渡り二十センチほどの刃物を三本、口と両のもみあげで構えていた。細かく跳ねなが
ら、れいむ種とは思えない速度で走る。
狙いは四角く成形されていない群れの残り。
「おにぎり!」
みょんが裂ける。
「とらがり!」
まりさが割れる。
「うしばり!」
ちぇんが貫かれる。
「う、うぅぅぅ!」
「ゆ、ゆっぐりじねえええ!」
残ったゆっくりが、ようやく反撃を始めていた。だが、実力差がありすぎた。ゆっくり
を駆除するために専門の戦闘技術を叩き込まれたゆっくりに対して、普通の野生のゆっく
り。勝てる理由がない。
男は四角くなっているゆっくりたちを見下ろした。四角くなっているゆっくりは、この
群れの幹部格である。捕獲するために、回転で皮を固めたのだ。
「さて、お前らはこれからどうなるのか知っておく権利があるな、うん。とりあえず、群
れは全部駆除だ。もうしばらくすると、加工所のゆっくり駆除班がやってくる。子ゆ、赤
ゆ、実ゆまで、全滅だ。一匹も残さない」
楽しげに親指を真下に向ける。
四角ゆっくりたちは、涙を流して男を見上げていた。
「お前ら幹部と長は、管理課で事情聴取……てか、拷問で全部吐いてもらう。というか、
吐かせる。足焼きされたことはあるか? アマギラれたことはあるか? 身体を薄切りに
されていく痛みが分かるか? 無理矢理子を作らされて、その子ゆが目の前で潰される気
持ちが分かるか? 中枢餡に針突き刺されて電気流される痛みが想像つくか?」
清々しく黒い笑顔で説明する男。
「酷い目にあいたくなきゃ、全部洗いざらい吐くんだな。そうすりゃ、楽に死ねる」
その宣告に、四角ゆっくりはただ泣いた。
「にんげん!」
ぱちゅりーの声。
男が目を移すと、ぱちゅりーがまりさにナイフを突きつけていた。帽子の中に隠してい
たのだろう。鈍い色の刃がまりさの頬に触れる。
「あっさり捕まるな……アホ」
まりさに向けて呆れたように呟く男。
もっとも、まりさも男も今まで完全にぱちゅりーから意識を外していたので、この結果
は仕方ないとも言える。
「このまりさのいのちがおしかったら、みちをあけなさい! はにはゆっコロリがぬって
あるわよ。かすっただけで、まりさはしぬわ!」
「おに、いさん」
皮の表面に触れる刃の感触に、まりさは動けなかった。
ゆっコロリ。駆除用の薬品である。針に少し付けて刺すだけで、ゆっくりは死ぬ。声も
上げられず、動く暇もなく即死。それほどの毒性を持つ薬だ。刃が少しまりさの頬を傷付
けるだけで、まりさは死ぬだろう。
「うー!」
「ころせかみしにのぺに!」
「さんとうりゅう・さんぜんせかい!」
群れのれみりゃが通常種が、次々と殺されていく。
男はぱちゅりーとまりさを見つめ、困ったように首を傾げ。
べちゃ。
頭に小さな衝撃を受け、眉を寄せた。
帽子を取ると、帽子のツバにべったりと餡子がついていた。
「うげぇ」
それを見て、露骨に嫌な顔をする男。大袈裟にため息を付いてから、ポケットから取り
出したハンカチで、ツバに付いた餡子を拭き取り始める。
「むきゃー! このくそにんげん! きいてるの!」
ぱちゅりーの罵声に、しかし男は帽子を拭きながら答えた。
「ちょっと待ってくれ。帽子に餡子がくっついちまったんだよ。こんな場所で餡子まき散
らして、乱戦なんかするなって……。加工所とか管理課とか、考え方が過激なんだよな。
ったく、大事な帽子汚しやがって。文句言ってやる」
ぶつぶつと呻きながら、餡子を拭き取る。表面の餡子が無くなると、今度はウエットテ
ィッシュを取り出した。残った餡子のカスを念入りに溶かし取る。
「むきゅぁ……」
ぱちゅりーは額に青筋を浮かべていた。
絶体絶命の窮地。ほんの小さな隙を突き、星ふたつのまりさをゆ質にした。少なくとも
自分だけでも逃げだそうと、勝てる見込みの薄い脅迫を突きつける。そんなぱちゅりーの
命がけの綱渡りに、人間は全く取り合ってくれない。
その理不尽さにぱちゅりーは癇癪を起こしていた。
「ふざけるんじゃないわああ! このくそにんげんっ! そんなばっちいぼうしなんか、
どうでもいいでしょ! いますぐぱちぇのはなしをききなさい!」
「あ゙っ? 今なんつった?」
帽子を頭に乗せ、男がぱちゅりーを睨んだ。眉をつり上げ、目蓋を半分下ろし、口元を
歪め、犬歯を覗かせる。その瞳に燃え上がるような憤怒が映っていた。剥き出しの殺意が
男の全身から立ち上っている。
簡単に言って、ブチ切れていた。
「むっ、きゅ……」
ただならぬ様子に、ぱちゅりーは息を呑み込む。
ぱちゅりーを睨み付け、男が咆えた。
「オレの帽子が、まりさのお帽子みてェだとォ!」
「いってないでしょおおおおお!」
「それすっごくしつれいなのぜええええ!」
ぱちゅりーとまりさは同時に言い返す。
「確かに聞いたァ!」
男の右手で回転するひな。
ぱちゅりーは目を剥いた。
風が頬を撫で、紫色の髪を揺らした。広場の地面を螺旋を描いて走り抜ける何か。土埃
や落ち葉が舞い上がる。それが何かは分からない。ただ、想像を絶する凄まじいまでの力
だとは分かった。見えない力が男の足元に集まり、その身体を駆け上がっていく。
男の身体が淡く黄金色に輝いたように見えた。黄金の螺旋が、足から腰、腰から肩、肩
から腕、腕から手、手の中のひなへと伝わっていく。
ギャルギャルギャル……!
およそゆっくりが出すとは思えない重々しい回転音。
男の瞳がぱちゅりーを射貫いた。
「うおおらああああッ!」
腕を振り抜き、ひなを投げる。
ドギュァーン!
「むきゃあああ!」
「ゆああああ!」
ひなの直撃を受け、ぱちゅりーとまりさは吹き飛んだ。ぱちゅりーは後ろに、まりさは
横に跳び、地面に倒れる。弾かれたナイフが地面に刺さった。
ふらふらとぱちゅりーが顔を上げると。
「オレの帽子にケチつけてムカつかせたヤツァ! 何モンだろうと、許さねェェ!」
男の足に蹴り抜かれた。
サッカーボールのように宙を舞い、木にぶつかり、地面に落ちる。吐き出された生クリ
ームが白い軌跡を描いていた。蹴られた衝撃で歯も半分砕け、右目も潰れている。元々身
体の丈夫でないぱちゅりー。蹴り一発で死にかけていた。
そこに男の足が容赦なく叩き込まれる。
「蹴り殺してやるッ! このゲロ饅頭がァァッ! これも、これも、これもこれもこれも
これも、オレのお帽子のぶんだぁぁぁぁッ! ブッ潰れろおおおおおッ! このド低脳が
ああああ! オラオラオラオラオラオラァァァァ!」
ぱちゅりーはあっという間に原型を失った。
生クリームと破れた皮が飛び散り、千切れた紫色の髪の毛が落ちている。お帽子も破れ
ていた。目や歯は原型も残らず潰されている。
肩で息をしながら、男はぱちゅりーの残骸を見回した。
「これで終わりと思うなよ?」
皮が、生クリームが、髪の毛が、お帽子の破片が。
その場で回転を始める。回転しながら、破片が動き出した。潰れる課程を逆回しにする
ように、最初に倒れた位置へと集まっていく。木や男の足にくっついていたものも、生き
物のように動いていた。生クリームが丸く固まり、皮が繋がり、髪の毛が戻り、帽子や目
や歯が元の位置へと戻っていく。
「どおいうことなの……!?」
十秒ほどでぱちゅりーは元通りに復元していた。
それだけでは終わらない。
ぱちゅりーの身体が回転する。身体の一部が輪切りのように切り出され、その部分が回
転し元に戻る。すると、別の部分が輪切りに外れ回転する。身体が千切れているが、痛み
はない。さらに、回転するたびに、ぱちゅりーが地面に沈んでいた。底なし沼に落ちたか
のように、ゆっくりと地面の下へと引っ張られている。
「むきゅああぁぁ……」
異様な状況を察し、ぱちゅりーが悲鳴を上げた。
既に脚は地面に沈み、移動はできなくなっている。
「ぱちゅりー」
男がぱちゅりーを見下ろした。その右手でひなが回転している。さきほどまでの怒りの
暴走は収まっていた。しかし、怒りが消えたわけではない。
「これは究極の回転だ。地球の自転のパワーを乗せた、無限の回転。この回転を受けたゆ
っくりは永久の回転を続ける。身体がぶっ壊されても、回転のパワーは破壊された身体を
修復し、回転を続ける。いうなれば、不死身だ」
「ぱ、ぱちぇは……どうなるの……! どこにいくの……!」
男を見上げ、ぱちゅりーは尋ねた。
身体の下半分が、地面に沈んでいる。身体の回転は止まらない。無限の回転は止まる事
なく、ぱちゅりーを回し続ける。ぱちゅりーの力では絶対に止められない。
男は人差し指で真下を示した。
「お前に与えられた回転は、持ち主へと返される。つまり、ずーっと下、地球の底まで沈
んでいく。無限のパワーはお前を死なせない。暗く何も無い土の中をずーっと潜っていく。
そうだな、『ぱちゅりーは考えるのをやめた』になるまでせいぜい頑張れや。オレのお帽
子貶したことを後悔しながらな」
と、笑った。ザマミロ&スカッとサワヤカの笑顔だが。
「いや……いや……」
口が沈み、ぱちゅりーの言葉が消える。
あとは静かだった。
紫色の目で男を見上げながら、無言で地中へと沈んでいった。やがて目も沈み、頭も沈
み、地上からぱちゅりーの姿が完全に消える。ぱちゅりーのいた場所には、跡も残ってい
ない。この後は地球の底までたどり着くまで、何年か何十年か何百年か何千年か。
ぱちゅりーの消えた地面を見つめ、男は額を押えた。
「あー。長は生かしておいた方がよかったかな? 首謀者だしな。でもまあ、幹部連中の
話纏めれば大丈夫だろ。……でも、怒られるだろうなぁ。やれやれだぜ」
吐息してから、横を見る。
「おっ。まりさ」
まりさが地面に沈みかけていた。
ぱちゅりーほど早くはないが、既に口は地中に沈んでいる。身体が輪切りになり回転。
そのたびにまりさは地中に沈んでいた。
泣きながら男を見上げるまりさ。
「そういえば、お前もひなちゃん擦ってたな。うっかり忘れてたわ、すまんすまん」
悪びれる様子もなく、笑いながら謝罪。
それから諭すような口調で。
「こういう場合は、ちゃんと助けてって言わないと駄目だぞ。放っておけばぱちゅりーと
一緒に地中探検だぞ。それはお前も困るだろー?」
「…………」
まりさは無言で泣き続けている。
さきほど男がぱちゅりーに伝えた話は、まりさも聞いていたのだ。しっかりと内容を理
解しているわけではないが、このままだと本当に永遠にゆっくりできなくなる。それだけ
は理解した。死ぬより酷い事になるという恐怖。
「ふぅンッ!」
メギャリ!
まりさの額にひなが打ち込まれた。
地球の自転の力から作り出した無限の逆回転。
まりさが逆方向に回転を始める。身体が輪切りになり、回転しながら、浮かび上がって
きた。口元が浮かび上がり、顎が出て、最後に足まで完全に浮かび上がる。
そこで回転も止まった。
まりさは仰向けに倒れる。
「ゆうううん……まりざ、もうおうぢがえるぅぅ……ぅ……」
ゆんゆんと泣くまりさから目を離し、男は広場を見回した。
広場にいた群れのゆっくりは全滅。強襲部隊は無傷だ。ゆ質となっていた地域ゆっくり
たちは開放されて、強襲部隊のれいむから渡された体力回復用のオレンジドロップを食べ
ている。後輩まりさも意識を取り戻し、オレンジドロップを食べていた。
幹部は男の回転によって四角く固められ、ぱちゅりーは地球の底へと消えた。
空を見上げると、夕方の色に染まっている。
「さってと、ここからが本当に面倒くさいんだがなー。公務員の辛いところだ」
男は帽子を動かした。
あとがき
強襲部隊のありすは「anko3994 愛の超伝道師」に登場したリーダーれいぱーです。
変態お兄さんに調教されました。
SBRの最後で地球の回転来ると思ったんですけど、来なかった。
過去作
anko4008 ゆか PIECE
anko4005 燃える、お兄さん
anko4003 続・愛の超伝道師
anko3994 愛の超伝道師
anko3894 続・えどてんせいっ!
anko3878 えどてんせいっ!
anko3874 禁断の口付け
anko3862 人工ドススパーク