ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko4146 アーマードうどんげ3
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ankoss
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『アーマードうどんげ3』 43KB
改造 戦闘 希少種 現代 独自設定 お待たせしている人が(いれば)遅くてすみません。
初めましての方は初めまして
他作を見てくださった方はありがとうございます。
投稿者の九郎です。
タイトル通りの続きです。
どうぞよろしく。
――――――――――――――――――――
―――――それは、何かの間違いだったのかもしれない。
その世界は光り輝いていた。
しかし同時に、光り輝くその世界は様々な『穢れ』に満ちていた。
一点の穢れもない世界は一点の影も生み出しはしない。
しかし、一点の穢れも無い世界は同時に何も無い世界。
―――――想像してみよう。
全く真っ平らな床に光を当ててみる。
そうすれば、一点の影も出来ない。
しかし、それは表面上の話に過ぎない。
その光を生み出しているものはどうなっているのだろうか。
手に持っている?天井に吊るされている?
もしそうならば、その手に、その天井に影は出来ていないだろうか?
今度は密閉された空間で、明かりを消してみる。
真っ暗だ。その世界には一点の光も無い。
つまりこういうことだ。
完全に光り輝く世界は存在しないが、完全に闇に閉ざされた世界は確かにあるのだ。
――――某日、午後2時、森林――――
私は走る。
正面に現れた石を思い切り蹴飛ばしてしまう。
勢い余って転んでしまった。痛みは無い。
とっさのことだが頭は冷静に反応する。
勢いを殺さずにそのまま前転。足を下にして態勢を立て直す。
私は走る。
右手を真っ直ぐ伸ばし、銃のグリップを握りこんでリモートトリガーを引き絞った。
パン、パンと乾いた音がして手にはブローバックの反動が来る。
二発の弾丸は木の枝に着弾し爆ぜた。
口があったのなら舌打ちしていただろう。
私は走る。
左目のモノクルが目に付いたものを片っ端からサーチする。
鳥やリスはともかく、全く目に付かないものまでロックオン候補として挙げてくる。
なのに肝心の目標は捉えてくれない。本当に苛々させられる。
私は走る。
残弾が一発になったハンドガンを何の未練も無く放り捨てて
背負っていたアサルトライフルを脇をしめて構える。
セミオートからフルオートへ。モノクルをスナイプモードに変更し映し出された照準器を注視する。
私は立ち止まる。
先に撃っては駄目だ。かと言って目で見てから撃っていては遅い。
踏み切った直後に軌跡めがけて全弾を撃ち込む。
アレには癖がある。
二回飛んだ後、三回目はワンテンポ遅れて必ず二回目とは反対方向へ飛ぶ。
モノクルが照準となるので肩付けする必要はない。
左腕に力を込める。
必要なのは弾道がブレないことだけだ。
一回、二回とアレが木々の間を飛ぶのが見えた。
(1.7583+1.6892+1.7725+1.8010)/4。
……三回目の跳躍まで平均して1.75525秒。
私はピッタリ二秒後にトリガーを引いた。
――――同日、午後4時、研究所内――――
稼動試験を終えた私は金属製のベッドでメンテナンスを受けている。
触覚は無いので痛くも冷たくも無いけど
なんとなく不快に感じるのは先入観の影響かもしれない。
「随分無理をさせたみたいだね」
『………………』
多分右足のサーボモーターのことを言ってるんでしょうけど。
私の体のことなのにまるで他の何かを酷使したかのような言い方に聞こえる。
「君は軸足に力を入れすぎだよ。
このサーボは5kg、120度までしか対応しないんだから
制動や踏み切りをもう少し加減したほうがいい」
『………………』
私が喋れないのをいいことに好き勝手言ってくれるわね。
「足まわりの防塵処理はもう少ししっかりやるべきだな。
このままでは制御基板がコロナ放電を起こしかねん」
「ですが、あまり固めると可動角度が制限されてしまいますよ?」
「動けなくなるよりはましだろう。
……ああ、1.25スケアのケーブルを」
右足は取り外され、予備の右足と交換される。
ゆっくりの生体部品を損傷しなかったのは幸い。
今回は部品の取り替えだけですみそうね。
「………よし、交換作業は終了した。
セーフモードを解除しろ。解除が終わったらデバッグとバグチェックをしておけ」
「了解、セーフモードを解除します。
…………解除確認。ビルド、コンパイル。
…………エラーなし、システムブート。プログラム、起動します」
ブーンというノイズ音と若干の砂嵐の後に左目が見えるようになる。
私には分からない英数字の羅列が少し続いた後『ALL CLEAR』と表示された。
『ん……………』
「足の具合はどうだ?」
『問題ないわ………いえ、少し動きが硬いかもしれない』
「ショックアブソーバを中心に少しプログラムを書き換えたからな。
次からは制動する時には足の頑丈さではなく、膝のバネに頼るようにしろ」
『それはいいけど………オートロックオンの方は?』
「まだ調整中。とりあえず認証のレベルを上げて動体に反応するように変えておいたから」
『分かったわ』
『担当』の研究員二人と今回のメンテナンスについて軽く話をする私。
でもこの緊急メンテナンスを行うきっかけを作ったのもこの二人だったりする。
「しかし驚きだな。まさかお前があれほど苦戦するとは」
『……アレは元々普通のゆっくりにはどうにもならない相手でしょ?
もし敵わないんだとしたら、私じゃなくてあんた達のせいよ』
「一理ありますね」
「まあ、そりゃそうだが。しかしあくまでそれはお前の身体だ。
あのきめぇ丸を仕留めるのにどう使いこなすかはお前の役目でもあるぞ」
実験場である森林……私のいつもの『狩場』にきめぇ丸がやってきたのがきっかけ。
なんでも、現地のゆっくり達が『あくま』とやらに対抗するために
通りすがりのきめぇ丸に協力を仰いだとか。
研究所の人間からすればあまり良い事態とは言えないらしく
新型の装備やシステムの稼動試験がてら私が始末するようにと命令されたんだけど……
「ともあれ、三度目は無い。
奴が邪魔になる以上、次で失敗すればこちらで始末する。
一応試験データは取れている。本来ならもう稼動試験の必要はないのだから」
『分かってる』
研究所員の中には、私の境遇を気遣って曖昧な話し方をするのもいるけど
情報が的確に伝わるようなこういう遠慮の無い言い方が私は助かる。
私もぶっきらぼうな返事をしているけど、これは性分だからで
機嫌を悪くしているわけじゃない。
「じゃ、今日はもうお休み。また明日頑張ってね」
『ええ……』
階段を上がって円筒型の培養槽の上の吊り革に掴まる。
……まるで絞首刑の処刑台ね。
掴まったのを確認すると研究員がコンソールを何か操作する。
吊り革が降下し、私をオレンジジュースの培養液の中に導く。
私はそこで目を閉じた。
後は語ることも無い、いつもの作業だから。
――――――――――――――――――――
無限の闇の中で求めるものとは何だろうか。
光か?救済か?それとも別の何かか?
否。希望の無い世界で希望を求める者はそうはいない。
それが出来るのは英雄か、愚か者のどちらかだろう。
普通の者が求めるのは終焉だ。
自らの存在が永劫の中に沈んで終わること。
―――――耳障りな雑音がする。
何かを成そうとして、何も出来なかった時。
何も出来ることがなくなった時。誰もが『絶望』する。
何かを求める時、何をすればいいか、そのためにどうするか。
それすらも分からない時、誰しも何もしたくなくなる。
誰もが一番恐れるのは、自分の努力が徒労に終わること。
苦痛を伴った結果に何も得る物が無かった時。
その失敗が次に繋がるのならそれは希望だ。
しかし結果としてそのまま終わりをを迎えてしまったら?
―――――耳障りな声がする。
信じる者は救われる?努力すれば夢は叶う?
何を馬鹿な。成功する者と失敗する者がいるのは初めから明らかだろう。
『絶望』に沈む者が出来る事と言えば自己満足の独り言しかない。
責任転嫁。八つ当たり。自己弁護。言い訳。ストレスの捌け口を見つけては絶望を深めてゆく。
呪うことしか出来ないのだ。
運命を。無力さを。成功する者を。生きている者全てを。
―――――耳障りだ。やめろ。私は間違っていない。
弱者であるほど、自己正当化は得意なものだ。
間違いと知りつつ進むことの出来るのは強者のみ。
失敗する者ほど、成功する者の粗探しは上手いものだ。
その成功を、誰よりも羨んでいるはずなのに。
―――――耳障りだ。私は―――――『成功にも失敗にも興味がない』
――――翌日、午前10時、ゆっくりの集落――――
「おお、おそいおそい。
とんだのろまですねあなたたちは」
「ゆっ………ご、ごめんねなんだね、わかれよー!」
「きょうのごはんさんはこれだけだよ!」
胴付ききめぇ丸が集落の集会場として使われる広場に鎮座する石の上に座っている。
眼前にはきめぇ丸だけでは食べきれないであろう量の食料が並べられていた。
「むきゅ、こんどこそ『あくま』をたおしてね!」
「ええ、わかっていますよ。わかっていますとも……」
きめぇ丸は特定の『おうち』を持たずに漫遊の旅を続けている胴付きゆっくりである。
この集落もきめぇ丸にとっては腰掛に過ぎず、そこまで長居するつもりではなかった。
そんな風のような気質のきめぇ丸をこの地に留めた要因は『あくま』の存在に他ならない。
「じゃ、じゃあれいむはおうちにかえるね!
きめぇまるはゆっくりしていってね!」
「ええ、いわれずとも……」
この集落の実情はおおよそ住んでいるゆっくりから聞けた。
その情報を統合すると本来の野生のゆっくりでは考えられないほど豊かな土地であり
人間がしばしば訪れ、コミュニケーションをとってくることなどが挙げられる。
そして、断続的に現れる『あくま』の存在。
奇しくも、きめぇ丸が訪れたその日のうちに『あくま』は現れたのだ。
そのまま交戦状態にもつれ込んだ二匹だが、単純な力の差が大きすぎた。
きめぇ丸は、ひたすらに木々の間を逃げ回ることで辛うじて難を逃れている。
「ふっ………」
『あくま』とはゆっくりにしてはよく言ったものだ、という感想が浮かんでくる。
外見に違わない奇妙な武器を操る『ソレ』はまさに漆黒の悪魔だ。
そしてきめぇ丸はなんとなく思う。
奇妙なゆっくりと人間。その二つに関連性が皆無とは考えにくい。
ゆっくりにとっての本当の『悪魔』は人間なのではないのか、と。
――――同日、午前11時、研究所内――――
ガチャリ、とチャンバーを開く。
一発目の弾丸が装填されていることを確認したうどんげはライフルを背中に担ぐ。
ガンベルトなどは無く、アーマーの背中部分に付いている留め金へ固定。
M16を模したそのライフルは、実物のおおよそ四分の一ほどのサイズであるが
本物と全く同じガス圧作動機構を用いて弾丸を発射する。
もっとも、サイズに見合った威力であることと
使用弾丸は模擬弾であるため通常の動植物に対する殺傷能力は薄い。
少量の強力な香辛料が弾頭に塗られた、あくまで対ゆっくり用の武器であった。
「そのライフル、使い心地は?」
研究員の一人が問う。
うどんげの武器装備が必要以上に充実しているのは
もの作りが趣味なこの男によるところが多い。
『性能は悪くないけど、人間用の形状だから使い辛い。
ハンドガンの方は片手で使えばリアサイトが覗けるけど
こっちのライフルは両手で構えたら目線の高さまで持ち上がらない。
義手の短さを考慮してほしかったわね』
「そりゃ残念」
『まあ、モノクルの照準器を使えばいいんだけどね』
うどんげは両手を首の後ろに回して、ぶわっとライフルに絡んだ後ろ髪をかきあげた。
最後に装備一式をもう一度チェックする。
右腰に帯びているのはいつもの刀とは違う刃渡り10cm程のコンバットナイフ。
左腰にはP220を模した自動拳銃。
引き金は固定されており、電子制御によるリモートトリガーを使用した体内からの直接操作で発砲する。
さらに右腕に搭載されているのはワイヤーフック。こちらも電子制御である。
「私用でここまで武装するのは初めてじゃないかな?」
『……そうね』
ドス相手でも遠近両方の装備をすることは無かった。
それほどまでに、敏捷性の高い相手と戦うことは勝手が違うのだ。
「だけど俺の作ったものを積極的に使ってくれるのは嬉しいねぇ」
うどんげは聞き流していたが、研究員は勝手にしゃべり続ける。
「やっぱり戦闘というピーキーかつデリケートな運用はテストとして最適だ。
こういう極限状態の試験運用に成功すれば
一般向けの装備開発に対していくらでも応用が利くからね」
ハンドガンから弾倉を抜いて中を確認する。
「でも移植実験の方がうまくいかないことにはどうすることも出来ないよねぇ。
こっちでやってる武器装備開発は君みたいな義手義足ありきのゆっくりに対してやってるからなぁ」
『そう』
ハンドガンを腰のホルダーに固定し、全ての装備チェックが終わった。
『じゃあ、行ってくる』
「ああ、ちょっと待って」
『……何か?』
「今日は先だってやらなければならない仕事は無いから
君の行動をモニターしててもいいかい?」
『別に、いいけど……』
「と、いうわけで何か問題が起きたらすぐに無線連絡をしてくれていいから。
武器の性能チェックもあるから、気づいた点があれば積極的に言ってね」
『ええ』
うどんげは最後まで話半分に聞きつつ、研究所を出発した。
――――同日、午前12時、森林――――
うどんげはいつもの集落まで走っていた。
(身体が、軽い)
メンテナンスの時に固いと感じた足の動きだが
固いと感じたのは止まった状態で動かしていたからだったようだ。
実際は脚部に搭載された空気圧ピストンとサーボモータの調整により
地面を蹴った時の身体の跳ね上がりが大きくなっている。
研究員が足のバネに頼って、と言っていた意味をようやく理解する。
(あれに追いすがるには、最適の調整というわけか……)
うどんげは扱いに慣れるべく、身体を前傾させてさらに速く走った。
――――同日、同時刻、ゆっくりの集落――――
わいわいとゆっくり達の声がする。
連中に見つかりにくそうな急斜面のある地点からモノクルを使って目標を見定める。
(だいたい、100mってところね……)
もう少し接近しなければ、と思い木々と背の高い草の中を歩いて進んでゆく。
胴付きのゆっくりが這っていても、顔の大きさが変わるわけではないので
通常のゆっくりの視点の高さになるだけだ。
故に姿勢を低くすること無く進んでいた。
(いた)
集落にたたずむ大き目の一枚岩。
その上に胴付きのきめぇ丸が座り込んでいる。
特別何かをしている様子は無く、ちらちらと微妙な視線を向ける集落のゆっくり達を睥睨していた。
うどんげは茂みのある木の根元に移動する。
その段差に近い箇所に身を隠し、ハンドガンを抜く。
『……………』
ナイフで邪魔な根と草木を少し切り落とす。
その後、右手でハンドガンを水平に構え、左手で支え、地面に下ろしてブレを抑える。
そしてモノクルをスナイプモードに切り替え、きめぇ丸の頭が中心になるよう照準を移動させた。
風力や相対距離などが自動で計算されるのを待ち、その動きを止める。
このまま撃ってもいいが、ここで少し考える。
確認した資料によると、慣れた狙撃手は静止している目標よりも動体を狙うらしい。
静止しているということはつまり、いつ動き出してもおかしく無い状態である。
逆に動いているものは基本的に何か目的があるわけで、その行動を鑑みた予測射撃がしやすい。
アレの移動速度は速い。
一度失敗してはもう二度と狙撃が出来るような状況を作り出すことは出来ないだろう。
うどんげは少なくとも、アレが何かに注意を向けるまで射撃を待つことにした。
――――――――――――――――
ぱちゅりーはその存在を『おうち』から注視していた。
「ぱちゅりー?どうしたのー?」
「むきゅ。ぱちぇのことはきにしないでちょうだい」
隣に住むちぇんに素っ気無い返事をする。
この集落にはとりわけ頭の良いぱちゅりーはいなかった。
その最大の原因はこの森林が大半は人間によって管理運営されているからである。
自然界ならば頭の悪い個体は淘汰され、場合によってはゲスの行いによって集落自体が空中分解する。
かつて人間が砂漠を生み出す原因の一つになったように、ゆっくりというものは必ずその土地を食いつぶす。
永住も繁栄も許されない中で、力や知識が培われてゆくのだ。
故にこのゆっくりが滅びないように手を加えられ続けるこの集落は、強者も賢者も必要が無いのだ。
「きめぇまる……あんなにゆっくりしてないのに……」
また別の場所ではみょんがその様子を横目で伺っていた。
「どうして、こんなことに……」
「かんがえたくないのぜ……」
そして真後ろでは、れいむとまりさが陰口を言っていた。
それぞれは隠れているつもりだったり、聞こえないように言っているつもりなのだろうが
きめぇ丸には嫌でもその姿や声が認識できている状態にあった。
(まあ、こんなものでしょうね……)
手に持った大きめの葉っぱを団扇のように振りながらきめぇ丸は周囲を見渡していた。
後にも先にも同じような状況が広がる中、その心はどこまでも凍てついている。
(ほら、きました)
集落のゆっくりが全員関わろうとしない中、一匹のゆっくりがきめぇ丸に近づいてゆく。
「きめぇまりゅ!」
「はい、なんでしょうか?」
きめぇ丸の正面に躍り出たのは一匹の子まりさ。
れいむとまりさの間に生まれた、どこにでもいる平凡な子まりさである。
「ゆっくちちてにゃいきめぇまりゅはゆっくちちね!!」
「………………」
「おちびちゃああああああああああん!!??
だめでじょおおおおおおおおおおおおお!!??」
気に入らない存在、特異な存在がいる時でも、素知らぬふりをするのが『大人の対応』である。
理由はどうあれ目を引く存在は、それを指摘されるのを普通は嫌がるから。
それを知らない、理解できないのが『子供』。
「ゆゆ?おかーしゃん、どうしてこんにゃゆっくちできにゃ、ゆぴぃ!?」
「ぞんなごどいっじゃだめでじょおおおおおおお!!??
ゆっぐりじでないでごめんなさいじなざい!!!」
「ゆんやあああああああああああああああ!!!!
おがーじゃんがぶっだあああああああああ!!!!」
そして、良くも悪くもそれを理解しているのが『特異な存在』。
例えば怪我をしている人を見ると、誰だってその理由が気になるものだ。
しかし実際は面と向かって聞かれ、同じことを答え続けるのも辟易するし
かといって腫れ物扱いされるのも居心地が悪い。
それが、致命的にまで種族の在り方に反するきめぇ丸ならなおさら。
「ごべんなざいごべんなざい!!
おぢびぢゃんが、おぢびぢゃんが!!じづれいなごどいっでごべんなざい!!!」
「おがーじゃあああああん!!!どぼじでぞんなやづにあやば」
「もうおぢびぢゃんはだまっででええええええ!!!」
「どぼじでええええええええ!!??」
衆人観衆の中、このような醜態をさらすゆっくりにもきめぇ丸は慣れていた。
逆に言えば、この程度のことで心動かされることは無いのだ。
「れいむ!?なにやってるのぜ!?」
「まりざああああああああああ!!!!どごいっでだのおおおおおおお!!??
はやぐおぢびぢゃんをづれでいっでね!!!」
「おちび!こっちにくるのぜ!」
「いじゃいいじゃい!!おどーじゃんまりぢゃをひっばらないでええええええ!!!
あのゆっぐりじでないぎべぇばりゅをぜいっざいっじでよおおおおお!!!」
「ごべんなざい!!ごべんなざい!!
おぢびぢゃんにはぢゃんどいっでぎがぜまずがら!!!」
きめぇ丸はその一連の騒動の中、一家を視界の中に入れてはいたが、目を向けてはいなかった。
ずっと表情一つ変えないまま、集落を見渡しているだけである。
きめぇ丸は誰にも理解されようとは思わない。それ故に孤高だった。
そして誰にも理解されたことは無い。それ故に孤独だった。
――――――――――――――――
きめぇ丸は『あくま』とは違い、通常種ゆっくりにとっては捕食種と並ぶ分かりやすい恐怖の対象だった。
ただ『あくま』という脅威に晒されているこの集落では
恐怖に多少は慣れているのだろうか、一つの交渉が行われた。
内容は無論『あくま』の撃破。
最初のうちは訝しがっていたきめぇ丸も
少しの興味と旅の腰掛を目的としてこの集落に留まることを承諾した。
と、いうのがうどんげが研究所で聞かされた一部始終。
(あてが外れたかもしれない……)
狙撃ポイントで動かないうどんげは葛藤と焦燥感を募らせていた。
目の前にゆっくりが躍り出て、騒ぎ、去っていくというプロセスの中でも
肝心のきめぇ丸は関心を示さず、隙を見せる様子が無い。
かといっていつまでもこのままじっとしていては埒が明かない。
場合によってはこちらに気付かれ、狙撃という最も安全確実な攻撃自体が成立しなくなるかもしれない。
(撃つしか……ないか)
うどんげはそのまま撃つことを決断する。
逆に考えれば、何にも興味を示さないのであればこのまま動かない確率の方が高いことになる。
(風向修正……コンマ2)
完全に呼吸を止め、対象の様子を伺う。
行動意思が無くとも、挙動が完全になくなるわけではない。
……一発だ、一発で仕留めなければ。
頭の中でそう何度も繰り返しながらきめぇ丸の頭部、中枢餡に照準を定める。
―――うどんげは、それが間違った狙いであることに気付かない。
3………2………1………。
パーン、と乾いた音が森林に響き渡る。
(外した………!?)
普段感情を見せないうどんげの瞳が驚愕の表情に染まる。
きめぇ丸は首をひょいと動かして弾丸を綺麗にかわしたのだ。
なんてことはない、きめぇ丸という種にはよく見られる習性。
首を左右にヒュンヒュンと振る動作。
その挙動だけできめぇ丸はシャープシューターの狙撃を危なげなく回避して見せたのだ。
『くっ………』
これはミスだ。
きめぇ丸の動きは速いが故に動き出したら仕留められないという先入観が判断を鈍らせた。
本来なら動きやすい頭部ではなく、身体を撃ち抜いて速さを殺した後に
アサルトライフルで止めを刺すべきだったのだ。
うどんげは即座に立ち上がりきめぇ丸のいる場所へ走る。
走りながらハンドガンを目線の高さで構え、リアサイトを覗きながら連射する。
しかしきめぇ丸の判断の方が早かった。
二発目が足元に着弾した直後には空中に飛び上がり、三発目以降は当たりようの無い場所に着弾した。
集落の一枚岩にたどり着く頃には、きめぇ丸の姿は無く。
「ゆんやああああああああああああ
『あくま』あああああああああああああ!!!!」
「ぎめぇまる!!!ぎめぇまるはあぐまをおいはらっで……どぼじでいないのおおおおおおおおお!!??」
『っ………!!!』
ガン、と忌々しげに石を叩いたうどんげが残される。
最大の好機を逃してしまった。
苛立ち紛れに振り下ろされた拳には、自身の失策による八つ当たりも含まれている。
少なくとも表面上は無表情であるうどんげには珍しく、しばらくその場で怒りと屈辱に震えていた。
しかし、それも長くは続かない。
「あぶなかったですね」
『!!!』
声のした方、右斜め後ろの木の枝に佇むきめぇ丸の方を向く。
左手で持ったハンドガンを目の高さで構えて腕を右手で支える。
「いえ、ひにくのつもりはありません。
きいていたじょうほうとこうどうぱたーんがちがっていたのでほんとうにあぶなかったんですよ」
『…………』
うどんげは自身の理性ではなく、きめぇ丸に対する殺意で冷静になった。
ハンドガンを腰に帯びて、アサルトライフルを手に取る。
左手でグリップとトリガーを。右手で銃身を。
左腕は生体部品の残る右腕よりも柔軟に動くため
自然、うどんげは左利きになっていた。
「ぶっそうなものをつかいますね。
わたしが『じゅう』というぶきをしらなければまちがいなくやられていました」
モノクルを切り替えてライフルの自動照準できめぇ丸を捉える。
無論、このまま撃ってら命中率はお話にならない。
考えろ。こいつを殺す為の最良の手段を。
成功率を限りなく100%に近づけるのだ。
「いけませんね。このままでははなしすらきいてもらえそうにありません……」
事実、うどんげにはきめぇ丸の言葉が全く耳に入らない。
正面の敵を殺すことに全精力を傾ける状況にそのような余裕は無いのだ。
「たたかうしかありませんか……。
ふっ……わたしらしくもない」
きめぇ丸は枝についていたさらに細い枝を折って二、三回振ると
それを右手に持ち、木から飛び降りた。
「なにやってるの!?きめぇまるははやくその『あくま』をころしてね!」
「そうだよ!あれだけごはんさんをむーしゃむーしゃしたんだからはやくしてね!!」
『あくま』の登場にすくみあがっていたゆっくり達もいつもの調子を取り戻し始めている。
先のドスの時と同様に、自分達が安全地帯にいるのをいいことに、好き勝手なことを言っている。
「はっ!!」
『………!!!』
きめぇ丸が突っ込んできた。
フェンシングの要領で腹の高さに枝を構えて。
(バックステップ!?いや……!)
「はあっ!!!」
バキッ、と枝の折れる音がする。
真っ直ぐに突かれた枝はうどんげの胸に命中したのだ。
ライフルと腕で咄嗟に頭をカバーしたのが裏目に出ていた。
『っ!!!』
「おっと!」
すかさず腕を振りぬいて牽制打を当てようとするが
最初からヒットアンドアウェイのつもりで仕掛けたきめぇ丸の回避の方が少しだけ早かった。
「よそうはしていましたが、まったくきいていませんね」
うどんげは突かれた場所にそっと右手を這わせる。
強化プラスチックのアーマーに対して枯れ枝の突きなど通用するはずも無い。
しかしそこには、小さいが確かな引っかき傷がついていた。
「そのよろいをこわすほどのこうげきしゅだんはわたしにはありません。
やはり、そのあたまをねらうしかないようですね」
胴付きの象徴である身体は完全にアーマーで覆われている。
一部はゆっくりの生体部品が使われているものの、基本的に露出があるのは頭部だけだ。
しかもその頭部も、口は呼吸器官と発声器官を兼ねたマスクによって
左目にはモノクルによって守られているため、実質右目か、或いは後頭部を狙うしか倒す方法が無い。
『………………』
うどんげはその口調と雰囲気に少しだけ感じ入るものがあった。
感じ入るもの、というよりは違和感かもしれない。
―――――何故、こいつは恐怖しないのか?
こちらの攻撃手段には、ほぼ一撃必殺の銃がある。
向こうは自然の物を武器として使う他無い。
自分は怪我をしようが、人間の手によって復元されるだろう。
対してきめぇ丸は大きなダメージを受ければその時点で命運が尽きるだろう。
この戦闘は初めから対等ではないのだ。
たとえ自分が死のうとも、奴は人間にここから追い出される。
それ以前に、何故自分と戦おうとするのだろうか。
奴自身も言ったではないか。『わたしらしくない』と。
「たたかいのさいちゅうにかんがえごとですか!?」
きめぇ丸が踏み込んできた。
二歩手前の位置で腰を落とした構えだ。
身体の重心を横へずらしてかわし、そこから次の攻撃につなごうとするが
『……っ!?』
バサッ、と顔に何かが当たる。
顔に土をかぶせられた、と気付いた頃にはきめぇ丸の追撃が来ていた。
横にずらした重心を立て直さずに転ぶことで二撃目をかわした。
そのまま側転をして地に足を着く。
「あれもかわしますか……さすがですね」
『………っ』
目潰し自体は成功していた。
しかしそれは右目のみ。機械仕掛けの左目は土を浴びたところで正常に稼動するのだ。
きめぇ丸がそれを知らなかったが故に事無きを得ている。
うどんげは腰に帯びたコンバットナイフを抜き、ライフルの銃口の下に取り付けた。
「おや、ずいぶんとかわったぶきですね」
銃や剣は知っていても、銃剣術は知らなかったらしい。
そしてここにきて気付く。
きめぇ丸に対して有利な点は装備の違いだけではない。
奴の『未知』こそが自分にとっての最大のアドバンテージであることを。
「「「……………」」」
集落のゆっくりはうどんげときめぇ丸が激突するたびに静かになっていった。
攻撃側も防御側も、ゆっくりの戦闘と言うにはあまりにも速すぎる。
ある程度頭の回るゆっくり以外には二匹が体当たりをしているようにしか見えていない。
ドスのそれを遥かに凌駕する戦いを目の当たりにして完全に呆けていた。
『……………』
「?」
うどんげが右腕を真横に向けた。
向けた先には一匹の成体まりさがいる。
きめぇ丸が何事か聞くより先に、そちらへ向かってワイヤーフックが放たれた。
「ぶべぇ!!!」
まりさの眉間にワイヤーが突き刺さり、奇声が上がる。
うどんげはそれを意に介さず、先端のフックについた返しの棘を出し、
まりさごとワイヤーを巻き上げる。
そして巻き上げの勢いを利用しながら右手を大きく振り上げた。
『だあああああああ!!!!』
「おおっと!?」「ぎゅべしぃっ!!!!」
モーニングスターのようにきめぇ丸の立っていた位置にフックごとまりさが落下する。
うどんげから見て左に避けられているのを確認すると、右腕を突き出したままその場で右回転。
『はっ!!!』
「うあっ…!!」
ハンマー投げの要領で一回転してきたまりさがきめぇ丸の眼前を掠めた。
うどんげはきめぇ丸に当たらなかったと見るや否や、フックの返しを引っ込めてまりさを放り出した。
勢い余って飛んでいったまりさは他のゆっくりと衝突する。
「ぶぎゃ!!」「ゆべぇ!!」
右腕を振りぬいたうどんげは反対のライフルを持った左腕をきめぇ丸に向ける。
回避行動をとりながら、きめぇ丸はその連続攻撃を見て驚いたように目をむいた。
銃声が響く。照準をしていない、フルオートで発射された薙ぎ払うような射撃。
しかしきめぇ丸の伏せる動作が辛うじて間に合い
6発の弾丸は真後ろにいたゆっくり数匹を襲った。
「ゆ゙っ……ぎゃあああああああああああああ!!!!!」
「み゙ょおおおおおおおおおおお!!!!」
弾丸に仕込まれた辛味の成分が二匹に大きな苦痛を与える。
神経毒にもなるそれを食らうぐらいなら中枢餡を貫かれた方がましだろう。
きめぇ丸は回避を行った後の前傾姿勢で地面の小石を拾い、投げた。
うどんげはライフルを撃った状態から勢いを殺さずもう一回転し、身体の軸をずらすことで回避した。
「ぎゅびぃ!!!」
今度はうどんげの後ろで声がした。
小石が集落のゆっくりに命中したのだろう。
「………………」
『くっ…………』
この間の攻防、十秒足らず。
集落のゆっくりが状況を認識したのは二人が一旦攻撃の手を止め、対峙してから
さらに数秒経ってからだった。
「ゆぎゃあああああああああああ!!!」
「なに!?なに!?なんなのおおおおおおおおお!!??」
「ごわいよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
たちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。
野次馬という存在は認識すべきである。自分たちは決して安全圏にいるわけではないということを。
うどんげは銃を持ち替える。
銃身から下に突き出した弾倉部分を左手で掴み、腕と銃口のコンバットナイフが一直線上に来るように。
ジャマダハル、或いはカタールの持ち方だ。
――――――――――――――――
(また、こうげきほうほうをかえてきましたか…)
きめぇ丸は決して少なくない数の修羅場を切り抜けてきている。
ドスまりさを敵に回すこともあった。
人間の一斉駆除を目撃することもあった。
ドススパークや駆除用の銛といった『武器』は少なくともきめぇ丸から見て合理的な武器と言えた。
しかし『あくま』の操る武器はまったく正体が掴めない。
(なるほど……これが)
『未知』。
当たり前に繰り返される毎日の中で唯一きめぇ丸の心を熱くしてくれる物。
自分の知らないこととは恐怖でもあり興味でもある。
分かりきった世の中を過ごすのではなく、危険を伴おうとも踏み出す一歩。
それがスリルだ。
「よっ!はっ!」
大きく腕ごと振り回されるライフルをバックステップでかわす。
近接武器ならなんであろうと必ず間合いがある。
切っ先だけを見据えてその一歩後ろまで後退すれば当たりはしない。
『……………』
「っ!」
突きを後方に飛んでかわした瞬間
表情の読み取りづらいうどんげの目がわずかに細められた。
それを見たきめぇ丸は後ろに大きく仰け反った。
銃声とともに文字通り自分の眼前を掠めていった弾丸にわずかに身震いする。
後ろに大きくバランスを崩した姿勢から立て直すのは無理だと判断し
両の手を地面につき、バック転で再び地に足をつけた。
その時に見たのは突きの姿勢から身体を一回転させ
背中越しにこちらを見るうどんげの姿。
着地の瞬間に回避は出来ない。
そう判断した直後に咄嗟に胸の前で腕を交差させる。
そのクロスアームブロックで後ろ回し蹴りを防御した。
それでも威力を、特に運動エネルギーは相殺しきれずに
きめぇ丸の身体は1m程跳ね上げられてしまう。
「がっ……はっ………!げほっ………!」
くの字に折れ曲がった身体をかばいながら辛うじて着地する。
少しの間悶絶していたきめぇ丸。
何とか息を整えて、前傾姿勢だが何とか直立する。
だが、左腕が力なくだらんと垂れていた。
――――――――――――――――
(凄い威力だった……)
きめぇ丸の左腕は回し蹴りの時、踵が直接当たったが故に大きくへこんでいた。
うどんげはきめぇ丸以上にその威力に驚いている。
脚部周りの調整の影響がここにも出ているのだ。
さらにライフルの持ち方を変える。
銃身の後部を左手で、中間を右手で掴む。
銃全体を柄とする、薙刀の構えだ。
軸足のバネで身体を跳ね上げ、きめぇ丸へ肉薄する。
再び始まる獣とマタドールの交錯。
しかし状況的に獣側が圧倒的だった。
闘牛士は力で劣るが故に回避に徹するしかない。
守りに重きを置いている限り、獣の勝利は絶対だ。
闘牛士は突き立てる剣を持たず、獣は知性を持って相手を追い詰める。
元来ヒトは体重と敏捷性で勝る獣に勝てないのだから。
この理が崩れることは無い。
―――そう、闘牛士が、守りに徹している限りは。
きめぇ丸はうどんげに対して大きく踏み込んだ。
無駄だ。防御したところで両手の力がこめられた刃を止めることは出来ない。
回避した場合もまた一回転して後ろ回し蹴りを叩き込めばいい。
先ほどの着地の瞬間とは違い、回避で大きく態勢を崩していれば防御も難しい。
そう冷静に分析したうどんげはかまわずライフルを振り下ろす。
だがそれを読んでいたきめぇ丸は、手加減無しで突き出した左腕でライフルの軌道をそらした。
(!!!)
若干バランスを崩したことで驚愕するうどんげだが
元々連続技として成立している後ろ回し蹴りに神経を注ぐ。
身体を少しかがめての一回転。
薙ぎ払うように振るわれた脚は相手の頭部を粉砕する『はずだった』。
『なっ………!!!』
うどんげが見たのは、少しかがんで背中を見せるきめぇ丸だった。
その動作は自身がよく知っている。後ろ回し蹴りだ。
(モーションを盗まれている!)
ここにきて自分の迂闊さを呪う。
『未知』こそが最大の武器ではなかったのか。
身体が覚えている連続動作だからこそ繰り出された攻撃。
しかし、一度見せた技だからこそ、慣れている技だからこそ、読まれていても全く不思議ではない。
回し蹴りのタイミングを数瞬ずらしていたからだろうか。
うどんげの踵が空を切った瞬間は、きめぇ丸が屈んだ瞬間でもあった。
(まずい!)
胴付きゆっくりの足は決して長くない。
だがその足は確かにうどんげの頭部のある軌道を描いている。
そのことに頭では気付いていながらも、身体のこなしが追いつかない。
回し蹴りの後の制動にほんの0コンマ何秒だが、時間をとられたからだ。
前に倒れたら次の動作に続かない。故にここでとる動作は後退。
利き足に力を込め、スウェイバック。
その動作が間に合うかどうか分からないタイミングで、きめぇ丸の足が振りぬかれた。
―――カッ、と小さな音が響く。
少し離れた木に黒いものが当たり、地面に落ちた。
それに目を向けた者は少ない。
「あ……あなたは………」
「…………………」
(やってくれるじゃない……)
うどんげを見た者は集落のゆっくりも、きめぇ丸も、例外なく呆然としている。
動揺しないのは、自身を見ることのできないうどんげだけだった。
蹴りによって飛ばされた口を覆うマスクの下にあったのは
ゆっくりの口とは到底言えない物である。
一部に取り付けられている機械にはケーブルとコネクタがあった。
宙吊りになっているそれは、マスクに接続されていたものかもしれない。
上下の唇は存在せず、歯茎にはむき出しになった砂糖細工の歯が
ひび割れた状態のまま申し訳程度の数だけ貼り付いている。
舌に至っては、機械を取り付けるスペース確保の為か斜めに切断され
残った部分も止め金具とボルトで固定されていた。
そして、左目。
マスクも固定具の一部としていたモノクルは目から外れて顔の横にぶら下がっていた。
そこに現れたのは『孔』だ。頭蓋骨の無いゆっくりに眼孔は無い。
ただ、目玉のあった痕跡だけが残っている。
「ゆ………ゆわわああああ…………!!」
「いやじゃああああ……ごんなのいやだああああ…………!!」
千切れ飛んだマスクの近くにいたゆっくりは、それを気持ち悪がり後ずさりした。
そうでない者達も『あくま』に対して今まで感じ取った無い種類の得体の知れなさに恐怖する。
『あくま』自体が普通の存在で無いことに気付いていたはずなのに。
「ど、どうなってるの……?」
一匹のれいむが思う。
あの口でどうやって『むーしゃむーしゃ』するのか?
あの目はどこへいってしまったのか?
あの口でどうやって『おうた』を歌うのか?
いや、それよりも今までどうやって『喋って』いたのか?
全く想像できない。
今までも『あくま』はゆっくりなのか?という考えがなかったわけでもないのだが
その異常性を認識したれいむは『あくま』をゆっくり以外の存在としてカテゴライズした。
「ぞんなやづゆっぐりじゃないいいいいいいいいいいい!!!!!!」
しかし、れいむよりも早くにそう叫んだのはまりさだった。
「あぐまだあああああああ!!!!
あぐまだあああああああああああ!!!!
ぞいづは!!ぞいづはゆっくりなんがじゃないいいいいいいい!!!!
あぐまをごろぜえええええええええええええええ!!!!」
血走った目でそう叫ぶまりさの目は理性の光を宿していない。
「ごろず!!ごろず!!ごろず!!ごろずううううううう!!!!」
まるで何かに取り憑かれたようにうどんげに突進するまりさ。
うどんげはそれを表情を変えずに迎え撃つ。
「ぎゅべぇ!!」
ライフルの先端に取り付けられたコンバットナイフがまりさの中枢餡を貫く。
「じねええええええええええええ!!!!」
しかし今度は後ろからまりさ同様に血走った目のみょんが迫る。
それをまりさからライフルを抜く動作そのままに手前に引いて
グリップ部分で背中越しに顔面を殴打する。
「ゆあああああああああああああ!!!!」
さらに横から迫ってきた相手に対し薙ぎ払うようにライフルの弾倉で殴りつけた。
「…………っ…!」
迫り来る集落のゆっくりを迎え撃つうどんげの口から声にならない『音』が漏れる。
その戦いを興味深げに観察するきめぇ丸。
その日の集落は、いつもの『あくま』の襲撃とは違った様子を呈している。
それ故に、元の状態を知らないきめぇ丸こそがこの状況を最も客観的に観察できていた。
集落のゆっくりの話では『あくま』は気の狂った怪物であり
罪の無い自分達を脅かす悪だということだった。
なるほど、確かに状況だけを見ればそうだろう。
しかし、その内容は全くの間逆。
『あくま』は決して怪物ではない。
集落のゆっくりに対する攻撃は『あくま』に元々備わっていた性質ではないはずだ。
ゆっくりを殺している様子と自分と対峙した時の、その強靭な『理性』こそがそれを物語っている。
要するにゆっくりを殺すこと自体に意味は無いのだ。
ただそこにいるだけで害になるわけではなく、自らの意思を持って害を『成す』。
自分の求める物の過程でゆっくりが死んでいるに過ぎない。
そう考えると、集落のゆっくりの方がよっぽど感情的だ。
求める物には理屈も信念も考察も無い。
―――もしも、自分達の命を全く顧みずに話し合うことが出来れば。
―――目先の生き死にではなく、究極的な結果論による損得勘定が出来るのなら。
―――この『あくま』に匹敵する程の狂気とも言える『理性』を持てるのなら。
「ゆっぎゃああああああああああ!!!!」
何匹目か分からないゆっくりが殴り倒される。
それと同時に、きめぇ丸は地面を蹴っていた。
一足飛びに飛び掛かるきめぇ丸。
同時に鞭のように身体のひねりによって叩きつけられる動かない左腕。
うどんげはそれを右腕のワイヤーフックの本体部分で受け止めた。
次の瞬間、何かが宙を舞う。
それは空中で数回転して地面に落ちた。
「いきます。かくごはいいですね?」
そう言ってうどんげと向かい合うきめぇ丸の左腕は肩口から千切れてなくなっていた。
動かぬ左腕をぶら下げていても邪魔になるだけだと考えたのだ。
きめぇ丸の緊張感が伝わったのか、うどんげがライフルを握りなおす。
こちらは当初から様子が変わるようには見えなかった。
いつも通りその赤い右目と―――存在しないはずの左目できめぇ丸を見据える。
――――――――――――
「な、なんなの……?」
ありすは戦慄していた。
きめぇ丸も、『あくま』も、全くもってゆっくりしたゆっくりではなかった。
しかし、これから命のやり取りをしようとしているはずの両者から
今までに無いほどの『ゆっくり』を感じ取ったのだ。
「ま、まりさ……」
数匹のゆっくりは気が狂ったように『あくま』に襲い掛かったが
戦闘向きで無いありすやれいむは、害意よりも恐怖が勝っていた。
ありすは安心を求め、隣にいたまりさに寄り添う。
「ありす……」
放心状態だったまりさも頬に触れた番のありすの感触で正気に戻る。
集落のゆっくりが何匹も殺されたことや『あくま』が見せた今まで以上の異常性。
理解を超える事態の頻発にまりさの頭は対応しきれない。
目の前にいる二匹は怖くないのか?楽しいのか?
きめぇ丸は腕を失って痛くないのか?
『あくま』は何故あんな姿なのか?
なにより、目の前の『ゆっくり』が理解できない。
あいつらは『ゆっくり』を何だと思っているのか?
『むーしゃむーしゃ』も。
『すーやすーや』も。
『おちびちゃん』も。
本来在るべき『ゆっくり』の形からあまりにかけ離れている。
気付いたら、『あくま』ときめぇ丸が激突していた。
何が起こっているか目が追いつかないが
自分及ばぬ遥かな高みの戦いを繰り広げていることは分かる。
あんなに強いのに。
その気になればこの群れの長にだってなれるのに。
食料をたくさん集めることも出来るだろう。
それこそ他のゆっくりから奪ってもいい。
奴隷だって持てるだろう。
自分があそこまで強ければ間違いなくそうする。
まりさには、感情しかないから分からない。
ありすにも、考えることが出来ないから分からない。
ゆっくりには何を求めるのか、それにはどうするのか、そのために何が必要なのか。
『目的』にたどり着くまでのプロセスを考えられないから分からない。
――――――――――――
すでに何度目か分からない激突できめぇ丸は思う。
―――もっと速く。
―――もっと鋭く。
身体の中のギアを一段階ずつ上げていくイメージ。
今のが防がれるのならもっと速く。
今のが弾かれるのならもっと鋭く。
それはまるで鉛筆削りのように。
先細りの剣は強度が極限まで低下する。
それでもかまわない。
折れた剣では戦えない。
しかし折れる前の第一撃目は確かに相手に届くのだ。
自らの命を全く厭わないその攻撃は決して特攻ではない。
戦いの一手における最大限の努力だ。
同時にそれはきめぇ丸の思いの強さでもある。
(そう、わたしがかつことができるようそはひとつだけ―――)
何を犠牲にしてもかまわない。
何を失ってもかまわない。
その先にあるものが手に入るのなら。
―――思考せよ。
―――判断せよ。
―――決断せよ。
きめぇ丸は何物にも打ち砕けない、最強の『理性』を持って漆黒の悪魔に肉薄する―――。
――――――――――――
(届かない……)
うどんげは仕方なく認める。
きめぇ丸は、自分より強い。
同じ攻撃は二度来ない。
最初の攻撃も。次の攻撃も。その次の攻撃も。
パターンも、型も、全く違う攻撃が飛んでくる。
故に、先読みができない。
足払いを横っ飛びでかわす。
バックハンドブローをライフルで防ぐ。
だが、一つだけ問題がある。
衝突の瞬間、きめぇ丸の指が一本あらぬ方向へ曲がった。
着地の瞬間、きめぇ丸の高下駄に亀裂が入る。
生身のゆっくりではこの戦闘に体がついてこられないのだ。
言ってしまえば、きめぇ丸の身体が『壊れる』まで凌ぎ切ればいいのだ。
だが―――
(そんなのは勝利と言わない―――!)
関節の防塵シールドをパージする。
左目の前を揺れているモノクルを引きちぎる。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙―――!!!!」
発せられたのは、久方ぶりに自分の口から出る『声』だった。
――――――――――――
―――お互いに、焦りが見え始めていた。
きめぇ丸は攻撃の手を緩められない。
なぜなら、『あくま』の攻撃は防御しきれないから。
防戦に回った場合、いつかは食らってしまうであろうその一撃で決着がついてしまう。
それ以前に、自分の身体のあちこちで悲鳴が上がっているのだ。
一度止まれば二度と動けなくなるだろう。
何としてでも、それまでに決着をつけなければならない。
うどんげは攻勢に出られない。
なぜなら、きめぇ丸の攻撃は全て急所狙いだから。
下手に攻撃に出れば、鋭く、短く、的確に頭部を狙ってくる一撃に倒されるであろう。
しかし、そのオーバースピードを駆使するきめぇ丸はそう遠くないうちにダウンする。
自分が勝つには、正確に言うのなら自分が相手を『倒す』には時間がない。
―――お互いに、充実した時間を過ごしていた。
交わされる言葉はない。
しかし二匹は致命的なまでにお互いを理解していた。
(ようするに、ほんきになりたかったのですね)
(要するに、本気になりたかったのね)
中途半端に物事ができてしまうから。
ままならない遥かな高みには決して手が届かないから。
自分の力を、存在を、その全てをかけてまで何かをしようとは思わなかったから。
―――お互いに、求める物は成功ではなかったのだ。
何をしても、何を見ても、満足が得られなかった。
なまじ理性があるために、できないことはしないから。
夢を見ることができないから。
希望を持つことができないから。
だからこそ、なればこそ。
((今この時がいつまでも続けばいい))
我武者羅に戦うことが、こんなにも楽しいことだったなんて。
しかし、終わりは当然訪れる。
何本目かわからない木の枝をつかんでいたきめぇ丸の右腕。
それがうどんげの何気ない牽制打とぶつかる。
(しまっ―――)
静止している状態ならともかく動体に当たった腕は、肘の部分があらぬ方向へ折れた。
うどんげは、その刹那を確かに見る。
それでも、湧き上がってきた感情がいつも通りの強靭な理性によって塗りつぶされる。
「がっ…!」
回し蹴りではない。左のハイキックがきめぇ丸の胴に突き刺さった。
その衝撃できめぇ丸は数メートル飛ばされる。
飛行能力を持つがゆえの、体重の軽さのせいだ。
そのまま地面を数回バウンドした後、気に頭を打ち付けて止まる。
どっ、とうどんげがハイキックの姿勢から尻餅をつく。
未だ、身体には傷一つなかった。
(勝った……?)
身体に異常がないことをシステムで確認しようとし、モニタを兼ねているモノクルがないことを思い出す。
しかし、目の前で横たわるボロボロのきめぇ丸を見たら拾いに行こうという気になれなかった。
うどんげは静かに立ち上がり、きめぇ丸に歩み寄る。
左腕はなく、右腕もその機能を失っている。
それだけではない。
全身に裂傷と打撲があり、元の姿など想像もつかないほどである。
このような状態で、あれほどの攻勢に出ていたのか。
うどんげは初めて恐怖する。
きめぇ丸は、強い。
「―――おや、とどめをささないのですか?」
首だけを動かしてうどんげを視界に入れるきめぇ丸。
その口調はあまりに穏やかすぎた。
―――仮にも殺しあっていた間柄なのに。
―――なんでそんなに満足そうなの。
「ひとつ、みのうえばなしでもしましょうか」
その言葉を最初に、きめぇ丸は淡々と自らの過去を語った。
世界を津々浦々と旅しながらも、何一つ得るものがなかったことを。
ゆっくりの群れも、人間の街も、それ以外の場所にも自分の居場所がなかったことを。
「わたしのようなものになってしまうと『いきているいみ』なんてものをかんがえてしまうのですよ」
声の出せないうどんげを余所に、きめぇ丸は喋り続ける。
しかし、うどんげは先ほどとは打って変わって、正反対の感情をきめぇ丸に向けていた。
鬱陶しかった。
耳障りだった。
殺してやりたかった。
「わたしはここでしぬうんめいのようですが、あなたはまだいきなければいけないようです」
―――やめろ。
―――やめて。
―――それ以上は聞きたくない。
「しょうじきにいうと、わたしは『し□□く□□□□□□のです』」
パン、と銃声がした。
その音に驚いた鳥が数匹飛び立ってゆく。
ライフルの引き金を引いたうどんげは、そのまま
研究所の人間が回収に来るまで立ちすくんでいた。
――――数日後、某時刻、研究所内――――
「また、その録画か?」
「ええ、まあ」
「空き缶くらいは片付けろよな。
何か危ない研究してるみたいじゃないか」
モニター前の椅子に座っている研究所員の周りには大量のコーヒーの空き缶が転がっていた。
それだけでなく、書類や、ディスク、ファイル、資料などが山積みにされている。
「そのきめぇ丸、殺したのはもったいなかったかもしれんな」
「そうですね」
録画された画像の中で、きめぇ丸とうどんげが衝突していた。
その攻撃一つ一つが、お互いの命を脅かしている。
「で、ソースの見直しはどうだ?」
「これで77回目ですが、異常なしです」
「異常はあるだろ?」
「結果には。だけどプログラムソースに変化はまったくなし。
……ああ、これもだ」
再生を一時停止し、メモを取る。
「このモーション、本当に入ってないんだな?」
「ええ、この左のロングフックでの牽制、その後にこんなモーションのローキックがつながるはずがありません」
「忘れてるってことは……」
「ないです。少なくとも私が作った戦闘プログラムにこんなコンビネーションは組み込まれてないはずです」
「じゃあ、やっぱり被検体が自分で考えたってことになるんじゃ?」
「しかしなんだかんだ言って動いているのは機械なわけですよ。
アーマーをロックさえすれば動けなくなりますし、人間に危害は加えられない。
今映ってる攻撃行動は禁止まではされてないにせよ、推奨アクションを全く無視している。
止まりはしないまでも、モーションに遅れが出てもおかしくないのに……」
「ふーん……」
「ああ、特にこれです」
「ん?この動き、何か変なのか?」
「よく見てください。モノクルを喪失して左側が見えていないはずなのに普通に左側の攻撃をガードしている」
「ああ……角度は?」
「視界の角度は………このラインです」
「見えてないのに防げてるってことか?」
「そうです。どうもこのきめぇ丸も、左側が見えていないことを期待して攻撃したみたいなんですけど
普通に反応してますから……」
「いや、待て、今のところ、もう一度コマ送りで見せてくれないか?」
「ああ、はい。行きますよ?」
「…………………」
「…………………」
「………………そこ!」
「え?」
「ミッションレコーダと合わせてみてくれないか?」
「はい、同期します」
「ほれ、こいつ、攻撃が始まる前からガードモーションに入ってないか?」
「えー56724.773秒……確かに、ここでモーション開始命令の変数が上がってますね。
ああでもこれって、先読みしただけじゃないですか?」
「いや、お前も言ってたろ?このきめぇ丸は同じ攻撃は二度三度出すことがないって」
「ああ……でも、被検体があえて左からの攻撃を誘ったとかないですか?」
「見えてない側の攻撃をか?」
「うーん………」
考え込む二人の研究者。
結局何日たとうとも、その答えが出ることはなかった。
改造 戦闘 希少種 現代 独自設定 お待たせしている人が(いれば)遅くてすみません。
初めましての方は初めまして
他作を見てくださった方はありがとうございます。
投稿者の九郎です。
タイトル通りの続きです。
どうぞよろしく。
――――――――――――――――――――
―――――それは、何かの間違いだったのかもしれない。
その世界は光り輝いていた。
しかし同時に、光り輝くその世界は様々な『穢れ』に満ちていた。
一点の穢れもない世界は一点の影も生み出しはしない。
しかし、一点の穢れも無い世界は同時に何も無い世界。
―――――想像してみよう。
全く真っ平らな床に光を当ててみる。
そうすれば、一点の影も出来ない。
しかし、それは表面上の話に過ぎない。
その光を生み出しているものはどうなっているのだろうか。
手に持っている?天井に吊るされている?
もしそうならば、その手に、その天井に影は出来ていないだろうか?
今度は密閉された空間で、明かりを消してみる。
真っ暗だ。その世界には一点の光も無い。
つまりこういうことだ。
完全に光り輝く世界は存在しないが、完全に闇に閉ざされた世界は確かにあるのだ。
――――某日、午後2時、森林――――
私は走る。
正面に現れた石を思い切り蹴飛ばしてしまう。
勢い余って転んでしまった。痛みは無い。
とっさのことだが頭は冷静に反応する。
勢いを殺さずにそのまま前転。足を下にして態勢を立て直す。
私は走る。
右手を真っ直ぐ伸ばし、銃のグリップを握りこんでリモートトリガーを引き絞った。
パン、パンと乾いた音がして手にはブローバックの反動が来る。
二発の弾丸は木の枝に着弾し爆ぜた。
口があったのなら舌打ちしていただろう。
私は走る。
左目のモノクルが目に付いたものを片っ端からサーチする。
鳥やリスはともかく、全く目に付かないものまでロックオン候補として挙げてくる。
なのに肝心の目標は捉えてくれない。本当に苛々させられる。
私は走る。
残弾が一発になったハンドガンを何の未練も無く放り捨てて
背負っていたアサルトライフルを脇をしめて構える。
セミオートからフルオートへ。モノクルをスナイプモードに変更し映し出された照準器を注視する。
私は立ち止まる。
先に撃っては駄目だ。かと言って目で見てから撃っていては遅い。
踏み切った直後に軌跡めがけて全弾を撃ち込む。
アレには癖がある。
二回飛んだ後、三回目はワンテンポ遅れて必ず二回目とは反対方向へ飛ぶ。
モノクルが照準となるので肩付けする必要はない。
左腕に力を込める。
必要なのは弾道がブレないことだけだ。
一回、二回とアレが木々の間を飛ぶのが見えた。
(1.7583+1.6892+1.7725+1.8010)/4。
……三回目の跳躍まで平均して1.75525秒。
私はピッタリ二秒後にトリガーを引いた。
――――同日、午後4時、研究所内――――
稼動試験を終えた私は金属製のベッドでメンテナンスを受けている。
触覚は無いので痛くも冷たくも無いけど
なんとなく不快に感じるのは先入観の影響かもしれない。
「随分無理をさせたみたいだね」
『………………』
多分右足のサーボモーターのことを言ってるんでしょうけど。
私の体のことなのにまるで他の何かを酷使したかのような言い方に聞こえる。
「君は軸足に力を入れすぎだよ。
このサーボは5kg、120度までしか対応しないんだから
制動や踏み切りをもう少し加減したほうがいい」
『………………』
私が喋れないのをいいことに好き勝手言ってくれるわね。
「足まわりの防塵処理はもう少ししっかりやるべきだな。
このままでは制御基板がコロナ放電を起こしかねん」
「ですが、あまり固めると可動角度が制限されてしまいますよ?」
「動けなくなるよりはましだろう。
……ああ、1.25スケアのケーブルを」
右足は取り外され、予備の右足と交換される。
ゆっくりの生体部品を損傷しなかったのは幸い。
今回は部品の取り替えだけですみそうね。
「………よし、交換作業は終了した。
セーフモードを解除しろ。解除が終わったらデバッグとバグチェックをしておけ」
「了解、セーフモードを解除します。
…………解除確認。ビルド、コンパイル。
…………エラーなし、システムブート。プログラム、起動します」
ブーンというノイズ音と若干の砂嵐の後に左目が見えるようになる。
私には分からない英数字の羅列が少し続いた後『ALL CLEAR』と表示された。
『ん……………』
「足の具合はどうだ?」
『問題ないわ………いえ、少し動きが硬いかもしれない』
「ショックアブソーバを中心に少しプログラムを書き換えたからな。
次からは制動する時には足の頑丈さではなく、膝のバネに頼るようにしろ」
『それはいいけど………オートロックオンの方は?』
「まだ調整中。とりあえず認証のレベルを上げて動体に反応するように変えておいたから」
『分かったわ』
『担当』の研究員二人と今回のメンテナンスについて軽く話をする私。
でもこの緊急メンテナンスを行うきっかけを作ったのもこの二人だったりする。
「しかし驚きだな。まさかお前があれほど苦戦するとは」
『……アレは元々普通のゆっくりにはどうにもならない相手でしょ?
もし敵わないんだとしたら、私じゃなくてあんた達のせいよ』
「一理ありますね」
「まあ、そりゃそうだが。しかしあくまでそれはお前の身体だ。
あのきめぇ丸を仕留めるのにどう使いこなすかはお前の役目でもあるぞ」
実験場である森林……私のいつもの『狩場』にきめぇ丸がやってきたのがきっかけ。
なんでも、現地のゆっくり達が『あくま』とやらに対抗するために
通りすがりのきめぇ丸に協力を仰いだとか。
研究所の人間からすればあまり良い事態とは言えないらしく
新型の装備やシステムの稼動試験がてら私が始末するようにと命令されたんだけど……
「ともあれ、三度目は無い。
奴が邪魔になる以上、次で失敗すればこちらで始末する。
一応試験データは取れている。本来ならもう稼動試験の必要はないのだから」
『分かってる』
研究所員の中には、私の境遇を気遣って曖昧な話し方をするのもいるけど
情報が的確に伝わるようなこういう遠慮の無い言い方が私は助かる。
私もぶっきらぼうな返事をしているけど、これは性分だからで
機嫌を悪くしているわけじゃない。
「じゃ、今日はもうお休み。また明日頑張ってね」
『ええ……』
階段を上がって円筒型の培養槽の上の吊り革に掴まる。
……まるで絞首刑の処刑台ね。
掴まったのを確認すると研究員がコンソールを何か操作する。
吊り革が降下し、私をオレンジジュースの培養液の中に導く。
私はそこで目を閉じた。
後は語ることも無い、いつもの作業だから。
――――――――――――――――――――
無限の闇の中で求めるものとは何だろうか。
光か?救済か?それとも別の何かか?
否。希望の無い世界で希望を求める者はそうはいない。
それが出来るのは英雄か、愚か者のどちらかだろう。
普通の者が求めるのは終焉だ。
自らの存在が永劫の中に沈んで終わること。
―――――耳障りな雑音がする。
何かを成そうとして、何も出来なかった時。
何も出来ることがなくなった時。誰もが『絶望』する。
何かを求める時、何をすればいいか、そのためにどうするか。
それすらも分からない時、誰しも何もしたくなくなる。
誰もが一番恐れるのは、自分の努力が徒労に終わること。
苦痛を伴った結果に何も得る物が無かった時。
その失敗が次に繋がるのならそれは希望だ。
しかし結果としてそのまま終わりをを迎えてしまったら?
―――――耳障りな声がする。
信じる者は救われる?努力すれば夢は叶う?
何を馬鹿な。成功する者と失敗する者がいるのは初めから明らかだろう。
『絶望』に沈む者が出来る事と言えば自己満足の独り言しかない。
責任転嫁。八つ当たり。自己弁護。言い訳。ストレスの捌け口を見つけては絶望を深めてゆく。
呪うことしか出来ないのだ。
運命を。無力さを。成功する者を。生きている者全てを。
―――――耳障りだ。やめろ。私は間違っていない。
弱者であるほど、自己正当化は得意なものだ。
間違いと知りつつ進むことの出来るのは強者のみ。
失敗する者ほど、成功する者の粗探しは上手いものだ。
その成功を、誰よりも羨んでいるはずなのに。
―――――耳障りだ。私は―――――『成功にも失敗にも興味がない』
――――翌日、午前10時、ゆっくりの集落――――
「おお、おそいおそい。
とんだのろまですねあなたたちは」
「ゆっ………ご、ごめんねなんだね、わかれよー!」
「きょうのごはんさんはこれだけだよ!」
胴付ききめぇ丸が集落の集会場として使われる広場に鎮座する石の上に座っている。
眼前にはきめぇ丸だけでは食べきれないであろう量の食料が並べられていた。
「むきゅ、こんどこそ『あくま』をたおしてね!」
「ええ、わかっていますよ。わかっていますとも……」
きめぇ丸は特定の『おうち』を持たずに漫遊の旅を続けている胴付きゆっくりである。
この集落もきめぇ丸にとっては腰掛に過ぎず、そこまで長居するつもりではなかった。
そんな風のような気質のきめぇ丸をこの地に留めた要因は『あくま』の存在に他ならない。
「じゃ、じゃあれいむはおうちにかえるね!
きめぇまるはゆっくりしていってね!」
「ええ、いわれずとも……」
この集落の実情はおおよそ住んでいるゆっくりから聞けた。
その情報を統合すると本来の野生のゆっくりでは考えられないほど豊かな土地であり
人間がしばしば訪れ、コミュニケーションをとってくることなどが挙げられる。
そして、断続的に現れる『あくま』の存在。
奇しくも、きめぇ丸が訪れたその日のうちに『あくま』は現れたのだ。
そのまま交戦状態にもつれ込んだ二匹だが、単純な力の差が大きすぎた。
きめぇ丸は、ひたすらに木々の間を逃げ回ることで辛うじて難を逃れている。
「ふっ………」
『あくま』とはゆっくりにしてはよく言ったものだ、という感想が浮かんでくる。
外見に違わない奇妙な武器を操る『ソレ』はまさに漆黒の悪魔だ。
そしてきめぇ丸はなんとなく思う。
奇妙なゆっくりと人間。その二つに関連性が皆無とは考えにくい。
ゆっくりにとっての本当の『悪魔』は人間なのではないのか、と。
――――同日、午前11時、研究所内――――
ガチャリ、とチャンバーを開く。
一発目の弾丸が装填されていることを確認したうどんげはライフルを背中に担ぐ。
ガンベルトなどは無く、アーマーの背中部分に付いている留め金へ固定。
M16を模したそのライフルは、実物のおおよそ四分の一ほどのサイズであるが
本物と全く同じガス圧作動機構を用いて弾丸を発射する。
もっとも、サイズに見合った威力であることと
使用弾丸は模擬弾であるため通常の動植物に対する殺傷能力は薄い。
少量の強力な香辛料が弾頭に塗られた、あくまで対ゆっくり用の武器であった。
「そのライフル、使い心地は?」
研究員の一人が問う。
うどんげの武器装備が必要以上に充実しているのは
もの作りが趣味なこの男によるところが多い。
『性能は悪くないけど、人間用の形状だから使い辛い。
ハンドガンの方は片手で使えばリアサイトが覗けるけど
こっちのライフルは両手で構えたら目線の高さまで持ち上がらない。
義手の短さを考慮してほしかったわね』
「そりゃ残念」
『まあ、モノクルの照準器を使えばいいんだけどね』
うどんげは両手を首の後ろに回して、ぶわっとライフルに絡んだ後ろ髪をかきあげた。
最後に装備一式をもう一度チェックする。
右腰に帯びているのはいつもの刀とは違う刃渡り10cm程のコンバットナイフ。
左腰にはP220を模した自動拳銃。
引き金は固定されており、電子制御によるリモートトリガーを使用した体内からの直接操作で発砲する。
さらに右腕に搭載されているのはワイヤーフック。こちらも電子制御である。
「私用でここまで武装するのは初めてじゃないかな?」
『……そうね』
ドス相手でも遠近両方の装備をすることは無かった。
それほどまでに、敏捷性の高い相手と戦うことは勝手が違うのだ。
「だけど俺の作ったものを積極的に使ってくれるのは嬉しいねぇ」
うどんげは聞き流していたが、研究員は勝手にしゃべり続ける。
「やっぱり戦闘というピーキーかつデリケートな運用はテストとして最適だ。
こういう極限状態の試験運用に成功すれば
一般向けの装備開発に対していくらでも応用が利くからね」
ハンドガンから弾倉を抜いて中を確認する。
「でも移植実験の方がうまくいかないことにはどうすることも出来ないよねぇ。
こっちでやってる武器装備開発は君みたいな義手義足ありきのゆっくりに対してやってるからなぁ」
『そう』
ハンドガンを腰のホルダーに固定し、全ての装備チェックが終わった。
『じゃあ、行ってくる』
「ああ、ちょっと待って」
『……何か?』
「今日は先だってやらなければならない仕事は無いから
君の行動をモニターしててもいいかい?」
『別に、いいけど……』
「と、いうわけで何か問題が起きたらすぐに無線連絡をしてくれていいから。
武器の性能チェックもあるから、気づいた点があれば積極的に言ってね」
『ええ』
うどんげは最後まで話半分に聞きつつ、研究所を出発した。
――――同日、午前12時、森林――――
うどんげはいつもの集落まで走っていた。
(身体が、軽い)
メンテナンスの時に固いと感じた足の動きだが
固いと感じたのは止まった状態で動かしていたからだったようだ。
実際は脚部に搭載された空気圧ピストンとサーボモータの調整により
地面を蹴った時の身体の跳ね上がりが大きくなっている。
研究員が足のバネに頼って、と言っていた意味をようやく理解する。
(あれに追いすがるには、最適の調整というわけか……)
うどんげは扱いに慣れるべく、身体を前傾させてさらに速く走った。
――――同日、同時刻、ゆっくりの集落――――
わいわいとゆっくり達の声がする。
連中に見つかりにくそうな急斜面のある地点からモノクルを使って目標を見定める。
(だいたい、100mってところね……)
もう少し接近しなければ、と思い木々と背の高い草の中を歩いて進んでゆく。
胴付きのゆっくりが這っていても、顔の大きさが変わるわけではないので
通常のゆっくりの視点の高さになるだけだ。
故に姿勢を低くすること無く進んでいた。
(いた)
集落にたたずむ大き目の一枚岩。
その上に胴付きのきめぇ丸が座り込んでいる。
特別何かをしている様子は無く、ちらちらと微妙な視線を向ける集落のゆっくり達を睥睨していた。
うどんげは茂みのある木の根元に移動する。
その段差に近い箇所に身を隠し、ハンドガンを抜く。
『……………』
ナイフで邪魔な根と草木を少し切り落とす。
その後、右手でハンドガンを水平に構え、左手で支え、地面に下ろしてブレを抑える。
そしてモノクルをスナイプモードに切り替え、きめぇ丸の頭が中心になるよう照準を移動させた。
風力や相対距離などが自動で計算されるのを待ち、その動きを止める。
このまま撃ってもいいが、ここで少し考える。
確認した資料によると、慣れた狙撃手は静止している目標よりも動体を狙うらしい。
静止しているということはつまり、いつ動き出してもおかしく無い状態である。
逆に動いているものは基本的に何か目的があるわけで、その行動を鑑みた予測射撃がしやすい。
アレの移動速度は速い。
一度失敗してはもう二度と狙撃が出来るような状況を作り出すことは出来ないだろう。
うどんげは少なくとも、アレが何かに注意を向けるまで射撃を待つことにした。
――――――――――――――――
ぱちゅりーはその存在を『おうち』から注視していた。
「ぱちゅりー?どうしたのー?」
「むきゅ。ぱちぇのことはきにしないでちょうだい」
隣に住むちぇんに素っ気無い返事をする。
この集落にはとりわけ頭の良いぱちゅりーはいなかった。
その最大の原因はこの森林が大半は人間によって管理運営されているからである。
自然界ならば頭の悪い個体は淘汰され、場合によってはゲスの行いによって集落自体が空中分解する。
かつて人間が砂漠を生み出す原因の一つになったように、ゆっくりというものは必ずその土地を食いつぶす。
永住も繁栄も許されない中で、力や知識が培われてゆくのだ。
故にこのゆっくりが滅びないように手を加えられ続けるこの集落は、強者も賢者も必要が無いのだ。
「きめぇまる……あんなにゆっくりしてないのに……」
また別の場所ではみょんがその様子を横目で伺っていた。
「どうして、こんなことに……」
「かんがえたくないのぜ……」
そして真後ろでは、れいむとまりさが陰口を言っていた。
それぞれは隠れているつもりだったり、聞こえないように言っているつもりなのだろうが
きめぇ丸には嫌でもその姿や声が認識できている状態にあった。
(まあ、こんなものでしょうね……)
手に持った大きめの葉っぱを団扇のように振りながらきめぇ丸は周囲を見渡していた。
後にも先にも同じような状況が広がる中、その心はどこまでも凍てついている。
(ほら、きました)
集落のゆっくりが全員関わろうとしない中、一匹のゆっくりがきめぇ丸に近づいてゆく。
「きめぇまりゅ!」
「はい、なんでしょうか?」
きめぇ丸の正面に躍り出たのは一匹の子まりさ。
れいむとまりさの間に生まれた、どこにでもいる平凡な子まりさである。
「ゆっくちちてにゃいきめぇまりゅはゆっくちちね!!」
「………………」
「おちびちゃああああああああああん!!??
だめでじょおおおおおおおおおおおおお!!??」
気に入らない存在、特異な存在がいる時でも、素知らぬふりをするのが『大人の対応』である。
理由はどうあれ目を引く存在は、それを指摘されるのを普通は嫌がるから。
それを知らない、理解できないのが『子供』。
「ゆゆ?おかーしゃん、どうしてこんにゃゆっくちできにゃ、ゆぴぃ!?」
「ぞんなごどいっじゃだめでじょおおおおおおお!!??
ゆっぐりじでないでごめんなさいじなざい!!!」
「ゆんやあああああああああああああああ!!!!
おがーじゃんがぶっだあああああああああ!!!!」
そして、良くも悪くもそれを理解しているのが『特異な存在』。
例えば怪我をしている人を見ると、誰だってその理由が気になるものだ。
しかし実際は面と向かって聞かれ、同じことを答え続けるのも辟易するし
かといって腫れ物扱いされるのも居心地が悪い。
それが、致命的にまで種族の在り方に反するきめぇ丸ならなおさら。
「ごべんなざいごべんなざい!!
おぢびぢゃんが、おぢびぢゃんが!!じづれいなごどいっでごべんなざい!!!」
「おがーじゃあああああん!!!どぼじでぞんなやづにあやば」
「もうおぢびぢゃんはだまっででええええええ!!!」
「どぼじでええええええええ!!??」
衆人観衆の中、このような醜態をさらすゆっくりにもきめぇ丸は慣れていた。
逆に言えば、この程度のことで心動かされることは無いのだ。
「れいむ!?なにやってるのぜ!?」
「まりざああああああああああ!!!!どごいっでだのおおおおおおお!!??
はやぐおぢびぢゃんをづれでいっでね!!!」
「おちび!こっちにくるのぜ!」
「いじゃいいじゃい!!おどーじゃんまりぢゃをひっばらないでええええええ!!!
あのゆっぐりじでないぎべぇばりゅをぜいっざいっじでよおおおおお!!!」
「ごべんなざい!!ごべんなざい!!
おぢびぢゃんにはぢゃんどいっでぎがぜまずがら!!!」
きめぇ丸はその一連の騒動の中、一家を視界の中に入れてはいたが、目を向けてはいなかった。
ずっと表情一つ変えないまま、集落を見渡しているだけである。
きめぇ丸は誰にも理解されようとは思わない。それ故に孤高だった。
そして誰にも理解されたことは無い。それ故に孤独だった。
――――――――――――――――
きめぇ丸は『あくま』とは違い、通常種ゆっくりにとっては捕食種と並ぶ分かりやすい恐怖の対象だった。
ただ『あくま』という脅威に晒されているこの集落では
恐怖に多少は慣れているのだろうか、一つの交渉が行われた。
内容は無論『あくま』の撃破。
最初のうちは訝しがっていたきめぇ丸も
少しの興味と旅の腰掛を目的としてこの集落に留まることを承諾した。
と、いうのがうどんげが研究所で聞かされた一部始終。
(あてが外れたかもしれない……)
狙撃ポイントで動かないうどんげは葛藤と焦燥感を募らせていた。
目の前にゆっくりが躍り出て、騒ぎ、去っていくというプロセスの中でも
肝心のきめぇ丸は関心を示さず、隙を見せる様子が無い。
かといっていつまでもこのままじっとしていては埒が明かない。
場合によってはこちらに気付かれ、狙撃という最も安全確実な攻撃自体が成立しなくなるかもしれない。
(撃つしか……ないか)
うどんげはそのまま撃つことを決断する。
逆に考えれば、何にも興味を示さないのであればこのまま動かない確率の方が高いことになる。
(風向修正……コンマ2)
完全に呼吸を止め、対象の様子を伺う。
行動意思が無くとも、挙動が完全になくなるわけではない。
……一発だ、一発で仕留めなければ。
頭の中でそう何度も繰り返しながらきめぇ丸の頭部、中枢餡に照準を定める。
―――うどんげは、それが間違った狙いであることに気付かない。
3………2………1………。
パーン、と乾いた音が森林に響き渡る。
(外した………!?)
普段感情を見せないうどんげの瞳が驚愕の表情に染まる。
きめぇ丸は首をひょいと動かして弾丸を綺麗にかわしたのだ。
なんてことはない、きめぇ丸という種にはよく見られる習性。
首を左右にヒュンヒュンと振る動作。
その挙動だけできめぇ丸はシャープシューターの狙撃を危なげなく回避して見せたのだ。
『くっ………』
これはミスだ。
きめぇ丸の動きは速いが故に動き出したら仕留められないという先入観が判断を鈍らせた。
本来なら動きやすい頭部ではなく、身体を撃ち抜いて速さを殺した後に
アサルトライフルで止めを刺すべきだったのだ。
うどんげは即座に立ち上がりきめぇ丸のいる場所へ走る。
走りながらハンドガンを目線の高さで構え、リアサイトを覗きながら連射する。
しかしきめぇ丸の判断の方が早かった。
二発目が足元に着弾した直後には空中に飛び上がり、三発目以降は当たりようの無い場所に着弾した。
集落の一枚岩にたどり着く頃には、きめぇ丸の姿は無く。
「ゆんやああああああああああああ
『あくま』あああああああああああああ!!!!」
「ぎめぇまる!!!ぎめぇまるはあぐまをおいはらっで……どぼじでいないのおおおおおおおおお!!??」
『っ………!!!』
ガン、と忌々しげに石を叩いたうどんげが残される。
最大の好機を逃してしまった。
苛立ち紛れに振り下ろされた拳には、自身の失策による八つ当たりも含まれている。
少なくとも表面上は無表情であるうどんげには珍しく、しばらくその場で怒りと屈辱に震えていた。
しかし、それも長くは続かない。
「あぶなかったですね」
『!!!』
声のした方、右斜め後ろの木の枝に佇むきめぇ丸の方を向く。
左手で持ったハンドガンを目の高さで構えて腕を右手で支える。
「いえ、ひにくのつもりはありません。
きいていたじょうほうとこうどうぱたーんがちがっていたのでほんとうにあぶなかったんですよ」
『…………』
うどんげは自身の理性ではなく、きめぇ丸に対する殺意で冷静になった。
ハンドガンを腰に帯びて、アサルトライフルを手に取る。
左手でグリップとトリガーを。右手で銃身を。
左腕は生体部品の残る右腕よりも柔軟に動くため
自然、うどんげは左利きになっていた。
「ぶっそうなものをつかいますね。
わたしが『じゅう』というぶきをしらなければまちがいなくやられていました」
モノクルを切り替えてライフルの自動照準できめぇ丸を捉える。
無論、このまま撃ってら命中率はお話にならない。
考えろ。こいつを殺す為の最良の手段を。
成功率を限りなく100%に近づけるのだ。
「いけませんね。このままでははなしすらきいてもらえそうにありません……」
事実、うどんげにはきめぇ丸の言葉が全く耳に入らない。
正面の敵を殺すことに全精力を傾ける状況にそのような余裕は無いのだ。
「たたかうしかありませんか……。
ふっ……わたしらしくもない」
きめぇ丸は枝についていたさらに細い枝を折って二、三回振ると
それを右手に持ち、木から飛び降りた。
「なにやってるの!?きめぇまるははやくその『あくま』をころしてね!」
「そうだよ!あれだけごはんさんをむーしゃむーしゃしたんだからはやくしてね!!」
『あくま』の登場にすくみあがっていたゆっくり達もいつもの調子を取り戻し始めている。
先のドスの時と同様に、自分達が安全地帯にいるのをいいことに、好き勝手なことを言っている。
「はっ!!」
『………!!!』
きめぇ丸が突っ込んできた。
フェンシングの要領で腹の高さに枝を構えて。
(バックステップ!?いや……!)
「はあっ!!!」
バキッ、と枝の折れる音がする。
真っ直ぐに突かれた枝はうどんげの胸に命中したのだ。
ライフルと腕で咄嗟に頭をカバーしたのが裏目に出ていた。
『っ!!!』
「おっと!」
すかさず腕を振りぬいて牽制打を当てようとするが
最初からヒットアンドアウェイのつもりで仕掛けたきめぇ丸の回避の方が少しだけ早かった。
「よそうはしていましたが、まったくきいていませんね」
うどんげは突かれた場所にそっと右手を這わせる。
強化プラスチックのアーマーに対して枯れ枝の突きなど通用するはずも無い。
しかしそこには、小さいが確かな引っかき傷がついていた。
「そのよろいをこわすほどのこうげきしゅだんはわたしにはありません。
やはり、そのあたまをねらうしかないようですね」
胴付きの象徴である身体は完全にアーマーで覆われている。
一部はゆっくりの生体部品が使われているものの、基本的に露出があるのは頭部だけだ。
しかもその頭部も、口は呼吸器官と発声器官を兼ねたマスクによって
左目にはモノクルによって守られているため、実質右目か、或いは後頭部を狙うしか倒す方法が無い。
『………………』
うどんげはその口調と雰囲気に少しだけ感じ入るものがあった。
感じ入るもの、というよりは違和感かもしれない。
―――――何故、こいつは恐怖しないのか?
こちらの攻撃手段には、ほぼ一撃必殺の銃がある。
向こうは自然の物を武器として使う他無い。
自分は怪我をしようが、人間の手によって復元されるだろう。
対してきめぇ丸は大きなダメージを受ければその時点で命運が尽きるだろう。
この戦闘は初めから対等ではないのだ。
たとえ自分が死のうとも、奴は人間にここから追い出される。
それ以前に、何故自分と戦おうとするのだろうか。
奴自身も言ったではないか。『わたしらしくない』と。
「たたかいのさいちゅうにかんがえごとですか!?」
きめぇ丸が踏み込んできた。
二歩手前の位置で腰を落とした構えだ。
身体の重心を横へずらしてかわし、そこから次の攻撃につなごうとするが
『……っ!?』
バサッ、と顔に何かが当たる。
顔に土をかぶせられた、と気付いた頃にはきめぇ丸の追撃が来ていた。
横にずらした重心を立て直さずに転ぶことで二撃目をかわした。
そのまま側転をして地に足を着く。
「あれもかわしますか……さすがですね」
『………っ』
目潰し自体は成功していた。
しかしそれは右目のみ。機械仕掛けの左目は土を浴びたところで正常に稼動するのだ。
きめぇ丸がそれを知らなかったが故に事無きを得ている。
うどんげは腰に帯びたコンバットナイフを抜き、ライフルの銃口の下に取り付けた。
「おや、ずいぶんとかわったぶきですね」
銃や剣は知っていても、銃剣術は知らなかったらしい。
そしてここにきて気付く。
きめぇ丸に対して有利な点は装備の違いだけではない。
奴の『未知』こそが自分にとっての最大のアドバンテージであることを。
「「「……………」」」
集落のゆっくりはうどんげときめぇ丸が激突するたびに静かになっていった。
攻撃側も防御側も、ゆっくりの戦闘と言うにはあまりにも速すぎる。
ある程度頭の回るゆっくり以外には二匹が体当たりをしているようにしか見えていない。
ドスのそれを遥かに凌駕する戦いを目の当たりにして完全に呆けていた。
『……………』
「?」
うどんげが右腕を真横に向けた。
向けた先には一匹の成体まりさがいる。
きめぇ丸が何事か聞くより先に、そちらへ向かってワイヤーフックが放たれた。
「ぶべぇ!!!」
まりさの眉間にワイヤーが突き刺さり、奇声が上がる。
うどんげはそれを意に介さず、先端のフックについた返しの棘を出し、
まりさごとワイヤーを巻き上げる。
そして巻き上げの勢いを利用しながら右手を大きく振り上げた。
『だあああああああ!!!!』
「おおっと!?」「ぎゅべしぃっ!!!!」
モーニングスターのようにきめぇ丸の立っていた位置にフックごとまりさが落下する。
うどんげから見て左に避けられているのを確認すると、右腕を突き出したままその場で右回転。
『はっ!!!』
「うあっ…!!」
ハンマー投げの要領で一回転してきたまりさがきめぇ丸の眼前を掠めた。
うどんげはきめぇ丸に当たらなかったと見るや否や、フックの返しを引っ込めてまりさを放り出した。
勢い余って飛んでいったまりさは他のゆっくりと衝突する。
「ぶぎゃ!!」「ゆべぇ!!」
右腕を振りぬいたうどんげは反対のライフルを持った左腕をきめぇ丸に向ける。
回避行動をとりながら、きめぇ丸はその連続攻撃を見て驚いたように目をむいた。
銃声が響く。照準をしていない、フルオートで発射された薙ぎ払うような射撃。
しかしきめぇ丸の伏せる動作が辛うじて間に合い
6発の弾丸は真後ろにいたゆっくり数匹を襲った。
「ゆ゙っ……ぎゃあああああああああああああ!!!!!」
「み゙ょおおおおおおおおおおお!!!!」
弾丸に仕込まれた辛味の成分が二匹に大きな苦痛を与える。
神経毒にもなるそれを食らうぐらいなら中枢餡を貫かれた方がましだろう。
きめぇ丸は回避を行った後の前傾姿勢で地面の小石を拾い、投げた。
うどんげはライフルを撃った状態から勢いを殺さずもう一回転し、身体の軸をずらすことで回避した。
「ぎゅびぃ!!!」
今度はうどんげの後ろで声がした。
小石が集落のゆっくりに命中したのだろう。
「………………」
『くっ…………』
この間の攻防、十秒足らず。
集落のゆっくりが状況を認識したのは二人が一旦攻撃の手を止め、対峙してから
さらに数秒経ってからだった。
「ゆぎゃあああああああああああ!!!」
「なに!?なに!?なんなのおおおおおおおおお!!??」
「ごわいよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
たちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。
野次馬という存在は認識すべきである。自分たちは決して安全圏にいるわけではないということを。
うどんげは銃を持ち替える。
銃身から下に突き出した弾倉部分を左手で掴み、腕と銃口のコンバットナイフが一直線上に来るように。
ジャマダハル、或いはカタールの持ち方だ。
――――――――――――――――
(また、こうげきほうほうをかえてきましたか…)
きめぇ丸は決して少なくない数の修羅場を切り抜けてきている。
ドスまりさを敵に回すこともあった。
人間の一斉駆除を目撃することもあった。
ドススパークや駆除用の銛といった『武器』は少なくともきめぇ丸から見て合理的な武器と言えた。
しかし『あくま』の操る武器はまったく正体が掴めない。
(なるほど……これが)
『未知』。
当たり前に繰り返される毎日の中で唯一きめぇ丸の心を熱くしてくれる物。
自分の知らないこととは恐怖でもあり興味でもある。
分かりきった世の中を過ごすのではなく、危険を伴おうとも踏み出す一歩。
それがスリルだ。
「よっ!はっ!」
大きく腕ごと振り回されるライフルをバックステップでかわす。
近接武器ならなんであろうと必ず間合いがある。
切っ先だけを見据えてその一歩後ろまで後退すれば当たりはしない。
『……………』
「っ!」
突きを後方に飛んでかわした瞬間
表情の読み取りづらいうどんげの目がわずかに細められた。
それを見たきめぇ丸は後ろに大きく仰け反った。
銃声とともに文字通り自分の眼前を掠めていった弾丸にわずかに身震いする。
後ろに大きくバランスを崩した姿勢から立て直すのは無理だと判断し
両の手を地面につき、バック転で再び地に足をつけた。
その時に見たのは突きの姿勢から身体を一回転させ
背中越しにこちらを見るうどんげの姿。
着地の瞬間に回避は出来ない。
そう判断した直後に咄嗟に胸の前で腕を交差させる。
そのクロスアームブロックで後ろ回し蹴りを防御した。
それでも威力を、特に運動エネルギーは相殺しきれずに
きめぇ丸の身体は1m程跳ね上げられてしまう。
「がっ……はっ………!げほっ………!」
くの字に折れ曲がった身体をかばいながら辛うじて着地する。
少しの間悶絶していたきめぇ丸。
何とか息を整えて、前傾姿勢だが何とか直立する。
だが、左腕が力なくだらんと垂れていた。
――――――――――――――――
(凄い威力だった……)
きめぇ丸の左腕は回し蹴りの時、踵が直接当たったが故に大きくへこんでいた。
うどんげはきめぇ丸以上にその威力に驚いている。
脚部周りの調整の影響がここにも出ているのだ。
さらにライフルの持ち方を変える。
銃身の後部を左手で、中間を右手で掴む。
銃全体を柄とする、薙刀の構えだ。
軸足のバネで身体を跳ね上げ、きめぇ丸へ肉薄する。
再び始まる獣とマタドールの交錯。
しかし状況的に獣側が圧倒的だった。
闘牛士は力で劣るが故に回避に徹するしかない。
守りに重きを置いている限り、獣の勝利は絶対だ。
闘牛士は突き立てる剣を持たず、獣は知性を持って相手を追い詰める。
元来ヒトは体重と敏捷性で勝る獣に勝てないのだから。
この理が崩れることは無い。
―――そう、闘牛士が、守りに徹している限りは。
きめぇ丸はうどんげに対して大きく踏み込んだ。
無駄だ。防御したところで両手の力がこめられた刃を止めることは出来ない。
回避した場合もまた一回転して後ろ回し蹴りを叩き込めばいい。
先ほどの着地の瞬間とは違い、回避で大きく態勢を崩していれば防御も難しい。
そう冷静に分析したうどんげはかまわずライフルを振り下ろす。
だがそれを読んでいたきめぇ丸は、手加減無しで突き出した左腕でライフルの軌道をそらした。
(!!!)
若干バランスを崩したことで驚愕するうどんげだが
元々連続技として成立している後ろ回し蹴りに神経を注ぐ。
身体を少しかがめての一回転。
薙ぎ払うように振るわれた脚は相手の頭部を粉砕する『はずだった』。
『なっ………!!!』
うどんげが見たのは、少しかがんで背中を見せるきめぇ丸だった。
その動作は自身がよく知っている。後ろ回し蹴りだ。
(モーションを盗まれている!)
ここにきて自分の迂闊さを呪う。
『未知』こそが最大の武器ではなかったのか。
身体が覚えている連続動作だからこそ繰り出された攻撃。
しかし、一度見せた技だからこそ、慣れている技だからこそ、読まれていても全く不思議ではない。
回し蹴りのタイミングを数瞬ずらしていたからだろうか。
うどんげの踵が空を切った瞬間は、きめぇ丸が屈んだ瞬間でもあった。
(まずい!)
胴付きゆっくりの足は決して長くない。
だがその足は確かにうどんげの頭部のある軌道を描いている。
そのことに頭では気付いていながらも、身体のこなしが追いつかない。
回し蹴りの後の制動にほんの0コンマ何秒だが、時間をとられたからだ。
前に倒れたら次の動作に続かない。故にここでとる動作は後退。
利き足に力を込め、スウェイバック。
その動作が間に合うかどうか分からないタイミングで、きめぇ丸の足が振りぬかれた。
―――カッ、と小さな音が響く。
少し離れた木に黒いものが当たり、地面に落ちた。
それに目を向けた者は少ない。
「あ……あなたは………」
「…………………」
(やってくれるじゃない……)
うどんげを見た者は集落のゆっくりも、きめぇ丸も、例外なく呆然としている。
動揺しないのは、自身を見ることのできないうどんげだけだった。
蹴りによって飛ばされた口を覆うマスクの下にあったのは
ゆっくりの口とは到底言えない物である。
一部に取り付けられている機械にはケーブルとコネクタがあった。
宙吊りになっているそれは、マスクに接続されていたものかもしれない。
上下の唇は存在せず、歯茎にはむき出しになった砂糖細工の歯が
ひび割れた状態のまま申し訳程度の数だけ貼り付いている。
舌に至っては、機械を取り付けるスペース確保の為か斜めに切断され
残った部分も止め金具とボルトで固定されていた。
そして、左目。
マスクも固定具の一部としていたモノクルは目から外れて顔の横にぶら下がっていた。
そこに現れたのは『孔』だ。頭蓋骨の無いゆっくりに眼孔は無い。
ただ、目玉のあった痕跡だけが残っている。
「ゆ………ゆわわああああ…………!!」
「いやじゃああああ……ごんなのいやだああああ…………!!」
千切れ飛んだマスクの近くにいたゆっくりは、それを気持ち悪がり後ずさりした。
そうでない者達も『あくま』に対して今まで感じ取った無い種類の得体の知れなさに恐怖する。
『あくま』自体が普通の存在で無いことに気付いていたはずなのに。
「ど、どうなってるの……?」
一匹のれいむが思う。
あの口でどうやって『むーしゃむーしゃ』するのか?
あの目はどこへいってしまったのか?
あの口でどうやって『おうた』を歌うのか?
いや、それよりも今までどうやって『喋って』いたのか?
全く想像できない。
今までも『あくま』はゆっくりなのか?という考えがなかったわけでもないのだが
その異常性を認識したれいむは『あくま』をゆっくり以外の存在としてカテゴライズした。
「ぞんなやづゆっぐりじゃないいいいいいいいいいいい!!!!!!」
しかし、れいむよりも早くにそう叫んだのはまりさだった。
「あぐまだあああああああ!!!!
あぐまだあああああああああああ!!!!
ぞいづは!!ぞいづはゆっくりなんがじゃないいいいいいいい!!!!
あぐまをごろぜえええええええええええええええ!!!!」
血走った目でそう叫ぶまりさの目は理性の光を宿していない。
「ごろず!!ごろず!!ごろず!!ごろずううううううう!!!!」
まるで何かに取り憑かれたようにうどんげに突進するまりさ。
うどんげはそれを表情を変えずに迎え撃つ。
「ぎゅべぇ!!」
ライフルの先端に取り付けられたコンバットナイフがまりさの中枢餡を貫く。
「じねええええええええええええ!!!!」
しかし今度は後ろからまりさ同様に血走った目のみょんが迫る。
それをまりさからライフルを抜く動作そのままに手前に引いて
グリップ部分で背中越しに顔面を殴打する。
「ゆあああああああああああああ!!!!」
さらに横から迫ってきた相手に対し薙ぎ払うようにライフルの弾倉で殴りつけた。
「…………っ…!」
迫り来る集落のゆっくりを迎え撃つうどんげの口から声にならない『音』が漏れる。
その戦いを興味深げに観察するきめぇ丸。
その日の集落は、いつもの『あくま』の襲撃とは違った様子を呈している。
それ故に、元の状態を知らないきめぇ丸こそがこの状況を最も客観的に観察できていた。
集落のゆっくりの話では『あくま』は気の狂った怪物であり
罪の無い自分達を脅かす悪だということだった。
なるほど、確かに状況だけを見ればそうだろう。
しかし、その内容は全くの間逆。
『あくま』は決して怪物ではない。
集落のゆっくりに対する攻撃は『あくま』に元々備わっていた性質ではないはずだ。
ゆっくりを殺している様子と自分と対峙した時の、その強靭な『理性』こそがそれを物語っている。
要するにゆっくりを殺すこと自体に意味は無いのだ。
ただそこにいるだけで害になるわけではなく、自らの意思を持って害を『成す』。
自分の求める物の過程でゆっくりが死んでいるに過ぎない。
そう考えると、集落のゆっくりの方がよっぽど感情的だ。
求める物には理屈も信念も考察も無い。
―――もしも、自分達の命を全く顧みずに話し合うことが出来れば。
―――目先の生き死にではなく、究極的な結果論による損得勘定が出来るのなら。
―――この『あくま』に匹敵する程の狂気とも言える『理性』を持てるのなら。
「ゆっぎゃああああああああああ!!!!」
何匹目か分からないゆっくりが殴り倒される。
それと同時に、きめぇ丸は地面を蹴っていた。
一足飛びに飛び掛かるきめぇ丸。
同時に鞭のように身体のひねりによって叩きつけられる動かない左腕。
うどんげはそれを右腕のワイヤーフックの本体部分で受け止めた。
次の瞬間、何かが宙を舞う。
それは空中で数回転して地面に落ちた。
「いきます。かくごはいいですね?」
そう言ってうどんげと向かい合うきめぇ丸の左腕は肩口から千切れてなくなっていた。
動かぬ左腕をぶら下げていても邪魔になるだけだと考えたのだ。
きめぇ丸の緊張感が伝わったのか、うどんげがライフルを握りなおす。
こちらは当初から様子が変わるようには見えなかった。
いつも通りその赤い右目と―――存在しないはずの左目できめぇ丸を見据える。
――――――――――――
「な、なんなの……?」
ありすは戦慄していた。
きめぇ丸も、『あくま』も、全くもってゆっくりしたゆっくりではなかった。
しかし、これから命のやり取りをしようとしているはずの両者から
今までに無いほどの『ゆっくり』を感じ取ったのだ。
「ま、まりさ……」
数匹のゆっくりは気が狂ったように『あくま』に襲い掛かったが
戦闘向きで無いありすやれいむは、害意よりも恐怖が勝っていた。
ありすは安心を求め、隣にいたまりさに寄り添う。
「ありす……」
放心状態だったまりさも頬に触れた番のありすの感触で正気に戻る。
集落のゆっくりが何匹も殺されたことや『あくま』が見せた今まで以上の異常性。
理解を超える事態の頻発にまりさの頭は対応しきれない。
目の前にいる二匹は怖くないのか?楽しいのか?
きめぇ丸は腕を失って痛くないのか?
『あくま』は何故あんな姿なのか?
なにより、目の前の『ゆっくり』が理解できない。
あいつらは『ゆっくり』を何だと思っているのか?
『むーしゃむーしゃ』も。
『すーやすーや』も。
『おちびちゃん』も。
本来在るべき『ゆっくり』の形からあまりにかけ離れている。
気付いたら、『あくま』ときめぇ丸が激突していた。
何が起こっているか目が追いつかないが
自分及ばぬ遥かな高みの戦いを繰り広げていることは分かる。
あんなに強いのに。
その気になればこの群れの長にだってなれるのに。
食料をたくさん集めることも出来るだろう。
それこそ他のゆっくりから奪ってもいい。
奴隷だって持てるだろう。
自分があそこまで強ければ間違いなくそうする。
まりさには、感情しかないから分からない。
ありすにも、考えることが出来ないから分からない。
ゆっくりには何を求めるのか、それにはどうするのか、そのために何が必要なのか。
『目的』にたどり着くまでのプロセスを考えられないから分からない。
――――――――――――
すでに何度目か分からない激突できめぇ丸は思う。
―――もっと速く。
―――もっと鋭く。
身体の中のギアを一段階ずつ上げていくイメージ。
今のが防がれるのならもっと速く。
今のが弾かれるのならもっと鋭く。
それはまるで鉛筆削りのように。
先細りの剣は強度が極限まで低下する。
それでもかまわない。
折れた剣では戦えない。
しかし折れる前の第一撃目は確かに相手に届くのだ。
自らの命を全く厭わないその攻撃は決して特攻ではない。
戦いの一手における最大限の努力だ。
同時にそれはきめぇ丸の思いの強さでもある。
(そう、わたしがかつことができるようそはひとつだけ―――)
何を犠牲にしてもかまわない。
何を失ってもかまわない。
その先にあるものが手に入るのなら。
―――思考せよ。
―――判断せよ。
―――決断せよ。
きめぇ丸は何物にも打ち砕けない、最強の『理性』を持って漆黒の悪魔に肉薄する―――。
――――――――――――
(届かない……)
うどんげは仕方なく認める。
きめぇ丸は、自分より強い。
同じ攻撃は二度来ない。
最初の攻撃も。次の攻撃も。その次の攻撃も。
パターンも、型も、全く違う攻撃が飛んでくる。
故に、先読みができない。
足払いを横っ飛びでかわす。
バックハンドブローをライフルで防ぐ。
だが、一つだけ問題がある。
衝突の瞬間、きめぇ丸の指が一本あらぬ方向へ曲がった。
着地の瞬間、きめぇ丸の高下駄に亀裂が入る。
生身のゆっくりではこの戦闘に体がついてこられないのだ。
言ってしまえば、きめぇ丸の身体が『壊れる』まで凌ぎ切ればいいのだ。
だが―――
(そんなのは勝利と言わない―――!)
関節の防塵シールドをパージする。
左目の前を揺れているモノクルを引きちぎる。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙―――!!!!」
発せられたのは、久方ぶりに自分の口から出る『声』だった。
――――――――――――
―――お互いに、焦りが見え始めていた。
きめぇ丸は攻撃の手を緩められない。
なぜなら、『あくま』の攻撃は防御しきれないから。
防戦に回った場合、いつかは食らってしまうであろうその一撃で決着がついてしまう。
それ以前に、自分の身体のあちこちで悲鳴が上がっているのだ。
一度止まれば二度と動けなくなるだろう。
何としてでも、それまでに決着をつけなければならない。
うどんげは攻勢に出られない。
なぜなら、きめぇ丸の攻撃は全て急所狙いだから。
下手に攻撃に出れば、鋭く、短く、的確に頭部を狙ってくる一撃に倒されるであろう。
しかし、そのオーバースピードを駆使するきめぇ丸はそう遠くないうちにダウンする。
自分が勝つには、正確に言うのなら自分が相手を『倒す』には時間がない。
―――お互いに、充実した時間を過ごしていた。
交わされる言葉はない。
しかし二匹は致命的なまでにお互いを理解していた。
(ようするに、ほんきになりたかったのですね)
(要するに、本気になりたかったのね)
中途半端に物事ができてしまうから。
ままならない遥かな高みには決して手が届かないから。
自分の力を、存在を、その全てをかけてまで何かをしようとは思わなかったから。
―――お互いに、求める物は成功ではなかったのだ。
何をしても、何を見ても、満足が得られなかった。
なまじ理性があるために、できないことはしないから。
夢を見ることができないから。
希望を持つことができないから。
だからこそ、なればこそ。
((今この時がいつまでも続けばいい))
我武者羅に戦うことが、こんなにも楽しいことだったなんて。
しかし、終わりは当然訪れる。
何本目かわからない木の枝をつかんでいたきめぇ丸の右腕。
それがうどんげの何気ない牽制打とぶつかる。
(しまっ―――)
静止している状態ならともかく動体に当たった腕は、肘の部分があらぬ方向へ折れた。
うどんげは、その刹那を確かに見る。
それでも、湧き上がってきた感情がいつも通りの強靭な理性によって塗りつぶされる。
「がっ…!」
回し蹴りではない。左のハイキックがきめぇ丸の胴に突き刺さった。
その衝撃できめぇ丸は数メートル飛ばされる。
飛行能力を持つがゆえの、体重の軽さのせいだ。
そのまま地面を数回バウンドした後、気に頭を打ち付けて止まる。
どっ、とうどんげがハイキックの姿勢から尻餅をつく。
未だ、身体には傷一つなかった。
(勝った……?)
身体に異常がないことをシステムで確認しようとし、モニタを兼ねているモノクルがないことを思い出す。
しかし、目の前で横たわるボロボロのきめぇ丸を見たら拾いに行こうという気になれなかった。
うどんげは静かに立ち上がり、きめぇ丸に歩み寄る。
左腕はなく、右腕もその機能を失っている。
それだけではない。
全身に裂傷と打撲があり、元の姿など想像もつかないほどである。
このような状態で、あれほどの攻勢に出ていたのか。
うどんげは初めて恐怖する。
きめぇ丸は、強い。
「―――おや、とどめをささないのですか?」
首だけを動かしてうどんげを視界に入れるきめぇ丸。
その口調はあまりに穏やかすぎた。
―――仮にも殺しあっていた間柄なのに。
―――なんでそんなに満足そうなの。
「ひとつ、みのうえばなしでもしましょうか」
その言葉を最初に、きめぇ丸は淡々と自らの過去を語った。
世界を津々浦々と旅しながらも、何一つ得るものがなかったことを。
ゆっくりの群れも、人間の街も、それ以外の場所にも自分の居場所がなかったことを。
「わたしのようなものになってしまうと『いきているいみ』なんてものをかんがえてしまうのですよ」
声の出せないうどんげを余所に、きめぇ丸は喋り続ける。
しかし、うどんげは先ほどとは打って変わって、正反対の感情をきめぇ丸に向けていた。
鬱陶しかった。
耳障りだった。
殺してやりたかった。
「わたしはここでしぬうんめいのようですが、あなたはまだいきなければいけないようです」
―――やめろ。
―――やめて。
―――それ以上は聞きたくない。
「しょうじきにいうと、わたしは『し□□く□□□□□□のです』」
パン、と銃声がした。
その音に驚いた鳥が数匹飛び立ってゆく。
ライフルの引き金を引いたうどんげは、そのまま
研究所の人間が回収に来るまで立ちすくんでいた。
――――数日後、某時刻、研究所内――――
「また、その録画か?」
「ええ、まあ」
「空き缶くらいは片付けろよな。
何か危ない研究してるみたいじゃないか」
モニター前の椅子に座っている研究所員の周りには大量のコーヒーの空き缶が転がっていた。
それだけでなく、書類や、ディスク、ファイル、資料などが山積みにされている。
「そのきめぇ丸、殺したのはもったいなかったかもしれんな」
「そうですね」
録画された画像の中で、きめぇ丸とうどんげが衝突していた。
その攻撃一つ一つが、お互いの命を脅かしている。
「で、ソースの見直しはどうだ?」
「これで77回目ですが、異常なしです」
「異常はあるだろ?」
「結果には。だけどプログラムソースに変化はまったくなし。
……ああ、これもだ」
再生を一時停止し、メモを取る。
「このモーション、本当に入ってないんだな?」
「ええ、この左のロングフックでの牽制、その後にこんなモーションのローキックがつながるはずがありません」
「忘れてるってことは……」
「ないです。少なくとも私が作った戦闘プログラムにこんなコンビネーションは組み込まれてないはずです」
「じゃあ、やっぱり被検体が自分で考えたってことになるんじゃ?」
「しかしなんだかんだ言って動いているのは機械なわけですよ。
アーマーをロックさえすれば動けなくなりますし、人間に危害は加えられない。
今映ってる攻撃行動は禁止まではされてないにせよ、推奨アクションを全く無視している。
止まりはしないまでも、モーションに遅れが出てもおかしくないのに……」
「ふーん……」
「ああ、特にこれです」
「ん?この動き、何か変なのか?」
「よく見てください。モノクルを喪失して左側が見えていないはずなのに普通に左側の攻撃をガードしている」
「ああ……角度は?」
「視界の角度は………このラインです」
「見えてないのに防げてるってことか?」
「そうです。どうもこのきめぇ丸も、左側が見えていないことを期待して攻撃したみたいなんですけど
普通に反応してますから……」
「いや、待て、今のところ、もう一度コマ送りで見せてくれないか?」
「ああ、はい。行きますよ?」
「…………………」
「…………………」
「………………そこ!」
「え?」
「ミッションレコーダと合わせてみてくれないか?」
「はい、同期します」
「ほれ、こいつ、攻撃が始まる前からガードモーションに入ってないか?」
「えー56724.773秒……確かに、ここでモーション開始命令の変数が上がってますね。
ああでもこれって、先読みしただけじゃないですか?」
「いや、お前も言ってたろ?このきめぇ丸は同じ攻撃は二度三度出すことがないって」
「ああ……でも、被検体があえて左からの攻撃を誘ったとかないですか?」
「見えてない側の攻撃をか?」
「うーん………」
考え込む二人の研究者。
結局何日たとうとも、その答えが出ることはなかった。