ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1475 竜巻と道化師
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*作者は農業についてまったく無知なため、識者から見れば噴飯ものの描写があるかもしれませんが、ご了承ください。
なお、舞台は現代でも幻想郷でもないご都合主義空間、ゆっくり郷です。
あるところに一体のドスまりさがいた。
ドスは考え続けていた。
ドスはゆっくりを集め、群れを作る。
だが、ドスの群れは遅かれ早かれ壊滅し、離散する定めにあった。
なぜそうなってしまうのか? どうすればそれを防げるのか?
どうすれば人間さんと仲良くやっていけるのか? どうすればゆっくりたちを統制できるのか?
ドスは考え続けていた。
やがて、ドスはひとつの方策を編み出した。
そこは見渡す限り広大な畑だった。
だが、そこに人影はいない。
そこで働いているのは……ゆっくりたちであった。
「ゆーえす! ゆーえす!」
「ゆんやこーら! ゆんやこーら!」
「ゆっこいしょ! ゆっこいしょ!」
ゆっくりたちは全身汗まみれ泥まみれになって、重労働を続けている。
「こらそこサボるな!」
「ゆひぃ!」
息を整えていたれいむに鞭が振り下ろされた。
鞭を持っているのは人……ではなく胴付きゆっくりだった。それものうかりんと呼ばれる希少種だった。
「ふん! 通常種どもは本当にぐずで愚かだね」
「ゆぅぅぅぅぅ……」
「なにその反抗的な目は?」
「れいむ駄目なんだぜ。おとなしく働くんだぜ」
「私語禁止!」
「ゆぎぇええええ!」
れいむに耳打ちしたまりさにも鞭がくわえられた。
「はぁ……どいつもこいつも……」
「どう姉さん、そっちの方は?」
さらにもう一体ののうかりんが現れた。肩に猟銃を担いでいる。
「だめね。どいつもこいつも役立たずばかりで」
「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪ ここらで一度みせしめましょうか?」
なんと、三体目ののうかりんが現れた。ギターを背中に背負って、妙な歌を口ずさんでいる。
「それはいいわね姉さん!」
「そうしましょう! そうしましょう!」
彼女たちはのうかりんの三姉妹だった。
一体でも珍しいのうかりんが三体も同じ農地に集まっているのは異例中の異例であった。
「でも、ドスの了承を取り付けないと……」
「そうね。勝手に処刑すると後でうるさいし」
「じゃあ、のうかが呼んでくるわ」
一体ののうかりんが駆け出していった。
「ほらほら働けグズども!」
のうかりんが猟銃を上空にぶっ放した。
のうかりんたちの会話を恐る恐る盗み聞きしていたゆっくりたちは震え上がって作業を再開した。
やがて、農地の彼方からドスが地響きを立てながら現れた。
「ドスの群れゆっくりが反抗的って本当なの?」
「そうなんですよドス! こいつら本当にクズゲスそのものなんです!」
「それで見せしめが必要だと思うんですよ! 通常種って体に言い聞かせないとわからない馬鹿ばかりじゃないですか?」
のうかりんたちの態度から、ドスこそがこの農場の経営者であることは明らかであった。
「そうだね……。しかたないね。いいよ、一匹だけ見せしめにゆっくりさせちゃってね」
「ドスのお許しが出たわぁ! ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪」
「じゃあてきとーに一匹選んで撃つわね!」
「ゆひぃぃぃぃぃぃ!」
一匹のありすが恐怖に耐え切れずに、持ち場を離れて駆け出した。
「あ、ありすだめだよ! 今動いたらだめだよありす!」
仲間の制止も聞かず、脱走ありすはのうかりんの射程外から逃れようと必死に駆け続ける。
「ちょうどいい! おまえに決めた!」
青空の下、銃声が轟き響いた。
「ゆ……ゆ……ゆぇ?」
地面に突っ伏していたありすが起き上がった。てっきり撃たれたと思い込んだのだ。
「ばりざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
撃たれたのは、先ほどれいむをたしなめ、ありすを静止した世話焼き屋のまりさだった。
「私語禁止って言ったでしょ? ホント、通常種って愚かだね」
そう呟きつつ、のうかりんは猟銃に新たな弾を込め、すかさずありすを撃ち抜いた。
「ゆぶべぇ!」
「百発百中! ミリオンダラー!」
「ラロラロラロリィラロー♪」
「……一匹だけって言ったはずだけど?」
浮かれ騒ぐのうかりんたちにドスは冷や水を注した。
「で、でも、あのありすの反抗的態度は明白ですよ! ああいうのは生かしておく価値はないですよ!」
「まぁ、いいよ……通常種はいくらでもいるしね」
ドスはやれやれという様子で眉をひそめた。
「さあてこうなりたくなかったらちゃっちゃと働いてね!
あんたたちクズは生かしてもらってるだけでも感謝しなくちゃならないんだからね!」
ここはドスによる農場であった。そして群れでもあった。
群れのゆっくりに農業をさせるというのがドスの思いつきであった。
ゆっくりはなぜ人間の畑を荒らすのか? それはいくつかの理由がある。
ひとつは単純に食料不足を補うため。ドスの群れが大規模になるほど食料の確保はそれだけ難しくなる。
その上に、間伐などが重なれば飢えたゆっくりたちが人間の畑まで押し出されることとなる。
またもうひとつは、人間の作る野菜が美味しいということもあった。
一度食べると野菜の味が忘れられなくなり、危険を冒してまでも畑に出向いてしまうのだ。
さらに、野菜は人間の所有物であるということ、野菜を作る労力というものがわかっていないということもあった。
だからこそ、人間を軽視して畑を荒らしてしまうのだと、このドスは考えた。
ドスによる農業はこれらの問題を一挙に解決する画期的な発想だった。
まず、農業によって安定した食料の供給が見込めるようになる。これで飢えが原因で人里には行かなくなる。
次に、野菜を食べられるという点。これは言うまでもない。通常種の弱い自制心を考慮して、必要量ギリギリしか与えらないが。
最後に、実際にゆっくりたちに労働させることで野菜の尊さを教え込むことができた。
ついでに、毎日くたくたになるまで働かせるため、畑荒らしに行く活力を失わせるという効果もあった。
ともかくこの狙いは今のところ大成功を収めている。
なにせ、この群れから畑荒らしは一匹も出ていない。これほど優良なドス群れはゆっくり史上初かもしれなかった。
労働はきついが食料に困ることはないのだ。
三体ののうかりんを得たことがドスにとって最大の僥倖であった。
彼女らの協力なくしてドス農場の経営は成り立たなかった。
ドスは農業をまったく知らないので、のうかりんが最低でも一体は必要であり、かつてドスは協力してくれるのうかりんを求めて方々を彷徨ったのだ。
三体同時に得られたことはまさにゆっくり神の思し召しと言えた。ゆっくり界に革命を起こせとの啓示であった。
ドスは三体ののうかりんを大幹部とし、下にも置かぬ待遇を与えた。
のうかりんたちはドスによく応え、瞬く間に大農場を築き上げたのだった。
嗜虐的嗜好を持つゆうかの近隣種ゆえ血の気が多いという欠点もあったが……。
のうかりんにとってもこのドス農場は魅力的なものであった。
なにより通常種ゆっくりたちを手足のごとく扱えるというのが大きい。
のうかりんでも脅しによってゆっくりを服従させることはできなくはなかったが、そうして従えられるのはわずかな数でしかなかった。
それも常に監視していないといつでも脱走されうる。人間よりはゆっくりを扱うコツを心得ていたが、それでも効率が悪いといわざるを得なかった。
ゆっくりを従えることに関して、ドスの右に出る者はない。
ドスにはゆっくりを惹きつける魔力のようなものがあった。
それはかつてドスが妖怪のごとき存在であった頃の名残とも言えた。
ゆっくりはドスの下に集まり、離れたがらず、ドスの命令にほとんどの場合忠実に従った。
ドスとのうかりんという奇跡のタッグにより、この農場は誕生したのだった。
「ゆーえす! ゆーえす! ゆーーー? ゆゆっ!?」
「に、にんげんさん!?」
作業中のゆっくりたちの所に一人の人間が現れた。
「おお、ここが噂のドスの畑かな? こりゃ見事な畑だ! この野菜がまた! いやあ精が出ますな!」
「ドスの畑に何か御用ですか?」
人間は友好的な雰囲気だったが、常に圧迫的な支配を受けていたゆっくりたちは恐る恐る尋ねた。
「君たちのドスとちょっとお話したいことがありましてね。いやなに、君たちの得になるお話ですよ?」
「是非ともお聞かせください!」
のうかりんの一体が現れ、人間に応対した。
「おー貴方がのうかりんですかな? いやこれまた見事な畑ですねぇ! この虫食いひとつない野菜が素晴らしい!」
「え! そうですか!? いえそれほどでも!」
人間に野菜を褒められてのうかりんは有頂天になった。人間にも認められる野菜を作ることはのうかりんの目標のひとつである。
「ささ、こちらへ! ドスはきっと話を聞いてくれるはずです!」
のうかりんは人間の手を引っ張らんばかりにドスの下へと案内していった。
「それで、ドスにお話ってなあに?」
人間は畑の側にある森の中の空き地に通された。この群れのドスが評定を行う場所だ。
「この畑は実に素晴らしい! ……ですが、もっと素晴らしくする方法があります」
「ゆえぇ!」
「それはどんな方法なの?」
人間は話を続ける。
「失礼ながら、貴方がたの使っている農具は極めて旧式のものとお見受けいたしました」
「ゆゆ……」
たしかにそう言われても仕方がなかった。のうかりんたちは人里の農家から使わなくなったものを貰ったり、拾ったり、手作りしたもので働いていたのだ。
「人間の使う最新の農具を導入すれば、より良くより多くの収穫が見込めるものかと思われます!」
「最新の農具!」
のうかりんたちは最新の農具と聞いて、すっかり心を奪われた。
人間が作った高性能の農具を使うことはのうかりんたちの憧れだ。
のうかりんたちは、自分たちの農業が人間から見下されているのではないか、ごっこ遊びと見なされているのではないかと常々に気に病んでいた。
だが、農具が対等ならもはや差異はないはずだった。いや、それどころから人間以上の野菜を作って見せる自信さえあった。
特にこのドス農場ならゆっくりを利用することができる。これは人間にはないアドバンテージだった。
「よろしければ、人間の農具を貸して差し上げようかと思うんですがいかがでしょうか?」
「貸してね! ゆっくり貸してね!」
「のうかりんたちに人間さんの農具を貸してね!」
「アノノアイノノォオオオォーヤ♪」
願ってもない申し出であった。
のうかりんのうち一体は感極まってギターをギャンギャン鳴らし始めた。
「ああでも、さすがにタダというわけにはいきません」
「ええ!? ドスたち人間さんのお金とかいうの持ってないよ!」
ドスはすかさず懸念を漏らした。人間はお金というものに支配されており、お金にならないことは決してしないと聞いていたのだ。
「はい! そのことはご心配いりません。お金の代わりに貴方がたの作物をいくらかいただければよいかと……」
「え、そんなのでいいの!?」
「ドス貸してもらいましょうよ!」
「こんないい話他にないわ!」
のうかりんたちは既にその気になっており、熱狂的に人間の援護射撃を買って出た。
「うーん」
ドスは一抹の不安があった。人間は油断のならない相手だからだ。
ゆっくりたちを統制し、人間の畑を荒らさないようにしているのは別に何の義理があるわけでもない。単に報復が怖いからだ。
人間には関わらない方がいい。こちらから手を出さなければ放っておいてもらえると信じていたのだ。
とはいえ、この話はかなり旨みがあった。
収穫した作物は食べきれはしないし、ゆっくりの技術では長持ちする保存はできない。
どうせ無駄になってしまう作物が発生するのだ。それを使って取引をするのならただ同然と言えた。
その新しい農具とやらを導入すれば、より広い畑を経営できるだろう。つまりより多くのゆっくりを養えるということでもある。
ドスの念願である縄張りの拡張が可能になるのだ。
広大な農場。真面目に働くゆっくりたち。そこにゲスの姿はなく、人間とも友好的に付き合っていける。
そしてやがてはすべてのゆっくりを……。ドスは脳裏に壮大な理想郷を描いた。
「ゆっくり理解したよ! 人間さんの農具をゆっくり貸していってね!」
「やったー! ドスありがとう!」
「ドス万歳!」
「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪」
のうかりんたちは踊りださんばかりに喜んだ。
「取引成立ですな! これはお互いにいいビジネスになりますよ! いやはや貴方ほど賢明なドスは他におりませんよ!」
人間も大喜びでドスを称えた。
それからドス農場は大いに繁盛した。
人間の貸してくれた最新の農具の効果は目を見張るものがあった。
のうかりんたちは農具を大いに活用して、畑を次々に広げていった。
賃貸料は決して安いものではなかったが、ドスたちにとっては最低限の作物以外は必要なかったので問題なかった。
しかも人間に渡した作物は人間たちの食卓に供されるのだ。それはのうかりんたちにとってとても誇らしいことであった。
ドス農場の作物は人間の世界でも評判がいいらしい。その秘訣は働かせているゆっくりたちにあった。
ゆっくりたちに虫と雑草を取り除かせることで、農薬を使わなくとも効率的に野菜を守ることができたのだった。
人間もその方法に気がついていたが、ゆっくりを働かせることは極めて困難であった。
脅して働かせても名前通りの怠惰さのせいで能率は悪く、いくら言い聞かせても愚かさゆえに野菜を食べてしまうことがある。
ドスの存在がそれらの問題を解決していた。
前述の通りドスは魔的な支配をゆっくりたちに及ぼすことができる。
おかげでたいした訓練もなしに、ゆっくりたちを能率的に働かせることができたのだ。野菜を食べさせずに、虫と草だけを取り除かせることができた。
それは、ある種のテレパシーのようなものだったのかもしれない。
「サボるな! サボるな! 顎を休めるな!」
「ゆ゛ーーーーーー!」
のうかりんたちは躍起になってゆっくりたちを働かせた。もっともっと広い畑と多くの作物がほしかった。
なぜなら、あの人間がさらなる取引を持ちかけてきたからだ。
人間は群れに現れるたびにいろいろな品物を提示した。
それらは限りなく魅力的であった。
農具はもちろんのこと、珍しい作物の種があり、また娯楽の品もあった。甘いお菓子などもあった。
それらを購い、借り続けるために多くの作物を必要としたのだ。
人間の提供した商品の中にはとても高いものもあった。特に機械的な農具などはそうだ。
その魔法のごとき効能は魅力的だったが、ドスたちのすべての収穫物と蓄えを合わせても足りなかった。
だが、人間はゆっくりには思いつきようのない画期的な提案をした。
「分割払いという方法がありますよ?」
「ゆんかつばらい?」
「一度に払うととても大変でしょう? その代わりに定期的に少しずつ払っていくのです。もちろん品物はすぐに使えますよ。
そうですね。例えるなら、ちびちゃんは噛む力が弱いから、お母さんが食べ物を小さく噛み千切って、少しずつ与えるようなものですね」
「なんとなくわかるよ!」
「人間さんは賢いね!」
「ドス分割払いで買いましょうよ! これはすごいわ!」
のうかりんたちの熱意に押されて、ドスはそれらの取引にことごとく応じていった。
あるとき、のうかりんは身重のれいむから茎を引き抜いたことがあった。
なかなか生まれなかったせいだ。
「でいぶのぢびぢゃんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「サボるな! 甘えるな! さっさと働け!」
と言い放ち、れいむの赤ゆを根絶やしにしたのだ。
また胎生にんっしんしたまりさの腹を蹴って流産させたこともあった。
胎生にんっしんは長い間母体が動けなくなるからだ。
その一方で、ゆっくりたちの繁殖は奨励した。働き手はいくらでも欲しかったからだ。
とはいえ、育児にかまけている様子を見せたらすぐ様潰した。
あるときは、ありすに人間から貰った興奮剤を投与してれいぱー化させたこともあった。
ゆっくりを増やすためにだ。
「んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「やめるんだぜ! ゆんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
とはいえ、犠牲者は枯死してしまうし、子供もまともに生まれてくることは少なかった。
のうかりんたちはそうやってゆっくりたちを増やしたり殺したりして、肥料に変えていった。
むしろ、肥料にするためにそうしているかのようだった。
ドスはときおりのうかりんたちをたしなめることもあったが、大抵は好きなようにさせた。
農場の経営はのうかりんの独壇場だったからだ。素人のドスが無闇に口を出せばかえって効率が悪くなると思ったのだ。
あるとき、ドスは一匹のぱちゅりーを側近に加えた。
そのぱちゅりーはいろいろなドス群れを渡り歩き、かなりの見識を蓄えているという噂だった。
ドスは噂を聞きつけ、そのぱちゅりーを傘下に迎えたのだった。
ぱちゅりーは自分はその器ではないと二度固辞したが、三度目にドスに仕えることを承諾した。
だが、噂が噂にすぎなかったのか、ぱちゅりーは目覚しい働きをしなかった。
一日中、群れ中をほっつきまわり、ときには畑仕事に加わる有様だった。
側近に相応しい行為ではなかったし、さして役にも立たなかった。
それ以外はチラシを眺めてはうんうん唸っているばかりだった。
いわゆるもりのけんじゃと揶揄される愚鈍なぱちゅりーのようだと、ドスも結論付けなければならなかった。
のうかりんたちも、あのぱちゅりーは役立たずだからさっさと追放した方がいいとたびたびドスに忠告した。
だがあるとき、
「ドス、ゆっくりお話があります。内密なので、おゆっくり払いを」
神妙な様子でドスに陳述してきた。
「なに話って?」
「むきゅ、群れゆっくりたちの待遇を改善すべきかと思います」
「ゆえ? ああ……そう……」
ドスはぱちゅりーが何を言うのかと思って期待していたが、あまりにくだらない内容だったので失望した。
「むきゅ、のうかりんたちは、少々群れゆっくりたちに対する対応が厳しすぎるかと思われます」
「農場のことはのうかりんたちに一任しているよ。のうかりんたちがドスの期待を裏切ったことはないよ」
誰かさんと違ってね、とドスは心の中で付け加えた。
「ドス、情けはゆっくりのためならずです」
「そうだね。情けは通常種たちのためにはならないね。厳しく躾けてやらないとね。すぐ付け上がるから」
「……このまま行くと遠からず、群れゆっくりたちの反乱を招くものと予想されます。むきゅ」
「反乱? ゆははははは! それはとっても怖いね!」
ドスは思わず笑ってしまった。
反乱? このけんじゃさまは何を言っていらっしゃるのだろうか?
通常種ゆっくりごときに何ができるものか。ドスにはスパークがあるし、のうかりんたちは猟銃を持っている。
束になってかかってきても傷ひとつつけられまい。
「ドス、群れゆっくりたちをゆめゆめ侮りませぬよう。強さにもいろいろありますから」
「そうだね。たとえば賢さとか、心の清さとかいろいろあるね。どれもちびちゃんたちは持ってないものだけどね!」
「ドス……弱いことが、持っていないことが強みになることもあるのですよ」
ドスは怪訝な顔をした。この病弱饅頭は何を言っているのだろうか? 弱いことが強い? ドスには理解不能であった。
どう聞いても負け犬の遠吠えです。本当にありがとうございました。
「いいよもう。ぱちゅの言いたいことはわかったから。はいはい」
「……ドス、ぱちゅの言を無碍にされるのだったら、もうお仕えすることはできません。お暇を頂戴したく願います」
「はいはい、いいよ。どこへでも好きなところでゆっくりしていってね」
このぱちゅを持つことは多少のステータスにはなったのだろうが、何の役にも立たず、くだらない寝言でドスの耳を汚すのなら、もう用なしだった。
ぱちゅりーはチラシの束を抱えていずこかへと去っていった。
のうかりんたちもこれで機嫌を良くすることだろう。
だが、それからしばらくして、ぱちゅりーの予言通りになった。
「ちょ、ちょっとあんたたちなんのつもり!」
「散りなさい! 散りなさい! 撃ち殺されたいの!?」
「一体何事?」
ドスの広場に群れ中のゆっくりたちが大挙して詰め掛けてきたのだった。
群れゆっくりたちの反乱であった。
だがそれは、ドスとゆうかりんらが想定していたような反乱ではなかった。
「まりさたちの待遇を改善しろー! のうかりんの横暴を許すなー!」
「許すなー!」
首謀者と思しきまりさが要求を叫び、他のゆっくりたちがそれに唱和した。
「あんたたちこんなことしてただで済むと思ってるの!?」
「まってのうかりん! 話だけは聞いてあげるわ」
ドスは血気に逸るのうかりんたちを制止した。
ここで反乱ゆっくりたちを殺したら、取り返しのつかないことになりそうな気がしたのだ。
「まりさたちの待遇を改善するんだぜ! 奴隷のようにこき使うんじゃないのぜ!
ちゃんと休ませるんだぜ! ちゃんとお野菜を平等に分けるんだぜ!
のうかりんにちびちゃんたちを殺させるんじゃないのぜ! まりさたちはゆっくりなのぜ! みんな平等なゆっくりなのぜ!
もしこの要求が受け入れないのなら……まりさたちは群れを出ていくのぜ!」
「ゆっくりが平等? なにいってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「なにこのゲス? だからなによ?」
「勝手に出て行けばぁ~」
のうかりんたちはゆっくりたちを頭から馬鹿にしてまともに取り合わない。
「へぇ、まりさたち出て行っていいのぜ? じゃあそうさせてもらうのぜ。
でも、そうしたら一体誰がお野菜を育てるのかなぁ? それだけが気がかりなのぜ?」
「えっ?」
のうかりんたちは一瞬、虚を突かれた。だがすぐに気を取り直す。
「誰がって、あんたたち無価値な通常種なんて山ほど溢れてるじゃない! 代わりはいくらだって……」
「その無価値で身勝手な通常種が、こんな地獄みたいなうんうん群れにわざわざやってくるのぜ?」
「あっ!」
この言葉にはのうかりんたちも余裕綽々の態度を崩さなければならなかった。
ドスも額に冷や汗を浮かべた。
なにかとても悪いことがおきようとしている……。
「どうやって奴隷を集めるのぜ? 山さん森さんを駆け回って一匹ずつゆっくりたちを捕まえるのぜ?
馬鹿な通常種のまりさにわかるように教えてほしいんだぜぇ~?」
「そ、それは……」
口達者なのうかりんたちも二の句が告げない。
まりさの口ぶりではこの群れの『悪名』は周囲に響き渡っていることだろう。
そういえば、外のゆっくりを見かけることがもうずっとなかった。
どうせ畑荒らしばかりだろうと、そのことを喜びさえしていたのだが。
言うまでもなく、この拡張された農場を運営する労働力を、まりさが言うような地道な方法で賄うことはできない。
いや、仮に捕まえたとしても留めておくことができないのだ。誰がどうやって監視し、脱走を防ぐというのだ?
ドスとのうかりん三体あわせてもとてもカバーしきれない。
通常種たちの中から警備ゆっくりを選び出す? だが、どうやって忠誠心を植えつけるというのだ?
「あ、あんたたち群れを出てどうしようっていうのよ!?」
「どうもしないんだぜ。森さんから食べられるものを採って暮らすんだぜ。昔のようにぜ」
ドスものうかりんも、ゆっくりたちの本質を忘れていた。
ゆっくりたちの本質は野生。身ひとつでどこででも暮らしていける。
畑に縛られる必要などないのだ。
「そうだわ! ドスよ! ここはドスの群れなのよ! あんたたちドスから離れて平気だっていうの?」
「外には恐ろしい捕食種がうようよしてんのよ! ドスのおかげであんたたちみたいなクズでも安心して生きているのよ!」
「ゆふん! こんなゲスドス、群れ長なんかじゃないのぜ! 離れたって平気なのぜ!
この群れには捕食種よりも怖い鬼のようなゲスが三匹もうようよしてドスも取り締まってくれないのぜ!
外の方が遥かに安全だぜ!」
「うっ……」
ドスものうかりんも、ドスのゆっくりを惹きつける魔力を信頼しきっていた。通常種に破られるなどまったくの想定外だった。
なぜこんなことになったのか?
魔力とは人外のもの。文明の外に属するもの。農場という人為的なものに浸ったことがドスの魔力を衰えさせたのだろうか?
単純にのうかりんの圧政がそれほど酷かったというのもあるのだろうが。
「おまえら撃ち殺すぞ! 逃げたら撃ち殺すぞ! 一匹残らず撃ち殺すぞ!」
のうかりんが猟銃を構えて、リーダー格のまりさに狙いをつけた。
「いいのぜ。撃てばいいのぜ。もし撃ったならもう誰も従わないのぜ。みんなで群れから逃げるのぜ。
それに、皆殺しなんて絶対できないのぜ。撃たれたゆっくりは運がなくて残念だけども、ほとんどは生き残って逃げられるのぜ。
もし皆殺しにできたとしても、それこそお野菜をどうするんだぜ?」
「うっ……ううっ……」
「もし、お野菜作るゆっくりがいなくなったら、人間さんとのお約束はどうなるのかなぁ~?」
まりさは銃以上に恐ろしいのものをドスとのうかりんに突きつけた。
ドスとのうかりんこそが畑に縛られていることを自覚しなければならなかった。
なぜなら人間との間に交わした契約があったからだ!
ドスとのうかりんはあの人間に対する負債がある。
のうかりんの熱意に押されて次々にいろいろな品を人間から、ローンで購入してしまっている。
作物を作り続けて、その代価を支払わなければならないのだ。
もし、支払いが滞ったなら……それは一種の協定違反とみなされるかもしれない。
このドスも当然人間たちと協定を結んでいた。自衛のために必須の行為であったからだ。
人間は協定違反に対してことのほか激烈な怒りを燃やすことを知っている。
人間との約束をないがしろにするドスとみなされたなら、あっという間に袋叩きだ。
人間はゲスドスを大いに恐れているのだ。いつドススパークを浴びせられるかわからずに暮らすのはたまったものではない。
さらに、協定違反して困るのはドスとのうかりんたちだけだった。
身ひとつの名前すらもたぬゆっくりたちは野に山に散らばればいい。そうされたら人間にはどうしようもない。
だが、ドスはこの巨体でどこに逃げ隠れすればいいというのだ?
のうかりんたちは超希少種であることが禍した。
人間たちは草の根わけても必ずのうかりんを捕まえに来るだろう。
なぜなら、極めて価値の高い実験素材になりうるからだ。加工所はものすごい高値でのうかりんを引き取ってくれる。
しかも前代未聞の三姉妹セットときた日には……。
ドスの群れに属することは己の身を守る意味もあったのだ。
だが、もしも負債を返せぬとしたら……。のうかりんがその穴埋めとなりうる。
希少種といってもドス以外のゆっくりは人間と対等には扱われない。せいぜいドスの財産扱いだろう。
ということは、ドスが了承するならのうかりんは身売りされてしまうのだ。
(これが持たないことの強さ……!)
ドスは今更ながらあのぱちゅりーの言葉をまともに受け取らなかった自分を呪った。
「べつにまりさたちはどっちでもいいんだぜ? この群れからおん出て行くのも、働いてやるのでも、どっちでもだぜ?」
まりさたち反乱ゆっくりの要求を聞き入れる他なかった。
作物を作らなければならないという義務を背負っていたはドスたちだったのだから。
群れゆっくりたちは畑で働くことを受け入れた。
だが、その代価は多大なものとなった。
まず、一切の体罰が禁止された。ゆっくりを殺すなどもってのほかだった。
報酬としてより多くの野菜が配られることとなった。これはまだいい。
問題は、あまあまの配布を要求されたことだった。
「あまあま欲しいんだぜ! あまあま寄越すんだぜ! 人間さんから買うんだぜ!」
作物と引き換えにお菓子を購入し、群れのゆっくりたちに配れというのだ。これは大きな出費となった。
また、よりいっそう人間に依存し離れられなくなることも意味した。
あまあまを与えなければ働かせられないのだから、人間との取引を解消することもできない。
もちろん休憩時間もたっぷりと与えられることとなった。
これらの待遇改善を経て、ゆっくりたちはなんとか働くようになったが、以前ほどの勤勉ぶりはもう見せなかった。
ゆっくりたちは可能な限りサボるようになった。
もちろん、のうかりんたちも黙ってはいない。脅したりすかしたりなだめたりしてなんとかゆっくりたちを働かせようとした。
暴政の恐怖はまだゆっくりの記憶に残っており、あまあまの存在を有効活用することもできた。
働かなければあまあまをやらないと言えば、不承不承ゆっくりたちを働かせることができた。
あまあまを得られるというメリットゆえにこの群れに所属し続ける価値があったのだ。
だが、それでも能率は格段に落ちた。
ゆっくりたちは始終ぺちゃくちゃと雑談し、遊びだし、眠りだし、あまあまをかけたギャンブルにうつつを抜かしていた。
ゆっくりたちは重労働の中でサボりのテクニックを見に付けていたのだ。それは過労死を防ぐため、少しでも体力を温存するための技術だった。
それが今、改善された環境の中で開花したのだった。
のうかりんは三体しかいない。常にすべてのゆっくりを監督することはできなかった。
ゆっくりたちは異常に鋭くなった視線感知能力と仲間たちとの共謀によって可能な限りサボった。
のうかりんたちはストレスをゆっくりにぶつけることができなくなったため、次第に怒りっぽくなっていった。
始終姉妹同士で口論しあった。
ドスと二人っきりになったときは、姉妹の悪口をあれやこれやと吹き込み、自分だけがドスの忠臣だとアピールした。
だが、のうかりんたちはドスをも軽蔑していた。ゆっくりたちを統率する力が衰えたことを露にしてしまったからだ。
喧嘩していないときは影でひそひそとドスを貶していた。
ドスはそんなのうかりんたちを疎ましく思うようになったが、今や一蓮托生だ。四者が協力しなければ明日を生きることはできない。
こうして能率が落ちてしまったために、次の支払いができないことが明白になった。
ドスとのうかりんたちは顔を突き合わせて、うんうん唸りながら対策を練った。
「とにかくあいつら殺しましょう! 殺しまくればきっと従いますよ!」
「だからだめだって! 逃げられたらそれまでなんだから!」
「人間さんに支払いを待ってもらって……」
「それはできるかもしれないけど、根本的な解決になってないよ。次はどうするの? 次の次は?」
「それもこれも全部あいつらクズ種どもが!」
「うーん……」
結局これといった対策は思いつかなかった。
ドスはしかたなくできれば使いたくなかった手段を用いることにした。
最近、ドスの群れの近くに新しい別のドスの群れができたらしい。
そこに行って助けを求めるのだ。
これはドスにとって耐え難いほど屈辱的なことであったし、うまくいくとも限らない。
だが、労働力をなんとかして補填せねば人間への支払いを済ますことができない。
ドスはのうかりんたちは農場に置いておき、わずかなお供だけを伴って別のドスの群れへと赴いた。
農場ドスの接近に気がついたのか、別のドスは早速使者を寄越してきた。
それはなんと、かつて農場ドスに仕えていたぱちゅりーだった。
「むきゅ、ドスお久しぶりです」
「ぱちゅりー! あなた……」
「あなたにぱちゅたちのドスの群れに対する敵対的な意志はないことはわかっております。
ですが、ぱちゅたちのドスはまだあなたとはお会いになりません。
ドス同士が会うというのはそれは尋常なことではないので、まずは調整が必要かと存じます。
ささ、こちらへどうぞ」
向こうのドスが直接会わないというのは農場ドスのプライドを傷つけたが、言い分はもっともである。
ぱちゅりーが別の群れ長に仕えていることも気に食わなかったが、手放したのは自分自身である。ドスがそれに文句を言う資格はない。
それに、ドスはこのぱちゅりーとゆっくりと話がしたかった。
なぜ、今日の農場の危機を見越すことができたのか? それならば対策方法を授けてくれるかもしれない。
ドスは藁にもすがる思いだった。
「実のところ群れゆっくりの反乱は予想外の速さでした。おそらく理由は……」
「なぜ、ぱちゅはこのことを前もって知ることができたの?」
ドスにものうかりんにもわからなかったことが、たかが通常種のぱちゅりーにわかるとは信じがたいことであった。
「群れを知ったからです。群れを歩き回り、ゆっくりたちの振る舞いを観察し、その声に耳を傾け、一緒に働いたからです」
「ふぅん……のうかりんたちも一緒に働いていたはずだけど」
「一緒にもいろいろありますからね……なによりも、この状況でもしドスと群れゆっくりが行くところまで行けば、
最後に折れるのはドスですから。勝ちが確定しているのに反逆しないはずがありません」
「ゆっ……」
このぱちゅりーは真に畑に縛られているものが誰なのか、誰が一番危うい状況にあるのかがわかっていたようだ。
「まあ、それはおいとくとして、愉快ならざることをお耳に入れなければなりません。
……本当の危機はこれからやってくるということです」
「ゆぇぇぇ!!!」
ドスは驚いた。ゆっくりの反逆と、次の支払いの目処が立たないことで充分な危機であったのに、この上一体なにがあるというのか?
「こあくま、図書館から例のものを持ってきて」
こあくまと呼ばれたぱちゅりーの助手は、なにか薄べったいものを持ってきた。
それはチラシであった。
「すべてはこのチラシに予言されています」
ドスは困惑した。やはりこのぱちゅりーはうつけなのだろうか。予想が的中したのもただの偶然かもしれない。
愚かなぱちゅりー種はしばしばチラシを魔道書と称して読みふけることがある。
それで魔法使いになったような気分になって無謀なゲス行為に及ぶのだ。まったく劣等種に相応しい行為と言えた。
だが、ドスは思い直し、我慢してぱちゅりーの言葉を聞くことにした。
「ご覧くださいドス。この絵がわかりますか?」
「え~、お野菜に見えるけど~?」
「そうお野菜です」
ぱちゅりーは実に真面目くさった態度でうなずいた。ドスは半ば呆れ顔だ。
「ですが、それだけではないですね。このお野菜の絵の上にかぶせられたもうひとつの絵、見覚えがありませんか?」
「う~ん……えっ、これって!」
「そう、のうかりんの顔です」
たしかにそれはのうかりんであった。麦藁帽子を被った下膨れののうかりんの顔そのものだった。
「こののうかりんの絵はまさに、ドスの農場の運命を暗示しているものと思われます」
「ゆっゆっ……」
そういわれるとドスもなんだかそんな気がしてきた。たしかに、こんなところでのうかりんの顔が出てきたのは尋常ではない。
本当にチラシとは魔道書なのだろうか?
「ドスは人間さんの使う数字はわかりますね?」
「大きいか小さいかくらいならね」
「今度はこちらをご覧ください」
ぱちゅりーはもう一枚のチラシを差し出した。
「こっちにものうかりんの絵がありますね? 今度はその下に書かれた数字を見比べてください」
「ゆっ? 数字が小さくなっているよ! でもこれがなんだっていうの?」
「この数字が小さくなっていくと大きな禍が起きると伝えられています」
「ゆゆっー!」
それからぱちゅりーは、その伝承を語りだした。
あるところにれいむとまりさのありふれたつがいがいた。
二匹は飢えていた。そこで人間の畑に盗みに行くことにした。
だが、まさに畑荒らしの最中に人間に見つかってしまった。(愚かな通常種そのものだね、とドスは思った)
二匹は死を覚悟したが、意外にも人間は二匹を許した。
それどころか大量のお野菜をくれたのだ。(奇妙な話もあるものだね、とドスは思った)
それから、二匹は度々この畑に訪れた。人間はいつも二匹にお野菜をくれた。
だがあるとき、二匹がこの畑を訪れると、人間は畑にいなかった。
二匹はなんとなく人間のことが気になったので、人間のおうちにまで様子を見に行った。
そこには……。
「人間さんが宙に浮いていました」
「ゆぇぇぇー!!」
人間が宙に浮くなんて聞いたことない。
ゆっくりがうーパックに乗るように、大きな空飛ぶ生き物に乗せてもらうことはあると聞いたが、
自力で飛べる人間はもうずっと昔にいなくなったはずだ。
「その人間は宙に浮いたまま……永遠にゆっくりしていました」
つまり死んでいたということだ。まりさはごくりと唾を飲んだ。心なしか息苦しいような気がした。
「そのときチラシの数字はとても低かったと言われています。
これまで集めたチラシを新しい順に改めたところ、のうかりんの絵の数字は小さくなっていく一方です」
「で、でもそれは人間さんの話だよね? ドスたちには関係ないよね」
「ドスも畑でお野菜さんを育てているという点では人間さんたちと同じです。
それに、問題の絵にはのうかりんの顔が描かれていることをお忘れなきよう」
「ゆゆっー! そ、それじゃドスたちも?」
空中に浮いたまま永遠にゆっくりさせられるというのか?
そんな死に方は聞いたことがない。とてもゆっくり天国に逝けそうにない死に方だ。
「わかりませんが、なにか大きな災厄が起きるのではないかと思われます」
「助けてね! ドスをゆっくり助けてね!」
農場ドスは居ても立ってもいられなくなった。とにかくなんにでも助けを求めたい気分だった。
頭上に見えてはいけない星が現れてしまったのだ。
「落ち着いてくださいドス。ぱちゅたちのドスはとても懐の深いお方です。必ずや助けになってくれるでしょう。
といってもドスとて神ならぬ身であり、その資源にも限りがあります。くれぐれも頼りすぎないよう……」
農場ドスと別のドスとの会談は簡潔に終わった。
別のドスは快く群れのゆっくりを貸し出してくれた。それもほぼ無償でだ。
これらのゆっくりを労働力として使っていいとのことだ。
別の群れのゆっくりたちはよく働いた。その勤勉さは恐怖で縛られていた時代の農場ゆっくりたちに勝るとも劣らなかった。
これらのゆっくりたちは野生の精強さを持ちながら、別のドスに対して揺るぎない忠誠心を持っているようだった。
のうかりんたちでさえ気圧され、このゆっくりたちには指図する声も控えめであった。
もっとも、これらのゆっくりを手荒に扱うことは許されず、ましてや体罰などもっての他であった。
借り物なのだから当たり前の話だが。
とはいえ、別の群れのゆっくりのせいで、農場のゆっくりにもますます強い態度が取れなくなっていった。
もし混ざっているところに、別の群れのゆっくりに暴行を働いたのなら、群れ間の問題に発展するかもしれない。
「のうかり~ん♪のうかり~ん♪のうたり~ん♪」
「くっ……」
ゆっくりたちはここぞとばかりにのうかりんを舐めた態度を取った。だが、のうかりんはもはやゆっくりに指一本触れることはできないのだ。
ゆっくりたちの団結力は目を見張るものがあった。一匹が不当な損害を被ったと言い立てたのなら、それを補償してやらない限り、すべてのゆっくりが労働を拒絶するのだ。
もし、群れを出て行くことになったとしたら、全員で一斉に出て行くことだろう。従来のゆっくりの性質を考えるならこれは異常なことであった。
こうして当座の労働力は確保できたものの、将来においてはさらなる群れゆっくりの増長を招くことになった。
なぜ、別ドスは無償でゆっくりを貸したのかはすぐにわかった。
雑草や虫は食料になったからだ。別の群れにとってもこの仕事は糊口をしのぐために役立ったのだ。
別の群れのゆっくりたちはこういった粗食でもまったく苦にならないようで、あまあまを固く辞去し、野菜にさえ手をつけなかった。
農場ドスは、これらのゆっくりたちを統率する別のドスのことを思い出した。
威風堂々他を圧する気迫があり、その武威猛々しさと比べたならば農場ドスなどただのでかい饅頭でしかなかった。
農場ドスは嫉妬と悔しさを覚えた。
自分のやっていることが酷く馬鹿馬鹿しいことのように思えてきた。
しかも、借りが出来てしまった以上、いずれそれを返さなければならないのだ。
返せなければ農場ドスの面子は完全に潰れることになる。もはやいかなるゆっくりもついて来はしないだろう。
こうしてなんとかその季節の人間への支払いを済ますことができた。
だが、人間はいつもよりも多くの作物を持って行ってしまった。
「人間さんどぼじでー! 約束とちがうでしょー!」
のうかりんたちは抗議した。
「そう言われましてもねー。君たちのお野菜は前よりも価値が低くなってしまったんですよー。
でも買い手は付きますから、これからもどんどん作っていってくださいね。たくさん作れば大丈夫ですよ!」
ゆっくりたちには理解できなかったが、人間さんがそういうのなら仕方がない。
取引をやめるといっても、まだ負債が残っている以上それは不可能だし、他の取引相手も知らない。
しかし、こうして多くのお野菜を人間さんに支払った結果、今度はゆっくりたちの報酬を支払うことができなくなった。
「ゆー! ゆー! お野菜よこせー! あまあまよこせー! タダ働きは許さないぞー!」
「許さないぞー!」
「ちびちゃんたちがお腹をすかせているんだよ! ゆっくりしないでさっさと報酬を支払っていってね!」
「ゆー! ゆー!」
報酬を支払わなければもうゆっくりたちは働いてくれなくなるだろう。その後にまっているのは破滅だけだ。
再び農場ドスは、別のドスに泣きつく羽目に陥った。
食料をわけてくれと頼んだのだ。
だが今度は無償というわけにはいかなかった。
農場ドスは人間さんから貰った珍しい宝物を別のドスに売り渡す羽目になった。
それでも、ドスとのうかりんたちは自分たちのお野菜の取り分は放棄して、ゆっくりたちへの支払いに当てるしかなかった。
「うう、まずいよ……」
「なんでのうかりんたちがこんなまずいものを……」
「お野菜食べたい! お野菜食べたい!」
自分たちで作った野菜を自分たちで食べられないという経験は彼女らにとって初めてのものだった。
それも通常種たちは食べられるというのにだ。
不幸は重なるものである。
三女のうかりんが、人間から買った機械の操作を誤り、取り返しの付かない大怪我を負ってしまった。
なんと両脚を失ってしまったのだ。
所詮ゆっくりに人間の機械は分不相応だったのだろうか。
寝たきりとなった三女のうかりんを囲んで、ドスとのうかりん二体は途方にくれていた。
のうかりんはこの農場の要だ。広がった農場のゆっくりたちを監督するためにものうかりんは必須であった。
これで収穫量は一段と少なくなってしまうことが確定したのだ。また苦しいやりくりをしなければならなくなる。
「どぼずればいいのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「なんとか治せないんですか?」
「無理だよ……」
希少種、特に胴付きの生体構造は未解明な部分が多い。というかほとんど何もわかってないといっていい。
人間のゆっくり医でものうかりんを治すことはできないだろう。仮にできるとしても膨大な医療費がかかる……。
「お見舞いに参らせていただきました」
「ゆゆっ! 人間さん!」
ドスたちとの取引相手の人間が、病床ののうかりんの下に現れた。
「そのご様子ではもはや農場での仕事はできないようですね……」
「ゆゆっ……」
「そこで、ものは相談なんですが……別の仕事をなさいませんか?」
「別の仕事……?」
「はい、あるゆっくりの研究機関において、ちょっとした実験に協力していただくというものです。
報酬は高額ですが、とても簡単なお仕事です。そればかりか、研究成果次第では脚の再生も可能かもしれませんよ?」
「ゆゆっ!」
ドスとのうかりんはたちは黙り込んだ。
ドスはここにいたってようやく人間の真意を読めたのだった。
ゆっくりの研究機関などというのは、ようは加工所のことであった!
そこで行われる実験は楽なんてものではない。拷問的な生き地獄であろう。あらゆる非ゆん道的な生体実験が行われるのだ。
そして、最終的には死ぬことも許されずに冬眠状態で標本にされる……。
これこそが人間の狙いだったのだ。
のうかりんをドスから奪うことこそが、人間の目的だったのだ。
ドスは人間の里と協定を結んでいる。仮にのうかりんを強奪したとしたらそれはドスの財産を損なったことであり、協定違反である。
人間の世界で犯罪となるはずだった。
レアなのうかりんはすぐに足がつくことだろう。そもそも人間の世界ではクリーンなイメージで通っている加工所はそういった盗品を買い取ったりはしないだろう。
だからこそ、ドスが自発的にのうかりんを売り渡せざるをえない状況に誘い込んだのだ。
あるいは……ゆっくりたちの唐突な反乱も、影でこの人間が画策していたのかもしれない。
ドスは人間が群れゆっくりと話し込んでいる様を何度か目撃したことがある。
別に咎め立てすることではなかったので、そのときは関知しなかったのだが、今思えばあのとき人間はゆっくりたちに入れ知恵をしていたかもしれない。
だからこそ愚かなはずのゆっくりたちが状況を正しく認識し、固く団結し、ドスに戦いを挑んだのかもしれなかった。
……しかしその証拠はない。
いや、それどころか人間がゆっくりに知識を与えること自体に違法性があるとはいえない。
むしろ、無知な状態に置いて酷い環境でこき使っていたドスとのうかりんの方にこそ咎があるかもしれない。
人間……!
ドスは人間の顔をまじまじと見た。
人間の様子は親身からのうかりんとこの群れのことを心配しているように見えた。
だが、人間とは嘘をつく生き物だ。感情と行動が直結しがちなゆっくりと違い、心中に悪意を抱きながら優しい顔をすることができるという。
今この状況でもっとも得をするのが誰かといえば、この人間に他ならなかった。
人間とは……こうも卑劣なものなのか? あらゆる行為に策謀を絡めてくるものなのか? 一体どれだけの嘘と悪意を抱えて生きているのだろうか?
おそらく、人間の計画は二段構えだったのだろう。ドスの農場が成功してもよし。失敗してもよし。
のうかりんの事故は思わぬ幸運だったのだろう。
ゆっくりたちへの入れ知恵も半ば無意識的に行ったのかもしれない。
好奇心旺盛で目先の聞くゆっくりならばただの雑談からでも大いに得ることはあるだろう。
結局のところ敗因はドスとのうかりんにあった。人間とゆっくり双方を甘く見たドスとのうかりんに……。
「それいいわね! そうしましょう! よかったわねのうか!」
次女のうかりんが唐突に叫んだ。
「ゆええ! お姉ちゃん!」
「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪ よかったわねのうか! 群れも助かるあなたも助かる!
良いことづくめね! 本当に人間さんは優しいわね!」
長女のうかりんも次女に続くように歌いだした。有無は言わさないとばかりに。
「おね、おね……ちゃ……」
のうかりんたちはわかっているのか、わかっていないのか。
はっきりと状況を認識していなくとも、自分たちが妹を売ろうとしていることはわかっているのだろう。
だからこそことさらに歌い騒ぎ、喜んでみせているのだ。
妹を欺くために。自分自身を欺くために。
「ドス! このお話受けますよね!? ね!?」
「ドス! のうかりんたちの妹を助けてあげてね! ゆっくり助けてあげてね!」
のうかりんたちはこの場の決定権がドスにあることをわかっていた。
そうでなくとも、ドスに押し付けただろう。……三女のうかへの処刑宣告を。
ドスはしばらくの間黙り込んでいた。
そして……、
「わかったよ。のうかりんは人間さんに協力してもらうよ……。
大丈夫だよ! きっとよくなるよ! 今度みんなでお見舞いにいくからね! ゆっくりしていってね!」
「ゆあ……あ……っ……」
裏切られた三女のうかは絶句した。必ずしも仲のいい姉妹ではなかったかもしれないが、これほど手ひどい裏切りを受けるとは夢にも思わなかっただろう。
「話は決まりましたね! のうかりんは早速連れて行かせてもらいます! いやはやご協力ありがとうございました!
今後ともごひいきに!」
人間は数人の仲間たちを呼び、じたばたする三女のうかを担ぎ上げて連れ出していった。
「はいはい怖くないからね、怖くないからね」
「うらぎりものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
ドゲスどもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
のろってやるっ! のろってやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
残されたドスとのうかりん二体の耳に、三女のうかの怨嗟の声がいつまでも木霊し続けた。
それから、農場の経営は順調に破綻していった。
ドス農場の野菜が人間に高く売れたのはブームがかなりの要因となっていた。
ゆっくりが作る野菜という物珍しい存在が一時期脚光を浴びたのだ。
だが、人間の世界の流行り廃りは目まぐるしい。不景気も重なってゆっくり野菜の値段は落ち着いていった。
それでも品質がいいことには変わりないので一定の買い手は付き続けたのが、不幸中の幸いと言えた。
とにかく、農地を拡大しすぎたことと、人間から物を買いすぎたことがあらゆる不具合を生じせしめていた。
その上に、ゆっくりたちは怠け続けており、昔のようにしゃかりきに働かせる方法はついに思いつかなかった。
農場ドスは何度も別のドスに頭を下げなければならなかった。
もはや事実上の属群れ、属ドスであった。
なぜならば、野菜を育てるのに別群れの勤勉なゆっくりが不可欠になっていたのだ。
その上に、報酬の支払いに事欠くときがあれば、これも別のドスしか頼れるものがいない。
あらゆる宝物を別ドスに捧げてしまった。
もう、のうかりんたちは銃もギターも持っていない。
やがて、宝物もすべてなくなってしまい、別ドスに捧げられるものがなくなってしまった。
最後に残ったのは……ドスの魔力であった。
かつて妖怪のごとき存在であったドスは魔力を持っていた。
ドススパークはそのもっとも華々しい顕現であった。
それはドスのアイデンティティでもあった。
わずかな伝承が物語る遥かな昔には、ドスたちは魔力を奪い合っていたという。魔力を賭けた一定の作法による決闘を行ったのだという。
その実践方法は失われて久しく、ただ黒いおめめの儀式という名だけが伝えられていた。
だが、自発的に魔力を譲渡することは現代のドスにも可能だった。
農場ドスは別ドスに魔力を捧げていった。
魔力を失ったドスとのうかりん二体は働き続けた。ゆっくり以上に働き続けた。働くしかなかった。加工所に行きたくなければ。
それでもやがて負債が払いきれなくなり、二体ののうかりんも妹の後を追うこととなった。
そしてドスは……負けを認めるしかなかった。
ドスは破産した。前代未聞の事態であった。
ドスは負債は免除してもらえたが、すべてを失った。
もう農場はドスのものではなくなっていた。
それどころか、ドス自体がドスのものではなくなっていた。
ドスは農具だった。農場の備品だった。
ただ、ゆっくりに命令を下せるという一点だけがドスに残された最後の存在価値だった。
だから人間たちはドスを殺さずにおいたのだ。
生かしてもらってるだけありがたいと思わなければならなかった。
そして、ゆっくりたちはドスを群れ長と認めて従うのではない。あまあまが欲しいから働くだけだった。
ドスの言うことを聞けば人間さんからあまあまがもらえる。ただそれだけだった。
ドスが喋っているのではなかった。人間がドスを通して喋っているのだった。ドスはスピーカーだった。
ドスが夢見た農場は潰えた。だがドスの理想を皮肉るようなこの農場はいつまでもたしかな実態を持って存在し続けた。
ゆっくりに農業を教えるという計画だけはいくばくかの成功を収めたのだ。
「サイム!」
「チョォォォォォカァァァァァァァ!」
「ゆははははははははははははは!」
農場のゆっくりたちの間で新しい遊びが流行っていた。
ゆっくりたちは仕事の合間にそれをやり、狂ったように笑い転げていた。
意味はわからなかったが、ドスはそれが自分を馬鹿にする行為ではないかと思った。
ドスはギリギリと歯噛みした。怒りと悔しさをかみ殺すように。
もはやドスには何も出来なかった。
スパークすら吐けないのだ。人間とゆっくりを殺せるだけ殺して死ぬといったこともできない。
ただこの農場で馬車馬のようにこきつかわれて、誰からも省みられずに朽ちていくだけなのだ……。
「すごいよこの魔力! まるで輝かんばかりだね! 大昔のドスは充分な魔力を蓄えると天に昇って、神様の仲間入りをしたっていうけど、
ドスにもできるかな? いつか本物の魔法が使えるようになるかもしれないよ!
それもこれもぱちゅりーのおかげだね! とっても感謝しているよ!」
「いいえ、ドス。ぱちゅはただ『情けはゆっくりのためならず』と申し上げただけです。あなたにも、前の長にも」
「まあそういうことにしておくよ! ところで、ぱちゅりー? ドスの魔力を少しわけてあげようか?
体が丈夫になるし、寿命も延びるよ!」
「折角ですがご遠慮させていただきます。ぱちゅは神様からもらった命だけで充分です」
「あっそう。まあそういうなら無理強いはしないよ! ゆふふふふふふふふ!」
人間界もゆっくり界も神様の世界も策謀ばかりでゆっくりできないよ、とドスには聞こえない小声でぱちゅりーは呟いた。
なお、舞台は現代でも幻想郷でもないご都合主義空間、ゆっくり郷です。
あるところに一体のドスまりさがいた。
ドスは考え続けていた。
ドスはゆっくりを集め、群れを作る。
だが、ドスの群れは遅かれ早かれ壊滅し、離散する定めにあった。
なぜそうなってしまうのか? どうすればそれを防げるのか?
どうすれば人間さんと仲良くやっていけるのか? どうすればゆっくりたちを統制できるのか?
ドスは考え続けていた。
やがて、ドスはひとつの方策を編み出した。
そこは見渡す限り広大な畑だった。
だが、そこに人影はいない。
そこで働いているのは……ゆっくりたちであった。
「ゆーえす! ゆーえす!」
「ゆんやこーら! ゆんやこーら!」
「ゆっこいしょ! ゆっこいしょ!」
ゆっくりたちは全身汗まみれ泥まみれになって、重労働を続けている。
「こらそこサボるな!」
「ゆひぃ!」
息を整えていたれいむに鞭が振り下ろされた。
鞭を持っているのは人……ではなく胴付きゆっくりだった。それものうかりんと呼ばれる希少種だった。
「ふん! 通常種どもは本当にぐずで愚かだね」
「ゆぅぅぅぅぅ……」
「なにその反抗的な目は?」
「れいむ駄目なんだぜ。おとなしく働くんだぜ」
「私語禁止!」
「ゆぎぇええええ!」
れいむに耳打ちしたまりさにも鞭がくわえられた。
「はぁ……どいつもこいつも……」
「どう姉さん、そっちの方は?」
さらにもう一体ののうかりんが現れた。肩に猟銃を担いでいる。
「だめね。どいつもこいつも役立たずばかりで」
「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪ ここらで一度みせしめましょうか?」
なんと、三体目ののうかりんが現れた。ギターを背中に背負って、妙な歌を口ずさんでいる。
「それはいいわね姉さん!」
「そうしましょう! そうしましょう!」
彼女たちはのうかりんの三姉妹だった。
一体でも珍しいのうかりんが三体も同じ農地に集まっているのは異例中の異例であった。
「でも、ドスの了承を取り付けないと……」
「そうね。勝手に処刑すると後でうるさいし」
「じゃあ、のうかが呼んでくるわ」
一体ののうかりんが駆け出していった。
「ほらほら働けグズども!」
のうかりんが猟銃を上空にぶっ放した。
のうかりんたちの会話を恐る恐る盗み聞きしていたゆっくりたちは震え上がって作業を再開した。
やがて、農地の彼方からドスが地響きを立てながら現れた。
「ドスの群れゆっくりが反抗的って本当なの?」
「そうなんですよドス! こいつら本当にクズゲスそのものなんです!」
「それで見せしめが必要だと思うんですよ! 通常種って体に言い聞かせないとわからない馬鹿ばかりじゃないですか?」
のうかりんたちの態度から、ドスこそがこの農場の経営者であることは明らかであった。
「そうだね……。しかたないね。いいよ、一匹だけ見せしめにゆっくりさせちゃってね」
「ドスのお許しが出たわぁ! ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪」
「じゃあてきとーに一匹選んで撃つわね!」
「ゆひぃぃぃぃぃぃ!」
一匹のありすが恐怖に耐え切れずに、持ち場を離れて駆け出した。
「あ、ありすだめだよ! 今動いたらだめだよありす!」
仲間の制止も聞かず、脱走ありすはのうかりんの射程外から逃れようと必死に駆け続ける。
「ちょうどいい! おまえに決めた!」
青空の下、銃声が轟き響いた。
「ゆ……ゆ……ゆぇ?」
地面に突っ伏していたありすが起き上がった。てっきり撃たれたと思い込んだのだ。
「ばりざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
撃たれたのは、先ほどれいむをたしなめ、ありすを静止した世話焼き屋のまりさだった。
「私語禁止って言ったでしょ? ホント、通常種って愚かだね」
そう呟きつつ、のうかりんは猟銃に新たな弾を込め、すかさずありすを撃ち抜いた。
「ゆぶべぇ!」
「百発百中! ミリオンダラー!」
「ラロラロラロリィラロー♪」
「……一匹だけって言ったはずだけど?」
浮かれ騒ぐのうかりんたちにドスは冷や水を注した。
「で、でも、あのありすの反抗的態度は明白ですよ! ああいうのは生かしておく価値はないですよ!」
「まぁ、いいよ……通常種はいくらでもいるしね」
ドスはやれやれという様子で眉をひそめた。
「さあてこうなりたくなかったらちゃっちゃと働いてね!
あんたたちクズは生かしてもらってるだけでも感謝しなくちゃならないんだからね!」
ここはドスによる農場であった。そして群れでもあった。
群れのゆっくりに農業をさせるというのがドスの思いつきであった。
ゆっくりはなぜ人間の畑を荒らすのか? それはいくつかの理由がある。
ひとつは単純に食料不足を補うため。ドスの群れが大規模になるほど食料の確保はそれだけ難しくなる。
その上に、間伐などが重なれば飢えたゆっくりたちが人間の畑まで押し出されることとなる。
またもうひとつは、人間の作る野菜が美味しいということもあった。
一度食べると野菜の味が忘れられなくなり、危険を冒してまでも畑に出向いてしまうのだ。
さらに、野菜は人間の所有物であるということ、野菜を作る労力というものがわかっていないということもあった。
だからこそ、人間を軽視して畑を荒らしてしまうのだと、このドスは考えた。
ドスによる農業はこれらの問題を一挙に解決する画期的な発想だった。
まず、農業によって安定した食料の供給が見込めるようになる。これで飢えが原因で人里には行かなくなる。
次に、野菜を食べられるという点。これは言うまでもない。通常種の弱い自制心を考慮して、必要量ギリギリしか与えらないが。
最後に、実際にゆっくりたちに労働させることで野菜の尊さを教え込むことができた。
ついでに、毎日くたくたになるまで働かせるため、畑荒らしに行く活力を失わせるという効果もあった。
ともかくこの狙いは今のところ大成功を収めている。
なにせ、この群れから畑荒らしは一匹も出ていない。これほど優良なドス群れはゆっくり史上初かもしれなかった。
労働はきついが食料に困ることはないのだ。
三体ののうかりんを得たことがドスにとって最大の僥倖であった。
彼女らの協力なくしてドス農場の経営は成り立たなかった。
ドスは農業をまったく知らないので、のうかりんが最低でも一体は必要であり、かつてドスは協力してくれるのうかりんを求めて方々を彷徨ったのだ。
三体同時に得られたことはまさにゆっくり神の思し召しと言えた。ゆっくり界に革命を起こせとの啓示であった。
ドスは三体ののうかりんを大幹部とし、下にも置かぬ待遇を与えた。
のうかりんたちはドスによく応え、瞬く間に大農場を築き上げたのだった。
嗜虐的嗜好を持つゆうかの近隣種ゆえ血の気が多いという欠点もあったが……。
のうかりんにとってもこのドス農場は魅力的なものであった。
なにより通常種ゆっくりたちを手足のごとく扱えるというのが大きい。
のうかりんでも脅しによってゆっくりを服従させることはできなくはなかったが、そうして従えられるのはわずかな数でしかなかった。
それも常に監視していないといつでも脱走されうる。人間よりはゆっくりを扱うコツを心得ていたが、それでも効率が悪いといわざるを得なかった。
ゆっくりを従えることに関して、ドスの右に出る者はない。
ドスにはゆっくりを惹きつける魔力のようなものがあった。
それはかつてドスが妖怪のごとき存在であった頃の名残とも言えた。
ゆっくりはドスの下に集まり、離れたがらず、ドスの命令にほとんどの場合忠実に従った。
ドスとのうかりんという奇跡のタッグにより、この農場は誕生したのだった。
「ゆーえす! ゆーえす! ゆーーー? ゆゆっ!?」
「に、にんげんさん!?」
作業中のゆっくりたちの所に一人の人間が現れた。
「おお、ここが噂のドスの畑かな? こりゃ見事な畑だ! この野菜がまた! いやあ精が出ますな!」
「ドスの畑に何か御用ですか?」
人間は友好的な雰囲気だったが、常に圧迫的な支配を受けていたゆっくりたちは恐る恐る尋ねた。
「君たちのドスとちょっとお話したいことがありましてね。いやなに、君たちの得になるお話ですよ?」
「是非ともお聞かせください!」
のうかりんの一体が現れ、人間に応対した。
「おー貴方がのうかりんですかな? いやこれまた見事な畑ですねぇ! この虫食いひとつない野菜が素晴らしい!」
「え! そうですか!? いえそれほどでも!」
人間に野菜を褒められてのうかりんは有頂天になった。人間にも認められる野菜を作ることはのうかりんの目標のひとつである。
「ささ、こちらへ! ドスはきっと話を聞いてくれるはずです!」
のうかりんは人間の手を引っ張らんばかりにドスの下へと案内していった。
「それで、ドスにお話ってなあに?」
人間は畑の側にある森の中の空き地に通された。この群れのドスが評定を行う場所だ。
「この畑は実に素晴らしい! ……ですが、もっと素晴らしくする方法があります」
「ゆえぇ!」
「それはどんな方法なの?」
人間は話を続ける。
「失礼ながら、貴方がたの使っている農具は極めて旧式のものとお見受けいたしました」
「ゆゆ……」
たしかにそう言われても仕方がなかった。のうかりんたちは人里の農家から使わなくなったものを貰ったり、拾ったり、手作りしたもので働いていたのだ。
「人間の使う最新の農具を導入すれば、より良くより多くの収穫が見込めるものかと思われます!」
「最新の農具!」
のうかりんたちは最新の農具と聞いて、すっかり心を奪われた。
人間が作った高性能の農具を使うことはのうかりんたちの憧れだ。
のうかりんたちは、自分たちの農業が人間から見下されているのではないか、ごっこ遊びと見なされているのではないかと常々に気に病んでいた。
だが、農具が対等ならもはや差異はないはずだった。いや、それどころから人間以上の野菜を作って見せる自信さえあった。
特にこのドス農場ならゆっくりを利用することができる。これは人間にはないアドバンテージだった。
「よろしければ、人間の農具を貸して差し上げようかと思うんですがいかがでしょうか?」
「貸してね! ゆっくり貸してね!」
「のうかりんたちに人間さんの農具を貸してね!」
「アノノアイノノォオオオォーヤ♪」
願ってもない申し出であった。
のうかりんのうち一体は感極まってギターをギャンギャン鳴らし始めた。
「ああでも、さすがにタダというわけにはいきません」
「ええ!? ドスたち人間さんのお金とかいうの持ってないよ!」
ドスはすかさず懸念を漏らした。人間はお金というものに支配されており、お金にならないことは決してしないと聞いていたのだ。
「はい! そのことはご心配いりません。お金の代わりに貴方がたの作物をいくらかいただければよいかと……」
「え、そんなのでいいの!?」
「ドス貸してもらいましょうよ!」
「こんないい話他にないわ!」
のうかりんたちは既にその気になっており、熱狂的に人間の援護射撃を買って出た。
「うーん」
ドスは一抹の不安があった。人間は油断のならない相手だからだ。
ゆっくりたちを統制し、人間の畑を荒らさないようにしているのは別に何の義理があるわけでもない。単に報復が怖いからだ。
人間には関わらない方がいい。こちらから手を出さなければ放っておいてもらえると信じていたのだ。
とはいえ、この話はかなり旨みがあった。
収穫した作物は食べきれはしないし、ゆっくりの技術では長持ちする保存はできない。
どうせ無駄になってしまう作物が発生するのだ。それを使って取引をするのならただ同然と言えた。
その新しい農具とやらを導入すれば、より広い畑を経営できるだろう。つまりより多くのゆっくりを養えるということでもある。
ドスの念願である縄張りの拡張が可能になるのだ。
広大な農場。真面目に働くゆっくりたち。そこにゲスの姿はなく、人間とも友好的に付き合っていける。
そしてやがてはすべてのゆっくりを……。ドスは脳裏に壮大な理想郷を描いた。
「ゆっくり理解したよ! 人間さんの農具をゆっくり貸していってね!」
「やったー! ドスありがとう!」
「ドス万歳!」
「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪」
のうかりんたちは踊りださんばかりに喜んだ。
「取引成立ですな! これはお互いにいいビジネスになりますよ! いやはや貴方ほど賢明なドスは他におりませんよ!」
人間も大喜びでドスを称えた。
それからドス農場は大いに繁盛した。
人間の貸してくれた最新の農具の効果は目を見張るものがあった。
のうかりんたちは農具を大いに活用して、畑を次々に広げていった。
賃貸料は決して安いものではなかったが、ドスたちにとっては最低限の作物以外は必要なかったので問題なかった。
しかも人間に渡した作物は人間たちの食卓に供されるのだ。それはのうかりんたちにとってとても誇らしいことであった。
ドス農場の作物は人間の世界でも評判がいいらしい。その秘訣は働かせているゆっくりたちにあった。
ゆっくりたちに虫と雑草を取り除かせることで、農薬を使わなくとも効率的に野菜を守ることができたのだった。
人間もその方法に気がついていたが、ゆっくりを働かせることは極めて困難であった。
脅して働かせても名前通りの怠惰さのせいで能率は悪く、いくら言い聞かせても愚かさゆえに野菜を食べてしまうことがある。
ドスの存在がそれらの問題を解決していた。
前述の通りドスは魔的な支配をゆっくりたちに及ぼすことができる。
おかげでたいした訓練もなしに、ゆっくりたちを能率的に働かせることができたのだ。野菜を食べさせずに、虫と草だけを取り除かせることができた。
それは、ある種のテレパシーのようなものだったのかもしれない。
「サボるな! サボるな! 顎を休めるな!」
「ゆ゛ーーーーーー!」
のうかりんたちは躍起になってゆっくりたちを働かせた。もっともっと広い畑と多くの作物がほしかった。
なぜなら、あの人間がさらなる取引を持ちかけてきたからだ。
人間は群れに現れるたびにいろいろな品物を提示した。
それらは限りなく魅力的であった。
農具はもちろんのこと、珍しい作物の種があり、また娯楽の品もあった。甘いお菓子などもあった。
それらを購い、借り続けるために多くの作物を必要としたのだ。
人間の提供した商品の中にはとても高いものもあった。特に機械的な農具などはそうだ。
その魔法のごとき効能は魅力的だったが、ドスたちのすべての収穫物と蓄えを合わせても足りなかった。
だが、人間はゆっくりには思いつきようのない画期的な提案をした。
「分割払いという方法がありますよ?」
「ゆんかつばらい?」
「一度に払うととても大変でしょう? その代わりに定期的に少しずつ払っていくのです。もちろん品物はすぐに使えますよ。
そうですね。例えるなら、ちびちゃんは噛む力が弱いから、お母さんが食べ物を小さく噛み千切って、少しずつ与えるようなものですね」
「なんとなくわかるよ!」
「人間さんは賢いね!」
「ドス分割払いで買いましょうよ! これはすごいわ!」
のうかりんたちの熱意に押されて、ドスはそれらの取引にことごとく応じていった。
あるとき、のうかりんは身重のれいむから茎を引き抜いたことがあった。
なかなか生まれなかったせいだ。
「でいぶのぢびぢゃんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「サボるな! 甘えるな! さっさと働け!」
と言い放ち、れいむの赤ゆを根絶やしにしたのだ。
また胎生にんっしんしたまりさの腹を蹴って流産させたこともあった。
胎生にんっしんは長い間母体が動けなくなるからだ。
その一方で、ゆっくりたちの繁殖は奨励した。働き手はいくらでも欲しかったからだ。
とはいえ、育児にかまけている様子を見せたらすぐ様潰した。
あるときは、ありすに人間から貰った興奮剤を投与してれいぱー化させたこともあった。
ゆっくりを増やすためにだ。
「んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「やめるんだぜ! ゆんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
とはいえ、犠牲者は枯死してしまうし、子供もまともに生まれてくることは少なかった。
のうかりんたちはそうやってゆっくりたちを増やしたり殺したりして、肥料に変えていった。
むしろ、肥料にするためにそうしているかのようだった。
ドスはときおりのうかりんたちをたしなめることもあったが、大抵は好きなようにさせた。
農場の経営はのうかりんの独壇場だったからだ。素人のドスが無闇に口を出せばかえって効率が悪くなると思ったのだ。
あるとき、ドスは一匹のぱちゅりーを側近に加えた。
そのぱちゅりーはいろいろなドス群れを渡り歩き、かなりの見識を蓄えているという噂だった。
ドスは噂を聞きつけ、そのぱちゅりーを傘下に迎えたのだった。
ぱちゅりーは自分はその器ではないと二度固辞したが、三度目にドスに仕えることを承諾した。
だが、噂が噂にすぎなかったのか、ぱちゅりーは目覚しい働きをしなかった。
一日中、群れ中をほっつきまわり、ときには畑仕事に加わる有様だった。
側近に相応しい行為ではなかったし、さして役にも立たなかった。
それ以外はチラシを眺めてはうんうん唸っているばかりだった。
いわゆるもりのけんじゃと揶揄される愚鈍なぱちゅりーのようだと、ドスも結論付けなければならなかった。
のうかりんたちも、あのぱちゅりーは役立たずだからさっさと追放した方がいいとたびたびドスに忠告した。
だがあるとき、
「ドス、ゆっくりお話があります。内密なので、おゆっくり払いを」
神妙な様子でドスに陳述してきた。
「なに話って?」
「むきゅ、群れゆっくりたちの待遇を改善すべきかと思います」
「ゆえ? ああ……そう……」
ドスはぱちゅりーが何を言うのかと思って期待していたが、あまりにくだらない内容だったので失望した。
「むきゅ、のうかりんたちは、少々群れゆっくりたちに対する対応が厳しすぎるかと思われます」
「農場のことはのうかりんたちに一任しているよ。のうかりんたちがドスの期待を裏切ったことはないよ」
誰かさんと違ってね、とドスは心の中で付け加えた。
「ドス、情けはゆっくりのためならずです」
「そうだね。情けは通常種たちのためにはならないね。厳しく躾けてやらないとね。すぐ付け上がるから」
「……このまま行くと遠からず、群れゆっくりたちの反乱を招くものと予想されます。むきゅ」
「反乱? ゆははははは! それはとっても怖いね!」
ドスは思わず笑ってしまった。
反乱? このけんじゃさまは何を言っていらっしゃるのだろうか?
通常種ゆっくりごときに何ができるものか。ドスにはスパークがあるし、のうかりんたちは猟銃を持っている。
束になってかかってきても傷ひとつつけられまい。
「ドス、群れゆっくりたちをゆめゆめ侮りませぬよう。強さにもいろいろありますから」
「そうだね。たとえば賢さとか、心の清さとかいろいろあるね。どれもちびちゃんたちは持ってないものだけどね!」
「ドス……弱いことが、持っていないことが強みになることもあるのですよ」
ドスは怪訝な顔をした。この病弱饅頭は何を言っているのだろうか? 弱いことが強い? ドスには理解不能であった。
どう聞いても負け犬の遠吠えです。本当にありがとうございました。
「いいよもう。ぱちゅの言いたいことはわかったから。はいはい」
「……ドス、ぱちゅの言を無碍にされるのだったら、もうお仕えすることはできません。お暇を頂戴したく願います」
「はいはい、いいよ。どこへでも好きなところでゆっくりしていってね」
このぱちゅを持つことは多少のステータスにはなったのだろうが、何の役にも立たず、くだらない寝言でドスの耳を汚すのなら、もう用なしだった。
ぱちゅりーはチラシの束を抱えていずこかへと去っていった。
のうかりんたちもこれで機嫌を良くすることだろう。
だが、それからしばらくして、ぱちゅりーの予言通りになった。
「ちょ、ちょっとあんたたちなんのつもり!」
「散りなさい! 散りなさい! 撃ち殺されたいの!?」
「一体何事?」
ドスの広場に群れ中のゆっくりたちが大挙して詰め掛けてきたのだった。
群れゆっくりたちの反乱であった。
だがそれは、ドスとゆうかりんらが想定していたような反乱ではなかった。
「まりさたちの待遇を改善しろー! のうかりんの横暴を許すなー!」
「許すなー!」
首謀者と思しきまりさが要求を叫び、他のゆっくりたちがそれに唱和した。
「あんたたちこんなことしてただで済むと思ってるの!?」
「まってのうかりん! 話だけは聞いてあげるわ」
ドスは血気に逸るのうかりんたちを制止した。
ここで反乱ゆっくりたちを殺したら、取り返しのつかないことになりそうな気がしたのだ。
「まりさたちの待遇を改善するんだぜ! 奴隷のようにこき使うんじゃないのぜ!
ちゃんと休ませるんだぜ! ちゃんとお野菜を平等に分けるんだぜ!
のうかりんにちびちゃんたちを殺させるんじゃないのぜ! まりさたちはゆっくりなのぜ! みんな平等なゆっくりなのぜ!
もしこの要求が受け入れないのなら……まりさたちは群れを出ていくのぜ!」
「ゆっくりが平等? なにいってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「なにこのゲス? だからなによ?」
「勝手に出て行けばぁ~」
のうかりんたちはゆっくりたちを頭から馬鹿にしてまともに取り合わない。
「へぇ、まりさたち出て行っていいのぜ? じゃあそうさせてもらうのぜ。
でも、そうしたら一体誰がお野菜を育てるのかなぁ? それだけが気がかりなのぜ?」
「えっ?」
のうかりんたちは一瞬、虚を突かれた。だがすぐに気を取り直す。
「誰がって、あんたたち無価値な通常種なんて山ほど溢れてるじゃない! 代わりはいくらだって……」
「その無価値で身勝手な通常種が、こんな地獄みたいなうんうん群れにわざわざやってくるのぜ?」
「あっ!」
この言葉にはのうかりんたちも余裕綽々の態度を崩さなければならなかった。
ドスも額に冷や汗を浮かべた。
なにかとても悪いことがおきようとしている……。
「どうやって奴隷を集めるのぜ? 山さん森さんを駆け回って一匹ずつゆっくりたちを捕まえるのぜ?
馬鹿な通常種のまりさにわかるように教えてほしいんだぜぇ~?」
「そ、それは……」
口達者なのうかりんたちも二の句が告げない。
まりさの口ぶりではこの群れの『悪名』は周囲に響き渡っていることだろう。
そういえば、外のゆっくりを見かけることがもうずっとなかった。
どうせ畑荒らしばかりだろうと、そのことを喜びさえしていたのだが。
言うまでもなく、この拡張された農場を運営する労働力を、まりさが言うような地道な方法で賄うことはできない。
いや、仮に捕まえたとしても留めておくことができないのだ。誰がどうやって監視し、脱走を防ぐというのだ?
ドスとのうかりん三体あわせてもとてもカバーしきれない。
通常種たちの中から警備ゆっくりを選び出す? だが、どうやって忠誠心を植えつけるというのだ?
「あ、あんたたち群れを出てどうしようっていうのよ!?」
「どうもしないんだぜ。森さんから食べられるものを採って暮らすんだぜ。昔のようにぜ」
ドスものうかりんも、ゆっくりたちの本質を忘れていた。
ゆっくりたちの本質は野生。身ひとつでどこででも暮らしていける。
畑に縛られる必要などないのだ。
「そうだわ! ドスよ! ここはドスの群れなのよ! あんたたちドスから離れて平気だっていうの?」
「外には恐ろしい捕食種がうようよしてんのよ! ドスのおかげであんたたちみたいなクズでも安心して生きているのよ!」
「ゆふん! こんなゲスドス、群れ長なんかじゃないのぜ! 離れたって平気なのぜ!
この群れには捕食種よりも怖い鬼のようなゲスが三匹もうようよしてドスも取り締まってくれないのぜ!
外の方が遥かに安全だぜ!」
「うっ……」
ドスものうかりんも、ドスのゆっくりを惹きつける魔力を信頼しきっていた。通常種に破られるなどまったくの想定外だった。
なぜこんなことになったのか?
魔力とは人外のもの。文明の外に属するもの。農場という人為的なものに浸ったことがドスの魔力を衰えさせたのだろうか?
単純にのうかりんの圧政がそれほど酷かったというのもあるのだろうが。
「おまえら撃ち殺すぞ! 逃げたら撃ち殺すぞ! 一匹残らず撃ち殺すぞ!」
のうかりんが猟銃を構えて、リーダー格のまりさに狙いをつけた。
「いいのぜ。撃てばいいのぜ。もし撃ったならもう誰も従わないのぜ。みんなで群れから逃げるのぜ。
それに、皆殺しなんて絶対できないのぜ。撃たれたゆっくりは運がなくて残念だけども、ほとんどは生き残って逃げられるのぜ。
もし皆殺しにできたとしても、それこそお野菜をどうするんだぜ?」
「うっ……ううっ……」
「もし、お野菜作るゆっくりがいなくなったら、人間さんとのお約束はどうなるのかなぁ~?」
まりさは銃以上に恐ろしいのものをドスとのうかりんに突きつけた。
ドスとのうかりんこそが畑に縛られていることを自覚しなければならなかった。
なぜなら人間との間に交わした契約があったからだ!
ドスとのうかりんはあの人間に対する負債がある。
のうかりんの熱意に押されて次々にいろいろな品を人間から、ローンで購入してしまっている。
作物を作り続けて、その代価を支払わなければならないのだ。
もし、支払いが滞ったなら……それは一種の協定違反とみなされるかもしれない。
このドスも当然人間たちと協定を結んでいた。自衛のために必須の行為であったからだ。
人間は協定違反に対してことのほか激烈な怒りを燃やすことを知っている。
人間との約束をないがしろにするドスとみなされたなら、あっという間に袋叩きだ。
人間はゲスドスを大いに恐れているのだ。いつドススパークを浴びせられるかわからずに暮らすのはたまったものではない。
さらに、協定違反して困るのはドスとのうかりんたちだけだった。
身ひとつの名前すらもたぬゆっくりたちは野に山に散らばればいい。そうされたら人間にはどうしようもない。
だが、ドスはこの巨体でどこに逃げ隠れすればいいというのだ?
のうかりんたちは超希少種であることが禍した。
人間たちは草の根わけても必ずのうかりんを捕まえに来るだろう。
なぜなら、極めて価値の高い実験素材になりうるからだ。加工所はものすごい高値でのうかりんを引き取ってくれる。
しかも前代未聞の三姉妹セットときた日には……。
ドスの群れに属することは己の身を守る意味もあったのだ。
だが、もしも負債を返せぬとしたら……。のうかりんがその穴埋めとなりうる。
希少種といってもドス以外のゆっくりは人間と対等には扱われない。せいぜいドスの財産扱いだろう。
ということは、ドスが了承するならのうかりんは身売りされてしまうのだ。
(これが持たないことの強さ……!)
ドスは今更ながらあのぱちゅりーの言葉をまともに受け取らなかった自分を呪った。
「べつにまりさたちはどっちでもいいんだぜ? この群れからおん出て行くのも、働いてやるのでも、どっちでもだぜ?」
まりさたち反乱ゆっくりの要求を聞き入れる他なかった。
作物を作らなければならないという義務を背負っていたはドスたちだったのだから。
群れゆっくりたちは畑で働くことを受け入れた。
だが、その代価は多大なものとなった。
まず、一切の体罰が禁止された。ゆっくりを殺すなどもってのほかだった。
報酬としてより多くの野菜が配られることとなった。これはまだいい。
問題は、あまあまの配布を要求されたことだった。
「あまあま欲しいんだぜ! あまあま寄越すんだぜ! 人間さんから買うんだぜ!」
作物と引き換えにお菓子を購入し、群れのゆっくりたちに配れというのだ。これは大きな出費となった。
また、よりいっそう人間に依存し離れられなくなることも意味した。
あまあまを与えなければ働かせられないのだから、人間との取引を解消することもできない。
もちろん休憩時間もたっぷりと与えられることとなった。
これらの待遇改善を経て、ゆっくりたちはなんとか働くようになったが、以前ほどの勤勉ぶりはもう見せなかった。
ゆっくりたちは可能な限りサボるようになった。
もちろん、のうかりんたちも黙ってはいない。脅したりすかしたりなだめたりしてなんとかゆっくりたちを働かせようとした。
暴政の恐怖はまだゆっくりの記憶に残っており、あまあまの存在を有効活用することもできた。
働かなければあまあまをやらないと言えば、不承不承ゆっくりたちを働かせることができた。
あまあまを得られるというメリットゆえにこの群れに所属し続ける価値があったのだ。
だが、それでも能率は格段に落ちた。
ゆっくりたちは始終ぺちゃくちゃと雑談し、遊びだし、眠りだし、あまあまをかけたギャンブルにうつつを抜かしていた。
ゆっくりたちは重労働の中でサボりのテクニックを見に付けていたのだ。それは過労死を防ぐため、少しでも体力を温存するための技術だった。
それが今、改善された環境の中で開花したのだった。
のうかりんは三体しかいない。常にすべてのゆっくりを監督することはできなかった。
ゆっくりたちは異常に鋭くなった視線感知能力と仲間たちとの共謀によって可能な限りサボった。
のうかりんたちはストレスをゆっくりにぶつけることができなくなったため、次第に怒りっぽくなっていった。
始終姉妹同士で口論しあった。
ドスと二人っきりになったときは、姉妹の悪口をあれやこれやと吹き込み、自分だけがドスの忠臣だとアピールした。
だが、のうかりんたちはドスをも軽蔑していた。ゆっくりたちを統率する力が衰えたことを露にしてしまったからだ。
喧嘩していないときは影でひそひそとドスを貶していた。
ドスはそんなのうかりんたちを疎ましく思うようになったが、今や一蓮托生だ。四者が協力しなければ明日を生きることはできない。
こうして能率が落ちてしまったために、次の支払いができないことが明白になった。
ドスとのうかりんたちは顔を突き合わせて、うんうん唸りながら対策を練った。
「とにかくあいつら殺しましょう! 殺しまくればきっと従いますよ!」
「だからだめだって! 逃げられたらそれまでなんだから!」
「人間さんに支払いを待ってもらって……」
「それはできるかもしれないけど、根本的な解決になってないよ。次はどうするの? 次の次は?」
「それもこれも全部あいつらクズ種どもが!」
「うーん……」
結局これといった対策は思いつかなかった。
ドスはしかたなくできれば使いたくなかった手段を用いることにした。
最近、ドスの群れの近くに新しい別のドスの群れができたらしい。
そこに行って助けを求めるのだ。
これはドスにとって耐え難いほど屈辱的なことであったし、うまくいくとも限らない。
だが、労働力をなんとかして補填せねば人間への支払いを済ますことができない。
ドスはのうかりんたちは農場に置いておき、わずかなお供だけを伴って別のドスの群れへと赴いた。
農場ドスの接近に気がついたのか、別のドスは早速使者を寄越してきた。
それはなんと、かつて農場ドスに仕えていたぱちゅりーだった。
「むきゅ、ドスお久しぶりです」
「ぱちゅりー! あなた……」
「あなたにぱちゅたちのドスの群れに対する敵対的な意志はないことはわかっております。
ですが、ぱちゅたちのドスはまだあなたとはお会いになりません。
ドス同士が会うというのはそれは尋常なことではないので、まずは調整が必要かと存じます。
ささ、こちらへどうぞ」
向こうのドスが直接会わないというのは農場ドスのプライドを傷つけたが、言い分はもっともである。
ぱちゅりーが別の群れ長に仕えていることも気に食わなかったが、手放したのは自分自身である。ドスがそれに文句を言う資格はない。
それに、ドスはこのぱちゅりーとゆっくりと話がしたかった。
なぜ、今日の農場の危機を見越すことができたのか? それならば対策方法を授けてくれるかもしれない。
ドスは藁にもすがる思いだった。
「実のところ群れゆっくりの反乱は予想外の速さでした。おそらく理由は……」
「なぜ、ぱちゅはこのことを前もって知ることができたの?」
ドスにものうかりんにもわからなかったことが、たかが通常種のぱちゅりーにわかるとは信じがたいことであった。
「群れを知ったからです。群れを歩き回り、ゆっくりたちの振る舞いを観察し、その声に耳を傾け、一緒に働いたからです」
「ふぅん……のうかりんたちも一緒に働いていたはずだけど」
「一緒にもいろいろありますからね……なによりも、この状況でもしドスと群れゆっくりが行くところまで行けば、
最後に折れるのはドスですから。勝ちが確定しているのに反逆しないはずがありません」
「ゆっ……」
このぱちゅりーは真に畑に縛られているものが誰なのか、誰が一番危うい状況にあるのかがわかっていたようだ。
「まあ、それはおいとくとして、愉快ならざることをお耳に入れなければなりません。
……本当の危機はこれからやってくるということです」
「ゆぇぇぇ!!!」
ドスは驚いた。ゆっくりの反逆と、次の支払いの目処が立たないことで充分な危機であったのに、この上一体なにがあるというのか?
「こあくま、図書館から例のものを持ってきて」
こあくまと呼ばれたぱちゅりーの助手は、なにか薄べったいものを持ってきた。
それはチラシであった。
「すべてはこのチラシに予言されています」
ドスは困惑した。やはりこのぱちゅりーはうつけなのだろうか。予想が的中したのもただの偶然かもしれない。
愚かなぱちゅりー種はしばしばチラシを魔道書と称して読みふけることがある。
それで魔法使いになったような気分になって無謀なゲス行為に及ぶのだ。まったく劣等種に相応しい行為と言えた。
だが、ドスは思い直し、我慢してぱちゅりーの言葉を聞くことにした。
「ご覧くださいドス。この絵がわかりますか?」
「え~、お野菜に見えるけど~?」
「そうお野菜です」
ぱちゅりーは実に真面目くさった態度でうなずいた。ドスは半ば呆れ顔だ。
「ですが、それだけではないですね。このお野菜の絵の上にかぶせられたもうひとつの絵、見覚えがありませんか?」
「う~ん……えっ、これって!」
「そう、のうかりんの顔です」
たしかにそれはのうかりんであった。麦藁帽子を被った下膨れののうかりんの顔そのものだった。
「こののうかりんの絵はまさに、ドスの農場の運命を暗示しているものと思われます」
「ゆっゆっ……」
そういわれるとドスもなんだかそんな気がしてきた。たしかに、こんなところでのうかりんの顔が出てきたのは尋常ではない。
本当にチラシとは魔道書なのだろうか?
「ドスは人間さんの使う数字はわかりますね?」
「大きいか小さいかくらいならね」
「今度はこちらをご覧ください」
ぱちゅりーはもう一枚のチラシを差し出した。
「こっちにものうかりんの絵がありますね? 今度はその下に書かれた数字を見比べてください」
「ゆっ? 数字が小さくなっているよ! でもこれがなんだっていうの?」
「この数字が小さくなっていくと大きな禍が起きると伝えられています」
「ゆゆっー!」
それからぱちゅりーは、その伝承を語りだした。
あるところにれいむとまりさのありふれたつがいがいた。
二匹は飢えていた。そこで人間の畑に盗みに行くことにした。
だが、まさに畑荒らしの最中に人間に見つかってしまった。(愚かな通常種そのものだね、とドスは思った)
二匹は死を覚悟したが、意外にも人間は二匹を許した。
それどころか大量のお野菜をくれたのだ。(奇妙な話もあるものだね、とドスは思った)
それから、二匹は度々この畑に訪れた。人間はいつも二匹にお野菜をくれた。
だがあるとき、二匹がこの畑を訪れると、人間は畑にいなかった。
二匹はなんとなく人間のことが気になったので、人間のおうちにまで様子を見に行った。
そこには……。
「人間さんが宙に浮いていました」
「ゆぇぇぇー!!」
人間が宙に浮くなんて聞いたことない。
ゆっくりがうーパックに乗るように、大きな空飛ぶ生き物に乗せてもらうことはあると聞いたが、
自力で飛べる人間はもうずっと昔にいなくなったはずだ。
「その人間は宙に浮いたまま……永遠にゆっくりしていました」
つまり死んでいたということだ。まりさはごくりと唾を飲んだ。心なしか息苦しいような気がした。
「そのときチラシの数字はとても低かったと言われています。
これまで集めたチラシを新しい順に改めたところ、のうかりんの絵の数字は小さくなっていく一方です」
「で、でもそれは人間さんの話だよね? ドスたちには関係ないよね」
「ドスも畑でお野菜さんを育てているという点では人間さんたちと同じです。
それに、問題の絵にはのうかりんの顔が描かれていることをお忘れなきよう」
「ゆゆっー! そ、それじゃドスたちも?」
空中に浮いたまま永遠にゆっくりさせられるというのか?
そんな死に方は聞いたことがない。とてもゆっくり天国に逝けそうにない死に方だ。
「わかりませんが、なにか大きな災厄が起きるのではないかと思われます」
「助けてね! ドスをゆっくり助けてね!」
農場ドスは居ても立ってもいられなくなった。とにかくなんにでも助けを求めたい気分だった。
頭上に見えてはいけない星が現れてしまったのだ。
「落ち着いてくださいドス。ぱちゅたちのドスはとても懐の深いお方です。必ずや助けになってくれるでしょう。
といってもドスとて神ならぬ身であり、その資源にも限りがあります。くれぐれも頼りすぎないよう……」
農場ドスと別のドスとの会談は簡潔に終わった。
別のドスは快く群れのゆっくりを貸し出してくれた。それもほぼ無償でだ。
これらのゆっくりを労働力として使っていいとのことだ。
別の群れのゆっくりたちはよく働いた。その勤勉さは恐怖で縛られていた時代の農場ゆっくりたちに勝るとも劣らなかった。
これらのゆっくりたちは野生の精強さを持ちながら、別のドスに対して揺るぎない忠誠心を持っているようだった。
のうかりんたちでさえ気圧され、このゆっくりたちには指図する声も控えめであった。
もっとも、これらのゆっくりを手荒に扱うことは許されず、ましてや体罰などもっての他であった。
借り物なのだから当たり前の話だが。
とはいえ、別の群れのゆっくりのせいで、農場のゆっくりにもますます強い態度が取れなくなっていった。
もし混ざっているところに、別の群れのゆっくりに暴行を働いたのなら、群れ間の問題に発展するかもしれない。
「のうかり~ん♪のうかり~ん♪のうたり~ん♪」
「くっ……」
ゆっくりたちはここぞとばかりにのうかりんを舐めた態度を取った。だが、のうかりんはもはやゆっくりに指一本触れることはできないのだ。
ゆっくりたちの団結力は目を見張るものがあった。一匹が不当な損害を被ったと言い立てたのなら、それを補償してやらない限り、すべてのゆっくりが労働を拒絶するのだ。
もし、群れを出て行くことになったとしたら、全員で一斉に出て行くことだろう。従来のゆっくりの性質を考えるならこれは異常なことであった。
こうして当座の労働力は確保できたものの、将来においてはさらなる群れゆっくりの増長を招くことになった。
なぜ、別ドスは無償でゆっくりを貸したのかはすぐにわかった。
雑草や虫は食料になったからだ。別の群れにとってもこの仕事は糊口をしのぐために役立ったのだ。
別の群れのゆっくりたちはこういった粗食でもまったく苦にならないようで、あまあまを固く辞去し、野菜にさえ手をつけなかった。
農場ドスは、これらのゆっくりたちを統率する別のドスのことを思い出した。
威風堂々他を圧する気迫があり、その武威猛々しさと比べたならば農場ドスなどただのでかい饅頭でしかなかった。
農場ドスは嫉妬と悔しさを覚えた。
自分のやっていることが酷く馬鹿馬鹿しいことのように思えてきた。
しかも、借りが出来てしまった以上、いずれそれを返さなければならないのだ。
返せなければ農場ドスの面子は完全に潰れることになる。もはやいかなるゆっくりもついて来はしないだろう。
こうしてなんとかその季節の人間への支払いを済ますことができた。
だが、人間はいつもよりも多くの作物を持って行ってしまった。
「人間さんどぼじでー! 約束とちがうでしょー!」
のうかりんたちは抗議した。
「そう言われましてもねー。君たちのお野菜は前よりも価値が低くなってしまったんですよー。
でも買い手は付きますから、これからもどんどん作っていってくださいね。たくさん作れば大丈夫ですよ!」
ゆっくりたちには理解できなかったが、人間さんがそういうのなら仕方がない。
取引をやめるといっても、まだ負債が残っている以上それは不可能だし、他の取引相手も知らない。
しかし、こうして多くのお野菜を人間さんに支払った結果、今度はゆっくりたちの報酬を支払うことができなくなった。
「ゆー! ゆー! お野菜よこせー! あまあまよこせー! タダ働きは許さないぞー!」
「許さないぞー!」
「ちびちゃんたちがお腹をすかせているんだよ! ゆっくりしないでさっさと報酬を支払っていってね!」
「ゆー! ゆー!」
報酬を支払わなければもうゆっくりたちは働いてくれなくなるだろう。その後にまっているのは破滅だけだ。
再び農場ドスは、別のドスに泣きつく羽目に陥った。
食料をわけてくれと頼んだのだ。
だが今度は無償というわけにはいかなかった。
農場ドスは人間さんから貰った珍しい宝物を別のドスに売り渡す羽目になった。
それでも、ドスとのうかりんたちは自分たちのお野菜の取り分は放棄して、ゆっくりたちへの支払いに当てるしかなかった。
「うう、まずいよ……」
「なんでのうかりんたちがこんなまずいものを……」
「お野菜食べたい! お野菜食べたい!」
自分たちで作った野菜を自分たちで食べられないという経験は彼女らにとって初めてのものだった。
それも通常種たちは食べられるというのにだ。
不幸は重なるものである。
三女のうかりんが、人間から買った機械の操作を誤り、取り返しの付かない大怪我を負ってしまった。
なんと両脚を失ってしまったのだ。
所詮ゆっくりに人間の機械は分不相応だったのだろうか。
寝たきりとなった三女のうかりんを囲んで、ドスとのうかりん二体は途方にくれていた。
のうかりんはこの農場の要だ。広がった農場のゆっくりたちを監督するためにものうかりんは必須であった。
これで収穫量は一段と少なくなってしまうことが確定したのだ。また苦しいやりくりをしなければならなくなる。
「どぼずればいいのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「なんとか治せないんですか?」
「無理だよ……」
希少種、特に胴付きの生体構造は未解明な部分が多い。というかほとんど何もわかってないといっていい。
人間のゆっくり医でものうかりんを治すことはできないだろう。仮にできるとしても膨大な医療費がかかる……。
「お見舞いに参らせていただきました」
「ゆゆっ! 人間さん!」
ドスたちとの取引相手の人間が、病床ののうかりんの下に現れた。
「そのご様子ではもはや農場での仕事はできないようですね……」
「ゆゆっ……」
「そこで、ものは相談なんですが……別の仕事をなさいませんか?」
「別の仕事……?」
「はい、あるゆっくりの研究機関において、ちょっとした実験に協力していただくというものです。
報酬は高額ですが、とても簡単なお仕事です。そればかりか、研究成果次第では脚の再生も可能かもしれませんよ?」
「ゆゆっ!」
ドスとのうかりんはたちは黙り込んだ。
ドスはここにいたってようやく人間の真意を読めたのだった。
ゆっくりの研究機関などというのは、ようは加工所のことであった!
そこで行われる実験は楽なんてものではない。拷問的な生き地獄であろう。あらゆる非ゆん道的な生体実験が行われるのだ。
そして、最終的には死ぬことも許されずに冬眠状態で標本にされる……。
これこそが人間の狙いだったのだ。
のうかりんをドスから奪うことこそが、人間の目的だったのだ。
ドスは人間の里と協定を結んでいる。仮にのうかりんを強奪したとしたらそれはドスの財産を損なったことであり、協定違反である。
人間の世界で犯罪となるはずだった。
レアなのうかりんはすぐに足がつくことだろう。そもそも人間の世界ではクリーンなイメージで通っている加工所はそういった盗品を買い取ったりはしないだろう。
だからこそ、ドスが自発的にのうかりんを売り渡せざるをえない状況に誘い込んだのだ。
あるいは……ゆっくりたちの唐突な反乱も、影でこの人間が画策していたのかもしれない。
ドスは人間が群れゆっくりと話し込んでいる様を何度か目撃したことがある。
別に咎め立てすることではなかったので、そのときは関知しなかったのだが、今思えばあのとき人間はゆっくりたちに入れ知恵をしていたかもしれない。
だからこそ愚かなはずのゆっくりたちが状況を正しく認識し、固く団結し、ドスに戦いを挑んだのかもしれなかった。
……しかしその証拠はない。
いや、それどころか人間がゆっくりに知識を与えること自体に違法性があるとはいえない。
むしろ、無知な状態に置いて酷い環境でこき使っていたドスとのうかりんの方にこそ咎があるかもしれない。
人間……!
ドスは人間の顔をまじまじと見た。
人間の様子は親身からのうかりんとこの群れのことを心配しているように見えた。
だが、人間とは嘘をつく生き物だ。感情と行動が直結しがちなゆっくりと違い、心中に悪意を抱きながら優しい顔をすることができるという。
今この状況でもっとも得をするのが誰かといえば、この人間に他ならなかった。
人間とは……こうも卑劣なものなのか? あらゆる行為に策謀を絡めてくるものなのか? 一体どれだけの嘘と悪意を抱えて生きているのだろうか?
おそらく、人間の計画は二段構えだったのだろう。ドスの農場が成功してもよし。失敗してもよし。
のうかりんの事故は思わぬ幸運だったのだろう。
ゆっくりたちへの入れ知恵も半ば無意識的に行ったのかもしれない。
好奇心旺盛で目先の聞くゆっくりならばただの雑談からでも大いに得ることはあるだろう。
結局のところ敗因はドスとのうかりんにあった。人間とゆっくり双方を甘く見たドスとのうかりんに……。
「それいいわね! そうしましょう! よかったわねのうか!」
次女のうかりんが唐突に叫んだ。
「ゆええ! お姉ちゃん!」
「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー♪ よかったわねのうか! 群れも助かるあなたも助かる!
良いことづくめね! 本当に人間さんは優しいわね!」
長女のうかりんも次女に続くように歌いだした。有無は言わさないとばかりに。
「おね、おね……ちゃ……」
のうかりんたちはわかっているのか、わかっていないのか。
はっきりと状況を認識していなくとも、自分たちが妹を売ろうとしていることはわかっているのだろう。
だからこそことさらに歌い騒ぎ、喜んでみせているのだ。
妹を欺くために。自分自身を欺くために。
「ドス! このお話受けますよね!? ね!?」
「ドス! のうかりんたちの妹を助けてあげてね! ゆっくり助けてあげてね!」
のうかりんたちはこの場の決定権がドスにあることをわかっていた。
そうでなくとも、ドスに押し付けただろう。……三女のうかへの処刑宣告を。
ドスはしばらくの間黙り込んでいた。
そして……、
「わかったよ。のうかりんは人間さんに協力してもらうよ……。
大丈夫だよ! きっとよくなるよ! 今度みんなでお見舞いにいくからね! ゆっくりしていってね!」
「ゆあ……あ……っ……」
裏切られた三女のうかは絶句した。必ずしも仲のいい姉妹ではなかったかもしれないが、これほど手ひどい裏切りを受けるとは夢にも思わなかっただろう。
「話は決まりましたね! のうかりんは早速連れて行かせてもらいます! いやはやご協力ありがとうございました!
今後ともごひいきに!」
人間は数人の仲間たちを呼び、じたばたする三女のうかを担ぎ上げて連れ出していった。
「はいはい怖くないからね、怖くないからね」
「うらぎりものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
ドゲスどもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
のろってやるっ! のろってやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
残されたドスとのうかりん二体の耳に、三女のうかの怨嗟の声がいつまでも木霊し続けた。
それから、農場の経営は順調に破綻していった。
ドス農場の野菜が人間に高く売れたのはブームがかなりの要因となっていた。
ゆっくりが作る野菜という物珍しい存在が一時期脚光を浴びたのだ。
だが、人間の世界の流行り廃りは目まぐるしい。不景気も重なってゆっくり野菜の値段は落ち着いていった。
それでも品質がいいことには変わりないので一定の買い手は付き続けたのが、不幸中の幸いと言えた。
とにかく、農地を拡大しすぎたことと、人間から物を買いすぎたことがあらゆる不具合を生じせしめていた。
その上に、ゆっくりたちは怠け続けており、昔のようにしゃかりきに働かせる方法はついに思いつかなかった。
農場ドスは何度も別のドスに頭を下げなければならなかった。
もはや事実上の属群れ、属ドスであった。
なぜならば、野菜を育てるのに別群れの勤勉なゆっくりが不可欠になっていたのだ。
その上に、報酬の支払いに事欠くときがあれば、これも別のドスしか頼れるものがいない。
あらゆる宝物を別ドスに捧げてしまった。
もう、のうかりんたちは銃もギターも持っていない。
やがて、宝物もすべてなくなってしまい、別ドスに捧げられるものがなくなってしまった。
最後に残ったのは……ドスの魔力であった。
かつて妖怪のごとき存在であったドスは魔力を持っていた。
ドススパークはそのもっとも華々しい顕現であった。
それはドスのアイデンティティでもあった。
わずかな伝承が物語る遥かな昔には、ドスたちは魔力を奪い合っていたという。魔力を賭けた一定の作法による決闘を行ったのだという。
その実践方法は失われて久しく、ただ黒いおめめの儀式という名だけが伝えられていた。
だが、自発的に魔力を譲渡することは現代のドスにも可能だった。
農場ドスは別ドスに魔力を捧げていった。
魔力を失ったドスとのうかりん二体は働き続けた。ゆっくり以上に働き続けた。働くしかなかった。加工所に行きたくなければ。
それでもやがて負債が払いきれなくなり、二体ののうかりんも妹の後を追うこととなった。
そしてドスは……負けを認めるしかなかった。
ドスは破産した。前代未聞の事態であった。
ドスは負債は免除してもらえたが、すべてを失った。
もう農場はドスのものではなくなっていた。
それどころか、ドス自体がドスのものではなくなっていた。
ドスは農具だった。農場の備品だった。
ただ、ゆっくりに命令を下せるという一点だけがドスに残された最後の存在価値だった。
だから人間たちはドスを殺さずにおいたのだ。
生かしてもらってるだけありがたいと思わなければならなかった。
そして、ゆっくりたちはドスを群れ長と認めて従うのではない。あまあまが欲しいから働くだけだった。
ドスの言うことを聞けば人間さんからあまあまがもらえる。ただそれだけだった。
ドスが喋っているのではなかった。人間がドスを通して喋っているのだった。ドスはスピーカーだった。
ドスが夢見た農場は潰えた。だがドスの理想を皮肉るようなこの農場はいつまでもたしかな実態を持って存在し続けた。
ゆっくりに農業を教えるという計画だけはいくばくかの成功を収めたのだ。
「サイム!」
「チョォォォォォカァァァァァァァ!」
「ゆははははははははははははは!」
農場のゆっくりたちの間で新しい遊びが流行っていた。
ゆっくりたちは仕事の合間にそれをやり、狂ったように笑い転げていた。
意味はわからなかったが、ドスはそれが自分を馬鹿にする行為ではないかと思った。
ドスはギリギリと歯噛みした。怒りと悔しさをかみ殺すように。
もはやドスには何も出来なかった。
スパークすら吐けないのだ。人間とゆっくりを殺せるだけ殺して死ぬといったこともできない。
ただこの農場で馬車馬のようにこきつかわれて、誰からも省みられずに朽ちていくだけなのだ……。
「すごいよこの魔力! まるで輝かんばかりだね! 大昔のドスは充分な魔力を蓄えると天に昇って、神様の仲間入りをしたっていうけど、
ドスにもできるかな? いつか本物の魔法が使えるようになるかもしれないよ!
それもこれもぱちゅりーのおかげだね! とっても感謝しているよ!」
「いいえ、ドス。ぱちゅはただ『情けはゆっくりのためならず』と申し上げただけです。あなたにも、前の長にも」
「まあそういうことにしておくよ! ところで、ぱちゅりー? ドスの魔力を少しわけてあげようか?
体が丈夫になるし、寿命も延びるよ!」
「折角ですがご遠慮させていただきます。ぱちゅは神様からもらった命だけで充分です」
「あっそう。まあそういうなら無理強いはしないよ! ゆふふふふふふふふ!」
人間界もゆっくり界も神様の世界も策謀ばかりでゆっくりできないよ、とドスには聞こえない小声でぱちゅりーは呟いた。