ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1577 トランクス現象
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春。
萌える緑とおだやかな大気は、
土にも木にも、そしてゆっくりにも、すばらしい舞台をあつらえてくれる。
成長のための舞台である。
増えつづける食糧、程よい気温は、成長のためのこのうえない支えである。
「おちびちゃん、ゆっくり おるすばんしていてね!」
野山の一角にて、ゆっくりれいむの声が響いた。
黒い森の植わっている、緑豊かな山の中腹に、その一家の安住の地がある。
否、一家ばかりではない。
その一帯には、大勢のゆっくりが蟠踞していた。
さしずめ「ゆっくりベルト」と言ったところか。
「いいこに しているんだぜ!」
れいむに続き、まりさの包容力のある声も聞こえてくる。
二匹の成体ゆっくりが声をかけたのは、ゆっくりれいむだ。
その体長は、赤ゆと子ゆっくりの端境期に位置していることを観察者に察せさせる。
彼女は、春が乗り移ったような輝かしい笑顔をうかべ、
もみあげをせわしなく上下運動させていた。
「れいみゅ、いいこに しているよ!」
その発音には、まだ舌足らずなところがある。
赤子ゆっくりに特有の、独特の吃音が残っている。
しかし、しっかりとした受け答え自体は、被保護者でしかない赤ゆのそれではなかった。
その姿を見、二匹の成体ゆっくりは、安堵の吐息を漏らすのだった。
この三体は、家族だ。
一匹しか子供がいないのは、ゆっくりの家族としては珍しい。
別に、親の生殖能力が毀損されているわけではない。
単なる偶然である。
さて、三匹は現在、巣穴の入り口のところにたむろしている。
春が、降りている。
この安心すべき季節に、子れいむの両親は、ひとつの計画を実行に移そうとしていた。
留守番、である。
なぜ、そのようなことをするのか。
理由は訓練にあった。
子れいむも、いつかはひとり立ちする。
いや、しなければならない。
来たるべき独立記念日に向けての、訓練の手付け。
それが、留守番だった。
いままで、この子れいむは、両親の庇護のもとにその生存を維持してきた。
寝る時も、食べる時も、排泄の時でさえ、すくなくとも一方の親が、かたわらで見守ってきた。
しかし、それでは生きる術が身につくはずがない。
そこで両親は、つぎの冬までに、子れいむに生存技術を叩きこむ算段を立てた。
ひとり立ちするにはさまざまな技能が要る。
狩猟。
採集。
交渉。
危険物知識。
世にはびこる動植物への造詣。
教えることは多すぎて、独立への道のりには茨が生えている。
また、これらの知識や技術は、一朝一夕で身につくものでもない。
すこしずつ、すこしずつ、ひさしを外して、生の外気に馴れさせなくてはなれない。
そして、その第一歩、すべての前提として、
「独り」
という概念を、知らねばならない。両親の庇護が薄れた状態というものを、その身で知ってもらうのだ。
そのために、
「留守番」
という手法を採用することになった。
とはいえ、初日から丸一日放置しておくほど、両親は非情でもなければ無謀でもなかった。
出発した後、一定の時間を置いて、父まりさは狩りを続行するが、母まりさは戻ってくる。
そんな予定であったし、それは子れいむにも告げてあった。
留守番時間は、一時間程度といったところか。
無論、適当という言葉をほぼ見事に体現しているゆっくりには、そのような絶対的時間の概念などもたない。
あくまでも、体感時間だ。
ともかくも、さして長い時間ではない。
しかし、何事も初めは重要である。
両親は、おちびちゃんが独りでもゆっくりできるように、万全の準備を整えていた。
たとえば、父まりさがこんなことを言う。
「おちびちゃん! ごはんさんは すきなだけ たべていいんだぜ!」
この一家には備蓄がある。
ゆっくりには珍しく夫婦ともども勤勉で、春だというのに備えがあった。
たいていのゆっくりは、手元の食糧を見境なく喰らい尽くしてしまうものだ。
ところが、この家族には備蓄があった。
貴重な春の備えである。
その備えを、父まりさはおやつとして食べてよいと言っている。
「ゆ~、ゆ~」
子れいむは可愛らしく、すくなくとも父まりさには可愛らしく見えるように、ぴょこぴょこともみあげを運動させた。
好きなだけ、食べていい。
その許可は、食欲旺盛なゆっくりにとって、ゆっくりするための強力な後ろ盾となるにちがいない。
「おなかすいたら たべていいんだぜ!」
ゆっくりは、飢餓に弱い。
正確に言えば、精神的に弱い。
肉体的には、一日ぐらい食事を抜いたぐらいで死にはしないし、その運動量にもほとんど影響を及ぼさない。
ただし、一回でも食事を抜くと、たちまち飢餓を訴えて飯を食わせろと所構わず当たり散らす。
そんなところがあるから、留守番で安泰できるように、父まりさは備蓄解放を決めていた。
これで、れいむが飢えに悩むことはない。
春だからこそできる芸当ともいえる。
それに、ゆっくりとはいえ子供だ。消費量など、たかが知れている。
「おちびちゃん!」
次に、母れいむの訓戒が始った。
一方の母れいむは、やはり心の片隅では不安が拭いされないのか、しばし子れいむのつぶらな瞳を見下げていた。
「ゆ?」
一方の子れいむは、不安なんて知らないとでも言いたげな、輝かしい笑顔で、母を見返している。
子れいむの知能では、母の心配など想像もつかないのだろう。
不幸などという言葉は狂人の造りあげた虚妄の概念に過ぎない。
なんて発言が、出てきそうだ。
母れいむの心配はここにあった。
少々過保護だったかなと、いまさらながらに後悔している。
親とは、因果な生きものだ。
つと子供の成長に関するかぎり、欲望が止まらない。
「よく きくんだよ! いいこに していれば おちびちゃんは、ゆっくりできるよ!」
「ゆゆ~♪」
子れいむがもみあげを振り回す。
犬に例えれば、尻尾を振る動作にちかい。
ゆっくりの価値基準は一つだけといってよい。
ゆっくりできるか、ゆっくりできないか、だ。
もっとも、「ゆっくりできる」という状態がいかなる状態を指すのかは、不明瞭極まりない。
が、敢えて言うなら、「幸福」に近いだろう。
その意味においてはゆっくりは、価値の基準において、人間とも似通っている。
が、ゆっくりは我慢というものを知らない。
また、自己犠牲精神など、狂気の沙汰としか見られない。
ゆえに、その幸福はひどく崩れやすく、即物的でもあった。
他者がゆっくりできているから、自分は貧困でもゆっくりできる、などという現象は、ゆっくりの間ではまったくもって見られない。
ともあれ、子れいむにとっては、母親からゆっくりできるとの保証を与えられたことが純粋に嬉しいらしかった。
「でもね!」
と、母れいむは言葉を重ねた。
語気が強まって、子れいむはびくりと体を震わせた。
「いいこに していないと おちびちゃんは ゆっくりできないよ!
ゆっくりできない ゆっくりのところには れみりゃが きちゃうからね!」
子れいむの幸福が一瞬にして恐怖に上書きされた。
れみりゃ。
この単語ほど、ゆっくりたちを戦慄せしめる言葉は無かった。
れみりゃ。
それは、ゆっくりたちの天敵だ。
飛行能力、機動力、視力、嗅覚、そして何よりも鉄のごとき牙。
とてもではないが、ゆっくりれいむや、ゆっくりまりさでは太刀打ちできない。
れみりゃに真っ向勝負して打ち克つには、湯水のごとく奇跡を消費してもまだ足りない。
脅し文句としてこれほど効果的な響きはない。
「だいじょうぶだよ! いいこに していればいいんだよ!」
一転して、母れいむが助け舟を出す。
しかし子れいむの顔は晴れなかった。
「いいこに していれば れみりゃなんか こないからね! それに、ほら!」
母れいむが、巣穴の脇にかかげられている、木の枝を見やった。
「おかーさんが、けっかいをはっておくからね! これさえあれば れみりゃなんか へでもないよ!」
子れいむは、具体的な防禦装置を呈示されて、ようやく笑顔を取りもどした。
しかし、もみあげの活動は戻らなかった。
言うべきことは、もはやなかった。
訓練開始だ。
「おちびちゃん! いってくるんだぜ!」
父れいむが、巣穴を出る。
「おちびちゃん、いってくるよ!」
母れいむは別れの挨拶を告げると、巣穴の外側から「けっかい」を張り直した。
いつもよりも、入念に。
「ゆっくり、いってらっちゃい!」
できるかぎり大きな声で、子れいむは父まりさと母れいむを見送った。
両親を見送ったあと、子れいむは巣穴の奥へと戻った。
この一家の巣は、木の根もとを掘り進めてこしらえたもので奥行きがあり、突き当りの空間は膨らんでいる。
その造りは、ごくありふれたものでしかない。
だが、家具一式には目を瞠るべきものがあった。
巣穴の一隅には、鳥の羽をかきあつめて組みあげたベッド。
広場の中央には、木と泥をこね合わせて積みあげたテーブル。
ベッドとは真向かいの位置には、窪みがあって、そこには木の葉が置かれていた。これは子供用のトイレにあたる。
食糧の備蓄も豊富だ。
それらは、両親の生活能力の高さと、その能力の源泉たる知性とを雄弁に語っていた。
子れいむは、巣の奥へと戻ると、まずはテーブルの上に飛び乗った。
眉をつりあげて、唇を切りむすぶ。
もみあげは、中空を突き刺すようにぴんと張った。
じつに誇らしげな、そして一部の人間にとっては否応なく嗜虐趣味をかきたてられる表情だ。
「れいみゅの! すーぱー! おるすばん たいむ! かいっまくっ! はずかちぃー!」
無論、宣言しなくても、お留守番タイムは開幕している。
ゆっくりの発言は、おおむね言わずもがなである。
さて、開幕宣言の直後、傲慢とさえ言えるれいむの表情がみるみる曇っていった。
返答が無いためだ。
優しく何がしかの相槌を打ってくれる母まりさの声も、同調と賛同を繰りかえしてくれる父まりさの言葉もない。
れいむの饅頭皮に、寂しさが沁みこんでくる。
「ゆ……」
れいむのもみあげが、しおれてゆく。
留守番という行為が、これほど心悩ますものだったとは、子れいむの想像の及ぶところではなかった。
「ゆゆ!」
しかし、すぐさまもみあげが角度を取りもどした。
全身に気合いを封じたまま、テーブルから飛び降りた。
「れいみゅ、まけにゃいよ!」
直方体のテーブルの足もとで、れいむは意気がる。
実のところ、この日を愉しみにしていた。
なぜならば、わずかな時間とはいえ、この巣穴が自分のものになるからだ。
たしかに保護者はいない。
しかし、保護者とは、とりもなおさず監視者をも意味する。
保護者がいない!
遊びたい放題!
留守番任務を伝えられたときから、れいむの妄想力は翼を得ていた。
母れいむが戻ってくる間の自由は、針を刺しこむ余裕もないほど、目いっぱいに活用してやるつもりだったのだ。
さびしがっている場合ではない。
れいむは、声を張った。
「れいみゅは、どくさいしゃ にゃんだよ! だれも れいみゅを とめられにゃいよ!」
きゅっと目を閉じて、体をかたむけ、もみあげで地面を叩きまくった。
「いいの? いいの? れいみゅの、ぷれいを、とめなくて、いいの?」
眉が、ハの字になっている。
同時に口もとには毒々しい笑みが浮かんでいた。
「ふっふー。とめても むだだよ! ばーか! せいぜい くやしんでね!」
虚空にれいむの声が反響する。
一部は、土壁に沁み入ってゆく。
反響と浸透を繰りかえしながら、れいむの発声は霧散していった。
「ゆ……」
れいむは怯んだ。
目元に涙が溜まってゆく。
一つ、れいむは鼻をすすった。
そして、またも声を張り上げる。
「……まけにゃいよ! さびしくなんか、にゃいよ! れいみゅ、にゃかにゃい! ぷくー!」
頬を大きく膨らませて、れいむは寂然とした雰囲気を威嚇した。
しばし、ぷくーは続いていたが、次第にもみあげが垂れてゆく。
涙が重い。
気を紛らわすため、れいむは体を動かすことにした。
「ぅぅ……あ、あそぶよ! れいみゅは あそぶんだったよ!」
清涼な空気を精一杯吸って、淀んだ心を入れ替える。
れいむは、半ば強迫観念によって、遊びの開戦を通告した。
「れいみゅの! すーぱー! やくっがみっ! たいむ!」
すーぱー厄神たいむ。
それは、れいむが考案し、しかしながら実践したことがない、新しい遊びだった。
宣言するや、おもむろに、あんよの中心を軸として回転を始めた。
れいむはコマになった。
「くりゅくりゅ~」
やや遠心力がついて、もみあげが宙に浮いてきた。
その物理現象は、子れいむを感動させるのに充分な威力をもっていた。
「ゆゆ! もみあげさん、おどっているよ!」
嬉しくなって、あんよに力を加えた。
回転速度が増した。
「くりゅくりゅ~。ゆゆ! たのしいよ!」
れいむは驚いていた。
愉しい。
思いのほか、想像以上に、愉しい。
体内の餡子がほどよく揺さぶられ、えもいわれぬ快感が体内餡子を染めてゆく。
あるいは、浮遊感に近い。
「くりゅくりゅ~。ゆゆ! まわってるよ! れいみゅのおうちが まわってるよ!」
回転は、れいむに恐るべき視覚的効果をもたらしていた。
世界が回っているのだ。
見慣れたはずの巣穴が、とめどもなく変化を繰りかえしてとどまるところを知らない。
突如として発生した非日常が、れいむを魅了してやまない。
「くりゅくりゅ~、っと」
少し疲れて、れいむは止まった。
だが、勢いがつきすぎていたため、急停止は転倒をもたらした。
こてんと転び、
「ゆぎゃ!」
地面と顔面が接吻した。
それだけでも、子れいむにとっては号泣ものの痛みだ。
ところが、本当の衝撃は、その直後にやってきた。
れいむの体内で発生していた慣性が、餡子を攪拌しはじめたのだ。
「……ゆ、ゆげぇッ!」
さらに、遠心力で外側に寄っていた餡子が、中央へと逆流し、ぶつかりあい、渦を撒いた。
いまだかつて味わったことがない不快感を受けて、その目は円のようになり、れいむは総髪をワサっとさせた。
壮絶な嘔吐感が、れいむの全身をつつみこむ。
「……ゅ……ゅぶっ……んぐ」
こらえた。餡子を吐き出してはならない。それは命にかかわる。
本能の警告により、なんとか、喉までこみあげてきた体内餡子を呑み下すことに成功した。
困難は次から次にやってくる。
今度は、しばし呼吸を止めていたがために、軽い酸素欠乏を起こしていた。
「……ぷっ、はっ、はぁ!」
れいむは無我夢中で酸素を取り込んだ。口から涎がしたたりおちる。
全身の餡子で呼吸をし、れいむは艱難を乗りこえた。
しかし、脳をゆさぶる気持ち悪さは、しつこく体内に残っていた。
れいむは横になったまま起きあがろうともせず、巣穴の天井を見つめたまま、突如として降りかかってきた理不尽に哀哭した。
「ぎもぢ……わるぃぃ……。なんで……なんじぇ……ごんなごどにぃ……」
れいむの嗚咽が、巣穴を満たしてゆく。
ぷしゅっ。
ぷしゅっ。
と、しーしーが何度か漏れた。
「れいみゅ……。れいみゅ……くりゅくりゅ してただけにゃのに……!
おきゃーしゃん……。
おとーしゃん……。
ぺーろぺーろしちぇよぉ……」
もちろん、慰めてくれる両親の愛情は、ここにはない。
「なんじぇ……おきゃーしゃんも……おとーしゃんも……いにゃいの……?
れいみゅ……くりゅしんでるのに……」
気分の悪さが抜けきるまで、れいむは幾度となく、
自分を一人ぼっちにした父まりさの非情と母れいむの冷酷を呪いつづけた。
「ゆ……ゅぅ……」
罵倒の語彙が尽きたころ、ふらつきながらも、なんとかれいむは起きあがった。
恨みをこめて、宣言した。
「……やくっがみさんは、ゆっくりできないよ!
やくっがみさん! ゆっくり はんせいしてね!
やくっがみさんは まむまむを やかれて しんでね! ぺにぺにでもいいよ!」
泣き腫らした眼には、怨恨が宿っている。
「ふんっ! こたえ なし?
れいみゅに びびっちぇるの?
あやまっても おそいよ!
やくっがみっなんて にどと やらないよ!
くやちい?
くやちい?
ねえ、くやちい?
ねえ、どんな きもち?
れいみゅに にどと やらないって いわれて どんなきもち?」
どうやら、体調が戻ってきたらしい。もみあげが活動を開始している。
虚空に向かって吼え散らかすれいむは、言葉を紡ぐたびに意気軒昂となってゆく。
いつしか、気持ち悪さなど、もののみごとに忘却した。
「ゆゆ! こんなこと してる ばあいじゃ ないよ! れいみゅは じぇんじぇん あそびたりないよ!」
れいむの目は、巣穴の一隅へと向いた。
そこに転がっているのは、丸みを帯びた小石である。
「ふふんっ! すーぱーころころたいむだよ! いしさん、まっててね! れいみゅが あそんであげるよ!」
と言いながら、れいむはその石ころへと跳ねてゆく。
その石は、父まりさが、れいむの玩具にと外で拾ってきたものだった。
れいむは小石を蹴りながら、部屋の隅からテーブルの麓に戻った。
石を足もとに置き、土を積みあげたような、テーブルと対峙した。
「れいみゅの! すーぱー! こーろこーろたいむ! うりゃ!」
小石をテーブルに向けて蹴った。
すると、テーブルの壁にあたり、石が跳ね返ってくる。
それをまた、蹴り返す。
「ゆんっ、ゆんっ、ゆんっ」
例を挙げるのならば、テニスの壁打ちか、一人キャッチボールといえる。
うまくゆけば、小石はすこぶるリズミカルにテーブルの側面とゆっくりの間を往復する。
「ゆんっ……ゆんっ!」
ひときわ強く、小石を蹴った。
小石が宙に浮いてテーブルに激突し、そのまま放物線を描いて跳ね返ってきた。
れいむは、あんよを高々と持ち上げて、
「ゆんっ!」
その石を、ダイレクトに蹴った。
それ以上は、続かなかった。しかし、自分がやったとは生半には信じえないほどの、あまりにもダイナミックな軌跡に、れいむは身震いするほど感激した。
こんなときにゆっくりが取る行動は決まっている。
「もういちど、やるよ! れいむの まほーが さくれつ するよ!」
一度食べたあまあまは、もう一度もらえると信じこむ。
一度成功した事例は、百回連続で成功すると疑わない。
それがゆっくりである。
れいむは、石と距離をとった。
助走をつけるつもりなのだ。
「いっくよ~」
走り出す。蹴る瞬間、目を閉じた。
「ゆんっ!」
タイミングを合せて、持てるかぎりの力を籠めて、小石に蹴りをかました。
さきほどと同じように、小石が跳躍した。
ただ、さきほどとは違って、その石は、れいむが予想だにしなかった威力と速さが与えられていた。
小石は壁に激突する。
跳ね返ってくる。
ゆっくりの反応を完全に凌駕している速度で、れいむの顔面に戻ってきた。
「ゆべっ!」
れいむは回避できなかった。
後先考えずに全力を尽くせば、その後の回避行動に遅れが出るのは、しごく当然の話だ。
かくして、小石はれいむの額に打撃を見舞い、宙へと浮かんで落ちて転がった。
れいむは、大地震のような痛みに、豚のような悲鳴をあげた。
「ゆぎィやァぁぁぁッッ! れいみゅのォぉぉォッ! すべすべがァァァッ!
ずべずべがぁぁぁっっ!
ずぅゥゥゥべぇェェェェずぅゥゥゥゥべぇェェェェぐわぁぁぁぁぁぁ!」
舌を突き出し、目も突き出し、のたうちまり、転げまわり、その様相は狂ったのではないかと思えるほどだった。
「おぎぃやぁぁぁじゃぁぁぁぁぁんッッッ!」
眼球をひりだしながら叫んでいるから、まるで殺しにかかっているかのような情景である。
無論、彼女は救いの手を求めているのだ。
ところが、差し伸べられるはずの救済は、待てども一向に訪れない。
「れいみゅ、おがざれちゃったぁぁぁァァァ!!
いししゃんにぃぃぃぃぃっ! れいっぷぅぅぅぅぅぅぅ! ざれじゃっだぁぁぁぁぁぁ!
はずかちぃー!」
しばらく吼え散らかしていたが、転げまわっているうちに痛みが退いてきた。
その痛みから座席を奪うように、怒りが沸騰してきた。
ゆるゆると起きあがると、小石を探した。
二歩、三歩……六歩ほど跳ね歩いて、れいむは仇敵に接近した。
「いししゃん! いたかったよ! はんせいしてね!
なんで れいみゅを いじめちゃの?
そんなに れいみゅが かわいいの?
そんなに れいみゅに しっと したの?
なまいきだよ!」
小石は水を打ったように静まり返っている。その静けさを、れいむは挑戦と受け取った。
「ゆりゅせないよ!」
いまや、怒りこそがれいむの活動力の源泉だ。
石をテーブルの脇へと寄せた。
そして、テーブルの上に飛び上がった。
れいむは振り返ると、テーブルの足もとに転がっている小石を傲然と見下げた。
「ふんっ! あやまるにゃら、いまだよ!
れいみゅの すーぱーぷれすをうけちゃら ただでは すまないよ!
すーぱープレスとは、れいむの考案した攻撃技である。
テーブルの上から攻撃対象へと落下して、自重でもって相手を押しつぶすというもので、
れいむはこの技に絶対的自信を持っていた。
「あやまりゃないの? あやまりゃないよ?
ふふんっ!
みあげた どきょうだよ!
でも むぼうだね!
すーぱーむぼうだね!
そんなむぼうな いししゃんに れいみゅの おうたを きかせて あげるよ!
何の脈絡もなく、歌謡が始った。
「れっいっみゅぅッ!
れっいっみゅぅッ!
れっいっみゅぅッ!
か~わいくって~ れっいっみゅぅッ!
ごめんねごめんね れっいっみゅぅッ!
とってもゆかいな れっいっみゅぅッ!
みんなのひ~ろ~ れっいっみゅぅッ!
みんなのあこがれ れっいっみゅぅッ!
みんなにやさしい れっいっみゅぅッ!」
実に愉しそうに、れいむは舞踏を繰り広げる。
しばらく妙な節回しが展開されていた。
その後、謳いつかれたところで、ようやく報復の実行を思い出した。
「おうたで ごまかそうなんて ひきょうだよ!
ますます ゆるせにゃいよ!
れいむの! すーぱー! りべっんじっ! たいむ!」
きらりっ。
と、れいむは虚空に向けてウィンクした。
「いっくよー! れいむの! すーぱー! ぷれす!」
宣言通り、テーブルの上から跳躍した。
そしてお決まりの一言、お決まりの動作。
もみあげを振り回しながら、
「おしょらとんでりゅ~」
自由落下が始った。
ぽよんっ。
と、れいむは着地した。
小石の上へと。
「ゆんっ!」
見事な着地が決まった。
れいむは、口もとに誇らしげな笑みを浮かべた。
視線はまっすぐに前方を見据え、いまにも勝鬨を上げそうな誇り高さがそこにある。
が、次の瞬間にれいむの口からほとばしった声は、とても鬨の声とは言えなかった。
「むぎぃぃぃぃやぁぁぁぁ!
いぢゃぃぃぃッ!
あにゃるぎゃぁぁぁッッ!」
これもまた、一種の奇跡といえるかもしれない。
墜落の時、あにゃるの真下に石があったのだ。
そして落下の衝撃により、石はあにゃるの中にめり込んでしまったのだった。
壮絶な痛みと異物感に、れいむは悶絶するしかない。
「ぶぎょぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!
ぬぐぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」
ただ、不幸中の幸いと言うべきか、あまりにも見事に入ってしまったため、
皮膚そのものには、傷は少なかった。
そのため、時間が経つにつれて痛みは我慢できる水準へと落ち着いていった。
が、事態の解決にはなっていない。
石はいぜんとしてれいむの体内にある。
呼吸を整えると、れいむは石に命じた。
「いししゃん! でていってね!
れいみゅの あにゃるが きもちいいのは わかるよ!
でも そこには うんうんが いるよ!
れいみゅの うんうんが きもちいいのは わかるよ!
でも このままだと れいみゅ うんうんが できないよ!
でていってね!
さっさと れいみゅの せいいきから でていってね!」
れいむは石の退出を待った。
しかし、反応はない。
「どォォォちでぇぇぇ!
れいみゅ めいれいしちぇるのにぃィィ!
おぎゃぁぁぁじゃぁぁぁん!
いししゃんが いじわりゅしゅりゅぅぅぅ!
たちゅけてぇぇぇ!
たちゅけてぇぇぇ!」
れいむは、下半身と呼ぶべき部分を、ぷりんぷりんさせはじめた。
その動きが余計に石を体内に呼びこんでしまう。
「いししゃんが はいっちぇくりゅぅぅぅ!
やじゃぁぁぁぁぁ!
おうぢ がえりゅぅぅぅ!
だずげでぇぇぇ!
おどぅぉぉぉぢゃぁぁん!
どごに いりゅのぉぉぉ!
なんで だずげでぐれないのぉぉぉっ!」
悲鳴が轟くが、答える者は誰もいない。
突然。
悲鳴が止まった。
その代わりに、れいむが悟りを開いたかのように刮目した。
「ゆゆ! なんだか うんうんしたくなってきたよ!」
それは体内に過剰侵入した石がもたらした効果でもあった。
「れいみゅ! うんうんするよ!」
石の気持ち悪さよりも、排泄による快楽期待の方が大きくなったらしい。
その顔は、期待に胸膨らんでいた。
口もとには、だらしのない笑みが浮かんでいる。
仰向けになった。
「れいむの! ぷりぷりたいむだよ! はずかちーッ!」
と、言いながらも嬉しそうだ。きゅっと目をつぶって、あんよに意識を向けた。
ところが、来たるべき解放感は何かに押し戻されてしまう。
「うんうんさん! でてきてね! かんげいするよ!」
一向に排泄が始らない。
「うんうんさん! えんりょは いらないよ!」
まだ始らない。
「うんうんさん! こわがらないで でてきてね!
れいむは忘却していた。
あにゃるに石が詰まっていることを。
この石はいまや、堤防の役目を果たしている。
「むぎぃぉぉぉぉぉぉぉぉ………」
踏ん張った。踏ん張ってみた。
「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
またもや眼球が浮き出してきた。
血相を浮かべて踏ん張る姿は、子を産み落とす母ゆっくりのそれなど、威力において足もとにも及ばない。
やがて石が顔を出してきた。もう少しだ。
「ふぐおぉぉぉぉぉぉぉ……」
鬼気迫る表情で、れいむは踏ん張りつづけていた。
そしてようやく、力は閾値に達した。
堤防は吹き飛ばされた。あにゃるから、石が発射された。
その直後、うんうんが地べたを這いずりまわりだす。
堤防が決壊すれば、洪水が発生するのは、自明の理だ。
あんよに極度の力を入れていたがために、れいむは、通常の数倍の量を排出するに到った。
また、力と不快感が同時に抜けたことで、れいむの全身にはかつてない解放感が駆けめぐった。
「しゅぅぅぅぅぅぅッッッ……きィるぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
死ぬ気かと思われるほどの、脱力しきった笑顔でもって、幸福を訴える。
しかし世のなかはよくできているもので、直後、れいむには不幸が訪れることになる。
ところで。
横になりながら踏ん張っているとき、れいむはあんよをテーブルへと向けていた。
自然、あにゃるから射出された石は、テーブルにぶつかった。
また、その石は体内に潜んでいたがために、うんうんにまみれていた。
さて、小石はテーブルの壁に激突すると、宙へとその軌道を転じた。
やがて、重力によって引き戻された。
小石の落下予想地点には、れいむの口があった。
「ゆべっ!」
うんうんまみれの小石は、れいむの口に入った。
悪臭が、解放感を殲滅して、浮かれていたれいむを地面へと引きずり倒した。
れいむは目を剥き、これを吐き出す。
「ぐ……ぐぢゃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
石は吐き出しても、口の中に臭気は残っていた。
唾とともにこれを吐き出そうとするが、なかなかうまくいかない。
そこで、れいむは舌で口内に付着していたうんうんを、舐め取りにかかった。
「ゆゆ?」
舌先がうんうんに触れた瞬間、れいむの目が驚喜に見開かれた。
「すごい! おくちのなかに あまあまがあるよ!」
うんうんとはいえ、その内実は餡子である。
舐めれば甘い。
れいむはまるで湧いて出たようなあまあまを堪能しはじめた。
「ごくん! ……げふぅ」
飲み干すと、悪臭も消えた。
胃にモノが落とされたことで、食欲が湧いてきた。
うんうんを出しすぎた、ということもある。
れいむの目が、巣穴の一角へと、すなわち食糧備蓄へと向かった。
それは、父まりさが残してくれたおやつだ。
いくら食べても、叱られない。
空腹の子れいむに、突撃をためらわせる理由などなかった。
「おにゃきゃ すいた~」
満載された食糧と対峙する。
れいむの口からは、滝のような涎が零れ落ちていった。
眼光は欲望に爛々と輝いている。
「れいむの! すーぱー! むーちゃむーちゃ たいむ!」
とは、言わなかった。
それほどに飢えていた。
れいむは、食糧の山へと、飛び込み、潜入した。
子れいむを生き埋めにしてしまうほどの備蓄が、そこにはあったのだ。
れいむは食糧の海へと潜りこむと、手当たり次第、口の中に入ってくるままに、食べものを胃の腑へと流しいれた。
唾の混じり合う、腐った音が食物のなかで鳴動している。
やがて、食糧プールの中から声がした。
「たべちゅぎちゃったよ!」
一呼吸置いて、また声がした。
「しゅっきりー!」
さらに一呼吸置き、今度はれいむが食べものの山から飛び出してきた。
髪の毛に草が刺さっていて、瞳は涙に濡れていた。
そして口もとは、黒く汚れていた。
食ってしまったのだ。
「きちゃにゃぃぃぃぃぃぃ! くちゃぃぃぃぃぃッッ!」
転げまわるれいむ。
起きあがり、食糧の山と向かいあったときには、既にその顔は怒気を孕んでいた。
「ひどいよ!
たべものの なかに うんうんがあった!
だれ?
こんなことしたの、だれにゃの?
おこらないから でてきてね!」
と、言った瞬間、れいむの脳裏に父親の言葉が去来した。
『おちびちゃん! ごはんさんは すきなだけ たべていいんだぜ!』
れいむの頭脳が、またたく間に論理を組み上げてゆく。
事実として、父まりさは好きなだけご飯を食べていいと許可してくれた。
そして、そのご飯の中に、うんうんが混ざっていた。
もはや疑うべくはない。
真実は一つだけだ。
「おとーしゃんも ひどい!
れいむに うんうんを たべさせるなんて!
ぷんぷん!」
あのうんうんは、父の罠。悪意の産物と決定した。
また、そのような罠を仕込んだ父まりさに対する評価も、必然的に下された。
「おとーしゃんは げす だったんだね!」
獲得した結論によろこぶれいむ。
「おとーしゃんは げす~。
そうだ!
おとーしゃんが かえってきたら おしえてあげにゃくっちゃ~」
その行動原理は、自分の造り出したもの、例えば絵や歌を、率先して親に聞かせたがるという心理と、まったく根底を同じくしていた。
さて、れいむの表情と動作はめまぐるしい。
今度は眠たげな表情を浮かべた。
いや、実際に眠くなってきていた。
食べすぎたためだ。
「れいみゅは おねむだよ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、ベッドに行った。
こてん。
と、その上に寝転がる。
「ふさふさ~! むふ~ べっどさんは れいみゅの もの~」
心地よさそうな声が響き渡った。
れいむは仰向けになった。
「すーやすーやするよ! すーやすーや しちゃうよ! いいの? とめなくって いいの?
ざんねーん! とめても むだでしちゃー!」
一呼吸待たずうちに、れいむは睡魔に降伏した。
その口もとは、相変わらず汚れている。
それでも、その悪臭は、なんられいむの睡眠を阻害しなかった。
「すぅ……すぅ……」
安らかな寝息が立てられている。
「ゆぅ……」
寝入ってから数呼吸ほどしたときだった。
水の流れる音がする。
実に堂々と、おねしょをしていた。
「しゅ……きり……」
寝ながらでも、この台詞は忘れない。
さて、昼の睡眠が長く続かないのはゆっくりも同じだった。
しばらくすると、れいむは覚醒した。
勢いよく飛び起きた。
そして一声。
「ゆっくりしていってね!」
返事がない。
いつもは返してくれるはずの両親の姿がどこにもない。
「おとーしゃん! おきゃーしゃん! かくれんぼ しないでね! いじわるしにゃいで でてきてね!」
呼びかけても同じだった。返されるのはいつもの挨拶ではなく、岩の送り返す無言だった。
れいむは、むくれた。
ゆっくりしていってねと言って、ゆっくりしていってねと返さないなんて、どれだけ傲慢なゆっくりなんだろう。
仕方がないから、自分で返答した。
「ゆっくりしていってね! ……ゆ?」
すぐに、れいむは異変に気づいた。
羽ベッドが、れいむの寝小便によってじっとりと濡れている。
「くちゃぃぃぃぃぃぃぃ!」
泡を食って、逃げだすれいむ。
テーブルの元へとやってきた。
ところが、そこには石を除くさいにひりだした、れいむのうんうんが鎮座している。
「なんでうんうんがありゅのぉぉぉぉぉぉぉ!?
ゆっぐりでぎなぃぃぃぃぃぃ!」
後門のしーしー。
前門のうんうん。
れいむは、テーブルの上に避難した。
幸いにして、汚臭は重みがあってテーブルの上にまでは来られず、れいむは一息つくことができた。
「ゆ?」
れいむはまたしても変事に感づく。
またしても、悪臭が襲来してきたのだ。
但し、今度は口の中から。
れいむの口もとは、うんうんでべっとりと汚れている。
それは、れいむが食糧プールのなかで排泄したときに、食糧もろとも食してしまったそれの、残り滓だった。
なぜ今まで気付かなかったのかと言えば、父まりさへの怒りや、睡眠への欲求が、
不快感に優先していたからにほかならなかった。
「ぐぢゃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
暴れ出すれいむだったが、すぐに反応が変わった。
ハの字をとっていた眉は、逆ハの字に変化する。
目には光がもどり、口もとには幸福の色が宿った。
「ゆゆ!? あまあまが ありゅよ!
れいみゅの くちに わいてきちゃよ!
ぺーりょ……ぺーりょ……」
それは、うんうんまみれの石を口に含んでしまったときの反応と同じだった。
すなわち、臭みによる泣き喚きと、甘みによる幸福のせめぎ合いである。
幸福の時間帯が過ぎると、すぐさま悪臭がれいむを襲う。
「きちゃにゃぃぃぃぃぃぃぃ!
うんうんさんが いじめりゅぅぅぅっっ!
れいみゅの あにゃるは そこじゃないのにぃぃぃっっ!
「ゆ? ゆゆ!? おくちの なかに あまあまさんが ありゅよ!
れいみゅのたーん!
ぺーりょ……ぺーりょ……」
「くちゃぃぃぃぃぃっっっ!
ぎぢゃにゃいぃぃぃぃッッ!」
「ゆゆん!? れいみゅの おくちに あまあまさん!
れいみゅたいむ! すたーと!
はずかちぃーッ!
ぺーりょ……ぺーりょ……」
人格が二つに分たれてしまったような、幸福と不幸の交代劇は、うんうんを舐めつくすまで終わらなかった。
あまあまを舐めていたら、歴史は繰り返す、空腹が襲ってきた。
「ゆゆん! おにゃきゃが すいちゃよ! これはもう むーしゃむーしゃするしか にゃいよ! はずかちぃー!」
食糧の山へと向かい、突撃し、ダイブした。
が、ほとんど即座に、金切り声を上げながら備蓄のなかから飛び出してきた。
「ここにもうんうんがありゅぅぅぅっっっ!
おうち きゃえりゅぅぅぅッッ!
れいみゅの おうち どこぉぉぉぉぉっっ!」
再び、テーブルの上に避難する。
あちらにも、こちらにも、不快物質が山盛りになっている。
いまやこの巣穴は、ゆっくりプレイスではない。
地獄だ。
その証拠に、ほら、あちらにもこちらにも、黒くて嫌なにおいのする、地獄の業火が凍りついている。
「ひどいよぉ……なんでぇ……れいみゅ……きゃわいいのに……。
なんでぇ!?
なんで きゃわいいのに いじわりゅされるの!?
なんで こんにゃに おうち よごれちぇるのぉぉぉぉっっ! ……ゆぅ?」
れいむの慟哭を止めたのは、脳裏に飛来した、母れいむの言葉だった。
母れいむは、確かに、こう言った。
『ゆっくりできない ゆっくりのところには れみりゃが きちゃうからね!』
「ひぐうっ……!!」
その言葉は脅しでしかなかった。
しかも、「良い子にしていないとゆっくりできない、ゆっくりできないとれみりゃが来る」という間接的論法だ。
重要なのは、良い子にせよという命題であり、ゆっくりできるかどうかは、さして問題ではなかった。
しかし。
混乱の極みにあるれいむは、次のように取った。
いま、自分はゆっくりしているか?
答えは否だ。
断じて、否。
ならば、何が起こる?
ゆっくりできないゆっくりのところには、何が来る?
その答えは、親切なる母れいむは、何と言うことだろう、事前に教えていてくれた。
その答えに到着した時、れいむは破裂しそうなほど泣き喚きだした。
「やじゃぁぁぁぁぁっ!
れみりゃ きょわぃぃぃぃぃぃぃぃ!
れみりゃが くりゅぅぅぅぅッッ!
おうち きゃえりゅぅぅぅぅッッ!」
れいむは走り出した。
逃げなきゃ。
れみりゃから、逃げなきゃ!
こんなところにいたら、れみりゃがやってくる!
あの悪魔が!
命を刈り取りに襲ってくる!
ところが。
巣穴の出口に到着したとき、れいむは絶望した。
塞がれている!
それは、母れいむが作ってくれた「けっかい」だった。
「にゃんで! けっかいさんがありゅのぉぉぉぉぉッッ!」
誰が、こんなものを造りやがったか!
答えは?
母れいむだ!
あのげす! 地獄に堕ちろ!
れいむは怒りの日の玉となって、逃亡経路を塞ぐ決壊に突撃した。
「ゆん!」
結界だと言い張っても、それは木の枝を組み合わせたものに過ぎない。
子ゆっくりでも、体当たりすれば脆いものだ。
外に出た。
陽光が、れいむを照らしつけた。
「ゆぅ……」
薄暗い洞穴のなかで暮らしていたゆっくりに、太陽の光は強すぎた。
太陽に背を向けて、うつむいた。
その行為はとりもなおさず、巣穴の方を向き、なおかつその足もとに転がっている「けっかい」の残骸を見やる行為だった。
れいむの餡子脳に、またひとつ母の言葉が去来した。
『おかーさんが、けっかいをはっておくからね! これさえあれば れみりゃなんか へでもないよ!』
れいむは恐怖のあまり気絶しそうになった。
「にゃんでぇぇ! けっかいさんが にゃいぃぃぃぃッッ!
おきゃーしゃんが てをぬいたぁぁぁぁッッ!」
れみりゃの侵入を防いでくれるはずの、唯一の防御施設は、いまや物言わぬ残骸と化してしまっている。
巣穴は、がらあきだ。
「れみりゃが……れみりゃが くるぅぅぅぅッッ!
ぴぎゃぁぁぁぁぁッッ!」
れいむは、巣穴に背を向けて、暗やみの垂れ込める大口から脱兎のごとく逃亡した。
その後、れいむの姿を見たゆっくりは、いない。
(おわり)
投稿作品:
anko1568 突然変異種まりさ
anko1567 お口を開けると
anko1565 れいむの義務
萌える緑とおだやかな大気は、
土にも木にも、そしてゆっくりにも、すばらしい舞台をあつらえてくれる。
成長のための舞台である。
増えつづける食糧、程よい気温は、成長のためのこのうえない支えである。
「おちびちゃん、ゆっくり おるすばんしていてね!」
野山の一角にて、ゆっくりれいむの声が響いた。
黒い森の植わっている、緑豊かな山の中腹に、その一家の安住の地がある。
否、一家ばかりではない。
その一帯には、大勢のゆっくりが蟠踞していた。
さしずめ「ゆっくりベルト」と言ったところか。
「いいこに しているんだぜ!」
れいむに続き、まりさの包容力のある声も聞こえてくる。
二匹の成体ゆっくりが声をかけたのは、ゆっくりれいむだ。
その体長は、赤ゆと子ゆっくりの端境期に位置していることを観察者に察せさせる。
彼女は、春が乗り移ったような輝かしい笑顔をうかべ、
もみあげをせわしなく上下運動させていた。
「れいみゅ、いいこに しているよ!」
その発音には、まだ舌足らずなところがある。
赤子ゆっくりに特有の、独特の吃音が残っている。
しかし、しっかりとした受け答え自体は、被保護者でしかない赤ゆのそれではなかった。
その姿を見、二匹の成体ゆっくりは、安堵の吐息を漏らすのだった。
この三体は、家族だ。
一匹しか子供がいないのは、ゆっくりの家族としては珍しい。
別に、親の生殖能力が毀損されているわけではない。
単なる偶然である。
さて、三匹は現在、巣穴の入り口のところにたむろしている。
春が、降りている。
この安心すべき季節に、子れいむの両親は、ひとつの計画を実行に移そうとしていた。
留守番、である。
なぜ、そのようなことをするのか。
理由は訓練にあった。
子れいむも、いつかはひとり立ちする。
いや、しなければならない。
来たるべき独立記念日に向けての、訓練の手付け。
それが、留守番だった。
いままで、この子れいむは、両親の庇護のもとにその生存を維持してきた。
寝る時も、食べる時も、排泄の時でさえ、すくなくとも一方の親が、かたわらで見守ってきた。
しかし、それでは生きる術が身につくはずがない。
そこで両親は、つぎの冬までに、子れいむに生存技術を叩きこむ算段を立てた。
ひとり立ちするにはさまざまな技能が要る。
狩猟。
採集。
交渉。
危険物知識。
世にはびこる動植物への造詣。
教えることは多すぎて、独立への道のりには茨が生えている。
また、これらの知識や技術は、一朝一夕で身につくものでもない。
すこしずつ、すこしずつ、ひさしを外して、生の外気に馴れさせなくてはなれない。
そして、その第一歩、すべての前提として、
「独り」
という概念を、知らねばならない。両親の庇護が薄れた状態というものを、その身で知ってもらうのだ。
そのために、
「留守番」
という手法を採用することになった。
とはいえ、初日から丸一日放置しておくほど、両親は非情でもなければ無謀でもなかった。
出発した後、一定の時間を置いて、父まりさは狩りを続行するが、母まりさは戻ってくる。
そんな予定であったし、それは子れいむにも告げてあった。
留守番時間は、一時間程度といったところか。
無論、適当という言葉をほぼ見事に体現しているゆっくりには、そのような絶対的時間の概念などもたない。
あくまでも、体感時間だ。
ともかくも、さして長い時間ではない。
しかし、何事も初めは重要である。
両親は、おちびちゃんが独りでもゆっくりできるように、万全の準備を整えていた。
たとえば、父まりさがこんなことを言う。
「おちびちゃん! ごはんさんは すきなだけ たべていいんだぜ!」
この一家には備蓄がある。
ゆっくりには珍しく夫婦ともども勤勉で、春だというのに備えがあった。
たいていのゆっくりは、手元の食糧を見境なく喰らい尽くしてしまうものだ。
ところが、この家族には備蓄があった。
貴重な春の備えである。
その備えを、父まりさはおやつとして食べてよいと言っている。
「ゆ~、ゆ~」
子れいむは可愛らしく、すくなくとも父まりさには可愛らしく見えるように、ぴょこぴょこともみあげを運動させた。
好きなだけ、食べていい。
その許可は、食欲旺盛なゆっくりにとって、ゆっくりするための強力な後ろ盾となるにちがいない。
「おなかすいたら たべていいんだぜ!」
ゆっくりは、飢餓に弱い。
正確に言えば、精神的に弱い。
肉体的には、一日ぐらい食事を抜いたぐらいで死にはしないし、その運動量にもほとんど影響を及ぼさない。
ただし、一回でも食事を抜くと、たちまち飢餓を訴えて飯を食わせろと所構わず当たり散らす。
そんなところがあるから、留守番で安泰できるように、父まりさは備蓄解放を決めていた。
これで、れいむが飢えに悩むことはない。
春だからこそできる芸当ともいえる。
それに、ゆっくりとはいえ子供だ。消費量など、たかが知れている。
「おちびちゃん!」
次に、母れいむの訓戒が始った。
一方の母れいむは、やはり心の片隅では不安が拭いされないのか、しばし子れいむのつぶらな瞳を見下げていた。
「ゆ?」
一方の子れいむは、不安なんて知らないとでも言いたげな、輝かしい笑顔で、母を見返している。
子れいむの知能では、母の心配など想像もつかないのだろう。
不幸などという言葉は狂人の造りあげた虚妄の概念に過ぎない。
なんて発言が、出てきそうだ。
母れいむの心配はここにあった。
少々過保護だったかなと、いまさらながらに後悔している。
親とは、因果な生きものだ。
つと子供の成長に関するかぎり、欲望が止まらない。
「よく きくんだよ! いいこに していれば おちびちゃんは、ゆっくりできるよ!」
「ゆゆ~♪」
子れいむがもみあげを振り回す。
犬に例えれば、尻尾を振る動作にちかい。
ゆっくりの価値基準は一つだけといってよい。
ゆっくりできるか、ゆっくりできないか、だ。
もっとも、「ゆっくりできる」という状態がいかなる状態を指すのかは、不明瞭極まりない。
が、敢えて言うなら、「幸福」に近いだろう。
その意味においてはゆっくりは、価値の基準において、人間とも似通っている。
が、ゆっくりは我慢というものを知らない。
また、自己犠牲精神など、狂気の沙汰としか見られない。
ゆえに、その幸福はひどく崩れやすく、即物的でもあった。
他者がゆっくりできているから、自分は貧困でもゆっくりできる、などという現象は、ゆっくりの間ではまったくもって見られない。
ともあれ、子れいむにとっては、母親からゆっくりできるとの保証を与えられたことが純粋に嬉しいらしかった。
「でもね!」
と、母れいむは言葉を重ねた。
語気が強まって、子れいむはびくりと体を震わせた。
「いいこに していないと おちびちゃんは ゆっくりできないよ!
ゆっくりできない ゆっくりのところには れみりゃが きちゃうからね!」
子れいむの幸福が一瞬にして恐怖に上書きされた。
れみりゃ。
この単語ほど、ゆっくりたちを戦慄せしめる言葉は無かった。
れみりゃ。
それは、ゆっくりたちの天敵だ。
飛行能力、機動力、視力、嗅覚、そして何よりも鉄のごとき牙。
とてもではないが、ゆっくりれいむや、ゆっくりまりさでは太刀打ちできない。
れみりゃに真っ向勝負して打ち克つには、湯水のごとく奇跡を消費してもまだ足りない。
脅し文句としてこれほど効果的な響きはない。
「だいじょうぶだよ! いいこに していればいいんだよ!」
一転して、母れいむが助け舟を出す。
しかし子れいむの顔は晴れなかった。
「いいこに していれば れみりゃなんか こないからね! それに、ほら!」
母れいむが、巣穴の脇にかかげられている、木の枝を見やった。
「おかーさんが、けっかいをはっておくからね! これさえあれば れみりゃなんか へでもないよ!」
子れいむは、具体的な防禦装置を呈示されて、ようやく笑顔を取りもどした。
しかし、もみあげの活動は戻らなかった。
言うべきことは、もはやなかった。
訓練開始だ。
「おちびちゃん! いってくるんだぜ!」
父れいむが、巣穴を出る。
「おちびちゃん、いってくるよ!」
母れいむは別れの挨拶を告げると、巣穴の外側から「けっかい」を張り直した。
いつもよりも、入念に。
「ゆっくり、いってらっちゃい!」
できるかぎり大きな声で、子れいむは父まりさと母れいむを見送った。
両親を見送ったあと、子れいむは巣穴の奥へと戻った。
この一家の巣は、木の根もとを掘り進めてこしらえたもので奥行きがあり、突き当りの空間は膨らんでいる。
その造りは、ごくありふれたものでしかない。
だが、家具一式には目を瞠るべきものがあった。
巣穴の一隅には、鳥の羽をかきあつめて組みあげたベッド。
広場の中央には、木と泥をこね合わせて積みあげたテーブル。
ベッドとは真向かいの位置には、窪みがあって、そこには木の葉が置かれていた。これは子供用のトイレにあたる。
食糧の備蓄も豊富だ。
それらは、両親の生活能力の高さと、その能力の源泉たる知性とを雄弁に語っていた。
子れいむは、巣の奥へと戻ると、まずはテーブルの上に飛び乗った。
眉をつりあげて、唇を切りむすぶ。
もみあげは、中空を突き刺すようにぴんと張った。
じつに誇らしげな、そして一部の人間にとっては否応なく嗜虐趣味をかきたてられる表情だ。
「れいみゅの! すーぱー! おるすばん たいむ! かいっまくっ! はずかちぃー!」
無論、宣言しなくても、お留守番タイムは開幕している。
ゆっくりの発言は、おおむね言わずもがなである。
さて、開幕宣言の直後、傲慢とさえ言えるれいむの表情がみるみる曇っていった。
返答が無いためだ。
優しく何がしかの相槌を打ってくれる母まりさの声も、同調と賛同を繰りかえしてくれる父まりさの言葉もない。
れいむの饅頭皮に、寂しさが沁みこんでくる。
「ゆ……」
れいむのもみあげが、しおれてゆく。
留守番という行為が、これほど心悩ますものだったとは、子れいむの想像の及ぶところではなかった。
「ゆゆ!」
しかし、すぐさまもみあげが角度を取りもどした。
全身に気合いを封じたまま、テーブルから飛び降りた。
「れいみゅ、まけにゃいよ!」
直方体のテーブルの足もとで、れいむは意気がる。
実のところ、この日を愉しみにしていた。
なぜならば、わずかな時間とはいえ、この巣穴が自分のものになるからだ。
たしかに保護者はいない。
しかし、保護者とは、とりもなおさず監視者をも意味する。
保護者がいない!
遊びたい放題!
留守番任務を伝えられたときから、れいむの妄想力は翼を得ていた。
母れいむが戻ってくる間の自由は、針を刺しこむ余裕もないほど、目いっぱいに活用してやるつもりだったのだ。
さびしがっている場合ではない。
れいむは、声を張った。
「れいみゅは、どくさいしゃ にゃんだよ! だれも れいみゅを とめられにゃいよ!」
きゅっと目を閉じて、体をかたむけ、もみあげで地面を叩きまくった。
「いいの? いいの? れいみゅの、ぷれいを、とめなくて、いいの?」
眉が、ハの字になっている。
同時に口もとには毒々しい笑みが浮かんでいた。
「ふっふー。とめても むだだよ! ばーか! せいぜい くやしんでね!」
虚空にれいむの声が反響する。
一部は、土壁に沁み入ってゆく。
反響と浸透を繰りかえしながら、れいむの発声は霧散していった。
「ゆ……」
れいむは怯んだ。
目元に涙が溜まってゆく。
一つ、れいむは鼻をすすった。
そして、またも声を張り上げる。
「……まけにゃいよ! さびしくなんか、にゃいよ! れいみゅ、にゃかにゃい! ぷくー!」
頬を大きく膨らませて、れいむは寂然とした雰囲気を威嚇した。
しばし、ぷくーは続いていたが、次第にもみあげが垂れてゆく。
涙が重い。
気を紛らわすため、れいむは体を動かすことにした。
「ぅぅ……あ、あそぶよ! れいみゅは あそぶんだったよ!」
清涼な空気を精一杯吸って、淀んだ心を入れ替える。
れいむは、半ば強迫観念によって、遊びの開戦を通告した。
「れいみゅの! すーぱー! やくっがみっ! たいむ!」
すーぱー厄神たいむ。
それは、れいむが考案し、しかしながら実践したことがない、新しい遊びだった。
宣言するや、おもむろに、あんよの中心を軸として回転を始めた。
れいむはコマになった。
「くりゅくりゅ~」
やや遠心力がついて、もみあげが宙に浮いてきた。
その物理現象は、子れいむを感動させるのに充分な威力をもっていた。
「ゆゆ! もみあげさん、おどっているよ!」
嬉しくなって、あんよに力を加えた。
回転速度が増した。
「くりゅくりゅ~。ゆゆ! たのしいよ!」
れいむは驚いていた。
愉しい。
思いのほか、想像以上に、愉しい。
体内の餡子がほどよく揺さぶられ、えもいわれぬ快感が体内餡子を染めてゆく。
あるいは、浮遊感に近い。
「くりゅくりゅ~。ゆゆ! まわってるよ! れいみゅのおうちが まわってるよ!」
回転は、れいむに恐るべき視覚的効果をもたらしていた。
世界が回っているのだ。
見慣れたはずの巣穴が、とめどもなく変化を繰りかえしてとどまるところを知らない。
突如として発生した非日常が、れいむを魅了してやまない。
「くりゅくりゅ~、っと」
少し疲れて、れいむは止まった。
だが、勢いがつきすぎていたため、急停止は転倒をもたらした。
こてんと転び、
「ゆぎゃ!」
地面と顔面が接吻した。
それだけでも、子れいむにとっては号泣ものの痛みだ。
ところが、本当の衝撃は、その直後にやってきた。
れいむの体内で発生していた慣性が、餡子を攪拌しはじめたのだ。
「……ゆ、ゆげぇッ!」
さらに、遠心力で外側に寄っていた餡子が、中央へと逆流し、ぶつかりあい、渦を撒いた。
いまだかつて味わったことがない不快感を受けて、その目は円のようになり、れいむは総髪をワサっとさせた。
壮絶な嘔吐感が、れいむの全身をつつみこむ。
「……ゅ……ゅぶっ……んぐ」
こらえた。餡子を吐き出してはならない。それは命にかかわる。
本能の警告により、なんとか、喉までこみあげてきた体内餡子を呑み下すことに成功した。
困難は次から次にやってくる。
今度は、しばし呼吸を止めていたがために、軽い酸素欠乏を起こしていた。
「……ぷっ、はっ、はぁ!」
れいむは無我夢中で酸素を取り込んだ。口から涎がしたたりおちる。
全身の餡子で呼吸をし、れいむは艱難を乗りこえた。
しかし、脳をゆさぶる気持ち悪さは、しつこく体内に残っていた。
れいむは横になったまま起きあがろうともせず、巣穴の天井を見つめたまま、突如として降りかかってきた理不尽に哀哭した。
「ぎもぢ……わるぃぃ……。なんで……なんじぇ……ごんなごどにぃ……」
れいむの嗚咽が、巣穴を満たしてゆく。
ぷしゅっ。
ぷしゅっ。
と、しーしーが何度か漏れた。
「れいみゅ……。れいみゅ……くりゅくりゅ してただけにゃのに……!
おきゃーしゃん……。
おとーしゃん……。
ぺーろぺーろしちぇよぉ……」
もちろん、慰めてくれる両親の愛情は、ここにはない。
「なんじぇ……おきゃーしゃんも……おとーしゃんも……いにゃいの……?
れいみゅ……くりゅしんでるのに……」
気分の悪さが抜けきるまで、れいむは幾度となく、
自分を一人ぼっちにした父まりさの非情と母れいむの冷酷を呪いつづけた。
「ゆ……ゅぅ……」
罵倒の語彙が尽きたころ、ふらつきながらも、なんとかれいむは起きあがった。
恨みをこめて、宣言した。
「……やくっがみさんは、ゆっくりできないよ!
やくっがみさん! ゆっくり はんせいしてね!
やくっがみさんは まむまむを やかれて しんでね! ぺにぺにでもいいよ!」
泣き腫らした眼には、怨恨が宿っている。
「ふんっ! こたえ なし?
れいみゅに びびっちぇるの?
あやまっても おそいよ!
やくっがみっなんて にどと やらないよ!
くやちい?
くやちい?
ねえ、くやちい?
ねえ、どんな きもち?
れいみゅに にどと やらないって いわれて どんなきもち?」
どうやら、体調が戻ってきたらしい。もみあげが活動を開始している。
虚空に向かって吼え散らかすれいむは、言葉を紡ぐたびに意気軒昂となってゆく。
いつしか、気持ち悪さなど、もののみごとに忘却した。
「ゆゆ! こんなこと してる ばあいじゃ ないよ! れいみゅは じぇんじぇん あそびたりないよ!」
れいむの目は、巣穴の一隅へと向いた。
そこに転がっているのは、丸みを帯びた小石である。
「ふふんっ! すーぱーころころたいむだよ! いしさん、まっててね! れいみゅが あそんであげるよ!」
と言いながら、れいむはその石ころへと跳ねてゆく。
その石は、父まりさが、れいむの玩具にと外で拾ってきたものだった。
れいむは小石を蹴りながら、部屋の隅からテーブルの麓に戻った。
石を足もとに置き、土を積みあげたような、テーブルと対峙した。
「れいみゅの! すーぱー! こーろこーろたいむ! うりゃ!」
小石をテーブルに向けて蹴った。
すると、テーブルの壁にあたり、石が跳ね返ってくる。
それをまた、蹴り返す。
「ゆんっ、ゆんっ、ゆんっ」
例を挙げるのならば、テニスの壁打ちか、一人キャッチボールといえる。
うまくゆけば、小石はすこぶるリズミカルにテーブルの側面とゆっくりの間を往復する。
「ゆんっ……ゆんっ!」
ひときわ強く、小石を蹴った。
小石が宙に浮いてテーブルに激突し、そのまま放物線を描いて跳ね返ってきた。
れいむは、あんよを高々と持ち上げて、
「ゆんっ!」
その石を、ダイレクトに蹴った。
それ以上は、続かなかった。しかし、自分がやったとは生半には信じえないほどの、あまりにもダイナミックな軌跡に、れいむは身震いするほど感激した。
こんなときにゆっくりが取る行動は決まっている。
「もういちど、やるよ! れいむの まほーが さくれつ するよ!」
一度食べたあまあまは、もう一度もらえると信じこむ。
一度成功した事例は、百回連続で成功すると疑わない。
それがゆっくりである。
れいむは、石と距離をとった。
助走をつけるつもりなのだ。
「いっくよ~」
走り出す。蹴る瞬間、目を閉じた。
「ゆんっ!」
タイミングを合せて、持てるかぎりの力を籠めて、小石に蹴りをかました。
さきほどと同じように、小石が跳躍した。
ただ、さきほどとは違って、その石は、れいむが予想だにしなかった威力と速さが与えられていた。
小石は壁に激突する。
跳ね返ってくる。
ゆっくりの反応を完全に凌駕している速度で、れいむの顔面に戻ってきた。
「ゆべっ!」
れいむは回避できなかった。
後先考えずに全力を尽くせば、その後の回避行動に遅れが出るのは、しごく当然の話だ。
かくして、小石はれいむの額に打撃を見舞い、宙へと浮かんで落ちて転がった。
れいむは、大地震のような痛みに、豚のような悲鳴をあげた。
「ゆぎィやァぁぁぁッッ! れいみゅのォぉぉォッ! すべすべがァァァッ!
ずべずべがぁぁぁっっ!
ずぅゥゥゥべぇェェェェずぅゥゥゥゥべぇェェェェぐわぁぁぁぁぁぁ!」
舌を突き出し、目も突き出し、のたうちまり、転げまわり、その様相は狂ったのではないかと思えるほどだった。
「おぎぃやぁぁぁじゃぁぁぁぁぁんッッッ!」
眼球をひりだしながら叫んでいるから、まるで殺しにかかっているかのような情景である。
無論、彼女は救いの手を求めているのだ。
ところが、差し伸べられるはずの救済は、待てども一向に訪れない。
「れいみゅ、おがざれちゃったぁぁぁァァァ!!
いししゃんにぃぃぃぃぃっ! れいっぷぅぅぅぅぅぅぅ! ざれじゃっだぁぁぁぁぁぁ!
はずかちぃー!」
しばらく吼え散らかしていたが、転げまわっているうちに痛みが退いてきた。
その痛みから座席を奪うように、怒りが沸騰してきた。
ゆるゆると起きあがると、小石を探した。
二歩、三歩……六歩ほど跳ね歩いて、れいむは仇敵に接近した。
「いししゃん! いたかったよ! はんせいしてね!
なんで れいみゅを いじめちゃの?
そんなに れいみゅが かわいいの?
そんなに れいみゅに しっと したの?
なまいきだよ!」
小石は水を打ったように静まり返っている。その静けさを、れいむは挑戦と受け取った。
「ゆりゅせないよ!」
いまや、怒りこそがれいむの活動力の源泉だ。
石をテーブルの脇へと寄せた。
そして、テーブルの上に飛び上がった。
れいむは振り返ると、テーブルの足もとに転がっている小石を傲然と見下げた。
「ふんっ! あやまるにゃら、いまだよ!
れいみゅの すーぱーぷれすをうけちゃら ただでは すまないよ!
すーぱープレスとは、れいむの考案した攻撃技である。
テーブルの上から攻撃対象へと落下して、自重でもって相手を押しつぶすというもので、
れいむはこの技に絶対的自信を持っていた。
「あやまりゃないの? あやまりゃないよ?
ふふんっ!
みあげた どきょうだよ!
でも むぼうだね!
すーぱーむぼうだね!
そんなむぼうな いししゃんに れいみゅの おうたを きかせて あげるよ!
何の脈絡もなく、歌謡が始った。
「れっいっみゅぅッ!
れっいっみゅぅッ!
れっいっみゅぅッ!
か~わいくって~ れっいっみゅぅッ!
ごめんねごめんね れっいっみゅぅッ!
とってもゆかいな れっいっみゅぅッ!
みんなのひ~ろ~ れっいっみゅぅッ!
みんなのあこがれ れっいっみゅぅッ!
みんなにやさしい れっいっみゅぅッ!」
実に愉しそうに、れいむは舞踏を繰り広げる。
しばらく妙な節回しが展開されていた。
その後、謳いつかれたところで、ようやく報復の実行を思い出した。
「おうたで ごまかそうなんて ひきょうだよ!
ますます ゆるせにゃいよ!
れいむの! すーぱー! りべっんじっ! たいむ!」
きらりっ。
と、れいむは虚空に向けてウィンクした。
「いっくよー! れいむの! すーぱー! ぷれす!」
宣言通り、テーブルの上から跳躍した。
そしてお決まりの一言、お決まりの動作。
もみあげを振り回しながら、
「おしょらとんでりゅ~」
自由落下が始った。
ぽよんっ。
と、れいむは着地した。
小石の上へと。
「ゆんっ!」
見事な着地が決まった。
れいむは、口もとに誇らしげな笑みを浮かべた。
視線はまっすぐに前方を見据え、いまにも勝鬨を上げそうな誇り高さがそこにある。
が、次の瞬間にれいむの口からほとばしった声は、とても鬨の声とは言えなかった。
「むぎぃぃぃぃやぁぁぁぁ!
いぢゃぃぃぃッ!
あにゃるぎゃぁぁぁッッ!」
これもまた、一種の奇跡といえるかもしれない。
墜落の時、あにゃるの真下に石があったのだ。
そして落下の衝撃により、石はあにゃるの中にめり込んでしまったのだった。
壮絶な痛みと異物感に、れいむは悶絶するしかない。
「ぶぎょぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!
ぬぐぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」
ただ、不幸中の幸いと言うべきか、あまりにも見事に入ってしまったため、
皮膚そのものには、傷は少なかった。
そのため、時間が経つにつれて痛みは我慢できる水準へと落ち着いていった。
が、事態の解決にはなっていない。
石はいぜんとしてれいむの体内にある。
呼吸を整えると、れいむは石に命じた。
「いししゃん! でていってね!
れいみゅの あにゃるが きもちいいのは わかるよ!
でも そこには うんうんが いるよ!
れいみゅの うんうんが きもちいいのは わかるよ!
でも このままだと れいみゅ うんうんが できないよ!
でていってね!
さっさと れいみゅの せいいきから でていってね!」
れいむは石の退出を待った。
しかし、反応はない。
「どォォォちでぇぇぇ!
れいみゅ めいれいしちぇるのにぃィィ!
おぎゃぁぁぁじゃぁぁぁん!
いししゃんが いじわりゅしゅりゅぅぅぅ!
たちゅけてぇぇぇ!
たちゅけてぇぇぇ!」
れいむは、下半身と呼ぶべき部分を、ぷりんぷりんさせはじめた。
その動きが余計に石を体内に呼びこんでしまう。
「いししゃんが はいっちぇくりゅぅぅぅ!
やじゃぁぁぁぁぁ!
おうぢ がえりゅぅぅぅ!
だずげでぇぇぇ!
おどぅぉぉぉぢゃぁぁん!
どごに いりゅのぉぉぉ!
なんで だずげでぐれないのぉぉぉっ!」
悲鳴が轟くが、答える者は誰もいない。
突然。
悲鳴が止まった。
その代わりに、れいむが悟りを開いたかのように刮目した。
「ゆゆ! なんだか うんうんしたくなってきたよ!」
それは体内に過剰侵入した石がもたらした効果でもあった。
「れいみゅ! うんうんするよ!」
石の気持ち悪さよりも、排泄による快楽期待の方が大きくなったらしい。
その顔は、期待に胸膨らんでいた。
口もとには、だらしのない笑みが浮かんでいる。
仰向けになった。
「れいむの! ぷりぷりたいむだよ! はずかちーッ!」
と、言いながらも嬉しそうだ。きゅっと目をつぶって、あんよに意識を向けた。
ところが、来たるべき解放感は何かに押し戻されてしまう。
「うんうんさん! でてきてね! かんげいするよ!」
一向に排泄が始らない。
「うんうんさん! えんりょは いらないよ!」
まだ始らない。
「うんうんさん! こわがらないで でてきてね!
れいむは忘却していた。
あにゃるに石が詰まっていることを。
この石はいまや、堤防の役目を果たしている。
「むぎぃぉぉぉぉぉぉぉぉ………」
踏ん張った。踏ん張ってみた。
「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
またもや眼球が浮き出してきた。
血相を浮かべて踏ん張る姿は、子を産み落とす母ゆっくりのそれなど、威力において足もとにも及ばない。
やがて石が顔を出してきた。もう少しだ。
「ふぐおぉぉぉぉぉぉぉ……」
鬼気迫る表情で、れいむは踏ん張りつづけていた。
そしてようやく、力は閾値に達した。
堤防は吹き飛ばされた。あにゃるから、石が発射された。
その直後、うんうんが地べたを這いずりまわりだす。
堤防が決壊すれば、洪水が発生するのは、自明の理だ。
あんよに極度の力を入れていたがために、れいむは、通常の数倍の量を排出するに到った。
また、力と不快感が同時に抜けたことで、れいむの全身にはかつてない解放感が駆けめぐった。
「しゅぅぅぅぅぅぅッッッ……きィるぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
死ぬ気かと思われるほどの、脱力しきった笑顔でもって、幸福を訴える。
しかし世のなかはよくできているもので、直後、れいむには不幸が訪れることになる。
ところで。
横になりながら踏ん張っているとき、れいむはあんよをテーブルへと向けていた。
自然、あにゃるから射出された石は、テーブルにぶつかった。
また、その石は体内に潜んでいたがために、うんうんにまみれていた。
さて、小石はテーブルの壁に激突すると、宙へとその軌道を転じた。
やがて、重力によって引き戻された。
小石の落下予想地点には、れいむの口があった。
「ゆべっ!」
うんうんまみれの小石は、れいむの口に入った。
悪臭が、解放感を殲滅して、浮かれていたれいむを地面へと引きずり倒した。
れいむは目を剥き、これを吐き出す。
「ぐ……ぐぢゃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
石は吐き出しても、口の中に臭気は残っていた。
唾とともにこれを吐き出そうとするが、なかなかうまくいかない。
そこで、れいむは舌で口内に付着していたうんうんを、舐め取りにかかった。
「ゆゆ?」
舌先がうんうんに触れた瞬間、れいむの目が驚喜に見開かれた。
「すごい! おくちのなかに あまあまがあるよ!」
うんうんとはいえ、その内実は餡子である。
舐めれば甘い。
れいむはまるで湧いて出たようなあまあまを堪能しはじめた。
「ごくん! ……げふぅ」
飲み干すと、悪臭も消えた。
胃にモノが落とされたことで、食欲が湧いてきた。
うんうんを出しすぎた、ということもある。
れいむの目が、巣穴の一角へと、すなわち食糧備蓄へと向かった。
それは、父まりさが残してくれたおやつだ。
いくら食べても、叱られない。
空腹の子れいむに、突撃をためらわせる理由などなかった。
「おにゃきゃ すいた~」
満載された食糧と対峙する。
れいむの口からは、滝のような涎が零れ落ちていった。
眼光は欲望に爛々と輝いている。
「れいむの! すーぱー! むーちゃむーちゃ たいむ!」
とは、言わなかった。
それほどに飢えていた。
れいむは、食糧の山へと、飛び込み、潜入した。
子れいむを生き埋めにしてしまうほどの備蓄が、そこにはあったのだ。
れいむは食糧の海へと潜りこむと、手当たり次第、口の中に入ってくるままに、食べものを胃の腑へと流しいれた。
唾の混じり合う、腐った音が食物のなかで鳴動している。
やがて、食糧プールの中から声がした。
「たべちゅぎちゃったよ!」
一呼吸置いて、また声がした。
「しゅっきりー!」
さらに一呼吸置き、今度はれいむが食べものの山から飛び出してきた。
髪の毛に草が刺さっていて、瞳は涙に濡れていた。
そして口もとは、黒く汚れていた。
食ってしまったのだ。
「きちゃにゃぃぃぃぃぃぃ! くちゃぃぃぃぃぃッッ!」
転げまわるれいむ。
起きあがり、食糧の山と向かいあったときには、既にその顔は怒気を孕んでいた。
「ひどいよ!
たべものの なかに うんうんがあった!
だれ?
こんなことしたの、だれにゃの?
おこらないから でてきてね!」
と、言った瞬間、れいむの脳裏に父親の言葉が去来した。
『おちびちゃん! ごはんさんは すきなだけ たべていいんだぜ!』
れいむの頭脳が、またたく間に論理を組み上げてゆく。
事実として、父まりさは好きなだけご飯を食べていいと許可してくれた。
そして、そのご飯の中に、うんうんが混ざっていた。
もはや疑うべくはない。
真実は一つだけだ。
「おとーしゃんも ひどい!
れいむに うんうんを たべさせるなんて!
ぷんぷん!」
あのうんうんは、父の罠。悪意の産物と決定した。
また、そのような罠を仕込んだ父まりさに対する評価も、必然的に下された。
「おとーしゃんは げす だったんだね!」
獲得した結論によろこぶれいむ。
「おとーしゃんは げす~。
そうだ!
おとーしゃんが かえってきたら おしえてあげにゃくっちゃ~」
その行動原理は、自分の造り出したもの、例えば絵や歌を、率先して親に聞かせたがるという心理と、まったく根底を同じくしていた。
さて、れいむの表情と動作はめまぐるしい。
今度は眠たげな表情を浮かべた。
いや、実際に眠くなってきていた。
食べすぎたためだ。
「れいみゅは おねむだよ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、ベッドに行った。
こてん。
と、その上に寝転がる。
「ふさふさ~! むふ~ べっどさんは れいみゅの もの~」
心地よさそうな声が響き渡った。
れいむは仰向けになった。
「すーやすーやするよ! すーやすーや しちゃうよ! いいの? とめなくって いいの?
ざんねーん! とめても むだでしちゃー!」
一呼吸待たずうちに、れいむは睡魔に降伏した。
その口もとは、相変わらず汚れている。
それでも、その悪臭は、なんられいむの睡眠を阻害しなかった。
「すぅ……すぅ……」
安らかな寝息が立てられている。
「ゆぅ……」
寝入ってから数呼吸ほどしたときだった。
水の流れる音がする。
実に堂々と、おねしょをしていた。
「しゅ……きり……」
寝ながらでも、この台詞は忘れない。
さて、昼の睡眠が長く続かないのはゆっくりも同じだった。
しばらくすると、れいむは覚醒した。
勢いよく飛び起きた。
そして一声。
「ゆっくりしていってね!」
返事がない。
いつもは返してくれるはずの両親の姿がどこにもない。
「おとーしゃん! おきゃーしゃん! かくれんぼ しないでね! いじわるしにゃいで でてきてね!」
呼びかけても同じだった。返されるのはいつもの挨拶ではなく、岩の送り返す無言だった。
れいむは、むくれた。
ゆっくりしていってねと言って、ゆっくりしていってねと返さないなんて、どれだけ傲慢なゆっくりなんだろう。
仕方がないから、自分で返答した。
「ゆっくりしていってね! ……ゆ?」
すぐに、れいむは異変に気づいた。
羽ベッドが、れいむの寝小便によってじっとりと濡れている。
「くちゃぃぃぃぃぃぃぃ!」
泡を食って、逃げだすれいむ。
テーブルの元へとやってきた。
ところが、そこには石を除くさいにひりだした、れいむのうんうんが鎮座している。
「なんでうんうんがありゅのぉぉぉぉぉぉぉ!?
ゆっぐりでぎなぃぃぃぃぃぃ!」
後門のしーしー。
前門のうんうん。
れいむは、テーブルの上に避難した。
幸いにして、汚臭は重みがあってテーブルの上にまでは来られず、れいむは一息つくことができた。
「ゆ?」
れいむはまたしても変事に感づく。
またしても、悪臭が襲来してきたのだ。
但し、今度は口の中から。
れいむの口もとは、うんうんでべっとりと汚れている。
それは、れいむが食糧プールのなかで排泄したときに、食糧もろとも食してしまったそれの、残り滓だった。
なぜ今まで気付かなかったのかと言えば、父まりさへの怒りや、睡眠への欲求が、
不快感に優先していたからにほかならなかった。
「ぐぢゃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
暴れ出すれいむだったが、すぐに反応が変わった。
ハの字をとっていた眉は、逆ハの字に変化する。
目には光がもどり、口もとには幸福の色が宿った。
「ゆゆ!? あまあまが ありゅよ!
れいみゅの くちに わいてきちゃよ!
ぺーりょ……ぺーりょ……」
それは、うんうんまみれの石を口に含んでしまったときの反応と同じだった。
すなわち、臭みによる泣き喚きと、甘みによる幸福のせめぎ合いである。
幸福の時間帯が過ぎると、すぐさま悪臭がれいむを襲う。
「きちゃにゃぃぃぃぃぃぃぃ!
うんうんさんが いじめりゅぅぅぅっっ!
れいみゅの あにゃるは そこじゃないのにぃぃぃっっ!
「ゆ? ゆゆ!? おくちの なかに あまあまさんが ありゅよ!
れいみゅのたーん!
ぺーりょ……ぺーりょ……」
「くちゃぃぃぃぃぃっっっ!
ぎぢゃにゃいぃぃぃぃッッ!」
「ゆゆん!? れいみゅの おくちに あまあまさん!
れいみゅたいむ! すたーと!
はずかちぃーッ!
ぺーりょ……ぺーりょ……」
人格が二つに分たれてしまったような、幸福と不幸の交代劇は、うんうんを舐めつくすまで終わらなかった。
あまあまを舐めていたら、歴史は繰り返す、空腹が襲ってきた。
「ゆゆん! おにゃきゃが すいちゃよ! これはもう むーしゃむーしゃするしか にゃいよ! はずかちぃー!」
食糧の山へと向かい、突撃し、ダイブした。
が、ほとんど即座に、金切り声を上げながら備蓄のなかから飛び出してきた。
「ここにもうんうんがありゅぅぅぅっっっ!
おうち きゃえりゅぅぅぅッッ!
れいみゅの おうち どこぉぉぉぉぉっっ!」
再び、テーブルの上に避難する。
あちらにも、こちらにも、不快物質が山盛りになっている。
いまやこの巣穴は、ゆっくりプレイスではない。
地獄だ。
その証拠に、ほら、あちらにもこちらにも、黒くて嫌なにおいのする、地獄の業火が凍りついている。
「ひどいよぉ……なんでぇ……れいみゅ……きゃわいいのに……。
なんでぇ!?
なんで きゃわいいのに いじわりゅされるの!?
なんで こんにゃに おうち よごれちぇるのぉぉぉぉっっ! ……ゆぅ?」
れいむの慟哭を止めたのは、脳裏に飛来した、母れいむの言葉だった。
母れいむは、確かに、こう言った。
『ゆっくりできない ゆっくりのところには れみりゃが きちゃうからね!』
「ひぐうっ……!!」
その言葉は脅しでしかなかった。
しかも、「良い子にしていないとゆっくりできない、ゆっくりできないとれみりゃが来る」という間接的論法だ。
重要なのは、良い子にせよという命題であり、ゆっくりできるかどうかは、さして問題ではなかった。
しかし。
混乱の極みにあるれいむは、次のように取った。
いま、自分はゆっくりしているか?
答えは否だ。
断じて、否。
ならば、何が起こる?
ゆっくりできないゆっくりのところには、何が来る?
その答えは、親切なる母れいむは、何と言うことだろう、事前に教えていてくれた。
その答えに到着した時、れいむは破裂しそうなほど泣き喚きだした。
「やじゃぁぁぁぁぁっ!
れみりゃ きょわぃぃぃぃぃぃぃぃ!
れみりゃが くりゅぅぅぅぅッッ!
おうち きゃえりゅぅぅぅぅッッ!」
れいむは走り出した。
逃げなきゃ。
れみりゃから、逃げなきゃ!
こんなところにいたら、れみりゃがやってくる!
あの悪魔が!
命を刈り取りに襲ってくる!
ところが。
巣穴の出口に到着したとき、れいむは絶望した。
塞がれている!
それは、母れいむが作ってくれた「けっかい」だった。
「にゃんで! けっかいさんがありゅのぉぉぉぉぉッッ!」
誰が、こんなものを造りやがったか!
答えは?
母れいむだ!
あのげす! 地獄に堕ちろ!
れいむは怒りの日の玉となって、逃亡経路を塞ぐ決壊に突撃した。
「ゆん!」
結界だと言い張っても、それは木の枝を組み合わせたものに過ぎない。
子ゆっくりでも、体当たりすれば脆いものだ。
外に出た。
陽光が、れいむを照らしつけた。
「ゆぅ……」
薄暗い洞穴のなかで暮らしていたゆっくりに、太陽の光は強すぎた。
太陽に背を向けて、うつむいた。
その行為はとりもなおさず、巣穴の方を向き、なおかつその足もとに転がっている「けっかい」の残骸を見やる行為だった。
れいむの餡子脳に、またひとつ母の言葉が去来した。
『おかーさんが、けっかいをはっておくからね! これさえあれば れみりゃなんか へでもないよ!』
れいむは恐怖のあまり気絶しそうになった。
「にゃんでぇぇ! けっかいさんが にゃいぃぃぃぃッッ!
おきゃーしゃんが てをぬいたぁぁぁぁッッ!」
れみりゃの侵入を防いでくれるはずの、唯一の防御施設は、いまや物言わぬ残骸と化してしまっている。
巣穴は、がらあきだ。
「れみりゃが……れみりゃが くるぅぅぅぅッッ!
ぴぎゃぁぁぁぁぁッッ!」
れいむは、巣穴に背を向けて、暗やみの垂れ込める大口から脱兎のごとく逃亡した。
その後、れいむの姿を見たゆっくりは、いない。
(おわり)
投稿作品:
anko1568 突然変異種まりさ
anko1567 お口を開けると
anko1565 れいむの義務