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「気さくな王女-21」(2007/10/12 (金) 06:03:55) の最新版変更点
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理の通ったわたしの嘆願を聞き入れようとせず、天地がひっくり返ってもシャルロットを解き放つ気がないと放言した。
エルフの毒を使って母親と同じ目に合わせてやることを付け加え、稲妻のごとき高笑いとともにわたしを冷たく突き放した。
神をも恐れぬこの所業、ガリア王は鬼か悪魔か畜生か。わたし達が止めずに誰が止めよう。
……ということにしておいた。概ね間違ってはいないのでわたしは悪くない。悪いのは父上。
「なんて悪辣な王様なの! シルフィがお尻を蹴っ飛ばしてやるのね!」
「やめなよシルフィちゃん。王さまをけったりしたらシャルロットちゃんがひどいことされちゃうよ」
「だったらトリステインに行く! 頼りにならない従姉姫なんてぷーだもの!」
「だからトリステインに行けば父上の思う壺なんだよ。同じこと何度も言わせるんじゃないよ馬鹿シルフィ。それにね」
城下で買った安ワインを瓶のままあおった。やっぱりこっちの方がわたしの口に合う。いいわね、安上がりで。
「直訴が失敗したからってあきらめたわけじゃない。ここからが鬼畜者の腕の見せ所よ」
誘拐や強奪、情報収集に潜入工作は鬼畜者の得意とするところ。この分野でなら一国を敵にまわしても遅れは取らない。
最大の問題は、シャルロットの近くで寝ずの番をしているであろうイカサマエルフ。
「でもエルフがいるわ。あのエルフとっても強い。お姉さまもいないのに勝てるわけがないの」
「その強いエルフ相手に真正面からぶつかったせいで負けたのよ。力技で勝てる相手じゃないでしょう」
「ならどうするのね?」
「うーん。とりあえず力技はやめたほうがいいよねー」
「ハッ。何をずれたこと言ってるんだか」
搬入されたばかりの机の上でワインの瓶を上下に振るい、王家の紋章が刻印されている部分に瓶尻を叩きつけた。
まるで父上の未来を象徴しているみたいね。ほほほ。
「わたし達が持っている全ての力を込めた最っ高の力技で……ぶっ潰す!」
こういうことは練兵場でやりたいんだけど、父上の目が光っている現在、人目につく場所で活動するわけにはいかない。
夜半、郊外の雑木林、最大限に注意を払い、五感を駆使し、聞き耳を立てている不忠者がいないことを確認してから手ごろな岩を見つけてその上に立った。
目の前には忠誠を誓った……というには微妙な面子だけど、とりあえず目的を同じくした臣下が三人控えている。
「それじゃいくわよ。番号!」
「いちっ!」
「一!」
「ちがう! 普通に考えて右から一二三でしょう! もう一度番号!」
「いちっ!」
「二なのね!」
「『なのね』とかいらないから! もう一度!」
「いちっ!」
「二!」
「……」
ここにもまた協調性の無い馬鹿が一人……いや、こいつの場合は一振りか。
「おい地下水」
「え? 俺?」
「お前以外に地下水なんて名前のやつがいると思う? なんで一人だけ黙ってるのよ。三番目なんだからしっかり三と言いなさい」
「いや、そもそも俺が参加させられてるのおかしくない? 王様に逆らうなんてごめんだぜ」
元裏切り者が、まだ自分の立場ってものを理解していないようね。
「肥溜め」
「ちっ……」
不忠者にも汚名返上の機会をくれてやる。そんなわたしの優しさを思い出させる魔法の言葉、肥溜め。なんて美しい響きでしょう。
「次こそしっかりやりなさい! 番号!」
「いちっ!」
「二!」
「……三」
「声が小さい! もう一度! 番号!」
「いちぃっ!」
「二ッ!」
「クソッ……三!」
最終的な行き先が肥溜めだからってクソは余計よ。でもこれ以上繰り返させるのも不毛だから先に進もう。
「いいかお前ら! これから何をするのか言ってみろ!」
「悪い王様の手からお姉さまを助け出すの!」
「ボクもがんばる!」
「ああ……まぁ、適当にやりますわ」
どうも地下水から覇気が感じられない。肥溜めだけじゃ甘いのかしら。
「怠惰と享楽で慢心しきった正規軍に北花壇騎士団特別選抜部隊の意地と矜持を見せつけてやれ!」
「きゅいきゅい!」
「おおーっ!」
「……はぁ」
天賦の才で泥棒稼業を営む幽霊に、幽霊世界トップクラスの乗り物・自転車、加えて破壊の権化シルフィ。
それに恐るべき魔力を秘めたインテリジェンスナイフである地下水と超一流鬼畜者でありながら王女でもあるわたし。
これだけの精鋭を集めた部隊、ガリアを……いや、ハルケギニア全体を見渡してもあるかどうか。
これで雌ガキ一匹とババア一人さらえないなんてことがあるだろうか。ふん、あるわけないじゃない。
「それでは指令を申し渡す! まず幽霊!」
「はいっ!」
「お前は宝物庫からマジックアイテムをかっぱらってこい! 使えそうなものは根こそぎ持ってくるように!」
宝物庫の検査は月に一度。そして最後の検査は一昨日終わっている。持ち出しが咎められるとしても一月近くある。
わたしの手持ちだけでは心もとないし、ここで持ち出しておけばいざという時役に立つはず。
「次! 地下水!」
「はいよ」
「幽霊とともに宮殿内へ侵入! 幽霊は手近なやつに地下水を握らせなさい!」
「はいっ!」
「地下水はシャルロット、その母親が監禁されている場所を調べ次第帰還! ジョゼフ派に悟られないよう注意すべし!」
「なんだか面倒くさい話だな」
シャルロットさえ手に入れればどうとでもやりようはある。
父上の口ぶりから、ある程度の地位にある人間ならシャルロットの居場所を調べられるらしい。
「それじゃ行ってきなさい!」
「はいっ!」
幽霊に地下水を手渡した途端、
「ひいいいいいいいいっ!」
うるさっ! 何よ何よ何が起きたっていうのよ。
「うるさいナイフなのね」
「ちょっとどうしたのよ突然」
身の毛もよだつ悲鳴が鳴り響き、刀身がカタカタと震えて止まらなくなり、思わず取り落としてしまった後も地下水はわめき続けた。
「何者だよそいつ! 何なんだよそいつは!?」
「何者って、わたし?」
「王女さんの方じゃねえよ! 今俺を持ったそいつだよ!」
「え? ボク?」
当の幽霊はキョトンとしていた。自分の何が原因なのかも分からないって顔つきで。
「あいつがどうしたっていうのよ。初めて顔を合わせたわけじゃないでしょう。ガキ一匹にギャアギャアと」
「こっちが聞きたいよ! わけ分かんねえぞ! どうなってんだよあのガキ!?」
「えっと……お姉ちゃん、どうしよう」
ふむ。なるほど、数百だか数千年を生きてきたインテリジェンスナイフも幽霊に握られたことはなかったってことか。
未知の存在に触られてちょっと混乱しちゃったってところかしらね。……よし、いい機会ね。追い込んでやろう。
「北花壇きっての凄腕が、ちっぽけなガキに触られて随分と怯えていたみたいね。幽霊はお嫌い?」
「幽霊……ってあだ名なんだろ? そうなんだよな?」
「そう思う?」
「お、おい。何怖そうな顔してんだよ。あだ名なんだよな!?」
腰を屈め、地面に落ちた地下水を拾い上げ、汚れた部分を払って清めた。
柄の部分を離して空中で半回転。刃の部分を持つ。そこからもう半回転し、もう一度柄を握る。
意味ありげ、かつ謎めいた微笑を浮かべ、ナイフの背の部分に唇を近づけチロリと舐めた。
「おい! やめろって! 何なんだよ!」
「……ガリアの王女が人間の小娘を部下にしているとでも思っていたの?」
「えっ……まさか本当に」
口を近づけたまま、本人にしか聞こえないくらい声を低くして一言、
「肥溜め行きが嫌ならそれでもいいわよ」
さらに声を一段階下げて、
「あいつが生きながら死者の世界へ旅行させてあげるってさ」
なるだけおどろおどろしい調子でつぶやいた。
聞く人が聞けば笑っちゃうくらい陳腐な台詞なんだけど、今の地下水には覿面効いた。
さっきまでのかったるそうな様子は鳴りを潜め、ガッチガチに緊張している。悪くない傾向ね。
「お姉ちゃん、なにか勘違いさせるようなこと言ってない?」
「とんでもない。事実をありのまま教えてやっただけよ。ねぇ地下水?」
「え、あ、いや、はははは……そ、そうですね」
「ボク誤解されやすいような気がするんだけど……」
幽霊を幽霊と教えて何の誤解があるというのよ。地下水も大人しくなるし、いいことずくめじゃない。
「よし、幽霊、死ぬ気で行ってこい!」
「はいっ!」
「地下水は……死にたくないなら頑張ってね」
「も、もちろんですよ王女殿下」
暗闇に溶け込んで宮殿へと向かう一人と一振り。よし、地下水は基本幽霊とコンビを組ませることにしよう。
あいつってば、強いのはいいけど裏切り癖があるみたいだからね。
「シルフィは何をすればいいの?」
そういえばこいつを忘れていた。いざ事を起こせばやってもらいたいことが山とあるけど、事前準備になるとねぇ。
シルフィはキラキラと燃える瞳でわたしを見ている。何かさせておかないと暴走しそうね。
「シルフィはね……そうだ、風竜がいたはずでしょう。シャルロットの使い魔の」
眠らされた、という話は聞いている。そして、そこからどうなったのかは聞いていない。
エルフなら竜の刺身を食べてもおかしくはないけど、もし生きているなら大戦力になるわね。
悔しいけど、機動力に関しては自転車でも風竜にはかなわない。佇まいの優美さや気品なら引けはとらないにしても。
「ええとね、風竜ちゃんはね、ええとね。すぐそこに連れてきてるの」
シルフィが茂みの中へ消えていき、数秒してから風竜があらわれた。
間近で見るとその威容に圧倒されなくもない。二つの月を後ろに背負い、大きな翼でバッサバッサと草木を薙いで降り立った。
「おお、これはかなりの戦力になるわよ。ねぇシルフィ……シルフィ?」
あれ? シルフィどこに行った?
「ちょっとシルフィ。ドラゴンだけ連れてきてどうするのよ。隠れてないで出てきなさい」
シルフィからの返答はない。代わりに、なぜかドラゴンが来た時と同様に翼をはためかせて空へ昇っていく。
「お前じゃない! どこ行くのよ!」
ドラゴンが空高く飛び去っていき、呆然と立ち尽くすわたしの元にシルフィが舞い戻ってきた。
「帰ってきたのね!」
「帰ってきたのねじゃない! 風竜はどうしたんだよ! だいたいお前、その格好!」
なぜ全裸? 風竜を呼ぶ時は服を着ていちゃいけないなんてルールがあるの?
「いい加減にしろ! 服を着ろ! 竜をここにつれて来い!」
「何よ何よ。従姉姫は注文が多くて嫌なのよ」
シルフィが消え、竜が戻ってきた。そしていつまで経っても戻ってこないシルフィ。
「シルフィー!」
竜が消え、シルフィが戻ってきた。やはり服は着ていない。
「服着ろ! 竜!」
シルフィが消え、竜が戻ってきた。
「シルフィ!」
竜が消え、シルフィが戻ってきた。
「竜!」
竜が消え、シルフィがあらわれ、シルフィが消え、竜があらわれ、竜が消え、シルフィがあらわれ、シルフィが消え、竜が……。
「何をやってるのよ何を!?」
茂みをかき分け追いかけていった先には……夜風が紺碧に染まっていた。
闇の中、煌々と光る風が渦状に変化して竜の体を包み、次第に小さくなり、人の形にまとまって……最終的には全裸のシルフィが立っていた。
「……」
「……」
目が合った。夜風がシルフィの後ろ髪をもてあそぶ。無駄に大きな乳ももてあそぶ。
「……」
「……」
見詰め合うわたしとシルフィ。なるほどね。だからいつも裸でいたってわけね。服が破れたりしたら困るものね。
夜風がシルフィの長い睫毛をもてあそぶ。下の毛をもてあそぶ。
「お前……」
「違うの。違うの。違うのよ」
「お前が使い魔だったのか!?」
「違うの! 違うの! お姉さまが黙ってろって!」
シャルロットのやつ、仮にも上司であるわたしに隠し事ですって? 舐めてくれるじゃない……。
「そうやって秘密にしてたわけだね! 仲間にも教えずに!」
「そんなことないのね。ユウレイちゃんは知っていたもの」
「へぇぇぇ……それじゃわたしだけ仲間外れにされてたってわけか」
「だって、だって、だって。従姉姫は従姉姫だから」
ああそうね。従姉姫は従姉姫だからね。ってどういう理屈よ!
「いいかよく聞けシルフィ。部隊の長というものはね、部下の能力をきちんと把握しておく必要があるの」
「うん」
「把握できていなかったせいで全滅するなんてことも珍しくはないの」
「う、うん」
「全滅すれば当然皆死ぬわね。お前の大好きなお姉さまも助けが来なくてお仕舞いね」
「う、ううううう。だってだって」
たばかられた……!
泣いたって許してやるものか。ああ腹が立つ。腹が立つったら腹が立つ。
シャルロットめ、こんなに重要なことを隠しておいて、何をしようとしていたんだか。
いざという時の隠し玉に? いざという時がどんな時かといえば……ああ恐ろしい。恩知らずの王位簒奪者め。
「とりあえず反省しておきなさい。もう隠し事があったりしないでしょうね?」
「うん。ないの」
「だったら涙を拭きなさい。鬱陶しくして仕方ないわ」
ここは矛を収めておいてあげる。今はまだ協力しなければならないからね。
でもね、この件が解決したら覚えていなさいよシャルロット。救助の代償として究極的な嫌がらせをしてやるから。
それにしても……シルフィが竜に変身できる人間だったなんてねえ。
まさかそんな人間がいるとは思わなかったわ。幽霊といい、世の中って狭いようで案外広いのね。
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理の通ったわたしの嘆願を聞き入れようとせず、天地がひっくり返ってもシャルロットを解き放つ気がないと放言した。
エルフの毒を使って母親と同じ目に合わせてやることを付け加え、稲妻のごとき高笑いとともにわたしを冷たく突き放した。
神をも恐れぬこの所業、ガリア王は鬼か悪魔か畜生か。わたし達が止めずに誰が止めよう。
……ということにしておいた。概ね間違ってはいないのでわたしは悪くない。悪いのは父上。
「なんて悪辣な王さまなの! シルフィがお尻を蹴っ飛ばしてやるのね!」
「やめなよシルフィちゃん。王さまをけったりしたらシャルロットちゃんがひどいことされちゃうよ」
「だったらトリステインに行く! 頼りにならない従姉姫なんてぷーだもの!」
「だからトリステインに行けば父上の思う壺なんだよ。同じこと何度も言わせるんじゃないよ馬鹿シルフィ。それにね」
城下で買った安ワインを瓶のままあおった。やっぱりこっちの方がわたしの口に合う。いいわね、安上がりで。
「直訴が失敗したからってあきらめたわけじゃない。ここからが鬼畜者の腕の見せ所よ」
誘拐や強奪、情報収集に潜入工作は鬼畜者の得意とするところ。この分野でなら一国を敵にまわしても遅れは取らない。
最大の問題は、シャルロットの近くで寝ずの番をしているであろうイカサマエルフ。
「でもエルフがいるわ。あのエルフとっても強い。お姉さまもいないのに勝てるわけがないの」
「その強いエルフ相手に真正面からぶつかったせいで負けたのよ。力技で勝てる相手じゃないでしょう」
「ならどうするのね?」
「うーん。とりあえず力技はやめたほうがいいよねー」
「ハッ。何をずれたこと言ってるんだか」
搬入されたばかりの机の上でワインの瓶を上下に振るい、王家の紋章が刻印されている部分に瓶尻を叩きつけた。
まるで父上の未来を象徴しているみたいね。ほほほ。
「わたし達が持っている全ての力を込めた最っ高の力技で……ぶっ潰す!」
こういうことは練兵場でやりたいんだけど、父上の目が光っている現在、人目につく場所で活動するわけにはいかない。
夜半、郊外の雑木林、最大限に注意を払い、五感を駆使し、聞き耳を立てている不忠者がいないことを確認してから手ごろな岩を見つけてその上に立った。
目の前には忠誠を誓った……というには微妙な面子だけど、とりあえず目的を同じくした臣下が三人控えている。
「それじゃいくわよ。番号!」
「いちっ!」
「一!」
「ちがう! 普通に考えて右から一二三でしょう! もう一度番号!」
「いちっ!」
「二なのね!」
「『なのね』とかいらないから! もう一度!」
「いちっ!」
「二!」
「……」
ここにもまた協調性の無い馬鹿が一人……いや、こいつの場合は一振りか。
「おい地下水」
「え? 俺?」
「お前以外に地下水なんて名前のやつがいると思う? なんで一人だけ黙ってるのよ。三番目なんだからしっかり三と言いなさい」
「いや、そもそも俺が参加させられてるのおかしくない? 王様に逆らうなんてごめんだぜ」
元裏切り者が、まだ自分の立場ってものを理解していないようね。
「肥溜め」
「ちっ……」
不忠者にも汚名返上の機会をくれてやる。そんなわたしの優しさを思い出させる魔法の言葉、肥溜め。なんて美しい響きでしょう。
「次こそしっかりやりなさい! 番号!」
「いちっ!」
「二!」
「……三」
「声が小さい! もう一度! 番号!」
「いちぃっ!」
「二ッ!」
「クソッ……三!」
最終的な行き先が肥溜めだからってクソは余計よ。でもこれ以上繰り返させるのも不毛だから先に進もう。
「いいかお前ら! これから何をするのか言ってみろ!」
「悪い王様の手からお姉さまを助け出すの!」
「ボクもがんばる!」
「ああ……まぁ、適当にやりますわ」
どうも地下水から覇気が感じられない。肥溜めだけじゃ甘いのかしら。
「怠惰と享楽で慢心しきった正規軍に北花壇騎士団特別選抜部隊の意地と矜持を見せつけてやれ!」
「きゅいきゅい!」
「おおーっ!」
「……はぁ」
天賦の才で泥棒稼業を営む幽霊に、幽霊世界トップクラスの乗り物・自転車、加えて破壊の権化シルフィ。
それに恐るべき魔力を秘めたインテリジェンスナイフである地下水と超一流鬼畜者でありながら王女でもあるわたし。
これだけの精鋭を集めた部隊、ガリアを……いや、ハルケギニア全体を見渡してもあるかどうか。
これで雌ガキ一匹とババア一人さらえないなんてことがあるだろうか。ふん、あるわけないじゃない。
「それでは指令を申し渡す! まず幽霊!」
「はいっ!」
「お前は宝物庫からマジックアイテムをかっぱらってこい! 使えそうなものは根こそぎ持ってくるように!」
宝物庫の検査は月に一度。そして最後の検査は一昨日終わっている。持ち出しが咎められるとしても一月近くある。
わたしの手持ちだけでは心もとないし、ここで持ち出しておけばいざという時役に立つはず。
「次! 地下水!」
「はいよ」
「幽霊とともに宮殿内へ侵入! 幽霊は手近なやつに地下水を握らせなさい!」
「はいっ!」
「地下水はシャルロット、その母親が監禁されている場所を調べ次第帰還! ジョゼフ派に悟られないよう注意すべし!」
「なんだか面倒くさい話だな」
シャルロットさえ手に入れればどうとでもやりようはある。
父上の口ぶりから、ある程度の地位にある人間ならシャルロットの居場所を調べられるらしい。
「それじゃ行ってきなさい!」
「はいっ!」
幽霊に地下水を手渡した途端、
「ひいいいいいいいいっ!」
うるさっ! 何よ何よ何が起きたっていうのよ。
「うるさいナイフなのね」
「ちょっとどうしたのよ突然」
身の毛もよだつ悲鳴が鳴り響き、刀身がカタカタと震えて止まらなくなり、思わず取り落としてしまった後も地下水はわめき続けた。
「何者だよそいつ! 何なんだよそいつは!?」
「何者って、わたし?」
「王女さんの方じゃねえよ! 今俺を持ったそいつだよ!」
「え? ボク?」
当の幽霊はキョトンとしていた。自分の何が原因なのかも分からないって顔つきで。
「あいつがどうしたっていうのよ。初めて顔を合わせたわけじゃないでしょう。ガキ一匹にギャアギャアと」
「こっちが聞きたいよ! わけ分かんねえぞ! どうなってんだよあのガキ!?」
「えっと……お姉ちゃん、どうしよう」
ふむ。なるほど、数百だか数千年を生きてきたインテリジェンスナイフも幽霊に握られたことはなかったってことか。
未知の存在に触られてちょっと混乱しちゃったってところかしらね。……よし、いい機会ね。追い込んでやろう。
「北花壇きっての凄腕が、ちっぽけなガキに触られて随分と怯えていたみたいね。幽霊はお嫌い?」
「幽霊……ってあだ名なんだろ? そうなんだよな?」
「そう思う?」
「お、おい。何怖そうな顔してんだよ。あだ名なんだよな!?」
腰を屈め、地面に落ちた地下水を拾い上げ、汚れた部分を払って清めた。
柄の部分を離して空中で半回転。刃の部分を持つ。そこからもう半回転し、もう一度柄を握る。
意味ありげ、かつ謎めいた微笑を浮かべ、ナイフの背の部分に唇を近づけチロリと舐めた。
「おい! やめろって! 何なんだよ!」
「……ガリアの王女が人間の小娘を部下にしているとでも思っていたの?」
「えっ……まさか本当に」
口を近づけたまま、本人にしか聞こえないくらい声を低くして一言、
「肥溜め行きが嫌ならそれでもいいわよ」
さらに声を一段階下げて、
「あいつが生きながら死者の世界へ旅行させてあげるってさ」
なるだけおどろおどろしい調子でつぶやいた。
聞く人が聞けば笑っちゃうくらい陳腐な台詞なんだけど、今の地下水には覿面効いた。
さっきまでのかったるそうな様子は鳴りを潜め、ガッチガチに緊張している。悪くない傾向ね。
「お姉ちゃん、なにか勘違いさせるようなこと言ってない?」
「とんでもない。事実をありのまま教えてやっただけよ。ねぇ地下水?」
「え、あ、いや、はははは……そ、そうですね」
「ボク誤解されやすいような気がするんだけど……」
幽霊を幽霊と教えて何の誤解があるというのよ。地下水も大人しくなるし、いいことずくめじゃない。
「よし、幽霊、死ぬ気で行ってこい!」
「はいっ!」
「地下水は……死にたくないなら頑張ってね」
「も、もちろんですよ王女殿下」
暗闇に溶け込んで宮殿へと向かう一人と一振り。よし、地下水は基本幽霊とコンビを組ませることにしよう。
あいつってば、強いのはいいけど裏切り癖があるみたいだからね。
「シルフィは何をすればいいの?」
そういえばこいつを忘れていた。いざ事を起こせばやってもらいたいことが山とあるけど、事前準備になるとねぇ。
シルフィはキラキラと燃える瞳でわたしを見ている。何かさせておかないと暴走しそうね。
「シルフィはね……そうだ、風竜がいたはずでしょう。シャルロットの使い魔の」
眠らされた、という話は聞いている。そして、そこからどうなったのかは聞いていない。
エルフなら竜の刺身を食べてもおかしくはないけど、もし生きているなら大戦力になるわね。
悔しいけど、機動力に関しては自転車でも風竜にはかなわない。佇まいの優美さや気品なら引けはとらないにしても。
「ええとね、風竜ちゃんはね、ええとね。すぐそこに連れてきてるの」
シルフィが茂みの中へ消えていき、数秒してから風竜があらわれた。
間近で見るとその威容に圧倒されなくもない。二つの月を後ろに背負い、大きな翼でバッサバッサと草木を薙いで降り立った。
「おお、これはかなりの戦力になるわよ。ねぇシルフィ……シルフィ?」
あれ? シルフィどこに行った?
「ちょっとシルフィ。ドラゴンだけ連れてきてどうするのよ。隠れてないで出てきなさい」
シルフィからの返答はない。代わりに、なぜかドラゴンが来た時と同様に翼をはためかせて空へ昇っていく。
「お前じゃない! どこ行くのよ!」
ドラゴンが空高く飛び去っていき、呆然と立ち尽くすわたしの元にシルフィが舞い戻ってきた。
「帰ってきたのね!」
「帰ってきたのねじゃない! 風竜はどうしたんだよ! だいたいお前、その格好!」
なぜ全裸? 風竜を呼ぶ時は服を着ていちゃいけないなんてルールがあるの?
「いい加減にしろ! 服を着ろ! 竜をここにつれて来い!」
「何よ何よ。従姉姫は注文が多くて嫌なのよ」
シルフィが消え、竜が戻ってきた。そしていつまで経っても戻ってこないシルフィ。
「シルフィー!」
竜が消え、シルフィが戻ってきた。やはり服は着ていない。
「服着ろ! 竜!」
シルフィが消え、竜が戻ってきた。
「シルフィ!」
竜が消え、シルフィが戻ってきた。
「竜!」
竜が消え、シルフィがあらわれ、シルフィが消え、竜があらわれ、竜が消え、シルフィがあらわれ、シルフィが消え、竜が……。
「何をやってるのよ何を!?」
茂みをかき分け追いかけていった先には……夜風が紺碧に染まっていた。
闇の中、煌々と光る風が渦状に変化して竜の体を包み、次第に小さくなり、人の形にまとまって……最終的には全裸のシルフィが立っていた。
「……」
「……」
目が合った。夜風がシルフィの後ろ髪をもてあそぶ。無駄に大きな乳ももてあそぶ。
「……」
「……」
見詰め合うわたしとシルフィ。なるほどね。だからいつも裸でいたってわけね。服が破れたりしたら困るものね。
夜風がシルフィの長い睫毛をもてあそぶ。下の毛をもてあそぶ。
「お前……」
「違うの。違うの。違うのよ」
「お前が使い魔だったのか!?」
「違うの! 違うの! お姉さまが黙ってろって!」
シャルロットのやつ、仮にも上司であるわたしに隠し事ですって? 舐めてくれるじゃない……。
「そうやって秘密にしてたわけだね! 仲間にも教えずに!」
「そんなことないのね。ユウレイちゃんは知っていたもの」
「へぇぇぇ……それじゃわたしだけ仲間外れにされてたってわけか」
「だって、だって、だって。従姉姫は従姉姫だから」
ああそうね。従姉姫は従姉姫だからね。ってどういう理屈よ!
「いいかよく聞けシルフィ。部隊の長というものはね、部下の能力をきちんと把握しておく必要があるの」
「うん」
「把握できていなかったせいで全滅するなんてことも珍しくはないの」
「う、うん」
「全滅すれば当然皆死ぬわね。お前の大好きなお姉さまも助けが来なくてお仕舞いね」
「う、ううううう。だってだって」
たばかられた……!
泣いたって許してやるものか。ああ腹が立つ。腹が立つったら腹が立つ。
シャルロットめ、こんなに重要なことを隠しておいて、何をしようとしていたんだか。
いざという時の隠し玉に? いざという時がどんな時かといえば……ああ恐ろしい。恩知らずの王位簒奪者め。
「とりあえず反省しておきなさい。もう隠し事があったりしないでしょうね?」
「うん。ないの」
「だったら涙を拭きなさい。鬱陶しくして仕方ないわ」
ここは矛を収めておいてあげる。今はまだ協力しなければならないからね。
でもね、この件が解決したら覚えていなさいよシャルロット。救助の代償として究極的な嫌がらせをしてやるから。
それにしても……シルフィが竜に変身できる人間だったなんてねえ。
まさかそんな人間がいるとは思わなかったわ。幽霊といい、世の中って狭いようで案外広いのね。
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