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#navi(ゼロと損種実験体)
その夜、ギーシュは泣いた。泣きながら酒を飲んでいた。
「どうしたのかね? 彼は」
そんなことを聞いてくるワルドに、ルイズたちは呆れる。
ギーシュが落ち込んでいる理由など、ワルドとの決闘で、一方的に負けてしまったからに決まっているではないか。
もちろん、学生の身でありドットメイジでしかないギーシュが、魔法衛士隊隊長でありスクウェアメイジであるワルド相手に、勝てるはずもなく、善戦したかったと考えることすら、身の程知らずと言えるのではあるが、だからと言って笑って流せるほど彼の矜持は安くないし、自分の後に、彼が一方的にライバル視しているアプトムがワルドと決闘をして引き分けた事もまた、彼の心を落ち込ませるのだ。
「今は、そっとしときましょ」
そう言って、ルイズが自分も飲もうとワインの入った杯を持ち上げようとした時、玄関から何人ものガラの悪そうな男たちが入ってきた。
なんだろう? と思って、そちらを見ると男たちは、「いたぞ!」と声を上げて弓を構える。
これに、即座に対応できたのはワルドとタバサである。二人は、とっさに杖を振るい放たれる矢と男たちを吹き飛ばす。
けれど、玄関からは後から後から男たちが入ってくるし、外から矢を射掛けて来る者もいる。アプトムが、床とつながっているテーブルの足を折り、それを倒して盾にするが、一時凌ぎにしかならないだろうことは予測できる。
「すごい数だわ。これって、もしかしなくても……」
「アルビオンの貴族の手の者だろうね」
キュルケの疑問に、ワルドが答える。
「こうなってみると、この前の賊も、ただの物盗りじゃなかったってことでしょうね」
今更言っても、しょうがないけどね。と、キュルケは、ぼやく。
傭兵なのだろう。男たちはメイジとの戦いに慣れているらしい。魔法は強力だが、詠唱の暇なく攻撃を受ければ使いようがないし、弓矢での長距離攻撃をしかけてくる相手に届くような魔法を連発していては精神力を消耗して倒しきる前にこちらが先にへばってしまう。
厄介なことになったなと、アプトムも飛んでくる矢を手掴みで受け止め防ぎながら、考える。
一緒にいるメイジたちと違い、彼は弓矢の攻撃を脅威に感じないし、その気になれば彼らを一人で制圧できるだけの能力も持っている。だが、それは足手纏いがいなければの話だ。なにぶん相手は数が多い。傭兵たちを倒している間に、ルイズの身に何かあれば意味がない。
獣化すれば、その心配もなく撃退できる能力を発揮できるのだが、その場合は傭兵たちを皆殺しにする必要が出てくるだろう。更に言えば、こちらの一行には獣化を見せるべきではないだろう者もいる。
彼は襲撃があることを知っていた。だが、町の入り口であった襲撃くらいのものだろうと楽観し放置してしまい、それが仇となっていた。
手詰まりなこの状況の中、ワルドが口を開く。
「いいか諸君。このような任務は、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」
それは、敵の足止めの人員を置いて、他の者は先に行けばいいのだという提案。
それしかないか。と、アプトムは同意する。その結果、残される者の身が危険に晒されることは理解しているが、それでも、ここで全員を危険の内において置くよりはマシだろう。
だから、「任せたぞ」とワルドの肩を叩き、ルイズの手を引いて他の三人にも着いてくるようにと促す。
「ワルドさまを置いて行くの!?」
ルイズの非難するような問いに、アプトムは黙って頷く。こういう役は、戦場に残されても生還できる実力のある者がかってでるべき役割である。そしてアプトムの見る限り、ワルドは自分と同じで足手纏いさえいなければ、この包囲から脱出するのは難しくない実力を持っているだろうし、言い出した本人が自分は、残りたくないなどと逃げる事はありえないだろうと彼は考えている。
そんなわけで、なんだか予定と違うぞとでも言いた気な顔のワルドを置いて行こうとしたところで、タバサが自分が残ると言い出した。
本人曰く、自分は元々員数外であるというか、そもそも最初からアルビオンに行くつもりなどない。だから、囮になって残るべきは自分である。
そして、そんなことを言い出したタバサをキュルケが置いて行くことはない。最近ルイズを気に入って心配したりもしている彼女ではあるが、親友と比べてどちらが大切かと問われれば、タバサの方に天秤が傾く。
そうして、女の子二人を置いて行くわけにはいかないと、ギーシュも残ると言い出して、結局三人が残ることになる。
この結果に、ワルドが「計画通り」と嫌な笑顔を浮かべていたが、タバサも内心で同じ事を考えていた。
タバサはアプトムという男を恐れている。人を簡単に殺せる力と心を持ったバケモノを恐れない人間は、そうはいない。
だから、できるだけ距離を置きたいと思っている彼女だが、親友の方がガンガンあの男に近づいて行ってしまう。だからといって、親友と距離を取るのも嫌だし、大体そんなことをしたら親友が心配でしかたがない。
そして、なし崩しに行動を共にすることになっていたアプトムと距離を取る都合のいい機会。これを利用しない手はない。
多数の傭兵の足止めというのは、危険な行為ではあるが、それでもこの先もアプトムと行動を共にすることに比べれば遥かにマシだ。しかし、その事を知らないキュルケは、自分を心配して一緒に残ると言ってくれるだろう。そうやって自分と親友の二人をアプトムから引き離す。
それが、彼女の計算。ギーシュが残ることは計算に入ってないが、そちらはどうでもいい。
そんな内心の思惑を知る者はなく、タバサ、キュルケ、ギーシュの三人は傭兵たちを引きつける囮として宿に残り、ルイズ、アプトム、ワルドの三人は酒場の厨房の通用門から外に出て、桟橋へと走り出した。
山を登り桟橋に向かった三人は、誰に会うこともなく巨大樹にたどり着く。タバサたちが足止めを引き受けてくれたとはいえ、あれだけの傭兵がいて一人も追ってこないのはどういうことだ? とアプトムは訝しむが、他の二人は気にせずにずんずん進んでいく。
実は、あの傭兵たちの目的が一行を分断し、その片方の足止めをすることだなどとはアプトムにも分からない。
そうして、ワルドがアルビオンに向かう船を見つけ、そこに向かう階段を登り始めた時、アプトムは背後から聞こえる足音に気づいた。
それは、白い仮面で顔を隠した男であった。仮面の男は、魔法でも使ったのだろう、高く舞い上がり、アプトムとその前を走るルイズの頭上を跳び越えて前に立つ。
男の動きに停滞はなく、流れるような動作で振り返りルイズを捕まえようと手を伸ばす。
突然、目の前に降り立った男に驚くばかりで、まったく反応できなかったルイズが、その男に捕らえられずに済んだのは、すぐ後ろを走っていたアプトムに手を引かれ、その後ろに庇われたからである。
男に気づいたのだろう、ワルドが振り返り、舌打ちして杖を振る。詠唱した魔法はエア・ハンマー、風の槌に打たれ、男は階段の手すりから零れ落ちる。
手すりの向こうには何もなく、そこを乗り越えたら遥か下にある地面に落ちていくことになるだろうに、男は自分の体を自分の体を支えようともせずに呪文を唱えた。
「ライトニング・クラウド!?」
その魔法が何か気づいたルイズが叫ぶが、もう遅い。落下する男の杖が発した雷撃が襲い、アプトムは、それをかろうじて右手で受け止め苦鳴を上げる。それを見届けると男はニヤリと笑い、そのまま落ちて行き、その姿を消した。
「大丈夫なの?」
普通なら腕で受けたところで死を免れない魔法である。狼狽し尋ねるルイズであるが、アプトムの方はというと、すでに表情に苦痛の色もなく、魔法を受けた右手を振り「問題ない」と答える。
獣化していない状態でも常人を遥かに超える耐久力と生命力を持つ彼である。獣化兵をも倒すほど魔法だというのならともかく、人間一人の命を奪う程度の威力の電撃では生命の危機には遠い。とはいえ、まったくの無傷とはいかず、右腕は所々焼け焦げて酷い有様で、ルイズは安心することができない。
「今の呪文、ライトニング・クラウドは風系統でもかなり強力な魔法だ。あの男、並のメイジではないな」
そう言ったワルドは、平然とした顔のアプトムの様子を伺う。
「しかし、本来なら命を奪うほどの呪文なのだが、これもガンダールヴの力かね?」
そんな問いに、そういえば何故ワルドが、ガンダールヴという言葉を知っているのかとルイズに顔を向けると、彼女は先日ワルドに教えられたことを説明し、「アプトムは伝説の使い魔かもしれないんだって」などと、今更なことを言ってくる。
なるほどとルイズの頭をなでると、ワルドに対しては「そんなところだ」といい加減に答えておく。
仮面の男は撃退できたようだが、また次の追っ手が来ないとも限らないのだ。ここで、ゆっくり話し込んでいるような時間はないだろう。
「先を急ぐぞ」
アプトムがそう言うと、ワルドも頷き三人は階段を駆け上がり一本の枝に吊るされた帆船にたどり着いたのだった。
ワルドが交渉を済ませ出港した、マリー・ガラント号という船の上で、アプトムは焼け焦げた自分の右腕を、動かさないように注意しながら見ていた。
「傷は大丈夫?」
心配してくるルイズに、さてどう答えたものかとアプトムは考える。
元々大した傷ではないし、腕を丸ごと失ったとしても新たに生えてくる再生能力を持つ彼である。火傷などとっくに治っている。
ルイズには、その事を知られても特に問題はないのだが、ワルドには知られるべきではない。相手は、フーケやタバサのように、自分も人に知られたくない秘密を持っている人間ではない。王家に仕え、自分のような存在の事を報告する義務があるであろう貴族だ。そういう相手には極力自分の能力は隠す必要がある。
だから、表面に残っている焦げた皮膚を落とさないように注意しているのだが、その姿はルイズには苦痛を我慢しているように見えていることだろう。
その事を説明してやったほうがいいのだろうとも思うが、ルイズに話せば即座にワルドにも話が伝わる気がしてならない。
ちなみに、ワルドは現在船を浮かべるために必要な『風石』が、今現在のアルビオンのある位置まで向かうには足りないということで、船を浮かべる補助をするために船長と共にいる。
そんなワケで、ちょうどいい言い訳も思いつかず、まあ気にするな。としか言えない。
その言葉は、心配してくるルイズの気持ちを無碍にするものであったが、アプトムは、それほど他人の感情の機微に敏感な方ではない。
アプトムが傷を負った時、自分は何もで出来ずにいたと、自身のふがいなさを責めていたルイズは、心配すらさせてくれないのかと臍を噛む。
そんな時、二人の元にワルドがやってきた。
なんだかんだで彼も仕事をしていたようで、船員たちに王党派のいるニューカッスルの情報を聞いてきたらしい。
そして、結論として貴族派の間を抜けての陣中突破しかないと結論を出した。
それなら、やはりルイズはどこかに置いてべきではないかとアプトムは思うが、ワルドは、そう思わないらしい。何か考えがあるのか?
そんなことを思うが、ワルドが何を考えているのかなどアプトムに分かるはずもない。
何も考えがなかったとしても、ルイズのことだ。また何か理由をつけて追いかけてくる可能性を考えると、連れて行った方がまだしも安全かもしれない。
そういえば、ルイズがついてくる時の言い訳に使われたデルフリンガーを忘れてきたなと、今頃になって気づくアプトムであった。
余談だが、宿に残ったキュルケたちも喋る剣のことなど忘却しており、後にアプトムとデルフリンガーは意外な場所で再会することにな
る。
「アルビオンが見えたぞー!」
そんな船員の声に、陸地がないかと海を見ていたアプトムは、そういえばアルビオンとは空にあるんだったなと上方に眼を向けて、そこに巨大な大地を発見する。
そして、視界の端で別の物も発見する。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を運んでいる船だと、教えてやれ」
「あの船は旗を掲げておりません!」
「してみると、く、空賊か?」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」
「逃げろ! 取り舵いっぱい!」
そんな大騒ぎに、空に出てくる海賊だから空賊なのか? などと緊張感のないことを考えていると、隣で寝ていたルイズが目を覚まし起き上がってきた。
「うるさいね。なんの騒ぎよ」
「空賊だそうだ」
「ふーん……、って空賊!? まさか反乱軍……、貴族派の軍艦なの!?」
それは違うだろうと、アプトムは思う。この船が貴族派のために荷を運んでいるという先に聞こえた言葉が嘘でない限り、貴族派がこの船を襲う理由はない。
ドゴンッ。という爆音と共に撃ち出された砲弾が、こちらの船をかすめるように飛んできたのを見て、怯えたルイズがアプトムの左腕に抱きつく。
一方、甲板では船長が助けを求めるようにワルドを見ているが、こちらは船を浮かばせるために魔法を使ったせいで空賊を相手にできるだけの精神力が足りない。
この状況において、アプトムにはいくつかの選択肢がある。
獣化して、空賊の船を一気に殲滅してもいいし、ルイズだけを連れて船を降りてもいい。その場合、ワルドはグリフォンがいるからアプトムが助けなくても問題ない。他にも、向こうの船に乗り込んで逆に乗っ取ってやってもいい。
だが、それをやると多くの者に自分の獣化を見られることになるし、ついでに言えば、それは今すぐでなくても出来る。根本的に、アプトムはルイズだけを守れればそれでいいのである。抵抗するなら、ルイズに危害を加えられる恐れが出てきてからでも遅くはない。
任務に関しても、ニューカッスルに向かう方策のない現状では、ここで足止めをくってもさして問題はない。というか、何事もなくアルビオンに着いていたら、何の作戦もなく向かおうと言い出すであろうルイズを、ここで足止めすることができて、方策を考える時間をもらえたのは返ってありがたいかもしれない。
そういうわけで、アプトムは空賊に対して抵抗しないことにした。
理由はどうあれ、早々に抵抗をあきらめたのは、船員も同じらしく停船した船に、空賊船から屈強な男たちが乗り移ってくる。
そうして船は乗っ取られ、船員たちはもちろん、精神力の切れたワルドもさして抵抗することなく捕らえられた。
アプトムも、幸い右腕を負傷している事になっているので、無抵抗で捕まってもルイズから文句が出ることがなく、空賊にも警戒されずに済んだ。
空賊に捕らえられた後、船員たちは、かつて自分たちの物だった船の曳航を手伝わされ、役に立たないアプトムたち三人は空賊船の船倉に閉じ込められていた。
ワルドとルイズは杖を取り上げられ無力化されていたが、元々武器を持っていないアプトムには関係のないことである。
デルフリンガーは? という疑問は上がらない。ルイズは、本人に話しかけられない限り、錆びた剣の事を思い出したりしない。アプトムは、剣に興味がない。ワルドはデルフのことを知らない。
「さて。ちょうどいいから、任務のことについて話し合っておこう」
そんなことを言い出したアプトムに、ルイズとワルドは怪訝な顔を向ける。任務のことと言っても、空賊に捕まっているこの状況をどうにかしないと、話し合っても意味がないのではなかろうか。
だが、ここから脱出することは難しくとも、不可能ではないとアプトムは言う。
実際は、簡単なのだが、それを言うとルイズが今すぐに脱出しようと言い出しそうなので自重するアプトムである。
「どこに脱出するつもりだね? ここは空の上だよ」
「別に、永遠に空を飛んでいるわけじゃないだろう。この船がどこかに入港したときにでも脱出すればいい」
確かに。とワルドは頷き、それでどうやって脱出するつもりなのかと尋ねてくるが、それにはアプトムは答えない。今話し合うべきことは脱出した後、いかにしてニューカッスルに向かうかだ。自分とワルドの二人だけで行くのならともかく、ルイズを連れて陣中突破などと冗談ではない。
そんな風に、脱出の方法を口にしないそアプトムにワルドは不審そうな顔をするが、ルイズは何かに気づいたような顔をする。
彼女の認識では、いまだにアプトムは先住魔法を使う亜人である。ならば、その脱出方法は、ワルドとの決闘にも使わなかった先住魔法を使ったものに違いない。今ここで口にしたくないと考えるのも、しかたのないことであろう。そんな風にルイズは考えた。
これは、もちろん誤解である。元々、このハルケギニアの住人でも亜人でもないアプトムには、先住魔法など使えない。
少し前に、吸血鬼という先住魔法を使う亜人を融合捕食することで、魔法を使う能力は得たのだが、彼には魔法を使うための知識がない。具体的に言うと呪文を知らない。
タバサの使い魔である韻竜のシルフィードにでも教えを請えば、すぐにでも魔法を使えるようになるのだろうが、そもそもアプトムはシルフィードが人語を解することすら知らない。なぜならタバサに消されるのを恐れたデルフリンガーが口をつぐんでいるから。
まあ、そんな誤解はあったが、ルイズが自重したため、ワルドもそれ以上の追及ができず、三人は脱出した後の事を話し合う。
彼らの目的地であるニューカッスルの城は、浮遊大陸アルビオンの端から突き出した岬の突端にあるのだという。
航空戦力のない世界なら防衛に適した城だといえるのだろうが、普通に空に浮かぶ船がある世界では、不便なだけではないだろうか、というか岬で誰かが巨大な土ゴーレムを作って暴れさせたりしたら、地盤が崩れて落ちていったりしないのだろうか、と思ったが、それは今言うことでもない。
問題は、岬を封鎖されてしまっただけで城に向かうことができなくなっている事である。空から行けば、という考えも敵側が空を進む戦艦を持っている時点で否定される。
では、どうすればいいのか。ルイズがいなければ話は簡単である。ワルドと二人で強行突破も不可能ではないだろうし、途中で死なれてもアプトムとしては困らない。
逆に、ワルドがいなくてルイズと二人だけでも、実は簡単に城に行くことができる。彼が、かつて融合捕食で能力を奪った者の中には、地中を掘り進む事を可能としたものもいる。だが、そのためには獣化が必要になってくるので、ワルドに正体を隠したままでは使えない。
ここでアプトムは、一度貴族派の中に紛れ込み、金で動く人間を捜し協力者になってもらうことを発案する。
これに、そう上手くいくものかとワルドは難色を示す。金で動く者がいなければそれまでだし、いたとしても自分たちを突き出して、その褒美を貰おうと考えるかもしれない。都合よく協力者ができたとしても、それで上手く包囲を抜けられる保証もない。
まったくその通りであるとアプトムは思うが、これ以外では世闇にまぎれて、こっそり包囲を抜けるという手ぐらいしか思いつかない。
それに、信頼できる協力者を作るという点ではアプトムには自信がある。吸血鬼を融合捕食した彼は、現状では魔法を使うことはできない
が、屍人鬼を作る能力のほうは問題なく使える。ルイズやワルドには教えられない悪しき手段ではあるが、これなら裏切られる心配のない手
駒を用意できるし、ある程度以上の身分の者を屍人鬼にすれば、任務も大分楽になるだろう。
まあ、他にいい作戦もないかと話が纏まった辺りで、船倉の扉が開き、空賊の男が食事を持って入ってきた。
「相談は終わったかい?」
その言葉に、聞かれていたのかとルイズは狼狽するが、アプトムは気にしない。彼は、外で立ち聞きしていた者の気配に気づいていたし、聞かれても問題ないと判断していた。
「お前たち、王党派の奴らに何の用なんだ?」
「そんなこと、あなたに言う必要はないわ」
ルイズの言葉に、男はニヤリと笑い。そうでもないと答える。
「俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。それで、王党派に味方しようとする酔狂な連中を捕まえる密命を帯びてるのさ」
その言葉に、ルイズはハッと顔色を変え、アプトムとワルドは眉を顰める。
船が襲われた時、船長は、自分たちの船は貴族派のための荷を運んでいると言っていたはずだ。貴族派から密命を帯びるような者が、そんな船を襲うだろうか?
そんな疑問はルイズには無縁のものであったらしく、彼女は、それならば、やはりこの船は反乱軍の軍艦なのだなと怒りをぶつける。
「で? おめえらは王党派か? 貴族派なら、きちんと港まで送ってやるよ」
馬鹿にするような言い草に、カッと頭に血を上らせたルイズは、自分たちは王党派へのトリステイン王国の使者だと言い放つ。
そんな威勢のいい言葉に、男は「そりゃいいや」と笑い食事を置いて船倉を出て行く。
そうして、しばらくして三人が食事を済ませた頃、また先ほどの男がやってきた。
「頭がお呼びだ」
そんな言葉の後、三人は男に連れられある部屋まで案内された。
その部屋は、ここが空賊船であることを忘れそうになるくらい豪華に飾り立てられており、そこには何人もの男たちがいて、その中心に、油で汚れたシャツから赤銅色に焼けた肌を覗かせ、ボサボサの黒い髪は赤い布で纏め、無精ひげを生やし、更に眼帯を左目当てた、全身で自分は海賊であると自己主張しているような男がいた。
空賊船の船長なのであろう、その男は、ルイズを見てニヤリと笑うと、彼女に名を尋ねた。
「薄汚いアルビオンの反乱軍なんかに名乗る名はないわ!」
そんなルイズの言葉に、しかし、船長は特に気分を害した様子もなく笑い続けて尋ねる。
「ほう。では、王党派に会いに行くとか言う話は事実だと?」
「そうよ!」
「なるほど。それで、なんの目的があってあいつらに会いに行くんだ? あんなやつら明日にでも消えちまうぜ」
「あんたらに言う必要なんかないわよ」
「そうかい。けど、このままじゃ、お前ら死んじまうぜ。ここでな。それくらいなら貴族派についたほうがいいぜ。こっちはメイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」
そう言って船長は、アプトムとワルドにも眼を向けるが、二人は特に心を動かした様子は見せず、それどころか、逆に観察してくるような眼をしていた。
「死んでもイヤよ」
そう答えてくるルイズに、船長は「どうしてもか?」と尋ね。「どうしてもよ」という答えに、大きく声を上げて笑った。
そうして、船長は布を巻いた黒髪やひげに手をやり、それを引っ張った。
黒髪はカツラで、ひげは付けひげだったらしく、更に眼帯も外すと、そこには気品ある一人の若者が現れていた。
「失礼。私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、いや、この肩書きはもう意味がなくなっているな。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ。名を伺ってもいいかな」
それは、あまりにも予想外の展開で、ルイズはパクパクと口を開きどうすればいいのかと、助けを求めるようにアプトムとワルドを交互に見やり、二人が嘘ではないだろうと頷くのを見て「えーっ!?」などと驚愕の声を上げた。
宿で襲撃してきた傭兵たちは、ルイズたちがいなくなって少しすると、あっさりと解散してしまった。
どうも、後ろで命令していたメイジが解散を命じたらしいのだが、その意図はギーシュには分からない。
なんにしろ、それならと追いかけようと考えたギーシュだが、桟橋に言ってみると船はもう出てしまっている。ならばと彼が考えたのは、タバサの使い魔であるシルフィードを使うことであるが、これには当然の如くタバサが難色を示した。
彼女にしてみれば、せっかくアプトムと距離を取れたのに、何でまた追いかけなくてはならないのかという思いがある。
キュルケもまた、なんとなくではあるが、タバサがアプトムを忌避していると気づいているので追いかけろとは言わない。それ以前に、ワルドという美丈夫に興味をなくした時点で、キュルケにルイズたちを追わなければいけない理由はなくなっていたのだが。
そうして八方塞になったギーシュは、次の船を待つことにして一人、港町に残った。
もちろん、キュルケとタバサは、さっさとシルフィードに乗って帰っていった。
#navi(ゼロと損種実験体)
#navi(ゼロと損種実験体)
その夜、ギーシュは泣いた。泣きながら酒を飲んでいた。
「どうしたのかね? 彼は」
そんなことを聞いてくるワルドに、ルイズたちは呆れる。
ギーシュが落ち込んでいる理由など、ワルドとの決闘で、一方的に負けてしまったからに決まっているではないか。
もちろん、学生の身でありドットメイジでしかないギーシュが、魔法衛士隊隊長でありスクウェアメイジであるワルド相手に、勝てるはずもなく、善戦したかったと考えることすら、身の程知らずと言えるのではあるが、だからと言って笑って流せるほど彼の矜持は安くないし、自分の後に、彼が一方的にライバル視しているアプトムがワルドと決闘をして引き分けた事もまた、彼の心を落ち込ませるのだ。
「今は、そっとしときましょ」
そう言って、ルイズが自分も飲もうとワインの入った杯を持ち上げようとした時、玄関から何人ものガラの悪そうな男たちが入ってきた。
なんだろう? と思って、そちらを見ると男たちは、「いたぞ!」と声を上げて弓を構える。
これに、即座に対応できたのはワルドとタバサである。二人は、とっさに杖を振るい放たれる矢と男たちを吹き飛ばす。
けれど、玄関からは後から後から男たちが入ってくるし、外から矢を射掛けて来る者もいる。アプトムが、床とつながっているテーブルの足を折り、それを倒して盾にするが、一時凌ぎにしかならないだろうことは予測できる。
「すごい数だわ。これって、もしかしなくても……」
「アルビオンの貴族の手の者だろうね」
キュルケの疑問に、ワルドが答える。
「こうなってみると、この前の賊も、ただの物盗りじゃなかったってことでしょうね」
今更言っても、しょうがないけどね。と、キュルケは、ぼやく。
傭兵なのだろう。男たちはメイジとの戦いに慣れているらしい。魔法は強力だが、詠唱の暇なく攻撃を受ければ使いようがないし、弓矢での長距離攻撃をしかけてくる相手に届くような魔法を連発していては精神力を消耗して倒しきる前にこちらが先にへばってしまう。
厄介なことになったなと、アプトムも飛んでくる矢を手掴みで受け止め防ぎながら、考える。
一緒にいるメイジたちと違い、彼は弓矢の攻撃を脅威に感じないし、その気になれば彼らを一人で制圧できるだけの能力も持っている。だが、それは足手纏いがいなければの話だ。なにぶん相手は数が多い。傭兵たちを倒している間に、ルイズの身に何かあれば意味がない。
獣化すれば、その心配もなく撃退できる能力を発揮できるのだが、その場合は傭兵たちを皆殺しにする必要が出てくるだろう。更に言えば、こちらの一行には獣化を見せるべきではないだろう者もいる。
彼は襲撃があることを知っていた。だが、町の入り口であった襲撃くらいのものだろうと楽観し放置してしまい、それが仇となっていた。
手詰まりなこの状況の中、ワルドが口を開く。
「いいか諸君。このような任務は、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」
それは、敵の足止めの人員を置いて、他の者は先に行けばいいのだという提案。
それしかないか。と、アプトムは同意する。その結果、残される者の身が危険に晒されることは理解しているが、それでも、ここで全員を危険の内において置くよりはマシだろう。
だから、「任せたぞ」とワルドの肩を叩き、ルイズの手を引いて他の三人にも着いてくるようにと促す。
「ワルドさまを置いて行くの!?」
ルイズの非難するような問いに、アプトムは黙って頷く。こういう役は、戦場に残されても生還できる実力のある者がかってでるべき役割である。そしてアプトムの見る限り、ワルドは自分と同じで足手纏いさえいなければ、この包囲から脱出するのは難しくない実力を持っているだろうし、言い出した本人が自分は、残りたくないなどと逃げる事はありえないだろうと彼は考えている。
そんなわけで、なんだか予定と違うぞとでも言いた気な顔のワルドを置いて行こうとしたところで、タバサが自分が残ると言い出した。
本人曰く、自分は元々員数外であるというか、そもそも最初からアルビオンに行くつもりなどない。だから、囮になって残るべきは自分である。
そして、そんなことを言い出したタバサをキュルケが置いて行くことはない。最近ルイズを気に入って心配したりもしている彼女ではあるが、親友と比べてどちらが大切かと問われれば、タバサの方に天秤が傾く。
そうして、女の子二人を置いて行くわけにはいかないと、ギーシュも残ると言い出して、結局三人が残ることになる。
この結果に、ワルドが「計画通り」と嫌な笑顔を浮かべていたが、タバサも内心で同じ事を考えていた。
タバサはアプトムという男を恐れている。人を簡単に殺せる力と心を持ったバケモノを恐れない人間は、そうはいない。
だから、できるだけ距離を置きたいと思っている彼女だが、親友の方がガンガンあの男に近づいて行ってしまう。だからといって、親友と距離を取るのも嫌だし、大体そんなことをしたら親友が心配でしかたがない。
そして、なし崩しに行動を共にすることになっていたアプトムと距離を取る都合のいい機会。これを利用しない手はない。
多数の傭兵の足止めというのは、危険な行為ではあるが、それでもこの先もアプトムと行動を共にすることに比べれば遥かにマシだ。しかし、その事を知らないキュルケは、自分を心配して一緒に残ると言ってくれるだろう。そうやって自分と親友の二人をアプトムから引き離す。
それが、彼女の計算。ギーシュが残ることは計算に入ってないが、そちらはどうでもいい。
そんな内心の思惑を知る者はなく、タバサ、キュルケ、ギーシュの三人は傭兵たちを引きつける囮として宿に残り、ルイズ、アプトム、ワルドの三人は酒場の厨房の通用門から外に出て、桟橋へと走り出した。
山を登り桟橋に向かった三人は、誰に会うこともなく巨大樹にたどり着く。タバサたちが足止めを引き受けてくれたとはいえ、あれだけの傭兵がいて一人も追ってこないのはどういうことだ? とアプトムは訝しむが、他の二人は気にせずにずんずん進んでいく。
実は、あの傭兵たちの目的が一行を分断し、その片方の足止めをすることだなどとはアプトムにも分からない。
そうして、ワルドがアルビオンに向かう船を見つけ、そこに向かう階段を登り始めた時、アプトムは背後から聞こえる足音に気づいた。
それは、白い仮面で顔を隠した男であった。仮面の男は、魔法でも使ったのだろう、高く舞い上がり、アプトムとその前を走るルイズの頭上を跳び越えて前に立つ。
男の動きに停滞はなく、流れるような動作で振り返りルイズを捕まえようと手を伸ばす。
突然、目の前に降り立った男に驚くばかりで、まったく反応できなかったルイズが、その男に捕らえられずに済んだのは、すぐ後ろを走っていたアプトムに手を引かれ、その後ろに庇われたからである。
男に気づいたのだろう、ワルドが振り返り、舌打ちして杖を振る。詠唱した魔法はエア・ハンマー、風の槌に打たれ、男は階段の手すりから零れ落ちる。
手すりの向こうには何もなく、そこを乗り越えたら遥か下にある地面に落ちていくことになるだろうに、男は自分の体を自分の体を支えようともせずに呪文を唱えた。
「ライトニング・クラウド!?」
その魔法が何か気づいたルイズが叫ぶが、もう遅い。落下する男の杖が発した雷撃が襲い、アプトムは、それをかろうじて右手で受け止め苦鳴を上げる。それを見届けると男はニヤリと笑い、そのまま落ちて行き、その姿を消した。
「大丈夫なの?」
普通なら腕で受けたところで死を免れない魔法である。狼狽し尋ねるルイズであるが、アプトムの方はというと、すでに表情に苦痛の色もなく、魔法を受けた右手を振り「問題ない」と答える。
獣化していない状態でも常人を遥かに超える耐久力と生命力を持つ彼である。獣化兵をも倒すほど魔法だというのならともかく、人間一人の命を奪う程度の威力の電撃では生命の危機には遠い。とはいえ、まったくの無傷とはいかず、右腕は所々焼け焦げて酷い有様で、ルイズは安心することができない。
「今の呪文、ライトニング・クラウドは風系統でもかなり強力な魔法だ。あの男、並のメイジではないな」
そう言ったワルドは、平然とした顔のアプトムの様子を伺う。
「しかし、本来なら命を奪うほどの呪文なのだが、これもガンダールヴの力かね?」
そんな問いに、そういえば何故ワルドが、ガンダールヴという言葉を知っているのかとルイズに顔を向けると、彼女は先日ワルドに教えられたことを説明し、「アプトムは伝説の使い魔かもしれないんだって」などと、今更なことを言ってくる。
なるほどとルイズの頭をなでると、ワルドに対しては「そんなところだ」といい加減に答えておく。
仮面の男は撃退できたようだが、また次の追っ手が来ないとも限らないのだ。ここで、ゆっくり話し込んでいるような時間はないだろう。
「先を急ぐぞ」
アプトムがそう言うと、ワルドも頷き三人は階段を駆け上がり一本の枝に吊るされた帆船にたどり着いたのだった。
ワルドが交渉を済ませ出港した、マリー・ガラント号という船の上で、アプトムは焼け焦げた自分の右腕を、動かさないように注意しながら見ていた。
「傷は大丈夫?」
心配してくるルイズに、さてどう答えたものかとアプトムは考える。
元々大した傷ではないし、腕を丸ごと失ったとしても新たに生えてくる再生能力を持つ彼である。火傷などとっくに治っている。
ルイズには、その事を知られても特に問題はないのだが、ワルドには知られるべきではない。相手は、フーケやタバサのように、自分も人に知られたくない秘密を持っている人間ではない。王家に仕え、自分のような存在の事を報告する義務があるであろう貴族だ。そういう相手には極力自分の能力は隠す必要がある。
だから、表面に残っている焦げた皮膚を落とさないように注意しているのだが、その姿はルイズには苦痛を我慢しているように見えていることだろう。
その事を説明してやったほうがいいのだろうとも思うが、ルイズに話せば即座にワルドにも話が伝わる気がしてならない。
ちなみに、ワルドは現在船を浮かべるために必要な『風石』が、今現在のアルビオンのある位置まで向かうには足りないということで、船を浮かべる補助をするために船長と共にいる。
そんなワケで、ちょうどいい言い訳も思いつかず、まあ気にするな。としか言えない。
その言葉は、心配してくるルイズの気持ちを無碍にするものであったが、アプトムは、それほど他人の感情の機微に敏感な方ではない。
アプトムが傷を負った時、自分は何もで出来ずにいたと、自身のふがいなさを責めていたルイズは、心配すらさせてくれないのかと臍を噛む。
そんな時、二人の元にワルドがやってきた。
なんだかんだで彼も仕事をしていたようで、船員たちに王党派のいるニューカッスルの情報を聞いてきたらしい。
そして、結論として貴族派の間を抜けての陣中突破しかないと結論を出した。
それなら、やはりルイズはどこかに置いてべきではないかとアプトムは思うが、ワルドは、そう思わないらしい。何か考えがあるのか?
そんなことを思うが、ワルドが何を考えているのかなどアプトムに分かるはずもない。
何も考えがなかったとしても、ルイズのことだ。また何か理由をつけて追いかけてくる可能性を考えると、連れて行った方がまだしも安全かもしれない。
そういえば、ルイズがついてくる時の言い訳に使われたデルフリンガーを忘れてきたなと、今頃になって気づくアプトムであった。
余談だが、宿に残ったキュルケたちも喋る剣のことなど忘却しており、後にアプトムとデルフリンガーは意外な場所で再会することにな
る。
「アルビオンが見えたぞー!」
そんな船員の声に、陸地がないかと海を見ていたアプトムは、そういえばアルビオンとは空にあるんだったなと上方に眼を向けて、そこに巨大な大地を発見する。
そして、視界の端で別の物も発見する。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を運んでいる船だと、教えてやれ」
「あの船は旗を掲げておりません!」
「してみると、く、空賊か?」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」
「逃げろ! 取り舵いっぱい!」
そんな大騒ぎに、空に出てくる海賊だから空賊なのか? などと緊張感のないことを考えていると、隣で寝ていたルイズが目を覚まし起き上がってきた。
「うるさいね。なんの騒ぎよ」
「空賊だそうだ」
「ふーん……、って空賊!? まさか反乱軍……、貴族派の軍艦なの!?」
それは違うだろうと、アプトムは思う。この船が貴族派のために荷を運んでいるという先に聞こえた言葉が嘘でない限り、貴族派がこの船を襲う理由はない。
ドゴンッ。という爆音と共に撃ち出された砲弾が、こちらの船をかすめるように飛んできたのを見て、怯えたルイズがアプトムの左腕に抱きつく。
一方、甲板では船長が助けを求めるようにワルドを見ているが、こちらは船を浮かばせるために魔法を使ったせいで空賊を相手にできるだけの精神力が足りない。
この状況において、アプトムにはいくつかの選択肢がある。
獣化して、空賊の船を一気に殲滅してもいいし、ルイズだけを連れて船を降りてもいい。その場合、ワルドはグリフォンがいるからアプトムが助けなくても問題ない。他にも、向こうの船に乗り込んで逆に乗っ取ってやってもいい。
だが、それをやると多くの者に自分の獣化を見られることになるし、ついでに言えば、それは今すぐでなくても出来る。根本的に、アプトムはルイズだけを守れればそれでいいのである。抵抗するなら、ルイズに危害を加えられる恐れが出てきてからでも遅くはない。
任務に関しても、ニューカッスルに向かう方策のない現状では、ここで足止めをくってもさして問題はない。というか、何事もなくアルビオンに着いていたら、何の作戦もなく向かおうと言い出すであろうルイズを、ここで足止めすることができて、方策を考える時間をもらえたのは返ってありがたいかもしれない。
そういうわけで、アプトムは空賊に対して抵抗しないことにした。
理由はどうあれ、早々に抵抗をあきらめたのは、船員も同じらしく停船した船に、空賊船から屈強な男たちが乗り移ってくる。
そうして船は乗っ取られ、船員たちはもちろん、精神力の切れたワルドもさして抵抗することなく捕らえられた。
アプトムも、幸い右腕を負傷している事になっているので、無抵抗で捕まってもルイズから文句が出ることがなく、空賊にも警戒されずに済んだ。
空賊に捕らえられた後、船員たちは、かつて自分たちの物だった船の曳航を手伝わされ、役に立たないアプトムたち三人は空賊船の船倉に閉じ込められていた。
ワルドとルイズは杖を取り上げられ無力化されていたが、元々武器を持っていない(その存在自体が武器そのものである)アプトムには関係のないことである。
デルフリンガーは? という疑問は上がらない。ルイズは、本人に話しかけられない限り、錆びた剣の事を思い出したりしない。アプトムは、剣に興味がない。ワルドはデルフのことを知らない。
「さて。ちょうどいいから、任務のことについて話し合っておこう」
そんなことを言い出したアプトムに、ルイズとワルドは怪訝な顔を向ける。任務のことと言っても、空賊に捕まっているこの状況をどうにかしないと、話し合っても意味がないのではなかろうか。
だが、ここから脱出することは難しくとも、不可能ではないとアプトムは言う。
実際は、簡単なのだが、それを言うとルイズが今すぐに脱出しようと言い出しそうなので自重するアプトムである。
「どこに脱出するつもりだね? ここは空の上だよ」
「別に、永遠に空を飛んでいるわけじゃないだろう。この船がどこかに入港したときにでも脱出すればいい」
確かに。とワルドは頷き、それでどうやって脱出するつもりなのかと尋ねてくるが、それにはアプトムは答えない。今話し合うべきことは脱出した後、いかにしてニューカッスルに向かうかだ。自分とワルドの二人だけで行くのならともかく、ルイズを連れて陣中突破などと冗談ではない。
そんな風に、脱出の方法を口にしないそアプトムにワルドは不審そうな顔をするが、ルイズは何かに気づいたような顔をする。
彼女の認識では、いまだにアプトムは先住魔法を使う亜人である。ならば、その脱出方法は、ワルドとの決闘にも使わなかった先住魔法を使ったものに違いない。今ここで口にしたくないと考えるのも、しかたのないことであろう。そんな風にルイズは考えた。
これは、もちろん誤解である。元々、このハルケギニアの住人でも亜人でもないアプトムには、先住魔法など使えない。
少し前に、吸血鬼という先住魔法を使う亜人を融合捕食することで、魔法を使う能力は得たのだが、彼には魔法を使うための知識がない。具体的に言うと呪文を知らない。
タバサの使い魔である韻竜のシルフィードにでも教えを請えば、すぐにでも魔法を使えるようになるのだろうが、そもそもアプトムはシルフィードが人語を解することすら知らない。なぜならタバサに消されるのを恐れたデルフリンガーが口をつぐんでいるから。
まあ、そんな誤解はあったが、ルイズが自重したため、ワルドもそれ以上の追及ができず、三人は脱出した後の事を話し合う。
彼らの目的地であるニューカッスルの城は、浮遊大陸アルビオンの端から突き出した岬の突端にあるのだという。
航空戦力のない世界なら防衛に適した城だといえるのだろうが、普通に空に浮かぶ船がある世界では、不便なだけではないだろうか、というか岬で誰かが巨大な土ゴーレムを作って暴れさせたりしたら、地盤が崩れて落ちていったりしないのだろうか、と思ったが、それは今言うことでもない。
問題は、岬を封鎖されてしまっただけで城に向かうことができなくなっている事である。空から行けば、という考えも敵側が空を進む戦艦を持っている時点で否定される。
では、どうすればいいのか。ルイズがいなければ話は簡単である。ワルドと二人で強行突破も不可能ではないだろうし、途中で死なれてもアプトムとしては困らない。
逆に、ワルドがいなくてルイズと二人だけでも、実は簡単に城に行くことができる。彼が、かつて融合捕食で能力を奪った者の中には、地中を掘り進む事を可能としたものもいる。だが、そのためには獣化が必要になってくるので、ワルドに正体を隠したままでは使えない。
ここでアプトムは、一度貴族派の中に紛れ込み、金で動く人間を捜し協力者になってもらうことを発案する。
これに、そう上手くいくものかとワルドは難色を示す。金で動く者がいなければそれまでだし、いたとしても自分たちを突き出して、その褒美を貰おうと考えるかもしれない。都合よく協力者ができたとしても、それで上手く包囲を抜けられる保証もない。
まったくその通りであるとアプトムは思うが、これ以外では世闇にまぎれて、こっそり包囲を抜けるという手ぐらいしか思いつかない。
それに、信頼できる協力者を作るという点ではアプトムには自信がある。吸血鬼を融合捕食した彼は、現状では魔法を使うことはできない
が、屍人鬼を作る能力のほうは問題なく使える。ルイズやワルドには教えられない悪しき手段ではあるが、これなら裏切られる心配のない手
駒を用意できるし、ある程度以上の身分の者を屍人鬼にすれば、任務も大分楽になるだろう。
まあ、他にいい作戦もないかと話が纏まった辺りで、船倉の扉が開き、空賊の男が食事を持って入ってきた。
「相談は終わったかい?」
その言葉に、聞かれていたのかとルイズは狼狽するが、アプトムは気にしない。彼は、外で立ち聞きしていた者の気配に気づいていたし、聞かれても問題ないと判断していた。
「お前たち、王党派の奴らに何の用なんだ?」
「そんなこと、あなたに言う必要はないわ」
ルイズの言葉に、男はニヤリと笑い。そうでもないと答える。
「俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。それで、王党派に味方しようとする酔狂な連中を捕まえる密命を帯びてるのさ」
その言葉に、ルイズはハッと顔色を変え、アプトムとワルドは眉を顰める。
船が襲われた時、船長は、自分たちの船は貴族派のための荷を運んでいると言っていたはずだ。貴族派から密命を帯びるような者が、そんな船を襲うだろうか?
そんな疑問はルイズには無縁のものであったらしく、彼女は、それならば、やはりこの船は反乱軍の軍艦なのだなと怒りをぶつける。
「で? おめえらは王党派か? 貴族派なら、きちんと港まで送ってやるよ」
馬鹿にするような言い草に、カッと頭に血を上らせたルイズは、自分たちは王党派へのトリステイン王国の使者だと言い放つ。
そんな威勢のいい言葉に、男は「そりゃいいや」と笑い食事を置いて船倉を出て行く。
そうして、しばらくして三人が食事を済ませた頃、また先ほどの男がやってきた。
「頭がお呼びだ」
そんな言葉の後、三人は男に連れられある部屋まで案内された。
その部屋は、ここが空賊船であることを忘れそうになるくらい豪華に飾り立てられており、そこには何人もの男たちがいて、その中心に、油で汚れたシャツから赤銅色に焼けた肌を覗かせ、ボサボサの黒い髪は赤い布で纏め、無精ひげを生やし、更に眼帯を左目当てた、全身で自分は海賊であると自己主張しているような男がいた。
空賊船の船長なのであろう、その男は、ルイズを見てニヤリと笑うと、彼女に名を尋ねた。
「薄汚いアルビオンの反乱軍なんかに名乗る名はないわ!」
そんなルイズの言葉に、しかし、船長は特に気分を害した様子もなく笑い続けて尋ねる。
「ほう。では、王党派に会いに行くとか言う話は事実だと?」
「そうよ!」
「なるほど。それで、なんの目的があってあいつらに会いに行くんだ? あんなやつら明日にでも消えちまうぜ」
「あんたらに言う必要なんかないわよ」
「そうかい。けど、このままじゃ、お前ら死んじまうぜ。ここでな。それくらいなら貴族派についたほうがいいぜ。こっちはメイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」
そう言って船長は、アプトムとワルドにも眼を向けるが、二人は特に心を動かした様子は見せず、それどころか、逆に観察してくるような眼をしていた。
「死んでもイヤよ」
そう答えてくるルイズに、船長は「どうしてもか?」と尋ね。「どうしてもよ」という答えに、大きく声を上げて笑った。
そうして、船長は布を巻いた黒髪やひげに手をやり、それを引っ張った。
黒髪はカツラで、ひげは付けひげだったらしく、更に眼帯も外すと、そこには気品ある一人の若者が現れていた。
「失礼。私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、いや、この肩書きはもう意味がなくなっているな。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ。名を伺ってもいいかな」
それは、あまりにも予想外の展開で、ルイズはパクパクと口を開きどうすればいいのかと、助けを求めるようにアプトムとワルドを交互に見やり、二人が嘘ではないだろうと頷くのを見て「えーっ!?」などと驚愕の声を上げた。
宿で襲撃してきた傭兵たちは、ルイズたちがいなくなって少しすると、あっさりと解散してしまった。
どうも、後ろで命令していたメイジが解散を命じたらしいのだが、その意図はギーシュには分からない。
なんにしろ、それならと追いかけようと考えたギーシュだが、桟橋に言ってみると船はもう出てしまっている。ならばと彼が考えたのは、タバサの使い魔であるシルフィードを使うことであるが、これには当然の如くタバサが難色を示した。
彼女にしてみれば、せっかくアプトムと距離を取れたのに、何でまた追いかけなくてはならないのかという思いがある。
キュルケもまた、なんとなくではあるが、タバサがアプトムを忌避していると気づいているので追いかけろとは言わない。それ以前に、ワルドという美丈夫に興味をなくした時点で、キュルケにルイズたちを追わなければいけない理由はなくなっていたのだが。
そうして八方塞になったギーシュは、次の船を待つことにして一人、港町に残った。
もちろん、キュルケとタバサは、さっさとシルフィードに乗って帰っていった。
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