
ボーナストラック「終わり(始まり)の始まり」
「やあ、おかえり。」
「ただいまメナスさん。相変わらず暇してる?」
「暇とは失礼な。大統領補佐として忙しい毎日だよ。」
赤い煉瓦造りの壁で覆われた国・カザン共和国は、多くのハントマンを送り出す『冒険の出発地点』であった。
ハントマンがハントマンとして活動するために必要なことは主に二つあり、一つはギルドへの登録、そしてもう一つはパーティへの参加である。カザンという国が冒険の出発地点として名を広めていたのは、そのギルドとパーティ双方を利用できる数少ない施設を有していたからだった。
「……こほん。それはそれとして。キミが戻ってきたということは、先日の依頼はもう達成したのかな。」
咳払いで話題を本筋へ戻した青年・メナスは、このギルドを統括する責任者を務めている。そして、カザン共和国の大統領であるドリス・アゴートの補佐もこなしていた。
「もちろん。ついでに向こうで受けてきた依頼で、メナスさんに頼みたいことがあってさ。」
「頼みたいこと?私にかい?」
「そう。」
モンスターの一部だろうか、ドロップしたもの(討伐の証拠)をカウンターに乗せた少年はメナスに向けて口を開く。
「パーティ作りたいんだよね。」
「パーティを作りたいんです。」
「「……え?」」
まるで息を合わせて述べたように、二人の声は見事に重なった。サラウンドで同じ内容を聞いたメナスは、もう一人の声の主へ視線を向けた。
目の前で口を開いたまま立ち尽くしている少年と、そう変わらない年頃だろう、少女が立っていた。大きな杖を両手で抱えて、パーティ専用窓口のエランと話をしている。少女も、隣で全く同じことを話す少年のことが気になったのだろうか。
「あれ。……パーティ、申請って、あれ、」
「気にしないで、あの子は特別なのよ。パーティ申請はここで合ってるから。」
「あ、そうなんですね。」
「……だそうですよ、キミがあの子とパーティを組めばいいじゃないか。」
「いやー、簡単に言わないで欲しいなぁメナスさん。人を救うのとはまた違うんだよ。俺だって誰彼構わずパーティ組みたいわけじゃないんだし。」
隣で会話を続ける少女を気にする素振りは見せたものの、少年はメナスへ向き直り、求めているパーティメンバーの条件を語り始めた。
「俺一人で戦闘は大体どうにかなるから、回復してくれそうな子がいいんだ。」
「えっと……役職の欄は、ヒーラーでいいんですよね?」
少年の隣で、今まさに少女はエラン指導の元で申請書に記述を始めていた。
「とにかく厄介だったのが砂漠のサソリ、あの毒の対処で手一杯になっちゃってその先に進めなかったから、毒の扱いが得意な子で、」
「強み、ですか。……あっ、毒の対処なら誰より出来る自信があります!治癒も、毒の攻撃も!」
「……、出来れば一人だけでいいんだ。沢山いるとカバーが大変だし、不意打ちの確率も上がると思う、から。」
「募集人数?希望枠?特に考えてなかったなぁ……とにかく誰かの支援が出来れば。この人と一緒がいい、っていう同時加入希望も無いですし。」
「ただいまメナスさん。相変わらず暇してる?」
「暇とは失礼な。大統領補佐として忙しい毎日だよ。」
赤い煉瓦造りの壁で覆われた国・カザン共和国は、多くのハントマンを送り出す『冒険の出発地点』であった。
ハントマンがハントマンとして活動するために必要なことは主に二つあり、一つはギルドへの登録、そしてもう一つはパーティへの参加である。カザンという国が冒険の出発地点として名を広めていたのは、そのギルドとパーティ双方を利用できる数少ない施設を有していたからだった。
「……こほん。それはそれとして。キミが戻ってきたということは、先日の依頼はもう達成したのかな。」
咳払いで話題を本筋へ戻した青年・メナスは、このギルドを統括する責任者を務めている。そして、カザン共和国の大統領であるドリス・アゴートの補佐もこなしていた。
「もちろん。ついでに向こうで受けてきた依頼で、メナスさんに頼みたいことがあってさ。」
「頼みたいこと?私にかい?」
「そう。」
モンスターの一部だろうか、ドロップしたもの(討伐の証拠)をカウンターに乗せた少年はメナスに向けて口を開く。
「パーティ作りたいんだよね。」
「パーティを作りたいんです。」
「「……え?」」
まるで息を合わせて述べたように、二人の声は見事に重なった。サラウンドで同じ内容を聞いたメナスは、もう一人の声の主へ視線を向けた。
目の前で口を開いたまま立ち尽くしている少年と、そう変わらない年頃だろう、少女が立っていた。大きな杖を両手で抱えて、パーティ専用窓口のエランと話をしている。少女も、隣で全く同じことを話す少年のことが気になったのだろうか。
「あれ。……パーティ、申請って、あれ、」
「気にしないで、あの子は特別なのよ。パーティ申請はここで合ってるから。」
「あ、そうなんですね。」
「……だそうですよ、キミがあの子とパーティを組めばいいじゃないか。」
「いやー、簡単に言わないで欲しいなぁメナスさん。人を救うのとはまた違うんだよ。俺だって誰彼構わずパーティ組みたいわけじゃないんだし。」
隣で会話を続ける少女を気にする素振りは見せたものの、少年はメナスへ向き直り、求めているパーティメンバーの条件を語り始めた。
「俺一人で戦闘は大体どうにかなるから、回復してくれそうな子がいいんだ。」
「えっと……役職の欄は、ヒーラーでいいんですよね?」
少年の隣で、今まさに少女はエラン指導の元で申請書に記述を始めていた。
「とにかく厄介だったのが砂漠のサソリ、あの毒の対処で手一杯になっちゃってその先に進めなかったから、毒の扱いが得意な子で、」
「強み、ですか。……あっ、毒の対処なら誰より出来る自信があります!治癒も、毒の攻撃も!」
「……、出来れば一人だけでいいんだ。沢山いるとカバーが大変だし、不意打ちの確率も上がると思う、から。」
「募集人数?希望枠?特に考えてなかったなぁ……とにかく誰かの支援が出来れば。この人と一緒がいい、っていう同時加入希望も無いですし。」
「……答えはすぐそこにあると思うよ。」
「おすすめできそうな人、探さなくても見つかりそうね。」
メナスとエランが苦笑しながらため息を吐いたのも、全く同じタイミングだったことは言うまでも無いだろう。
「……マジで?」
「え?どういうことですか?エランさん。」
物を書くことに集中していたのか、少女に少年の声はまるで届いていないようだった。だが少年の耳には少女の独り言は届いていた。信じられないものを見るような、引き攣った顔で少年は少女の方を見やる。少女の腰には、確かに解毒薬のようなものが提げられていた。
「おすすめできそうな人、探さなくても見つかりそうね。」
メナスとエランが苦笑しながらため息を吐いたのも、全く同じタイミングだったことは言うまでも無いだろう。
「……マジで?」
「え?どういうことですか?エランさん。」
物を書くことに集中していたのか、少女に少年の声はまるで届いていないようだった。だが少年の耳には少女の独り言は届いていた。信じられないものを見るような、引き攣った顔で少年は少女の方を見やる。少女の腰には、確かに解毒薬のようなものが提げられていた。
───かつて、遠い昔。ドラゴンによって滅ぼされた惑星があった。その名もヒュプノス。その惑星に生きていた生命体は惑星の名を背負う思念として、時にその感情が高まった瞬間、より強い力を得るという───。
ヒュプノスと呼ばれる生命が、あった。彼女らは、姉妹として。時にドラゴンを憎み、時に人間を愛していた。
だが、彼女らは知らなかった。自分たち以外に、ヒュプノスの「なりそこない(・・・・・・)」として、同じように地球に辿り着いた存在が居たことを。
loop-0
少女には名前と呼ばれるものがなかった。否、かつて抱いていた名前さえ彼女の中には「残って」いなかったのだ。
だが、彼女らは知らなかった。自分たち以外に、ヒュプノスの「なりそこない(・・・・・・)」として、同じように地球に辿り着いた存在が居たことを。
loop-0
少女には名前と呼ばれるものがなかった。否、かつて抱いていた名前さえ彼女の中には「残って」いなかったのだ。
ただ事実として有ることは、その惑星が既に滅んでおり、宇宙へ投げ出された彼女は微かな残滓を辿るように黒海を漂っていたこと。たった一人だった彼女は、ヒュプノスと後に呼ばれる存在足りえる程の能力は有していなかった。
思念として在った彼女は、ゆっくりと地上に降り立った。形を持たない思念の表面を直接撫でるような音が響いている。
波の音だと気付くのに、ずいぶんと時間がかかった。
遠くに、何かがいた。一対の腕と一対の脚がある。ヒトだ。ここには人間(ルシェ)がいるのだ、つまり自分も同じ姿であるべきだと彼女は理解した。
波の音だと気付くのに、ずいぶんと時間がかかった。
遠くに、何かがいた。一対の腕と一対の脚がある。ヒトだ。ここには人間(ルシェ)がいるのだ、つまり自分も同じ姿であるべきだと彼女は理解した。
そうして彼女は、名を持たない存在として。深い海に浮かぶ大都市──アトランティスに立つこととなった。
暫く海を眺めていた彼女は、波に揉まれ揺れる水面に「未来を視た」。それは彼女がなりそこないだったからこそ得た能力か、それとも必然か。彼女は遠い未来を、見ていた。
暫く海を眺めていた彼女は、波に揉まれ揺れる水面に「未来を視た」。それは彼女がなりそこないだったからこそ得た能力か、それとも必然か。彼女は遠い未来を、見ていた。
これは、ヒュプノスと成れなかった少女と、13班と呼ばれることになる血との、運命をなぞる物語。
(ページの黒染め もしくは情景とわかる何か)
loop1
「そこに居ると波に攫われてしまうよ。」
少女はくるりと振り返る。少女の倍近くはあるであろう体躯の青年が少女に目線を合わせるように背を丸めながら声を掛けた。
「突然声をかけて済まない。……もし君が、誰かの死に目を見たくなくて、誰よりも先に沈みたいという優しい子でないのなら。女王と……皆と、一緒に街を眺めながらの方が。良いと、思うんだ。」
「あなたは見たくなかったのに?」
(ページの黒染め もしくは情景とわかる何か)
loop1
「そこに居ると波に攫われてしまうよ。」
少女はくるりと振り返る。少女の倍近くはあるであろう体躯の青年が少女に目線を合わせるように背を丸めながら声を掛けた。
「突然声をかけて済まない。……もし君が、誰かの死に目を見たくなくて、誰よりも先に沈みたいという優しい子でないのなら。女王と……皆と、一緒に街を眺めながらの方が。良いと、思うんだ。」
「あなたは見たくなかったのに?」
青年は驚いたように目を見開いた。そうして、諦めたように眉を落とし少女の隣に腰かけた。揺れる波を眺めながら青年は口を開く。
「そうだな。もしかしたら、私がそうだったのかもしれない。敬愛する女王と、愛する街が滅ぶさまを見るくらいなら……ほんのわずかな一瞬でも、波をせき止めてしまいたいと思った。」
「そうだな。もしかしたら、私がそうだったのかもしれない。敬愛する女王と、愛する街が滅ぶさまを見るくらいなら……ほんのわずかな一瞬でも、波をせき止めてしまいたいと思った。」
「結局、この城は沈むのに。」
少女はこの海上都市───アトランティカが波に沈む未来を視ていた。今ここで、青年が命を賭して波に抗おうとしても所詮沈む瞬間がコンマ数秒遅れるだけ。結果は何も変わらない。
「ああ。……それでも。その一瞬が欲しい人は、きっといる。」
青年はじっと波を見つめていた。少女は、青年の瞳に運命を視た。それはぼんやりとした情景。不確定要素が多々絡んだものでありながら、その未来に存在する人物が居た。
少女は青年の前に立つ。
「あなたは、生きなければいけないの。『彼』が生まれるために。」
「彼……?」
青年は少女に問おうとした。
少女はこの海上都市───アトランティカが波に沈む未来を視ていた。今ここで、青年が命を賭して波に抗おうとしても所詮沈む瞬間がコンマ数秒遅れるだけ。結果は何も変わらない。
「ああ。……それでも。その一瞬が欲しい人は、きっといる。」
青年はじっと波を見つめていた。少女は、青年の瞳に運命を視た。それはぼんやりとした情景。不確定要素が多々絡んだものでありながら、その未来に存在する人物が居た。
少女は青年の前に立つ。
「あなたは、生きなければいけないの。『彼』が生まれるために。」
「彼……?」
青年は少女に問おうとした。
波が、二人を飲み込んだ。
「オーラシールド!」
青年が腰に提げていた剣を抜く。切先が円を描き、大きな盾が空へ広がる。波を僅かに押し留めたその盾は、果たして自然に抗うことはできなかった。より大きく膨れた波に押し潰され、青年と少女は波に揉まれていく。
青年が腰に提げていた剣を抜く。切先が円を描き、大きな盾が空へ広がる。波を僅かに押し留めたその盾は、果たして自然に抗うことはできなかった。より大きく膨れた波に押し潰され、青年と少女は波に揉まれていく。
助けたかった。青年は、これが定められたものだったとしても、女王の本心ではないことを悟っていた。だから、助けたかった。
たった一人立ち上がったとしてもニアラには勝てない。それでも、国を守りたかった。青年は自らの力不足を悔やみながらも精一杯に出来る範囲で何とかしたかった。
せめて、せめて。
押し寄せ渦巻く波の中青年は必死に手を伸ばした。せめて、少女は助けたい。せめて、ほんの一雫でも。愛すべき国えお、滅ぼさせたくなかった。
たった一人立ち上がったとしてもニアラには勝てない。それでも、国を守りたかった。青年は自らの力不足を悔やみながらも精一杯に出来る範囲で何とかしたかった。
せめて、せめて。
押し寄せ渦巻く波の中青年は必死に手を伸ばした。せめて、少女は助けたい。せめて、ほんの一雫でも。愛すべき国えお、滅ぼさせたくなかった。
たくさんの水を飲み、体温もとうに冷え切った。青年は、意識が遠のくのを自覚しながら。
指先に温かいものが触れたような、気がした。
指先に温かいものが触れたような、気がした。
ぱしゃ。
波が打ち付ける岸に、少女は居た。少女は傍に横たわる青年を眺めていた。荒れ狂う波から青年を引き上げ、遠い国の岸に運んだのは言うまでもなく少女であった。
「13班。……彼のための、血がこの人ならば。」
少女は遠い未来を視た。それは、そびえ立つ建物の中を懸命に走る人の姿。今隣で眠るこの青年と同じ目をしていた。
少女は青年の濡れた髪をそっと撫でる。その手は僅かに綻び、薄ら透けている。ヒュプノスの「なりそこない」でしかなかった少女の力では人一人助けるだけで、有する能力の半分を使い果たす所業であったのだろう。
「……それとも。私の介入自体が組み込まれていた…?」
少女は応える者の居ない空へ呟き、砂が綻ぶ様にゆっくりと姿を消した。少女は、青年を見守ろうと思った。青年の子孫が受け継がれることを、青年と同じ瞳を宿す「彼」を見出すために。
そうして、幾星霜が光のように過ぎ去った。
波が打ち付ける岸に、少女は居た。少女は傍に横たわる青年を眺めていた。荒れ狂う波から青年を引き上げ、遠い国の岸に運んだのは言うまでもなく少女であった。
「13班。……彼のための、血がこの人ならば。」
少女は遠い未来を視た。それは、そびえ立つ建物の中を懸命に走る人の姿。今隣で眠るこの青年と同じ目をしていた。
少女は青年の濡れた髪をそっと撫でる。その手は僅かに綻び、薄ら透けている。ヒュプノスの「なりそこない」でしかなかった少女の力では人一人助けるだけで、有する能力の半分を使い果たす所業であったのだろう。
「……それとも。私の介入自体が組み込まれていた…?」
少女は応える者の居ない空へ呟き、砂が綻ぶ様にゆっくりと姿を消した。少女は、青年を見守ろうと思った。青年の子孫が受け継がれることを、青年と同じ瞳を宿す「彼」を見出すために。
そうして、幾星霜が光のように過ぎ去った。
loop1-2008
「やめろー!」
西暦2008年、東京・新宿。都会にしては緑が茂る大きな公園に、少年はいた。
「そのおもちゃはあの子のだっ!かえせー!」
「取れるもんなら取ってみろよ。」
齢五、六歳前後と思われる少年は、勇敢にも自らより体躯の大きな小学生と思しき集団に食って掛かる。集団の一人が手にしている玩具は少年の後ろで泣いている幼子のものらしい。
叩いて、蹴って、飛びついた。数人を相手に少年は何度も諦めずに走っていく。追いかけて、追い着いた。
西暦2008年、東京・新宿。都会にしては緑が茂る大きな公園に、少年はいた。
「そのおもちゃはあの子のだっ!かえせー!」
「取れるもんなら取ってみろよ。」
齢五、六歳前後と思われる少年は、勇敢にも自らより体躯の大きな小学生と思しき集団に食って掛かる。集団の一人が手にしている玩具は少年の後ろで泣いている幼子のものらしい。
叩いて、蹴って、飛びついた。数人を相手に少年は何度も諦めずに走っていく。追いかけて、追い着いた。
「もういいよ、いこーぜ。俺んちでゲームしよ。」
果たして、先に諦めたのは小学生の方だった。玩具を放り投げて行ってしまった。
果たして、先に諦めたのは小学生の方だった。玩具を放り投げて行ってしまった。
少年は玩具を拾い上げ、幼子に返した。
「ありがとう、おにぃちゃ、」
「どういたしまして。またね。」
少年も、ぱたぱたと歩いていく。一部始終を、「少女」は視ていた。
「ありがとう、おにぃちゃ、」
「どういたしまして。またね。」
少年も、ぱたぱたと歩いていく。一部始終を、「少女」は視ていた。
「見つけた。あの人と、同じ目。あの時見えた人。」
少女はにこりと微笑んで、少年の前に立つ。自分はこの人の何になれるだろうか、この人が「狩る者」と成り得るために何をすべきだろうか。少年と目が合ったとき、少女はまた未来を視た。
少年に手を振る。少年は不思議そうに手を振り返す。満足げに笑みを見せた少女は、少年とは真逆の方へ走り出した。
少女はにこりと微笑んで、少年の前に立つ。自分はこの人の何になれるだろうか、この人が「狩る者」と成り得るために何をすべきだろうか。少年と目が合ったとき、少女はまた未来を視た。
少年に手を振る。少年は不思議そうに手を振り返す。満足げに笑みを見せた少女は、少年とは真逆の方へ走り出した。
「また会おうね、『お兄ちゃん』。」
loop1-2019
「行ってきます、千世。」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん。」
西暦2019年。都内のアパートの一室で、彼は妹に声をかけた。在原龍、一回り下の妹である千世と二人で暮らしている。両親は居ない。彼が中学生の頃、二人とも交通事故で亡くなった。以来、彼は妹を大切にし、両親が遺してくれた遺産を元に穏やかに暮らしていた。
妹である千世は兄が出かけて行ったのを確認した後、大きく息を吐いた。千世はかつて声をかけた少年の妹と成ること叶い、彼の行く末を見届けると誓った。遠い昔、あの青年の傍で視た「彼」に近づいている、と。見目は勿論のこと、気力滲む瞳は正しく、朧げに視えたものとまるで同じだった。
ベランダに立ち、空を見上げる。肉眼では確認できないが、確実に奴ら──ドラゴンは。この星を目指していた。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん。」
西暦2019年。都内のアパートの一室で、彼は妹に声をかけた。在原龍、一回り下の妹である千世と二人で暮らしている。両親は居ない。彼が中学生の頃、二人とも交通事故で亡くなった。以来、彼は妹を大切にし、両親が遺してくれた遺産を元に穏やかに暮らしていた。
妹である千世は兄が出かけて行ったのを確認した後、大きく息を吐いた。千世はかつて声をかけた少年の妹と成ること叶い、彼の行く末を見届けると誓った。遠い昔、あの青年の傍で視た「彼」に近づいている、と。見目は勿論のこと、気力滲む瞳は正しく、朧げに視えたものとまるで同じだった。
ベランダに立ち、空を見上げる。肉眼では確認できないが、確実に奴ら──ドラゴンは。この星を目指していた。
loop-2020
時は満ちた。
来る。なりそこないとはいえ、人間に凝しているとはいえ、その感覚は忘れない。千世は立ち上がり、兄のもとへ駆けていく。
兄はいつも通り、外へ行く準備をしていた。普段と違うことといえば、その手に一枚の紙を持っていること。数日前に兄宛で届いた封書、差出人は「叢雲機関」。聞き馴染みのないその名前に詐欺か新手の商法かと封筒を捨てようとする兄を必死に留め、招集へ向かうように説得した。必死、と言ってもたった一言だったが。普段我儘を言わない珍しさからか、否、溺愛している妹のたっての望みとあらば、と。
溺愛を通り越しシスコンレベルに妹を愛していた兄は、大層チョロかった。
兄はいつも通り、外へ行く準備をしていた。普段と違うことといえば、その手に一枚の紙を持っていること。数日前に兄宛で届いた封書、差出人は「叢雲機関」。聞き馴染みのないその名前に詐欺か新手の商法かと封筒を捨てようとする兄を必死に留め、招集へ向かうように説得した。必死、と言ってもたった一言だったが。普段我儘を言わない珍しさからか、否、溺愛している妹のたっての望みとあらば、と。
溺愛を通り越しシスコンレベルに妹を愛していた兄は、大層チョロかった。
「いってくるよ、千世。きっとすぐ帰ってこれるから待ってて。……いや、やっぱり、」
兄は最後まで収集場所に妹を連れて行きたがった。妹は兄の言葉を遮るように手にしていたものを兄に押し付けた。
「お兄ちゃん、これあげる。わたしだと思って持って行って、ね?」
手に持たせたものは、およそ男子高校生には似合わない淡いピンク色のハンカチだった。柔軟剤の香る手触りのいいハンカチを押し付けられた兄は、名残惜しそうに妹を抱き締めた。
結局、兄は肩を落としながらも一人で扉を開けて出て行った。固く、しっかりと妹のハンカチを握り締めて。
「お兄ちゃん、これあげる。わたしだと思って持って行って、ね?」
手に持たせたものは、およそ男子高校生には似合わない淡いピンク色のハンカチだった。柔軟剤の香る手触りのいいハンカチを押し付けられた兄は、名残惜しそうに妹を抱き締めた。
結局、兄は肩を落としながらも一人で扉を開けて出て行った。固く、しっかりと妹のハンカチを握り締めて。
竜を肉眼で捉えたとき、千世は、始まったと覚悟した。この星の運命は、兄の手に在るのだと。
────結論から言えば、狩る者として期待されていたはずの「彼」は死んだ。
兄はやはり13班のリーダーとなった。懸命に応戦していたナガレの意を汲み、見事帝竜ウォークライを討ち果たした。直接見たわけではない。ただ、曲がりなりにもヒュプノスと言えよう存在であった千世は悟っていた。彼なら。すべての竜を狩り切れる。そう祈っていたが、その先が視えることはなかった。相討ちとなるのか、それとも不安材料が残っているのか。千里眼ともいうべき千世の目が、兄の未来を見届けることはなかった。
未だ六体残る帝竜。二度目に観測された、池袋の沿線に巣食う忌まわしき竜。その名も、ジゴワット。
「たまたま」妹の気晴らしにと散歩に誘った彼は、ランダムに放たれる超砲撃によって、妹とともに消滅した。
未だ六体残る帝竜。二度目に観測された、池袋の沿線に巣食う忌まわしき竜。その名も、ジゴワット。
「たまたま」妹の気晴らしにと散歩に誘った彼は、ランダムに放たれる超砲撃によって、妹とともに消滅した。
少女が視た未来は、歴史は、そこで途絶えた。
(黒染め?はここで終了)
(黒染め?はここで終了)
loop-0……?
少女は、今自分が視た未来に対して、単純に疑問を抱いた。朽ちる未来しかないのならば、自分がここに来た意味はあったのだろうか。竜を狩ることが少女の目的であり、その目的が達成されないならば、この星に来た意味も、これから先、出会うのであろう青年を救うことに。意味は。
揺蕩う海を眺めながら少女はしばらくぼんやりとしていた。時間にして、五分となかっただろう。後ろから人の足音が聞こえてきた。視た未来の通り、そこには青年がいた。
「そこに居ると波に攫われてしまうよ。」
視ていたまま、聞いていたままの言葉が、つまりは少女が視た未来が普遍的なものであることを裏付けている。ならば、やはり。今ここで彼を助けることが、何か意図として意味として残るものになるのだろうか。少女は考えながら振り向き、淡々と設置された言葉を返そうとして────
「ミヤビ!ここにも人がいた!」
揺蕩う海を眺めながら少女はしばらくぼんやりとしていた。時間にして、五分となかっただろう。後ろから人の足音が聞こえてきた。視た未来の通り、そこには青年がいた。
「そこに居ると波に攫われてしまうよ。」
視ていたまま、聞いていたままの言葉が、つまりは少女が視た未来が普遍的なものであることを裏付けている。ならば、やはり。今ここで彼を助けることが、何か意図として意味として残るものになるのだろうか。少女は考えながら振り向き、淡々と設置された言葉を返そうとして────
「ミヤビ!ここにも人がいた!」
loop”ed”-0
少女の目に、数人の影が映った。アトランティカで生活をしている種族と異なる───どちらかと言えば、遠い未来の果てに、少女が兄と慕う「狩る者」が過ごしていた時代の種族が纏うものに近い服装の、人だった。白いマフラーでよく見えなかったが、男の耳はとがってはいないようで、銀髪の少女の耳も獣のようなものではない。
だがそれだけで少女の興味は引くに足りない。少女は、崖の上から声をかける人間の一人を見て、目を見開いた。見慣れた、否、見るまでもない。
特別な力がその人間には介在していた。
「どうして、わたしがいるの。」
だがそれだけで少女の興味は引くに足りない。少女は、崖の上から声をかける人間の一人を見て、目を見開いた。見慣れた、否、見るまでもない。
特別な力がその人間には介在していた。
「どうして、わたしがいるの。」
root-2020
prologue
西暦2020年、東京・新宿。とあるアパートの一室で、とある兄妹が暮らしていた。
「行ってきます、千世。すぐ戻るから、お留守番していて。」
「うん。行ってらっしゃい、お兄ちゃん。早く行かないと間に合わないよ。」
玄関で名残惜しそうに妹に話しかける兄・在原龍は、年の離れた妹である千世に背中を押されて、扉を開けた。風が吹き、銀髪がふわりと持ち上げられる。飛ばされないように、彼は昨夜妹から借りたハンカチをしっかり握りしめた。
扉が閉まるのを、妹はじっと見つめていた。玄関に光が差さなくなり、扉越しに聞こえる兄の足音が遠のくのを聞くと、妹は大きく息を吐いた。そのままベランダに降りる。空を、見上げた。まだ肉眼では捉えられないが、妹には、分かっていた。
「……すべて、狩り尽くすんだから。」
未だ視界には捉えられない。しかし確実にこの星に至る脅威に対し、彼女はじっと空を睨んでいた。
『 いつかの、夢を見た。これが未来なのか、過去なのかも、遠い記憶の中に埋もれてしまってわからない。それでも忘れられない事がある。ほの朱い色が纏う、少し古びた国だった。煉瓦造りの壁が魔物からの攻撃を防御し、共和国の主が前線に立って若人を守る。そうして国民は彼───ドリス・アゴートの元に集う。彼も、その国の出身だと聞いたことがあった。ドリスさんが目標だ、と。まぶしい笑顔で語っていた彼の横顔は、鮮明に覚えている。 』
東京都庁の前で、彼は狼狽していた。妹に急かされ懸命に走ったものの僅かに間に合わず、説明を受けている間にグループが多々出来上がっていた。一人で魔物退治になるのかと腹をくくった矢先のことだった。
「……あー。そこの。ぼく?君一人なんだよな。良けりゃ俺達のとこ来てくんね?あと一人欲しいと思ってたところでな。」
少し猫背気味な男性だった。ロマンスグレーの髪を荒くまとめたような髪型が正しく似合いそうな、飄々としたタイプの人物に見受けられる。男はすぐ後ろの辺りを親指で背中越しに指した。一人ポツンと、この場には不似合いな少女が立っていた。金髪碧眼な見目からして、日本人ではなさそうだと彼は心中で理解した。
「あの子が貴方のグループメンバーですか?」
「そうそう!話が早いな、助かるよ!」
「え、あ、ちょ……!」
男に背を押されるまま、彼は少女の前に立つこととなった。少女は少しおびえたように、腕に抱えていたぬいぐるみに顔を半分埋めながら彼を見た。
「あ、……あー。えっと。」
少女の怯えた視線に、彼は思い当たる節があった。小さなころから目つきが鋭いと言われていた。怖い、とも。
彼は背を丸め、少女に視線を合わせた。そうして、どう言おうかと悩む始める。確かに、この二人とパーティーを組むのはいいかもしれない。そう思い直した。ちょうど二人きりのパーティーなら自分が入れば三人になる。一人で挑むより、赤の他人であったとしても多少は早く帰れるかもしれない。
彼は自他共に認めるシスコンであった。
「こんにちは。……良ければ、俺も君たちの仲間にしてもらっていいかな。」
「………。」
少女はじっと見つめるばかりで、次第にいたたまれない感情が湧いてくる。沈黙を破ったのは、二人の間に立とうともしなかった男であった。
「お嬢。こいつはファミリーの人間じゃあない。二人で挑むより、へっぽこでも一人いると囮なり使えるだろ?」
少女の怯えた視線に、彼は思い当たる節があった。小さなころから目つきが鋭いと言われていた。怖い、とも。
彼は背を丸め、少女に視線を合わせた。そうして、どう言おうかと悩む始める。確かに、この二人とパーティーを組むのはいいかもしれない。そう思い直した。ちょうど二人きりのパーティーなら自分が入れば三人になる。一人で挑むより、赤の他人であったとしても多少は早く帰れるかもしれない。
彼は自他共に認めるシスコンであった。
「こんにちは。……良ければ、俺も君たちの仲間にしてもらっていいかな。」
「………。」
少女はじっと見つめるばかりで、次第にいたたまれない感情が湧いてくる。沈黙を破ったのは、二人の間に立とうともしなかった男であった。
「お嬢。こいつはファミリーの人間じゃあない。二人で挑むより、へっぽこでも一人いると囮なり使えるだろ?」
へっぽこ、囮。その言葉は僅かに彼を挑発した。そのつもりだったのかそれとも挑発の意図はなかったのか、真実は定かでは無いが──ただあるのは事実として、彼がこのパーティーに参加する意思を決めたことだった。
「囮って……言い方があるだろう。それに、俺は弱いつもりはない。」
「へぇ!そりゃいいや。お嬢、こいつで決まりだ。三人でパーティー登録しようぜ。」
「ちょっ……待って、俺も君たちも自己紹介が先だろう。俺は在原龍。えっと……機関から来てた手紙には、サムライだって書いていた。」
「サムライ、か。ジャパニーズらしい職だな。俺はトリックスター。ジュリアッタ・トマリ。そうだな。ジェッタとでも呼んでくれや。んでもって、こっちのがお嬢。ヴィーナス・シェイマ。ヴィカとでも愛称つけてやってくれ。よろしくな、サハラ。」
飄々とした男、もとい、ジェッタは自らの後ろで隠れるように様子を伺う少女の紹介もまとめて行った。在原、と苗字で呼称されることには抵抗がなかった彼は頷き、手を差し出した。
「よろしく。ジェッタと、ヴィカだな。好きに呼んでくれ。」
「囮って……言い方があるだろう。それに、俺は弱いつもりはない。」
「へぇ!そりゃいいや。お嬢、こいつで決まりだ。三人でパーティー登録しようぜ。」
「ちょっ……待って、俺も君たちも自己紹介が先だろう。俺は在原龍。えっと……機関から来てた手紙には、サムライだって書いていた。」
「サムライ、か。ジャパニーズらしい職だな。俺はトリックスター。ジュリアッタ・トマリ。そうだな。ジェッタとでも呼んでくれや。んでもって、こっちのがお嬢。ヴィーナス・シェイマ。ヴィカとでも愛称つけてやってくれ。よろしくな、サハラ。」
飄々とした男、もとい、ジェッタは自らの後ろで隠れるように様子を伺う少女の紹介もまとめて行った。在原、と苗字で呼称されることには抵抗がなかった彼は頷き、手を差し出した。
「よろしく。ジェッタと、ヴィカだな。好きに呼んでくれ。」
急遽できた試験パーティーは、かくして登録された。なお、登録時の機械操作と機械音声による日本語がおぼつかなかったジェッタに代わり、リーダーはサハラが務めることとなった。
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そういえば、と。都庁の中を歩きながらサハラは思い出していた。背後では、やや俯きながら黙って歩くヴィカと、ヴィカの後方を気にするようにジェッタが殿を務めている。自衛隊の誰かから支給されたものだろうか、ジェッタの腰にはハンドガンがぶら下がっていた。まさか自前のものではないだろう。ここ(日本)は銃刀法と法治に守られた国であることをサハラは念頭に入れていた。
「ヴィカは、いったい何の職を充てられたんだ?」
都庁の中に用意された魔物と対峙していても、ヴィカが戦闘に動く気配はなかった。ジェッタとサハラですべて一掃しているから、というのもあるかもしれないが。
「ハッカーっていう職もあるらしいな、さっきエレベーター付近ですれ違った人から聞いたよ。ヴィカもそういう、サポート系なのか?それなら俺は助かるんだけど。」
「………ぁ、」
ヴィカは怖がるように首を竦めた。
「お嬢な、サイキックなんだ。……ま、ほれ。お前さんの目に怖がってるわけじゃないから、安心してくれ。」
「そう、か。……何かあった時守れないかもしれないから、絶対に俺かジェッタの近くにいるんだ、良いね?」
ジェッタは、サハラがヴィカにそう話したのをじっと見ていた。役立たずだ、など激昂はしないのかと。ヴィカはサハラの言葉に小さく頷いて、一歩サハラに近寄った。
あぁこれはホの字だ。この場にそぐわないことをジェッタは考えていた。
ジェッタは、サハラがヴィカにそう話したのをじっと見ていた。役立たずだ、など激昂はしないのかと。ヴィカはサハラの言葉に小さく頷いて、一歩サハラに近寄った。
あぁこれはホの字だ。この場にそぐわないことをジェッタは考えていた。
宣言通り、サハラはヴィカを守るように戦っていた。フロアを進むごとに出てくる魔物は強くなるらしい。かすり傷に支給品の薬を塗るサハラをヴィカはじっと見つめていた。そうして、手を伸ばした。
「………ありがとう。」
サハラの腕に薬を塗りながら、ヴィカは小さく言葉を零した。サハラは手当てを受けていない方の手で、髪型が崩れないようにそっとヴィカの頭を撫でた。
「……やっぱ、ホの字だよなぁ。」
ジェッタは少し離れたところで二人の様子をにやにやしながら眺めていた。
「………ありがとう。」
サハラの腕に薬を塗りながら、ヴィカは小さく言葉を零した。サハラは手当てを受けていない方の手で、髪型が崩れないようにそっとヴィカの頭を撫でた。
「……やっぱ、ホの字だよなぁ。」
ジェッタは少し離れたところで二人の様子をにやにやしながら眺めていた。
「……遅かったな。」
あらかじめ指定されていた集合場所には、ガトウが居た。このまま一つ上のフロアに向かおうとしたとき、ガトウの無線から声が聞こえた。曰く、大きな魔物が現れた、と。
「行きます。」
「血気盛んなこった。」
「ジェッタも行くんだよ。」
「うへぇ……おっさんは階段の上り下りでもう足腰ガクガクなんだけど。」
唇を尖らせて文句を言いながらもジェッタはついてきた。当然、ぬいぐるみを抱きしめたままではあるがヴィカも後を追いかける。廊下の先、少し広い空間に出た時だった。
「あ、あんな化け物……!」
必死に逃げる自衛隊職員はサハラたちさえ目にとめず一目散に走っていってしまった。大きな扉の前で、赤髪の男性が立っていた。戦力は多い方がいいと言ったガトウの鶴の一声でサハラたちも部屋に入ることになった。
あらかじめ指定されていた集合場所には、ガトウが居た。このまま一つ上のフロアに向かおうとしたとき、ガトウの無線から声が聞こえた。曰く、大きな魔物が現れた、と。
「行きます。」
「血気盛んなこった。」
「ジェッタも行くんだよ。」
「うへぇ……おっさんは階段の上り下りでもう足腰ガクガクなんだけど。」
唇を尖らせて文句を言いながらもジェッタはついてきた。当然、ぬいぐるみを抱きしめたままではあるがヴィカも後を追いかける。廊下の先、少し広い空間に出た時だった。
「あ、あんな化け物……!」
必死に逃げる自衛隊職員はサハラたちさえ目にとめず一目散に走っていってしまった。大きな扉の前で、赤髪の男性が立っていた。戦力は多い方がいいと言ったガトウの鶴の一声でサハラたちも部屋に入ることになった。
ガトウからナガレと呼ばれた赤髪の男はサハラ達ににこやかに話しかける。
「準備の方は大丈夫?」
「はい。いけます。」
少し休もう、というジェッタのボヤキは完全に無視された。
扉が開く。その先にいたのは、水色の鱗に覆われた巨大な魔物だった。
「────行くぞっ!」
耳をつんざく咆哮と共にガトウとナガレが走り出す。一呼吸置いてサハラも駆け出した。ジェッタはヴィカを担ぎ、薙ぎ払われた尻尾を跳んで回避した。────懐に飛び込んだサハラが、一閃薙ぐ。
「っ、しまった!」
「逃げろ……間に合わねぇ!」
魔物の鱗にひびが入る。しかし、それだけだった。ほんの少ししか入らない傷は、それでいて魔物の怒りを誘発してしまったらしい。ガトウはサハラに叫んだものの、遅かった。先程より大きな咆哮が部屋を揺らす。
「準備の方は大丈夫?」
「はい。いけます。」
少し休もう、というジェッタのボヤキは完全に無視された。
扉が開く。その先にいたのは、水色の鱗に覆われた巨大な魔物だった。
「────行くぞっ!」
耳をつんざく咆哮と共にガトウとナガレが走り出す。一呼吸置いてサハラも駆け出した。ジェッタはヴィカを担ぎ、薙ぎ払われた尻尾を跳んで回避した。────懐に飛び込んだサハラが、一閃薙ぐ。
「っ、しまった!」
「逃げろ……間に合わねぇ!」
魔物の鱗にひびが入る。しかし、それだけだった。ほんの少ししか入らない傷は、それでいて魔物の怒りを誘発してしまったらしい。ガトウはサハラに叫んだものの、遅かった。先程より大きな咆哮が部屋を揺らす。
間近で直接聞いてしまったサハラは、体を強張らせる。振り下ろされる爪を避けられなかった。
「………っ!」
ごろごろと床を転がるサハラを、ジェッタの腕の中でヴィカは見ていた。黄色いスーツを掴む手に力が入る。黒い制服が破れ、ぽたぽたと床に血が滴りながらも、脇差を握り直したサハラは再び魔物へ向かって走って行く。
「お嬢、ここで大人しくな。」
サハラの後続に、ジェッタも銃口を魔物の口へ向ける。撃鉄を上げ、引き金に指をかけた。大きく飛んだサハラは魔物に負けじと大きく叫びながら、両手を振り上げ袈裟切を行おうとしていた。
「………っ!」
ごろごろと床を転がるサハラを、ジェッタの腕の中でヴィカは見ていた。黄色いスーツを掴む手に力が入る。黒い制服が破れ、ぽたぽたと床に血が滴りながらも、脇差を握り直したサハラは再び魔物へ向かって走って行く。
「お嬢、ここで大人しくな。」
サハラの後続に、ジェッタも銃口を魔物の口へ向ける。撃鉄を上げ、引き金に指をかけた。大きく飛んだサハラは魔物に負けじと大きく叫びながら、両手を振り上げ袈裟切を行おうとしていた。
また、だめだったらどうしよう。また傷つくのだろうか。ヴィカは部屋の隅で座りこみながら、サハラを見つめていた。サハラの言葉がヴィカの脳裏を過る。守ると言ってくれた。守られてばかりで、本当に良いのだろうか。サハラやジェッタばかりが傷ついて、自分はぴんぴんしているのが、本当に正しいのだろうか。
────生まれた時から、特別な力があった。いやなことがあると、力が暴走した。
────生まれた時から、特別な力があった。いやなことがあると、力が暴走した。
祖父を、ファミリーのボスを燃やしてしまった。あれ以来、この力を使うことが怖くなった。
力を使って、ファミリーの人たちから敬遠されたように。祖国(アメリカ)から逃げてやって来たこの国でも一人ぼっちになるのはいやだ。
けれど、今ここで、何もしない方がよっぽど嫌だ!
力を使って、ファミリーの人たちから敬遠されたように。祖国(アメリカ)から逃げてやって来たこの国でも一人ぼっちになるのはいやだ。
けれど、今ここで、何もしない方がよっぽど嫌だ!
「ファイア!!」
魔物が三度目の咆哮を上げることはなかった。銃弾も、勢いをつけて振り下ろされた刀も、何もかもを大きな炎が飲み込んでいた。魔物の足元から渦を巻き湧き上がる熱は、サハラやガトウを燃やさなかった。
綺麗だ。サハラは炎の中でぼんやりと思った。生命体が本能で恐れる原初の脅威であるはずなのに、その脅威が自分に向かっていないからだろうか。否、それを操っている人間が、美しいからだろうか。サハラは炎の隙間から見える少女の姿を眺めていた。
いつしか魔物は床に倒れ伏していた。残されたサハラもジェッタも、ガトウさえも倒した相手を見てはいなかった。複数の視線が少女に集まる。
「……ぁ。」
魔物が三度目の咆哮を上げることはなかった。銃弾も、勢いをつけて振り下ろされた刀も、何もかもを大きな炎が飲み込んでいた。魔物の足元から渦を巻き湧き上がる熱は、サハラやガトウを燃やさなかった。
綺麗だ。サハラは炎の中でぼんやりと思った。生命体が本能で恐れる原初の脅威であるはずなのに、その脅威が自分に向かっていないからだろうか。否、それを操っている人間が、美しいからだろうか。サハラは炎の隙間から見える少女の姿を眺めていた。
いつしか魔物は床に倒れ伏していた。残されたサハラもジェッタも、ガトウさえも倒した相手を見てはいなかった。複数の視線が少女に集まる。
「……ぁ。」
炎の主は先程のように、おびえた様子でぬいぐるみに顔を埋め立ち尽くしていた。
「君が、やったのか。ヴィカ、」
ヴィカは、今にも泣きだしそうに瞳を潤ませている。少しの間をおいて、小さく頷いたヴィカに、サハラが次いで声をかけた。
「すごいじゃないか!」
「ぇ。……、ぇ。」
「あんなに大きな炎は初めて見たよ、とても綺麗だった。サイキックは攻撃型の職だったんだな。助かったよ、ありがとう。」
「……すご、い、?」
サハラはヴィカに視線を合わせるよう屈みながら、興奮したように笑って話していた。
「君が、やったのか。ヴィカ、」
ヴィカは、今にも泣きだしそうに瞳を潤ませている。少しの間をおいて、小さく頷いたヴィカに、サハラが次いで声をかけた。
「すごいじゃないか!」
「ぇ。……、ぇ。」
「あんなに大きな炎は初めて見たよ、とても綺麗だった。サイキックは攻撃型の職だったんだな。助かったよ、ありがとう。」
「……すご、い、?」
サハラはヴィカに視線を合わせるよう屈みながら、興奮したように笑って話していた。
「ありゃ相当のタマだな。ファイアと言ってたが威力としちゃそれよりももっと……イフリートベーンとどっこいじゃねぇか。」
「お嬢の生まれ持ったもんなんで、比較対象が今まで無かったんだがな。随分持ち上げてくれちゃってるとこ見ると、結構優秀なんじゃあないの?」
「俺たちもS級のはずですけど、あんな小さな子の能力を見せつけられると自信失くしますね。」
「冗談、むしろやる気が湧くじゃねぇかナガレ。……ただ、やはりおかしいな。このまま進んで他のフロアも確認しておく必要があるだろう。」
ナガレとガトウは互いに頷きあって部屋から出て行ってしまった。残された三人はこれからどうするか、と悩む暇もなかった。
「ヴィカ、ジェッタ。俺たちも行こう。」
「うん……!」
元来人助けに熱心な少年だったサハラの意思は最初から決まっていた。サハラによって自身が有している力が素晴らしいものだと自信が持てたヴィカもまた、サハラに続くように頷く。
ジェッタだけは一言文句を添えながらではあったが。
「俺たちもS級のはずですけど、あんな小さな子の能力を見せつけられると自信失くしますね。」
「冗談、むしろやる気が湧くじゃねぇかナガレ。……ただ、やはりおかしいな。このまま進んで他のフロアも確認しておく必要があるだろう。」
ナガレとガトウは互いに頷きあって部屋から出て行ってしまった。残された三人はこれからどうするか、と悩む暇もなかった。
「ヴィカ、ジェッタ。俺たちも行こう。」
「うん……!」
元来人助けに熱心な少年だったサハラの意思は最初から決まっていた。サハラによって自身が有している力が素晴らしいものだと自信が持てたヴィカもまた、サハラに続くように頷く。
ジェッタだけは一言文句を添えながらではあったが。
エレベーターに乗り、屋上へ辿り着いた三人を迎えたのは──目も当てられないような悲惨な光景だった。
先程部屋で戦っていた魔物と、何もかもが違っている。大きさ、唸り声、そして咆哮。都庁全体を震わせるほど強大なその声で、目の前の怪物が怒っている状態にあることだけは理解できた。
「俺たちが、勝ってみせる!」
鞘から刀を抜きながら、サハラが駆け出した。
「俺たちが、勝ってみせる!」
鞘から刀を抜きながら、サハラが駆け出した。
その赤い怪物の攻撃はあまりに強すぎた。吐き出された火球に、ヴィカの炎でさえ拮抗すらしなかった。銃弾をはじく強固な鱗を有した怪物はいとも簡単にジェッタを蹴散らした。
刀を支えにして立つことがやっとな状態のサハラに、怪物が一歩足を踏み出した。ヴィカも、ジェッタも、もう虫の息である。力の差は天を見るより明らかで、しかしそれでもサハラの瞳は諦めていなかった。
刀を支えにして立つことがやっとな状態のサハラに、怪物が一歩足を踏み出した。ヴィカも、ジェッタも、もう虫の息である。力の差は天を見るより明らかで、しかしそれでもサハラの瞳は諦めていなかった。
怪物の口元に火が集まる。限界まで膨らんだ火球は、サハラに向かって放たれた。
サハラは、吐き出された灼熱の剛火球を真っすぐに睨んでいた。
サハラは、吐き出された灼熱の剛火球を真っすぐに睨んでいた。
1
『 もうこの星は、ドラゴンに奪われたのかもしれない。パーティーの誰かが言った。誰が言っていたのか、仲間であるはずなのに顔も思い出せない。でも、誰かが吐いた弱音を彼はいつも励まし笑って飛ばしていた。大丈夫、俺たちがドラゴンを狩り尽くすんだよ、と。ドリス・アゴートが遺した傷だらけのドラゴンの首を落とした時も、同じ笑顔だった。大丈夫、俺たちならできる。彼の笑顔がパーティーの要であり、いつかの私の原動力だった。 』
地下シェルターの一室で、千世はじっと座っていた。隣室では未だ兄が眠っている。避難民としてこの場所に来て、兄達が運び込まれてから三ラはいの一番にムラクモ機関の一員としてドラゴン討伐に参加することを表明した。自分の力が役に立てるのならとヴィカも控えめながらサハラと共に参加することを告げる。何か一言言わないと気が済まない性なのか、軽口を添えながらではあったが、ジェッタも最後には首を縦に振った。
かくしてムラクモ13班はここに結成された。
「お兄ちゃん。」
説明を受けた13班が、帝竜ウォークライの根城となってしまった東京都庁へ向かおうと身支度を整えていた時のこと。13班用に設置された部屋にやってきたのはサハラの妹である千世だった。目が覚めてすぐガトウに声をかけられた13班はそのまままっすぐに会議室に向かっていた。そのため、誰がシェルターに逃げ込んでいたかを把握していなかった。
説明を受けた13班が、帝竜ウォークライの根城となってしまった東京都庁へ向かおうと身支度を整えていた時のこと。13班用に設置された部屋にやってきたのはサハラの妹である千世だった。目が覚めてすぐガトウに声をかけられた13班はそのまままっすぐに会議室に向かっていた。そのため、誰がシェルターに逃げ込んでいたかを把握していなかった。
サハラがいの一番に声を上げたのには、理由があった。妹がまだ外の世界に取り残されている可能性を考えたのだ。妹がシェルターに既に来ていることを知らないが故に、自分が妹を助けなければならないと考えていた。都庁へ向かうための準備もどこか焦燥感に駆られてもいるようだった。その当事者の、妹が。シェルターに逃げていたことを知ったサハラは飛びつかんばかりの勢いで妹を抱きしめていた。
「千世……っ!」
「くるしいよお兄ちゃん。目が覚めてよかった……。今から外に行くんでしょう?これ、お守り。この間は貸してあげていたけれど、お兄ちゃんにあげる。ケガしませんように、ちゃんと帰ってこれますようにって、お祈りしたからね。」
兄の腕の中で妹はハンカチを差し出した。男子高校生には少し可愛らしさが過ぎるハンカチは、三か月前、試験の前夜に千世がサハラに手渡していたものだった。地下シェルターで治療を受けている中で落としてしまっていたのか、それとも回収されていたのか。いずれにしても改めて掌の上に乗るハンカチは少し温かく、先程まで千世が握りしめていたのだとサハラは理解した。
「千世……っ!」
「くるしいよお兄ちゃん。目が覚めてよかった……。今から外に行くんでしょう?これ、お守り。この間は貸してあげていたけれど、お兄ちゃんにあげる。ケガしませんように、ちゃんと帰ってこれますようにって、お祈りしたからね。」
兄の腕の中で妹はハンカチを差し出した。男子高校生には少し可愛らしさが過ぎるハンカチは、三か月前、試験の前夜に千世がサハラに手渡していたものだった。地下シェルターで治療を受けている中で落としてしまっていたのか、それとも回収されていたのか。いずれにしても改めて掌の上に乗るハンカチは少し温かく、先程まで千世が握りしめていたのだとサハラは理解した。
今度こそ失くさない。サハラはハンカチを胸元にしまいながら、妹の頭を優しく撫でた。
「ありがとう、千世。お守り、大事にする。ちゃんと帰ってくるから、ここで待っててくれ。」
「うん。行ってらっしゃい、お兄ちゃん。」
準備が整った13班を、千世はシェルターの出口まで見送った。
「ありがとう、千世。お守り、大事にする。ちゃんと帰ってくるから、ここで待っててくれ。」
「うん。行ってらっしゃい、お兄ちゃん。」
準備が整った13班を、千世はシェルターの出口まで見送った。
「始まる。人類の、反撃だよ。……狩る者よ。」
千世の言葉は、誰の耳に届くことなく空へ吸い込まれていった。
千世の言葉は、誰の耳に届くことなく空へ吸い込まれていった。
13班は、当初の期待を上回る活躍であった。リーダーのサハラは身体能力S級と評価されたように、瓦礫さえ軽々飛び越えドラゴンの攻撃にもひるまなかった。突出気味なことが玉に瑕であったが、それさえ難なく乗り越えている。メンバーも同様に、ヴィカもジェッタも抜きん出た能力を以て次々にドラゴンを討伐していった。
快進撃は、いつかの試験で都庁屋上にて一度敗れていた帝竜が相手でも変わらなかった。ナガレの犠牲と引き換えに。そう揶揄する者も少なくはなかったが、13班の活躍に対する称賛の声にいつしか非難する声も埋もれていた。
「……帝竜は、残り6体。」
千世はシェルターの中でそれを感じ取っていた。狩る者、13班と呼ばれる彼らが帝竜ウォークライを倒したのだと。なりそこないではあったが、それでもヒュプノスのはしくれとして、千世には帝竜の気配を読み取れていた。
かつて、この星に足を降ろした時を思い出す。『彼ら』は2100年の未来からやってきたと言っていた。中心に立つ彼は、兄と全く同じ名前を語っていた。同じ瞳であった。狩る者として、ドラゴンの死体の頂点に立てる人間の瞳を有していた。兄と同じ銀髪の少女が居た。おそらくは、血縁者であろう。いつかたどり着く未来でも、狩る者が現れるならば安心できる。と同時に、この世界における兄は途中で死に絶えることがないことが逆説的に証明されていた。
必ず、すべてを狩り尽くす。
その確信と共に、千世は13班の帰りをシェルターで待っていた。
「……帝竜は、残り6体。」
千世はシェルターの中でそれを感じ取っていた。狩る者、13班と呼ばれる彼らが帝竜ウォークライを倒したのだと。なりそこないではあったが、それでもヒュプノスのはしくれとして、千世には帝竜の気配を読み取れていた。
かつて、この星に足を降ろした時を思い出す。『彼ら』は2100年の未来からやってきたと言っていた。中心に立つ彼は、兄と全く同じ名前を語っていた。同じ瞳であった。狩る者として、ドラゴンの死体の頂点に立てる人間の瞳を有していた。兄と同じ銀髪の少女が居た。おそらくは、血縁者であろう。いつかたどり着く未来でも、狩る者が現れるならば安心できる。と同時に、この世界における兄は途中で死に絶えることがないことが逆説的に証明されていた。
必ず、すべてを狩り尽くす。
その確信と共に、千世は13班の帰りをシェルターで待っていた。
何度かの出入りを経て、都庁は見事元の姿に戻ることが叶った。地下シェルターから都庁に居を変え、都庁が人類反撃の狼煙を上げる拠点となった。
帝竜を倒したと持ち上げられるばかりの13班には、大小問わず様々な依頼が飛び込んでくる。面倒くさがるジェッタの腕を無理やり引っ張り、サハラは誰に対しても快く依頼を引き受けていた。
「困っている人がいたら見逃せない、襲われている人がいたら満身創痍でも突っ込むタイプだよな。早死にしねぇよう俺がストッパーになってやってるってのに……お嬢からも言ってくれよ。」
「……サハラを、助けるのが私たちの役目。」
「っかー。お嬢も洗脳されちまったなァ……けど、流石にお嬢まで突っ込むようになっちまったら、体張って止めるからな。」
「……ん。わかってる。私は、アメリカに、帰らないといけない。ファミリーに戻って、……ボスになる。」
「わかってんなら良し、だ。日本にゃ、死にに来たわけじゃあねぇ。」
帝竜を倒したと持ち上げられるばかりの13班には、大小問わず様々な依頼が飛び込んでくる。面倒くさがるジェッタの腕を無理やり引っ張り、サハラは誰に対しても快く依頼を引き受けていた。
「困っている人がいたら見逃せない、襲われている人がいたら満身創痍でも突っ込むタイプだよな。早死にしねぇよう俺がストッパーになってやってるってのに……お嬢からも言ってくれよ。」
「……サハラを、助けるのが私たちの役目。」
「っかー。お嬢も洗脳されちまったなァ……けど、流石にお嬢まで突っ込むようになっちまったら、体張って止めるからな。」
「……ん。わかってる。私は、アメリカに、帰らないといけない。ファミリーに戻って、……ボスになる。」
「わかってんなら良し、だ。日本にゃ、死にに来たわけじゃあねぇ。」
都庁、4F。13班のマイルームで、ジェッタとヴィカはサハラの帰りを待っていた。リーダーは8Fにある一般居住区で過ごす妹に会いに行っている。自分と同じ部屋で過ごさせたいというサハラの切な願いはナツメによってあっさり断ち切られたので、一日数回必ず妹に顔を見せに行っていた。
「サハラのやつ遅ぇなぁ……シスコンもあそこまで来れば見物だな、全く。」
ジェッタは椅子を揺らしながら天井を見上げていた。思うことは、ジェッタとてサハラに感化されつつあること。面倒くさがって、腰が重いタイプの人間で通して過ごしていた。弾かれたように動いたのは、子供が生まれたときと、家族が危険に晒されたとき位だったろうか。「ファミリー」の人間に対する必要以上の情はない。生まれた時から目にかけろと言い渡され担わされた、かつてのボスの愛孫以外には。
「サハラのやつ遅ぇなぁ……シスコンもあそこまで来れば見物だな、全く。」
ジェッタは椅子を揺らしながら天井を見上げていた。思うことは、ジェッタとてサハラに感化されつつあること。面倒くさがって、腰が重いタイプの人間で通して過ごしていた。弾かれたように動いたのは、子供が生まれたときと、家族が危険に晒されたとき位だったろうか。「ファミリー」の人間に対する必要以上の情はない。生まれた時から目にかけろと言い渡され担わされた、かつてのボスの愛孫以外には。
ジェッタとヴィカは、アメリカで名の知れたマフィアのファミリーだった。ジェッタは幹部として、ヴィカはボスの孫としてファミリーでは一目置かれた存在であった。
ジェッタには妻と子供がいたが、抗争に巻き込まれて数年前に亡くなっている。
ジェッタには妻と子供がいたが、抗争に巻き込まれて数年前に亡くなっている。
ヴィカは生まれたときから有していた能力の暴走によって、祖父であるボスを焼き殺してしまった。ヴィカが生まれる前からお目付け役にジェッタが任命されていたため、ボスを殺したヴィカへ内外から暗殺の手が伸びないよう、幼いヴィカを連れて日本に逃げてきた。
逃げてから数年が経つ。
塞ぎ込んでいたヴィカの心はサハラによって溶かされた。たった一言であったが、それは確かに、ヴィカの心に届いている。
確かにサハラは強いが、ヴィカの能力があったからこそ今まで生還できたといっても過言ではない。ともジェッタは考えていた。
とどのところ、ジェッタもヴィカに感化されている。主に親ばかのような方面で。
逃げてから数年が経つ。
塞ぎ込んでいたヴィカの心はサハラによって溶かされた。たった一言であったが、それは確かに、ヴィカの心に届いている。
確かにサハラは強いが、ヴィカの能力があったからこそ今まで生還できたといっても過言ではない。ともジェッタは考えていた。
とどのところ、ジェッタもヴィカに感化されている。主に親ばかのような方面で。
だが、同時に思い出すこともあった。亡くした家族のことを。ヴィカの成長を見る度に、子供が生きていれば、妻が生きていればと思い出さずにはいられない。悲しみも、涙も、全て吐き出し切ってしまっている。想うことは、ただ、寂寥感と哀しさだ。
あっけらかんとしていて、飄々としている。それが『ジェッタ』だと、何度も自分に言い聞かせていた。唯一ブレない自分らしさだと。その「らしさ」がらしく無くなりつつあることもジェッタは自覚している。そうなってしまった原因も。
「……声かけるやつ、間違えたかもなぁ。」
自嘲を込めて、ジェッタは天井を眺めながら僅かに口角を上げた。
ヴィカが自分の能力を遺憾なく発揮できるきっかけになったのは喜ばしいことだが、だからこそ彼の影響力が大きすぎる。サハラという人間の、自己犠牲と行かずとも他人を優先する気性がヴィカやジェッタに写りかねない、と。
ジェッタは、自分がそういうタイプになることを嫌がるように振舞おうとした。行動する度文句を零し、ヴィカが動きかねない場合は先回りして止めていた。
それが自分の役目であり、先代のボスに忠誠を誓ったジェッタの矜持でもあったから。
「……声かけるやつ、間違えたかもなぁ。」
自嘲を込めて、ジェッタは天井を眺めながら僅かに口角を上げた。
ヴィカが自分の能力を遺憾なく発揮できるきっかけになったのは喜ばしいことだが、だからこそ彼の影響力が大きすぎる。サハラという人間の、自己犠牲と行かずとも他人を優先する気性がヴィカやジェッタに写りかねない、と。
ジェッタは、自分がそういうタイプになることを嫌がるように振舞おうとした。行動する度文句を零し、ヴィカが動きかねない場合は先回りして止めていた。
それが自分の役目であり、先代のボスに忠誠を誓ったジェッタの矜持でもあったから。
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