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雑記:文アルとか近代芸術、129 - (2018/10/03 (水) 20:28:28) のソース

*雑記:文アルとか近代芸術、129

***8月31日めも。

リアルタイムは9月4日、まずその日を書いて一日遡り、そこからこの日を打っている感じなんですけども、あれです、なんかもうゲームに関しては周回してる記憶しかないので多分周回しかしてないな!!
ところで私、もともと日本の文学はあんまり好きではないんですけども、国外においてもちょくちょく黎明期の文学以前の歴史なんてのも読んでるんですが、いや、あの、なんか出てくるんだよね、多分あれ、中世史などをやる場合に「資料がないから」というこう、まあ要するに風俗資料として出てくるみたいなやつ。
小説でいいの? と思う向きもあるかもしれないんだけども、そもそも純粋な空想を媒体にしたファンタジーなどは時代進まないとあんまり出てこないんだよね、設定が神話的、伝承・伝説を含むなんてことがあってもそれ自体が当時のリアリティというか。
多少フィクションもあるにはあるんだけど、他所の話が下敷きにあったりして、素人が見てもわりとその辺の分解までは簡単。
分解したあとにいわゆる風俗にまで組み立て直すのはかなりの難易度ではあるものの、なにかしらの説の補強などにはよく出てきたりするわけです。
文章が稚拙すぎてわかりやすいとも言えるかな、翻訳経ててもなんかわかります。
 
で、私にとっては文体の話をするのは黎明期のこと、という印象があるので。
明治期にどう書いたら良いかな、そもそもフィクション舞台って許されるの? みたいな議論と文体模索がちょうどつり合い取れる認識なんだよね。
文体こそが小説の命って言われると、「おう黎明期」となっちゃうんだよね、いやまあ映画の本見てたら久々に出てきてびっくりしたという話なんだけども。


***9月1日めも。

文体の話続き、ぶっちゃけまして、ドストエフスキー読みにくいじゃないですか、翻訳でも読みにくいけど、なんとなく原語だともうちょっとさらに読みにくい気がするんだよね、そしてあの文体であの深夜ドラマ展開やるわけじゃん。
一つだけ確実に言えることは「彼の模倣作家の作品だけはなにがあっても読みたくない」であり、彼の域にまで同じ方向で到達する人がいたらそれはそれで応援するけども、憧れて真似したら絶対に爆発四散してると思うんだよね。
匙加減を間違えすぎて逆にあり展開だと思うんだわあれ。
芥川なんかもこういう部類かも、展開にあってる、ただこの文章はなにこの、なに、これは一体どうなっているの、という時に「文体」の話にはなるんだけど。
それってかなりレベルの低い分析以下の話なんだよね、分析出来てない。
私はこの文体が好きこの文体は嫌いってのも正直つり合いの取れた話だと思うんだよね、プリミティブだからこそ個人的感情と並べるのが相応しい。
黎明期においては、そもそもある程度まで人に読めるようにしなくてはならない、目的に相応しい方法論を見つけなくてはならないというその努力に関して文体の話をして、この作家がこの手法を見つけ出したって評価するのも素晴らしい。
 
小説の命は文体、というのはなんですかねあれ。
しかもどういうわけかかなり内容が難しいのに、なんかするするっと読めてしまう人たちは全然評価されることがない「命」である文体ってなにかね。
簡単な内容を妙に捏ね繰り回したくどい言い回しで語ったあれが命なの? 演出っていうよね? ありだけど、高尚さとは無関係では??? となるんだよね。


***9月2日めも。

「文体」の話引き続き、あれですね、ここまでであくまでも絶対評価となりうる文体の話が黎明期、もしくは水準以下の場合に限ってなのではないかな、という話をしているのですが、だがしかし、好みって意味ではぶっちゃけ延々と付き合うものなので気にする人が一部にいることも正直わかる。
そしてそもそも文体によってだいたいのレベルは確かになんとなくわかる。
わからないこともあります、あらすじでもさっぱりわからないこともあります、シェイクスピアとか何回あらすじ読んでも意味がわからない。
文体も、いやあれ文体どうのっていう桁じゃないよね戯曲だし。
つまるところこの軸にしたところで「かなり低レベルの人は省ける」みたいな感じなんだよね、文体でぽいと捨てても他の人の評価でリベンジ再決戦とかわりとよくあるわけだし、読みづらいけど読んで良かったぁぁ! とか普通にあるわけだし。
 
というかこの「文体が命」の人たちが、文章が無駄に難解で内容もそれほど取り立てて特別でもない作品に最終的に栄冠を輝かせてるのが気になって仕方がない。
しかもなんか別にその作品好きではなさそうというか。
もともと作品が好きな人たちが評価してるのは全く別の作家の人生の文脈から読み取れるコードだったりすることが往々にしてある。
ぶっちゃけてさらに言うと評価者が全然別のタイプの作家が好きだったりざら。
この進呈高尚という、特に誰も幸せになってなさそうなシステムにおいて、なんでまた文体みたいな純粋な道具としか言い様がないものが基準として使われるのか。
全部がセットで辻褄は合ってるのかなぁ、同じ顔が選ばれる美人コンテストみたいな。


***9月3日めも。

リアルタイムは9月4日、そこから遡る形で打ち込んでいます、ところで私、資料がどうの、間違いがどうのということをわりと延々とがーがー言ってますが、多分これ、菊池さんがメインなためでいやだって本当に「文藝春秋になぜか日参していてそこら辺にいた」利一くんが実際には特に菊池さんとの交流すらなかったとか。
小林秀雄氏という人は文藝春秋の匿名評論にて荒稼ぎをしていて「あれ誰?」などと菊池さんに聞かれていて、のちに菊池さんに「小林秀雄ですら俺の空白の時間になにやってるか知らんだろう」みたいな謎の名指しをされており(私が最初に個別で認識した彼、実際その時点で付き合いあるの??? となった)、彼の『文學界』のパトロンをやっていて金出さねぇぞ! という諍いがあったりするようなそんな関係なのですが。
その秀雄さんから言及があるとは思ってなかったでしょう! とか言われてたり。
そうか、ばりばりに接点あるみたいだけどね。
文藝春秋の2代め社長の葬式の時は親父には世話になりました的なこと言ってたし。
社史で見たのか3代め社長の本で見たのか混ざっててわからんけど。
 
吉川さんは文藝春秋の飲み会で延々と語られていたりしたし、菊池さんとは競馬で一緒に遊んでたり資料渡されて小説書くように言われてたり、ぐしゃっと潰れた顔とか吉川さんが菊池さんのこと言ってたり、死後菊池さんの名前を総決算パーティみたいなところで口に出しているんだけど(まだいろいろあるけど)。
まあそれでも付き合いは特にあるわけではないようです。
つか、付き合いがあるかどうか「調べてない」って言わない?
付き合いがないがちょっと自由すぎてさすがに辛い、辛がっててもご許容下さい。


***9月4日めも。

リアルタイムです、当日、かなり珍しい気がするけどそもそも日記をなんだと思っているのかは不明です、なんというか「ノルマ」としか考えてない余寒。
あとえーと、だいたい60日分くらいで追いつく感じです。
1日10日分くらいのペースだとあっという間に終了するだろうし、放置しておけばまた溜まるだろうし、ただ、どう考えても追いつくわけがない、みたいなレベルに膨大ってほどでもないよねこれ。
現在台風が来ていて、文アルの逍遥さんの白衣イベントをぽちぽちと片手間に回していて、とうらぶはなんか昨日の段階で5万ポイント溜まりました、集めてるものがなんだったかは忘れた、ここまで回して途中帰還したのが2回という程度なので今は単純作業ゲームと化してる感じ。
あと物忌みで腹がまだ少し痛い。
fgoは多分そのうち回さないとAPが回復しきってしまうので、なんかあれ、なんかあれ、面倒臭いね、うん、スタミナ制のゲームは同時に一つしか出来ないな…、いや、効率とか考えなければいいんだけど考えないとそれもそれで苦痛なんだよね。
 
なむあみだ仏だったかな? もともとアプリゲームだったかの作品がDMMに引き取られたようなので、さすがに気になってるんだけども、これもぎりぎりまで迷おうかなと思います、だってゲーム増えるともう限界。
このコレクション気質がなければ無理しなくてもいいんだけども、まあ、こつこつゲームに向いてる人には大抵あるんだコンプリート癖とかコレクション癖。
中途半端になるならさっぱりいらない! みたいなあれ、どうしてもセット。


***9月5日めも。

リアルタイムは1か月ほどすっ飛びまして10月3日、なんか最近、ACアダプタさんがお亡くなりになりまして、買い替えない限りあの、古いバージョンの容量の低いACアダプタで「使ってない時だけ充電する」の方式となりまして、正直なところ電池の消耗も心配なのであんまり続けたくないんだけどお金もあんまりないし…。
だがしかしなにを買うべきなのかがよくわからない。
というか、ある日いきなり寿命が来たっぽいのも一体なんなのかわからないというか、そもそもが中古なので正しいのが刺さってなかった可能性もないでもないので、ちゃんと型番から調べないと、となって、進んでおりません。
まあ、パソコンにあんまり無理をさせないようにするとして、ただ、この文章だけはパソコンじゃないとさすがに打てないのでまた伸び伸びってことにもなるのかなぁ。
一応スマホでも不可能でもないんだけど、長さが固定出来なくて、そこはわりとどうでもいいという説もあるにはあるんですけども、そもそも打ち込まなきゃならない理由が特にあるわけでもないのでルール破るの嫌なんですよね。
本当に必要なら妥協するけどね!
 
つか、とうらぶと文アルが同時にイベントが来ない限りそんなに必要ないんだけど、あるとやっぱりないと心もとないな、スマホで同時はちょっと…、止まるし。
ええとまあ、わりとあれやこれやとぽちぽちやっています。
主に本を読んだり本を読んだり本を読んだりみたいな感じだけど。
ちょっとずつ詰まって来た、なにが疑問なのかわりと明言で語れるようになって来た、などの変化もありますねー、文字媒体ってお家騒動はあんまり残さないのかこれ。

(文アルとか近代芸術、129)
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