青森県無形民俗文化財指定申請書
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今教社第19号
平成15年1月30日
平成15年1月30日
青森県教育委員会
教育長 花田隆則殿
教育長 花田隆則殿
今別町教育委員会
教育長 松本忠
教育長 松本忠
青森県無形民俗文化財指定申請書
今別町の荒馬を青森県文化財保護条例第30条第1項の規定により、青森県無形民俗文化財に指定して下さるよう関係書類を添えて申請します。
記
ア 名称 今別町の荒馬
イ 保持団体の名称及び住所
今別荒馬保存会 会長 佐藤 豪 今別町大字今別○○-○
大川平荒馬保存会 会長 宮越哲英 今別町大字大川平字村元○○-○
二股荒馬保存会 会長 相内昭雄 今別町大字大川平字二股○○-○
今別荒馬保存会 会長 佐藤 豪 今別町大字今別○○-○
大川平荒馬保存会 会長 宮越哲英 今別町大字大川平字村元○○-○
二股荒馬保存会 会長 相内昭雄 今別町大字大川平字二股○○-○
ウ 由緒及び沿革
正確な創始年代は不明であるが、藩政時代から田植えが終わった後に、農民が加護と感謝のために催したサナプリの行事であったといわれる。由来譚として、天正13(1585)年頃大浦為信が藩の経済を保つため、馬と農耕を結びつけ農作物の増収を図ったことに起因しているという伝承が残っている。
また、別の伝承に、能登出身の船乗り小倉十兵衛(?~元禄6、1693年)の子孫が、袰月の船問屋となり財をなし、天明の飢饉では窮民に蓄米を与えた、それに対する礼として踊ったのが始まりであるとも伝えられている。
正確な創始年代は不明であるが、藩政時代から田植えが終わった後に、農民が加護と感謝のために催したサナプリの行事であったといわれる。由来譚として、天正13(1585)年頃大浦為信が藩の経済を保つため、馬と農耕を結びつけ農作物の増収を図ったことに起因しているという伝承が残っている。
また、別の伝承に、能登出身の船乗り小倉十兵衛(?~元禄6、1693年)の子孫が、袰月の船問屋となり財をなし、天明の飢饉では窮民に蓄米を与えた、それに対する礼として踊ったのが始まりであるとも伝えられている。
エ 現況
芸能の構成は、男性の馬役と女性の手綱とり、太刀振り、踊り子、囃子方、灯籠である。伝承地によってこの構成は変化を示す。今別荒馬と二股荒馬には太刀振りがつかず、大川平荒馬と二股荒馬には踊り子がつかない。基本的な踊り方は共通するが、保存会によってステップが多少異なる。隊列を組み町内を行進し、ところどころで踊る。手綱とりと馬が一対となり、女性の手綱とりと男性の馬が向かい合い、初めは手綱を引き合い踊り、後半は手綱をはなして、一定の振りで踊る。その時、今別荒馬では踊り子たちが荒馬踊りの周りを輪になって跳ねながら踊る。
音楽には各保存会とも三種類の囃子《行進》《荒馬》《戻り》(今別荒馬)、《歩み》《踊り》《戻り》(大川平、二股荒馬)がある。行事は、「荒馬まつり」として、今別町の各地区で、別種の芸能とともに行われている。開催期間は毎年8月4日から7日までであり、毎戸を門打ちして歩くほか、各地区の合同運行も行われる。ナヌカビには、橋の上から灯籠を放り投げ、落とす風習であったが、現在は行われていない。また、二股地区では、8月15日または16日にも荒馬を行っている。
芸能の構成は、男性の馬役と女性の手綱とり、太刀振り、踊り子、囃子方、灯籠である。伝承地によってこの構成は変化を示す。今別荒馬と二股荒馬には太刀振りがつかず、大川平荒馬と二股荒馬には踊り子がつかない。基本的な踊り方は共通するが、保存会によってステップが多少異なる。隊列を組み町内を行進し、ところどころで踊る。手綱とりと馬が一対となり、女性の手綱とりと男性の馬が向かい合い、初めは手綱を引き合い踊り、後半は手綱をはなして、一定の振りで踊る。その時、今別荒馬では踊り子たちが荒馬踊りの周りを輪になって跳ねながら踊る。
音楽には各保存会とも三種類の囃子《行進》《荒馬》《戻り》(今別荒馬)、《歩み》《踊り》《戻り》(大川平、二股荒馬)がある。行事は、「荒馬まつり」として、今別町の各地区で、別種の芸能とともに行われている。開催期間は毎年8月4日から7日までであり、毎戸を門打ちして歩くほか、各地区の合同運行も行われる。ナヌカビには、橋の上から灯籠を放り投げ、落とす風習であったが、現在は行われていない。また、二股地区では、8月15日または16日にも荒馬を行っている。
オ 衣装・用具の大要
馬役:半纏、股わり、鉢巻、白足袋、草鞋、木製の馬の首と馬の尾がついた枠
手綱とり:花笠、襦袢、半纏、たすき、手甲、しごき、臼足袋、草鞋、採り物は扇子、紅白の綱
太刀振り(大川平のみ):衣装は手綱とりと同じ、採り物は太刀としての木製の棒
踊り子(大川平・二股はなし):花笠、半纏(ゆかた)、襦袢、たすき、しごき、白足袋、草鞋
囃子方:半纏、股わり、鉢巻、白足袋、草鞋、楽器として笛、太鼓、手平鉦
灯籠:ガク、ネプタ、ダシなどとも呼ばれる。
馬役:半纏、股わり、鉢巻、白足袋、草鞋、木製の馬の首と馬の尾がついた枠
手綱とり:花笠、襦袢、半纏、たすき、手甲、しごき、臼足袋、草鞋、採り物は扇子、紅白の綱
太刀振り(大川平のみ):衣装は手綱とりと同じ、採り物は太刀としての木製の棒
踊り子(大川平・二股はなし):花笠、半纏(ゆかた)、襦袢、たすき、しごき、白足袋、草鞋
囃子方:半纏、股わり、鉢巻、白足袋、草鞋、楽器として笛、太鼓、手平鉦
灯籠:ガク、ネプタ、ダシなどとも呼ばれる。
カ 申請の事由
年中行事として地域に定着しており、荒馬、手綱とり、太刀」振り、踊り子、囃子、灯籠が一体となり、地域をあげて活発に活動している。荒馬の踊りは青森県内の芸能の中でも独特であり、演技が優れている。
年中行事として地域に定着しており、荒馬、手綱とり、太刀」振り、踊り子、囃子、灯籠が一体となり、地域をあげて活発に活動している。荒馬の踊りは青森県内の芸能の中でも独特であり、演技が優れている。
キ その他参考となる事項
『今別町史』(肴倉彌八編.・昭和42年3月31日今別町)に記述あり。また、保存会を有する今別、大川平、二股地区の他、今別地区に隣接する、山崎、鍋田、村元、浜名各地区では、「子供会育成会」が主体になり今別荒馬保存会の指導を受けて、子供会が荒馬を演じている。
『今別町史』(肴倉彌八編.・昭和42年3月31日今別町)に記述あり。また、保存会を有する今別、大川平、二股地区の他、今別地区に隣接する、山崎、鍋田、村元、浜名各地区では、「子供会育成会」が主体になり今別荒馬保存会の指導を受けて、子供会が荒馬を演じている。
