盗掘団『隠者の猟虎』の頭目を、監獄へと護送する為に、竜胆(ゲンティアナ)通りを往く囚人護送馬車。
馬車を護る、数名の自警団員。
そこに、白昼堂々、花火を打ち上げての『奇襲』を仕掛けたのは、捕らわれの身にある頭目を救い出さんとする、盗掘団の四天王達だった。
四天王筆頭にして、盗掘団随一の射手、インテンス・パラキート。
四天王筆頭にして、盗掘団随一の豪力、カーム・ライノセラス。
四天王筆頭にして、盗掘団随一の剣士、ダーティ・スクーロル。
四天王筆頭にして、盗掘団随一の叡智、ワイズ・リザード。
彼らは、一味の頭目であるハーミット・シールを救い出す為に、それぞれ高らかに名乗りを上げると、呆気に取られている自警団員達へと襲い掛かる。
「……ハッ! な、何をしているか! 応戦せよ、応戦だーー!」
護送の責任者らしき男が、部下たちよりも僅かに早く困惑から復帰し、状況を把握する事が出来た。
場の主導権は、やはり襲撃者側に獲られたものの、慌てて体制を立て直そうとする。
号令により正気に返った自警団員達が、慌てて武器を構え、迫る盗掘団を迎え撃った。
突然、洒落たオープン・カフェ前の通りで始まった、盗掘団と自警団の戦いを観戦しながら、アルテミシア・バーニアットが、心底厭きれた様な表情を浮かべる。
取り敢えずと云うべきか、律儀に突っ込みや感想を陳べていた。
「……激しい鸚哥(インコ)、穏やかな犀、汚い栗鼠(リス)、賢い蜥蜴と来て、おまけに頭目は隠れた海豹(アザラシ)か。鳥類、哺乳類、爬虫類、海洋生物、そのどれに重きを置いているのかがまるで判らぬ一団じゃて。いや、可愛いのかどうなのかすら判らぬ」
アルテミシアの言葉に、紅い魔女、フランディア・ローズレッドも取り敢えずの相槌を返す。
昼食時と云う事もあり、カフェの席には、多くの魔術学院の生徒達の姿も見られたが、皆、一様に美しく紅い『少年』の美貌に見惚れている。
『男魔女』(ウォーロック)の妖しき美貌に魅入られた彼らにとって、降って湧いた騒動など瑣末事に過ぎない。
殺伐として間の抜けた、平和で不穏な景色が、
竜胆通りに顕現した。
「少なくとも、名前の通りに可愛らしい面貌をしている者は、一人も見受けられませんね。犀や蜥蜴が可愛いかは、個々人の好みの問題でしょうが……危険度で論じるなら、ブラックドッグやケルピーなどよりは、遥かに可愛らしいかと」
「前衛に戦士が双り、後衛に射手と魔術師が一人ずつか。未だ護送馬車の中に捕らわれて居る頭目は、恐らくは盗賊かの。盗掘団の頭である事じゃし」
「法術師が居ませんね。よくもあの編成で、
アルコ・イリスの遺跡を舞台に、盗掘屋家業が続けられたものです」
数百年の時を経ても、いまだ全容が明らかにされていない七虹都市の地下遺跡。
数多の冒険者達が、まだ見ぬ栄光と財宝を求めては、迷宮の闇に挑み、志し半ばに果てていった。
複雑に入り組んだ、迷宮構造。
侵入者を阻む、悪意に満ちた罠。
行く手を遮る、屈強な魔物達。
大陸に存在する数多の古代遺跡の中でも、最高峰の難度と、最大級の深度を併せ持つのが、アルコ・イリスの地下に広がる遺跡迷宮だ。
アルコ・イリスの地下遺跡に限らず、危険が蔓延る迷宮に挑む者達は、あらゆる困難と状況を想定した上で、それに対処できる編成を組むのが常道とされている。
しかし、盗掘団『隠者の猟虎』の編成を見るに、迷宮に挑む上では必須とも云える重要な要素が、抜け落ちていると評価せざるを得ない。
「傷の治癒や魔払い、解毒や解呪と云った諸々の祝福を得手とするのが法術であるのに。あ奴ら、どうやって今日まで生き延びて来たのじゃろう?」
アルテミシアが、不思議そうに言葉を紡ぐ。
世界を構成する、根源的な双つの要素が、魔力と法力だ。
魔力は、混沌や破壊を司る、云わば二極化された世界の、闇の要素。
法力は、秩序や創造を司る、云わば二極化された世界の、光の要素。
魔力を操る事で、人為的に神秘を顕現させる技術を『魔術』と呼ぶ。
法力を操る事で、人為的に神秘を顕現させる技術を『法術』と呼んだ。
源とする力の性質の違いから、魔術では成し得ぬ業や、到れぬ境地に、法術は到達する。
逆に、法術では成し得ぬ業や、到れぬ境地に、魔術は到達できた。
両者は、光と影の様に、表裏一対の技術。
しかし、魔術を修めた者が、同じ様に法術も操れるかと問われれば、答えは否だ。
遍く生命は、魔と法の、何れかの陣営に属するかで別たれている。
魔力との親和性を有して産まれた者が、法力との親和性を有する事は無い。
逆に、法力との親和性を有して産まれた者が、魔力との親和性を有する事も無かった。
『虹星の叡智』(アルマゲスト)魔術学院が、あくまでも『魔術』の学び舎であり、『法術』の学び舎で無い事の理由だ。
盗掘団の編成を鑑みるに、法術を専任としている者の姿は見受けられない。
「さて。実力か運の、どちらかが有ったのか。或いは、一味のどなたかに、法術の心得が有るのでしょう」
フランが、氷果(シャーベット)を口に運びながら答えた。
目前では、自警団と盗掘団達の、一進一退の攻防が繰り広げられている。
「ふむ。その辺りが妥当かの。専任でなく、兼任なのかも知れぬな。……見た所、双方の練度は互角。士気も、人数も互角か。ならば得物の質の差で、盗掘団の側に天秤が傾くの」
「防衛戦に徹したら、自警団側には、何れ援軍が到着するのでは? 相手側が律儀に、襲撃を知らしめる狼煙を打ち上げてくれた事ですし」
「数日前から例の〝斬り裂き魔〟の案件で、自警団の上層部は、現場にかなりの無茶な捜査を強行しておったらしいからの。初動捜査の重要性は、わらわも認めるが。さて、そのツケが出ていなければ良いのじゃが」
「直ぐの援軍は、望み薄ですか。精神論を測りに出さなくては、天秤の釣り合いは取れそうに有りませんね」
「気合や根性、或いは、友情だの愛情だの信仰だの……じゃな」
アルテミシアが、“ぽつり”と呟いた。
すると、偶然と云うべきか機を見計らったかの様に、剣を交えていた自警団の若者と盗掘団四天王の一人が、同時に驚愕の声を上げる。
「その剣戟は、まさか義兄さん……!?」
「莫迦な、何故、お前がここに……!」
「先輩が〝斬り裂き魔〟の件で本部への召集を受けたから、僕が変わりに、今日の護送の担当に……そんな、どうして義兄さんが! こんな事を知ったら、彼女だって……!」
「クッ……お、俺はただ、あいつには、幸せな暮らしをして貰いたいと……」
「まさか、僕達の結婚資金……あれは! そんな……そんな事、彼女が喜ぶ筈は無いよ! 義兄さん。今なら、まだ引き返せる。自首して、罪を償えば……!」
「……そいつぁ、出来ない相談だ」
「義兄さん!」
「最初は……最初はさ。あいつに、少しでも美味い飯を食わせてやって、少しでも良い服を着せてやる為だったさ。けれどな……けれど今では、ここも大切な、俺の帰るべき場所なんだ。こいつらが、俺の仲間なんだよ……! 俺は……俺は『隠者の猟虎』の四天王筆頭! その俺が、仲間を見捨てれる訳が無ぇだろうがぁ!」
「この……義兄さんの……馬鹿野郎ぉぉぉ……ッ!」
「――ッぅ……! へへ、あの泣き虫だった坊やが、随分と重てぇ剣を振るうようになったじゃねぇか……これなら、あいつを任せても大丈夫だな……」
「義兄さん……義兄さーーんッ!!」
何やら、周囲の者が割り込めぬ悲壮な決意の元で、剣を交える双りの男。
それを、フランとアルテミシアは、遠巻きに眺めやる。
「気合いは十分……かも知れぬな。しかし、何やら急に、暑苦しいドラマが始まってしまったぞ」
「ど、どなたにも事情と云うものはあるのですね……」
フランは、“からん”と澄んだ音を立てて、匙(スプーン)を空になったグラスの中へと入れた。
甘い氷果も、果実水(ジュース)も、綺麗に片付けられている。
「ご馳走様。それじゃあ、アルテミシアさん。申し訳ありませんが、少しの間だけ、お時間を頂きますね」
フランは、ゆっくりと、優雅そのものの所作で席を立ち上がった。
アルテミシアが、珈琲を啜りながら、フランの動きを見送る。
「おや、行くのか?」
「流石に、このまま対岸の火事の野次馬と、決め込んでいる訳にもいかないでしょうからね。それに、思ったよりも長引きそうです。このままでは、周囲に無用の被害が出るかも知れません」
「行って来い。わらわは、野次馬を決め込むとしよう。知っての通り、学院の外に出たわらわは、『フラスコの小人』(ホムンクルス)の肉体を仮初めの宿とするわらわには、何の力も無いのでな」
アルテミシアは、魔術学院の敷地内の霊的特異点に括られた亡霊だ。
錬金術の業によって創られた、魂無き肉の器を拠り代として、ようやく学院の外に出る事が出来る。
しかし代償として、魔力や種族に固有の能力の一切を、その間は発揮出来なくなってしまう。
「ここで、そなたの魔女術の業の冴えを肴に、ゆっくりと珈琲の薫りを、堪能させて貰うとしよう」
アルテミシアが、“ひらひら”と手を振った。
それに華やかな微笑を返して、気負う様子も無く、フランは剣戟の渦中へと歩を進めた。
◆
「……さて、と」
アルテミシアは、歩み去るフランが背後に従える、軽やかに靡いた紅炎色の髪(ファイヤー・レッド・ブロンド)の輝きに見惚れている、学院の生徒達の姿を見回した。
“すぅっ”と、大きく息を吸う。
そして――
「――渇ッッッ!!」
吸い込んだ息を、店内を“びりびり”と震わせる、大音声と共に吐き出した。
「何時まで惚けておるか! さっさと起きよ、この戯け者ども!」
怒号一閃。
アルテミシアの咆哮に、其処彼処で夢から覚めた様に、生徒達の困惑の声が上がる。
「ようやく目が覚めたか。全く、揃いも揃って魅入られよってからに。……ほれ。状況は見ての通りじゃ。把握した者は、さっさと動け。市井の者の避難誘導くらいは、手伝ってやったらどうじゃ」
アルテミシアの指示に、慌てて、幾人もの生徒が立ち上がり、我先にと通りへ躍り出た。
アルテミシアは、口許に“くっ”と、三日月の様な笑みを浮かべると、振り向かずに背後へと語りかける。
「そなたらも行って来い。最近、とんと見せ場が無かったしのう。自らの失態は、自らの行動を持って拭わぬとな」
アルテミシアの言葉に、何時の間にか、彼女の背後に佇む、双りの少女が応える。
「あいよー。けどさ、会長。護衛はいーの?」
一人は小柄な体躯に、花の茎の様に細い肢体を持つ少女。
しかし、弱々しい印象は無く、むしろ活発そうな印象を見る者に与えた。
李色(プラム・ピンク)の髪に、僅かに黄色が混じる肌の色。
胡桃茶色(ウォーナット・ブラウン)の瞳は、悪戯好きな小悪魔を思わせる。
身に纏う衣装は、魔術学院指定の女子制服。
幾分か、スカートを短くしてある。
少しだけ先端が尖った耳の形は、少女が森の民(エルフ)の血を引いている混血児(ハーフ・エルフ)である証だ。
最も、少女の躰に流れる血は、魔の森の民(ダーク・エルフ)のもの。
「良い。そなたらも、黙って見ておるのは退屈じゃろうて。のう、アエマ・ゼットン。そして、ソルティレージュ・アン・アトガルド・エトナシア」
「確かに、その通りではありますけれど。ですが、会長。私(わたくし)の、エレガントには程遠い最近の失態の数々ついては、その大半。いいえ、ほぼ総てが、アエマに起因している事を忘れないでくださいませ。一括りにされるのは、甚だ不本意ですわ」
うんざりとした様な口調で、“じろり”と傍らのアエマを睨む、もう一人の少女。
波打つ、腰まで伸びた銀月色(ムーンライト・シルバー)の髪。
日の光を嫌う様な、色素の薄い肌。
僅かに吊り目がちな、高貴な猫を思わせる瞳は、蝕紫色(イクリプス・ヴァイオレット)の輝きを宿している。
瞳の奥に、僅かに血の色を透かし見る様な錯覚を覚えるのは、少女が、人ならざる宵闇の貴族である為だろうか。
育ちの良さを滲ませる佇まいに、美貌と云って良い面立ち。
似合っているのか、不釣合いなのかの判断に困る、どこか野暮ったく、赤いフレームの伊達眼鏡が、ともすれば近付き難い雰囲気を、幾分か和らげている。
口元に覗く、尖った犬歯は、生ける者の肉を破り、血の通う道へと突き立てる為に発達したもの。
吸血鬼(ヴァンパイア)一族に固有の特徴だ。
ソルティレージュ・アン・アトガルド・エトナシア。
北方大陸は、吸血鬼達の王国である夜の国。
その大将軍家と云う由緒正しい家に産まれながらも、地位を捨てて、単身、アルコ・イリスに渡った少女。
古の魔王、〝月蝕の毒蛇〟ユスティーツアの子孫たる吸血鬼の真祖にして、吸血鬼の天敵たる日の光を克服した〝混沌の寵児〟(デイライト・ウォーカー)の娘だ。
アエマと同じく学院指定の女子制服を身に纏っているが、胸元やスカートのそこかしこには、本来在る筈の無いフリルが、幾重にも飾られていた。
「……むぅ。ソルっちが、何度も謝ってるのに、全然許してくれないのぜ。あては、ただソルっちの可愛らしーい、ベッドの上での艶姿に新たな1ページを加えようとだなー……あ痛ぁー!? ちょっ、今“ゴン”って音した! めっさ頭蓋に響いたんですけどー!? わちきの脳味噌が無かったからいい様なものを、これ以上馬鹿になったらどうしてくれる!」
「アエマ……どうやら貴女は、いまだに懲りていない様ですわね。もう一発、頭蓋に直接、反省という言葉の意味を刻み込んで差し上げましょうか?」
“ふるふる”と震えるソルティレージュの拳と、“しゅうぅ……”と湯気の立つ、アエマの頭。
正確には、たった今作られたばかりの、大きなたんこぶ。
うっすらと涙目に成りながら、アエマは慌てて、首を左右に振った。
「め、滅相もありません! 反省してます。ちょー、反省してます! もうしません! ソルっちの事は愛してます! その眼鏡も、とってもキュート」
「有難う御座います、アエマ。私も、貴女の事は愛していますわ。ですが、それとこれとは話が別です。後、この伊達眼鏡も貴女の所為でしょう?」
“にこり”と、花咲く薔薇の様な、棘のある笑顔。
鏡面(レンズ)部分に、魔眼封じの特殊な法術加工が施された、魔法器物(マジック・アイテム)の伊達眼鏡の奥から、剣呑な眼差しが覗いた。
「全く。何時になったら、私の眼は、元の状態に戻るのでしょうか……余りにも危険すぎて、迂闊に、これを外す事さえままなりません」
「もう一生そのままだったりー……あ、嘘です、嘘。きっと戻るってば。ほら、ハルトマンとかが、必死に解毒薬を調合してんじゃん? や、でもマジに似合ってるって、ソルっち。うん、私に眼鏡属性は無かった筈だったんだけど。あんたの為なら、あたいはメガネッコスキー教に改宗してもいい」
「……何でしょう。その、聞くからに頭が痛くなりそうな、胡散臭い宗教の名前は」
「そなたら。聞いている側の頭の悪くなる様な、バカップル漫才は早々に切り上げて、さっさと行かぬか」
アルテミシアが、厭きれた様に云った。
双りは尚も言い合いながらも、紅い魔女に遅れる形で、闘争の舞台へと赴く。
その背中を見送り、アルテミシアは、幾度目とも知れぬ溜息を吐いた。
◆
男と男の狭間で火花を散らす、鋼の応酬。
それは互いの信念と矜持をかけた、決闘に他ならない。
「ずぇりゃあっ! グランド・レイジング・ブレイク!」
「何の! エクセレント・バスター・ストラッシュ!」
「おお、やるな! ならばカイザー・デッド・クリムゾン・スパイク!」
「その程度! アブソリュート・エターナル・レクイエム!」
裂帛の気合と共に剣戟を交える、自警団の若者と、盗掘団四天王。
何人も立ち入れぬだろう独特な空気を形成している其処に、水夫を惑わせる人魚の調べよりも妖しい、官能の炎を揺さぶる様な声音が、どこか遠慮がちに投げ掛けられた。
「あの、すいません」
『――誰だッ! 俺達の邪魔をするの……は……ッ!?」
双りは、互いに決闘に水を指した無粋の乱入者を睨み付けると、怒鳴りつけた声を、忽ちの内に引っ込める。
困った様な表情を浮かべている、紅薔薇色(ローズ・レッド)のドレスを纏った、紅い魔女の姿を、呆けた様に見つめた。
『う、美……しい……』
目にしただけで、魂に隷属の二文字を焼鏝(やきごて)で刻印される程の美貌を、産まれて初めて瞳に映した。
今、この瞬間、目の前の魔女に死ねと命じられれば、自分達は何の疑いも抱かず、至福のままに、自らの胸へと剣を突き立てるだろう。
傾国の美貌とは、『彼女』の為にある言葉なのだと、世の摂理であるかの様に理解した。
最も、目前に佇む美貌の持ち主は、間違う事無き『男』であるのだが、双りが、それに気付く様子も無い。
フランは、想定通りの反応に、心中で溜息を吐くと、双りの内の片割れ、自警団の若者へと言葉を掛ける。
「助太刀してもよろしいですか? いえ、断わられても結局、手は出すのですが。……あれ? すると、これでは言葉がおかしいですね。一応、礼儀だと思って、一声掛けさせて頂いたのですが」
“ふわり”と、見る者によっては一生の宝としそうな笑顔を浮かべて、フランは言った。
「言い直します。助太刀しますね。兄弟喧嘩なら、牢の中でも、どこでも出来るでしょう。このまま続けると、周囲の方の迷惑となりそうですので。いえ。もう、なっているのですけれど」
「あ……は、い……い、いやいやいや! ま、待て待て待てぇい!」
首を、左右に振り、正気に返った盗掘団四天王が、声を上げる。
「何者か知らぬが美女よ! これは俺たち……あ、いや。これは、我々兄弟の問題である! 我等はここで決着をつけるのが筋と云う話の流れであるのだからして、余計な手出しは無用に願いてぇ!」
見目麗しい魔女を前に、下手に古風な言い回しで格好をつけようとした為か、曰く云い難い口調になってしまった。
当の本人だけが、それに気付いていない。
フランの答えは、無論、一つだけだ。
「お断りします」
にべも無い。
「お願いします。これは僕と義兄さんの問題で……!」
「それ以前に、市民の方々の問題です。貴方も公僕なら、自分の事情よりも、市民の安全を優先してください」
「ぐっ……」
正論に、感情論を封じ込められた若者が、悔しそうな顔を見せた。
「なら、悪いけどよぉ! まずはあんたから……!」
盗掘団の男が、フランを前に、剣を振り上げる。
フランが、応じるように構えようとした、瞬間。
「ちょーーっと、待ったぁーー!!」
初夏の暑い空気を切り裂いて、溌剌とした少女の声が響き渡る。
「…………あ?」
間の抜けた声を上げる、盗掘団の男。
剣を振り被った姿勢のままで、声のした方を振り向く男の顔面めがけて――
「てぇりゃー! アエマ・スーパー・稲妻キィーック!!」
――“どごぉ”
「ぶへらっ!?」
一条の矢とかした、少女の靴裏が減り込んだ。
“どしゃあ”と、鼻血を拭きながら、吹き飛ばされる様に倒れる男。
男の顔面を蹴りつけた反動で、空中に飛び上がったアエマは、“くるり”と躰を反転させて、“すたっ”と着地を決める。
「ふっ。また、つまらぬ者を蹴ってしまった」
無駄にシニカルな口調で、決めポーズを一つ。
李色の髪も軽やかに、アエマが、今度こそ兄弟の決闘の空気を、完膚なきまでに破壊する。
「と云う訳で、あっしも助太刀するよん。って、うわ。間近で見ると、本当に美人さんだ。ソルっちや会長も綺麗な顔してるけど。これには、さすがに負けるなー」
“まじまじ”と、物怖じする様子も無く、フランの顔を見つめるアエマ。
「……貴女は?」
「私の相棒(パートナー)が、失礼致しました。貴男と同じく、この不毛な戦いを終結させる為に、アルテミシア・バーニアット生徒会長の命で馳せ参じましたわ。魔術学院は、生徒会執行委員のものです」
フランの当然の疑問に、続いて現れた、銀髪紫眼の吸血鬼が答える。
「さっき、会長から、あたしら双りの名前は出たと思うけど。改めて自己紹介……って雰囲気でも無いなぁー。とりあえず、つもる話はこの場を治めてからにする?」
「そうですわね。私の方には、異論はありませんわ。フランディアさんは、如何です?」
「僕の方にも、否やは在りません。ですが……ソルティレージュさんと、アエマさん……で、よろしいですかね?」
先刻、アルテミシアの口から聞かされた双りの少女の名を、謳う様に紡いで、フランは言った。
「ええ。……如何されましたか?」
「不躾ですいませんが、僕の事は、叶うならばフランと呼んでください。女としての名は、余り好きではないのです」
「承知致しましたわ、フラン。美しき紅薔薇の男魔女(ウォーロック・オブ・ローズレッド)。それでは、アエマ。征きますわよ」
「あいさー、合点承知だぜ!」
突如として現れ、一味の仲間を蹴り飛ばした少女たちの姿に、盗掘団と、そして自警団の視線が集中する。
舞台の上の星(エトワール)の様に、注がれる視線を当然のものと受け止めて、魔女達は、高らかに名乗りを上げた。
「『虹星の叡智』魔術学院、生徒会執行委員補佐。『黒霊魔術』のアエマ・ゼットン。私に惚れんなよ、べいべー」
「同じく。『虹星の叡智』魔術学院、生徒会執行委員。『童話魔術』。ソルティレージュ・アン・アトガルド・エトナシア。これ以上の狼藉を、見過ごす訳には参りません」
「赤の第五位は〝想楯〟の魔女。フランディア・ローズレッド。ええと……特にお双りの様な、格好良い口上は考えておらず、また思いつきませんでした。ですので――」
フランは、“くすり”と、毒華の様な笑みを浮かべた。
典雅な所作と相俟って、可愛らしい悪戯を思いついた、深層の令嬢と云った風情がある。
それぞれの口上に、聞き入っていた者達の姿を見回した。
「――行動を持ちまして、口上の変わりとさせて頂きます」
“ふわり”と、紅いドレスの裾が翻る。
次の瞬間、フランの手の内に、血の様に赤い液体が入った、小瓶が現れていた。
フランは、小瓶を、空高く放り投げる。
投げられた小瓶は、緩やかな放物線を描いて、盗掘団一味の只中へと落ちていく。
小瓶の動きを、釣られて目で追う者達に向かい、フランは、あっさりと告げた。
「それ、衝撃が加わると爆発しますので、注意してください」
「なっ……!?」
“さらり”と告げられた事実と、一瞬後の惨事を予想して、青ざめる盗掘団の面々。
思わず、小瓶が落ちる前に掴みとろうと、或いは、少しでも遠くに離れようとする者達の混乱を余所に、フランが、再び告げる。
「――いえ。嘘なのですけれどね」
「……へ?」
呆けた様な、男の声。
片足を軸に、“くるり”と、舞台舞踏の踊り手(バレリーナ)も真っ青の円舞を見せる、フランの躰。
“ぱしり”と、落ちてきた小瓶を自らの手で掴み取る。
同時に伸びた、しなやかな脚が、手近にいた男の一人を捕えた。
先程、アエマの靴底を顔面で味わった盗掘団の男は、今度は、フランの爪先を顎に喰らう羽目となる。
「ガ……ァっ!?」
意識の間隙を突く衝撃に、頭を跳ね上げられ、頭蓋の中で脳が揺れた。
間髪をおかずに、男の頭部を爪先で掬い上げ、跳ね上げた脚が、振り下ろした踵で男の頭を引っ掛けて、躊躇無く地面への接吻を強要させる。
“ぐしゃり”と、鈍い音を立てて、男の意識は完全に闇に落ちた。
「はい。まずは一人」
笑顔を絶やさぬままに、フランが云う。
「うわ。こいつ、綺麗な顔して性格悪ぃー」
アエマの率直な感想が、その場の全員の心情を代弁していた。
最終更新:2011年07月06日 08:56