服飾関係

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朝鮮新報(北朝鮮系)のコーナー朝鮮服飾ものがたりが絵入りで詳しい。出典は李朝服飾図鑑。


「染料が無かったので庶民は皆白衣を着ていた。染色技術も針も無いので色服は王族が着る輸入服だけ」?

例によって「少なかった」を「無かった」と言って嘘にしてしまったネタ。
王宮内には繍房(スバン)針房(チムバン)という服飾専門の部署があり、専属の女官が詰めていた。
王や王妃、官吏の大礼服はシナ朝廷の服制に従ったものなのであちらから「下賜」されるが、
平服はシナとは違う朝鮮の民族衣装なので、自前である。輸入する方が高くつく。
方子妃が婚儀の際に身に着けた翟衣(チョグイ、キジ=翟の繍がされた大礼服)は見本を西陣に送って新しく仕立てた物で、ここからも日本側の配慮が見て取れる。
王宮内で使われる飾り物はシナから輸入していたようで、北京へ行く使者が随時貿易(プウィ)してきたとある。王朝末期の財政を圧迫した一因だった様子。
また染料も豊富にあった訳ではないので、「染料を輸入していた」は間違いではない。
三田渡の盟約以降、清朝へは毎年「各色綿紬」「各色細麻布」を歳幣として貢いでいるので、最低何割かは自前でないと経済破綻はもっと早かっただろう。

白衣は歴代王が「五行に従えば(シナの)東の我が国に相応しいのは青、西の色である白を着るのは良くない」とお触れを出しているが、経済的な理由で青服は着られない人間が多く居た。この白衣を「白丁の証」と混同する向きもあるが間違い。

針が無いというのは鄭東愈の「晝永編」からの抜粋だろうが、原文は「我國無針 必貿燕市」なので燕=清からの輸入品が流通している。
最終更新:2012年08月25日 15:50
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