食文化あれこれ

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食器とか


「スケキヨ丼」?

ご飯から魚の尾が飛び出た料理がそう言ってネタにされてるが、日本でもあった料理である。
電気炊飯器の無い時代、均等に火力・蒸気が回る訳ではないし、そのまま飯の上に置いても皮が貼付く。だからある程度飯が炊けた状態で、魚を頭/尾から突っ込み、蒸らして火が通ったら頭/尾を手で持って皮や骨を外し、身を解して混ぜて食べる。(上述のスケキヨ丼にしても調理途中=身を解す前の図である)。
江戸時代の『名飯部類』では「いわし飯」を尾から突っ込んで作っているし、同様に『素人庖丁』でも別法として頭を落としたイワシを頭から突っ込んだ(尻尾が出た)「鰯飯」が掲載されている。池波正太郎の剣客商売では鮎飯を同様の調理法で作っているが、これは何を典拠にしたかは未確認。

「塩の製造は明/清に管理されて不可能だった」?

朝鮮王朝実録に「鹽田」(塩田)が出てくるし、明/清側にもそんな命令の記録なし。製塩の効率が悪く、インフラ未発達だったので(場所によって)高価な国産塩と安価なシナ塩が混在してるのが朝鮮末期〜併合時代の日本の記録でも分かる。

「王宮では中華料理を食べていたので、朝鮮宮廷料理なんてものはない」?

宮本小一の記録でも出されたのが中華料理でないのは明らか。油を使う調理法だけでも炒爆炸煎燴の五種類ある中華料理が朝鮮の調理器具で再現できるか?
宮廷料理について(別項)

「焼肉は最近の韓国料理。肉食の習慣が無かった日本で戦後内臓食を広めたのは在日」?

万葉集の昔から肉も内臓も食べてるし、平安貴族が仏教に従って肉食禁した後も、武士や平民は手に入る肉を食べてた。江戸には肉を食わせる店が普通にあった(江戸市民の全てが馴染んだ訳ではないだろうし、江戸以外での普及は地域に拠っただろうが)。戦時中の物価統制令にも内臓の値段が規定されてる=一般に流通していた。
この辺は『焼肉の文化史』(明石書店)一読のこと。

「犬は苦しめて殺した方がうまくなると言って棒で殴って屠殺する」?

ソース不明。牛肉の嵩ましの為に内出血をさせる、という話ならイザベラ・バードの『朝鮮紀行』に出てくる。
韓国では家畜としての犬(ヌロンイ)を飼ってるので、大量に飼ってるそれをいちいち殴り殺してたらとんだ労力なのだが。

「味噌、醤油ryを韓国起源食品として世界にPRしている」?

事実。…が、一部翻訳の所為で言いがかりになってる物もある。
味噌…韓国語では甜醤/テンジャンでシナから伝わって半島独自に発展したもの(中国の甜麺醤はこれに麺=小麦粉を混ぜて発展したもの)。テンジャンは大豆を完全には潰さない・コメを入れない・味噌玉で作る所が八丁味噌に近い。オンドル部屋で菌を繁殖させる。
醤油…韓国語ではカンジャン。↑の味噌玉(メジュ)を甕に入れて塩水を加え、青天下で毎日蓋開けてかき混ぜて熟成させる。こうすると味噌の方は保たなくなるのですぐ食べる。
原文がテンジャン・カンジャンなのに味噌・醤油と訳す事で、日本の味噌醤油を韓国のそれとしているかのようなミスリードがあるので、これは注意が必要。
梅酒なんかもそうで、韓国の梅実酒(メシルチュ)という焼酎に梅を漬けた薬用酒みたいなものを、「梅酒」と和訳して誤解を招いたり。
最終更新:2012年11月20日 10:15
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