李王家(朝鮮王族)について

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「戦後、朝鮮王族は韓国への帰国を禁止され、日本で客死した」?


戦後、李王・李垠と方子妃夫妻は、王公族の身位も日本国籍も喪失したため在日韓国人扱いとなり、米軍政終了後の韓国へ帰国を望んだ。しかし当時の日本と大韓民国間には国交がなく、李承晩も王政復古を恐れて帰国を妨害した。その後、朴正熙の下で大韓民国国籍が回復され帰国が実現。以後は昌徳宮に住み韓国で亡くなった。
二人の息子である李玖が日本で亡くなっているが、韓国に入国拒否された訳でなく、韓国内で事業に失敗し経済的に苦しい状況に陥った為、日本の知己を頼りに来ただけ。

「閔妃の諡号は井上馨が贈った」?


名越二荒之助著「日韓共鳴二千年史」を元に捏造されたデマ。「井上馨が大院君に閔妃の復位を勧めた」「閔妃が復位し明成皇后の諡号が贈られたのは明治30年の事」という文をこじつけ「井上馨の働きかけで閔妃は皇后扱いになった」と捏造している。そもそも当時井上馨は既に朝鮮から日本へ帰国しているし、一度大院君によって廃妃された閔妃も(何せ次期国王=純宗の母親だから)すぐに復位(1895年)され「純敬」の諡号案が朝鮮の宮内府から出た…が、露館播遷で色々ストップ。高宗の皇帝即位後に国葬が行われ、王后閔氏には「明成皇后」の諡号(本当はもっと長いけど)が贈られた(1897年)。この過程に日本人は何も関わっていません。
(追記)これがデマって広まったら「井上馨」を「小村寿太郎」に直したデマがw確かに当時朝鮮に居たのは小村だが、経緯は上述の通りなので同じくデマ。

「韓国人は閔妃を聖女化して『国母』と呼んでいる」?

日本の「国母」は天皇生母を指すが、朝鮮では王后(国王の正妃)=国母と呼ばれる。儒教的に、国が家で国王が父なので、王后は当然母なのである。
最終更新:2013年10月11日 16:20
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